第2章クレーマーからの要求を「断る仕組み」を社内につくる
「不当な要求には断固として応じない」というのは、経営者であれば誰しも口にする。それでも屈してしまうことがあるから、クレーマー対応という仕事がある。クレーマー問題に悩む会社は、対処法を担当者個人の能力に依存していることが多い。その担当者が異動や退職をすれば、組織としてのクレーマーへの対応力が一気に減退することになる。このようなことを繰り返していたら、いつも場当たり的な対応しかできず、社員は知らず知らずのうちにクレーマーの用意した泥沼にはまってしまう。経営者に求められるのは、属人的な対応を超えた〝仕組み〟としてのクレーマー対応を作りあげることである。私の事務所では、クレーマーへの対処法を整理したコンサルティングを各地で提供している。このコンサルティングにおいてポイントになるのは、〝仕組み〟として対応できるように自社を組み立てることだ。「いかにしてクレーマーの発生を抑制するのか」「クレーマーが来たときにはいかに対処するのか」について組織で確立しておくことで結束を強め、事業を飛躍させることもできる。そこで本章では、クレーマーに柔軟に対応できる組織づくりについて概略を説明していく。最初は組織の方向性の統一である。クレーマー対応はとかく担当者個人の問題になりがちである。担当者でない社員にとっては「自分ごと」ではないため、本気になれない。これではいつまでも組織として対応することができない。クレーマーに組織として対応するうえでとくに重要になるのが「経営者の姿勢」である。経営者の姿勢ひとつで、組織の結束力に歴然とした差異が出てくる。基本的な方向性を統一したうえで、組織内でのあるべき情報の共有について説明していく。組織としてクレーマーに対応するには、組織のメンバーが同じ情報を持っておかなければならない。ある人は知っているが他の人は知らないでは、クレーマーに対して同一の対応をすることができない。対応する誰もが同じ情報を保有していることが理想の組織だ。情報を共有できる状況にしたうえで、クレーマー対応のマニュアルを策定していくことになる。マニュアルを作成することによって、誰もができるだけ同じような対応ができるようにする。ここでポイントになるのは、担当者個人の判断を要しない手順にしておくことだ。担当者が自分で判断しなければいけないとなると、過大な精神的負担を個人に強いることになる。
クレーマー対策の成否は、経営者の姿勢ひとつで決まるクレーマー対応において最初に固めるべきことは、「経営者のクレーマーに対する姿勢」だ。ここが揺らいでしまうと、何をやっても砂上の楼閣になってしまう。経営者のなかには、「不当な要求には応じない」と口にしながら、対応のわずらわしさからか、クレーマーの要求に安易に応じて解決しようとする人もいる。こういった態度であれば、より多くのクレーマーを引きつけることになる。また、経営者は、クレーマー問題をとかく担当社員に丸投げしがちである。「不当な要求だから応じることはできない。しかし、顧客だから丁寧に断るように」では、何も指示していないことと同じである。顧客として大事にしつつ丁重に断るなど理想論であり、簡単に両立できるものではない。それでも社長から具体的な手順の指示があればまだいい。単に「よく相手の話を聞いて」と言われるだけでは、担当者としても対処のしようがない。クレーマー担当者を本当に追い込むのは、クレーマーからの罵声ではなく、会社から指示される「うまい解決」をすることができない自分へのプレッシャーである。現実には、経営者の曖昧かつ適当な指示が担当者を追い込んでいることが少なくない。あるメーカーのクレーマー担当者は「社長は自分では何もしてくれない。もう辞めようと考えている」と話していた。彼はとても優秀だったが、クレーマー対応に疲弊して退職してしまった。このように経営者の姿勢が間違っていると、優秀な人から退職していく。「なんとかうまくやっておけ」という指示ほど、担当者を追い詰めるものはない。かつて、ある建材メーカーの経営者が担当者とともに相談に来所した。経営者が言ったのは、「担当者の対応が悪く、クレーマーの対処に困っているので、なんとかしてほしい」というものであった。経営者は担当者の対応についていろいろ批判した。担当者は総務部の生真面目そうな社員で、経営者からの批判をうつむきながらじっと聞いていた。経営者の不満が一段落したところで、私は「すべての原因は、クレーマーに対する社長のスタンスでしょう。担当者の方はよく対応されていますよ」と明確に申し上げた。誰かの責任にしかできない経営者の下では、誰も働きたいと考えない。経営者は、なんとなくバツの悪そうな顔になった。担当者は何も言わず、うつむいていた。繰り返すが、クレーマー対応のレベルは、経営者の姿勢ひとつで決まる。その他の要素
は蛇足だ。経営者としては、「クレーマーを顧客から切る」という姿勢を明確に表明しなければ何も始まらない。顧客第一主義における「顧客」とは、企業としてこれからも末永くおつきあいしたい人のことだ。カネさえいただければ誰でも「顧客」にあたるというわけではない。そもそもクレーマーとして不当な要求をする人をいつまでも顧客として扱わないといけないとなると、担当者の負担は並大抵のものではなくなる。話を鎮めようとして安易に譲歩すれば、クレーマーは「自分は特別な存在」とのぼせてしまい、さらに過大な要求をしてくる。「クレーマーに断固たる姿勢で臨む」ということは、顧客名簿から外す覚悟を持つことである。トップが明確な方針を打ち立てることで、はじめて担当者も毅然とした対応をすることができる。これは弁護士にクレーマー対応を依頼するときでも同じである。私は、「うまく話をまとめてください」という中途半端なオーダーを断っている。少なくとも私の事務所には、そんな器用な対応をする能力はない。