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第1章 金融商品の取引としての結婚

目次

まえがき

国際的なビジネスマンや起業家の方たちと話すと、彼らは目まぐるしく変化する世界経済のなかで、いかに稼いでいくか、そしてどうやってリスクを避けていくのか、非常に高い感度で情報収集し、とても深く考えていることに感心する。また、日本や世界の政治情勢に高い関心を示し、規制や税制の変化にもとても敏感である。

これほど様々なリスクに関心を払っている優秀な彼らだが、身近にひとつの巨大なリスクを抱えていることに全く気がついていない。そのリスクとは「奥さん」である。

これから話すことは、筆者の友人に本当に起きた話だ。

筆者は国際金融の世界でトレーディングなどの仕事に従事し、いくつかの外資系投資銀行の東京オフィスを渡り歩いてきた。彼は以前勤めていた会社の同僚であり、友人だった。

中国の理工系大学を卒業してから、やはり外資系金融機関の東京オフィスに就職して、かれこれ 10年以上も日本に住んでいる、純朴な中国人の青年であった。日本語も流暢に話した。私たちは、英語と日本語のちゃんぽんでよく会話していた。

その会社がちょうど東京でトレーディング・チームを拡張しているときに、私も彼もヘッドハントされて転職してきたので、自然と仲のいい友だちになって、たまに飲みに行ったりした。

彼はまじめな青年だったので、あまり女関係の話はしなかった。仕事の話ばかりしていた。

そんな彼が、ある日、奥さんのことで落ち込んでいた。彼には、日本人の妻がいた。その妻はホステスをしていたときに、彼と六本木のキャバクラで出会った。結婚して 3年ぐらいになる。

奥さんは専業主婦になり、子供はいなかった。当時の彼は 30歳ぐらいで、彼の奥さんはたしか彼より3つぐらい下だったと思う。

あるとき、彼は、妻が浮気をしていることを見つけてしまったのだ。そして、そのことで彼女を問い詰めると、あっさりと別の男と寝たことを認めたらしい。

パブでふたりでビールを飲んでいるときに、彼はそのことを筆者に打ち明けてくれた。

彼はとても真面目なタイプの男だったので、妻の浮気が許せなかった。彼から離婚を切り出した。すると、彼の奥さんも、それを認めた。そして、彼女は家を出て行ってしまった。

しかし、彼の長い苦悩はここからはじまるのだった。

彼に何が起こったのか? 結論から書くと、彼はこれから長い裁判を戦い続けることになり、最終的に離婚を勝ち取るのだが、それまでに 2年間もの月日と膨大なエネルギー、そして大変な金額を費やすことになった。

いったんは離婚を認めた妻だったが、その後にやっぱり離婚しないと言い出したのだ。

そして、驚くことだが、彼は、この出て行った妻──どこに住んでいるかもわからない──に家庭裁判所から毎月 37万円もの支払い命令を受けていた。

これは彼の当時の年収の 3000万円から家庭裁判所が計算したものだ。

2年間、毎月 37万円を支払い続けることになった。

最終的に、彼は奥さんに 3000万円もの解決金を支払うことにより、離婚裁判の最中に和解で離婚した。

彼にはひとつも落ち度がないにもかかわらず、浮気をした妻に離婚してもらうために、 37万円 × 24カ月 = 888万円、そして、和解の解決金 3000万円で、合計 3888万円も支払ったのだ。

弁護士費用を含めれば、これは彼が別居をはじめたときのほぼ全財産に相当する金額になった。

ここまで読んだ読者は、そんな理不尽なことがあるのか? 中国人の彼は、きっとその元ホステスと弁護士に上手いことやられたに違いない、と思ったことだろう。

しかし、彼と同じ状況──夫の年収 3000万円で貯金が 4000万円、妻は専業主婦──に立たされ、日本で離婚裁判に巻き込まれれば、誰もが似たような金額を払うことになるのだ。

