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第2章読書とは「他人の脳のかけら」を自分の脳につなげること

目次

第2章読書とは「他人の脳のかけら」を自分の脳につなげること

一人一人が納得解をつくり出す「レゴ型思考」

序章で触れた「20世紀型の成長社会」から「21世紀型の成熟社会」への移行をわかりやすくいうと、「ジグソーパズル型思考」から「レゴ型思考」への転換と言い換えることができる。

ジグソーパズルでは、美しい風景写真やディズニーアニメなどの完成図(正解)があらかじめ設定されている。その正解を、簡単なものでは数十ピースに、難しいもので数千ピースに崩してから元に戻す遊びだ。

1つひとつのピースには、たった1か所の正解となる場所が決まっていて、代わりに置くことのできる場所はない。仮に間違えて置いてしまうと、本来そこに置くべき正しいピースの行き場所がなくなる。当然、ジグソーパズルを完成できない。

20世紀の日本の教育は、たった1つの正解を早く正確に導き出し、パズルをだれよりも早く仕上げられるような少年少女を大量生産することを目指してきた。

それによって、日本が欧米諸国にキャッチアップすることができたのは事実だ。

とくに戦後GHQや輸入テレビドラマで見せつけられた豊かな社会「アメリカ」を手本として、憧れを前面に出して突き進んだ発展段階では、大正解だったことは間違いない。

ただふと気づくと、日本社会には、ジグソーパズルを早く正確に完成させることができる人ばかりになってしまった。もちろん、かく言う私もそうだった。

私の周囲にいる多くの世代もみんなそう。

ただ、そういうジグソーパズル型の人にはできないことが2つある。1つは、最初に設定された「正解」の画面しかつくれないこと。2つ目の問題点は、変更がきかないということ。

美しい山と川の風景を組み上げている途中でふと、せっかくだから海の風景も入れたくなったとしても、それはできない。ミッキーマウスのパズルを途中まで進めていたが、ドラえもんの姿も仲間に入れたくなった。

しかし、風景やキャラクターを変えようと思っても、途中から変えることはできない。この2つの問題点は、まさに日本人のライフスタイルを象徴している。

日本人にとっての正解は、かつては、アメリカ的なライフスタイルだった。

アメリカのように豊かになりたいと、戦後50年かけてアメリカを手本とするジグソーパズルを必死になって仕上げようと頑張った。そこまではいい。その結果、1980年代までに日本にとっての正解はある程度見えたのだ。

その先にいくためには、途中で変更して、新たな世界観、新たに目指す図柄を再設定する必要があった。でも、それができなかった。

成熟社会では自らビジョン(図柄)を打ち出して道を切り拓いていかなければならない。なのに、まだジグソーパズルばかりをやっている。そこに日本人の不幸がある。

反対に、レゴブロックの組み上げ方は、知恵を出せば無限に広がる。つくり手のイマジネーションしだいで、家をつくることもできれば、動物園をつくることもできる。

壮大な街並みをつくることもできれば、地球を飛び出して宇宙ステーションをつくることもできる。

みんな一緒の正解はない。一人一人が、自ら納得する解(納得解)をつくり出すことができるかどうか。それがすべてだ。

ジグソーパズルとレゴブロック。この2つのゲームが象徴する違いが、20世紀型成長社会と21世紀型成熟社会のルールの違いを端的に表している。そのとき、私たちは、どのような資質を身につけなければならないだろうか。

1冊の本にはどれほどの価値があるのか

レゴ型思考を身につけるための有効な手段の1つに、本がある。小説であれ、体験を活かしたエッセイであれ、犯罪の裏側を探ったノンフィクションであれ、1冊の本には著者が長い時間をかけて調べ上げたことが書かれている。その作業は、まさに著者の脳内で無から有を創造するものだ。

