治療を始めるうえで大切なこと音声障害の治療法は人それぞれ症状によって異なるため、オーダーメイドに近いものになります。専門医に診てもらい、医師や言語聴覚士の指示に従い、その症状を改善させるのに最も適した治療を受け、生活習慣を改善していくのが原則です。そこで重要になるのが、治療を始めるときに声に不調のある人自身が、どんな声をいつまでに取り戻したいのか、「治療のゴールを決める」ことです。「どのくらいまで回復したいか」という希望、「いつまでに回復させなければいけないか」という時間的な制約によっても、治療計画が変わります。音楽大学の受験や重要なリサイタルを控えているので今すぐに治したい人と、少しずつ治していくことができればいいという人とでは、選ぶべき治療法が変わってくるのです。そもそも声のトラブルは、がんなどでない限り、生命に直結するものではありません。だからこそ、音声障害の治療に何を求めるかは、仕事内容や生活の仕方など、その人自身のバックグラウンドにかなり影響されます。治療を始めるにあたり、まずはご自分が「いつまでに」「どのくらい声を取り戻したいか」を明確にするようにしましょう。
音声障害を治療するための6つの検査音声障害の治療はその人自身が「いつまでに、どのくらい声を取り戻したいか」によって治療法を決めていくわけですが、声の不調にはさまざまな原因があるため、その治療法も多岐にわたります。自身の症状に合った治療を受けるためには、まず病院でくわしい検査をして、声の不調の原因が何かを明らかにしてもらう必要があります。病院や医師選びのポイントは第3章でお伝えしますが、ここでは音声障害の治療をしていくにあたり、必要な検査と治療の方法についてご紹介します。病院で行う検査は、大きく分けると6つになります。基本的な流れとしては、問診ののちに、声帯にポリープなどの病変がないかどうかを確認するくわしい検査を行い、治療方法を決めていきます。検査としては次のようなものがあります。・電子内視鏡検査①喉頭ファイバースコープ検査・電子内視鏡検査②喉頭ストロボスコープ検査・音響分析検査・空気力学検査・病理検査・言語聴覚士による検査それぞれ見ていきましょう。電子内視鏡検査①喉頭ファイバースコープ検査音声障害の検査では、電子内視鏡を使ってのどの状態を確認します。このとき、使う器具が2つに分かれます。1つが、喉頭ファイバースコープです。耳鼻いんこう科であれば必ず設置されている一般的な検査機器です。喉頭ファイバースコープは直径3ミリメートルの細いカメラで、検査ではこれを鼻から挿入し、声帯をはじめとしたのどの周りの重要な部分の形や色、左右対称になっているか、腫瘍や運動障害はないかを詳細に見ることができます。検査前に麻酔薬を鼻にスプレーするので、苦しかったり痛かったりすることはありません。電子内視鏡検査②喉頭ストロボスコープ検査もう1つは、喉頭ストロボスコープを使った検査です。声帯は成人男性で1秒間におよそ100回、成人女性でおよそ200回振動する器官です。音声障害の治療には、声帯が正しく動いているか、左右が同じ動きをしているのか、声帯の裏側はどうなっているかを調べ、正確な状況を把握することが非常に大切になります。喉頭ファイバースコープ検査ではそれがわからないため、喉頭ストロボスコープという検査機器を使い、検査をします。喉頭ストロボスコープは声帯に特殊な光を照射し、それによって発声中に振動している声帯の様子を、静止画やスローモーションの動画で見ることができるしくみです。この検査によって、声帯の状態を正確にとらえることで、音声障害の詳細な診断ができます(ただし、喉頭ストロボスコープを設置している耳鼻いんこう科はそう多くないのが現状です)。音響分析検査音響分析検査では声を周波数分析装置によって分解し、いわゆる「声紋解析」を行います。声紋とは声の指紋といえるもので、人それぞれ固有の形をしています。音声分析検査は「あー」「いー」など持続母音を出し、その声を分析する検査です。音響分析検査を行うことにより、声の「カサカサ」「ザラザラ」などの評価を機械で行い、それを数値で示すことができます。空気力学検査発声によって声帯が振動したとき、どのように空気を放射するかを調べる検査です。「発声機能検査」とも呼ばれ、1秒間にどれくらいの空気が肺から出ているか、音圧の大きさや高さがどれくらいなのかを知ることができます。