フィードバックを機能させるには、良好な「関係性」をつくることが大切です。部下が何を考えているのか、どんな感情を抱いているのか。
一方的にこちらの主張を押し付けるのではなく、きちんと相手に耳を傾け、理解すること。それが、チームの信頼関係を築く第一歩です。
第2章では、上司と部下が、お互いに学び合い、協力し合えるチームをつくるためのフィードバックをご紹介します。
部下をどれほど理解しているか?
「人は誰でも理解されたい」と思っています。一生懸命頑張っているのに理解されない。こんなに仕事を抱えて大変なのに無視される。育休を取ったら職場で白い目で見られた。いずれも、よくあるケースです。
人間にとって、「理解してもらえない」のは辛いことです。会社はお互いに協力しあえる場だからこそ、人が集まって働いているのです。にもかかわらず、職場で理解されずに孤独を感じている社員はとても多いです。
職場で孤独を感じた経験は私にもあります。同期は300人、支店には70人以上もいましたが、毎日が孤独で不安でした。その理由は、自分のことを理解してくれる人がほとんどいなかったからです。
支店長から表彰されても、上司から「調子に乗るんじゃない」と言われる。周囲の人達も、そんな上司を諌めようとせず、知らぬ素振りのまま。集団の中の孤独は地獄です。
会社で人が理解されない原因
会社という組織の中で、人が理解されない原因は何なのでしょうか?考えられる理由の一つは、「会社中心の考え方」です。
序章でも触れましたが、「会社は利益を追求する場であり、社員は会社の利益を確保するため、与えられた役割を果たすべき」という考え方が会社にはあります。
会社中心の考え方が行き過ぎると、社員は「会社の駒」のように扱われていきます。使える駒であるうちは重宝されますが、使えなくなったとたんにポイされます。部下は所詮、会社の駒。
部下のことなどいちいち理解するのも面倒だし、そんな時間の余裕もない。残念ながら、そんなふうに人を駒扱いする上司は少なくないのが現状です。これは仕方のないことなのでしょうか?いや、違うはずです。人が人として扱われないような状況を見過ごすわけにはいきません。
人を理解することの大切さ
人は自分のことが理解されないと、存在が否定されたかのように孤独や恐怖を感じます。人は太古の時代より、外敵から自分の身を守るため、集団生活をしながら生き延びてきました。
それゆえ、自分の存在が承認されないと生存を脅かされたように不安になります。このような理由から、自分の存在を認めてほしいという欲求(承認欲求)は、人間の様々な欲求の中でも、最も強い部類と言われています。
他者から理解されるというのは、他者から自分の存在を認めてもらうのと同じです。それくらい「人から理解される」というのは重要なことなのです。
それでは、どうすれば人を理解することができるのでしょうか?人間はコミュニケーションを通じて相手を理解します。
コミュニケーションは、「話す」と「聞く」の交互のやり取りですが、話すという発信の行為では人を理解することはできません。
「聞く」という受信の行為で人を理解するのです。つまり「聞く=人を理解する」ということです。「聞く」という行為は、「相手の話を聞く」と限定的に捉えられがちですが、実は「2つの要素」から成り立っています。
一つは「相手の話の内容を理解する」こと。もう一つは「相手の感情(心)を理解する」ことです。話の内容を理解するというのは、相手からの「言語メッセージ」が何を意味するのかを理解しようという行為です。
一方、感情(心)を理解するというのは、とりわけ相手からの「非言語メッセージ(顔の表情、声のトーン、身体の反応など)」をキャッチして、相手がどんな感情状態にあるのかを理解する行為をいいます。
パソコンの画面を見たままで、部下の顔を一切見ようともせずに話を聞く上司がいますが、部下が話を聞いてもらった感じがしないのは、部下の気持ち(感情)が聞かれていないからです。
人には「一つの口」に対して「2つの耳」があるように、話す以上に聞くことが大事。言語(話の内容)と非言語(感情)の2つを聞くことで、はじめて人を深く理解できるのです。あなたが上司なら、「2つの聞く」を意識して、部下のことを聞いてあげてください。
そのとき部下は「自分の存在が受け入れられた」と認識します。そして、それが部下にとって「セキュアベース」になるのです。
「ここにいてもいいんだ」というセキュアベースがつくられると、部下は安心して伸び伸びと働くことができます。部下を理解する姿勢は、効果的なフィードバックの前提条件。その姿勢が、部下の成長につながっていくのです。
部下とは「横の関係」をつくれ
