まえがき
異性の立場から女性をほめることができるというのは、男性だけに与えられた権利であり、最大のぜいたくです。しかもすべて無料、経費ゼロ。
人を自由自在にほめられるようになると、ほめることが本当に楽しくなってきます。ほめたときに見せてくれる、くすぐったいような笑顔、ほっとした笑顔、周りをパッと明るくしてくれる笑顔。
とくに女性をほめたときに見せてくれる笑顔のなんと美しいことでしょう。目の前で一輪の花がふわりと咲いたかのような美しさに、自然とこちらも心が温まります。
今度はどんなところをほめてあげようか、どんな言葉でほめてあげようか。
そう考えられる毎日が単調な日常生活に限りない喜びと潤いをもたらしてくれるのです。では、人を上手にほめるためにはなにが必要でしょうか。
大きく分けると「ほめ言葉」と「ほめる技術」の2つとなります。
ほめ言葉とは野球に例えるならばボールです。ストレートだけではなく、カーブ、フォークなどの球種を知ることは、バリエーション豊かな投球のためには不可欠でしょう。
しかし、肝心の「投げる技術」を身につけなければ試合はできません。ほめ言葉のキャッチボールを楽しむことはできないのです。
本書では、ボキャブラリーはもちろん、それと同等、あるいはそれ以上に「どうすれば、いいほめ言葉を実践できるのか」というノウハウに重点を置いて作られています。
その代表的なメソッドが「アダム式2段階ぼめ」です。
このメソッドが私のもとへカウンセリングを受けに来られる方々、そして多くのメディアから「目からウロコが落ちた」との称賛をいただく最大の理由は、「いつでもどこでも、相手の本質的な長所をほめることができる」という手軽さと、その柔軟性にあります。
相手に合ったほめ言葉をリストアップしておいて、ちょうどよいタイミングを待つ、なんて必要はもうありません。
ほめたいときにほめたいだけ、ほめたい言葉でほめられる。まさに「ほめ言葉のビュッフェ」とも言える万能テクニックなのです。
人間は一人一人に尊厳があり貴重な存在です。その素晴らしさを互いに認め合い、その気持ちを言葉に変えて尊重し合う行為が「人をほめる」ということです。
職場であれ、家庭であれ、いつだってそれが原点であることには変わりません。ですから、私はあえて申し上げます。
「人をほめることに対しての見返りは、一切期待しないでください」と。その代わり、あなたは幸せになれるでしょう。
仕事運、結婚運、金運、人間関係のすべてに前向きな人生が送れるようになります。確かな技術に支えられた「人をほめる習慣」は、大げさではなく、あなたの人生をドラマティックに好転させるだけのパワーがあるのです。
本書は女性をほめることを目的に作られてますので、男女の「ほめられメカニズム」の違いや、女性が喜ぶボキャブラリーにも重点を置きました。
会社の部下や上司、女友だち、奥様はもちろん、パーティで初めて会った女性からお店のウェイトレスまで、どんな女性に対しても実践できるようになっています。
また、サービス業など女性のお客様と接することの多い方にも接客技術のひとつとしてご利用いただける内容となっています。
ぜひ本書を最大限に活用して、あなたの周りの女性たちとともに、幸せな毎日を手に入れてください。きっとあなたなら、できるはずです。
第1章ほめ上手は人生に愛される
これからは、性格美人に囲まれて生きていこう
男性にはすべての女性をほめる権利があります。もしあなたが、私がこれから提唱する「ほめる技術」を習慣的に身につけたならば、即物的な見返りなどとはまったく次元の違う、一生ものの財産を手に入れることができるでしょう。
それは周りの女性のいいところ、すなわち女性の長所に囲まれて生きていけるという幸福です。見た目の美しさや好みのタイプは自分の年齢や時代によって変化しますが、性格美人が賛美される美徳はいつの時代も変わりません。
それではいま、あなたを取り巻く女性たちの中で、性格美人と呼べる女性はどのくらいいるでしょうか。7割くらい?半分以下?3割?一人もいないですって?もし現状がそうであるからといって、あまり悲観する必要はありません。
なぜなら、世の中に性格美人になる素質を持っていない女性なんて一人もいないのですから。
案外、あなたが知らないだけで、毎日会社で会うあの女性が男性にとっては最高の性格美人だったりするのかもしれませんよ。
いまはまだ、あなたにその長所を見せていないだけで。それどころか、あなたの周りのほとんどの女性が実は素晴らしい性格美人なのかもしれないのです。いまはまだ、あなたの前ではその良さを見せていないだけで……。
