絆徳経営を実践すると、顧客も社員も社会も幸せになる
自己紹介が遅くなりましたが、私はラーニングエッジ株式会社の代表として、講演活動、経営者・幹部研修、海外セミナー、「社長の教養」というコミュニティ、そして「セミナーズ」という経営者向けメディアプラットフォームの運営など、幅広い教育コンテンツを提供しています。
「世界ナンバーワンの教育の流通会社を目指し、道徳的な価値あるコンテンツを必要な人々に届けて、この世界をよりよい場所にしてみたい!」そんな志のもと、二十代最後の年に起業してから早いもので、まもなく第二十期になります──。
国内外の有名経営者とは数えきれないほどお会いしてきましたし、中小企業から、誰もが知る大企業まで経営に関するアドバイス等を行ってきました。
これまでのべ二十万人以上の方々がラーニングエッジを通して本物・本質的な学びを体験し、継続的なビジネス成⾧を実現してきました。
なかでも印象深いのが、湘南美容クリニック様(以下、敬称略)の事例です。
世界最先端のマーケティングや新しい経営理論、そして「三方よし」を実践して大きく成長を遂げた好例として、ここでご紹介したいと思います。
前章でも述べたように、絆徳経営とは「相手によいことをするから、ずっと一緒にいられる」関係を目指すものです。
湘南美容クリニックの場合は、業界で初めて「価格の明示化」という「よいこと」をしてお客さまとの絆を結び、多くのリピート客、熱狂的なファンを獲得しました。
それまでの美容外科業界では、施術価格はブラックボックスになっていて、実際にいくらかかるのかは、クリニックに行ってカウンセリングを受けないと分からない仕組みになっていました。
そのため「初回千円」といったうたい文句につられて来店した客に対して、いろいろと理由をつけて高額なコースを契約させる。
あるいは「通常二百五十万円もする脂肪吸引が、今すぐ契約すれば七十八万円ですよ!」などと言って強引に勧誘する。
そうしたグレーな営業がまかり通っていたのです。
そんななか、湘南美容クリニックは業界で初めて全コースの価格を明らかにし、ホームページで公開しました。
たとえば二重まぶたの施術なら、数多くある施術すべての基本料金を明示したうえで、そこには何が含まれていて、オプションを選択した場合は追加でいくらかかるかなども含めて詳細に公開したのです。
また、美容整形を受けたことがない人の参考になるよう、ビフォー/アフターの事例を大量に公開するといった工夫も他社に先駆けて行いました。
その結果、どうなったと思いますか?だまし討ちのように高額なコースを契約させるクリニックと、お客さまのために明朗会計を導入したクリニックとでは、どちらが大きな利益を得たと思いますか?言うまでもなく、圧倒的に後者なのです。
一時的に客単価は落ち込んだとしても、「良心的なクリニックだから、ほかの部位の脱毛もやってみよう」「ここなら安心して友達や家族に紹介できる」と思ってもらえるので、リピートや紹介が増加して経営基盤が安定します。
今や同社の紹介リピーター率は驚異の九十パーセント以上にのぼるといいます。おまけに、お客さまによいことをして喜んでもらえるようになると、社員も働きやすくなります。
「強引な勧誘」というストレスから解放され、より心をこめて接客できるようになります。すると顧客満足度も高まり、リピーターがさらに増え、業績が上がり、給与も増えて、よりいっそう社員の満足度が上がるという好循環が生まれます。
当たり前のようでいて実はほとんどの人が実現できずにいた、これが絆徳経営の効果なのです。
しかし実をいえば、湘南美容クリニックも最初から理念ありきの経営をしていたわけではありません。
湘南美容クリニック代表の相川佳之先生は、以前は仕事の鬼のような方で、お酒も飲まず、遊びもせず、ひたすらマシーンのように働く時期もあったといいます。
そのため「すごすぎて、この人にはついていけない」と辞めてしまう社員が後を絶たず、離職率は高かったといいます。
それが理念に基づく経営に目覚めて以来、見違えて変わったのです。今、同社のホームページには次のように書かれています。
