ケース1チームに安心感とやる気を与えた機長の気づかい
礼節とは、相手を思いやる気持ちが行動として表現されたものだということはすでにお伝えしました。
そのため、その場では気づかなくても、あとで「ああ、あの行動(もしくは言葉)は最高の礼節だったんだ」と思い起こされることが多々あります。
たとえば、20年ほど前の話ですが、今でも鮮明に記憶しているある機長との思い出があります。
その日は成田からアムステルダムに向かうフライトでした。
出発前のミーティングで、機長から「アムステルダムの天候が悪いので、もしかするとダイバート(他の空港への着陸)するかもしれない」と聞かされました。
そのフライトは満席、かつアムステルダムから別の便へ乗り継ぎをするお客さまが多くいます。
「どうしよう……きっとお客さまも混乱してしまい、質問やクレームがたくさんくるかも……」という不安がよぎりました。
しかし、機長はその不安をすぐに拭い去るように、「お客さまからクレームが出たら、いつでも連絡して!」と笑顔で伝えて、みんなを安心させてくれました。
機長は最高指揮権をもっており、本来は気安く連絡できるものではありません。
そのようななかでの機長の笑顔と優しい言葉は、私たち乗務員の緊張を解くのに十分なものでした。
お客さまが全員搭乗され「さあ出発!」というとき、不運なことに部品交換のため整備が必要になったという連絡が入りました。
満席で窮屈な機内、そして乗り継ぎを予定されているお客さまのイライラは募ります。
予想通り、「いつになったら飛ぶのか!」「乗り継ぎに間に合わなかったらどうしてくれるんだ!」という声が次々に飛んできます。
おわびと説明に追われつつなんとか離陸し、食事のサービスが終わると、お客さまも少し落ち着かれたようでした。
常に相手のことを優先する姿勢
ギャレーと呼ばれる厨房設備の作業スペースで片づけをしていると「おつかれさま」という声がしました。
振り返ると機長が笑顔でカーテンを開けてギャレーに入ってきて、「お客さまの様子はどう?クレーム対応など大変ではなかった?」と私を労ってくれました。
今はなんとかみなさま落ち着いていらっしゃることを伝えながら、コーヒーを差し出しました。
話を聞いている間もずっと優しい笑顔です。
そして操縦室に戻るときには、「ありがとう!コーヒーおいしかったよ!」と。
客室もイレギュラー対応に大忙しではありましたが、操縦室内だっていつも以上に業務が増えて大変だったはずです。
それなのに、そんなことはひと言もいわずにただお客さまと乗務員のことを気にかけてくれたのです。
「それが仕事だ」と言われればそれまでですが、機長の想いに触れた私は、「このあとはどんなクレームも絶対に出すまい」と士気が上がったことを覚えています。
その後の飛行は順調で、ダイバートすることもなくアムステルダムに着陸することになりました。
しかし着陸が許可されたとはいえ、天候が悪いことに変わりはありません。
少し身構えて着陸を迎えたのですが、それはそれはスムーズな着陸で、お客さまから「ナイスランディング!」という声や拍手が沸き起こったほどでした。
「また一緒に仕事をしたい」と思わせる人
出発が1時間近く遅れて離陸前の機内にはイライラムードが漂っていました。
それが、12時間後には素晴らしい光景が広がったのです。
ですが、操縦室にいるコックピットクルーにはこの光景もお客さまの声も届きません。
常に笑顔と優しい言葉で私たちを労ってくれた機長に、ぜひこのことを伝えたいと思った私は、空港からホテルに向かうバスで機長にこう言いました。
「すごくスムーズな着陸でしたね!お客さまから歓声と拍手が上がりましたよ」すると機長はこう言いました。
「今日はね、出発が遅れてみんなお客さまの対応をがんばってくれたよね。
そのおかげで大きなクレームもなく済んだんだよ。
そんなみんなのがんばりを、最後に僕が台無しにするわけにはいかないだろ?」無邪気にも、「きっと喜んでもらえる!」などと思った私の何倍も上をいくキャプテンの言葉に、ただただ尊敬の気持ちしかありませんでした。