肺活量検査装置のようなものにマイクがついた機械を使います(ただし、この装置を設置している耳鼻いんこう科は多くありません)。病理検査検査で声帯にポリープなどの出っぱりがあったり、逆に凹みがあったりということがわかった場合に、声帯の一部の組織を採取してその原因が何かを調べる検査が病理検査です。採取した組織にがん細胞があるかないか、悪性か良性かを特定します。悪性の場合は、その状態に応じて治りやすいがんなのかそうではないのか、手術がよいのか抗がん剤がよいのか、もしくは放射線治療なのかを検討します。悪性でない場合、声帯に異常な所見を示す膠原病や袋に液体がたまる声帯嚢胞、かさぶたが大きくなるような喉頭肉芽腫、ヘルペスなどの有無を調べ、病気を特定していきます。病理検査を経てはじめて治療方針を立てることができるため、非常に重要な検査です。言語聴覚士による検査
音声障害の検査は、医師だけでなく、国家資格となっている音声治療の専門家である言語聴覚士(「SpeechTherapist」を略してSTという)によっても行われます。言語聴覚士は言葉と声のリハビリを行う人です。かつては「言語療法士」と呼ばれていましたが、言語だけではなく聴こえや声、嚥下の指導も行うため、現在では言語聴覚士と呼ばれています。言語聴覚士が行う検査の手順は次の通りです。・問診医師の問診を参考に声の不調がある人が何に困っているか、どうなることを望んでいるか、病歴や発症のきっかけ、声に関する詳細な治療歴、喫煙の有無、飲酒習慣の有無、職業、家庭環境などをヒアリングします。発症前の声が100点とした場合、今は何点くらいの声の状態か、ご自身に自分の声の自己採点もしてもらうことがあります。・声の評価声の高さ、声の大きさ、声質、どれくらい声を出し続けられるかを言語聴覚士が評価していきます。声の状態については、「あー」「いー」などと母音を長く伸ばして発声してもらい、それを聞いて・声がガラガラして、声の大きさに変動があるかどうか・息もれの有無・声を出すとき力が入っているかどうか・のどが詰まっていたり、いきんだりして発音していないかどうかという観点から、GRBAS分類という評価方法で総合的に声の状態を判断します。・声域の幅、声域の変換点を調べる検査言語聴覚士が鍵盤楽器を使って音を出し、それに合わせて発声します。それを聞いてどれくらい低い声、高い声が出るかという声域の検査をします。また、人の声には声域の変換点があります。声域の変換点とは、地声と裏声が切り替わるところをいいます。変換点では声帯が非常に微妙な振動をします。その振動の仕方によって治療方針が変わるので、念入りに調べます。***これらの検査の結果をもとに診断し、治療方針を決定します。設定したゴールに向けて治療が始まります。
音声障害の代表的な4つの治療法治療法は大きく、次の4つに分かれます。医師は症状を検査や診察で見極めながら、これらの治療法を組み合わせて、その人にとってベストな治療計画を立てていきます。・言語聴覚士による音声治療(リハビリ、衛生指導など)・沈黙療法・薬物療法・手術一般的に、器質性音声障害の場合は、沈黙療法・薬物療法・手術が治療のメインとなります(器質性の疾患である声帯結節や声帯ポリープが、言語聴覚士による音声治療で改善することもあります)。機能性音声障害の場合は、音声治療で症状の改善を目指します。心因性発声障害の場合は、音声治療を行いつつ、心療内科やメンタルクリニックなどでメンタル面のサポートも行い、改善を目指します。次ページからはそれぞれの治療法について1つひとつ見ていきます。音声障害の治療を始める際の参考にしてください。
代表的な治療法①言語聴覚士による音声治療ここからは代表的な治療法についてご紹介しましょう。1つ目は、言語聴覚士によって行われる音声治療です。言語聴覚士の行う音声治療には、「声帯やのど周りの筋肉を標的とした治療」と「生活習慣を見直す治療」の2つがあります。声帯やのど周りの筋肉を標的とした治療では、さまざまなトレーニングを通して、間違った発声の習慣や方法を修正し、声の改善を図ります(具体的なトレーニングの方法は、第5章でご紹介します)。生活習慣を見直す治療では、日常でやらないほうがいいこと、やったほうがいいことについて、言語聴覚士が日常生活上のチェックとアドバイス(指導)を行います。日ごろの生活習慣を変え、発声習慣を変えることを目的としています。音声治療についての理解を深めていただくために、発声のしくみなどについても言語聴覚士がくわしく説明します。