日本の会社の多くは「縦社会」で成り立っています。上司と部下という言葉からも、縦社会の構造が読み取れます。実は本書を執筆するにあたり「上司と部下」という表現を使うかどうか非常に悩んだ経緯があります。
個人的には「上下関係」を意識させない「リーダーとメンバー」という表現のほうが適切と思ったのです。
とはいえ、日本企業では「上司・部下」という表現が日常的に使われており、職場における人間関係のイメージも伝わりやすいだろうと思い、あえて「上司・部下」という表現を使っています。
いずれにせよ、日本の会社は上下関係で成り立つ「縦社会」と思っている人がほとんどのはずです。
日本の縦社会は、会社に限らず、あらゆる形態の組織や集団で形成されています。
古典的名著である『タテ社会の力学』(中根千枝著、講談社学術文庫)では、日本の縦社会が発達してきた経緯や特徴をわかりやすく解き明かしています。
本書によると、縦社会の構造を生んだ背景について次のようなことが書かれています。
・日本人の好む民主主義は人間平等主義に根ざしていて、成功者じゃなくても、教育のない者でも、貧乏人であっても、平等に扱われるべきと信じている。
・この人間平等主義は、人々に自信を持たせ、誰でも頑張れば上に登れるという道を開いた。
そのことが、日本社会の成長の原動力ともなったが、過当競争を招くことにもなり、競争に負けた者は下の者と見られた。頑張れば報われて、人の上に立つことができる。でも報われない者は下の者に成り下がる。
結果、組織の中で「心理的な上下関係」ができてしまうというわけです。会社組織における「縦の関係」を図に表すと、ピラミッド構造になります。
ピラミッド構造における縦の関係は、指示命令系統が明確であり、トップダウンで物事が決まります。そのため、軍隊組織のように統率が取りやすく、人を動かしやすいというメリットがあります。
他方で、組織のトップや各部署のリーダーがダメだと、組織は簡単に崩壊します。良くも悪くもリーダーの影響力が大きいと言えます。
縦の関係においては、支配する側と支配される側の構図が自然とできあがります。その結果、権威主義が横行し、権威によって人が支配されます。権威による支配は、時として面従腹背を招き、組織の機能を失わせます。
また、上司と部下の関係は本来、「役職が異なるだけの関係」であるにもかかわらず、人として上か下かのようなある種の差別意識を生み出してしまうこともあります。
縦の関係によるこれらの弊害が、パワハラやイジメなどの問題を引き起こしているのではないかと、私は思っています。
まず、現場レベルで「横の関係」をつくる
「縦がダメなら、横にしたらいい」という単純なものではありません。大多数の会社は、縦の関係をベースにしたピラミッド構造になっていて、すぐさま水平型の組織構造に変えるのは困難です。
ではどうしたらいいのか?ピラミッド構造は変えられなくても、現場レベルで「横の関係」をつくることはできます。上司と部下がコミュニケーションを取る際に、意図的に「横の関係」をつくるのです。「横の関係」とは、上下関係ではない水平関係です。水平関係とは、すなわちパートナーシップの関係。お互いが一人の人間として、対等にコミュニケーションを取ることを意味します。
実はピラミッド構造そのものが悪いわけではありません。役割と責任の分担に徹すれば、歪んだ上下関係はつくられないはずなのです。本田宗一郎が残した名言があります。「社長なんて偉くも何ともない。課長、部長、社長も、包丁、盲腸、脱腸も同じだ。要するに符丁(仲間内での呼び名)なんだ。人間の価値とは全く関係がない」
社長は社長、上司は上司としての役割と責任を果たす。部下も部下としての役割と責任を果たす。それだけです。人間的に社長や上司が部下より偉いわけではありません。
最近では、このような考え方をする企業も徐々に増えてきて、フラットなティール型組織をつくっていこうとする試みがよく見られます。
横の関係を図にすると「輪の構造」になります。輪の構造は、「フラットな関係」から成り立っています。輪の構造は、縦関係のピラミッド構造とは異なり、役割や責任の所在を明確にしておかなければ意思決定が遅くなり、物事が進まないというデメリットがあります。
他方、輪の構造は、トップダウン型の指示命令を主体とするマネジメント構造ではなく、上下関係に縛られない自由さがあることから、次のようなメリットがあります。
・各人が主体的に行動しやすくなる・各人の専門性や能力が発揮しやすくなる・忖度のない議論や意見交換ができる・パートナーシップ関係でラポールが深まる輪の構造がもたらす横の関係は、役割と責任分担による協働関係です。
この関係性によって、上司と部下はフラットなコミュニケーションを取ることが可能となり、お互いに一人の人間として尊重しあえる関係が育まれるのです。