彼の離婚係争は、決して特殊なケースではなく、日本の司法慣習に完全に則っている。つまり、同じぐらいの年収があれば、誰もが陥る可能性のあることなのだ。

「離婚すると財産の半分を支払う」「相手が浮気をしたら裁判で簡単に離婚できる」「不貞行為をした相手からは莫大な慰謝料が取れる」などということが世間では言われているが、これらは全くの誤りである。

まず、今回の彼のように、まともな企業からそれなりの給与を得ている場合、専業主婦と離婚しようと思えば、財産の半分で済むことは非常に稀である。なぜならば、婚姻費用という月々の支払い義務が発生するからである。

また、相手が浮気をしたと言っても、いざ裁判になれば、そのことを相手が認めるわけもなく、それを立証するのは大変困難である。

そして、日本は慰謝料自体は非常に安い。

離婚で大きな金が動くのは、財産分与と婚姻費用であり、これらの支払いは、どちらが浮気などで離婚の原因を作ったかとは、全く関係ないのである。

さらに、これは彼が極めて高額所得者であったからでもない。

もちろん、ない金は絶対に取れないので、所得も貯金もない配偶者から離婚で金を取ることはできないのだが、まともな仕事である程度の所得を得ているビジネスマンが離婚するならば、彼と同じように、自分の財産の半分程度ではまず離婚できない、と思っていただいて差し支えない。

このように実際の結婚と離婚でどうやって金が動くのか、世間には驚くほど正確な情報が伝わっていない。それはなぜかというと、弁護士の先生方は、建前の世界で生きているからだ。

彼らは、司法の場で正義のために戦っているのであり、様々な司法テクニックを駆使して、相手から最大限に金を取るために働いてはいけないのである。少なくとも建前では。

だから、弁護士の先生たちと、オフレコで酒でも飲みながら話すと、本当の司法の実態や裁判の戦い方を教えてくれるのだが、実名が出る書籍で、そのようなことが語られることはほとんどない。

だから、弁護士でも何でもない筆者が、身もフタもない結婚と離婚のマネーゲームの真相を全て解き明かそうというのが、この本のひとつの目的である。

また、法律家のみなさんは、キャッシュフローの現在価値の算出や、それぞれの司法戦略のリスクとリターンの分析など、近年、飛躍的に発達してきた金融工学の考え方が必ずしも身についていない。

じつは、結婚(そして潜在的に将来の離婚)という法的契約は、ひとつの金融商品の取引だと考えて分析すると、驚くほどその本質が理解できる。

ところで、本書は特に断りがなければ、男性のほうが年収が多いとして解説していくが、女性のほうが年収が多ければ、性を入れ替えて読んでいただければ、そっくりそのまま書かれている議論が当てはまる。

なぜならば、男女平等というのは近代国家の法の精神の基本だからだ。

当たり前だが、バリバリ働いている女性は、稼ぎの少ない男性と結婚したら彼を養う義務があり、離婚するなら彼に相応の金を払ってやる必要があるのだ。

それでは、なぜこの中国人の青年が、浮気した専業主婦と離婚するために、これほどの労力と金額を費やさなければいけなかったのか、詳細に解説していこう。

第 1章 金融商品の取引としての結婚

結婚と離婚で動く3つの金

結婚と離婚で動く金は、基本的には、慰謝料、財産分与、婚姻費用(あとで説明するが「コンピ」と呼ばれる)の3つである。

子供がいればこれに養育費がかかるが、養育費は離婚成立後の話だ。離婚が成立するまでは、養育に関わる金は婚姻費用に含まれている。このようなことは本屋に売っている離婚関係の本に全部書いてある。

最初に慰謝料について簡単に説明しよう。

これは精神的な苦痛に対する損害賠償金で、浮気など離婚の原因を作ったほうが支払うものだ。しかし、日本は慰謝料の相場はある程度予測可能で、アメリカのようにときにべらぼうな金額になることもない。

アメリカは、社会で二度とこういうことが起きないように、と見せしめとして社会的ペナルティを科すために相手の所得や会社だったら規模によって金額を変えることがあるのだが、日本では慰謝料は慰謝料である。

