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第1章競争──正しい考え方

第1章 競争──正しい考え方

戦略は、ビジネスにおける最も危険な考えの一つだ。

なぜ危険なのだろうか? 戦略がこのうえなく重要だということは経営者の常識だが、いざこの用語の使われ方が気になりだすと、実は何の意味もない言葉なのではないかという疑問がわいてくる。

ゼネラル・エレクトリック( G E)の伝説的 CEOジャック・ウェルチの信奉者は、 G Eの戦略はすべての事業で一位か二位になることだという(さもなければ撤退だ!)。

フォーチュン誌一〇〇社にランキングされる有力企業の新任 CEOは、「成長すること」が戦略だという。あるエネルギー会社の幹部にとっての戦略は、「重要な買収を行なう」ことだ。ソフトウェア開発企業は「人材こそが当社の戦略です」と謳う。ある大規模な非営利組織は「支援対象人数を二倍に増やす」ことを戦略にしている。またグーグルの「邪悪にならない」という有名な社是があるが、これはいったい戦略だろうか? 読者が本書を読み終える頃には、なぜこのうちのどれ一つとしてポーターのいう「戦略」の基準を満たさないのか、その理由がわかるはずだ。

ポーターのいう「戦略」とは、高業績を持続的にもたらす優れた競争戦略のことである。

いまあげたどの言明も、企業が競合他社を上回る業績をあげるために何が必要かを明らかにしない。

目標や願望を表したものや、重要な活動を強調するもの、経営理念を掲げるものはある。

だが競争にさらされた企業がいかにして卓越した業績をあげるかという、最も重要な問題にとりくむものはないのだ。

どのような価値を創造するのか? その価値のどれだけを、どのような方法で獲得するのか? これらを示すのが戦略の役割だと、ポーターはいう。

戦略は、競争にさらされた組織がいかにして卓越した業績を達成するのか、その方法を説明する。

この定義は一見、単純に思える。それは一つにはごくありふれた言葉を使っているため、本当は何を意味するのか、誰も改めて考えようとは思わないからだ。

だがいざ考えてみると、実にいろいろな意味がこめられていることがわかる。そもそも競争とは何だろう? どのように作用するのだろう? 組織はどのようにして「勝つ」のだろう? 卓越した業績とはいったいどういうものなのだろう?

戦略は、競争にさらされた組織がいかにして卓越した業績を達成するのか、その方法を説明する。この定義は単純そうだが、そうではない。

ほとんどの経営者が、競争を恐れている。競争はどこにでもあり、どこに行っても逃れられないという不安を感じている。

生き残るには競争に立ち向かわなくてはならないことを知っている。成長を続けるには「競争優位」を見出さなくてはならないこともわかっている(ちなみにこの言葉は、ポーターが広めるまではほとんど使われていなかった)。

それなのに、なぜ優れた戦略を構築できない企業がこれほど多いのだろうか?

ポーターは、経営陣が競争の本質としくみを根本的に誤解していることが、その一因だという。なぜ正しい理解が重要なのか? それは、競争がなければ戦略は必要なく、「勝つ」方法、つまり競合他社を上回る業績をあげる方法を考案する必要もないからだ。

とはいえ、競争はもちろんどこにでもある。主に非営利組織が活動する市場空間にさえ、競争はある。

競争をどのようにとらえるかで、どのような競争方法を選択するかがきまる。競争を正しく理解することで、あり得る選択肢を批判的に分析できるようになる。

だからこそ、戦略について考える前に、まず競争と競争優位という問題にとりくむ必要があるのだ。なぜ最高を目指すべきでないのか?