村上龍さんの『半島を出よ』(幻冬舎)を例に検証してみよう。村上龍さんは、この小説を書く動機として、北朝鮮という国のことを知らなかったことを挙げている。

そして、そこにはどういう考え方をする人間が生きているのか知りたかったのだ、と。

そこで、北朝鮮が本気で日本に攻めてくるとしたら、最初に福岡を占領することから始めるのではないか、という仮説から物語を起動した。

そこに北朝鮮軍に対抗する日本人の主人公や脇役を配することで、それぞれがこの事態に直面したときにどのような振る舞いを見せるかについて考察を進める。

そうすることで、北朝鮮の軍事力や日本の意外な脆さを炙り出すことにしたのだ。構想から10年、いよいよ執筆をスタートさせた。

しかし、書き始めてもまだ北朝鮮側の語り手であるコマンドのキャラクターを最後まで表現しきれるかどうか不安があった。

福岡ドームに北朝鮮の特殊部隊が潜入する場面がある。

プロ野球を観戦中の日本人が、何が起こったのか理解できず、まったく無抵抗のまま簡単に制圧されてしまうという印象的なシーンだ。

双方の軍事力に関する膨大な資料や専門家への聞き取り調査から、福岡の守りの弱点を突き止め、北朝鮮がどのように攻めてくるかを想像する。

それに対して、日本政府の危機管理官や自衛隊はどのように防衛するのだろうか。村上龍さんがアタマのなかで無限にシミュレーションした成果が作品に反映されている。

一読者である私も、その描写に唸ってしまった。

自分がその場にいてソフトバンク戦を観戦していたとしても、銃を一発発砲されただけで固まってしまう姿が容易に想像できたからだ。

「あとがき」には、村上龍さんが『脱北者』という書物に刺激され、ソウルで十数人の脱北者に一人あたり3時間ほど話を聞いたと書かれている。

生まれ育った家や町や村のディテール、家族や兄弟や友人のこと、生活の詳細、学校の授業や軍隊の訓練について、村上龍さんは微に入り細に入り徹底的に聞き出した。

軍事作戦のあり方や特殊部隊の能力、爆薬や爆破の知識などの調査には、取材元を明かせない専門家の協力もあったようだ。

参考文献は、北朝鮮関連だけで95冊にのぼった。住基ネット・預金封鎖・対米関係・地政学関連で21冊、国際法関連で7冊、少年兵関連で6冊、軍事・安全保障・特殊部隊・兵器・武器関連で26冊、火薬・爆破・発破関連で11冊、建築設備関連で13冊、虫・爬虫類・ヤドクガエル・毒関連で14冊、医学関連で8冊、九州経済関連で4冊──。

すべてを合わせると205冊の書籍が引用されている。

そのほか、リアリティのある表現をするために参考にしたのだろうか。特殊部隊やテロ対策などの映像資料が38本、北朝鮮関連では「金日成主席は我らとともに」といった音楽CDも5本参考にしたとされている。

つまり、『半島を出よ』という本を読むということは、村上龍さんがそれに傾けた人生を読むことにもつながるのだ。

とりわけ構想から10年の思索と、200冊を超える書籍や資料、大量のインタビュー取材という投資を行なって考え抜いた物語を「共有すること」なのである。しかもそれを、エンターテインメント作品として楽しむことができる。もちろん、物語なので誇張や演出はあるだろう。私たちを楽しませるために、過剰に表現されている場面もあると思う。

しかし、この壮大な思考実験を自らのものとして楽しめることは、読者自身の脳を刺激し、思考回路を拡張することになるはずだ。作品は作家の「脳のかけら」である。

その脳のかけらを、読者は本を読むことで自分の脳につなげることができるのだ。「脳のかけら」という表現に違和感があれば、「アプリ」と言い換えてもいいし、ワンセットの「回路」であると呼んでもいい。

この作品の場合には、村上龍さんの脳を通じて編集された「日本の脆さ」が、読者の世界観を広げてくれる。

他人の脳のかけらをつなげることで、脳は拡張する

私の脳を、仮に「藤原脳」と呼ぶことにしよう。脳内でレゴブロックを自在に組み上げるためには、藤原脳を拡張させなければならない。そのためには、さまざまな学びが必要だ。

しかし、一人の人生で、自分が見て経験できることには限界がある。だから、他人が獲得した脳のかけらを藤原脳にたくさんくっつけることができれば、もっと拡張することが可能となる。

