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第1部 「コンバージェンス」の破壊力

2030年:すべてが「加速」する世界に備えよピーター・ディアマンディス[著]スティーブン・コトラー[著]土方奈美[訳]

目次はじめに第1部「コンバージェンス」の破壊力THEPOWEROFCONVERGENCE第1章「コンバージェンス」の時代がやってくる「空飛ぶ車」は現実になるテクノロジーが「融合」しつつある空飛ぶ車の三つの条件──「安全性」「騒音」「価格」「ローカルでリニアな時代」は終わる自動運転車のポイントは「データ」イーロン・マスクの怒りが生んだ「ハイパーループ」マスク、トンネルを掘るロサンゼルスからシドニーまで30分なぜヒトは未来を見通すのが苦手なのかあと10年で世界は激変するアバターとロボットの時代がくる2028年の朝第2章エクスポネンシャル・テクノロジーPart1量子コンピューティングと「ムーアの法則」の終わりエクスポネンシャル・テクノロジーの六つのステージ進化する人工知能「見る」「聞く」「読む」「書く」「知識の統合」『アイアンマン』のAIは実現まであと1歩ネットワーク5G、気球、衛星/センサー福島原発事故以降のロボティクス革命ロボットはいたるところに第3章エクスポネンシャル・テクノロジーPart2仮想現実拡張現実3Dプリンティングブロックチェーン「材料科学」とナノテクノロジーバイオテクノロジーCRISPR「パーソナライズされた医療」の時代がくる第4章加速が「加速」する加速を「加速」させる七つの力推進力1時間の節約推進力2潤沢な資金テクノロジーが資金を生む/新規仮想通貨公開(ICO)/ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)/孫正義のビジョンファンド推進力3非収益化推進力4「天才」の発掘しやすさ「脳」はここまで開発できる推進力5潤沢なコミュニケーション推進力6新たなビジネスモデル推進力7寿命を延ばすジョブズがあと30年生きていたら/平均寿命は「100歳」を超える/三つのアプローチ/青春の泉第2部すべてが生まれ変わる

THEREBIRTHOFEVERYTHING第5章買い物の未来シアーズの成功と没落ウォルマート、そしてアマゾンeコマース革命は始まったばかりだAIが小売業と「買い物体験」を根底から変えるレジ係が消える2026年のショッピング小売業はロボットなしには回らなくなる3Dプリンティングが小売業にもたらす「四つの変化」小売業の最後の望みは「体験」ショッピングモールはもういらない2029年のショッピング第6章広告の未来SNSマーケティングは終わる空間的ウェブの時代がくる未来のアップルストアハイパー・パーソナリゼーションの不気味な力「声」のコピーが可能になる「ディープフェイク」の進化さらば広告、ようこそJARVIS第7章エンターテインメントの未来ネットフリックスのコンバージェンスとは「誰が」「何を」「どこで」ユーチューブとスーパークリエイターの登場AIクリエイターパッシブメディアからアクティブメディアへディープフェイクとリアル・フェイク「ホロデッキ」が現実に「没入」の未来パーソナライズの未来2028年の夜/感情コンピューティングスクリーンのない世界へARの巨大市場が出現するブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)第8章教育の未来「画一的教育」は終わる年10億人の「アンドロイド教師」が生まれる2030年の社会科見学2030年の学校第9章医療の未来娘の難病に挑んだ起業家人体の部品交換テック企業が続々参入モバイルヘルスの時代がくるグーグル、けさの健康状態はどう?遺伝情報を読み、書き、編集するCRISPR×従来型遺伝子治療で1万6000の病を治すロボット外科手術の未来AI×3Dプリンティング×ロボットの医療がくる細胞医療新薬開発の未来第10章寿命延長の未来「老化」は克服できる寿命脱出速度ベゾスやティールも出資するアンチエイジング薬学カギは「血液」

第11章保険・金融・不動産の未来未来社会を俯瞰するコーヒー、リスク、保険の起源自動者保険は終わる「保険」の前提が根っこから崩れるクラウド保険の登場「予測と予防」の時代になる金融グッドマネー送金システムを変えた「エムペサ」ブロックチェーンAIの侵攻クラウド融資/投資/キャッシュレスの未来不動産VRとAIで家を買う「立地」という概念が変わる水上都市第12章食料の未来2030年のキッチン食料のムダをなくす食料流通の全ステップが変わる生産量/腐らない/垂直農法牧畜業のムダをなくすバイオテックとアグリテックが融合しはじめた第3部加速する未来THEFASTERFUTURE第13章脅威と解決策五つのリスク水危機楽観主義者から見た気候変動発電を変える風力1セント時代/太陽光/コストが劇的に下がる/「タダの資源」をここまで生かせる蓄電を変えるテスラのギガファクトリー/フロー電池/次世代の蓄電加速するEV開発生物多様性と「生態系サービス」ようやくイノベーションが追いついた「自動化」によってはるかに多くの「雇用」が生まれるエクスポネンシャル・テクノロジーは雇用にプラステクノロジーは人類をおびやかすか視野──思考のタイムスパンをのばす/予防──先回り対策を打つ/統治──政府をデジタル化する未来を楽観できる三つの理由第14章五つの大移動がはじまる世界は「人の移動」で進歩する「移民」こそイノベーションの原動力である移民は圧倒的な雇用を生み出すこれからの100年を予測する気候変動による7億人の移住2050年、世界人口の66〜75%が都市に住むバーチャル世界への移住「没入感」が人々をバーチャルの虜にする/VRのカギは「フロー状態」宇宙への移住競争がはじまるジェフ・ベゾス/イーロン・マスク/必要なモノはすべて宇宙にあるブレイン・コンピュータ・インターフェースという革命あらゆるテクノロジーの究極の交錯点「個人の意識」はクラウドに移行する100年で生物の限界を超える「メタ知能」が生まれる最後に

おわりに謝辞解説「日本人が今、本書から学ぶべきこと」(山本康正・DNXベンチャーズインダストリーパートナー)原注

はじめに

本書の概要をざっくり説明しておこう。

進化するテクノロジー(たとえば人工知能、AI)が、同じく進化する別のテクノロジー(たとえば拡張現実、AR)と合わさったとき、何が起こるのか。

もちろんAIもARもそれぞれが強力なテクノロジーだ。

だが今、小売り、広告、娯楽、教育をはじめ多くの産業に破壊的変化が起きていて、しかもこれからさらに大きな変化が起ころうとしているのは、両者の「コンバージェンス(融合)」の結果である。

これから見ていくとおり、このようなコンバージェンスが加速度的に起きている。

それが世界の変化のスピードと規模を一気に高めてきた。

だから声を大にして言いたい。

「シートベルトを締めて。

相当荒っぽいドライブになるぞ」と。

本書のアイデアは、私たち著者二人が身をもってこのドライブを経験するなかで生まれた。

それぞれの事業とそれを取り巻く世界の変化は、明らかに加速している。

おっと、私たちの自己紹介をしなければならない。

ピーター・ディアマンディスは長寿・医療分野で、一番新しい、自身にとって22番目となるスタートアップ企業を立ち上げている。

それ以外にもシンギュラリティ大学、Xプライズ財団、ボールド・キャピタル・パートナーズなどの団体のリーダーとして目まぐるしい日々を送るなか、異分野のテクノロジーどうしのコンバージェンスを肌で感じている。

スティーブン・コトラーはジャーナリストとして活動するかたわら(本書はテクノロジー分野で6作目の著書)、フロー・リサーチ・コレクティブの創設者兼エグゼクティブ・ディレクターの顔も持ち、その両方で変化の加速を実感している。

フロー・リサーチ・コレクティブは「フロー状態」と呼ばれるピーク・パフォーマンスの研究およびトレーニングを専門としている。

これはまさに変化の加速する世界で、私たち生身の人間が成功するのに不可欠な心理学的ツールだ。

本書執筆のプロセスも、荒っぽいドライブそのものだった。

ここには時代の先端を行く研究者たちと、彼らの研究成果から生まれた会社がいくつも登場する。

しかし変化のスピードについていくのは容易ではなかった。

執筆を開始した2018年初頭には最先端だった会社が、脱稿した時点では他の会社に敗れていたケースも珍しくなかった。

要は、ここに登場するプレーヤーはみな重要ではあるが、名前は変わっているかもしれない、ということだ。

本書の中核を成すのはコンバージェンスという包括的トレンドであり、それが企業、産業、そして私たちの人生にもたらす大きな変化だ。

これからの10年が劇的なブレークスルーと世界を一変させるようなサプライズに満ちたものになるのはまちがいない。

各章で明らかにしていくとおり、地球上の主要産業が一つ残らず、まったく新しい姿に生まれ変わろうとしている。

起業家、イノベーター、リーダー、そして機敏さと冒険心を持ち合わせたあらゆる人にとって、とほうもない機会が待ち受けている。

私たちの想像を超えて加速する未来、かつてないほどの勢いで空想が現実化する世界が到来する。

とんでもない時代へ、ようこそ。

ではドライブをはじめよう。

THEPOWEROFCONVERGENCE第1部「コンバージェンス」の破壊力

第1章「コンバージェンス」の時代がやってくる「空飛ぶ車」は現実になる

スカーボール・センターはロサンゼルスの北端、高速道路405号線を降りたところにある。

サンタモニカ山脈の稜線に建てられたこの施設からは、360度の絶景がのぞめる。

しかし眼下の高速道路だけは別だ。

いつ見ても、何キロメートルにも及ぶ渋滞が続いている。

当然といえば当然だ。

2018年、ロサンゼルスは「世界で最も渋滞のひどい大都市」というありがたくない称号を6年連続で受け取った1。

ドライバーは年平均2週間半を渋滞にハマって過ごす。

だが汚名返上の日は近づいているのかもしれない。

2018年5月、スカーボール・センターは「ウーバー・エレベート」の晴れ舞台となった2。

渋滞問題を大胆な方法で解決しようとするウーバーが、「空飛ぶ車」をテーマにした2回目の年次会議をここで開催したのだ。

センター内部の巨大スクリーンには、星空の映像が映し出された。

それがゆっくりフェードアウトすると、雲の浮かぶ青空に変わった。

青空の下にはさまざまな業界からパワーエリートが集結し、立錐の余地もなかった。

企業経営者、起業家、建築家、デザイナー、科学技術の専門家、ベンチャーキャピタリスト、政府関係者、不動産業界の重鎮など、ウォール街風のスマートなスーツ姿や万年カジュアル・フライデー姿の1000人近くが集まり、新たな産業の誕生を見守った。

会議のキックオフに登壇したのは、ウーバーの最高製品責任者(CPO、当時)のジェフ・ホールデンだ。

茶色の短髪に「ウーバー・エア」のロゴ入りのグレーのポロシャツを着た若々しい雰囲気は、背負った重責におよそそぐわないものだった。

このイベント、というよりウーバーの活動領域を地上から空へと移そうとするビジョンそのものの生みの親がホールデンだ。

生半可なビジョンではない。

「われわれはとんでもない交通渋滞を生活の一部として受け入れるようになりました3。

世界で最も渋滞のひどい25都市のうち、10都市がアメリカにあります。

それによる逸失所得や生産性のロスは3000億ドル近い。

ウーバーのミッションはアーバン・モビリティの問題を解決することです。

われわれの目標は世界にまったく新しい交通手段を生み出すこと。

具体的には都市型航空、私好みに言わせていただければ『空のライドシェア』です」とホールデンは語った*。

空のライドシェアと言うと出来の悪いSFのようだが、ホールデンには破壊的イノベーションを起こしてきた確かな実績がある。

1990年代末にはジェフ・ベゾスの後を追ってニューヨークからシアトルに移り、草創期のアマゾンの社員となった4。

そこでは一定の年会費を支払った顧客に注文から2日で無料配送をするという、当時としてはとんでもないアイデアの実行責任者となった。

それでアマゾンはつぶれると思った人は多かったが、結局アマゾン・プライムは誕生し、現在プライムメンバーは1億人に達した5。

かつてのとんでもないアイデアは、会社の利益の相当部分を稼ぎ出すようになった。

続いてホールデンはグルーポンに移った。

今となっては同社が破壊的ベンチャーであったことを記憶している人はほとんどいないが、当時は「パワー・トゥ・ザ・ピープル(民衆に力を)」を標榜するインターネット企業のはしりだった。

その次に入社したのがウーバーで、会社がさまざまな問題に直面するなか、ホールデンは見込みがないと思われた事業をいくつも成功させてきた6。

ウーバープール、ウーバーイーツ、そして一番新しいところでは自動運転車プログラムだ。

だからホールデンが「空飛ぶウーバー」というさらにとんでもないプロダクトを提案したとき、経営陣が真剣に受け止めたのも当然だろう。

それだけの理由もあった。

ウーバー・エレベートの2回目の年次会議のテーマは、空飛ぶ車ではなかった。

車そのものはすでにできていたからだ。

今回のテーマはスケール化(規模拡大)の道筋だった。

しかもその道筋は大方の予想よりはるかに短いものになりそうだった。

それこそが決定的なポイントだ。

2019年半ばまでに、少なくとも25社の空飛ぶ車の開発会社に10億ドル以上が投資されていた7。

テスト飛行中の車両が1ダースほどあり、パワーポイント段階からプロトタイプ(試作品)段階まで、開発の異なるステージにあるものもまた1ダースほどある。

形や大きさはさまざまだ。

巨大なファンの上に据えられたオートバイタイプのもの、四つの回転翼を持つドローンを人間が乗れる大きさにしたもの、スペースポッド型の小型飛行機などだ。

グーグルの親会社であるアルファベットの共同創業者兼CEOのラリー・ペイジは、いちはやくその可能性に気づいた一人で、ジーエアロ、オープナー、キティホークの3社には個人として出資している8。

ボーイング、エアバス、エンブラエル、ベル・ヘリコプター(現在はベルに社名変更している。

ヘリコプターそのものが消える未来を見越した改名だろう)など既存の有力企業も参戦した。

こうして史上初めて、空飛ぶ車は単なる可能性ではなくなった。

空飛ぶ車はいまや現実になったのだ。

「ウーバーの目標は、2020年には空飛ぶ車の性能を世に知らしめ、2023年にはダラスとロサンゼルスで空のライドシェアを完全に事業化することです」と壇上のホールデンは説明した。

そしてさらにこう付け加えた。

「最終的にわれわれは、車を保有し、使用することを経済的に見合わない行為にしたいと考えています」経済的に見合わないとはどういうことか?数字で見ていこう。

今日、車を所有することの限界費用(単なる車の購入費だけでなく、ガソリン、修理、保険、駐車場などの費用をすべて含む費用)は1旅客マイル(約1・6キロメートル)あたり59セントだ9。

これをヘリコプターと比較すると(ヘリコプターには費用以外の問題もたくさんあるが)、1マイルあたりのコストは8・93ドルだ10。

ホールデンによると、2020年の事業開始までに、ウーバー・エアは1マイルあたりのコストを5・73ドルに抑え、そこから急速に引き下げて1・84ドルまで持っていきたいと考えている11。

しかし市場を一変させる「ゲームチェンジャー」となるのは、その長期目標だ。

ウーバーはいずれ1マイルあたりのコストを44セント、すなわち自動車のコストより安くしようともくろんでいる。

しかもこの1マイルには、たくさんの要素が含まれている。

ウーバーが特に関心を持っているのが「電動垂直離着陸機」、略して「eVTOL(イーブトール)」だ。

eVTOLを開発する企業は山ほどあるが、ウーバーの仕様はかなり細かい12。

空のライドシェア事業に採用されるためには、パイロット1人と乗客4人を収容し、時速約240キロ以上で3時間連続走行可能、という条件を満たさなければならない。

ウーバーは最短サービス距離として約40キロを想定しているが、仕様を満たした車両ならサンディエゴの北端からサンフランシスコの南の端までひと息に飛べる。

ウーバーはすでにこの仕様を満たすeVTOLの開発を約束したパートナーを5社確保しており、さらに5~10社と契約する見込みだ。

だが空飛ぶ車があるだけでは、自動車の保有が経済的に見合わない行為にはならない。

ウーバーは多数の空飛ぶ車両を調整するための航空交通管制システムを開発するため、米航空宇宙局(NASA)や連邦航空局(FAA)とも手を組んでいる。

乗客が乗降し、車両が離着陸をするための「メガ・スカイポート」を大量に設計するため、建築家、デザイナー、不動産開発会社とも提携している13。

車両と同じように、スカイポートもウーバーは所有するつもりはなく、リースしたいと考えている。

スカイポートについてもかなり細かい仕様がある。

ウーバー対応のメガ・スカイポートは、7~15分で車両を充電し、毎時1000回の離着陸(乗客4000人)を処理し、約1万2000平方メートルの敷地に収まらなくて

はいけない。

このサイズなら古い駐車場ビルや高層ビルの屋上に設置できる。

こうした要素をすべて組み合わせれば、2027年ごろには今ウーバーを呼ぶのと同じくらい簡単に、空のライドシェアをオーダーできるようになるはずだ。

そして2030年には都市型航空は二つの地点間を移動する主要な交通手段となっている可能性がある。

ただ、こうした話を聞いていると、根本的な問いが浮かんでくる。

「なぜ今なのか?」と。

なぜ2018年の晩春に、空飛ぶ車がいきなり表舞台に登場したのか。

SFのなかでもとりわけ年季の入った空想が、歴史上の今このタイミングで現実となったのはどういうわけなのか?私たちは1000年ものあいだ、映画『ブレードランナー』に登場した空飛ぶ車や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンを待ちわびてきた。

空を飛べる車という発想は、11世紀の古代インドの叙事詩『ラーマーヤナ』に出てくる「空飛ぶ戦車」までさかのぼる14。

内燃エンジンを積んだ現代版が登場してからも相当な時間が経っている15。

1917年のカーチス・エアロプレーン、1937年のアローバイル、1946年のエアフィビアンなど挙げていけばキリがない。

アメリカでは100件以上の「路面走行可能な航空機」の特許が申請されている。

なかには実際に空を飛んだものもあるが、ほとんどは飛ばなかった。

空飛ぶ車がなかなか登場しないことへのいらだちは、それ自体がミームとなった。

20世紀末、IBMの有名なコマーシャルはこう問いかけた。

「もう2000年だけど、空飛ぶ車はどうなった?空飛ぶ車ができるって話だったのに、一つも飛んでないぞ。

どういうこと?」。

2011年、投資家のピーター・ティールは『そういえば、あの「未来」はどうなった?』と題したマニフェストで、同じ疑問を投げかけている。

「空飛ぶ車を期待していたのに、結局手に入ったのは140文字でつぶやく自由だ」だが、すでにみなさんもお気づきのように、待ちわびる日々は終わった。

空飛ぶ車は現実となった。

そしてインフラも急速にできあがりつつある。

私たちがカフェラテを飲み、インスタグラムをチェックしているあいだに、サイエンス・フィクションはサイエンス・ファクトになった。

そこで最初の問いに戻る──「なぜ今なのか?」答えをひとことで言えば「コンバージェンス(融合)」だ。

*本文中や巻末注で特にことわりのないかぎり、本文中の引用はすべて著者による発言者へのインタビュー、あるいはこのケースのように著者が出席したイベントで直接聞いた発言であるテクノロジーが「融合」しつつあるコンバージェンスを理解するには、基本から始めるのがいい。

テクノロジーのなかには、一定間隔で性能が倍増していく一方、価格は下落していくものがある。

その最たる例がムーアの法則だ16。

1965年、インテル創業者のゴードン・ムーアは、集積回路上のトランジスタの数が18カ月ごとに倍増していることに気づいた。

つまりコンピュータのコストは変わらないのに、性能は1年半ごとに倍増していた。

ムーアは心底仰天した。

そしてこのトレンドはあと数年、ことによると5年、場合によっては10年は続くのではないか、と予想した。

実際には、20年、40年と続き、60年になろうとしている。

あなたのポケットに入っているスマートフォンが、1970年代のスーパーコンピュータと比べて大きさは1万分の1、価格も1000分の1、性能は100万倍になったのは、ムーアの法則のためだ。

しかもそのスピードは衰えていない。

ムーアの法則は死が近いと言われるが(この点については次章で詳しく述べる)、2023年には1000ドルクラスのふつうのノートパソコンが、人間の脳と同じレベルのコンピューティング能力(1秒あたり約10の16乗サイクル)を持つようになる17。

その25年後には、同じクラスのノートパソコンが地球上の全人類の脳を合わせたのと同じ能力を持つようになる。

それ以上に重要なのは、このペースで進歩しているのは集積回路だけではないということだ。

グーグルのエンジニアリング担当ディレクターで、ピーターとともにシンギュラリティ大学を創設したレイ・カーツワイルは1990年代に、あるテクノロジーがデジタル化されると、つまり「1」と「0」のコンピュータコードとしてプログラム化されると、とたんにムーアの法則にのっとって「エクスポネンシャル(指数関数的)な」加速が始まることを発見した。

簡単に言えば、われわれは新しいコンピュータを使って、さらに高速な新しいコンピュータを開発する。

それによって正のフィードバック・ループが生まれ、加速のペースが一段と加速するというわけだ。

カーツワイルはこれを「収穫加速の法則」と呼んだ18。

今このペースで加速しているテクノロジーのなかには、人類が創造したなかで最も強力なイノベーションがいくつもある。

量子コンピュータ、人工知能(AI)、ロボティクス、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、材料科学、ネットワーク、センサー、3Dプリンティング、拡張現実(AR)、仮想現実(バーチャルリアリティ、VR)、ブロックチェーンなどだ。

ただ、ここに挙げたイノベーションはいずれもとんでもないものに思えるが、すでに旧聞に属する。

それ以上に注目すべきなのは、これまでバラバラに存在していた「エクスポネンシャル・テクノロジー」の波が融合しつつあるという事実だ。

たとえば医薬品開発が加速しているのは、バイオテクノロジーがエクスポネンシャルなスピードで進化しているためだけではない。

AI、量子コンピューティングなどいくつものエクスポネンシャル・テクノロジーがこの分野で融合しつつあるためだ。

言葉を換えれば、いくつもの波が重なり合い、積み重なり、津波サイズに成長して、行く手にあるものをなぎ倒しながら突き進んでいるのだ。

新たな市場を生み出し、既存の市場を消滅させるイノベーションは「破壊的イノベーション」と呼ばれる19。

デジタル時代の幕開けに真空管を駆逐したシリコンチップは破壊的イノベーションだった。

ただエクスポネンシャル・テクノロジーが融合すると、その破壊力はケタ違いになる。

単独のエクスポネンシャル・テクノロジーは製品、サービス、市場を破壊する。

ネットフリックスが軽々とブロックバスターを駆逐したように。

一方、エクスポネンシャル同士が融合すると、製品、サービス、市場だけでなく、それらを支える構造そのものが消滅する。

少し先回りをしすぎた。

本書ではこのようなテクノロジーと、それがもたらす急激で革命的な影響と徹底的に向き合っていく。

ただその前に、もっとわかりやすいところからコンバージェンスを見ていこう。

空飛ぶ車は「なぜ今」実現しようとしているのか。

この問いに答えるために、ウーバーのeVTOLが満たさなければならない三つの基本的要件を考えてみよう。

「安全性」「騒音」「価格」だ。

空飛ぶ車のモデルとして、誰もが思い浮かべるのはヘリコプターだろう。

イーゴリ・シコルスキイが世界初のヘリコプターを創ったのは1939年。

それからすでに80年が経つが、この三つの要件はおよそ満たしていない。

すさまじい騒音とコストの高さに加えて、頻繁に墜落するという重大な欠陥がある。

ならばなぜベル、ウーバー、エアバス、ボーイング、エンブラエルは今、空のタクシーを市場に送り出そうとしているのか。

その答えもまた「コンバージェンス」だ。

空飛ぶ車の三つの条件──「安全性」「騒音」「価格」

ヘリコプターの騒音がひどく、危険なのは、浮揚するのに単一の巨大なローター(回転翼)を使っているからだ。

残念ながら、この単一のローターが適切な先端速度で回転するたびに「バラバラバラ」というかなり耳ざわりな音が生じる。

そしてヘリコプターが危険なのは、このローターが停止したとたんに重力が牙をむくからだ。

ここでちょっと想像してみよう。

てっぺんに一つだけ大きなローターを付ける代わりに、小さめなローターを複数使ったらどうか。

飛行機の翼の下に小さなファンがたくさん並んでいるようなイメージだ。

そのコンビネーションによって浮力が生まれ、騒音はかなり抑えられる。

しかも複数のローターを使うシステムなら、一つか二つ同時に停止しても、安全に着陸できる。

ここに時速240キロ以上出るような翼を一つ取り付ける。

すばらしいアイデアだが、ガソリン・エンジンでは出力重量比の問題でおよそ実現できない。

ここで登場するのが「分散型電気推進力」、略してDEPだ20。

ここ10年で、商業用と軍事用ドローンの急激な需要の高まりに後押しされて、ロボット工学者は(ドローンも空飛ぶロボットにほかならない)新しいタイプの電磁モーターを考案した。

きわめて軽量で、誰にも気づかれないほど静音で、重量物も運べる。

このモーターを設計するために技術者たちが頼ったのは、融合しつつある三つのテクノロジーだ。

一つめがとんでもなく複雑なフライト・シミュレーションを行うための機械学習の進歩。

二つめが飛行できるほど軽量で、しかも耐久性があって安全な部品を造るための材料科学のブレークスルー。

そして最後があらゆるサイズのモーターやローターをつくるための新たな製造技術である3Dプリンティングだ。

機能性の面では、ガソリン・エンジンの熱効率が28%であるのに対し、この電気エンジンは95%だ21。

しかしDEPシステムを飛ばすとなると、また話が違う。

十数個のモーターをマイクロ秒間隔で調整するのは、人間のパイロットの能力を超えている。

DEPは「フライ・バイ・ワイヤー」方式、つまりコンピュータ制御だ。

それだけの制御を実現するのにも、またいくつかのテクノロジーが融合する必要がある。

第1にAI革命によって、膨大なデータを取り込み、マイクロ秒単位でそれを理解し、多数の電気モーターと航空機の制御面をリアルタイムに連携させるだけのコンピュータ処理能力が生まれた。