ゼネラルモーターズ( GM)の CEOダン・アカーソンは、アメリカ政府が大株主となった「新生」 GMを再上場させた日のインタビューで、 GMがようやく負の遺産から解放され、競争する態勢が整ったといい、「最高の自動車が勝利しますように!」と記者たちに言った。

組織のリーダーが社員に「一位」になれと檄を飛ばすのを、あなたは何度聞いただろう? 「業界トップ」になろうという呼びかけはどうだろう? 企業は「最高の」製品をつくり、「最高の」サービスを提供し、「最高の」人材を引きつけていると誇らしげに宣言する。

こうしたいい回しには、競争の本質についての無意識の信念が見え隠れしている。この信念はあまりにも直感的に正しいように思えるため、だれも検証しようとしないし、疑問すらもたない。

勝ちたいなら、当然最高を目指すべきだ。だが本当にそうなのだろうか?

マイケル・ポーターは、こうした一連の症状に名前をつけている。「最高を目指す競争」だ。

ポーターによれば、これは競争に対するまったく誤った考え方である。競争のしくみに関するこの誤った考え方から出発すれば、必然的に誤った戦略を立ててしまう。

そうなると凡庸な業績に甘んじるほかはない。 ほとんどの経営者にとって、競争とはすなわち最高を目指して切磋琢磨することにほかならない。

この信念は、戦争やスポーツになぞらえたたとえ話によってますます強化される。

ビジネス書作家が──それに部下を鼓舞しようとするリーダーが──こういったたとえ話に魅かれるのは、それが感覚に訴え、興味をそそるからだ。

たとえ話はビジネス上の競争に感情やドラマ、重みを与える。だが反面、誤解を招くおそれもある。

たとえはあるものが別のものと似た要素をもっていることを際立たせるが、だからといって二つのものが同一だということではないのだ。

戦争では、勝つのはどちらか一方だ。勝利をあげるには、敵を無力化するか、破壊するしかない。

だがビジネスでは、ライバルを壊滅させずとも勝利を得ることはできる。ウォルマートは何十年もの間ディスカウント小売業界の勝者として君臨しているが、ターゲットもそうだ。

どちらの企業も、ほかと異なる独自の品揃えで、異なる顧客ニーズを満たそうとしている。

ウォルマートはディスカウント小売業者のいわば馬車馬で、「毎日が特売価格」をウリにする。

ターゲットはどちらかといえば競技馬に近く、低価格とともにセンスを求める顧客の心をとらえている。

ビジネスでは複数の勝者が繁栄、共存することができる。

このような競争は、競合他社を破壊することではなく、顧客のニーズを満たすことに焦点を置く。

あたりを見回してみよう。満たすべきニーズは無数にある。つまり、勝つための方法もそれだけたくさんあるのだ。

スポーツのたとえ話も同じように誤解を招きやすい。アスリートは「一位」の栄誉をめぐって競い合う。ライバルより優れた成績をあげることだけに集中する。これは勝つための競争だ。

だがスポーツでは一つのルールのもとで一つの競技が行なわれ、勝者は一つだけだ。ビジネスの競争はより複雑で、戦いはより自由な形式で行なわれ、多面的である。

同じ業界内でも、対象とする顧客やニーズごとに、一つではなく複数の競争が繰り広げられる。

たとえばマクドナルドはファストフード、とくにファストバーガーでの勝者だ。イン・エヌ・アウト・バーガー( IN-N-OUT BURGER)は、スローバーガーで成功している。

同社の顧客は、注文を受けてから調理する、冷凍でない生の食材を自家製バンズではさんだバーガーを受けとるまで、一〇分以上待つことも厭わない(マクドナルドでは永遠のような時間だ)。

ポーターの言葉で言えば、企業はきまったライバルとのきまった競争に参加する代わりに、自分の土俵で勝負することもできるのだ。

考え方の習慣を崩すのは難しいが、そもそもそういう習慣があると自覚していない場合はさらに難しい。「最高を目指す競争」という考え方が厄介なのは、まさにここに原因がある。

これは明示的なモデルではなく、無意識の考え方なのだ。競争とはそういうものだと、あたりまえのように思われている。

だがポーターは、これをあたりまえと考えてはいけないという。たいていの事業には、「最高」なるものは存在しない。

ちょっと考えてほしい。最高の自動車などあるだろうか? 最高のハンバーガーは? 最高の携帯電話はどうだろう? たいていの事業には、「最高」なるものは存在しない。

一例として、空港の待合エリアの座席という、ごく一般的な製品について考えてみよう。こんな製品なら「最高のもの」がありそうだ。機能的で耐久性の高い、標準化された座席だ。

