第1章人を辞めさせずに育てる仕組み作り

また行きたくなる店の共通点は何か?
サービス業の基本は人の力
企業にとって、人財育成は重要です。業種の別を問わず、また現状で、どのような育成を実践しているかどうかは別にしても、人財育成が重要であることを否定する人はいないでしょう。では、どうして人財育成は重要なのでしょうか。
まず、その「当たり前」に感じられることがなぜなのかを検討してみましょう。私は、サービス業は人が人をもてなすピープルビジネスだと考えています。高級なフレンチであろうと低価格のファストフードだろうと、雰囲気のいい清潔な店で良質な接客を受ければ、お客様は「また来てみたい」と思うでしょう。
それだけでなく知り合いに教えたり、SNSで情報を発信したりと、PRをしてくれるかもしれません。そのような連鎖が売上を押し上げ、利益を伸ばして事業が拡大していくことになります。その起点になるのが良質な接客であり、それを提供する人の力であるわけです。
人が介在しなければ成り立たないビジネスですから、ピープルビジネスということになります。また、人の力は「対顧客」についてだけ発揮されるわけではありません。いい店の条件はいろいろありますが、肝心の商品だけでなく、店の清潔感や良いチームワークが醸し出す雰囲気も、また重要です。
それを支えるのは、店舗スタッフの人間性と人間関係。つまり、ここでも、人の力が問われるのです。そのように考えると、サービス業における長期的な成長とは、働く人の成長なくしては実現できないことがよくわかります。もちろん、サービス業に限らず、働く人の成長は、企業の成長と不可分な関係にあると思いますが、ここではサービス業に絞って、話を進めましょう。
何が外食産業の明暗を分けたのか
私が長年働いてきたフードサービス業界は、激しい競争を繰り返して今日に至ります。例えばファストフード業界に限ってみても、そうでした。1970年代から80年代にかけて、食品会社や流通企業などがファストフードに次々に新規参入し、群雄割拠の状態になりました。
バブル期に向かって、外食ブームが起こり、みんなが成長していったのです。ところがバブル経済が終焉した90年代になると、チェーンの多くが衰退していき、戦線を縮小、あるいは営業をやめる企業も続きました。
残ったのは、日本マクドナルドなど、少数のフードサービス企業だけで、その後も成長していくことになります。生き残った企業と消えた企業。その違いは何だったのか、一概には言えませんが、私は働いている人の違いが大きい、と感じています。
教育の差と言ってもいいかもしれません。教育が行き届き、優れたスタッフが多い店(チェーン)は、行ってみればわかります。商品とサービスの違いもありますが、何よりQSC(クオリティ、サービス、クリンリネス)がまったく違うのです。
人不足で採用が難しくなった
ところで、人不足の傾向が明らかな現在は、人を教育し成長させるという以前に、人を確保することが喫緊の課題になっています。とにかく人を採用しなければならない。質の問題より、量を追うことが優先される状況です。
しかし、実際のところ、人の確保と人の成長は、根っこの部分が同じなのだと思います。働く人の立場からすれば、自分が成長できる場所(会社)で働きたい、と多くの人が考えます。そして、労働環境が良く、いい教育をして人が育つ場所(会社)には多くの人が集まりますし、簡単には辞めない、ということになります。
ですから、人を辞めさせずに育てる「仕組み」があるかないかは、企業の存亡に関わる重要なポイントと言えます。「仕組み」は本書でこの後、何度も出てくる言葉ですが、多くの社員がそのことを共有し実践できることを意味します。
特定の教え上手が、その人独自の考え方とやり方で周囲の仲間を育てる、ということではありません。逆に、特別な教え上手がいなくても、考え方と手法を習得することによって、誰でも一定レベルの教育ができます。
それを、私たちは目指すべきでしょう。そのような仕組みが浸透すれば、教えること、教え合うことが会社に文化・風土として根づいていきます。そして、そのことが企業の魅力となり、人が集まり、定着して成長していくことになります、それこそがサービス業に限らず、すべての企業が目指すべき姿なのではないでしょうか。人不足は深刻さを増し、企業が好きなように働く人を選べる時代は終わった、と言っていいでしょう。
私個人の感覚で言えば、店長がアルバイトを選べる時代は1980年代前半で終わったのではないかと思います。上図に示したのは日本の人口ピラミッドで、左が1975年、右が2020年(予測)のデータです。
