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第1章 目標管理はなぜ嫌われるのか?

本当の目標管理を愚直に実践しよう!本当の目標管理とは——目標管理とは上司が部下の目標を管理することだ。

そう思っている人が大勢いる。

しかし、それは「本当の目標管理」ではない。

まったくのウソとは言わないが、かなり歪んだ理解である。

本書が主張する本当の目標管理とは、「MBOS」の実践に他ならない。

MBOSは、ピーター・F・ドラッカーによって提唱された「マネジメントバイオブジェクティブズアンドセルフ・コントロール(ManagementByObjectivesAndSelfControl)」(『現代の経営』/1954年)の略称であり、ドラッカーは望ましいマネジメントのあり方を以下のように訴える。

「業績」を上げ、「働きがい」を高めるためには「目標」が必要だ。

それも、ギリギリ背伸びした「チャレンジ目標」の設定である。

目標の設定や達成活動に際しては、「人間の持つ自主性や自律性」を最大限に引き出すこと。

そうすれば、「チャレンジ目標の自己統制」が可能になる。

自己統制とは「目標に照らして、自らの仕事ぶりを自分でチェックして、修正すること」だ。

それがうまくできると、働く人々の自主性はさらに強化され、結果として、業績が向上し、「働きがい」も手に入る。

ぜひ、そのようなマネジメントを実践してほしい。

日本語でも「MBOS」ドラッカーの訴えは、一般的に「MBO」と略称され、日本語では「目標管理」、あるいは「目標による管理」と翻訳されることが多い。

しかし、いずれも、きわめて重要な「セルフ・コントロール」というコンセプトが欠落しており、的を射ているとは言い難い。

ドラッカーの真意を尊重すれば、略称は「MBOS」であろう。

日本語訳も同様で、原語に即して「チャレンジ目標の達成を意欲的、かつ自律的に追い求めるような仕事の進め方」と翻訳するのが筋である。

ただし、この翻訳では、あまりにも長たらしく、日常会話にも不都合だ。

もっと短い訳語がほしい。

いろいろ考えてみたが、なかなかピッタリの言葉が見つからない。

ならば無理に翻訳せずに、日本語でも「MBOS」と表現するのが妥当だろう。

そうすれば、セルフ・コントロールの重要性も強調できる。

そんな願いも込めて、本書では、一般名称のMBOや目標管理をあえて「MBOS」と呼称する。

人間らしい働き方を求めてなぜ、ドラッカーはMBOSを提唱したのだろうか。

理由は2つある。

1つは、「人間らしい働き方」の追求だ。

人間が仕事の奴隷になるような関係は、犬がしっぽを振るのでなく、しっぽが犬を振り回しているようなものであり、人間にとって不幸である。

また、「他者から支配される関係」も人間らしさの喪失に拍車をかける。

上司が部下の仕事内容を事細かく指図して、ついでに心理学の乱用としか思えないマインド・コントロールにも手を伸ばす。

こんな上司を持った部下は不幸であり、不幸を通り越して人間としての尊厳すら失いかねない危機に立たされる。

人間は隷属や支配を決して好まない。

みんな自立の思いを持っており、潜在的には自律性も有している。

そして、何よりも、それらの実現を欲している。

そう考えるのが、人間らしい働き方の追求だ。

MBOSは、そのような人間らしさの実現を支援する。

自分で決めた目標に照らして、自分で主体的に仕事を組み立てる。

苦しくとも、達成したいと願う目標のために歯を食いしばり、そのプロセスで仕事の面白さや自己成長を実感する。

そんな仕事ぶりを実現しようとするのがMBOSである。

なぜMBOSが今の時代に合うのかドラッカーのMBOSの提唱理由の2つ目は、知識労働(ホワイトカラー)の生産性を高めるためである。

知識労働は自分の専門知識と他者の知識とを融合させて、新しい何かを創り出す「知恵の創出業務」である。

そのプロセスで、「あっ、そうか!」という気づきや新たな発見を手に入れる。

そういう仕事が知識労働の特徴であり、かなりの部分を当事者の自主性と自律性に委ねざるを得ない仕事である。

このような特性を持つ知識労働に、従来型の定型労働のマネジメントを適用するのは難しい。

定型労働は標準化が可能で、かつ肉体行動によって生産性が直接的に左右される仕事であり、命令とアメとムチ、教え込み型の教育訓練というマネジメント手法がぴしゃりと当てはまる。

