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第1章マニュアルの目的

目次

歪められるマニュアル

マニュアルの本来の目的は、「作業に携わる読み手が、自分の要望に応じて、正しく状況を判断し、間違えずに操作ができるようにするため、情報を与えること」と言える。

だが実際には、理想とは異なる、時には「邪悪」ですらある目的で、マニュアルが作られることがたびたびある。

〈仕方なく作ったマニュアル〉

「マニュアルを添付すること」と、法律や規則が要求していたり、発注者から求められているので、やっつけ仕事で作った文書をマニュアルと称して付けることがある。

ソフトウェア制作会社が手を抜く場合、ソフトウェアの取扱説明書と称して、画面のキャプチャ画像を何の工夫も無くべたべた貼りつけただけの、紙芝居スタイルの説明書を作ることが多い。

「あるボタンを押すと、別の画面が現れる」という情報の単なる羅列である。紙芝居型のマニュアルは非常に使いづらい。そもそも内容がかったるい。各画面でどのボタンを押せばよいかは、見れば分かるものだ。

「送信画面が現れたら、送信ボタンを押します。これで送信できます」という言わずもがなの情報だけで、マニュアルのページを埋めている。また、そもそも紙芝居は、読者を正しい手順に誘導することに不向きである。

たとえば、店への行き方を写真の紙芝居風に羅列して説明しているウェブサイトをよく見かける。正しいルート上で出くわす分岐点だけを写真に撮って、紙芝居に仕立て、どの分岐に進むべきかだけを指示するという方式だ。

だが、これでは正規ルートにいる時にしか使えない情報ばかりになってしまう。何かのはずみで一度でも正規ルートを外れて脇道に入ると、その後は何の誘導もなくなってしまう。本来なら、ユーザが安心して楽に操作できるようにするため、必要な説明を丁寧にするべきだ。

たとえば、修正の仕方や、途中結果の確認方法などの手順である。そこまでは手が回らないと見えて省略してしまう制作会社が多い。

ソフトウェア制作会社には大小さまざまあるが、大手でも、このスタイルのマニュアルを作って平然としているところがある。

〈責任回避手段としてのマニュアル〉

事故が起きても「マニュアルに指示されている手順とは異なる作業をした人が悪い」という言い訳や、「マニュアルには警告が書いてあった」という法的な逃げ道を作るために、マニュアルが作られることがある。

警告は製品の危険性を指摘するものであり、読者には見せたくないためか、やたらと小さい活字で、しかも薄い灰色で印刷している企業もある。

最近は、世界的な消費者保護の運動を受けて、これらの言い訳は法的には認められにくくなった。

製品事故の裁判で言い訳を無理に押し通そうとしたため、巨額の制裁的賠償金を課されて破綻した企業もある。

ひとたび不祥事が一つ起こると、「再発防止策を講じろ」と上層部や監督官庁や外部有識者委員会などから命じられるものだ。この命令に対して、安直に「再発防止マニュアルを作りました」と答える場合が多い。

そのマニュアルを実行して本当によいのかは二の次で、取り繕いのためだけの「逃げ」のマニュアルが増えていく。

これは大学に関わる人なら誰でも知っている話だが、ある大学では、教職員がカラ出張をすることを阻止するために、厳しい対策を打ち出した。

学会参加などで出張に行った場合は、「確かにこの人は何時から何時まで学会に出席していました」という証明書を第三者に書いてもらい、サインしてもらうべしというお触れを出したのである。

その結果、いろいろな学会会場で、見知らぬ人から「この書類にサインしてくれ」と頼まれるという珍風景が繰り広げられた。カラ出張は防げても、みっともなくて大学の評判に傷が付いてしまう。

泥棒が出るたびに、刑法条文を増やすような風潮が社会にはある。

「再発防止策を講じろ」と命じる立場の方々には、ぜひ「しかし手間を増やしてはならない」という一言を添えるようにしていただきたい。

私はある自治体から、事務ミス対策委員会の委員長を頼まれたことがある。

そこでは事務ミスが起こるたびに、その大小を問わず、ミスの概要報告と対策案とを書類にして提出するルールがあった。

これはあまりに煩瑣であるし、効果もない。職員にアンケートで尋ねてみても、「あれは止めてほしい」という意見が多数を占めた。委員長の立場から強く意見して、早々に廃止させた。

廃止したところでミスは増えず、職員からは「時間の余裕が増えた」と感謝された。

〈判断を奪うためのマニュアル〉

判断する動機を作業者から奪うために、行動をがんじがらめにするマニュアルが作られることもある。

情に流されてはいけない公平性が必要な職務や、良心の呵責を感じさせがちな作業に多く使われる。箸の上げ下ろしまで事細かく指示があり、作業者はそれに従ううちに、操り人形になってしまう。