どんなメンバーとフライトしたとしても、「安全で快適なフライト」を目指すことは言うまでもありません。
しかし、「またこの人と飛びたい」「この人の想いに応えられるようにがんばりたい」という一体感は、チームワークの質を高めます。
機長のもつ「自分の指揮下で仕事をする者たちへの想い」が笑顔や労い、感謝の言葉となって乗務員に伝わり、最高のパフォーマンスを発揮させたのです。
立場が上であることで権力を振りかざす人もいますが、本当の意味で「人を動かす」ことができるのは、このような礼節のあるふるまいができる人なのだと気づかされました。
ケース2お辞儀ひとつで改革への情熱を示した稲盛会長
2010年1月、当時私が在籍していたJALが会社更生法適用を申請し経営破綻しました。
連日ニュースでも大きくとり上げられた戦後最大といわれる倒産です。
多くの方にご迷惑をかけてしまい、「どのような顔をしてお客さまの前に立てばいいのだろうか」と申し訳ない気持ちを抱えてフライトする日々。
厳しいご意見に対して、「ごもっともです。
申し訳ございません」とおわびすることしかできない自分が情けなくもどかしい気持ちでした。
そのようななかでも、「応援しているよ。
がんばって!」と声をかけてくださるお客さまもいて、その優しさに思わず涙がこぼれそうになることもありました。
再生までの歩みのなか、一社員であった私が大きな影響を受けたのは稲盛和夫会長(現・名誉会長)の存在です。
2010年2月、周囲からは強い反対があったにもかかわらず、無報酬で会社再建という大変なお役目を引き受けて会長に就任してくださったと聞きました。
そのエピソードは、「元からこの会社にいる私たちが誰よりも本気で再生にかけないでどうするんだ」と私を強く奮起させるものでした。
この他にも、稲盛会長への尊敬の念と感謝は書き尽くせないほどたくさんあります。
そのなかでもっとも心を打たれたのは、稲盛会長が訓練室にお見えになった際のことです。
経営破綻から半年ほど経ったころ、私は客室教育訓練室という部署に配属になり、サービス訓練教官として毎日をすごしていました。
倒産によりこれまで訓練にかけられていた費用は削減され、訓練室のメンバーが足りないものを家からもち寄ったり、手づくりのもので代用したり……。
また、モックアップと呼ばれる機内に見立てた訓練スペースは古い体育館に設置されました。
古い建物ゆえドア開閉時の音も大きく、鍵をかけるときもコツがいる「なんとかして使えるように仕上げた」というような施設でした。
それでも訓練のクオリティだけは落とすまいと、みんな必死で前を向いていました。
そんなある日、稲盛会長が職場訪問として訓練室にいらっしゃることになりました。
古い建物ゆえ、冷暖房の調節もままならない手づくり感あふれるモックアップの見学をされるというのです。
〝経営の神様〟と呼ばれる人にお越しいただくなんて申し訳ない、というのが正直な気持ちでした。
ところが、稲盛会長はモックアップにお入りになるとき、ドアの前で深々と頭を下げて、ゆっくりとお辞儀をされたのです。
私たちは経営のトップ、経営の神様と言われる人のこの姿にただならぬオーラを感じ、大きく心を動かされました。
分刻みのスケジュールで、さまざまな現場を回っておられたはずです。
そのような状況でも、私たちが情熱を注ぐ場所に敬意を表してくださった──。
それが何より嬉しく、心を打たれたのです。
背筋がシャンと伸び、形としても美しいお辞儀でしたが、その形以上に私たちへの想いを感じ取ることができました。
「経営の神様」が見せてくれた最高の礼節
訓練では、それまでのカリキュラムに加えて、「JALフィロソフィ」と呼ばれる行動規範を授業に取り入れていました。
これは経営破綻から1年経った2011年1月に発表されたもので、稲盛会長の教えのもと、全社員の意識改革のためにつくられた〝JALで働く人の哲学〟です。
新人、既存社員を問わず、このフィロソフィの浸透を図ることも我々教官のミッションでした。