「縦の関係」のフィードバックは機能しない
縦の関係は、上下関係に起因する心理的な差別意識を生んだり、指示命令型のマネジメントによって主体性の発揮が損なわれたり、対等で自由なコミュニケーションが取りにくくなるなどの弊害があります。
そのため、縦の関係でフィードバックを行うのは効果的ではありません。
一方、横の関係は、主体性が発揮されやすい、パートナーシップ関係によってラポールが深まりやすい、心をオープンにして率直にコミュニケーションが取れるなど、フィードバックを行うにはベストな状況をつくってくれます。
次の例を比べてみてください。
「田中さん、言われたとおりにやってもらえますか?」(縦の関係)◯「田中さんなら、どのようにやっていきたいですか?」(横の関係)縦の関係のパターンは、イエスかノーかを答えざるを得ないクローズドな質問です。
命令的でもあり、相手に心理的負担も与えます。
対して、横の関係のパターンは、自由に考えることができるオープンな質問です。
主体性を発揮させる機会にもなります。
ピラミッド構造の組織であったとしても、現場レベルで横の関係はつくれます。
上司と部下の関係に、人としての上下関係はありません。
お互いに学び合い、協力し合える横の関係をつくっていく。
横の関係をつくることが、部下の成長だけでなく、上司の成長にもつながっていくのです。
仕事ではなく「人」にフォーカスする
「与えられた仕事を遂行するのが、君の任務だ」職場でよく見かけるシーンです。
当たり前のことのように感じるでしょう。
でもすこしだけ考えてほしいのです。
「仕事のための人なのか、人のための仕事なのか」唯一の正解があるわけではないですが、人生の大半の時間は仕事に費やされます。
だからこそ、振り返ってみる価値はあるでしょう。
実は私が会社組織から離れ、独立起業した理由の一つは、「人のための仕事」という考え方を大事にしたかったからです。
会社の期待に応えるために与えられた仕事をやるのは「仕事のために自分が使われている」ということで、その仕事ができるのなら、結局誰でもいいのだと、悟ってしまったのです。
仕事とはそういうものだと割り切ればいいだけの話かもしれませんが、「会社での自分の存在意義はいったい何なのか?」「結局は組織の歯車にしか過ぎないのか?」と真剣に考えはじめたとき、そのように割り切って貴重な人生を費やすのは我慢できませんでした。
ここに2つの考え方があります。
一つは「仕事に人を合わせる」という考え方です。
仕事に人を合わせるという考え方は仕事中心の発想です。
与えられた仕事を人が遂行する。
つまり「仕事が起点」になります。
仕事中心の発想の例として、「適材適所」という考え方があります。
適材適所は、仕事に人を合わせる考え方の典型的な事例です。
人事制度の方策として多くの会社が適材適所を取り入れています。
適材適所は上手くいけば、得意とする能力を活かせることで仕事の成果が出やすい、モチベーションが維持できる、会社から評価されやすい、などといったメリットがあると言われています。
対するデメリットとしては、・適性がマッチしない場合、余計にストレスになる・適性判断を誤った場合、会社や配属先に対して不満を抱える・顕在的な能力だけに注目されがちで、潜在的な可能性をつぶしてしまうなどが挙げられます。
能力があること=適所というわけではありません。
結婚や子育てといったライフイベントが契機となって仕事に対する価値観が変化することもあります。
実際、適材適所は、なかなか想定通りにはいきません。
そもそも見極めが難しく、配置人数の制限といった物理的制約もあったりするからです。
「仕事中心の発想」のもう一つの落とし穴は、AI(人工知能)の進化です。
ご存じの方も多いとは思いますが、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授らが、「2050年までに今ある仕事の半分がAIなどの進化によって機械に代替される」と論文『雇用の未来』(2013年)で発表し、世界に衝撃を与えました。
AIの進化のスピードは、論文が発表された当時よりも早くなっており、今後10~20年以内に多くの仕事がAIの進化によって奪われるとも言われています。
仕事が機械にどんどん代替されていくというのは、仕事中心の発想が行き着く終着点です。
多くの仕事がAIの進化によって奪われていく現実を目の当たりにしたとき、人が仕事をする意味は何なのか?その点について考えざるを得ません。
AIの進化は止められませんが、今だからこそ、仕事中心の考え方について、見つめ直す必要があるのではないでしょうか?