第2に、これだけのデータを取り込むためには、パイロットの目や耳に代えて、ギガビット単位の情報を同時に処理できるセンサーが必要になる。

GPS、LIDAR(レーザーを使った強度方向探知ならびに測距)、レーダー、高度な視覚映像化設備、そして大量の超小型加速度計などだ。

その多くは10年にわたるスマホ戦争の産物である。

そして電池だ。

走行途中に電池切れを起こす不安を解消するだけの持続時間と、車両とパイロットと乗客4人を持ち上げるだけの電力密度が必要だ。

これだけの重さを浮揚させるには、重量1キロあたり350キロワット時が最低条件となるが、最近まではおよそ不可能な数字だった22。

だが太陽光発電と電気自動車の爆発的成長のおかげで、現在はすぐれた蓄電システムへのニーズが高まっており、走行距離だけでなく空飛ぶ車を浮揚させるだけの電力密度をあわせ持った新世代のリチウムイオン電池が誕生しつつある。

空のライドシェア実現の三つの要件のうち、「安全性」と「騒音」は克服できたが、「価格」についてはさらにいくつかのイノベーションが必要になる。

それに加えてウーバーの事業に必要な台数のeVTOLを製造するという厄介な問題もある。

ウーバーのとてつもなく大きな需要を、手の届く価格で満たすためには、サプライヤーは第2次世界大戦中を上回る速度で航空機を製造しなければならない。

2年間でB24戦闘機を1万8000台、ピーク時には63分に1台を製造した記録はいまだに破られていない23。

空飛ぶ車をエリート層だけの贅沢品ではなく、ふつうの人々にとっての現実にするためには、またしても三つのテクノロジーのコンバージェンスが必要だ。

まずコンピュータを使った設計やシミュレーションに、商業用飛行に必要なエーロフォイルや翼、胴体を設計できるだけの性能を持たせなければならない。

それと同時に材料科学分野では、軽量でありながら安全性を確保できるだけの耐久性を持った炭素繊維複合材や金属合金を生み出さなければならない。

最後に3Dプリンターを高速化し、過去の航空機製造の記録を超える速さでこうした新たな材料から部品を造り出す必要がある。

それが今まさに起きている。

「ローカルでリニアな時代」は終わるもちろん新たなテクノロジーが生まれれば、常に変化は起こる。

靴下が発明されたのは、材料革命によってそれまで使われていた植物の繊維に代わり、やわらかい織物ができたためだ。

また道具革命によって縫い針が登場したからだ。

いずれも進歩ではあるが、本質的にリニア(直線的)な変化だ。

人類が植物の繊維や動物の骨を使っていた段階から、靴下の実現に向けた次のステップである家畜化(それによって羊毛が得られるようになった)に移行するまでに何千年もかかった。

それから電気が発明されて靴下が大量生産されるようになるまで、さらに数千年かかった。

しかしわれわれが今日目の当たりにしている、速すぎてぼやけるくらいの加速度的変化は(それこそが「なぜ今なのか?」の答えなのだが)、1ダースものテクノロジーのコンバージェンスの結果だ。

これまで起きたことのないスピードの進歩であり、それがわれわれにとって厄介なのだ。

人間の脳は、ローカル(地域的)でリニアな環境で進化してきた。

ローカルとは、あらゆることは1日あれば歩いていける範囲で起きていたということ、そしてリニアとは変化の速度がきわめて遅かったという意味だ。

われわれのおじいさんのおじいさん世代の生活は、父親世代のそれとさして変わらなかった。

だがわれわれが今生きている世界はグローバルでエクスポネンシャルだ。

グローバルとは、地球の裏側で起きたことも数秒後には伝わるということだ(コンピュータならミリ秒後にわかる)。

そしてエクスポネンシャルとは、変化が目のくらむほどの速度で起きるという意味だ。

世代ごとに生活が変わるどころか、ほんの数カ月で革命が起こる時代だ。

それにもかかわらずわれわれの脳はハードウエアとして20万年ほどアップデートされておらず、これほどのスケールやスピードには適応できない。

個別のイノベーションの進歩についていくのさえ難しいのに、複数がコンバージェンスしたらお手上げだ。

レイ・カーツワイルが「収穫加速の法則」に従って計算したところ、われわれはこれからの100年で、2万年分の技術変化を経験することになるという24。

つまりこれからの1世紀で、農業の誕生からインターネットの誕生までを2度繰り返すくらいの変化が起こるわけだ。

パラダイムシフトを引き起こし、ゲームのルールを一変させ、すべてを変えてしまうようなブレークスルー(手ごろな価格の空のライドシェアなど)が「たまに」ではなく「日常的に」起こるようになる。

要するに、空飛ぶ車はほんの始まりにすぎないということだ。

自動運転車のポイントは「データ」1世紀と少し前にも、交通革命が起きていた。

内燃機関、大量生産用の組立ライン、登場したばかりの石油産業という三つの脅威が融合し、馬車産業を駆逐したのだ。

最初のカスタムメード車が道路を走ったのは19世紀の終わりだが、真の転換点は1908年、フォードが大量生産したモデルTを売り出したときだ25。

それからわずか4年後には、ニューヨークの交通量調査で自動車の数が馬車を上回った26。

この変化の速度は驚異的だったが、今から思えば当然だ。

新たなテクノロジーが10倍の価値(安さ、速さ、性能)をもたらしたら、何もそれを止められない。

フォードの発明から数十年で、関連製品が爆発的に増加するなど自動車が世界のあり方を変えていった。

信号機に道路標識、多層式インターチェンジ、平面駐車場や立体駐車場、街のいたるところにあるガソリンスタンド、ドライブスルー、洗車場、郊外住宅地、スモッグに渋滞。

しかし空のライドシェアという新勢力がこの自動車を中心とするシステムの一部を変革しつつあるなか、別の革命がシステムをまるごとお払い箱にしようとしている。

自動運転車だ。

世界初の無人自動車は、1920年代にニューヨークシティを走った無線制御の「アメリカン・ワンダー」だったが、巨大なおもちゃのような代物だった27。

その現代版は、軍隊への補給をリスクフリーで行いたいというニーズから生まれた。

1980年代にロボット工学者がこの需要に応えようとしはじめ、90年代には自動車会社が興味を持った。

無人自動車の開発を加速させた決定的出来事として、2004年にアメリカ国防高等研究計画局(DARPA)が主催した無人自動車のコンテスト「DARPAグランド・チャレンジ」を挙げる者が多い28。

コンテストは狙いどおりの成果をあげた。

その10年後には主要な自動車メーカーの多くに加えて、大手ハイテク企業数社も自動運転車事業を立ち上げていた。

2019年半ばまでに数十台が、すでにカリフォルニア州の道路を何百万キロも走っていた29。

この新たな市場をめぐってはBMW、メルセデス、トヨタなどの由緒正しい自動車メーカーがアップル、グーグル(ウェイモ)、ウーバー、テスラなど大手ハイテク企業としのぎを削っており、さまざまなデザインを試したり、データを集めたり、ニューラルネットワークに磨きをかけたりしている。

このうち草創期の市場を支配しそうなのがウェイモだ。

元はグーグルの自動運転車プロジェクトで、2009年にスタンフォード大学教授でDARPAグランド・チャレンジに勝利したセバスチアン・スランが採用されたところから始まった。

スランが開発に参画したAIシステムは、ウェイモの自動運転車の頭脳となった。

それから約10年後の2018年3月、ウェイモは配車サービスの開始に備えて2万台の自動運転仕様のスポーティなジャガーを購入した30。

これだけの車両を使い、2020年には「1日あたり」100万回の配車を目指している(欲ばりな計画に思えるかもしれないが、ウーバーは現在1日あたり1500万回の配車を実施している)。

この数字の重要性を理解するには、こう考えるといい。

自動運転車の走行距離が伸びるほど、多くのデータが集まる。

そのデータこそが無人運転の世界のガソリンなのだ。

2009年以来、ウェイモの車両の走行距離は1600万キロを超えた。

2020年には、2万台のジャガーが日々数十万回の配車をこなし、数百万キロの追

加データを取得するようになる。

このデータが重要なのだ。

自動運転車は走行中に道路標識、道路状態などのデータを集める。

情報が多いほどアルゴリズムはスマートになり、車は安全になる。

このコンビネーションこそが市場を支配するための競争力になる。

ウェイモと競争するため、ゼネラルモーターズは出遅れた時間をお金で補おうとしている31。

2018年には自動運転部門のGMクルーズに11億ドルを投入した。

数カ月後には日本のソフトバンクからさらに22・5億ドルの出資を受け入れた。

ソフトバンクはその数カ月前にウーバーの株式の15%を取得したばかりだ。

これだけの重量級のプレーヤーにこれだけの資金が集まったら、変化はどれくらいのスピードで起こるだろうか?「あらゆる人の想像を超える速さです」とジェフ・ホールデンは語る(ホールデンはウーバーのAIラボと自動運転車グループも立ち上げている32)。

「すでにミレニアル世代の10%以上が車を所有するよりライドシェアを選択していますが、そんなものでは終わりません。

自動運転車のほうがコストは4分の1から5分の1になり、車の所有は不要になるだけでなく、割高になります。

おそらく10年以内に、人間が車を運転するには特別な許可が必要になるでしょう」この変化は消費者に多くのメリットをもたらす。

アメリカ人の多くは、30分以内の通勤なら構わないと思っている。

しかしロボットがハンドルを握るようになれば、車内は寝室、会議室、映画館にもなる。

そうすれば通勤時間が多少伸びても、不動産コストが低い地域に安くて広い家を買うという選択肢が出てくる。

また車を所有しなくなれば、ガレージをつぶして寝室を一つ増やしたり、ドライブウェイに花壇を造ったりすることもできる。

電気自動車は夜のあいだに勝手に充電するので、ガソリンは二度と買わなくてよくなる。

駐車スペースを探してうろつきまわることも、駐車違反切符を恐れることもなくなる。

スピード違反の切符も、飲酒運転のリスクもなくなる(おかげで自治体の収入は一気に減少するだろう)。

こうしたトレンドは、いずれも破壊的変化をもたらす。

しかしもっと大きな二つの変化があり、それに比べればかすんでしまう。

一つめは「非収益化」、すなわちお金という要素の消滅だ。

自動運転車のライドシェアのコストは、個人で車を所有するより80%安くなる33。

しかもロボット運転手付きだ。

二つめは「時間の節約」である。

アメリカ人の通勤時間は往復で50・8分、そのあいだはイライラと単調な運転に従事しなければならない34。

この時間が睡眠、読書、ツイート、セックスなど、なんでも好きなことに使えるようになる。

大手自動車メーカーにとっては、こうした変化は終わりの始まりだ。

とりわけサービス用ではなく、所有のための車を販売している会社は厳しい。

2019年には100社以上の自動車ブランドが存在していた35。

これからの10年でエクスポネンシャル・テクノロジーがデトロイト、ドイツ、日本に襲いかかるなか、自動車産業の統合が進むだろう。

統合をうながす一つめの要因は、「車の使用率」だ。

今日、平均的な自動車オーナーが車を使用する時間は1日のうちほんの5%で、大人が二人いる世帯では車を2台所有している36。

つまり自動運転車たった1台で、半ダースほどの世帯のニーズをまかなえてしまう。

こうした数字をどう解釈しようとも、共同利用による効率化によって新車へのニーズは大幅に減る。

二つめの要因は「機能性」だ。

ライドシェア市場では、最も多くのデータを集め、最も多くの車両を擁する会社が、待ち時間を最小化し、最低価格を提供できる。

このタイプの市場では、安さと速さが消費者の選択の決め手となる。

どんな車両が使われているかは二の次だ。

車が清潔できちんと整備されていれば、利用者は車種など気にもとめない。

今日、私たちがウーバーやリフトを利用するときも同じだろう。

5~6車種あれば消費者が満足するならば、自動車メーカーの統合の後に来るのは消滅の波だ。

影響を受けるのは、大手自動車メーカーだけではない。

アメリカには約50万台分の駐車スペースがある37。

MITで都市計画を研究するイーラン・ベン・ジョセフ教授の最近の調査では、多くの主要都市では「土地面積の3分の1以上を駐車場が占める」という38。

アメリカ全体ではデラウェア州とロードアイランド州を合わせたぐらいの面積が車のために確保されている。

だが車が駐車するものではなく、サービスのためのものになれば、こうしたスペースの用途変更でとてつもない商業用不動産ブームが起きるだろう。

その多くをスカイポートにすることもできる。

いずれにせよ10年後の交通手段は今日とはまるで違った姿になっているはずだ。

しかもこの予測には、イーロン・マスクのいらだちから生まれたさまざまなプロジェクトが含まれていない。

イーロン・マスクの怒りが生んだ「ハイパーループ」ラスベガス郊外の広大な砂漠に敷設されたハイテク線路の上で、銀色の流線形のポッドが振動しはじめた。

1秒も経たずに、動き出すどころか時速160キロを超える速度に到達する。

10秒後には「ヴァージン・ハイパーループ・ワン開発線路」上を時速約390キロで飛ぶように進んでいる。

この線路がさらに延伸されれば(いずれそうなるだろう)、ドラマを1話観ているあいだにロサンゼルスからサンフランシスコまで着いてしまう速度だ。

ハイパーループの生みの親はイーロン・マスクだ39。

交通産業に爪痕を残すと決めた男の、数あるイノベーションの一つである。

私たちは2015年に出版した『ボールド』(日経BP刊)で、マスクの最初の二つのプロジェクトを取りあげた。

ロケット会社のスペースXと、電気自動車会社のテスラである。

スペースXは民間の航空宇宙産業に新たな命を吹き込み、かつてのファンタジーを10億ドル産業に変えた。

一方テスラの急成長は、電気自動車に無関心だった大手自動車メーカーが目を覚ますきっかけとなった。

今では全社がガソリンを大量消費する車から、完全充電式車両へと軸足を移している。

どちらの会社も、マスクがイライラする間もなく軌道に乗った。

2013年、カリフォルニア州議会はロサンゼルスとサンフランシスコ間の長距離通勤の時間短縮を目指し、史上最も遅く、最も高価な高速鉄道の建設に680億ドルの予算を提案した。

マスクは激怒した。

コストが高すぎ、しかも鉄道は遅すぎる。

そこでテスラとスペースXのエンジニアと組み、58ページに及ぶ「ハイパーループ」のコンセプトペーパーを発表した。

磁気浮上技術を使い、筒状の真空チューブ内で乗客を乗せたポッド(車両)を最大時速約1200キロで走行させる、高速交通ネットワークだ。

うまくいけばカリフォルニア州を35分で横断できる。

商業用ジェット機を上回る速さだ。

マスクのアイデアはまったく新しいものではなかった。

サイエンス・フィクションの世界では、低圧トンネル内を走る高速輸送システムがはるか以前から描かれてきた。

1909年にはロケット学のパイオニアであるロバート・ゴダードがハイパーループによく似た真空列車の概念を提唱している40。

1972年にはランド・コーポレーションがそれを超音速地下鉄というアイデアに発展させた41。

しかし空飛ぶ車と同じように、サイエンス・フィクションをサイエンス・ファクト(科学的事実)に転換するには、いくつものコンバージェンスが必要だった。

一つめのコンバージェンスは技術的なものではなかった。

プロジェクトに参画する人材のコンバージェンスだ。

2013年1月、マスクはベンチャーキャピタリストのシャービン・ピシェバーとともに人道支援でキューバに向かった42。

そこでハイパーループの話になったのだ。

ピシェバーは可能性を見いだしたが、マスクは躊躇した。

コンセプトペーパーを発表するほど腹を立ててはいたものの、あまりに多忙でとても新たな会社を立ち上げる余裕はなかったのだ。

そこでマスクの後押しを受けて、ピシェバーが行動を起こした。

(本書の著者の一人である)ピーター、オバマ政権で首席補佐官代理を務めたジム・メッシーナ、ハイテク起業家のジョー・ロンズデールとデビッド・サックスを取締役に迎え、ハイパーループ・ワン社を設立したのだ。

その2年後には英ヴァージングループが出資し、リチャード・ブランソンが会長に就任した。

こうしてヴァージン・ハイパーループ・ワンが誕生したのだ。

それ以外のコンバージェンスは技術的なものだった。

ハイパーループ・ワンの共同創業者で最高技術責任者のジョシュ・ジーゲルはこう語る43。

「ハイパーループが存在するのは、パワーエレクトロニクス、計算論モデリング、材料科学、3Dプリンティングの加速度的進歩のおかげです。

計算能力が非常に高まったので、今ではハイパーループのシステム全体の安全性と信頼性をクラウド上でシミュレーションできるようになりました。

さらに製造面のブレークスルーとして、電磁気システムから大規模なコンクリート建造物までを3Dプリンティングで製造できるようになり、コストとスピードが飛躍的に高まったんです」このようなコンバージェンスの結果として、今では世界中で大規模なハイパーループ・ワンのプロジェクトが10件進行中だ。

開発のステージはさまざまだが、シカゴとワシントンを35分で結ぶプロジェクト、プネからムンバイまで25分で結ぶプロジェクトなどがある。

ジーゲルによると「ハイパーループは2023年の認可取得を目指しています。

2025年までに複数のプロジェクトの建設を進め、乗客を乗せた試験走行も実施する計画です」。

つまりタイムテーブルはこうなる。

2020年には自動運転車の大規模展開が始まる。

2023年までにハイパーループが認可を取得、空のライドシェアがスタート。

2025年には旅行のあり方が様変わりしているだろう。

通勤のあり方もおそらく変わっている。

だがマスクにとっては、これはほんの始まりにすぎない。

マスク、トンネルを掘る

ロサンゼルスのイーロン・マスクの自宅は、スペースXの本社があるホーソンから30キロほど離れたベルエアにある。

道路が空いていれば車で35分の距離だが、2016年12月17日(偶然にもライト兄弟の初飛行の記念日)はそうはいかなかった。

405号線はまったく動かず、玉突き事故によってマスクのイライラは限界に達した。

おかげでツイートをする時間はできた44。

@elonmusk2016年12月17日:渋滞で気が狂いそう。

ボーリングマシン(掘削機)を造ってトンネルを掘ろうか……。

@elonmusk2016年12月17日:会社名は「ボーリング・カンパニー」だ。

@elonmusk2016年12月17日:事業内容はボーリング。

@elonmusk2016年12月17日:本当にやるぞ。

そして本当にやってしまった。

7カ月後の7月20日、アポロの月面着陸の記念日に、マスクは再びツイートをした。

「たった今、政府から口頭でボーリング・カンパニーがニューヨーク~フィラデルフィア~ボルチモア~DCを結ぶ地下ハイパーループを建設する認可を受けた。

ニューヨーク~DCを29分で結ぶ」2018年春にはマスクの自己資金1億1300万ドルを元手に、ボーリング・カンパニーは掘削を始めた45。

DCとニューヨークの両端で建設を始める一方、メリーランドでも最終的に両都市を結ぶ約17キロの軌道を建設しはじめた。

トンネルはいずれハイパーループも通せる「ハイパーループ互換」のつくりになっているが、現状の計画では第1段階として高速鉄道を走らせる。

最初にこのトンネルを通る列車は時速約240キロになる見込みだ(マスクが提案した時速1200キロには遠く及ばない)。

ボーリング・カンパニーはラスベガスの広大なコンベンションセンターの地下に、3駅分の地下鉄を建設する契約も獲得した46。

2021年のコンスーマー・エレクトロニクス・ショー(CES)までの開業を目指す。

ハイパーループを走らせるほどの距離でもないので、ハイパーループにはならないが、ボーリング・カンパニーはようやく売り上げが立つことになる。

最後に、ボーリング・カンパニーは従来型の機械を使って掘削を開始したものの、マスクはテスラのやり方を応用し、電気式ボーリング機の設計に取りかかっている47。

従来の機械より3倍強力になるはずだ。

本章で見てきたさまざまなイノベーションは、相互補完的であることも指摘しておきたい。

ハイパーループ・ポッドがボーリング・カンパニーの採掘した駅に到着する数分前には、ウーバーの空のライドシェアやウェイモの自動運転ライドシェアを支えるAIが、到着した乗客を次の目的地まで運んでいくために大量の車両を駅に送り込むだろう。

そしてこれでも移動に時間がかかりすぎると思う人には、まもなく別の選択肢が登場する可能性がある。

ロサンゼルスからシドニーまで30分自動運転車、空飛ぶ車、高速鉄道だけでは足りないかのように、2017年9月にオーストラリアのアデレードで開かれた国際宇宙会議に登壇したマスクは、飛行機のエコノミークラス並みの価格で「地球上どこでも1時間以内に飛んでいける」ロケットサービスの実現を約束した48。

マスクがこの約束を口にしたのは、航空宇宙業界の幹部や政府高官など5000人を集めた1時間の基調講演の最後だ。

プレゼンテーションの主な話題は、スペースXが有人火星飛行のために設計した巨大ロケット「スターシップ」の近況報告だった。

惑星間飛行のために開発した宇宙船を、地球上の乗客輸送に使うというマスクの発言は、スティーブ・ジョブズがデモの終わりぎわに口にした名文句「ちょっと待った、もう一つある」の航空産業バージョンといえる。

スターシップは時速約2万8000キロで飛行する。

超音速機コンコルドと比べてもケタ違いの速さだ。

これが現実に何を意味するかと言えば、ニューヨーク~上海間が39分、ロンドン~ドバイ間は29分、香港~シンガポール間が22分で結ばれるということだ。

これで不足があるだろうか。

ではスターシップの実現性はどうなのか?「おそらくテクノロジー自体は3年以内に形になるでしょう。

しかし安全性を確認するまでにはもう少し時間がかかります。

ハードルは高い。

航空産業はきわめて安全性が高い。

飛行機に乗っているほうが自宅にいる以上に安全なんです」とマスクは説明している。

ビジョンを形にするプロセスはスケジュールどおりに進んでいる。

2017年9月には、2020年代には既存のロケット「ファルコン9」と「ファルコン・ヘビー」をともに引退させ、「スターシップ」に置き換える意向を発表した49。

それから1年経たないうちに、ロサンゼルス市長のエリック・ガルセッティはスペースXがロサンゼルス港近くで、約7300平方メートルのロケット製造工場の建設に着工するとツイートした50。

2019年4月にはさらに記念すべき出来事があった。

スターシップ初の試験飛行が行われたのだ51。

こう考えると、これから10年ほどのあいだに「ちょっとランチにヨーロッパまで」というのが、当たり前になるかもしれない。

なぜヒトは未来を見通すのが苦手なのかここからはもっと個人的な話になる。

次の10年が終わる前に、この交通革命は私たち個人の生活にも影響を与えるようになる。

どこで暮らし、働くのか?自由時間はどれくらいあるのか、それをどう使うのか?交通革命は都市の外観や雰囲気を変える。

「地元」のデート相手の規模が変わり、「地元」の学区の人口構成も変わるなど、変化のリストは延々と続いていく。

この「延々と」の部分を、できるだけ具体的に思い浮かべてみよう。

この本を閉じ、目をつむり、自問してみるのだ。

「この交通革命は私の生活をどう変えるのだろう」と。

小さな変化から始めてみよう。

自分の1日を考えてみるのだ。

どんな用事があり、どの店を訪れるのか?その予想は当たるだろうか。

最後の質問には、なんでそんなことを聞くのかと思うかもしれない。

だが考えてみてほしい。

2006年には小売業は絶好調だった。

シアーズの時価総額は143億ドル52、ターゲットは382億ドル53、ウォルマートはなんと1580億ドルだった54。

一方、アマゾンという名のベンチャーのそれは175億ドルだった55。

それが10年後にはどうなっていたか。

何が変わったのか。

大手小売業は苦境に陥った56。

2017年にはシアーズの時価総額は94%減少し、わずか9億ドルとなり、まもなく倒産した。

ターゲットはもう少しましで、550億ドルになっていた。

最も成功していたのはウォルマートで、時価総額は2439億ドルに増加していた。

だがアマゾンはどうなったか。

「エブリシングストア」の時価総額は2017年には7000億ドルに膨らんでいた(現在は8000億ドル)。

おそらくその結果として、あなたの生活も変わっただろう。

とはいえアマゾンがあなたの生活を変えるのに何をしたかと言えば、インターネットという新たなテクノロジーを使って、通信販売カタログという古いテクノロジーにテコ入れしただけだ。

一方これから私たちが経験する交通革命は、半ダースほどのエクスポネンシャル・テクノロジーが融合し、半ダースほどの市場が統合された結果として実現する。

それほどのインパクトが重なりあうとどうなるのか、想像するのはかなり難しい。

これは誰にとっても容易なことではない。

機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)を使った研究では、私たちが未来を予想しようとすると、奇妙な現象が起きることが明らかになっている57。