・人間として何が正しいかで判断する・美しい心をもつ・本音でぶつかれ・率先垂範する「JALフィロソフィ」から一部抜粋(日本航空ウェブサイトより)どれもこれも大好きな言葉であり、多くが今でも私の人生の指標となっています。
しかし、これも言葉として受け取るだけでなく、実践してこそ価値あるものになります。
稲盛会長が私たちに見せてくださったお姿は、形としてはお辞儀ということになりますが、その根底にあるのは美しい心や私たちへの敬意でした。
それは「この人についていこう」「必ずやり遂げる」という気持ちに火をつけました。
部下に対して礼節をもって接するリーダーが強い牽引力や影響力をもっているのは、このような理由からなのだと実感しました。
お辞儀の形や角度ばかりをとり上げて正解、不正解を語るマナー講師もいるようですが、大切なのはお辞儀という形を通じて相手に「想い、心」を伝えることです。
苦境に立たされているなかで、経営の神様と呼ばれる人が私たちに最高の礼節を見せてくれたことは大きな励みになりました。
本物の礼節は相手の心にいつまでも残り、言葉にできない感情を抱かせる力をもっているのです。
ケース3部下にもキッパリと謝罪をした上司の姿勢
自分に落ち度があったとき、素直に「ごめんなさい」と言える人は意外に多くありません。
小さな事柄であればまだしも、問題がこじれてしまったり相手が目下だったりするときはどうでしょう。
ハードルが上がってしまい、なかなか非を認められなかったという経験はありませんか?私は学生時代、フェンシング部に所属していました。
上下関係の厳しい体育会だったので、後輩は時に理不尽な要求を受け入れざるを得ないこともありました。
そのような環境でも、後輩に対してきちんと謝罪ができる先輩はいて、そういう人は尊敬されたものです。
素直に謝罪することを「相手に屈した」「負けた」と考え、頑なに非を認めない人もいるようですが、それで得られることは何もありません。
むしろ、失うもののほうが多いのではないかと思います。
相手が目下でもきちんと謝罪ができる人は、年齢や身分ではなく、問題の本質を見きわめたうえでの行動ができます。
相手を大切に扱うこと、つまり、礼節をもって接する人であるからこそ、心地よい信頼関係が生まれるのです。
人としての誠実さが問われる
社会人として働くようになったJALも、上下関係に重きを置くところでした。
あるフライト後のミーティングでのこと。
私よりもかなり年上の先輩が意見を言いました。
当時、会社は倒産後のとても厳しい状況にありました。
個人として何を思うのも自由ですが、現状を踏まえるとどうしてもその先輩の意見に賛同できず、「今はそんなことを言っている場合ではないと思います」と私は異を唱えました。
口にした言葉は本心でしたが、年上の先輩に異論を突き付けたことに胸はドキドキしていました。
ミーティングが終わったあと、私は上司から呼ばれました。
「あなたはどうしたかったのですか?あの場所で言っても何も解決しないでしょ」と注意を受けたのです。
勇気をもって発言したことを悔やみ、「もう何も言うまい」という沈んだ気持ちになりました。
それから数日後、その上司と一緒にフライトしたときのことです。
ギャレーで二人きりになったとき、私に注意した上司はこう言いました。
「七條さん、この間はごめんなさい。
ずっと考えていたんだけれど、私が間違ってた。
あなたの言う通りだよ。
あれは、私が言わなければいけないことだったよね」注意を受けたことでモヤモヤした想いを抱えていましたが、上司もまた同じような気持ちでいてくれたのだと知ることができたのです。
上司からの謝罪は、部下の一人として大切にされていると感じる言葉でもありました。
上司からの思いがけない謝罪にとても驚いたと同時に、場の空気も読まずに発言した自分自身の未熟さを反省しました。
自分の非を認めるのは簡単なことではありません。
ましてや、相手が目下の場合はプライドが邪魔をします。
また、非を認めることで責任が問われる場面ではより困難になります。
世の中には自分の過失を平気で他者のせいにする人が大勢いることはご存じの通りです。
そのような人が多いからこそ、まっすぐに自分の非を認め、素直に謝罪できる人が支持され信頼されます。