ひいき目で見れば、これは作業者を統制して、作業の品質を安定させるから、よいことなのではないかと期待したくなる。

しかし実際には、うまくいかない。操り人形と化した作業者は、総合的な判断を放棄してしまい、事故が起きても、何ら危機を感じない。

「ゴミが混じっているのは見ましたが、マニュアルにはゴミを取り除けと書いてなかったので、何もしませんでした」といった、事なかれ主義がはびこる。

マニュアルが読者に与えるべきは、「被統制」とは全く逆の「自主的な統制」への助けである。

「センス・オブ・コントロール」、つまり、状況全体を把握し、自主的に制御できているという自信がなければ、人間は責任を感じない。それでは、安全も品質も保てない。

米国では、就職する際には、仕事の内容をがっちり規定した「ジョブ・ディスクリプション」という書類を雇用契約の中で交わすことが一般的だ。

ジョブ・ディスクリプションに書かれていない行動は、会社から求められていないし、してはならないものと言える。

これを額面通りに受け取って、自分の仕事以外はゴミも拾わないような、事なかれ主義で働く人も存在する。余計なお節介は、他人の仕事を奪うことになる、と考えているようである。

1986年のスペースシャトル・チャレンジャー号の事故では、この弊害がもろに出た。

ロケットの部品が何度も使い回されて形が歪んでしまったことを整備部署は知っていながら、マニュアルに規定された検査手順では「合格」となるので、そのまま放置し、爆発するまで使い続けた。

一方で、事なかれ主義の害を知っている米国企業は、職員の自主性を重んじる企業文化を作ろうと努力している。

〈門前払いのためのマニュアル〉

事なかれ主義、縦割り主義のために、マニュアルが増殖し精緻化するという、病的な現象が会社組織に見受けられる。

創業したばかりの組織は、不定形な仕事を、少ない人員で臨機応変に分担して、こなすしかない。業務の正式な手順はしっかり決まっておらず、明文化された規則なしに、当たって砕けろで仕事に取りかかる。

やがて組織が成長すると、人員は増え、仕事のパターンも安定してくる。各部署の所掌範囲は定まり、「ゴールデン・バッチ」、すなわち、最もうまくいくやり方を繰り返すだけとなる。

マニュアルはゴールデン・バッチを詳細に規定し、それから逸脱することを禁ずるようになる。一方で、全く新種の仕事や、分担の隙間にあるような仕事は、相手にされなくなり、マニュアルに書かれなくなる。

各部署にとって、ゴールデン・バッチ以外の仕事は、効率の悪い厄介ごとであり、門前払いして、他部署に押し付けたいものなのである。「仕事=マニュアルに書かれていること」という認識が職場に染み込む。

こうしてマニュアルの整った大企業ほど、前例の無いプロジェクトには及び腰になる。それを横目に、ぽっと出の零細ベンチャーが、新奇な仕事に手を染める。これがビッグビジネスに大化けすることがある。

実際のところ、今をときめくインターネットの巨大企業は、歴史の浅い企業ばかりであり、昔からある大企業をまんまと出し抜いてきた。ネットビジネスに限らず、企業の興亡はこのパターンの繰り返しである。

〈すでに存在しているという理由だけで使われ続けるマニュアル〉

すでに何らかのマニュアルが職場に存在しているなら、それをそのまま使うということになるのが自然である。

活字には一種の魔力があって、活字になっていることで、書類がさも正当であるように見せてしまう。今まで従ってきた文書に疑いを差しはさむ気が起こらない。

しかし、「長年使われ続けているから優秀」という保証はない。古いマニュアルは、時代に合わなくなっている恐れもある。

また、初版発行から時間が経つと、職場での人脈が途絶え、原作者が誰であったのかが分からなくなる。

詠み人知らずの古いマニュアルでは、読者がその内容に疑問を持っても、原作者に真意を問い合わせることはできない。

この問題が特に顕著なのが、交通や金融などの社会インフラを支える大規模なコンピューターシステムの業界である。

システムがダウンして膨大な業務が麻痺する事故が時折起こる。

その原因はそれぞれ異なるであろうが、遠因はこの業界独特の、ダメな書き方で作られたマニュアルにあると私は思う。

いろいろなコンピューターシステム運営会社から、マニュアルの相談を受けることがあったが、だいたいどの社もマニュアルの作りが同じであり、抱える欠陥も共通しているのである。