そもそも弁護士を立てた段階で、良好な人間関係を維持できることなど、誰も期待していないはずだ。クレーマー対応は、社員のモチベーション、ひいては企業の存続に影響しかねない重要事項である。そのため、クレーマー対応にはトップが自ら采配をとっていただきたい。間違っても営業担当部長などに丸投げなどしてはならない。「面倒なことだから社長は丸投げした」という印象が組織に広がると、あらゆるものが崩れ始める。「社長は逃げずに対処している」という印象こそ、社内の求心力になっていく。もっとも、トップが采配を振るということと、トップ自身がクレーマーと話し合うというのとでは意味が違う。むしろ経営者は自らクレーマーと対面することをできるだけ避けるべきである。経営者が直接対応すると、即時の判断をクレーマーから求められてしまうからだ。これが担当者であれば、「社に持ち帰って検討します」と時間を確保することができる。クレーマーとの交渉の場には、決定権のある者が出席するべきではない。直接的なやりとりは、担当者に任せるべきだ。経営者はあくまでも担当者の背後でどっしり構え、戦局を見守ることになる。ある食品加工会社では、担当者が7時間もクレーマーの自宅に事実上拘束された。帰ることも許されず、「覚書」という自社の責任を認める書面まで書かされていた。経営者は「大事な社員にこんなことをするなど許せない。どうかお願いします」と興奮気味に話していた。社長としての矜持を感じた瞬間だった。クレーマー解決の方向性を決める第1章で、クレーマー対策が難しい理由のひとつに、「ゴールがイメージしにくい」ことを述べた。なんとなくクレーマーからの連絡がなくなれば、「とりあえず解決した」と
いう意識になるかもしれない。もっとも、クレーマーはしばらく時間が経過してから再度言ってくるという可能性もある。あるサービス業の会社の案件で、クレーマー対応を受任したことがある。クレーマーは苛烈なタイプであったため、会社の側からすぐに訴えを起こした。裁判ではこちらの主張が採用されていったんは終了となった。経営者も担当者も終了したということで安堵していた。しかし、1年後にまた同じような言いがかりをコールセンターなどに言うようになってきてしまった。クレーマーには「あきらめる」ということがない。このように、クレーマー対策は明確なゴールを設定しにくいため、対応が迷走してしまう。なにより同一のゴールを社員が共有していないため、社員によって対応が異なり、さらに問題を複雑化させてしまう。したがって、とりあえずであっても、ゴールを設定しておくことが迅速かつ統一的な対応のために有効である。ゴールを定めておくことで、組織として歩むべき方向性を共有することができる。そこで、暫定的なゴールの設定方法について検討していこう。クレーマー対応に「勝ち負け」というものはない。「クレーマーからの要求を断る」ということと「クレーマーに勝つ」ということはまったく意味が違う。「クレーマーを懲らしめよう」と前のめりになると、かえってあげ足をとられてつまずいてしまう。クレーマーからの言いがかりは、受け流してしまうことに尽きる。受け流しつつ、自分たちの設定したゴールに至るように話を展開していくことになる。ゴールとしてひとつの理想は、「相手と話がついて要求が収まる」ことだ。こちらにも何らかのミスがあって、やむを得ず金銭的な解決をする場合もあるだろう。こういうときには必ず合意書など解決したことのカタチを作るようにしておくべきだ。クレーマー対応には決まった型というものがない。その場の交渉によりひとつの着地点を見出していくことになる。せっかく合意したとしても、クレーマーは口頭の約束を一方的になかったことにして、さらに要求してくることがある。ある水産会社では、担当者のミスで相手に商品として問題のあるものを送付してしまった。相手からはとりあえずの損害として数十万円の支払要求がされた。対応を面倒に感じていた経営者は「これですむなら」と思って振り込んでしまった。すると、相手からは「あれでは足りない」と要求がさらに続くようになってしまった。クレーマーの要求は、流動的で安定しない。だからこそ、二度と連絡が来ないようにカタチをはっきり作っておく。交渉をしてなんらかの合意に至ることができればまだいい。実際には、クレーマーからは過大な要求がなされる一方で、まったく話にならないということも珍しくない。話し合いにならないがゆえにクレーマーとも言える。こういった場合のゴールは、「何もせずに放置する」というものだ。「あえて何もしない」というのも立派な解決方法のひとつである。我々は、「紛争の解決」と耳にすれば、なんらかの合意をすることのように誤解している。合意はあくまで問題解決のひとつの形態でしかない。合意のないまま、なし崩し的に
うまくやっていることもある。クレーマー対応も然りだ。こちらから積極的に何かをしようとすれば、逆に相手から別の要求を突きつけられることもある。この繰り返しではいつまでたっても問題の解決にはならない。そこで「相手からの要求が明らかに不当なものであれば、あえて何もしない」という選択肢も検討する。クレーマーにとっては、〝暖簾に腕押し〟の状態がもっとも辛い。次の一手を検討することができないからだ。だからこそ、相手にしていなかったら「企業として無視するのか」「説明責任を何だと思っているのか」などと言い始めてなにかしらのレスポンスを無理にでも引き出そうとする。このような挑発に乗る必要はない。「何もしない」というのは、一般の方にとっては心理的な負担になる。「何か反論しないと不利になるのではないか」という不安に襲われるからだ。しかし、クレーマーに対しては、レスポンスをしなかったからといって、何か問題になることは通常ない。会社としては「何もしない」という消極的な選択もあることを事前に社員に通知しておくべきだ。これが社員の不安解消材料になる。