第2章社長の教祖が「カミナリ」を落とすとき
迎えの社長車でも突然カミナリが落ちる
「あそこで一倉先生に怒鳴られなければ、今頃ウチの会社はなかったかもしれない」「いや~、あれだけ真剣に叱ってくれたのは、一倉先生だけですよ!」「こっちが先生の血管が切れるんじゃないかと心配しましたからね~」不思議なことに社長が集まると、自分のほうがもっと叱られた自慢大会になる。
社長の一言で「あんたに何も教えることはない」
長年、一倉先生が定期指導をしていた会社で、いつものように駅に社長が迎えに行ったときのこと。
会社に向かう車中で、先月の課題の進捗の話になったが、全く進んでいない理由を社員のせいにして言い訳してしまった。
その日はあいにくの雨だったが、先生がいきなり語気を強め「車を止めろ!」と言った。そして、傘もささずに歩いて駅に向かって帰り始めたのである。
驚いた社長は先生を車に乗せようと説得するが、「雨がなんだ!軍隊の行軍に比べれば何ともない!」。やはり、戦前生まれは筋金入りである。
でも、この社長(現在は会長)は、「〝鬼倉先生〟は本物だ」と言って、生涯の師としてその後も指導を受け高収益企業を築いていかれた。
経営の勉強をしている社長は実のところ、さまざまな先生の勉強をしていて、比較的権威者の話、大会社に育てられた社長の話が大好きでよく聞いていた。
S社長が一倉先生に相談があるというので診てみると、明らかに身の丈を超えた過剰管理で経費倒れの状態だった。
中堅企業でも「最小管理」で充分とする先生の組織階層の削減アドバイスに、「これは○○のやり方で……、こういう場合どうするんですか?」と重箱の隅をつつくような問答がなされた。
こうなると道は2つ。「当然カミナリ」と、もう1つ。先生がプイっと横を向いて、「人に話を聞いて実行する気がないなら、あんたに話すことは何もない」と黙ってしまう場合である。ただし、目は鋭い三角であるが。
言い訳、他責もダメだが、やりもしないで机上のリスクをあれこれ論ずる社長を一番叱っていた。
現状は厳しい業績なのに、変化を止めているのが社長本人であるから、まさに怒り心頭。
「やりもしないでぐちゃぐちゃ言うな!」と。本気でない社長には、「一倉はあんたの相手をするほど暇じゃない!」と、さっさと席を立つのである。
工場の玄関に着いた瞬間、「帰る!」
「環境整備」については、伝説がいくつも残っている。
『一倉定の社長学全集』でも、講義の中でも、環境整備の重要さを「社員に意識革命を起こす」とまで紹介されるが、最初は多くの社長はそこまで実感していない。
業績の低迷で苦しんでいるときは皆、先生に「即効薬」を求めているからなおさらである。
飲食チェーン経営の社長も店舗視察に先生をお連れして、販促・集客法の相談をしようとしたが、店内のゴミ箱を見た瞬間「カミナリ」だった。
さすがにそのときは同席していなかったが、社長がそのときに、続けて商売の相談を切り出したから、ここでは書けないような大変な状態を招いたのである。
また、K社長は長年勉強し、やっと工場を見ていただこうと遠路、先生を招いた。
車で本社工場に着いて玄関のドアを開けようとした瞬間、「なんだ!このガラスの汚れは!これでは工場を見るまでもない」と言って、本当に東京へ戻ってしまった。
先生が個別指導で地方に1日がかりで行くのには相応の費用がかかるのだが、10分で帰ると言われては正直たまらない。
しかし、この両社長とも「目が覚めた!」と言われ、自分が勝手に考えていた「ピカピカ基準」と「先生のピカピカの徹底基準」がこんなにも違っていたと述懐されている。
今では地元の超人気店で連日満席、店舗数もゆっくりではあるが着実に伸ばしている。
個別相談に臨む社長へ先輩社長からのアドバイス
自分の会社に先生を招き一対一で指導を受ける方々はベテラン社長がほとんどで、何回か怒られ要領を得ているが、はじめての社長は先に述べたような体験を誰もがしている。
そのため予行演習をやるわけではないが、公開講座の1日目の夕方と経営計画作成合宿の期間中は「社長と先生一対一の個別相談」があるのだが、はじめての場合は相談の列に並ぶのにも勇気が要る。
皆の噂も聞いているし、講義会場の雰囲気もピリピリである。先輩社長は怒られ慣れてもいるので、緊張してつい愚痴や言い訳的なことは言わない。
質問も的確であるが、はじめての社長が内部管理や社員への不平など口にしようものなら、次の社長が相談にならなくなるので、「経営上、解決しなければならない問題」と「自分なりに考えた対策を1~2案示し、これで良いか?他に注意するところはないか?」という視点で指導を受けるように助言するのである。
