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第2章 妨げになる4つのバイアスを自覚する

人生とは私たちの計画などおかまいなしに、私たちの身にふりかかることである──1957年、アメリカの作家/ジャーナリスト漫画家のアレン・サンダースの言葉

毎学期、私は新たに授業をとってくれた学生とこんなゲームをする。まずこう質問する。

「この教室にいる60人の学生のうち、2人が同じ誕生日である確率はどれくらいだと思う?」たいてい学生たちは5~20%と答える。

理にかなった回答だ。

1年は365日なので、論理的に考えればまず60(人)を365(日)で割ってみるだろう。つまり教室にいる60人のうち、誰か2人の誕生日が一致する可能性はきわめて低いことになる。

それから全員に誕生日をいってもらう。そして自分と同じ誕生日の人がいたら「私も!」と声を上げるよう伝えておく。

たいてい10人ぐらいが誕生日をいったあたりで、どこかから「私も!」という大声がして、みんなびっくりする。しかもそれが何度も繰り返されるのだ。

毎年60人ほどしか受講生がいないのに、たいてい3~6組は同じ誕生日の学生がいて、いつも驚かされる。

なぜそんなことが起こるのだろう。

魔法だろうか?いや、違う。単純な統計学だ。これは直線的ではなく指数関数的な問題だ。

学生が誕生日を口にするたびに、生まれる可能性のある「ペア」は多数存在する。たとえば1人目の学生の場合、同じ誕生日の可能性がある学生は59人いる。

2人目の学生も(1人目とは違う誕生日だったとして)まだ58人候補者がいる。3人目以降も同様だ。

このように潜在的ペアの数を足し合わせていき、誕生日が同じペアが出現する確率を占う問題は「誕生日のパラドクス」と呼ばれる(図2を参照)。

この問題を解くと、無作為に集めた人の数が23人になった時点で、すでに同じ誕生日のペアがいる確率は50%を超える(「チャンス」すなわち潜在的ペアの数は253になる★1)。

それ以上に驚きなのが、集団の数が70人になれば、ほぼ確実に(99・9%の確率)同じ誕生日のペアがいることだ(数学が苦手で高校を留年した私の場合、理解するのに多少時間がかかったが、これは事実である)。

ここから何がわかるだろう。

私たちは指数関数的(不測の事態)ではなく、直線的(計画どおり)にモノを考える傾向があるために、予想外のことが起こり得る可能性を過小評価しがちだということだ。

私たちが気づくかどうかにかかわらず、予想外のことは頻繁に起きている。

セレンディピティがいつでもどこでも起こり得ることに気づけば、人生を一変させるような出来事から日常のささやかな改善まで、さまざまな可能性が生まれる。

これから見ていくとおり、私たちにとって自然で慣れ親しんだ思考法が、セレンディピティを活用するのはおろか気づくことすら難しくし、その妨げとなるケースが多い。

セレンディピティへの最大の障害は、私たち自身の世界に対する先入観、すなわち無意識のうちに思考を操作し、セレンディピティの可能性を封じてしまうバイアス(思考の偏り)だ。

もし自分にはバイアスなどないと思っている人がいるなら、それこそが最大のバイアスだ。

染みついたバイアスは、セレンディピティの瞬間が訪れたときにそれを見えなくするだけでなく、すでに起こったセレンディピティへの解釈を誤る原因となる。

自分が成功した理由を説明してほしいと言われると、たいていの人は努力と入念な計画、長期的視野に立ったビジョンや戦略が栄光に結びついたと答えるだろう。

ときにはそれが正しいケースもあるが、たいていは違う。

人生の重要なターニングポイントの多くはセレンディピティがもたらすもので(あるいは単にツキに恵まれただけのこともある)、私たちが後づけで解釈を加えるだけだ。

企業に提出する履歴書では、誰の人生もA地点からB地点へのまっすぐな道筋のように見えるのと同じことだ。

バイアスは有用なこともあり、その存在にはまっとうな理由もある。

この世がランダムなカオスだけでできていると思えば生きていくのはあまりに困難で、また複雑な社会的関係性を完全に理解するのは不可能だ。

しかし人類の大きな進歩を可能にしたのは、こうしたバイアスや先入観から一歩抜け出す能力であり、それは個人や組織にとっても同じである。

バイアスにはさまざまなタイプがあるが、セレンディピティの妨げとなる基本的なものが4つある。

セレンディピティをうまく育むためにはそれを克服すること、少なくともその存在を認識することが不可欠だ。

「予想外の要因の過小評価」「多数派への同調」「事後合理化」「機能的固定化」と聞くと、やや専門性が高そうだが、その内容はなかなか興味深い。

目次

バイアス1予想外の要因の過小評価

私の学生時代の友人は「何だか起こりそうもないことが起こりそうだ」とよく言っていた。当時は謎めいたことを言うなとしか思わなかったが、ずっと後になってその意味がよくわかるようになった。

予想外のこと、ありそうもないこと、とんでもないことはしょっちゅう起こる。重要なのは、それが有益なときに気づくことができるのか、それをつかみ、育むことができるかだ。

私はかつてイギリスで交渉術の授業を担当していたとき、こんな課題を出した。独立系ガソリンスタンドのオーナーが、大手石油会社にスタンドを売却しようとしている。両者が当初の立場に固執すれば、交渉は成立しない。

石油会社がスタンドに出してもいいと思っているのは最大50万ドルだが、オーナーは最低でも58万ドルで売りたいと考えている。

理屈のうえではどちらか、あるいは両方が立場を変えなければ交渉の余地はなく、成果は望めなそうだ。

それから学生たち(スタンドのオーナーと、会社側の代表の両方)に、それぞれの立場を離れ、オープンな気持ちで根底にある本当のニーズや関心を理解してみてほしい、と伝える。

石油会社の代表がスタンドのオーナーに、なぜ58万ドルが必要なのかと聞いてみると、会話はたいてい思いがけない方向に展開していく。

スタンドのオーナーは引退したらパートナーとセーリングにいくのが夢なので、それだけの金額が必要だと思う、と答える。

すると石油会社側の学生は「そんなことだとは思わなかった。それならヨットの帆にわれわれの会社の名前を書く代わりに、セーリングの旅に必要なガソリンを提供してあげよう。実はそんなスポンサー活動を増やしたいと思っていたんだ」と言い出す。

他にも石油会社の買収価格を抑えつつ、オーナーにとっても魅力的な予想外のアイデアが出てくる。

お互いの主張の根底にあったニーズを表に出してみると、解決のための思いがけない方法が明らかになる(もともと「ウィン・ウィン」の精神があり、互いにメリットのある落としどころが見つかるかもしれないと思っている学生は、このようなアイデアを直感的に思いつく。