最終的なゴールとしては、会社から訴訟に持ち込むこともある。クレーム対応では、話し合ってもまったく進展しないことは珍しくない。合意できないだけならまだいいが、執拗な電話や面談要求はいつまでも続く。これでは終わりがない。そこで訴訟に持ち込んで、相手の要求内容が正当なものであるか否かをはっきりさせることもひとつの方法だ。訴訟のいいところは、最終的な結論が出ることだ。和解案が裁判所より提示されることもあるが、最終的に双方が和解を受け入れなければ、判決によって終わりということになる。クレーマーが欠席したとしても判決は出る。あとは判決に基づいた対応をすればいいだけのことだ。仮に会社が経済的な支払いをしなければならないとする判決であれば、それに基づいて支払いをすればいい。判決に基づく支払いであるため、クレーマーの要求に応じて支払うものとは根本的に違う。「支払う必要がないものは支払わない。支払う必要があるものは支払う」というあたりまえのことを貫き通すだけである。クレーマー対応の担当者を賞賛する文化をつくる「クレーム対応が楽しくてしょうがない」という人にこれまで会ったことはない。相手がクレーマーだと精神的な負担が大きい。ある担当者は、あまりにも過重なストレスで「髪の毛が抜けた」とまで言っていた。「眠れない日々が続いている」と言う人もいた。担当者は本当に大変である。これほどクレーマー対応は大変であるにもかかわらず、担当者の扱いがあまりにも雑な会社が多い。クレーマー対応はそれ自体が売上に直結するものではないため、経営者としても意識が向きにくい。企業が直面している複数のトラブルのひとつとしか認識していないために〝担当者に丸投げ〟ということになりがちである。
しかも中小企業では、クレーマー対応を専門にしている社員もいない。ぎりぎりの人員で回している中小企業においては、営業や総務の社員が兼任でクレーマーの相手をしていることが多い。本来の業務に加えてクレーマー対応までしないといけないとなれば、いくら時間があったとしても身が持たない。とくにクレーマーの場合、こちらの都合をまったく考慮することなく、自分の都合で電話をしてきたり、面談を求めてきたりする。担当者としては、集中して何かをしたいときでも一方的に作業を中断させられることになる。あまりにも効率が悪い。経営者は、担当者の業務量が過重になっていないかどうかをよく見極める必要がある。とかく経営者は、クレーマー対応をコミュニケーションが器用な部下に任せる傾向がある。「この人であれば、うまく対応してくれるであろう」という期待から安易に任せてしまう。実際には、そういった社員は経営者から他の雑務も依頼されている。あまりにも多くの業務を任せられてしまい、優秀であるがゆえにつぶされてしまうことがよくある。求められるのは、クレーマー担当者を賞賛する企業風土である。「がんばってね」「何かあれば相談して」と声をかけてもらえるだけでも、担当者にとっては力強い支えになるものだ。あるメーカーでは、忘年会でクレーマー担当者を表彰していた。挨拶で担当者が「正直言って誰かに代わってもらいたい。でもこう評価されると言いにくい」と冗談めかして話していた。会社として社員を支えるというのは、こういった評価を確実にすることである。評価のなかには、金銭的な評価も含まれる。大変な業務であるにもかかわらず、いつまでも同じ賃金であれば、他の職場を探すのも当然であろう。担当者を決めるときには、クレーマーから直接批判されている社員は外すべきだ。ある食品販売会社では、営業担当のAが発注ミスをして相手に迷惑をかけてしまった。この相手がクレーマーになって、Aのミスについて鬼の首を取ったように苛烈な要求をするようになった。経営者は、Aの成長を促そうと思い、A自身に対応させていた。しかし、これが経営上の大きなミスになった。負い目を感じていたAは相手と冷静に話すことができず、いつのまにか自分のポケットマネーで解決しようとしていた。事情を知った社長があわてて私の事務所に相談に来た。このように当事者がクレーマー対応に直接関わると大抵うまくいかない。担当者はできるだけ無関係の人がいい。無関係の社員でも、担当できるようになるにはクレーマー対応の体系化が求められる。「このときにはどうする」という一連のノウハウだ。中小企業にはこういった体系がない。過去の経験から各自が無手勝流でなんとなく解決しているのが実情である。ノウハウを誰かに教えることができず、担当が特定の人に固定化する傾向がある。このように担当者が固定化すると、クレーマーを相手にできる人が社内にひとりしかいないということになる。「当社のクレーマー対応はこの社員」という社長の自慢は、周囲からすれば不安でしかない。この社員がいなくなれば、またゼロから担当者を鍛えていかざるを得ないからだ。クレーマーは、サービスの高度化によりいっそう増えていくことが懸念される。これに
対して時間をかけてゼロから担当者を育てるだけの余裕はどこにもない。経営者は、担当者を同時進行で複数名育てていくように計画するべきだ。複数名が育つことで、担当者に何かトラブルがあっても変更することができる。なにより特定の人にかかる負担を分散させることができる。担当者を固定化せずあえて流動化させる。これによってノウハウを「伝える」というプロセスができてくる。この「伝える」というプロセスは、想像以上に難しい。担当者はたいていの場合において感覚で対処しているところがある。感覚は言語化することが難しい。言語にならないものは伝わらない。日本では「教え方」というものを教わる機会が圧倒的に不足している。先輩としても教え方がわからないために自分ですべて対応してしまい、後輩の育成につながらない。だからこそ、経営者はノウハウの継承を事業計画のひとつとして明確にしておくべきだ。黙っていても自ずと次の世代に伝わっていくというものではない。