経営理念:究極の三方良しを実現する全スタッフの物心両面の幸福を追求すると共にお客さまに最高・最良の美容・健康・医療サービスを提供し社会に貢献する
絆徳経営という言葉こそ使っていないものの、湘南美容クリニックの理念はまさに絆徳の思想そのものといえます。
この理念を絵空事で終わらせず、すべてのスタッフに浸透させるため、同社では社員向けに「理念研修」を導入しました。
同時に採用過程においても「理念採用」を実施し、理念に共感できる仲間を増やしていきました。その結果、離職率は劇的に下がり、社員数はわずか数年で二倍以上に増えました。
それも五人が十人になったというレベルではなく、二千人が五千人にまで増加したのです。もちろん、そこまで人数を増やすことができたのは、業績が爆発的に伸びたからにほかなりません。
湘南美容クリニックがすばらしいのは「理念」だけではなく「経済合理性」の面でも申し分のない成果を出していることです。
しっかり利益が出ているからこそ社員に高い給料を払うことができ、給料が高いからこそ社員が辞めずに長く働いてくれる。
「相手によいことをするから、ずっと一緒にいられる」ためには、よいことをするための軍資金も必要なのです。
顧客・社員・社会の三方と強い絆で結ばれた湘南美容クリニックは、多くの経営者が苦しんだコロナ禍でも底力を発揮しました。
新型コロナウイルス感染症が拡大しはじめた当初は、日本全体で「人と人との接触はご法度」という空気があり、接触が不可避な店舗系ビジネスは軒並み業績を落としました。美容クリニックなどは店舗系のなかでも特に接触が濃厚で、かつ不要不急とみなされがちなので、当然ながら経営は苦しいだろうと思われました。
ところが湘南美容クリニックは、そんな逆境下にあっても売上を一千億円以上に伸ばしました。
これには正直なところ私自身も驚かされましたし、同時に「三方よし」を実現している会社がいかに強いかを、あらためて教えられました。
富だけを追い求める経営者は、どんどん富から遠ざかる
絆徳経営で成功しているのは湘南美容クリニックだけではありません。
弊社の経営セミナーで絆徳を学び実践した会社では、コロナ禍においても実に半数以上が、経営状態が改善したという報告を受けています。
顧客・社員・社会の三方と絆を結ぶためには、顧客サービスの改善や社員の昇給、社会貢献など、それなりの投資が必要になるわけですが、その投資をしてもなお業績が上向きになったということは、絆に基づいて「理念」を追求すれば、自動的に「経済合理性」もついてくるということを物語っています。
翻って、現状「経営が苦しい」と嘆いている会社はどうかといえば、理念もなければ利益も出ていないというケースがほとんどです。
大半の企業は、まず経済合理性のみを重視した「所有の経営」を行います。
ところが理念をもたずに経済合理性だけを追求していくと、社長も社員も何のために働いているのか分からなくなってモチベーションが低下し、三方と絆を結べなくなるので、いずれ売上は頭打ちになります。
富ばかり求めていると、肝心の富から離れていくのです。
日本資本主義の父である渋沢栄一は「真の富とは『道徳』に基づくものでなければ、決して永くは続かない」という言葉を残しています。
いくら利益をあげても、根底に道徳(理念)がない会社ではサステナブルに発展することは叶わない──。すべての経営者が今こそかみしめるべき至言といえるでしょう。かといって理念ばかり追いかけていても会社は成り立ちません。
一般的な統計をいえば、営業利益率は大手企業でも平均三~四パーセント、つまり一億円の売上があっても利益が三~四百万円しか残らない計算です。
それでは税金を納めたら余裕がなくなるのも当然ですし、本当の意味での社会貢献をすることはできません。
経済合理性を軽視する会社に、理念を実現する力はないのです。持続可能な経営を行うためには、理念と経済合理性の両方が必要なのです。
経営者の使命は「雇用と教育」で中間層を増やすこと
第1章で述べたように、世界では一部の富裕層が富を独占し、大多数の貧困層を生み出しています。
こうしたピラミッド型の社会では、能力のある人だけがどんどん上に行って給料を上げていきます。