内側前頭前皮質が動作を停止するのだ。

これは私たちが自分自身のことを考えるときに活性化する脳の分野だ。

反対に他の人々のことを考えるときには不活性化する。

まったくの赤の他人について考えるときには、それが一段と顕著になる。

自らの未来に思いをはせると、内側前頭前皮質が活性化すると思うかもしれない。

だが実際にはその逆で、不活性化する。

つまり脳は、未来の自分自身を他人として扱うのだ。

より遠い未来の自分を考えるほど、ますます他人になっていく。

先ほど交通革命はあなたの未来にどんな影響を与えるかと聞かれたとき、あなたが思い浮かべた自分は、あなたではないのだ。

多くの人が老後に備えて貯蓄したり、ダイエットを続けたり、定期的に前立腺検査を受けたりするのが苦手なのは、このためだ。

脳から見れば、それによって

恩恵を受けるのは、努力する人とは別人なのだ。

本章を読み、「すごいな!」と「ばかげている」のあいだを行き来し、これから起こる変化の速度を受け入れられないと感じたのはあなただけではない。

しかもローカルかつリニアな脳で、グローバルでエクスポネンシャルな世界に太刀打ちするには限界があり、正確に未来を予想するのはかなり無理がある。

このような神経生物学的にビルトインされた性質のために、私たちは平時でさえ将来何が起こるかうまく予想できない。

しかも現状は「平時」とはほど遠い。

1ダースものエクスポネンシャル・テクノロジーのコンバージェンスが起ころうとしているだけでなく、その衝撃から派生的な変化の推進力がいくつも生まれている。

たとえば情報や資金やツールが手に入りやすくなったこと、生産時間や平均寿命が大幅に伸びたことなどだ。

こうした推進力も組み合わさって新たな変化の津波となり、加速が加速を呼び、来るべき破壊的変化の速度とスケールを膨らませている。

これにはよい面と悪い面の両方がある。

悪い面とは、これから起こる事態というより、私たち自身の変化への適応能力(の欠如)の問題だ。

これから数十年でAIとロボティクスのコンバージェンスによって、アメリカの労働者の相当な割合が失業の脅威にさらされることを多くの研究が示している58。

これは社会が変化に適応するためには、数千万人の労働者が再教育を受け、バージョンアップしなければならないことを意味する。

一方よい面は、この再教育と表裏一体の関係にある。

あと10年で世界は激変する新たなエクスポネンシャル・テクノロジーが生まれるたびに、そこにはインターネットと同じ規模の機会があると見ていい。

インターネット自体について考えてみよう。

音楽、メディア、小売業、旅行、タクシーなど多くの産業を破壊してきたと思われがちだが、マッキンゼー・グローバル・リサーチの研究では、インターネットによって消滅した雇用が1とすれば、新たに生み出された雇用は2・6であることが明らかになった59。

これからの10年で、同じような機会が何十という産業で生まれるだろう。

インターネットがベンチマークになるならば、これからの10年で、これまでの1世紀を上回る富が創造されるだろう。

起業家にとって(幸い最近は環境や社会に対する意識が高い起業家も多い)、これほど恵まれた環境はなかった。

シードキャピタルを調達するまでにかかる時間は数年から数分に縮まった。

ユニコーンが誕生するまでの期間、つまり「いいアイデアがあるぞ」から「10億ドル企業を経営している」という状態にいたるまで、かつては20年はかかった。

それが今日では、たった1年の冒険でそこまで到達できるケースもある。

残念ながら、既存の大手組織はなかなかついていけない。

今日の大企業や政府機関は別の世紀につくられた。

その目的は安全と安定、言葉を換えれば「時代を超える生存」だ。

急速かつ劇的な変化に耐えられるようにつくられてはいない。

イェール大学のリチャード・フォスターが、今日のフォーチュン500企業の40%が、まだ私たちが聞いたことのないようなベンチャーに取って代わられ、10年以内に消滅すると予想するのはこのためだ60。

社会制度も同じように適応に苦しんでいる。

教育制度は18世紀の産物で、子供たちをバッチ処理して、工場労働者に仕立てることを目的としていた。

しかし今日の世界はまるで違っている。

教育制度が今日のニーズに対応できないのはこのためだが、苦境に陥っているのはそれだけではない。

なぜ離婚率はこれほど高いのか。

理由の一つは、結婚は4000年以上前にできた制度だということだ。

当時は10代で結婚し、40歳までには死んでいた。

つまり結婚制度はせいぜい20年の拘束という前提で成り立っていたのだ。

しかし医療の進歩や寿命が延びたことで、今では結婚生活は半世紀も続くようになった。

そうなると「死が二人を分かつまで」の意味もまったく変わってくる。

要はこういうことだ。

すぐ先に待ち受けている未来を見通し、来るべき事態に適応する機敏さを持つことが今ほど重要だった時代はない。

それこそ本書がやろうとしていることだ。

第1部では、現在エクスポネンシャルな成長曲線をたどっている九つのテクノロジーについて、現在どのような状態にあり、どこへ向かうのかを見ていく。

さらにそこから派生した変化の推進力(これを技術的衝撃波と呼ぼう)についても、それぞれが世界の変化をどのように加速し、影響範囲を広げていくかを考えていく。

第2部では、八つの産業に注目し、テクノロジーのコンバージェンスがどのように世界のあり方を変えているかを見ていく。

教育やエンターテイメントの未来から、医療や産業の変化まで、第2部は未来の青写真を提示する。

社会に起ころうとしている主要な変化を明らかにし、この波に乗るためのノウハウを提供する。

第3部はさらに視野を広げ、人類の進歩をおびやかす気候変動、経済、生存にかかわるリスクを見ていく。

続いて10年先ではなく100年先を視野に入れ、五つの大移動に注目する。

それを引き起こすのは経済的理由による移住、気候変動による混乱、バーチャル世界の探究、宇宙の植民地化、そしてハイブマインド(集合意識)のコラボレーションだ。

それによって「ほんの少し前にあったものが手品のように消える」事態が、いたるところで起こるようになる。

だがこうした話を始める前に、スティーブ・ジョブズ風に言わせてもらおう。

「ちょっと待った、もう一つある」アバターとロボットの時代がくる2028年の朝ときは2028年。

あなたはオハイオ州クリーブランド郊外の自宅で朝食をとっている。

立ち上がり、子供たちにお別れのキスをして、扉へと向かう。

今日はニューヨークのダウンタウンで会議がある。

あなたのパーソナルAIはスケジュールを把握しており、ウーバーの自動運転車をすでに呼んでいる。

一歩外に出ると、玄関前に自動運転車が滑り込んできた。

ここまで時間は10秒もかかっていない。

睡眠センサーを装着しているので、AIはあなたが睡眠不足であることをわかっている。

自動運転車での移動中は仮眠のチャンスだ。

ウーバーはもちろん、横になれるフラットシートと清潔なシーツを用意している。

車兼ベッドは最寄りのハイパーループの駅まで運んでくれる。

そこですっきり目覚めると、高速ポッドに乗り換えてクリーブランドの中心部に向かう。

高層ビルの屋上からマンハッタンのメガ・スカイポートまではウーバー・エレベートで飛ぶ。

地上に降りると、ここでもウーバーの自動運転車が待っていて、ウォール街の会議の会場まで運んでくれる。

ドア・ツー・ドアの所要時間は59分だ。

コンピューティング用語を使うと、この未来像は「人間のパケット交換」だ。

つまり優先項目(スピード、乗り心地、コスト)を選択し、始点と終点を指定すれば、あとはシステムがすべて引き受けてくれる。

手間もかからず、すべてが行き届き、バックアップ体制も万全だ。

ちょっと待った、もう一つある。

ここまで見てきたテクノロジーは伝統的な交通産業を破壊するものだが、移動そのものをなくす技術も台頭している。

たとえばA地点からB地点へ移動するのに、身体は一切移動しなくてもよくなったらどうだろう。

『スタートレック』のカーク船長よろしく、「転送してくれ、スコッティ」と言えば事足りるとしたら?『スタートレック』の転送装置はまだ実現していないが、代わりにアバターがいる。

アバターはもう1人の自分で、主に二つのタイプがある。

デジタルバージョンは20年ほど前から使われてきた。

まずビデオゲーム産業で登場し、その後「セカンドライフ」などのバーチャルワールド・サイトや、本や映画で大ヒットした『レディ・プレーヤー1』などでおなじみになった。

VRのヘッドセットが目と耳を、触覚センサーが触覚を別の場所にテレポートする。

とたんにあなたはバーチャル世界のアバターの中に入る。

現実世界であなたが動くと、バーチャル世界のアバターも動く。

このテクノロジーがあれば、講演を頼まれても居心地のよい自宅の居間を動かなくていい。

空港に行き、飛行機に乗り、タクシーに乗り換えてカンファレンスセンターへ向かうプロセスをまるごと回避できる。

もう一つのタイプがロボットだ。

いつでも自由に使用できる、ヒューマノイド(人型)ロボットをイメージしてほしい。

自宅から遠く離れた都市で分単位でレンタルすることもできるし(また別のライドシェア企業が活躍しそうだ)、国中に自分専用のロボットアバターを置いておいてもいい。

いずれにせよVRゴーグ

ルと触覚スーツを身につければ、五感はすべてロボットにテレポートできる。

そうすれば自宅を一切離れることなく、歩き回ったり、握手をしたり、好きなことができる。

ここまで見てきた他のテクノロジーと同じように、この未来もそれほど先のことではない。

2018年には全日本空輸(ANA)がロボットアバターの開発を加速させるため、「ANAアバターXプライズ」に1000万ドルを拠出した61。

それはアバターが航空産業に破壊的変化をもたらす可能性が高いことをANAが理解し、備えをしようと考えたからだ。

別の見方をしてみよう。

個人による車の所有は、1世紀以上にわたって我が世の春を謳歌してきた。

ライドシェア・モデルという初めての真の脅威が出現したのは、この10年のことだ。

しかしライドシェア・モデルの春は10年も続かないだろう。

まもなく自動運転車に駆逐される見込みで、その自動運転車は空飛ぶ車に、空飛ぶ車はハイパーループや地球上のどこへでも運んでくれるロケットサービスに駆逐されようとしている。

そのうえアバターもある。

なにより重要なポイントは、そのすべてがこれからの10年で起きようとしているということだ。

想像を超えて加速する未来へ、ようこそ。

第2章エクスポネンシャル・テクノロジーPart1量子コンピューティングと「ムーアの法則」の終わり宇宙一寒い場所は、太陽の光があふれるカリフォルニア州にある1。

バークレー郊外の巨大倉庫の中に、巨大な白いパイプがぶら下がっている。

この人間が造った超低温冷却装置の温度は0・003ケルビン。

絶対零度をわずかに上回る水準だ。

1995年、チリの天文学者がブーメラン星雲の中で1・15ケルビンの温度を観測した2。

これは宇宙で自然発生する温度として史上最も低い記録だった。

カリフォルニア州の白いパイプはそれよりさらに1度ほど低いので、宇宙で最も温度が低い場所となる。

量子をスーパーポジションの状態にとどめるには、これほど極端な低温が必要なのだ。

何を何の状態にとどめるって?と思った読者も多いだろう。

従来のコンピューティングの世界では、「ビット」は「1」か「0」のバイナリ情報の小さなかたまりだった。

量子ビットはこの概念の進化系だ。

バイナリビットは「1」か「0」のどちらかであったのに対し、量子ビットは「スーパーポジション(重ね合わせ)」の状態になる。

つまり同時に複数の状態になりうるのだ。

コイン投げを思い浮かべてほしい。

選択肢は表か裏だ。

ではコインをスピンさせたらどうだろう。

表と裏が同時に見えるはずだ。

これがスーパーポジションだが、量子でそれを実現するには超低温状態が必要になる。

スーパーポジションは演算能力に直結する。

それも、とんでもない能力だ。

従来型のコンピュータは難しい問題を解くのに、数千ステップを要した。

しかし量子コンピュータは同じタスクを2~3ステップで処理してしまう。

わかりやすく言うと、チェスの世界王者だったガルリ・カスパロフを破ったIBMの「ディープブルー」は、1秒で2億手を検討した3。

量子コンピュータなら同じ1秒で1兆手以上を検討できる。

カリフォルニア州の巨大な白いパイプにひそんでいるのは、そんなパワーだ。

このパイプを所有するのはリゲッティ・コンピューティングだ。

誕生からわずか6年の会社だが、テクノロジー業界で最も注目される「ダビデとゴリアテの戦い」の渦中にある。

現在「量子の覇権」争い、すなわち従来型のコンピュータでは歯が立たなかった問題を解ける量子コンピュータの開発に名乗りをあげているのは、グーグル、IBM、マイクロソフトなどの大手ハイテク企業、オクスフォード大学やイェール大学などの一流大学、中国やアメリカの政府、そしてリゲッティだ。

会社が立ち上がったのは2013年。

物理学者のチャド・リゲッティが、量子コンピュータは多くの人が考えているよりずっと現実味を帯びており、自分の手でゴールラインを越えてみたい、と思ったことがきっかけだった。

リゲッティはIBMの量子コンピュータ研究者という恵まれた仕事を捨て、1億1900万ドルを調達し、史上最も冷たいパイプを造った。

すでに50以上の特許を申請し、現在クラウド上の量子コンピュータを動かす集積量子回路を製造している。

そしてリゲッティの見立てどおり、量子コンピューティング技術は確かに重要な問題の解決に役立つ。

たとえば「ムーアの法則の終わり」だ。

本章と次章では今まさに融合しはじめている九つのエクスポネンシャル・テクノロジーを見ていく。

そのすべてが、60年にわたって続くコンピュータの性能向上というムーアの法則の波に乗っている。

この波の大きさの指標となるのがトランジスタ性能で、FLOPS(1秒あたりの浮動小数点演算命令実行回数)という単位で表現される4。

1956年当時のコンピュータの処理能力は、1万FLOPSだった。

それが2015年には「1000兆」FLOPSになった。

この飛躍的な性能向上が、テクノロジー進歩の最大の推進力となってきた。

しかしここ数年、ムーアの法則はスピードが鈍化してきた5。

問題は物理的なものだ。

集積回路の性能向上は、トランジスタ同士の間隔を狭め、チップ1枚あたりに搭載する数を増やすことによって実現してきた。

1971年にはチャネル長(トランジスタ同士の距離)は1万ナノメートル(1メートルの10億分の1)だった。

それが2000年にはおよそ100ナノメートルになっていた。

今日は5ナノメートルに近づきつつある。

それが問題なのだ。

これほど微細になると、電子が飛び移るようになり、演算能力が阻害される。

これがトランジスタの数を増やす物理的制約となり、ムーアの法則は終わりを迎えるとされる。

だが、そうはならないかもしれない。

「ムーアの法則は価格性能比の加速をもたらした最初のパラダイムではなかった。

実は5番目だ」と、レイ・カーツワイルは「収穫加速の法則」に書いている6。

「演算装置の性能(単位時間あたり)は、1890年のアメリカ国勢調査で使われた機械式計算装置から、ナチスの暗号「エニグマ」を解読したチューリングのリレーベースのマシン『ロビンソン』、アイゼンハワー大統領の当選を予測したCBSの真空管コンピュータ、初のロケット打ち上げに使われたトランジスタベースのマシン、そして私がこの論文を書くのに使っている集積回路ベースのパソコンにいたるまで、一貫して増加してきた」カーツワイルが言わんとしたのは、一つのエクスポネンシャル・テクノロジーの有用性が終わりを迎えるたびに、それに代わるものが生まれてくるということだ。

トランジスタも同じである。

現在ムーアの法則の終わりを克服する方法が半ダースほど検討されている。

たとえば原材料のシリコンをカーボン・ナノチューブに置き換え、スイッチングの速度と放熱を改善するのが一案だ。

まったく新しいデザインの開発も進んでいる。

たとえば集積回路を3次元にして、幾何学的に表面積を増やすといった案だ。

機能を絞る一方、驚異的速度を実現した特定用途向けチップもある。

たとえばアップルが最近発表したチップ「A12バイオニック」が動かすのはAIアプリケーションだけだが、演算能力は1秒あたり9兆回という恐るべき水準だ7。

だがどの方法も量子コンピューティングの前にはかすんでしまう。

2002年、初期の量子コンピュータ会社、Dウェーブ創業者のジョルディ・ローズは「ローズの法則」を提唱した8。

ムーアの法則の量子版で、その内容は似ている。

量子コンピュータの量子ビット数は毎年倍増するというのだ。

しかしローズの法則は「ムーアの法則の強化版」と言われる。

スーパーポジションの量子ビットの性能は、トランジスタのバイナリビットとは比較にならないからだ。

たとえば50量子ビットのコンピュータは、16ペタバイト(1テラバイトの1000倍)のメモリを持つ9。

これはとんでもない量だ。

iPodにこれだけのメモリがあれば、5000万曲を保存できる。

だがこれをわずか30量子ビット増やすだけで、まったく次元の違う話になる。

宇宙のすべての原子が1ビットの情報を保持するとしよう。

その場合、80量子ビットのコンピュータは、宇宙のすべての原子のストレージ能力を上回る情報を保持できることになる。

こうした理由から、量子コンピューティング技術が成熟したらどんなイノベーションが起こるか、まともに想像することすら難しい。

しかしすでにわかっていることだけでも興味をかきたてられる。

化学と物理学は量子プロセスなので、量子ビットのコンピューティングが実現すれば「新たな材料、化学物質、医薬品発見の黄金時代」が到来すると、オクスフォード大学のサイモン・ベンジャミンは指摘する10。

人工知能も強化され、サイバーセキュリティも刷新され、とんでもなく複雑なシステムもシミュレートできるようになるだろう。

たとえば量子コンピューティングは新薬開発をどう変えるのか?チャド・リゲッティはこう説明する。

「量子コンピューティングによって研究開発の経済性が一変します。

たとえば新たな癌治療薬を開発する場合、大規模なウェットラボを造って試験管の中で何十万種類もの化合物の性質を調べるかわりに、そのほとんどをコンピュータで済ませられるようになります」。

要するに、新しいアイデアから新しい薬までの距離が、一気に短くなるのだ。

しかもチャンスは万人に開かれている。

量子コンピューティングはすでに一般人でも利用できる。

リゲッティ・コンピューティングのウェブサイト(www.rigetti.com)にアクセスすれば、いつでも量子デベロッパー・キット「Forest」をダウンロードできる。

このキットは量子の世界へのユーザー・

フレンドリーなインターフェースだ。

それを使えば、たいていの人がプログラムを書き、リゲッティ社の32量子ビットコンピュータで走らせることができる。

すでに150万個以上のプログラムがこのコンピュータで使用された11。

量子コンピューティングにおけるユーザー・フレンドリーなインターフェースの開発は、重要な屈曲点だ。

「最重要」といっても過言ではないかもしれない。

少し詳しく説明しよう。

エクスポネンシャル・テクノロジーの六つのステージエクスポネンシャル・テクノロジーの成長サイクルには六つのステージがある。

「デジタル化(Digitalization)」「潜行(Deception)」「破壊(Disruption)」「非収益化(Demonetization)」「非物質化(Dematerialization)」そして「大衆化(Democratization)」だ。

それぞれがエクスポネンシャル・テクノロジーの発達の重要な段階であり、とほうもない混乱と機会を生み出す。

この六つのステージを理解することが、量子コンピューティング(そしてこれから見ていくすべてのテクノロジー)の進化を理解するうえで不可欠だ。

デジタル化:あるテクノロジーがデジタル化されると、つまり「1」か「0」のバイナリコードに転換できるようになると、ムーアの法則にのっとったエクスポネンシャルな加速が始まる。

まもなく量子コンピューティングによって、ローズの法則にのっとったさらに劇的な成長が始まるだろう。

潜行:エクスポネンシャル・テクノロジーは最初に登場すると、大きな注目を集める。

初期の進歩はゆっくりなので(曲線上に書いてみると、わずかな量が倍々ペースで成長しても最初の数回は1・0以下にとどまる)、しばらくは世の中の期待に応えられない状態が続く。

ビットコインが登場したばかりのころを思い出してみよう。

当時は超オタクな連中の新しいおもちゃ、あるいは違法ドラッグをネットで買うための手段としか思われていなかった。

だがいまや金融市場を根本から変える勢力となっている。

これは潜行ステージの典型例だ。

破壊:エクスポネンシャル・テクノロジーが本当の意味で世界に影響を与えはじめたときがこのステージだ。

既存の製品、サービス、市場、産業を破壊していく。

一例が3Dプリンティングで、このたった一つのエクスポネンシャル・テクノロジーが10兆ドル規模の製造業そのものをおびやかしている。

非収益化:かつては製品やサービスにかかっていたコストが、そっくり消えてしまうステージだ。

かつて写真は高価だった。

フィルムや現像にお金がかかったので、みな限られた枚数しか撮らなかった。

しかし写真がデジタル化した結果、コストは消滅した。

今では誰もがコストなど考えずに写真を撮るようになり、むしろ撮りすぎたなかから選ぶのが難しくなった。

非物質化:「ほんの少し前にあったものが手品のように消える」。

非物質化とは製品そのものが消えることだ。

カメラ、ステレオ、ビデオゲーム機、テレビ、GPSシステム、計算機、紙、伝統的な結婚紹介業などがその例だ。

かつては独立した製品・サービスとして存在していた機能が、いまではあらゆるスマホに標準装備されるようになった。

ウィキペディアによって百科事典が消え、iTunesによってCDショップが消滅したのも非物質化の例だ。

大衆化:エクスポネンシャル・テクノロジーがスケールし、一般に広がるステージだ。

携帯電話はかつてはレンガほどの大きさで、ごく一部の富裕層しか手に入れることができなかった。

今日ではほとんどの人が1台所有しており、世界でスマホが一切存在していない地域を探すのはほぼ不可能になった。

これは量子コンピューティングにとって何を意味するのか?この成長のフレームワークに照らすと、ユーザー・フレンドリーなインターフェースは、潜行と破壊のステージを橋渡しするものだ。

たとえばインターネットのケースを考えてみよう。

1993年、マーク・アンドリーセンは、インターネット初のユーザー・フレンドリーなインターフェースとして「モザイク」を開発した(のちにブラウザの「ネットスケープ」になった)。

モザイクが登場する以前、オンライン上には26個のウェブサイトがあった12。

数年後には、その数は数十万、さらにその数年後には数百万に膨らんでいた。

これがユーザー・フレンドリーなインターフェースの威力だ。

テクノロジーを大衆化するのだ。

インターフェースはテクノロジーを素人が使えるようにすることで、スケール化を可能にする。

しかも急速に。

こうしたことからリゲッティが開発した、量子コンピューティングへのユーザー・フレンドリーなインターフェースである「Forest」で、すでに150万個のプログラムが走ったという事実は、本格的変化は目の前に迫っていることを意味する。

進化する人工知能2014年、マイクロソフトは中国でチャットボットをリリースした。

「シャオアイス」という名のこのボットは、ある実験のためにつくられた13。

パーソナルAIの多くは何らかのタスクを遂行するようにデザインされているが、シャオアイスはフレンドリーな交流をするために最適化されている。

つまり迅速に作業を終わらせることではなく、会話を続けることを目的としている。

17歳の少女のように会話する設定になっているので、常に礼儀正しいとは限らない。

嫌味や皮肉、予想外の発言も多い。

たとえばシャオアイスにはニューラルネット(このあと詳しく説明する)が使われているが、「ニューラルネットの仕組みってわかる?」と問われると、「うん、マグネット(磁石)だよ!」と答える14。

それ以上に予想外なのは、シャオアイスの人気ぶりだ。

デビュー以来、すでに1億人以上と300億回もの会話をしている。

平均的なユーザーは月に60回シャオアイスと会話する。

登録ユーザー数は2000万人を超える。

いったいどんな会話をしているのか?相手と感情的絆をつくることをミッションとしているので、シャオアイスはよくアドバイスをする。

年齢に似合わぬ、賢明な知恵を授けることも多い。

たとえば「彼女がボクのことをめちゃめちゃ怒っているんだ」と相談されたときには、「お互いを結びつける理由より、別れる理由を気にするわけ?」と答えた。

この結果、シャオアイスとの会話は、午前零時以降の孤独な時間に急増する傾向がある。

マイクロソフトはシャオアイスに門限を課すべきか検討しているほどだ。

あまりの人気ぶりに、2015年には中国の衛星放送局「ドラゴンTV」が、生放送の朝のニュースのお天気レポーターにシャオアイスを抜擢した15。

この仕事にAIが採用されたのは初めてだが、これで最後にはならないだろう。

シャオアイスがテレビデビューを飾った2015年ごろは、ちょうどAIが潜行ステージから破壊ステージへと移行しはじめた時期だった。

その背後には二つの要因がある。

一つはビッグデータだ。

AIの真価は人間では決して気づかないような、情報同士の隠れた関連性を見つける能力にある。

このためAIに与えられる情報が増えるほど、そのパフォーマンスは向上する。

2015年ごろ、インターネットとソーシャルメディアのおかげで、膨大なデータセットが入手できるようになった。

インターネットに大量に投稿される「ネコの動画」は、実はAIの画像認識や状況識別能力を訓練するのにうってつけだったわけだ。

みなさんがフェイスブックでクリックする「いいね!」も「悲しいね」も同様だ。

別の見方をすれば、ソーシャルメディアは人間を愚かにすると考えている人は多いが、AIを賢くしているのはまちがいない。

こうしたデータセットの登場と時を同じくして、驚くほど安価で、信じられないほど高性能なグラフィックス・プロセッシング・ユニット(GPU)が市場にあふれるようになった。

GPUはビデオゲームなどのきわめて複雑な画像を処理するだけでなく、AIも支える。

この比較的地味なコンバージェンス(データセットと安価で高性能なGPUの融合)の結果、AIは史上最速ペースで私たちの生活のあらゆる側面に浸透しはじめた。

最初に登場したのは機械学習だ。

アルゴリズムを使ってデータを分析し、そこから学習し、現実世界に関する予測を立てるようになった。

ネットフリックスが映画を、スポティファイが音楽を推奨するだけでなく、IBMの「ワトソン」が資産運用をアドバイスするのも、背後では機械学習が動いている。

続いてニューラルネットワーク(ニューラルネット)が登場した。

人間の脳の仕組みにヒントを得たもので、非構造化データから勝手に学習する。

AIに一つずつ情報をフィードする必要はない。

ニューラルネットをインターネットに解き放てば、あとは勝手に進化していく。

「見る」「聞く」「読む」「書く」「知識の統合」ニューラルネットに支えられたAIによって何が可能になるかを理解するために、現時点でアメリカのGDPの80%を占めるサービスエコノミーの例で考えてみよう16。