情報は偏在していく理想的なクレーマー対応とは、クレーマーからの要求に対していかなる立場の社員も同じ回答と対処をすることだ。これこそが組織としての対応ということになる。同じ会社のAとBが違う回答をすれば、違う回答をしたということが新たなクレームの火種になってくる。統一的な対応をするためには、末端に至るまでクレーマーとのやりとりについての情報が共有されていることが必要である。そもそも知らなければ対処のしようもない。もっとも、情報には、意図的に共有するような仕組みをつくりあげておかなければ、企業内で偏在する、という性格がある。情報の偏在が自ずと生まれてくるのは、伝達の過程において人間が関わるからである。情報は、自分にとって都合のよいものもあれば、悪いものもある。悪いものについては、できるだけ隠蔽しようとするのが人間の性である。隠蔽とまでいかずとも、自分にとって不利なものにならないように解釈を変えたりすることがある。結果として正確な情報が共有されることなく、知っている社員と知らない社員が出てくることになる。あるサービス業の会社では、社員であるAが相手に威圧されて賠償金を支払うということを伝えていた。あることがきっかけでAは更迭されてBが新たにクレーマーの相手をすることになった。Aから情報を得ていなかったBは、賠償金を支払うことなど聞いていなかった。クレーマーからの「会社として責任ある発言をしていないのか。人を馬鹿にしているのか」との言われなき批判をBは受ける羽目になってしまった。企業の組織力は、クレームが入ってから経営者の耳に入るまでに要する時間に表れる。組織力のある会社は、人員の規模にかかわらず、あっというまに経営者の耳にクレームについての情報がありのままに入る。クレーム対応を一歩間違えれば、企業のブランドにも影響することをよく理解しているため、情報の風通しをよくする工夫をしている。これに対して、組織力のない会社は、クレームの情報がなかなか経営者までやってこない。しかも情報が抜け落ちていたり、あるいは修正されていたりしている。ある小売業の社長と総務部長がクレーマー対応で相談に来所した。社長に質問をすると、すべて総務部長に尋ねていた。総務部長にしても「担当が今日は不在で詳細はわかりません」という回答が多かった。「これではクレーマーの餌食になってしまうな」とつく
づく感じてしまった。こういう会社は、社員が都合の悪い情報を言いにくい風土が形成されている。いくらクレーマー対策を講じたところで効果はない。経営者は、都合の悪い情報だからこそ、社員が早く情報を上げるような仕組みをつくっていかなければならない。そのために必要なことは、ミスをしたこと自体を批判しても意味がない。ミスをしたことを批判すれば、誰しも自分のミスに関する情報を伝えるのが遅くなってしまう。重大なミスになればなるほど、伝えることを躊躇する。これではミスは隠蔽されるばかりだ。経営者が批判するべきは、ミスを直ちに報告しなかったことだ。「報告すれば許される。報告しなかったら問題視される」という意識を社員が持てるかどうかが、情報共有におけるポイントになってくる。社員は、情報を共有することによって連帯することができる。こういった情報は、単にメールやチャットで一方的に社員に通知するだけでは「自分ごと」にならない。定期的に上司が部下に対してきちんと情報共有しているか、フィードバックするべきだ。人は、目の前の業務に時間を取られてしまうため、他の人が担当しているクレーマー対応までなかなか意識が向かない。無関心は担当者を追い込むので留意していただきたい。また、情報の共有は、社員の連帯を促すときにはクレーマーによって悪用されることがある。クレーマーは、あえて少しだけ悪いことを担当者に強いることがある。担当者としては「このくらいで終わるなら仕方ない」と言えるような小さなことだ。たとえば、ある事案では、担当者は会社のルールに反して、わずかばかりの金銭をポケットマネーで支払っていた。しかし、クレーマーは別に小銭が欲しくて担当者に詰め寄ったわけではない。目的は「会社のルールに違反した」という秘密の共有をしたかったのだ。秘密の共有は、確実に担当者に後ろめたさを与えて、次第にクレーマーの言いなりになっていく危険な行為だ。こういった秘密の共有が悪用されないためにも、あらゆる情報は白日のもとにさらして共有されなければならない。情報を整理するクレーマー対応は、情報戦の性格を有する。できるだけ早く正確な情報を手にすることで、クレーマーが何かをするにしても防御することができる。もっとも、情報はただひたすら集めればいいというわけではない。情報を具体的に活用するには、整理されていなければならない。あるメーカーの担当者が、クレーマー対応のことで相談に来た。「資料はありますか」と質問すると、段ボール箱一杯の手紙、ノート、音声データなどを持参してきた。「証拠はあります。すぐに何らかの手立てを」ということであったが、これではどうしようもない。一般的に弁護士は、複数の事案をかけもちして同時進行で処理している。私の事務所では、クレーマー対応も数件を同時に進めることがある。ひとつの事案にかけられる時間には自ずと限界がある。事案を解決するためにはできるだけたくさんの情報を目にしたい