この間の変化は著しいものがあります。少子高齢化の傾向は一目瞭然であり、労働人口が大幅に減少していることがわかります。正社員はもちろんのこと、アルバイトであっても採用難になったのは当然と言えます。

採用基準に満たなくても採用せざるを得ない
私の会社で付き合いのある福岡の居酒屋チェーンで3年前に聞いた話ですが、ある店長は「過去2年間、一人も不採用を出していない」と言っていました。
応募してきた人、全員を採用している、と言うのです。3年前の時点で過去2年間ということですから、5年前から不採用を出していないことになります。その店長によれば、たとえ、どんな身だしなみの応募者であっても採用するというのです。とりあえず人を確保しないと店舗運営に支障が出るからで、「身だしなみが良くないぐらいなら、なんとかなりますよ」と店長は言っていました。
ただ、そのようにして採用を決めても、半分は出社して来ないそうです。本来であれば、採用ラインに到達しない応募者でも採用せざるを得ない状況です。それほどまでに激しい人の奪い合いになっていますから、私たちが「人を選べる時代は終わった」と言うと、サービス業の方は、ほとんどが同意して頷いてくれます。
店長であればアルバイトの採用について「その通り」と感じているし、人事の人であれば社員採用について「その通り」と頷くのです。「人を選べる時代は終わった」。だからこそ、私たちは辞めさせずに育てることを真剣に考える必要があります。
ところで、「辞めさせないで育てる」の反対語は何だと思いますか?「ダメな人は入れ替える」です。いささか乱暴な表現のように感じるかもしれませんが、日本の企業はおおっぴらには言わないものの、実際にそのようにして大きくなってきた会社がたくさんあるのではないでしょうか。
おそらく、ほんの数年前までは、それが通用したケースもあるはずです。しかし、いよいよそれもまったく通用しなくなりました。そして、このような事態が、これからしばらくの間、好転することはありません。
ですから、私たちは「どんな人でも辞めさせないで育てる」という覚悟を持たなければなりませんし、精神論ではなく、方法論をもって人の育成に取り組む必要があります。その方法論のことを、本書では「仕組み」と呼んで、以下に解説していこうと思います。
人財育成の基本は「人が辞めない理由」を作ること
企業がやるべき3つの整備
人を育成するために、企業がしなければならないのはどのようなことでしょうか。いろいろなことがありそうに思えますが、私が考える「やるべきこと」は、大きく3つに集約されます。それは、「教育」「評価」「労働環境」の3つです。きちんと教え、それを評価し、働く環境を整備することが、育成の大前提です。
教育といえば、「研修やOJTなどで教育すればいいのね」と連想が働くのではないかと思いますが、それだけでは不十分だというところが、とても大事なポイントです。ただ教えればいいというものではない、ということです。
「教育」「評価」「労働環境」の3つをきちんと実施し、整備すると、辞めない理由ができます。次ページの図12のように、「キャリア・ステップが見える」「短・中・長期の目標を持つ」「成長意欲が満たされる」「自己重要感が持てる」「やりがいを感じられる」「人間関係が良い」は、辞めない理由の代表的なものでしょう。以下、順を追って説明しましょう。

キャリア・ステップを示す
「キャリア・ステップが見える」というのは、「仕事で頑張ればこうなる」ということを仕組みとして見せる、ということです。仕事を続けていった結果、近い将来、どのぐらいの収入になるのか、どんなポジションに就けるのかを、明示するのです。
例えば、結婚を控えた20代を想定してみましょう。たとえ今の仕事にやりがいを感じているにしても、将来の自分たちの姿を考えるとどうでしょう。先々のステップが見えなければ、「頑張ってこのまま仕事を続けてどうなるんだろう」と不安になるのではないでしょうか。
そこで、例えば10年後に年収がいくらになり、ポジションがこうなる、頑張ればそうなる可能性がある、というのを見せてあげるのです。かつては、そんな必要はありませんでした。私が店長だった30〜40年前は、経済が右肩上がりの時代。給料は年々上がりますし、店舗拡大のペースも速いので店長などのポジションもどんどん増えますから、将来に不安を感じることなどはなかったのです。
