おいしい人生とまずい人生「イエス」の姿勢で会ってみる
おいしい人生とまずい人生高学歴とは、学校を卒業した後も勉強し続けることだと述べました。
では、どうやって勉強するか。
拙著や講演会などで僕はいつも、勉強する方法は「人・本・旅」の3つだと話しています。
いろんな「人」に会って物事を教えてもらったり、いろんな分野の「本」を読んだりするのです。
「旅」というのは、何も海外旅行に行けといっているのではありません。
「おいしいパン屋ができた」と聞いて、「あっ、そう」だけではなく、行って、買って、パンを実際に食べて、「おいしい!」と感じること、これが旅です。
近い遠いにかかわらず、面白そうだなと思うところへ行って自分で勉強することです。
では、なぜ勉強が大事なのでしょうか?なぜ勉強する必要があるのでしょうか?僕はどんな人生が素晴らしいかといえば、やりたいことをやり、自分の好きなことに打ち込む、しかもそれでご飯が食べられる人生だと思っています。
でも、やりたいことや好きなことに打ち込むためには勉強をしなければいけません。
僕がはじめてヨーロッパに行ったとき、街角で皆がチェスをやっていました。
自分の背丈ぐらいある大きな駒を使って。
面白そうだなと思って眺めていたのですが、チェスだということはわかっても、そのとき僕はチェスのルールを知らなかったので、深くは楽しめませんでした。
その後、日本に帰ってチェスの本を買って勉強したのですが、あのときチェスを知っていれば、「仲間に入れて」と声をかけることができたかもしれません。
僕が言いたいことはわかりますよね。
何かを勉強することは、人生の選択肢を1つ増やすことにつながるのです。
もちろん、チェスをやらなくてもいいのですが、ルールを知っていればやろうと思えばできます。
どんなことでも勉強すれば、人生の選択肢が増えるのです。
ほかにも勉強することの定義はいくつもあります。
例えば17世紀の哲学者、ブレーズ・パスカルが著書『パンセ』に書いた「考える葦」です。
「人間はひとくきの葦にすぎない。
それは自然の中で最も弱いものである。
だが、それは考える葦である」という言葉。
人間は考えるからこそ偉大であり、人間の尊厳は考えることの中にこそあるといえます。
自分の頭で考え、自分の言葉で自分の考えを述べるために勉強するという定義も設定できそうです。
では、どうすれば自分の頭で考える力を身につけることができるでしょうか?皆さんに質問します。
おいしいご飯とまずいご飯、どちらを食べたいですか?おいしいご飯の人、手を挙げてください。
まずいご飯の人。
誰だっておいしいご飯が食べたいですよね。
では、おいしいご飯はどうすればつくることができるでしょうか?いろんな材料を集めてきて上手に料理すれば、おいしいご飯ができるはずです。
続けて質問します。
おいしい人生とまずい人生、どちらを送りたいですか?おいしい人生を送りたい人。
まずい人生を送りたい人。
もちろん、おいしい人生を送りたいですよね。
では、おいしい人生はどうすれば送ることができるでしょうか?おいしいご飯でいう材料は「知識」です。
食材を集めるようにいろいろな知識を集めましょう。
ただ、集めたのはいいけれど、単に知識として知っているだけではおいしい人生にはなりません。
集めた知識を、料理をするように組み合わせたり、まとめたりして、おいしく食べられるようにする工夫が「考える力」です。
だから、おいしい人生を送りたいなら、知識を集めることも、考える力を養うことも、ともに鍛える必要があるのです。
勉強することを、「おいしい人生を送るためのもの」と定義してもいいかもしれません。
人生の選択肢を増やしながら、おいしい人生を送るために勉強を続けましょう。
料理は最初はレシピを見て、その真似をしながらつくりますよね。
ステイホーム中ですから、僕も毎晩レシピを見ながらご飯をつくっていますが、いろいろな料理人が考案したレシピがあり、それぞれに特徴が見られます。
それは、考える型や発想のパターンが違うからです。
この料理人はどんな考える型を持っているんだろう、どういう発想のしかたをするんだろうと考えながらレシピを真似してみる。
同じ料理の型を学ぶなら、プロから学んだほうがいいでしょう。
三ツ星シェフが考案した簡単でおいしい料理がつくれるレシピがあれば真似してみたくなりませんか?まず、お手本となるレシピの通りにつくって、食べてみる。
「ちょっと辛いかな」と思ったら、醤油や塩を減らしてみる。
甘みが足りなければ砂糖を足す。
砂糖の代わりに蜂蜜を入れてみる。
