リーダーに求められる資質とは理想のリーダーストッグディルの特性論流行りの「~力」シリーズ実際の管理職研修から理想のリーダー像における矛盾最悪なリーダー像を描く理想のリーダーはブレないこと
リーダーに求められる資質とは第1章でも述べたように、この章ではリーダー自身が組織の中でどのようにリーダーシップを発揮し、ゴールに導くべきかを考えていく。
基本的に質問形式で進めていくため、読者の皆様も一緒に考えながら、読み進めてもらえれば更に理解が深まると思う。
理想のリーダーあなた自身が考える理想のリーダー像は?これまで実際にあなたが出会った上司や先輩などのリーダーを思い出し、その中でもとても理想に近い方の具体的なイメージを呼び起こしてください。
どんな点が理想的で素晴らしかったのか、全く見知らぬ第三者に説明するように客観的に表現してみてください。
実は、なかなか難しい作業であるが、考えを深めれば深めるほど、さまざまなリーダーの要素や概要が見えてくるはずである。
この作業はなるべく一人ではなく複数人で議論を交わしながら進めていく方が有効だろう。
まず、模範解答から紹介していきたい。
ストッグディルの特性論まずは王道ともいえるアカデミックな研究分野、リーダーシップ論の歴史をたどってみよう。
リーダーシップ論の古典的な理論の一つに、リーダーとなり得る人材は、他と比較して特別な能力や性質を持っているという考え方がある。
要するに「リーダーシップは作られるものではなく、生まれながら持つ特質である」という考え方が前提となっている。
例えば、プラトンの『国家』、マキャベリの『君主論』などに登場するような優れたリーダーに共通する振る舞いや性格に関する研究がその主流といえる。
プラトンの『国家』においては「英知を持ったリーダーが国を治めよ」といういわゆる〝ノブレスオブリージュ〟的な考え方を唱えている。
一方、マキャベリの『君主論』では権謀術数に長けたリーダー像が望ましいと書かれている。
19世紀に入り、「リーダーシップ偉人説」を発表したトーマス・カーライルの影響により、「他より優れた何らかの資質を持ち合わせた偉人だけがリーダーとなり得る」という考え方が、その後しばらくリーダーシップ論の主流となったようだ。
1905年に心理学者のビネとシモンが、人間の能力差を測定することに成功したことをきっかけとして、偉大なリーダーに共通する「特性」を見つけるという試みが科学的に検証されるようになった。
その代表的な理論にストッグディル(R.Stogdill;アメリカの心理学者)の特性論がある。
彼はリーダーの持つ特性、あるいはリーダーシップと高い相関関係がある特性を調査し、次の14の特性を挙げた。
「公正」「正直」「誠実」「思慮深さ」「公平」「機敏」「独創性」「忍耐」「自信」「攻撃性」「適応性」「ユーモアの感覚」「社交性」「頼もしさ」INVENIOLEADERSHIPINSIGHT(http://leadershipinsight.jp/explandict/ストッグディルの特性論stogdillstraittheory)を参照。
要するに、リーダーとはある特性を持った人物がなるというベースがある。
確かに、これらの特別な資質を一人のリーダーが持ち得ていたら、鬼に金棒である。
恐らく、全く非の打ち所のないリーダーと言えよう。
その意味でいうと究極的な理想のリーダー像であるかもしれない。
しかし、実際そのようなリーダーに出会うことはなかなか難しい。
流行りの「~力」シリーズ次に紹介するのは、世の中で注目を集めているいわゆる優秀なリーダーたちが持っている能力を、分かりやすく表現したシリーズである。
情報収集力、分析力、実行力、準備(段取り)力、決断力、対応力、論理力、創造力、マネジメント力、俯瞰力、交渉力、企画力、発想力、目標設定力、課題解決力……などなど。
書店やインターネットで検索すれば、溢れるほどの「~力」に関する情報を入手することができる。
リーダーのコンピテンシーをある力に集約すると非常に分かりやすいため、多くの企業研修などにも反映されている。
一方で、最近はその流行が行き過ぎているのか、何にでも「~力」をつければいいという風潮もある。
例えば、「掃除力」。
確かに、トイレ掃除をきちんとやる人は出世しているようだし、多くの著名人もその習慣を指して「掃除力」という。
もちろん、非常に分かりやすいのだが、個人的にはいささか違和感がある。
しかし、実際にリーダーが持つべき力を整理していく上では、とても参考になるシリーズである。
例えば「わが社のリーダーの10の条件」といった具合に、企業においてリーダーを育成していくときに、最も活用されるパターンだろう。
最近では多くの人材育成・研修サービス企業が、こうした「~力」を売りに、企業人事部との間に、多くのビジネスマッチングを進めている。
実際にこのような能力・ノウハウはリーダーにとって重要である。
