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第1章フィードバックの理論と部下育成の基礎知識

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第1章フィードバックの理論と部下育成の基礎知識

そもそも「フィードバック」って何?>耳の痛いことを伝える+部下の行動を立て直す

「フィードバックってよく聞くけど、ちゃんとした意味を知らないな」「フィードバックって、なんか嫌なイメージしかない……」─そんな不安を解消するため、まずは本書のフィードバックの定義からお話しします。

フィードバックとは、「ティーチング+コーチング」皆さんは、「フィードバック」について、どんなイメージを持たれているでしょうか。

「期末の面談で、評価結果を通知されること」。

このようなイメージを持っている人が多いかもしれませんが、本書でご紹介するフィードバックは、もう少し広い概念を指しています。

フィードバックとは、端的に言えば、「耳の痛いことを含めて、部下の現在の仕事の様子・状況をしっかりと伝え、彼らの成長を立て直すこと」です。

伸び悩んでいる部下には「耳の痛いこと」を、業績を伸ばしていたり努力している部下には「成果を残せていること」をしっかり通知します。

まず、1つ目は情報通知」です。

あなたの部下の中には、成果を残すことに課題を持っている方もいらっしゃるのかもしれません。

そのような部下には、たとえ「耳の痛いこと」であっても、パフォーマンス等に対して情報や結果をちゃんと通知することです。

そのことが部下や職場の立て直しに有効であることは多くの研究から支持されています*2。

フィードバックの第1要素「情報通知」は、部下が現状を把握し、現実と向き合うことを支援します。

2つ目は、立て直し」です。

情報を通知しただけでは、部下は成果をあげられるようにはなりません。

そこには上司による客観的なアドバイスや支援が必要です。

フィードバックの第2要素である「立て直し」は、部下が自己のパフォーマンス等を認識し、自らの業務や行動を振り返り、今後の行動計画を立てる支援を行うことです。

この後で詳しく説明しますが、第1要素の「情報通知」は、どちらかというと一方向的に情報を伝える「ティーチング」という部下育成の手法に近いものがあります。

第2要素の「立て直し」は、相手の振り返りを促す「コーチング」に近いものがあります。

要するに、フィードバックは「ティーチング」と「コーチング」の両方をあわせ持った、より包括的で画期的な部下育成の手法というわけなのです。

フィードバックとは、ロケットのようなもの……と、ここまで用語的な解説をしてきましたが、私はフィードバックは「ロケットのようなもの」だと考えています。

実は、打ち上げ後のロケットというものは、常にまっすぐ飛べているわけではなく、風や空気の抵抗を受けながら傾いてしまうのだそうです。

その傾きの角度を正しく把握し、調整を行っているので、あたかもまっすぐ飛んでいるかのように見えるのだそうです。

まさにこれがフィードバックなのです。

上司であるあなたは、部下が正しくまっすぐ飛んでいくために、常に角度を見て、調整をし続ける必要があるのです。

いつかは部下に「自律」してもらわなければいけないにしても、その前にはどんな人でも「他律」の時期が必要です。

人は「他律」を通して「自律」を獲得します。

部下を自律させるために、耳の痛いことをしっかりと伝えて、その成長に付き合うことは、間違いなくマネジャーであるあなたの仕事なのです。

・フィードバックとは、「耳の痛いことを含めて、部下の現状に関する情報をしっかり伝えて、部下の成長を立て直す」こと

・フィードバックは「情報通知+立て直し」の2つの要素からなる

・フィードバックとは、部下が「正しい方向にまっすぐ飛ぶこと=成果をあげること」を支援する技術

*2Raver,J.L.,Jensen,J.M.,Lee,J.andO’Reilly,J.(2012)“”()Ashford,S.J.,Blatt,R.andVandeWalle,D.(2003)“”()