たとえば、殴られて痛かったとしたら、殴ったやつが貧乏か金持ちかによらず、痛みの金額は同じというわけである。

実際には、支払い能力で色が付くこともあるが、日本の裁判所はそれほどあからさまではない。

それで日本では浮気などの慰謝料はせいぜい 100万円や 200万円ぐらいの話である。一方的に片方が悪く、裁判官に嫌われるともっと高くなることもあるが、通常は男女の仲でどちらかが一方的に 100%悪いということはなく、また明確な証拠が出てくることも稀だろう。

ときに数千万円以上の金が動く離婚劇では、慰謝料ははっきり言って無視できるのである。そして、婚姻費用、財産分与の算定ではどちらが悪いかは全く関係ないのだ。

つまり、恐ろしいことに、離婚で支払われる金の大部分は、じつは所得で決まる婚姻費用と財産分与がほとんどなので、どちらが浮気したとか暴力をふるったとか、そういうことは関係ないのである。まじめに働いていたほうが馬鹿をみる世界なのだ。

ちなみに、よく芸能ニュースで慰謝料をウン億円払った、などと聞くが、あれは慰謝料のことではなく、離婚する際に払った総額のことで、法律用語でいうところの慰謝料とは違う。芸能人の離婚でも慰謝料自体はそれほど高額になることはない。

次に、財産分与を理解するには、まずは共有財産というものを理解する必要がある。

財産分与とは、離婚する際にふたりの財産を分割するのが目的で、対象となるのはあくまで結婚してから形成された共有財産だけとなる。

これは簡単な計算問題をやれば理解できるだろう。

(問)花子は結婚する時に貯金を 300万円持っていた。太郎は 100万円持っていた。そして、 5年後に離婚した。この時の花子の貯金は 500万円で、太郎の貯金は 1000万円になっていた。簡単にするために貯金以外の財産はないとする。財産分与はどちらがいくら支払うことになるか?

(答)最初のふたりの財産の合計が 300万円 + 100万円で 400万円。

5年後に 500万円 + 1000万円で 1500万円になった。つまり、結婚してから 1100万円の財産が新たに形成され、これが夫婦で作った共有財産となる。これの取り分は各自 550万円ずつ。

しかし、共有財産は、太郎が 900万円( = 1000万円 100万円)、花子が 200万円( = 500万円 300万円)預かっていることになるので、これを均すためには、太郎が花子に 350万円支払えばいい。つまり、離婚の財産分与は太郎が花子に 350万円支払う、ということになる。

ここで重要なことは、結婚前に持っていた金は関係ないということだ。

つまり、一財産作って、引退間近でそろそろ身を固めようかと思っているスポーツ選手と結婚しても、そのあとに稼がないと財産が減っていくので、妻が受け取る財産分与はゼロになるのだ。財産が減っても、妻に夫の財産が減った分の支払い義務まではなくて、あくまで受け取りがゼロになるだけだ。

また、親が金持ちのボンボンと結婚しても、結婚前にあった親の財産は関係ないので、理論的には奥さんはそこから 1円も取れないことになる。結婚の法律は代々続く金持ちに甘く、成金に厳しいのだ。

サラリーマンは大した財産は貯まらないので、実は財産分与も、慰謝料と同じで、それほど大した金額にはならない。

しかし、起業家などは、ときに財産分与でとんでもない金額になることもある。創業と結婚、離婚騒動勃発のタイミング次第では、奥さんがいきなり自分の会社の株の半分を持っていくことになる。

これは乗っ取り屋どころの騒ぎではないだろう。乗っ取り屋は、株を買い占めるときにその分の現金を支払うが、奥さんは何も支払わずに株を持っていくのだから。

そして、最重要なのがコンピこと婚姻費用だ。

民法の規定で、夫婦は相手の生活を自分と同じレベルで維持し、夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する義務があるとされている。

