第2章「歌舞伎町のジャンヌ・ダルク」が初めて明かす三輪式クレーム対応秘録
「自画自賛力」が、クレーマーと仲よくなるコツ?クレーム対応において、私が最も大切だと思うのは「自己肯定感」です。私の場合には、自己肯定感というより一歩進んで、「自画自賛力」と申しましょうか。自分で自分を「カッコいい」「さすが私」「私って人気者!」と持ち上げる力を持つことが、誰にでも必要だと思うのです。私は、そうやって自画自賛する自分であることを、半ばキャラクターとして周りに認知してもらっています。毎度、毎度、「私って、カッコいい?」と、スタッフに聞いてはあきれられています。もし、スタッフが、あきれながらも、「カッコいいですよ」とでも言ってくれたらしめたもの。「だよね〜」と、さらに「自画自賛力」に拍車をかけてしまいます。正直なところ、心底、自分で思っているのではなく自分のモチベーションを上げているにすぎないのですが、あとは周りの空気が重くならないためにも大切なことです。もちろん誰だって、ほかの人にほめてもらえるなら、それほどうれしいことはありません。でもたいていは、「すごいね」なんてほめてくれる人はなかなか見つからないものです。それは、自分がダメなのではなく、誰だって自分自身のことで精一杯だからです。それなら、自分でほめればいいのです。大切なことは、自分で自分を責めないこと。クレーム対応で責められて、自分で自分を責めていたら、つらいことばかりです。スタッフには、「クレーム対応は私に任せて」と言ってあります。もし、私にクレームが回されるたびに、暗い顔をしていたら、スタッフだって気を遣います。スタッフには、クレーム対応に赴く際、よくこう言うのです。「私、人気者だから、また呼ばれちゃった」すると、スタッフはこう言います。「支配人は、どれだけポジティブなんですか!?信じられない!」もし、この「バカ」がつくほどの自己肯定感が足りないと、クレームが来たとき、こう思いかねません。「また、嫌な仕事が回ってきた!」クレームをつけたお客様に対しては、内心こう思ってしまうでしょう。「そんなことで怒ってるんじゃないわよ」さらにスタッフには、「クレームをつけられるなんて、あんたたちが悪いのよ」挙句の果てには私自身に対して、
「嫌だな、こんな仕事ばっかりさせられて。こんなふうにクレーム対応の仕事をさせられるのは、自分に楽な仕事ができる能力がないからだわ」もし自分に「自画自賛力」がなければ、自分自身だけではなく、周りの人間に嫌な気持ちを押しつけることになります。負の感情は、周りの人間にも伝染してしまうのです。すると、周りの人たちともなんとなくうまくいかなくなり、結局自分に返ってきてしまいます。「私はクレーム対応が得意。私なら解決できる」そう信じていると、うまくいきます。もちろん、実際にはうまくいかないこともあるのです。しかし、「自画自賛力」は、失敗したあとこそ、もっと強力にすべきものなのです。「失敗しても立ち直りが早い、私ってすごい!」たとえ、うまくいかなくても、次にはきっとうまくいくに違いないと思えることが大事なのです。「謝れ!」と怒鳴り込まれたら、「謝る私ってカッコいい!」と思えるか、「そんなに怒鳴らなくてもいいでしょ!」と思うか。視点の置き方の違いでまったく結果は違ってきます。一回のクレーマーを一生の顧客にするには?先ほど、クレーム対応をするとき、「人気者だから呼ばれちゃった」と冗談を言うと書きましたが、実は不思議なことに、本当にクレーム対応のあとで私どものファンになってくださる方は多いのです。ひょっとすると、「私は人気者だから」という言葉が本当になっているのかもしれません。あるとき、クレーマーからファンになったお客様に聞いてみました。するとお客様は、「三輪マジックにかかったのかもしれない」とおっしゃるのです。みなさんが、一番不思議に思われるのが、「どうして、三輪さんは怒鳴り込んでくるような人と仲よくなれるの?」ということのようです。何も理屈なんてありません。体当たりでお客様を理解しようとし、このホテルのことをわかってもらうだけです。率直に、をつかず、きちんとお伝えすべきことはお伝えする。そう申し上げるのですが、みなさんに私がクレーム対応についていつも思っていることをお話しすると、「それこそがノウハウだよ!」とおっしゃっていただくので、もしかしたらみなさんのお役に立てることがあるかもしれません。