人を中心に考える
「仕事に人を合わせる」という仕事中心の考え方について触れてきましたが、もう一つの「人に仕事を合わせる」という考え方について考察したいと思います。
日本企業の実態を見ると、仕事に人を合わせる「仕事中心」の考え方が横行しています。
会社中心の考え方をしている経営層は、利益を上げるために与えられた仕事を人にさせるのは当たり前ということになるのでしょう。
経営上やむを得ないこともあるかと思いますが、「果たして本当にそれでいいのか?」と真剣に考える必要があります。
では、「人に仕事を合わせる」とはどういうことなのか?人に仕事を合わせるとは、仕事中心の考え方とは対極の「人中心の考え方」をいいます。
仕事が起点でなく、人が起点となります。
具体的には、「人の成長にフォーカスする」ということです。
仕事ありきではなく、人ありきの考え方です。
仕事は人を成長させる機会であり、人が成長することによって仕事も発展していくという発想です。
冒頭の私が起業したきっかけの話に戻りますが、私は現在、コーチングという仕事を生業にしています。
コーチングは、人の変化や成長を支援するのが大きな目的の一つです。
ですが、ティーチングやコンサルティングとは異なり、一方的に答えを与えたりするようなことは基本的にしません。
その代わりにコーチングでは、「あなたはどうしたいのか?」「あなたはどう考えるのか?」という視点に立って、答えを与えるのではなく、「自分という人間を起点に全てが始まる」という考え方を大切にします。
つまり、仕事に自分を(無理に)合わせるという発想ではなく、「自分が仕事を通じてどう成長したいのか」という「人のあり方」を大切にした考え方に基づいているのです。
私がコーチングを生業にした最大の理由は、ここにあります。
経済合理性や利益至上主義を追求しすぎた結果、人が大切に扱われない人間不在のマネジメントや働き方がまかり通っています。
幸せになるために働いているはずなのに、不幸せな働き方をさせられている。
そんな不都合な真実を黙って見過ごしたくはなかったのです。
人を中心に置く考え方に立ち返るならば、人を組織の駒のように扱うことはしないと私は思うのです。
一人の大切な人間として社員を扱うはずです。
パワハラやイジメはあり得ない。
仕事で社員が潰されるということもあってはならないはずなのです。
社員の成長をサポートすることは、社員を大切にすることとセットです。
部下のことを理解もしないで、上司が無理難題を押しつけ「お前の成長のためだ」と言ったとしても、それは成長をサポートしていることにはなりません。
また、人は成長していく過程で価値観も変化していきます。
以前、部下はああだったから、今も同じだろうと早計に考えてはいけません。
だからこそ、上司は部下とのコミュニケーションを取り続け、部下を理解し続ける必要があります。
人に焦点を当てるフィードバック
仕事に焦点を当てたフィードバックは人が置き去りにされますが、人に焦点を当てたフィードバックは人の成長を促します。
たとえばこんな感じです。
部下が慣れない仕事で行き詰まっているとします。
「早く仕事に慣れるように頑張りなさい」(仕事に焦点)「今の困難を成長の機会と捉えられたら、どうだろう?」(人に焦点)仕事中心のフィードバックは、とにかく仕事をやらせることに焦点が置かれるのに対し、人中心のフィードバックは「どうしたらその人が成長できるだろうか?」という視点で問いを投げかけます。
ちなみにアドバイスではなく、「問い」を投げかけるほうが望ましい理由は、自ら考え行動できることを促すという目的があるからです。
仮に相手が答えを持っていないとしても、まずは「問い」を投げかけて、自分で考えて答えを出すという習慣を身につけることが大切です。
フィードバックには様々な形態がありますが、主体性がますます重視される時代となってきているなかで、「問いかけ」をベースとしたフィードバックは極めて効果的だと私は思っています。
以上、「仕事中心の考え方」と「人中心の考え方」について見てきました。
今の日本の現実を見れば、仕事中心の考え方で会社が動いているのが多勢でしょう。
だからといって、そのままでいいかと問われれば、イエスとは言い切れません。