これが婚姻費用の法的根拠であり、具体的には、夫婦間でより稼いでいる方が、そうでない方に毎月一定の金額を支払う義務があるのだ。

弁護士業界では、婚姻費用のことを略して「コンピ」と呼んでいる。

しかし、ふつうに夫婦生活をしていたら、コンピなんて話は出ないと思う。

本来的にはこういう結婚生活を維持するための金なのに、コンピというのは、離婚騒動になって奥さんと別居をしてからはじめて表に出てきて、極めて重要な役割を演じることになるのだ。

このコンピのために、ある程度の所得があるサラリーマンが離婚する際の支払い金額が、簡単に全財産を上回ることになるのだ。

コンピ地獄

それではこの結婚の経済価値を決める上で核心的なコンピについて解説していこう。

コンピの計算方法だが、夫の所得(会社員と自営で扱いが違う)、妻の所得、子供の数と年齢だけから、家庭裁判所でほぼ機械的に決まるのだ(判例タイムズ 1111号─簡易迅速な養育費等の算定を目指して─養育費・婚姻費用の算定方式と算定表の提案─)。

離婚騒動が勃発したあとに、妻が家庭裁判所で婚姻費用の審判を申請すると、夫を裁判所に呼び出してくれて、目の前でコンピを簡単に算定し、婚姻費用の支払い命令を書いた紙を貰える。

この紙切れは最強の証書であり、コンピが滞った途端に、預金や給料など、なんでも差し押さえが可能になる。

コンピの計算式とその背後にある理論はあとで解説するが、コンピの簡単な相場観を養うために、いくつかの例を示そう。

これらはグーグルなどで「婚姻費用」「計算」などと入力すれば、いくつものサイトが出てくるはずなので、各自いろいろと計算してみて欲しい。

また、筆者が作ったサイト( http:// www. kinyuunikki. com)でも計算できる。

  • ケース 1:夫は年収 1000万円のサラリーマン、専業主婦、子なし →コンピは 14 ~ 16万円(月)
  • ケース 2:夫は年収 1000万円の自営業者、専業主婦、子なし →コンピは 20 ~ 22万円(月)
  • ケース 3:夫は年収 1000万円のサラリーマン、専業主婦、子供 2人( 14歳以下) →コンピは 18 ~ 20万円(月)
  • ケース 4:夫は年収 700万円のサラリーマン、専業主婦、子供 2人( 15歳以上) →コンピは 14 ~ 16万円(月)
  • ケース 5:夫は年収 2000万円の自営業者、専業主婦、子供 2人( 15歳以上) →コンピは 40 ~ 42万円(月)

さて、ここまで書けば、なぜ離婚でそれほどまでに多額の金額を支払うはめになるのか、勘の良い方はわかっただろう。

このコンピは、裁判で離婚が認められるまで、払い続ける必要があるのだ。そして、裁判はとても長い。また、日本では離婚が簡単に認められないのだ。

まえがきに書いた、専業主婦に浮気をされた中国人の青年の話では、当初は妻は、浮気を認め、離婚することに同意していた。

しかし、妻は当然、弁護士に相談に行くだろう。そこで、当たり前だが、浮気したなんて絶対に認めたらダメ、と言われるのだ。そして、すぐにコンピの支払い命令を家庭裁判所に貰いに行くように言われる。彼の場合は、こうして月々 37万円のコンピの支払い命令を受けた。

あとは、長い長い調停と裁判で、奥さんはのらりくらりと時間稼ぎをしていれば、ずっと 37万円を貰い続けられる。別居していたら、自分の住所さえ夫に教える必要はない。

裁判所は、プライバシーの尊重や、万が一のドメスティック・バイオレンスの被害を防ぐために、夫には住所も教えてくれない。

そして、当たり前だが、妻が浮気した、という事実を証明するのは極めて困難である。妻も、夫が浮気した、夫に暴力を振るわれた、とありもしないことを次から次に言うだろう。

どんなに妻が悪く、浮気の証拠写真があっても、やはり調停、家裁、高裁と裁判を続けると、簡単に 2 ~ 3年はかかる。このコンピがあるので、判決を待たずに和解する場合は、夫は妻から、最低でもこの 2 ~ 3年分ぐらいのコンピの総額を買い取らされるわけだ。