フィードバックが注目される理由人が勝手に育つ環境の崩壊>昔の上司は、部下育成のうえで、とても恵まれた環境にいた

なぜ今、フィードバックが注目を集めているのでしょうか。それには、いくつかの理由があります。

まず1つ目の理由は、昔の日本企業に備わっていた「部下が勝手に育つ環境」が失われてしまった、ということです。

昔の上司は部下を育てていたのか?近年、フィードバックという部下育成の手法は、現場のマネジャーたちから大きく注目されるようになりました。

その理由はいくつかあります。

一つは、「部下が勝手に育つ環境」が失われてしまったからです。「職場で人が育たなくなった」「最近の上司は部下を育てるのが下手」。

このように言われるようになったのは、1990年代頃からです。では、その前は部下を育てるのが上手な人ばかりだったのでしょうか。実は、そういうわけでもありません。

というのも、90年代より前は、部下が勝手に育つ条件が整っていたという説が有力だからです。ここで注目したいキーワードは、「長期雇用」「年功序列」「タイトな職場関係」です。長期雇用、年功序列については皆さんもよくご存じでしょう。

伝統的な日本企業は、従業員を定年まで雇用し、年齢とともに給与・待遇をあげていくことを良しとする人事制度を、これまで敷いていました。

3つ目のタイトな職場関係とは、上司と部下が長時間にわたって、同じ空間で行動をともにすることを意味します。かつては連日の残業や、週休1日制も当たり前でした。

アフター5も一緒に飲みに行き、休日もレジャーをともにし、同じ社宅に住む人も多いという環境でしたから、自然と長い時間を会社の人たちと共有していました。

長期雇用・年功序列・タイトな職場関係が揃えば、勝手に育つ実は、「長期雇用」「年功序列」「タイトな職場関係」の3つの要素が揃うと、部下は勝手に育つ可能性が高まります。

第1に、「長期雇用」だと、すぐに結果が出なくても長い目で見てもらえます。人が大きく育つときというのは、「成功体験」をしたときよりも、「大きな失敗」をしたときなのです。

長期雇用なら、それが許されます。だから、若い社員は失敗を恐れず何度も学ぶ機会を得られました。今の時代、なかなかそういう会社は多くありません。

第2に、「年功序列」だと、上司や先輩を見れば自分の数年後、数十年後の仕事の様子が、自然とわかります。

定年までの道筋が一定で単純なので、部下から見て、上司や先輩は「自分の将来像」を示すロールモデルとして機能するのです。

彼らの待遇や給与が高ければ、それに魅力を感じる人も少なくなかったでしょう。

年功序列賃金は、このように長期にわたって一つの会社で仕事をし続けるモチべーションを、社員に提供していました。

第3に、「タイトな職場関係」だと、上司や先輩が部下と職場で長い時間を一緒に過ごすので、部下は上司や先輩の仕事ぶりをじっくりと観察できます。

また、上司や先輩の方も、若手社員のことを長時間見ていたので、特に意識しなくても、改善すべき点を的確に指摘できました。

今の多くの企業では皆が皆忙しく、上司も部下も昔ほどに時間的にも精神的にも余裕がありません。

そのような状態では、たまに指導の時間をとってもトンチンカンな指摘ばかり……という職場も少なくないでしょう。

失敗がある程度許され、自分が何をすべきかも明確で、何か間違ったことをしていても上司がすぐに指摘・改善してくれる──このような環境が揃っていれば、職場に放り込みさえすれば、人が勝手に育っていくのも納得でしょう。

その様子を、当時の人々は「OJT(OntheJobTraining)がうまくいった」と表現していたのです。

バブル崩壊で、勝手に育つ条件が崩壊……ところが、バブル崩壊によって、多くの企業に余裕がなくなり、早期退職制度などのリストラによって「長期雇用」が崩れました。

また、組織を活性化するため、若手の大胆な抜擢が行われるようになり、「年功序列」も崩れていきました。

長期雇用が崩れて、転職が当たり前になったことで、「この会社の人に、必要以上に気を遣うことはない」と考える人々が増え、残業やアフター5のノミニケーションを嫌がる傾向が出てきました。