つまり、定型労働は他律統制が可能なのである。

それに対して、知識労働は他律統制が難しく、自律統制を必須とする仕事である。

命令とアメとムチで知恵を出させるのは不可能だ。

知恵の出し方を教え込もうにも限度がある。

知的労働は自律性の開発こそが重要であり、それを実現するためにMBOSが存在する。

「AndSelfControl」からは、そのようなメッセージが読み取れる。

MBOSは、知識労働にもっともフィットするマネジメント手法なのである。

知識労働時代のマネジメント現在の日本は、完全に、労働の質的変化の時代に突入した。

象徴的なのは製造業である。

高品質でリーズナブルな価格の規格品を、国内で大量に生産し、その大部分を輸出する。

そんな構図が完璧に崩れてしまい、中小企業でさえも、工場を新興国に移転せざるを得ない状況が起きている。

現地調達、現地製造の流れが定着したからだ。

それに伴って、働く人々は、好むと好まざるとにかかわらず、労働の質的転換を迫られる。

定型労働から知識労働への切り替えである。

新興国に移転した製造業の定型労働は、国内にはもう二度と戻ってこないだろう。

サービス業においても、コンビニのレジ打ちなどの定型労働は外国人労働者に奪われて久しい。

いったい、日本人に、どんな仕事が残されているのだろうか。

答えは簡単である。

現在の賃金水準を維持したければ、製造業にしろ、サービス業にしろ、働く人一人ひとりが知識労働者に変身するしかない。

そして、変身

が生み出す付加価値を国内外に提供するのだ。

たとえば、コンビニ各社が、国内で培った利便性の追求を中国本土でも展開する。

ココ壱番屋のカレーライスも、アジア各国で出店スピードを加速させている。

いずれも、専門知識を身につけた知識労働者のなせるわざである。

変身の努力を怠れば、低賃金に甘んじた生活を余儀なくされ、おそらくは精神まで貧困なものになってしまうだろう。

そんな危機感を持って、ほとんどの日本企業は変化を模索し、従業員にも働き方のチェンジを迫っている。

このような現状を踏まえて、筆者は訴えずにはいられない。

——今の日本企業には、MBOSが絶対必要だ。

——今こそ、「本当の目標管理=MBOS」を愚直に実践するときだ。

——実践の成否を握る現場のミドルは奮起せよ!本書の構成本書は職場のリーダーに向けた、MBOSの支援材料の1つであるが、できれば職場のメンバーにも読んでほしいと願っている。

リーダーとメンバーとが、MBOSのコンセプトと具体的な展開イメージを共有すれば、よりスムーズな実務展開が可能になる。

同時に、上級マネジャークラスの方々にも一読をお勧めしたい。

メンバーがセルフ・コントロール状態(意欲的、かつ自律的な仕事ぶり)になるように、一所懸命努力している現場のリーダーを支援してほしいからである。

また、本書の内容は、すでに目標管理制度を導入済みの会社や導入の模索段階にある会社はもとより、「なんとかして、社員のヤル気を高めたい」と願うすべての会社の方々にも、何らかのヒントを提供できるのではないかと思っている。

本書は5つの章で構成されている。

第1章では、運用を誤るとMBOSの阻害要因になってしまうであろう、「人事評価とMBOSとの関係」について解説する。

第2章から第4章までは、MBOSの実務の基軸となる「チャレンジ目標のPlan(思いの込められた目標の設定)→Do(意欲的、かつ自律的な目標達成活動)→See(来期につなぐ仕事のふりかえり)」の流れに沿って、押さえどころとリーダーの役割を解説する。

そして、その総まとめをしたのが第5章である。

それでは、さっそく、第1章から読み始めていただきたい。

目次目標管理の教科書目次はじめに本当の目標管理を愚直に実践しよう!本当の目標管理とは日本語でも「MBOS」人間らしい働き方を求めてなぜMBOSが今の時代に合うのか知識労働時代のマネジメント本書の構成第1章目標管理はなぜ嫌われるのか?人事評価は「アメとムチ」MBOSが受けるとばっちり頭の中は評価のことばかりみんながやさしい目標を作って会社を潰す制度の不備は現場の運用努力で補うそれでも成果主義は必要だ成果とは何か?教訓の活用第1章のまとめ

第2章職場が燃えるチャレンジ目標を作ろう!

