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第1章 行動分析とは何か

目次

応用行動分析をベースにしたマネジメント

本書の理論は行動分析学(behavioranalysis)から生まれた。行動分析学とは、人間の行動を科学的に研究する学問である。

今から約五十年前、アメリカの心理学者・スキナー(B.F.Skiner,1904〜1990)が急進行動分析学という学問を興した。

この学問は徹底的行動主義(radicalbehaviorism)の一派と位置づけられており、抽象的な概念や計測できない要素を一切排除しようとする考え方である。

今では行動主義派と総称されるが、私はシンプルに「行動分析」と呼んでいる。

行動分析学にはいくつかの特徴がある。

第一に、行動自体を研究する学問であること。行動から心や脳を研究する学問とは全く異なる。

第二に、行動の原因を過去と現在に求めること。

第三に、分析に用いる原理をできるだけ少なくシンプルにすること。

第四に、自己申告よりも外部からの観察を重視すること。

行動分析学に応用行動分析という分野がある。

研究室における実験・調査で得られた行動の原理を日常の問題に応用しようとする実学で、それをビジネスに応用したのが本書の理論である。

実験結果から導き出された科学理論の上に成り立つメソッドであり、他のマネジメントのように、一人の優れたリーダーが経験と勘に基づいて作り上げたものとは本質的に異なっている。

行動分析学は心理学の一種だが、行動を基準にして物事を見るという、他の心理学にない特質を持つ。

われわれはなぜ今あるような方法で行動するのか、どのようにして習慣を身につけるのか、どのようにして習慣を失うのか、これらが行動分析学のテーマだと言えよう。

すなわち、今現在の行動をしているのはなぜか、それを変化させるにはどうすればいいかである。

行動分析学が焦点を合わせるのは行動のみだ。第三者が観察可能なものだけが行動ではない。スキナーの定義によると、意識や認知も一つの行動である。目に見える行動だけが行動ではないということだ。

行動科学マネジメントもこの考え方をベースにしている。科学であれば実験再現性がなければならない。

数学や物理の式のように、いつ、誰が、どこでやっても同じ結果を得ることができてこそ科学である。行動分析学は、人間の行動を理解するために物理化学と同じ科学メソッドを用いている。

その一つが実験再現性という尺度であり、同じ条件下では同じ結果が得られるという要件を満たしながら行動を定義づけるのである。この分野での基本的な調査は、すでに百年以上の歴史を持っている。

しかし応用研究が本格的にスタートしたのは一九五〇年代であり、ビジネスや政府における応用が始まったのはさらに遅れて一九六〇年代後半と、その歴史は決して長くない。

このように行動分析学は比較的若い学問分野なのだが、きわめて短期間のうちに数多くの原理が解明された。過去四十年間で発見された原理はビジネス上の何千という問題を解決した。

大部分は長く難問とされてきたものであり、中には絶対に解決できないと考えられていたものさえある。

たとえば、あるテレビ用ブラウン管工場では、一年以上も悩まされ続けた品質の問題をわずか一日で解決した事例が報告されている。また、メソッド導入から九十日で離職率を半分に下げてしまったという報告も珍しくない。

行動科学マネジメントは実験再現性を重視する科学的分析手段をベースとしているため、業種や規模を問わず、驚くほどの効果をもたらす。

現在ではビジネスばかりか、教育・医療機関などの各分野でも効果が実証されている。

アメリカの大企業、六百社以上が導入

日本では行動分析に基づくマネジメントはあまり知られていないが、アメリカでは名だたる大企業をはじめ、官公庁や団体・機関がこぞってコンサルティングを受けている。その数は官民合わせて六百以上にのぼる。

ADI社のマネジメントを導入している企業から、わが国でも知られている社名をいくつか挙げれば次のごとくである。

航空産業ボーイング、アメリカ航空宇宙局(NASA)製造業3M、クライスラー、フォード、ゼネラルモーターズ小売業ウォルマート、バーガーキング、オフィス・デポ、ターゲット通信産業コムキャスト、クエスト、スプリント、テルストラ、GTE金融業シティバンク、キャピタル・ワン、ファースト・ユニオン官公庁国立公園部局、ニューヨーク州運輸局現在は社名を明かせないが、実は日本企業にも導入例が多い。