一時的には非難されることがあっても、人としての誠実さの方が次第に明らかになっていくはずだからです。
ケース4機内で倒れた大企業副社長からの手紙
機内は日常とは異なる環境下にあるため、お客さまが急な体調不良に見舞われることがあります。
旅の疲れや気圧でお酒が回りやすいなど理由はさまざまですが、そのような場合に応急手当ができるよう乗務員は訓練を受けています。
私たちにとってはごく当たり前の対応にすぎなかったにもかかわらず、その応急手当に対してとても丁寧に感謝の気持ちを伝えてくださったお客さまがいました。
その方は誰でも知っているような会社の副社長で、今でもそのお客さまの会社名を見るたびに当時のことを思い出します。
その日はホノルルから成田に向かうフライトで、私はファーストクラスを担当。
お客さまのなかに、ご自身でもち込まれた日本酒を食事とともに召し上がっている方がいました。
静かに自分のペースで少しずつ楽しんでおられて、はたから見ていて心配になるような飲み方ではありませんでした。
ところが、そのお客さまが席を立って化粧室に向かう途中、突然崩れるように倒れてしまったのです。
頭を強くぶつけたり意識を失ったりすることはありませんでしたが、顔面蒼白でした。
脈拍や呼吸の様子を確認しつつ、回復するまで横になって安静にしていただきました。
しばらく付き添っていると顔色もよくなり、歩いて席までお戻りになりました。
その後、お客さまは目を閉じてお休みになりましたが、万が一にも呼吸が止まってしまってはいないか、とても心配でした。
胸の動きで呼吸を確認することが難しかったため、呼気を感じようとお客さまに近づいたのですが、顔に触れてしまい、せっかくお休みだったお客さまを起こしてしまったのです。
余計なことをしてしまったと、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
成田に到着後、オフィスに戻るや否や上司から呼ばれました。
きっとお休みだったのを邪魔してしまったことで、お叱りの電話でもあったに違いないと、冷や汗をかきながら上司のもとに行きました。
すると、
「機内で倒れた○○様からお礼の電話がありました。
おかげさまでこのあとの会議にも出られそうだとおっしゃっていましたよ!」とのこと。
冷や汗が一瞬で引きました。
それと同時に、わざわざお礼の電話をくださったこと、そして、予定通り会議に出席できるまで回復されたことに対して喜びの気持ちがわき上がってきました。
私がとった応急手当はけっして特別なことではなく、乗務員であれば誰もが同じ行動をしたはずです。
ただでさえご多忙な方なのに、時間を割いてご連絡いただいたことに頭の下がる思いでした。
さらに、数日後には私あてにそのお客さまから自筆の手紙とお礼の品が届きました。
そのお客さまと機内で再会することはありませんでしたが、多忙を極めるなかでもしっかり感謝の気持ちを伝えることで礼節を表し、心を動かされたことはいつまでも私の記憶に残っています。
ケース5組織トップが見せた真摯に話を聞く姿
現在、私は研修講師として活動しており、その仕事柄いろいろな組織のトップや人事、教育担当チームの方にお会いする機会があります。
多くの方はその立場にふさわしい礼儀正しさを備えており、さすがだなと感じ入ることが多いです。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉がありますが、ある組織の会長だったその男性は、まさにこの言葉がぴったり当てはまる方でした。
当時の私は研修講師として独立してからまだ2年ほどで、現在のように本の出版もしていません。
私にとっては規模も金額もかなり大きな研修であり、紹介者である知人の顔に泥を塗ってはいけないというプレッシャーもありました。
そんな駆け出しの講師に対しても、その方は礼節をもって向き合ってくれたのです。
研修開始前に応接室に通され、初めて会長にお目にかかりました。
70歳を超えてなお仏教を通じて学びを深めていらっしゃることや、人材育成についてのお考えをうかがうことができました。