できる人が多くの富を得るのは当然だと思うかもしれませんが、相対的に考えれば、一部の人が何億円もの年収を得るようになれば、その何十倍、何百倍もの人の受け取るものが減っていき貧困に苦しむことになります。
貧困から抜け出すにはピラミッドをのし上がっていくほかないわけですが、それができるのは一握りの優秀な人だけで、大部分は底辺に取り残されて、格差はさらに広がっていきます。
その結果、わずか二十六人の超富裕層が、世界人口の半分の総資産と同額の富を独占するという異常事態が起きているのです。
これは本当におそろしいことで、私たちは今こそ本気でその危機感を意識しなければいけません。
ピラミッドの先端が尖れば尖るほど分断が進み、文明が壊れていくことは、考古学的に検証すると明らかなことなのです。世界の格差問題は、対岸の火事ではありません。なぜなら日本の企業内でも、まったく同じことが起きているからです。
日本の経営者は、基本的にはまじめで勉強熱心な方がほとんどだと思いますが、だからこそ従来的な「成功哲学」に毒されている可能性があります。
成功哲学の危険性は前章で述べたとおりで、トップが「できる人だけ評価すればいい」という考えに陥ると、上層部にだけ富や英知が集中して、ピラミッドの頂点はどんどん細く、鋭くなっていきます。
こうしたピラミッド型の会社では、上層部が手厚い待遇を受ける一方、大多数の社員は生産性が低いまま放置されるので、徐々にやる気がなくなり、顧客や社会との絆も失われてしまいます。
いくら上層部のエリートたちが頑張っても、それだけで事業を維持できるわけもなく、後継者が育たず、やがて会社は破綻する──。
それがピラミッド型組織の末路です。
破綻を免れるには、「雇用と教育」によって「中間層」を増やし、ピラミッド型の組織を「ダイヤ型」の組織へと進化させるしかありません。
この経営哲学は、鮎川義介氏の目指した理想の経済のあり方であり、世界に誇る事業を一代でつくり上げた「実践を伴う経営手法」で、単なる机上の空論ではありません。
ではまず、中間層とは何か?社会全体における中間層とは、仕事をして給与を得て、家族を守りながら安定的に豊かに幸せに暮らせる人をいいます。
中間層を増やすには、人を雇用し、教育して、仕事ができる人材を増やす必要があります。それができるのは企業経営者だけですから、「雇用と教育」は経営者の使命といっていいでしょう。
一方、会社内における中間層とは、一定以上のスキルをもって活躍するリーダー・マネジャー層のことであって、この層が増えると、社内が活性化して業績も上がります。
とはいえ、会社というのは管理職よりも新人のほうが多いのが一般的です。新人は生産性が低く、給与も低いため、組織はどうしてもピラミッド型になりやすい。
特にベンチャー企業などは、経験豊富な経営陣と、起業後に雇った新人に二極化するため、最初のうちは必然的に鋭角のピラミッド型組織になってしまいます。
この状況を改善するのが「教育」です。まずは、教育によって仕事ができる中間層を増やしましょう。
詳しくは第5章の「絆徳の人事」でお伝えしますが、社員が活躍できるように働きかけて、中間層として定着できる環境を用意するのです。
すると彼らが新人の面倒を見られるようになるので、新人の生産性や給与もアップする。そうやって徐々にピラミッドの下層を底上げして、ダイヤ型の組織に近づけていくのです。
中間層の育成に力を入れるのは、彼らが新人教育の担い手になるだけではなく、周囲の士気も高めてくれるからです。
生産性を出せる中間層は、自分が活躍しているという自己有用感を得られるので、幸福感を持ちながら長く安定的に働けます。
そんな先輩の姿を見れば、新人として入ってくる人も安心して「自分もこの会社で頑張ろう」と思えるでしょう。
「三角→ダイヤ→丸ダイヤ」を目指せばすべてはうまくいく
教育によって組織をダイヤ型にしていくためには、単なる技術教育ではなく、「絆徳哲学」に基づいた理念教育を行う必要があります。
本人のスキルを高めるだけの教育では、結局のところ「成功哲学」に帰結し、「自分さえよければいい」「できない奴は自己責任」と考える人を量産してしまうからです。
