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第1章 世界を制した「改善」のすべて

「トヨタ式」大全世界の製造業を制した 192の知恵若松義人

まえがき せんだって、あるトヨタ OBと、こんな会話をした。「われわれはどのくらい、大野耐一さんの考えていたトヨタ式に近づくことができたのだろうか」「まだ三〇%くらいじゃないか」 大野氏がトヨタ式を試みるようになってから、すでに七〇年近い歳月が経った。筆者もその OBも、大野氏の下で直接学んだ世代であり、長年、いくつもの企業でトヨタ式の普及定着に努めてきた。その間、トヨタという会社も、世界ナンバーワンへの道をみごとに駆け上がった。 それでも、理想から見れば「まだ三〇%」だというのが、その OBだけでなく、多くのトヨタマンのトヨタ式に対する見方であろう。 本書の目的は、トヨタ式の基本とも言える「三〇%」を、正しく、もれなく伝えることだ。今後の七〇%を目ざして、「日々改善、日々実践」する人が育ってくれればと願っている。 * 筆者が初めてトヨタ式に関する本『トヨタ式人づくりものづくり』(ダイヤモンド社)を上梓したのは、二〇〇一年である。カルマンという会社で、国内の企業はもとより、韓国企業や中国企業などでも、トヨタ式を導入するお手伝いやコンサルティングを行っていた頃のことだ。 当時からトヨタ式に関する本はたくさん出ており、今さら筆者が出す意味があるのかとも思った。それでも書かせていただいたのは、トヨタ式にとって最も大切なことが、世の中に十分理解されていないように感じたからである。 それは、トヨタ式は単なる「モノづくりのシステム」ではないということだ。 トヨタ式は「人づくりのシステム」である。 モノづくりのシステムに、人間の知恵への信頼と、モノをつくりながら人を育てるという考え方が入っている。 そこに、トヨタ式のすばらしさがある。人づくりの視点が抜け落ちてしまうと、本来の強さを発揮できなくなってしまうばかりか、もうトヨタ式ではなくなってしまうのだ。 * 現代はすさまじい技術革新の時代である。最先端の技術や機械さえ導入すれば、時代に合ったモノやサービスが生み出せるかのように感じられるかもしれない。 しかし、実際には、モノやサービスは人がつくっている。人だけが、よりすぐれたモノやサービスをつくれる。 とかく人が置きざりにされがちな現代にあっては、人を育てながら勝ち続ける企業になることが、ますます強く求められている。 それを可能にするのがトヨタ式なのである。 昔はトヨタ式を「かんばん方式」と言う人がいた。だが、トヨタ式とは、かんばんに代表される「手法」ではない。トヨタ式とは、実践の「風土」であり、風土を支える「人」の存在をさしている。 * トヨタは、二〇〇八年から二〇一一年にかけて、未曽有の危機に陥っている。 リーマン・ショック後の世界不況の中で赤字決算に転落した。さらに、大規模なリコールに見舞われた。そのうえに、東日本大震災が起こった。 一つだけでも、トヨタ創業者の豊田喜一郎氏が言う「一〇〇年に一度あるかないかの危機」に相当する。 それが三つも続いたのだから、普通の企業なら存立さえ危うくなるだろうし、復活するにしても長い年月がかかるはずだ。 ところが、トヨタはすみやかに復活したばかりか、過去最高の利益を計上するほどに成長している。なぜだろうか。 危機に陥った時、ある О Bの言った言葉が強く心に残っている。「われわれには帰るべき場所がある」 帰るべき場所とは、トヨタ式をさす。トヨタ式という原点に戻り、さらに磨きをかけることで、再成長への道を疾走できるようになったのだ。 トヨタ式が単にモノづくりのシステムだったら、こうはならない。 人を育て、人の知恵を引き出し、人の知恵によって改善を続けていくシステムであるからこそ、危機から再生し、より強くなることができた。 トヨタ式が広く知られるようになったのは、一九七〇年代のオイルショックがきっかけだった。多くの企業が赤字に転落する中でトヨタグループは黒字を計上し、「何か秘密があるに違いない」と注目を集めた。 今また、二〇〇八年からの大危機によってかえって強くなったことで、トヨタ式への関心が非常に高まっている。 それはとてもうれしいことなのだが、同時に、トヨタ式の基本である「モノづくりは人づくり」を理解し、実践していただきたいと思うのである。 * 筆者は常に生産現場に立ち続けてきた人間であるが、本書には、生産現場の細かな手段や手法は、実はそれほど記していない。 意外に思われる方もいるだろうが、あえてやったことだ。 トヨタ式で大切なのは、ものの見方や考え方である。それさえしっかりと身につければ、手段や手法はいくらでも工夫することができる。 だから手段や手法を割愛し、トヨタ式のものの見方や考え方を身につけるうえで不可欠なエピソードや、トヨタ式の歴史、導入法や「トヨタ語」について、細大もらさず集大成した。 中には実践が厳しく感じる場合があるかもしれない。だが、コツコツと本気で取り組めば、決して難しいものではない。 また、中には非常識に感じる話もあるだろう。だが、進歩や改革は、新しい考え方が古い常識と入れ替わってきた歴史であることを思い起こしていただきたい。 トヨタ式の導入を考えるみなさまにお願いしたいのは、まずは人の知恵を信じることであり、知恵を大切にすることだ。 それは派手ではないかもしれない。だが、長く続ければ、ある日、自分や組織が大きく成長していたことを、はっきり実感できるはずだ。 変化の激しい時代だが、一人ひとりが人間の知恵を信じ、「昨日より今日、今日より明日」と歩めば、きっと心豊かな人生を手に入れられる。 それこそがトヨタ式なのだと、筆者は考えている。

若松義人

「トヨタ式」大全 目次

まえがき第 1章 世界を制した「改善」のすべて 1 トヨタのムダ取り ムダとは何か 2 トヨタのムダ取り たとえば生産現場の八つのムダ 3 トヨタの片づけ 改善のスタートは 5 Sから 4 トヨタの片づけ 整頓にはコツがある 5 トヨタの片づけ 清掃には人を変える力がある 6 トヨタの片づけ 清潔とは整理・整頓・清掃の維持 7 トヨタの片づけ 汚したくても汚れないほどきれいにする 8 トヨタの粘り 改善推進チームとトップの役割 9 トヨタの粘り 改善チームの計画の立て方 10 トヨタの粘り トップの意志が挫折を防ぐ 11 トヨタの粘り 改善は継続してこそ競争力になる 12 トヨタのサイクル 改善チームが気をつけるべきこと 13 トヨタのサイクル 改善の順番を間違うな 14 トヨタのサイクル 改善が改悪になったら、さらに改善する 15 トヨタの品質 品質・納期・コストの改善ポイント 16 トヨタの品質 人ではなくシステムを改善する 17 トヨタの品質 在庫は罪悪を徹底しよう 18 トヨタの品質 かんばんはこう使う 19 トヨタの品質 価格はお客さまが決める 20 トヨタの品質 コストを下げる四つのルート 21 トヨタの競争力 競争力のある間接部門をつくる 22 トヨタの競争力 間接部門のムダ取りと少人化 23 トヨタの競争力 業務の標準化と多能工化 24 トヨタの競争力 人を抜く時は一番できる人を抜け《世界のトヨタ式 1》イーロン・マスクとトヨタ式第 2章 「一語」でわかる行動哲学 1 トヨタの口ぐせ ジャスト・イン・タイム 2 トヨタの口ぐせ 自働化 3 トヨタの口ぐせ かんばん 4 トヨタの口ぐせ あんどん 5 トヨタの口ぐせ 現地現物 6 トヨタの口ぐせ 改善 7 トヨタの口ぐせ ムラ・ムリ・ムダ 8 トヨタの口ぐせ 「なぜ」を五回くり返す 9 トヨタのコラボ語 見える化 10 トヨタのコラボ語 星取表 11 トヨタのコラボ語 ヨコテン 12 トヨタのコラボ語 離れ小島をつくるな 13 トヨタ語 vs普通語 流れ作業と流し作業 14 トヨタ語 vs普通語 知恵と知識 15 トヨタ語 vs普通語 人間性尊重と人間尊重 16 トヨタ語 vs普通語 価値と価格 17 トヨタ語 vs普通語 全体の効率と個々の効率 18 トヨタ語 vs普通語 可動率と稼動率 19 トヨタ語 vs普通語 少人化と省人化 20 トヨタ語 vs普通語 予防と治療 21 トヨタ語 vs普通語 修理と修繕 22 トヨタの現場語 標準作業 23 トヨタの現場語 必要数 24 トヨタの現場語 生産の平準化 25 トヨタの現場語 多台持ち・多工程持ち・多能工化《世界のトヨタ式 2》ジェフ・ベゾスとトヨタ式第 3章 仕事が変わる「トヨタの習慣」 1 見方を変える 平均でものを見ない 2 見方を変える 不良は率でなく個数と金額で見る

3 見方を変える がんばらなくてもいいように工夫する 4 見方を変える 「止まる」のではなく「止める」ようにする 5 見方を変える 「好況を切り抜ける」発想 6 見方を変える 自分の仕事が不要になるほど改善する 7 見方を変える 常識を疑う 8 飛躍を目ざす 改善を徹底することで改革する 9 飛躍を目ざす ゼロを一つ取って考える 10 飛躍を目ざす 単位を変えて考える 11 飛躍を目ざす 困らせることで知恵を出す 12 飛躍を目ざす ベンチマーキングを絶やさない 13 飛躍を目ざす カタログエンジニアにならない 14 飛躍を目ざす 白紙になってものを見る 15 知恵を出す 言う通りでなく、もっとうまくやる 16 知恵を出す できない言い訳をしない 17 知恵を出す 二階級上の立場で考える 18 知恵を出す ひらめきよりも根気で創意工夫する 19 知恵を出す 目的と手段を混同しない 20 知恵を出す 一つの目的に手段をいくつも探す 21 知恵を出す 「仕事に行く」を「知恵を出しに行く」にする 22 知恵を出す 出口だけでなく入口にさかのぼる 23 知恵を出す 現場で勉強する 24 まずやる 聞くより見る、見るより行う 25 まずやる 六〇点であればとにかく進める 26 まずやる アイデアを現物にする 27 まずやる モデルラインから始める 28 まずやる あれもこれもやるムダを時には許す 29 まずやる 課題のない報告は認めない 30 まずやる 診断士でなく治療士になる 31 まずやる 今日のことは今日片づける 32 やり遂げる P‐ D‐ C‐ Aに Fをつける 33 やり遂げる 変化を日常にする 34 やり遂げる 昨日のことは忘れる 35 やり遂げる 今日の成果に安住しない 36 次に備える ツキに頼らずツキに備える 37 次に備える 自分で波を起こそうとする 38 次に備える 今を少し犠牲にしても潜在需要を広げる 39 次に備える 微調整機能を持つ 40 次に備える 基礎工事を雨ざらしにしない 41 次に備える 当たり前のことをきっちりとやり続ける 42 次に備える 異論がなければ異論をつくる 43 次に備える 「知っている」を「やっている」に変えていく 44 力を出し合う 一人で悩まず、一〇〇人で悩む 45 力を出し合う すぐには答えを教えない 46 力を出し合う みんなの協力を求める 47 力を出し合う 不良はみんなの見えるところに出す 48 力を出し合う タテヨコナナメの人間関係を築く 49 力を出し合う 仲よくケンカする 50 力を出し合う 前工程は神様、後工程はお客さまと考える 51 力を出し合う 相手の価値を心から認める 52 上司の声かけ 権力ではなく理解と納得で仕事を進める 53 上司の声かけ 部下と知恵比べをする 54 上司の声かけ 三つの「きく」を使い分ける 55 上司の声かけ 算術ではなく忍術で考える 56 上司の声かけ 頼りになる親方になろう 57 上司の声かけ 部下に「わかったか」と聞かない 58 上司の声かけ 自分を凌駕する部下を育てる 59 人を育てる モノをつくる前に人をつくる 60 人を育てる 「急げ」と人を叱らない 61 人を育てる 人間を機械の番人にしない 62 人を育てる 「決められたこと」を「決めたこと」に変えていく 63 人を育てる 人間の知恵はすごい、知恵は無限だと信じる 64 人を育てる 日本のモノづくりと雇用を守る 65 ムダに気づく ムダを見つける目を養う 66 ムダに気づく ムダは進化すると知っておく

67 ムダに気づく 探すのは仕事ではないと考える 68 ムダに気づく 改善が改善ごっこになっていないか調べる 69 現場を見直す 現場は見たのかと問いかける 70 現場を見直す 現場は家に持って帰れないと自戒する 71 現場を見直す 事務屋はあとでいいし、粗末なものでいい 72 現場を見直す 一にユーザー、二にディーラー、三にメーカー 73 失敗を生かす しんどいと感じたら楽になれる方法を考える 74 失敗を生かす 失敗を積み重ねて成功を築く 75 失敗を生かす 責任追及より原因追求を優先する 76 失敗を生かす 標準をつくって改善と改悪を分ける 77 失敗を生かす 失敗のレポートを書いておく 78 知恵のヨコテン 情報を飼い殺しにしない 79 知恵のヨコテン A 3一枚にまとめる 80 知恵のヨコテン 思いを見える化する 81 知恵のヨコテン バッド・ニュース・ファースト 82 知恵のヨコテン 丸投げ仕事を絶対しない 83 知恵のヨコテン 「安く買う」のでなく「安く売れる」ようにする 84 責任を果たす よき企業市民を目ざす 85 責任を果たす 自分の城は自分で守る 86 責任を果たす いかなる時も従業員を欺かない 87 責任を果たす 儲けさせてよかったと言われる会社にする 88 責任を果たす 企業の責任である税金を払う 89 責任を果たす 本業重視の姿勢を保つ 90 責任を果たす 安易な人減らしをしない 91 責任を果たす 頂点をきわめても常に変わり続ける《世界のトヨタ式 3》スティーブ・ジョブズとトヨタ式第 4章 「トヨタ力」で自分を伸ばす 1 仕事力 自分で自分を困らせてみる 2 仕事力 小さな改善から始める 3 仕事力 身近な気づきを重視する 4 仕事力 いつもプラスアルファの知恵をつける 5 仕事力 成功した時こそ反省しよう 6 見える化力 自分の星取表をつけてみる 7 見える化力 書類をコンパクトにする 8 見える化力 ビジュアルにこりすぎない 9 見える化力 伝え方を工夫しよう 10 見える化力 熱意は行動で示そう 11 巻き込む力 複数案を比べる習慣をつける 12 巻き込む力 後工程はお客さまと考えてみよう 13 巻き込む力 上司の目で仕事や自分を見直す 14 巻き込む力 問題のホルダーになる 15 積み上げる力 まずやるクセをつける 16 積み上げる力 「わかった」を禁句にしてみる 17 積み上げる力 現地に行き現物で考える 18 積み上げる力 わかるまで「なぜ」をくり返す 19 積み上げる力 目標は高く、歩みは堅実に 20 積み上げる力 自分で変えられるものに集中する 21 積み上げる力 始めたら途中でやめない 22 リーダー力 人間関係に厚みを持たせる 23 リーダー力 時には教え役になってみる 24 リーダー力 知恵の引き出し役になろう 25 リーダー力 怒りたい時は対策に気持ちを向ける 26 リーダー力 明るく前向きな言葉を使う 27 前向き力 身近な「できる」人に学ぶ 28 前向き力 失敗の記録を見直す 29 前向き力 整理整頓を徹底する《世界のトヨタ式 4》マサチューセッツ工科大学とトヨタ式第 5章 弱みを強みにした実践史に学ぶ 1 佐吉の発想 始祖・豊田佐吉の「自力の思想」 2 佐吉の発想 見る力と気づく力 3 佐吉の発想 トヨタの堅実財務の源流

4 佐吉の発想 トヨタの自働化の発端 5 佐吉の発想 佐吉とトヨタ綱領《豊田佐吉の略年譜》 6 喜一郎の挑戦 創業者・豊田喜一郎のゼロスタート 7 喜一郎の挑戦 トヨタのチャレンジ精神の源流 8 喜一郎の挑戦 原価を下げるトヨタのルーツ 9 喜一郎の挑戦 ジャスト・イン・タイムの始まり《豊田喜一郎の略年譜》 10 石田の堅実 中興の祖・石田退三と倒産直前の危機 11 石田の堅実 トヨタ生産方式の幕開け 12 石田の堅実 大野耐一を育てる《石田退三の略年譜》 13 大野の構想 トヨタ式の大成者・大野耐一の苦闘 14 大野の構想 知恵を出すシステムをつくる 15 大野の構想 創意くふう運動の源流 16 大野の構想 かんばん・多台持ちの登場 17 大野の構想 多品種少量生産への道 18 大野の構想 人づくりのサイクルが回り始める 19 大野の構想 トヨタ式が一挙に広がった理由 20 大野の構想 トヨタ式の導入はなぜ難しいのか 21 大野の構想 制覇するのでなく恩を返す《大野耐一の略年譜》 22 匠の復活 トヨタ式に構造的な欠陥はあるか 23 匠の復活 トヨタの復活力の原点《世界のトヨタ式 5》ジャック・ウェルチとトヨタ式 あとがきと参考文献装丁──一瀬錠二( Art of NOISE)

注・トヨタの社名は、一九三七年の設立時はトヨタ自動車工業。五〇年にトヨタ自動車販売が分離して「自工」「自販」に分かれ、八二年の合併から現在のトヨタ自動車。本書は特に区別が必要な場合以外、「トヨタ自動車」もしくは「トヨタ」と表記した。

第 1章 世界を制した「改善」のすべて

トヨタという会社は、これまで何度か深刻な危機に陥ったが、そのたびによみがえり、よみがえるたびに大きく成長してきた。 なぜか。多くの企業は、過去を「捨てる」「否定する」ことで危機を克服する。一方、トヨタ式は原点を「取り戻す」ことで危機を克服する。だから着実に成長していけるのだ。 トヨタ式の原点は「改善」である。今では KAIZENという世界共通語になっているものの、マニュアルや国際規格といったものは存在しない。改善は現場で働く一人ひとりの知恵の集積だからである。 それだけに、筆者の目から見れば、やり方を間違っていたり、不徹底だったりする会社や人がまだまだ多い。トヨタ式を身につける第一歩は、改善の徹底から始まる。