しかしそんなことはない。空港によってニーズが異なるのだ。たとえば搭乗待ちの乗客に買い物をさせたい空港もある。この場合、居心地のよすぎる座席は不都合だ。待合エリアのレイアウト変更が可能な、自由度の高い座席を求める空港もある。

長い固定シートが何列も並ぶようなデザインでは用をなさない。予算にうるさい空港が多い一方で、金に糸目をつけない空港もある。

たとえば中東の空港は、贅沢なデザインの設備をふんだんに購入している。また難民の強制送還に追われる空港では、手荒な扱いにも耐える座席が喜ばれる。

ロンドンに本社を置く座席メーカーの OMKは、「刑務所での使用に適した」座席を製造している。突き刺してもナイフの跡が残らない、自己接着性のポリウレタンを使った、業界最高水準の耐久性を備えた座席だ。

こんなところで、「最高の」空港の座席が存在しないことがおわかりいただけただろうか。 今度は経済を構成するすべての業界を考えてみよう。

このうちいくつの業界で、「最高を目指す」ことが意味をなすだろうか? ほとんどの業界が、異なるニーズをもつ、実に多様な顧客を抱えている。

ある顧客が最高と考えるホテルも、別の顧客にとっては最高でない。ある顧客にとって最高のカスタマーサービスが、ほかの人にとって最高とは限らない。最高の美術館なるものはないし、環境保全を促進する唯一最善の方法もない。

それに生産や物流、マーケティングといった機能を実行する方法についても、これといった最善の方法はない。

非営利組織の場合も、資金集めやボランティア募集を行なう最善の方法はない。

何をもって最高とするかは、何を目標とするかによって異なる。

そんなわけで、最高を目指す競争の第一の問題点は、組織が最高を目指すことで自らに不可能な目標を課してしまうことだ。

それだけではない。

すべての競合企業が「唯一最善の」方法で競争すれば、衝突コースをまっしぐらに進むことになる。

業界内の全員が同じ助言に耳を傾け、同じ指示に従う。

企業は互いの慣行や製品を参考にする(コラム「『一歩上手を行く』のは戦略ではない」を参照のこと)。

このようにして最高を目指す競争は、誰も勝てない破壊的なゼロサム競争と化す。

製品・サービスの同質化が進み、誰かの利益はほかの誰かの損失になる。これが「ゼロサム」の本質だ。

勝利は誰かの敗北によってのみ成り立つ。

すべての競合企業が「唯一最善の」方法で競争すれば、衝突コースをまっしぐらに進むことになる。

航空業界を何十年もの間苦しめてきたのが、まさにこの種の競争である。

アメリカン航空がニューヨーク‐マイアミ路線で無料の機内食を提供して新規顧客の獲得をねらえば、デルタ航空は対抗策を打ち出さざるを得なくなり、結局両社とも前よりかえって悪い状態に陥る。