が、さりとて何ら整理されていない資料をひたすら提供されても、概要を掴むことすらできない。弁護士に迅速に対応してもらうためにも、情報を整理する姿勢を社内で確立していただきたい。最初に確定してほしいのは、情報管理の責任者である。クレーマー担当者が兼務するのが一般的であろう。情報は分散するからこそ、情報センターとして機能する人を明確にしておく。たとえば、コールセンターには、いろんなクレーマーからの苦情が持ち込まれてくる。せっかく担当者が電話を切ることができても、別の担当者が新たな電話を取ってしまい、またゼロから話が繰り返されることもある。ITシステムでクレーマー情報を共有していても、見落とすなどして統一的な対応ができないという悩みは尽きない。アナログ的かもしれないが、誰かが情報の責任者として、すべての情報を集約しておくことが結果として効率的である。これは弁護士に依頼するときにも有効である。弁護士が対応に困るのは、人によって情報が異なるときだ。「それはわからないのでAに聞いてください」「BとCでは認識が少し違うようです」となると、いったい誰を窓口にすればいいのかわからない。事務所としては、1秒でも早く着地点を見出すことを目標にしており、スピード感のあるやりとりを期待している。事件処理のスピードを上げるために窓口をひとつに絞るようにしてもらっている。ちなみに、こういった窓口になった人のレベルで事件処理のスピードはまったく違う。クレーマー対応は、相手に恐怖心を抱くことになりがちだ。そのため普段であれば冷静に話ができる人であっても、クレーマーからのプレッシャーでただひたすらじっと話を聞くだけになることも当然ある。情報のやりとりは自分の心理状態の影響を受けてしまう。クレーマー対応については、「うまくやろう。なんとか自分で解決しなければ」などとはじめから考えないことだ。そんなに肩に力を入れていたら、緊張から余計にミスをしてしまう。しかも自分の些細なミスを、とんでもないことをしたようにすら感じてしまう。ある女性がクレーマーに謝罪の電話をしたとき、相手の名前を言い間違えてしまった。クレーマーからは「お前は謝罪する気などないのだろう」と罵られたようだ。完全に気落ちして、上司に対しても泣くばかりだった。周囲からすれば、電話で名前を間違うことなどたいした問題ではない。それでも緊張感から大きなミスのようにとらえてしまって、自分を追い詰めることになるのが、クレーマー対応の怖さだ。「そのくらいのことで落ち込む必要なんてない。むしろ怖いながらもよく対応したね」と声をかけておいた。こういうフォローは傷ついた社員を救うためにも大事だ。あとは会社から委任状をもらって、こちらでクレーマーに対応していった。担当者は「クレーマー対応はなるようにしかならない」というくらいの心持ちで十分だ。「こうあるべきだ」という情熱は、ときに自分自身を苦しめることになる。緊張した状態であれば、正確な状況を記憶しておくこともなかなか難しい。こういうときには、とりあえず力を抜いてわかる範囲で情報を整理してほしい。情報を整理する際
は、事実と感想を分けて整理してもらいたい。これが混在しているケースが多く、事後的に読むのにわかりにくい。「突然クレーマーがカウンターにやってきて大声を出した。周囲に人もいたので対応が何もできず困った」というメモにしても、事実と感想が混在している。事実としてあるのは、以下のようなことだ。①クレーマーがアポイントなくカウンターにやってきたこと②クレーマーが大声を出したこと③周囲に人がいたこと④会社としての対応ができなかったこと「困った」というのはあくまで主観だ。これくらいの単純なものであればいいが、実際には繰り返しクレーマーからの攻撃を受けることになり、次第に事実を見失って感想がメインになってくることがある。必要なのは事実だ。また事実は、可能な限り時系列で整理してもらえるとわかりやすい。クレーマーは、いろんな方法でアプローチしてくる。電話、メールあるいは面談などアプローチに応じて整理していたら整理することに疲れてしまう。「何が、いつあったのか」というシンプルな方法が利用しやすいし、イメージもつけやすい。〈参考プロセスシート〉私の事務所では、相談を円滑に実施するために「プロセスシート」と称する時系列に基づいたシート(図表1)の作成を推奨している。時系列で整理されることによって弁護士としても事案の全体像を把握しやすい。内容の欄には、クレーマーからの要求内容を中心に交渉内容の概略を記載する。対処の欄には、クレーマーからの要求に対して決定した会社の対応を記載する。
情報は発信するから集まる組織としてクレーマーに対応していくときは、担当者個人が情報を保有するのではなく、組織として情報を集約していくことが不可欠である。しかも「情報を集めましょう」という声がけだけでは、個人の努力を促すだけで、たいていの場合うまくいかない。経営者としては、情報を集約するような組織の土壌を作っていかなければならない。ビジネスの現場に身を置いていると、圧倒的な情報量を有して見事なパフォーマンスを見せる人に出会うことがある。自分の業務のみならず他業種のことについてもコメントすることができる。こういった人にはひとつの共通点がある。それは情報を発信することに積極的ということだ。SNSやブログなどで自分の手にした情報を積極的に開示している。情報にはひとつの性質がある。「情報は発信されるところに集まる」というものだ。これは弁護士として実際に仕事をするなかでも感じるところだ。たとえば、私の事務所では、ホームページやメルマガでクレーマー対応をはじめとした情報を提供するようにしている。そうすると「実はこんな問題で悩んでいます」という新たな悩みの声がやってくる。情報発信によって情報が集まるのは「ここなら話をしても大丈夫」という安心感があるからであろう。人は、安心できなければ自分の本心を告白することができない。仕事であれば、「変なことを言って周囲から批判されないか」と不安を感じれば、誰しも口を閉ざしてしまう。「何を話しても大丈夫だ」といかに部下に感じてもらえるかが大事になってくる。部下に安心感を与えるには、上司が自分の失敗を話すことがもっとも効果的だ。「クレーマー対応でこういった失敗をして悩んでいた」「本当に大変だった」という自分のミスを赤裸々に語ることができれば、部下としても自分の対応に自信を持つことができるし、ミスをしても隠蔽せずに即座に相談できるようになる。