MBOSの実務は「Plan→Do→See」チャレンジ目標は個人が勝手には決められないやらされ感を払拭するための5つのステップMBOSはオープン・システムで展開する[ステップ(1)]中期経営計画(中長期のビジョンと戦略)をよく理解するリーダーは部門のビジョンや戦略をうまく伝えようコラムリーダーが知っておきたい中期経営計画のツボ[ステップ(2)]職場と個人のミッションをみんなで確認しよう職場のミッションを話し合う絶対に外せない顧客への貢献個人ミッションを作るコラム草分け企業の成功体験に学べ[ステップ(3)]部門の今期計画をよく理解するいよいよ、今期の話をしよう[ステップ(4)]職場の今期の貢献領域一覧表を作成する職場ですべきことをすべて洗い出す!部門目標と直接連動しない業務をどうするか[ステップ(5)]今期の職場と個人の目標(チャレンジ目標)を決定する職場と個人の目標を作るチャレンジ目標はギリギリ背伸びしたもの競争に勝つためのチャレンジ目標チャレンジ目標は働きがいを促進するチャレンジ目標は会社と働く人々をつなぐ架け橋目標達成の予感があるか「何」を目標にするのか?問題解決テーマの目標化を!仕事プロセスの目標化

「ピーン」と来る目標「その他の業務」からも目標を作る「いつまでに」「どのくらい」「どうやって」を決める「どれくらい」は「達成手段」との兼ね合いで決める個人目標は職場目標の重要な達成手段コラム目標の達成手段の見つけ方目標づくりで知っておきたいこと定性目標は具体化を!後追い設定も必要だコラム後追い設定の事例目標以外でやらなければならないことリーダーの個人目標とその他の業務コラム戦略目標と日銭目標の資源配分をどうするか第2章のまとめ

第3章部下の意欲的かつ自律的な目標達成に向けてリーダーがすべきこと

Doとは達成手段をやり切ること!年度レベルの目標達成手段を細分化する小さなPDSをきちんと回す自分で決めた目標だが……2つの動機づけ方法〈代表的な3つの外発的動機づけ〉金銭的報酬〈代表的な3つの外発的動機づけ〉関心と愛情を注ぐ仲間との絆を深める肯定的ストロークときには必要な否定的ストローク否定的ストロークとディスカウントとの違い〈代表的な3つの外発的動機づけ〉承認欲求を満たす人間は虚栄心の塊である人間の本性承認の仕組みを作ろう内発的動機づけはなぜ必要か自分で自分のヤル気を刺激するリーダーは根気強く支援するセルフ・コントロール仕事は面白くなければならない考えるという面白さ仕事への没入がもたらす「フロー体験」理性や論理では説明しにくい世界リーダーによる「ひと引っ張り」ノルマ管理との違い会社と働く人々の「ともにハッピー」を追求する葛藤なしに修羅場行きを命ずるなノルマ管理につながる歪んだ人間観X理論の問題点Y理論の人間観MBOSとノルマ管理の違いは紙一重365日、ありとあらゆる場面におけるコミュニケーション立ち話的「報・連・相」個人目標の進捗検討会志を語り合うコミュニケーションパーソナル情報のキャッチボール一所懸命に話す・聴くコラム「コンフリクト(対立感情)」をどう解決するか納得感や責任感の維持のためにリーダーがすべきこと仕事ぶりをフィードバックする

相手に受け入れられるフィードバックを!フィードバックの受け入れ態勢第3章のまとめ

第4章振り返りミーティングはこう進める職場目標の振り返りミーティングを開く達成度を確定するために難易度を見直そうなぜ達成できたのか?できなかったのか?チームワークのあり方も振り返る職場目標以外の仕事の成果ミーティングの成果を来期につなぐ個人目標の振り返りを進めるなぜ、成長の手応えの確認が必要なのか?コラム成長とは何か?個人の成果確認ミーティング個人とチームの両方の動機づけ来期以降にどうつなげるかどうすれば、経験能力は開発できるのか?能力開発の3つの場会社への貢献とキャリア・ビジョンとの統合最後はお祭りで締めくくるコラム人事評価とMBOSの関係はどうあるべきか?第4章のまとめ

第5章まとめ目標管理は理想論じゃない!