社会インフラ向けのコンピューターが日本に導入されはじめたのは、高度経済成長期である。

その頃に米国から伝来したマニュアルのスタイルが、そのまま日本の標準として現在まで生き残ってしまった。

当時の業界は、ごくわずかの大手会社による寡占状態であったから、その大手の多様性に欠ける流儀を金科玉条として日本のどの会社も真似したと思われる。

欠陥だらけのマニュアルであっても、読者は改訂する権限を与えられていないので、嫌々ながらもそれを使い続けるしかないのである。

会社組織というものは、機材や人員、売り上げといった、利潤に直接的に関わる要素には敏感であるが、「マニュアルの質」という間接的要素には鈍感な傾向にある。

管理者が、「このマニュアルで、ちゃんと仕事はできているか?」と問うても、現場の人員は「できています」と答えるのが常である。できていなければ責任問題になるからだ。

この返事を真に受けて、管理サイドは何もせず、ダメなマニュアルがのさばっていても、見過ごされる。

◆世の中、役に立たないマニュアルが多い。

マニュアルの目的は、最も簡単な作業の誘導

マニュアルの目的は、「マニュアルがなければできない作業を、安全かつ効率的な手順に沿って、分かりやすく誘導すること」にある。

あなたの目の前にあるマニュアルが、正しい目的のために作られたマニュアルであるか、あるいは、邪悪な目的の産物であるかを判定する方法がある。

資料1をイメージして考えると分かりやすい。そのマニュアルを読まなければ手順が不明な作業がいくつか存在する。そうした作業には、難易度の高低がさまざまなものがある。

この内、最もシンプルな作業に目を向ける。つまり、「マニュアルがなければ実行不可能な作業のうち、最も簡単なもの」である。ここの難易度が、マニュアルが背負っている任務の重さに呼応している。

一番簡単な作業でさえ難易度が高いとなれば、マニュアルはそれを説明するという難事業を負っているわけである。混同しやすいのが、「マニュアルがなければ実行不可能な作業のうち、最も複雑なもの」である。

この部分を高めても、無益であることが多い。

「文章は難解なほど高級だ」とか、「文章の程度とは、その中に含まれる一番難しい内容で決まる」と思い込んでいる人々がいる。

こういう人は、マニュアルを「高級」にしたいがために、やたらと難しい内容を盛り込みがちだ。高度だが、使う出番がほとんどない作業の説明にページを割いているマニュアルは珍しくない。

資料1の分布が上に伸びはするが、無益である。

極言すれば、「マニュアルなしではできない仕事のうち、一番簡単な作業」だけを説明するべきとさえ言える。

2番目や3番目に簡単な作業というものは、実際上はほとんど出番がない。自動車は、一番簡単な、公道を走る作業に使われることが大半である。

2番目に簡単な作業として、道無き原野の走行などが考えられるが、これが必要という一般人はほとんどいないだろう。

もちろん、一番簡単な作業にも、多少のバリエーションがあり、それを一般人に説明する必要はある。

しかし、それらはあくまで、基本形への修飾として整理し記載されるべきだ。あれもこれもと盛り込まず、基本形一つしか書かないというポリシーを保ちたい。

また、マニュアルが説明すべき作業が難しい場合、それをそのまま放置してはいけない。誰でも、素早く、効率的に、間違えないように作業をこなせるように誘導しなければ、マニュアルとしては駄作である。

手順をうまく設計し、説明を工夫して、一番簡単な作業をさらに簡単にできるようにする。一般に、効用が大きい作業ほど、手順が難しいという傾向がある。

難しい手術は、重い病気を治すためにある。虫刺されに薬を塗るのは簡単だが、かゆみが治まる程度の効果しかない。効用と難易度とのトレードオフが成り立ちがちである。

トレードオフを放置するのは、能が無い。

資料2に示すように、効果が大きいことを複雑な手順のままにせず、マニュアルの説明によって、より簡単にできるようにすることが理想である。

効果が大きくても難しいのでは、効果がゼロなのと同じことである。マニュアルは、有益なことをシンプルに書くことが役目であり、複雑なことを長々と説明してはいけない。

◆マニュアルは、作業の基本形を簡単にできるようにするためにある。

役割に見るマニュアルの種類

マニュアルにはいくつかの形式がある。「マニュアル」と名乗っていなくても、実質的にマニュアルの役目を果たすものも存在する。各形式には、長所短所があるので、課題に応じてふさわしい形式を選ぶ。