こうして「タイトな職場関係」も崩壊していきました。

以上の経緯から、近年は若手社員が勝手に育つ「3つの条件」が失われてしまったのです。職場に放り込んでも、部下はおのずと育つようにはならない、という状況が生まれました。

逆に言うと、かなり意図的に育てようとしなければ、部下は育たないのです。部下育成には「意志」が必要なのです。

もし、本書の読者の方で「自分は部下を育てるのが下手だ」と思い悩んでいる方がいたとしたら、そんなことで思い悩むことはありません。

なぜなら、昔の上司は非常に恵まれていただけなのです。今は、優秀なマネジャーでも、部下を育てるのに四苦八苦せざるを得ない時代なのです。

だからこそ、ここは冷静になってそれに備えましょう。マネジャーに昇格する前に、しっかりとした部下育成のスキルや技術を持つ準備を進めればいいのです。

まとめ・「長期雇用」「年功序列」「タイトな職場関係」で、昔は若手社員が勝手に育っていた・現在はその3つの条件が崩れたので、部下育成が極端に難しい時代になってしまった

フィードバックが注目される理由「コーチング」の限界>気づかせるだけでは人は育たない。きちんと教えることも必要

90年代以降、部下を育てる能力が強く求められるようになり、多くのマネジャーたちが学んだのは「コーチング」でした。

ところが、最近では「コーチングだけではうまくいかない」というケースが増えているのです。

2000年代後半、華々しく導入されたコーチングこれまで述べた通り、人が勝手に育つ環境が失われたことで、マネジャーたちは、自らの手で部下を育てるスキルを持つ必要に迫られました。

ビジネス書やセミナーなどで学ぶ人が増える一方で、2000年代後半には、企業側も管理職研修の強化や管理職の支援に乗り出してきました。

その頃、管理職研修に華々しく導入されたのが、「コーチング」です。コーチングは、一言で言えば、「問いかけによって他者の目的達成を支援する技術」のことです。

上司からの問いかけによって、部下に、自分の現状と目指すべきゴールのギャップについて振り返ってもらいます。

そして、そのギャップを埋めるために何をすべきか、上司が一方的に答えを与えるのではなく、部下の話に耳を傾けながら、部下の中にある答えを引き出していくという手法です。

コーチングが導入される前の現場指導と言えば、上司が部下に一方向的に教える「ティーチング」が主流でした。

そんな中、コーチングのような「自分の力で気づかせる手法」が出てきたこと自体は、まったく悪いことではありません。

一方的に教えられるだけでは、効果的な部下育成はできないからです。コーチングは、上手に活用すれば、非常にパワフルな威力を発揮します。

言いたいことを言ってはいけない、という誤った認識ただ、コーチングは、その紹介のされ方・広まり方に問題がありました。

華々しく登場したせいか、「コーチングこそ部下育成の手法として素晴らしく、ティーチングは時代遅れの部下育成法である」といった極端な二項対立が喧伝され、間違ったイメージが広まってしまったのです。

その結果、「コーチング(気づかせること)は良いことで、ティーチング(指摘することや教えること)は悪いこと」「部下が語ることは良いことで、上司がしゃべることはダメなこと」「上司は部下に教えてはいけない。情報提供をしてはいけない」といった具合に、間違った「コーチング神話」「気づき神話」が広まってしまったのです。

それによって、「教えない上司」「言わない上司」が増え、むやみやたらに「気づかせようとする上司」が増えていきました。

冷静になって少し考えれば、このように偏った方法ではうまくいかないことは誰にでもわかります。

結論から言えば、部下育成はケースによって、ティーチングの方が良い場合もあれば、コーチングの方が良い場合もあります。

たとえば、業務経験がまったくない新人に対して、「君はどうすればいいと思う?」などとコーチングの手法を用いて問いかけても、本人の中に基準が何もなければ答えようがないでしょう。この場合は、やはりティーチングをすることが重要です。