一方「勝つか負けるか」という発想からスタートする学生は、両方にとってプラスの結果を得るために「パイそのものを大きくする」方法を思いつくのに時間がかかることが多い。

ウィン・ウィンタイプの学生は、勝つか負けるかタイプの学生より、信頼を構築し、お互いの本当のニーズや優先事項に関する情報を交換するのに長けている)。

ここには交渉能力を高めるためのヒントが詰まっているが、注目すべきは予想外の要因が「目に入らない」のはそもそもその存在自体に気づいていないためである、という事実だ。

スタンドのオーナーが求めていた不自然な(そして割高な)売却価格(それを所与のものとして受け止めてしまう人も多い)によって、その背後にある本当のニーズが見えなくなっていた。

本当のニーズが明確になったとたん、はるかに魅力的な選択肢が現れた。このような認識は、ビジネス交渉のような場面で特に重要だ。

たとえば新しい仕事に就こうとしている、あるいは初めて家を購入しようとしているとき、双方が納得できる落としどころを見つけるためには、たいてい思いもよらない点と点を結びつける必要がある。

ただそうした場面にとどまらず、後から振り返って点と点を結びつけてみると、仕事上の経歴からパートナーとの出会いまで、予想外の要因が人生のかなりの部分を形づくっていることがわかるだろう。

私たちにはそれぞれの「ふつう」、すなわち世界に対する偏った視点がある。それぞれの考える「起こるべきこと」だ。このバイアスがあるために、「予想していたこと」ばかりが目に入るようになる。

では「予想」の範囲を広げられたらどうだろう。

すると徐々に点と点のつながりが見えてきて、起こりそうもないことは常に身のまわりで起きており、それを活用するかどうかは自分次第であることに気づくだろう★2。

これはセレンディピティ・マインドセットを身につけるうえで核心となる部分だ。

改めて考えてみると、私たちは日々予想外の事態が起こらないか気をつけている。たいていは身を守るためだ。

交通量の多い道で横断歩道を渡るときには、赤信号になれば車は停止すると予想する。

それでも絶対とは言い切れない。ときには赤信号になっても止まらない運転手もいる。だから信号が変わって横断歩道に踏み出すときは、目の端で車が止まったことを確認する。

こういうとき視野は通常より広くなり、予想外の動きをとらえようとする。そうしなければ命を落とすことになるかもしれないからだ。

「幸運な人」だけが気づくこと同じアプローチをもっと前向きな形で使えないだろうか。常に視野を広げ、起こるかもしれない予想外の良いことや有益なことを待ち受けるのだ。

イギリスの心理学者、リチャード・ワイズマンが自己認識にかかわる興味深い実験をしている。

自分を「とびきり運がいい」と思っている人と、「とびきり運が悪い」と思っている人を探してきて、それぞれが世界をどのように認識するか実験したのだ★3。

その1つが「幸運な」マーチンと「不運な」ブレンダという2人の被験者に対する実験だ。

研究チームは2人に(別々に)コーヒーショップに行ってコーヒーを買い、その場で飲んでほしいと指示し、その過程を隠しカメラで撮影した。

コーヒーショップの入り口に5ポンド紙幣を置き、店に入るときには確実に紙幣をまたぐようにした。さらに店内には4つの大きなテーブルを置き、1人ずつ別の客を座らせた。

このうち3人は俳優で、1人は成功しているビジネスパーソンだ。注文カウンターのすぐ隣のテーブルにはビジネスパーソンが座った。

4人の「客」には2人の被験者にまったく同じように接するよう指示した。結果はどうなっただろうか。幸運なマーチンは店に歩いていき、5ポンド札を見つけて拾い、店内に入った。

コーヒーを注文するとビジネスパーソンの隣に座った。そしてビジネスパーソンに話しかけ、仲良くなった。

一方不運なブレンダは5ポンド札には気づかなかった。やはりビジネスパーソンの隣に座ったものの、実験が終わるまでひと言も話さなかった。

その後ワイズマンの研究チームが2人に「今日はどんな日か」と尋ねたところ、まったく違う反応が返ってきた。

マーチンは最高の1日で、5ポンドを拾って、有能なビジネスパーソンと楽しい会話ができたと語った(その後の展開は不明だが、さらにプラスの結果につながっていたとしても意外ではない)。

ブレンダは当然ながら、何の変哲もない朝だったと答えた。2人はまったく同じ機会を与えられていながら、それに「気づいた」のは1人だけだったのだ。

予想外のことへのオープンな姿勢は、運を引き寄せ、セレンディピティを経験するためのカギとなる。

マーチンのようなタイプが日ごろから運に恵まれるのにはさまざまな理由があるが、とりわけ最も重要なのが予想外の状況を認識する能力があることだ。それによって予想外の状況が活用される可能性は高くなる。

予想外の状況の発生頻度が必ずしも高いわけではなく、予想外の状況が起こると予想するほど、セレンディピティに気づきやすくなるのだ。

それによって周囲とまったく同じ状況を経験していても、運に恵まれやすくなる。もちろん誰だって人生を振り返れば、セレンディピティを経験したことがあるだろう。

だが見逃してしまったケース、タッチの差で逃してしまったたくさんのチャンスはなかったか。

カフェであなたの服にコーヒーをこぼしてしまったあの人のことを思い出してみよう。改めて考えてみると、なかなかステキだったのではないか。向こうもそう思ったかもしれない。だがどちらも、そのピンと来た瞬間に反応しなかった。

「クリーニング代はこちらに請求してください」と連絡先を交換することもなかった。

さまざまな展開が起こり得たのに、結局何も起きなかった(本書の後半では「反事実的思考」、すなわち「人生で起こり得た展開」を考える効用を見ていく)。

図3は、セレンディピティ・トリガーに気づかない、点と点を結びつけない、最後までやりきる粘り強さがないなど、セレンディピティを逃す要因を分析している★4。

「予想外」への意識が高い人には見える

どうすればセレンディピティを逃さないようにできるだろうか。

方法はたくさんあるが(後で詳しく見ていく)、まずはセレンディピティを積極的に活用しようとしているソルトレークシティーのオフィス家具メーカーの例を見ていこう。

研究者のナンシー・ネピアとクアン・ホワン・ブンがその結果を分析している。

このメーカーの幹部の1人が、セレンディピティを積極的に探してみようと提案したとき、周囲の反応は懐疑的だった。

それでも経営チームとして2週間に1回30分時間をとって、自分たちが耳にした予想外の情報を確認し、それをどう認識し、評価したかを振り返り、活用するために何をすべきか判断することにした。

ネピアらによると、調査を始めて最初の2カ月で「特定されたセレンディピティ」が重要なものだけで少なくとも6つあることがわかった。

「経営陣が(セレンディピティを特定することの)経済的影響を計算したところ、懐疑的姿勢は消滅した」と結論づけている★5。

この実験を通じて経営陣は予想外の情報に対して一層の注意を払うようになり、それまでは切り捨てていたこと、あるいは気にもしなかったような情報を発見し、把握するようになった。