声帯がどこにあるのか、声帯の大きさは何センチくらいなのか、高い声を使うときはのどの、どの筋肉を使うか、低い声を出すときはどんな状態になっているかなど、声を出すメカニズムを知ることで、発声に対する意識が高くなっていきます。また、呼吸法も発声とは切っても切り離せない密接な関係であるため、正しい呼吸法(腹式呼吸)も指導していきます。声帯やのど周りの筋肉を標的とした治療ストレッチなどで心身ともにリラックスしてから、喉頭ファイバースコープを入れ、声を出してもらい、その状態を見ながら有効と思われる音声治療を探します。その人に合った効果が期待できる音声治療が見つかったら、定期的に通院して治療を受けます。1回の指導は約30~60分です。指導内容は次のようなものになります。・声帯の緊張をゆるめる指導発声時に声帯が緊張する人に有効なのが次の2つの方法です。あくび・ため息法……あくびをするとのどの筋肉がゆるんで気道が拡張します。あくびのあとに続けてため息をつくと、声帯が弛緩し、声門が開いた状態になるので、発声が楽にできます。第5章での「ニャーオ法」(196ページ)がこれにあたります。チューイング法(咀嚼法)……自然な咀嚼運動をしているときは、のどの緊張がゆるんだ状態になります。その原理を利用した方法です(「チューイング法」のやり方は196ページで紹介します)。・声帯の形を変える指導のどに力が入りすぎている人に有効なのが次の2つの方法です。ハミング法……ハミングをするとき、人の口は閉じた形になります。口を閉じて発声することで声帯側から呼気(吐く息)の逆流が起こり、それによって両方の声帯がわずかに開放されて振動しやすくなります(「ハミング法」のやり方は189ページで紹介します)。チューブ発声法……ストローをくわえ、「うー」と発声する方法です。口径を小さくして声を出すため、無駄な息がもれません。これを続けるうちに、長く息を吐けるようになっていきます(「チューブ発声法」のやり方は190ページで紹介します)。・声帯の緊張を高める指導声帯麻痺などで声帯が閉じにくい人に有効な方法です。プッシング法……腕に力を入れると声帯が緊張する体のしくみを利用した方法です。体の前で両方の手のひらを合わせて押したり、指を組んで引いたりしながら声を出します。第5章での「イエィ!プッシング法」(194ぺ―ジ)がこれにあたります。・のどの筋力をアップさせ、筋肉のバランスを整える指導大きな声が出にくくなったなど、声の機能が低下した人に有効な方法です。発声機能拡張訓練(VocalFunctionExercise=略してVFEという)VFEは、次の4つの練習からなっています。第5章の「のの発声法」(189ページ)がこれにあたります。①発声持続時間を長くする練習……のどの筋肉のウォームアップをします。主に小さな声で歌う練習をします。②音階上昇練習……のどの筋肉をストレッチします。「のー」と発声しながら低い音程からゆっくり音階を上昇させていく練習をします。③音階下降練習……のどの筋肉を収縮させます。「のー」と発声しながら高い音程から音階を下降させていく練習です。④特定の高さでの発声持続練習……のどの筋力をアップさせます。特定の音程でできるだけ長く声を出す練習です。このように言語聴覚士が行うさまざまな指導を通して、のどの機能を治療していきます。生活習慣を見直す治療言語聴覚士による生活習慣を見直す治療は、「衛生指導」と呼ばれ、主に次の3つの点を行うように指導がなされます。①声帯やのど周りの保湿②逆流性食道炎の予防、治療と禁煙③大きな声や叫び声、怒鳴り声を出さない
この3点を重視しつつ、生活習慣を改め、声の不調を改善していきます。①声帯やのど周りの保湿1日あたり水分を1・5~2リットル飲むこと、吸入器(薬剤を霧状にしたものを吸入したり、スチームを吸入したりすることで、症状の緩和させる医療機器)を使って吸入すること、睡眠時に部屋を加湿しておくこと、必要があれば医師と相談のうえ、気道にうるおいを与えて痰を取り去る薬を服用する、といったことを習慣づけていきます。②逆流性食道炎の予防、治療と禁煙逆流性食道炎による音声障害を防いだり、治療するために、次の生活習慣を守るよう指導がなされます。