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第1章 語彙についての基礎知識(語彙について考える;理解語彙と使用語彙)

目次

はじめに 言葉が思考を規定する

語彙力と頭の良さとが関係があるというのは、経験的に知られていることです。

たとえば、「味噌ラーメン」を「あじましラーメン」と読んだり「鬼怒川」を「おにおこ川」と読んだりするのを聞くと、多くの人が、その人の知性に不安を抱くでしょう。

「廉価」を「けんか」と読んだり「出納」を「しゅつのう」と読んだりするのを聞いたら、相手のビジネスパーソンは、成立しかけていた取引を控えたくなるのではないでしょうか。

問題なのは、漢字の読み方ばかりではありません。

まわりの人に声をかけるときは、「今、暇?」よりは「今、手空いてる?」のほうが、気が利いているでしょうし、「明日、お時間ありますか?」と聞かれたときは、「明日は、残念ながら忙しくて」よりも「明日は、あいにく都合がつかなくて」と答えたほうが、大人にふさわしい、感じのよい返答になるでしょう。

人間の思考力を規定するのは言語力であり、言語力の基礎になる部分は語彙力に支えられています。

そのため、語彙力は学力とも相関関係があり、語彙力の高い学生のほうが一般に成績がよく、そのあとの就活にも有利に働きます。

就職をせずにブログやメルマガを使ってアフィリエイトで稼いでいる人であっても、集客のために語彙力は必須です。しかし、そこで考えなければいけないのは語彙力の中身です。

言葉の数をたくさん知っていれば、それが語彙力につながるでしょうか。その答えはイエスでもあり、ノーでもあります。

難しい言い方をすれば、言葉の数をある程度知っていることは、語彙力の必要条件ではありますが、十分条件ではないということです。

言葉の数をある程度知っていなければ、難しい文章が読めませんし、人に伝わる文章も書けません。

また、限られた語彙で考えていると、思考の幅も狭くなります。その意味では、言葉の数をたくさん知っていることは必要です。

一方、言葉の数をたくさん知っていれば知っているほど、その人の思考力が豊かになり、人に伝わる文章が書けるかとなると、答えはノーでしょう。

漢検は二級までは実用性があるように思いますが、一級になると実用性ががくっと下がります。一般に使われていない漢字ばかりが出題されるからです。同様に、語彙についても、ある一定数までの語彙は不可欠です。

二万語しか知らない人よりも五万語を知っている人のほうが、思考力が豊かになるというのは、ほぼ間違いないでしょう。

しかし、五万語よりも十万語、十万語よりも二十万語知っていたほうがよいかというと、首を傾げざるをえません。

数が多すぎると、それを管理する脳にも負担がかかりますし、そもそも自分が使えても、相手が知らず、伝わらない可能性が高まります。

つまり、ある程度のラインまでは知っておく必要はあるが、それ以上は趣味の世界というのが、漢字と語彙の共通点です。

また、言葉の数をたくさん知っているという「量」の面だけでなく、言葉をどのように知っているかという「質」の面も重要です。

もし、言葉だけを憶えたいのであれば、毎日辞書とにらめっこするのが有効でしょう。しかし、辞書だけでは語彙力は身につきません。本を読んだり人の話を聞いたりという、生きた言葉に触れることで語彙力は身につくのです。

魚に詳しくなりたい人が図鑑ばかり見ていても限界があり、海に出て実際の魚が泳いでいる姿を目にしなければ、魚の専門家になれないように、辞書を眺めているだけでなく、読んで、聞いて、自分で使ってみなければ、プロの語彙の使い手にはなれないのです。

本書は、語彙力を量と質の両面から探究する本です。

語彙力をつけるために、一定の数の語彙を知っておくことは不可欠ですから、第一章で前提となる語彙の説明をしたのち、第二章で、語彙の数を増やすトレーニングを行います。

しかし、語彙の数だけ増やしても、語彙力はいずれかならず頭打ちになりますから、第三章で、語彙の質を高めるトレーニングを行います。

この二つをセットにすることで、真の語彙力が身につくしかけになっています。

本書が考える語彙力は次の等式で示されます。

語彙力 =語彙の量(豊富な語彙知識) ×語彙の質(精度の高い語彙運用)

語彙の量を増やし、語彙の質を高めて真の語彙力が身につけられるよう、どうぞ最後までお付き合いください。

第一章 語彙についての基礎知識」(一)語彙について考える語彙とは何か――意味のネットワークでつながる語のリスト

語彙力をつける具体的な話に入るまえに、まず語彙とは何かを考えておきましょう。

語彙とは、語の集まりのことです。つまり、語彙は複数の語からなるもので、単語は語であっても、語彙ではありません。

また、語彙は語の集まりですが、語の集まりである辞書が語彙と呼ばれることはありません

語彙は語彙リストの形で紙にまとまっていることもありますが、通常は頭のなかにあると考えられます。頭のなかにある語のリストが語彙と言えるでしょう。

さらに、語彙は単なる語のリストではありません。頭のなかにでたらめに収納されているわけでもありませんし、単語帳のように五十音順に整理されているわけでもありません。意味のネットワークによって無数の語がつながる語のリストです。