たとえばある新製品を発売する前、いつもどおり市場分析を実施したところ、価格設定の方法が誤っていることを示唆する予想外の情報が見つかった。

それを見逃していたら、手痛い失敗をしていただろう。

この家具メーカーやハイアールの幹部のように予想外への意識が高い人は、セレンディピティに対してオープンだ。それは予想外のデータや出来事に潜む価値を常に探っているからである。

インドの大手コングロマリット、マヒンドラ・グループCEOのアナンド・マヒンドラのように、組織内に「セレンディピティ・スポッター(発見者)」を配置することを検討する経営者もいる。

近々、業界団体の夕食会があるとしよう。あなたはどんな状況を予想するだろう。いつもと同じだろうか。

退屈な人物の隣に座らされ、どうでもいい会話に耳を傾けるふりをしながら、あとどれくらい待てば周囲の反感を買わずに退出できるだろうと考えているだろうか。そんな予想しかしていないなら、そんな展開になる可能性が高い。

バイアス2多数派への同調による自己規制

多数派の意見に従う人が多いのは当然と言える。みんなの意見が一致していれば安心だ。大勢の人が集まると、驚くほど正確な意思決定が可能になる。たいていはその集団のなかで最も頭の良い人よりも優れた判断ができる。

たとえばアメリカ連邦最高裁判所の判決を予想する、「ファンタジーSCOTUS(SCOTUSはアメリカ連邦最高裁判所の略称)」というサイトがある。

研究者のダニエル・マーチン・カッツらはこのサイトで2011年以降、5000人の一般市民が立てた60万個の予想をもとに、「群衆の英知」が連邦最高裁の判断を確実かつ正確に予測できることを示した★6。

また天候や経済など複雑なシステムの予想は誤っていることが多く、詳しく見ていけばほぼ常に誤っている。だが大勢の予測者の立てた予想は、たった1人の予測より当たっている確率が高い★7。

そうはいっても一匹狼タイプもいるじゃないか、と思うかもしれない。

誰ひとり予想できなかった異例の出来事をぴたりと予見した天才はたしかにいる。

しかし珍しい出来事を1つ当てられた人でも、過去の予測をすべて並べてみると的中率は決して高くない。

要するに、たった1つ最高の予想をしたぐらいでは、予言者とは言えない。

行動科学者のヤルケル・デンレルとクリスティーナ・ファンの研究は、常識的な予想を立てる人ほど予測の精度が高いことを示している。つまりコンセンサスは正しい可能性が高いのだ。

よく考えずに群衆の英知を否定し、一匹狼の言説を信じるのは無分別だ。ただ同調圧力はセレンディピティの芽を摘むこともある。

それが予想外の出来事を無視あるいは軽視する姿勢、権力争いなど不健全な集団力学の原因になるなら、なおさらだ★8。

集団は個人より優れた判断をするという説は、個人の判断から独立性が失われ、互いの影響を強く受けるようになると(企業の役員会はそうなっているケースが多い)成り立たなくなる。

その場合、意思決定の質は独立した個人よりも低くなりがちだ。この群れの心理はセレンディピティを阻害する。

だから多数派の意見を無視することにはリスクがある一方、それに対して常に疑問を抱くことも重要だ。

私たちは「自己規制」をしがちだ。

自分の企画や発見が組織の文脈や既存の常識にそぐわないことを恐れ、意見やアイデアを切り捨てたりしまい込んだりするのだ。

私はコンサルティングの仕事で新しい会社やコミュニティを訪問するときは必ず、「給水機テスト」を行うようにしている。

カフェテリア、キッチン、コーヒーショップ、あるいは実際に給水機が置かれているスペースなど、そこで働く人々が本音で語り合う場所に座り、ノートパソコンを開いて仕事をしているふりをしながら人々の会話に耳を傾けるのだ。

ときにはこんな会話が聞こえてくる。

「リリーはまたあのおかしな企画を持ち出した。会社のやり方がまるでわかっていないよ。これまでずっとこの方法でやってきたのに、なぜ今さら変える必要があるんだ?」。

しばらく会話を聞いていると、たいてい1つのパターンが浮かび上がってくる。従業員が組織内で起きた問題行動について噂をするのだ。

このような組織風土の下では、新たなアイデアや意見を述べるのは難しい。次に噂のネタになるのは自分かもしれないからだ。

私たちは意見やアイデアを周囲と共有する場合でも、それが思いがけないところからもたらされた事実を打ち明けるのは躊躇する。

重要な発見はたいてい、初めから目的を持って合理的に導き出されたものに仕立て上げられる。波風を立てたり、厳密な立証プロセスを経ていないなどと批判を浴びたりするのを防ぐためだ★9。これが事後合理化という次の阻害要因だ。

バイアス3事後合理化:後知恵の功罪

私たちはすでに起きたことに、どのように意味づけするのだろうか。専門家はそのプロセスを「事後合理化」と呼ぶ。事後合理化とは過去に対するとらえ方だ。

その影響とリスクを理解するために、まず未来のとらえ方について考えてみよう。

複雑なシステムの予測は間違っていることが多い。少なくとも細部はたいてい間違っている。ただ優れた予測者は、自らの予測の限界や、予測と結果にどれほど差異があるかをよくわかっている。

たとえば飲料や化粧品などの消費財の販売予測、映画の興行収入や企業の成長率などの予測の誤差率は50~70%に達することも多く、それは予測と実績に数百万ドルの開きがあることを意味する★10。

その原因は明らかだ。システムや状況の多くはあまりに複雑で、細部まで正確にモデル化できないためだ。

さらに厄介なことに、バタフライ効果(小さな変化が時間の経過とともに大きな影響を引き起こすこと)を予測することはおよそ不可能だ。あらゆる計画は実質的に予測である。

それは私たちが行おうとしていること、達成しようとしている目標、結果や行動を示すものだ。

そこに職場の社会的力学、避けられない失敗、予想外の出来事などを加味すれば、最終結果はたいてい予想とかけ離れたものになる★11。

予測と同じように、計画(事業計画など)が成功の要因となることはめったにないことも、研究で明らかになっている。

経営学や経済学の主要な研究では、成功の実に50%は、専門家の言う「説明のつかない分散」に起因することが明らかになっている。

説明のつかない分散とは、経営学や経済学の教科書が従来注目してきた要因では説明できないということだ★12。

これが過去の意味づけ、「事後合理化」とどうかかわってくるのか。

重要なのは、私たちは過去の出来事をストーリーとして組み立てるとき、予測を立てるときと同じ方法を使うことだ。

モデルをつくり、細部や偶然性は無視する。未来の予測を立てるときには、それでも仕方がない。

細部までモデル化することはできないし、そもそも予測不可能な出来事を予見することはできないからだ。

だが過去に対して同じことをする正当な理由があるだろうか。

後知恵バイアスと深い関わり事後合理化は「後知恵バイアス」と密接なかかわりがある。

後知恵バイアスとは、過去の出来事を実際よりも予測可能だったと考える傾向を指す。

過去に起きたランダムな出来事は、今となってはもはや予測不可能ではないため、私たちは過去を語るときにそれを過小評価したり無視したりする。

むしろ後から振り返ると、過去の予測不可能な出来事も必然だったように思えてくる。

そこでその時点では入手不可能だった情報を使い、都合よくすべてを説明できるようなストーリーをつくってしまう。物語のすべての要素は、他の要素とつじつまが合うように結びつけられてしまう★13。