わかっていただきたいのは、担当者が本当に恐れているのはクレーマーではなく、対応に失敗したときの社内における自分の立場である。「ミスをしても会社は守ってくれる」という意識にならないと、担当者としても自信を持った対応をすることができない。こういった安心感をベースにして「担当者との協議の場」というのを設定する。クレーマー対応の方針は、担当者に一任するのではなく、チームを組んで協議のうえ決めていくようにする。このときのチームの人数は3~5名くらいにする。チームで協議する目的は、多角的な視点から事案を眺めることと、責任が特定の担当者に集中することを回避することにある。だからといって、単に人数を増やすだけでは、決定のスピードが遅くなるし、意見の集約をすることもできない。5名くらいが担当者は説明しやすい。参加者からの意見も求めやすい。頭数ばかり増やすと、参加者の当事者意識
が希薄になり、担当者が孤独になる。もっとも、こういったチームが機能するためには、メンバー相互の信頼関係が必要である。もっといえば、職場の人間関係が多分に影響してくる。中小企業においては、人員が限られているため、人間関係がぎくしゃくしたからといって、容易にメンバーを変更することができない。しかも、一部の社員同士の軋轢によって、職場全体が暗く沈んだ雰囲気になることも珍しくない。人間関係の悪化は自ずと周囲を巻き込もうとしてくる。私の事務所では、労働トラブルを経営者側で担当している。そのなかで感じるのは、会社といっても、「個人と個人のつながりの集積」ということだ。複雑なシステムを導入しても、個人相互の信用がなければ、なにかしらのトラブルになってしまう。こういった個人の信用というのは、事業の規模に影響しない。わずか数名の社員の会社でも人間関係がぎくしゃくしているところもある。逆に社員数が多くても自然なコミュニケーションがとれているところもある。こういった相違は、経営者と社員の距離の差でもある。経営者が社員一人ひとりの話をいかに聞いているかによって圧倒的な差が生まれてくる。経営者のなかには、職場を明るくするために「もっと社員同士でコミュニケーションを」と熱く語る人もいる。しかし、経営者の情熱とは裏腹に、社員はしらけた視線ということも少なくない。コミュニケーションは誰かに指示されて成り立つものではないからだ。社員に何かを期待するのではなく、まず経営者が自ら社員に声をかけてみる。声をかけてもらえるだけでも人は安心することができる。クレーマー担当者を安心させるためにも、「声をかける」というあたりまえのことを徹底していただきたい。待っていたら社員が本音を語ってくれるということはない。最初はぎこちなくとも、繰り返し声をかけ続けることで信用は生まれてくる。私たちは、効率性を善として、あたりまえのように求め続けている。だが、人間同士のつながりに効率性を求めると、かえってうまくいかない。「この人を自分のためにうまく活用しよう」という利己的なスタンスが相手に伝わるからだ。相手としては、自分は人ではなく道具としてとらえられていると憤りを感じてしまう。信用を得るには、あえて結果を焦らず、地道な活動を積み上げていくほかない。
担当社員の負担を軽減するにはマニュアルの作成が不可欠クレーマー対応は、手間と時間をとられてしまう。経営者は「大変だ」と考えつつも、つい優秀な部下に「なんとかしておいて」と指示するだけで終わってしまう。なんともならないからこそ、部下は悩むわけだ。部下としては「なんとかできるなら社長がすればいいのに」という思いにもなる。実際、私の事務所に相談に来る担当者のなかには、クレーマーに対する不満と同じくらい、経営者に対する不満を口にしていた人もいる。中小企業では、クレーマー対応のノウハウが蓄積されておらず、体系化もされていない。ある問題が発生したとき、担当者は周囲のはっきりしない意見を聞きながら自分なりに判断して動く。自分の判断がプラスに働くこともあれば、マイナスに働くこともある。担当者が本当に疲弊するのは、こういった「自分で判断しないといけない」ことへのプレッシャーだ。自信もないままクレーマーに回答したら、自信のなさについてクレーマーにあげ足をとられてさらに追い込まれることもある。クレーマー対応では、経営者の直属の部下が責任を負うことが多い。こういった立場の社員は、経営者と現場の橋渡しを受けもっているため、ただでさえ業務量が多い。そのうえで、部下からは「クレーマーへの対応はどうしたらいいでしょうか」との相談がひっきりなしにやってくる。しまいには相手からの「上司を出せ」との声にやむなく管理職として矢面に立つことになる。なんとも辛い立場だ。こういった社員の負担を軽減するには、クレーマー対応のマニュアルを策定して共有しておくことが必要である。マニュアルというと、「形骸化」「柔軟性の欠如」などと批判されることもある。なかには「クレーマーなんていろんな人がいるわけだから、紋切り型の対応なんて意味がない」と口にする人もいる。しかし、こういった批判は、マニュアルによる対応の意義を誤解している。クレーマーのタイプが千差万別であるがゆえに担当者も対応に苦慮する。むしろ対処しやすくするためには、できるだけこちらの用意したパターンにあてはめるべきだ。あてはめることでとらえどころのなかったものを自分の視点で見ることができるようになる。マニュアルを策定するメリットは、なにより個人の判断から脱却して組織としての対応に移行することができることだ。中小企業では、とかく事業が属人化してしまう傾向が強い。こういった事業の属人化は、事業の規模の拡大に自ずと歯止めをかけることになる。