MBOSは理想論?『黒字浮上!最終指令』との出会い『黒字浮上!最終指令』のあらすじ温かい涙と共感を覚えながら読み進むどうも様子が違う!マネジメントの目的は「ともにハッピー」ともにハッピーの求心力は「経営方針」実務の求心力は「全社目標」全社目標を浸透させる修羅場が潜在能力を引き出すチームワークが分業の質と意欲を刺激する「同時並行多面作戦」がセルフ・コントロールに火をつけるセルフ・コントロールについてまとめようおわりにミドルを応援したいマネジメント仮説の構築を!現場のミドルは奮起せよ!謝辞

人事評価は「アメとムチ」本当の目標管理、すなわち「MBOS(ManagementByObjectivesAndSelfControl)」の実践方法の解説を始める前にどうしても解いておきたい誤解がある。

それは、「MBOSとは人事評価の仕組みだ」という誤った理解である。

人事評価とは人事考課やボーナス査定と呼ばれるものであり、従業員の会社への貢献度の序列づけ、もしくは貢献度の絶対評価(会社が要求する基準を満たしているかどうかの判定)を意味している。

極端な言い方をすると、人事評価は、会社が従業員に与える〝アメとムチ〟である。

貢献度にもとづいて、賃金格差をつける。

賃金以外の処遇も決める。

だから、きちんと働いてくれ。

働きぶりが良好ならば、褒美を取らす。

ダメならば、ペナルティが待ってるぞ。

そういう仕組みが人事評価である。

当然、働く人々は人事評価に敏感に反応する。

おそらく、積極的にアメを獲りに行く人はごく少数で、大多数はムチを避けようとするのではないか。

もちろん、誰だってアメはほしい。

だが、そのためには、気の遠くなるような努力が待っていて、そんなしんどいことは、できれば避けて通りたい。

かといって、強烈なムチで叩かれたのではたまらない。

何とか、普通評価は取りたいものだ。

これが、人々の平均的な人事評価に対する接し方であろう。

このように考えると、人事評価は能動的なモチベーション策というよりは、むしろ「回避型モチベーション」(『モチベーション』/松井賚夫/ダイヤモンド社/1982年)の促進に貢献しているように思われる。