ちょっと計算すればわかるのだが、この金額は多くのサラリーマンの全財産を超えるはずだ。それでも「コンピ地獄」から解放されるために、多くのまともに働いている夫は払わざるを得なくなるのだ。

結婚とは「所得連動型の債券」という金融商品である

さて、これまでに離婚によりどれだけの金が動くのかは、慰謝料、財産分与、婚姻費用の3つの要素から計算できることが理解できただろう。

こうした結婚の金銭の授受の権利義務関係を見ると、結婚というのは、同じく将来の金銭の授受の権利義務関係を契約する、ある種の金融商品の取引であると考えられる。

そして、この金融商品は、毎月分配型の特殊な債券なのである。結婚というのは、潜在的には、こうした金融商品の譲渡契約なのだ。

最初の中国人の青年の話に戻ろう。

彼の奥さんにしてみれば、形式的にでも結婚している限り、毎月 37万円の婚姻費用を受け取ることができる。そして、離婚成立時に財産分与が受け取れる。

慰謝料は、本来なら浮気をした奥さんが払わなければいけないが、浮気をしたということを裁判で立証するのは困難で、さらに奥さんのほうも「夫に浮気をされた」「暴力を振るわれた」とありもしないことをいろいろと言うだろうから、結局は、喧嘩両成敗ということで、支払う必要はなくなるだろう。

それに婚姻費用が毎月 37万円もあったら、慰謝料など 100万円やそこらの話で、浮気しただのされただのと争っている間に、すぐに婚姻費用で追いついてしまう。

離婚裁判というのは、このように婚姻費用で出血しているほうが圧倒的に不利な立場になるのである。

結婚という金融商品は、毎月、婚姻費用というクーポンが貰えて、離婚成立時(満期)には財産の半分が手に入る債券そのものなのだ。

この言わば「結婚債券」の価値は、次の式から計算できる。結婚債券の価値 =離婚成立までの婚姻費用の総額 +離婚時の財産分与額 +慰謝料

この債券を奥さんがタダで手に入れたわけだ。

厳密に、金融工学で考えるならば、金銭には金利が発生するため、今日の 1万円は明日の 1万円より価値が高いことになる。

つまり、将来受け取るべき財産分与や慰謝料、それまでの婚姻費用の総額は、こうした金利(これはディスカウント・レートと呼ばれる)で割り引かなければいけないのだが、デフレの続く日本の金利は大変低いので、話を簡単にするため、これをゼロと考えることにしよう。

結婚債券の価値を算出するためには、婚姻費用をどれぐらいの期間払い続けなければいけないのかを考えないといけない。これは最長で 10年ほど、最短で 2年ぐらいを想定するのがいいだろう。

10年という根拠は、有責配偶者からの離婚請求を認めた画期的な最高裁昭和 62年9月 2日大法廷判決(民集 41巻 6号 1423頁)にあるのだが、これについてはまたあとで解説することにする。

第 3項の慰謝料の部分は比較的安く、日本では 100万円や 200万円の金額だ。

大事なことなので繰り返すが、浮気や暴力など、どちらが悪いか、というのは、法的にはこのたった 100万円やそこらのところにだけ関係する話であり、離婚で動く金の大部分が、どっちが悪いかとは直接的には無関係なのである。

さて、婚姻費用を払い続ける期間が 2年間なのか、 10年間なのか、というのは大きな違いだ。

裁判で判決まで行かなくても、和解に必要な金額は、仮に判決まで行った場合にどちらがいくら払うのか、という双方の予測に基づいているので、和解するにしても、婚姻費用の潜在的な期間、すなわち結婚債券の満期がいつなのかを考えることが重要になる。

これは、子供の年齢、奥さんの経済状況、どちらが有責配偶者なのか、などの状況による。ちなみに、法律用語で、浮気や暴力などで離婚の原因を作ったほうを有責配偶者と呼ぶ。