まったく異なる脳のかけらをくっつけることで、自分の持っている脳では受容できなかったものが受容できるようになるからだ。

だとすると、普段から藤原脳を他人の脳のかけらがくっつきやすい状態にしておく必要がありそうだ。そのためには、どうすればいいのだろう。

私は、藤原脳に無数のフックのようなものをつくることで、外部から入ってくる他人の脳のかけらが引っかかりやすくなると考えている。フックとは、引っかけるための突起状のものだ。そのフックのようなものは、読書をすることによってもつくり出される。

つまり、本を読むことは、それを書いた人がその場にいなくても、その人の脳のかけらとつながるための道具になるということ。

たとえば、脳科学者の茂木健一郎さんが書いた本を読めば、茂木健一郎さんの脳のかけらが藤原脳にくっついてくる。

作家の林真理子さんが書いた本を読めば、林真理子さんの脳のかけらもくっついてくる。脳にくっつくといっても、きれいな格好でつながるわけではない。

あくまでもイメージだが、脳に整然と無数の穴が空いていて、そこに他人の脳のかけらというボール状のものがスッポリはまるというわけではないだろう。

ある場所には、脳のかけらが突き刺さるようにくっついている。また、ある場所には、脳のかけらが何かに引っかかってブラブラ揺れているかもしれない。

同じ体験をしても、そこから学ぶことができる人と学ぶことができない人が出てくるのは、このフックのようなものの数や、フックそのものの構造に違いがあるからだろう。

それは、よい人との出会いがあったのにそれに気づかない人や、よい体験をしているのにそれを吸収できない人がいることからもわかる。

このフックのようなものは、生物学の言葉では「受容体」と表現される。受容体が複雑な構造であるほど、さまざまな種類の脳のかけらを引っかけることができるのだ。

日常生活のいろいろな場面を思い出していただければわかるはずだ。凸よりも凹、丸よりも三角、ツルツルよりもザラザラ、1本よりも2本、一方向よりも多方向。シンプルな形よりも、いびつな形のほうがいい。

そうなるようにある程度鍛えておかないと、他人の脳のかけらと自分の脳をつなげにくくなる。

そもそも、たとえば茂木健一郎さんが発した脳のかけらの形と、林真理子さんが発した脳のかけらの形は、おそらく同じではない。

シンプルな形のフックでは、ある人の脳のかけらはつかまえられても、別の人の脳のかけらはつかまえられないということが起こる。

あるいは、茂木健一郎さんや林真理子さんの本を読んで、彼らの脳のかけらがいきなりくっつけられるとは限らない。

知識レベルや経験の質が違うので、無条件に自分の脳にくっつくわけではないからだ。かろうじて受容体に引っかかったとしても、何かの拍子に簡単に落ちてしまう。

同じ時期に同じ作家の本を読んでも、読者によって受け止め方が異なるのはこのせいだ。だれかが「メッチャ面白い!」と思った本でも、「なんじゃこれ、つまんねえ」と感じる人もいる。

受容体を複雑な構造にするための近道は、いろいろな著者の本を読むこと。そうすれば、さまざまな脳のかけらが蓄積され、受容体の形が多様化してくっつきやすくなるはずだ。

たとえば、「脳」の研究の本を読む場合、茂木健一郎さんの本を読んで、いきなり茂木さんの脳のかけらはくっつかないかもしれない。

しかし、『海馬』(新潮社)などの著書で知られる東京大学大学院教授の池谷裕二さんの本を読んでから茂木さんの本を読むことで、茂木さんの脳のかけらがすんなりくっつくこともある。人によっては、その逆もありうる。

それが読書によってさまざまな種類の受容体を獲得した結果であり、さまざまな脳のかけらを蓄積した成果なのである。

脳の受容体を活性化させる「本の読み方」

ただ、受容体を複雑な構造にするだけでは限界がある。そこに神経が通っていなければ、より多くの脳のかけらを取り込むことはできないからだ。

実際、脳ではシナプスという神経物質が発達することで機能が強化され、使わない部分は「アポトーシス(細胞死)」という形で死滅していく。

アポトーシスされないためには、読書量を積み重ねて受容体を活性化させる必要があるのだ。ただし、自分の得意分野や興味のあるものだけに偏ってしまうと、新しい分野との出合いがない。