私が持参した小冊子をお渡しすると興味深そうにめくってくださり、関心をもっていただけたことがとても嬉しかったのを覚えています。
その冊子は私が自費で作成した販促用のもので、想いの丈をぶつけた粗削りな文章で書かれていたにもかかわらずです。
比較してはいけないかもしれませんが、組織のトップでありながら部下の成長や考え、研修内容やそれを実施する講師に対して無関心な人もいます。
そう見えるだけであればいいのですが、特別な事情でもない限り、想いは言葉や行動に表れると私は思っています。
会長は、年齢や立場に甘んじることなく自分自身も学び続け、部下にも興味と関心がおありのようでした。
愛情なくして相手に対しての興味や関心は成立しません。
講師として新人の私に対しても「お手並み拝見」という態度ではなく、「信頼してお任せします」という心を感じる誠実な対応をしてくださったのです。
誰の話にも価値があるという姿勢
研修が始まると会長は一番後ろの席につかれました。
登壇している私からは、前に座っている人だけでなく後ろにいる人の様子もよく見えます。
誰が集中して聞いているか、誰が眠そうになってきたか、受講者の理解度はどんなものか。
常にアンテナを張りめぐらせ、みんなの反応を確認しながら進めていきます。
見学のために最後列にいらっしゃる会長はといえば、先ほど渡した小冊子を広げ、しきりにメモをとりながら話を聞いておられました。
その様子は見学という軽いものではなく、誰よりも真剣に見えました。
受講者の一員か、ひょっとするとそれ以上だったかもしれません。
もし逆の立場だったら、私はこんなに素直に貪欲に学ぼうとしただろうか──。
年齢も立場も学びの深さもすべてが私より上の方のこの態度に、我が身を振り返らざるを得ませんでした。
・年齢や立場にあぐらをかくことなく、相手を認め素直に学ぶ姿勢・相手が誰であっても誠実に対応する姿頭ではこれらが大切だとわかっていても、つい忘れてしまうのが私たち人間です。
この会長との出会いを通じて、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を忘れることなく精進したいと思ったのでした。
経営陣の方の話によると、この会長が就任されてから組織の風向きがよい方向に変わったのを肌で感じるとのことです。
礼節ある人がトップに立つと、チームにとってプラスの影響を及ぼすことができる。
このことを確信できた出来事でした。
「しないこと」もひとつの礼節
「相手に敬意を払う」ということを形で表すとき、わかりやすいのは敬語を使うことです。
しかし、敬語さえ使っていればそれでいいというものでもありません。
ここでは「きちんとする」ではなく、「あえてしないこと」でさらなる礼節を表せるということをお伝えしていきます。
これについて研修などで伝えるときは、フライト中の接客の場面を例に説明します。
フライトでは、乗務員は安全上の理由からお客さまにさまざまなご協力をお願いすることがあります。
飛行機の離着陸時を例にとると、手荷物の収納に関することもそのひとつです。
「本日はご搭乗ありがとうございます。
恐れ入りますが、安全上の理由により離着陸時はお手荷物を上の棚、または前の座席の下にお入れいただけますでしょうか?」これは、ご利用への感謝の言葉やクッション言葉も入っていて、依頼の形をとったお願いになっています。
お客さまへのアプローチ方法としても、敬語の使い方も「形としては」まったく問題ありません。
しかし、そのような非の打ちどころがない文言も、状況によっては相手を不快にさせてしまうことがあるのです。
それはどのようなときでしょう?飛行機をあまりご利用にならないお客さまの場合、そのような安全上のルールがあることをご存じないケースがよくあります。
ですから、きちんと理由を説明し、どのような協力が必要かを伝えることで納得していただくことができます。
つまり、先ほどのフレーズがふさわしいことになります。
では、飛行機をよく利用されているお客さまの場合はどうでしょう。