▼トヨタのムダ取り 1 ムダとは何か ▼ムダは付加価値を高めない トヨタ式を知るには改善を知る必要があり、改善を知るには、「ムダとは何か」をしっかりと理解する必要がある。 筆者はこれまでいくつもの企業で生産改革のお手伝いをしてきた。その際、最も困るのが、ムダとは何かについての考え方が、企業によって、また人によって大きくばらつくことだ。 ムダを省くこと自体に反対する人は、ほとんどいない。誰だって、「ムダ取り」をすれば生産性が向上し、利益が増えることはわかっている。 しかし、肝心のムダに対しての考え方がばらついていると、ムダ取りを進めようにも進めることができないのである。 たとえば、倉庫にたくさんの部品や部材、製品が積んであったとする。それを見て、ある人は「ムダだ」と言い、別の人は「これだけ在庫があれば、お客さまに迷惑もかけないし、生産が停滞することもない」と言うようだと、いくら「在庫の削減をしよう」と号令をかけても、進むはずがない。 人の働きも同様だ。 ある人が毎日、朝早くから夜遅くまで働いているとする。それを見て、ある上司は、仕事の進み方や成果を総合的に勘案して「ムダが多い」と言い、別の上司は、単純に「がんばってるな」とほめるようだと、いくら「仕事のムダを省こう」と提案しても、働き方が変わるはずはない。 トヨタ式改善を進めるには、まず、ムダとは何かについて、みんなが同じ見方や考え方をするようにしていくことが大切になる。 では、トヨタ式でいうムダとは何か。 ひと言でいうと、「付加価値を高めない、いろいろな現象や結果のこと」をさす。 生産現場では、「原価だけを高める生産の諸要素」と表現できる。 ▼正味作業と付随作業 まずは動作のムダを見てみよう。 動作は細かく観察すると、「作業」と「ムダ」に分けることができる。 さらに、作業は「正味作業」と「付随作業」に分かれる。・ムダ 作業に何ら必要がなく、原価のみを高める動作である。すぐに省く必要があり、改善は、まずここから進めていくことになる。・付随作業 付加価値のつかない作業をいう。本来はムダといえるが、その時の作業条件ではやらなければならないものが多い。 たとえば、段取り替え(作業内容や生産品種が変わる時に生じる作業)や、部品を倉庫に取りに行く、部品を探す、部品の包装を解くといった作業だ。ムダではあるが、すぐに省くことはできないため、まずは作業条件の改善が必要になる。 トヨタ式で大切なのは、こうした付随作業を仕事だと勘違いしないことだ。付随作業は省くべきムダであるとはっきり認識することから改善が始まる。・正味作業 付加価値を高める作業であり、これこそが生産である。 作業の中に占める正味作業の比率を向上させることが、改善のポイントになる。 トヨタ生産方式の育ての親である大野耐一氏(工場長を経て副社長、相談役を歴任)は、よく「動きを働きにする」という言い方をしていた。 作業者本人がどんなに忙しく働いているつもりでも、正味作業以外はただの「動き」であり、「働き」と呼ぶことはできない。「働く」とは、工程が進み、仕事ができ上がっていくことだ。 ムダや付随作業を減らすことが、動きを働きに変えていくことになる。 ▼要素作業から見直す どうすればムダを発見して、正味作業の比率を高めていくことができるのか。 まずは、改善しようとする作業を、最小区分である「要素作業」に分解することだ。たとえば「部品を取りつける」「ボタンを押す」「完成品を運ぶ」といったことである。そのうえで、「この作業は本当に必要か」「このやり方はもっと簡単にならないか」「なぜこのやり方をしているのか」などと、一つひとつに検討を加えていく。こうすればムダも見つかるし、改善のヒントに気づくこともできる。 特に管理監督者には、こうした「ムダを見つける目」が求められる。 管理監督者の仕事は、作業者を「がんばっているな」と励ましたり、「もっとやれ」とはっぱをかけたりすることではない。「もっと楽なやり方はないか」「もっと簡単にできないか」と考えることが仕事だ。 ムダを省き、よりよいやり方へと改善していくことこそがトヨタ式の管理監督者の仕事なのである。 もちろん、作業者自身も、「しんどい」「つらい」「もっと楽なやり方があるはずだ」と思ったら、すぐに改善提案をすることが大切になる。 みんながムダについて同じ認識を持ち、ムダに気づいたら、どうすればそれを省けるかを考える「ムダ取りのエキスパート」になる。 管理監督者と作業者一人ひとりのこうした気づきや提案が積み重なることで、改善は進み、ムダが一つ二つと減っていく。

▼トヨタのムダ取り 2 たとえば生産現場の八つのムダ ▼不良と手直し・つくりすぎのムダ 次に、生産現場におけるムダを見てみよう。 大きく八つに分けることができる。「不良(不良品)、手直しのムダ」「つくりすぎのムダ」「加工そのもののムダ」「運搬のムダ」「在庫のムダ」「動作のムダ」「手待ちのムダ」「産業廃棄物のムダ」だ。 もちろんムダは、間接部門などあらゆるところにある。生産現場における八つのムダから、自分のところにはどんなムダがあるかを考えることが大切である。 不良、手直しのムダ 不良品をつくって品質を低下させたり、手直しを発生させて原価を高めてしまったりすることをいう。 モノづくりにおいて、不良をゼロにするのは、とても難しい。「不良率をゼロにしたければ、モノをつくらないのが一番だ」と言う人までいるほどだ。 多くの企業でも、不良は「仕方のないもの」として許容したうえで、不良の手直しも「仕事」の一つとしているのが現状ではないだろうか。 しかし、モノづくりの基本は「良品一〇〇%」である。「多少の不良が出るのは仕方ない。手直しをすればすむことだ」と考えているようでは、不良や手直しをゼロにすることは永遠にできない。「不良をつくることはムダであり、手直しは仕事ではなくムダだ」と認識することが必要である。 つくりすぎのムダ トヨタ式において最も警戒すべきムダの一つとされている。 つくりすぎは材料の先食いになるばかりか、エネルギー代や人件費をよけいに費やすことになる。さらには、つくりすぎたモノの保管のための倉庫や人など新たなムダも生む。「少なすぎる」のがダメだというのはすぐにわかるが、「多すぎる」のが大きなムダにつながると考える人は案外と少ない。 しかし、実際には、多すぎる(つくりすぎる)のは大変なムダを生むのだ。 トヨタ式の基本は、必要なモノを、必要な時に、必要なだけつくる「ジャスト・イン・タイム生産」にある。 言い換えれば、「売れ(売れ行き、実売)に合わせてモノをつくる」ことである。 ▼加工・運搬・在庫のムダ 加工そのもののムダ 工程の進行や加工の精度には関係のない不必要な加工のことをいう。 気をつけたいのは、人間には「慣れたやり方が最もよい」と思う心理が必ずあることだ。そのため、不必要な加工に気づかないことは少なくない。 人は「慣れたやり方」と「新しいやり方」を比較して、慣れたやり方を選びがちであるが、トヨタ式改善においては、常に「よりよいやり方」を求めて、作業内容の見直しを行う。 運搬のムダ ジャスト・イン・タイム生産に必要な運搬以外の運ぶ行為をいう。 不要な運搬、長い距離の運搬、あるいは取り置き、積み替えなどをさす。 大野耐一氏は、車両を使った大がかりな運搬をしている現場に、不況に備えて、手押し車を導入したりしている。そのように、運び方や運ぶ量などについても細かな改善を心がけていた。 運搬は、モノだけではなく、情報を運ぶことでもある。情報は目に見えないだけに、ムダが出ないように、よりしっかり分析、検討することが重要だ。 在庫のムダ 各工程間の仕掛品(製造途中の未完成品)が必要以上にあったり、仕入れ先からの納入部品が多すぎたり、見込み生産によって製品をつくりすぎることで発生したりするムダをいう。「まとめて仕入れると安くなる」などと言われて必要以上にモノを買うことのないようにしたい。安く買ったつもりでも、必要量を超えたモノはすべて在庫となり、結果的にムダを生み、安く買ったつもりが高くつくことになる。 また、「在庫のムダは、ほかのムダを隠す」ともいわれている。 逆に、在庫をぎりぎりまで減らせば、納期に間に合わせようと緊張感を持って仕事をするようになる。そうすることで初めて見えてくるムダがたくさんあることを知っておきたい。 ▼動作・手待ち・廃棄物のムダ 動作のムダ 作業中の付加価値を生まない人の動きや、機械設備の動きをいう。 手待ちのムダ 作業を一時的に止めて、待たざるを得ないムダである。 機械設備が自動加工している間、人がそばに立って見守っていたり、仕事をしたくても機械が加工中で手が出せない状態などをいう。 トヨタ式では、機械のそばで動きを見ているだけの状態を「人間を機械の番人にするな」と言い、避けるように注意をうながす。 産業廃棄物のムダ 材料、梱包材、使い捨て容器など、リサイクルできない廃棄物をいう。 ──以上の八項目が、生産現場における目に見えるムダである。 これらのムダを見逃したままではコスト低減はできないし、仕事の進歩もない。 また、ムダはこの八つだけではない。 大野氏は当初、「七つのムダ」という言い方をしていた。これは、「ムダは七つだけ」という意味ではなく、「なくて七癖」というように、ムダがないように

見えても、実は七つや八つのムダはあるものだ、という意味だ。 生産現場には多くのムダがあり、それを一つひとつ改善することで原価が下がり、品質が向上し、仕事も楽になるというのがトヨタ式のムダ取りである。 さらに忘れてはならないのは、ムダはいったんすべてを省いたように見えても、時がたち、新しい機械などが入れば、また新たなムダが生まれるということだ。 ムダ取りを懸命にやって、「これで十分だ」と改善の手を止めてしまってはいけない。 大野氏は、「ムダ取りは一生の仕事」と言っていた。常にムダに気づき、ムダを省く。この「続ける力」こそがトヨタ式の強さの源泉である。

▼トヨタの片づけ 3 改善のスタートは 5 Sから ▼まずは 4 Sの徹底から トヨタ式の改善では、ムダについての理解とともに、 5 Sを徹底することが求められる。 5 Sとは、整理、整頓、清掃、清潔、しつけの五つをさす。 仕事の中でモノやデータを探す時間は案外と多いようだ。 たとえば、資料がどこにあるかわからなくなり、「たしか引き出しの中にしまったはずだが」などと探し回り、結局見つからずに仕事がストップし、周囲にグチをこぼしたという経験を持つ人は少なくないはずだ。 かつては机の上に書類を山積みにして、誰かが片づけようとすると、「何がどこにあるか全部わかっているから、さわらないでくれ」と怒り、それにもかかわらずいつも何かを探している人もよくいた。今も、パソコンの中がごちゃごちゃな人がたくさんいるはずである。 こうした人たちにとっては、探しものをすることは日常であり、仕事の一部になっているのだろう。 だが、トヨタ式では、モノを探すことは明らかなムダである。 必要なモノやデータを、必要な時に、必要な人が、たとえ昨日入社したばかりの新人であっても手に入れられるようにするのが、トヨタ式である。 A社の経営者がトヨタの工場を見学した際、最も驚いたのは「トヨタにはモノを探している人がいない」ことだった。 一方、 A社の工場はどうなっていたか。倉庫には部品や部材、製品が天井の近くまで高く積み上げられ、それでも足りずに工場の外にまで積まれていた。「大丈夫。何がどこにあるかわかっている」という「倉庫の達人」のようなベテラン社員もいた。しかし、実際に必要なモノを取り出すには、手前のモノをどかしてから引っ張り出し、汚れも拭き取らなければならず、工場に運ぶまで多大な時間を要するのが常だった。 それでも必要なモノがすべて揃えばいいが、在庫が過剰な企業ほど必要なモノはなく、あるのはいらないものばかりのことが多い。 A社もその例にもれなかった。 A社の経営者はそれまで、モノを探すことも仕事のうちと考えていたが、トヨタの工場を見学して以降、考え方はガラリと変わった。 ムダを省くために、モノを探さなくてもいい職場をつくる。それが改革のスタートとなった。 そのために必要なのが、 5 Sの徹底だった。トヨタ式では、 5 Sの中の、整理、整頓、清掃、清潔の「 4 S」を特に大切にしている。 ▼整理とは何か 5 Sは、まず整理から始める。 モノを探すようになるのには原因がある。 一つにはモノが多すぎること、もう一つはモノが整頓されていないことだ。 A社もそうだった。何がどこに何個あるかを正確に把握している社員はほとんどおらず、モノを探す時は「倉庫の達人」に頼るしかなかった。それでは仕事のムダが省けるわけがない。 そこで目ざしたのは、「部品や部材の一つひとつについて、何が、どこに、いくつあるかが誰にでもわかり、誰にでもすぐに取り出せる」状態にすることだった。 ポイントは「誰にでも」だ。 たとえ入社したばかりの社員でも、生産指示書に従って、必要なモノを、必要な時に、必要なだけ用意できるようにすることが目標だった。 トヨタ式では、整理と整頓をきちんと区別して考える。 大野氏耐一氏は、こう言っていた。「いらないモノを処分することが整理であり、ほしいモノをいつでも取り出せることを整頓という。 ただきちんと並べるだけなのは整列であって、現場の管理は整理整頓でなければならない」 整理整頓というと、見た目をきれいにすることだと考えている人がいるが、それでは仕事の役に立たないことがある。 見た目はきれいでも、目的のモノを取る時に探さなければならないとか、別のモノをどかさなければならないとかいうのでは、整理整頓ではない。 整理整頓と整列を間違えてはいけないのである。 ▼名札作戦で整理を始める 4 Sのスタートは「名札作戦」からだ。 名札作戦とは、いらないモノに名札を貼り、不要なモノが誰にでもひと目でわかるようにする整理方法のことだ。 実施手順は次のようになる。 名札作戦実施プロジェクトの発足 メンバーは、製造、資材、管理など、できるだけ幅広い部署の担当者を集めて構成する。製造業、非製造業にかかわらず、全員参画のプロジェクトにするといい。 実施期間は一ヵ月くらいとする。 対象物の選定 整理する対象物を決める。・直接部門の在庫……原材料、部品、仕掛品、製品など・直接部門の設備……機械、治具(固定・制御の道具)工具、台車、パレット(荷物を載せる荷役台)、作業台、椅子、机、棚など・間接部門の機械……パソコン、プリンター、コピー機など・間接部門の備品……キャビネット、ロッカー、図書、雑誌など 基準の決定 いるモノと、いらないモノの基準を明確にする。・過去一ヵ月以上使用しなかった……「不要」として札を貼る・過去一ヵ月の間に使用した……「必要」として札は貼らない

・今後一ヵ月以上使用する計画がない……「不要」として札を貼る・今後一ヵ月以内に使用する計画がある……「必要」として札は貼らない 名札を貼る 作戦実施プロジェクトメンバーと現場の職制(管理職)とで職場を巡回し、客観的に判断し、札を貼っていく。 モノはなかなか捨てられないことが多い。名札を貼る時は心を鬼にすることも必要になる。どうしても判断がつかないときは「保留」の札を貼ってもいい。 不用品の対処 不用品一覧表を作成して記録に残す。同時に、理由と状態に応じて対処を決めて実行する。 ▼最後はトップが判断する 名札作戦の整理における注意点を二つあげておこう。 一つは、モノを整理する時は、トップがきちんと関心を持つということだ。 企業によっては「わざわざトップが整理に口を出さなくてもいい」と考え、すべてを現場に任せるケースも多い。 だが、それでは中途半端な整理に終わりがちである。 なぜか。金額がさほどでもないモノや明らかに不要なモノは、現場で捨てる判断ができるが、ある程度高価なモノや必要性がきわめて微妙なモノは、現場では判断ができにくいからだ。 各部門の責任者から「買う時にあれだけのお金を払っているんだ。簡単に捨てていいのか」「もし必要な時が来たらどうするつもりだ」などと言われると、プロジェクトメンバーの決断は鈍る。 こんな時には、トップがきちんと判断しなければならない。 整理が中途半端に終わるのは、捨てることの大切さは理解しながらも、「いつか使うかも」「これは記念の品なんだ」などと理由をつけて捨てることを拒む責任者がいるからである。 そんな人に、「捨てよう」と言えるのはトップだけなのである。「トップにしかできない 4 Sがある」という理解が必要なのだ。 もう一つ注意したいのは、捨てることをすべて業者に任せないことだ。 自分たちの手で細かく分解して、捨てるモノと、再利用するモノを分けるといったこともあっていい。 モノは、捨てればただのゴミだが、分別をすれば資源に変わることになる。 環境への取り組みが問われる時代、処分を自分たちでやることも考えてみるといいだろう。

▼トヨタの片づけ 4 整頓にはコツがある ▼整頓の四つのステップ 整理によってムダなモノが排除され、必要なモノだけが残されると、次にやることは整頓になる。 先にふれたように、整頓と整列は違う。仕事における整頓は「何が、どこに、何個あるかがすぐにわかり、かつ誰でもすぐに取り出せるようにする」ことをいう。 進め方は、次の通りである。 置き場所の決定と整備 整理した部品や部材、治具工具などについて、使用頻度などを考慮して、それぞれの置き場所を決める。 決定後は、モノを置く棚やキャビネットを整理する。 この時、安易に市販品に頼るのではなく、より使いやすいように自分たちでつくったり、市販品を改善したりすることが必要だ。自分たちなりの知恵を加えることで、より使いやすくしていくといい。 場所表示 モノを置く場所を表示する。 棚が複数ある場合は、それぞれの棚に、たとえば、 A、 B、 Cと名前をつける。 棚の中にも名前をつける。たとえば、棚段の上から 1、 2、 3……と表示する。棚段の左右も、仕切りごとに一、二、三……と表示する。 こうすれば、生産指示書に「 A棚、 1─二」と指定するだけで、誰でも目的の品をただちに用意できる。 場所表示は棚だけに限らない。移動を伴う台車や工具、事務用品なども置き場所やナンバーを振ることで「何番の台車はこの位置に」と決めておくといい。 品目表示 棚の場所表示が終わったら、そこに何を置くのかを決め、「この場所にはこれを入れる」と、はっきり表示する。モノによっては写真を貼って、よりわかりやすい表示にする。 というのも、人はついつい手近な棚の空きスペースにモノを入れて、「あとで直せばいいや」と言い訳をしがちだからだ。 だが、誰しも経験しているように「あとで」が実行されることはほとんどない。そんな「あとで」をくり返していると、何がどこに入っているかが、さっぱりわからなくなってしまう。 せっかく「 A棚、 1─二」と指定しても、本来そこにある品物とは違うモノが置いてあっては、何にもならない。それを防ぐための表示である。 量表示 在庫は、日頃から気をつけていないと、あっという間に増えてしまう。 増やさないためには、棚の中の数の変動がすぐにわかるようにしておくことが必要になる。 最小在庫量と最大在庫量を決め、それぞれの位置にテープを貼っておくとよい。 先の A社では、棚はもちろん倉庫の柱にも、量がひと目でわかるように、ペンキで印をつけるようにした。倉庫の天井に届くほどの在庫を抱えて苦労した経験を、二度とくり返さないためだ。 モノは、「何が、どこにあるか」だけでなく、「いくつあるか」もひと目でわかるようにする。 そのように整頓が徹底できれば、モノを探す必要もなくなり、必要なモノが見つからないという苦労からも解放され、より付加価値の高い仕事に専念できることになる。 ▼人間の注意力だけに頼らない 整理整頓における注意事項を二つあげておこう。 一つは、ミスを防ぐためには、人間の注意力だけに頼るのをやめることだ。 整理整頓を徹底して棚にモノをきちんと並べたからといって、それで終わりではない。人間が作業をする以上、時に間違いが起きる。 B社で、接着剤の種類を間違えて使うというミスが起きた。整理整頓はすでにある程度できていたから、普通なら、「注意しろ」「気をつけろ」で終わるところだろう。しかし、 B社はトヨタ式を実践しており、「なぜミスが起きたのか」という真因(原因のさらに奥にある真の要因)を追求するために、責任者が倉庫に足を運んで調べた。 すると、棚には接着剤を入れた缶と同じような缶が何種類も並んでいることがわかった。違いは、缶に書かれた小さな記号で見分けるほかはない。それでは、入荷した缶を棚に入れる際にミスするかもしれないし、缶を生産ラインに持って行く際に間違える可能性もあった。 責任者は、現場の担当者と協力して、「缶の種類ごとに色の違うテープを貼る」「協力会社にも、よりわかりやすい表示を工夫してほしいとお願いする」といった改善をほどこした。 以後、同じミスは二度と起きることがなかったという。 ▼ミスが起きたら改善する 整理整頓における注意事項の二つ目は、 B社の例に見られるように、ミスをしたら真因を突き止め、二度と同じミスが起きないように改善をすることである。 これはトヨタ式の鉄則でもある。 人間は、どんなに注意していても、体調が悪いこともあれば、うっかりすることだってある。整理整頓したあとも、ミスはやはり起きる。 そんな時に、「ミスは改善のチャンス」ととらえて、一つひとつ改善をする。そうすることで、整理整頓のレベルは確実に上がっていくことになる。 企業の「つくる力」は、倉庫を見ればわかる。整理整頓の行き届かない企業が、よりよいモノを、より早く、より安くつくるのは難しい。 いいモノをつくるためには、まず整理整頓を徹底して、さらなる改善につなげていくことが必要になる。