意味のネットワークでつながっているからこそ、読むときに意味が呼びだしやすくなり、書くときに語形を呼びだしやすくなるわけです。

「しりとり」というゲームが成立するということは、本来は頭のなかで五十音順に整理されていない証拠です。

語とは何か――内容語と機能語、語彙力と文法力

つぎに、語そのものについて考えてみましょう。

語は、内容語と機能語に分けて考えるのが一般的です。

内容語は、名詞・動詞・形容詞など、実質的な意味を持つ語であり、日本語の場合、漢字や片仮名で表されることが多い語です。

一方、機能語は、助詞、助動詞、感動詞、接続詞など、文法的な機能を持つ語であり、平仮名で表されることが多い語になります。

内容語を扱う能力は語彙力と呼ばれ、機能語を扱う能力は文法力と呼ばれます。語彙力と文法力は車の両輪であり、この二つがそろって初めて、スムーズな言語運用が可能になります。

文章を読む力である読解力や、文章を書く力である文章力をつけたいなら、車の両輪である語彙力と文法力を鍛える必要があります。

しかし、文法力はさほど鍛える必要がありません。というのは、日本で生まれ育った、日本語を第一言語とする人であれば、文法力は自然と身についているからです。

外国語を学ぶ場合は難しい文法に手こずるものですが、日本語ならば頭のなかで自動化されているので簡単です。

また、機能語は無限にあるわけではなく、数が限られているので、記憶の負担も軽くなります。

たとえば、動詞との格関係を表す格助詞であれば、「が」「を」「に」「へ」「で」「と」「から」「より」を憶えておけば十分です。

一方、語彙力は一生にわたって鍛える必要があります。

たとえば、大学に入ればアカデミックな分野の語彙を憶える必要がありますし、社会人になればビジネスで使う語彙を憶える必要が出てきます。

新たに趣味を始めれば、その趣味に関わる語彙を憶える必要があるわけです。ネイティブ・スピーカーならば、文法力にあまり差はないでしょうが、語彙力には大きな差があります。

読書が趣味の人や毎日ブログを書いている人は、文章を読んだり書いたりするなかでつねに語彙力を鍛えており、必要におうじて言葉の意味や用法を調べる習慣がありますので、そうでない人との差はかなり開いていると考えられます。

こうしたことを踏まえ、本書で語と呼ぶ場合、機能語ではなく内容語を指し、名詞・動詞・形容詞のうち、とくに名詞を中心に議論することにします。

語の三角形――語形、意味、対象

語を名詞に限ってさらに詳しく考えてみましょう。名詞の場合、説明しやすいのは具体名詞です。

そこで、「犬」を例に取ります。道を散歩している柴犬を見て、子どもが母親に、「あっ、イヌ!」 と言ったとしましょう。その場合、以下のようになります。

語形(音声/表記)――「イヌ」という音(書き言葉では「犬」という文字)意味(概念)――四つ足で歩き、ワンワン鳴く動物対象(実物)――道を散歩している柴犬

ここで大切なのは、語とは、語形「イヌ」と意味「四つ足で歩き、ワンワン鳴く動物」の対からできていること、そして、語形と意味からできている語が、ある対象を指しているということです。

語形に対応する意味のことを内包といいます。

内包というのは語の概念、すなわちその語が共通して持っている性質のことで、辞書に載っている意味記述をイメージすればよいでしょう。

たとえば、子どもが母親に、「小学校に入ったらイヌを飼いたい」 と言ったとします。

この場合、対象はあくまでも、概念である「四つ足で歩き、ワンワン鳴く動物」であり、「道を散歩している柴犬」という実物ではありません。

一方、語形にたいする実物のことを外延といいます。

外延というのは、語の指す具体的な対象のことで、「図鑑に載っている秋田犬」「ペットショップのガラスケージのなかにいるチワワ」「道を散歩している柴犬」「となりで飼われている雑種のポチ」といった固有の対象を指します。