たとえば「私は文系だから、DNAや遺伝子のことは興味がない」「私には難しくて、宇宙のことには関心が向かない」「純文学が好きだから、それしか読みたくない」などと言って得意分野以外を遠ざけていると、そこに有益な脳のかけらがあったとしても、自分の脳にくっつかない。

むしろ、自分の不得手な分野、目からウロコが落ちるような内容、あるいはこれまではまったく興味が湧かなかったことに目を向けるべきだ。

意図的に「異質な回路」をつくり出すことが、受容体の形状や質を多様化させる。簡単にいえば「乱読」ということになる。思いがけない発見や奇跡的な遭遇を意味する「セレンディピティ」を誘発するためである。

最初に完全に理解する必要なんてないのだ。表層をなぞるだけでもいい。広く浅くフックを出しておけば、いつどこで何が何と結びつくかわからない。広く浅くだったとしても、何かと結びつくことで、のちに深く入り込むこともある。

どのような分野にもいえることだが、ある段階までは一定のトレーニングを積まなければレベルアップしない。読書も例外ではない。

このことについて、2014年に公開された、リュック・ベッソン監督の『ルーシー』という作品から示唆を受けた。

コピーにはこう書かれていた。「人間の脳は、10%しか機能していない」大まかなあらすじはこうだ。

主人公のルーシーがマフィアの闇取引に巻き込まれ、ドラッグの運び屋に仕立て上げられる。ドラッグが入った袋を体内に埋め込まれるが、その袋が破けてしまい、体内で吸収されるというアクシデントに見舞われる。

しかし、その薬物を吸収したことがきっかけとなり、ルーシーの脳が活性化し、想像もできないような能力を獲得していく。

10パーセントしか機能していなかった脳が100パーセント機能したとき、ルーシーは、人間はどうなってしまうのか──。

作品では、ルーシーが突然、中国語を話し始めるシーンが描写される。周囲は「いつから習っているの?」と問うが、ルーシーはこう言う。

「いや、いま、急に話せるようになった」と。これを観て、私はすごく本質的なことを描写しているのだと思った。

というのも、人間の脳のなかには、人類のすべての記憶が詰まっているのではないかと以前から考えていたからだ。人間は十数代さかのぼると、ほとんどの人が同じ根っこにたどりつく。

そのときの記憶が、そう簡単に失われるとは思えない。実際、世界を見渡せば、前世のことを語り始める子どもたちの現象がある。習ったこともないのに、突然未知の言語を話し始める人がいる。

これをオカルトだと一笑に付してしまうことは簡単だが、どうもそれだけではないような気がしてならない。作品では、ルーシーは宇宙の誕生までさかのぼってすべての記憶を思い出していく。

ラストシーンでは、脳が100パーセント活性化したときの描写で幕を閉じる。ネタバレになってしまうが、あえて書かせていただく。

脳が100パーセント活性化したルーシーは、姿を消してしまう。完全に脳を活性化させた結果、世界そのものになってしまうという哲学的なラストシーンだった。

現実問題として、人間の脳が100パーセント活性化することは不可能だろう。

しかし、読書をはじめとするあらゆる体験を積むことで、少なくとも昨日より今日、今日より明日と脳が活性化していくことは間違いない。

そのとき、いま見えている風景とは違う世界が見えてくるのではないだろうか。他人の脳のかけらとつながるということは、そういうことなのだ。

本を読むことは、「みかた」を増やすこと

本を読んで、他人の脳のかけらとつながるというのは、言い換えれば、「みかた」を増やすことだ。

みかたには2つの意味がある。

1つは「見方」を広げ、増やすこと。本を読むことは、著者が獲得した知恵を、読者の脳につなげる行為である。自分の脳を他者の「脳のかけら」とつなげることで、自分の脳が拡張される。