たとえば、奥さんに幼子がおり、夫が浮気をして愛人のほうに行きたいから離婚したい、などという場合は、何年かけようと離婚が認められることはないだろう。

逆に、奥さんが浮気をした確かな証拠があり、子供もいなかったら、すぐに離婚が認められるかもしれない。

夫にある程度の所得があり、数年分の婚姻費用が夫の全財産に比する金額になるならば、離婚には応じずに、奥さんのほうは素知らぬ顔で婚姻費用を搾り取り続けたほうが経済合理的である。

奥さんのほうは、裁判が終わるまで婚姻費用をもらい続けることができ、さらに裁判で負けて離婚が成立しても、財産の半分はもらえるのである。

つまり、夫の所得が高いと、婚姻費用もそれ相応の金額になり、離婚は必ずといっていいほど泥沼化するのである。

順法精神の希薄な零細企業やベンチャー企業の場合、社長に頼んで、見かけの給料を安くして現金を手渡しで貰うなど、差し押さえを免れることも可能かもしれないが、大企業に勤務していた場合、免れることは絶対に無理である。

まともな自営業者でも、婚姻費用の支払いを免れることは不可能だと考えたほうがいい。

聡明な奥さんの場合、資金繰りが厳しい時期に、重要な取引先の売掛債権(まだこちらに振り込まれていない売上)を狙いすまして差し押さえて来るかもしれない。こうなったら資金がショートして会社が潰れてしまう。

もっとも、会社が潰れてしまえば婚姻費用の支払いも困難になるので、奥さんもそこまではやってこないだろうが。

ここまで読めば、最初に出てきた日本人ホステスと結婚した中国人の友人が、なぜ浮気をして家を出て行った奥さんに全財産を払わなければいけなかったのか、そのカラクリがわかっただろう。

彼が別居をはじめたときの財産は約 4000万円で、そのほとんどが婚姻中に蓄えたものだった。浪費家の奥さんはほとんど貯金がなかった。これでまず、財産分与の 2000万円が確定する。

さらに、調停、離婚裁判と和解が成立するまでに 2年ほどかかった。これで 37万円 × 24カ月で 888万円である。裁判で、離婚が認められるかどうかはフタを開けて見なければわからない。

だから、彼は 2年間ほど裁判を戦いながら、なんとか離婚を成立させようともがいていたのだ。

そして、とうとう、この 2000万円 + 888万円に、さらに 1000万円を上乗せすることで、奥さんとその弁護士を説得することに成功し、離婚に同意してもらったのである。

婚姻費用・養育費の算定式

「判例タイムズ 1111号─簡易迅速な養育費等の算定を目指して─養育費・婚姻費用の算定方式と算定表の提案─」に記されているコンピの算定表だが、一体どのようなものなのだろうか。詳細に解説していこう。

そもそも、婚姻費用の支払い義務は、配偶者には自分と同程度の生活をさせなければいけないという考え方に基づいている。つまり、さまざまな経費の後に残る金は夫婦で二等分しなければいけないのだ。

そして、婚姻費用の計算の元になるのが「基礎収入」と呼ばれるもので、夫婦が分けるパイのことだ。基礎収入は、次の式で表される。

基礎収入 =税引き後の所得 職業費 特別経費

考え方はいたってシンプルで、基礎収入とは、額面の収入から税金や必要経費を引いて残る金である。職業費は、給与所得者として就労するために必要な出費のことをいう。

スーツ代や交通費、仕事を円滑に進めるための接待交際費などがこれに当たる。これは給与所得者にのみ認められるもので、自営業者には認められていない。

特別経費とは、家計費の中でも、自分の意思で変更することが難しく、生活スタイルを大きく変更させなければ、その額を変えることのできないものである。

家賃や医療費などがこれに当たる。

子供がいない場合のコンピは、単純に、夫の基礎収入と妻の基礎収入を合計し、それを 2で割ることによって計算できる。

夫の基礎収入が 1000万円、妻が専業主婦の場合は、夫は年に 500万円のコンピを支払わなければいけない。

夫の基礎収入が 600万円で妻の基礎収入が 300万円の場合は、妻の取り分は( 600 + 300) 2 = 450万円になる。

ここから自分で稼いでいる 300万円を引けば、夫からの婚姻費用としてもらえる金額が年に 150万円と計算できる。

つまり、コンピの支払い義務とは、夫がいくら稼ごうが、夫婦の自由に使える所得は完全に二等分しなければいけないという恐ろしいものなのだ。

この論文の算定表ができる前は、職業費や特別経費について、実際にかかる額を個別に認定していたので、裁判所の調査官が個別に調査を行うなど、かなりの労力がかかってしまっていた。