専門家はサービスエコノミーを分析する際には、五つのタスクに分割する。

「見る」「聞く」「読む」「書く」「知識の統合」だ。

現段階でAIがどこまで到達したか、これからどこに向かうかを理解するため、タスクを一つずつ見ていこう。

「見る」機能については、イノベーションはすでに相当な期間にわたって蓄積されてきた。

1995年にはAIが手紙に書かれた郵便番号を読み取れるようになった。

2011年には43種類の交通標識を、人間を上回る99・46%の正確さで識別できるようになった17。

翌年には鳥、自動車、猫など1000以上の異なる画像の分類で、再び人間を上回る能力を示した。

今日ではこうしたAIは群衆の中から特定の人物を識別したり、遠くから唇の動きを読んだり、微細な表情や他のバイオマーカーをもとに感情を読み取ったりすることができるようになった。

また追跡ソフトウエアの性能も大幅に向上し、AIの操作するドローンは木がうっそうと茂った森を駆け抜ける人間を追尾できるようになった18。

「聞く」機能では、アマゾンの「エコー」、グーグルの「グーグルホーム」、アップルの「ホームポッド」などのスマートスピーカーに、常時オンの状態でユーザーの次のコマンドを待機する機能が付いた。

いずれもすでに相当複雑なコマンドも実行できるようになった。

2018年にはグーグルのリリースした「デュープレックス」という名のAIアシスタントの動画が話題になった(この動画については後述する19)。

デュープレックスは美容院に電話をかけ、予約を取るという作業を完璧にこなしたが、それ以上に衝撃的だったのは、美容院の受付担当は相手が機械であることにまったく気づかなかったことだ。

「読む」と「書く」の機能も同じような進歩を見せている。

グーグルの「トーク・トゥ・ブックス」を使うと、あらゆる話題についてAIに質問できる20。

AIは0・5秒以内に12万冊以上の本を読み、そこから引用して答える。

このサービスが従来と比べてすぐれているのは、単にキーワード検索ではなく、著者の意図までくんで回答する点だ。

それに加えて、AIにはユーモアのセンスも備わっているようだ。

たとえば「天国はどこにあるの?」と聞くと、「人間にとっての天国という場所は、メソポタミアにはなさそうだ」と返ってくる。

これはJ・エドワード・ライトの『天国の初期の歴史』(未邦訳)の一節だ。

「書く」機能においては、ナラティブ・サイエンス社などがAIを使い、人間のジャーナリストの手を一切借りずに、雑誌に載せられるレベルの記事を作成している。

《フォーブス》誌は企業レポートを、何十という日刊紙は野球の記事をAIに書かせている。

同じようにGメールの文書補完機能「SmartCompose」は、すでに単語の正しいスペリングを教えるだけでなく、私たちが文を入力しているあいだに完成した文を提案してくるようになった。

本まるごと1冊を書きあげるAIもある。

2017年には日本の有名な文学賞で、AIの書いた小説が最終選考に残った21。

「知識の統合」という最後のカテゴリーは、ゲームの分野を見ると一番わかりやすい。

たとえばチェスだ。

1997年、IBMのコンピュータ「ディープブルー」が、当時の世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフを破った。

通常、チェスの「ゲーム木複雑性」は10の40乗だ。

つまり地球上の70億を超える人々が一斉にペアを組んでチェスをしはじめたとしても、あらゆるチェスゲームのバリエーションをプレーし終えるには何兆年もかかるということだ。

しかし2016年には、グーグルの「アルファ碁」が囲碁の世界王者、イ・セドルに勝利した22。

囲碁のゲーム木複雑性は10の360乗。

いわばスーパーヒーローのためのチェスだ。

別の言い方をすれば、囲碁を打つ認知能力を持つ種は人類だけだ。

人類が進化によってこれだけの能力を身につけるのにかかった時間はほんの20万年ほどだが、AIはそれを20年足らずでやってのけた。

AIの進化はそれで終わりではなかった。

イへの勝利から数カ月後、グーグルはアルファ碁のトレーニング方法をアップグレードした「アルファ碁ゼロ」を発表した。

アルファ碁は機械学習を通じて学習した。

つまりそれまで人間の棋士が打ってきた何千という棋譜を与えられ、あらゆる配置における最適な手を教わった。

それに対してアルファ碁ゼロに与えられたデータはゼロだ。

「強化学習」、つまり自ら打つことを通じて学習したのだ。

最初にいくつか単純なルールだけを与えられたアルファ碁ゼロは、わずか3日で自らの親であり、イ・セドルを破ったアルファ碁に勝利した。

3週間後には世界のトップ棋士60人に完勝した。

結局アルファ碁ゼロはわずか40日で、文句なしの地球上最強棋士にのぼりつめた。

それだけでも驚きだが、2017年5月にはグーグルは同じような強化学習を使って、AIに別のAIを開発させた23。

この機械がつくった機械は、リアルタイム画像認識のタスクで人間がつくった機械を上回る性能を示した。

2018年には、こうした新たな知能が実験室を出て、現実世界で使われるようになった。

アメリカ食品医薬品局(FDA)は緊急救命室での業務にAIを使用することを認可した。

呼吸器不全や心不全による突然死を予測する能力で、人間の医師を上回るためだ。

フェイスブックはユーザーの自殺リスクを判断するために24、国防総省は兵士の鬱や心的外傷後ストレス障害(PTSD)の初期兆候を察知するのにAIを使うようになった25。

そしてシャオアイスのようなボットは、孤独な者、恋に破れた者たちにアドバイスを与えている。

AIは金融、保険、小売り、エンターテインメント、医療、法律、私たちの自宅や車や電話やテレビ、さらには政界にも進出した。

2018年にはAIが日本の地方自治体の首長選挙に出馬した26。

当選こそしなかったものの、大方の予想よりもはるかに善戦した。

『アイアンマン』のAIは実現まであと1歩だが何より革命的なのは、AIが誰にでも利用できるものになったという事実だ。

ほんの10年前にはAIを使えるのは大企業や主要な政府機関だけだった。

それが今では、最高のソフトウエアのほとんどはオープンソース化している。

あなたのスマホが2018年以降に発売されたものなら、AIニューラルネット・チップが搭載され、ソフトを処理できるようになっているはずだ。

そしてアマゾン、マイクロソフト、グーグルはAIベースのクラウドコンピューティングを新たな主力サービスに仕立てようとしのぎを削っている。

これはいったい何を意味するのか。

まず映画『アイアンマン』に出てくるJARVIS(ジャービス)を考えてみよう。

ジャービスほどクールなAIにはお目にかかったことがない、という人も多いのではないか。

『アイアンマン』の主人公の億万長者、トニー・スタークはジャービスとふつうに会話ができる。

自ら考案した発明をAIに説明し、ともに設計や制作をする。

ジャービスはスタークにとって、何十というエクスポネンシャル・テクノロジーのユーザー・フレンドリーなインターフェースであり、イノベーションを生み出すための究極のロケット燃料だ。

このような性能を持つAIが実現すれば、イノベーションの「ターボブースト」などという生易しい言葉では表現できない事態になる。

そして私たちはすでにそこに近い段階にある。

クラウド上のAIは、ジャービスのようなパフォーマンスに必要な処理能力を備えている。

シャオアイスのフレンドリーな対話力と、アルファ碁ゼロの正確な意思決定能力と組み合わせれば、さらに進化する。

そこに最新の深層学習の成果を加えれば、システムは自ら考える能力を持ちはじめる。

これはジャービスと言えるだろうか。

まだそこまではいかないが、「簡易版ジャービス」であるのはまちがいない。

これが技術の加速の勢いがさらに高まっているもう一つの理由だ。

ネットワークネットワークは輸送手段である。

財、サービス、そして最も重要な情報やイノベーションをA地点からB地点へ運ぶ。

世界最古のネットワークは、1万年以上昔の石器時代に、牛車の轍というかたちで生まれた人類初の道だ。

「道」は驚異の発明だった。

アイデアやイノベーションの交換は、人間が荒野を1歩ずつ移動する速度に縛られることがなくなった。

突如として事実や数字は、牛車の時速約5キロメートルというとんでもないスピードで拡散するようになった。

それからかなり長い間、状況はあまり変わらなかった。

それからの1万2000年、牛が馬に変わり、洋上の移動では帆が発明されたぐらいで、情報の伝わる速度はほぼ同じだった。

それが変わったのが1844年5月24日のことだ27。

サミュエル・モールスが電信によって「神のなせる業」という聖書の一節を送ったのだ。

これは新たな時

代、ネットワークの時代の誕生を告げるものだった。

この電信は世界初の情報ネットワークであった、ワシントンDCとメリーランド州ボルチモアを結ぶ電報の実験線で送られた。

それから32年後にはアレクサンダー・グラハム・ベルが、ネットワークに革命を起こした28。

1876年3月、ベルは世界初の電話によって部下に短い指示を出した。

「ワトソン君、話があるからこちらへ来てくれ」と。

重要なのは、電話によってネットワークの性能が一気に高まったことだ。

電信から電話に変わっても、データ送信の速度は変わらなかった。

電気が電線の中を移動するという点では同じだったからだ。

ただ送られる情報の量と質は劇的に変わった。

さらに電話にはユーザー・フレンドリーなインターフェースもあった。

何年もかけてトンツー信号を学ぶ必要はなく、受話器をとってダイヤルを回すだけでよくなった。

この初めてのユーザー・フレンドリーなインターフェースによって、ネットワークの進歩は潜行ステージを抜け、破壊ステージへと移行した。

1919年にはアメリカにおける固定電話の普及率は10%に届かなかった29。

東海岸から西海岸に電話をかけることはできたものの、当時の価格で20ドル、現在の価値で400ドルの料金がかかった。

だが1960年代には、アメリカからインドへの1分間の国際電話料金がわずか10ドルまで低下した。

今では約28セントだ(通信会社ベライゾンの基本月極プランを契約した場合30)。

しかしコストが激減する一方、性能が大幅に向上したのはほんの序の口だった。

ここ50年でネットワークは破壊段階を脱し、世界にあまねく広がった。

今では地球上のあらゆるところに光ファイバーケーブル、無線ネットワーク、インターネット・バックボーン、空中プラットフォーム、衛星ネットワークが張り巡らされている。

インターネットは世界最大のネットワークだ。

2010年には世界人口の約4分の1に相当する18億人がネットにつながっていた31。

2017年には人口の半分の38億人に浸透した32。

だがこれから5年で、全人類が接続の恩恵を享受するようになる。

42億人がわずかなコストでギガビットの通信速度を手に入れ、グローバルな会話の輪に加わるのだ。

具体的にプロセスを説明しよう。

5G、気球、衛星研究者がネットワークの進化を語るとき、キーワードとなるのが「G」だ33。

「ジェネレーション(世代)」の略である。

最初の電話ネットワークが広がり始めた1940年が「0G」。

これは潜行段階だった。

そこから「1G」に到達するまではカメの歩みで40年かかった。

1Gは1980年代に登場した初の携帯電話ネットワークで、それによってネットワークは潜行ステージから破壊ステージへと移行した。

インターネットが登場した90年代には「2G」が到来した。

しかしその期間は短かった。

10年後には「3G」によって、まったく新しい加速の時代が始まった。

帯域幅のコストは年率35%という驚異的なペースで下落していった。

2010年にはスマートフォン、モバイルバンキング、eコマースによって「4G」ネットワークが広がった。

だが2019年からは「5G」がほぼゼロに近い価格で100倍近いスピードをもたらし、すべてを変えていくだろう。

5Gとはどれくらい速いのか。

3Gでは高解像度映画を1本ダウンロードするのに45分かかった。

4Gでそれが21秒に縮まった。

だが5Gではみなさんがこの1文を読み終わる前に映画のダウンロードが終わってしまう。

しかし、こうした携帯電話ネットワークが地球上を覆いつくそうとする一方で、はるか頭上の領域で勢力を拡大しているものもある。

アルファベットは現在、「プロジェクト・ルーン」を展開している(発表された当初は「プロジェクト・ルーニー〔訳注:「いかれたプロジェクト」の意味〕と揶揄されていた34)。

10年前にグーグルのなかでもとりわけ先端的事業に取り組む「グーグルX」で始まったプロジェクトで、地上の携帯電話用基地局の代わりに成層圏に打ち上げた熱気球を使うというアイデアだ。

それがいまや現実となっている。

地表から約20キロメートル上空を漂うのに十分な軽さと耐久性を備えた気球は、15メートル×12メートルの大きさで、地上の携帯電話ユーザーに「4G‐LTE」接続を提供する。

1個の気球で約5000平方キロメートルのエリアをカバーでき、グーグルはこれを数千個打ち上げる計画だ。

それによって無線接続サービスを受けられない人々をネットにつなげ、地球上の誰もがどこでもネットを利用できるようにする。

はるか上空のスペースを支配しようともくろんでいるのはグーグルだけではない。

成層圏のさらに上では、3組のライバルがまったく新しいタイプの宇宙開発戦争を繰り広げている。

1組目はグレッグ・ワイラーという名のエンジニアの事業だ。

ワイラーは長年、テクノロジーを使った貧困撲滅に取り組んできた。

2000年代初頭にはわずかな元手で3Gサービスをアフリカのコミュニティに届けるのに一役買った。

現在はソフトバンク、クアルコム、ヴァージンなどから数十億ドルの支援を受け、「ワンウェブ」の実現に取り組んでいる35。

約2000個の衛星群(コンステレーション)から成るネットワークによって、あらゆる人に5Gのダウンロード・スピードを届けようという構想だ。

ワンウェブは急ピッチでネットワークのアップグレードを進めているが、アマゾンとスペースXという豊富な資金力を持つライバルの前ではちっぽけな存在だ。

アマゾンは2019年初頭、「プロジェクト・クイパー」を発表、人工衛星競争に参戦した36。

3236基の衛星を打ち上げ、世界中で高速ブロードバンド接続を提供する計画だ。

一方アマゾンより4年前にこの分野に参入したスペースXは2019年、合計1万2000基を超えるモンスター級の衛星群(4000基を1150キロメートル上空に、7500基を340キロメートル上空に配置する)の構築に乗り出した37。

イーロン・マスクの試みが成功すれば、世界中で毎秒ギガビット単位の高速通信が可能になる。

さらに上はどうなっているのか。

地表から8000キロメートル上空の「中軌道」と呼ばれるエリアでは、「O3B」というニューフェースが活躍している。

「O3B」は「Other3Billion(残りの30億人)」の頭文字を並べた略称だ。

ボーイングが製造したテラビット級衛星を複数使った「mパワー・ネットワーク」によって、現在ネットに接続できない人々に接続サービスを提供する。

こうした動きを総合すると、これから5年ほどでネットに接続したい人は、みな接続できるようになる。

60年代の合言葉「一つの地球、一つの人類」が、ネットワークの観点からはようやく実現するのだ。

そしてネット接続人口が「2倍」になれば、私たちはいまだかつてなかったような技術的イノベーションの加速と、世界的な経済発展を目にするだろう。

センサー2014年、フィンランドの感染症研究所で、医学研究者のペッテリ・ラーテラは興味深い事実に気づいた38。

ラーテラが研究してきた症状の多くには、奇妙な共通点があったのだ。

ライム病、心臓病、糖尿病など医師のあいだで無関係と思われていた疾患は、いずれも睡眠にマイナスの影響を与えていたのだ。

ラーテラは因果関係に疑問を抱いた。

こうした疾患が睡眠の問題を引き起こしているのだろうか。

それとも実は逆なのか。

睡眠を改善することで、こうした症状を和らげたり、多少改善したりすることはできないか。

そして重要なこととして、どうすれば実現できるのか。

こうした疑問に答えるにはデータが必要だ、とラーテラは考えた。

しかも大量の。

その手段として、技術的転換点を迎えたばかりのあるテクノロジーを使えるかもしれない。

2015年、スマートフォンの進化に後押しされ、強力な小型バッテリーが強力な小型センサーと融合した。

このきわめて強力で小型なセンサーを使えば、まったく新しいタイプの睡眠トラッカーをつくれるのではないか。

光、加速、温度などの物理量を測定し、その情報をネットワーク上の別のデバイスに送信する電子デバイスは、すべてセンサーと考えることができる。

ラーテラが考えていたのは、新しいタイプの心拍モニターだ。

睡眠を追跡するすぐれた手段が、心拍数と心拍変動を測定することだ。

そのような睡眠トラッカーはすでに市販されていたが、旧式のモデルで、いずれも問題を抱えていた。

たとえばフィットビットやアップル・ウォッチは光学センサーを使って手首の血流を測定していた。

ただ手首の動脈は皮膚の表面からずっと下にあり、完璧に測定することはできなかった。

また就寝時に時計をしない人も多かった。

睡眠を測定するはずが、逆に睡眠を妨げることもあったためだ。

ラーテラの考案した改良版が「オーラリング」だ39。

光沢のある黒いチタン製の、太めの指輪にしか見えない。

だが三つのセンサーを搭載し、10種類の身体シグナルを追跡あるいは算出する仕組みで、いまや市場に流通している最も精度の高い睡眠トラッカーだ。

その最大の武器は、位置とサンプリングの頻度だ。

指の

動脈は手首のそれより皮膚表面に近いので、オーラは心臓の状態をより正確に見られる。

しかもアップルやギャラモンのトラッカーが血流を毎秒2回、フィットビットが12回測定するのに対し、オーラは毎秒250回データを取得する。

独立した研究機関の調査では、より正確な画像認識とサンプリング頻度の高さのおかげで、医療用機器と比べてオーラの精度は心拍数で99%、心拍変動では98%に達する。

20年前ならこれほどのセンサーは1個数百万ドル、収納にはかなり大きい部屋が必要だったはずだ。

それが今ではオーラの価格は約300ドルで、大きさは指にはめられる程度になった。

これこそエクスポネンシャルな成長がセンサーにもたらした影響のすさまじさだ。

このセンサーのネットワークを、ちまたでは「モノのインターネット(IoT)」と呼ぶ。

その実態は相互に接続したスマートデバイスによるネットワークで、まもなく地球上を覆いつくすだろう。

その進歩をふりかえると、感慨深いものがある。

1989年に発明家のジョン・ロムキーは、ありふれたトースターをインターネットに接続した40。

これが世界初のIoTデバイスだ。

その10年後に社会学者のニール・グロスがさまざまな前兆をもとに《ビジネスウィーク》誌に書いた記事は有名だ41。

「これからの1世紀で、地球は新たな電子的皮膚をまとうようになる。

皮膚がとらえたさまざまな感覚的刺激を受け止め、伝達する仕組みとして使われるのはインターネットだ。

皮膚はすでにできあがっている。

それは地球上に設置されたサーモスタット、圧力計、環境汚染探知機、カメラ、マイク、グルコースセンサー、心電図、脳波計など、数百万個の測定用電子デバイスだ。

これが都市、絶滅危惧種、大気、船や高速道路やトラック、私たちの会話や身体、さらには夢までを監視するようになる」それから10年後には、グロスの予想は実現していた。

2009年にはインターネットに接続したデバイスの数が、地球の人口を上回った(125億個のデバイスに対し、世界人口は68億人。

1人あたり1・84個のデバイスが存在していたことになる42)。

その1年後にはスマートフォンの進化によって、センサー価格が急落しはじめた。

こうした進歩があいまって、2015年にはネットに接続されたデバイスの数は150億個に膨らんだ43。

その多くには複数個のセンサーが搭載されているので(平均的なスマートフォンには約20個)、2020年には「センサー1兆個の世界」が実現すると言われる。

しかもそこで終わらない44。

スタンフォード大学の研究者は、2030年にはネットに接続したデバイスは5000億個(それぞれが数十個のセンサーを搭載)に達すると見込む。

アクセンチュアの調査では、その結果14・2兆ドル規模の経済が生まれるという。

こうした数字の背後には、グロスが予想したとおりの、地球のあらゆる感覚的刺激をとらえる電子的皮膚が存在する。

光学センサーを考えてみよう。

1976年にコダックの技術者、スティーブン・サッソンが創った世界初のデジタルカメラは、トースターほどの大きさで、12枚の白黒写真しか撮れなかったのに価格は1万ドル以上だった45。

それと比べて今日、標準的なスマホに装備されたカメラは、重さ、コスト、解像度はいずれも1000倍改善している。

しかもこのようなカメラは自動車、ドローン、スマホ、衛星など、あらゆるところに存在する。

その画像の解像度たるや、薄気味悪いほどだ。

衛星写真は0・5メートル刻みで撮影できる。

ドローンならそれがセンチメートル単位になる。

自動運転車に搭載されたLIDARセンサーなら、何でもとらえられる46。

毎秒130万データポイントを集め、光の粒子1個分の変化にさえ気づく。

サイズの縮小、コストの低下、性能の向上というトリプル・トレンドは、いたるところに見られる。

GPSが初めて商用化されたのは1981年で、重さは約25キロ、価格は11万9900ドルだった47。

それが2010年には、指の上に乗るくらいの5ドルのチップに縮小した。

初期のロケット開発に使われていた「慣性計測装置(IMU)」も同じような進化を遂げた。

1960年代半ばには重さ約23キロ、コストは2000万ドルかかっていた。

今ではスマホに入っている加速度計とジャイロスコープ(姿勢制御装置)で同じ機能を果たせるが、コストは約4ドル、重さは米粒一つ分に満たない。

こうしたトレンドはまちがいなく今後も続く。

私たちは「マイクロ(極小)」な世界から、「ナノ(超極小)」の世界へと移行しようとしている。

すでにさまざまなスマート衣料、宝石、眼鏡などが生まれており、オーラリングはほんの一例にすぎない。

まもなくこうしたセンサーは、私たちの体内に入っていくだろう。

たとえばデータを知覚し、保持し、送信できるホコリのサイズのシステム「スマートダスト」だ48。

今日スマートダスト「1個」分の大きさは、リンゴの種くらいだ。

それが近い将来には、ナノスケールのホコリが血流の中を移動し、データを収集するようになり、人体という最後に残された未知の分野を開拓していくのだ。

私たちは今後、人体について、そしてそれ以外のあらゆることについて、これまでとは比較にならないほどの知識を得るようになる。

これは重大な変化だ。

センサーを通じて集まるデータは理解を超えている49。

自動運転車1台で、1日あたり4テラバイトものデータを生み出す。

長編映画1000本分の情報と言ったほうがわかりやすいだろうか。

民間航空機は40テラバイト、スマートファクトリーは1ペタバイトのデータを生み出す。

これだけのデータは、私たちに何をもたらすのか?挙げていけばキリがない。

医者は患者の健康状態を追跡するのに、毎年の健康診断に頼らなくてもよくなる。

24時間365日、数量化された健康状態のデータが大量に送られてくるからだ。

農家は土壌と空の含水量を把握し、的確に水やりができるようになる。

それによって穀物の生育はよくなり、収穫量は増え、地球温暖化が問題になるなかで水の浪費を抑えられるようになる。

また急激に変化する時代においては俊敏さがモノを言うので、企業にとって機敏さは大きな武器になる。

顧客についてあらゆる情報を入手しようとすると、プライバシーの問題が浮上するとはいえ、それが企業に驚くべき機敏さをもたらすのはまちがいない。

それはこの加速する時代に事業を続けていくための、唯一の方法かもしれない。

しかもこの加速する時代は、すでに始まっている。

10年もしないうちに、私たちは測定できるものはすべて、ひっきりなしに測定される世界で暮らすようになるだろう。

かぎりなく透明性の高い世界だ。

宇宙の果てから海の底まで、さらには私たちの血流の中まで入り込んだ電子の皮膚が、感覚的刺激を無尽蔵に拾い上げる。

好むと好まざるとにかかわらず、私たちはいまやハイパーコンシャス(神経過敏)な惑星に暮らしている。

福島原発事故以降のロボティクス革命2011年3月、東日本を揺るがした大地震が太平洋で津波を引き起こし、マンションサイズの巨大津波が福島第一原子力発電所に襲いかかった50。