▼トヨタの片づけ 5 清掃には人を変える力がある ▼清掃イコール点検 5 Sで整理、整頓の次にくるのは、清掃である。 床や壁はもとより、機械設備、治具工具、棚、キャビネットなど、職場にあるものすべてをきれいにする。 生産現場で使っている機械設備の清掃は、「点検清掃」が基本となる。 大野氏は「機械は壊れるのではなく、壊すことのほうが多い」と言っている。 機械自体は、そう簡単には壊れない。人間が手入れを怠ったり、小さな不調を放置したりするから壊れるのだという戒めである。 つまり、「清掃 =点検」であることを頭に入れてほしい。 機械設備の異常は、日頃から使っている人が最も気づきやすい。清掃を徹底していれば、「何か変だなあ」といった小さな不調のうちに点検し、早めに修理をすることが可能になる。 トヨタ式を実践している企業には、多くの人が見学に訪れる。その人たちのほとんどが、そこでは最新の機械設備ではなく、償却期間をとうにすぎた機械設備が現役で活躍していることに驚く。 中には「父親の代から使っています」という機械設備が現役で活躍していることさえある。 トヨタ式は、「稼働率」ではなく、「可動率」を重視する(第 2章 18項参照)。動かしたい時にすぐ動き、一〇〇%の力を発揮することが大切なのだ。 可動率一〇〇%なら、年数や型式など気にする必要はない。そうした機械設備には職場の知恵がたくさんついており、日頃からしっかりとした保全が行われているものだ。 つまり、可動率一〇〇%の機械設備を多く持つことは、その企業が「稼ぐ力」を大いに持っていることになる。 可動率を一〇〇%にするために重要なのが、点検清掃である。 人間も、病気になってから病院に行くのでは大変であり、時には手遅れになることもある。日頃の節制や健康診断などによって、早めに異常に気づき、大病になる前に治療をすることが健康のポイントになる。 機械設備も同様だ。壊れてから修理するのではなく、壊れないための清掃、点検と、早めの修理を心がける。 これがトヨタ式の点検清掃である。 なお、トヨタ式で重要なのは「修繕」ではなく「修理」だ。次の違いがある。・修繕……故障した時に応急処置的に部品を替えたりして動かす・修理……故障の真因を調べて二度と同じ故障をしないようにする まめな点検清掃と修理の積み重ねが、機械設備を万全の状態に保つのだ。 ▼衛生型清掃とは 食品などを扱う企業では、「衛生型清掃」が重要になる。 衛生型清掃が重要な企業にとって、清掃の手抜きは致命傷になる。 衛生型清掃を徹底するためには、清掃を外部に任せきりにせず、自分たちの職場は自分たちで守るという意識を持って、みずから日頃の清掃に取り組むことが大切になる。 大手製造グループに属するメーカー C社は、わずかの埃さえ嫌うデジタル製品を新たに扱うにあたり、徹底した清掃に取り組んだ。 工場の床や壁を A 2サイズに区切り、社員だけでなく管理職、役員までが総出で徹底してピカピカに磨き上げた。それ以後も、毎日、就業時間の一五分間、生産ラインを止めて、やはり全社員がモップや雑巾を手に清掃を行っている。「生産を止めるのは非効率だ。生産ラインを止めないために、清掃は外部の業者に任せたほうがいい」という意見もあった。 だが、 C社は、効率よりも、「自分たちの職場の環境は自分たちで守る」という意識を重視した。 こうした日々の取り組みが功を奏して、同社の製品の品質はグループナンバーワンになり、かつ利益率でもグループナンバーワンを続けているという。 清掃には、働く人たちの心を変える力もある。 ある企業の工場責任者となった役員が最初に手をつけたのは、社員の働く環境をきれいにすることだった。 トイレを清潔にし、休憩室や食堂の壁紙を張り替えた。階段の手すりのはげ落ちたペンキを塗り直し、通路や敷地のデコボコも修理した。 やがて小さな変化が起きてきた。 これまで目立っていた敷地内での乱暴な車の運転がなくなった。花壇を整備して花を育てるグループも現れた。水が枯れて朽ち葉がたまっていた池を掃除して水をはり、魚を放す社員も現れた。階段を駆け上がる社員が多かったが、みんなが規則通りに手すりを持ってゆっくりと上り下りするようになった。 やがて遅刻や欠勤が激減し、みんなが元気な笑顔で挨拶を交わすようになった。 モノづくりは、人がいて、機械設備があって、材料を入れればできるというものではない。工場で働く一人ひとりが心を合わせてがんばってこそ、いいモノを、より早く、より安くつくることができるようになる。 働く人を大切にするためには、働く人の環境を整えることだ。ちょっとした取り組みが社員の心を変え、つくる力を高めていく。

▼トヨタの片づけ 6 清潔とは整理・整頓・清掃の維持 ▼ 5 Sを年中行事にしない 5 Sの四番目の「清潔」とは、整理、整頓、清掃の維持、継続のことである。 5 Sでよく見られる失敗は、ムダなモノを捨て、しっかり整理整頓をしても、何ヵ月か経つうちに、ついついモノが増えて「元の木阿弥」になってしまうことだ。「すっきりしたなあ」とみんなが感じた場所に再びモノがあふれ、何が、どこに、何個あるかがわからなくなってしまう。 そして一年も経つと、「今年もそろそろ名札作戦をやりますか」と、再び同じ作業をくり返すことになってしまう。 5 Sが年中行事になってしまうケースである。 もっとも、これはまだいいほうだ。 こんなことを毎年くり返すうちに、「どうせ整理整頓したって元に戻ってしまうから」と、 5 Sそのものを効果なしと考え、乱雑な状態をそのままにしてしまうケースもある。 それだけに、 5 Sの年中行事化は何としても食い止めたい。 せっかくの 5 Sが、時間のムダ、お金のムダ、気持ちのムダになってしまっては逆効果だ。トヨタ式の清潔は、このような年中行事化や、あきらめを防ぐためにも必ず行おう。 清潔には、「日常業務の中で習慣として続ける」「汚したくても汚れないほどの改善を心がける」といった方法が有効である。 ▼気づいたら即実行 まず、「日常業務の中で習慣として続ける」ことだ。 毎日一五分間、生産ラインを停止してみんなが清掃を行っている C社のように、「毎日、みんなで」を当たり前のものにすることが重要である。 たとえば、床が汚れていたら、即座にモップで拭く。ムダなモノが少しでも増えたら、すぐに整理する。あるいは、治具工具などの置き方や棚への入れ方が乱れていたら、その場で整頓する。「あとで」とか、「まとめて」ではなく、「気づいたら即実行」を習慣づける。 同時に、なぜ整理、整頓、清掃が守られないのかを調べて、改善すべき点があればすぐに改善する。 こういったことをみんなが心がければ、清潔は維持できる。 ここで忘れてはならないのは、習慣化のためには、指示する人がみずからやるという点だ。 ゴミが落ちていたら、たとえトップでも「拾っておけ。きちんと片づけておけ」と命令してはいけない。トップみずから拾えばいい。管理職ももちろんだ。汚れていたら、拭き取るように指示するのではなく、管理職みずから拭き取る。 トップや管理職が、人に注意するだけで自分は何もしなければ、いい習慣は決して根づかない。率先垂範の姿勢が大切だ。 5 Sに限らず、率先垂範は、トヨタ式の管理職に求められる大切な姿勢である。 ▼率先垂範が企業文化を変えていく 率先垂範は、企業の文化を変え、業績さえも変えていく。 日本のあるメーカーのアメリカ工場は長く赤字を続け、このままでは閉鎖しかないという状態に陥っていた。 メーカー本社のトップから「三年で黒字化してくれ」と言われてアメリカ工場の責任者になった Dさんが、赴任してから最初にやったことも率先垂範だった。 たとえば、朝早く工場に行き、みずからモップなどを持って掃除をするのだ。 日本でさえ、責任者みずからが掃除をするのは異例である。ましてやアメリカでは、スタッフとラインの仕事は明確に分かれている。担当でもない人間が掃除をすると、「担当者の仕事を奪うつもりか」と批判されても仕方のないところだ。 しかも Dさんは親会社から来たトップである。掃除をするなど、あり得ないことだった。 しかし、 Dさんは、まるで気にしなかった。 業績の悪い工場の多くは整理整頓が行き届かず、清掃もできていないことがほとんどだ。この工場も例外ではなかった。モノは乱雑に積まれ、汚れ、埃がたまり、機械からもれた油で床もべたべたしていた。「こんな工場でいいモノがつくれるはずがない」と Dさんは思った。 だとすればトップみずから工場に出向いて、少しでもきれいにすればいい。 工場の人たちは最初、驚きと疑いの目で見ていたが、 Dさんが率先垂範を続けるうちに、一緒に掃除をする人が少しずつ出始めた。 三ヵ月もすると、多くの社員が掃除に参加するようになり、工場は以前に比べてはるかにきれいになってきた。 頃合いを見計らい、 Dさんは整理整頓の大切さや、清掃の意義をみんなに話すようになった。 こうして、赤字の工場は二年目には黒字に転換し、つくる力も格段に上がってきたという。 もちろん、掃除をしたからといって業績がすぐに改善されるわけではない。しかし、掃除を通して「自分たちの職場は自分たちで守っていく」という姿勢が生まれれば、つくる力は格段に上がるのである。

▼トヨタの片づけ 7 汚したくても汚れないほどきれいにする ▼元を断つ改善を行う 次に、「汚したくても汚れないほどの改善を心がける」ことだ。 トヨタ式のムダの一つに、産業廃棄物のムダがある。これを省くためには徹底した分別を行って、捨てるモノを限りなく少なくしていくが、分別の徹底以上に大切なのが、入ってくるゴミを減らす取り組みだ。 たとえば部品の納入でも、過剰包装をやめ、通箱(輸送用の箱)などを使えば、包装を解く必要もなくなるし、ゴミも出なくなる。「ゴミが出るのは仕方がない」と考えるのではなく、「なぜゴミが出るのか」を考える。「モノが増えるのは仕方がない」と考えるのではなく、「なぜモノが増えるのか」を考える。そして、もとを断つ改善を行うのがトヨタ式だ。 目標はゴミゼロである。モノを捨てたり片づけたりする労力が最小限ですみ、整理整頓の手間も最小にできる現場だ。 ゴミには出口と入口がある。 出口でやるべきはゴミの分別だ。分別を細かく徹底して行えば、リサイクルできるモノが増え、捨てるゴミを減らすことができる。 ただし、そのための労力やコストはかなりのものだ。現場の人たちには、時に大きな負担となる。 そこで、あるメーカーは、ゴミゼロ工場を目ざして、入口の管理を試みた。このメーカーが行ったのが、納品される部品などの過剰梱包の改善だった。過剰な梱包は、ゴミをお金を出して買っているのと同じことになる。お金を出してゴミを増やし、手間や汚れを増やすのはおかしいではないかと考えたのである。 協力会社などと相談し、お互いに知恵を出し合って包装の仕方などを改善した結果、大幅にゴミを減らすことに成功した。 トヨタ式は真因を調べ、源流にさかのぼって改善することを基本とする。 たくさんのゴミが出る問題に対して、出口ではなく、入口を管理することでゴミそのものを減らしたのは、まさにトヨタ式のやり方だった。 ▼作業服を「白」にした企業の秘密 汚れについても同じことがいえる。 5 Sにおいて「汚れたら拭く」「ゴミが落ちていたら拾う」のは、とても大切なことだ。だが、「なぜ汚れるのか」「なぜゴミが出るのか」という真因を調べて手を打つのはもっと大切である。「機械を使えば多少の油汚れは仕方がない」とか、「塗装の工程で微量のペンキが飛ぶのはやむを得ない」などと当然視するのではなく、「なぜ」という原因追求を、真因解明まで何度もくり返して(これをトヨタ式では「『なぜ』を五回くり返す」と言い表わす)、機械の調整や作業のやり方を改善する。 たとえば、ある企業は、汚れの目立ちにくい色だった工場の壁や床を、汚れの目立つ白に変えた。 白は小さな汚れも目立つ色だ。なぜ、わざわざそんな色に変えたのか。 汚れを見えるようにするためだ。 汚れが見えるようになれば、誰だって「どうすれば汚さずに仕事ができるか」を考える。それが狙いだった。 ある生産子会社は、作業服まで汚れの目立ちにくい色から、白に変えている。 きっかけは、親会社から、生産子会社の社長になった Eさんの気づきだった。 ある日、 Eさんが社員食堂に行くと、数人の社員が隅に固まって食事をしていて、混雑しているにもかかわらず、その周りは空いていた。 Eさんが事情を聞くと、隅に固まっていたのは塗装工程の社員であり、「自分たちの作業服にはペンキがついていて、その臭いが、いやがられているんだと思います」と言う。 Eさんはさっそく総務部に行き、塗装工程の社員に多目に作業服を支給して、小まめに着替えられるようにしたいと提案した。 担当者が「作業服の枚数は決まっていて、ムリです」と気乗り薄だったので、 Eさんは実際に、その担当者を食堂に連れて行って現場を見せ、さらに塗装工程でいかに塗料が飛ぶかを体験させた。 すると担当者は、作業服の支給枚数を増やすので、工場側も作業のやり方などを改善できないかと提案してきた。 やがて改善が進み、塗装工程の社員の作業服はほとんど汚れなくなった。 これをきっかけに、同社は作業服を白に変え、汚れがついたら着替えるだけでなく、「なぜ汚れるのか」を調べて改善することが習慣になったのである。 整理整頓や清掃、清潔を本当に徹底させるには、「捨てたくても捨てるモノがないほどの整理整頓をする」「汚したくても汚れないほどの清掃、清潔を心がける」ということだ。 トヨタ式改善は、 5 Sからスタートする。 5 Sが実現すれば、常に整理整頓が行き届き、清掃や清潔が当たり前になった職場が実現する。あらゆるムダが省かれた職場だ。 そんな職場でこそ、ムダのない仕事が可能になる。トヨタ式の理想である「よりよいモノを、より早く、より安く」つくることも可能になるのである。

▼トヨタの粘り 8 改善推進チームとトップの役割 ▼意識改革にはチームとトップの両輪が不可欠 トヨタ式改善を推進するにあたっては、社員の意識改革が絶対に欠かせない。 しかし、単に「がんばれ」という精神論では、意識はそうそう変わらない。 意識改革をするには、改善推進チームがしっかりと組織されて活動することと、チームを支えるトップの強い意志がとても重要だ。 改善推進チームの組織と活動のポイントは三つある。「組織する時」「改善推進計画の策定」「改善報告会」だ。 トップの意志が問われるポイントは二つあげられる。「熱意」と「継続」である。 では、改善推進チームを組織する時には、どんなことに注意をすればいいのだろうか。「専任メンバーであること」「実力者を加えること」に注意を払ってほしい。 専任メンバーであること 兼任は好ましくない。必ず専任メンバーにする。 今や、どの企業も限られた人数での仕事を余儀なくされている。そこから専任を選ぶことには抵抗が強いと思われる。 しかし、トヨタ式改善は社員一人ひとりのものの見方や考え方、行動の仕方まで変える必要があるから、チームのメンバーが他の業務との兼任をしていては、活動に限界があるのだ。 なぜか。ほかの仕事を抱えていると、人はどうしても慣れた仕事のほうをやりたがるからだ。 上司も「改善活動もいいが、ほかにやることがあるんじゃないか」と部下に自部署の成果を求め、チームのメンバーになった当人も、ルーティンワーク(日常の定型業務)の忙しさを改善が進まないことの言い訳にするようになる。 これでは、改善は中途半端な状態で立ち消えになってしまう。 だからこそ、改善推進チームは必ず専任メンバーで組織する。もし「そんな余裕はない」と言うのなら、最初からトヨタ式改善になど手をつけないほうがいい。 ▼チームには実力者を加える 実力者を加えること 大きな改善にあたっては、「どんな人間が決めるのか、実行するのか」が、とても重要になるものだ。 改善も同じである。 改善推進チームのメンバーを見るだけで、改善のゆくえが占える。 メンバーを見て、他の社員が「あいつがやるならきっといいものになるだろう」と期待するようなチームなら、意識改革は、なかば成功したも同然だ。メンバーを見て、他の社員が「あんな奴に何ができるんだ」と軽んじるようなチームでは、意識改革は困難をきわめるに違いない。 つまり、誰もが「あいつなら」と一目置くようなメンバーを選ぶことが、改善推進チームと意識改革の成否を決めるのである。 メンバーが実力のない人間ばかりで、しかも兼任、推進役も部課長クラスでは、大きな改善は不可能と思ったほうがいい。 慣れたやり方、考え方を変えるのには、強い心理的な抵抗がある。それだけに、改善推進チームを組織する時には、社員に「この動きは本物だ」と思わせることが大切になる。 なお、チームのメンバー数は、大手企業の場合、すべての部門から選んだ十数名が理想だ。チームのトップには会社のナンバーツーをあてると進めやすい。 社員数が一〇〇名くらいの企業の場合、メンバー数は二 ~三名になる。そして、トップみずからが責任者としてチームを率いるといい。