すべてをコントロールしたいという願望から、私たちは世界を実際以上に説明可能と考えがちだ。あらゆるものにパターンを見出そうとする。

あなたは月に人の姿を見たことがあるだろうか。グリルドチーズ・サンドイッチの焼き色に聖母マリアの姿を見出した人もいる。

私たちの脳は刺激(音や画像)に反応し、見慣れたパターンや既知の存在を探し求め、何もないところに何かを見つけたりする。「パレイドリア」と呼ばれる現象だ。

ファンやエアコンのブンブンいう音のなかに何か声が聞こえたような気がする、音楽を逆再生したり通常よりゆっくり再生したら隠れたメッセージが聞こえた、雲の形が動物の顔に見えたなどという人も多い★14。

進化の視点から見れば、これは理にかなっている。

無意識の処理は認知や意思決定のプロセスを速め、敵に優位に立ったり、先制攻撃を仕かけたり、すばやく逃げたりすることを可能にする。

視覚映像については、自分にもそういう傾向があると誰もが思うだろう。だが同じことはもっと深いレベルでも起きている。

これは総称して「アポフェニア」と呼ばれる現象だ。無意味な情報のなかにパターンや関連性などの意味を付与しようとする傾向だ★15。

行動心理学者のB・F・スキナーによる実験は、アポフェニアの非常に興味深い事例を示している。

実験ではおなかをすかせたハトを箱に入れた。それからでたらめな間隔で餌を箱に投入した。当然ハトには餌が投入されるタイミングを予測したり、タイミングに影響を及ぼすことはできなかった。

だがハトはまるで自らにそれが可能であるかのようにふるまい始めた。

何らかの動作(円を描くように歩く、首を傾けるなど)をしているときに餌が投入されると、次のエサが来るまで同じ動作を続けるようになった。

エサが投入されるタイミングはまったくでたらめだったが、ハトはそれをある程度自分がコントロールできる、予想可能な事象であるかのようにふるまったのだ。

これがセレンディピティとどうかかわっているのかというと、何もないところに規則性や関連性を探そうとする傾向は、ランダムな出来事の重要性をわかりにくくする。

こうした傾向が高じて、私たちは裏づけとなるメカニズムもないのに確固たる成功の方程式までつくってしまう。

直線的なストーリーの落とし穴自らの過去からセレンディピティの痕跡を消し去ってしまうと、それが再び起きたときに見つけるのはかなり難しくなる。

セレンディピティは単一の事象ではなくプロセスであり、たいていはインキュベーション(孵化)に長い時間がかかることを考えればなおさらだ。たいていの人はセレンディピティが「始まった」時点までさかのぼって追跡する意欲も能力もない。代わりに目の前の事実に基づいて物事を理解しようとし、一面的なとらえ方しかしない。

あるいは実際に起きたこととはまるで違ったストーリーをつくってしまう。わかりやすいストーリーをつくると未来に向けて力を注ぐべき対象がわかり、建設的な部分もある。

しかし過去から学びたいのであれば、ストーリーは率直なものでなければならない。しっかりと吟味し、再評価に対してオープンでなければならない。

これは組織の運営にもかかわる問題だ。

たとえば経営者は企業にとって重要な出来事や意思決定について語るとき、周囲の期待に応えるため、それがあたかも最初から計画されていたことのように話すことが多い。

それは「今回は運に恵まれた」「実はこれは計画外だった」などと言うと、投資家や従業員に受け入れられないためだと、世界有数の企業のCEOから聞いたことがある。成功したのは他人のおかげ、あるいは偶然であったような印象を与えるからだ。

だからCEO以下の経営陣は「もちろん、これがわが社の目標で、常にその実現を目指してきた」という話し方をする。

理由は「そのほうが受けるからだ。投資家が求めるのはそういうストーリーだ。だから表向きはすべてをコントロールしているかのような話をせざるを得ない。だが10年近くCEOを務めてきたが、常に私が事業をコントロールできているわけではない。言いにくい話だが、すべてが思いどおりというわけではないんだ」。

私たちは常にすべてをコントロールしてきたかのような、直線的なストーリーを語るように習慣づけされている。後から都合の良いように話の筋を修正することもある。

だがそうしたストーリーは事実とは異なるので、ある結果が生じた真の要因を知る機会、さらには将来同じような成果を再びつかむための真の学習の機会も失われてしまう。

脈絡のない逸話が有害無益なのはこのためだ。

たとえば注目の起業家がカンファレンスで披露するキッチンでアイデアを思いついたエピソード、一流のCEOが学生に語る事業を成功に導いた武勇伝などだ。

当人も真実を包み隠さず語っているつもりだが、それぞれがどこまでも固有の文脈や状況で起きたことであり、それは聴衆の直面するものとは明らかに違っているはずだ。

J・K・ローリングが世界で最も成功した作家になるまでのサクセスストーリー(そこからは当初の状況や途中経過の一部がたいてい抜けている)をそのままなぞると、進むべき方向を誤るなど弊害さえ生じかねない。

魅力的なストーリーはそれほど魅力的ではないものと比べて現実に起こる可能性は低いので、むしろ根底にあるパターンを理解することに努力を傾けたほうがいい(本書では体系的パターンとして明らかになったものの裏づけとしてストーリーを使うが、それもパターンが多様な状況で確認され、公式なストーリーよりも現実の経験を反映していると思われた場合に限定する)。

現実は「曲がりくねったストーリー」である現実に物事が起こるパターンとは、どのようなものなのか。

ハーバード大学の「サステナビリティ・リーダーシップのためのエグゼクティブ教育」プログラムの創設者で、私が「リーダーズ・オン・パーパス」でともに活動するリース・シャープは、過去20年にわたる大学での教育・研究活動を通じて、1000個のパーパス・ドリブン(目的に導かれた)なアイデアとその発展を研究してきた。

