この作品は、2022年2月に東洋経済新報社より刊行された書籍に基づいて制作しています。
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序章
セレンディピティ:世界を動かす隠れた力
自分が成功したのは特別優秀だったからだと信じて疑わない人に会うと、いつも面食らってしまう。
常々いっているとおり、私自身努力したし、それなりに才能もあったとは思うが、世の中には努力家で才能もある人はごまんといる。
そこには偶然性、セレンディピティという要素も働いていた。
この星くずのようなきらめきを、他の人々にもふりかけてあげる手立てを何とか見つけられないものだろうか──第44代アメリカ合衆国大統領バラク・オバマ
自分の運命を決めるのは自分だと、誰もが思いたがっている。未来をコントロールしたい、胸に抱く目標や野心を遂げる方法を知りたいと願っている。要するに、人は計画を立てたいのだ。
この「未来を緻密に計画したい」という、人間が生まれ持ったような願望は、現代社会のあらゆる側面に表れている。組織も政府も個人も、自らの立てた計画、戦略、目的に沿って動いている。
目覚まし時計を設定するといったレベルから国政選挙の方法に至るまで、ルーチン、ルール、プロセスを定め、すべてを計画どおりに遂行しようとする。
だが、私たちは本当に人生をコントロールできているだろうか。
どれだけ計画を立て、モデルや戦略をつくったとしても、そこには常に「予想外」という別の要素が絡んでくる。
予想もしていなかった出来事、偶然の出会い、一見奇妙な巡り合わせといったものは、人生における余興や雑音などではない。
むしろ予想外は決定的要因として、私たちの人生と未来に大きな違いを生じさせることも多い。
幸運は備えのある者に訪れる
あなたが既婚者なら、相手と出会ったのは「偶然」だろうか。
新しい仕事や住まいを見つけたのも、未来の共同創業者や出資者と出会ったのも、また「偶然」だろうか。
手近にあった雑誌を開いてみたら、抱えていた問題を解決するのに必要な情報が「たまたま」載っていたのだろうか。
大小さまざまなそうした出来事が、あなたの人生をどう変えただろう。すべてが事前の計画どおりにいっていたら、人生の展開はどう変わっていただろうか。予想外の要因がどう転ぶかによって、戦争の勝敗、企業の盛衰、愛の行方が変わったりする。
事業の成功、愛、喜び、信仰など、あなたが人生に求めるものが何であれ、そこには必ず偶然の出会いがある。
スポーツジムで誰かとばったり出会うといったごくありふれた出来事によって人生が変わることもある。科学的研究という厳格な世界においてさえ、予想外は(ほぼ)常に起きている。
重大な科学的発見の30~50%程度は、意図せざる偶然の結果生まれていることが研究によって示されている。
ある薬品がこぼれて別の薬品と混ざる、汚れたペトリ皿で細胞同士が結合する、あるいはたまたま顔を合わせた専門家同士の何気ない会話から新たなひらめきが生まれる、といった具合に。
個人にとっても組織にとっても、最高のチャンスはセレンディピティがもたらすことが多い★1。
では成功は「運だけで」決まるのか。成功するか失敗するかは、私たち自身の行動とは無関係な偶然の産物なのか。それも違うことを、私たちは直感的にわかっている。
人生において重要な転機や人生を変えるようなチャンスは偶然訪れるように見えるが、他の人よりもそれが頻繁に巡ってくる人、そして結果的により多くの成功や喜びをつかむ人というのはたしかにいる。
これは今に始まったことではない。
生化学者のルイ・パスツールは、幸運は備えある者に訪れると考えていた。
軍の指導者として頭角を現し、のちに皇帝となったナポレオン・ボナパルトは、部下にするには善良な司令官よりも幸運な司令官のほうがいい、と語っていた。
古代ローマの文筆家で政治家であったセネカは、幸運は準備と好機が重なったときに生まれるという言葉を残している。
共通するのは、偶然は非常に重要な要素ではあるものの、人生は完全な運だけで決まるものではない、という考えだ。
英語の「fortune」という言葉には、幸運と成功の両方の意味が含まれている。
「運は自ら切り拓くもの」「機を見るに敏」といった慣用句も、人生における成功を左右するのは純粋な運と努力の相互作用、すなわち両者の「シンセシス(統合)」である、という考えを映している。
これはどういうことだろう。
好ましい偶然が他の人よりも頻繁に起こるように、それにふさわしい状況を自ら生み出せる人がいるのだろうか。
そうした瞬間を発見し、つかみ、好ましい成果につなげる能力が高いのだろうか。
今の教育制度や働き方、生き方は、人生において最も重要なスキル、すなわち予想外の事態に対処し、「スマートラック(賢くたぐり寄せた幸運)」を生み出すのに役立つのだろうか。
セレンディピティの定義
本書のテーマは、偶然と人間の志や想像力の相互作用、すなわち「セレンディピティ」だ。
セレンディピティを定義すると「予想外の事態での積極的な判断がもたらした、思いがけない幸運な結果」となる。
セレンディピティは世界を動かす隠れた力であり、日々のささやかな出来事から人生を変えるような事件、さらには世界を変えるような画期的発明の背後に常に潜んでいる。
しかし本書に登場する人々のように、この隠れた力の謎を解き、予想外を成功やプラスの力に転換するためのマインドセット(心構え)を身につけている人はごくわずかだ。
セレンディピティが単に私たちの身にふりかかる偶然ではなく、実は点と点を見つけ、つないでいくプロセスだと理解すると、他の人には越えがたい断絶しか見えないところに橋が見えてくる★2。
するとセレンディピティが身のまわりで次々と起こるようになる。この変化が起こると、予想外はもはや脅威ではなくなる。喜び、驚き、生きる意味の源泉となり、成功し続ける原動力となる。
爬虫類脳のもたらす闘争・逃走反応で動いてきた世界は、今や恐怖を煽るポピュリズムや不確実性に支配されている。
これまで慣れ親しんできたマインドセットや常識を当てはめようとしてもうまくいかない。
「セレンディピティ・マインドセット」とセレンディピティに適した状況を生み出す能力は、私たちや子供世代、そしてさまざまな組織にとって欠かせないライフスキルとなった。
想像してみてほしい。恐怖や欠乏や嫉妬ではなく、好奇心、機会、連帯感に満ちた世界を。気候変動や社会格差といった途方もない課題に、私たちが大胆かつ実効性のある解決策で立ち向かう姿を。変化の激しいこの時代に生まれる新たな問題の多くはあまりに複雑で、未来は予想外に左右される部分が大きくなる。
つまりセレンディピティ・マインドセットを身につけることは、個人にとって胸躍る対象を見つけ、生きがいを感じる契機となるだけでなく、人類にとって必要な進化なのだ。
セレンディピティへの関心は高く、何百万というウェブサイトが話題にしている。世界的な成功者にも、セレンディピティを成功の秘訣に挙げる人が多い★3。
だが自らの人生においてセレンディピティが生まれる状況を整えるための、具体的かつ科学的方法については驚くほど知られていない。
また世界各地の異なるコンテクスト(状況、背景)において、それがどう変わるのかもほとんどわかっていない。
各分野の最新研究の成果
そうした知識の欠落を埋めるのが本書だ。
セレンディピティが生まれるメカニズムを解明する
科学的研究と、世界各地で自分と周囲のためにセレンディピティを起こした人々の事例をもとに、みなさんの人生において幸運なサプライズがもっと頻繁に起こるようにする、そしてそこからより良い結果を得られるようにするための理論的枠組みとトレーニングを提供する。
これはセレンディピティを能動的なものととらえる、いわば「スマートラック」の発想で、(金持ちの家に生まれるなど)努力とは無関係に訪れる「純粋な」幸運や運任せの姿勢とはまったく違う。
たとえ予測するのは不可能でも、自分や周囲の人々の未来を自ら創造していきたいと思う人には、本書は大いに役立つだろう。
幸運な(そして不運な)偶然を疑似的に生み出すことはできないが、どうすればそれを起こりやすくし、活用し、持続させることができるかを総合的に見ていく。
セレンディピティ・マインドセットを身につけ、セレンディピティにふさわしい状況を生み出すための包括的な科学的方法論と理論的枠組みをまとめた初めての本だ。