▼トヨタの粘り 9 改善チームの計画の立て方 ▼できそうにない目標を立てる 専任メンバーによる改善推進チームが発足したら、次のポイントは、改善推進計画の策定になる。改善推進計画をつくり、研修や報告、モデルラインでの実践を進めるわけだ。 その計画策定にはコツがある。「原価を一〇%引き下げる」といった、少しがんばればできそうな目標を掲げるのではなく、たとえば「原価を半減させる」といった、とてもできそうにない目標を立てるほうがいい。 できそうな目標だと、さほど知恵を出さなくとも達成できてしまうことがある。それに対し、できそうにない目標だと、これまでのやり方をゼロベースで見直す必要があるからだ。 みんなで必死に知恵を出し、改善を重ねていくことで達成していく。その過程が、意識改革を強くうながすのである。 あるメーカーが原価半減に挑戦した時もそうだった。改善推進チームは、モノづくりに関するすべての項目について原価半減を実現するという大胆な計画を打ち出した。その理由はこうだった。「一〇%くらいのコスト削減だと、あっという間にライバルに追いつかれてしまいます。それよりも、五〇%の削減をして、圧倒的に勝ちたい。鼻の差でやっと勝つのではなく、相手を周回遅れに追い込むくらいの勝ちを収めたいのです。それでこそ、『生き残る』のではなく、『勝ち残る』ことができるのです」 どんなに高く見える目標も、「日々改善、日々実践」を積み重ねればいつかは実現できる。 意識改革で大切なのは、高い目標に向かって、日々改善、日々実践を続けていくことなのだ。 ▼改善報告会にはトップが参加する 改善推進チームの活動で、改善報告会も大きなポイントである。 改善推進計画で大切なのは、定期的な研修や報告会によって、改善がどの程度まで進んでいるかを十分に検証することだ。 改善報告会は、社員みんなに、進捗状況を見えるようにする大切な場である。 プロジェクトチームは途中で頓挫することが少なくない。その大きな理由として、立ち上げこそ意気揚々としていたものの、その後の活動がまったく見えなくなって、みんなの関心が薄れ、それとともにメンバーのやる気が失せていくことがあげられる。 トヨタ式の改善推進チームも同じである。 重要なのは、掲げた目標にかかわるすべてに関して「誰が担当し、今どの程度まで進んでいて、課題は何があるのか」といった進捗状況を、みんなに示すことだ。 見えなければ誰も関心を持たないが、見えればみんなが関心を持ち、メンバーも推進に責任を持たざるを得なくなる。 改善報告会には、社長以下役員の参加が欠かせない。 もし、社長以下役員が「忙しくて時間がない」「現場に任せている」と言って参加をしぶるようなら、それは単なる言い訳だと断じていい。 改善活動には、必ずトップみずからが参加して、自分の目でフォローし、時にトップみずからが課題解決にあたる姿勢が欠かせないからである。 ただし、トップのあせりは禁物だ。 改善は一直線に進むわけではない。順調な時もあれば、そうでない時もある。停滞期に、「もっとやれ」とムリにハッパをかけたりすると、逆効果になりがちなのだ。改善推進チームや管理職が、トップにいいところを見せようとムリな活動を行ったり、見栄えのいい資料づくりにムダな時間を割くことになる。 トップは、強い関心を保ちつつ、あくまでもみんなを励まし、背中を押す役割に徹する心構えでなければならない。

▼トヨタの粘り 10 トップの意志が挫折を防ぐ ▼改善の原動力はトップの熱意 トヨタ式改善の推進にあたって、トップの意志が問われるポイントの第一は、熱意である。 改善の推進でトップの果たす役割はとても大きい。 トヨタ式改善の導入時、社員の意識は一般的に、こんな割合になる。 ある程度率先して協力する社員が二〇%、強硬に反対する社員が二〇%、残りの六〇%は様子見。 この六〇%という多数派が本気になるかどうかは、ひとえにトップの本気度にかかっているといっていい。「部下は三日で上司を見抜く」という。上司が部下の本気度や性格を見抜くにはそれなりの時間がかかるが、部下が上司の本気度や性格を見抜くには三日とかからないのだ。 ましてトップとなれば、誰にもまして率先垂範を心がけなければならない。 ある企業がトヨタ式をベースとする生産改革に取り組んだ時のことだ。 生産部門の担当役員と工場長が熱心に取り組んだお陰で、改善活動は当初、きわめて順調に進んだ。しかし、一年くらい経った頃から急速に熱が冷め、しばらくすると元のやり方に戻り始め、二年で完全に頓挫してしまった。 なぜか。同社トップの生産現場への関心が、あまりに薄かったからだ。 改善活動が進み、工場のつくる力が飛躍的に伸びた時にも、トップが工場に足を運ぶことはなかった。こうして、現場の社員のやる気が徐々に失せていったのだ。 担当役員は、当時をこう振り返っている。「現場の人間は、トップが本気ではないと見抜いていました。『これは一過性のものだ』と、本気で取り組もうとはしませんでした。それでも、私や工場長が『改善活動を続けよう』と熱心に行動している間は、改善が進んだのです。しかし、私が担当をはずれ、工場長が代わった途端に改善活動は止まり、改革も、あっという間に元に戻ってしまいました」 それから数年を経て、同社は再び生産改革に挑戦するが、その間のブランクが響き、結局、強い競争力を取り戻すことはできなかった。 当時の担当役員は、こう嘆いている。「あの時、もうちょっとトップが現場に関心を持ち、工場に熱心に顔を出してくれたら、当社はもっと強い企業になったはずです」 ▼モデルラインをつくったトップ 一方で、トップみずからが改革に取り組んだ企業の多くは、大きな成果を上げている。 ある企業の経営者は、生産改革に着手するにあたり、みずからトヨタやトヨタグループの工場を回っている。そして、自社の工場に改革のモデルラインを立ち上げている。とてもいい方法だ。 改革する時、いきなり従来のやり方のすべてを変えるのは、あまり賢明とはいえない。現場の抵抗も大きいし、何より、みんなの知恵を引き出せないからである。 たとえば、ある日突然、トヨタ式の生産ラインが導入され、経営者が「今日からこういうつくり方にします」と宣言したら、どうだろう。 みんなは戸惑いながら、ただ教えられた通りのやり方に従うだけだろう。 これでは現場の知恵がつかず、言われた通りに動くしかできない社員を育ててしまうことになる。 大切なのは、現場で働くみんなの知恵を集めながら改革を進めていくことだ。 同社の経営者は、何本かある生産ラインの一本だけをトヨタ式のモデルラインに替え、ほかの生産ラインでは今まで通りのやり方を続けた。 ▼問題を翌日に持ち越さない モデルラインでの新しいやり方には、当然、問題が起きる。現場の人間にしてみれば、やりにくさも出てくる。経営者は、こうした問題を一つずつ拾い上げた。そして、改善推進チームのメンバーと一緒に、終業後に問題点の改善を行った。 問題を翌日に持ち越さないことを心がけたのだ。 今日の問題を明日に先送りすれば、働いている人は、その分だけ不便を我慢することになる。そうさせないために、経営者は夜遅くまで改善に励んだ。 そして、ほぼ半年をかけて、「これなら今までよりもいいモノを、より早く、より安くつくることができる」と確信するに至った。 ここから、ほかの生産ラインもトヨタ式に替えていったのである。 それは、トヨタ式ではあるが、同社の現場の人たちのたくさんの気づきや提案が盛り込まれたラインだった。 また、社員たちはモデルラインのつくり方をずっと見ていただけに、以後の展開はとてもスムーズになった。 やがて同社は売り上げを伸ばし、同業他社が不況に苦しむ中でも高い利益率を上げる企業へと変わることに成功した。すべてはトップの熱意のたまものだった。 改善推進チームのメンバーが、こう振り返っている。「トップがあれだけ熱心だと、誰も『改善なんかやめましょう』とは言えません。結局はトップの熱意に引きずられて改善を続けることになりました。今はそれがよかったとみんな思っています」

▼トヨタの粘り 11 改善は継続してこそ競争力になる ▼成果が出始めた時が分岐点 トヨタ式改善の推進にあたって、トップの意志が問われるポイントの第二は、継続である。 着手したら、改善が風土となるまでやり続ける覚悟が必要だ。 トヨタ式改善に着手する企業には、二つのパターンがある。 一つは、経営は順調だが、「このままでいいのか」という健全な危機感を持って改革に着手するケース。もう一つは、「赤字が続いている」という正真正銘の危機に追い込まれ、背水の陣で改革に取りかかるケースである。 本来、改革は順調な時にやるのがトヨタ式だが、実際には、赤字に追い込まれてからの改革がほとんどだ。 いずれにしても、トヨタ式に活路を見出すという点では同じで、トップが熱意を持って必死に改革に取り組めば、多くが、一年もすればトヨタ式の効果を実感するものである。 なぜなら、たいていの企業はムダだらけのつくり方をしているからだ。整理整頓を徹底するだけでも、かなりの効果が出る。 たとえば、ある電気工事会社が、その典型的な例だった。倉庫の中や工事用車両の中に山のような在庫を抱えていて、その整理整頓を行うだけで数千万円の利益を生むことができた。 整理整頓によってムダを省いたうえで、つくり方の改善によって不良を減らし、リードタイム(受注から納品までの時間)の短縮をはかれば、赤字企業が一年ほどで黒字へと変わることも少なくない。 みんなが「改革をやってよかった」と実感することになる。 ところが、こうした状況が二年、三年と続いて利益がしっかりと出るようになると、社内に変化が生まれる。 会社が厳しい状況にある時や、健全な危機感を持っている間は、経営者も社員も必死になって改革に取り組む。しかし、十分な利益が出るようになると、改善の手がゆるみ始めるのだ。「もう十分にがんばったから、このへんで少し休んでもいいかな」と考える人が出てくる。 ここが改善の分岐点となる。 ▼常に「もっと」を求めよう こうした分岐点で問われるのがトップの考え方である。 張り詰めてきた社員の気持ちがゆるんだ時、「もうちょっとがんばろう」と言える力量があるかどうか。その差が企業の未来を左右する。 成果に安堵し、気をゆるめて改善の手を止めてしまうトップと、「自分たちはまだまだ」と考えて、さらなる改善に励むトップ。 大野氏は前者を「剣の師匠に三本勝負で二本勝っただけで『俺も大したものだ』と満足する人」と評していた。たしかに、ほんの二年、三年の成果で満足してしまう企業の将来は知れているだろう。それに対し、「まだまだ」と考えてさらなる改善に励む企業は、圧倒的な強さを手にすることになる。 トヨタ式に「世界に目を向ければよいモノ、安いモノはいくらでもある」という言い方がある。 改善の結果、国内の同業他社には勝ったとしても、果たして世界で勝てるのか。東南アジアや中国の製品に、品質はもちろん価格でも勝てるのか。 そこまで問いかけることが肝心だ。 国内の同業他社に関しても、少し勝ったくらいで満足するのではなく、簡単には追いつけないほど差をつけなければ「勝った」とはいえない。 ある中堅企業は、一〇年以上にわたってトヨタ式の改革を続けた結果、同業他社をはるかに上回る「つくる力」を身につけた。だが、トップは決して満足、慢心せず、今でも一年に一回か二回はトヨタやトヨタグループの工場を視察し、「まだまだ課題がある」と改善に励んでいる。 トップには、常に、「もっと」を求める欲が欠かせないのである。 ▼トヨタ式ベンチマーキング トヨタという企業の強さの一つに、絶えざるベンチマーキングがある。 ベンチマーキングとは、「最も効率的な方法は?」「最も安くつくれるやり方は?」といった点で最高水準の相手を選び、自分と比較して、その差を埋めることで成長していく改革手法のことだ。 ベンチマーキングをする時に忘れてはいけないことがある。 比較する対象は同業他社だけとは限らないということだ。 企業が負けモードに入るのは、部外者の参入によって業界環境ががらりと変わる時が多い。 自動車業界でいえば、たとえば電気自動車革命を起こしたテスラモーターズは、ロケット開発なども手がけてきたイーロン・マスクが創業した会社であり、外からの参入だった。あるいは、自動運転に関しても、部外者であるグーグルやアップルが、すぐれた技術を開発している。 だからトヨタは、ベンチマーキングの相手を業界とか日本に限定することなく、常に世界のあらゆる企業に求めてきた。 たとえばプレミアムカー、レクサスを日本で販売するにあたっては、ディズニーランドや、最高級ホテルチェーンであるザ・リッツ・カールトン、アメリカ最大の高級デパートであるノードストロームといったトップレベルの企業に学んでいる。 ベンチマークの対象をどこに置くかによって、改善すべき課題はいくらでも出てくるのである。 そういう大局をさし示すことこそトップの役割ではないだろうか。 大野耐一氏に「昨日のことは忘れろ。明日のことは考えるな。今日が悪いんだと考えろ」という言葉がある。 昨日と比較して、「今日はこんなにできるようになった」と満足すると、そこで成長は止まってしまう。「明日やればいい」と先延ばししても、明日になればいい知恵が出るわけではない。今日やっていることに集中し、「日々改善、日々実践」に励もうという意味である。 トップには、今日やっていることに社員を集中させる熱意と、目を広く世界に向けさせてモチベーションを高める継続力の両方が求められる。

▼トヨタのサイクル 12 改善チームが気をつけるべきこと ▼「教育ママ」になるな ここで、改善活動を進めるうえでの全般的な注意点をあげておきたい。 大きく五つある。「教育ママになるな」「改善の順番を間違うな」「改善が改悪になったら、さらに改善しよう」「変えていいものと、変えてはいけないものを間違えるな」「改善活動は全員参画」である。 いずれもトヨタ式改善の原理原則であり、こうした点を守ることで、多くの人が陥りがちな誤りを防ぎ、改善を効率的に進めることができる。 まず、「教育ママになるな」という点だ。 改善推進チームやトップ、スタッフや上司は、進捗状況ばかりを気にしてはいけない。トヨタ式で最も大切な「改善力のある人を育てる」「知恵を出して働く人をつくる」という目的を見失うからである。 ある企業で、こんな失敗があった。 同社は改善活動に着手した当初は、すばらしい成果を上げることができた。 ムダだらけだったため、 5 Sを徹底してムダ取りを進めただけで原価が下がり、生産量も一気に増やせたのである。 これにはトップも大いに満足し、改善推進チームに「この調子でがんばってくれ」と激励した。 ところが、半年がすぎた頃、急速に勢いが落ちてきた。なぜか。 みんなで改善に励めば、目につくムダは半年くらいでほぼ省ける。大切なのは、その先にある「目につかないムダ」「新たに生まれたムダ」を省く活動だ。しかし、そこに進むためには、時間をかけて真因を探るとか、協力会社を含めた改善を行うといった、より高度な活動が必要だ。それなのに、誰もが初期の成果に満足して、歩みを止めてしまい、そのため、改善活動が停滞期に入ってしまったのだ。 改善推進チームはあせった。「改善してください」と現場にはっぱをかけても、「もうムダなんかないよ」と突き放され、トップからは「どうしたんだ」と圧力をかけられるのだ。 あせりが頂点に達したある日、ミーティングの席で現場から「改善点なんかもうない。あるなら言ってみろ」と言われ、チームは、つい「たとえば、ここはこうすればよくなりますよ」と、いくつかの改善点と改善策まで話してしまった。 これは、トヨタ式改善でやってはいけないことの一つである。 トヨタ式で大切なのは、現場で働いている一人ひとりが問題に気づき、知恵を出して改善をすることだ。そのためには、改善推進チームが安易に答えを教えてはいけない。答えを考える機会を与えることが役割なのだ。 しかし、同社では、以来、ミーティングのたびに教える会話が交わされるようになり、改善は進んだものの、最も大切な「現場の考える力」が失われてしまった。 ▼答えを教えたい時ほど我慢が必要 答えを考える機会を与えるのは、そう簡単ではない。我慢が必要である。多くの人が、考えるより先に答えをほしがる。改善推進チームも答えを教えたくなる。そのほうが早いし、失敗のリスクもないからである。 だが、それでは知恵を出して働く人は育たない。 多少時間はかかっても、自分の頭で考えてもらう。そのうえで、「もっとこうしたらどうだろう」「こんな考え方もあるのでは」とアドバイスをするのでなければならない。 同社の改善推進チームは成果をあせるあまり、間違いを犯してしまった。アドバイザー役、サポート役に徹するべきところを、トヨタ式でいう「教育ママ」になってしまったのである。 これでは表面的な活動は進んでも、現場の人たちが、言われた通りにやるだけの人になってしまう。 やがて、同社の改善推進チームは教えすぎを反省し、以後はアドバイザー役に徹することにした。トップにも事情を説明して、功をあせらず、知恵ある人を育てることを重視すると、はっきりと伝えた。 こうして同社の改善は、より高いレベルで進んでいくようになったのである。

▼トヨタのサイクル 13 改善の順番を間違うな ▼時間がかかってもステップを踏む 改善活動を進めるにあたっての第二の注意点は、「改善の順番を間違うな」ということだ。 ひと口に改善といっても、そこには「作業改善」「設備改善」「工程改善」などの段階がある。その段階を踏みながら改善を進めると、現場のすばらしい知恵がたくさんついていく。 だから、トヨタ式改善の進め方は、こうなっている。 最初に作業改善をやって、また作業改善をして、さらに作業改善をする そのうえで、もっとよくするための最小限の設備改善を行う 最後に、レイアウト変更などの工程改善に着手する ただし、段階を踏むには手間と時間がかかる。 そのため、最新の機械を買って一気に結果を出そうとする企業もある。時間をお金で買うという考え方である。 しかし、このやり方だと結果は早く出るものの、大きな弊害がついてくる。それは、「つくる力」がさっぱり伸びなくなることだ。 トヨタ式改善では「機械に人間の知恵をつける」ことを重視する。それでこそ、同じような機械を使う同業他社に勝つことができる。いきなり最新の機械を買って、「今日からこれでモノをつくれ」と指示すると、働いている人たちの機械を改善する力が育たないのだ。 トヨタ式では、既存の機械をとことん改善して、「もうこれ以上はムリだ」となって初めて、新しい機械を購入する。 このようにすると、働いている人たちに改善する力がつくから、新しい機械が入っても、すぐに自分たちなりに使いやすくして、効率のいいモノづくりができるようになる。 だから、時間はかかっても、きちんとステップを踏む改善が大切なのだ。 ▼効率よりも知恵が大切 改善の順番とは、小さな改善を積み重ねることでもある。 小さな改善を積み重ねることで、現場の人が知恵を出すことを少しずつ覚えていき、人が育ち、そしてよりよいモノづくりが実現する。 だから、改善推進チームやトップ、スタッフや上司は、目先の効果、効率で軽々に動かないようにしたい。 たとえば、一人の人間を減らすために一〇〇万円の機械を導入したとする。 一見、効率がアップするように思えるが、そうだろうか。よく検討してみると、作業改善だけで一人減らす策が見つかることは少なくないのだ。 とすると、一〇〇万円の機械導入策は失敗ということになる。 一つの目的に対して手段は一つではなく、いくつもある。 改善をするときも、まずは手段をできるだけたくさん出してみることだ。そのうえで一つひとつの手段を比較検討して、最も効果が高く、コストの低い手段を選ぶのがいい。 改善推進チームやトップは、どうしても結果を急ぎたくなる傾向がある。 筆者も、いくつもの企業で「一気に完成形に持っていってもらえませんか」と言われたことがある。 その時には、いつもこう断ったものだ。「一気に完成形に持っていくことはできます。ですが、それをすると、現場の人たちは、知恵を出す力をつけることができません。それでは、一時期は結果が出たとしても、改善を続けていくことはできなくなりますよ」 トヨタ式改善は、単に効率よくモノをつくるためのものではない。モノづくりを通して知恵を出して働く人を育てるところに、その真価がある。 ▼ムダ取り方改善と課題解決型改善 改善の段階にふれたので、ここで改善の二つの種類にも言及しておきたい。「ムダ取り型改善」と「課題解決型改善」だ。 トヨタ式というと、ムダ取り型改善がよく知られている。もちろん、ムダ取りは改善の基本である。現場の一円、二円のムダを省く改善があってこそ、企業は強くなれる。 だが、それだけでは、たとえば原価を半減する「コストハーフ」といった大きな目標を実現するのは難しい。競争に勝つには、ムダ取り型改善を積み上げるだけでなく、大きな目標を掲げ、実現に向かって一気に速度を上げる課題解決型改善も、同時に必要になる。 その好例が、第 3章 11項でふれる一千トンプレス機の段取り替え時間の改善だった。 かつては四時間以上かかっていたものを、大野耐一氏の指示で、なんと一〇分以下に短縮することに成功した。その後、さらに三分にまで縮めたのだから、驚きである。 この改善ができたのは、大野氏が理想とする売れに合わせて一個一個違うモノをつくる「一個づくり(一個流し)」を実現するには、段取り替え時間の大幅短縮が欠かせなかったからだ。 必要な改善であれば、業界常識で絶対に不可能といわれていようと、必ずやり遂げる。それが課題解決型改善のすごさである。プレス機の段取り替え時間の改善も、実現したことで、トヨタ式のモノづくりは一気に進むことになった。 ▼改善のベースはムダ取り トヨタ式改善の歴史には、こうした課題解決型改善もたくさんある。 トヨタ式を実践しているある企業は、コストハーフに挑戦した際、実に八四もの改善項目を抽出している。それらのほとんどすべてをゼロベースで見直すことでコストハーフを実現している。これなども課題解決型改善といっていい。 ただし、課題解決型改善のベースは、あくまでもムダ取り型改善である。 日々のムダ取りという積み重ねがあって、初めて高い目標に挑戦できるし、達成もできる。そのことを忘れて、ムダ取り型改善に取り組むことなく課題解決型