そこから明らかになったのは、当事者が率直に振り返ると、当初の計画は直線的ストーリーであっても、その実行の過程は「曲がりくねったストーリー」になるということだ。

だがそれを後から語るときには、予想外の要素は起こらなかったかのようなストーリーになる(図4を参照)。私たちは紆余曲折を経て「たまたま」できあがった物語を、「計画的」なものとして語りたがる。

メディア企業ピアソンCEOのジョン・ファロンは、私たちが実施した「リーダーズ・オン・パーパス2018年CEO調査」で、こう的確に指摘している。

「当初の計画や公式なストーリーを見直し、実際に起きたことを反映していくのは、とても心が解放され、学ぶところの多いプロセスだ。難しいが、それが正しいアプローチだ★16」。

これは企業経営だけでなく、他の分野にも当てはまる。たとえば本の執筆だ。

デボラ・レヴィのような熟練の小説家は「本の構想を描いたら、あとはなりゆきに任せる」という★17。筋書きや登場人物のキャラクターが徐々に形をとっていく。つまり計画を立て、後は適応するのだ。その結果、物語は作家自身が驚くような展開を見せることも多い。

しかし(デボラのように)実態を率直に語る作家は少なく、たいていは物語が初めからすべてできあがっていたふりをする。

バイアス4機能的固定化にご用心

セレンディピティに関して言えば、知識や専門能力は両刃の剣だ。

専門知識は脳内できちんと整理され、利用しやすくなっている。

このため特定分野に豊富な知識があれば、他の人が見逃してしまうようなバイソシエーションやつながりに気がつく可能性は高くなる。

一方、専門知識は「機能的固定化」にもつながりやすい。

機能的固定化とは、あるツールを日常的に使う人、あるいはそのツールが特定の方法で使われているのを見慣れている人は、それをまったく別の方法で使うのを想像するのに心理的ブロックがかかりやすいことをいう★18。

「金槌を持っている人にはすべてが釘に見える」という格言のとおりだ。

見慣れたツールをまったく新しい視点で見ようとする心理的機敏さ、あるいはオープンな姿勢は、セレンディピティ・マインドセットを習得するうえで欠かせないものだ。

この能力をわかりやすい形で伝えているのがアクション映画だ。

ジェームズ・ボンド、ララ・クロフト、ジェイソン・ボーンのようなヒーローが、大勢の敵や銃に囲まれるが、機転を利かせて図書館の入館証やヘアカーラーのような身のまわりにあるものを武器にして、敵を退治する場面は誰でも観たことがあるだろう。

もちろんハリウッドでは使い古された手法だが、こんな能力があり、身のまわりのモノだけでなく思考法や問題解決にも応用できたらすばらしいだろう。

特定の問題解決戦略を使い慣れている人は、もっとシンプルな方法が適しているときでも、それを使おうとしない傾向があることが研究で明らかになっている★19。

何かをするとき、なじみがあるからという理由で「わざわざ込み入った方法を採ることがある」という人は多いだろう。

しかしクリエイティビティは身体的および心理的に使い慣れたツールを手放し、まったく新しい方法で取り組まなければならない状況に追い込まれたときに生まれる。

クリエイティビティが最も高まるのは、いつもは使わない問題解決のアプローチを活用したときだ★20。

企業も個人も、自らが習熟し、価値を生み出す源泉となる「コアコンピテンス」に誇りを持つのは当然だ。しかしそれが頑なさにつながらないように注意する必要がある。

ハリウッドのスーパーヒーローを見ればわかるように、機能的固定化を克服する能力は必ずしも先天的なものではない。意識的に実践し、訓練を積めば身につけられる。いつもと違う状況や初めての経験は、訓練の絶好の機会だ。それは認知的柔軟性を高め、機能的固定化を乗り越えるのに役立つ★21。

暗闇夕食会での経験それを実践しているのが、非営利団体「オホス・ケ・シエンテン(スペイン語で「感じる目」の意味)」だ。

メキシコの社会起業家ジーナ・バデノックが創設した団体で、視覚障害者の生活や社会における役割の変革を目指している。

視覚障害者の「できないこと」より「できること」に注目する、というのがそのやり方だ。また健常者にも自らの能力を問い直すきっかけを提供している。それは見る力が制約されたときに、初めて浮かび上がるものだからだ。

オホス・ケ・シエンテンの取り組みで一番有名なのが「暗闇夕食会」だ。読んで字のごとく、真っ暗闇での食事会である。

客は目の見えないウエイターの案内で席に着く。隣にいるのは見ず知らずの相手だ。お互いの顔が見えないため、ふだんの会話とは勝手が違う。

暗闇で一緒に過ごすことで、外見などいつもなら判断材料となる要素抜きに、関係を築いていくことができる。いつもなら目ですることを、耳など他の器官を使ってしなければならない。

表情が手がかりにならないので、相手の声の調子や抑揚にいつも以上に注意を払い、また自分の言いたいことを相手に理解してもらうために、いつも以上に表現に気を配るようになる。

私自身、暗闇夕食会でとても奥深い有意義な会話を幾度も経験してきた。それはこのような状況では意識がすべて会話(と食事)に集中するからだ。

毎年開かれるイマーシブ(没入型)なリーダーシップ会議「パフォーマンス・シアター」で暗闇夕食会が開かれたときには、イブと名乗る男性の隣に座った。

かなり突っ込んだ議論を通じて、当たり前のことから意外なことまで、お互いの人生やモノの考え方に多くの共通点があることがわかった。

明るい場所での当たり前のディナーの席なら、おそらくそんな話にはならなかったと思う。

その後、イブはノーベル平和賞を3度受賞し、世界中で1万5000人のスタッフを抱える赤十字国際委員会(ICRC)の事務局長だとわかった。

お互いの姿を見ていたら、つまり相手が誰だかわかっていたら、これほど短時間にプライベートなつながりを築くことができたとは思えない。もっと直接的な方法もある。

与えられたツールがそもそも何のためにあるのか見当もつかなければ、機能的固定化は起こらない。

特定の解決策、方法、システムが何のためにあるのか知らなければ、先入観を「捨てる」必要もなく、固定化した思考の制約を受けずに自由にイノベーションを生み出すことができる★22。

そしてもちろん、そもそもツールがなければ機能的固定化は起こり得ない。たとえば誰かがあなたに釘を渡し、尖った先端を木片に打ち込むように指示したとする。ふつうの人なら、すぐに金槌を探すだろう。なぜいつもの場所にないんだ、と文句を言いながら。

だが金槌というものを知らず、見たこともなく、誰かがそれを使って釘を打つ場面を見たこともなければどうか。金槌を探すこともなく、釘を打つための道具がないことにすら気づかないはずだ。そして周囲に何か重くて役に立ちそうなモノがないか探すだけだ。