ところで、あなたは周りの女性たちからよく思われたいと望んでいますか。
恋人や妻から、自分の娘から、女性の友人や同級生から、会社の同僚や部下から、はたまた馴染みのレストランのウェイトレスや接待で利用するクラブのママまで。
男性であれば自分に関係するすべての女性から好感を持たれたいと思って当然です。信頼に足る素敵な男性と思われたい。そこは若者であろうがシニアであろうが譲れない、男性として健全な欲求でありましょう。
私などもいつの間にか洋食より和食を好む年齢となりましたが、いつでもどこでも「いい男でいたい」という気持ちは変わりません。もちろん、女性に対してだけではなく、すべての人からそう思われることを望んでいます。
セラピストという職業柄、私のことをときに人徳者と評価してくださる方もいらっしゃいますが、もし私にいくばくかの人徳が備わっているとしたら、それはすべて「一人一人の人間によく思ってもらいたい」という誰もが持っている欲求を発露としているはずです。
それでは、あなたは女性たちからよく思われるために日ごろどんな努力をしていますか。
妻の誕生日にプレゼントを買ったり、女性の部下を誘って食事をごちそうしてあげたり、大事な接待のときに味方になってくれるよう、クラブの女のコを同伴に連れて行ってあげたり。
それもこれも立派な努力であると思いますし、そうしてもらった女性はあなたから喜びのパワーをちゃんと与えられていると思います。
しかし、もしあなたが「女性をほめる」というもっとも簡単にして、もっとも喜ばれる習慣を身につけていないとするならば、これほどもったいないことはありません。
男性の立場から女性をほめるということほど、楽しくてぜいたくな遊びはないからです。しかも、どんなにほめてもお金は一銭もかかりません。
すべて無料、経費ゼロ。こんな素晴らしい特権をあなたはすでに持っているのです。
さて、冒頭の性格美人の話ですが、「あなたにはまだ見せていないだけで、実はあなたの周りは美人だらけである」とはいったいどういうことなのでしょうか。
ほめ言葉があなただけの美女を作る
以前、セラピストである私のところへカウンセリングを受けに来た女性からたいへん興味深い話を聞いたことがあります。
彼女は男性相手の風俗店で働いている風俗嬢だったのですが、客を選べる立場ではないため、ときには非常に乱暴な客に当たってしまうこともあるそうです。
客に言われるまでもなく自分がそれほど立派な人間だとは思っていない。でも、会ったばかりの男性にどうしてそこまで言われなければいけないのか。
そんな言葉の暴力や乱暴な行為に何度もあい、ずいぶん嫌な思いをしてきたそうです。ところが、あることをきっかけにそんな悪質な客が激減したといいます。
それは、乱暴そうな客、ちょっと怖そうな客が来たら、まず最初に「よかった。やさしそうな人で」と笑顔で言うこと。
たったそれだけで、ほとんどの客がやさしくなったのだそうです。つまり彼女はほめ言葉と笑顔ひとつで、怖い客をやさしい客に変えてしまったのです。
職業柄、ちょっと特別なケースではありますが、私はその話を聞いて、確かにほめ言葉にはそのくらいの力があってもおかしくはないと、妙に納得した気持ちで聞いていたのを覚えています。
例えばこんな経験はありませんか。あなたが同僚に「あの会社の女性担当者って、愛想ないな。いつもツンツンしていって自分という存在を価値のあるものにしたいという欲求のことです。
どんなに才能のあるプロ野球選手でも、見ている人の一人もいないスタジアムでホームランを打ったところで、その欲求は満たされません。
満員の観衆が見ている前でホームランを飛ばし、大歓声を浴びながらダイヤモンドを回るから喜びになる。翌日のスポーツ紙を読んで、勇気づけられる人がいるから喜びになる。
まったく誰も関心を持ってくれなかったとしたら、ホームランなんてその人にとってはなんの価値もなくなってしまうでしょう。
この2つの本能的な欲求、愛に対する欲求と自己実現への欲求を持つ人間の魂にグイッとエネルギーを注入してあげる行為が、人をほめてあげるということなのです。
ところで、犬が他の犬に向かって「いい毛並みしてるねえ。君がちゃんと行儀よくしているから飼い主も手入れしてくれるんだね」なんてほめたりはしませんよね。
他者をほめる文明を持っているのは人類だけです。
これは他者に自己を認められないと生きていけない人間の弱さでもありますが、ほめ合うことにより自信がついて、次のステップへと自分を向上させる意力を作り出すことができるという、人間だけに与えられた知恵でもあります。