恐らく、優秀なリーダー、特に「仕事がデキる」リーダーは既にこのような能力・ノウハウを持ち得ているはずだ。
しかし、研修・セミナーや試験を通じてこれらを全て極めたところで、果たして真の理想のリーダーになれるのだろうか。
実際の管理職研修から次に紹介するのは、私がセミナー講師として実施した企業の管理職研修において、参加者であるリーダーたちにグループワークを行ってもらい挙げてもらった「理想のリーダー像」に対する回答である。
以下はその中でも、IT系の企業、30歳前後の若手リーダーたちのワーク結果を整理したものである。
部下に任せる度量がある、部下をやる気にさせてくれる、明確な指針や戦略を打ち出してくれる、信頼感がある、包容力がある、人間性が豊か、協調性がある、カリスマ性がある、根性がある、使命感を感じる、責任感が強い、勇気、情熱、愛情、体力もちろん、業種の違いによって、ばらつきはあるものの、恐らく企業の現場でのリーダーシップに対する期待はこれらと類似しているのではないだろうか。
私がセミナー講師を務める際、グループワークが形式的になりすぎた場合は、あまり歯に衣を着せず、雑談感覚で「素敵だなと思うリーダー像」というニュアンスで議論をしてもらうことにしている。
それぞれの経験に基づき、自分が接したリーダーなどを思い出してもらいながら、言葉になりにくい部分を肯定しつつ整理した結果である。
これらの一つひとつの要素を見ると、いずれもリーダーシップには大切な要素であることは皆さん納得できるだろう。
一方で、実はこれらの条件を全て満たすには、とても大きなハードルがあることに気づいただろうか。
理想のリーダー像における矛盾先ほど見てきた、ストッグディル論や流行の「~力」シリーズ、管理職研修ワークショップからの吸い上げなど、全ての要素がリーダーシップの大切な能力であることは確認した。
しかし、一つひとつが大切であるということと、一人の人間がそれら全ての要素を持つべきだということとは、全く違うことである。
この両者を混同すると、実は、非常に大きな矛盾に陥ってしまうのだ。
極論すれば、極めて万能で優秀な神様みたいな能力を備えたリーダー以外は、いわゆる理想のリーダーシップを発揮することは、非常に困難である。
いやむしろ無理である。
では、なぜ、無理なのか。
例えば、あるリーダーが10人の部下を従えている組織のうち、部下のA君が考える理想的なリーダーはカリスマ性があり、戦略家で、トップダウンでぐいぐいと引っ張ってくれるタイプ。
一方で、B君が思う理想のリーダーは兄貴分的な存在で、仕事はどんどん部下に任せてモチベーションを上げてくれる包容力のあるタイプ。
また、C君は組織の誰とでもコミュニケーションが得意でさまざまな情報を持っており、意思決定は全て話し合いを通じて行う民主型のリーダータイプが理想だとする。
例えば、あなたがそんな組織のリーダーになったとしよう。
昔から、兄貴分的なリーダーという立場が多かったあなたは、新しい組織のリーダーとしてがんばっていくために、「部下のモチベーション向上」に関する書籍や「部下へのコーチングテクニック」や「ビジネスにおける仲間への気配り」を独自にセミナー等で学ぶ。
先ほどのB君は、あなたのリーダーシップに満足し、喜ぶだろう。
しかし、A君やC君はあなたに対して反発しているはずだ。
想定されるA君の発言として、「組織というのは結果が全てです。
結果が出るまでは、もっとあなた自身がリーダーとして明確な指針を打ち出して、このチームの先頭に立って引っ張ってくれませんか。
そうすれば、私はいくらでもついていきます。
個々の自律とか自主性といって部下に任せるという方針は、単なるリーダーの甘えではないでしょうか」。
これだけ聞くと、至極真っ当な反論である。
また、C君であれば、「個人のやる気や自主性にフォーカスを当てるのはもちろん良いかもしれませんが、もっとチーム全体としてのコンセンサスを得るために、全体会議を増やした方がいいと思います。
また、イントラネットを活用してもっとチーム内での情報共有を活性化させましょう。
とにかく、組織内でお互いがコミュニケーションをとれるような環境を整えてください」こちらも、ごもっともな意見だろう。
さて、これらの反論を受けたあなたはどうするだろうか。
もし、A君の期待に応えようとして「カリスマ性をつけるノウハウ」「トップダウンのマネジメント論」などの本を買い、即実践したと仮定する。
また、C君の期待に応えようと「コンセンサスの築き方」「コミュニケーション理論」「会議ファシリテーション論」などのセミナーに参加し、実践したと仮定する。
そうすると、容易に想像できることは、これまで自分のリーダーシップのやり方に信頼を寄せてくれていたB君を簡単に裏切ることになってしまう。
実は、ここが、落とし穴である。
ここに、A君、B君、C君が理想とするリーダーシップの項目が全て網羅されている一冊の本があるとしよう。