世界を見るための視点や知恵を獲得することで、読者は世界の見方を広げ、多面的かつ複眼的に思考できるようになる。

自身の世界観(見方)を広げることで、玉石混交の情報にだまされにくくなり、ある決断をするための選択肢が増えることになる。

何よりもリスクを分散することができるため、本を読めば読むほど自分の身を守ることにもつながる。

もう1つは「味方」を増やすことである。

たくさんの著者の脳のかけらを自分の脳につなげることで見方が拡張されると、さまざまな脳(人)との交流が可能となる。

そうすることで、他者と世界観を共有することにつながる。

そして、共通点がいくつも発見され、脳のなかに共有のドメイン(領域)を築けた相手が、結果的に自分の味方になってくれることにつながるのだ。

それはやがて他者との間の共感や信頼に発展し、あなたが周囲から得られる「信任(信頼と共感を掛け算したもの)」の総量(クレジット)を増やしてくれる。

そこからさらに新たな脳のかけらとのつながりが生まれ、アメーバ状に「味方」が広がっていくだろう。

結果的に、本を読む人と読まない人の間には、大きな差が生まれ、しかもその差は指数関数的に広がってくる。

他人の脳のかけらをたくさんつないで世の中の「見方」を広げている人と、そうでない人の差だ。

他人の脳のかけらをたくさんつないで世の中に「味方」を増やすことで、夢を実現するときに他者から共感や信頼を得られる人とそうでない人の差だ。

周囲から信頼や共感が得られれば、大人として「信任」されたことになる。この信任の総量のことを、私は「クレジット」と呼んでいる。

クレジットが高まると自由度が上がり、クレジットが低くなると自由度は下がる。結果的に、クレジットが高まるとあらゆる夢が実現しやすくなる。

自分を取り巻く他人や組織や世の中全体からの信頼や共感が厚くなるからだ。そうすれば、多くのチャンスが巡ってくるし、夢を実現させるためのサポートも得られるだろう。

読書で、著者の脳をつなげて未来を予測する

読書は、著者の脳のかけらをつなぐ行為だという話をした。

自分の脳に取り込まれた他者の脳のかけらが増殖して、それが互いにつながり始める。そこから、新たな考えや意見が形成される。その副産物として、未来を予測することもできる。

たとえば、アマゾン創業者ジェフ・ベゾスについて書かれた『ジェフ・ベゾス果てなき野望』(ブラッド・ストーン著/日経BP社)と、グーグルの未来に言及した『第五の権力Googleには見えている未来』(エリック・シュミット、ジャレッド・コーエン著/ダイヤモンド社)の2冊を読むことで、1つの未来の姿を思い浮かべることが可能だ。

ここでは、かつて私が雑誌に連載した書評をもとに、著者と脳をつなげることで、どのような未来が考えられるのかという思考実験をしてみたい。

『ジェフ・ベゾス果てなき野望』(ブラッド・ストーン著/井口耕二訳/日経BP社)読者のうちのだれが、アマゾンが2000年、日本に入って来たとき、「これは単なる書籍のネット販売業者などではなく、やがて支配的な流通網になるだろう」と予言できただろうか。

私自身、電動歯ブラシの換えブラシから、iPhoneにセットする折りたたみキーボードまで、このマーケットで買うことが多くなってきた。

ジェフ・ベゾスという男は、はじめからウォルマートを超える会社をイメージしていたようだ。

少なくとも2000億ドル(20兆円)規模のビジネスのイメージを持ちながら、やれるところからやってきた。

ウォルマートは現在、連結で45兆円を超える売上額世界一の会社だが、アマゾンは創業から20年しないで6兆円を超えている(日本国内では2012年、年商7300億円と発表されたが、実際の取引額は1兆円を超えるともいわれている)。

12年度の成長率(20%超)からすれば、3年で10兆円、東京オリンピックイヤーの2020年までに20兆円を超える可能性だってあるかもしれない。

この本を読むと、その底知れぬ起業家精神と超のつくほどスピーディな試行錯誤のビジネス作法が学べる。

『スティーブ・ジョブズⅠ・Ⅱ』(講談社)とともに、ビジネスパーソン必読の伝記であり、一級のドキュメンタリーだ。

500ページあるから読むのに時間はかかるが、「ビジネスにおいて、いったい何が大事なのか」「付加価値とは何か」「会社において人間がするべきことは何なのか」というマネジメントの本質を学ぶ教科書になるだろう。