「あっ、イヌ!」 という、先ほどの例の「イヌ」も、外延に焦点が当たっています。

つまり、一口に「イヌ」と言っても、指す対象は、イヌ一般という内包のことも、特定のイヌという外延のこともあるわけです。

固有名詞や指示語(これ・それ・あれ)は外延しか持ちませんが、普通名詞はつねに内包と外延のいずれかを問題にする可能性があり、その意味で多義的です。

(二)理解語彙と使用語彙表現と理解

さて、子どもが、道を散歩している柴犬を見て母親に言った、「あっ、イヌ!」 の例に戻ります。

じつは、子どもにとっての「イヌ」と、母親にとっての「イヌ」の認識の順序は異なります。

子どもにとっての「イヌ」の認識は、 ①「道を散歩している柴犬」という対象を見て、 ②「四つ足で歩き、ワンワン鳴く動物」だと判断し、 ③その意味に結びつく語形「イヌ」という音声を発した、という順序になります。

一方、母親にとっての「イヌ」の認識は、 ①子どもの発した「イヌ」という音声を聞き、 ②その語形に結びつく意味「四つ足で歩き、ワンワン鳴く動物」がいると判断し、 ③「道を散歩している柴犬」という対象を確認する、という順序になるわけです。

子どもはイヌという語を表現し、母親はイヌという語を理解しますが、表現の認識は、対象 →意味 →語形という順序に、理解の認識は、語形 →意味 →対象という順序になります。

表現と理解では、このように認識の順序が異なり、それによってさまざまな差異が生じます。語彙力を考える場合、表現と理解とは区別して考えたほうがよさそうです。

理解語彙――聞いたり読んだりしたときに理解できる語

理解をするときに参照する頭のなかの語彙のリソースは、理解語彙と呼ばれます。聞いたり読んだりしたときに、語形から意味を呼びだせる語の総体が理解語彙です。

一方、話したり書いたりするときに使える語の総体は、使用語彙と呼ばれます。語彙力を考えるときには、理解語彙と使用語彙に分けて考えたほうが合理的です。

その性格がかなり異なるからです。理解語彙の特徴について、三つ挙げておきましょう。

一つ目は、理解語彙は使用語彙よりもその数がはるかに多いということです。自分では使ったことはないけれども、意味はわかる語彙、というのは、案外多いのではないでしょうか。

たとえば、「わたし」「わたくし」「うち」「ぼく」「おれ」「自分」「おいら」「おら」「わし」「我が輩」「拙者」など、一人称表現はあまたあり、おそらくそのすべてが理解語彙だと思いますが、読者のみなさんが日常的に使っているのは、このうち数個に限られるはずです。

不等号で表すと、つねに理解語彙数 >使用語彙数 であり、人間が語彙を習得するときには、かならずまず理解語彙になって、それから使用語彙になるという順序で進みます。

したがって、語彙力を高めるには、語彙のインプットを増やすことが必要条件です。そのための有力な方法は多読です。

自分が興味を持つさまざまな文章を読むことで、自然に理解語彙数が増えていきます。読書は脳内の理解語彙数を増やし、それが新たな理解や思考、さらには表現の材料になるわけです。

理解語彙の二つ目の特徴は、語形の記憶があいまいであったり、語形と意味の結びつきがおぼろげであったりしがちだということです。

たとえば、「なおざり」と「おざなり」の違いは使用語彙では重要で、書くときにはその区別をしっかりできていなければなりません。

「なおざりにする」は、何もしないことであり、「おざなりにする」は、適当に済ませることです。

「環境対策をなおざりにする」であれば、何もしないで放置することであり、「家事をおざなりにする」であれば、手を抜いて適当にしかやらないことです。

このように、「なおざり」と「おざなり」は、表現するときには微妙な使い分けがありますが、理解するときにはその微差に気づかなくてもあまり問題ありません。

両方とも「対処がいい加減だ」という点では共通しており、そのレベルで理解しても、理解は十分に成り立つからです。

このように、理解語彙の場合は、語の意味が正確にわからなくても何とかなってしまう面があります。

そこで、理解語彙を増やすためには、語彙の細かいニュアンスの差にこだわらず、だいたい同じ意味を表すもの、すなわち、類義語のレパートリーを増やすことが重要です。

類義語を増やす方法は第二章で詳しく紹介します。

理解語彙の三つ目の特徴は、頭のなかに定着しておらず、語形から意味を想起できない未知語であっても、意味に結びつく手がかりがあれば、そこから類推して理解語彙になる可能性があるということです(窪薗二〇〇二)。

たとえば、私は以前、大阪の高校生と話しているときに、初めて「きしょい」という言葉を聞きました。初めて聞いたにもかかわらず、その意味がすぐにわかりました。それは「きもい」という言葉を知っていたからです。