しかし、言うまでもなく、そんな時代はとうに去り、今はなかなか先を見通せない状況になりました。それだけに、先々のステップを明示して、やりがいを喚起する必要があるのです。サービス業の経営者と話をすると、「本当に優秀な店長なら、年収1000万円にしても構わない」と真顔でおっしゃる方が多いですし、現にフードサービス大手企業では、そういう事例も出始めています。何も、高額であることが大事なのではなく、そういうビジョンを示すことが重要なのです。
短・中・長期の目標を持つ
2つ目の「短・中・長期の目標を持つ」。このうち長期目標というのは前述したキャリア・ステップのことです。それは大事ではありますが、会社側にとっては、目の前にある仕事をちゃんとやってもらうのが大事。
つまり短期・中期の目標ということで、それを積み重ねていくことが将来につながる、ということです。そこでカギになるのは、頑張った見返りを見せることです。「今、この仕事を頑張れば、次の評価がこのように上がる」というように。この見返りが見えないと、最後の根性が出ないものです。
何度も繰り返しますが、右肩上がりの時代はとうに去り、今はなかなか先を見通せません。頑張りの見返りを仕組みにして見せられるかどうかが大事です。私はマクドナルドにいたとき、これをやるとQSCの点数が上がる、QSCの点数が上がると自分の評価が上がる、そうなると役職が上がる、と考えていました。
そのように先が見えなければ、目の前の仕事、例えば、店にとって大事だけれどやるのがつらいトイレ掃除など、とてもではありませんが、できないのです。目の前の仕事をしっかりやることが、将来につながっていく。それが実感できるような目標を持たせることで、働く人のモチベーションが上がり、成長を促すことになります。
成長意欲が満たされる、自己重要感が持てる
次の「成長意欲が満たされる」「自己重要感が持てる」は、教育と評価の両方に関わる「辞めない理由」です。この2つは、100%の人が抱く欲求であると言われています。ということは、それを満たしてあげれば会社に長くいてくれるということでしょう。
しかし、多くの会社で、働く人のその欲求は必ずしも満たされていないようです。よくあるのは、部下に対して「あいつに成長意欲があるとは思えないな」などと決めつけるような上司の存在です。
でも、ほとんどの場合、それは当人に成長意欲がないのではなく、それを引き出していない、ということではないでしょうか。そういう視点を持てば、成長意欲を刺激するような何らかのアクションが生まれてくるはずです。
本人のせいにしているままでは、永久に何も生まれません。成長意欲があるのだけれど、表に出させていないとすれば、上司のせい、会社の責任、ということになります。「自己重要感」は、デール・カーネギーが著書『人を動かす』(邦訳/山口博、創元社)で紹介している概念で、①人はみな、自分が重要な人間だと思いたい、②周囲の人間に、重要な人間だと思われたい、という気持ちのことを指します。成長意欲が満たされ、自己重要感を持つことは、教育と評価を仕組み化することで可能になります。
ところで、再三出てきた「仕組み」という言葉ですが、「仕組みにする」の反対語は何だと思いますか?正解は「上司の力量に任せる」です。
人財育成については、上司任せにする、と言った時点でアウトです。なぜなら、上司の力量は個人差がきわめて大きいからです。育成能力がある人の下についたらラッキーですが、そうではない人の下についたら不幸。同じような能力の人が、上司の違いによって1年後2年後に、大きな格差がついてしまうことになります。
そして、そうした格差を、会社は本人のせいにしがちです。「仕組み」というのは、このような個人の能力に依らない、みんなが共有できる手法を言います。
やりがいを持たせる仕組み
次の「やりがいを感じられる」については、人が育つ上で当然のことと思われるでしょう。
確かにその通りなのですが、昨今は、少し難しい要素が出てきました。それは、やりがいが多様化している、ということです。具体的に言うと、サービス業の中で、「店長になりたくない」という若手社員が増えており、経営者の悩みのタネになっています。もっとも、最近は商社などでも、海外勤務をしたくない、という若手が増えているそうですから、やりがいの多様化は普遍的な現象であるのかもしれません。
私などの世代からすると、「店長になりたくないなんて、何のためにサービス業に就職したんだ」と言いたくなりますし、頑張れば店長になれる、ということをインセンティブにして人事制度を設計してきた企業にとっては、それに反するややこしさを抱えることになります。