仕事中心の考え方による様々な「負の影響」が確実に存在するからです。
人間はロボットではありません。
仕事のために人があるのではなく、人のために仕事があるのです。
AIの進化が進んでいく中、これまで漠然と捉えていた「人間の役割」と「機械の役割」の違いについて、改めて真剣に考える必要があります。
これまでの仕事中心の考え方から、人間を中心とした考え方に視点を移したとき、これからの会社のあるべき姿が浮かび上がってくるのではないでしょうか。
部下に「任せる」勇気
部下に仕事を任せられない上司は多いです。
個人的にも経験があります。
私がまだ経験の浅い部下の立場で仕事していた頃のことです。
私だけではなく、その上司の部下全員がそうでしたが、上司が仕事を任せてくれないのです。
こと細かに仕事の進捗をチェックされる。
メールもやり取りも全てccで共有するように指示される。
言われたとおりにやらないと仕事ができない人間とレッテルを貼る。
こんな上司のもとで働くのは嫌だと大半の部下が思っていました。
上司の立場に立ってみると、部下に仕事を任せられない理由はいくつかあります。
多く聞かれるのは、「自分でやったほうが早い」、「任せられるレベルになっていない」「部下が失敗すると責任を取らされる」などです。
ひと言で言えば、部下のことを信じていないということです。
任せてくれない上司に対して、部下はどう思っているのでしょうか。
私自身もそうでしたが、信じてくれていない、認めてくれていない、と感じてしまうと、自信がなくなり、やる気も失せるという悪循環になります。
上司の不安も理解できますが、部下に仕事を任せることができなければ、部下は育ちません。
上司も仕事を抱え続けることになり、マネジメントは崩壊するでしょう。
部下を信じるとはどういうことか?
そもそもですが、上司が部下のことを信じていなければ、任せることはできません。
最初の重要な鍵は、「任せる前に信じる勇気をもつこと」です。
人を信じるとき、誰しも不安になります。
時に裏切られたり、騙されることもあるでしょう。
人間は完璧ではありません。
ロボットではないですから、完璧を期待するのは間違っています。
人は常に変化していくものですし、感情に起伏があったり、矛盾だらけだったりします。
そのことをまずは理解すべきです。
そのうえで大事なことは、「信じて手放す」です。
部下のことを信じるけれども、期待は手放すということです。
期待値に届かない、期待が裏切られる、なんてことは日常茶飯事です。
期待したくなる気持ちはよくわかりますが、期待していいことはあまりありません。
期待を手放す代わりに、部下のことを応援し続けることが大切なのです。
部下を応援し続けることで、部下は自分のことを信じてくれていると感じます。
信じていなければ、応援することはしないからです。
また、応援されることで見守られているという安心感も得られます。
「責任を取る覚悟」を持つ
部下のことを信じて応援し続ける。
期待は手放す。
それができたら、次は「任せる勇気を持つ」ことです。
任せる勇気とは、「責任を取る覚悟」のことです。
全ての責任を全て取るということではありません。
全責任を取るのは、トップである社長です。
上司には上司としての責任があります。
そして、部下には部下としての責任があります。
それぞれの役割に応じた責任をしっかり果たす。
それだけです。
上司が部下の責任を全て負うというのは、聞こえはいいですが、本来は間違っています。
部下には部下としての責任を果たしてもらうことで、一人前のビジネスパーソンとしての自覚が生まれます。
そもそも無責任に仕事をさせることは、その仕事をする権限を与えていないに等しいわけですから、許される話ではありません。
「任せるとは、責任を取らせる」ことでもあるのです。
上司が部下に仕事を任せるときは、そのことを部下にしっかりと伝える必要があります。
それが上司としての責任でもあります。
上司が部下の責任を全て負うのではなく、「部下に責任を取らせる覚悟を持てるか」が任せる勇気なのです。
私がJICAに勤務していたときの話です。
事業部に勤務して3年目の若手部下が「部下のミスは上司が責任を取るのではないですか?」と、直属の上司に声を荒らげるような勢いで訴えたのです。