そこでここからは、クレーム対応で私が気をつけている4つのことを紹介していきます。第一声、「謝罪のスピード」がすべてを決める私のクレーム対応は、どんなときも、まず謝罪から始まります。「まず謝罪をするなんて当たり前じゃないか」と思われるかもしれませんが、よく観察してみると、ほかの人の謝罪は、私の感覚より一歩、遅れているように思います。最初にお客様に説明していただいて、状況判断をするのでは遅いのです。最初に謝罪です。この謝罪が、よかったか悪かったかで、クレーム対応のすべてが決まります。毎回お客様との出会いのなか、「いい謝罪」ならすぐに終わるところを、「悪い謝罪」で何日もこじれることがありますので、この第一声の大事さは身に染みて実感しています。謝罪のスピードは、スタッフとの信頼関係にかかっているでは、謝罪の第一声が出せるには、何が大事でしょうか。それが日頃のスタッフとの信頼関係なのです。たいてい現場からクレーム対応の要請が来て、私はお客様のもとに向かうことになります。その際、スタッフ側から何が起きたのかをまず、聞き取らなければなりません。そこで、自分がミスをしたならミスをしたと、正直に言える部下を持っていることが必要なのです。もし、私が小さなミスでも激しく叱責する上司なら、スタッフは本当のことを言わずに、お客様のせいにしてしまうでしょう。ですから、日頃感情的にスタッフを怒ることなく、おもいやりを持って指導することが大事です。スタッフがどんなミスをしたとしても、こちらに受け止められる度量がなければ、客観的な状況が自分の耳に届くことはありません。瞬時に、何が起こったのか、スタッフに聞いて判断し、即お客様に対応し、謝罪ができる。そのスピードは、スタッフといかにコミュニケーションが取れているかによって決まってきます。自分の心遣いすべてを投入!「誰がどう見ても反省している」とわかる形で謝罪がどう相手の心に響くかは、解決に要する時間の面だけ考えても、とても大事です。「大変申し訳ございませんでした!」
たったひと言が心を打つ丁寧なものなら、クレーム対応にかかる時間はたったの10分です。どこか心がこもらず「スイマセンデシタ」と単調に聞こえるなら、謝罪されるほうだって嫌です。こじれて、何週間もクレーム対応にかかり、しかも、そのときは企業の信用をなくします。それならいっそのこと謝ってもらわないほうがずっとマシだと相手に思われたら、その後の交渉などに入れるわけがありません。入口はほんのわずかなことなのです。カチンとくる謝罪というのは、残念なことに言っている本人はほとんど気づいていません。でも、そのために、解決に何日も何週間もかかり、さらに最低最悪の企業というレッテルをはられ、口コミで悪い評判が流れます。たぶん、私のようにギリギリのところで仕事をしている人間にしか実感できないことかもしれませんが、第一声が、どう響くかは紙一重なのです。誰が聞いても申し訳なく思っているように謝れるかが、大事なのです。ですから、クレーム対応においては、自分の持てる心遣いすべてを投入して謝ります。申し訳ないと思っていたら、申し訳ないと思っていると明確にわかるような沈んだ声のトーンや頭の下げる角度が深いこと、そしていかにも沈痛な表情が必要です。自分のことを守るような言い訳を一切しない抑制の効いた対応も欠かせません。形だけでは表現しきれないの「表現力」が必要なのです。これはおじぎの角度が何度といった形だけのマニュアルから、一歩進んだ力です。誤解を恐れず申し上げるなら、「演技力」と言ってもいいかもしれません。こんなことを書くと、「本当は悪いと思っていないんだな!」と誤解を受けそうですが、決してそうではありません。演技力とは、誰がどう見てもわかりやすい形で、感情を表せる力だと言い換えることができるでしょう。お辞儀の練習をいくら重ねたところで謝罪は、相手の心に響きません。あたかも自分の大事な家族を目の前にしたら、あるいは決して失いたくない友人が目の前にいたら、どう謝るだろう?という想像力が必要です。人間というのは、どこかで「思っているだけで相手は察してくれるだろう」という甘えがあるものです。でも、それが相手には上から目線に取られてしまうのです。お気持ちを察しなければならないのはむしろこちらであって、お客様ではありません。私たちの謝罪の気持ちが誰にでも伝わりやすいように、ベストを尽くして礼を尽くすのは、企業人としてのこちらの当然の使命なのです。