特にアメリカに進出しているメーカー、自動車メーカー系のほとんどがこのマネジメントを導入している。ADI社のマネジメントを取り入れたアメリカ企業のうち、いくつかは「マルコム・ボルドリッジ賞」に輝いている。

これは日本の経営品質賞に相当するもので、アメリカ大統領が直接授与する名誉ある賞として知られている。受賞企業はイーストマン・ケミカル・カンパニー、3M・デンタル、ソレクトロンなどである。

このメソッドを学べば、次のようなメリットが得られる。

第一に、短期間でリーダーの養成を実現するスキームが分かる。

第二に、すでに他の戦略メソッドや戦術を活用していても、融合して活用することができる。

第三に、科学的根拠に基いて、マネジメントの生産性を向上させることができる。また、その仕組みをどのように作ればいいかが分かる。

第四に、トップ社員のパフォーマンスを維持、継続できる。社内の機密ノウハウの流出を防ぐことができる。

第五に、アベレージ(平均)社員をトップ社員に伸ばせる。

第六に、アベレージ以下の社員をアベレージ以上に伸ばせる。

第七に、セルフマネジメントに応用できる。時間管理、行動管理、ダイエット、英語の学習、禁煙などに適応できる。

行動と結果の両方にフォーカス

行動分析は従来の一般的マネジメントとどこが違うのであろうか。

近年、わが国では成果主義ということが盛んに言われてきた。

また、コンテンシー(業績が高い人の行動特性)やプピロセスマネジメントといった手法も登場しているが、いずれも行動分析のようにいつ、誰が行っても実験・再現性があり、しかも大企業からセルフマネジメントといった業種、業態、規模の大小に関係なく効果を発揮するといった特徴を持ち合わせていない。

それは、行動に焦点を当てているかどうかという大きな違いがある(図1)。この表は一般的マネジメントの問題点をあぶり出すため、行動分析の視点で分類したものである。

「ピンポイント」「メジャーメント」「フィードバック」「リインフォース」という言葉については後述するが、ここでは行動と結果だけを比較していただきたい。

日本にあるマネジメントのほぼ全てが、実は「結果」にしか焦点を当てていない。

売上目標を達成したこと自体は評価しても、その過程でどういう行動をとったかは評価項目に入っていないのが一般的である。

しかも、思わしい結果を出せない人をばっさり切り捨ててしまう企業も少なくない。このような環境下では、いわゆる「二割八割の法則」が作用する。

すなわち、上位二割の人だけが成績を上げ、残りの八割はパフォーマンスレベルを下げてしまうのだ。これこそが日本における成果主義の問題点にほかならない。

成果主義も決して悪くはないのだが、職場の人間関係を築いた上で導入しないと、このような弊害をもたらす。同時に、結果だけでなく行動をも評価することが絶対条件である。

結果的に全体の八割が行動自発率を低下させる、やる気を失うマネジメントをこぞって実践してしまったわけである。

私たちは成果主義を誤解し、きわめて表面的に取り入れてしまった。

この大きな誤解は今なお企業の呪縛となり、八割の社員から「行動することそのもの」を奪っているのではないだろうか。

行動分析は、下の八割のパフォーマンスレベルをいかに上げていくかを一つのテーマとしている。

だから表のように「ピンポイント」「メジャーメント」「フィードバック」「リインフォース」のいずれにおいても行動と結果の両方に焦点を当てているのだ。

結果だけを評価すると、下の八割が自発的行動につながりにくく、行動だけを評価すると思わしい結果が得られない。両者を評価するシステムを整えたとき、初めて全社員のパフォーマンスレベルが向上するのである。

上の二割だけがどんなに働いても、下の八割がお荷物になっていては会社の業績は上がらない。信頼関係を築き、全社員のパフォーマンスレベルを上げることが行動科学マネジメントの最大の特長である。