とくに「顧客の体験」を絶対視することにかけては宗教的ともいえるベゾスの判断の過程をじっくり楽しんでいただきたい。

アマゾンの玩具商戦では、こんな裏話も。

「案の定、感謝祭が終わると人気のおもちゃは在庫が足りなくなっていた。

(中略)皆で手分けしてコストコやトイザらスの店舗を回り、当時大人気だったポケモンや犬のおもちゃを買い占めたという。

オープンしたばかりのトイザらス・ドット・コムのウェブサイトでもポケモン製品を買い占め、ライバルの配送無料キャンペーンを活用し、(中略)倉庫に送ってもらったりもした」ベゾスは本質を見抜くと同時に先見性もあったが、音楽分野については、見誤った。

「アップルが音楽事業に君臨し、タワー・レコードやヴァージン・メガストアーズなどの大手チェーンをゴミ箱行きにする。

(中略)ベゾスは、当初、iTunesを軽く見ていた」彼の予想を超えるスピードで普及したiPodが市場を席巻し、CD市場を内側から食い荒らすことになるとは予想していなかった。

が、その失敗が「キンドル」誕生に結びつく。

2013年には「ワシントン・ポスト」紙を手中に収め、新聞界の老舗を生き返らせたいと意気込んでもいるようだ。

ただし、ベゾスのビジョンの追求が「野望」という言葉で総括されていいのかどうかは、正直迷う。

はたして、野望なのだろうか?私には、「顧客体験」を絶対視する、真摯で冷徹で、しかも秒単位の試行錯誤の連続、つまり、極めてまともで正直な経営だと思えるからだ。

『第五の権力Googleには見えている未来』(エリック・シュミット、ジャレッド・コーエン著/櫻井祐子訳/ダイヤモンド社)原題は『THENEWDIGITALAGEReshapingTheFutureofPeople,NationsandBusiness』。

現在、世界中でケータイの所有人口は20億人だが、あと10年で50億人がスマホでつながることになる。

そうした地球上の人間がつながる世界では、個人は、社会は、国家は、戦争やテロは、どんな姿になるかをはっきりと予言している。

たとえば、個人は人生の半分をネット内で過ごすようになるだろうから(メールしたり、SNSのコミュニティで交流したり、本や商品を購入したり、旅の予約をしたり、カード決済したり)、本人にその自覚があるないにかかわらず、その記録を膨大に残しながら生きることになる。

成人するまでのネット内でのヤンチャや粗暴な発言、あるいはスケベサイトの視聴状況までが記録に残る。

すると、こんな仮説が成立すると著者は述べる。

「デジタル新世代がすっかり大人になり、彼らの青春時代の無責任な言動が逐一デジタルに記録されて残るような事態となれば、『仮想世界での未成年者に関する記録を封印する』という大義を掲げる政治家が、必ず現れる」著者は、世界中の動きも注視する。

インドで進むかもしれないバイオメトリックデータベースによる固有識別番号(UID)計画。

現在、所得を申告して所得税を支払っている人は、人口の3%にも満たないことから、国民一人一人を掌握しようとするものだ。

指紋と虹彩認証をふくむ12桁の固有番号を持つIDカードを12億の国民に発行しようとしているという。

中国では、アストロターフィング(草の根活動)といわれる手法で、30万人のオンラインコメンテータ(書き込み屋)が政府のコントロール下で世論を形成。

いっぽう、都合の悪い書き込みは消されて、世界にはなかったものとされている。

サイバー攻撃はいまや、陸、海、空、宇宙に次ぐ第五の戦場となっていて、「ColdWar(冷戦)」が「CodeWar」と呼ばれるまでに至っている。

曰く、「国家は、現実世界の内外政策だけを考えていればよかった時代を、懐かしむようになるだろう」と。

戦争がロボット同士で行なわれるようになる映画のような未来ももう現実になり始めていて、狙撃目的の武装ロボットは2007年から実戦配備されているとか、米軍の軍用機の31パーセントが無人機だとか、目からウロコの情報も描かれている。