「お客様の傷ついた心」にだけ焦点を当てる若いスタッフのなかには、理不尽なクレームについて、どうしても腑に落ちず、謝ることができないと、拒否した者がおりました。心情としてはよくわかります。耐えがたいことを言われたのでしょう。でも、私たちがやっているのは、お友達関係ではなくビジネスなのです。謝罪の第一声が、現場スタッフであることが多いので、ここはきちんと、企業として謝る側の哲学を持っていなければなりません。まず前提として、謝るうえで、客観的にホテル側に落ち度があったかは関係ありません。クレームをつける人にしてみれば一番の気持ちは、「謝って欲しい」なのです。これは、どのお客様も同じです。「私をこんな気持ちにしたことについて、心から申し訳ないと言って欲しい。自分にとって重大事であるように、謝る側にも重大事であって欲しい」そう思ってクレームをつけ、その分、傷ついているのです。お客様から遠いところにいると、まず「解決方法」に考えがいってしまいますが、それは順番が違うのです。まず、「人の心」です。そこがわからなければ、永遠にお客様とこちらの気持ちは平行線です。しかし、逆にその気持ちがわかりさえすれば簡単です。先ほども述べたように、お客様は「私をこんな気持ちにしたことについて、心から悪いと思って欲しい」と考えているのですし、こちらは、「お客様の気が鎮まるのを、心から願っている」のです。両者の心に橋をかけるのが、「謝罪」なのです。私たちは、お客様の「心」を扱う商売です。サービスで一番必要なことは、お客様の気持ちを汲んで一番して欲しいことをして差し上げることです。苦情を言われる方は、苦情を言いながら嫌な気持ちになっているのです。ですから、謝罪の言葉で、その痛みをやわらげて差し上げる。客観的な意味でこちらに何%、落ち度があるかなどということは、この場面では二の次なのです。ただし、謝罪することと、お客様の要求をのむのはまったく別のことです。こちらの率直な立場を伝えられるのは、お怒りを十分理解しているという感情面でのケアができているからです。誰も、ミスをしない人間はいません。ですから、謝罪も含めてサービスだと私は思っています。クレーム対応時は、お客様の傷ついた「心」に、どうサービスするかだけにフォーカスしてみることを心がけています。そこに、ヘタなプライドは邪魔なだけです。
もしプライドを持つとしたら、私はお客様と心を通わせることができるホテルウーマンだ、というくらいでいいのではないでしょうか。怒りをぶつけられたら、なぜ「やさしさ」で返すのか?私はクレーム対応で、怒りの感情を持たないことにしています。ですから、どんなに激しい言葉をいただいても、次の日にはカラッとできるのです。「怒らないでいるにはどうしたらいいですか?」とよく聞かれます。私は、もともと人に対して腹を立てにくい性質なので、お答えしにくいのですが、たぶんそれは、感情なんて「雨が降った」とか「波が立った」くらいの自然現象にすぎないと、軽く考えているからだと思います。突然の雨に濡れたからといって、空自体を憎んだり、濡れた自分を責めたりはしません。それと同じで、人間はときどき雨が降るようにして怒るのだと思うと、冷静な気持ちで眺めることができます。そのうち雨はやんで晴れてくるだろうとわかっているからです。そうすれば、雨がやむのを気長に待っていればいいのです。怒りは一瞬の生理現象ですので、そこに拘泥さえしなければ、そのうち怒ったほうも怒られたほうも忘れてしまいます。ただし、人間の感情は自然現象とは違って、対応の仕方によって変わってきます。開業医だった父はよく、「怒っている人に怒り返してはいけない。怒っている人には、余計やさしい言葉でお返ししなさい」と私にそう教えてきました。難しいことですが、これはやってみると驚くような効果があります。百聞は一見にしかずなので、まず体験してみることをお勧めします。怒っているお客様にやさしさで対応した場合、お客様が怒っていればいるほど、実はこの方法がよく効くのです。お客様も通常時にやさしくされたときよりずっと感動されます。成功体験が積み重なれば、周りに次々とファンが生まれます。これは余談になりますが、お子さんがいる方は、ぜひお子さんにもこの方法を教えてあげてください。これはごくごく小さい頃からの人間関係にもすべて適応できる法則です。もし、周囲に「できた人間」だと評価されている人がいたら、この法則を知っている人かもしれません。よく観察してみてください。これは目先の「損得勘定」よりも「損得感情」です。最初から理想のお客様たちに囲まれて、ちやほやされるなんてありえません。クラスで