従来のマネジメントでは、社員に対する評価は年一回、多くて四回しかしなかった。

すなわちボーナス・昇給・昇格の査定がそれに当たるが、行動分析の観点から言うと、これでは業績が上がらないのも当然である。

評価されるチャンスが年にわずか数回しかないのでは、成果を上げてから報奨を手にするまでに何ヶ月もかかる。時間が経ってからまとまった金額をもらっても、本人はどの行動を認められたか分からない。そのため、望む行動を繰り返そうとはしないのである。

お金や昇進によって報いるのであれば、行動の直後に行うことが必要だ。

これだけの成果を上げたからボーナスをあげよう、肩書きをあげようというふうに、因果関係を明確にするのである。上司がこの原則を理解しないかぎり、社員に望ましい行動を続けさせることは難しい。

「表彰制度」「褒める」「認める」といった言葉をしばしば耳にするようになった。行動分析では「リインフォース(強化)」と言う。

しかし、結果を残した人にしか適用しないのは残念なことである。業績を上げなかった人が視野の外に置かれているからだ。

たしかに業績を上げたときのリインフォースは重要だが、それ以外の人に何もしないのは問題だ。

行動分析では、望ましい「行動」をした人に対して必ずリインフォースする。もちろん業績についても評価するが、それとは別に、まず行動したかどうかを見るのだ。こうすることで、パフォーマンスの悪い社員に対してもリインフォースが可能になる。

行動したことを認められた社員は、再び認めてもらおうとして同じ行動を繰り返すようになるだろう。やがては業績も上向いてくる。

結果だけを見て評価するのは日本型マネジメントの特徴と言えるが、それは限られた人の行動自発率を向上させるだけの効果しかない。行動に焦点を当ててこそ、全ての社員に行動させることができるのである。

目標を〝いかにして〟達成したのかが重要

結果だけを見る従来のマネジメントメソッドでは、目標を立てるときも行動には目を向けようとしない。

「売り上げを一〇%伸ばそう」「不良率を一%に下げよう」という目標を掲げるが、そこには行動という考え方が抜け落ちている。個人の目標においても全く同じである。

目標を達成すると上司は褒めたり表彰したりするが、達成するまでのプロセスや行動について焦点を当てたマネジメントはあまり実践されていない。

別の部署の助力があって達成できたのかもしれないし、経済状況が変化したことでたまたま達成できただけかもしれない。

そうした可能性を一切考慮することなく、ただ結果だけを見て評価する。これでは望ましい行動を繰り返させることなど不可能だ。

行動分析では、結果をリインフォースするのはもちろん、結果を出すまでの行動に対してもリインフォースすることを大原則としている。

行動をリインフォースすることで、同じ行動を自発的に繰り返すようスキーム化するのである。

結果のみに焦点を当ててマネジメントしている従来のメソッドとはここが大きく違う。表彰のしかたを見ても、行動分析の視点からは理にかなっていない方法が目につく。

よくあるのがトロフィーや金一封だが、月例表彰やキャンペーン表彰などではタイミングが遅すぎると考える。社員が望ましい行動をしたら、その直後に功績を認めないと、その行動を繰り返し行うという効果は小さくなる。

せっかくの表彰も時間と労力の無駄になってしまう。

アメリカでは、スコアカード(ResultsScorecards)によるマネジメントが一般的になってきている。プロセスを測定できるというので、従来のマネジメントより効果的だとされているが、やはり同様の欠点がある。

それというのも、ほとんどのスコアカードは、目標を達成できなければ罰を受ける仕組みになっているからだ。つまり、ネガティブなマネジメント手法なのである。

数字を改ざんしたり、ミスを隠したりといった問題が発生するのはそのせいであろう。進んで仕事に取り組もうとする社員が育つはずもなく、仕事を楽しむ姿勢にはほど遠い。

「パフォーマンス評価」では成果は出ない

アメリカには「パフォーマンス評価」というマネジメント手法があり、しばしば行動分析と混同されているようである。

たとえば、クレルは自分のメソッドに「ビジネスパフォーマンスマネジメント(BPM)」という呼称を用い、カレッジ・オブ・パフォーマンスマネジメントという専門校も創設した(二〇〇三年)。