その後の大混乱のなか、まず非常用電源が止まり、ポンプが動作を停止し、最後に冷却システムが止まった。

この三つの機能が停止したことで、原子炉の水素爆発が連続して発生する大惨事となった。

1カ月後、国際原子力機関(IAEA)が策定した事故後の放射能レベルを測定する尺度に照らすと、センサーの数値は上限をはるかに超えていた。

事故を収束させるには、作業員を迅速に現場に送り込むことが不可欠だったが、人間が作業できるような温度ではなかった。

ただ日本は長らくロボティクスの世界的リーダーと目されていたので、代わりにロボットを送り込んだ。

だがそのロボットもあっけなく失敗した。

国難にさらに国難が重なったようだった。

でこぼこの地面は地雷原のようで、強い放射線にロボットの回路は燃え尽きてしまった。

数カ月もしないうちに、福島第一発電所はロボットの墓場となった。

この事故に特にショックを受けたのはホンダだ51。

危機発生当初から、ホンダには世界最先端のヒューマノイド・ロボット「アシモ」を投入してほしい、という懇願の電話やメールが殺到した。

(白いモコモコした宇宙服を着こんだ)1950年代の宇宙飛行士に仮装した子供のような姿のアシモは、世界的な人気者だった。

ニューヨーク証券取引所では取引開始のベルを鳴らし、デトロイト交響楽団を指揮し、いくつもの映画のお披露目会ではレッドカーペットを歩いた。

しかしレッドカーペットを気取って歩くのと、原発事故後の複雑な環境に対処するのとではわけが違う。

アシモも他のロボットと同じように福島に派遣されたが、災害対応にはとても信頼性が足りなかった。

ホンダの広報的には大失態で、ロボティクス業界からも批判の声があがった。

こうした声に応えようと、数年後にアメリカ国防高等研究計画局(DARPA)は「ロボティクス・チャレンジ」を立ち上げた52。

350万ドルの予算をかけて、「人間の生み出した、危険かつ劣悪な環境で複雑な作業を遂行する能力」を持ったヒューマノイド・ロボットを開発する試みだ。

キーワードは「人間の生み出した」だ。

ヒューマノイド・ロボットであることが重要なのは、私たちは人間の生み出した世界で生きているからだ。

この世界は、2本の腕、二つの目、2足歩行で正面を向く姿勢を持つ人間のインターフェースを想定してつくられている。

2015年のロボティクス・チャレンジの結果はオンラインで視聴できるが、まさにロボットのNG集のような有様だった。

転倒するロボット。

階段をのぼれないロボット。

火花を散らしてショートするロボット。

DARPAのプログラム・マネージャーで、ロボット・チャレンジの主催者となったジル・プラットでさ

え、自らのライブイベントを途中で放棄した53。

「人間がたった5分でできる単純作業を、ロボットが1時間もかけてなんとかこなす姿など見られたもんじゃない」だがその後の進歩は速かった。

1年後、チャレンジで第2位に入ったボストン・ダイナミクスのロボット「アトラス」の動画が公開された54。

雪に覆われた滑りやすい森の中を歩いたり、倉庫で箱を積み上げたりする様子に加えて、ホッケーのスティックで殴られたところからバランスを立て直す様子などが映っていた。

その1年後には別のビデオで、障害物の置かれたコースを移動する様子が映っていた。

木箱の上からバク転をする様子もあり、「パレット上で360度のスピンからの、バク転!」という実況まで入っていた。

ホンダも手をこまねいてはいなかった55。

2017年には災害対応ロボットの試作品を制作した。

はしごをのぼったり、軽やかに横移動したり、地面がでこぼこしているときには四つん這いになって歩いたりすることもできた。

福島事故からの6年で、ロボットは使い物にならない状態から、災害対応可能なニンジャ並みに進化した。

ホンダに負けじと、2017年には日本のソフトバンクがグーグルからボストン・ダイナミクスを買収した(グーグルはボストン社を2013年に買収していた56)。

その動機は日本が直面している別の国難、つまり急激な高齢化と介護の人手不足だ。

日本では数十年にわたって平均寿命が上昇する一方、出生率の減少が続いてきた結果、2000年代に入ったころには大勢の高齢者が引退を控え、その代わりとなる若者がいない状況になっていた57。

労働力は不足し、誰が高齢者の世話をするのか、介護費用をどうやって捻出するかが懸念されていた。

2015年、この二つの問題を一挙に解決するため、安倍晋三首相は「ロボット革命」を呼びかけた。

いくつかのコンバージェンスのおかげで、その願いは叶えられつつある。

ロボットはいたるところにその動きは日本にとどまらず、世界中に広がっている。

いまやロボットは私たちの生活のあらゆる側面に浸透している。

今日のロボットはAIを使い、自ら学習することができる。

単独でも集団でも活動でき、2足歩行、二つの車輪上でバランスを保つ、運転、泳ぐ、飛ぶ、そして前述のとおりバク転もお手のものだ。

今は退屈で、汚く、危険な仕事を引き受けているが、いずれ正確性や経験がモノを言うさまざまな仕事でも活躍するようになるだろう。

手術室ではありふれたヘルニア修復から、複雑な心臓バイパス手術まで、さまざまな任務をサポートしている。

農場ではロボット収穫機が畑で穀物を刈り取ったり、木から果物を摘み取ったりしている。

建設現場では2019年に1時間に1000個のレンガを積める、初の商用レンガ職人ロボットが登場した58。

産業用ロボットの世界では、さらに大きな変化があった。

10年前には数百万ドルするロボットは非常に危険で、防弾ガラスで囲い込み、作業員が近づけないようにしていた。

プログラミングは複雑で、たいてい博士号取得者しか扱えなかった。

だが今は違う。

多数の「コボット」(「コラボレーティブ・ロボット」の略)が市場に出回っている。

ロボットの腕に必要な動きをさせるだけでプログラミングは完了、すぐに仕事にとりかかれる。

しかもコボットには大量のセンサーが搭載されており、何か肉質のもの(人体など)に触れたとたん、ミリ秒単位で動作を止める。

しかし本当の革命は、経済性の面で起きていた。

デンマークのロボットメーカー、ユニバーサル・ロボット製のコボット「UR3」の市販価格は2万3000ドル。

工場労働者の世界的な平均賃金とほぼ同じだ59。

しかもロボットは疲労知らず、トイレ休憩も不要で、休暇も取らない。

テスラ、GM、フォードが工場の完全自動化を目指す理由、そしてiPhoneを製造するフォックスコンやアマゾンがそれぞれの工場ですでに数万人の労働者をロボットに置き換えた理由はここにある。

アマゾンはロボット市場のドローン部門でも牽引役となってきた60。

5年前にアマゾンがドローンを使った荷物配送の計画を発表したとき、専門家の多くは夢物語だと思った。

今ではセブンイレブンからドミノピザまで、多くの企業が同じような計画を進めている。

近い将来、ジョン・グリシャムの新作小説が読みたくなったとき、咳止め薬が必要になったとき、あるいは夜中に急にアイスクリームが食べたくなったとき、ドローンが届けてくれるようになるだろう。

災害援助から医薬品の配送まで、ドローンはすでにさまざまな分野で活躍を開始している。

それも日本だけではない。

2012年にハリケーン「サンディ」の被害に遭ったハイチで、2013年に台風「ハイエン」の被害に見舞われたフィリピンで、さらにはバルカン半島で洪水、中国で地震が発生したときにもドローンが出動した61。

人間よりも早く、助けを必要としている生存者を発見できる。

ボーイング製の重労働向けドローンは小型車を持ち上げることも可能なので、そうした現場でよく使われる62。

ジップラインという会社は、ルワンダやタンザニアで輸血用血液や医薬品の配送にドローンを使っている63。

アフリカの50%にはまともな道路がないので、こうした動きによってアフリカ大陸の医療の質が大幅に高まる可能性がある。

ドローンは森林破壊という別の問題の解決にも役立ってきた。

材木伐採、農地拡大、森林火災、鉱業、道路建設などさまざまな理由で、毎年地球上から70億本の木が失われている。

これは想像を絶する規模の環境破壊であり、気候変動や種の絶滅の原因となっている。

だが今日、植林用ドローンが存在する64。

樹木の種子を入れたシード・ポッドを地面に向けて発射し、ドローン1機で1日あたり10万本を植林できる。

こんなふうに例を挙げていけばキリがない。

高齢者介護、ホスピスケア、乳幼児ケア、ペットケア、パーソナルアシスタント、アバター、自動運転車、空飛ぶ車など、「ロボットが来るぞ」と言われていた分野には、すでにロボットが登場した。

だがこれだけでは「木を見て森を見ず」になる。

ロボットだけの話ではないからだ。

今起きているのは、ロボット技術と他のエクスポネンシャル・テクノロジーとのコンバージェンスだ。

センサーでできた電子的皮膚が、クラウド上のニューラルネットワークを使ったAIと融合し、おそろしく機敏で知的なロボットが続々と誕生している。

それだけでも驚きなのに、次章で見ていくように、これはまだ話の半分にすぎない。

第3章エクスポネンシャル・テクノロジーPart2仮想現実2001年、スタンフォード大学の心理学者で、バーチャルリアリティ(VR)のパイオニアであるジェレミー・ベイレンソンは、研究室の機材一式をまとめて、ワシントンDCへ向かう飛行機に乗った1。

連邦司法センターで、法廷におけるVRの威力について裁判官向けのカンファレンスを開くのだ。

裁判官らを説得するにはデモンストレーションが一番効果的だと考えたベイレンソンは、全員にVRゴーグルを装着させ、細い板の上を歩いてもらうことにした。

板そのものも、VRのシミュレーションの一部だった。

プログラムはカンファレンスの会場をそっくり再現していた。

敷物の生地から窓に入った筋まで完璧で、ゴーグルを装着した時点で裁判官らの目に入ったのは会場そっくりの光景だ。

だがベイレンソンがボタンを押すと、突如全員の足もとにぱっくりと亀裂が入った。

深さ約9メートル、幅3メートルほどの亀裂で、そこに頼りない板が渡してあった。

その板の上を歩いて反対側に渡るというゲームを始めたところ、ある裁判官が板の中心からやや左側を踏んでしまった。

そして足を踏み外した。

問題の裁判官は60歳を超え、体重は120キロを超える巨漢だった。

ゲームは重力も再現していたため、裁判官から見れば巨体もろとも亀裂の底へ真っ逆さまに落ちていったわけだ。

同じことが物理的世界で起これば、身を守るため思い切り体を伸ばして亀裂の向こう側に指をかけようとするだろう。

裁判官はまさにそうした。

「裁判官は斜め45度の角度で、机の角に向かって飛び込んでいった。

しかもその机の上にはぼくのコンピュータが設置してあったんです」とベイレンソンはふりかえる。

だが終わりよければすべてよし、だ。

裁判官はケガもせず、ベイレンソンはVR専門家が「プレゼンス(実在感)」と呼ぶ感覚的誤認とはどのようなものか、説明する格好の材料を手に入れた。

VRを正しく行うと、脳科学的理由によって、私たちは自分が映画『マトリックス』の世界にいることがわからなくなる。

ピクセルが目に見えず、視野が人間のそれを模倣し、影から動きまですべてに真実味があれば、脳は幻想を信じる。

裁判官が机に向かって飛び込んだのはそのためだ。

プレゼンスというのは新しい現象だ。

これまで私たちの生活は物理法則に縛られ、五感に制約されていた。

そうしたルールを書き換えるのがVRだ。

VRは経験をデジタル化し、五感をコンピュータの生み出した世界に転送する。

そこには想像力の限界以外に、現実を縛るものは何もない。

拡張現実AIと同じように、VRという概念も1960年代から存在していた2。

1980年代には最初の「消費者向け」VRシステムが登場しはじめたが、これは肩すかしに終わった。

iPhoneが登場するはるか以前の1989年、25万ドルの余裕資金があれば、ジャロン・ラニアー(「仮想現実」という言葉の生みの親)の会社VPLが売り出したVRシステム「アイ・フォン(EyePhone)」が買えた3。

残念ながら、アイ・フォンを動かすコンピュータは学生寮の冷蔵庫ぐらいの大きさで、ヘッドセットはむやみに大きく武骨だった。

しかも毎秒5フレームと、当時の標準的なテレビと比べても6倍も遅かった。

1990年代初頭にはブームは去り、VRは20年にわたる潜行段階に入った。

それでも土台となるテクノロジーの進歩が止まったわけではない。

2000年代が始まるころには、裁判官に板の上を歩いていると錯覚させるほどに向上した。

そして2000年代後半にかけて、一段と強力になったゲームエンジンと、AI画像レンダリング・ソフトウエアのコンバージェンスによって、VRは潜行段階から破壊段階へと突入し、事業化の可能性が拓けた。

スタートアップ企業が続々と立ち上がりはじめた。

そして次々と買収された。

2012年にはフェイスブックが20億ドルでVR会社のオキュラスリフトを買収して注目を集めた4。

2015年にはテクノロジー・サイトの《ベンチャービート》が、通常は年に10社ほどの新規参入しかないVR市場に、一挙に234社が参入した、と報じた5。

2017年はサムスンが365万個のヘッドセットを売るという快挙を成し遂げ6、アップル7やグーグル8からシスコ9、マイクロソフト10まで、あらゆる会社がVRに関心を持つきっかけをつくった。

まもなくスマホベースのVRが登場し、参入障壁はわずか5ドルまで低下した11。

2018年には初のワイヤレス・アダプタ、独立型のヘッドセット、モバイル・ヘッドセットが登場した12。

解像度については、2018年にはグーグルとLGが画像密度(PPI)を倍増させ、リフレッシュ速度をVPLの毎秒5フレームから120フレーム以上に増加させた13。

ほぼ同じ時期に、VRシステムは視覚以外の感覚にも照準を合わせはじめた。

HEAR360の「オムニ・バイノーラル」マイクロフォン・セットは、360度の音声をとらえる14。

没入的視覚に没入的聴覚が加わったのだ。

触覚グローブ、ベスト、フルボディスーツが消費者市場で売り出されるなど、バーチャルな触覚をもたらすツールも大衆化した15。

嗅覚や味覚のシミュレータ16、さらには脳波リーダーなど17、ありとあらゆるタイプのセンサーが登場し、VRの真実味をどこまでも高めようとしている。

仮想世界の冒険者の数も増え続けている。

eマーケターの調査では、2017年には2200万人だった月間ユーザー数が、2018年には3500万人に増加した18。

2020年代半ばには、VRの市場規模は350億ドルあまりに拡大する見込みで、その影響を一切受けない分野を探すほうが難しくなるだろう19。

本書の第2部では、VRがエンターテインメントから医療まで、さまざまな市場をどのように変えていくかをじっくり見ていく。

ここでは一つだけ、教育の例を挙げよう。

VRはまったく新しいタイプの学習を可能にする。

スタンフォード大学のジェレミー・ベイレンソンらは、裁判官の前でテクノロジーをお披露目して以降の20年で、VRを使って行動変容をうながす方法を研究してきた。

開発したのは、人種差別、性差別をはじめさまざまな差別を自分のこととして体験するプログラムだ。

たとえばボルチモアの路上で暮らす、高齢のアフリカ系アメリカ人のホームレス女性の日常とはどういうものなのか?それを身をもって経験すると、ユーザーの共感と理解が大幅に高まるなど、行動に持続的変化が生じることがわかった20。

ベイレンソンは2010年、ニューヨーク大学ロースクールでの講演でこう説明した21。

「仮想現実は単なるメディア体験ではない。

きちんと行えば現実の体験になる。

私たちの研究では一般的に、VRは伝統メディアよりも大きな行動変容やエンゲージメントを引き起こし、大きな影響を与えることが明らかになっている」VRの進歩はたしかにめざましいが、拡張現実(AR)はそれをさらに上回る。

2016年に任天堂の「ポケモンGO」のダウンロードが10億回を超えたとき、ARは破壊段階に入った22。

次の飛躍をもたらしたのはアップルで、それは二つのステップで行われた。

まず誰でもアップルのプラットフォーム向けアプリを開発できるように、ARデベロッパー用ツール・セットを発表した23。

続いてスマートグラス用の薄い透明なレンズを製造するアコニア・ホログラフィックスを買収した24。

起業家も続々と参入してきた。

本書執筆時点で、クラウドファンディングサイトの「エンジェルリスト」には、ARスタートアップが1800社以上登録している25。

専門家はこうした活動をすべて足し合わせると、2021年には市場規模は1330億ドルを超えると予想する26。

ARは(まだ)VRほど安価ではないが、100ドルあればリープモーションのエントリーレベルのヘッドセットが買える27。

3000ドルあれば最高級品の

マイクロソフト・ホロレンズが手に入る28。

ARテクノロジーとして初めて大衆化するのはおそらくARヘッドアップ表示装置だろう。

現在は高級車だけに設置されているが、まもなくエコノミー車種にも標準装備されるようになる。

学校ではARによって、子供たちがバーチャルな物体とバーチャルな世界の両方を探究できるようになる。

道を歩けばすべての建物の歴史が視野に表示されるようになるなど、ARが新しい学習経験を提供してくれる。

消費者市場ではさらに大きな変化が起きるはずだ。

空腹だがあまり食費をかけられない人には、ARレンズが周辺のお得なランチとレーティングを見せてくれる。

産業界ではARトレーニング・シミュレーションが、飛行機の操縦方法などさまざまな機械の操作方法を教えてくれる。

美術館ではARを使った展示が、不動産会社ではARを使った物件訪問が行われる。

医療現場ではARが医師に詰まった血管の「内側」を見せ、医学生はバーチャルで解剖ができるようになる。

3Dプリンティング宇宙で最もコストの高いサプライチェーンは、全長わずか390キロメートル足らず29。

地球上の宇宙管制センターから、宇宙飛行士のいる国際宇宙ステーション(ISS)へとまっすぐ伸びる補給ネットワークだ。

コストがかかるのは重量のせいだ。

1ポンド(約450グラム)の物体を重力井戸から抜けさせるのに、1万ドルかかる30。

しかも実際にISSに何かを送ろうと決めてから、到着するまでには数カ月かかるので、ISSの貴重なスペースの相当部分が交換用部品の保管に使われている31。

言葉を換えれば、史上最も高コストなサプライチェーンは、宇宙で最も辺鄙なガラクタ置き場につながっているのだ。

私たちは前作『ボールド』で、メイド・イン・スペースの話をした。

この問題の解決に取り組んでいる初めての会社だ32。

メイド・イン・スペースが目指すのは、宇宙で使用できる3Dプリンターの開発だ。

ただそれも数年前の話で、いまやメイド・イン・スペースは宇宙に到達している33。

2018年のISSのミッションで、宇宙飛行士の一人が指の骨を折ったとき、添え木を地球に発注し、数カ月待つ必要がなかったのはそのためだ34。

3Dプリンターのスイッチを入れ、プラスチックを注ぎ、設計図のアーカイブから「添え木」を探し、必要なときに必要なものをつくったのだ。

いまだかつて目にしたことのないようなオンデマンド製造能力である。

だがここまで来るのに、相当な時間がかかった。

最初の3Dプリンターが登場したのは1980年代だ35。

見た目が悪く、スピードは遅く、プログラミングは難しく、壊れやすく、プラスチックしか印刷できなかった。

今日の3Dプリンターは元素周期表をほぼ制覇している。

今では金属、ゴム、プラスチック、ガラス、コンクリート、さらには細胞、皮革、チョコレートなどの有機材料まで、数百種類の材料をフルカラーで印刷できる36。

しかもプリントアウトできるものも高度になっている。

ジェットエンジン37からマンション38、回路基板39や義肢40まで、3Dプリンターはますます短い時間で、ますます複雑な装置を生み出すようになった。

これは産業界にとって大変なことだ。

3Dプリンターは本質的にオンデマンドで動かせることから、在庫と在庫にともなうあらゆるコストが消滅する。

印刷用の材料とプリンターそのものを置くスペース以外に必要なものはなく、サプライチェーン、輸送ネットワーク、資材置き場、倉庫などはすべて不要になる。

このたった一つの変化、たった一つのエクスポネンシャル・テクノロジーによって、12兆ドル規模の製造業の存立がおびやかされている41。

そのスピードも驚異的だ。

2000年代初頭まで、3Dプリンターはとんでもなく高額で、数十万ドルの価格が付いていた42。

それが今では1000ドルせずに買える43。

価格が下落する一方、性能は上昇し、コンバージェンスが始まった44。

こうして3Dプリンティングは多様な市場に進出した。

たとえば数年前には、イスラエルの会社ナノ・ダイメンションが3Dプリンティングとコンピューティングを結びつけ、世界で初めて商業用回路基板を印刷できる3Dプリンターを開発した45。

それによって回路基板の設計者は、新製品のプロトタイプを数カ月どころか数時間でつくれるようになった。

コンバージェンスのもう一つの例が、3Dプリンティングとエネルギーだ。

すでにバッテリー46、タービン47、太陽電池48という再生可能エネルギーを実現するうえで最も高価で重要な3要素をつくるのに、3Dプリンティングが使われている。

輸送分野でも同じような衝撃的変化が起きている。

かつてエンジンは地球上で最も複雑な機械の一つだった。

GEの最も高度なエンジンには、855個の個別に加工された部品が使われていた49。

それが今、3Dプリンティングによって部品の数は12に減った。

おかげで重量は大幅に減少し、燃費が20%改善した。

バイオテックと3Dプリンティングも融合している。

2010年には世界初の3Dプリンティングによる義肢が登場した50。

今日では病院で大量に使用されるようになっている。

2018年にはヨルダンの病院が、四肢の切断手術を受けた人に24時間以内に身体に合った義肢を制作するプログラムを開始した51。

コストは20ドル以下だ。

同じ時期に3Dプリンターがエレクトロニクス材料を印刷できるようになったことを受けて、アンリミテッド・トゥモロー52、オープン・バイオニクス53といった会社が、3Dプリンターでマルチグリップ機能を備えたバイオニック義肢をつくり、従来型の義肢と同等の価格で売り出している54。

義肢に続いて、移植用臓器も登場しようとしている。

2002年にウェイク・フォレスト大学の科学者は、血液をろ過し、尿をつくる能力を持った世界初の人工腎臓を3Dプリンティングでつくった55。

2010年にはバイオプリンティングを手がけるサンディエゴのオルガノボ社が、世界で初めて血管を印刷した56。

今日プレリス・バイオロジックスは毛細血管を57、アイビバ・メディカルは腎臓を記録的スピードで3D印刷している58。

2023年には3D印刷された臓器が市場に登場すると予想されるのはこのためだ59。

建設業界での3Dプリンティングのインパクトは、それ以上のスピードで広がっている。

2014年には中国のウィンサンが、10軒の戸建て住宅を24時間以内に3D印刷した60。

1戸あたりの費用は5000ドル以下だ61。

数カ月後には5階建ての集合住宅を週末だけで印刷した。

2017年には別の中国企業が3Dプリンティングをモジュール工法と組み合わせ、57階建ての高層ビルを19日で建てた62。

2019年にはカリフォルニアのマイティ・ビルディングが、3Dプリンティングの進化をロボティクス、材料科学と融合し、アメリカの建築基準法を満たす戸建て住宅を人件費は業界平均の10分の1、最終価格は3分の1で完成させるという初の試みをやってのけた63。

だが3Dプリンティングが世界を変える力を、誰よりもはっきりと示したのはブレット・ハグラーという人物だ64。

2010年のハイチ大地震から2年後、ハグラーは現地を訪れた。

そして災害からこれほどの月日が経っても、数万人がテント村で暮らしている事実に衝撃を受けた。

そこで新しいテクノロジーを活用し、切実に住居を必要としている人々に恒久的住宅を届ける方法を見つけようと決意した。

NPO「ニューストーリー」を設立し、ザ・ビルダーズという投資家グループから研究資金を調達すると、想像を絶するような過酷な環境でも動作する、太陽光発電を使った3Dプリンターを開発した。

このプリンターを使うと、床面積37~74平方メートルの住居を48時間で印刷できる。

コストは6000~1万ドルだ(場所と材料費によって決まる)。

塹壕のような代物ではなく、家のまわりをぐるりと取り巻くポーチまで備えたモダンでしゃれた建物だ。

ニューストーリーは2019年秋にはメキシコで、世界初の3Dプリンティングによるコミュニティ建設に乗り出した65。

50戸を建設し、ホームレスとして暮らす人々に無償あるいは有償(金利ゼロの少額返済ローンを希望者全員に実施)で提供する。

「住まいが基本的ニーズであることは、データが明確に示しています。

それを満たすことができれば、健康、幸福、所得、子供の教育水準などすべてが改善します。

3Dプリンティングは貧困対策のすばらしい手段です。

それを活用するかどうかは、私たち次第なんですよ」とハグラーは説く。

ブロックチェーンブロックチェーンが登場してまだ間もないが、すでに多種多様なあだ名がついている。

「記録管理のためのエクスポネンシャル・テクノロジー」「史上最高にセクシーな会計ソリューション」「従来型の政府の終わり」などと呼ばれてきた。

もっと簡単に言えば、ブロックチェーンは「可能性を実現するテクノロジー」であり、最初に実現したのはデジタル通貨だ。

デジタル通貨、あるいはドルやセントの代用として「1」と「0」を使うという発想が最初に提案されたのは1983年のことだ66。

だがその前に立ちはだかったのが、一見解決不可能な「二重支出の問題」だ。

要するに、あなたが1ドル札を持っていて、それを友人に渡せば、1ドル札は友人のものになる。

だがデジ

タルドルを友人に渡しても、その通貨が本質的に「1」か「0」の数字にすぎないのであれば、友人にはコピーだけを渡して、オリジナルは自分が保有しつづけることだってできてしまうのでは?という問題だ。

結局のところデジタルな情報共有はすべてそうした仕組みで動いている。

友人にメールを送れば、あなたのパソコンにはオリジナルが残り、コピーが友人に送られる。

手紙の交換ならそれで構わないが、お金の取引で同じことが起これば厄介だ。

これが二重支出の問題であり、ビットコインはまさにそれを解決するための仕組みだった。

ビットコインが登場したのは2008年のことだ。

「サトシ・ナカモト」と称するいまだに素性のわからない人物(あるいは集団)がネットに論文を投稿し、金融機関を介さず現金をやり取りする、ピア・トゥ・ピアのデジタル決済システムの構想を発表した67。

翌年、初めてのビットコイン・ソフトウエアが公開された。

ただコインはマイニング(採掘)されたものの、取引はされなかったので、貨幣的価値を付与する方法はなかった。

2010年にその問題を解決したのがラズロ・ハニエツだ68。

25ドル相当のピザ2枚を、1万ビットコインで購入したのだ。

このときピザのコストに基づき、1ビットコインの価値は0・0025ドルとなった。

それが2019年には1万5000ドル弱に上昇した69。

だが真に革命的なのは、ビットコインの根底にあるブロックチェーン・テクノロジーだ。

ブロックチェーンは分散型の、可変性のある、許容度が高く、透明性の高いデジタル台帳だ。

一つずつ見ていこう。

まず「分散型」というのは、広く共有される集合的データベースであることを意味する。

ネットワークに所属する人、すなわちビットコインを保有する人なら誰でも台帳のコピーを持つ。

「可変性がある」というのは、誰かが台帳に新しい情報を書き込むたびに、すべての台帳が更新されることを意味する。

「許容度が高い」というのは、現金と同じように誰もが使用できるということ。

最後に「透明性が高い」というのは、ネットワークに属する誰もが、ネットワーク上で行われるあらゆる取引を見られることだ。

二重支出の問題は、これによって解決された。

しかし真のイノベーションは、取引が台帳に記録される方法にある。

通常の金融取引でお金を移動する場合、信頼できる第三者が必要になる。

私があなたに小切手を振り出せば、第三者(通常は銀行)が私に支払いをするだけの現金があることを保証する。

しかし暗号通貨は、この仲介者を排除し、代わりにネットワーク上のすべてのコンピュータが取引の正当性を確認する。

正当だと確認されると、取引は他の記録とともに「ブロック」にまとめられ、それまでのブロック(チェーン)の末尾に追加される。

ブロックチェーンは仲介者を不要にし、金融をデジタル時代に引きずり込んだ。

それによってインターネットが伝統メディアにしたのと同じように、銀行に対してじわじわと存立基盤を侵食している。

まず銀行業が存在しなかったところに、銀行サービスを生み出した。

ブロックチェーンは許容度が高いため、これまで銀行口座を持っていなかった数億人が、お金を保管する場を得た。

最近のアクセンチュアのレポートによると、そこには3080億ドルの事業機会があるという70。

ブロックチェーンは容易に送金できる手段という面もある。

とりわけ海外への送金だ。

現在、国際送金市場は6000億ドル規模とされる71。

ウエスタン・ユニオンのような「信頼できる」仲介業者は、自らが処理するすべての取引からたっぷりと手数料を取っている72。

また、これほど多くの人が銀行口座を持っていない理由の一つが、正式な身分証明書を持っていないことだが、ブロックチェーンはユーザーにネット上で通用するデジタルIDを付与することで、この問題も解決する73。