また、相手がベテランでも、自分の過ちにまったく気づいていないようなら、上司がはっきりと言わなければならないことを言わなければなりません。

2000年代後半に間違った「コーチング神話」が広まった結果、部下は必要なことを教えてもらえず、内心困っている一方で、上司も研修で身につけたコーチングを導入しても部下が育たないので何をしていいのかますます混乱してしまう……といった状況が職場で起こり始めたのです。

このような中で、「やはり、上司はきちんと部下に言わなければならないときもあるのでは?そういうとき、どうしたらいいんだ?」と考えるマネジャーが増えてきました。

以上のような流れで、本書のテーマである「フィードバック」が注目を集めるようになったのです。

まとめ・部下育成が難しくなった結果、流行したのがコーチング・偏ったコーチングブームの結果、ティーチングは悪いことだという風潮ができてしまった

フィードバックが注目される理由年上部下、年下上司の増加>相手をリスペクトしながら、厳しい指摘をする技術が必要

かつての上司や先輩が、なんと自分の部下に。そうした人たちに厳しいことが言えない……。昨今、そんな若いマネジャーが急増しているといいます。

年上部下に、年下マネジャーのセットの増加。これもまた、フィードバックが注目されるようになった背景の一つです。

元上司に、厳しいフィードバックができるかフィードバックが注目されるようになった背景には、年功序列の崩壊、マネジャーの若年化、さらには役職定年制度の徹底により、職場の中に「年上の部下に強く言えない年下の上司」というケースが増えてきたという事情があります。

企業にもよりますが、年功序列が崩れたことで、近年は、若くしてマネジャーになる人が増えてきました。

大企業でも早いところでは30代でマネジャーに昇進しますし、ITベンチャーに至っては、20代で課長相当、30代で部長相当の役職につくこともあるようです。その結果、部下が年上であるというケースが珍しくなくなってきました。

しかも、中途入社してきた人が部下になるなら、比較的やりにくさは少ないかもしれませんが、実際には、かつての上司や先輩が部下になるケースも増えています。

さらに、最近は、一定の年齢に達したら役職を降りる「役職定年」や、「定年退職者の再雇用」などによって、55~65歳くらいの年配の元部長や元次長が肩書きのない一般社員に戻るケースが増えており、そんな人が部下になることもあります。

そんな海千山千の彼らに、10歳も20歳も年下のマネジャーが対峙するとなると、簡単なことではありません。

どれだけ有能なマネジャーでも、元部長などに対して、「ココは直した方が良いのではないか」と苦言を呈すようなことは、伝統的な日本企業ではなかなか難しいでしょう。

また、年上の部下の中でも、「働かないおじさん」が部下になったとき、さらに事態は悪化します。

まったく働く気がなく、定年までなんとかしがみつこうという中年社員を「働かないおじさん」と呼びますが、何もしない人を雇うような余裕のある会社は、今やほとんどありません。

マネジャーはなんとしても彼らに働いてもらうよう、さまざまに手を尽くさなくてはならないのですが、たいていの場合「働かないおじさん」は社内事情に通じており、ましてや元部長・元課長ともなれば、それなりのプライドもありますので、そうした人たちを動かすには、相当な労力が必要です。少し言ったら猛反撃を受け、心が折れてしまう人もいるようです。