いったいいつから人類が他者をほめることを覚えたのか、それに関する資料を見つけることはできませんでしたが、案外、狩猟採集に頼っていた時代から「こんなに獲物をしとめてくるなんて、お父ちゃんスゴイ!」なんていうほめ言葉がきっかけで、もっとほめられたいがために、新しい狩りの道具を生み出したりしたのかもしれませんね。
日本男児ほどほめる素質のある民族はいない
日本は敗戦から多くを学び、人類史上まれに見る高度経済成長を経て、いまなお先進国として、そして平和国家として世界に君臨し続けています。
日本人には欧米のよい部分を素直に取り入れて吸収し、それを温存しながら咀嚼して、新たな文化を作り出す力があるのです。
自動車や携帯電話などの工業製品はもとより、服飾文化から社会的なモラル、男女平等の精神に至るまで、その勤勉さと柔軟性を私は一人の日本人として、心から誇りに思っています。
男女のありかたについて言えば、愛を交わすための技術もかなり進化をとげました。
セラピストである私の実感でも男性と女性の性差を認めつつ、そこからよりよい関係を築くためのノウハウはかなり高いレベルで構築されつつあります。
ただひとつ残念なことは、ほめる技術という点では、日本はまだ恋愛などの進歩に比べて、半世紀くらい遅れているという印象がぬぐえません。
人間は一人一人尊厳があり貴重な存在です。その尊厳性を互いに言葉で表現して認め合う、その技術が遅れているように思われます。
欧米男性の習慣をそのまま真似る必要もありませんが、その表現力の豊かさは吸収するに値するでしょう。
もしこれからの日本男児がその部分を素直に取り入れて、咀嚼して、自分たちの習慣にできたならば、もともと持っている精神性の高さ、繊細さ、言語能力の高さと相まって、これはもう世界最強なのではないかと、日本の将来に思いを巡らせては一人、ほくそえんだりしているのです。
「わかっていてもほめられない」あなたへ
ほめた本人にとっても、ほめられた相手にとってもいいこと尽くしの「ほめる習慣」なわけですが、その良さを知ったからといって、すぐに無意識にできるようになるほど簡単なものでもありません。
最近は部下への教育やサービス業に携わる人へのコーチング、スポーツ選手の育成、子育てなどでもほめる力を取り入れだしていることもあり、なんとなくでも「人をほめることって大切なんだろうな」という認識を持っている人が多く、それは非常に喜ばしいことなのですが、残念ながらその認識が実践にまで結びついていないのが現状です。
セラピストである私のもとを訪れた方々とのカウンセリングでは、例えば夫婦の問題で来られる方などに、その解決方法のひとつとして「相手の人間性をほめる」ことをアドバイスすることもあるのですが、「わかっていてもなかなかできない」という方が多くいらっしゃいます。
理由としては「なにをほめてよいかわからない」「ほめるきっかけが見つからない」「恥ずかしくて言えない」「相手が喜ぶのかどうか不安」などが挙げられます。
そこで私も彼らの一助となりうるようなものはないかと、ほめることに関するさまざまな書籍に目を通してみました。
それで気がついたことは、素敵なほめ言葉がたくさん載っている本やほめることの効果を讃える本は多いが、どうすればほめることができるのかという「ほめる技術」にまで言及しているものはほとんどないという事実です。
ほめる習慣を持つというのは、相手がなにかほめられるようなことをしたときにだけほめるということではありません。日常的に人をほめてこその習慣です。
そこにいるだけでその人の人間性までをもほめられるようでなければなりません。
例えば、もしあなたが「君は責任感があるね」というほめ言葉を暗記したところで、それを言うタイミングをただ待ってるだけでは、いつまでたっても、そのほめ言葉の出番はないかもしれません。
メロスがセリヌンティウスの待つゴールへとたどり着くような、そんな絵に描いたような「責任感のある場面」は日常生活においてそうそうあるものではないからです。
つまり、ほめ言葉のボキャブラリーを増やすことと同じくらい、もしくはそれ以上に「ほめる技術」を身につけることが大切なのです。
「ほめる技術」とは「ほめたいときに、ほめたいだけほめられる技術」のこと。
本書はそのことに留意して、ほめ言葉の数よりもその実践的な技術やパターンを伝えるために多くの紙面を割いています。
10年以上、日々実践してきた私の実感だけではなく、私のカウンセリングを受けられた1000人を超す方々の実践結果に後押しされてあえて申し上げますが、私がお伝えする「ほめる技術」であれば、「ほめ言葉は知っているけど、ほめるタイミングがない」なんてことはもう言わせません。