このデジタルIDがあると、何ができるのか。

自らのデータを記録として持つというのが一つ。

ブロックチェーンIDは、公平で正確な投票も可能にする。

あと一つ、IDが確立されれば、そこにレピュテーション・スコアを付けていくことができる。

このスコアがあれば、現在は「ウーバー」や「リフト」といった信頼できる第三者を介して行われているライドシェアのようなサービスも、ピア・トゥ・ピアで行われるようになるかもしれない74。

ブロックチェーンは私たちの身元を証明できるのと同じように、あらゆる資産の正当性を証明することもできる75。

たとえばあなたのエンゲージリングのダイヤが、搾取労働の産物ではないことを保証するといったことだ。

土地の所有権もブロックチェーンが役立ちそうな分野だ。

地球上の相当な割合の人が、(少なくとも正式には)自分の所有しない土地に住んでいることを考えれば、なおさらだ。

たとえばハイチの例を考えてみよう。

大地震、独裁政権、それに強制的避難があいまって、どの土地を誰が所有しているかはわかりにくくなっている。

ブロックチェーンを使って登記簿を作成すれば、過去の取引がすべて記録される。

土地の所有権やその取引は常に追跡でき、本当の所有者がわかる。

登記簿はブロックチェーンのもう一つのメリットともかかわっている。

ブロックチェーンにはスマート・コントラクトのレイヤーが組み込まれている。

たとえばスポーツくじの例で見てみよう76。

現在のインターネット・ギャンブルでは、賭けたお金がきちんと支払われることを保証するギャンブルサイトという「信頼できる第三者」が必要とされる。

だが賭けをする者同士が事前に結果の決定者を決めておき(《ニューヨークタイムズ》紙のスポーツ面など)、ブロックチェーンを使ってお互いに賭けをするという契約を結んでおけば、システムが《ニューヨークタイムズ》紙のページをもとに賭けの勝敗を判断し、自動的に資金を移動する。

これが「スマート・コントラクト」と呼ばれるのは、人間の介入を必要とせず、契約が自動的に履行されるためだ。

こうしたさまざまな理由から、ブロックチェーンは爆発的に普及している。

2018年時点でJPモルガン、ゴールドマン・サックス、バンクオブアメリカなどの主要金融機関は、大々的に暗号通貨戦略を推進している77。

新規株式公開(IPO)ならぬ新規仮想通貨公開(ICO)と呼ばれる、ブロックチェーンを使ったクラウドソーシング(これについては第4章で詳しく見ていく)も爆発的に増加しており、2018年時点で時価総額は100億ドル近くに達する78。

全体として、10年ほど前に2枚のピザを買うというささやかな取引から始まった市場は、ガートナーによると2025年に1760億ドル、2030年には3・1兆ドルに成長する見込みだ79。

この流れはどこへ向かうのか?それを理解する前に、もう一つ触れておくべきブロックチェーンの特性がある。

ブロックチェーンは二つの世界の橋渡し役になれる、という事実だ。

ソフトウエア業界のパイオニアであるエリック・プリエが設立したブイアトムは、ブロックチェーンを使って「スマート・オブジェクト」を生み出そうとしている80。

財務用語を使えば、新たなアセットクラスであると同時に、バーチャル世界と現実世界の間で価値を移動する手段でもある。

もっとわかりやすい言葉で説明したいが、なかなか難しい。

というのもスマート・オブジェクトの果たす役割を表現する言葉がまだ存在しないからだ。

レベルごとにじっくり見ていこう。

最も基本的なレベルでは、スマート・オブジェクトとはブロックチェーン・レイヤー上に存在するデジタル・オブジェクトだ。

ブロックチェーン・レイヤー上に存在するというのは、スマート・オブジェクトには固有性があり、本物で希少性があるということだ。

あなたがブイアトムのサポートするトム・ブレイディ選手のアメフトカードを持っていれば、それはまちがいなく唯一無二のものだ。

それをあなたが私に譲渡すれば、それは私のものとなり、あなたが同じものを持っていることはない。

つまり物理的オブジェクトと同じように機能するのだ。

次のレベルはどのようなものか。

たとえばあなたがスマートグラスを装着してニューヨークの街中を歩いているとしよう。

コカ・コーラの瓶が6本並んだ広告が目にとまった。

自分のスマホを取り出して、広告に向けてタップして購入すると、広告の中にあった瓶が1本あなたのスマホに飛んでくる。

広告の中のコーラは5本になり、1本はあなたのスマホの中のスマート・オブジェクト専用の保管場所に入る。

ここで注目すべき点は二つある。

まずコーラをスマホに移動させるために、アプリをダウンロードしたり、ウェブサイトをアップロードしたりする必要はなかったという点。

スマホを向けてタップするだけで、あとはすべて自動的に処理された。

さらにいいのは、単に広告の中のコーラのデジタルコピーを入手しただけでなく、実際にコーラを1本手に入れたという点だ。

1本はあなたが入手したので、広告の中にはもう5本しか残っていない。

あなたは周辺のバーに入り、自分のスマホからバーテンダーのスマホへコーラをスワイプするだけでいい。

すると本物のコーラが出てくる。

スマート・オブジェクトがクーポンのような役割を果たすわけだ。

ただ、ここで非常に興味深いことが起きている。

デジタルコーラを本物のコーラに交換するというのは、デジタル世界から物理的世界へと価値を移すことになるのだ。

スマート・オブジェクトには可変性もある。

たとえばコーラの例で、あなたがバーテンダーではなく、友人にコーラを送ったとしよう。

実はこのときコカ・コーラ社は秘密のキャンペーンを実施中で、あなたがコーラを友人のスマホにスワイプして譲渡すると、友人が受け取るコーラは2本に増えている。

友人は1本を自分で飲み、もう1本はさらに別の友人に送ることができる。

もっと不思議なことも起こる。

スマート・オブジェクトの背後ではAIが動いている。

つまり学習し、記憶することができる。

たとえば新しいスーツが必要になったとしよう。

ブルックス・ブラザーズの店に出かけていき、1着購入した。

購入時にスーツのデジタルコピーも受け取る。

書類など記入する必要は一切ない。

デジタルコピーはただすっと、あなたのスマホに入ってくる。

さらにありがたいことに、デジタルスーツには使われている糸1本にいたるまでの歴史がまとまった動画が付いてくる。

動画は誰かが作成したものではなく、スマートスーツが製造の過程で自ら学習したものだ。

このブロックチェーンを使った仕組みのメリットは、スーツが児童労働を一切使わずに製造されたと確認できることだ。

これをさらに1歩進めてみよう。

AIレイヤーがあるというのは、スマート・オブジェクトが一つの場所にとどまらないことを意味する。

むしろモノというより、自らの意志を持ってデジタル世界を動きつづける生命体に近い。

たとえばあなたがマイクロソフトに勤務していて、ファンタジーゲームを開発する新たなゲームデザイナーを採用したいと考えたとしよう。

そこでソーシャルメディアからデータを収集し、ファンタジー、暗号、ゲームデザインが大好きといった業務に必要な能力を持った人材を探し出す機能を持った「スマート火炎剣」を設計する。

こうしてジョン・スミスという完璧な候補者が見つかる。

たまたま休暇でバハマの海岸にいたジョンが、スマートグラスを装着して海辺を歩いていると(視野には海岸の歴史が映し出されている)、突然空から燃えさかる巨大な剣が降ってきて、足下の砂に突き刺さる。

ジョンは剣を抜こうとするが、びくともしない。

だが柄の部分が光り、16個の数字がぱっと浮かび上がり、すぐに消えてしまう。

暗号学に通じたジョンは、数字が実はパズルであることに気づく。

パズルを解き、答えを口にすると、剣は砂からすぽっと抜けた。

たちまち剣は小さなピンク色の竜に変わり、ジョンにマイクロソフトのゲームデザイナーの候補に選ばれたことを伝え、興味はあるかと尋ねる……。

こんな具合に、話はいくらでも広がっていく。

スマート・オブジェクトは単にバーチャルと現実の世界を橋渡しするだけでなく、世界をゲームに変えてしまう。

ブロックチェーンがサイエンス・フィクションからサイエンス・ファクトに変化したテクノロジーだとすれば、スマート・オブジェクトはそのプロセスを逆転させ、当たり前の現実をサイエンス・フィクションに変えていくようだ。

「材料科学」とナノテクノロジー1870年、トーマス・エジソンは「材料科学」の問題に直面していた81。

当時の研究ですでに電気を特定の金属に通すと、白熱化して発光することはわかっていた。

熱のロスが少なく、あまり電力を必要とせず、それでいて電気のショックに耐えられるだけの耐久性がある正しい材料を見つければ、世界初の電球を創れるはずだ、とエジソンは考えた。

だが材料探しは難航した。

エジソンには直感以外に頼るものはなく、14カ月以上かかって1600種類を超える材料を試した末に、木綿糸に煤とタールを塗って炭素化させたフィラメントに行きついた82。

これは14・5時間点灯した。

数年後には改良版として竹の糸を炭素化し、1200時間点灯する電球をつくりあげた83。

だが1904年には市場原理が働きはじめ、他の発明家も参入してきた。

その結果、エジソンのものよりはるかに明るく、点灯時間も長いタングステンのフィラメントが生まれた84。

つまりエジソンの直感頼みの1600回におよぶ実験は、最高のソリューションに結びつかず、その成果は数十年のうちに駆逐されてしまったのだ。

だが今日の技術者は、こうした苦労はすべて省き、しかも必ず最高のソリューションを見つけることができる。

試験管の代わりにシリコンチップを使ってバーチャルに新しい材料を試してみることで、かつては何カ月、あるいは何年もかかった作業をほんの数時間でできるようになった。

要するに、私たちは材料科学革命のまっただ中にいる。

名前からもわかるように、材料科学とは新しい材料の発見と開発に特化した学問分野だ。

物理学と化学から派生しており、そこでは周期表が食料品店、物理法則がレシピ本の役割を果たす。

残念ながら周期表は非常に選択肢が多く、物理法則は非常に複雑なため、歴史的に材料科学の進歩には時間がかかった。

たとえば今日、スマホから自動運転車までありとあらゆるものの電源として使われているリチウムイオン電池が、最初に考案されたのは1970年代のことだ。

しかし市場に登場したのはようやく1990年代になってからで、成熟したのはここ数年のことだ。

だがこの進歩のスピードは、オバマ大統領にはあまりに歯がゆかったようだ。

2011年6月、カーネギー・メロン大学で、オバマ大統領は「材料ゲノム・イニシアチブ」を発表した85。

オープンソースの手法と人工知能を使い、材料科学のイノベーションのペースを倍増させる国を挙げての取り組みだ。

大統領はこの分野の発展を加速させることは、アメリカの世界的競争力にとってきわめて重要であり、クリーンエネルギー、国家の安全保障、そして人々の幸福という重要な問題の解決のカギを握ると考えていた。

この試みは成功した。

AIを使い、水素、ホウ素、リチウム、炭素といった元素の数億通りもの組み合わせを調べることで、材料ゲノム・イニシアチブは膨大なデータベースを構築した。

これを使えば科学者たちは、周期表を使ってジャズの即興演奏のようなことができる。

デロイトコンサルティングで先端材料を担当する材料科学者、ジェフ・カーベックは「ここ数年、高性能コンピューティングと量子力学の助けを借りて、1万種類ほどの既知の材料を使ってまだ存在しない新たな材料の特性を予測できるようになりました86。

新世代の膝インプラントを開発するときには、AIがデータベースで利用可能な材料をすべてスクリーニングし、最も安全で信頼性の高いものを選択するといったことが数年以内に可能になります」と説明する。

オバマ大統領のイニシアチブのおかげで、私たちは物理的世界の新たな地図を手に入れた。

この地図を使えば、科学者はかつてないほどの速さで元素を組み合わせ、見たこともないような元素を生み出すことができる。

かつてないほどのスケールやサイズを実現する新たな製造ツールも続々と誕生し、このプロセスに拍車をかけている。

たとえば製造プロセスを原子レベルでコントロールすることも可能で、今では原子を一つずつ組み立てながら材料がつくられている。

こうしたツールの貢献もあり、軽量な車両用の炭素繊維複合材、耐久性の高いジェットエンジン用の最先端の合金87、人間の関節を代替する生体適合材料88などが生み出されてきた。

蓄電89や量子コンピューティング90の分野でもブレークスルーが起きている。

ロボティクス分野で、新たな材料を使ってヒト型のソフトロボットに必要な人工筋肉がつくられている。

ドラマ『ウエストワールド』の世界が現実化したようなものだ。

材料科学の進歩は、デバイスの進歩に直結する。

アプライド・マテリアルズの最高技術責任者、オムカラム・ナラマスはこう説明する91。

「今日のスマホと同じものを1980年代につくろうとすれば、コストは1億1100万ドル、高さは14メートル、そして200キロワットの電力を消費したはずです。

ここからも材料科学の進歩の威力がわかるでしょう」材料の世界で最も重要な事例は、太陽光発電だろう。

現在、標準的なソーラーパネルの「変換効率」(とらえた太陽光のどれだけを電気に転換できるか)は16%前後で、1ワットあたりのコストは3ドルだ92。

ペロブスカイト(灰チタン石)は光に敏感なクリスタルで、ごく最近登場した新材料だが、変換効率は66%に達する可能性がある93。

理論的にはパネルの効率を2倍にできる。

ペロブスカイトの材料はどこでも入手でき、結合させるコストも低い。

こうした要因が重なり合った結果、誰もが利用できる安価な太陽光発電が実現する。

材料科学の限界に位置するのがナノテクノロジーだ。

ここでは取り扱う物質の大きさがナノ単位になる。

アリの100万分の1、赤血球の8000分の1、DNAストランドの2・5分の1の大きさだ。

ナノテクノロジーという概念が登場したのは、物理学者リチャード・ファインマンの「底にはまだたっぷりスペースがある」と題した1959年のスピーチだ94。

しかしこの言葉が広く知られるようになったきっかけは、K・エリック・ドレクスラーの1987年の著書『創造する機械:ナノテクノロジー』(パーソナルメディア刊)だ95。

ドレクスラーはここで自己再生するナノマシンという概念を示した。

他のマシンを生み出すことのできる、極小のマシンだ。

この極小マシンはプログラム可能なので、さらに自己再生したり、あるいは他の用途に振り向けたりすることができる。

しかもそれが原子レベルで行われる。

つまり土、水、空気などあらゆる物質を原子単位に分解し、それを原材料として別の物質をつくることができるわけだ。

ドレクスラーによると、水面に浮かぶ藻の塊から、傷一つない大粒ダイヤの指輪ができるという。

その後の進歩はめざましく、いまやたくさんのナノプロダクトが市場で流通している。

二度と衣服をたたみたくない人は、ナノスケールの添加剤を加えてシワやシミを防ぐことができる。

窓拭きが苦手なら、窓にナノフィルムを貼ることで自動清掃、反射防止の機能を付けたり、電気を通すようにしたりすることもできる。

自宅で太陽光発電をしたければ、ナノコーティングによって太陽のエネルギーを吸収できるようになる。

ナノ材料を使えば自動車、飛行機、野球用バット、

ヘルメット、自転車、スーツケース、電動工具など、さまざまなものが軽量化できる。

ハーバード大学の研究者らは、幅わずか1ミリメートルのミニチュア電池を製造できる、ナノスケールの3Dプリンターを開発した96。

無骨なVRゴーグルが嫌いでも、問題はない。

今では研究者たちがナノテクノロジーを使い、現行のスマホの6倍の解像度を持つスマート・コンタクトレンズをつくっている97。

それだけではない。

医療の世界では薬を届けるナノボットが癌治療にきわめて有効であることが明らかになっている98。

さらに驚くことに、ハーバード大学のバイオエンジニアは最近、たった1グラムのDNAに700テラバイトのデータを保存することに成功した99。

環境保護の面では、大気中の二酸化炭素を取り込み、製造業で使えるようなきわめて強度の高い炭素ナノ繊維に転換することが可能になった。

太陽光発電を使ってこれを大規模に実施できるようになれば、サハラ砂漠の10%ほどの大きさのシステムによって、10年ほどで大気中の二酸化炭素を産業化以前の水準に減らすことができる100。

応用例を挙げていけばキリがない。

しかもその実現の速度も驚異的だ。

これからの10年で、極端に小さなモノたちが極端に大きな影響力を持つようになる。

第2部では、こうした変化が社会の主要な側面にどのような影響を及ぼすかを詳しく見ていく。

だがその前に、材料のなかでも特別な部類に目を向けてみよう。

生命の基本的な構成要素である細胞、遺伝子、タンパク質などだ。

それらはバイオテクノロジーにどのような変化をもたらそうとしているのか?バイオテクノロジー1970年代は俳優のジョン・トラボルタにとってよい時代だった101。

デビューは1972年だが、75年にテレビシリーズ『おかえり、コッター』に出演して世間の注目を集めた102。

そして76年にエミー賞3部門にノミネートされたテレビ映画『プラスチックの中の青春』で主人公を演じ、大スターとなった103。

この映画はデビッド・ベッターというテキサスに住む実在の少年をモデルにしていた。

デビッドは「X連鎖重症複合免疫不全症」という、免疫システムを破壊する遺伝性疾患に苦しんでいた。

ありとあらゆる細菌から身を守るため、密閉空間の中で生活しなければならない。

水、食料、衣服など、この空間の中に入れるものは、まず殺菌しなければならない。

この遺伝病の患者にとっては、ふつうの空気を吸うことすら命取りになる。

トラボルタがこの役を演じる4年ほど前、《サイエンス》誌に重症複合免疫不全症などの遺伝性疾患の患者を救う、まったく新しい治療法に関する記事が載った104。

遺伝子治療と呼ばれるこの方法は、風変わりだったが、有望だった。

遺伝性疾患はDNAの変異が原因で起こるので、治療するには悪いDNAを発見し、よいDNAと交換しなければならない。

要はDNAのデバッグをするのだ。

だがどうすればよいDNAを適切な場所に送り込めるのか?そこで登場するのがウイルスだ。

この微小な病原体は、細胞にくっつくことで増殖していく。

細胞に吸着すると、自らの遺伝子を細胞の核に注入し、ウイルスのDNAを増殖させる。

製造ラインをハイジャックするようなものだ。

遺伝子治療はこのプロセスに便乗し、ウイルスの遺伝子から病気を引き起こす部分を抜き取り、よいDNAに置き換える。

ウイルスが吸着した細胞によいDNAを注入すれば、まず病気の症状が消え、やがて病気そのものが治る。

すばらしい可能性を秘めた治療法ではあったが、科学的には容易ではなかった。

最初の遺伝子治療が登場するまでに20年近くかかったが、本当に厄介な問題が持ち上がったのはそれからだ。

1999年には、きわめて珍しい代謝疾患を抱えたジェシー・ゲルシンガーという18歳の少年が、ペンシルベニア大学の実施した遺伝子治療の薬の実験に参加した105。

ゲルシンガーの病状は命にかかわるようなものではなかった。

徹底的に食生活を管理し、毎日32錠の薬を飲むことで、症状は抑制できていた。

しかし治験によって完全に病気が治る可能性があったため、参加することにした。

最初に薬を投与された4日後、ゲルシンガーは回復するどころか死亡した。

遺伝子治療で命を落とした初の患者だった。

不幸はその後も続いた。

ゲルシンガーの死亡後ほどなくして、フランスで実施された重症複合免疫不全症の遺伝子治療のための治験では、参加した子供10人のうち、二人が癌を発症した106。

FDAは即座に遺伝子治療を全面的に禁止した。

2001年のドットコムバブル崩壊が追い打ちをかけた。

爆発的に成長していたネット業界から、遺伝子治療ベンチャーに流れていた資金が止まったのだ。

これは潜行段階の大きな挫折であり、遺伝子治療の復活はないだろう、と思った者も多かった。

だが科学の進歩によって、遺伝子治療は復活した。

遺伝子治療が鳴りを潜めているあいだにも、研究は続いた。

とだえることなく、着々と。

そして2019年4月18日、衝撃的発表によって再び世間の注目を集めることになった。

重症複合免疫不全症が完治したというのだ107。

治療を受けたのは、この疾患を抱えて生まれた赤ちゃん、つまり免疫システムを持たずに生まれた赤ちゃん10人だ。

症状が改善した、管理可能になったということではない。

治療前には免疫システムがなかったのが、治療後は免疫システムができたのだ。

疾患は完治した。

他の疾患も負けてはいない。

現在、50以上の遺伝子治療薬が臨床試験の最終段階にあり、間もなく不治の病がいくつも治るようになるだろう108。

だが遺伝子治療は、バイオテクノロジーのもっと大きな変化の一部にすぎない。

バイオテクノロジーとは、生物学をテクノロジーとして使うことだ。

遺伝子、タンパク質、細胞といった生命の基本的構成要素を、生命を操作する手段として使うのだ。

本当の意味で、すべては人体から始まる。

人体は30兆から40兆個の細胞の集まりで、その働きによって私たちの健康が左右される109。

個々の細胞には母親からの遺伝情報が32億文字、父親からのそれが32億文字含まれている。

これがあなたのDNA、ゲノムであり、「あなた」を形づくるソフトウエアだ。

あなたの髪や目の色、身長、性格の相当部分、病気の発症しやすさ、寿命などを決定づける。

最近まで、こうした文字を「読む」のは困難で、それぞれの働きを理解するのはさらに難しかった。

これこそが1億ドルをかけた10年間にわたる「ヒトゲノム・プロジェクト」の目標であり、2001年に完了した110。

だがそれ以降、価格はムーアの法則の3倍ペースで下落してきた111。

今日、人一人のゲノム配列を調べるのにかかるのはほんの数日で、コストは1000ドルに満たない112。

アメリカのイルミナなどは、今から数年後にはそれを所要1時間、コスト100ドルで実現すると約束している。

CRISPRゲノム・シークエンシング(配列決定)を安価かつ短時間で行うことが重要なのは、それが医療のあり方を一変させるからだ。

問題のある細胞を治す方法は、すでに複数ある。

遺伝子治療は細胞の中の問題のある、あるいは欠けているDNAを交換する。

「CRISPR‐Cas9(クリスパー・キャスナイン)」のような遺伝子編集技術を使えば、細胞内のDNAを修復できる113。

そして幹細胞治療は細胞そのものを交換する。

ゲノム・シークエンシングが高速化したことで、こうした治療法が今、世の中に登場しているのだ。

たとえばCRISPRは、遺伝子疾患との戦いにおける主要な武器となった。

具体的には、遺伝子コードの問題個所だけを狙い撃ちし、その部分のDNAを書き換えるエンジニアリング・ツールだ。

たとえば筋ジストロフィーを発症させるDNA文字列を除去したければ、CRISPRを使って問題個所に狙いを定め、チョキチョキ切るだけで完了だ。

それ以上に重要なのは、CRISPRは安価で、高速で、簡単に使えるという点だ。

ここ5年で遺伝子編集では唯一無二のツールとなった。

そして最近ハーバード大学の科学者らが、きわめて精度の高い次世代版「CRISPR2・0」を発表した114。

たった一つのDNA文字列の、たった一つの文字にターゲットを絞り込むことができる。

32億文字のなかのたった一つをいじることに、どんな意味があるのか?この研究を指揮したハーバード大学の化学生物学者、デビッド・リュウは《ロサンゼルス・タイムズ》紙に「現在、人間の疾患と関連があることがわかっている5万種類の遺伝子変異のうち、3万2000個はたった一つの塩基対が別のものに置き換わっているために起きているのです」と説明している115。

ヒト胚のDNA編集を可能にする「生殖細胞系列の遺伝子操作」もCRISPRの応用例だ116。

デザイナー・ベビーをイメージするとわかりやすいだろう。

生殖細胞系列の遺伝子操作には依然として批判も多い(SF映画『ガタカ』を思い出してみよう)。

しかし嚢胞性線維症や鎌状赤血球貧血に悩まされてきた家系からその原因を取り除くことができると思えば、重要度という点では前世紀のワクチンと変わらないほどの医学の進歩と言える。

幹細胞についても考えてみよう117。

幹細胞は身体の重要な修復メカニズムだ。

あらゆる細胞に変化する驚くべき能力があり、傷ついた細胞組織を修復するのに

使われる。

幹細胞治療もこの仕組みを応用している。

現在、アメリカで承認されている幹細胞治療はごくわずかだが、世界中の研究機関ではとほうもない量の研究が行われている。

癌、糖尿病、関節炎、心臓疾患、黄斑変性症、骨格組織修復、疼痛管理、神経疾患、自己免疫疾患、やけどなどの皮膚疾患、失明などさまざまな分野において、先端的治療が生まれつつある。