当然のように、職業費や特別経費の費目や金額に関して争いが起こり、審理の長期化を招いていたのだ。

そこで一律にエイヤー!と公式で計算してしまおうというアイディアが生まれた。裁判所の法学研究者たちが、素晴らしいイノベーションを起こしたのだ。それではその魔法の公式を見ていこう。

これはじつに美しい工学的なアプローチで、オプションマーケットを生み出しノーベル経済学賞を受賞したブラック・ショールズ式に匹敵する、非常にエレガントなフォーミュラだ。

基礎収入 = A ×総収入 つまり、サラリーマンだったら額面の給料、自営業者だったら所得に、係数 Aをかけるだけである。

これは日本の税率や、さまざまな統計資料を元に、この分野を研究している裁判官たちが鉛筆を舐め舐めして一律に決めたのだ。

サラリーマンの場合は 0・ 34 ~ 0・ 43、自営業の場合は 0・ 47 ~ 0・ 52である。

サラリーマンは収入の全てがガラス張りで、税金をしっかり取られるので、額面の給料に対して、基礎収入の割合が小さくなる。

一方で、自営業の場合は、さまざまな出費を会社経費として処理していると、サラリーマンである裁判官は偏見を持っているので、それが反映されて、係数 Aは大きな値になっている。

範囲があるのは、日本は累進課税なので、収入が大きくなればなるほど税率も大きくなるためである。

サラリーマンで、年収 300万円なら係数は 0・ 43に近くなるし、年収 2000万円で 0・ 34と、基礎収入は額面給与の 3割ちょっとになる。

子供がいなければ、夫婦で基礎収入の合計を山分けするだけなのだが、子供がいるとどうなるだろう。

じつはここでは、成人を100、 14歳以下の子供を 55、 15歳以上の子供を 90として考えることになっている。

法律家たちは、大学進学に向けての塾や大学の学費などで、 15歳以上は金がかかるだろうと想像したのだ。すこしこんがらがってきたかもしれないが、具体的に計算するとすぐにわかる。

夫の年収が 1000万円、奥さんの年収が 200万円で、 10歳の子供がひとりいるとしよう。

このとき、夫の A = 0・ 35、妻の A = 0・ 4である。この係数 Aを使えば両者の基礎収入を計算できる。

夫の基礎収入 = 0・ 35 × 1000万円 = 350万円 妻の基礎収入 = 0・ 4 × 200万円 = 80万円 合計して夫婦の基礎収入を求めると、 350 + 80 = 430万円となる。

この場合の子供と奥さんの取り分を計算すると次のようになる。

430万円 ×( 100 + 55) ( 100 + 100 + 55) = 261万円 つまり奥さんが子供を連れて出て行けば、この 261万円から奥さんの基礎収入の 80万円を引いた 181万円(月額 15万円)が、夫が婚姻費用として支払わなければいけない金額となる。

さて、晴れて離婚が成立すると、元夫が支払う金額はどうなるのだろう。離婚してしまえば妻に払う婚姻費用はなくなり、養育費だけになる。ここで、養育費の計算も簡単に説明しておこう。

養育費の場合は、婚姻費用とすこし考え方が違う。

まずは、父(正確には所得が多い方)が子供と同居していると「仮定」して、子供の取り分を決める。まずは、父の基礎収入から、子供の取り分を計算する。とりあえず、父がひとりで子供を育てていると仮定するのだ。

350万円 × 55 ( 100 + 55) = 124万円 この子供の取り分を、父親と母親の基礎収入の割合で按分するのである。

124万円 × 350 ( 350 + 80) = 101万円 これを 12で割ると、元夫が払う毎月の養育費が約 8万円ということが計算できる。離婚が成立すると、支払額が約半分になるのだ。