どうしても「その人」ができる範囲に限界が来るからだ。これはクレーマー対応についても同じである。事業規模が拡大すれば、自ずとクレーマーに出くわす機会も増えてくる。いつまでも「その人」に依存しなければならないとなると過重な負担で倒れてしまう。ある通販会社は倍々ゲームで売上を伸ばしていたが、コールセンターの離職率に悩んでいた。いくら採用してもすぐに退職してしまい、スタッフ同士もギスギスした関係になっていた。そこで私の事務所にコンサルティングを依頼して、全員でマニュアルを策定していくことにした。半年後には相互に支援するようになり、「離職者がこの数カ月出ていない」と経営者からも喜ばれた。こういった急成長をする組織では、とかく離職率など人材の問題で頭を抱えることが多い。組織の成長にスタッフ個人の成長が追いついていかないというわけだ。しかも経営者としては、なぜスタッフが成長しないのかわからず、「せっかくの勢いを活用できない」と焦る。経営者は「何を教えるべきか」についてはなんとなくわかっていても、「どうやって教えるべきか」について考えることがあまりない。とくにポイントになるのが、教える順番である。何をどの順番で教えるかによって、社員の成長には圧倒的な差が生まれてくる。漫然と教えるだけではいつまでも迷走する。体系的というのは、その順番に思想があることだ。クレーマー対応のマニュアルを策定するときには、対応の順番について全員で考えて共有していく。スタッフとしても手順を知ることで「今自分がするべきこと」「これから自分がするべきこと」「自分がしてはならないこと」がわかる。こういった自覚こそが組織の成長につながる。しかもマニュアルに依拠することで、どのスタッフも同じ対応をクレーマーにすることができる。これこそ「組織に隙がない」というものだ。私の事務所が推奨しているコンサルティングも、簡単に言えば、事前にマニュアルを策定していくというものだ。クレーマーに出会うたびに弁護士に依頼していてはきりがない。「いかにして相手がクレーマーにならないようにするか」「クレーマーになったとき、いかに対応するか」のマニュアルを策定し、できるだけ社内で解決できるようにするべきだ。私の事務所のコンサルティングは、あくまでマニュアルを自力で策定することが難しい企業をサポートさせていただくためのものである。自社オリジナルのクレーマーの定義をつくる企業のクレーマー対応のレベルを判断することは、たったひとつの質問で可能だ。それは「御社のクレーマーの定義って何ですか」だ。この質問ひとつで企業としてクレーマー対応にしっかり向き合っているかがよくわかる。「クレーマーというのは、根拠なく不当な要求をする者だ」という定義は、わかるようでわからない。「不当」というのは、評価をともなうものであるから、人によってとらえ方も違ってくる。単に商品やサービスに文句を言ったからといって、「不当」とまでは言え
ないだろう。担当者は、クレーマーに対しては毅然とした態度をとりたい。問題は、目の前の相手が毅然と断るべきクレーマーに該当するのか、誰も教えてくれないということだ。いかに注意していても、商品やサービスについてのクレームはやってくる。クレームは、相手の期待の裏返しでもある。クレームに対してきちんとした対応をすれば、企業のブランド力を上げてむしろファンの開拓にもなる。だからこそ、経営者はクレーム対応を最優先課題にするべきとも言われる。もっとも、クレームの内容も様々である。根拠の明確なものもあれば、曖昧なものもある。一般の顧客からクレーマーまでは、まさにグラデーションのようなもの。「顧客」と「クレーマー」の分岐点は、実際にははっきりしていない(図表2)。はっきりしていないからこそ、担当者は「要求内容は無理があるが、顧客として切っていいのだろうか」と思い悩むことにある。分岐点がないのだから、いくら悩んでも正解は出てこない。それではいつもクレーマーに対して腫れ物に触るような対応をすることになり、相手を一層のさばらせることになる。
分岐点がないのであれば、これは自社で作るしかない。「こういうことをする人はクレーマーであって、顧客ではない」というクレーマーの定義だ。こういった定義は、顧客として切るという判断をともなうものであるから、経営者自身が決定しなければならない。「顧客なのか、クレーマーなのか自分で決めろ」と社員に投げるのは無理を強いるものだ。どうしても「わからないから顧客として」ということになる。ある住宅メーカーでは、クレーマーから営業担当者に1日に何度も電話がきていた。見かねた経営者が相談に来て「これってクレーマーの領域でしょうか」と質問をした。私は「それを決めるのが経営者としてのお仕事ではないでしょうか」と回答した。クレーマーの定義に正解などない。一応は、社会的相当性を逸脱した内容・方法で要求してくる者とでも言えるだろう。さりとて、これも「何が社会的相当性なのか」と問われたらわからない。こういった曖昧なものは実務では役に立たない。現場で役立つのはシンプルで誰でも理解できるものだけだ。そこで自社オリジナルのクレーマーの定義を作成していただきたい。担当者が簡単にクレーマーに該当するかどうかを判断できるようなシンプルな定義だ。担当者としても「これはクレーマーに該当する」と確信できれば、顧客として切ってもいいと覚悟ができて自信を持って対処することができる。こういった定義は、あくまで自社の内部で共有するものであるから、内容についてこだわる必要などない。まして正解を求めようとしても無駄だ。むしろいかにシンプルなものにするかがポイントになってくる。クレーマーは、その内容と方法において一般的な要求とは異なる。そのため内容と方法というふたつの観点から客観的な定義をとりあえず作ってみるといい。客観的というのは、主張の内容に関係なく、外形的な行動から定義するということだ。「事実が不明の段階で金銭要求」「電話でこちらを〝お前〟と呼ぶ」「一方的に面談の日時場所を指定する」「1週間に5回以上電話してくる」といったものが各社のクレーマーの定義としてある。