両社ともコストが余分にかかるだけで、値上げできるわけでも、より多くの座席を埋められるわけでもない。

一社が行動を起こすたび、競合企業はすばやく対抗する。

すべての企業が同じ顧客を追いかける以上、何を売るにしても必ず戦いが生じる。

ポーターはこれを競争の収斂と呼ぶ。

企業ごとの違いが一つ、また一つと失われ、やがてどの企業も見分けがつかなくなる。顧客の判断基準は、価格だけになる。

これが航空会社や、家電事業の多くの分野、そしてPC業界に起きていることだ。

注目すべき例外はアップルで、この業界の大手企業としては唯一、一貫して独自路線を歩んでいる。

このように企業が必然的に価格競争に陥る様子は、ビジネス版の相互確証破壊( MAD)にもなぞらえられる。

それに、不利益を被るのは当の企業だけではない。

企業が経営資源を使い果たし、コスト削減を余儀なくされれば、顧客やサプライヤー、従業員までもが巻き添えを食う。

万策尽き果て、価格圧力が業界の収益性を破壊するときには、合併を通じて競争を制限することで、事態を打開できる場合が多い。

吸収や合併により競合企業の数を減らし、市場を一社ないし数社で支配するのだ。

目次

column 「一歩上手を行く」のは戦略ではない

ホテル業界のいわゆる「ベッド戦争」は、一九九九年に火蓋が切られた。

ウェスティン・ホテルズ・アンド・リゾーツはマットレス、枕、ベッドリネンを一年がかりで吟味し、数千万ドルを投資したすえ、この年に業界初のブランドつきベッドである、独自開発のヘブンリー・ベッドを導入した。

「競合ホテルとの差別化を図ろうとしたのです」とウェスティンの幹部は語っている。

はたして予想通り、競合ホテルは直ちに対抗して、枕をますます高く積み上げ、ますます緻密な織りのシーツで宿泊客をくるんだ。

ヒルトンはセレニティー・ベッド、マリオットはリバイブ・コレクション、ハイアットはハイアット・グラント・ベッド、ラディソンはスリープ・ナンバー・ベッド、クラウンプラザはスリープ・アドバンテージ・プログラムでそれぞれ追随した。

二〇〇六年になると、マスコミはベッド戦争の終結を宣言した。

だがこのときまでに大手ホテルはどこも自社ブランド商品の開発、導入、販促に莫大な金額を投じていた。

いまではこの等級のホテルのどれに泊まっても、「ベッドの品質」に差がないことは保証される。

例によって例のごとく、ここでも「最高」を目指す一社の試みが、すべての企業のハードルを上げてしまった。

この競争方針をとる以上、ホテル業界の長期的な収益性が慢性的に低迷しているのも当然といえる。

このテーマは第2章でくわしくとりあげる。

このケースでは、業界は寝具の品質を高める投資から利益をあげられるほど、宿泊料金を値上げできたのだろうか? 報道はまちまちである。

もしノーなら、顧客がこの投資によって生まれた価値を獲得したことになる。

だがたとえこのとりくみが全体として業界に利益をもたらしたとしても、すべての企業が同じ次元で競争する場合には、どの企業も競争優位を得ることはできないのだ。

column 一位か二位になれ

「業界一位か二位になれない事業からは撤退する」──この最後通牒は、 G Eの元 CEOジャック・ウェルチが掲げたことで知られるが、最高を目指す競争の、おそらく最も大きな影響をおよぼした一形態に過ぎない。