ケニアの「Mペサ」はこうして生まれた複雑なツールが欠如している状況が、変化やイノベーションを加速するケースもある。たとえば途上国のなかには、ATMなど先進国ではどんな辺鄙な村にも当たり前に存在するものが存在しない国もある。

その結果、「あるべき姿」という先入観にとらわれず、新たなテクノロジーやソリューションを先進国よりもずっと早く取り入れることも珍しくない。

あなたが友人から、20ポンド貸してほしいと頼まれたとしよう。

友人のアパートへ向かう道すがら、近所のATMで現金を引き出そうと思ったが、ATMの現金が切れていた、あるいは故障していた、撤去されていたらどうするか。

おそらく頼りにしていたシステムの欠陥に目がいくはずだ。銀行に電話をかけて文句を言うかもしれない。そして銀行側ももっとまともなATMをつくろうとするかもしれない。

だがそもそもATMの近くで暮らしたことのない人なら、あるいはATMなど存在しない国に住んでいたら、ATMに固執しないだろう。

そして「どうすれば友人に20ポンド渡すことができるだろう」という本質的問いと向き合うはずだ。こうして誕生したのが「Mペサ」だ。ケニアで普及している送金システムで、携帯電話を使ったバンキングサービスの成功例だ。

急速な発展を遂げてきたケニアには、信頼性のある全国的なATMネットワークというものが存在したことがない。そこで数百万人の国民に利用され、発展しているのがMペサだ。

ケニアの経済が発達し、成長するのにともない、金融取引をする国民の数は増えていったが、国内のATMネットワークは比較的脆弱で、地方には物理的な銀行の拠点が少ない。

そこでケニアは一気にモバイルバンキングへと移行した。ことモバイルバンキングにかけては、途上国であるケニアは今や先進国とされる国々よりはるかに先を行っている。

産業化の進んだ西洋諸国では、何千台というATMや銀行支店(そしてそれに付随する規制)が存在するという状況が、もっと新しくて有効なバンキング・ソリューションの開発の障害となっているのかもしれない。

ここで言わんとしているのは、モバイルバンキングの普及を加速するためにはATMを撤去して銀行拠点を潰す必要がある、といった話ではない(銀行はまさにそれを目指しているのではないかと思う人もいるかもしれないが)。

もっと広がりのある話だ。

特定の作業には特定のツールを使わなければならないという思い込みを捨てれば、機能的固定化が解消され、まったく違うツールが生まれる余地が出てくる。

頭のなかにたくさんのモデルを持っておく一流のシェフが競い合うネットフリックスの料理番組『ファイナル・テーブル』が、ゴードン・ラムゼイの『ラムゼイのベスト・レストラン』のような従来型のテレビ番組とまったく違う理由もここにある。

後者はリアリティ番組の手法を料理の世界に持ち込んでおり、内容、展開、そして料理そのものも比較的単純だ。

それに対して『ファイナル・テーブル』の原型となった『シェフのテーブル』は、長編映画制作で経験を積んだ人々の考え方や方法論を土台としており、それは番組にはっきり表れている。

番組プロデューサーらはストーリー展開を重視する姿勢を捨てず、ゆっくりじっくりと高解像度の映像をナレーションとともに見せるという思想や手法を取り入れた。

その結果、何の変哲もないキノコが思わずよだれの出てくるような芸術作品になった。

『シェフのテーブル』の制作陣になぜこんな違いが生じたかを尋ねれば、原因は「無知」あるいは経験不足と答えるだろう★23。

つまり機能的固定化に陥っていなかったのだ。金槌がなければ、目に入るものすべてが釘には見えない。特定の心的モデルにとらわれ、何が可能か、どんなことならあり得るのかを自由に考えられなくなるのを避ける1つの方法は、頭のなかにたくさんのモデルを持っておくことだ。

投資会社バークシャー・ハサウェイの副会長として、ウォーレン・バフェットの知的スパーリング・パートナーを務めてきたチャーリー・マンガーは、その明晰さで知られる。

マンガーによると、独立した事実だけを覚えていても、あまり役に立たない。必要なのは、さまざまな事実を結びつけ、そこから意味を見出していく「格子状の思考」だ。

これは「入手可能性ヒューリスティックス」、すなわち自分がすでにわかっていることだけに基づいて問題を解決しようとするのを回避するのに役立つ。

マンガーが指摘するように、私たちの脳の仕組みは精子と卵子のそれに少し似ている。最初に1つアイデアが入ってくると、脳はそれ以外をすべてシャットアウトする。

しかし最初に「これだ!」と思ったものを選ぶ傾向は、判断を誤ったり、疑問を抱かなくなったりする原因になる。だから世界を見るときには、頭のなかに多様な、ときには相矛盾するモデルを持っておくほうがいい、とマンガーは勧める。

自由に使える思考モデルが50個ほどあれば、「世の中をうまくわたっていける」という★24。

多様な(そしてときには相矛盾する)モデルを頭に持っておくという方法は、私がティーンエイジャーの頃から実践してきた方法と重なる部分が多い。

しかもこの弁証法という手法を生み出したのは、私の故郷ハイデルベルク出身のヘーゲルだ。ドイツの哲学者ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルは、弁証法と呼ばれる思考の発展プロセスを考案した。

最初に見解(テーゼ)がある。そこに問題を見つけると、反論として別の見解(アンチテーゼ)が生まれるが、そこにもまた問題が見つかる。ただこの対立する2つの見解が重なったところから、新しい見解(ジンテーゼ)が生まれる。それはテーゼとアンチテーゼそれぞれの最良の部分を融合した、斬新な視点だ。

その後はジンテーゼが新たなテーゼとなり、そこにまた新たなアンチテーゼが生まれ……といった具合にプロセスは続いていく。テーゼに固執し、アンチテーゼを検討することを拒絶すれば、このプロセスは機能しなくなる。

当然ながらジンテーゼができあがるまでの間は、頭のなかに2つの矛盾する見解を抱え、両者は相互に排他的ではないと考えなければならない。

ふつうの人の世界の見方には反するが、私たちの研究では圧倒的成功を収めている人の多くは、常に頭のなかに矛盾する考えを抱いていることがわかっている。思考の枠組みは毒にも薬にもなる。

枠組みがあることで例外に目をつむるようになったり、枠組みから外れるような予想外の事象を軽視あるいは完全に無視するようになったら、セレンディピティの障害となる。

それは行動を制約するような思想信条の形で表れる。一方、思考の枠組みは知識や情報を整理し、理解するのに役立つ面もある。

マッスルメモリー(筋肉の記憶)と同じように、本当に前へ進みたければ捨てなければならない既存の思考パターンというものもある。

重要なのは、私たち1人ひとりが枠組みに振り回されるのではなく、それを使いこなすすべを身につけることだ*。

*機能的固定化とそれに付随する凝り固まった思考を克服するのに役立つ方法はたくさんあり、本書の後半で詳しく述べる。

その多くは視点を変えるといったシンプルなものだ。

ロシア・フォルマリズムの中核的思想は、当たり前と思っている日常のささやかなことに改めて意識を向けるということだ。たとえばトルストイはその手法をさまざまな作品に用いている。『ある馬の物語』では馬を語り手にすることで、世界を馬の視点から見ている(Crawford,1984;Shklovsky,2016)。