他山の石ではないが、貪欲な社長はあらゆる機会を捉え、後輩の社長の困りごとを聴くことさえも自らの勉強にしてしまう。
そうして互いに打ち解け、仲間を増やし知恵を共有し合い、切磋琢磨して経営力をつけていくのである。
相談する社長も安易に人に解決策を聞くと、そのときは助かるが自ら考え尽くす力を失ってしまう。
最後には「教えてくれ」「紹介してくれ」など、常に「アレくれ、コレくれ」のくれくれ族になり、社長仲間も皆離れていってしまう。
社長業を放棄する社長
社長の仕事は決定することである。それも「我社の未来を作るための、今の決定」である。
意見を求めることは問題ないが、多く聞きすぎると迷ってしまい時間だけがズルズルと過ぎてしまう。
他の意見、助言を「自らの決定」としてしまい、上手くいかなければ他責とし、ひどい場合は「現場に丸投げにして」担当者に責任を取らせる社長も現実に目の当たりにした。
これこそ最悪の社長業の放棄であり、財務や経営戦略以前の「社長の姿勢」の問題である。
残念ながら後継社長に見られがちな行動である。
ただし、問題点の分析や「やるべき論」は一見筋が通っている場合も多く、知識も豊富であるから本人さえそのまずさに気づいていないのである。
神ならぬ人間のやることであるから間違いはつきものである。
ダメだと思ったら「朝令朝改」も問題なし、一倉先生の指導でもあり、社長の見栄や虚しいプライドなどは糞喰らえである。
決定とともに全ての結果責任こそが社長業の根幹であり、お客様の満足だけが唯一の合否判定なのである。
何度も聞いた「一倉にそんなことがわかるか!」の怒声
新商品や新事業の相談でカミナリが落ちることは日常茶飯事である。
試作品や完成した品物を持ち込み、一倉先生の意見を聞こうとする社長の心情は「なかなかいいね」や「こうしたら売れるよ」を聞きたいのがホンネであり、あわよくば販売先を紹介していただけないか、とまで思っている。
それを見透かしたかのように先生は、「一倉はあんたのお客じゃない。そんなことがわかるか!」と一喝。続けて、「お客様のところに行って聞いてこい」と怒鳴られる。
ところが、ベテラン社長には、これがなかなかできない。過去にヒット商品をいくつも出していればなおさらできなくなるのである。
自信も実績もあるから、俺の目に狂いはないと思い込み、自分の好みをお客様に押し付けようとする。売れなければ、「営業は何をやってるんだ!」と社内に発破をかける。
営業マンや店頭の担当者は売れない理由やお客様の反応を直接、見聞きするから何となく理由はわかっているが、なかなか社長に本当のことを言えるものではない。
全ては「お客様がほしいか?買ったか?」どうかだ
お客様にとっては社長が作ろうが、有名デザイナーが手掛けようが関係ない。良いと思えば買うし、嫌なら買わないだけである。
確かにヒット商品の第2弾や、有名企業、老舗の新商品は期待を込めて1回は買ってみる。食べたり、試したりして良ければ再購入につながり、売上も伸び定番商品に育っていくのである。しかし、期待ほどでなければ初期出荷の後のリピートオーダーが入らなくなってくる。
自信を持って市場投入しただけに、社内では広告宣伝が足りない、営業が足りない、やる気がない、口コミを仕掛けられないか?などさまざまな意見が飛び交っていく。
昨今ではインスタ映え、ユーチューブなどで紹介され一気に火をつけても、お客様に本当に支持されなければブームは長続きせず類似品や代替商品も市場に一気に溢れるから、余計に寿命が短くなってくる。
最後には、「あれが悪い、これが悪い」の犯人探しが一巡し、「いい商品をわからないお客が悪い」の発言まで飛び出してくるのである。
「社長の我の申し子」という新商品
昔からセンミツという言い方があるが、さすがに新商品の確率が1000分の3では経営は維持できない。実際の統計などはないだろうが、10%の生存率なら合格。20%も新商品がヒットするのは驚異的な数値だと言われる。新事業が収益の柱に育つ確率はもっと低いものである。
巨費を投じて開発体制を持ち、市場調査を繰り返している大企業でさえ連戦連勝はあり得ない。
逆に言えば、10品の商品を市場投入しても8~9品は生き残らないし、1つの新商品、新事業を成功させるために、傷口が大きくなる前に損切りしなくてはならないのである。
しかし中小企業では、頭ではわかっていてもこれがなかなかできない。
理由は、大きく3つあると思っている。