セレンディピティ・マインドセットは圧倒的な成功と幸福を手にした人々が、有意義に生きるための支えとしてきた人生哲学であると同時に、私たち1人ひとりが身につけることのできる実践的能力でもある。
本書の土台となっているのは、私が「セレンディピター」と呼ぶ人々と交わした会話、そして私自身の研究者、ビジネスコンサルタント、大学教員、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の「イノベーションラボ」とニューヨーク大学(NYU)の「グローバル・エコノミー・プログラム」の共同ディレクターとしての10年に及ぶ活動、そして15年間にわたって自らの人生においてセレンディピティと向き合ってきた経験だ。
20カ国以上で活動する優秀な若者たちのコミュニティ「サンドボックス・ネットワーク」、影響力の大きい企業経営者や政治家のグローバル組織「リーダーズ・オン・パーパス」の共同創設者としての活動においても、セレンディピティは常に中心的テーマだった。
中国を代表する企業から世界中の小さなコミュニティ組織に至るまで、多種多様な組織のアドバイザーを務めるなかで、さまざまな人々と出会い、さまざまな状況や場面でセレンディピティを目撃する機会にも恵まれた。
モスクワからメキシコシティまで多様な環境で暮らした経験から学んだ、コンテクストの及ぼす微妙な影響についても本書で詳しく見ていく。
本書は私自身がLSE、ハーバード大学、世界経済フォーラム、ストラスモア・ビジネススクール、世界銀行の同僚と行った研究に加えて、神経科学、心理学、経営学、芸術、物理学、化学における最新の研究の成果も活用している。
数百本の学術論文、世界各地の多様な人々との200件以上のインタビューや会話ももとにしている。さまざまな職業や社会的地位にある人々から直接聞いた魅力的な体験談も盛り込んでいる。
たとえば薬物依存症から立ち直り、今は南アフリカのケープタウンの貧困地域ケープフラッツで教師となっている人もいれば、ニューヨークの映画監督、ケニアの起業家、ロンドンのウエイター、ヒューストンの学生、さらには輝かしい成功を収めた世界的経営者もいる★4。
1人ひとりが予想外の事態を受け入れ、活かしていった状況は異なるが、これから見ていくとおりそこには非常に似通ったパターンがある。
私が運命と「衝突」した日
今でこそ多様な視点からセレンディピティについて語れるようになったが、私がそもそもセレンディピティについて考えるようになったきっかけは、若者特有の傲慢さと不運が重なって起きた事故だった。
18歳のとき、私は止まっている車列に時速80キロで突っ込んだ。幸い命拾いしたものの、ぶつかった車も私の運転していた車もめちゃめちゃになった。
それまで臨死体験の話など信じていなかったが、衝突の直前、制御不能になってスピンする車のなかで、自分は何もできない、ここで死ぬんだと思った瞬間、たしかにそれまでの人生が走馬灯のように浮かんだ。
それからの数日、私の心にはさまざまな疑問が湧いてきた。
「僕が死んでいたら、葬式には誰が来ただろう」「本当に悲しんだのは誰だろう」「人生って、本当に生きる意味があるのか」と。
それまで自分が、人生の一番重要な部分をなおざりにしてきたことに気づいた。
長続きする深い人間関係を大切にする、自分で誇りを持てるような、社会に役立つ有意義なことをするといったことだ。
間一髪で死を免れたので、死んでいたら失われたはずの機会について考えずにはいられなかった。
会えたはずの人々。
実現できたはずのアイデアや夢。自分の身に起きたはずの幸運な出来事や出会い。こうして人生の本当の意味を探す旅が始まった。私はドイツ南部の古都ハイデルベルクで育った。
文句なしに美しいが、人生という冒険に乗り出そうとしているティーンエイジャーにはやや退屈な街だ。物心ついたときから、ずっとここは自分の居場所ではないという感覚があった。
私の家族は何度も引っ越しをしたので、幼稚園でも学校でもたびたび転校生になった。サッカークラブでも新参者扱い。
当時は肌荒れがひどかったことも、疎外感をさらに強めていた。そんな私の逃避先になったのが、16歳で働き始めたコーヒーショップだ。そこでようやく仲間を見つけられた気がした。
ウエイターとして働くなかで人間の行動について、そして集団の力学について多くを学んだ。
人は「ただのウエイター」とみなした相手をどう扱うのか。
朝8時から夜9時までロクに休憩もなく肉体労働をするといくら稼げるのか。
オーナーは起業家だったので、まもなく私はさまざまなプロジェクトを手伝うようになった。輸入Tシャツの販売もすれば、18歳で免許を取るとすぐにお菓子のデリバリーも任された。
同じ頃には市場調査会社でアルバイトも始めた。
ハイデルベルクのメーンストリートで通行人をつかまえては、好んで買うソーセージのサイズやその理由、価格が安ければパストラミの代わりにサラミを買うかなど、質問を浴びせた。
10代の頃の私にはありあまるほどのエネルギーがあったが、それを何に振り向けるべきか、まるで見当がつかなかった。
それを発散するため、とにかくワクワクできることを求めてあれこれ無茶をした。
左翼の活動家グループとつるんだかと思えば(レゲエバンドの追っかけもやった)、ナイトクラブで遊び歩くなど両極端な行動をしたり、アルバイトで稼いだお金で株式投資を始めたりした(両親は最初渋ったものの、結局銀行に未成年口座を開く許可をくれた。反抗期の私に冷静かつ寛容に接してくれた両親には今でも頭が下がる)。
学校では教室にいるより、地下で株取引の電話をかけている時間のほうが長くなった。こうしてまったく違う世界に出入りするのは楽しかったが、心から満たされることはなかった。
当然これだけ手を広げていれば学業はおろそかになる。本当にひどい学生で、クラスの下位5%として上位95%を支えていた。
1年留年した末に、「他校に移る機会」をオファーされた。要は退学になったのだ。幸い転校先は私のような問題児にも寛容だった。
18歳になると初めての車を手に入れた。夢中になった私はイケイケで自信過剰な姿勢を運転にも持ち込んだ。
1週間の駐車違反と通学途上でひっくり返したゴミ箱の数では、街の新記録をつくったと思う。私は自分の人生と運命を完全にコントロールしている気になっていた。
そしてある日、ついに見えない一線を越えてしまった。交通事故は私の自信と万能感を粉々に打ち砕いた。
あのうららかな日、2人の友人とハイデルベルクの川べりの公園で遊んでいたときの高揚感は、一瞬にして自分がやってしまったことへのショックと死なずに済んだ安堵感に変わった。
私たちは食べ物を買いにいくところだった。2台の車に分乗し、私は友人の車を追い越そうとしていた。
追い抜きざまに振り向いたとき、友人が必死にこちらに手を振って、道路中央の分離帯に気づかせようとしていた姿が目に焼きついている。
あのときの記憶は今も鮮明だ。分離帯に突っ込むのを避けようと思い切りハンドルを切ったところ、車は2~3回転しながら駐車していた車の列に突っ込んでいったのだ。
私の命を救ったのは、愛車ボルボの二重ドアだ。助手席側は完全に潰れていた。後になって、あの角度で衝突していなければたぶん死んでいたと言われた。
3人目の友人は私の車に乗ろうとしていたが、上着をもう1台の車に残してきたことに気づき、最後の最後に乗り換えた。
そうしていなければ私の車の助手席に座っていただろう。自分がまだ歩けることに驚きながら、よろよろと車から出たのを覚えている。何が起きたのかわからないまま、友人たちと一言二言、言葉を交わした。
警察に何と言えばいいのだろう。親には?警察の到着を待つ間、私はめまいと疲労で運転席に座り込んだ。
やってきた警察官はめちゃめちゃになった現場を調べ、私がかすり傷を負っただけで生きていることに驚いていた。
その晩は家に帰る気になれず、ほろ苦い気持ちでハイデルベルクの街を歩き回った。何とか生き延びたものの、頭のなかではいろいろな思いが渦巻いていた。
僕が死んでいたら、家族は生き地獄に陥ったはずだ。友人が僕の車に乗っていたら間違いなく死んでいただろう。何であんなことになったんだ。どうして自分はあんな事故を起こしたんだろう──。
「死ほど生きる意欲をかきたてるものはない」という格言が、初めて腑に落ちた。
死に直面すると、銀行に預金がいくらあるか、自宅ガレージに車が何台あるか、前の晩にナイトクラブでどんなバカ騒ぎをしたかなど、どうでも良くなる。