しかしながら、こうした新しい現実にも対応しなければ、企業は人財を確保することが難しくなります。これについては、役職が上がらなくても、頑張れば給料は上がるというような、少しの工夫で対応は可能でしょう。
店長になりたくない、という理由は「重い責任を持たされたくない」とか「店長の処遇に魅力がない」など、さまざまだと思います。たとえ旧来型とは異なる価値観を持った人にも、いかに頑張ってもらうかが大事なポイントになります。
店長の処遇を改善するということも、考慮されてもいいかもしれません。ここでも、仕組み化によって対応することが必要です。
人間関係も労働環境の要素
「人間関係が良い」というのは、「残業の見直し」と並んで企業が整備すべき労働環境です。業種を問わず、辞める理由のナンバーワンは人間関係ではないでしょうか。ただ「良い人間関係」を築くことも、仕組みでカバーできます。そこで問われるのは、上司の「人間力」でしょう。
しかし、先に挙げた育成と同様に、リーダーの個性に任せたら、問題はなくなりません。信頼関係を築くためのコミュニケーション・スキルやリーダーシップ・スキル、育成スキルを上げるためのティーチング、コーチング、カウンセリングの研修を受講させることで、改善することができます。
ただ、研修をするだけでなく、マネージャー層の評価項目として育成力、チームビルディングやリーダーシップという、研修内容に紐づく要素を取り入れることが大切です。そして、役職定義を作成し、その評価項目を明記することも重要です。すぐに100点にはならないかもしれませんが、年月を積むことによって点数を上げていくことは可能です。
「どうせ辞めるから教育はしない」は正しいか?
人間力を高めることが人財育成の基本
「お前の飯のタネは、人を育てることだ」店長になったときに言われた一言については、「はじめに」でも紹介しました。マクドナルドの人財教育の根本は、「人間力を高めること」にあります。調理技術や店舗オペレーション能力が重要であることは言うまでもありません。しかし、それらの根本にあるのは、人間力である、というのです。当時の企業としては画期的な考え方ではないかと思います。
オペレーションは、教えればできるようになります。しかし、人が体現する接客をはじめとするサービスは、まさに人間力そのものがモノを言います。持って生まれた個性というものもあり、人間力はそう簡単には涵養できないものです。
しかし、前述のように、この人間力でさえ、教育と評価を仕組みにすることで向上が可能なのです。現場の教育はゴールが明確日本企業のマネージャーが人を育てるのが下手なのは、会社が育成のゴールを明確に決めていないことがあると思います。
リーダーが部下を教えるといっても、どういう状態にするかは、人によって違うでしょう。そこには大きな個人差があります。苦手な人は永久に苦手、というものかもしれません。現場の教育は、ゴールが明確です。「いつまでに、これができるようになってほしい」という要求が明確だから、教える側も教えやすい。
私が在籍していた当時の日本マクドナルドの場合、アルバイトであれば、30時間という教育の区切りがあって、その間に何と何ができるようになるか、というゴールがありました。
期間で言うと、1週間から10日です。その後も、期間は決められていませんが、ランクがあり、それぞれクリアするべき基準があります。それぞれ基準があるので、教える側はわかりやすいのです。
そのように、社員もアルバイトも、新人教育が終わった後の教育がしっかりしています。現場では、気がついたときに気がついた人が教える、ということもあります。営業時間内でも、教えることは負担にはなりません。教えることに慣れているからです。
ゴール設定とサポートを仕組み化せよそのような教える文化がない企業でも、決して難しく考える必要はありません。ステップ1として「どうなってほしいか」「どういうことができるようになってほしいか」、それをまず会社で決めることです。と言うのは、人財育成にはゴールが必要だからです。
正社員でもアルバイトでも入社(あるいは入店)からステップごとのゴール設定を決め、周囲がそれをサポートしていくというように、仕組み化することが必要です。誰に対して、どのように教育するかは、会社の考え方と方針によって違いがあるでしょう。
しかし、人を選べない時代だからこそ、限られたメンバー全体の底上げを図ることが大事です。つまり「選抜型教育」ではなく、誰もができなければならないことを身につける「義務教育」が大事ですし、その重要性はこれから増していきます。