回避型モチベーションとは、金銭的、あるいは精神的報酬の減額というペナルティを用いて、恐怖心に働きかけようとする方法だ。

人々は恐怖から逃れるために、恐怖を感じない程度に頑張る。

しかし、そこには働く喜びはない。

人事評価は、働く人々にとって、好感を持ってではなく、どちらかというと忌み嫌う仕組みとして受け止められているのが実態である。

MBOSが受けるとばっちりこうした嫌われものの人事評価とMBOSとの混同が至る所で起きている。

目標管理と聞いて、何を連想するか。

答えは決まって「評価の仕組み」と返ってくる。

困ったものだ。

本当の目標管理はMBOSの実践である。

それは人事評価とはまったくの別物で、働く人々の動機づけに主眼を置いたマネジメントの考え方と方法論だ。

賃金格差をつけるための仕組みなどでは断じてない。

それなのに、「両者は同じもの」という風潮が蔓延する。

そしてMBOSまでもが嫌われ者になっててしまうのである。

なぜ、そのような誤解が生まれるのだろうか。

MBOSと人事評価を強引に結びつけたからであり、大本には働く人々の要求と経営トップ層の危機感が存在する。

人事評価はオレの人生を左右する。

だから、無関心ではいられない。

できれば「高い評価」がほしい。

最低でも「普通評価」でなければ、オレの努力は報われない。

努力が報われるように、「公正な人事評価システム」を作ってくれ。

そう働く人々は要求する。

経営トップも負けてはいない。

事業のグローバル展開に伴って、日本人以外の従業員も増えており、彼らは「序列づけや絶対評価の根拠」を執拗に求めてくる。

要求に応えなければ、有能な人材が去っていく。

採用もままならない。

人材不足は、経営の根幹を揺るがす大問題だ。

そんな危機感があるために、「人事部よ、何とかうまい仕組みを作ってくれ」と経営トップは発破をかける。

途方もない難問だが、それを解決するのが人事部のミッションだ。

何としてでも、納得性の高い人事評価システムを創り出さねば……。

そう発奮した人事部は、必死の努力を繰り返し、ついに「MBOSを人事評価の代用システムとして利用する」という妙案にたどり着く。

「期初目標の難易度期末の達成度=仕事の成果」という公式で、貢献ポイントをはじき出す。

期初目標は上司と部下とが納得設定したものであり、期末の達成度は動かし難い事実である。

だから、両者の掛け算で得られた得点は納得性と客観性を担保する。

貢献ポイントを使えば、誰も文句のつけようのない客観的、かつ納得度の高い〝序列づけ〟や〝絶対評価〟が可能になる。

いわゆる「成果主義デジタル評価システム」である。

これを上手に運用すれば、人事評価も、業績向上も、働く人々の働きがいの醸成も、すべてがうまくいくはずだ。

そんな発想から、MBOSが人事評価の道具になってしまったのである。

こうした人事評価は、一見すると、もっともらしい。

しかし、論理に飛躍がある。

たとえば、目標の難易度決めはどうするのか。

外資系コンサルタント会社の「職務給決定理論(〝社内ポストの値段決め〟のための複雑なロジック)」が、多少の手助けになるかもしれない。

それとて、特定の個別目標の難易度をズバリと決めてくれるものではない。

決定はあくまでも上司の主観であり、主観である以上、バラツキは避けられず、甘辛が必ず出現する。

ならば、年度始めに、全員の目標を横に並べて、個別目標の甘辛是正会議をすればよいという意見もあるが、そんなことは現実的に不可能だ。

結局は上司と部下とがよく話し合って……という方法に帰結する。

果たして、そのような決め方で、納得性や客観性を担保できるのだろうか。

疑問が残るのは筆者だけか。

さらに問題なのは、多分に二律背反的な色彩を帯びた、異なる2つの目的を1つの仕組みで処理しようとする強引さだ。

すでに述べたように、MBOSは、目標を上手に使った動機づけ(仕事の面白さの実感など)の方法論であり、モチベーション・ダウンの要素も含んだ勝ち負けを決めるような人事評価とは、目的が本質的に異なるものである。

頭の中は評価のことばかりこうした評価システムは、必然的に、評価のための目標設定を働く人々に要求する。

たとえば、ある会社の人事評価の手引書には以下のように書いてある。

・目標は必ず数値化すること。

・期初に設定した目標の難易度と期末の達成度との積算で貢献ポイントを算出する。

・貢献ポイントの多寡によって、貢献度の順位づけを決定する。

・目標の難易度の決定に際しては、目標の量的・質的難易度、難易度の資格間適合度、部門間でのレベル比較などを十分に検討し、部下との合意を得ること。

このような人事部方針にもとづいて、現場では上司と部下との目標設定面接が実施され、当事者が心から達成したいと願う目標の検討などは脇に置き、人事評価を正当化するための個人目標が検討される。