改善に進んでも、社員はついてこないし、目標達成の知恵も出ない。 トヨタ式において、ムダ取り型改善と課題解決型改善は車の両輪のようなものであり、両方をしっかりと回してこそ、企業は強くなれる。

▼トヨタのサイクル 14 改善が改悪になったら、さらに改善する ▼改善に後戻りはない 改善活動を進めるにあたっての第三の注意点は、「改善が改悪になったら、さらに改善しよう」ということだ。 改善を行う前にはいくつもの手段を比較検討して、最善のものを選択している。しかし、どんなに考え抜いた改善でも、いつも最高の結果が出るとは限らない。人間がやる以上、うまくいかないこともあるし、計算外の問題が起きることもある。 しかし、だからといって「改善なんかやめてしまおう」と短絡的に考えては、進歩そのものが止まってしまう。 改善が改悪になっても、安易に元に戻したり、改善そのものをやめたりしてはいけないのだ。 何が問題かを調べて、さらに改善をする。 目ざす方向さえ間違っていなければ、改善を続けることで、必ず目的、目標にたどり着くことができる。 これは、改善を続けるためにとても大切な原則の一つである。 たいていの人は、変えることに抵抗を覚える。これまで続けてきたやり方は、たとえ非能率的でも、「これが一番」と思うものである。たとえ間違っていても、手慣れていて快いのだ。「変えろ」と言われていい気持ちがする人はまずいない。 だから、やり方を変えて問題が起きると、すぐに「だからよけいなことをするなと言ったんだ」「元のやり方に戻せ」といった声が聞こえてくる。 しかし、その声に屈してはいけない。 変化の激しい時代、何も変えなければ、あっという間に取り残されてしまう。やがて、お客さまに見放され、競争力が衰えていくだろう。 たとえ失敗したとしても、決して改善の手をゆるめてはならない。トヨタ式改善の基本は変えることであり、止まったり、後戻りしたりしてはいけないのである。 ▼変えていいことと悪いことを間違うな 改善活動を進めるにあたっての第四の注意点は、「変えていいものと、変えてはいけないものを間違えるな」ということだ。 改善とは変えることであるが、そこには必ず「よりよいモノを、より早く、より安く」するためという理念がなければならない。 コスト削減のための改善でも、安全や品質を犠牲にすることがあってはならないのである。安全や品質の維持、向上をはかりながらコストを下げていく改善でなければならない。 ここを間違えると、せっかくの改善がかえって企業力を低下させることになる。 変えていいものと、変えてはいけないものがあることを忘れてはいけないのだ。 パナソニック(松下電器産業)創業者の松下幸之助氏は、経営理念を大切にする一方で、柔軟に変化し続けることをとても大切にした人である。 たとえば、事業部制の導入がそうだ。当時としては最先端の管理手法であり、業績を伸ばす原動力となった。 だが、松下氏が亡くなったあと、パナソニックの業績は大きく落ち込み、長く低迷した。その原因の一つが、変えていいものと変えてはいけないものを間違えたことだった。 導入当時はすばらしかった事業部制も、時代が変化する中で弊害を生じるようになっていた。各事業部の連携がうまくいかなくなり、似たような製品を出して、シェアの食い合いが起こったりした。 松下氏であれば、時代に合わせて組織を柔軟に変更したはずだが、後継の経営陣は、「経営の神様」であり創業者である松下氏が導入した事業部制を「変えてはいけないもの」としてしまった。 そして、改革しないままに時間がすぎてしまった。そこに低迷の原因があった。 やがてパナソニックは「松下氏の経営理念以外はすべて変えていい」という大胆な改革に着手して、復活を果たすのだが、同様の失敗をする企業は少なくない。 ある外食企業がコスト低減に取り組んだ時、安さを追求するあまり、最も大切なおいしさを犠牲にしてしまい、客離れを招いたことがある。 お客さまにとって安さは大きな魅力ではあるが、そこに「この値段でこのおいしさ」といった満足感が伴うことが必要だ。「安かろう、悪かろう」で商売に勝つのは難しい。 変えてはいけないものは何かを見きわめることが必要である。 ▼理想は全員参画 改善活動を進めるにあたっての最後の注意点は、「改善活動は全員参画」だ。 トヨタ式は、みんなの知恵を信じ、知恵を集めて改善活動を進めていくことをとても重視する。 大野耐一氏は、リーダーの役目の一つは、みんなの小さな知恵を集め、一つにまとめて現場で使えるアイデアに変えていくことだと話していた。 実際、改善提案は、現場から出る小さな知恵を、「チリも積もれば山となる」的に活用したものが最も使える場合が多いのだ。 あるいは、「三人寄れば文殊の知恵」というやり方もある。 人間のタイプはさまざまだ。 問題に気づくことはできても、解決のアイデアを考えるのは苦手な人がいる。 アイデアは思いつくが、それを実際に使える形にするのが苦手な人もいる。 知識も技術も持っていながら、問題に気づくのが苦手な人もいるかもしれない。 しかし、こうした人たちがグループをつくって、お互いに得意な能力を出し合えば、気づきから実践までが備わったすばらしい改善提案になる。 これが、「三人寄れば文殊の知恵作戦」である。 トヨタ式は、このように、みんなが積極的に知恵を出し、改善に参加することを「全員参画」と呼んで、常に重視している。 全員参画は、全員参加よりも、もっと積極的、主体的に、みんなが活動に加わっていくというイメージだ。 たとえば、コスト削減は生産部門だけでなく、間接部門なども積極的に取り組むことで初めて大きな効果が出る。 改善活動は、全社一丸となり、みんなが「コスト削減の鬼」「ムダ取りの鬼」になるというくらいの協力体制ができて、大きな目標を達成できる。

▼トヨタの品質 15 品質・納期・コストの改善ポイント ▼品質改善の二つのポイント ここからは、トヨタ式改善の具体的な手順に入っていこう。 改善を進める時には、改善によって競争力をつけることをはっきりと意識するべきだ。 競争力を失い、敗れ去るのはどんな企業か。同業他社と違いを持たない企業である。競争力をつけるためには、自社だけのセールスポイントをしっかりと育て、身につけることが必要だ。 トヨタ式をベースとする生産改革を長く続けている企業の経営者が、こんなことを言っていた。「買い値をメーカーが決めていた時代と違い、今は、お客さまが買い値を決める時代です。『これが自社の特長です』と、はっきり言えるポイントを持たないと、メーカーは生き残ることができません」 モノづくりにおけるセールスポイントは、次の三つに絞られる。・品質・納期・コスト まず、「品質」については、次の二つを念頭に改善を進めていく。「品質は工程でつくり込む」ことと、「ミスをしたくてもできないほどの改善をする」ことである。 品質は、モノづくりにおいて最初に取り組むべきことである。なぜなら、まずはよいモノをつくる力をしっかりと身につけ、そこから改善を進めていけば、納期やコストにおいても、他社に負けない力をつけることができるからである。 そして、トヨタ式では、品質改善の第一の基本を、「品質は工程でつくり込む」ことに置いている。 ▼品質は工程でつくり込む 多くの製品は、何百点、何千点という部品からつくられる。自動車なら二万点を超える部品が必要になる。その部品一つひとつも、多くの工程を経てつくり出される。つまり、ある製品が完成し、お客さまの手に渡るまでには、膨大な工程が存在する。 だから、製品の品質を保つには、完成品の最終検査だけに頼ってはいられない。「最終検査をとことん厳しくすればいい」と言う人もいる。たしかに、そうすることで不良品がお客さまの手に渡るのを防ぐことはできるだろう。しかし、その半面で検査のコストと手間がかかるし、最終検査でハネられた製品の手直しや廃棄といったムダを生むことになる。「不良はムダではなく、モノづくりにはつきものなのだ」と許容する考え方もある。だが、そう考える人でも、不良をつくることは本来はムダだと考えている。ならば、安易に妥協せず、不良はムダという原点に立ち返るほうがいい。 つまり、高い品質を維持するには、不良を許容せず、最終検査の強化に走るのでもなく、工程改善に力を注ぐほうが好ましい。 トヨタ式では、良品のみを後工程に送り出す。不良を見つけ、手直しをするのではなく、そもそも不良をつくらないように工程を改善する。それを「品質は工程でつくり込む」と表現している。 そのためには、次のステップを踏むといい。 標準作業(第 2章 7項参照)を守る 不良や機械のトラブルといった異常があれば、すぐにラインを止める 問題把握を行い、その場で真因を追求する 二度と同じ異常が起きないように改善策を講じる 「不良は後工程に流さない」を厳守する 市場には絶対に悪いモノを流さない については、お客さまに不良品が渡ってしまったら「交換させていただきます」と、代わりの製品を送ることでよしとしている企業もある。 だが、仮に、その企業の不良率が〇・〇〇一%を切っていたとしても、その〇・〇〇一%の不良品に当たったお客さまにとっては、その企業の不良率は一〇〇%である。 不良をゼロにするのは難しいことだが、「不良品を手にしたお客さまにとって、不良率は一〇〇%である」ということを肝に銘じて工程改善に励みたい。 ▼改善はその場ですぐにやる では、不良をゼロにするためには何が必要か。 たとえ一件でも不良や不具合が発生したら、「なぜ」を五回くり返して、真因を見つけ、二度と問題が起きないように改善する。 それを徹底するほかはない。 不良は脇によけておいて、「あとで手直しをすればいい」と、ラインを動かすことを優先してしまうと、どうなるか。不良を手直しするだけに終わり、工程が改善されるチャンスは失われることになる。 大野耐一氏は、不良にいつも厳しい姿勢で臨んでいた。 協力会社にトヨタ式の指導に行った若いトヨタマン Fさんは、その会社で「かんばん」(本章 18項参照)がしばしばなくなるという事態に遭遇した。トヨタ式ではかんばんがなければモノをつくることはできないが、あまりにしばしばかんばんがなくなるので、 Fさんは、かんばん紛失の真因を調べることなく、臨時のかんばんを発行して対応してしまった。 この話を聞いた大野氏は激怒した。本来の枚数以上のかんばんが存在することになり、場合によっては同社はつくりすぎに陥る恐れがあったからである。 大野氏は Fさんに、紛失したかんばんを探すように命じた。 Fさんは何時間もかけて探したが、まったく見つからない。仕方なく、「見つかりません」と報告したところ、大野氏は、ひと言こう言った。「なぜ見つからないかわかるか? 見つかるまで探していないからだ」 トヨタ式の「『なぜ』を五回くり返せ」は、「『なぜ』を五回だけくり返せ」という意味ではない。二 ~三回の「なぜ」で真因にたどり着くこともあるが、七

回、八回とくり返しても真因にたどり着けないこともある。「五回」とは回数ではなく、「見つかるまで」という意味なのである。 Fさんはもう一度、考えられるすべての場所を探した。その結果、通箱の裏に貼りついていたかんばんを発見できた。 生産ラインで使う油などが飛び散って通箱の裏につき、通箱を重ねた際にかんばんが貼りついてしまっていたのだ。 Fさんはすぐ改善を行い、その後、二度とかんばんが紛失することはなかった。 ▼不良に許容範囲はない 大野氏にはこうした話が山ほどある。 中でも気をつけていたのは、一千回に三回くらいしか起きない「千三つ」と呼ばれる不良の撲滅だった。 現在では、ミスの発生率を一〇〇万分の三・四回に抑えることを目的に開発された手法「シックスシグマ」などがあり、品質管理は格段に進んでいる。だが、かつては、モノづくりの世界で一千回に三回程度の不良は許容範囲とされていた。そのため、大きな不良の撲滅には真剣に取り組んでも、千三つの撲滅を意識する企業はあまりなかったのである。 大野氏は、滅多にない不良の撲滅こそが大切だと、若いトヨタマンたちに徹底して真因探しを命じている。 不良は、起きる現場を目で確認する「現行犯逮捕」をするのがトヨタ式だ。発生したと思われる現場がどんなに広範囲に及ぼうとも、一ヵ所ずつ調べなければならない。 大野氏に千三つの不良の真因探しを命じられ、二日も三日もかけて工場中を調べ回ったトヨタマンもいる。一ヵ月近くをかけて、ようやく「これが犯人だ」と見つけたトヨタマンもいる。 なぜこれほどの執念を燃やすのか。すべては、よりよいモノをつくるためだ。 よりよいモノをつくるためには、不良をなくす必要がある。そのためには、問題のある工程や機械設備などを一つひとつ改善することが大切だ。 大野氏は、不良がつくれないような生産ラインを目ざそうとしていた。 そのため、管理監督者にも、問題があればラインをどんどん止めることで、最終的には止めたくても止まらないラインをつくれと指示していたものだ。 品質を工程でつくり込むためには、こうした工程改善への執念が欠かせない。

▼トヨタの品質 16 人ではなくシステムを改善する ▼ポカよけを組み込む トヨタ式では工程改善について、「止めたくても止まらないラインをつくる」「ミスをしたくてもできないほどの改善をする」という言い方をよくする。 それは、ミスをしないような仕組みを工程に組み込め、ということである。 機械でさえ、手入れを怠れば問題が起きる。まして人間は、体調が悪ければミスをするし、標準作業書通りに作業をしようとしても、つい集中力が切れることだってある。 そんな時、「しっかりしろ」「集中しろ」と個人のがんばりに期待するのでなく、不良をつくらず、ケガをしないような具体的な仕組みを工程に組み込むのがトヨタ式である。 たとえうっかりミスをしたとしても、最初のロスですむようにしなければならない。それが「ポカよけ」と呼ばれるものである。 次のようなものがある。・異常を知らせる(警報など)仕組み・良品以外は後工程に進まない仕組み これを外的、機械仕掛けの面から見ると、次のようになる。 作業ミスがあれば、機械が加工を始めない仕組み 作業ミスがあった時、部品が取りつかない仕組み 品物に不具合があれば、機械が加工を始めない仕組み また、人間の五感に訴える面から見ると、次のようなポカよけがある。 色表示や識別マークをつける 類似品や間違いやすい材料の置き場を空間的に離す 注意事項は大きくシンプル、明瞭に表示する アラームを鳴らす さらに、騒音レベルを下げたり、換気や空調をよくするなど、働きやすい環境づくりもポカよけになる。 5 Sの徹底もポカよけである。 不良をなくすには、人間の注意力だけに頼ってはいけない。ミスを未然に防ぐ仕組みづくりが欠かせないのである。 ▼二種類の「人へのやさしさ」 ミスのない職場を実現するうえで大切なのが、二つの「人にやさしい」である。「人に優しい」と「人に易しい」だ。「人に優しい」というのは、たとえば重量物を運ぶ作業を機械が補助するといった手法だ。 あるいは、静かで明るい環境をつくれば、視力や聴力の低下した高齢者でも、苦労しないで作業ができるようになる。 ムリな姿勢での作業を改善するのもいい。身体的な負担を軽減し、作業が長続きするようになるうえ、ミスも減らすことができる。「人に易しい」とは、作業をわかりやすく、シンプルにすることだ。 たとえば、つけ忘れ、セット不完全、取付位置不良といった「組立三悪」は、いくら標準作業をつくり、訓練し、「気をつけてください」と注意しても、簡単には根絶できない。特に、考える、選ぶ、判断するといった要素が入った作業ではミスが起こりやすい。 たとえば、数種類の部品がごっちゃに届けられると、作業者は選びながら作業をすることになり、ミスが発生しやすくなる。あるいは、左右が逆でも取りつけられる部品がある場合も同様だ。 ミスを防ぐには、部品を分類し、正しい方向に並べて届けることだ。作業者は、ただ取ってつければいいだけにする。あるいは、部品の設計を変えることで、正しい方向でなければ取りつけられないようにする。 こうした改善を積み重ねることで品質は少しずつ向上し、不良ゼロへと一歩ずつ近づいていくことができる。