「気持ち悪い」を「きもい」と略すのだから、「きしょい」は「気色悪い」の略だろうと想像がつきました。これは、語構成を生かした類推の例です。

また、私は「自撮り」という新語を、見たことも聞いたこともほとんどありませんでしたが、雑誌の記事で初めて見たとき、意味は一目で理解できました。

漢字から考えて「自分を撮影すること」であり、きっと観光地で若い人たちが、スマホを自分に向けて撮影しているあの姿が「自撮り」なんだろうと見当がついたわけです。

これは、漢字を生かした類推の例です。

さらには、「リケジョに続け〝ドボジョ〟国交省が五年で倍増方針」というテレビ朝日のニュースを見たときに、「ドボジョ」という語に初めて出会いました。

「ドボジョ」が片仮名で書かれていたにもかかわらず、意味がすぐに理解できたのは、「リケジョに続け」という表現が直前にあったからです。

「リケジョ」が理系女子であることは知っていましたので、「ドボジョ」は土木女子のことだろうと思ったわけです。

しかも、直後に「国交省」があり、その前身が建設省であることを考えると、これは間違いないだろうと思いました。これは、文脈を生かした類推の例です。

知らない言葉をいきなり使用語彙にすることはできません。知らない言葉を話したり書いたりはできないからです。しかし、手がかりさえあれば、知らない言葉に出会ったとき、その意味を類推して理解語彙にすることはできます。

そもそも私たちは、日本語の語彙を、赤ちゃんのころから辞書を引いて学んできたのではありません。

使われている状況や文脈からこんな意味だろうと類推して理解し、何度か出会ううちにその意味に確信が持てたら自分でも使ってみる。

その繰り返しで日本語の語彙を習得してきたわけです。類推というのも、理解語彙を増やすのに有力な方法です。

使用語彙――話したり書いたりするときに使える語

さて、今度は使用語彙の特徴について見ていくことにしましょう。使用語彙の特徴も、やはり三つほど挙げられます。

一つ目は、使用語彙は理解語彙よりもずっと少ないということです。これは、理解語彙のところですでに述べたのでおわかりでしょう。

理解と表現にはいろいろな差がありますが、もっとも大きい差の一つに速さがあると思います。それは書き言葉の場合に顕著です。

私が本書を書くのに、二〇〇時間前後かかっています。それを読者のみなさんが、かりに四時間で読みおえたとすると、表現に理解の五〇倍の時間がかかっている計算になります。表現のほうがそれだけ負担が大きいのです。

すでに書かれている言葉であれば、読み手はその意味を一目で理解できますが、書き手が自分の思いを言葉にする場合には、その何倍も時間がかかります。自分の考えに合う言葉がそんなに次々と都合よく浮かんでくるわけではないからです。

語形から意味を経て、読み手が書き手のメッセージに辿り着くのに時間はさほどかかりませんが、書き手が自分のメッセージを、意味を経て読み手に伝わる語形に絞りこむのにはかなりの時間と試行錯誤を要します。

理解のほうは大ざっぱでも何とかなりますが、表現のほうは、つねに高い精度で処理をしなければなりません。そのため、自信を持って使える語でないと表現には使えず、そうした語の数はどうしても限られてくるわけです。

使用語彙の特徴の二つ目は、語形が正確であるだけでなく、語形と意味の結びつきも明確であることです。言い換えるならば、類義語のニュアンスの微差を踏まえて、適切な語形を選択しなければなりません。

もちろん、私たちはいつも適切な選択ができているわけではありません。

私が以前大学で働いていたときに、試験監督マニュアルに以下のように書かれているのを見て、一瞬理解が止まってしまいました。

・試験監督者にはお弁当を配付します。

私の語感では、「配付する」(一人ひとりに手渡す)にしても、「配布する」(多くの人に行きわたるように配る)にしても、「配付/配布」の対象は書類です。

チラシや案内、アンケートや資料であればよいと思うのですが、「お弁当を配付」されても困るなあと正直思いました。

入試の時期ですので、問題用紙・解答用紙を配るということが頭にあって、そうした語の選択になったのだろうと想像しますが、読み手に違和感を与える語の選択は避けたほうがよいでしょう。

ここでは、「(お弁当を)配ります」「手渡します」なども考えられるでしょうが、私なら「用意します」「準備します」を使いそうです。

事務担当者からかならず渡すとはかぎらず、試験監督控え室に置いておいて、取りに来てもらう可能性が高いからです。

使用語彙の特徴の三つ目は、使われる環境との調和を考慮するということです。

たとえば、話し言葉と書き言葉の違いを考えた場合、話し言葉で、近年さあ、火災で死亡する高齢者の急増が懸念されるなあ。などと言うのはこっけいで、最近さあ、火事で亡くなるお年寄りが増えているみたいで心配だなあ。というのが自然です。

使用語彙では、読み手に違和感を与えないことが重要で、読み手の知識や文脈、感情などに配慮することが求められます。このように、理解語彙と使用語彙とでは、その性格がかなり異なります。

これ以降、とくに理解語彙と使用語彙とに分けて論じることはしませんが、各章のそれぞれの項目を読むさいに、理解語彙、使用語彙のいずれの話をしているのかを意識していただくと、内容の理解がいっそう深まると思います。

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