たとえば、数値化しやすい項目を探し出し、それを目標に設定するなどである。

個々の目標には難易度も張り付ける。

期末には達成度を機械的に測定し、そのポイントによって貢献度が決まる。

そんな無機質なやり方では、部下のヤル気に火はつかない。

そうわかっていても、年中行事のように延々と繰り返す。

そして、「それがMBOSだ」と上司も部下も思い込む。

これはもう、評価システムとしての目標管理以外の何物でもない。

そこには、次章以降で解説するMBOSの精神が欠けている。

表看板には「MBOSの実践」をうたっていても、実際には「MBOSという名の人事評価」をやっているのである。

みんながやさしい目標を作って会社を潰す弊害は、MBOSの形骸化だけにとどまらない。

MBOSを安易に転用した評価システムは、下手をすれば、会社を潰すことになりかねない。

筆者はそんな危惧さえ抱いている。

なぜ、会社が潰れるのか。

みんながやさしい目標を作るからだ。

働く人々は、人事評価の怖さを嫌というほど知っている。

低い評価を受ければ、不利な処遇が待っていて、賃金ダウンは当たり前。

最悪は降格人事も覚悟しなければならない。

そこで、できるだけ達成しやすい目標で、達成度を稼ごうとする。

やさしさを見破られないように、やさしい目標を難しく見せる技術も覚える。

営業は隠し玉を用意する。

間接部門は目標難易度の誇張合戦を展開する。

そんな輩は邪道者!と言いたくもなるが、それが普通の人間の性であり、そう簡単には止められない。

その結果、どうなるか。

全員が目標を達成したが、売上は低迷し、赤字幅が拡大する。

何ともおかしな状況の出現だが、実際にあった話である。

また、難しく見せる技術に長けた人が人事評価で得をして、本当の困難にチャレンジした人が割を食う。

人事評価の信頼性も地に落ちる。

もしも、そんな状態が続くなら、働く人の心は荒廃し、確実に会社は衰退に向かうだろう。

制度の不備は現場の運用努力で補うこうした事態を防ぐために、どうするか。

もうすでに、MBOSを曲解した人事評価制度が導入されている企業では、何らかの応急措置が必要だ。

筆者が行うミドル向けの研修では、しばしば、悩ましい質問が飛んでくる。

「わが社の賞与査定は、〝期初目標の難易度達成度=貢献ポイント〟という決め方であり、部下が達成しやすい目標しか作らない。

どうすればいいんでしょうか」そうした質問に、「根本的な解決策は、会社の人事評価制度を変えることだと思います」と答えると、質問者の顔つきがみるみる仏頂面に変化する。

質問をはぐらかされたような気持ちになるのだろう。

少し間を置き、「制度を変えるのは無理でも、当面策なら可能では?」と逆質問を試みる。

それに対して、「この講師はいったい何が言いたいんだ、早く答えを教えてくれ」といった視線も感じるが、現場の責任者として何ができるのか、もう少ししっかりと自分自身に問うてほしいから聞くのである。

どんな策でも、当事者意識を持って徹底的に考え抜いたものでなければ、すぐに実行パワーが陰りを見せる。

そういう思いも込めて、「どんな当面策が打てるのか、グループごとに話し合ってみませんか」と提案するのである。

グループメンバーによりけりだが、みんなで話し合うと知恵が出るし、成功事例も共有できる。

「人事評価のための目標とは別枠で、本当に達成したいと願う職場目標と個人目標を設定すればよい。

一人ひとりの言い分をメンバー同士が理解して、各人の力量に見合った目標を合意する。

合意のためには、一対一の個人面接よりも〝目標設定ミーティング〟が有効だ」「目標達成プロセスでは、お互いが知恵を貸したり貸されたり、チームワークで職場目標も個人目標も追いかける。

そうすれば、職場の一体感が高まって、雰囲気も明るくなる。

うちでは、すでにやっているよ」これらはみな、研修のグループ討議で出された受講者の体験談やアイデアだ。

会社の制度上の不備や不手際は、現場の運用努力で補うこと。

若干、二重帳簿のような後ろめたさも感じるが、そうしなければ業績は向上しないし働きがいも得られない。

現場を取り仕切るのは職場のリーダーの役割だ。

このようなリーダーの使命感と前向きな努力を、筆者は支持したい。

こうした二重帳簿的行動はリーダーの「やり過ごし」の一種であり、組織運営上の知恵である。

学者たちの研究でも、その効用は説かれている。

リーダークラスの約6割程度の人たちがやり過ごしの体験を持っているそうだ(『できる社員は「やり過ごす」』/高橋伸夫/日経ビジネス人文庫版/日本経済新聞社/2002年)。

だから、後ろめたさなど持つ必要は微塵もない。

業績を上げ、同時に働きがいを高めるために、また本当にチャレンジした人が報われるためにも、体を張って運用努力をしてほしい。

それでも成果主義は必要だここまで、MBOSの人事評価への転用の問題点と対処方法について述べてきた。

しかし、それは成果主義そのものの否定では断じてない。

MBOSを安易に人事評価にすり替えて、「〇〇という目標を達成すれば1000万円の給料を保証する」というような、学者たちの研究でも否定的な見解が示されている方法で、働く人々のヤル気を高めようとする勘違いを否定しているのである(たとえば、『日本の不平等―格差社会の幻想と未来』/大竹文雄/日本経済新聞社/2005年)。