社員教育を行う際は、生産性を高めるための「技術の教育」と、顧客・社員・社会の三方との絆を育むための「理念の教育」の両輪で進めていきましょう。
会社が経済合理性と理念の両方を追求していくように、社員にもその両方の教育を与え、目指す方向を一致させるのです。
大変そうに感じるかもしれませんが、視点を変えて考えれば、経営者がやるべきことは「雇用と教育」だけでいいのです。
そうすれば、成長した社員がお客さまや仲間に対して「よいこと」をしてくれるから、リターンとして利益や信用が返ってくる。
「雇用と教育」さえうまくいけば、あとは自動的に顧客も社員も社会も幸せになって「三方よし」が完成するのです。
顧客・社員・社会の三方との絆が確固たる会社が増えれば、社会はダイヤ型からさらに進化します。
ダイヤの上下左右を尖らせていた存在、すなわち落ちこぼれる人(下)、富を独占しようとする人(上)、組織の理念に共感できずはみ出す人(左右)がいなくなるので、角のトンガリがだんだん取れて、丸みを帯びたダイヤ型になっていきます。
この丸みを帯びたダイヤ型(以下、丸ダイヤ型)の社会構造こそ、経営者が目指すべき企業の理想形なのです。
社会というのは、何も手を打たず成り行きまかせにしていると、必ず少数の勝者が富を独占するピラミッド型になっていきます。
私が知る限り日本企業の大部分はこのパターンで、自分たちが格差を助長していることや、今のままでは会社を維持できなくなるという自覚すら持ち合わせていないようです。
もちろんすべてがそうではなく、ピラミッド型組織の問題点にいち早く気づき、適切な教育で中間層を増やしてダイヤ型に到達している会社も少数ながら存在します。
創業百年レベルの老舗企業は「持続可能な経営」を体現しているだけあってダイヤ型が多く、中小零細レベルの会社でも、絆を重視した経営を行っている会社は格差の少ないダイヤ型になっています。
ただ、そこからさらに「丸ダイヤ型」にまで進化できている会社はというと、残念ながらほとんど存在しないのが現状です。
ダイヤの角を丸くするためには、のちに説明する鮎川経営哲学を理解し、歴史や思想などの「教養」を学ぶことが求められます。
道のりは決して楽なものではありませんが、経営者となったからにはぜひとも「丸ダイヤ型」の会社を目指してほしいと思います。
それこそが百年先まで愛される絆徳企業になる条件だからです。
これまでの日本なら、ダイヤ型でも十分に会社を維持できていましたが、SDGsに代表される新しい価値観が主流になってきた現代では、時代を超えて人や社会にやさしい「丸ダイヤ型」を目指していかなければ、生き残ることも、発展することもできません。
つまり、経営者に哲学や教養がよりいっそう求められる時代となったのです。もちろんそれは日本だけではなく、世界中のすべての会社にいえることです。
今後は世界中の企業がこぞって「絆」重視の絆徳経営に乗り出し、丸ダイヤ型の組織を目指すことになるでしょう。
そうなれば有利になるのは日本です。
欧米の人々が成功哲学の呪縛から逃れるのは簡単ではないでしょうが、日本人はそうではありません。
むしろ、今までは若干背伸びをして西洋式の成功哲学を追いかけてきたけれど、絆徳経営では心置きなく「よいこと」を実践できるのだから、心理的ストレスは軽減し、より楽しく、幸福感をもちながら働けるようになるでしょう。
「日本的経営」で日産コンツェルンを築いた鮎川義介氏
絆徳経営は私の造語ですが、その究極の目標である「丸みを帯びたダイヤ型(丸ダイヤ型)」は、日産コンツェルンの創始者にして日本産業の父といわれる鮎川義介氏が好んで使ったシンボルに範をとったものです。
私は鮎川氏から多大な影響を受けており、絆徳経営の骨組みを構築する際にも、彼が行った「日本的経営」を大いに参考にさせていただきました。
鮎川氏は、日産自動車や日立製作所、日立金属、日本テレビ、日本水産、日本ビクターなど、現代まで続く数々の巨大企業の立ち上げにかかわり、日本の産業の土台をつくり上げた人物です。