も職場でも、自分のことを気に入らない人は必ずいます。その人たちに、あえて「うんとやさしくしてあげる」のです。これは必ず効果があります。やがて見る目が変わってきます。たとえば、もし自分が嫌な上司に腹を立てているとしましょう。その上司が、何の見返りもなくみんなにおみやげを持ってきてくれたり、ねぎらってくれたとしましょう。確かに最初は不気味です。しかし、必ずどこかで「この人は、本当はいい人かも」という気持ちが生まれてくるはずです。このあえてやさしくするという方法は、いろいろな詐欺商法などでも応用されているくらい強力なのです。人間の心理は、敵とみなしている側からやさしくされることに対して、格別の幸せを感じるようにできているものなのでしょう。とにかく、怒っている人には、怒るよりもやさしくするほうがずっと、将来の自分にとってもいいことがあるということがわかると思います。まごころが伝わったら、人は必ずドアを開けてくれる前職のアパレル業界で、クレーム対応について、こんなできごとがありました。前述したお客様のドアの前で立ち続けた話は、実はこんなできごとの成功体験がもとになっています。あるお得意様が、会社の手違いでひどくご立腹になったことがありました。上得意様だったのですが、そのときのお怒りはとても大きいものでした。「もう2度と、この店では買いません!」電話口でのその方の言葉です。感情がこじれてしまい、修復不可能に見えました。そこで上司は、私に、白羽の矢を立てたのです。「三輪さん、謝りにいってくれないか」そこで私は新幹線に乗って、さっそくその方に会いにいきました。その方のご自宅に着いたのは、午前中でした。ピンポーン。玄関で呼び鈴を押し、インターフォン越しにこちらの名前を名乗ります。「から来ました三輪と申します。このたびは大変申し訳ございませんでした。スタッフ一同心を痛めております。ぜひ、一目だけでもお会いして、謝罪をさせていただきたいのですが」しかし、お客様の対応はそっけないものでした。「いま忙しいから、出られません」「そこをなんとか」「謝罪なんて結構です。お帰りください!」
そこで、私はこう答えたのです。「それでは、お待ちしております。門の前でお待ちしています。もし、もしも、気が変わられましたら、ぜひお声をかけてください」「私は出ませんよ」「気が変わられましたらで結構です。お待ちしております」雨のそぼ降る寒い日でした。私は傘をさして、その方の家の前に立ち続けました。午前中から午後遅くまで8時間は立っていたでしょうか。スカートだったので、足が冷え、寒さが上がってきます。足がじんじんとしてきました。やがてとっぷりと日も暮れて、一日中外にいた身体はぐっしょりと濡れていました。それでもジッとそこに立ち続けていると、とうとう玄関のドアが開いて、涙ぐんだご婦人が出ていらっしゃいました。「どうしてあなた、そこまでするの?どうして。私は、もう2度とあの店で買わないと決めていたの。でも、考えを改めました。私は、あなたを置く会社はすばらしいと思う。これからも、あなたがいる限りずっとあのお店で買わせていただくわ!」何時間も直立不動で立ち続けていた私は足の感覚もなくなり、寒さからの震えが止まらない状態でしたが、お世辞まで言ってもらえたうれしさで涙をぬぐいながら深々とお辞儀をして帰ってきた、あの日のことをいまでも克明に覚えています。まごころが伝わったら、人はドアを開けてくれるのです。私は幸運にも、その奇跡に2度遭遇したことになります。クレーム対応は千羽鶴と同じどういういきさつでそうなったのかよく覚えていないのですが、私が小学1年生の頃から数年間、原爆記念日に間に合うように千羽鶴を折って、母に広島まで送ってもらっていたことがありました。一人で千羽。遊びに夢中になって時間がなくなり、必死になって折っていました。「手伝う」と言ってくれた母の言葉を振り切って。なぜか自分一人で折らなければならない、と思っていました。折っても折っても、小さい私には時間がかかりました。