彼の手法はパフォーマンス評価の代表的なものだが、本書で紹介するメソッドとは大きく異なっている。日本ではなじみの薄い手法ではあるが、これから日本にも導入される可能性が高い。

混同を未然に防ぐため、やや詳しく述べておこう。パフォーマンス評価は労働集約型であり、ほとんどの企業においてマネジャーやパフォーマーを罰する行為となり果てている。

パフォーマンスを見直すことで人を管理しようとする試みなのだが、一般的に成功しているとは言いがたいようだ。その根拠はいくつも挙げることができる。

まず、評価方法が数年おきに変更されている事実。それから評価法に満足している人がほとんどいないこと。さらに、パフォーマンスの見直しについて絶えず議論がなされていることなどである。

評価の回数が年に一〜四回と少なく、客観的に測定する術もないため、社員の行動を変化させる効果は小さい。これらの点によくよく注意しておくべきである。

パフォーマンス評価は二つの点で行動分析に及ばない。一つは、評価の公平性や客観性が全て上司の判断に任されることである。

常に公平かつ客観的でいられるか、全社員に同一基準を用いることができるか、この重要部分が上司個人の資質にかかっている。

上司は個人的感情にかかわらず、部下に対する観察を報告しなければならない。人間、時には感情的になることもあるから、一定した評価が期待できない。

日本の伝統的マネジメントと同じように個人芸なのである。

また、上司の記憶力や記録の確実性も問題になる。部下を正確に評価するため、上司は常に彼らを観察し、記録しなければならない。しかし現実問題として、職場でこれを完璧にこなすことはまず不可能だ。

結果的に、好ましい部下に対しては評価を上げて喜ばせ、嫌いな部下に対しては評価を下げることになる。たとえ無意識であるにせよ、そういった恣意的な判断が介入する余地がきわめて大きい。これが評価方法として適切と言えるだろうか。

二つ目の問題は、経営陣の誤解である。彼らはパフォーマンス評価を導入することにより、効果が長く続くと思い込んでいる。

導入さえすれば少なくとも三ヶ月はパフォーマンスを維持できると期待している半面、社員が毎日行動していることには目を向けようとしない。

何ヶ月に一度のパフォーマンス評価よりも、毎日の行動に焦点を当てるほうがはるかに大きな効果をもたらすのだが、そうした事実を見落としてしまっている。行動分析は、前述したように行動分析学に基づいた科学的メソッドである。

どれだけ効果が得られたかを数字によって客観的に検証できるので、実践したときの効果に雲泥の差が生じる。

行動分析は会社の規模や業種を問わず効果が出る

行動の法則は全ての人間に共通しているため、行動分析は、会社の規模を問わずに効果を発揮する。従業員何万人という大企業でも、わずか一人で営業している個人事業主でも、同等の効果をもたらす。あらゆる業種・業態にも対応できる。

人間の行動に焦点を当てているため、全ての仕事、全ての社員に対して等しく効果を発揮するのだ。新製品開発、品質改善、マーケティング戦略、売り上げ強化など、仕事内容も問わない。

地位や肩書きさえ超越して、あらゆる人々に効果を発揮する。私たちは、上司が部下の行動を変化させると考えがちだが、逆に、部下が上司の行動を変えている側面もある。

自分が上位にあろうと下位にあろうと、われわれは常に他人を変化させ、自分自身も変化している。この相互作用をしっかり理解することが行動分析の理解につながる。行動の変化が一方通行だと思い込んでいると、ミスに陥りやすい。

たとえば、ある上司が、部下を喜ばせ不満を解消させよう、やる気を起こさせようという目的で、その部下の評価を高めようと考えたとする。

評価の点数を増やせばたしかに部下の行動は変わるが、それは上司本人の行動をも変えてしまう。部下の行動自発率、いわゆるモチベーションを高めるために、評価を恣意的に上げるのは有効ではない。

問題のある社員に対して、評価を上げること自体を優先する結果になるからだ。

さらに、そのことで、上司は自らの行動が変わったことに気づくことができない。安易な評価は両刃の剣だ。評価システムの機能を乱す原因となる。

マネジメントとリーダーシップの違いについても述べておこう。

「マネジメント」という英単語は「リーダーシップ」より劣ると指摘した本がいくつかある。英語論はさておき、実務においてはどちらが優れていて、どちらが劣っているということはない。