1つには、累損額や単月黒字になるまでの期間の基準が全社の共通ルールとして決まっていないこと。
こういう指摘をすると、必ずと言っていいほど、「最初からそんな弱気でどうする!」「松下翁も成功するまでやり続ければ、失敗はないんだ!と言っているではないか」との反論が聞こえてきそうである。
次に、サンクコスト(埋没原価)という考え方の持ち方である。
「もう既に5000万円突っこんだんだから、後には引けない」「あと1000万円宣伝に資金を投入すれば売れ始める!」「あと1年やらせてほしい」等々、気持ちはよくわかるがずるずると時間と資金を使い、気がつけば赤字がもっと大きくなっているのである。
さらに悪いことに、その商品や新事業が社長の肝煎りでスタートし、社長の息子さんがリーダー・発案者となってプロジェクトが始動している場合である。投入予算のタガが外れてしまうことが、かなりの頻度で起きてしまう。
一倉先生の言うところの「社長の我の申し子商品」であり、日頃は冷静な社長でも、面子とプライドが掛かっているだけに、どんなにお金と人と時間を使ってでも成功させようと努力するのである。
社員を含め傍目から見れば「即撤退」が正しくても、社長からすれば巨費を投じているだけに「せめて元を取らねば!」という経営者目線もあって決断を先送りにしてしまう。
社長を止められるのは社長自身か、社長が尊敬する人からの苦言だけである。
こういう状況での一倉先生のカミナリは尋常ではない!社長自身が慢心し、お客様不在の天動説経営に陥っていることと、会社の命脈である資金に黄信号が点灯し始めるからで、一切の言い訳を許さないで「即答」を求めるのである。
町の発明家社長の質問?お願い?
先日も新事業の相談があるとのことで連絡が入り、詳細を伺いに行ってきたのだが、相談の趣旨は「どのように売ったらいいか?」「どこに売ったらいいか?」で、既に億単位の開発費は投入済みであった。
「そんなバカな!」と思われるかもしれないが同様の問い合わせは、年に何件も入ってくる。
「こんなのを造ってみたが、卸先を紹介してほしい」「この技術は画期的で、世界がひっくり返るぞ!」等々、社長は大真面目に開発しているのだが、お客様や用途が見えない珍製品の山である。まるで町の発明家のような社長もいらっしゃる。
先ほどのセンミツではないが大化けする製品がないとは限らないが、大企業の基礎開発なら許されても中小企業には金食い虫の仕事は向かない。
用途開発、応用開発、ヨコ展開などお客様のお困りごと、要望をしっかり捉え商品開発するのであるが、一倉先生と社長の会話の中で「お客様の姿が感じられない、見えない」とやはり巨大なカミナリが落ちるのである。
曰く「穴熊社長のバカッタレ!」「そんなことは、一倉に聞かないでお客様のところに自分で行って直接聞け!」「営業マンの報告で現場の本当のことがわかるか!」と凄い剣幕である。
本来、社長がやらなければならない一番大事な仕事をやらないで、社員任せ他人任せにしている言動こそが「カミナリスイッチ」の起爆ボタンなのである。
しかし、一倉先生は実は社長に怒っているのではない。
アメリカで経営学と称される「内部管理学」や「人間関係論」、「大手企業の組織論」を、経営現場を知らない学者が最新の経営学として紹介している現状に対して怒っているのである。
一生懸命勉強し、正しいと信じている中小企業の社長に、「目を覚ませ!」とばかりにカミナリを落とすのである。
小さく実験して、一気に勝負に出る
それが証拠に多くの社長は「なにクソっ!」とばかりにお客様を回り始め、小さなことから仕事のやり方、お客様サービスを改良し、新商品のテストを行い、高評価をいただいたことを、全社、全お客様に広げ業績を伸ばし始めるのである。
当然ながら、社長は途中報告や結果報告を先生に伝えて、次の一手を相談するのだが、先生は満面の笑みをうかべて「良かったね~」と、我がことのように喜んでいる。
あの剣幕で怒鳴ったことなど忘れているに違いない。まあ、あれだけ怒っていると、どこで誰に怒鳴ったかも覚えていないだろうから。
ただ怒鳴られた社長は「あれだけ真剣に自分のために怒ってくれた!」「あれが自分の転機だった」と皆さん述懐するのである。
業績が伸びるのは、誰より社長が一番喜んでいる。
だから穴熊社長を卒業し、お客様訪問を繰り返し、新商品を探し、新事業を求めテストを繰り返し、事業領域を拡大していくことで目を見張る成長を実現させられるのである。
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