ことの経緯は、その部下が担当していた新規プロジェクトで人間関係のトラブルが発生し、プロジェクトが一時的に頓挫するような事態に陥ったことがきっかけでした。
実はそのトラブルは、その部下が現場の関係者に伝えなくてはならない情報を事前に伝えなかったことが原因で起こったものでした。
関係者に対して丁寧にフォローしなくてはならないのに、プロジェクト責任者であるその部下は雑な対応をしてしまったのです。
その結果、現場の関係者の反発を買ってしまい、これ以上は自分で対応できないので、トラブル対応を引き受けてほしいと上司にSOSを求めたのです。
周囲は一瞬凍りついたような雰囲気になりました。
上司は落ち着いた口調でその部下に言葉を返しました。
「そう思うのはわかるけど、そうではない。
自分の仕事に対する責任は自分で果たすんだ。
それができなきゃ、自立できたことにはならない。
自分で責任を持てるからこそ、その仕事をやれる権利があるんだよ」自分の仕事に対して自分で最後まで責任を果たすという姿勢がいかに大事なことかを知った瞬間でした。
上司と部下の役割は異なります。
それに応じて、責任の分担も異なります。
上司としての責任は、上司の役割に応じて決められるものです。
たとえば、プロジェクト全体の進捗管理、全体戦略の策定、全体予算の管理、部下の育成などに関する責任です。
上司の役割は様々ですが、部下レベルの役割とは異なる上司として相応しい役割に応じた責任です。
上司は上司としての責任を全うすることに集中するだけです。
不必要に部下の責任を負うことは、部下の成長を妨げるもとになります。
上司が部下に気にいられようとカッコつける必要はありません。
大切なのは部下の成長を応援することです。
そのためにも、「部下に責任を取らせるという勇気を持つこと」が上司としての大事な責務なのです。
「任せられる部下」を育てる3つのポイント
部下に仕事を任せるには、部下を信じて期待を手放し、部下を応援し続けることが大事であるとお伝えしました。
このことを具体的なフィードバックのレベルに落としこんだとき、大事なポイントが3つあります。
最初のポイントは、「上司は答えを与えない」です。
特に「一から十まで教え込むような答え」を与えると、上司の凄さを見せつけられたような感じになり、部下は逆に自信をなくしてしまいます。
上司は仮に正しい答えを持っていたとしても、その答えは与えずにオープンクエスチョンで部下に考えさせることが大事です。
上司の腕の見せどころは、「こうするのが正解だ」と正しい答えを与えることではなく、「あなたなら、どうする?」と問いを投げかけて部下の主体性を引き出すことです。
2つ目のポイントは、「部下に完璧を求めない」です。
完璧主義の弊害については、第1章でもお伝えしましたが、仕事のスピードが落ちる、心理的ストレスが高くなるなど弊害だらけです。
完璧主義は、マイクロマネジメントを招き、部下のやる気を削いだり、自信をなくさせるだけでなく、上司にも負担がかかります。
5~7割程度の完成度でまずはOKとし、その都度、軌道修正をしていくほうが効率的です。
最後に3つ目のポイントは、「成果のイメージを事前に共有しておく」です。
部下に仕事を任せる際には、野放図に任せるのでなく、最終的な成果のイメージを最初の段階で部下と確認しておくのです。
たとえば、プロジェクトの完成形のイメージ図であるとか、最終報告書などの例、あるいは具体的な成果目標などです。
成果のイメージを事前に共有しておくと、逆算思考で仕事のやり方やスケジュールなどを考えることができます。
その結果、チェックポイントも明確になり、フィードバックもやりやすくなります。
いずれにせよ、フィードバックが行える体制をつくっておくことで、部下との情報共有はスムーズになります。
仮に予定どおり物事が進まなくなっても、いつでも軌道修正できます。
「部下を信じることの大切さ」と「任せる勇気を持つことの大切さ」についてお伝えしたかったことは以上です。
部下を信じることができなければ、部下に仕事を任せることはできません。
同時に、期待を手放す勇気と部下に責任を取らせる勇気も必要です。
その勇気を持つ覚悟ができたとき、上司は上司としての役割と責任を果たすことができるのです。
「部下の幸せ」を願っているか?