両者は異なる役目を持っている。

マネジャーは会社のさまざまなプロセスを最適化するのが仕事だ。現在の労働力と設備で最大限の成果を得ようとする。あるいは人員や設備を最小限に抑える。プロセスを修正してコストを削減する。これらの改善を手がけるのがマネジャーである。

一方、リーダーには別の視点が要求される。

さまざまなスキルを持った人や異なるプロセスを組み合わせ、まったく新しい製品やサービスを作り出すことがリーダーの役目である。

このような違いはあるものの、どちらの仕事も基本プロセスは同一である。リーダーのほうが優れているとか、マネジャーのほうが実際の役に立つとか、不毛な言い争いをしても仕方がない。

報酬よりも「チーム制」が効果を上げる

ここで一つのたとえ話をしよう。あなたは自動車部品メーカーA社の社員だ。ブレーキシューを梱包する部署で働いている。

ラインはほぼ自動化されており、梱包された部品をトラックヤードまでスムーズに流すのが仕事である。ベルトコンベアの動きは速いため、時おり滞留が起こってローラーが空回りすることがある。

それを素早く解消するにはいくらか技術が必要だ。何年もこの作業に従事しているあなたにとって問題はない。給料はまずまずだ。

あなたのパフォーマンスは年に四回評価されるが、十分なものとは言いがたい。生産性が平均以上であれば、上司は「給料に見合った仕事をしている」と判断する。

平均以下なら「どうするつもりだ」と責め立てる。勤務時間内の評価情報がフィードバックされることはない。問題が発生すると、上司が「もっと良い結果を出せ。パフォーマンスを上げろ」と言う。

しかし、それによって状況が好転することはまずない。

あなたはこの仕事が好きではなく、妻や友人に対して「つまらない仕事だ」と愚痴をこぼしている。

一方、あなたの友人は同業のB社に勤めている。仕事内容はほぼ同じ。ベルトコンベアで運ばれてくる部品を監視し、滞留を防ぐのが役目だ。ただし、滞留が起きる率はA社よりもはるかに多い。

そのプレッシャーはあるが、友人はストレスを感じていない。むしろ仕事を楽しんでいる。ラインの生産性はこちらのほうが上である。

なぜB社では仕事が楽しく、生産性も高いのだろうか。

B社はチーム制を採用しており、各チームに名前がついていた。社員は作業日報をつけ、業績がチームごとに集計されて順位が掲示される。

自分のチームが何位にいるか一目で分かるため、自ずと士気が高い。業績を上げたメンバーはマネジャーから表彰される。

バッジやワッペン、トロフィーがごほうびとして授与される。また、社員たちは表彰された人を褒める。笑い声やジョークの絶えない明るい職場だ。

チームの誰かが問題を抱えているときは、他のメンバーが助力を申し出たり、本人がアドバイスを求めたりする。

誰かの作業にわずかでも改善が見られると、マネジャーがすぐに気づいてみんなの前で褒める。評価された社員はさらにやる気を出し、結果的にチームの成績が向上していく。注目すべきは、お金で報奨されているわけではないということだ。

それにもかかわらず、社員全員が進んで改善に取り組み、自発的に仕事に熱中している。実はB社では、行動科学マネジメントを導入していたのである。

生産性は作業内容ではなく環境が決める

スポーツは仕事より楽しいと考えている人が多い。サッカーについて考えてみよう。そもそもサッカーの楽しさはどこにあるのだろう。

ボールを蹴ってシュートすることの繰り返しのスポーツなのに……。しかし、世界中で何百万人、何千万人という人々がボールを蹴ることに楽しみを見いだしている。

スポーツを楽しく感じるのは、行為自体が楽しいからではない。その行為をしたときに何が起きるか、それによって楽しいかどうかが決まる。

では、サッカーから楽しい要素を取り除いてみよう。ゴールの後ろに上司が立っていて、真剣にプレーしなければならないものとする。

点数に応じて給料が支払われる。おそらくプレーヤーは無駄口を叩かなくなるだろう。ギャラリーまでも押し黙るに違いない。おしゃべりは邪魔になるため、プレーヤーが嫌うのだ。