・睡眠時は枕を使用し、15センチ以上頭を高くして寝る・刺激物の接取を避ける(柑橘系の飲み物やトマト加工品、コーヒー、紅茶、コーラ、アルコール、玉ねぎなど)・就寝2時間前以降は飲食をしない・チョコレートや揚げものを食べない・禁煙をする・状況に応じて逆流性食道炎治療薬を服用する③大きな声や叫び声、怒鳴り声を出さない騒音の激しい場所では、つい大きい声を出し話してしまうため、そうした場所では声を出さないように指導がなされます。また、無理に大きな声を出したり、叫び声をあげたりなども、のどに負担をかけるので控えていただきます。このような指導を通して、自分の声をよりいい状態にしていくことができるのです。声は見えないため、どうしても感覚的に判断しがちです。しかし、感覚的なものはあくまでもその人自身にしかわかりません。言語聴覚士の指導のもと音声治療を繰り返していくうちに、これまで感覚的にしかとらえることのできなかった自分の声の状態を、より正確に理解できるようになっていきます。
代表的な治療法②沈黙療法沈黙療法とは、2、3日から2、3週間、声を出さずに声帯を休ませ、のどへの負担を減らし、症状を改善する治療法です。沈黙療法をしている間は、大声を出すことや長時間の会話はもちろん禁止です。声を出さずにあいづちを打ったり、ジェスチャーを交えたりして相手に意思を伝えます。咳払いなども声帯に影響するので、できるだけ控えます。特に器質性音声障害の中にはこれだけで治る障害がたくさんあります。なぜなら、器質性音声障害の場合は、普段から声を出す仕事や生活習慣を持っており、声帯に負担をかけていることによって起こっている方がほとんどだからです。沈黙療法の効果が特に出やすいのは、急性声帯炎です。沈黙療法を始めて3日くらいで効果がでてきます。声がれの症状がある音声障害の7~8割は、この沈黙療法を行います。とはいえ、長期間声を出さずに生活するのは、あまり現実的ではないでしょう。中には1週間後に仕事上で重要なプレゼンテーションをしなければならない方や、舞台が控えている演劇関係の方、レコーディングを控えている歌手の方などがいます。長期間声を出さずに生活することが難しい場合は、可能な範囲で沈黙療法を行ってもらいつつ、次に紹介する薬物療法や手術などで治療していきます。
代表的な治療法③薬物療法薬物療法とは、その名の通り、薬を使って音声障害の症状を改善していく治療法です。この治療法の対象となるのは、薬だけで治る疾患を持った人と、手術をしたくない人、手術ができない人などです。手術を選択しない人は、家庭や仕事の都合で入院ができない人や、手術をすることによって声が変わってしまったら困る人、あるいは症状により手術がリスクとなる人、手術そのものが怖い人などさまざまです。こうした人たちに対しては、まずは薬物療法で様子を見ていきます。音声障害の治療に使われる薬物は、ステロイド薬と非ステロイド系の薬に大きく分けられます。ステロイドとは本来、私たちの体にある副腎という臓器でつくられているホルモンです。このステロイドホルモンが持つ作用を薬に応用したものがステロイド薬(副腎皮質ステロイド薬)です。ステロイド薬には次のような作用があります。①抗炎症作用……………炎症を促す物質の産生を抑制する作用②細胞増殖抑制作用……炎症反応を引き起こす細胞の増殖を抑制する作用③血管収縮作用…………炎症部位の血管を収縮させることで、患部の赤みを鎮静させる作用④免疫抑制作用…………抗体の産生を抑制して、免疫機能を低下させる作用音声障害の治療では、主に器質性音声障害を抱え、声帯に炎症が起こっている場合、炎症を鎮めることを目的にステロイド薬を使います。また、器質性音声障害を抱えている場合で、プロ歌手や学校の先生など、職業的に声を使うプロフェッショナルボイスユーザーで、すぐに症状を治す必要がある人にも使うことがあります。ただし、ステロイドを長期間にわたって服用すると強い副作用が出るリスクがあります。そのため、もともと糖尿病を患っている人や、胃潰瘍・十二指腸潰瘍、高血圧などの持病がある人は、治療にステロイド薬を使うことはできません。ステロイド薬による治療ステロイド薬は飲み薬のほか、早く高い効果が出るよう注射(点滴)で体内に入れていく方法、薬吸する方法があります。ステロイドホルモンは内服、点滴でも副作用として胃が荒れることもあるので、あわせて胃薬も処方されます。・飲み薬の場合飲み薬を経口投与する場合、長期間、大量に飲むと身体依存も出て副作用を引き起こすことがあるので、治療期間の経過とともに薬の量を少しずつ減らしていきます。