アレンジを加えていくことによって、シェフの考える型や発想のパターンを学び取りながら、自分流のおいしい料理をつくる力が身についていきます。
それが、考える力なのです。
優れた先人の考える型や発想のパターンを学び取るには、古典を読むのが一番です。
例えば、「我思う、ゆえに我あり」で知られる17世紀の哲学者、ルネ・デカルトの本は考える力が養えそうです。
その名文句が書かれた『方法序説』はとても薄い本ですから、ぜひチャレンジしてほしいと思います。
『方法序説』を丁寧に読んで、デカルトの思考のプロセスを追体験することによってデカルトの考える型や発想のパターン、つまり、デカルトの「思考のレシピ」を学びましょう。
それを、自分なりにアレンジしながら考える力を鍛えていくのです。
デカルト以外の古典も紹介しましょう。
ちょっと分厚いのですが、アダム・スミスの『国富論』はとても読みやすい本です。
翻訳でしか読んでいませんが、きっと原文も優れているのだろうと想像できます。
ジョン・メイナード・ケインズに比べたらめちゃ読みやすいと思います。
ケインズは原文も悪文だと思います。
こんな偉そうなことをいったらケインズに叱られそうですが。
あるいは、アリストテレスも比較的読みやすいと思います。
そして、もの凄くロジカルです。
ほかにも好きな本は山ほどありますが、考える型を学ぶにはデカルトやアダム・スミスがよさそうです。
アダム・スミスは「マーケット」という概念を考え出した人ですから、しんどくても読んでおいて損はないと思います。
また1冊くらいアリストテレスを読んでおいたら「読んだことがある」と人に自慢できそうです。
とにかく、哲学や経済学を楽しむ気持ちで力を抜いて読んでみてください。
皆さんは、「スケールの大きな、型破りな人になってほしい」といわれたことはありませんか?型破りという言葉はみんなが簡単に使っていますが、もともとある型を知らなければ破ることはできません。
抽象絵画を見たことがあると思います。
ときには、自分でも描けそうな絵に出会いますよね。
絵の具の束をキャンバスにぶつけただけの抽象絵画とか。
でも、そんな絵を描く画家も、絵画の基礎であるデッサンを一所懸命習っています。
絵を描くという型(デッサン)を必死に学んだうえで、ああいった型破りな抽象絵画を描いているのです。
料理も人生も同じです。
大切なのは基本の型であり、その型を破るための「知識×考える力」なのです。
アダム・スミス(1723~1790年)18世紀の連合王国の哲学者、経済学者。
代表作の『国富論』を53歳で発表。
富とは何か、重商主義の批判、利己心による社会的分業、「見えざる手」による市場経済を説いた。
ジョン・メイナード・ケインズ(1883~1946年)20世紀の連合王国の経済学者。
不況や失業の原因を明らかにし、克服するには政府が積極的に経済に介入すべきという理論を提唱。
後に「ケインズ革命」と呼ばれ、資本主義経済の変革をもたらした。
アリストテレス(紀元前384~322年)古代ギリシャの哲学者。
物事が存在している原因や理由を考えた哲学「形而上学」で知られる。
アレクサンドロス大王の王太子時代の家庭教師も務めた。
「イエス」の姿勢で会ってみる勉強する方法は「人・本・旅」だと話しましたが、具体的に、人との学び、本との学び、旅との学びについて述べてみます。
まず、人。
人と話し合うためにはコミュニケーションが大切です。
就職活動の面接試験でもコミュニケーション能力を問われたりしますが、コミュニケーションっていったい何でしょう?僕は共通テキストの数だと思っています。
皆さんは、携帯電話会社の金太郎、桃太郎、浦島太郎が登場するコマーシャルを見たことがありますか。
あれは、なぜずっと飽きずに続いているんでしょうね。
それは、皆さんが子どもの頃、金太郎、桃太郎、浦島太郎の昔話を聞いたことがあるからです。
つまり、金太郎、桃太郎、浦島太郎が共通テキストになっているのです。
人間は同じことを知っていれば、互いを理解しやすくなります。
それがコミュニケーションです。
皆さんも好きな人ができたら、好きな人の趣味を一所懸命勉強しませんか?しますよね。
それは、趣味を通じて好きな人とコミュニケーションを取りたいからです。
勉強していろんなことを知っていれば、共通テキストの数が増え、いろんな人とコミュニケーションが取りやすくなります。
共通テキストの中で最もベースになるものは何かというと、数字(データ)です。
たとえ価値観や人生観が違っていても、日本の人口は1億2700万人だというデータは互いに了解し合えるもの。