人不足の時代に、基準より低い人を入れ替える、という選択はないのですから。サービス業を例にとれば、義務教育とはつまり、「身だしなみ」「挨拶」「言葉遣い」から始まる、最低限、身につけなければならないことです。
これらの水準が低い人たちは、お客様に迷惑をかけているかもしれない人たち、とも言えます。だからこそ、なんとか彼らを上に持っていかないと、長期的な業績に影響していきます。
教えたことを実践してもらうよう要求する
ゴール設定と同時に、「要求する」ことも、育成のカギとなります。つまり、教えたことをちゃんと実践してもらう、ということです。
これについては次章でグローイング・サイクルの説明をする中で再度、述べますが、この「要求する」ことがしっかりとできていない企業は少なくありません。「要求しない」ということは、「教えても、やりっぱなし」ということです。
研修やOJTなどを通して一通りのことを教えたとしても、やりっぱなしでは身につきません。「いや、それについては教えましたよ」と言って済ませていてはダメなのです。
きちんと要求しないし、しかも評価という見返りもない、だからやらない、という連鎖から逃れることができません。やってくれるように要求し、やったら評価する。そうすれば、誰でもやるようになるのです。
教育はコストではなく投資である
企業にはいろいろなタイプがあり、育成が大事だ、と口では言うものの、それほどの実践はしていない、という企業もたくさんあります。
育成に関して一番大事なのは、経営者の考え方です。これに尽きるでしょう。業績が悪化したとき、真っ先に削られるのが教育費であるというのも、よくわかります。
教育費は変動費である、と考えれば、それはコスト削減の対象になるからです。そうではなく、経営者が人財育成を投資と考えられるかどうか、それがポイントです。
「そんなことを言っても、せっかく投資をして教育しても、退職されてしまうのではかなわない」という会社側の声もよく聞かれます。確かに、手をかけて育成に努めたとしても、辞める人はゼロにはならないかもしれません。
では、「どうせ辞めるから教育はしない」というのが正しいか。会社にとってメリットになるのでしょうか。今、働いている社員たちが育つことが業績に直結するのです。まず、そのことを考えるべきでしょう。
コストをかけて教育をして、辞める社員がいたとしても、別にマイナスになるわけではありません。大きな目で見れば、その人は成長してくれているわけですから、他の会社に送り出せばいいのではないでしょうか。
それ以前に、きちんとした育成の仕組みがあって教育と評価ができていれば、辞める人は少なくなります。教育の効果は、必ず離職率を下げます。ですから、教育してもどんどん辞めていくというのは、ちょっと矛盾を感じるのです。
その教育は、的を射ていないのではないでしょうか。私たちの人財育成の考え方は非常にシンプルです。企業が人財育成に投資をする理由、それは情緒的な話ではなく、最終的に「利益を獲得するため」に他ならないと私たちは考えます。
ビジネスにおいて、売上、利益を上げるためには顧客満足(CS)が不可欠であり、それは「人によってしか」向上しないのです。接客をするのも人。スタッフをマネジメントするのも人。ですから当然のこととして、利益のベースとなるのはしっかりとした
人財育成であり、これなくして長期的な利益の獲得、企業の発展はありません。人財育成の本質は、前に述べた「教育」「評価」「労働環境」の3点です。
これをしっかりやることによって、離職率も下がりますし、採用状況は必ず好転します。一人の人を奪い合う売り手市場の状況の中、「人に選ばれる会社」になるためには、これも繰り返しになりますが、そこで働くことによって成長できるかどうか。
それを軸に企業を選ぶ人がとても多いのです。「教育」「評価」「労働環境」を整備して、「辞めない理由」を作ること。
そして、いつ、どこまでできるようになるかというゴール設定をし、教えたことを実践するように、しっかり要求すること。
加えて、やったこと、できたことについては、きちんと評価すること。これが人財育成の基本であり、まず実行しなければならない大前提です。
寝耳に水だったハンバーガー大学学長への就任
店長に憧れアルバイトから社員へここで、少し個人的な話になりますが、人財育成の考え方と、次章で述べる「グローイング・サイクル」という育成手法がどのような経緯で生まれることになったのかを知っていただくために、ハンバーガー大学、ユニクロ大学での経験についてご紹介したいと思います。