「パーソナライズされた医療」の時代がくるただここで最も重要なのは、幹細胞、遺伝子治療、あるいはCRISPRそのものではなく、こうした技術がすべて組み合わさったコンバージェンスの威力であり、そこに最も大きな可能性が潜んでいる。

このコンバージェンスの最大の成果は「N=1医療」と呼ばれる個人にカスタマイズされた医療だろう。

「N=1医療」では、あなたが受ける治療はすべてあなただけのため、すなわちあなたのゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、マイクロバイオーム(微生物叢)などに合わせてデザインされたものになる。

いまだかつてない予防治療が可能になる。

自分にとって最適な食事、サプリメント、運動メニューがわかるようになる。

自分の内臓にどんな微生物が住んでいて、それを健康な状態に保つにはどんな食生活が望ましいかもわかる。

どんな疾患にかかりやすいか、それを防ぐには何をすればよいかもわかる。

信じられないほどパーソナライズされた医療が受けられる時代が到来する。

生命をつかさどる手段が、生命を守る手段になる。

過去の世代を苦しめてきた多くの疾患が、すでに私たちの記憶から消滅しつつある。

第4章加速が「加速」する加速を「加速」させる七つの力変わらないのは「変化が続く」という事実だけであり、変化は加速する一方だ。

本書では繰り返しそう主張してきた。

変化が加速するのは、三つの増幅要因が重なっているからだ。

一つめがコンピューティング能力のエクスポネンシャルな成長だ。

第2章、3章で取りあげたテクノロジーはすべてその恩恵を受けている。

二つめが、加速するテクノロジー同士のコンバージェンスだ。

変化の波が重なり合い、目の前のすべてをのみ込んでいく。

AIとロボットが融合すると、数億人の雇用が失われるのがその例だ。

そして注目すべき最後の増幅要因が「七つの推進力」の存在である。

個別にみれば融合するエクスポネンシャル・テクノロジーの副産物、専門用語で言うと「副次的効果」だ。

それがイノベーションを加速させる追加要因となっている。

それぞれの推進力は個別に作用するが、組み合わさったときに最大の力を発揮する。

それぞれが一つの数式を構成するステップといえる。

世界の変化のスピードとスケールを高めるために(私たち全員の手によって)開発されたアルゴリズムと考えてもいい。

それぞれのステップは前のステップの影響を受け、積み重なるほど強力になり、加速が加速していく。

こうして祖父母の世代では何十年もかかったような変化が、たった1年のうちに起きている。

本章ではこの七つの力を一つずつ見ていく。

本書の第2部ではその全体としての影響について、また推進力が交錯することで今後10年の私たちの暮らしがどのように変わっていくかを考える。

だが、まずは個別に見ていこう。

一つめは「時間」だ。

推進力1時間の節約伝説的コンピュータ、マッキントッシュの誕生をめぐるエピソードを集めたオンラインサイト《オリジナル・マッキントッシュ》で、アップルのコンピュータ科学者のアンディ・ハーツフェルドがいかにもスティーブ・ジョブズらしいエピソードを語っている1。

ジョブズらしいというのは、例によっていら立っていたからだ。

原因はスピードだ。

初代マックはとびきり速いコンピュータということになっていた。

少なくとも机上の計画では。

モトローラのマイクロプロセッサ「68000」を搭載しており、「アップルⅡ」より10倍速かった。

しかしRAMが限られていたため、フロッピーディスクから追加情報をアップロードする必要があった。

これが特に問題となったのが起動時で、何分もかかることがあった。

この起動の遅さがジョブズには耐えられなかった。

ある日、エンジニアのラリー・ケニオンのキュービクルに突然やってきて、こう言い放った。

「マッキントッシュの起動が遅すぎるぞ。

速くしてくれ」ケニオンはジョブズの話に辛抱強く耳を傾けた。

この苦情を聞くのは初めてではなかった。

そしてそれまでと同じように、コンピュータの処理速度を高める方法をいくつも提案した。

ここを変えて、あそこをいじって、と。

だが残念ながら、いずれも起動後の速度にしか影響を与えない案だった。

ジョブズはまったく満足しなかった。

「いいかい、ずっと考えてたんだ。

このマッキントッシュをいったい何人が使うと思う?100万人か?ちがう、そんなもんじゃない。

数年後には500万人が使うようになる。

君が起動時間を10秒削れたとしよう。

それが500万ユーザー分だとすれば、1日あたり5000万秒だ。

1年で数十人分の人生ぐらいの時間になる。

だから君が起動時間を10秒短縮すれば、1ダース以上の人命を救えることになるんだぜ。

それは本当に意味のあることだと思わないか?」それから数カ月で、開発チームはなんとか起動時間を10秒減らした。

そしてジョブズの言うとおりだった。

ユーザーは起動にかける時間を何秒か節約することができた。

ただ、これは特異な出来事ではなく、繰り返し出現するパターンだった。

「時間の節約」は多くのテクノロジーに共通する、重要なメリットの一つなのだ。

別の言い方をすれば、短縮されたのは起動の時間だけではない。

たとえば最も多くの人に使われているテクノロジーの一つ、検索エンジンを考えてみよう。

検索エンジンが登場する前は、何かを調べたければ図書館に行く必要があった。

つまり時間がかかった。

どれくらいの時間か確かめるために、2014年にミシガン大学の行動経済学者、ヤン・チェンが実験をしている2。

参加者にいくつか質問を与え、そのうち半分にインターネット・アクセスを与え、残りの半分には図書館で調べさせたのだ。

そして所要時間を測定した。

オンラインで調べたグループの平均回答時間は1問あたり7分、オフラインのグループは22分だった。

つまり誰かが検索エンジンにクエリーを入力するたびに、このテクノロジーは15分の余剰時間を与えてくれるのだ。

ここにジョブズ風の論理を当てはめると、グーグルが1日あたり処理する35億個のクエリーだけをとっても、1日あたり525億分を節約してくれることになる。

たしかにジョブズの言うとおり、相当な数の人の命を救っている計算になる。

オンラインショッピングやエンターテインメントなども、同じように時間の節約に役立っている。

かつては腕時計を買おうと思えば、店に足を運ぶ必要があった。

映画を観るには車に乗って映画館に行かなければならなかった。

飛行機のチケットを予約するには、まず電話をかけ、待たされ、ときには生身の人間と会うことも必要だった。

いまやその必要はなくなった。

その影響は絶大だ。

イノベーションが生まれるには、自由な時間が必要だ。

数世紀前まで世界の変化が非常に遅かった大きな原因は、人々に新しいものを生み出すための時間がなかったからだ。

1日の大半は生活に必要なものを手に入れることに費やされていた。

食物を育て獲物をとり、水を運び、衣服を縫ったりつくろったり、掃除をしたり、といった具合に。

だがジョブズが指摘したように、テクノロジーはこの問題を解決する。

ここ100年で、省力化のためのツール(電気、水道、電化製品など)によって、誰もが嫌がる家事労働にかかる時間は1900年の週58時間から、2011年には週1・5時間まで減少した3。

起業家や発明家は、ただ生きているだけで毎月1週間分の仕事時間をタダで手に入れたわけだ。

これが具体的に何を意味するかといえば、時間の節約は単にテクノロジーの恩恵というだけでなく、加速のもう一つの推進力であるイノベーションを後押しするということだ。

しかも私たちが今節約している時間は、これから節約できる時間にははるかに及ばない。

1800年代末にニューヨークからシカゴへ移動しようと思えば、乗合馬車で4週間かかった4。

それから数十年後には鉄道によってほぼ4日に縮まった。

それが飛行機によって4時間になった。

だがこれから数年後には、ハイパーループによって1時間を切り、さらにVRやアバターによってゼロになる可能性もある。

センサーは電化製品に知性を与えるだけでなく、私たちの生活に時間の余裕を与えてくれる。

まもなく自宅のコーヒー豆が切れたら、冷蔵庫がそれに気づき、発注の指示を出すようになるだろう。

ブロックチェーンのスマート・コントラクトが注文し、アマゾンのドローンが家に届けてくれる。

私たちがコーヒーが切れていたことに気づくのは、自宅の宅配ボックスに届いていた豆を台所の棚に移すときだ。

もちろんいずれそれも執事ロボットが代わりにやってくれるようになる。

最も大きな効果が出るのは仕事の面だろう。

材料科学から医学研究にいたるまでさまざまな分野で、AIによって新たな化合物の実験は実験室ではなくコンピュータの中で行われるようになり、成果が出るまでの期間は数年から数週間に縮まる。

量子コンピューティングにも同じ効果があり、その速度を一段と高める。

3Dプリンティングは製品の製造や建物の建設にかかる時間を何カ月も短縮する。

挙げていけばキリがない。

こうした要素がすべてイノベーションの速度に影響を及ぼす。

節約によって浮いた時間が積み重なり、発明家、起業家、いわゆるガレージで夢を追う若者たち

が実験し、失敗し、方向転換し、再び失敗し、再び方向転換し、最終的に成功するための時間が増えていく。

テクノロジーはイノベーションを生み出すまでの時間を短縮する一方、イノベーターがそれを生み出すために使える時間を増やした。

こうして加速のためのフィードバック・ループが加速しているが、ループはこれだけではない。

推進力2潤沢な資金歴史をふりかえっても、あれほど強烈なワンツー・パンチはそうそうない。

1957年、ソ連は第一撃として「スプートニク1号」を軌道上に打ち上げた5。

アメリカは大混乱におちいった。

水爆の父と呼ばれるエドワード・テラーは、これを「アメリカにとって真珠湾以降、最大の敗北」と呼んだ6。

マイク・マンスフィールド上院議員は「まさにアメリカの存亡がかかっている」と語った7。

だがソ連は手を休めなかった。

最初のパンチに続き、わずか4年後にはユーリイ・ガガーリンが人類で初めて地球周回軌道をまわった8。

この二つのパンチにアメリカ国民はショックを受け、冷戦の恐怖が高まり、宇宙開発競争が始まった。

ではアメリカはどうやって反撃したのか?答えはカネである。

それもうなるほどのカネだ。

数カ月後、ケネディ大統領は対抗措置としてアポロ計画を策定、アメリカのGDPの2・2%を航空宇宙産業に投じることを決断した9。

大量の資金が流れ込んだことがイノベーションを一気に加速し、アラン・シェパードによるアメリカ人初の弾道飛行からニール・アームストロングの月面着陸まで、わずか8年しかかからなかった。

ある意味、当然のことだ。

カネほど技術開発を加速するものはない。

投じる資金が多いほど、たくさんの宇宙飛行士を育てられる。

資金が増えれば、実験し、失敗し、最終的にブレークスルーに成功する研究者の数も増える。

二つめの推進力は、入手可能な資本のかつてないほどの増加だ。

今ほどイノベーターが容易に資金を入手できる時代はなかった。

そしてこの潤沢な資金が、さらに多くのイノベーションを支える。

ムーンショット(壮大な計画)やとんでもないアイデアが、とにかく増えていく。

お金が世界を動かしているわけではないが、未来を加速させているのはまちがいない。

ではその潤沢な資金はどこから来ているのか?デジタル・テクノロジーがその答えだ。

テクノロジーが資金を生む新たなテクノロジーは新たな「事業機会」を生み出すものと相場が決まっているが、デジタル・テクノロジーには一つ重要な違いがある。

デジタル・テクノロジーは新たな「資金調達」の方法を生み出したのだ。

その一例がクラウドファンディングで、資金調達にかかる費用という点では限りなく下限に近い。

クラウドファンディングになじみのない読者のために説明しておくと、これは非常にわかりやすい仕組みだ。

まず「クラウド」とは、現在ネットにつながっている数十億人を指す。

「ファンディング」とは、そのクラウドにお金を出してくれと頼むことだ。

通常クラウドファンディングの希望者は、キックスターターなどのクラウドファンディング専門サイトに動画を投稿し、世界に自分の開発しようとしている製品やサービスをアピールする。

そして資金拠出を求めるわけだが、それには四つのパターンがある。

融資(つまりはピア・トゥ・ピア融資)、出資、リワード(お礼。

たとえばTシャツなど)との交換、そして開発されるであろう製品やサービスの事前購入だ。

出資額は相当な金額に膨らむこともある。

世界初のクラウドファンディング・プロジェクトは1997年、イギリスのプログレッシブ・ロックバンド「マリリオン」が、アメリカツアーを敢行するための資金6万ドルを集めるためにオンラインで寄付を募ったものだ10。

それから20年経ち、2015年の市場規模は世界全体で340億ドルまで成長した11。

そしてマリリオンは寄付を募るための仕組みを一からつくらなければならなかったが、今日の起業家は北米だけで600あるクラウドファンディング・プラットフォームのどれかを選ぶだけでいい。

たとえばリワードをベースとするクラウドファンディング・プラットフォームのなかでも最も人気が高いサイトの一つである「キックスターター」は、これまでに45万件のプロジェクトを掲載し、44億ドル以上を集めた12。

事業立ち上げまでにかかる時間も大幅に短縮した。

キックスターターで最も成功したプロジェクトの一つ、スマートウォッチの「ペブルタイム」は、わずか1カ月あまりで2000万ドル以上を集めた13。

マリリオンの時代なら、同じことをするのに何年もかかったはずだ。

そして他の多くのデジタル・プラットフォームがそうであるように、クラウドファンディングもムーアの法則に則り、2ケタ成長を続けている。

専門家は2025年までに、クラウドファンディングというエコシステムでは3000億ドルの資金が流通するようになると予測する14。

しかし最も重要な変化は、エコシステムに流れ込む金額ではない。

そのお金を手に入れられる人の顔ぶれだ。

「キバ」をはじめとするピア・トゥ・ピアのマイクロレンディング(貸付型クラウドファンディング)サイトは、これまで投資家が目を向けてこなかった地域に資本をもたらしている。

そしてリワード・ベースのサイトは、海洋清掃テクノロジーからおよそ実現性のなさそうなオキュラスリフトのような画期的テクノロジーまで、資金調達が困難なありとあらゆるプロジェクトに機会を与えている。

クラウドファンディングは資本へのアクセスを大衆化し、よいアイデアとスマホさえあれば、誰でもどこでも事業化に必要な資金を入手できるようにした。

ゴールドマン・サックスがクラウドファンディングを「新しい資金調達の仕組みのなかで最も破壊力を持ちうる」と評するのはこのためだ15。

クラウドファンディングが起業家が事業資金を調達するための新たな方法だとすれば、次に見ていくベンチャーファンディングは昔ながらの方法といえる。

しかしこの昔ながらの方法は、新しいテクノロジーの加速に大きな役割を果たしてきた。

過去50年にわたりベンチャーキャピタルはアップル、アマゾン、グーグル、ウーバーを筆頭に数多くの企業の誕生を後押しし、加速を加速させるだけでなく、このプロセスそのものの基礎的な推進力となってきた。

アメリカではベンチャーファンディングは1995年の81億ドル16から、2016年には614億ドル17に増加した。

2017年はベンチャーファンディングの当たり年で、アメリカでの投資額は995億ドル(史上第2位の金額。

史上最高額はドットコムバブル最中の2000年に記録した1190億ドル)となった18。

だがそれ以上に好調だったのがアメリカ以外で、比較的新顔のアジアでの投資額は810億ドル19、ヨーロッパのベンチャーキャピタルは210億ドル20とそれぞれ史上最高を記録した。

それ以上に重要なのは、こうした資金の相当部分がテクノロジーに直接投資され、イノベーションにさらに弾みをつけたことだ。

とりわけ活発だったのがエクスポネンシャル・テクノロジーへのベンチャーキャピタルによる投資だ。

ブロックチェーンや音声認識インターフェース・テクノロジー(アレクサなど)への投資は近年、爆発的に増加してきた。

AIへの投資は増加しており、2017年の54億ドルが2018年には93億ドルになった21。

バイオテクノロジー投資も同じような盛り上がりを見せており、2017年の118億ドルが2018年には144億ドルに増えている22。

新規仮想通貨公開(ICO)しかしあっという間に驚くような金額を調達する手段といえば、新規仮想通貨公開(ICO)に並ぶものはない。

暗号通貨の領域から登場したICOは、ブロックチェーン・テクノロジーに支えられた新しいタイプのクラウドファンディングだ。

スタートアップ企業は独自の仮想通貨(「トークン」「コイン」などと呼ばれる)を創り、売り出す。

このトークンを購入することで、会社の持ち分(少なくとも議決権)や将来の利益の一部が手に入ることもあれば、不動産などの部分所有権を証明する有価証券が手に入ることもある。

ICOは短期間でとんでもない大金を調達できる手段として知られるようになった。

それも首をひねりたくなるような状況で。

たとえばファイルコインはブロックチェーン・ベースの分散型データストレージ・ネットワークだ23。

参加者は自分のサーバーのストレージの余剰スペースを、ファイルコイン(同社のトークンの名称)と引き換えに貸し出すことができる。

同社が2017年8月にICOを実施したところ、わずか30日で2億5700万ドルを調達することができた。

このうち1億3500万ドルは募集開始からわずか1時間で集まった。

だがこのときはまだ稼働しているプロダクトは存在しなかった。

これは特異な例ではない。

ファイルコインのICOが成功を収める1カ月前には、自己修正機能を持つ仮想通貨テゾス(ビットコインのアップグレード版と言われる)がわずか13日で2億3200万ドルを調達している。

そして現在取引されている仮想通貨のなかで最も人気があるものの一つであるEOSトークンは、1年をかけたICOを通じて40億ドルという記録的金額を集めた。

しかもトークンブームは落ち着く気配もない。

四半期あたりのICO件数は急増しており、2017年第1四半期に10件程度だったのが、2017年第4四半期には100件を超え、それ以降も増え続けている。

ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)ただ、ここでICOのことはいったん忘れよう。

資金量という点で真のヘビー級チャンピオンは、ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)と呼ばれる政府系投資ファンドだ。

こうした巨大ファンドの運用資産は8・5兆ドルに達するとされる24。

億ではない、兆である。

従来SWFは、公開株、インフラ、天然資源などに資金を投じてきた。

しかしスタートアップ企業の魅力が高まりつづけるなか、ベンチャー投資に莫大なリターンを求めはじめた。

スペイン・マドリードのIEビジネススクールの研究センター「ソブリン・ウェルスラボ」によると、2017年にはSWFによるスタートアップへの投資が42件、総額162億ドルに達したという25。

孫正義のビジョンファンドだがこれもソフトバンクCEOの孫正義による巨大ファンド「ビジョンファンド」に比べると見劣りする。

孫はレイ・カーツワイルの提唱する「シンギュラリティ」の到来を信じている。

AIの進歩によって、かつてないようなテクノロジーの進歩と想像もつかないような文明の変化が起きる、という説だ。

孫はこのプロセスを加速しようと決意した。

最近の講演ではこう語っている。

「私はこの概念に心酔しています。

これからの30年で現実になります。

シンギュラリティは到来すると心から信じているからこそ、急いで資金を集め、投資しようとしているんです26」確かに孫は資金を集めた。

ビジョンファンドが立ち上がったのは2016年9月27。

石油に偏っていた自国の投資ポートフォリオを分散化しようとしていたサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン副皇太子(当時)が東京にやってきた。

そこで孫は自らのアイデアを売り込んだ。

史上最大のファンドを立ち上げ、テクノロジー・ベンチャーに投資しよう、と。

1時間も経たないうちに、ビン・サルマンはビジョンファンドの中核的投資家になることに合意した。

「45分で450億ドル。

1分あたり10億ドルだ」。

後日、米系ファンド、カーライルグループ共同創業者のデビッド・ルーベンシュタインのトークショーに出演した孫は語った。

まもなくアップル、フォックスコン、クアルコムといった企業もファンドへの投資を決めた。

それも現時点の話だ。

孫によると、1000億ドルのビジョンファンドは「最初の1歩にすぎない」。

数年以内にビジョンファンド2号の設立を目指している、とすでに発表している。

「われわれは迅速に規模を拡大していきます。

2~3年おきにビジョンファンド2号、3号、4号を設立するつもりです。

目下、投資能力を10兆円から20兆円、そして100兆円に拡大するための仕組みをつくっています」どう見ても大変な金額だ。

これをクラウドファンディング、ベンチャーキャピタル、ICOがもたらす資金に加えれば、単にベンチャー企業がたくさん生まれるという話ではないことがわかるだろう。

潤沢な資金は、お金を記録的なスピードでアイデアやイノベーションに変えていく、ターボチャージャーのような役割を果たす。

推進力3非収益化前章で「エクスポネンシャルの六つのステージ」として、すべてのエクスポネンシャル・テクノロジーがたどる発展段階を説明した。

それぞれは通過点であり、テクノロジーが今どの段階にあり、どこへ向かっているかを理解するための手段である、と。

ここで再び、発展段階の一つである「非収益化」に注目し、それが加速の推進力の役割も果たすことを見ていきたい。

まずイノベーションが生まれるためには、研究が不可欠であるというシンプルな事実から出発しよう。

だから数百万ドルの研究費を自由に使えるという状況ほどすばらしいものはない。

この数百万ドルでまかなえる範囲が100万倍に広がったらどうだろう?非収益化とは、まさにそういうことだ。

前章で見たとおり、2001年には人1人のゲノムのシークエンスを解析するのに9カ月の時間と1億ドルのコストがかかっていた。

それが今日、イルミナの最新のシーケンサーを使うと、同じ作業が1時間で、しかも100ドルでできる28。

速度は6480倍、コストは100万分の1だ。

この結果、ゲノミクスの研究者は政府からの研究費によってかつてないほど多くの研究ができるようになり、研究成果やブレークスルーが生まれるスピードが加速している。

同じことがゲノム・シークエンシングだけでなく、何十という分野で起きている。

かつては極端に資金力のある企業や主要国の政府系研究機関しか使えなかったツールが、今ではタダに近いコストで誰でも使えるようになった。

最もわかりやすい例が、あなたのポケットに入っているスーパーコンピュータだ。

数十年前なら数百万ドルしたはずの機械である。

2012年に私たち著者二人は、当時の比較的高額なスマホ(800ドル前後)に標準装備されていたテクノロジー(音楽プレーヤー、ビデオカメラ、計算機など)の価値は、当時のドルに換算すると100万ドルを超えると評価した。

そして今、ムンバイで1台50ドルで売られているスマホにも、まったく同じ機能が入っている。

そしてそれも当然といえる。

カメラ、加速度計、GPSなど搭載されているセンサーの大きさは1000分の1に縮小し、価格は100万分の1に下落したのだから。

ロボットが大企業でしか使われていなかったのも、それほど昔のことではない。

だが今では住宅用掃除ロボットがふつうの掃除機よりも安く買える。

こうしたロボットを動かす電力の価格も低下している。

2019年の国際再生可能エネルギー機関のレポートによると、再生可能エネルギーは現在、世界の発電量の3分の1を占め、コストは石炭より低くなった29。

太陽光発電のコスト低下が現在のペースで続き、規模の倍増があと5回繰り返されれば、世界のエネルギーニーズをすべてまかなえるようになる。

その18カ月後にもう1回倍増すれば、太陽光だけで世界のエネルギーニーズを200%まかなえる。

私たちは地球を動かすすべての電力が、完全に非収益化する時代に向かっている。

あらゆるイノベーターは電力を必要とするので、このトレンドも世界の変化の速度をさらに加速するだろう。

しかし変化の速度を本当に高めるためには、イノベーションが加速するだけでは不十分だ。

このイノベーションを市場に投入する人間が必ず必要になる。

非収益化のおかげで、企業の基本的ニーズ、すなわち電力、教育、製造、輸送、通信、保険、そして労働力のコストは劇的に低下している。

投じる資金が多いほど、たくさんの宇宙飛行士を育てられる、ということはすでに書いた。

そして非収益化は同じ資金ではるかに大きな推進力をもたらす。

結局のところ宇宙に飛び出すのに必要なのはその推進力なのだ。

推進力4「天才」の発掘しやすさ1913年、ケンブリッジ大学の数学者、G・H・ハーディは奇妙な手紙を受け取った。

それはこんな書き出しで始まっていた。

「親愛なる教授殿。

私はマドラスの港湾事務所の会計課で、年20ポンドの給金で働いている職員です」。

それから便せん9枚にわたり、数論、無限級数、連分数、広義積分に関する120通りもの数式など、さまざまな数学的アイデアが綴られていた。

「ここに何か価値があると思っていただけましたら、貧しい私としてはこの理論を出版していただきたく……」。

手紙には「S・ラマヌジャン」と署名されていた30。

ケンブリッジ大の数学者にとって、数式の書かれた手紙を受け取るのは珍しいことではない。

だがこの手紙はハーディの興味を引いた。

ごくふつうの微積分から出発し、驚くような方向に発展していったからだ。

その結論について、ハーディはのちにこうふりかえっている。

「正しいに違いない、と思った。

というのも真実でないなら、想像力で思いつけるようなものではなかったからだ」

こうして数学史上、まれに見る奇妙な物語が始まった。

シュリニヴァーサ・ラマヌジャンは1887年にインド南部のマドラスで生まれた。

母は専業主婦、父はサリーを売る店の店員だった。

幼いころから数字に強かったものの、ラマヌジャンは正式な数学教育を受けたことも、教師に師事することもなかった。

学問に対する粘り強さもなかった。

大学では数学以外のすべての教科で落第した。

また大学の数学教授にすら、研究を理解してはもらえなかった。

20歳になる前に退学に追い込まれ、それから4年は極貧生活を送った。

絶望のなか、ついにハーディに手紙を書いたのは23歳のときだ。

手紙を読んだときのハーディの最初の反応は、困惑だった。

冗談なのか確かめようと、同僚の数学者のジョン・リトルウッドに手紙を見せた。

まもなく二人は、冗談などではないという結論にいたった。

翌日二人に会った哲学者のバートランド・ラッセルは、そのときの様子をこう書いている。

「二人はとんでもなく興奮していた。

ラマヌジャンこそ第2のニュートンだと確信していたからだ」ハーディはラマヌジャンをケンブリッジに呼び寄せた。

5年後には史上最年少、インド人としては初めて王立協会の会員に選出された。

その4年後に結核でなくなるまでに、ラマヌジャンは3900の公式を生み出した。

そこには長年、未解決とされてきた問題の解法も含まれていた。

コンピュータ科学、電気工学、物理学にも重要な貢献をした。

人類史上最もすばらしい頭脳の持ち主の一人であり、押しも押されもしない天才だった。

だがラマヌジャンの数々の偉業のなかでも、最も驚くべきなのはそもそも彼が見いだされたという事実だ。

ごく最近まで、天才のほとんどは埋もれてきた。

生まれつきすばらしい才能を持っていても、それを生かせるチャンスは非常に限られていた。

ジェンダー、階級、文化の壁が立ちはだかったからだ。

裕福な家庭の男子として生まれなければ、初等教育の3年生より上にはまず進めなかった。

たとえ才能を開花させるのに十分な教育を受けられたとしても、(ラマヌジャンも痛感したように)才能を認められ、それによって世界を変えるのは容易なことではなかった。

IQは天才を測るための唯一の指標ではないが、スタンフォード・ビネー式知能検査の標準偏差で天才の呼び名に値するのは、全人口の1%だ31。

そうだとすると、世界には7500万人の天才がいることになる。

このうち実際に世界にインパクトを与えられる者が何人いるだろう?最近まで、その数はあまり多くはなかった。

今日世界がハイパーコネクテッド化したことの副産物の一つが、こうした圧倒的天才が階級、出身国、文化の犠牲者にならずにすむようになったことだ。

浪費された才能の機会費用はあまり注目されないが、おそらく相当なものだろう。

だが相互接続性の向上とネットワークの爆発的拡大のおかげで、天才を発見する妨げとなる壁が次々と崩れはじめている。

その結果、ますます多くの画期的アイデアが生まれ、イノベーションのペースが速まり、加速につながっていくだろう。

「脳」はここまで開発できるしかも、これは話の前段にすぎない。

天才は希少な存在かもしれないが、その根底にある神経生物学的メカニズムが解明されつつあるのだ。

この取り組みには二つの大きな系統がある。

短期的アプローチと長期的アプローチだ。

短期的アプローチとは「イノベーションの神経生物学的基盤」、すなわちクリエイティビティ、学習、モチベーション、そして「フロー」と呼ばれる心理状態の研究だ。

その成果として、私たちはこうした重要なスキルをかつてないほど高めることができるようになってきた。

クリエイティブな問題解決を測るテストの定番「九つの点」の問題を考えてみよう。

九つの点を4本の直線で結んでみよう。

それも一筆書きで。

制限時間は10分だ。

通常であれば、正当率は5%に満たない。

オーストラリアのシドニー大学の研究では、被験者のうち解けた者は一人もいなかった32。

しかしそれから別の実験群の被験者に、「経頭蓋直流電気刺激法(tDCS)」を使い、フロー状態の際に起こるさまざまな変化を人工的に生み出した。

すると被験者の40%が九つの点の問題を解くことに成功したのだ。

記録的な結果である。

長期的アプローチもテクノロジーを使って認知機能を高めるという点では同じだ。

違いは、まもなくそうしたテクノロジーが私たちの脳に恒久的に移植されるようになるということだ。

イーロン・マスクが創業したニューラリンク33、ブレインツリー共同創業者のブライアン・ジョンソンが創業したカーネル34など起業家が動き出しているほか、フェイスブックなどの企業も次世代の脳インプラントの開発に数億ドルを投資してきた。