ゲーム中は声援、拍手、馬鹿騒ぎなどが全て禁止される。プレーヤーをゲームに集中させるには、得点も掲示するべきではない。スコアボードがあると気が散ってしまうからだ。

そこで後日郵送することにしたが、コスト削減のため、一ヶ月分をまとめて送る。スコアには上司のコメントが記入されている。

対戦チームより低い得点を赤丸で囲み「これはどういうことだ!」「どうなっているんだ!」と太い字で叱責する。プレーヤーが怠けないよう常に高い目標を設定し、達成できた人にはボーナスを支給する。達成できない人は減給する。

さらに上司は、プレー態度による評価も導入した。シュートが決まったとき、はしゃいだ選手はマイナス評価を受けるのである。駆け寄った選手も同罪だ。

トータルの評価で最下位になった人は「次回までに平均以上にならなければチームから外すぞ」と脅す。こんなサッカーは面白くもなんともないはずだ。ボールを蹴る行為は同じなのに、苦痛以外の何物でもない。

これをそのままビジネスに当てはめるのは無理があるが、大部分の企業では似たような状況を作り出しているのが現状である。

仕事を楽しく、生産性を高くできるかどうかは、作業内容によって決まるのではない。仕事を取り巻く環境や条件によって左右されるのである。

楽しいはずのスポーツを苦行に変えられるとすれば、逆もまた真なりである。辛いはずの仕事をスポーツのごとく楽しませることは決して不可能ではない。

ここで排除した要素を付け加えれば、仕事は楽しいものとなる。

リインフォースとは行動を繰り返させるための行為

行動の法則という普遍的な原理をベースとする行動分析は、全ての業務、全ての人に対して効果を発揮する。

ビジネスだけではない。ダイエットや禁煙などのセルフマネジメントにも使える。

人間の行動を変えるという視点では、何にでも使える万能のメソッドと言えよう。

セミナーや講演のあとで「要するに部下を褒めればいいのですか」と尋ねてくる人がいる。たしかに褒めることも大切だが、行動分析はそれほど単純なものではない。

行動分析では、褒める行為を「リインフォース(強化)」の一つと位置づけている。

詳しくは後述するが、リインフォースとは行動を繰り返させるための行為である。

これまで、「褒める」のほかにも数多くのリインフォースが紹介されてきた。しかし、それらの大部分はむしろ害を与えるものであった。

褒めるのがいいと言っても、タイミングや方法、頻度を誤るとさまざまな問題を招きかねない。リインフォースの概念を正しく理解していないとこのような間違いが起こりがちである。

そもそも「褒める」「認める」という行為は、そこに信頼関係がなければ適切に作用しない。同じ言葉を用いて褒めるにしても、誰が褒めるかによって効果が大きく変わってくる。

尊敬する上司から「よくやった」と言われたら、天にも昇る気持ちで同じ行動を繰り返そうとするだろう。嫌いな上司から「よくやった」と言われたら、嬉しいどころか逆に腹が立つこともあるのではないだろうか。

後述する「リインフォース」では、わずか十円程度のごほうびで大の大人が嬉々として働く秘密を公開する。このような魔法が成り立つのも信頼関係あればこそである。

尊敬する上司、大好きな上司がくれるものなら、十円のごほうびでも嬉しい。もう一度もらいたくて同じ行動を繰り返す。

嫌いな上司だとこうはいかない。一万円もらっても行動を繰り返すかどうか怪しいものだ。

アメリカのビジネスマンが面白いことを言っていた。

トヨタ自動車がすごいのは協力企業、いわゆる下請けや孫請けとの信頼関係を長期にわたって維持していることなのだそうだ。

名高いカンバン方式はできるだけ在庫を持たない生産管理の方法だが、しわ寄せを受ける下請けや孫請けは不平を言わない。いかに強固な信頼関係ができているかを彼は力説していた。