大学1年生のとき、当時まだ50店舗ぐらいだった日本マクドナルドでアルバイトを始め、1979年に社員として入社しました。アルバイト時代に出会った3人の優秀な店長に憧れ、自分もマクドナルドの店長をやってみたいと思ったからです。
入社2年目に店長になり、その後、8年で7店舗の店長を務めた後、スーパーバイザーになりました。あるエリアで10店舗ほどを担当し、店長を指導する立場です。それからエリアマネージャー、統括マネージャーを歴任しますが、入社以来、ずっと現場の仕事でキャリア形成していたことになります。
統括マネージャーは40〜50店舗を担当し、スーパーバイザーや店長を指導しながら売上、利益、QSCの向上を、日々追いかける仕事です。その仕事は、数字の責任の範囲が広くなるという厳しさがありましたが、自分の思い通りに多くの店舗をマネジメントする楽しさがありました。
そのように現場での仕事に愛着を感じ、ずっとそれを続けていきたいと考えていましたので、ハンバーガー大学の学長の辞令は、寝耳に水でした。
大量出店で店長が足りない当時の状況を説明すると、日本マクドナルドは「サテライト戦略」を打ち出し、規模の拡大を図ろうとしていました。サテライトとは「衛星」を意味しますが、母店の周辺にあるショッピングセンターなどの商業施設に、小規模店を数多く出店していこうという戦略です。
結果的に、およそ5年で1000店舗を超えるサテライト店を出店することになりましたが、課題だったのが店長の育成でした。正確には、社員ではまかないきれないため、「スウィングマネージャー」というアルバイトリーダーを育成して、店長業務を任せることになりました。
そのスウィングマネージャーを早期に、しかも質を担保しながら大量に育てることが、ハンバーガー大学学長である私に課せられたミッションだったのです。
現場のエリアマネージャーやハンバーガー大学のスタッフなどとディスカッションをしながら、2つの方針を決めました。
1つはアシスタント・マネージャー育成プログラムを大改訂すること、2つ目はスウィングマネージャー向けの集合研修を実施することです。
社員以外のスタッフが集合研修を受講することは、それまではなかったことでした。
言わば、それまでの育成の仕組みを再構築したことになりましたから、反対を受けたわけではありませんが、社内ではかなりの反響がありました。
新たな仕組みを作り、検証を重ねながらカリキュラムを見直すことで、3カ月でスウィングマネージャーを育成するというプログラムになりました。
これは、従来の4分の1という短い期間でした。
店長時代の経験を活かして人財育成へ店舗展開を急ぐという会社の方針があったので、大変ではありましたが、スウィングマネージャーの早期育成には店長時代の経験が活きました。
というのは通常店舗の新規開店(グランドオープン)では、アルバイトリーダーの早期育成が最も重要な課題で、その経験が私には何度もあったからです。
オペレーション・スキルを短期間で教え、最低限のコミュニケーション・スキルを習得させる。それに関しては集合研修が有効でした。
結果としては、アシスタント・マネージャー育成プログラムの大改訂、アルバイトリーダー向けの集合研修とも会社からは評価されました。
一方、同時期に、アメリカのマクドナルド本社で人財育成の仕組みが変わり、新しい研修が次々にリリースされていましたが、それらの日本への導入も担当することになりました。
つまり、私がハンバーガー大学の学長を務めた時期は、日本マクドナルドにとっては経営上の大きな節目にあったことになります。
そこで、さまざまな育成手法を検討し、また実践していったことが、現在提唱するグローイング・サイクルなどのベースになったことは間違いありません。これらは、今考えても、実に貴重な経験だったと言えます。
この経験を通して、人は素質の有無に関係なく、一定の目標を設定して(その期間は短いとしても)計画的に教えることで成長することを理解しました。
多くの方が、私たちの期待に応えてスウィングマネージャーとなり、実質的な店長の役割を見事に果たしてくれたのです。
ただ私は、そのような経験をふまえて、人財育成のプロになろうと考えたわけではありませんでした。
学長の仕事を終えた後は、また現場の仕事に戻るつもりでいたのです。人財育成はとても面白いし、やりがいもありましたが、最終的には利益をしっかり出していくための手段だと思っていたからです。
ユニクロ大学でも教育の仕組み作りに着手ですが、人の運命はわからないもの。その後、縁あってファーストリテイリングに移り、ユニクロ大学の仕事をすることになりました。