第1章「カリスマ性をつけるノウハウ」、第2章「トップダウンのマネジメント論」、第3章「部下のモチベーション向上」、第4章「部下へのコーチングテクニック」、第5章「コンセンサスの築き方」、第6章「コミュニケーション理論」、第7章「会議ファシリテーション論」。
この本を読み進めた場合、章ごとの話はその中で完結しており、恐らく多くの方にとって役に立つだろう。
一方で、全章すべてを実行に移そうとした場合、先ほどのような矛盾が起きるのだ。
それは次のような理由が考えられる。
近代社会が到来し社会環境および生活環境が変化する中で、個人の価値観や思想が多様化しているため。
また、組織が効率化や極度の成果主義を求めることでリーダーとフォロワーの構造が二極化しているため。
その他、さまざまなリーダーシップに関する情報が溢れる中で、スキル論、ノウハウ論が主流になっているためであろう。
少し昔の時代であれば、同じ場所で生まれ育ち、同じ志と使命を持った仲間が、同じ組織で汗を流していた。
そうした組織であれば、リーダーに対する理想像にばらつきは少なかっただろう。
結局、リーダーというのは単体であるため、全てのフォロワーの期待に応えようとすると矛盾が起きてしまうのだ。
部下が10人いれば、10パターンの理想のリーダー像があると思ってよい。
そのように考えることで、部下の期待に応えることがリーダーの役割ではないことに気づくはずだ。
最悪なリーダー像を描くいわゆる理想のリーダー像を追い求めることは非常に困難であることを確認した。
では、現実問題として、リーダーは一体、どうしたら良いのだろうか?ここで、対極視点法の出番だ。
「最悪なリーダー像」を極力避けるという発想である。
最悪なリーダー像を明確にして、それだけは避けていくという姿勢。
これなら、部下からほとんど喜ばれることはないけれど、逆に大切な部下を裏切ることも少ない。
これまでの経験で、あなたが遭遇したダメなリーダー像を思い浮かべて欲しい。
数人のグループで議論しても面白いだろう。
実は、理想的なリーダー像を思い浮かべるよりも、容易ではないだろうか。
ダメなリーダーというデータを拾うことはなかなか難しいが、「日経プラスワン」に「働きにくかったり、愛想を尽かした上司や先輩」について全国の30歳~59歳の会社員、公務員(の男女)に尋ねたアンケート結果(有効回答は1030人)があった。
1位.言うことや指示がコロコロ変わる2位.強いものには弱く、弱いものには強い3位.大事な局面で責任逃れ4位.感情的で気分屋5位.失敗を部下のせいにする6位.上司自身が仕事ができない7位.部下の手柄を持っていく8位.部下指導をしない9位.決断力がない10位.無責任に部下に投げるとても興味深い回答である。
いずれも、そうだそうだと納得できるし、なかなか現場の生の声といった感じだ。
要するにこの10項目を避けることができれば、部下から年中喜ばれることはないが、部下から敵視されたり、失望されたりすることもない。
また、ここで注意したいのは、一つひとつの項目に対応するというよりは、この10項目をじっと眺めてほしい。
そうすると大きな一つの特徴が見えてくる。
一言に要約すると「ダメな上司は、言動にブレがある」のだ。
1位の「指示がコロコロ変わる」は言動にブレのあるリーダーの象徴とも言えるためもってのほかだが、2位の「強いものには弱く、弱いものには強い」や3位の「大事な局面で責任逃れ」の特徴は、状況や場面に応じて、態度が変わってしまうタイプのリーダーを批判している。
また、4位の「感情的で気分屋」も、言動にブレのあるリーダーの象徴と言えよう。
先ほど述べたように、個人の価値観が多様化しているため、理想のリーダー像を追求した場合は矛盾を引き起こしやすいが、非理想のリーダー像には大きな共通項を見出しやすい。
理想のリーダーはブレないこと逆説的に考えると「言動にブレがある」というダメなリーダー像を極力避けることができれば、ある意味で理想のリーダー像に近づくといえる。
いや、理想に近づくというと語弊があるかもしれないし、妥協案とも言えるだろうが、これからの理想のリーダーの条件は「どんな状況でも、ブレないこと」と最低限言い切ることができるのではないかと思う。
改めて定義すると理想のリーダーの条件は「ブレない」「言動に一貫性を持っている」ことである。
逆説的な発想による良いリーダーの条件は、コミュニケーション能力やコーチングテクニック、ファシリテーション能力、カリスマのノウハウといった個別の「スキル」を身につけることではなく、身の丈に応じた言動・態度を常に貫くことではないだろうか。
次章ではその一貫性のことを「スタイル」と呼んでスタイルの必要性を説明したいと思う。
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