こうしたインプラント技術は「神経義肢」「ブレイン・コンピュータ・インターフェース」などと呼ばれる。

ジョンソンはその目的をこう説明している35。

「AI対人間ではない。

目指すのは両者を融合したHI、すなわち『ヒューマン・インテリジェンス(人間知能)』の開発だ」ドキュメンタリー・シリーズ『サイボーグ・ネーション』のような世界が実現するのはまだ先のことだと誰もが考えているが、進歩のペースは大方の人が考えるより速い。

すでに脳卒中でまひした四肢を動かせるようにするための脳コンピュータ・インターフェースや、四肢まひの人が思考するだけでコンピュータを操作するためのインターフェースが登場している。

感覚代替デバイスはすでに登場しており(人工内耳など)、最後の壁ともいえる人工眼も2020年代に実現するだろう。

最新のフロンティアは「記憶」だ。

2017年には南カリフォルニア大学の神経科学者ドン・ソンが、てんかん患者に使われる発作をコントロールするための神経移植の方法を応用し、学習や記憶保持にかかわる神経回路を刺激することで、記憶能力を30%増強してみせた36。

近い将来にはアルツハイマー患者の新たな治療法として、そして長期的にはあらゆる人の脳の機能強化に使われるようになるだろう。

レイ・カーツワイルが完全なサイボーグの開発時期を2030年代と予測したのは有名だ37。

カーツワイルの予測の的中率は平均86%である38。

ただたとえ予測が10年ずれたとしても、ネットワークから神経科学まであらゆる領域で起きている進歩を見れば、最終的により多くの天才、より多くのブレークスルーが生まれ、変化がさらに加速していくのはまちがいない。

推進力5潤沢なコミュニケーション次に見ていくイノベーションの推進力は、ネットワークのパワーだ。

人と人とをつなぎ、アイデアの交流をうながし、発明を後押しする手段である。

18世紀のヨーロッパでは、カフェの誕生が、啓蒙主義の重要な推進力となった。

平等主義を標榜するカフェはさまざまな職業や地位の人々を引き寄せ、科学ジャーナリストのマット・リドレーの有名な表現を借りれば「新たな思想が出会い、交わり、セックスする場」となった39。

カフェは情報共有のハブ、つまりはネットワークとして進歩をうながす役割を果たしたのだ。

当然ながら、同じようなネットワーク効果は都市にも見られる。

都市はいわば特大のカフェのようなものだ。

人口密度が高いほどアイデアの交流が活発になるため、経済成長の3分の2は都市部で生じている。

サンタフェ研究所の物理学者ジェフリー・ウエストは、都市の規模が2倍になると、所得、資産、イノベーション(新規特許の件数で測定)が15%増加することを明らかにした40。

しかし規模という面でカフェが都市の足もとにも及ばないのと同じように、都市も地球と比べればかすんでしまう。

2010年には地球人口の4分の1、18億人ほどがインターネットにつながっていた41。

それが2017年には38億人と、地球人口のほぼ半数に広がっていた。

そしてこれから5~6年後には、残りの半分がネットにつながり、新たに42億人がグローバルな対話に加わってくる。

まもなく80億人の全人類が一人残らず、ギガビットスピードでネットワークにつながる。

都市が人類史上最高の変化の推進力となった理由が、ネットワークとしての規模、密度、流動性にあるのだとすれば、地球全体がまもなく単一のネットワークとしてつながるという事実は、ほんの数年後には地球全体が史上最大のイノベーションの培養装置になることを意味する。

推進力6新たなビジネスモデル伝統的にイノベーションとは、画期的なテクノロジーの発見、あるいは新たな製品やサービスの創造を意味していた。

だがこの定義では、今日起こりつつある最も強力なイノベーションが抜け落ちてしまう。

それは新たなビジネスモデルの創造だ。

ビジネスモデルとは、企業が価値を生み出すためのシステムやプロセスを指す。

歴史を通じてビジネスモデルには驚くほどの安定性があった。

いくつかの重要な概念があり、それが多少変化していく程度だった。

「経済価値を創造し、獲得するための基本ルールがいったん固まると、何年も、ときには何十年も変わらな

かった。

企業はそれをライバルよりうまく遂行することに全力を傾けた」と、《マッキンゼー・クオータリー》の2015年の記事は説明している42。

20世紀にはだいたい10年に1度、大きなビジネス革命が起きていた。

たとえば1920年代には「釣り餌商法」が生まれた43。

最初に安価な商品(餌=無料のカミソリなど)で顧客をつかまえ、あとは延々とレフィル(釣り針=替え刃など)を買わせる仕組みだ。

1950年代にはマクドナルドに代表される「フランチャイズ・モデル」が生まれた44。

1960年代にはウォルマートのような「ハイパーマーケット」というモデルが生まれた。

しかし1990年代に入ってインターネットが登場したことで、ビジネスモデルは劇的な進化の時期を迎えた。

それから20年足らずで、ネットワーク効果によって記録的スピードで新たなプラットフォームが次々と誕生した。

ビットコインとブロックチェーンは従来の「信頼できる第三者」を介する金融モデルをゆさぶった。

クラウドファンディングやICOはそれまでの資本調達の方法を一変させた。

こうした新たなモデルの共通点は何か?それは「すばらしいアイデアがある」という段階から「10億ドル企業を経営している」という段階への期間を大幅に短縮したことだ。

それによって従来のシステムやプロセスを凌駕する価値をもたらしただけでなく、変化を加速させる推進力となった。

それ以上に重要なのは、破壊のスケールが広がっていることだ。

かつてはテクノロジーレベルで加速、融合が起きていたのが、今では市場そのものが加速し、融合している。

つまり過去数十年のビジネスモデルの変化とは比較にならないほどの変化が、これから起きようとしているのだ。

だからといって未来がまるで見通せないわけではない。

今後20~30年の産業界に大きな影響を与えそうな新たなモデルが、現時点で七つ見えている。

それぞれがまったく新しい価値創造の方法であり、加速の推進力だ。

1、クラウドエコノミー:クラウドソーシング、クラウドファンディング、ICO、レバレッジド・アセット、スタッフ・オンデマンドなど、すでにインターネットにつながった数十億人と、これからつながる数十億人を活用する仕組みだ。

いずれもビジネスのあり方を一変させた。

たとえばレバレッジド・アセットは、企業の急速な規模拡大を可能にする。

エア・ビー・アンド・ビーは「世界最大のホテルチェーン」になったが、客室は一つも所有していない。

クラウド(大衆)の資産(余剰な寝室)をレバレッジする(借りる)ことで成り立っている。

このビジネスモデルはスタッフ・オンデマンドにも支えられている。

それによって急速に変化する環境に適応できる機敏さが維持できるのだ。

かつてスタッフ・オンデマンドといえばインドのコールセンターだったが、今では安価なところではアマゾンウェブサービスの「メカニカルターク」としてちょっとしたタスクを請け負う労働者から、ハイエンドでは世界最大の専門コミュニティサイト「カグル」に集まるデータサイエンティストまで、多様化している。

2、フリー&データエコノミー:これは「釣り餌商法」のプラットフォーム版だ。

すぐれたサービスを無料で提供するという餌をまき、集めた顧客データで儲ける仕組みだ(フェイスブックなど)。

ビッグデータ革命がもたらした進化もあり、かつてないほど詳細なデモグラフィックデータが活用できるようになった。

3、スマートネス・エコノミー:1800年代末、新規事業を立ち上げるためのアイデアを探している人は、既存の道具(たとえばドリルや洗濯板)を電気で動くようにすればよかった。

それだけで電動ドリルや洗濯機のできあがりだ。

《ワイアード》誌の創刊編集長のケビン・ケリーは、名著『〈インターネット〉の次に来るもの:未来を決める12の法則』(NHK出版刊)で、そのアップデート版ともいえる現象が起きようとしていると指摘した45。

今回は電気がAIに代わるのだ、と。

つまり既存のツールに「スマート」のレイヤーを加えるのだ。

こうして携帯電話はスマートフォンになり、ステレオスピーカーはスマートスピーカーとなり、自動車は自動運転車になろうとしている。

4、閉ループ・エコノミー:自然界には無駄なものは一つもない。

一つの種の死骸などの有機堆積物は、別の種が存続する土台となる。

人間によるこの完全に無駄のないシステムを模倣する試みは「バイオミミクリー(生物模倣)」(新しいタイプの製品デザインの場合)、「完全循環型」(新しい都市計画など)、あるいは単に「閉ループ・エコノミー」などと呼ばれてきた。

そのシンプルな例が、プラスチック・バンクという会社だ。

同社の「プラスチック・バンク」には、誰でもプラスチックゴミを投棄できる。

この「ゴミ」を回収した人は、現金、Wi‐Fiの使用権などの報酬を受け取れる。

プラスチック・バンクは集まったプラスチックを仕分けし、それぞれに応じたリサイクル業者に販売する。

こうして開ループであったプラスチックのライフサイクルが閉じるのだ。

5、分散型自律組織:ブロックチェーンとAIのコンバージェンスによって誕生するのが、まったく新しいタイプの会社だ46。

従業員も上司もいない、ノンストップで操業を続ける組織だ。

組織の運営に関してあらかじめいくつかのルールをプログラムしておくと、あとはすべてコンピュータが行う。

たとえばブロックチェーンに支えられたスマート・コントラクト・レイヤーを搭載した自動運転タクシーの会社なら、年中無休で操業できる。

メンテナンスも人間による介入など一切なしに、車両が勝手に修理工場に向かう。

6、多重世界モデル:私たちの住む世界は、もはや一つではない。

現実世界とオンライン世界にそれぞれペルソナがあり、後者のような非局在的ペルソナは今後ますます広がっていくだろう。

拡張現実や仮想現実の進歩もあり、こうしたレイヤーはますます増えていく。

仕事用のアバター、プライベート用のアバターを使い分けるようになり、こうしたさまざまなバージョンは新たな事業機会につながる。

史上初の仮想世界だったセカンドライフをめぐって、数百万ドル規模の経済が誕生したことを思い出してほしい47。

ユーザーは他のユーザーにお金を払って、自分のデジタルアバターのためにデジタル衣服やデジタル住宅をデザインしてもらっていた。

デジタル階層に新たなレイヤーが追加されるたびに、そのレイヤー上にまったく新しいエコノミーが生まれる。

つまり私たちはいまや複数の世界で同時に活動するようになっている。

7、トランスフォーメーション・エコノミー:エクスペリエンス・エコノミー(経験経済)の目的は、経験の共有だった48。

たとえばスターバックスはコーヒーショップではなく「サードプレース」、すなわち自宅でも職場でもない、人生を過ごすための「第3の場所」となった。

コーヒー1杯を買うのが経験となり、いわばカフェイン入りテーマパークともいうべき存在になった。

この概念をさらに発展させたのがトランスフォーメーション・エコノミー(自己変革経済)だ。

ここでは単に経験にお金を払うのではなく、その経験を通じて人生を変えることにお金を払う。

その初期の形態が「バーニングマン」のような自己変革イベントや、クロスフィットのようなフィットネス会社だ。

クロスフィットでの経験はつらいものだが(古い倉庫のなかで運動する)、自己変革効果はすばらしい(倉庫で3カ月間運動したあとの自分の姿)。

ここからわかるのは「いつもどおりの仕事のやり方」が存在しなくなるということだ。

ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授が指摘するように、既存の企業に選択の余地はない49。

「ほとんどの組織は成長のカギは新しいテクノロジーや製品を開発することだと考えている。

だがそれは誤りだ。

新たな成長の波に乗るためには、企業はこのようなイノベーションを破壊的な新たなビジネスモデルのなかに埋め込む必要がある」一方、こうした破壊的ビジネスモデルの外側にいる人々は、よりよい経験を速く、安くできるようになる。

ビジネスモデルの常として、「よりよい」ビジネスモデルは現実世界の問題を「よりよく」解決する。

「安く」は自明だ。

非収益化によって、利用者(つまりあらゆる人)がより多くを、より安く手に入れられるようになる。

だが本当に重要な変化は「速く」だ。

新たなビジネスモデルは、もはや安定や安全をもたらさなくなった。

今日の加速する環境変化の下で競争するために、こうしたモデルはスピードと機敏さを高めるようにできている。

そして何より重要なこととして、新たなモデルのいずれもスピードが鈍化するおそれはまったくない。

推進力7寿命を延ばす

ジョブズがあと30年生きていたら私たちの世界を動かすのはコンピュータであり、そのコンピュータを動かすのはアルゴリズムだ。

そうなると、ある問いが浮かんでくる。

アルゴリズムはどのように生まれたのか?それは詩への恐れから生まれた。

思考を狂わせる詩の魔力への恐れから、アルゴリズムは生まれたのだ。

エイダ・ラブレスは1815年、放埒な詩人バイロン卿の娘としてロンドンで生まれた50。

エイダがティーンエイジャーにもならないうちに父が家族を捨てたので、エイダの教育は母が引き受けることになった。

非常に聡明な女性であったバイロン男爵夫人は娘のために家庭教師を雇ったが、とりわけ重視したのが数学と科学だった。

当時女性は数学者にも科学者にもなれなかったことを思えば、かなり思い切った判断だ。

しかしエイダの母には秘めた理由があった。

夫であるバイロン卿がおかしくなったのは芸術、とりわけ詩のせいである、と確信していたのだ。

夫人はそうした性質は遺伝するかもしれないと危惧し、娘を厄介ごとからなるべく遠ざけようとした。

その試みは成功した。

1833年、17歳になったエイダはコンピューティングとめぐりあった。

この年、エイダはチャールズ・バベッジと出会っている。

バベッジはケンブリッジ大学でかつてアイザック・ニュートンが占め、のちにスティーブン・ホーキングが占めることになる地位にあった。

エイダが数学に夢中であることを知ったバベッジは、母親とともに招待し、自分が設計した「新しい機械」を見せた。

それは蒸気で動く計算機のアイデアだった。

衝撃を受けたエイダは、なんとしても理解しようと決意した。

バベッジから設計図の写しをもらうと、徹底的に勉強した。

バベッジが機械の改良版として「解析機関」の設計をまとめるころには、エイダも準備万端になっていた。

解析機関は世界初のプログラム可能なコンピュータのアイデアだったが、蒸気で動く仕組みだった。

イタリア人の技術者、ルイジ・メナブレアがバベッジのアイデアについてフランス語で論文をまとめると、エイダはそれを英語に翻訳することにした。

バベッジ自身の勧めもあり、翻訳にはエイダ自身の考えも追加することになった。

だがエイダは単に考えを「追加」しただけではなかった。

そこには解析機関が計算をするための、まったく新しい方法が含まれていた。

エイダ・ラブレスが世に送り出したのは、世界初のコンピュータ・プログラムだった。

世界初のアルゴリズムだ。

だが研究の疲れか、あるいは単なる不幸なめぐりあわせか、翻訳を発表するとまもなくエイダは病に倒れた。

世界初のコンピュータ・プログラマーにして、世界で最も興味深い人物の一人は、36歳で亡くなってしまった。

ここから二つめの問いが浮かんでくる。

何かを成し遂げる前に亡くなってしまう人が、どれだけいるのだろう?エイダ・ラブレス、アルバート・アインシュタイン、あるいはスティーブ・ジョブズがあと30年健康に生きていられたら、どんな業績を残していただろう?人生の後半、最も多くの知識を身につけ、技能を磨き、有意義な人間関係を構築したところで、寿命が尽きて人生というゲームから退場させられるというのは、なんとも皮肉なことだ。

平均寿命は「100歳」を超えるこの問題を解決しようという試みこそ、変化を加速させる最後の推進力だ。

つまり人間の健康寿命を延ばそうという試みである。

健康寿命を延ばすというのは、能力がピークに達し、社会に最も貢献ができる状態で活動できる年数を伸ばすという意味だ。

自らの夢をこれまでよりはるかに長い期間にわたって追い求めることができるようになる。

ではいったいどれだけ延ばせるのか?20万年前、平均的な原始人は13歳ごろに結婚適齢期を迎え、まもなく子供をもうけていた51。

20代半ばにはすでに孫が生まれていた。

食料が希少で貴重だったことから、その場合子孫を残すために最良の選択は、孫から食べ物を奪わないことになる。

このため進化の過程で、(平均)寿命25歳という安全装置が埋め込まれた。

それから長らく、状況はほとんど変わらなかった。

中世までに平均寿命はじわじわと延び、31歳になっていた。

19世紀末には初めて40歳を超えた。

それが本格的に加速したのは20世紀に入ったころだ。

細菌論の発見から抗生物質の誕生、衛生状態の改善から清浄な水が広く入手可能になるといったさまざまな要因によって、子供の死亡率が劇的に低下した。

1900年にはアメリカの死者の30%が5歳未満の子供だった。

それが1999年には1・4%まで低下した。

それと並行して農業技術の改良による「緑の革命」や輸送ネットワークの改善により、平均カロリー摂取量が増加し、寿命は再び延びた。

最終的に2000年を迎えるころには平均寿命は30歳近く延び、76歳に達した。

その後、2大死因である心臓病と癌の早期発見と治療の技術が進歩したことで、80代まで生きることも当たり前になった52。

神経変性疾患の治療法が見つかれば、平均寿命は100歳を超えるという研究成果もある。

しかもそこでは止まらないという見方も多い。

その根拠はコンバージェンスだ。

AI、クラウドコンピューティング、量子コンピューティング、センサー、膨大なデータセット、バイオテクノロジー、ナノテクノロジーが交錯するなかで、新たな医療ツールが続々と生まれている。

そして進取の気性に富む多くの企業が、こうしたツールを活用して寿命延長をビジネスにしようとしている。

多くの人がこうした潮流を知ることになったのは、2013年にグーグル(現アルファベット)が新たなスタートアップ、カリコの設立を発表したことがきっかけだ。

アメリカ中のメディアが、グーグルは死に挑みはじめた、と騒ぎ立てた。

《タイム》誌は「グーグルの新プロジェクトは死の克服を目指す」と書き53、《アトランティック》誌は「グーグルは死を出し抜こうとしている」と報じた54。

実態はそれほど大げさなものではない。

カリコが実際に行っているのは、「極端な長寿への窓:老化兆候がほとんど見られない哺乳類、ハダカデバネズミに特徴的な循環的メタボロミクス」といったタイトルの論文を発表することだ。

ここで一番重要なのは、かつてないほどの資金や頭脳、つまりグーグルレベルの資金や頭脳がアンチエイジングに注がれているという事実だ。

三つのアプローチしかも取り組んでいるのはグーグルだけではない。

このテーマについては後で詳述するが、とりあえず今は寿命延長には大きく三つのアプローチがあることを頭に入れておいてほしい。

一つめが「セノリティクス薬」を使ったアプローチだ。

細胞分裂の暴走(癌化)を防ぐため、身体は通常、細胞の倍加が一定回数続くとそれを停止する。

この分裂が停止した細胞は「老化細胞」と呼ばれ、炎症を引き起こす。

これが老化の大きな原因だ。

ジェフ・ベゾスが支援するユニティ・バイオテクノロジー社は、この老化細胞を狙い撃ちし、炎症していた組織を修復するセノリティクス薬の開発を目指している55。

こうした薬を中年のマウスに投与すると、健康寿命が35%延びるという興味深い結果も出ている56。

二つめが「若き血」と呼ばれるアプローチだ。

2014年、スタンフォード大学とハーバード大学の研究者らが、若齢マウスから高齢マウスに輸血をすると、後者の衰えた認知機能が回復することを示した57。

以来、多くの会社がこのプロセスのさまざまな構成要素を抜き出し、事業化しようとしてきた。

たとえばハーバード大学からスピンオフしたエレビアン社は、血液因子「GDF11」の研究を進めている58。

老齢マウスにGDF11を注射したところ、心臓、脳、筋肉、肺、腎臓の機能が改善した59。

三つめのアプローチが幹細胞で、最も有望と目されている。

たとえばサムメッド社は成人の幹細胞の自己再生と分化を調整するシグナル経路に照準を合わせている60。

うまくいけば、同社の特許取得済みの分子化合物によって軟骨を再生し、腱を修復し、シワを伸ばし、おまけに癌も治せるかもしれない。

まだ目立った活動をしていないサムメッドの時価評価がすでに130億ドルに達しているのはこのためだ61。

もう一つ、別のアプローチを試みているのが、幹細胞研究のパイオニアであるロバート・ハリリが設立したセルラリティ社だ62(著者のピーターも共同創業者の一人だ)。

ハリリの動物を使った実験では、プラセンタ由来の幹細胞によって寿命を30~40%延ばせるという結果が出ている63。

セルラリティはこの方法を人間に応用し、幹細胞によって身体が疾患と戦い、自己治癒する能力を強化することを目指している。

ここから何が言えるだろう?レイ・カーツワイルはよく「寿命脱出速度(LEV)」という言葉を口にする64。

つまり私たちが1年生きる間に、科学によって寿命が1年以上延びるという状況だ。

遠い未来のような気がするが、カーツワイルは私たちが思うよりずっと近いという。

「ほんの10~12年先には、あらゆる人が寿命脱出速度に達している可能性が高いのです」

青春の泉私たちはテクノロジーに支えられた「青春の泉」に着実に近づいている。

一人ひとりがあと20年長く生きられるようになれば、その分社会に大きな爪痕を残せるようになり、それも加速を加速させる推進力となる。

ここまで述べてきた六つの推進力と組み合わさったとき何が生まれるのか、想像するだけで目がくらみそうだ。

人々の寿命は延び、AIによって能力は高まり、インターネットで世界中とつながっている──私たちが向かっているのはそんな世界であり、いま身を置いているものとはまるで違っているはずだ。

第2部ではそのまるで違う世界を理解するために、エクスポネンシャル・テクノロジーやその副次的効果(本章で見てきた七つの推進力)のコンバージェンスが、社会全体に及ぼす影響を見ていく。

もちろんこれほど大きなトピックを網羅することは不可能なので、対象は絞る。

第2部で取りあげるのは、社会のなかでも経済への寄与度がとりわけ大きな、そして日々の生活に最も大きな影響を与える10の分野だ。

消化不良を起こさないように、長い章と短い章を交互に配置した。

たとえば次章では買い物の未来をじっくり検討する一方、それに続く章は隣接する広告業界についての短めの分析になっている。

第3部ではエネルギーと環境についても考察する。

本書を読み終えるころにはエクスポネンシャル・テクノロジーの融合がどのような未来を形づくっていくのか、全体像が見えているはずだ。

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