上下の信頼関係はそれほど大切なのである。行動分析も、そうした信頼関係を築くためのツールである。行動分析は決して簡単なメソッドではない。

しかし、いったんマスターすれば、あらゆる目標がきわめて容易に達成できるようになるだろう。その効果については実際にメソッドを導入した私が責任を持って保証する。

行動分析、七つのメリット

行動分析にはいくつかの大きなメリットがある。今までのマネジメント手法にはなかったメリットばかりである。代表的なものを簡単に紹介しよう。

実用的なメソッドである抽象的理論ではない。企業の戦略上、望ましい行動を増やし、望ましくない行動を減らす実用的なメソッドである。

その成果は広範囲にわたる業種で報告されており、データによって科学的に実証されている。ある企業は、導入した直後から売上高が数割増えた。

こうした報告は製造業や販売業、サービス業など幅広い業種に見られる。職種別に見ても、生産、販売、整備、経理、総務、広報、警備までさまざまだ。

人間の行動をベースにしたメソッドだから、人間の行動による仕事は何でも改善できる。すぐに成果が得られる従来のマネジメント手法は、結果がすぐに得られないものがほとんどであった。

仮に結果が表れても、本当にそのマネジメントがもたらした結果かどうかは誰にも分からなかった。

しかし行動分析は、導入するとすぐに成果が得られる。なぜ成果が得られたか、どれだけの成果があったかは、誰にでも簡単に分かる。

第三者が客観的に効果を測定できるからである。人間も動物も、たった一度リインフォースされただけで行動が変化する。これは多くの研究によって証明されている。

もしも社員のパフォーマンスに変化が表れないとしたら、それは何かが間違っているのだ。基本に戻って一からやり直してほしい。

行動分析の良いところは、問題解決のためのステップが具体的に分かる点にある。

アメリカでは、導入から二十年以上も実践を続ける企業が増えてきた。なかには二十五年という企業もある。

訴訟大国と呼ばれるアメリカでこれほど長期にわたって支持されていることを見ても、行動分析がいかに優秀なメソッドか理解できると思う。

『こころ』の学問や訓練は不要

行動分析は精神的メソッドではない。目に見える行動を研究して問題解明に役立てる手法であり、あくまで行動に焦点を当てるのが鉄則である。

その効果は、一九三〇年代初頭から何千もの実験と研究によって認められている。対象とするのはあくまで現在の行動だ。過去には目を向けない。

だから、部下の私生活や過去を詮索する必要がないのだ。

両親の仲が悪かったとか、何歳までおねしょをしたとか、子供時代は内気だったとか、あるいは乱暴者だったとか、そういったことは一切知る必要がない。

現在の行動を扱うメソッドだから、誰もが楽に学ぶことができる。

『こころ』の理解や読心術を目指す必要はない。特別な勉強は不要だ。だからといって、個人の思考や感情を否定するものでは決してない。

行動を変えさせることは、本人の思考や感情に負うところが大きい。これらを無視して行動を変えさせる方法があるとすれば、それは恐怖政治や洗脳であろう。それは行動分析とは対極に位置するものだ。

セルフマネジメントに応用できることを見れば、そのことは簡単に証明できる。

たとえば、ファーストフードを食べるとすぐに満足を得られるが、脂肪分や塩分、糖分の多さを考えると長期的には健康に害をもたらす。

タバコも同じだ。このように、好きなものが自分にとってマイナスに働くことがある。そうは分かっていてもやめられない。

その感情や思考をいかに自分でコントロールするかがセルフマネジメントの結果を左右するのだが、行動分析はセルフコントロールをきわめて容易にしてくれる。

あらゆるパフォーマンスを最大限にする行動の研究に基づいているため、いかなる場所で生じる行動に対しても原理を適用できる。どこで働いていようが、何をしていようが関係ない。