あるいは、MBOSの目標達成度をそのまま機械的に貢献度の序列づけにつなげようとする強引さ。

さらには、結果的にもたらされるMBOSに対する誤解と嫌悪感。

それらが問題なのだ。

ドラッカーも指摘しているように、組織の焦点は成果に合わさなければならない(『マネジメント[中]課題、責任、実践』/ダイヤモンド社/2008年)。

だから、経営成果を真剣に追い求めようとする成果主義は積極的に肯定する。

人事評価制度も、仕事の成果の盛り込みが必須要件と考える。

当然、MBOSの目標も、成果を意識した目標になっていなければ意味がない。

ただし、条件がある。

成果とは何か?条件とは、成果の定義をきちんとすることだ。

固定観念や世間の常識をいったんリセットし、白紙の状態で「自分の仕事の成果とは何か?」について、職場の一人ひとりがとことん考える。

考えた内容を持ち寄って、みんなで議論する。

最終的には、リーダーとだけでなく、一緒に働くチームメンバー全員のコンセンサスを取り付ける。

関連部署とも合意する。

そういう作業が必要だ。

たとえば、「営業の成果は売上目標の達成だ」という考え方が世間の常識になっている。

果たして本当にそうなのか。

営業部隊は売上に全責任を持てるのか。

営業が創り出すべき付加価値は何なのか。

等々を営業関係者のみならず、組織ぐるみで真剣に考えてみることだ。

そうすれば、「〝顧客が気づいていない顧客満足〟を創り出し、〝顧客に提供すること〟が、営業マンの仕事の成果である」という定義が成立するかもしれない。

場合によっては、成果の一歩手前にある「顧客満足の創造に向けた試行錯誤」も成果の一部に組み込むことが議論され、合意されるかもしれない。

その結果、従来とは一味違う営業活動の展開が可能になる。

このように、成果の定義の明確化は、目標や仕事のあり方に、より深いレベルで揺さぶりをかけ、当事者がなすべき仕事の本質の炙り出しを促進する。

そういう作業を伴った成果の追求が、筆者の考える成果主義である。

教訓の活用成果の定義が曖昧なまま、成果主義を振り回せば、ノルマ管理か、はたまた言葉遊びの世界が待っている。

そんないい加減な成果主義とMBOSとの強引な結合は、MBOSを人事評価制度のツールに貶めるだけであり、業績向上や働きがいの醸成は望めない。

人事評価に対する信頼感や納得感も薄れてしまうだろう。

これは筆者の妄想でも思い込みでもない。

過去の成功事例や失敗経験が教えてくれる教訓である。

富士通(株)などの成果主義を標榜した、先駆的な企業の果敢なチャレンジは、いくつかの教訓を生み出した。

教訓は、人事評価やMBOSのあるべき姿のより深い検討を可能にしてくれる。

先駆的企業の情報提供に感謝すると同時に、教訓の積極的活用を多くの企業に勧めたい。

第1章のまとめMBOS(本当の目標管理)と人事評価とは、本来、まったくの別物だ。

・MBOSとは、「目標」を上手に使って、働く人々のヤル気を引き出すマネジメント法。

・人事評価は「従業員の会社への貢献度」の測定作業である。

ところが現実は、MBOSが人事評価の代用システムとして使われて、さまざまな弊害が起きている。

・働く人々の頭の中は評価のことでいっぱいで、評価のための目標を設定する。

・そればかりか、「やさしい目標で達成度を稼ぐ」などの悪しき風潮も出現する。

対策は根本策と当面策の2つがある。

・根本策は人事制度の再構築(経営トップ層と人事部門の主管)。

・当面策は現場の運用努力。

リーダーは、当面策として、自分たちにできるMBOSを考えて実践すること。

・たとえば、人事評価のための目標とは別に、職場のみんなで話し合い、本当に達成したいと願う職場目標と個人目標を設定する。

筆者は、成果主義そのものを否定しているわけではない。

むしろ成果主義は必要だと考える。

・ただし、「成果とは何か」について話し合い、合意するのが条件である

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