いずれも意味を失い、人生において本当に大切なことは何なのか、理解したいという気持ちが湧いてくる。みなさんも同じような経験をしたことがあるかもしれない。
突然あるいはじわじわと、あなたのモノの見方を変えるような屈曲点はなかっただろうか。それは断ち切らなければならなかった悪しき人間関係、病気、あるいは辞めたくてたまらなかった仕事かもしれない。
あの事故は私にとって人生を立て直すきっかけとなり、人生に方向性を与えてくれた。何十もの大学に願書を送った(お粗末な成績のため、40校以上出願して合格できたのは4校だけだった)。
持てるエネルギーをすべて学業、人間関係、仕事に注ぎ込んだ。そして誰もが有意義な人生を送れるようサポートするコミュニティや組織の共同創設者となった。こうした活動もまさにセレンディピティというべき出会いから生まれた。
自分が積極的に動くほど、自分や他の人々の人生のパターンに気づくようになった。それはのちに研究を始めてからも同じだった。
LSEでの研究でわかったこと
2009年にLSEで博士課程の研究を始めたとき、それは人生におけるセレンディピティの探究とはあまり関係のないものになると思っていた。
研究テーマは、個人や組織が成長し、社会的影響力や存在意義を高めていく方法についてであり、一見セレンディピティとはまったくかかわりがなさそうだった。
だがそれは嬉しい誤算で、セレンディピティは至るところに顔を出した。
誰よりも成功し、誰よりも幸せそうな人をインタビューすると、その多くは本能的に「セレンディピティ・フィールド」とでもいうべきフォースフィールド(力場)を生み出していた。
彼らが人生において、同じような条件でスタートした人々より好ましい成果を手に入れている原因はそこにあるようだった。
そうした経験を踏まえて、(今回は過去を振り返って)点と点を結びつけ、自分の人生の流れや情熱を注いできた研究テーマをまとめてみようと考えた。
自分の人生哲学と、学校では学べなかった人生の本質を包含するような本を書こう、と。
今、私が何より幸せを感じるのは、2つのアイデアあるいは2つの人格が思いがけず出会ったときに飛び散る火花、つまりセレンディピティの喜びを目の当たりにしたときだ。
セレンディピティは私たちが内に秘めた本当の可能性を解き放つ手段であり、さまざまなペルソナ(人格)を獲得してさまざまな人生を歩むことのできるこの世界で、自分に何ができるか探究する手段でもある。
あらゆる人が「最高の自分」を見つけられるようにすること──。それがセレンディピティを生み出す最大の目的だ。
予測できない世界で幸せになる方法
本書の目的は「予想外」に対してオープンな姿勢を身につけることだ。
予想外への備えをして、先入観を排除すれば、(幸運か悪運かにかかわらず)運に振り回されなくなる。運は育み、方向性を与え、人生のツールとして活用できるものだ。
セレンディピティの科学において、運はつかめるもの、コーチングできるもの、そして生み出すことのできるものだ★5。
つまり学問や技能の教育研修プログラムを見直すことで、多くの人にセレンディピティのプロセスに自ら影響を及ぼし、使いこなす力を与えることができる。
そのためにはセレンディピティを阻む壁を取り除かなければならない。壁は思考プロセスや日々の生活や職場のなかにある。
現実にはこうした壁が存在すること、それが情熱を潰してしまうことを、誰もが直感的にわかっている。
無意味な会議、読み切れないほどのメール、書かなければいけない、あるいは読まなければいけない退屈な文書などだ。
ただ壁を取り除くのと同じくらい重要なのが、自らのスキルや入手できるリソースを活かし、予想もしなかった発見を本当に価値のある成果に変えていくマインドセットを身につけることだ。
これは特定の能力を習得するといった話ではない。常に変化する能力を養うことだ。
ただ受動的に運を受け入れる姿勢から、自ら積極的にスマートラックを生み出す主体に変わること、予想外の変化を成功のチャンスにする心構えを持つこと、そして意味と喜びを見つけることが重要だ。
その次のステップは、セレンディピティを育み、機会や価値を生み出すのに活用できるような状況を家庭内、コミュニティ、組織のなかにつくることだ。
それによって、いずれどうにかしてつながるかもしれない点と点が無数に存在するセレンディピティ・フィールドを生み出し、活かせるようになる。
本書はセレンディピティを理解し、生み出し、育むための方法を順を追って見ていく。
また誰もが疑問に思っていること、つまりセレンディピティは本来ランダムなものなのに、どうやってそれに影響を及ぼすのかという問いにも答えていく。
今この時代に成功し、幸福になるために重要なのは、すべてを緻密に計画しようとすることではない。
明日何が起きるかすら予測できない世界において私たちにできるのは、予想外の状況を受け入れ、人生の巡り合わせを最大限活かすことぐらいだ。
本書は私たちにコントロールできること、具体的には自分とまわりの人のためにセレンディピティを育む方法を考察していく。
人間の可能性を解き放つこの強力なメカニズムは、幸運は備えある者に訪れるというだけでなく、人生における好ましい偶然を増やし、育み、活用するための(科学的に裏づけられた)方法があることの証と言える。
人生やビジネスにおける巡り合わせ、幸運、偶然といったものの重要性を完全に否定することはできないが、本書はみなさんがそれをコントロール不可能な要因から、自分のため、あるいは社会のために活用できるツールへと変えるお手伝いをしていく。
それを通じてみなさんは至るところでセレンディピティを発見し、また自ら生み出していくようになるだろう。
もちろん私たちはみな忙しい。人生を一気に根本から変えるような時間がある人はまずいない。
このため本書では、日々の生活に直接変化をもたらし、より有意義で幸せで、刺激と成功に満ちた生活を送るのに役立つような、ささやかだが即効性のあるノウハウをふんだんに紹介していく。
★1Denrelletal.,2003;DunbarandFugelsang,2005.
★2Burt,2004;DeRondandMorley,2010.セレンディピティは特定の性質あるいはプロセスとして理解されてきた(McCayPeetandToms,2018)。
セレンディピティにおいて重要なのは、何の共通点もないが、有意義な関連性のある発見を「組み合わせる」ことであるため、それを「ブラインドラック(単なる幸運)」ととらえるのは誤りに思える(DeRond,2014)。
何かを発見することは偶然かもしれないが、そこからセレンディピティを生み出すのは偶然への反応や観察者の賢明さだ。私が「ブラインドラック」の対義語として「スマートラック(賢くたぐり寄せた幸運)」という言葉を使うのはこのためだ。
★3DeRondandMorley,2010;Gyori,GyoriandKazakova,2019.
★4私は「セレンディピティ」「偶然」「幸運」「外適応」といった用語を検索して文献レビューを行い、さらにスノーボール式アプローチによって文献を追加していった(Flick,2009)。
有意義な関連性のありそうな文献に集中し、それを観察、記録情報、インタビューによって補完した。
インタビューや観察を実施する際には、出現するパターンに注目し、新たに得られた洞察を複数のテーマにまとめていった(以下を参照Flick,2009;Yin,2003)。
本書では私が行った多数の研究プロジェクト、近年の論文や研究を統合している。
ここには私が同僚のクリスタ・ジョリ、リース・シャープ、マヤ・ブラーマン、タチアナ・カザコバと、BMW、ハイアール、マスターカード、ペイパル、フィリップスなどの世界の有力企業31社のCEOにインタビューを行った「リーダーズ・オン・パーパス」の研究も含まれている(以下も参照。
Busch,2019;Gyorietal.,2018;KazakovaandGyori,2019;Sharp,2019)。
他のプロジェクトにおいても水面下のパターンを発見するため、同じようなロジックに従った。
このような多様なデータ収集の取り組みを、私自身のセレンディピティを育んできた15年の経験や世界中の魅力的な人々との会話によって補強した。
★5Brown,2005;DeRond,2014;NapierandVuong,2013.