▼トヨタの品質 17 在庫は罪悪を徹底しよう ▼売り損ないは本当の損ではない 品質、納期、コストの改善の「納期」については、「在庫は罪悪」を徹底することと、「かんばん」の正しい活用の二つを念頭に改善を進めていく。 まず、「在庫は罪悪」の徹底から考えよう。 トヨタは、一九五〇年に倒産の危機に瀕している。 その原因は、「つくりすぎ」にあった。 当時は、今のように売れに合わせてモノをつくるのではなく、見込み生産でつくっていたのだ。そこを不景気が直撃して、またたく間に大量の在庫が積み上がり、資金ぐりが悪化、あっという間に深刻な経営危機に陥ったのだった。 自動車産業のように大型の機械設備を使う事業では、つくりすぎのムダが最も怖い。過剰在庫、過剰設備に陥ると、それまでどれほど大きな利益を上げていても、急転直下、赤字決算に陥る。 大型の機械設備を使わない業界であっても、お客さまの嗜好が多様化し、モノが簡単には売れにくい現代は、つくりすぎを防いで、在庫は必要最小限にとどめなければならない。 在庫をまったく持つなということではない。どれだけの在庫を抱えるかは企業、業界によって差がある。 ただ、大ロットで大量生産を行い、在庫を山のように積み上げ、注文があれば倉庫から納品するやり方をしているとしたら、根本的に改善する必要がある。「在庫がないと注文にすぐに応えることができず、売り損ないが発生する」と言う人もいる。 だが、売り損ないは本当の損失ではない。あくまでも、「もしモノがあれば、売れて利益が出たのに」という仮定の話にすぎない。 本当の損失は、つくりすぎたモノが売れ残り、廃棄処分しなければならない時に起きるものだ。 売り損ないを恐れて大量の在庫を抱え込むよりは、注文後きわめて短時間でつくり、すぐに納品する体制をつくり上げるほうがいい。 納期の短縮は強い競争力につながる。競合他社が一週間かかるところを、二 ~三日で納品できるとすれば、多少割高でも注文が集まる。 大企業から個人の商売に至るまで、スピードは大きな武器である。納期によって製品やサービスの価格を変える場合も多い。 ▼リードタイムの短縮が不可欠 在庫を必要最小限にするためには、所要時間、つまりリードタイムの短縮が不可欠である。 リードタイムにはいくつかの種類がある。・生産リードタイム……生産着工から完成まで・商品リードタイム……受注から納品まで・開発リードタイム……企画から製品化まで これらのどれかでも短縮できれば、競争力が高まるばかりか、多品種少量生産への対応も可能になってくる。 かつての少品種大量生産の時代は、大量在庫を抱えてもいずれ売れる可能性があり、リードタイムの短縮はさして問題にならなかった。 しかし、商品寿命が極端に短くなり、設計や仕様が次々と変わる多品種少量生産の時代には、リードタイムの短縮は業績を左右する要素である。 たとえば、朝注文を受けて、昼には出荷できる体制をつくれば、ムダな在庫を抱える必要がなく、コスト競争力でも優位に立つことができる。 ▼リードタイムの七つの改善 リードタイムを短縮するには、次の七つの改善をするといい。「生産ロットの縮小」「生産の平準化」「ラインを見直し、細くて速い流れをつくる」「段取り替えの短縮」「工程内のムダの削減」「不良品をつくらない」「目で見る管理の実践」である。 生産ロットの縮小 トヨタ式が理想とするのは、一個ずつ違うモノをつくる「一個流し」である。 すぐに一個流しに移行するのは難しくとも、可能な限り小ロットにして、一個当たりのリードタイムを短くする。 つくり手にとっては、ロットは大きいほうが楽だ。しかし、お客さまは同じモノをまとめてたくさん買ってくれるわけではない。お客さまが一個ずつ違うモノを買うように、つくり手も一個ずつ違うものをつくるのが理想である。 生産の平準化 複数の商品をつくる一つの生産ラインでは、生産の平準化により、品種の違いによる工数差の解消や、運搬加工の平均化など、ラインの平均化をはかる。 なお、「平準化」とは、生産物の種類と量を総合的に平均化することで、ジャスト・イン・タイムの前提となる概念である。 ▼在庫を持たない生産のために ラインを見直し、細くて速い流れをつくる よぶんな運搬や取り置き、段取り替えをしなくてもよいライン構成にする。 かつて、ある企業を訪ねて驚いたことがある。一階にある長い生産ラインが、さらに二階へと上がり、そこからもう一度一階に下りてくるという恐ろしく広大な構造になっていたからだ。 こうなると、一階と二階のラインの意思疎通だけでも大変だし、そこに置かれた仕掛品だけでもかなりの量になる。 あまりに広すぎたり長すぎたりするラインは、すぐに見直す必要がある。 段取り替えの短縮 一本のラインで複数の品種を生産する場合、できるだけ短い段取り替えにすることが必要だ。理想は一タクトタイム(製品一個をつくるのにかけられる時間)内である。 トヨタ式の歴史は、段取り替え時間の短縮との戦いであったとさえいえる。 いくら「売れに合わせてモノをつくるのが理想だ」といっても、段取り替えに多くの時間がかかっていては、絵に描いた餅になってしまう。

大野耐一氏の指示の下、改善を重ねることで段取り替えの圧倒的な時間短縮を達成したからこそ、今のトヨタがあるといっていい。 工程内のムダの削減 ラインの改善を行い、ムダを徹底的に排除する。異常があればラインを止め、真因を調べて、改善を行うということをしっかりとくり返す。 不良をつくらない 不良をつくるのはムダであるということをしっかりと認識して改善に取り組む必要がある。不良を「仕方ない」と許容すると、部品も自然と多く仕入れるようになり、ムダが倍加する。たとえば部品を一〇〇個仕入れ、良品を一〇〇個つくることができれば、ムダな在庫は不要になる。 目で見る管理の実践 現在の生産量が計画に対して進んでいるか遅れているか、工程が正常か異常かを誰が見てもわかるようにする。 ──こうした七つの改善を積み重ねることによってリードタイムを短縮すれば、在庫をほとんど持つことなしに、「必要なモノを、必要な時に、必要なだけ」つくることが可能になるのである。

▼トヨタの品質 18 かんばんはこう使う ▼かんばんの意義を理解する「かんばん」はトヨタ式の代名詞である。かつてはトヨタ生産方式を「かんばん方式」と呼ぶ人がいたほど、「トヨタ式 =かんばん」というイメージが強かった。 そのため、ある企業から「うちもかんばん方式を始めたので見に来てください」と言われて大野耐一氏が出向いたところ、きれいなかんばんがあっただけで、運用はまったくされていなかった……などという困った話もあった。 かんばんは、あくまで、つくりすぎのムダを省くための手段である。その仕組みさえできていれば、現実にかんばんを使うかどうかは、それほど重要ではない。 かんばんが有効に働くには、現場が次の三つの点で整備されている必要がある。 生産の平準化 工程のレイアウト 標準作業の設定 これらが難しい現場では、かんばんを使うことでかえって在庫が増えたり、混乱が生じたりすることがあるため、注意が必要だ。 また、自社のつくり方を改善することなく、協力会社にかんばんを強要すると、かんばんは下請けいじめの凶器となる。 それだけに、かんばんは正しく運用することが求められる。 かんばんの意義とルールを、ここで正しく理解してもらいたい。 かんばんの意義は次の通りだ。 通常の生産方式では、前工程が後工程に製品を供給する。 これだと、前工程が後工程の都合を考えずに供給するため、時につくりすぎのムダを生むことになる。 だから、トヨタ式では、後工程が前工程に製品を引き取りに行く。 こうすれば、後工程が必要なモノだけを前工程が生産することになり、つくりすぎのムダを防ぐことができる。 また、このやり方だと、生産計画と実際の市場動向にずれが生じても、後工程が取りに行かない限り前工程は生産できない。そのため、かんばんひとつで生産の量や種類を微調整でき、やはりムダを防ぐことができるのだ。 ▼かんばん運用四つのルール かんばんの運用にあたっては、次の四つのルールを厳守することが必要だ。 後工程が引き取る・かんばんがなければ引き取ってはいけない・かんばんの枚数以上に引き取ってはいけない・かんばんは必ず現品につけなければならない・情報とモノをセットで動かす 前工程は引き取られたモノを、引き取られた量だけ生産する・かんばんの枚数分だけ生産する・かんばんが来た順番で生産する 前工程は不良品を送り込んではいけない・不良品が見つかったら、送り込んではいけない・良品のみを送り出す かんばんの総枚数は最小限にしなければならない・改善によって枚数を減らすことが大切である こうしたルールにのっとって正しく運用してこそ、かんばんは効果を発揮する。 かんばんを使い始めた当初は、ルールの厳守が特に大切だ。 何でも最初は決められた通りにしっかりとやってみる。そのうえで「このやり方は変だ」とか「もう少しこうしたほうがいいのでは」と気づいたら、そこから変えていく。それがトヨタ式改善の原則である。 最初からルールを無視して勝手なやり方をしてしまうと、現場は混乱し、改善などできるわけもない。 かんばんも、まずは原理原則通りにやってみる。そうすれば、つくる力は確実に上がってくるはずだ。

▼トヨタの品質 19 価格はお客さまが決める ▼安くつくることだけが競争力ではない 品質、納期、コストの改善の「コスト(原価)」については、「モノの値段はお客さまが決める」を徹底することを念頭に改善を進めていく。また、原価を低減するには大きく四ルートがあり、それを守る。 その前にもう一つ、品質や納期を改善することで、原価は確実に改善されることも強調しておきたい。 納期を短縮して在庫を持たないモノづくりができるようになれば、在庫の負担が減り、その分、原価は下がる。 品質も同様だ。モノづくりにおいて原価を押し上げる要素の一つは、不良をつくることである。手直しのムダが生まれるし、廃棄すると材料やエネルギー代、人件費などがムダになる。また、お客さまに不良品が渡れば、企業の信頼も低下する。これは、お金には代えがたいものである。 原価を下げるというと、安くつくることばかりに目がいくが、リードタイムの短縮とか、良品をつくるといったことも原価低減に大きくかかわってくることを理解しておきたい。 そうすれば、原価に対する取り組み方も変わっていくはずだ。 ▼絶えず原価改善に励む さて、企業が競争に勝つ方法は二つしかない。 ブランド力を高める 一つは、アップルや、かつてのソニーのような高いブランド力を築き上げることだ。ブランド力があれば、同じような製品でも、あるいは高値でも、お客さまが買ってくれる。 その好例がアップルの iPhoneだろう。中国や韓国などのメーカーが、より安いスマートフォンをつくっているにもかかわらず、根強いアップルファンが世界中にいるお陰で、アップルは高収益を実現できている。 コスト競争力を高める もう一つの方法は原価低減に励み、価格が下がったとしても十分な利益が出せるコスト競争力を身につけることだ。 多くのビジネスが、実際に世界を相手にしているか、世界を意識せざるを得ない状況になっている。となれば、中国や東南アジアなどで、より安くつくられた製品との戦いを避けては通れない。 国際価格競争は激しい。コスト競争力が低いと、時には原価割れに追い込まれることもある。あるいは、せっかく独自製品を開発して売り出しても、あっという間に安価な類似品が出回り、値崩れしてしまう。 つくっても利益が出ない状態にならないためには、絶えず原価改善に励む必要があることはいうまでもない。価格競争に巻き込まれても十分に戦うことができ、それだけでなく、利益も出せる力をつけることが大切になる。 ▼原価は下げるためにある 価格競争力をつけるためには、「価格はお客さまが決める」という視点に立って改善に励むことだ。「売値」「利益」「原価」についての考え方は二つある。 売値 =原価 +利益 売値-原価 =利益 は電気料金やガソリン料金などの計算で使われる傾向がある。 原価八〇円のものに二〇円の利益を足して、売値は一〇〇円となる。 もし原価が一〇円上がったとすると、どうなるか。 売値は、原価の九〇円(八〇円 +一〇円)に、利益の二〇円を足して一一〇円となる。原価が上がれば価格も上がるという考え方だ。 は、お客さまのニーズがあって、同業他社がいて、メーカーが勝手には価格を決められないケースだ。 売値の一〇〇円から原価の八〇円を引いて、利益が二〇円となる。 と同じに見えるが、違いは原価が上がった時に表れる。 もし原価が一〇円上がって九〇円になったら、どうなるか。売値を上げると競争相手に負けるから、売値は一〇〇円のままだ。 そこから原価の九〇円を引くと、利益は二〇円から一〇円に下がってしまう。これでは困る。 そこで行うのが原価改善である。放っておくと九〇円になる原価を、一円、二円と改善して八〇円に下げる。そうすることで二〇円の利益を確保するのである。 企業の競争力はここで決まる。 改善する力が弱いと、原価があまり下がらず、利益が減少する。 トヨタ式のように日々改善を行うことで原価を八〇円、さらには七五円と下げていくことができれば、二〇円、二五円と利益を上げることになる。 つまり、トヨタ式にとって原価とは次のようなものになる。「原価は計算するためではなく下げるためにある」 この視点に立ってこそ、原価低減に本気で取り組むことができる。

▼トヨタの品質 20 コストを下げる四つのルート ▼原価の見える化と原価基準 原価を低減するには、大きく四つのルートがある。「原価の見える化」「基準原価を設ける」「現場から改善のヒントを見つける」「原価知識より原価意識」である。 原価の見える化 まずは自社の製品一つひとつについて、原価をみんなに見えるようにする。 内容は細かければ細かいほどいい。たとえば「油の値段がいくら」ではなく、「三種類の油を使っていて、それぞれの使用料と価格はいくら」と詳細に示すことで、どこにムダがあるかがわかる。 原価低減に挑むには、このような原価の見える化が欠かせないが、現実には、あまりやっていない企業が多いようだ。それどころか、原価の内容をさほど意識せずに「原価を下げろ」「もっと安く」と命令する人も少なくない。 そうなると、協力会社に値引きを要求したり、品質を落としたりといった、おかしな原価低減が横行するようになる。 基準原価を設ける 原価を見えるようにしたら、次に「いくら下げるか」という基準原価を明確にする。ただし、何の根拠もなしに「二割下げろ」「一割ダウンを」と言ってもダメである。たとえば、競合他社の原価をしっかりとベンチマーキングして、そこに勝つための基準原価を設定するといい。 トヨタの強さは「絶えざるベンチマーキング」にある。自社よりもすぐれた企業に学び、その企業の原価や製品、サービスなどを目標にすることだ。自社とのギャップをはっきりとみんなに見えるようにして改善を積み重ね、一円、二円と差を詰めていくのがトヨタ式のやり方だ。 訳もわからず「がんばれ」と言われてもがんばりようがないが、競合他社と比較して「自社はこの点が負けている」「あとこれだけがんばれば他社に追いつける」ということがわかれば、がんばることができるのである。 ▼問いかけを習慣に 現場から改善のヒントを見つける 生産やサービスの現場は、とかく「上からの指示通りにやればいい」という考え方になりがちだ。 だが、原価低減には、スタッフが机上で考えた案よりも、現場で働く人たちが実際の仕事を通してムダに気づき、「もっとよい方法は?」と知恵をめぐらせる中で生まれるアイデアのほうが、はるかに役に立つ。 現場を見る時、次のようなことを問いかけることを習慣にするといい。そこには原価低減の方法が必ずあるはずだ。・加工、仕様などをやめることはできないか?・もっと安価なモノに変えられないか?・寿命などを延長できないか?・標準、基準は過剰になっていないか?・作業改善はできないか?・歩留まり(良品ができる割合)向上をはかれないか?・不良率の低減をはかれないか?・再利用できないか?・省エネをはかれないか? こうしたものの見方や考え方をしながら仕事に取り組むことで、ムダに気づく力が生まれ、改善案を考える力が養われることになる。 現場にはたくさんの改善のヒントがある。ある人が「現場は宝の山である」と言っていたが、その通りである。 原価低減のためには、現場で働く一人ひとりが問題意識を持って仕事に取り組むことが大切なのである。 管理監督者は、こうした現場の人たちの姿勢を後押しして知恵を引き出すことこそ本当の役目である。 ▼机上の知識は邪魔になる 原価知識より原価意識「原価のことは難しくてわからない」と及び腰になる人がいるが、案ずることはない。トヨタ式で大切なのは、「原価知識」よりも「原価意識」である。 原価知識は、むしろ原価低減を妨げるものの一つになる。 トヨタ式のモノづくりは売れに合わせたモノづくりであり、売れるモノだけをつくり、売れないモノはつくらないことを原則としている。 だが、そこに原価知識が入ってくると、途端にややこしいことになる。 なぜか。原価知識のある人は、すぐに計算をするからだ。 計算上は、売れに合わせて八〇個つくるより、一〇〇個まとめてつくるほうが安くできる。そのため、八〇個つくろうとすると、「一〇〇個まとめてつくると安くなる」と反対するし、部品の購入に際しても「八〇個ではなく、一〇〇個買ったほうが安いからいい」と判断してしまう。 しかし、安く一〇〇個つくって二〇個売れ残ってしまったら、かえって高くついてしまう。 もちろん、原価知識のある人は、二〇個の売れ残りも「在庫は資産」だと計算するため、帳簿上は損をしていないことになる。 しかし、売れ残りは倉庫に積まれて埃をかぶるだけであり、仮に売れても、原価割れするほどの値引きをした結果だったりする。 それが現実である。現実と、計算上の数字とは違うのだ。 ところが、机上で原価知識をひけらかしている人には、そこがわからない。 別の例をあげれば、「機械は遊ばせるよりは動かすほうがいい」というのが原価知識だが、現実には、やることがないのなら、その間、機械は止めておくほうがいいに決まっている。それが原価意識というものだ。 つまり、トヨタ式原価低減では、現場で働く一人ひとりがしっかりとした原価意識を持って改善に励むことが最も大切なのである。 原価低減には終わりがない。それをトヨタ式では「ゼロになるまで改善しよう」と言う。改善を積み重ね、目標を達成したら、さらなる目標を立てて改善に励む。