それでも折りました。子どもながらに無心に、人のことを考える。気づくと祈るように折っていたのです。人のために、まず動く。それは、あの日千羽鶴を折るのに一生懸命だった、自分の気持ちとどこか重なるところがあるのです。「バカヤロー!」が「ありがとう」に変わる瞬間謝罪を拒否されたから、今日はもうあきらめよう。そう思ったら、2度と謝罪に来るチャンスは来ないかもしれません。まごころがあったら必ず通じる。そういう強い信念があれば、人は必ずわかり合えるものです。結局のところ、人を信じる力が、クレーム対応には必要です。その人の側に立って、「自分だったらどうしてもらうのが一番うれしいのか」を考えると、おのずと解決方法は見つかります。最初から用意された解決方法や、すべての人に共通の対応方法があるわけでもありません。すべての人に通用する技術なんてあるわけがないのです。では、どうしたらいいのでしょうか。解決方法はお客様の態度が教えてくださいます。先日、お掃除したばかりのお部屋で、テレビのリモコンがわずかに曲がって置かれていたことで、夜中怒鳴り散らしたお客様がいらっしゃいました。清掃スタッフの体に当たって、ほんのわずかに曲がっただけですが、お客様にとっては「きちんと掃除されていない部屋だ!」ということでした。業務を離れて考えると、そのことでひと晩中怒鳴り散らすのは、少々バランスを欠いていると思います。その方が、それまでに溜め込んできたいろいろなストレスを、たまたま目の前にいる、怒っても大丈夫そうなスタッフに向けただけ、とも見受けられます。ただ受身であると、心が曲がってきてしまいます。ここで、怒っている人には「やさしさ」でお返しをする作戦を実行してみましょう。10件に1件でも、100件に1件でも、心が通じ合うという体験があると、変わってきます。怒鳴り散らす人に向かって、やさしさでお返しをする。
すると、人の気持ちは「バカヤロー」から、「ありがとう」へと変わります。それは、お客様の「怒り」のパワーよりも、私どもの「やさしさ」のパワーがたった一つでも多ければ可能なのです。もちろん、決まりの悪さもあるでしょうし、すぐにいい結果が出ないこともあります。でも、いつでも同じ原則を貫いていれば、次にまたそのお客様にお会いしたときに、思わぬことが起きないとも限りません。お客様よりいつも、やさしさを一つでも多くお返ししておきましょう。クレームをおっしゃってくださるお客様は、私たちに期待しているからこそ、声をあげるのです。このホテルに最初から期待していない人は、黙ってお帰りになるでしょう。もしかしたら、こちらに要求をしてくださるお客様こそ、一生の顧客にするチャンスかもしれないのです。そう思ったら、そんなチャンスを逃す手はありません。どんな仕事にも積極的に意義を見つけられるか、見つけられないかが大きな分かれ道です。クレーム対応はチャンスなのです。上得意様だけプライドを尊重し、あとはどうでもいいではダメ人は、人の外見で持ち上げたり、見下げたりするものです。同じクレーム対応でも、身なりが立派なら一生懸命対応しますが、そうでなければ軽く扱うということがあるのではないでしょうか。人は何より、プライドの面で傷つきやすいものです。怒りに隠れているその人の内面は、たぶん、人に対して懐疑的になっていたり、同じようにして嫌な目にあったり、人に軽く扱われた経験があったりするのかもしれません。そこを考えながら、プライドを傷つけないような発言をすることが必要です。どんな人にもプライドがあります。スタッフにも、地域の人にも、ヤクザと呼ばれる人にも、クレーマーと呼ばれる人にも。上得意様だけプライドを尊重し、あとはどうでもいい、というのでは絶対ダメなのです。それは裏を返せば、その人の持っているもので、その人をはかっているというのがわかってしまいます。人は自分が思っているよりずっと敏感に隠れた本音を見破ってしまうものです。上得意様は初めから存在するのではありません。お会いした人を、上得意様に変えていくのです。