セレンディピティの定義
第1章単なる幸運とセレンディピティの違い
人間のプライドをいたく傷つけるかもしれないが、文明の進歩、あるいはその維持さえも、偶然の起きる機会がどれだけあるかにかかっていることは認めざるを得ない──1974年のノーベル経済学賞受賞者、フリードリッヒ・ハイエク『自由の条件』
セレンディピティ小史
そのむかし、セレンディップ(古代ペルシャ語でスリランカを指す)を治めていたジャファー王は、3人の息子が恵まれた環境で過保護に育ち、国の統治者となる備えができていないのではないかと不安を抱いた。
そこで人生の大切な教訓を学ばせるため、3人を旅に出した。旅の途中で3人の王子は、ラクダを失った商人と出会う。
道中で観察したことをもとに、3人は見たことのないラクダの様子を事細かに語ったため、商人は3人がラクダを盗んだに違いないと考える。
皇帝の前に引き出された3人は、見たことのないラクダの様子をなぜそれほど詳しく描写できるのか、と尋問される。
そこで王子たちはこう説明する。
ラクダの足が悪いことがわかったのは、3本の足跡があり、4本目は引きずった跡があったためである。
片側にはバターを、反対側には蜂蜜を運んでいたのがわかったのは、道の片側にはバターに引き寄せられたハエが、反対側には蜂蜜に引き寄せられたアリがいたからだ、と。
結局ラクダを見つけたという別の旅人が名乗り出て、3人の王子の容疑は晴れる。現場の様子を観察したとき、王子たちはラクダが行方不明であることは知らなかった。だがその事実を知ると、それまでに観察した情報と結びつけた。
つまり点と点を結びつけたのである。
1754年、イギリスの作家で政治家のホレス・ウォルポールが友人への手紙のなかで、ある予想外の発見を3人の王子の物語になぞらえた。
王子たちが「偶然と賢さによって、探してもいなかったものを次々と発見する様子」を「セレンディピティ」と表現したのだ。
こうして誕生したセレンディピティという言葉は、単なる「幸運」の意味で使われることもあるが、ウォルポールがそこにもっと深い意味を込めていたことは明白だ。
セレンディピティには他にもさまざまな定義があるが、その多くは偶然と人間の行動が絡み合い、(通常は)好ましい結果につながることと定義しており、本書もその意味で使っている★1。
このように人間の行動に注目することで、自らの意思でセレンディピティの生まれやすい場「セレンディピティ・フィールド」を生み出す方法が理解できる。
セレンディピティはそもそもコントロールできるものではないし、もちろん予測などできない。ただセレンディピティが起こりやすい状況を生み出すことはできる。
また大きな変化につながる可能性を秘めた偶然が起きたとき、それを認識し、両手でしっかりつかむための具体的かつ実践可能な方法は存在する。
セレンディピティをたぐりよせるカギは、他の人には見えないものを見ること、思ってもいなかった事実を発見し、それを機会に変えることだ。
それには一見無関係のアイデアや出来事がぶつかり、新たなパターンが生まれる瞬間をとらえ、活用しようとする意識的努力が必要だ。簡単に言えば、点と点を結びつける努力である。
火山の噴火から世界チャンピオンまで
2010年4月のある晴れた土曜日。発音するのさえ難しいアイスランドの火山(エイヤフィヤトラヨークトル)の名が突然世に知られるようになった。
噴火による火山灰雲のせいで、ヨーロッパ中で何千便というフライトが欠航になったからだ。その日の午前中に、私の電話に見知らぬ番号から着信があった。
相手はまったく知らない人物だったが、自信に満ちた口調で話し始めた。
「こんにちは、クリスチャン。お会いしたことはないけれど、共通の知人からあなたの番号をもらったんです。ちょっとお願いしたいことがありまして」。
前の晩遅くまで外出していて、遅めの朝食をとっていた私はまだ少し眠たかったが、それでも相手の話に興味を引かれた。
「なるほど。ぜひ、もっと詳しく聞かせてください」と私は答えた。こうして私は起業家でブロガーのナサニエル・ホイッテモアと出会った。
噴火で南カリフォルニアへのフライトがキャンセルされ、毎年オックスフォード大学で社会起業家や思想的リーダーを集めて開催される「スコール・ワールド・フォーラム」の他の参加者とともにロンドンに足止めされてしまった、とナサニエルは説明した。
参加者の多くはロンドンにあまり知り合いがおらず、スケジュールは真っ白だという。
「だから全員が参加するイベントを企画して、この状況を最大限活かしたらどうだろう?」。
すでに同じような内容のメールを、数年前にわずかな時間会ったきりのTEDのチーム★2にも送ったという。
それから36時間も経たないうちに、ナサニエルは史上初の(そしておそらく最後の)「TEDxボルケーノ」カンファレンスを主催した。
人気のTEDカンファレンスが自然な流れのなかで開催された格好だ。
まったく予算もなく、ロンドンにほとんど知り合いもいなく、しかも週末の間に、ナサニエルは困難な状況をすばらしいイベントに転換してしまった。
参加者は200人を超え、ウェイティングリストには数百人が名を連ねる盛況ぶりで、イーベイの初代社長ジェフリー・スコールなどがスピーカーとして登壇した。
録画されたライブストリームは1万人以上が視聴した。
このすばらしい偉業を目の当たりにして、私は2つの疑問を抱いた。
①ナサニエルはどうやってこれだけのことをやってのけたのか、②私たちはそこから何を学べるか、だ。
誰の身にも起こり得ることだが、ナサニエルも人生においてランダムで予想外の事態に直面した。
このケースでは思いがけずロンドンで、何も予定のない時間を過ごすことになった。
ただナサニエルは持ち前の洞察力、さらには感性、クリエイティビティ、エネルギーを活かし、それをポジティブな経験に変えてしまった。
たいていの人はこのような状況に置かれても、セレンディピティを引き起こす可能性に気づかない。
ナサニエルはとびきり優秀な大勢の人がロンドンに足止めされているというだけでなく、彼らの経験をTEDという舞台で語らせたらおもしろいのではないかと気づいた。
そしてふつうの人ならリソースがないことに尻込みしてしまうところを、情熱と交渉力を駆使してロンドンのコワーキングオフィスにイベントのスペースを提供してもらい、私が共同創設者となったイノベーション・コミュニティ「サンドボックス」を通じてボランティアを募り、さらにはグーグル・ドットオルグ(グーグルの慈善事業)の元エグゼクティブディレクターであるラリー・ブリリアントをはじめ一流の人材にスピーチを引き受けてもらった。
ナサニエルの点と点を結びつける能力は、たった1日半の間にそれまでほとんどツテのなかった街ですばらしいイベントをプロデュースすることを可能にした。
この話にはまだ続きがあるのだが(詳しくは本書の後半で)、ここで重要なのは、このような機会は私たちが考える以上に頻繁に生じているということだ。
ドイツの組織心理学者、ニコ・ローゼ博士の例も見てみよう。
2018年に出張でボストンのホテルに宿泊していたとき、ホテル内のスポーツジムで元ボクシング世界ヘビー級チャンピオンのウラジミール・クリチコとはちあわせした。
時差ボケ解消のために向かったジムだったが、寝ぼけまなこに朦朧とした頭でも、憧れのチャンピオンにはすぐに気づいた。
クリチコのトレーニング・ルーチンの邪魔をせずに一緒に写真を撮ってもらう機会があるかもしれないと、急いで部屋にスマホを取りに帰った。
そして絶好の機会がやってきた。クリチコのマネージャーがジムにやってきて、ドイツ語で話し始めたのだ。2人はホテルのどこで朝食が食べられるのか、わからないらしい。
ニコはこれをチャンスと見て、朝食会場への行き方を教え、ついでにセルフィーも撮影してもらい、それからそれぞれトレーニングに励んだ。
トレーニングを終えると、クリチコがエレベーターを探しているようだったので、ニコは案内しながら会話を続けた。
別れ際にクリチコはニコに、講演先があれば紹介してくれるように頼んだ。
一方ニコはクリチコに刊行予定の著書のことを話し、結局その序文を書いてもらうことになった。
ナサニエルは火山灰雲のことなど予想していただろうか。ニコは憧れのボクサーとの出会いを予想していただろうか。