これは「勝者独り勝ち」とも呼ばれる考え方で、企業は規模を拡大し、最終的に業界を独占することでこそ勝者になるとされる。

もし規模が競争の勝敗をきめるのなら、市場シェアと売上を伸ばすために成長が欠かせない。

企業は規模と範囲の経済性こそが競争優位と収益力をもたらすという思いこみから、ますます拡大を図ろうとする。

もちろんこの考え方にも一抹の真実はあり、そこにこそ危険性が潜んでいる。

たいていの事業には規模の経済がはたらき、大きくなることにはメリットがある。

この好例が、ウェルチ時代の G Eの規模集約的な事業だ。だが大きいことはよいことだと思いこむのはまだ早い。まずはあなたの会社の事業を分析してみよう。

成長するという目標は、事業の経済性を無視して、ただ聞こえがよいからという理由で選ばれることが多い。

規模の経済性は無限に続くのではなく、生産量が業界全体の売上高の比較的小さな割合に達すると、単位あたり生産コストは下がらなくなるとポーターはいう。

業界の最大手企業が最も高い収益性を実現している、または最も成功しているという体系的な証拠は示されていない。

よくあげられる例として、ゼネラルモーターズ( GM)は何十年もの間世界最大の自動車メーカーだったが、それでも破産を免れなかった。

規模に少しでも意味があるなら、 GMは大きすぎて成功できなかったという方が正確だろう。

これに対し、業界基準からすれば小さな部類に入る BMWは、昔から卓越した収益を維持している。

同社の過去一〇年間(二〇〇〇年から二〇〇九年まで)の平均投下資本利益率(平均 R OIC)は、業界平均の実に一・五倍だった。

企業は「十分な規模」があればそれでよく、市場を支配する必要はまずない。「十分な規模」とは、市場全体の一〇%ほどに過ぎないことが多い。

それでも勝者独り勝ちの考えにとりつかれた企業は、ありもしない規模の優位を追求する。

シェア獲得のために値下げ競争を行ない、あらゆる市場セグメントに対応するために手を広げすぎ、割高な買収や合併に走り、結局は自らの首を絞めている。

過去二〇年間の自動車業界にはこれらの兆候がすべて見られ、業界の収益性は大きく損なわれた。

勝者独り勝ちのモデルは、業界のスケールカーブ(*)は一つだけで、すべての企業がこの曲線に沿って右下に動くべきだという、誤った前提に基づいている。

つまり、業界内のあらゆる企業があらゆる人にとって最高の製品やサービスを提供するために競争するという前提だ。

しかし現実にはほとんどの業界に、対応するニーズによって異なる複数のスケールカーブが見られる。

*スケールカーブとは、単位あたりの生産コストを総生産量の関数で表したグラフである。

右下がりの曲線は、生産量が最も多い企業の単位あたりコストが最も低いことを示している。

しかし「最高のもの」は顧客のためになるのではないのか? 従来の経済理論で「完全競争」と呼ばれる状態では、同等の製品を販売する互角の競合企業がしのぎを削ることで、価格(と利益)が下がっていく。

これが最高を目指す競争の本質だと、ポーターはいう。

従来の経済理論では、完全競争は社会に最も効率的に資源を配分するしくみとされる。

経済学の入門講座では、顧客にとってよいこと(価格の低下)は企業にとって悪いこと(利益の低下)であり、逆も同じと教えられる。

だがポーターは、企業が最高を目指して競争するときに起きるのは、もっとも微妙で複雑なことだという。

競合企業が互いの製品を模倣し合えば、顧客は価格の低下というメリットと引き換えに、選択肢の減少という代償を強いられるかもしれない。

業界が標準的な製品・サービスに向かって同質化すれば、「平均的」な顧客は恩恵にあずかるだろう。

だが平均とは、要求の多い顧客と少ない顧客の中間をとったものだということを忘れてはならない。

つまりどちらの集団にも、平均的な製品・サービスではニーズを十分に満たせない顧客がいるのだ。

顧客のなかには、業界によって必要以上にニーズを満たされている顧客がいる。

要するに、必要でもない機能に余計なお金を払わされているということだ。

こう書きながら、私はいま使っているワープロソフトのことを考えずにはいられない。それに、キッチンにあるほとんどの道具もそうだ。

これらの製品は、私のニーズが求める以上に複雑で多機能になってしまった。

私はプロの物書きで、料理の腕も玄人はだしなのにだ。製品は複雑になるとともに、修理代が高くつく故障を起こしやすくなった。

その一方では、ニーズをないがしろにされた顧客もいる。

最近飛行機に乗ったときのことを思い出してほしい。

行きたい場所に行くという基本的なニーズは満たされたとしても、快適な経験だったろうか? また空の旅をしたいと思うだろうか? 選択肢が限られるとき、価値が破壊されることが多い。