単純労働はもとより、技術職のような専門性の高い職業でも、研究職やクリエイターなどの頭脳労働においても効果を発揮する。規模や人数も問わない。

大企業から個人事業主まで、あらゆるビジネスのパフォーマンスを最大限に高めることができる。社員数が五人でも五万人でも、等しく効果が得られることが証明されている。

職場が楽しくなる本人のニードの動機づけ条件にあったことをするときは誰でもパフォーマンスが上がる。そうでないことをするときは下がる。

これに反論する人はまずいないだろう。

したがって、仕事を楽しむためのニードと動機づけの条件を整えれば、誰もがパフォーマンスを高めて自発的に働くようになる。

ところが残念なことに、日本人の多くが「仕事に楽しさを持ち込んではいけない」という考えを持っている。オリンピックなどでも、日本選手は修行僧のような態度で競技に臨んできた。

「楽しんできます」と発言したり、喜びをストレートに表現したりできるようになったのはつい近年のことである。日本人には、仕事や役目を楽しむという発想がまだまだ少ない。

楽しんでいては実力を発揮できないという意識が働くからであろうか。

私が言う「楽しさ」とは、何も手を抜いたり、サボったりすることではない。仕事そのものを楽しみ自発的にする仕組みを作ろうという提案である。行動分析を導入することでそれが可能になる。

時間とノルマに追われる流れ作業であっても、自発的に仕事をする方法がいくつもある。

行動分析を導入した工場では、工員たちがゲーム感覚で成果を競いながら業績を上げている。

その実例は枚挙に暇がない。このことを知った経営陣は、楽しさを増やそうとして夢中になる。なぜなら、楽しさを増やせば増やすほど業績が伸びるからだ。われわれ日本人には、楽しさと仕事が正反対のものに感じられる。

だから行動分析を頭から否定してかかる人もいる。

しかしこうした誤解は徐々に解けていくだろう。

自分の仕事に直接関わってくる楽しさを知ると、品質、生産性、接客、コストなどが劇的に改善されるからだ。日本人はもともと高い目標達成力を持っている。行動分析の仕組みを正しく理解すれば、持ち前の団結力と集中力によって見る見るうちに業績を伸ばすだろう。職場、家庭、コミュニティの関係を高められる子供のしつけにおいても成果を上げる。

人間の行動に焦点を当てている以上、それが職場であれ家庭であれ、効果を発揮するのは自明の理だ。わが社の幹部は、息子に歯磨きをさせるため行動分析を使った。朝晩の歯磨きを済ませたらシールを一枚与えるのである。

リビングの月間カレンダーに、毎日二枚のシールが貼られていった。それを見て両親が褒めた。うっかり夜の歯磨きを忘れた日はシールが一枚しかもらえず、そこだけ歯の抜けたような空欄ができた。

息子は、そのことを後々まで悔やんだという。彼は教育上の考えから、プレゼントなどのごほうびを作らなかった。

ただシールを与え、時おり褒めただけである。にもかかわらず、息子は進んで歯磨きをするようになった。行動分析の勝利であろう。

このように、行動分析を使えば、子供のしつけも容易になる。いい習慣を身につけさせることもできるし、手伝いをさせることもできるのだ。

望ましい行動にほんのちょっと楽しさを加えてやるだけで、誰もが行動するようになる。

オープンなシステムであるただ行動させればいいというだけの詐術ではない。トリックや秘密も一切ない。導入企業は行動分析の原理を社内で公開している。

部下に知られてまずいことなど何ひとつないからである。面白い現象を紹介しよう。行動分析を導入すると、上司が部下のパフォーマンスに影響を与える。

それと同時に、部下の方も上司のパフォーマンスに影響を与えるのだ。行動分析の原理は、地位や肩書きに関係なく作用する。

リインフォースは行動に対してなされるもので、その行動を誰がしているかは問題にならない。望ましい行動をした人は必ずリインフォースされる。したがって、組織全体にわたって等しく作用するのである。

パフォーマンスを改善することで、結果的に全員が、得たいものを得られる。このことに文句を言う社員はいないだろう。

行動分析は他人のパフォーマンスを変化させうる唯一のメソッドであり、同じ環境の下で楽しみながらお互いを高め合うことができる。

管理職だけの秘密計画にする必要はない。逆に、全てをオープンにしたほうがうまくいく。

それは行動に焦点を当てたマネジメントのため、どんな行動をすれば評価されるのかお互いに理解することができているからである。

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