ロンドンで国際的イベントを企画すること、あるいはボストンのホテルのジムで世界で最も有名なスポーツ選手の1人から著書の序文を書いてもらう約束を取りつけられることなど、予想していただろうか。
もちろんそんなはずはない。だが2人がこうした事態が起こるずっと前から、そのための備えをしてきたことはたしかだ。
成功は本当に「運」次第なのか
人生のことはたいてい、バックミラー越しに見たときに初めて意味をなす。私たちは過去を振り返って点と点を結びつけようとする。
その場合、ランダムな人生の選択や偶然の出来事を、他の人に伝えやすいような説得力のある論理的なストーリーにまとめがちだ。
履歴書を見れば、誰だって一貫性のある合理的な計画に沿って生きてきたように見える。だが現実には、キャリアに対する明確なプランなどなかったかもしれない。
あったとしても、幸運あるいは不運な偶然、予想もしなかったようなアイデア、出会い、会話によって、現実はまるで違ったものになったはずだ。
過去を振り返るだけでなく、未来を見通して点と点を結びつけられるようになったらどうだろう。偶然を存分に活かせるように、偶然が芽吹き、育つように土壌を整えられたらどうか。
偶然に栄養を与え、育てる方法を知っていたら?そして何より重要なこととして、偶然をより良い結果に結びつける方法がわかっていたらどうだろう。
自然災害や大物スターとのはちあわせを自らの手で生み出すことのできる人はまずいない。
だが好機に敏感になることで、セレンディピティを誘発し、それを活用できるような状況を生み出すことはできる。
見過ごされがちだが、成功者の多くは一見偶然の出来事に大いに助けられているように見えても、単に「運がいい」だけではない。たいていは意識的あるいは無意識的に、そのような「幸運」を引き寄せるのに必要な下準備をしている。
運に恵まれ、他の人にも同じように幸運な環境を生み出してあげることができるのは、リチャード・ブランソン、ビル・ゲイツ、オプラ・ウィンフリー、アリアナ・ハフィントンのような特殊なタイプだけではない。
自分と周囲のためにセレンディピティを育むことは誰にだってできる。
世界はセレンディピティに満ちている
噓ではない。ナイロン、マジックテープ、バイアグラ、ポスト・イット、レントゲン、ペニシリン、ゴム、電子レンジの発明には、いずれもセレンディピティがかかわっている。
大統領、大スター、大学教授、世界有数のCEOを含むビジネスパーソンにも、自らの成功の大きな要因としてセレンディピティを挙げる人は多い。
ただセレンディピティが威力を発揮するのは、偉大な科学的発見やビジネスの成功、外交上の画期的成果においてだけではない。
セレンディピティは日常のささやかな場面から人生を変えるような大事件まで、日常生活のなかにもあふれている。
たとえば、こんな状況を想像してみよう。隣人が庭の大きな木の枝を伐採するため、高所作業台をレンタルした。隣人が働く姿を見ているうちに、あなたは屋根瓦が一部緩んでいたことを思い出した。
すぐに修理が必要なほどではなかったので放置していたが、せっかくなら……。そこで外に出て、隣人とおしゃべりをしながら伐採した枝の処分を手伝う。それから自宅に招いてビールをふるまう。
自然な流れで足場を借りて屋根に上り、屋根を修理した(もちろんビールを飲む前にだ!)。しかも屋根に上っている間に、雨どいが緩んで落下しかけていることに気づいた。
自分の手には負えないので、専門業者を呼んで修理してもらわなければならない。運が悪ければ雨どいが落下して、家族の誰かがケガをしていたかもしれない──。
実際こんな経験をしたばかりだ、という人もいるかもしれない。いつ誰の身に起きてもおかしくないことだ。
セレンディピティだと認識しないかもしれないが、ここにはセレンディピティの主要な特徴がすべて含まれている。
日常のなかで偶然何かが起き、それに気づき、注意を払い、もともと知っていた一見無関係な事実と結びつける。
2つを結びつけ、主体的に対応することで、それまで存在することすら気づいていなかった問題の解決策が見つかる。
愛もセレンディピティから生まれると言えるかもしれない。私がこれまでの恋人と出会ったのは、たいていコーヒーショップや空港だった。
コーヒーをこぼしてしまったり、ちょっと席を外す間パソコンを見ていてほしいと頼んだりしたことをきっかけに会話が始まり、共通の趣味が判明することもあった。
世界の有名カップルの多くも、予期せぬ出会いから生まれている。たとえばオバマ夫妻が出会ったのは法律事務所だ。
勤務初日から大遅刻したバラク青年を、指導係として待ち受けていたのが先輩のミシェル弁護士だった(これから見ていくとおり、セレンディピティの芽を好ましい結果につなげるうえでは粘り強さも重要なことが多い。
指導係なので交際はできないと言い続けるミシェル夫人に、バラク青年はそれなら事務所を辞めると迫ったという。
そんなやりとりを幾度か繰り返した結末は、みなさんご存じのとおりだ)。あなたに恋人がいるとしたら、どんなふうに出会ったか振り返ってみよう。
出会いが「たまたま」だったとしても、おそらくまったくの偶然ではないだろう。それではあなたは何の役割も果たさなかったことになる。
たまたま出会ったのかもしれないが、相手との相性の良さ、共感できる部分、共通の価値観などに気づいた。そして何より大切なこととして、そんな関係を手に入れようと努力した。
つながりを大切に育み、お互いに足りない部分を補い、刺激し合う部分を見つけだした。偶然の出来事をとらえ、つかみ、努力した。それは単なる偶然ではない。セレンディピティだ。
セレンディピティの3つの類型
セレンディピティは1つひとつ違っている。ただ研究によって、主に3つの類型があることがわかっている★3。
いずれも最初にセレンディピティのトリガー(予想外の何か)がある点は同じだが、当初の意図と最終的な結果が異なる。違いを決めるのは、2つの基本的問いだ。
- もともと何かを探していたのか。
- 自分が探していたものを見つけたのか、それともまったく予想外のものを見つけたのか。
ではセレンディピティの3つの類型とはどのようなものか見ていこう。
類型①アルキメデス型解決したい問題への予想外の解決法
アルキメデス型セレンディピティとは「既知の問題」あるいは困りごと(風呂の故障、理想の仕事探し)が解決することだが、その解決策は予想外のところで生まれるのが特徴だ。
最たる例が、古代ギリシャの数学者アルキメデスのエピソードだ。シラクサのヒエロン2世は王冠づくりを任せた金細工師が、与えた金の代わりに銀を使ったのではないかという疑念を抱いた。
そこでアルキメデスに尋ねた。王冠の重さは正しいが、本当に純金でできているかたしかめる方法はないだろうか、と。
なかなか解決法が見つからず、悩んだアルキメデスは息抜きに公衆浴場に出かけた。そして湯船にゆっくりと身体を沈め、水位が上がって縁から湯があふれていく様子をぼんやり眺めていた。
そのときだ。「エウレカ(わかったぞ)!」。銀は金より軽いので、銀の混じった王冠は同じ重さなら純金製よりも大きいはずだ。それを水に沈めれば、あふれる水の量は純金製のものより多いだろう。
このタイプのセレンディピティは、私たちの日々の生活のなかだけでなく、大小さまざまな企業でも頻繁に起きている。
起業家にとって偶然の出会いや予想外のユーザーからのフィードバックに基づいて方向転換するのは当たり前だ。
また大企業でもそうしたことは起きている。
消費財のグローバル企業、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のCEO、デビッド・テイラーは私とのインタビューで、従来と違うアプローチを試してみるのが好きだと語った。
それによって自分たちがそれまで考えてもいなかったような可能性が拓けるからだという。
「抱えていた問題を解決するという点は変わらないが、考えていたのとは別の方法で解決するということだ。
その場合、すべてを計画することはできないが、何を解決したいかははっきりさせておく必要がある。すると魔法が起きる。
とりわけグループにさまざまな経験を持つメンバーがいて、メンバーがその問題を解くことに夢中になり、予想外に対してオープンな姿勢を持っているとき、魔法が起こりやすい」。