人は何のために働くのでしょうか?答えは色々あると思います。
ちなみに、内閣府が令和元年に実施した世論調査で判明した上位3位の結果は次のとおりです。
【第1位】お金を得るため(56・4%)【第2位】生きがいを見つけるため(17・0%)【第3位】社会の一員として務めを果たすため(14・5%)圧倒的に「お金を得るため」が働く目的の第1位でした。
あまりに現実的な回答で味気ない感じがしますが、2位以下の回答を見てみると、「生きがい」や「使命」が働く目的として挙げられています。
ちなみに第4位は「自分の才能や能力を発揮するため」で7・9%でした。
おそらくですが、お金を得るためと回答した人も、お金だけを求めているわけではないでしょう(一部そういう人もいるでしょうが)。
お金だけを求めているなら、どんな仕事でもやるでしょうが、多くの人達は「自分に合った仕事」や「自分がやりたい仕事」を選んでいるはずです。
お金を得たいという目的の先には、衣食住を満たすため、家族を幸せにするため、自分のやりたいことを実現するため、などの真の目的が隠されていると思います。
「何のために人は働いているのか?」という問いに対して答えは様々ですが、敢えて一言で答えるならば、人は幸せになるために働いているのです。
その理由は、不幸になるために働きたいと思っている人は誰もいないからです。
つい先日のことですが、とある知り合いの方からショックな話を聞きました。
その方は、いわゆるブラック企業に勤めていました。
月の残業時間は余裕で100時間を超える。
有給休暇は取らせない。
育休を取ろうものなら左遷になる。
職場の雰囲気も殺伐としている。
まともな会社ではありません。
そんなブラック企業には、ブラック上司が必ず存在します。
部下が失敗すると怒鳴ったり、嫌味をいったり、ペナルティーとして倍のノルマを課したり、いわゆるパワハラ、モラハラのオンパレード。
その方は身体を病み、長期間の休職を余儀なくされました。
このようなケースは何も特別なことではありません。
大変残念なことですが、ブラック企業やブラック上司は依然として数多く存在しています。
ブラック企業ならすぐに辞めて転職すればいいという人もいますが、転職できる自信がない、会社に迷惑がかかる、会社が辞めさせてくれない、家族が心配する、などの理由があって、働かざるを得ない人もたくさんいます。
幸せになるために働いているはずなのに、不幸せに働き続けている。
そんな歪んだ現実が実在していることに憤りを覚えずにはいられません。
上司の「意図」は、部下に伝わる
人は幸せになるために働きたいと思っています。
部下も同じです。
もしもの話ですが、上司が部下の不幸を願っているとしたらどうでしょう?その部下が成長できる可能性は限りなく低くなるに違いありません。
反対に、部下の幸せを願ってくれている上司だとしたら、部下はどう感じるでしょうか?相手の幸せを願うという「意図」は相手に届きます。
人は相手の意図を言語・非言語の両方のメッセージから敏感にキャッチするのです。
部下の幸せを願っているという意図は、応援メッセージとして部下に届き、上司と部下との間に深いラポールをつくります。
深いラポールがつくられると、部下の上司に対する信頼度は高まります。
信頼していない人が何を言っても心に響きませんが、信頼している人の言葉は心の奥まで届くように、上司の信頼度が高まると上司の言葉の影響力は強くなります。
当然、(上司の信頼度が高まれば)フィードバックが部下に与える影響も強くなります。
信頼度が高まれば高まるほど、相手に対する影響力が高くなるという原理は、部下を持つ上司として理解しておくべきことです。
なぜ「管理職になりたくない部下」が増えるのか?