ステロイド薬の中でも「プレドニゾロン」という薬を使うことが多いです。プレドニゾロンは1錠5mgのステロイド成分を含有する薬で、1日6錠・30mgから始めます。・注射(点滴)の場合点滴で血管内に直接ステロイド薬を入れる治療法を「パルス療法」といいます。1日あたり30mgのステロイド薬を2~3日連続で点滴します。点滴にかかる時間は30分程度です。1日あたりに投薬する量は経口薬と同じですが、効き目は血管内に直接薬を入れるパルス療法のほうがはるかに上回ります。即効性があるので、合併症がなければ声を使う仕事をされている人には最適でしょう。短期間に集中してパルス療法をして治療効果が出れば、以降はステロイド薬をやめることも可能です。つまり、ステロイドの副作用を回避できる可能性が高くなるため、可能なら、ステロイド薬の経口薬を長く飲み続けるよりも、パルス療法を受けていただくほうがいいでしょう。・薬吸する場合(ネブライザー)飲み薬を服用してきて減薬が進んだ場合、ごく少量のステロイドを水に溶かし霧状にして吸入するという治療法があります。これを「ネブライザー治療」といいます(吸入で使用する機器や具体的なやり方については、第5章184ページでくわしくご説明します)。私は声帯によく効く「デキサメタゾン」という薬を処方することが多いです。普段から声をよく使う人はネブライザーを毎日行い、習慣化するといいでしょう。できれば朝・昼・夜と行うのがベストですが、忙しければ寝る前だけでも行ってください。非ステロイド系治療薬いろいろ音声障害で声帯に炎症が起こっているということは、声帯が「燃えている」状態で、熱を持っているということです。このとき、体は痰を出すことによって、その熱を冷まそうとします。ところが、痰が多く出ると声帯の振動が阻害されるため、声がガラガラに割れてしまいます。声帯の上に痰が絡まないようにするために、非ステロイド系フリーラジカル消去剤としてレバミピド、あるいはビタミンCなどを使い、痰をきれいに取り去る治療を行います。薬を1日3回、2週間連続して飲んでいただくと、炎症が改善されます。・ボツリヌス毒素声帯内注射ボツリヌスは菌の一種で、菌の持つボツリヌストキシン(毒素)という成分には、アセチルコリンという筋肉を動かすための神経伝達物質の分泌を阻害する効果があります。この効果を利用して一時的に筋肉を麻痺させることにより、声帯の痙攣がおさまります。主に痙攣性発声障害の症状を改善させるときに使用します。ただし、この治療法は根治的なものではありません。あくまでも対処療法なので、薬の効果が持続するのは3か月程度です。3か月に一度、ボツリヌス毒素声帯内注射を打つために通院する必要があります。音声障害はすぐ改善するものもあれば、根気よく治療しなければならないものもあります。長期的視点で見て、できるだけ体に負担をかけない方法で治療して
いきます。
代表的な治療法④手術手術をするかどうかは、患者さんのニーズによって決まります。手術のメリットは、投薬治療よりも早く症状の改善ができ、確実に治すことができることです。ただし手術は、声が変わる可能性がある、長い期間沈黙しなければならない、やや痛みがある、お金がかかる等のデメリットがあるため、一番はじめに選ばれることはあまり多くありません。「失敗したらどうしよう」という不安を抱き、躊躇するのは当然でしょう。手術で治す音声障害の症状の1つに、声帯ポリープがあります。この手術を全身麻酔で行うようになったのは、今から40~50年くらい前です。手術が始まったばかりのころは、手術を受けた声楽家の方の歌声が、思ったほど良くならなかったこともあったようです。そのため、一部の声楽家の方の中には、「手術を受けてもきれいな歌声は戻ってこない」と考える人もいます。以前、ポリープの治療のためにパルス療法を受け、3週間の沈黙療法にも耐えたけれども治らなかったという声楽家のお弟子さんがいました。結局、手術を医師から提案され、彼は師事する声楽家の先生に「手術をしてもいいですか?」と聞いたそうです。すると、かつて先輩や同僚の声楽家が手術を受けて、きれいな歌声が戻っていないのを間近で見たことがあったその先生から、「手術を受けたら大変なことになる」と伝えられたそうです。お弟子さんはすっかり悩んでおられました。このように「声帯の手術はすべきでない」という考えをされる方と出会うことは少なくありません。その多くが、かなり昔、手術の成功率が高くなかった時代の記憶が判断基準になっていることも一因です。