本書で最初に紹介するセレンディピターの1人が、メルセデス・ベンツ・カナダのセールス・コンサルタント、ワカス・バッジアだ。
カナダ生まれのワカスは、イギリスで法学を勉強することになった妻と現地に移り住み、その後再びトロントに戻ってきた。
イギリスではジャガー・ランドローバーで技術者採用コンサルタントとして働いていたワカスは、自動車関連の5、6社で面接を受けたものの、なかなか採用には至らなかった。
そこで自動車業界の仕事が見つかるまで小売店で働くことにした。友人には、なぜそんなに一生懸命働くのかとよく言われた。「たかが小売店の店員だろう」と。
だが何をやるにせよ、きちんとやるというのがワカスの信条だった。
ある日、いつもどおりプロとして熱心に接客をしていると、顧客が感心し、経歴などを詳しく尋ねてきた。ワカスは高級車のセールスの仕事に就けるまで、今の仕事を続けるつもりだと話した。
実はその顧客はメルセデス・ベンツのディーラーのゼネラルマネージャーで、ワカスを面接に誘った。こうしてワカスはセールス・コンサルタントとして採用された。
このディーラーが自動車販売の経験のない人材を採用するのは初めてで、ワカスのために特別な研修プログラムまでつくってくれた。
まじめな仕事ぶりと情熱が顧客の水平思考と結びつき、ワカスのキャリアは思いがけず大きく拓けることになった。
類型②ポスト・イット型別の問題への予想外の解決策
ポスト・イット型セレンディピティは、問題を解こうとしていて、まったく違う、あるいは存在すら認識していなかった問題への解決策を偶然見つけることを指す。
計画していたルートとはまるで違った方向に進むことになるが、到着するのがすばらしい場所であることに変わりはない。
ポスト・イットの例を考えてみよう。
1970年代末、消費財メーカー、3Mの研究者だったスペンサー・シルバー博士は、強力な糊を開発しようとしていた。実際に発見したのはまるで逆の、あまり接着力の高くない物質だった。
だがこの弱い糊は、3Mが「ポスト・イット」と名づけた新製品にはうってつけだった★4。
もう1つ、食品と化学品の製造を手がけるグローバル企業の例を挙げよう。この会社では写真立てのガラスに塗るコーティング剤を開発しようとしていた。
光がガラスを通過しやすくして、反射によって写真が見にくくなるのを防ぐ狙いだった。コーティング剤の性能は優れていたものの、市場ニーズはあまり見込めなかった。
プロジェクトマネージャーはこの企画をボツにしようとしていたが、たまたま別の部門の同僚と会話したことで、光の吸収率をできるだけ高める必要があるソーラーパネルに使えるかもしれないというアイデアがひらめいた。
こうして当初考えていたのとは別の問題への解決策が生まれ、ソーラービジネスは大きく成長した。
「単なる偶然と見る人もいるが、これこそセレンディピティだ」というこの会社のCEOの指摘はまさに正しい。
その理由は後でじっくり見ていく。
まったく新しい問題への予想外の解決策に対してオープンな姿勢を持っていると、予想もしていなかったような新境地が拓けることも多い。
2012年から2017年にかけてイケアのCEOを務めたペーテル・アグネフィエルは私たちとのインタビューで、5年前にイケアはいずれ風力発電所や太陽光発電施設を所有するようになると言われていたら、笑い飛ばしていただろうと語った。
「それがどうだ。まさに今、それをやっているんだ★5」。
類型③サンダーボルト型予想外あるいは潜在的問題へのたなぼた的解決策
サンダーボルト型セレンディピティは、問題の解決策を探してもいない、意識的努力がまるで行われていない状況で起こる。
それは空を走る稲妻(サンダーボルト)のようにまったく予想もしていなかったタイミングで起こり、そこから新しい機会が生まれたり、それまで誰も認識していなかった、あるいは解決しようとしていなかった問題への解決策が生まれたりする。
恋愛は往々にしてこのパターンで起こり、またこの種のセレンディピティから新たなアイデアや方法が生まれることも多い。
オリビア・トウィスト(仮名)は初めて1人暮らしをしたとき、アパートの台所の引き出しに奇妙なモノが入っているのに気づいた。
それを友人に見せたところ、ラジエーターのカギだと教えられた。アパートのラジエーターから余分な空気を放出させ、効率的に動かすためのものだという。
オリビアはそんな問題が存在すること、つまりラジエーターキーが必要になる状況などまるで知らなかった。
だが季節が変わり、アパートが寒くなってきたとき、そのカギを使ったところ室内が暖かくなった。
予想もしなかったモノを偶然発見したこと、それが何か、どうやって使うのか知りたいという好奇心と意思を持って探究したことで、もともと認識していなかった問題の解決策を探り当てたのだ。
ライブ音楽イベントのあり方を変える世界的ムーブメントとなっている「ソファーサウンズ」も、同じような状況から生まれた。
レイフ・オファー、ロッキー・スタート、そしてシンガーソングライターのデイブ・アレクサンダーがインディーズのロックバンド「フレンドリー・ファイアーズ」のライブに出かけたところ、周囲の観客が演奏などおかまいなしに大声で話したり、スマホを見ていたりする様子に驚き、うんざりした。
ライブに行っても演奏だけに集中する時代が過去のものになってしまったという事実に衝撃を受けた3人は2009年、ノースロンドンのロッキーの自宅のリビングルームで、こぢんまりとしたライブを企画した。
デイブが自作の曲を歌うのを聴けるのは、選ばれたごく少数の聴衆だけだ。
3人がこのリビングルーム・ライブをロンドン、パリ、ニューヨークなどさまざまな都市で開催したところ、同じようなイベントを開きたいという要請が世界中から舞い込んだ。
こうしてソファー(「songsfromaroom」の略語)サウンズが誕生した。
2018年にはエアビーアンドビーやヴァージン・グループなどの企業とタイアップし、世界400以上の都市の住人の自宅で、4000回以上の小規模なライブが開かれるまでになった。
不愉快な経験から生まれた何気ない会話が、リビングルームというくつろいだ環境とライブコンサートの刺激を融合した、魅惑的体験へと発展したのだ。
類型化できないものもあるセレンディピティを分類しようとすれば、判断は常に多少主観的になる。
なかにはここに挙げた3つの類型のうち、複数の要素を兼ね備えたものもある。
あなたの身にセレンディピティが起きたら、どの類型に当てはまるのか判断することに時間をかけないでほしい。分類しようという思いが、セレンディピティの芽を潰すことも多い。
ここからわかるように、予想外あるいは一見無関係の出来事や事実を結びつける、というのが能動的セレンディピティの揺るがぬ根幹だ。
しかし「これぞセレンディピティ」というようなケースを含めて、ここに挙げた類型化にどうにも当てはまらないものも多い。
そのようなケースの1つで、世界を良い方向に変えたセレンディピティが、アレクサンダー・フレミングによるペニシリンの発見だ。
有名なエピソードで、医療や科学における画期的発見のモデルとして教科書にも載っているが、改めて簡単に説明しよう。
フレミングはブドウ球菌の研究をしていた。ブドウ球菌には多くの菌種がある。さまざまな感染症の原因となり、なかには死につながるものもある。
1928年のある朝、ロンドンのセント・メアリー病院の地下にある研究室に出勤したところ、バクテリアのサンプルを入れたペトリ皿の1つが、覆いもつけずに窓台に出しっぱなしになっていたことに気づいた。
皿のなかでは予想外のことが起きていた。青緑色のカビが生えていたのだ。さらに奇妙なことに、カビの周囲ではもともと入れていたブドウ球菌がなくなっていた。カビの正体はペニシリウム・クリソゲナムだった。
こうして特定の細菌を殺菌する作用のある物質としてペニシリンが発見された。
そこから抗生物質学という学問が誕生し、数百万人の命を救うことになった(その後、また別のセレンディピティによってペニシリンの大量生産を可能にするカビを発見したのは、アメリカ農務省北部地域調査研究所で助手を務めていたメアリー・ハントだ。
ハントの発見した「黄金のカビ」からは、フレミングが発見したものの数十倍のペニシリンが得られた)。