誰かに信頼されている人を、人は信頼します。そうやってたくさんの人を次第に巻き込んでいくことで、いいエネルギーをたくさんいただいて、また次のお客様に対応するときの力にするのです。もちろん、失敗もあります。そんなときは、思い切って「自画自賛力」で立ち直るのです。「この部屋には幽霊がいる!」と言い張るご婦人様クレーム対応といえば、ある年配の女性のエピソードが忘れられません。その方はお一人でお泊まりになっていたのですが、妙なことをおっしゃいます。「この部屋には幽霊がいる!」読者のみなさんは、ホテルでは、たくさんの人が死んでいると思われているのかもしれません。ただ、この歌舞伎町の当ホテルではお亡くなりになった方はおりません。人種のルツボ。どんな人でも受け入れるこの街の特徴なのでしょうか。死んでる場合じゃない!という気持ちになるのかもしれません。そんなわけで、幽霊が出ようにも、肝心の死人が出ておりませんので、気のせいとしか申し上げられません。でも、年配のご婦人は不安で不安でしかたがないようでした。「幽霊がドアをすーっと通って、寝ている間に私のところへやってきた。そして私の靴下を取っていった」と、主張して譲らないのです。そして、このご婦人の要求はこうでした。「幽霊が出るので、部屋を替えてほしい。幽霊が靴下を隠した。私の買ったばかりの靴下を持っていった」さあ、このクレームにどう対応したものでしょうか。私は、このご婦人のお部屋にまいりまして、部屋を見回しました。「ご一緒に、靴下をお探ししますね」ベッドのなかにごそごそと手を突っ込んで、十数分。シーツのなかから片方の靴下を見つけました。「お客様、ありましたよ」ご婦人は目を丸くして、驚くと、「まあ、まあ。まあ、まあ。靴下ありましたねえ」しばらく、それをジッと見ていましたが、私の顔に目を移して、ご婦人はこうおっしゃいました。「支配人さん、本当にありがとう」
「いいえ。どういたしまして。幽霊はいないようですので、安心してお泊まりになってください」「ありがとう」こういうときはどうしても、「忙しいのに幽霊が出るなんてクレームにいちいちつき合っていられない」という気分になりがちです。特に、高圧的に話すビジネスマンのお客様には、ついつい手厚く対応し、弱々しいご老人は軽く見る。そんな態度を取る人もいるようです。でも、どちらがお金を落としてくれそうか、などという計算は一切なしに、その人がどんな不安を抱えているか、どう対応したらいいのかだけ考えて人と向き合うと、新たな出会いがあります。「ありがとう」という言葉が、いつかつらいときの何よりの励みになることもあるのです。ご婦人は、しばらく滞在されてお帰りになりました。怒りのエネルギーは、カーブを描いて下降していく長い間、ヤクザやクレーマーの恫喝を受けていると、ある一定のパターンが見えてきます。怒りのエネルギーは必ず下降していきます。もし怒っている最中に、こちらが何かを言うと、焚火に薪を入れるようなものです。放っておけば、勝手に消えるものを、また燃え上がらせてしまうのです。腹の底から怒りをすべて吐き出してもらうのが、最短で問題を解決する方法です。吐き出しきれていない怒りがあれば、ぐずぐずといつまでもくすぶり続けるでしょう。怒りのエネルギーは持続する人で、3〜4時間ほどですが、それくらいの時間で解決するならいいではありませんか。もし、怒りの種が残っていると、どこで再び着火するかわからないのです。終息してきた、というサインは、文句を言うときに言い淀んだりしますから、このサインを逃してはいけません。そうやって、言うだけ言って気がすんだお客様に、静かにこちらのお話をしますと、冷静に聞いていただける確率が上がります。ただ耳を傾けるだけで、感謝してくれるお客様もいらっしゃいます。聞くだけで、こちらのファンや顧客になってくださるならお安い御用です。三輪式クレーム対応の3原則
クレーム対応には、3つの原則謝罪する、苦情や怒りの感情を傾聴する、具体的な対応策を提案するがあります。解決を急ぎすぎて、謝罪すべきときにしなかったり、怒りの感情にジッと耳を傾けるべきときにお金を出したりすると、こじれます。すべてが同時進行で行われることがほとんどですが、お客様が怒っていらっしゃるときに、「じゃあ、お金を」などと言うと、「俺が、お金が欲しいと思ってこんなことを言ってると思っているのか!」と余計、感情がこじれます。一貫性のないちぐはぐな対応は、目の前の人に対応しているのではなく、自分の気持ちを優先していることから起こります。「早く怒鳴るのをやめてくれ」「こっちは、忙しいんだよ」そう思っていると、目の前にいる人の気持ちをキャッチしそこないます。その代わり、怒りの感情をそのまま受け止めて差し上げたときの信頼感は絶大なものがあります。