こうして、言いたいことが言えない、耳の痛いことをきちんと伝えられない、という「年上に意見できない症候群」が蔓延しているのです。

突然マネジャーになる悲劇また、若いマネジャーが年上部下をうまく指導できない理由は、準備期間がないままマネジャーに昇進しているということも関係しています。

かつてのピラミッド型組織の時代は、係長や課長補佐など、マネジャーの入門編のような役職がありました。

この時期に、部下育成や業務評価などのマネジメントの一部を任されることが、一人前のマネジャーになる準備として、非常に役立っていました。

ところが、90年代以降は、組織がフラット化したことで、入門編のような役職がなくなってしまいました。

経験を積まないままマネジャーになり、部下にフィードバックなどをしなければならなくなってしまったのです。

その結果、言いたいことがあっても、遠慮して口をつぐんでしまったり、言ったら言ったで失礼な言い方をして、相手を怒らせてしまうというケースが増えてきたのです。

最悪の場合は、上司からのフィードバックをまったく「拒否」する部下も出てくる始末です*3。

しかし、元上司だろうがなんだろうが、部下にはきちんとフィードバックをして、行動を改善してもらう必要があります。

そこで、「フィードバックの技術を学びたい」と考える人が増えたというわけです。

・「年上の部下」に相対するマネジャーが増えてきた

・マネジャー側も昔ほど十分に管理職としての経験が積めていない*3フィードバックはやり方を間違うと、フィードバック拒否などの事態を招いてしまいます。

部下育成の理論から見てもフィードバックは合理的>「経験軸」と「ピープル軸」の両面を満たす部下育成法

フィードバックは、部下育成の理論から見ても、理にかなった部下育成法です。部下育成の理論と聞くと、少し難しい話にも聞こえるかもしれませんが、なるべくシンプルに解説します。

部下育成は「経験軸」と「ピープル軸」で決まります。これら2つの軸を頭に入れておくと、なぜ、フィードバックが重要かがより理解できます。

経験軸とピープル軸とは何か?

ここまでは組織や職場の変化の側面から、フィードバックという部下育成法が求められている、というお話をしてきましたが、ここでは少し別の視点─部下育成の理論の観点から、フィードバックの重要性を考えてみましょう。

部下育成の理論とは何か?専門的にはさまざまな議論がありますが、ここでは、なるべく話をシンプルにして、最も押さえておいていただきたい2つの軸に絞って説明します。

それは、「人が育つには、『経験軸』と『ピープル軸』の両面が必要」だということです。

まず、「経験軸」とは、「部下を育てるためには、リアルな現場での業務経験が最も重要である」という考え方です。

業務経験から学ぶことを「経験学習」と言いますが、どんなに洗練された教育プログラムがあったとしても、経験学習に勝る教育はありません。

そして、部下を成長させるためには、現在の能力でできるレベルよりも少し高めの業務、少し背伸びをすればなんとかこなせる業務経験をさせることが大切です。

失敗するリスクが高すぎる仕事だと、本来の能力を発揮できなくなるからです。この経験のことを「ストレッチ経験(背伸びの経験)」と呼びます。

上司はこのストレッチ経験を部下に積ませるため、過度な負担を取り除いたり、反対に適切な挑戦を与えたりする必要があります。

私の研究によれば、職場で人が育つためには、3つの他者からの支援が必要です。それは「業務支援」「内省支援」「精神支援」です。

1つ目の「業務支援」とは、相手が持っていない専門知識やスキルなどを教える・助言することです。どちらかというと、一方向的に情報を伝えることです。

2つ目の「内省支援」は、俯瞰的な視点や新たな視点など、客観的な意見を伝えて、本人の気づきを促すことです。

3つ目の「精神支援」は、励ましたり、ほめたりすることで、部下の自己効力感や自尊心を高めることです。

人が育つためには、これらの支援を上司や先輩などからバランス良く受けることが大切です。業務支援が足りないと、必要な業務知識が得られません。また、内省支援が足りないと、自分自身で内省することが十分に行われなくなります。そして、精神支援がないと、落ち込む状態が続くので、心を病んでしまう可能性があります*4。

フィードバックによって、「経験軸」「ピープル軸」両面を満たす部下を育てるには、以上のような「経験軸」と「ピープル軸」の両面が必要なのですが、そのうえで重要な役割を果たすのがフィードバックです。