しかし、現在の手術の成功率は昔と比べると高くなっています。手術そのものはとてもいい治療法ですし、選択肢の1つとして考えていただいていいでしょう。もちろん、手術をしなくても治る音声障害もあるので、手術をするかどうかは病院でよく専門医と相談してください。声帯ポリープの手術音声障害の手術で最もポピュラーなのは、声帯のポリープを取る手術です。「全身麻酔で行う方法」と「局所麻酔で行う方法」の2種類があります。それぞれメリット、デメリットがあるので、主治医とよく相談してどうするのか決めていただくといいでしょう。全身麻酔・局所麻酔のどちらの手術でも、手術後は声を出さずに過ごす沈黙療法を約3日間していただきます。・全身麻酔による手術全身麻酔によるポリープの手術は、声帯の動きをしっかりと止め、喉頭鏡といわれる太い筒を口から入れて行います。顕微鏡を使うことにより患部を20倍以上に拡大して見ることができるので、喉頭ファイバースコープを用いる局所麻酔での手術よりも安全性は高くなります。手術器具を口から入れるため、首に傷跡が残ることもありません。全身麻酔による手術の場合は入院が必要になります。前の日から入院していただき、その日の夜から絶食して、翌日手術になります。術後は部屋で少し休んでいただき、次の日の朝に帰宅というのが、一般的な流れです。・局所麻酔による手術局所麻酔で行う声帯ポリープの手術は、鼻から喉頭ファイバースコープを入れて、喉頭ファイバースコープの先端についた鉗子でポリープを切除します。手術は5分程度で終わるため、日帰りできます。ただし、局所麻酔による手術の場合は、手術を受ける人にはっきり意識があるので、手術中に動いてしまう可能性があります。そのため、全身麻酔よりもポリープをきれいに切除できない可能性が高くなります。ご家庭の事情やお仕事の都合で、どうしても入院が難しい場合などの補完的なものとして、局所麻酔による手術があると考えてください。声帯麻痺・声帯萎縮・痙攣性発声障害・変声障害の手術音声障害のうち、声帯麻痺や声帯萎縮は、発声時に声帯にすき間ができて声がかすれたり、引きつった声になったりします。そこで声帯のすき間を埋める次のような手術が必要になります。・声帯内注入術声帯麻痺に行われる手術です。声帯の麻痺している側に、ヒアルロン酸や脂肪などを注入することによって声帯を膨らませて、ぴったりと閉じるようにする手術です。頸部を切開する必要がないため、日帰りで行うことができるメリットがある反面、思うような声の改善が見られなかったり、効果の持続時間が短かったりといったデメリットがあります。・甲状軟骨形成術甲状軟骨形成術は、元京都大学医学部教授の一色信彦氏が考案した手術です。頸部を4センチほど切開して、声帯の奥にあるいわゆる甲状軟骨を形成するものです。形成の仕方によって声が変わります。手術の方法は次の4種類があり、それぞれ治療目的が異なります。声帯麻痺や声帯萎縮では甲状軟骨形成術のⅠ型やⅣ型、痙攣性発声障害はⅡ型、変声障害(声が変声期を過ぎても低くならず高い声のままになる、頻繁に声が裏返るという障害)はⅢ型の手術を行います。Ⅰ型……発声のとき声帯にできるすき間を埋める手術(声帯麻痺、声帯萎縮を患う人が対象)Ⅱ型……甲状軟骨に過剰に力が入らないようにする手術(痙攣性発声障害の人が対象)Ⅲ型……声を低くする手術(変声障害の男性や性同一性障害の人が対象)Ⅳ型……声を高くする手術(声帯委縮や加齢により声が低くなった人が対象)
また、局所麻酔で行うことができるため、手術中、声を出してご自身の好みの声に調整できる特徴もあります。どの手術も首の皮膚を3~4センチ切るので、術後抜糸が可能となるまでの1週間程度の入院があり、沈黙療法を3日ほど行い、その後声を出す練習もしていくという流れになります。【甲状軟骨形成術Ⅰ型】Ⅰ型の手術では、甲状軟骨に穴を開け、そこからやわらかいプラスチックのような素材のポリテトラフルオロエチレンを挿入して声帯を押し、適正な位置まで移動させていきます。手術は40分ほどで終わります。【甲状軟骨形成術Ⅱ型】Ⅱ型の手術は、日本で考案された術式で、世界でも行われています。甲状軟骨に力が過剰に入らないように、甲状軟骨を切ってチタンブリッジ(チタンプレートをブリッジ状にしたもの)を装着します。そうすることで、強く締まりすぎていた声帯が広がり、声が詰まらなくなるので、声が出しやすくなります。この手術は局所麻酔で声を聞き、ご自身の好みの声の高さに合わせることができます。チタンブリッジを入れた瞬間に声の詰まりが取れます。約1時間で終わる手術です。