このエピソードには、セレンディピティの主要な要素がすべて詰まっている★6。
偶然ペトリ皿についた雑菌が混入してカビが生え、それが大勢の命を救う薬となった。これはセレンディピティの類型のどれに当たるのだろうか。それはフレミングがもともと何をしようとしていたのかによる。
医学研究者はすべて、直接的あるいは間接的に治療方法を探しているので、その意味ではフレミングはもともと探していたものを発見したと言える。
一方、フレミングが抗生物質を探していたわけではないことははっきりしている。そんなものが存在するとは、誰も考えてもいなかった。
これがセレンディピティのどの類型であるかにかかわらず、重要なのはトリガー(ペトリ皿に偶然雑菌が混入した)に対するフレミングの反応だ。
うっかりペトリ皿を放置したことをぼやきながら、中身をそのままゴミ箱に捨てるのではなく、フレミングはそこで起きていたことに興味を抱いた。それを仲間の研究者にも見せ、さらに調べてみた。
他の研究者もそれに続き、偶然の産物を人々の人生を変えるような薬へと転換する長いプロセスが始まった。
ペニシリンが発見されたのは偶然だが、フレミングは「単に運が良かっただけ」で、この画期的発明において人間の主体性は何の役割も果たしていないと見るのは間違いだ。
重要なのは、フレミングが点と点を結びつける、すなわち「バイソシエーション」をするという重要な意思決定をしたことだ。
最終的成果に結びつくまでには長い歳月を要したかもしれないが、あのときフレミングが点と点を結びつけるような正しいマインドセットを持ち合わせていなかったら、ペトリ皿にへばりついた青カビは、研究室での何の変哲もないミスとして忘れ去られていたかもしれない。
実際カビと細菌の相性が悪いことは、フレミングの発見の何十年も前から知られていたが、誰もそれにきちんと注意を払わなかった。
セレンディピティがもっと早く起きていたら、さらに数百万人の命が救われていたかもしれない★7。
セレンディピティの3つの特徴
セレンディピティは単に私たちの身に起こることではない。
セレンディピティにはいくつかはっきりとした特徴があり、その1つひとつは意識的に育むことのできるものだ。
セレンディピティが外的要因ではなく、自らの力で使いこなすことのできる魔法のツールだと理解するには、もう少し詳しく見ていく必要がある。
そのために、これまでの研究で明らかになったセレンディピティの中核的な3つの特徴を見ていこう。3つは互いに結びついている★8。
1ある人に何か予想外、あるいはふつうではないことが起こる。
それは物理現象のこともあれば、会話のなかでたまたま出てきた話題のこともある。これがセレンディピティ・トリガーだ。
2その人がトリガーをそれまでかかわりのなかったことと結びつける。
点と点を結びつけ、一見偶然のような出来事や出会いに価値があるかもしれないと気づく。このそれまで無関係と思われていた事実や出来事を結びつけることを「バイソシエーション」という。
3重要なポイントとして、実現した価値(洞察、イノベーション、新しい手法、問題への新たな解決策)はもともと期待されていたものでも、誰かが探していたものでもなく(少なくとも探していた形ではない)、完全に予期せぬものだということだ。
サプライズや偶然という要素は重要だが、最初のステップに過ぎない。
もう1つ必要なのが、偶然の発見を理解し、使いこなす能力を持った人の存在だ。
それは複数の出来事、観察したこと、断片的情報の間に、(意外な)価値のあるつながりを発見し、クリエイティブに融合させていく能力を指す。
それまで無縁と思われていた2つのアイデアを結びつけることがヒントになることが多い★9。セレンディピティで重要なのは、予想外の出会いや情報の価値を認識し、活用する能力だ★10。
1つひとつのステップは学習できるし、後押しすることもできる。
セレンディピティ・マインドセット、すなわちこの強力な影響要因に気づき、つかみ、活用する能力は伸ばすことができる。
偶然の出会いというのは単発的な出来事であるのに対し、セレンディピティはプロセスだ。サプライズや偶然は重要な要素だが、あくまでも最初のステップに過ぎない。
それに続くステップが起きるかは、予想外の出来事を理解し、活用する能力にかかっている。
他の人々には断絶しか見えないところに、つながりや橋を見出せるかどうかだ。
それには洞察力(雑多なものを選別し、価値あるものを見つける能力)と粘り強さ(最後までやり遂げる力)が必要になる★11。
セレンディピティ・トリガーに気づかない、あるいはそれが何と結びつくかわからなければ、セレンディピティの機会は失われてしまう。起こり得たはずなのに、そうならなかった偶然はやまほどある。
プロンプトは出ていても(スポーツジムでウラジミール・クリチコと出会う、好みの相手を見つけるなど)、点と点を結びつけることができなければ、セレンディピティは未遂に終わる。
人生を振り返って、セレンディピティが起こり得たのに、あなたが気づかなかった(あるいは気づいていたが行動しなかった)ために未遂に終わったケースを思い出してみよう。
最近、何か小さなきっかけがあれば行動できた場面で結局何もせず、後になって後悔したという経験はなかっただろうか。
セレンディピティ・マインドセットを身につけるのが重要なのは、このためだ。
組織、人脈、物理的空間を見直すことなどによって、セレンディピティが生まれやすい状況を生み出すこともできる。
セレンディピティ・マインドセットと適切な状況を組み合わせることで、セレンディピティの育つ「セレンディピティ・フィールド」は豊かになる。
図1はセレンディピティのプロセスと、セレンディピティ・フィールドの生まれる様子を示している(あくまで単純化した図であることを理解してほしい。トリガーと点と点の連結は通常同時に起こり、これから見ていくとおり初期の結果がその後のセレンディピティの発生頻度を左右する「フィードバック・ループ」も存在する)。
予想外に対処する能力を身につける
私は研究者、コミュニティ活動家、起業家として活動するなかで、「こんなことが起こるなんて、すごい偶然だね!」という言葉をよく耳にする。
だがその経緯を振り返って点と点をつないでみると、必ずしも偶然ではないことがわかる。幸運な偶然に思われることの多くは、誰か、あるいは何かがその素地を整えていたために起きている。
科学と運不運は奇妙な取り合わせに思えるが、ここまで見てきたように、セレンディピティは多くの科学的研究で中核的役割を果たしている。
たとえばコンビナトリアル化学の分野では、偶然をどれだけ生み出せるかがカギを握る。そこでは何万という化合物を同時につくり、価値ある新たな用途に使えそうなものをふるい分けていく。
要するにコンビナトリアル化学とは、何千という偶然を生み出し、そのどれがブレークスルーの可能性を秘めているかを見きわめようとする学問だ。
新たな医薬品を見つける化学者は、こうした実験を設計するのがとても上手だ。
適切な方法を考え、適切な人材を配置することで、「偶然の」発見が起こる確率を高め、それが起きたときにはきちんと発見、把握されるようにする。
もちろん、事前に成果はわからないし、偶然がいつ起きるかもわからない。しかし何かが起こる確率はかなり高くなる。
「グラウンデッド・セオリー」のような定性的研究も同じように、統計的パターンではなく、意外あるいは予想外の洞察の発見を目指している★12。
そうした意味では研究者の仕事は、シャーロック・ホームズのそれに通じるところが多い。
世界は今、さまざまな政治的、社会的、環境的変化に直面しており、私たちの未来の大部分を決めるのは予想外の要因だ。予想外によって組織の存続が脅かされることもある。
世界を代表する白物家電メーカーのハイアールは「破壊される前に破壊する」を合言葉に、こうした状況に対応しようとしていると張瑞敏元CEOは語る。
ハイアールは「予想外の受容」を組織の最重要課題としている。中国の農民がハイアールの洗濯機を収穫したジャガイモの洗浄に使うなどと、誰が想像しただろう*。
同じような姿勢は、ある世界的な金融機関にも見られる。この会社のCEOは私とのインタビューで、未来に備える姿勢をこう説明してくれた。
「未来に対するマスタープランがあるなどと、ゆめゆめ思ってはならない。たまたま起きたチャンスを、われわれがつかんできただけだ」。