グローバルなコミュニケーションを考えるうえでも「数字・ファクト・ロジック」やエビデンスは大事な要素になるのです。
だから、人から学ぼう、いい人と友達になろうと思ったら、やっぱり勉強しておいたほうが得なのです。
共通テキストが増えますから。
そして、どうやったらいい人に出会えるかも興味深いところです。
どうせ人に会うんだったらいい人に会って、学びたいですからね。
でも、それに対する答えは、「そんなことがわかったら誰も苦労しません」です(笑)。
ただ、姿勢として大切なことがあります。
初対面でも臆せず、まず「イエス」の姿勢で新しい人に会おうとし続けること。
「面白い人がいるから一緒に遊びに行かない?」と誘われたら、まず「イエス」と答えるほうがいいでしょう。
そして、行ってみる。
そこでつまらなかったら、「ごめん、ちょっとお腹が痛くなった」と断って帰ればいいのです。
いろいろな人から学ぼうと思ったら好き嫌いは捨てて、まず「イエス」という気持ちで会ってみる。
センスが合わなければ上手に断って帰ればいいだけのことですから。
「イエス」の気持ちがなければ、なかなかいい人には出会えないと思います。
皆さんも経験があるはずです。
最初は不愛想で「何やこいつは」と思っていた人が、実は話をしてみるともの凄く面白かったり。
その逆もありますよね。
だから、オープンマインドで、まず「イエス」という姿勢で会ってみることを覚えておいてください。
僕はよく人に、「迷ったら行く。
迷ったら買う。
迷ったらやる」と話しています。
駄目ならすぐに引き返せばいいので、まずやってみる。
まず「イエス」です。
人に比べれば、本は選びやすいと思います。
よい本を選ぶ方法は3つあります。
1つ目は、古典です。
歴史、哲学、思想、科学、文学など、人間が探求してきたさまざまな分野の知の結晶として、何百年にもわたって読み継がれてきた古典は、よい本だから残ってきたのです。
つまらない本は初版で絶版になりますから。
古典の中から興味のある本を選びましょう。
2つ目は、立ち読みです。
本屋の棚の前に立ったら、僕はまず装丁を見ます。
装丁の面白そうな一冊を手に取ります。
レコードでいう「ジャケ買い」ですね。
でも、そこですぐには買いません。
ちょっと失礼して、最初の5~10ページを立ち読みしてみて、面白ければ買います。
僕は自分で本を書いているからわかるのですが、書く人は読んでほしいから書いているのです、当然のことですよね。
ということは、最初の5~10ページにもの凄く力を込めて書いているはずですから、そこを読んでつまらなければおそらくたいした本じゃないと思います。
最初が面白ければ、ぜひ買いましょう。
3つ目は、新聞の書評です。
図書館に行けば何種類も新聞が置かれています。
だいたい週末に書評が載りますが、とくに大手の新聞は見栄っ張りで、書評委員は有名大学の先生や芥川賞作家といった著名な人に頼むことが多いようです。
頼まれた人は、自分の名前入りで専門分野の本を責任を持って選書し、書評を書くわけです。
頑張ると思いませんか?アホなことを書いたら、この人はたいしたことない人やなと思われるじゃないですか。
プロが名前入りで書くということは、インセンティブが自動的に働くので、みんな一所懸命書くんですよ。
その書評を皆さんが読んで面白そうだなと興味を持ったら、その本との相性も合うはず。
いい本を選ぶ方法はこの3つで十分です。
一方、ベストセラーはあんまり当てにならないと思います。
なぜかというと、ベストセラーの多くはあり得ないことを書いて売れているからです。
僕はもう年ですから、結構、身体が硬いのです。
前屈とか全然できません。
あるとき、本屋に行ったら、『ベターッと開脚』という本が目に飛び込んできたので、そのときは立ち読みもせずについ衝動買いしてしまいました。
早速、家で本を読み、開脚に挑戦しました。
でも、脚が痛くなるだけで全然身体は柔らかくなりませんでした。
考えればすぐにわかることでした。
もし、どんなに身体が硬い人でも開脚ができるのだったら、ジムに行ったら全員できるようになるはず。
でも、そうならないということは、開脚は簡単にはできないということ。
だからこそ本が売れるのです。
英語を話せるようになりたければコツコツと勉強する以外に方法はありません。
でも本屋に行ったら、『1週間で話せるようになる』とか、『中学の英単語だけでOK』というような本が棚に並んでいます。
『ベターッと開脚』を手に取るときと同じ心理で、つい買ってしまいがちです。