なぜなら、いいときに人が近寄ってくるのは当たり前。悪いときに寄り添ってくれるのが本当に信頼の置ける人だからです。こんなにも怒りの感情を爆発させているのに、親身になって聞いてくれている人がいるという事実は、信頼を得るのに十分なことなのです。「俺は更生しました。三輪さんのおかげです」外国人のような顔つきに、マッチョな身体。180センチはあろうかという上背に、派手なジャケットを着たその人は、どこをどう見ても堅気の人には見えませんでした。支配人の私を唯一「グランド・マネージャー」と呼んだ調子のいいその人は、闇の世界の人でした。アンダーグラウンドな歌舞伎町に、客を連れていく商売をしていたようです。その人がある日、「宿泊料金が払えない」と言ってきたのです。「支配人さん。なんとかして用意してくるから泊まらせてくれよ」私は、彼をジッと見ました。「それは無理ですよ、お客様。私は絶対にお金をいただきます。あなたはこのままズルズルここにとどまり続けると、借金が膨らむだけです。悪いことは言いません。あなたのためにも、このホテルを出たほうがいい。苦しむのは結局あなただから」その後は、どんなに泊まらせてくれと訴えられても、私は首を縦には振りませんでした。連泊をあきらめた彼に、私は言います。「あなたの、一番大切なものを私に預けてください。あなたが宿泊代金を持ってきてくれ
るのを私は待っています。あなたは必ずお金を払ってくれる。私は信じています」男は、仕事のためにどうしても必要だというパソコンを私に差し出して、ホテルをあとにしました。それから、定期的に電話が来て、手紙が来ました。「支配人。必ず宿泊代金を持ってお伺いします」やがて、その間隔が空いて、しばらく音信不通になったのです。ある日、ホテルのロビーの片隅に、その人が座っていました。街ですれ違えば、みんなよけて通るようないかつい彼は、私の姿が見えると、遠くで椅子から立ち上がり、90度に身体を折って、私に深々とおじぎをしました。「ちょっと、やだなあ、何ですか?」私はあわてて、顔を上げてもらいます。男は、茶封筒を差し出しました。あの日、パソコンを「人質ならぬ物質」にして払うと約束してもらった宿泊代金でした。「支配人さんと、約束したから持ってきました」いったいなぜ、ここまでして約束を果たそうという気になったのか?私にはよくわかりません。いかついこの人が、ガーーッと怒鳴り出せば、たいていの人は怖がって本音を語らず離れていくか、その人の剣幕につられてガーーッと怒鳴りつけるのが普通でしょう。だから、私のように、怒鳴りつけられても普通に話す人はめずらしかったのかもしれません。彼はこう言うのです。「俺は、もう酒も飲んでいません。これをきっかけに更生しました。三輪さんのおかげです」私は、彼にパソコンを返してあげました。何が彼の心に訴えたのかわかりませんが、私こそ彼には勇気づけられたのです。本社にクレームを回さない企業によっても異なるでしょうから、これは私の個人的な考えです。私は、クレーム対応を本社任せにすることはありません。クレームを本社には回さないのです。ここは支店ですので、当然お客様としては「本社を出せ」「社長を出せ」という話になります。加えて支配人である私が女性ですと、「男を出せ」という主張を繰り返す方もいらっしゃいます。こちらで対応が不可能な場合には、本社に回すという考えもあるでしょう。
でも、クレームに対応するときは、「人は必ずわかり合える。自分が解決できないクレームはない」という信念はとても大事です。その覚悟のあらわれとして、誰かほかの人に解決を任せないと決めることも一つです。信念があるからこそ、くじけずにクレーム対応もできますし、実際にわかり合うこともできるのです。「もう、ダメだ」と思ってからが、がんばりどころです。そこで踏んばると、お客様のほうが、「あんたには負けた」と言ってきます。毎回、毎回、信念の強さを問われ、そのたびにますます信念は強くなっていくのです。「三輪さんだけなんだよね。たった一人で、クレームが終わったの」クレームをつけられたのが縁で、いまや歌舞伎町の常連のお客様がいらっしゃいます。つい最近も、おみやげを持っていらっしゃいました。「よお!」よお、じゃないと思うんですが、なぜかいまやすっかり当ホテルのファンでいらっしゃいます。そこで、私は聞いてみることにしました。