【甲状軟骨形成術Ⅲ型】Ⅲ型の手術では、甲状軟骨の横の部分を切開し、甲状軟骨の翼の部分を短くすることによって、声帯をたわませる手術です。声帯をたわませることによって、ピンと張った声帯がゆるむので、声が低くなります。手術は約1時間で終わります。【甲状軟骨形成術Ⅳ型】甲状軟骨とその下にある輪状軟骨を結び合わせます。強く結び合わせると声帯の緊張が上がり、声が高くなります。この手術も局所麻酔で声を聞きながら行うので、ご自身の好みの声の高さに合わせることができます。
ここでは代表的な音声障害の手術を4つ挙げました。次ページ以降では、それぞれの音声障害についてどのような治療を行うのが一般的か、ご紹介します。
それぞれの疾患に対する治療の流れそれぞれの音声障害に対して、どのような治療をするのが一般的なのか、ご紹介しましょう。一般的には、薬物療法や音声治療など、さまざまな治療を組み合わせて行います。・機能性音声障害全般機能性音声障害は、基本的に声帯自体に問題があるわけではなく、声帯その他の声を出す器官の使い方に誤りがあることが多いので、音声治療を中心に行って改善を目指していきます。・痙攣性発声障害痙攣性発声障害は、音声治療を行い、効果が見られなかった場合はボツリヌス毒素声帯内注射をします。それでも効果が得られなければ、最終的に手術となります。手術の方法は2つあり、1つ目は先ほど紹介した甲状軟骨形成術Ⅱ型です。局所麻酔で、本人の希望を聞きながら声を調整することができます。もう1つは、痙攣が起こる声帯の内側の筋肉(内筋)を両側切除する声帯内筋切除術(マイエクトミー)という手術です。これは私たちのグループが世界ではじめて考案した手術です。甲状軟骨形成術Ⅱ型がのどの皮膚を切開して行うのに対し、声帯内筋切除術は口の中から切開を行うので、のどの皮膚に傷跡がつきません。ただし、全身麻酔で行うので、声の調整ができないというデメリットもあります。それぞれのメリットとデメリットを理解したうえで、どちらの手術にするか選んでください。・声帯結節・声帯炎声帯結節・声帯炎は薬物療法がよく効くので、薬物療法と音声治療を並行して進めます。・声帯ポリープ声帯ポリープは手術を行うのが、いちばん効果が高いです。手術をしたくない場合は薬物療法と音声治療を行います。・老人性嗄声のど周りの筋肉を鍛えるために、音声治療を行います。場合によっては声帯にトラフェルミンという薬(くわしくは121ページ参照)を使用することもあります。また、自費にはなりますが、声帯のシワを伸ばす薬を使うと効果が高いです。・声帯麻痺声帯麻痺は音声治療とあわせて、薬物療法や手術(声帯内注入術、甲状軟骨形成術Ⅰ型)などの手術をします。・逆流性食道炎による音声障害逆流性食道炎による音声障害は薬物療法を行います。使用するのは「プロトンポンプインヒビター(PPI)」と呼ばれる薬で、非常によく効きます。また、逆流性食道炎は食べ方や食べている物が原因で起こることが多いので、言語聴覚士による衛生指導も行います。・喉頭がん喉頭がんは、のどにできものができる音声障害で、声がかすれるという症状が現れます。喉頭がんには、「扁平上皮がん」や「腺がん」などがあり、がんの種類によって治療法が異なります。がんが疑われる場合は、のどの細胞の一部を取って病理検査を行い、その組織の状態を見て治療法を確定します。その後、放射線治療や、レーザー手術、もしくはのどをすべて切除する手術をする場合もあります。声がれに気づいたら、電子内視鏡、もしくは喉頭ストロボスコープ検査、病理検査を行い、がんが確定したらがんの専門医に紹介という流れになります。・心因性発声障害心因性発声障害は、メンタルクリニックや心療内科でも診察と治療を受けながら、耳鼻いんこう科での診察と音声治療を行います。このようにさまざまな治療を組み合わせていく音声障害の治療ですが、ここで紹介している治療の流れはあくまで傾向です。実際は患者さんご自身のご希望をうかがいながら、症状に合わせて治療法を選んでいくことになります。