励む。こうした姿勢があってこそ企業は強くなることができる。

▼トヨタの競争力 21 競争力のある間接部門をつくる ▼間接部門の改善は必要不可欠 トヨタ式改善というと、生産や営業といった直接部門(わかりやすく「生産部門」と呼ぶ)を思い浮かべる人がほとんどだ。「コストを一〇%下げる」「生産性の一〇%アップ」と言う時、ほとんどは生産部門での動きをさしている。 だが、競争力は生産部門の改善だけでは十分に強化できないし、ムダは生産部門にだけあるわけではない。 生産や営業などが必死にコストを削減しても、そこに総務や経理、人事や企画、品質管理といった間接部門の経費を乗せると、思ったほど効果が出ないことがよくある。 一般的には、間接部門にもたくさんの社員がいて、多くの経費がかかっている。生産部門が改善によって目標を達成しても、間接部門が何もしなければ、トータルでは目標に到達できないのは当たり前だ。 海外でモノをつくる場合も同様である。人件費の安い海外で生産しても、日本国内に肥大化した間接部門があると、本当に安くできているのかは疑問だ。 企業全体の競争力を高めるには、間接部門を含めての改善活動が不可欠である。 間接部門が改善活動を行わず、生産部門に「コストを下げろ、ムダを省け」と言うと、「何もしない奴らがあれこれ言っている」と反発されるという心理的なマイナスも見逃せない。 では、間接部門が率先して改善活動の成果を上げるには、どうすればいいのか。「ラインを主役にする」「間接部門にはたくさんのムダがあることを知る」「間接部門の少人化に挑戦する」の三つがポイントになる。 さらに、間接部門の少人化は、「徹底した理解活動」「業務の標準化と多能工化」「人を抜く時は一番できる人を抜く」「忙しさを見える化して、『なぜ』を五回くり返す」の四つのステップを踏む。 ▼生産部門を主役に間接部門を見直す 間接部門を改善するには、第一に、モノづくりや営業などの業務を直接遂行する生産部門のラインと、本来はラインを補佐する役割である間接部門のスタッフとの関係を見直すことだ。 つまり、「ラインを主役にする」。 欧米などでは「ラインはスタッフが指示した通りに、黙々と業務を遂行していればいい」という考え方があり、日本でも、そんなふうにスタッフをラインの上に置く企業がある。 そこまでいかないにしても、「改善を行うのはラインの人たちであり、スタッフである自分たちは関係ない」と、スタッフを特別視する人は少なくないようだ。 間接部門の改善にあたっては、まずこうした考え方を改める。 トヨタ式の間接部門スタッフに求める考え方は、こうだ。「スタッフの人たちの使命、役割は、ラインの人たちへのサービスと支援であり、ラインの人たちの使命、役割は、お客さまの要望とスタッフたちの思いを達成することにある」 トヨタ式を実践しているある企業の経営者は、これをオーケストラにたとえていた。「スタッフは、楽器や楽譜を揃えたり、会場の準備をします。ラインは演奏者です。お互いの努力と協力があって、初めて、お客さまに喜ばれる演奏ができるのです」というわけだ。 かつて、その企業では、スタッフが主役であり、ラインはスタッフの指示通りに働くものという考え方が強かった。 そんな意識を変えようとして、経営者はスタッフ一人ひとりにこんな疑問を投げかけた。「なぜ購買は、ラインの人たちが包装を解かなければならない買い方をするのか」「なぜ経理は、何枚も伝票を書かせるのか」「生産ラインが使っている治具工具は、本当に使いやすいものになっているか」「なぜラインの責任者は、報告書の作成に、これほど多くの時間を取られるのか」「なぜスタッフは、ラインの責任者を呼びつけるだけで、自分で現場に行こうとしないのか」 間接部門のスタッフは、それらのことを悪意でやっているわけではない。だが、スタッフが何げなくやっていることが、生産部門のラインを困らせたり、ムダを生じさせていることに気づいてほしかったのだ。 こういう問いかけから、ラインが主役のモノづくりや営業が可能になるというのが、その経営者の考え方だった。 ▼書類の種類を増やすな「報告と手続きは、誤った使い方をされると、道具ではなく支配者となる」とは、経営学者ピーター・ドラッカーの言葉である。 スタッフは、必要もない情報を集めるために、何十種類もの書類を書くことをラインの人たちに強要していないだろうか。それでは、生産部門の人たちから、肝心のモノづくりや営業、人づくりの時間を奪うことになる。 松下幸之助氏が松下電器産業の会長だった時代、本社が営業所や事業所、工場に上げさせている報告書の数を聞いたところ、なんと二四〇種類もあったという。 こんなに必要なのか。読むのも大変だが、つくらされるほうはもっと大変だ。 松下氏はこう提案した。「明日会社が潰れると困るから、明日潰れるということに関係のあるものだけは残すけれども、それ以外は全部やめてしまってはどうか?」 すると、報告書はわずか四二種類に激減したという。 間接部門には、ムダという意識はなかったはずだ。ただ、生産部門の現場のことを考えないままに、「あれがいる、これもいる」とやっているうちに、膨大な書類を求める結果になってしまっていた。 そして、現場は書類づくりに時間を取られ、スタッフも読むために時間を取られるというムダが常態化していたのだ。 オーケストラでは、演奏者に万全の演奏をしてもらうために、スタッフは最善の努力を尽くす。企業でも、スタッフは、現場に「いいモノを、より早く、より安く」つくってもらうために、十分な気配り、努力をしてもらいたい。それが、「ラインが主役」の考え方である。

▼トヨタの競争力 22 間接部門のムダ取りと少人化 ▼間接部門のムダを見分ける 間接部門を改善するには、第二に、「間接部門にはたくさんのムダがあることを知る」ことだ。 ムダが多いから、松下氏が「会社が潰れるということに関係のあるもの以外は、やめたらどうか」と提案しただけで、書類の数が六分の一にまで減ったのだ。 ムダの定義は、生産部門の場合は、はっきりしている。「付加価値を高めない、原価だけを高める生産の諸要素」である。 だが、同じ定義を間接部門に当てはめるのは難しい。 間接部門の作業は、生産部門のように工程が進むわけではない。ちょっと見ただけでは正味作業なのか、付随作業なのか、ムダなのかがわかりにくいのである。 間接部門のムダを見分ける一つの基準は、「お客さまの役に立たないものがムダ」というものだ。 ただし、ここでいう「お客さま」は、製品やサービスをお金を払って買ってくださる一般的なお客さまとは異なる。「前工程は神様、後工程はお客さま」という通り、トヨタ式では、自分の後工程はすべてお客さまとなるのだ。 たとえば、データをつくる人にとってのお客さまは、そのデータを受け取る人であり、読む人となる。書類のコピーを頼まれたら、依頼した上司がお客さまだ。 こうした視点に立つと、間接部門のたくさんのムダが見えてくる。 間接部門のムダを調査すると、こんなことが多くあがってくる。「転記作業が多い」「捺印が多すぎる」「伝票の種類が多すぎる」「書類があちこちで停滞する」「必要以上のコピーを配布する」「不要な文房具がたくさんある」「誰も読まない雑誌を購入し続けている」「活用しないデータを取り続ける」「計画を立てるが、まともに実行しない」などである。 何週間もかけて膨大な資料をつくったものの、上司の「これではダメだ」「あっ、これはもういいや」といったひと言でつくり直すケースもよく見られる。 さらに調べると、間接部門のムダが生産部門のムダにつながっていることもわかってくる。「経理への支払い請求に何枚もの伝票が必要だ」「購買が購入する部品が包装過剰で、たくさんのゴミを生んでいる」「購買の選んだ治具工具が現場に合わず、負担になっている」といったことである。 企業のつくる力を高め、競争力を強化するには、間接部門が生産部門以上に改善活動に励むことが必要だ。 そんな努力があって初めて、生産部門もさらなるムダ取りに励むことができる。 ▼徹底した理解活動の展開 間接部門を改善するには、第三に、「間接部門の少人化に挑戦する」ことだ。トヨタ式では、これを「人を抜く」とも言う。 少人化には、四つのステップがある。 間接部門の改革を始めた G社は、当初、職務分析によってムダを省こうとした。だが、それでは時間がかかりすぎるうえ、ごくわずかの人しか抜けないことに気づいた。そこで、ベンチマーキングによって、競争力のある間接部門のモデルを目標に立て、一気に改革を進めることにした。生産部門と違って比較の仕方も難しく、完全なベンチマーキングとはいかなかったが、半分以下の人数にしない限り競争力が生まれないことはわかった。 これは大変な目標だった。 多くの人が一〇%程度の削減を考えていたからだ。たちまち反対の声が聞こえてきた。「間接部門に改革が必要なことはわかっているが、あまりに大幅な改革は、長い年月をかけてやってきたことを否定されるようで、素直に賛成できない」というわけだ。 だが、改革を断念すれば、会社に明日はない。とはいえ、何もせずに人を抜けば混乱も起きるし、ただの労働強化になってしまう。 G社は、四つのステップを踏んで少人化を実現することにした。 徹底した理解活動の展開 間接部門、生産部門にかかわらず、改善活動で大切なのは「なぜ変えなければならないのか、変わらなければならないのか」を、きちんと理解してもらうことだ。理解が不足していると、小さな改善に対しても「なぜだ」という不満が出て、改革が進まなくなってしまう。 ただし、「会社は大変な状況にある。だからやるしかない」と口で説明するだけでは、理解は進まない。「何が危機なのか」「何が問題なのか」を示す必要がある。 G社も、会社の状況を数字で見せ、ベンチマーキングの結果を開示した。そうすることで、このままでは競争力が保てないこと、間接部門が無用の長物になることの理解を得ていった。 さらに、生産部門が真剣に改善活動に取り組んでいる実態も伝えた。 ある程度以上の規模の企業では、自分の仕事以外のことに無関心になる傾向がある。ましてや間接部門にとって生産部門は遠い存在だ。数字は見ていても、実際にどんな改善を行い、どんな取り組みをしているかは理解していなかった。 そんな間接部門の人たちにとって、生産部門の改善活動を知ることは、とてもいい刺激になった。「生産部門がこんなにがんばっているのなら、自分たちも負けてはいられない」という気持ちが、 G社の改善活動を後押しすることになった。

▼トヨタの競争力 23 業務の標準化と多能工化 ▼仕事を誰にでもできるようにする G社は四つのステップの二番目に進んだ。 業務の標準化と多能工化 間接部門の少人化を妨げる要素の一つは、仕事の専門性にある。間接部門の仕事は、経理や企画など、高い専門性が求められる。そのため、安易に人を減らすと業務が停滞するというわけだ。 だが、トヨタ式においては、こうした理由は決して認められない。 たとえば倉庫のどこに、何が、いくつあるかは倉庫の担当者にしかわからないという状態は、整理整頓ができていない証拠である。整理整頓をして、どこに、何がいくつあるかが誰にでもわかるようにするのが、トヨタ式である。 そのために、何をするか。 一つには、業務の標準化を進める。 もう一つは、一人ができるだけ多くの業務をできるようにする多能工化だ。 ▼当たり前の仕事を見直す かつて、ある企業で、こんなことがあった。 その企業が株式上場をした時、創業者が、株価の動きや、株主はどんな人たちかに関心を持ち、報告書を毎日作成するように命じた。 しかし、数ヵ月もすると、株価の動きは自分で調べられるし、株主の動きばかりを気にしていると業務がおろそかになるという懸念も生じ、秘書に「あの書類はもういい」と指示した。 ところが、指示は、その先に伝わっていなかった。そのため担当部署は、以後も誰も読まない書類をつくり続けていた。 創業者は数年後にそれを知り、すぐにストップさせた。同時に「こんな例がほかにもあるのではないか」と考えて調べさせた。すると、おびただしいムダな書類が見つかった。 創業者は、当たり前のようにやっている仕事の一つひとつについて、「誰のためか」「何のためか」を問い直し、たとえば、お客さまのいない仕事はムダとしてすぐにやめるよう指示したという。 G社も同じことをやった。 間接部門の仕事は、いったん始めてしまうと、惰性で続けられるものが少なくない。それでは仕事は増える一方だ。業務の効率化には、定期的に仕事を整理することが欠かせない。 G社が最初にしたのは、山とある業務について「お客さまの役に立っているか」という基準で整理することだった。 G社は、最初に仕事の大胆な整理を行ったうえで、それぞれの仕事について、専門家以外は絶対にできないものを除き、可能な限り標準作業をつくった。そして、「担当者にしかわからない仕事」を「誰にでもできる仕事」に変えていった。 標準作業といっても、難しいものではない。 今やっていることをそのまま文書化して、それに従ってやれば、新人でもある程度はできるようになる、というレベルで十分だ。そのうえで少しずつ改善していけば、仕事の質も上がっていく。 ▼多能工養成プログラム G社は次に「多能工養成プログラム」をつくり、たとえば、人事の人間が経理もできるようにする研修を開始した。 このプログラムをつくる過程で、興味深いことが見えてきた。これまで「自分は人事の専門家だ」「私は経理のプロ」と言っていた人たちが、実際にそれらの仕事のすべてをこなせるかというと、そうではなかったことだ。 たとえば、人事の仕事を「星取表」(第 2章 11項参照)にすると、七〇項目あるとする。人事の専門家は、実際には、そのうち半分くらいしかできなかった。 これでは人事部のほかの部員の仕事を完全にカバーするのは難しい。ましてや人事以外のこととなると、まるでわからない。 多能工養成プログラムが目ざしたのは、まずは自分の所属する部署の仕事すべてをわかるようにすることであり、ほかの部署の仕事についても「できる」まではいかなくとも、「やったことがある」「見たことがある」というレベルにまで持っていくことだった。 従来は間接部門の人に関しては、何ができて何ができないのかさえはっきりせず、人だけが増えてきた。仕事の教え方も標準作業のない状態で、先輩から後輩へと伝えられてきたというのが実情だった。 まずはムダな仕事を整理して、残った仕事を標準化する。 そのうえで、間接部門で働く一人ひとりが、自分の所属する部署の仕事をできるだけ多くやれるようにする。 さらには、ほかの部署が忙しくて人が足りない時には、少しくらいは手伝いができるようにする。 間接部門における多能工の養成が完成するまでには、それなりの時間がかかるだろう。だが、競争力のある間接部門にするためには、時間をかけても改革を続けなければならない。

▼トヨタの競争力 24 人を抜く時は一番できる人を抜け ▼できる人が抜ければ普通の人が伸びていく G社は四つのステップの三番目、四番目に進んだ。 人を抜く時は、一番できる人を抜く 間接部門の少人化で問題になったのが「誰を抜くか」だった。 たいていの企業は、ダメな人間や、上司が使いづらい人間を抜こうと考える。ダメな人を抜けば全体の力が上がり、使いづらい人を抜けばチームワークがよくなると思うからだ。 トヨタ式は違う。「人を抜く時は、一番できる人を抜け」というのが鉄則だ。 G社もこの鉄則に従って、一番できる人を異動の候補者として指名した。 理由をこう説明している。「過去の人事評価をもとに、各部門の一番優秀な人材を指名しました。今回の間接部門改革の目的は、単なる人減らしではなく、抜いた人間をほかの部門や戦略部門に回して強化するという活人化でもあります。ですから、抜くのは優秀な人間であることが絶対条件でした。まずは優秀な人を抜いて、次に残った人材でこれまでの業務をしっかりとこなしてもらうことを考えています」 この方針は、当然ながら大変な反発を買うことになった。 人を抜かれる側にいた管理職が、こう振り返っている。「誰を抜くかは自分たちに選ばせてほしい、任せてほしいというのが本音でした。ただでさえ、改革によって仕事のやり方を変えなければならないのです。そんな時、できる人間を抜かれれば、あとが大変なことになると思っていました」 だが、反発は予想されたことであり、トップの決意が揺らぐことはなかった。 こう話している。「自分のセクションがいじられるとか、できのいい人間が抜かれるとなると、そんなことをされたら業務が回らなくなるという困惑が生じます。ムリに抜けば恨みが残ります。組織を変えていくことの大変さをつくづく感じましたが、それでも競争力のある企業をつくるために、改革をやり抜く覚悟でした」 優秀な人を抜かれたことで、残された人たちの意識に変化が生じた。「何とかしなければ」という危機感が生まれたのである。 業務の標準化や多能工化などの手が打たれたこともあり、業務が滞るようなことはいっさいなかった。先の管理職は、こう考えるようになったという。「不思議なもので、一番優秀な人を抜けば、次の人間が育つものです。頼りないと思っていた人間が、しっかりと自立するのです。何とか工夫してやるうちに人は育つものだというのが、現在の実感です」 トヨタ式の「人を抜く時は一番できる人を抜け」は、間接部門に限らず、人を育てる最も大切な鉄則の一つといっていい。 ▼間接部門でも標準作業が必要 忙しさを見える化して、「なぜ」を五回くり返す ムダを省き、仕事を標準化しても、人が減れば、最初はどうしてもムリがくる。標準化、多能工化しても、慣れない仕事をすれば、当初は時間がよけいにかかるのは仕方ない。 こんな時、「とにかくがんばれ」と言うようでは労働強化になってしまう。 トヨタ式は違う。 まず標準作業を守ったうえで、「しんどい」「疲れる」「やりにくい」ところが出たら、「どうすれば楽になれるか」「どうすればやりやすくなるか」を考えるのだ。 そして、よりよい方法が見つかったら、標準作業を書き換えるのである。 これなら労働強化をせずに少人化が達成され、かつ、以前よりも効率が上がっていくことになる。 ただし、そのためには、標準作業をつくること、標準作業を守ること、問題に気づくことが欠かせない。 そこで、 G社は各部署に、「少ない人数でやってみて、どうしてもダメな時はサポート人員を出します」とバックアップを約束した。 間接部門の仕事は、繁忙期と閑散期の差がかなりある。経理なら決算期や月末が忙しいし、人事なら採用の季節や入社期が繁忙期だ。 これまでは、ピーク時に支障が出ないように、各部署の人数を多めにする対策を取っていた。だが、少人化を進めた結果、ピーク時のカバーは間接部門全体で行うことになった。 ▼知恵が出る仕組みをつくろう G社は、そのカバーにもひと工夫をした。 各部署の責任者が「サポート要員が何人ほしい」とバックアップを申請する際、なぜ必要なのかという理由も明確にするようにしたのだ。 たとえば、ピークの時期に人が足りないのか、何かトラブルが起きたのか、あるいは日常的な人不足なのか、といったことである。 G社は、この要請をトヨタ式の「あんどん」(第 2章 4項参照)と考えた。 あんどんは、生産ラインが正常に動いている時は点灯しない。不良が出たり、機械のトラブルや作業の遅れなどの異常があると、働いている人自身が点灯して、異常をみんなに知らせる。 あんどんが点灯すると管理監督者が現場に駆けつけ、異常が起きた真因を調べ、改善を行う。それがトヨタ式である。 間接部門には、そういうあんどんはない。 異常があっても知らせる仕組みがなかった。「忙しい」「人が足りない」「やることが多すぎる」といった声は聞こえても、あんどんのように問題が見える化されることがなかった。 それでは問題への気づきや、仕事の標準化などが進むはずもない。

改善推進チームは、サポート申請を、「あんどんの点灯 =改善のヒント」と考えた。各部署の責任者と一緒に「なぜバックアップが必要になったのか」「どうすればバックアップなしでできるようになるのか」を考え、一つひとつ改善を重ねていった。 その結果、人を減らした当初は間接部門全体で月に一千時間を超えていたサポート要請が、数ヵ月もすると五〇〇時間を切るようになり、月を追うごとに減っていった。 多くの企業で「うちの人間には知恵がない」と言う管理監督者がいる。 だが、それは、「知恵がない」のではなく、管理監督者に「知恵を引き出すための工夫がない」だけのことである。 では、知恵を出させるにはどうすればいいか。 一番いいのは、「こんな問題がありますよ」と見えるようにすることだ。問題が見えなければ知恵など出しようがないし、その必要も感じない。だが、問題が見えれば、誰でも、何とかしなければと知恵を出そうとするものだ。 G社の間接部門には、これまでたくさんの人がいたため、問題が起きても部内でちょっとがんばれば解決できた。だが、人を抜いたことによって、これまで見えなかった問題がみんなに見えるようになった。 問題を見えるようにするためには、人をギリギリまで減らすといい。 何もしなければ、仕事というのは増えていく一方だ。定期的に人や仕事の整理整頓を行い、生産部門同様に「よりよく、より早く、より安く」を追い求めることが大切である。