このとき顧客はほしくもない余計なものに金を払わされているか、本当に必要なものではないのに、企業が提供するもので仕方なく間に合わせているかのどちらかだ。

企業にとっても、状況は似たり寄ったりだ。

すべての企業が同じ場所を目指して突き進む状況では、トップの座を長く守るのは難しい。競争優位は続かない。

どんなに頑張っても、品質やコストの改善が収益性の向上によって報われることはない。

それどころか慢性的な収益性の低迷が将来への投資を阻害し、顧客価値を高めたりライバルをかわしたりすることがますます難しくなる。

このように実際問題として、企業間の直接競争は顧客にとっても、そのニーズを満たそうとする企業自身にとっても、「完全」な競争であることはまずない。

しかしポーターは、経営者がこの種のゼロサム競争にますますとらわれていると警鐘を鳴らす。

独自性を目指す競争 ポーターのいう戦略的競争とは、他社と異なる道筋を選ぶことをいう。

企業は最高を目指して競争する代わりに、独自性を目指して競争することができるし、そうすべきである。

この競争では価値がすべてだ。

生み出す価値の独自性と、それを生み出す方法がものをいう。

一例として、二〇〇八年以前にマドリッドからバルセロナに行くには、短距離のフライトを利用するか、一日がかりで車を運転していくか、鈍行列車に乗るしかなかった。

当時マドリッド‐バルセロナ間を移動する六〇〇万人の旅客のうち、九割近くがフライトを選んでいた。

二〇〇八年に、高速鉄道サービスという新しい選択肢が加わった。

いまや列車の方が格安航空会社より高い料金をとるにもかかわらず、この路線ではフライトから列車への劇的なシフトが生じている。

戦略的競争とは、他社と異なる道筋を選ぶことをいう。

マドリッドからバルセロナへは飛行機でも列車でも行けるが、列車は飛行機とは異なる価値を提供する。

AV E(スペイン高速鉄道)なら、パソコン用コンセントつきのリクライニング・シートの指定席に、食事や娯楽サービスまでついて、しかも市内から市内へ直接移動できる。

手荷物検査、機内持ちこみ手荷物の制限、避けがたい遅延といった、いまどきの空の旅の煩わしさともおさらばできる。

環境意識の高い人に、 AVEはもう一つメリットを提供する。

飛行機やドライブに比べて、二酸化炭素排出量が格段に少ないのだ。

こうした差異の集まり、すなわち独自性こそが、競争優位の真髄である。

このテーマについては、のちの章でくわしく見ていく。

スペインの航空会社の経営陣は、ほかの航空会社を競争相手に定めているかもしれない。

だが飛行機から鞍替えする顧客は、もちろんそんなふうには考えない。

そして価値を最終的に定義するのは、ほかでもない顧客なのだ。

独自性を目指す競争は、異なる考え方と、競争の本質に関する異なる見方を反映している。

この方法で競争する企業は、多様なニーズや顧客に対応するために、それぞれ特徴ある方法で競争する。

いいかえれば、ライバル企業を完璧に模倣することではなく、自らが選んだ顧客のために一層大きな価値を生み出すことに焦点を置いている。

顧客には多くの選択肢が開かれるため、価格は競争の一変数でしかなくなる。

バンガードやイケアといった企業は、低価格をウリにした戦略をとる。

BMW、アップル、フォーシーズンズホテルのように、ほかでは得られない機能やサービス水準を提供することで、プレミアム価格を要求する企業もある。

顧客が支払ってもよいと思う金額は、提供された価値を大きいと感じるか、小さい

小さいと感じるかによって変わる。

独自性を目指す競争が戦争と違うのは、ある一社が勝つために競合他社が負ける必要がない点だ。

またどんな企業も自分なりの「土俵」を考案できるという点で、スポーツの競技とも違っている。

戦争やスポーツよりうまいたとえがあるとすれば、舞台芸術だろうか。

優れた歌手や俳優は大勢いる。

一人ひとりが独自の方法で注目を集め、成功している。

それぞれが観客を獲得し、新しい顧客を生み出す。

優れたパフォーマーが増えれば増えるほど、観客層は厚みを増し、芸術は栄える。

この種の価値創造が、プラスサム競争の本質なのだ。

ゼロサム競争は底辺に向かう競争と呼ばれてしかるべきだが、プラスサム競争はよりよい結果をもたらす。

もちろんすべての企業が成功するということではなく、落伍者は当然競争でふるい落とされる。