いまやこれら計算式により作られた算定表が行き渡り、夫の年収、妻の年収、子供の数と年齢がわかれば、立ちどころに婚姻費用や養育費を計算できるようになっているのだ。

最後に簡単な練習問題を解いて、コンピの算出方法を完全に理解しておこう。大人の計算ドリルである。

(問 1)夫は外資系のサラリーマンで額面の年収 1200万円、奥さんは専業主婦である。子供はいない。この場合の婚姻費用は月々いくらになるのか計算せよ。

ただし、基礎収入は額面年収に 0・ 35を乗じて計算し、答えは四捨五入して万の位まで求めよ。

(答)まずは夫の基礎収入を計算する。1200万円 × 0・ 35 = 420万円 月額に直す。

420万円 12 = 35万円 これが夫婦の月額基礎収入の合計なので、奥さんの取り分はこの半分になる。

35万円 2 = 17万 5000円 以上から、月々の婚姻費用は約 18万円と計算できる。

(問 2)問 1のケースで、 14歳以下の子供がひとりいて、奥さんと子供が実家に帰り、別居している場合は、婚姻費用はいくらになるのか計算せよ。

(答)基礎収入のうち、妻と子供の取り分を計算すればいい。

夫 = 100、妻 = 100、子供( 14歳以下) = 55なので、以下のように妻と子供が受け取る割合が決まる。

( 100 + 55) ( 100 + 100 + 55) = 0・ 608 月々の基礎収入にこの割合を乗じる。35万円 × 0・ 608 =約 21万円 以上から、月々の婚姻費用は約 21万円と計算できる。

(問 3)問 1と問 2の計算結果を踏まえて、婚姻費用の特徴を簡潔に説明せよ。

(答)子供を産み育てている主婦と、ただ結婚した子無しの主婦では、婚姻費用の金額はあまり変わらない。この場合では、わずか 3万円の差しかない。

(問 4)離婚が認められるのに必要な年月を 5年とした場合に、問 1の夫が離婚する際に支払う総額を計算せよ。

ただし、離婚成立時の夫の預金は 1000万円、妻の預金は 100万円で、預金以外の共有財産はないものとする。また、慰謝料はないものとする。

(答)まず、 5年分の婚姻費用の総額を計算する。

18万円 × 12カ月 × 5年 = 1080万円 次に、財産分与を計算する。

( 1000 + 100) 2 100 = 450万円 婚姻費用の総額と財産分与を足す。

1080 + 450 = 1530万円 以上から、夫が離婚する際に支払う金額は約 1530万円と計算できる。

(問 5)問 4で子供がいた場合、離婚が成立するまでにかかる年月は長期化する(未成年者がいる場合は、通常は離婚は認められない)。

ここで離婚が成立するまでに 10年かかるとした場合の夫が支払う総額を計算せよ。

ただし、 15歳以降でも、子供の割合は 55を使って計算してよいとする。

(答)まず、 10年分の婚姻費用の総額を計算する。

21万円 × 12カ月 × 10年 = 2520万円 次に、財産分与を計算する。

( 1000 + 100) 2 100 = 450万円 婚姻費用の総額と財産分与を足す。

2520 + 450 = 2970万円 以上から、夫が離婚する際に支払う金額は約 2970万円と計算できる。

(問 6)問 5で離婚が成立した後、子供は妻と暮らすことになった。

子供の年齢は 16歳である。

この場合の養育費を計算せよ。

(答)元夫の基礎収入の 420万円から子供( 15歳以上)の分を求める。

420万円 × 90 ( 100 + 90) = 199万円 月額に直す。

199万円 12 = 17万円 夫が離婚する際に支払う養育費は月約 17万円と計算できる。

(問 7)離婚する際の和解金は、通常、問 4、問 5で求めた金額より大きくなる。その理由を説明せよ。

(答)奥さんは、それ以上払われなければ、離婚に合意しないほうが経済合理的だから。

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