「あのー、ちょっとお聞きしたいんですけど、なんでうちのホテルのファンになっていただいたんですか?」「んー」その方は、ちょっと考えています。「俺、いろんなところでクレームつけてきたんだけどさあ」〈やっぱり、いろんなところでクレームをつけてきたんですね〉「俺のクレーム対応は、一人じゃ終わんないわけよ。『責任者出せ!』って言うでしょ。そうすると、普通は3人。少なくとも2人は出てくるんだよね」各地で2人、もしくは3人出てきて謝罪するまで、クレームをつけて行脚しているわけです。その人は、身を乗り出してこう言います。「でもさあ、三輪さんだけなんだよね。たった一人で、クレームが終わったの」そう言うと、改めてその方は不思議な生き物を見たようにして、ハハハと笑いました。まったく悪びれていないその人のほうが不思議です。私はその常連のお客様に問いかけます。「あのとき、私のこと、ものすごく怒鳴りつけながら、最後、笑いましたよね。怒っていたのに、最後はプッて」「うん、笑った」
「なんで、笑ったんですか?あんなに私一生懸命に対応したつもりだったのですが」「んー、なんで笑ったんだろうねえ」そう言うと、その方は何かを思い出したように、またもや、フフッと笑いました。敵ながらあっぱれだと思ったのか、真面目に刃向かってくる私の姿に笑っちゃったのか、なんだかわけがわかりませんが、その人が面白そうに笑うので、私もつられて笑ってしまいました。奇妙な交流は、いまでも続いています。お金を払って解決するのは、問題の放棄ですお金を要求してくるお客様は、たくさんいらっしゃいます。しかし、当ホテルではお金を出したり、割引して、解決を図ることは絶対にしません。よくクレーマーに「こんなにケチなホテル、見たことない」と言われるところを見ると、おそらくほかのホテルではお金で解決していることがあるのでしょう。お金で解決するのは、クレーム対応ではありません。問題解決の放棄です。たった一度でもお金を出してしまえば、再びお金の欲しい人はクレームをつけます。お金で解決したという噂が立てば、より多くのクレーマーを呼び寄せます。そのときが苦しいからといって、安易な解決をしないことが大切です。お客様の、お命、私がお守りします!これは数年前のことです。ある夜、外で組内での傷害事件を起こした犯人が、血まみれで当ホテルに逃げ込んできたことがありました。顔を血で真っ赤に染めた犯人が、乱入してきたのですから、女性のお客様はそれを見て、「キャー」「キャー」と悲鳴をあげました。その後、その犯人を捕まえようと、警察官が入ってきたのですが、犯人は広い館内を血だらけで走り回り、どこに逃げたのかわからなくなってしまいました。じゅうたん張りの廊下には血痕が点々とついています。私は、お客様に恐ろしい思いをさせているのが申し訳なく、最上階から順に、すべてのエレベータホールを回ってこう叫んでいました。「お客様の、お命、私がお守りします!」エレベータホールで、私がこう叫んで歩いているのをサラリーマンの方たちが、
「あんたが俺たちの命を守ってくれるのかよ」という冷ややかな視線で笑いながらおっしゃいました。でも、そのときは、本当に私自身がこのホテルのお客様を守らなければならないと思ったのです。どんなことをしてでも私が守ろう。ただただ必死でした。「お客様、申し訳ございません!」「ホテルでは、私がお守りします!」「私が、みなさまのお命、お守りいたします!」その後、犯人はつかまりましたが、ホテル内の廊下や玄関前には男の血痕が点々とつき、それはひどいものでした。私はお客様が朝起きたときに怖い思いをしてはいけないと思い、スタッフとともに血痕を一つひとつ、雑巾で消して歩いたのです。黙々と、血を消して歩く私の姿を見て、スタッフは泣きました。かがんだままで、夜通しの作業となり、終わったときには朝日が館内を照らしていました。スタッフの労をねぎらいながら私は、お客様が起きるまでにその作業が終わったことを、心からうれしく思っていました。その日、とうとうクレームが来ることはありませんでした。いろいろ述べてきましたが、結局、サービスもクレーム対応もすべて同じ。身を粉にしてお客様にご奉仕するよりほかはないのです。どんなに膨大な仕事であろうと、気の遠くなるような作業であろうと、いつか終わることを信じて淡々と。
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