だがよい仕事をする企業は、より多くの価値を創造することで、持続可能なリターンを確保できる。

非営利組織はより効果的、効率的にニーズを満たすことで、社会によりよく貢献できる。

顧客はニーズを満たす方法を、本当の意味で選択できるようになる。

最高を目指して競争する企業は、模倣を通して成長する。

独自性を目指して競争する企業は、イノベーションを糧にして繁栄する。

競争は単数名詞だ。

しかしポーターは、最高を目指す競争を一方の極に、独自性を目指す競争を他方の極として、業界の数と同じくらい多くの競争形態があることを教えてくれる。

人気を博したビジネス書『ブルー・オーシャン戦略──競争のない世界を創造する』( Blue Ocean Strategy, 2005)〔 W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、有賀裕子訳、武田ランダムハウスジャパン、二〇〇五年〕は、血で血を洗うような直接競争と、競争のない澄み渡った青い海を区別して、前者を「レッド・オーシャン」、後者を「ブルー・オーシャン」にたとえる。

著者たちは、ブルー・オーシャンでは競争自体が無意味になるという。

これは二重の意味で誤っているため、ここではっきりさせておきたい。

第一に、この本にはポーターがさも血に染まった「レッド・オーシャン戦略」の提唱者であるかのように書かれているが、これは誤りだ。

ポーターの研究が実際に主張するのは、この正反対のことだ。

第二に、競争をきちんと理解すれば、それが無意味になることはあり得ないとわかる。

ほとんどの業界はポーターの説明する二つの極の中間にあり、程度の差こそあれ、両方の要素を併せもっている。

フレームワークは重要なパターンを見つけやすくするためのものであって、現実の実践はつねにそれより複雑だ。

だがポーターがこのように二つの根本的に異なる競争方法を区別したこと(図 1‐ 1を参照)は、経営者に重要な点を提起する。

業界がゼロサム競争に向かうか、プラスサム競争に向かうかは、運命づけられているわけでも、あらかじめ決められているわけでもない。

ハイテク業界であれ、サービス業、製造業であれ、業界にもともと備わった何かが、その運命を決定するようなことはない。

業界がどの道を歩むかは、経営者たちが競争方法について下す選択──戦略的選択──の結果でしかないのだ。

まずい選択は底辺への競争をあおり、賢明な選択は健全な競争とイノベーション、そして成長を促す。

独自性を目指す競争が、人間の営みのほとんどの分野で状況を改善できることを、ポーターの研究は教えてくれる。

ただしそのためには、経営者が自らの選択した競争方法が業界全体の競争方法に影響をおよぼすことを自覚しなくてはならない。

これはきわめて大きな意味をもつ選択なのだ。

経営者の仕事の複雑さを考えれば、すべてを単純化したい、たった一つの成功の秘訣が知りたいと思う気もちもわかる。

いわば経営思想のファストフードだ。

しかし勝つ方法は一つだけという教えを鵜呑みにしてはいけない。

ポーターの考えはこうだ。

もし競争に勝つ唯一最善の方法があるなら、ほとんどの企業がそれをとり入れようとするだろう。

このような競争は、よくても膠着状態、悪くすれば相互破壊に終わる。

だが現実の競争には数多くの次元があり、戦略とは一つだけでなくさまざまな次元での選択に関わることだ。

このような選択をしなさいという一つの助言が、あらゆる業界のあらゆる企業にあてはまるはずがない。

だが幸いなことに、だからといって戦略は何でもありだということにはならない。

どんな競争状況であっても、それを分析し、有効な選択を見きわめるのに役立つ、基本的な原理がある。

このような普遍的な経済原理を、これからの二つの章で卓越した業績の源泉について掘り下げる際に説明する。

なぜ一部の企業はほかより収益性が高いのだろう? これが、次の章で扱う大きな問題だ。

これに対する答えは、二つの部分に分けられる。

第一に、企業は業界構造によって恩恵を受けることも、痛手を受けることもある。

第二に、企業が業界内で占める相対的なポジショニングは、企業間の違いをもたらすさらに大きな要因である。

第2章と第3章で、この論理のそれぞれの部分をたどろう。

業界構造が競争において果たす役割を理解することが、次章のテーマである。

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