ハードスケジュールをこなすビジネスパーソンのなかには、月に何度も飛行機を利用される方も大勢いらっしゃいます。
そのような方に、「安全上の理由により離着陸時はお手荷物を上の棚、または前の座席の下にお入れいただけますでしょうか?」などと声をかけたら、「言われなくてもわかってる」「今やろうと思ってたのに」「何度も飛行機に乗っているんだから知ってるよ!」というような気持ちになる方もきっと少なくないはずです。
言葉や態度には出すことはなくても、接客のプロとしては、せっかくご利用いただいたお客さまの心をモヤモヤさせてしまうのは避けたいところです。
だからといって、保安上のルールをないがしろにしていいわけではありません。
目的は「安全上のルールを守って運航すること」であり、形にとらわれた文言を伝えるのが目的ではないのです。
相手に恥をかかせない気づかいも必要
このようなとき、私はお客さまの様子から飛行機に乗り慣れていらっしゃるかどうかを判断し、すでにルールをご存じであるようなら、と声をかけて様子を見るようにしていました。
すると、「あ、もう離陸する?じゃあ、荷物を上の棚にお願いしていいかな?」というようなお答えが返ってくることが多かったものです。
もし荷物について何も反応がなければ、先ほどの説明とお願いをします。
「知らなかったわけではなく、あとでちゃんとやろうと思っていたのに注意された」こちらのお願いを注意であるかのように感じて、さらには恥をかかされたような気持ちにさせてしまうのは残念なことです。
伝えた側にそんなつもりはなかったとしても、人の心は繊細です。
このように、たとえ正しい敬語を使っていたとしても、その言葉を受け取る相手の状況や気持ちが置き去りになると、「何も見ていないし、わかってもらえない」という印象になります。
相手に恥をかかせないための配慮として、「あえて言わない」「あえてすべてを説明せずに気づいていただく」ということも時には必要になります。
心を伝えるための礼節とは、「正しい敬語を使った正しい説明」に固執することなく、相手に気持ちよくすごしていただくことを目的としているのです。
先入観をもったり決めつけたりしない
接客マナーやコミュニケーションにおいて、「気づく」というのはとても大切なことです。
私はこれを察知力という言葉で説明していますが、別の言い方をするなら、「想像力」や「寄り添う力」となるでしょう。
声に出して「〇〇をしてください」とお願いしなくても、状況や様子で気づいてもらえるというのは、自分のことをしっかり見てもらえている証拠です。
もちろん、落ち着かないほどジロジロ観察されるのは居心地が悪いですが、「さりげなく」気づいてもらえると、大切に扱われたと感じるものです。
ただ、せっかくの「気づき」も表現の仕方によっては相手に好意が伝わらず、残念な結果になることがあります。
何度もお伝えしていますが、礼節とは、心を形で表したもの。
「気づき」という相手への想いを、どのような形で表せば最高の礼節になるのか見ていきましょう。
多くの人は、決めつけられることやコントロールされることを嫌います。
たとえば、お客さまに必要だと思ったものを提供するときでも、「○○がご入り用ですよね?」「〇〇で間違いないですよね?」という伝え方にはリスクが伴います。
その予測が合っていれば別ですが、少しでもずれがあると、「よくわかっていないくせに決めつけられた」「他のものがよかったのに言い出しにくかった」という小さな不満が生まれてしまいます。
ですから、高い確率で当たっていると思うときでも、というような、決めつけのない質問、確認というスタイルがおすすめです。
選択を相手に委ねる聞き方を
ひとつ例をあげましょう。
いつもお店にくるとブラックコーヒーを注文されるお客さまがいるとします。
お店の人は「あのお客さまは、いつもブラックコーヒーを注文する」と気づいていました。
その気づきを生かすため「コーヒー」とだけ注文したお客さまに、あえてミルクや砂糖をつけずにブラックコーヒーを出しました。
それは「いつもご利用いただいていることに気づいていますよ。