取扱説明書

【取扱説明書】:特定の道具の使い方を指示するものである。

作業手順だけを説明するものも多いが、本来は、道具がはらむリスク(事故の可能性)や、ハザード(危険源)、ライフサイクル(据え付けから廃棄までの、道具の一生についての指示)も記載するべきである。

パッケージの注意書き

【パッケージの注意書き】:食品などでは、包装に調理の仕方が案内されている。

極端にスペースが狭いのが泣き所である。

食品は姉妹品が多いため、取り扱い方法も混同されがちである。

このため、電子レンジの加熱時間を姉妹品のものと間違えたり、そもそも電子レンジが使えない食品をレンジで加熱するといった失敗をする消費者が多い。

標準作業手順書

【標準作業手順書】:作業者がすべきことの全てを記したものである。

よって、これに記載されていない行動は、基本的には全て「してはならない」ことになる。

厳しいようだが、職場の安全を保つためには、勝手な行動を禁じることは基本中の基本である。

しかし現実には、書かれていない行動をしたり、せずには仕事が回らないことも多い。

コンピューターのプログラム

【コンピューターのプログラム】:プログラムは、コンピューターに動作を指図するという点で、特殊な標準作業手順書と言える。

たとえ、プログラムが長大で、手順が難解であっても、コンピューターは黙々と指示に従って動作する。

よって、どんなに読みにくくても論理的に合っていれば、コンピューターにとっては十分である。

だが、人間にとっては、難解なプログラムは扱いに苦しむ。プログラムも長年にわたって使い続け、複数人がその時々で、改修のために手を加えていく。

すると、「大昔の先輩たちが書いたプログラムなのだが、どこに何が書いてあるのか、この命令は何の目的があるのか、なぜこれでちゃんと動作するのかが、もはや誰にも分からない」という事態に陥りがちである。

製作者の意図を使用者に伝えていくという人間組織の課題が、結局は最大の課題である。

対処マニュアル

【対処マニュアル】:普段は何もしなくてよい仕事で、異常や脅威が発生した場合に、それへの対処法・平常復帰策を述べたもの。

緊急時マニュアル

【緊急時マニュアル】:効率や品質は最低限であっても、最優先事項についてだけは、安全を保つ。いくらか損はするとしても、また一からやり直すことができる状況に避難する。書面の見やすさと、簡潔さ、短さ、断定が命。

また、防災のために使われる場合は、外国人に対して言語の違いなどが障害にならないように、多言語化やイラスト図解をほどこすなどのユニバーサルデザインが求められる。

たとえば、アレルギー緊急対応マニュアルなど。

問答集

【問答集】:Q&A形式で、作業に関する知識を伝授するもの。

「〇〇をしたい時にはどうすればよいか?」などという、目的ごとの編成になるので、読者の意識に沿いやすく読みやすい。

申込書

【申込書】:建前としては、顧客が何かを申し込む際に、必要事項を空欄に埋めていくための書類である。

巧妙に作られた申込書は、書き込み作業を通じて顧客に情報を与え、使用方法を伝授し、より望ましい商品を選択させるという効果を持つ。

人間でも腕利きの売り手は、顧客と相談しながら、より適切な商品を売るものであるが、それをやってのける申込書もありうる。

環境埋め込み型

【環境埋め込み型】:道路標識や、ラベルなど、操作対象物や作業環境に、マニュアルの情報を埋め込む方式。

分かりやすいし、情報を知らされるタイミングもよい。

ルールブック

【ルールブック】:特定の行動の許可/禁止や、権限の有無について羅列したものである。

これを苦労して読解していくと、作業手順が導き出されなくはないので、マニュアルの代わりにされてしまう。

【掟】:表向きは行動の統制という目的を掲げているが、部族や宗派、流派の結束を生み出すということにねらいがある。

人間の集団というものは掟なしでは結束しないものである。

手順や、作法、経典、戒律、原理原則、モットーといった形で示された掟が、集団の個性を醸成する。

宗教の聖典や、芸事の奥義書の多くは、掟を説く使命を担い、結果としてマニュアル的な内容を含んでいる。

ついには掟が御神体となる。

たとえ掟が、作業をする上で不便や不合理を生じるものであっても、それで集団をまとまらせることができれば構わないのだ。

法律は、「自動車に乗る時はシートベルトを締めねばならない」というように、社会の安全や効率化のための実用的な規則を持つ一方で、「夫婦別姓は認めない」といった、価値観によって意見が分かれる事項に決着をつける規定も多い。

国民共同体の結束を高めるために、価値観の統一を図っているのである。

◆「マニュアル」と銘打っていなくても実質上はマニュアルであるものもある。

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