まず「経験軸」から見ていきます。

上司は部下にストレッチ経験を与えることが重要だと述べましたが、実は取り組んでいる本人はそれがストレッチ経験なのかどうか、判断できません。それを把握するためには、第三者からのフィードバックが必要になります。

また、困難な目標に挑戦しているときには失敗から目を背けたくなるものですが、そうしたときに現実と向き合うためにも、他者の意見は欠かせません。たとえ耳の痛いことであっても、しっかりと現状を伝える─それがフィードバックです。

次に「ピープル軸」から見ると、3つの要素のうち、「業務支援」はフィードバックの「情報通知」によって、「内省支援」と「精神支援」はフィードバックの「立て直し」によって可能になります。つまり、フィードバック自体がピープル軸の要素を内包しているのです。

このように、フィードバックは、部下育成の基礎原理である「経験軸」や「ピープル軸」と密接な関係を持っている部下育成法なのです。

・部下育成の基本は「経験軸」+「ピープル軸」

・フィードバックは、「経験軸」と「ピープル軸」の両面を満たす技術である

フィードバックを阻む3つの壁──代表的な部下育成の問題点>人材の多様化、パワハラ問題、マネジャーの多忙化

新しい人材育成法であるフィードバックの前には、実は多くの壁が立ちはだかっています。ここでは、現在の職場の代表的な問題点について、フィードバックの具体的な手法を知る前に押さえておきましょう。

10歳離れた若い部下の心がわからないここまで、なぜ今フィードバックが必要なのか、そしてフィードバックの原理が部下指導の原理原則に則ったものであることをお話ししてきました。

しかし、こうしたフィードバックの必要性はわかっているけれども、部下に十分なフィードバックができず悩んでいるというマネジャーは少なくありません。

ここでは、効果的なフィードバックの前に立ちはだかる3つの壁について、少し触れておきましょう。

効果的なフィードバックが阻まれる理由の一つは、「職場の人材が多様になり、フィードバックの難易度が高くなった」ことが挙げられます。

「年上の部下に悩まされているマネジャーが多い」ことはすでに述べましたが、フィードバックが難しいのは、「年上の部下」だけではありません。意外と難しいのは、自分より10歳以上若い部下です。

はじめて中間管理職に昇進すると、20代の若手社員が部下につくことになるかと思いますが、上司の立場で彼らと接してみると、思ったよりはるかにコミュニケーションがうまくいかないというマネジャーが多いのです。

これは私自身も40代になってからひしひしと感じていることなのですが、年齢の離れたスタッフの悩みを理解するのに時間がかかるのです。

一般に人は熟達してしまうと、経験の浅いメンバーが「何がわからない」のか「わかりません」。どんなに同じ目線に立とうと思っても、「わからない」という感覚を忘れてしまっているのです。

結局、同じ視点に立つことができず、何に悩んでいるのかがわからないのです。一般的には10歳離れると、視点や価値観はまったく違うと言われます。

中途入社や外国人の部下は、価値観が異なるまた、中途入社の社員は、新卒入社の社員と違って、その会社の色に染められていないので、まったく違ったモノの考え方をする人もいます。

人によっては、前職で培った仕事のやり方や仕事の信念を変えてもらわなければならない場合も出てきますが、一度体に染みついたことは、簡単には変えられません。

本来ですと、過去に染みついてしまった仕事のやり方や信念のうち、今は通用しないものに関しては、アンラーニング(Unlearning:学習棄却)」をしてもらう必要があります*5。

しかし、大人の「アンラーニング」は痛みをともないます。「痛み」をともなうことは当然避けられる傾向がありますので、簡単には過去の因習を捨て去ることができません。

加えて、グローバル化によって、外国人の部下を持つマネジャーも増えてきました。

生まれ育った環境がまったく異なる外国人社員は、仕事に対する考え方や感覚が日本人と大きく異なる場合が多いので、フィードバックに関しても、彼らの考え方に合わせて行う必要があります。