私たちはあなたの好みも把握していますよ」という個別感を演出してのことでした。
つまり、感謝や善意の気持ちがそこにあります。
さて、もしもあなたがこのお客さまだったとしたら、どのように感じますか?お店のスタッフさんの心づかいや、その他大勢ではなく「個」としての扱いを受けたことに喜びを感じるでしょうか。
おそらく、ほとんどの人が「気がきくな」と感じたり、喜びまではいかずとも不快感をもったりすることは少ないと思います。
ところが、人の気持ちはさまざまなもので、このようなサービスをされたとき、「聞きもしないで決めつけられた」「いつも同じものを頼むわけではないのに」「今日は甘いコーヒーがよかったのに」と感じる人もいるのです。
「気づく」というのは素晴らしいことですが、表現の仕方によってはせっかくの心づかいが伝わらないことにもなります。
このような場合には、と質問、確認することで、「気づき」を感じさせる伝え方がいいでしょう。
選択を相手に委ねているので、「今日は他のものがいい」という場合、相手は気軽に「ノー」と言うこともできるのです。
せっかくこれまでの情報や想像力を働かせて気づきを得たとしても、「思い込み」や「決めつけ」でそれが台無しになるのはもったいないことですよね。
「提案はしますが、決めるのはあなたですよ」というような形であれば、誰も不快にすることなく日ごろの感謝や善意をしっかり伝えられます。
少し細かいことではありますが、先入観や決めつけで不快な思いをさせていないか、思い返してみてください。
礼節のある人は〝当たり前の基準〟が高いお客さまのなかには、ときどき次のようなひと言を添えてくださる方がいらっしゃいます。
たとえば食事のサービスが終わり機内販売を開始したときに、「すみません。
コーヒーのおかわりもらえますか?あとでいいですので」とか、「日経新聞あるかな?あ、あとでいいからね!」というような感じです。
保安上の理由でサービスができない時間を除いて、お客さまはいつでも乗務員に必要なものを頼んでいいのです。
そのご要望に応えることがCAの仕事です。
それでも、「あとでいいからね」という言葉を耳にすると、どことなく心がホッとして温かい気持ちになったことを覚えています。
そのひと言で、忙しく動き回る乗務員に想いを寄せてくださっていることや、他にもお客さまがいることをご理解いただいている心づかいを感じ取ることができました。
このようなお客さまは、乗務員だけに心づかいをしているわけではないのです。
例をあげると、共同でお使いいただく荷物用の棚の使い方もそうです。
「自分の荷物が入ればそれでいい」ではなく、「他の人も荷物を収納するであろう」「あとに乗ってくる人が入れやすいように」という配慮を感じる収納の仕方をしてくれます。
また、時にトラブルにもなる座席のリクライニング。
後ろに座っているお客さまのことなどまったく気にせず、無言でいきなり大きく背もたれを倒すことはしません。
「倒していいですか?」「すみません」と声をかけたり、声はかけずとも後ろの様子を気にかけながら、ほどよい角度を保たれたりします。
特に意識することもなく、「当たり前の行動」としてこうした礼節を身につけているのです。
いつでもどこでも誰に対しても
安全で快適なフライトを遂行することを使命とする乗務員にとって、周囲のお客さまへのご配慮は非常にありがたいことでした。
二度と会うことがない人に対しても、「自分さえよければ」ではなく、利他の心で接することができる人は、はたからその様子を見ているだけで心が洗われます。
「それくらいの気づかいや公共の場所でのふるまいは当たり前のことじゃない?」と感じる方が多いかもしれませんが、当たり前の基準は人それぞれです。
いつでもどこでも誰にでも自然な気づかいができる「当たり前の基準が高い人」。
そのような素敵なお客さまとの出会いによって、私自身も「当たり前の基準を高めたい」と気持ちを新たにしたのでした。
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