このCEO率いる経営陣は、社内に方向性を与えるためのビジョン、カルチャー、行動規範だけを示し、後は社員が予想外の場所で、予想外の方法で何かを生み出すのに任せている。
つまり社員がセレンディピティ・フィールドを生み出す手助けをしているのだ。
私は研究を通して未来に活躍できる個人や組織の条件を探っているが、そのなかで繰り返し気づかされることがある。
一流の人材はたいてい(無意識のうちに)予想外に対処する能力を身につけているのだ。
フォーチュン500企業のディーゼルエンジン大手、カミンズCEOのトム・リネバルガーは、自らの活動の中核をなすのはセレンディピティを生み出す努力だという。
それこそが不確実な時代に受け身にならず、能動的に企業を率いるための方法だと考えているからだ。
「私たちが能動的に引き起こしたセレンディピティは、セレンディピティと言えるのか」と疑問に思う人もいるだろう(私自身、そんな疑問を抱いていたこともある)。
その答えは間違いなくイエスだ。というのも、それこそがセレンディピティと単なる偶然との明確な違いだからだ。
セレンディピティを育むというのは要するに、世界をオープンな目で見て、点と点をつなごうとすることだ。
たまたま良いタイミングで良い場所に居合わせたら、何かいいことが降ってくるというのではない。重要なのは私たちの心構えであり、セレンディピティのプロセスに積極的に関与することだ。
*ハイアールは農村部で洗濯機が予想外の用途に使用されていることを知ると、すぐに洗濯機を改良し、ジャガイモから落ちる泥に対応できるようにした(通常の洗濯機では故障の原因になるからだ)。
まとめ
セレンディピティとは点と点を見つけ、結びつける能力がもたらす、能動的で「スマートな」幸運だ。
本章で見てきた3つの類型は、いずれもセレンディピティ・トリガーから始まる。
セレンディピティ・マインドセットを身につければ、トリガーに気づき、点と点を結びつけられるようになる。
また貴重な成果に意識を集中し、そこに影響を与えるのに必要な粘り強さも身につく。
私たちはコミュニティや組織など、セレンディピティを促進したり阻害したりする要因に自ら影響を与えることもできる。
両者の組み合わせによって、自分自身や周囲の人々のために「セレンディピティ・フィールド」を生み出すことができるようになる。
それによってより多くの有意義な偶然が起きるようになり、またより多くの偶然が有意義なものになる。
では、どこから手をつければいいのだろう。
★1MertonandBarber,2004.セレンディピティの研究者であるピーター・ヴァンアンデル(1984)は、それを「探していなかった発見をする技術」と呼んでいる。
セレンディピティの定義としては他にも「意図せざる発見につながる探究」(Dew,2009)や「洞察と偶然のユニークで偶発的な混合物」(FineandDeegan,1996)などがある。
私は本来の定義に基づき、最初は別のものを探していた、あるいは何も探していなかった(積極的に特定の何かを探していなかった)可能性を含めて、セレンディピティを幅広く定義している(以下を参照。NapierandVuong,2013)。
セレンディピティという言葉を最初に使ったホレス・ウォルポールの手紙は以下を参照。
Lewis,1965.★2TEDは魅力的なアイデアを広めることにフォーカスした世界的なメディア組織だ。
★3研究者はさまざまな検討材料(「偽セレンディピティ」の可能性など)に基づいて、セレンディピティを1~5種類に分類する傾向がある。私がここで取り上げた3種類はすべての範囲を網羅している。
「通常の」、すなわちセレンディピティの要素のない問題解決には、明確な意図とあらかじめ想定された解決法がある(「AをしたらBになる」)。
「本物」と「偽物」のセレンディピティを区別する研究者がいる一方、「探索」などの特性をあらかじめ定義する(それによって暗黙的に特定のタイプのセレンディピティを選択する)研究者もいる(Dew,2009など)。
本書では、予想外の出会いの価値にはさまざまなタイプがあるという考えに基づき、あらゆるタイプのセレンディピティを検討していく(以下を参照。
DeRond,2014;NapierandVuong,2013;Yaqub,2018)。
★4当然ながら、セレンディピティの旅路はたった1つの幸運の出会いに限定されるものではなく、いくつもの予想外の出来事が連続して起こるケースもある。
このケースではプロセスの主要な構成要素に注目する(それぞれの要素をさらに分解することも可能だ)。
★5Busch,2019;Gyorietal.,2018.
★6研究者のなかにはフレミングのような事例は偽セレンディピティだと考える者もいる。
こうした立場によると、偽セレンディピティとは、すでに何かを探しているときに、偶然当初の目標を達成するのに役立つ何かが見つかる(つまり偶然、同じ目標を達成する方法が見つかる)ことを指す。
それに対して「本物」のセレンディピティとはまったく予想していなかったことだというのだ。この論理によれば、たとえばDNAの発見も偽セレンディピティとなる。当初から比較的明確な目標があり、偶然の出来事によって分子の解明が進んだためだ。
さらにペニシリンのケースも、フレミングはすでに物質の抗生効果に関心があり、このような発見をする心の準備があったことになる。
こうした論理によると、「真の」セレンディピティには目的の変更が伴わなければならない。
ただ(私を含めて)研究者のほとんどはこのような狭いとらえ方はせず、DNAの発見のような出来事を広義のセレンディピティととらえる。
バイソシエーションによるトリガーが、驚くべき好ましい結果につながっているからだ。
このようなとらえ方をしなければ、ほぼすべてのセレンディピティが偽セレンディピティということになる(以下も参照。
Copeland,2018;SangerInstitute,2019)。
★7TheConversation,2015.本書の後段で詳しく述べるとおり、これが(1人の)天才によるひらめきではなく、長い時間をかけたチームによる取り組みの成果であることを理解することが重要だ。
★8正確な呼び方は異なるが、近年の論文はプロセスと主要な構成要素に注目する。
たとえばMakrietal.(2014)はプロセスを以下のようにとらえている。
「予想外の状況+洞察>つなげる>価値を予測する>価値を追求する>価値ある成果」。
「点と点をつなげる」部分を重視する研究もある(Mendonçaetal.,2008;PinaeCunhaetal.,2010)。
この点において最も興味深い洞察には、情報科学やICTの研究から生まれたものもある。
Makrietal.,2014.も特定の情報技術環境において、プロセスの異なる構成要素をトラッキングすること、とりわけ新たな機会をとらえることによってセレンディピティが起こる可能性を高められることを示した。予想外の出会いだけでは十分ではないのだ。
★9Simonton,2004.★10Busch,2018;BuschandBarkema(近刊);McCayPeetandToms,2018;NapierandVuong,2013;vanAndel,1992.★11DeRond,2014;FineandDeegan,1996;McCayPeetandToms,2018;MertonandBarber,2004.当然ながら、このプロセスは必ずしも完全に「リニア」ではない。
たとえばトリガーとバイソシエーションは同時に起こることが多く、またフィードバック効果が生じることもある。しかし異なるステップを個別に見ていくことで、重要な気づきを得ることができる。
★12コンビナトリアル化学におけるセレンディピティ(の加速)については、たとえば以下を参照。McNallyetal.,2011。
定性的研究については、グラウンデッド・セオリーに関する以下の研究(GlaserandStrauss,1967)や社会理論と社会構造に関する以下の研究(Merton,1949)を参照。
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