ウズベキスタンの発明家、ゲンリッヒ・アルトシュラーが開発したツールキット「TRIZ(トリーズ)」も、視点を変えるためのツールだ。

数えきれないほどの過去の発明、アイデア、ブレークスルーの研究を基にしたTRIZの核となる考えは、問題やソリューションの基本パターンは、科学分野や産業の垣根を越えて繰り返し出現するというものだ。

問題が解決不可能に思える原因は、たいていシステムの一部に手を加えると、別の部分に問題が生じるためだ。どのレバーを引いても問題は解決しない、あるいは別の問題に置き換わるだけのように思える。

TRIZは問題解決を目指す人に、それまで考えてもみなかったようなさまざまな可能性、すなわち既存のレバーを引くのとは異なるソリューションを体系的に「試してみる」ためのシステムを提供する。

要するに、システムに対する既存の知識によって見えなくなっていた、あるいは想像することができなかった方法や可能性を検討するよう仕向けるのだ。

私自身の人生の「当たり前」を改めて考える私にとって本書の執筆は、自分自身の機能的固定化について、すなわち自分の人生における「当たり前」を改めて考えるきっかけとなった。

執筆を開始して間もない頃、かつての恋人とコーヒーを飲む機会があった。私は編集者とのミーティングを終えたばかりで、本書に私自身の経験をもう少し盛り込んだほうがいいとアドバイスを受けていた。

そこで私は元恋人のソフィーに、セレンディピティから生まれたすてきなラブストーリーを知らないかと聞いてみた。「私たちの関係がまさにそうでしょ!」とソフィーは声をあげた。私は笑って「でももう別れたじゃないか」と答えた。

だがソフィーの説明を聞いて、恋愛の「ハッピーエンド」、さらには成功の定義についての私の考えは変わった。ソフィーはもともと自分のことを、外向的に見えるが実は内向的な人間だと思っていたという。

プライベートでは積極的にリスクをとるものの、仕事においてはできるだけリスクを避けようとする傾向があった。

勉強やキャリアの選択肢を広げようとロンドンにやってきたものの、当初は途方に暮れ、なぜこんなところに来てしまったのかと疑問を抱く日々を送っていた。

大学院が始まる前に生活基盤を整えようと早めにロンドン入りしたが、その時点ではまだ希望するグローバル・メンタルヘルスの理学修士コースに応募さえしていなかった。

出願手続きはロンドンに着いた後で行ったほうが良いとアドバイスされていたからだ。そんなある日、いつも以上に迷いを抱えたまま、ソフィーはスターバックスに仕事の面接を受けに行った。

そこで出会ったのが「その後1年以上交際することになるボーイフレンド(つまり私)で、そのおかげで社会起業家というまったく新しい世界を知ることができた」。

結局ソフィーと私は恋人より友達でいるほうがいいという結論を出した。

でもあの日あのスターバックスに行っていなければ、自分の人生はまったく違うものになっていたと思う、とソフィーは語った。

この点についても、ソフィーは私自身の考えを新たな視点で見直す機会を与えてくれた。

あなたが私を、社会問題に関心と情熱のある人たちが集まる「ザ・ハブ(ロンドンのコワーキングスペース)」に連れていってくれた。

そこで自分は起業家ではないけれど、起業家精神はあると気づいた。

そして個人としてリスクをとること、情熱や夢のために安定や安心を犠牲にできる人たちとつき合うようになった。

あの日、あなたと出会うというセレンディピティがなかったら、私がこのコミュニティを知ることはなかった。

このコワーキングスペースでソフィーは新たな仕事を見つけ、新たなパートナーとも出会った。

揺るぎない自信を与えてくれたこのパートナーとはその後別れてしまったものの、今でも彼女の人生において一番大切な人の1人だという。

ソフィーにとって私との出会いはたくさんの幸運な出会いのきっかけとなったが、それ以上に重要なのは、新たなコミュニティを知ることで、30歳までに身を固めなければいけないといった社会規範から自由になれたことだ。

今は魅力的な人々と日々成長する機会に恵まれた人生を送っている実感があるという。

「あの日あなたとスターバックスで出会わなかったら、私の人生は今どうなっていたかはわからない。

でも恋人同士が別れてしまっても、ハッピーエンドのラブストーリーになることはあるのよ」。

この言葉を聞いて、私が本当に嬉しかったのは言うまでもない。自分には先入観はないと思っていたが、内なる偏見についてこれまで以上に深く考えるようになった。

そしてソフィーとの偶然の出会いによって私の人生の方向性も大きく変わったことに気づき、感謝するようになった。

カオスや運と違い、セレンディピティには独自の形式や構造がある

ここに挙げたようなバイアスや先入観を完全に排除するのは難しい。またそれらが存在するのには、もっともな理由もある。

ただ完全な排除はできないにしても、その影響を和らげ、別の考えを受け入れる余地を意識的に生み出す努力はできる。

内なるバイアスに抗い、慣れ親しんだモデルやツールにとらわれないようにするというのは、すべてをカオスと運に任せるということではない。

単純なストーリーや誤ったパターンにとらわれず、人やアイデアが本当はどのようなプロセスを経て発達してきたか(またその根底にある真のパターンとはどのようなものか)をしっかり吟味すれば、セレンディピティが非常に大きな役割を果たしていることがわかるはずだ。

それ以上に重要なのは、セレンディピティはカオスや純粋な運とはまったく異なり、独自の形式や構造があるということだ。それは私たちが影響を及ぼすことのできるプロセスなのだ。

私や同僚の研究や経験、それを化学、図書館学、神経科学、社会学、心理学、科学哲学、経済学、経営科学、さらには芸術分野の知見と組み合わせると、セレンディピティが生まれる背景には、いくつか明確なパターンがあることがはっきりしてくる。

次章からはこうした現実のパターンを掘り下げ、セレンディピティ・マインドセットが人生や企業経営に役立つ思考法であることを見ていこう。

運をふりかかるものと考えるのをやめ、自分や周囲のスマートラックを積極的に生み出す主体となるにはこのプロセスが不可欠だ。

まとめ

本章では予想外の要因を過小評価する、起きた事象を事後合理化するなど、セレンディピティを阻害する可能性のある主要なバイアスを見てきた。

こうしたバイアスは、予想外を意識的に見ようとすること、意思決定が実際にどのように行われるかをとらえ、正当に評価すること、そして脳内のツールボックスに新たなツールを追加することによって克服できるかもしれない。