ルンバのアイロボット社も、「パックボット」という戦車のようなタイヤでカメラを積んだ軍事用ロボットを供給しているなんて、知らなかった。

私自身は過去に書籍にも書いたが、数年前から次のように考えていた。

もともとケータイは「通信クン」というロボットで、自動車は「移動クン」、洗濯機は「洗濯クン」、冷蔵庫は「冷蔵クン」、掃除機は「清掃クン」というロボットにすでになっているではないか、と。

でも、もう「戦争クン」の開発も真っ盛りだったのだ。

世界中で、紛争後の武装解除が行なわれ民主化が実行される局面で、「銃をとりあげスマートフォンを渡せ」が社会復帰計画の要になっている現実。

グーグルという会社はもはや米国の世界戦略の先兵もしくは米国的民主主義の代理人なのだと痛感するとともに、日本にこれだけのビジョンを持った経営者がいるのだろうかと考えてしまった。

構想している世界のスケールの、そもそも桁が違うのではないだろうか。

引用が少し長くなってしまったが、ここで私の感想や評価を押しつけるつもりはない。

重要なのは、この2冊の本を読むことによって、読んだ人の脳内にアマゾンとグーグルという世界をリードする企業について考える脳のかけらが形成されるということだ。

そこで浮かぶのは、両社がつくり上げていくであろう未来だ。

アマゾンを利用している人であればご承知だろうが、レコメンド機能や検索連動型広告機能など、自動マーケティング機能が日進月歩の進化を遂げている。

いっぽう、グーグルが人間の脳を超える人工知能を開発しているのは周知の事実だ。

グーグルが極秘裏に進める「グーグルX」というプロジェクトにおいて、世界中の人工知能開発会社を次々に買収していることからもそれはうかがえる。

この2つの事象から導き出される未来について、あなたならどう考えるだろうか。

私だったら、人工知能が人間の知能を超える未来を思い浮かべる。

この動きは、アメリカの未来学者レイ・カーツワイルがシンギュラリティー(技術的特異点)として紹介していて、NHKの特番にもなった。

そんな時代になったとき、人間に何ができるのか。

そんなことを想像すると、さらに関連書籍を読んでみたくなる。

正解はない。

未来はだれにもわからない。

ともあれ、かつてパソコンの父、アラン・ケイが「未来を予測するのに一番いい方法は、自分でやり始めることだ」と言ったように、あなたも、何かやり始め

たくなってきたのではないだろうか。

コラムツールとしての読書①読み聞かせは、親と子の絆を深める

幼少期に「読み聞かせ」をしたほうがいいというのは、教育、脳科学などさまざまな観点からいわれているが、私の実体験からも、実践する意義を感じている。

いまでも覚えているのは、母が私を寝かしつけるときに児童文学全集に入っていた『小公子』を読んでくれたことである。

私がひとりっ子だったからできたということもあるだろうが、幼稚園に入る前から小学校の低学年まで、母はずっと読み聞かせをしてくれた。

細かいストーリーは覚えていない。

それをきっかけに、おかげさまで小学生、中学生、高校生と読書をする人になりました、というような美しい話にもならない。

どちらかというと、読み聞かせは母親の音として覚えているに過ぎない。ただし、幼児期に読み聞かせをやることに一定の効果があるのは疑いの余地がない。

とくに幼児から小学校3年生くらいまでには、これ以上の道徳教育はないと思う。

私は「波動が入る」という言い方をしているが、本を通して母と子のコミュニケーションを深め、絆を強いものにするという視点に立てば、大きな意味があるからだ。

事実、珍しく父親が早く帰って来たときに、母の代わりに読んでくれてもちっともうれしくなかった。それは、やはり音波が違うからなのだと思う。

寝入るときだから、いつもの慣れた波動で聞きたいという心理が働く。そうした波動を刻み込むことは、人格の形成過程のひとつだから、悔しかったら父親も多くの時間を割くしかないだろう。

 

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