このように、現代のマネジャーは職場に生まれた「多様性」と格闘していくことを余儀なくされています。

さまざまな背景を持った人たちに合わせて対応するというのは、想像以上に疲れるものです。

昨今、ダイバーシティ(多様性)の重要性がしきりに叫ばれていますが、「言われなくても、毎日ダイバーシティと向き合ってヘトヘトだよ!」という方々も多いのではないでしょうか。

育ちにくい若手やテコでも動かないシニア社員に囲まれて、「僕の日常は、強敵だらけのロールプレイングゲームですよ」と嘆いていたマネジャーの方もいらっしゃいました。

パワハラ上司に育てられながら、同じことをしてしまう……また、フィードバックができない理由には、昨今、パワハラやセクハラなどの「ハラスメントに対する意識が職場で過剰に高まったこと」も挙げられます。

特に若手社員は、すごく敏感です。

今の40代は、「精神論」や「根性論」を重んじるパワハラまがいの上司に育てられて、嫌な思いをしたことのある人が少なくありません。

「自分は下の世代にそんなことをしたくない」と考えている人が比較的多いようですが、中には「自らが受けてきた部下指導」を意図的か否かにかかわらず「再生産」してしまう人もいます。

かつて自分が上司から受けた「精神論」や「根性論」によるハラスメントまがいの部下指導を、無意識に自らも行ってしまうのです。

その結果、知らないうちに人事に駆け込まれたり、ソーシャルメディアに会社の悪評を書き込まれたり、携帯電話の録音機能で面談の様子を知らないうちに「録音」されたりして、窮地に立たされることも珍しくなくなってきました。

特に最後の事例は、現代の会社では頻発しています。すべての面談は録音されていることを前提に、内容がつつ抜けであると思った方が良いです。

マネジャーはこのような部下の気持ちを汲み取って、動かさなくてはならないわけですから、それは大変に決まっています。

「部下を傷つけるかもしれないことを、どこまで言っていいのか」「耳の痛いことを言ったとき、どこまでなら問題にならないか」

プレイングマネジャーとして忙殺される毎日……最後にもう一つ、マネジャーが効果的なフィードバックを実現できない理由は、「時間の余裕がない」ということもあります。

時間の余裕がない、とは少し抽象的な言い方かもしれません。

効果的なフィードバックを行うためには「部下を観察すること(情報を収集すること)」が必須なのですが、観察を行っていないので、部下に突きつけるべき現実をマネジャーが把握していない、という事態が生まれているのです。

マネジャーがプレイングマネジャー化(Playingmanager:成果を求められつつマネジメントを行う人)して久しいと言われます。

バブル崩壊以前は、プレイングマネジャーなどという言葉は、そもそも日本に存在していませんでした。

ところが、今の中間管理職は、ほとんどが、自らも一プレーヤーとしての成績を求められるプレイングマネジャーです。

生産性を上げるために、人員を限りなく削ることで、マネジャーもそうならざるを得なくなっているのです。

2012年に、私の研究室(東京大学中原研究室)が、公益財団法人日本生産性本部と共同で行った調査によれば、社員300人以上の企業で、人事考課対象となる部下を持つマネジャーのうち、純粋にマネジメントに徹している「完全マネジャー」は517人中、わずか14人しかいませんでした*6。

517人中14人ですので、その割合は2.7%です。この本を読んでいる皆さんも、9割以上が、プレイングマネジャーでしょう。しかも、プレーヤーとしての比重はどんどん増す一方です。

特に営業部などに至っては、部下の一般社員よりも、はるかに高い営業成績をあげているマネジャーもたくさんいます。

こうなると、その役割はプレイングマネジャーというより「マネージングプレーヤー(Managingplayer:マネジメントの役割を担わされているプレーヤー)」と呼ぶ方が適切なくらいです。