内なるバイアスや先入観を抱えて生きていることを自覚し、うまくコントロールすることが、そのための地ならしをする。

次のステップは、オープンな思考とはどのようなものかを理解することだ。

ただその前に、脳内のガラクタを片づけ、バイアスを克服し、セレンディピティ筋肉を鍛えるための簡単なエクササイズを見ていこう★25。

【セレンディピティ・ワークアウト脳内のガラクタを片づける】

まずセレンディピティ日記をつけるところから始めてほしい。そこには以下に挙げるものをはじめ、本章を通じて紹介するさまざまなワークアウトについて考えたことを記録する。

1ここ6カ月のあなたの人生をじっくり振り返ってみよう。その間に経験した最も重要な3つのセレンディピティは何か。3つの共通点は何か。そこから学べることは何かあるか。

2あなたが経験した幸運な出会いやそれに付随するアイデアで、ワクワクしたもののその後フォローアップしなかったものを書き出してみよう(時間がかかるかもしれないが、焦る必要はない)。

リストを作成したら、信頼できる知り合いに「フィルター」役を果たしてもらい、さらに深く追求すべき項目を一緒に選ぼう。

お気に入りを選び、一晩時間を置く。朝起きてもまだそのアイデアのことを考えるとワクワクするようなら、その分野のキーパーソンと連絡をとり、アイデアを実現する方法を議論しよう。

怖気づいてはいけない。きっと良い結果につながる。

3毎日のルーチンとなっている活動を振り返ってみよう。特に重要なのが会議だ。本当に必要なものはどれか。今かけているほどの時間を、本当にかけるべきだろうか。あなたに権限があるなら、会議のあり方を変えられるだろうか。

4あなたが下した重要な判断を詳しく見ていこう。その判断に至った理由、その時点で持っていた関連情報は何か。

「どのような前提や認識に基づいてこの判断を下したのか」「どんな要因があれば、判断は変わってくるか」と自問し、答えを書き留める。

自分の判断に後悔が生じるたびに、あるいは本当は最初から何か別の事実を知っていたと(後から)思うことがあれば、ノートを読み返してみよう。

セレンディピティを呼び込むコツ誰かにアドバイスを与えるときは、自分にとってうまくいった方法を伝えようとするのはやめよう。

2人の置かれた状況がまったく同じということはあり得ないからだ。

代わりにアドバイスを求めてきた人に「あなたは直感的にどう思っている?」あるいは「あなたの問題を解決するには何が必要?」と尋ねてみよう。

あなたが与えられる最高のアドバイスはたいてい、相手の心のなかやその置かれた状況にすでに存在している。

誰かから2つの選択肢がある話を聞いたとき、あるいはあなた自身がそんな話をするときは、こう自問してみよう。

「もう一方の選択肢を選んでいたら、どうなっていただろう」「同じ選択肢でも、その後採った行動が違っていたらどうだろう」と。

異なるシナリオを考えてみることは、実際の状況や、それがどれくらい起こりやすいことだったか、あるいは起こりにくいことだったか判断するのに役立つ。

重要な結果については、「どうしてこうなったのか」と自問しよう。

メールなどの記録を読み返し、関係者の考えも踏まえて本当のストーリーを再構成してみよう。

そこから何を学べるだろうか。特定のトリガーポイントがあったのだろうか。縁の下の力持ち的な誰かが、点と点をつないでくれたのだろうか★26。

★1BorjaandHaigh,2007;McKinney,1966.誕生日のパラドクスを私に教え、その後演習に使う際のパートナーとなってくれたマッタン・グリフェルに感謝している。

★2PinaeCunhaetal.,2010.私たちは大きな、驚くべき偶然に注目する傾向があるため、ささやかな偶然も見逃しがちだ。

★3Wiseman,2003.★4セレンディピティの逸失に関する研究は以下を参照。

BarberandFox,1958;NapierandVuong,2013.これと関連する概念として「社会的失敗」(Piskorski,2011)がある。

これは起きていれば当事者にとってメリットがあったが、実際には起こらなかった社会的相互作用を指す。

★5NapierandVuong,2013.★6Katzetal.,2017.★7Surowiecki,2004.★8Denrelletal.,2003.★9Busch,2019;Sharp,2019.★10Coad,2009;Fildesetal.,2009;Geroski,2005.★11Cohenetal.,1972;Hannanetal.,2003;Herndonetal.,2014.(株式市場の暴落を予想するなど)一度か二度「幸運な選択」をしたという魅力的エピソードの持ち主というのは、たいてい同じような優れた選択をする能力が驚くほど低い。

つまり「まったくの運」に恵まれただけであることが多い。

それがスキルと誤解され、トップの成績を得た者は、長期的に凡庸な成績に落ち着いていく。

ただ短期的には、まったくの運に恵まれた者はそれを能力であるかのようにアピールすることで、追加的報酬を要求することができる(Denrelletal.,2019)。

★12LiuanddeRond,2014;McGahanandPorter,2002;Rumelt,1991.以下も参照。

Denrell,2003;Denrelletal.,2015;Hendersonetal.,2012.★13RoeseandVohs,2012;Sharp,2019.★14Hadjikhanietal.,2009;Jaekel,2018;Sagan,1995;Svoboda,2007;Vossetal.,2012.サンドイッチに現れた聖母像については以下を参照。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/americas/4034787.stm.★15Conrad,1958;Mishara,2010.これと関連する概念が「パタニシティ」と呼ばれるもので、無意味な雑音のなかに意味のあるパターンを見出す傾向を指す。

それと反対の概念が「ランドマニア」で、これはデータやパターンと関連性がありそうな事象を偶然の結果とみなすことを指す。

予知夢などの興味深い現象もここに含まれる。

★16リース・シャープの「アイデアフロー」の概要は以下で確認できる。

www.flowleadership.com.以下も参照。

Gyori,GyoriandKazakova,2019.★17LSEbookreading(2019)byDeborahLevy.★18AdamsonandTaylor,1954;Duncker,1945.★19AllenandMarquis,1964;ArnonandKreitler,1984.★20Daneetal.,2011.以下も参照。

ArnonandKreitler,1984.★21Ritteretal.,2012.★22D’SouzaandRenner,2016.以下も参照。

GermanandBarrett,2005;GermanandDefeyter,2000.★23Marsh,2019.★24さまざまなモデルは以下を参照。

https://fs.blog/mentalmodels/★25以下の文献も本章の参考にした。

Asch,1951;Kirzner,1979;Lorenzetal.,2011;MertonandBarber,2004;PinaeCunhaetal.,2010;Schon,1983;Spradlin,2012;VonHippelandvonKrogh,2016.★26レイ・バックマンの提案に感謝している。

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