ご覧のとおり、担当者の判断を要しない極めてシンプルなものだ。個別の事情を考慮することなく、具体的な特定の行為を基礎にしているところがわかりやすい理由である。我々は、なにかを定義づけるときに柔軟な運用を期待して解釈の幅を意図的に持たせるようにすることがある。こういった方法は、個人の解釈をともなうためにレスポンスに時間を要する。「これは定義に該当するのか」と考えている間にクレーマーからの執拗な要求は続く。スピード感を持って対応ができるように曖昧な定義は放棄してクリアなものにこだわるべきだ。クレーマーと考えていたが、実際には違っていたということもありうるだろう。そういうときには事後的にお詫びして、対応を微調整していけばいい。最初から確実性を求めていたら、クレーマー対応などできない。定義を策定したら、これを社員に公表して認識を統一させなければならない。経営者の
声で語られることで、はじめて社員も「もはや顧客として扱わなくていいのか」と安心感を手にすることができる。こういった安心感を与えることこそ、毅然とした態度をとるということの意味であろう。冷静な状態を作り出すのに録音は重要あたりまえのことだが、クレーマーはこちらが冷静に対応することを嫌悪する。冷静な判断をさせないために大声を出したり、即時の対応を求めたりする。簡単に言えば、こちらがあわてることなら何でもする。プレッシャーをかけられた状況では、適切な判断をすることなどできない。相手のことを「怖い」と感じている時点で、もはや通常の話し合いは期待できない。それでも話を進めていかなければならないのが、クレーマー対応の辛さでもある。マニュアルを作成して統一的な対処法が確立していても、担当者が威圧されて冷静さを失ってしまうと、予定された対応をすることができない。冷静な状態を作り出すために効果的な方法が会話の録音である。ある食品会社がクレーマーの対処に困っていた。話をしていても何かでスイッチが入ると興奮して罵声を浴びせられる状況であった。会社にも落ち度があったために冷静に話し合って解決したいのに話が前に進まないというわけだ。そこで会話の録音をお勧めした。あえてテーブルの上にICレコーダーを置いて「会社の方針でお客様のお声を上司に正確に伝えるために録音させていただきます。ご入り用であればデータを差し上げますのでお伝えください」と一言触れてから会話してもらうようにした。それからというもの、クレーマーからの大声はなくなった。経営者は「録音ひとつでこんなに変わるものですか」と驚いた。はっきり言って変わる。人は、自分の発言に酔いしれて高揚することがある。いったん高揚し始めると、さらに高揚感を求めて激しい言葉を使うようになる。このような高揚感を抑制するのが録音だ。人は、自分の声が録音されていると認識すると、「下手なことは言えない」と発言内容に気をつける。するとクレーマーとも冷静に話をすることができる。このように録音をするのは、相手の不適切発言を抑止することが目的であるから、秘密録音などする必要はない。あえてテーブルの上にレコーダーを置いておけばいい。「秘密に録音したものは証拠に利用できるでしょうか」と質問されることが多いが、根本的にレコーダーの利用の仕方を誤解している。堂々と録音するからこそ意味がある。こういった人間の心理は、クレーマー側もよくわかっている。クレーマーは、担当者を萎縮させて自分を有利にするために、あえて自宅に担当者を呼びつけて一方的に録音する。クレーマーだけが録音しているという状況は、担当者をさらに緊張させるため、避けなければならない。そういう場合には、いったん会社に戻って改めて別の日時を調整するべきだ。
クレーマーから「勝手に録音するな」と拒絶されないためにあえてデータを提供すると申し出るといい。データを提供するとなると双方が同じ立場になるため、クレーマーとしても積極的に否定しにくい。それでも録音を拒否するのであれば、「録音もできないようなご要望であれば、当社としても責任ある対応ができません。本日は失礼しまして、改めて方針をお伝えします」と言い放って帰ればいい。何を批判されても無理にでも帰ることが大事だ。ここで相手のペースに乗って、いつまでも同じ場所にいると「この担当者はプレッシャーをかければどうにでもなる」といった印象を与えることになる。「そうはいってもなかなか録音を言い出せない」と苦笑いしていた人もいた。おそらく多くの人の本音であろう。誰かの発言を録音するとは、つまるところ言質を取るようなものであっていい気はしない。それはコミュニケーションの根底にある信用への疑義である。だが、このような中途半端な姿勢がクレーマー対応を難しくさせている点は否めない。自分と会社を守るためには、言い出しにくくとも録音することを明確に告げるべきだ。それでもめるなら、直ちに会社に戻って弁護士に依頼したほうが早いし安全だ。こういった録音内容は、事後的な訴訟における有効な証拠にもなる。いくらカウンターで大声を出したと主張しても、証拠がなければ事実として認定されない。大声の状況が録音されていれば証拠として活用することができる。このときの録音は、できるだけ最初の時点から開始してほしい。一部だけの録音となると、前後の文脈がわからず、かえって「なぜ一部だけなのか」が争いになる可能性もある。慣れていない人が安易にポケットに入れて録音すると、生地の触れ合う雑音ばかりで肝心の話し声が聞こえないというときもある。秘密に録音するというのは、それほど簡単なことではない。録音に利用する道具は、ICレコーダーでもスマホでもなんでもいい。録音していることが相手に伝われば十分である。録音の意義を押さえて、冷静な話し合いの場を作るようにしていただきたい。
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