ぜひ、この素晴らしい習慣を身につけて、これからのあなたの人生に役立ててください。
女性の「ほめられメカニズム」を知ろう
この本は男性がすべての女性をほめるためのテクニックの習得を目的としています。
女性をほめる技術に重点を置いたのは、男性同士であればそれなりにほめることもできるという人でも、女性をほめるというのはいろいろと気を遣う部分が多くて、正直苦手であるという場合が多いからです。
その気持ちは私にもよくわかります。同じ男性に対しては、こういう言葉がうれしいだろうなとか、ここまで言っても大丈夫だろうという、感覚的になんとなく安心できる部分があります。
それが女性相手となると同じようにはいかない。それもそのはず、恋愛やセックスにおいて男女の性差が存在するように、ほめることにも、男と女では精神構造が少し違うからなのです。
すべての女性にそのまま当てはまるわけではありませんが、男性からすると見落としがちなその傾向をちょっと考察してみましょう。
女性は外見へのほめ言葉が内面性の入り口まで届く
「そのシャツ、かっこいいね」「その帽子、センスいいじゃん」と男性がほめられても、それなりにうれしいでしょうが、そこはファッションに限っての話。
むしろ、そんな表面的な部分だけじゃなくて、もっと自分の内面を知ってくれと思ったりするものです。
さまざまなことに対してそうですが、男性は喜びの欲求をそのセクションごとにきっちりと分ける傾向があります。
仕事は仕事、プライベートはプライベート、外見は外見、中身は中身。簡単に言えば、女性はそのセクションの区別が男性ほどきっちりしていません。
理論性を重んじる男性に対して、より感覚的な親和性を重んじるのが女性と言ってもいいでしょう。
ある出版社に勤める友人から聞いたのですが、雑誌のページを作っていく過程で、男性誌の場合はページをめくるごとに扱うジャンルを変えていったり、技術の難易度を上げていったりという「展開の妙」にもっとも気を遣うのに対して、女性誌の場合は展開よりもむしろ、どうすれば読者の好きなものがいっぱい載っているように見られるか、どうすれば開いた瞬間、その読者が自分の感性に合っていると思ってくれるか、そこに一番気を配るのだそうです。
同じページにさまざまなジャンルのアイテムが載っていたり、脈絡を無視した展開だったりすると、男性は一般的に違和感を覚えるものですが、女性は比較的自然に受け入れてくれるのだそう。
一度、女性向けのファッション誌を立ち読みしてみてください。
「どこから読めばいいのだ?」ととまどうほど、さまざまなセクションを軽々と飛び越えた女性たちの自由な感性がひしめいていることでしょう。
また、こんなことはないでしょうか。
女性と口論になってしまったときに、終始論理的に説得しようとするあなたに対して、相手の女性が争点と無関係なことまでポンポンと引き合いに出してくるものだから、つい「いま、そんな話をしているんじゃないだろ!」と怒鳴ってしまったなんてこと。
私は何度もあります。
これも話のジャンルを軽々と飛び越えて感覚のおもむくままに脳内でコネクトしていける女性ならではの特徴でしょう。
男性からすれば一見無関係な話でも、女性からすれば(どう関連しているのかやはりわからないことも多いのですが)ちゃんと繋がっている話なのです。
さて、ほめられるという点においてはどうでしょうか。
男性の場合は、見た目をほめられることと、内面性の長所をほめられることとは別の話であると思うでしょうが、女性にとっては外見も内面性の一部であるのだと考えてよいでしょう。
「そのスカートかわいいね」とほめられれば、それは「かわいいスカートをほめられた」だけで止まることなく、「かわいいスカートを選んだセンスをほめられた私」であったり「スカートをかわいくはけている自分の魅力をほめられた私」というその女性のキャラクター、つまり内面性にまでことは及びます。
このことは、ファッションに関してのみならず、しぐさや姿勢、顔や手、声といった表面的なものごとすべてに当てはまります。
説明がややこしくなってしまいましたが、つまり、女性とは見た目と内面性が非常に密接に関連しているということです。だからこそ、男性以上に見た目をほめてもらいたい。
女性にとって外見をほめられることは、内面性の入り口をほめられたということです。
そんな女性ならではの特性を活かして、ハートに直接響くようなほめ言葉を、相手の女性が思いもよらないようなタイミングで投下してしまおうというのが、私が長年の習慣から体系化させた、「アダム式2段階ぼめ」というメソッドです。
〈表面ぼめ〉と〈本質ぼめ〉を意識しよう