知っておきたい音声障害治療のお金のこと音声障害の治療にはどの程度の費用がかかるのかご説明しておきましょう(保険診療を前提とし、3割負担の場合の金額で記しています。また、金額は時期や病院、入院・手術の内容に応じて変動します)。初診で喉頭ファイバースコープ検査、喉頭ストロボスコープ検査、音響分析検査、空気力学検査をした場合は、検査料は1万2000~1万3000円くらいになります。ここに薬物療法で使用する薬の代金が3000円くらい加算され、合計で1万5000円くらいになります。2回目以降の診察料は、1回あたり、2000~3000円くらいになることがほとんどです。薬の金額は変わらないので、プラス3000円として6000円くらいでしょうか。言語聴覚士による音声治療は、施設によって若干の相違はありますが、当院の場合、1回20分で自己負担は700円くらいです。60分の音声治療を行った場合は、合計2000円くらいになります。全身麻酔の手術で、声帯ポリープを片方だけ摘出する場合は、15万~16万円くらい、両方の声帯ポリープを摘出する場合は20万円くらいになります。声帯麻痺を治す甲状軟骨形成術の場合、入院にかかる費用を含めて40万円くらいかかります。「手術は高い」という印象を持たれたかもしれませんが、実際に自己負担する金額は、これよりも少なくなる場合が多いです。健康保険には「高額療養費制度」という制度があり、1か月間(暦月)に払った医療費の額が、年齢や所得に応じて定められた上限額を超えると、その分が戻ってくるからですたとえば、5月1日から31日までの間に払った医療費の額が30万円だとしたら、「30万円-その人の上限額」があとから戻ってくるというわけです。ただし高額療養費制度の対象となるのは、健康保険が適用される診療のみとなります。自費診療にかかった費用は対象となりませんのでご注意ください。高額療養費制度については、厚生労働省のサイトの「高額療養費制度を利用される皆さまへ」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/juuyou/kougakuiryou/index.html)を参照してください。
音声障害の治療に役立つ漢方薬・再生医療音声障害の治療では、漢方薬を取り入れることもあります。漢方薬は音声治療との親和性も高いといわれています。音声障害を改善する漢方薬として、代表的なものをいくつかご紹介しましょう。・声がれ、老人性嗄声……麦門冬湯麦門冬湯は、乾燥に効果があるといわれ、咳の治療によく使われてきた漢方です。麦門冬、半夏、大棗、粳米、甘草、人参が配合されています。老人性嗄声の人や話しすぎる傾向のある人、職業がら声をよく出す人は活用するといいでしょう。・痙攣性発声障害……芍薬甘草湯芍薬甘草湯は甘草、芍薬が配合されています。主に、こむら返りなど、痙攣の症状を止める効果があるといわれています。そのため、痙攣性発声障害の人に向いています。・逆流性食道炎による音声障害……六君子湯六君子湯は人参、蒼朮、茯苓、半夏、陳皮、大棗、甘草、生姜。。、。、。・更年期障害からくる音声障害……当帰芍薬散当帰芍薬散は、当帰、川、芍薬、茯苓、蒼朮、沢瀉が配合されています。更年期を迎えると女性ホルモンが低下することから、声が男性化する女性がいます。女性ホルモンを補って、更年期障害の諸症状を緩和するとされる当帰芍薬散を使うことで改善が期待できます。声の再生医療について最近では、再生医療の効果も注目されています。特に酷使した声帯や、加齢によって委縮した声帯は、今までご紹介したような治療をしても、なかなか効果が出ない場合があります。そんなとき、自費にはなってしまいますが、最終的な手段として声帯を再生するという方法があります。「トラフェルミン」という薬を使い声帯を再生させる方法で、京都大学で開発されたものです。トラフェルミンは主に床ずれ、褥瘡など皮膚再生を目的に、20年以上使われてきた実績のある薬です。これを声帯に投与すると、細胞への刺激によりヒアルロン酸が産生され、声帯粘膜のボリュームと弾力がよみがえり、声帯の働きが再生するという効果があります。声帯の働きが再生することにより、声帯萎縮、声帯麻痺、声帯の瘢痕といった音声障害の症状が改善します(ただし、トラフェルミンはあくまでも床ずれ、褥瘡に使用するのが本来の使い方ですので、声帯の治療は適用外使用になります)。第3章では、音声障害の治療を受けるにあたって、信頼できる医師や病院の選び方についてお話しします。
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