「社会公益に役立つ仕事をする」という信念のもと、日本で初めて自動車一貫生産を実現して産業の発展に貢献したほか、日本でまだテレビ放送がされていなかった時代から、他国にメディアをのっとられないようにといって日本テレビを設立するなど、先見の明にも長けていました。
しかし、私が鮎川氏を尊敬してやまないのは、彼の輝かしい功績のためではありません。
私腹を肥やすことをよしとせず、つねに国家社会のために役立つ仕事を志向した、その志と徳の高さにほれ込んでいるのです。
実際、彼は自分の個人的資産をまわりに渡してしまい、自分に残すようなことは一切しなかったし、社名に自分の名前を残すこともしなかった。
だから一万社を超える大企業グループを生み出したにもかかわらず、「鮎川」の名を冠した会社は一社もありません。
その一方、社員を富ませることには熱心で、彼は日本で初めて社員に株を持たせて社員の資産形成を後押ししました。
会社が成長して株価が上がると社員も富を得て、一般庶民には高根の花だった車や家も買えるようになる。
そうやって中間層を増やしていったのです。当時からすればものすごいアイディアだったことでしょう。没後五十年以上がたった今も、鮎川氏がまいた種は日本を支え続けています。
たとえば日立グループの従業員数は今や三十五万人にものぼり、平均在職年数も十九年と突出しています。
創業から約百年、ゼロから一代で築いた会社が三十五万人以上もの雇用を生み、長期的に安定した仕事と豊かな生活を与え続けているのです。
また、鮎川氏は「経済とは、経世済民」であると唱え、能力あるものが搾取ではなく、経済を回して世界を救済することの重要性を訴えました。
対立や分断による格差社会から最適化社会に変えていくということは、中間層を増やして社会をダイヤ型に変えていくことにほかなりません。
現代社会の格差や経済問題を解決する唯一の道を、彼はすでに百年前に示していたのです。
経済を回して世界を救済するのは、国家ではなく企業の経営者の務めです。
鮎川経営哲学の言葉を借りるなら「企業とは学校であり、社会の救済装置」です。
一般的な学校では生徒が授業料を払って学びますが、会社は社員にお金を与えながら成長させる。
今まで学ぶ機会がなく、それゆえピラミッドの底辺にとどまらざるを得なかった人を雇用し、お金と教育を与えることで、社会に貢献できる豊かな中間層に変える。
それが企業の存在価値だというのです。
「会社は学校じゃないぞ」と言われた経験がある方も多いと思いますが、鮎川氏はまったく逆の理論で産業を興し、人々を救済したのです。
だから経営者は、どんな社員だろうが育てる義務があります。
「コイツはできない奴だ」と見放しているようでは経営者としては三流で、できない社員にはどうすればできるようになるかを教え、引き上げてあげる。それができなければ絆徳企業になることはできません。
その点、鮎川氏がつくった会社には「鮎川哲学」が受け継がれているので、社員教育にも熱心です。
たとえば日立は二〇二〇年、国内グループ企業の従業員約十六万人を対象にデジタルトランスフォーメーションの基礎教育を実施しました。
言葉にするのは簡単ですが、対象は十六万人です!普通の会社ならIT関係の部署だけ、あるいは意思決定を担う上層部だけになりそうなところを、スタッフ部門も含めた国内の十六万人の従業員を対象にしたのです。
とてつもないコストがかかったはずですが、これからの時代に必須となる知識を従業員にあまねく与えることで「社会の救済装置」としての役割を果たしたのです。
私は鮎川氏から、経営者として世のため人のためにお金を使うことの大切さを学びました。会社が収益をあげるのは、お客さまや社員を幸せにして社会に貢献し、世界平和や人類救済を実現するため──。その哲学がすべての日本人経営者に浸透すれば、どれほど社会はよくなるだろうと思います。
さて、その鮎川氏が好んで使ったのが「丸ダイヤ型」のシンボル(左図)で、日本コンツェルンの報告書など、重要な書類の表紙にもたびたび採用されました。
ベースとなるダイヤ型は手厚い中間層の象徴であり、四隅が花のように丸みを帯びているのは、トンガリをやわらかく包んで救済しようという思想のあらわれでしょう。