ではさっそく、女性をほめるための実弾ともいえる「ほめ言葉」について勉強してみましょう。
誰でもよいのですが、あなたの好きな女性を思い浮かべて、思いつくほめ言葉をちょっと書き出してみてください。順不同でかまいません。私もやってみますね。
思いついたほめ言葉
声がかわいい、赤い服が似合う、性格に裏表がない、責任感がある、きれいな長い髪、瞳が大きい、ユーモアがある、決断力がある、姿勢がいい、気配り上手だとりあえずこんなところでしょうか。
私はこれらを大きく2つに分類して考えています。
「表面的なほめ言葉」と「本質的なほめ言葉」です。
前例を分類するとこうなります。
表面的なほめ言葉
声がかわいい、赤い服が似合う、きれいな長い髪、瞳が大きい、姿勢がいい
本質的なほめ言葉
性格に裏表がない、責任感がある、ユーモアがある、決断力がある、気配り上手だ
もうお気づきかもしれませんが、表面的なほめ言葉は、いまそこに彼女がいれば基本的にいつでもほめることができる言葉です。
それに対して、本質的なほめ言葉のほうは実践のタイミングを選ぶものばかりだと思いませんか。
彼女が面白いことを言ってもいないのにいきなり「君はユーモアがあるよね」というのも不自然ですし、なにかを決断したわけじゃないのに「君は決断力があるなあ」なんて言われたら、突然そんなこと言い出すなんてなにか魂胆があるのではないかと、変に怪しまれるかもしれません。
このように、表面的なほめ言葉と本質的なほめ言葉では明らかにアプローチが異なります。
いままでの「ほめる技術」では、これら性質の違うほめ言葉を一緒くたにしてしまっていたかもしれませんが、そのことがほめることの実践をより難しくしてしまっていたのではないでしょうか。
難しいことを言うつもりはありません。
表面的な部分をほめることを〈表面ぼめ〉、本質的な内面性をほめることを〈本質ぼめ〉。ただそれだけですので、まずはこの概念を頭に入れておいてください。
女性の心に一生の喜びを与える〈本質ぼめ〉
「そのスカート、かわいいね」といった〈表面ぼめ〉は、あなたが相手に関心を持って気がつく努力をすれば、あとはそれを見ながらほめるだけです。
もちろん、細かなアドバイスはいくつかありますが、この時点ではそれで十分です。
話しているときに「いい声してるね」とほめたり、会社の女のコの背筋が伸びていたら「君は姿勢がいいんだねえ」とほめてあげれば合格です。
大切なことはそれに気がつくこと、相手をよく観察すること。私は女性を眺めるのが大好きです。老若を問わず、すべての女性は最高の芸術品だとさえ思っています。
やわらかな造形ラインはもとより、その笑顔、そのしぐさ、その声、どこをとっても男性とは違う美しさに満ちていて、観賞していて飽きることはありません。
するともう、後から後から〈表面ぼめ〉のネタがいくらでも沸いてくるわけです。
ぜひあなたも、花をめでる気持ち、絵画を鑑賞するつもりで、すべての女性に関心の目を向けてみてください。そして少しでも「いいな」と思ったら、それを言葉で伝えてあげましょう。
最初は照れくさいかもしれませんが、言われた女性は確実に喜んでくれます。ここはファイト一発、慣れるしかありません。
その実践に加えてほめ言葉のボキャブラリーを増やしていけば、〈表面ぼめ〉に関してはもはや達人と言ってもよいと思います。
しかし、ここで満足してはあまりにもったいないのです。
人をほめる醍醐味とは「その人の人間性をほめ言葉で賛美する」その快感です。
責任感がある人に「君は責任感があって、えらいなあ」と言ってあげたい、頑張り屋さんの女性に「いつも頑張っててえらいね」とほめてやりたい。
いまや「ほめる達人」を目指す読者の中には、見た目だけではなく、その女性の内面性もほめたくてうずうずしている方もいらっしゃるでしょう。
それもそのはず。
説明するまでもないかもしれませんが、人間性をダイレクトに尊重するほめ言葉である〈本質ぼめ〉のほうが、見た目へのほめ言葉の何倍も、いや何十倍も相手の女性の心を揺さぶり、癒し、元気づける力があるのですから。
本質までほめ入らなくては、相手の真ん中までは響かない。とはいえ、前述したように、本質的なほめ言葉はほめるタイミングが難しい。
下手をすると、素敵なほめ言葉だけ用意しておいて言うタイミングを待っていたら、結局、一度も使わないうちにその女性とは縁が切れてしまった、なんて笑えません。
なんとか、いつでも〈本質ぼめ〉ができるうまい知恵はないものか。実はいい方法があります。いよいよ、実践テクニックへと移りましょう。
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