2003年、46歳のときでした。当時のユニクロは「フリース」ブームで爆発的な成長を遂げましたが、ブームが一巡し、一時的に業績が悪化していました。
急成長したものの、その成長に教育が追いつかず、教育の体系を再構築する必要があったのです。
ユニクロ大学でもいろいろな施策を実施しましたが、例えばグローイング・サイクルでも重要なポイントである評価制度については、それまでにはなかったアルバイトの評価制度を導入しました。
簡単に言えば、普段の頑張りを見てあげて、ちょっとずつ時給が上がるような仕組みを取り入れたのです。また、新人アルバイトの教育プログラムも作りました。
アルバイトの早期離職を減らし、より長く働いてもらう仕組みが必要だと考えたからです。社員に対しては、働く人を大切にするピープル・スキルの研修などを始めました。
そのいずれにも、ハンバーガー大学での経験とノウハウが活きたことは言うまでもありません。
このように振り返ってみると、前に述べた「教育」「評価」「労働環境」という人財育成の大前提が、すでに、この頃から私の考えの基本になっていたことにあらためて気づかされます。
そして、それらの経験と考え方がベースになって、後にグローイング・サイクルという育成手法ができていくのですが、当時は、人財育成が自分の仕事になるなどとは想像もしていませんでした。
次章では、グローイング・サイクルを中心に、人財育成の具体的な実践について、解説いたしましょう。
COLUMN1
「」2019年4月より施行された働き方改革関連法は、サービス業の現場にも、大きな影響を及ぼし始めています。
残業時間を減らすことはもちろん、全体に労働時間の短縮に乗り出す企業が増えています。ただでさえ人不足であるのに、それに加えて労働時間が制限されるのは、経営にとって二重苦です。
働く個人にとっては、労働時間が短くなるのは喜ばしいことかもしれません。ただ、決していいことばかりではないような気もします。
能力の乏しさを労働時間の長さでカバーしてきた多くの労働者(私も間違いなく、そんな一人でしたが)にとっては、なかなか厳しい状況と言えます。
業績も上げなければならないし、スキルアップもしなければならない。でも、これからは、そのために労働時間を長くすることなどは不可能です。
しかしながら、もはや時計の針を巻き戻すことはできません。
この際、企業経営においては考え方を大きく切り替えて、労働時間を短くすることで、一人一人の生産性をいかに上げるかに取り組むことが妥当でしょう。
この機を利用して、逆に働きやすい環境にすることを武器に、人不足を乗りきるぐらいに考えた方が良さそうです。
個人にとっても、一定の時間で生産性を上げながら、なおかつスキルを向上させる方法を考える必要があるかもしれません。
言うまでもありませんが、働き方改革の時代でも、企業は人財育成を怠るわけにはいきません。
本文で述べたように、人財育成は企業にとって欠かせない投資ですから、それを欠くことになれば、顧客満足度は下がり、ひいては売上・利益が損なわれることにもなりかねないでしょう。
人財育成が欠かせない投資であるならば、むしろそれを強化して、人財育成を企業の特徴にすることを目指すべきです。
あの企業に入社すれば、学びの機会が多く、仕事を通して成長することができる。そんなブランディングの確立を考えてみてもいいでしょう。
離職率を何%下げて、採用経費などのコストを効率化する、というような目標を設定することもできそうです。
採用のためにも、また社会に対するアピールとしても、それは有効に作用するのではないでしょうか。「働く人に優しい」というイメージを形成するツールにするのです。
そう言えば、グローイング・アカデミーを運営してきた8年の間に、教育についての企業の考え方が変わってきたことに気づきます。
かつては休日を使って、あるいはシフトの後の時間を使って研修を受講させるようなケースも多かったのですが、そうした企業は明らかに減ってきました。
社員教育も業務の一環と捉え、シフト中に受講させる企業が増えてきたのです。当然のこととは言え、働く人の立場に立って、企業の考え方も変わってきたと言えます。
企業にとってはコスト高にはなりますが、その意味では、働き方改革的な動きは、すでに起こっていたと言えるかもしれません。そういう経営が求められる時代になったのです。
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