しかし、一般社員と同じ業務量をこなしていれば、それだけで時間はあっという間に過ぎていきます。これでは、部下とじっくり向き合って育成することができないのも無理はありません。

この後でお話ししますが、フィードバックをするには、その部下の情報を集めたり、面談をしたりすることが必要になります。部下育成は「観察」に始まり、「観察」に終わるのです。

しかし、そんな時間などとっていられないというわけです。

デフレスパイラルを起こす危険も「中間管理職が成果を求められる」という現象は、別の問題も生み出しています。

人材を育てられないために、最初からできる部下に頼りきりになってしまうという問題です。その結果、できない部下はヒマになる一方で、できる部下に仕事が集中するようになります。

すると、できる部下とできない部下の実力差がどんどん開いていくので、何年経っても若い部下が育たず、一部のできる部下に頼りきるといった状況が続いてしまいます。

しかし、こんな状態が長続きするはずがありません。

できる部下も、長年激務にさらされていれば、体調を崩して倒れたり、メンタルに不調をきたしたりしてしまいます。こうして、できる部下ほど疲弊してしまうという問題が起きているのです。

一方で、あまり仕事ができない部下もまた、やりがいある仕事を任せてもらえないことからモチベーションを失い、結果「こんな職場ではやっていられない」と辞めていってしまいます。

すると、その人が担当していた仕事は他の誰かがやらねばなりません。その尻拭いをするのは、結局のところ、中間管理職であるマネジャーしかいません。

しかし、そんな尻拭いをしていれば、ますます人を育てる時間がなくなり、さらに尻拭いの仕事が増えるという、恐ろしいデフレスパイラルに陥ってしまいます。そうなれば、やがて中間管理職も疲弊し、倒れてしまうのがオチです。

このような事態を招かないためには、フィードバックをしっかり行い、部下を着実に育てていくことが不可欠です。

フィードバックの3つの壁を打ち破る!ここまで、いろいろな話を読んできて、不安になっている方も多いかもしれません。

でも、安心してください。

本書は、そんな「フィードバックの壁」を解消し、フィードバックによって部下を育てられるようになることを目指しています。

まず、フィードバックの基本的な手順と注意点については、これまで部下育成の研修などを受けたことがない人でもすんなり理解できるよう、この後の第2章で丁寧に解説していきます。

その後、第3章と第4章では、実際のフレーズや会話例で、フィードバック中の話の進め方を学びます。

ここでは、相手を傷つけすぎないように問題点をフィードバックする言い方や、さまざまなタイプの部下に対応できるフィードバックのパターンを予習しておきましょう。

そして、これもこの後に説明しますが、実はフィードバックでは「事前準備」がモノを言います。

そこで、最後の第5章ではフィードバックが怖くなくなる、具体的な準備方法を紹介します。

加えて、より現場レベルの悩みを解消できるよう、3名の若手マネジャーの方々に伺った実際のフィードバックの体験談を紹介します(第3章~第5章の章末)。

以上のコンテンツを必要に応じて読んでいただくことで、「多様な部下に対処できない」「パワハラが怖い」「フィードバックする時間がない」といったフィードバックの壁への不安はなくなっていくはずです。

それでは、まずフィードバックの具体的なやり方から、見ていくことにしましょう。

まとめ・人材の多様化で、現代のマネジャーはさまざまなタイプの部下に相対する必要がある・その一方で、パワハラのプレッシャーから厳しいことが言えない・そもそも、そうした指導を丁寧に行っている時間がない*5中途採用社員の育成に関しては、下記に論考があります。

中原淳(2012)『経営学習論』東京大学出版会*6新任マネジャーのための学術知見に基づいた教科書には下記の書籍があります。

多くの企業で新任管理職のテキストとして用いられています。

中原淳(2014)『駆け出しマネジャーの成長論』中公新書ラクレ

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