このシンボルには、これからの日本企業が目指すべき姿が凝縮されています。なおKonzernの文字の左側のマークは、商業のシンボルであるギリシャ神話の「ヘルメスの杖」をあらわしています。
まさに和魂洋才の哲学です。
トップが社員の幸せを願えば、組織はうまくいく
ピラミッド型を脱してダイヤ型に進化できている会社は、私の感覚では全体の一割にも届きません。
いわんやダイヤの角を落として「丸ダイヤ型」になった企業となると、過去現在を見渡しても数えるほどしか存在しないのではと思います。
そんな数少ない「丸ダイヤ型」企業の一つに、出光興産が挙げられます。
創業者の出光佐三氏は映画『海賊とよばれた男』のモデルとなった人物で、「人間尊重」という信念のもと、国家や消費者のためにカルテルを見逃すわけにはいかないと、英国資本の石油メジャーにけんかを売った。
その一方、「社員は家族」であるとして、タイムカードも定年制も設けず、利益を社員に還元するために非上場を貫きました。
彼は自著『マルクスが日本に生まれていたら』のなかで「資本家の搾取を許さず、平等な社会を目指そうというマルクスの思想は、自分と同じ地点を目指しているが、そこへ至る方法が非現実的であったことは歴史が証明している」「我々は、大家族主義、人間尊重でいく」と語っています。
出光氏は、戦争で生きているかどうかも分からない社員がいたときに、その家族に社員の給料を送り続けた、と言います。
経理の責任者からは、もうお金がないから絶対に払えないと言われても、「いや、絶対に誰もクビにはしない!」と言って、給料を送り続けたそうです。
戦争から帰った社員は、自分の会社(出光)は戦争でとっくになくなってしまったと勝手に思いこんでいたのに、親から「お前の会社の社長が、給料をわが家に送り続けてくれていた。恩を一生忘れるな、早く会社に戻れ!」と言われ、熱烈な感謝とともに出光で仕事をした、という逸話があります。
社員を家族のように扱う、そんな会社が、日本には存在するのです。ピラミッド型からダイヤ型への進化は、単純に「与える」だけでも事足ります。
雇用を与え、教育を与え、給与を与え、労働時間を減らしてゆとりを与えることで、豊かで幸せな中間層が増えれば、組織や社会はダイヤ型になっていきます。
けれどもダイヤ型の角を取って丸くしていくためには、与えるだけではなく、トップが自分の取り分を減らさなければなりません。
自分一人が頂点に立つという意識を捨て、自分一人が富を独占する権利を放棄し、一段下へと歩み寄らなければならないのです。
このように、理念や道徳を実践しようと思ったら「覚悟」や「譲ること」も必要になります。
社長本人はもとより、役員も含めた上層部全体が譲ることができる文化をつくることは、底辺を引き上げることよりもはるかに困難な作業といえます。
特に欧米の経営者が絆徳経営を実践するうえでは、ここが一番の難所となるでしょう。日本は欧米にくらべて社長の年収が低すぎるという議論もあります。
このままでは人材が海外に流出してしまうと警鐘を鳴らす人もいるようですが、私個人の考えとしては、その論理には違和感をおぼえます。
一般社員の年収は平均的なのに、社長だけが何億円も受け取り、しかも税金も払ってないといった話は、日本人の感性には合いません。
絆徳経営を実践するうえでは、トップの年収が低いことは悪いことではなく、むしろ強みになります。
もちろん、経営責任を果たすためにも、豊かで幸せな生活を家族と過ごすためにも、経営者が一定以上の十分な報酬を受け取ることも大事なことです。
極端に多額な額であることが問題なだけで、妥当感のある適切な額を受け取ってしかるべきです。
ただ、社長が富を独占しているような場合は、ダイヤの頂点を丸くすることなどできないということです。
富を適正に配分して中間層を増やすことは、自社の発展のみならず社会全体をよくし、SDGsの実現も後押しする行為です。
このことに誇りをもって取り組み、丸ダイヤ型の絆徳企業へと躍進を遂げる経営者が増えていくことを願ってやみません。
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