上司は部下の幸せを願うだけではありません。
上司自身も幸せになることが大事です。
その理由は、自分自身が幸せでなければ、相手を幸せにすることはできないからです。
自分が不幸せなのに相手の幸せを願うことは難しいのです。
私が銀行員だった頃、衝撃を受けた出来事がありました。
直属の上司はもとより、先輩たちの多くが、「こんな会社辞めたい」「辛くて仕方がない」と口癖のように言っていたのです。
幸せそうな上司や先輩は一人もいませんでした。
その衝撃の事実を目の当たりにし、「入る会社を間違えた」と入社早々に思いました。
幸せそうな上司や先輩がいない会社にいても自分は幸せになれないだろうと悟り、結果、私は1年で銀行を退職しました。
ここ数年、人事における大きな課題となっているのが、「管理職になりたくない部下が増えている」という事実です。
2020年2月にマンパワーグループが調査した結果によると、なんと正社員の8割以上が「管理職になりたくない」と回答しています。
一番の理由は「責任が重くなる」で、他には「仕事の負荷が高い」、「面倒そうな調整業務」、「報酬面でのメリットが少ない」などが理由として挙げられています。
「上司になると大変そう、辛そう」と部下から思われているということです。
要するに「上司が幸せそうには見えない」のです。
上司が幸せそうに見えなければ、当然、部下は上司になりたいと思いません。
上司自身が幸せにならなければ、部下から次の上司は生まれてこないのです。
管理職になりたがらない部下が増え続けると、上司の負担は増え続けます。
それは不幸な上司を生む「負のサイクル」となります。
結果、会社は衰退していくことになるでしょう。
このような状況を見過ごすことはできません。
会社側も、幸せな上司を増やしていくための方策を真剣に検討し、歪んだ現状を改善していくべきです。
人は幸せになるために働いています。
部下も上司も同じです。
上司が部下の幸せを願えるように、上司も幸せになっていく。
幸せの輪を循環させていくことも、上司の大切な使命の一つだと思うのです。
コラム「客観性と主観性」の視点から行うフィードバック
本書では、「問いかけ」型のフィードバックの事例を中心にお伝えしていますが、問いかけ型以外の「相手に深い気づきを与える2つのフィードバック」の手法について解説します。
すぐに使える非常に効果の高い手法ですので、ぜひ試してみてください。
では早速、それぞれの手法について説明します。
客観的フィードバック客観的フィードバックは、主観を交えずに「事実をありのまま伝える」手法です。
具体的には、「今日はずっと腕組みしたままだったね」「『でも……』という言葉が多かったね」このように客観的な事実を相手にそのまま伝えるだけですが、相手はその事実を聞いて「えっ、そうだったの?」とはじめて自分の状態に気がつきます。
人は、自分自身のことに気がつかないものなのです。
「でも……を何回も繰り返していたよね」とフィードバックされてはじめて、本人はいかに言い訳ばかりして、行動に制限をかけていたかに気づいたりするわけです。
客観的フィードバックは、シンプルに客観的事実だけを伝えるだけでよく、余計な解釈は挟まないことがポイントです。
◯「でも……を何回も繰り返していたね」「でも……を何回も繰り返していたね。
言い訳ばかり考えている証拠じゃない?」余計な解釈を加えると、たとえ、その解釈が当たっていたとしても、相手の気を悪くしてしまう可能性があります。
客観的事実だけを伝えることにより、本人が「何か」に気づくことが大事なのです。
主観的フィードバック主観的フィードバックは、客観的フィードバックとは異なり、「感じたことをそのまま相手に伝える」のが特徴です。
主観ですから解釈が含まれます。
そのため、相手とのラポールを崩さないように「私が今感じたことをそのままお伝えしてもいいですか?」と事前に相手の許可を取ります。
主観的フィードバックは、相手の心にグサッと刺さり過ぎてしまう場合もあるため、事前に許可を取っておくのです。
では、例を見てみましょう。
「本当は今の仕事が好きではないのでは?と私は感じたのですが」主観的なフィードバックの内容が実際に「当たっている」かどうかは重要ではありません。
フィードバックを受けた相手が、「何を感じ、何に気づいたか?」を振り返り、自分では気づくことのできなかった真実や感情を知ることが大事なのです。
最後に主観的フィードバックを行う際のポイントを2つお伝えします。
一つ目のポイントは、「……のように」とか「……では?」とか「……かも?」のような表現を使って、断定的な表現を使わないということです。
断定的な言い方は、相手の感情を害してしまう可能性があるからです。
もう一つ大事なポイントは、「私」を主語にして、あなたを主語にしない、ということです。
「Iメッセージ」とも言いますが、「私は」を明確にすることで、あくまで個人的に感じたことであり、一つの見方であることが伝わりやすくなります。
◯「あなたはまだ不安がっているのでは?と、私は感じました」(Iメッセージ)「あなたはまだ不安がっているように感じます」(YOUメッセージ)「あなたは」を主語にしてしまうと、「私」以外の第三者も含まれているように感じられるので、断定的な物言いとして伝わる可能性があるので気をつけましょう。
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