ある意味、これも「ジャケ買い」かもしれません。
だから売れるんですよね。
皆さんが英語のコーナーに行って、『英語は毎日コツコツ勉強しないと上手くなりませんよ』というタイトルの本があったら買いたいですか?買いたい人?いませんよね。
だから、ベストセラーはあんまり当てにしないほうがいいのです。
また、本を速読するかゆっくり読むかと尋ねられたことがありますが、僕は速読したことは一度もありません。
本を読むということは、本を書いた人と話をすることです。
皆さんが誰かと話をしていて、相手から「急いでるから、はやく喋ってくれ」といわれたら気分がいいですか?よくないですよね。
人の話はゆっくり聞くべきですし、本もゆっくり読んでほしいです。
勉強の方法として、もう1つ、旅があります。
人間はホモ・モビリタスといわれることもあるように、旅をする動物です。
ホモ・サピエンスは20万年の歴史があるという話を冒頭にしました。
この20万年をどのように過ごしてきたかといえば、19万年間は旅。
グレートジャーニーです。
人間は世界中を移動していました。
定住するようになったのは最近のことで、わずか1万年の歴史しかありません。
皆さんが誰かから、「今、住んでいる住所から移動することを禁じます」といわれて嬉しいですか?いくら豪邸であっても嬉しくはないでしょう。
たまには気分を変えて引越ししたいとか、違う街に住んでみたいとか思いますよね。
これはたぶん人間の本性です。
だから、旅をするということは、昔も今も大事なことなのです。
デカルトはもの凄く鼻っ柱の強い人でした。
20歳を過ぎた頃に大学を出ますが、そのときに言い放ったのが、「先生の話は全部聞いて学んだ。
図書館の本も全部読んだ」という言葉。
まあ、昔の話ですからね、本が少なかったんだとは思いますが、「もう大学で学ぶものは何もない。
これからは世界を旅して、世間という大きな書物から学ぶんだ」といって旅に出たのです。
ちょっと格好よすぎますが、そんな伝説が残っています。
デカルトも二足歩行の動物ですから、旅をしたくなったのでしょう。
移動すれば、いろいろな刺激を受けられますから。
皆さんは家やマンションに住み、そこから大学に通ったり、職場に通ったりしていますが、これはある意味では安全なゾーン内での移動です。
コンフォートゾーンという人もいます。
でも、知らない街に行ったら予期しないことが起こります。
自分の家や学校や職場に比べれば、旅先はアンコンフォートゾーンといえるでしょう。
もちろん今の文明社会では海賊も山賊もほぼいないので安全だとは思いますが、アンコンフォートゾーンでは意外なものに出会い、意外な発見ができます。
家と学校、家と職場を行き来するだけではよく見知った風景や街並にしか出会いませんが、知らない街に行けば風景も違うし、売っている食べ物も違うはず。
焼酎も地域によって芋か麦かと違いますからね。
コンフォートゾーンを出てアンコンフォートゾーンへ旅をすることで脳はさまざまな刺激を受けるのです。
「百聞は一見に如かず」という言葉があるように、まさに、それこそ旅の面白さです。
旅は現場と言い換えてもいいかもしれません。
真実は現場にしかありませんから。
机上で考えるだけではなく、足を使っていろんな現場へ出向き、体験を重ねてほしいのです。
「人・本・旅」というのは僕がはじめて述べたキーワードではありません。
島崎藤村という小説家も「人の世には三智がある」と述べて、「学んで得る智」「人と交わって得る智」「自らの体験によって得る智」の3つを挙げています。
人間、考えることは皆、同じですね。
僕は先ほど、どんな人生がいいかという話をしました。
そして、好きなことをやってご飯が食べられる人生がいちばん素晴らしいという話もしました。
やりた
いことにチャレンジする。
好きなことをとことん突き詰める。
こう話すと、「好きなものがありません」「やりたいことが見つかりません」と嘆く人がいるかもしれません。
皆さんの中で、まだやりたいことや好きなことが見つかっていない人、手を挙げてもらっていいですか?はい、ほとんど皆が手を挙げましたが、それが当たり前です。
人生100年、そんなに簡単にやりたいことや好きなものが見つかるはずがありません。
実は僕も、72歳になってもまだ自分のやりたいことや好きなものが見つけられないでいるのです。
それは本当です。
島崎藤村(1872~1943年)明治から昭和にかけて活躍した詩人、小説家。
長野県生まれ。
小説では『夜明け前』や『破戒』、詩では今も歌い継がれている『椰子の実』が有名。
コメント