《世界のトヨタ式 1》イーロン・マスクとトヨタ式 テスラモーターズ創業者のイーロン・マスクは、トヨタやトヨタ式との関係が深い。 マスクは、電気自動車のスポーツカー「ロードスター」によって業界に革命を起こしたが、さらなる成功のためには、量産技術の確立が不可欠だった。 また、ロードスターはクールな車として多くの著名人の心をとらえたが、さらなる普及のためには、「よりよく、より安く」することも必要だった。 この課題を解決するためにマスクが選んだのが、トヨタとの提携だった。 きっかけは一九八四年にトヨタと GM(ゼネラル・モーターズ)が共同設立した工場、 NUMMIだ。同工場の生産は二〇一〇年に中止になっていたが、マスクが工場跡地の活用に興味を示したことで、トヨタ社長の豊田章男氏はただちに渡米、マスクの自宅を訪ねている。 それ以前、トヨタはロードスターを「金持ちのプラモデル」程度に見ていたが、実際にハンドルを握った章男氏は、新しい風を感じたという。わずか一ヵ月後に提携を発表している。トヨタはテスラモーターズに五千万ドルを出資し、電気自動車の共同開発を行うとともに、テスラはトヨタ式を活用した量産型のモデル Sの生産に乗り出すことになった。 工場で指揮をとるトヨタ出身の副社長ジルベール・パサンは、こう言う。 「問題は何か、解決策は何か。現地現物で考えよ。私はトヨタでこの発想を学んだ。ここでもそれを実践するだけだ」 テスラのライバルになるはずだったベンチャー系電気自動車会社の多くが資金難や販売不振に苦しみ、経営破綻に至る中で、テスラは工場の用地や設備を安く取得しただけでなく、トヨタ式を取り入れることで躍進している。 マスクはトヨタ式によって、テスラのモノづくりを「手づくりの段階」から脱却させようとしているのだ。 トヨタとテスラの関係は、電気自動車の共同開発が中止されるなど、必ずしも一直線には進んでいない。しかし、マスクにとってトヨタ式の導入が大きな力になったことは間違いないだろう。

第 2章 「一語」でわかる行動哲学

トヨタ式は、言葉を厳密に使うところがある。 なぜか。たとえばトヨタ式では在庫は最悪のムダである。ムダという言葉には当然、在庫が含まれる。 だが、中には、在庫は立派な資産だと考えたり、必要悪だととらえたりする会社や人もいる。そういう相手にムダという言葉を「わかっているもの」として安易に使うと、とんでもない誤解を招くことがしばしばだ。 言葉の中にひそむ考え方の違いを示すことで、トヨタ式のものの見方、考え方をはっきりさせることができる。 もちろん、トヨタ語には「あんどん」や「かんばん」など、トヨタ式独特のやり方から生まれた言葉もある。 かといって、難しく考えることはない。ここにあげるいくつかの言葉を知っていれば、トヨタ式をスムーズに理解することができる。 「トヨタ語」には体系があるわけでもなく、現場の必要に応じて生まれ、状況に即して使われるものである。だが、わかりやすくするために、次の四つのジャンルに分けた。 ・トヨタの口ぐせ( ~ ) ・トヨタのコラボ語( ~ ) ・トヨタ語 vs普通語( ~ ) ・トヨタの現場語( ~ )

▼トヨタの口ぐせ 1 ジャスト・イン・タイム「必要なモノを、必要な時に、必要なだけ」生産したり運搬したりする仕組みをいう。また、そうすることで生産現場のムダがなくなり、生産効率が上がるという考え方もさす。「自働化」と並ぶトヨタ式の二本柱の一つである。 トヨタ自動車の創業者・豊田喜一郎氏(トヨタグループ始祖・豊田佐吉氏の長男)の発案によるもので、次の三つを基本としている。 後工程引き取り 後工程が、必要なモノを、必要な時に、必要なだけ、前工程に引き取りに行く。前工程は、引き取られた分だけ生産する。 工程の流れ化 工程内や、工程間のモノの停滞をなくすこと。これによって、トヨタ式の特長であり、理想でもある一個流し生産が可能になる。 必要数でタクトを決める 一つを何分何秒でつくるかというタクトタイムを、必要数から逆算していく。 大量生産方式と違い、生産ラインの流れ作業の中で、余分なモノを持たない、余分なモノをつくらない生産方式である。 その流れ作業を実現するための情報伝達と生産指示書の役割を果たすのが、「かんばん」である。 ジャスト・イン・タイムでは、遅れるのは悪いが、早すぎるのはもっと悪いと考える。遅れることを嫌い、早すぎるくらいでちょうどいいとする考え方もあるが、早すぎるとつくりすぎることが多く、たくさんのムダを生むため、トヨタ式では厳しく戒めている。 なお、ジャスト・イン・タイムの頭文字を取って JITと略することもある。

▼トヨタの口ぐせ 2 自働化 ジャスト・イン・タイムと並ぶトヨタ式の二本柱の一つで、単なる機械任せの「自動化」ではなく、作業に人間の知恵をつけることをいう。 自動化と区別して、「にんべんのついた自働化」ともいう。 たとえば、機械設備に異常が発生したら、機械設備がみずから異常を検知して動きを止める仕組みをさす。 これによって、人間が機械設備の番人をする必要がなくなり、少人化が可能になった。また、人間にしかできない仕事を行えるようになり、いくつもの機械を担当する多工程持ちや、複数の工程を持つ多能工も可能になった。 自働化は、人間が作業する仕事に異常が発生したら、異常に気づいた人自身がラインを止める仕組みもさす。 これにより、問題が見える化、共有化され、なぜ問題が起きたのかを徹底的に調べて改善を行うことが可能になった。品質を工程でつくり込むことができるようになったし、不良の発生率も限りなくゼロに近づくようになったのである。 自働化は、日本の紡績産業を世界的なレベルに育てた発明王、豊田佐吉氏の思想をもとに、大野耐一氏がつくり上げた造語である。 佐吉氏が発明した自働織機には、縦糸や横糸が切れたりなくなったりした時、機械が自動的に止まり、不良をつくらない仕組みが組み込まれていた。 そのお陰で、人間は機械が止まった時だけ駆けつければよく、いくつもの機械を担当する多台持ちが可能になっていた。 大野氏は、この考え方を自動車の生産にも応用した。 機械には異常があれば自動的に止まる仕組みを組み込み、作業は作業者自身の手で止められるようにしたのだ。 そして、すべてのラインにこうした仕組みを組み込んでいったのである。

▼トヨタの口ぐせ 3 かんばん トヨタ式独特の生産指示票であり、運搬指示情報である。 後工程が前工程に必要な部品を発注する時に使う長方形の紙で、「いつ(何時何分)、どこに(工場名)、何に(どの車種に)」といった製造に必要な情報が記載されている。 普通はビニール袋に封入されているが、形や仕様に決めごとはないので、使いやすいようにつくればよい。現代では、電子化されたかんばんも使われる。 かんばんは「仕掛かんばん」と「引き取りかんばん」の二つがある。 さらに、仕掛かんばんには「工程内かんばん」と「信号かんばん」があり、引き取りかんばんには「工程間引き取りかんばん」と「外注部品納入かんばん」がある。ほかに有効期限を明記した「臨時かんばん」をつくる場合もある。[仕掛かんばん] 生産着手を指示する。・工程内かんばん…工程内で用いる。「通常かんばん」ともいう。・信号かんばん……段取り替えに時間のかかるロット生産工程で用いる。[引き取りかんばん] 後工程が前工程にモノを引き取りに行く時期と量を指示する。・工程間引き取りかんばん…社内で用いる。「運搬かんばん」ともいう。・外注部品納入かんばん……社外で用いる。「外注かんばん」ともいう。 かんばんはトヨタの社内で使われるのはもちろん、トヨタが協力会社に部品を取りに行ったりする場合も、部品ケースにかんばんがついている。 トヨタ式において、つくりすぎのムダは最も注意すべきムダだ。かんばんは、つくりすぎを防ぐとともに、生産量や生産する種類の微調整役として使われている。 その目的を忘れてムリにかんばんを導入すると、かえって生産を混乱させることもあるので注意が必要だ。 生産の平準化などができない業種の場合、かんばんは使わず、後工程引き取りという考え方だけを導入することもある。

▼トヨタの口ぐせ 4 あんどん 生産現場に掲げられた「ライン・ストップ表示板」のことをさす。 生産ラインが正常に運転している時は緑色が点灯しているが、ラインに遅れなどの異常が生じて作業者が助けを呼ぶ時は黄色が点灯する。また、異常を直すためにライン・ストップが必要な時には赤色が点灯する。 モノづくりの世界で生産ラインを止めることは異常事態であり、従来は止める権限はごく一部の管理職にしかなかった。だが、トヨタ式は「自働化」の思想をラインの作業者にも応用し、ラインを止める権限を作業者に持たせたところに大きな特長がある。 トヨタ式で「異常があれば止める」のは最も大切な考え方の一つである。あんどんはそのための道具であり、トヨタ式の「目で見る管理」の一つでもある。

▼トヨタの口ぐせ 5 現地現物 机上で議論するのではなく、現地に行って、現場の実物を見て、実態を確認しながら仕事を進めていくことをいう。 トヨタ式において仕事に臨む姿勢として最も大切なことであり、現地現物こそがトヨタ式の基本的姿勢だといえる。 たとえば上司に報告をするといった日常行為でも、現地現物は厳しく問われる。誰かの話を聞いただけで報告したり、送られてきた書類だけを見て報告したりすると、上司から「現場は見たのか」と問われる。 会議で意見を述べる場合も同様だ。その意見が現地現物を背景としているものかどうかが常に問われる。 自分の考えが正しいかどうか、浮かんだアイデアがいいものかどうかを確かめるのも、現地現物による。 大野耐一氏は、しばしば「アイデアが浮かんだら現場に行けばいい」と言っていた。アイデアが浮かび、「これはいい」と思ったら、まずは現場に行ってみる。現場に行けば、アイデアがいいか悪いかがわかるし、もっとよいアイデアに気づくこともある。 すべてのヒントは現場にある、というのがトヨタ式である。 こうした考え方は、創業者の豊田喜一郎氏に由来している。 喜一郎氏は、昼夜を問わずに工場を歩き回り、現場の人たちに絶えず話しかけ、何かあると自分でやってみせていた。 調子の悪くなった機械があると、黙って袖をまくって油の中に手を突っ込み、油かすをすくい上げるような人だった。 その手はいつも傷だらけだったし、みんなに「重役室に来る時はわざわざ手を洗ってこなくてもいい」と言うほど現地現物に徹した人だった。 トヨタ式は、今でもその精神を保っているのである。

▼トヨタの口ぐせ 6 改善 人、モノ、機械設備、生産システムなどに無数に存在するムダを見つけ、ムダを省くための知恵を出し、できるだけコストをかけず、迅速に直していく一連の活動をいう。 改善において大きな役目を果たすのが、知恵である。 改善と似た言葉に「改良」があるが、大野耐一氏は、次のように両者をはっきり分けていた。・改良……お金を使ってよくすること・改善……人間の知恵を使ってよくすること「改善は知恵とお金の総和である」という言葉もある。 お金をかけすぎた問題解決は、知恵のない改善になる。だが、できるだけお金をかけずに問題を解決しようとすると、誰もが必死に知恵を出すようになり、よりよい改善ができる。 これがトヨタ式改善の考え方である。「人間の知恵を信じる」ことと、「失敗を恐れずに変化を日常にする」という姿勢が基本になっている。 さらに大切なのは、改善によって高い品質と生産効率を実現できたら、その高みを基準として、さらなる改善を実施していくことだ。 改善に終わりはないのである。 それは、製品が変わり、機械設備が変わり、人やシステムが変われば、新たなムダが次々と生まれるからでもある。 トヨタ式改善は、 KAIZENという世界共通語になるほどよく知られている。トヨタでは毎年、世界中から数十万件もの改善提案が寄せられ、実行に移されている。この改善提案こそが、トヨタ式を発展させ、トヨタを成長させる原動力となっている。

▼トヨタの口ぐせ 7 ムラ・ムリ・ムダ ムラ・ムリ・ムダは、言葉の順番に大きな意味がある。 この三つをまとめて「三ム」と言う人もいれば、順番に関係なく「ムダ・ムリ・ムラ」「ムリ・ムラ・ムダ」などと言う人もいる。 だが、トヨタ式においては、ムラ・ムリ・ムダという順番でなければならない。なぜか。 人員が多すぎたり、過剰在庫や過剰設備を抱えて苦労する企業はとても多い。 なぜ、そんなムダが生じるのかと探っていくと、ほとんどの企業で同じ原因に行き当たる。 それは、生産量や仕事量に、日や月、季節などで大きなムラがあることだ。つまり、繁忙期であるヤマと、閑散期であるタニの差が大きい。 ヤマの時期に仕事をこなすには、人を増やし、設備を用意しなければならない。場合によっては在庫も必要になる。 それでも足らずに、ヤマの時期には毎日、遅くまでみんなが早出や残業などのムリをする。 ところが、ヤマが終わり、タニの時期になると、とたんに人はあまり、設備は遊ぶようになる。たくさんの在庫が経営を圧迫する。 つまり、生産量や仕事量にムラがあると、ムリが生じて、たくさんのムダが生じるということだ。 だとすれば、ムダを解消するためには、生産量や仕事量のムラを可能な限り平準化することが基本になる。そうすれば、過剰分が改善され、ムダをなくすことができる。 そういうトヨタ式の考え方を表す言葉が、ムラ・ムリ・ムダなのである。 ムリ、ムラ、ムダをなくすことの大切さは誰もが理解している。しかし、なくすためには順番があることを理解している人はあまりいないのではないだろうか。

▼トヨタの口ぐせ 8 「なぜ」を五回くり返す 表面的な原因の最も奥にひそむ真の原因である「真因」をつかむまで、何度でも「なぜ?」と問い詰めていくことである。 一般的な 5 W 1 Hは、 WHO(誰が)、 WHAT(何を)、 WHEN(いつまで)、 WHERE(どこで)、 WHY(なぜ)、 HOW(どのように)するかだ。 だが、トヨタの 5 W 1 Hはまったく違う。 W H Y(なぜ)、 WHY(なぜ)、 WHY(なぜ)、 WHY(なぜ)、 WHY(なぜ)、を繰り返すことで、 HOW(どのように)が見つかるということだ。 たとえば、機械が動かなくなったケースでは、このように展開する。 「なぜ機械は止まったか」 オーバーロードがかかって、ヒューズが切れたからだ。 「なぜオーバーロードがかかったのか?」 軸受部の潤滑が十分でないからだ。 「なぜ十分に潤滑しないのか?」 潤滑ポンプが十分に汲み上げていないからだ。 「なぜ十分に汲み上げないのか?」 ポンプの軸が摩耗してガタガタになっているからだ。 「なぜ摩耗したのか?」 ストレーナー(濾過器)がついていないので、切粉(削りクズ)が入ったからだ。 このように「なぜ」をくり返すことで「ストレーナーを取りつける」という対策を発見できる。 一回の「なぜ」で終わっていればヒューズの交換に終わり、しばらくするとまた機械は止まることになる。 トヨタ式改善は、真因を潰すことだ。真因を潰さない改善では、何度も同じ問題が起きたり、さらに大きな問題が起きることになる。 そのために、真因にたどり着くまで「なぜ」を何度もくり返すのだ。

▼トヨタのコラボ語 9 見える化 頭の中やパソコンの中にあって外からは見えないものや、形のないものなどを、みんなに見えるようにして共有することである。 個人よりもチームでの活動を重視するトヨタ式にとって、最も大切な考え方の一つといえる。 ただし、見える化とは、きれいなグラフをつくって満足したり、スローガンを貼って埃にまみれさせたりすることではない。 トヨタ式では、それらを「見せる化」と呼んで、見える化と区別している。 見える化とは、問題解決のツールである。 問題を解決するつもりがないなら、いっそ見えないほうがいいといわれるほど、トヨタ式では、「見える化 =情報の共有 =問題解決」という認識が求められる。 見える化は、トヨタ式の多くの場面で、さまざまな形で使われる。 たとえば「あんどん」は、生産ラインで異常が起きたことをみんなに見えるようにするための仕組みである。 生産現場の「目で見る管理」も同様だ。プロジェクトの取り組み内容や進捗状況もみんなに見えるようにするし、個人の能力も「星取表」を使って見える化する。 上司はみずからのビジョンを「思いの見える化」として部下に示し、目標達成への道を確かなものにすることができる。 新しい生産ラインを導入する時、まずモデルラインをつくったりするのも見える化である。 コスト削減も、まずは「原価の見える化」からスタートする。 問題点や情報は、隠してしまうと知恵も集まらないし協力も得られない。だが、みんなに見えるようにすれば、自然とたくさんの知恵が集まるし、みんなの協力も得ることができる。

▼トヨタのコラボ語 10 星取表 作業者が、現場で求められる数多くの能力のうちいくつを有し、それぞれどのレベルに達しているかが、ひと目でわかる表をいう。 個人の能力を数字だけで評価すると、往々にして結果しか見なくなる。 また、能力を感覚で評価すると、「何ができて、何ができないのか」という肝心な点が抜け落ちる。 トヨタ式の星取表は、現場で必要な能力をすべて明確にしたうえで、一つひとつについて、各人がどのレベルにあるのかを表にするところに特長がある。 星取表を見れば、個人だけでなく、チーム全体の能力が見えるし、客観的で公平な能力評価が可能だ。つまり、星取表は「評価 +人材育成」のシステムでもある。 だから、星取表は隠さず、みんなの目にふれる場所に貼り出すことが多い。

▼トヨタのコラボ語 11 ヨコテン「横展開」を略した言葉だ。 ある部署でよい事例ができた時、そのノウハウを他部署にも広げていくことで、企業全体の成果としていく手法である。 他部署は、事例をそのまま真似るのではなく、そこに自分たちなりの知恵をつけて、よりよいものに変えて取り入れるのが特長だ。 そうすることで、よい事例は成長し、企業全体を底上げする力になる。 トヨタ式は個人よりもチーム、チームよりも企業、企業よりもグループ全体というように大きく考えるが、それを代表する手法の一つといえる。 たとえば、いい改善ができた時は、必ず「それでヨコテンはしたのか」と聞かれるものだ。 発案者は豊田英二氏(トヨタ自動車会長、最高顧問などを歴任)である。 一九六三年に、全部課長にこんな要請をしている。「会社が小さい時は、しばしばお互いに顔も見るし、連絡はきわめて順調にいったと思う。しかし、職制が膨大になると、連絡が非常に悪くなってきている。したがって、皆さんは積極的に横の連絡を取り、正確な情報交換をするように努めていただきたい。 同じような仕事をしている部門が、会社の中でいくつかに分かれている。一方の工場で得られた知識、その中には事故に関する知識や性能上の知識もあるだろうが、そういった知識をすぐに他の工場にも連絡するようにしていただきたい。 本社工場は非常にうまく能率を上げたけれども、元町工場では何も知らず、他社の工場の成功例を見て感心して帰ってきたというようなことがあったのでは、問題にならないのである」 企業は大きくなるにつれて組織の壁が生まれ、横の連携が悪くなりがちだが、トヨタは早い時期から、よい情報、悪い情報にかかわらず、みんなで共有し、みんなの成果にしようと試みていた。

▼トヨタのコラボ語 12 離れ小島をつくるな「離れ小島」というのは、工場の機械群の中に、作業者がポツンポツンと配置されている状態をさす。 パッと見には、人が少なくて効率がいいように見える。 だが、実際は大違いだ。コミュニケーションが取りにくくなり、チームワークが徐々に崩れてくる。 トヨタ式の特長の一つに、助け合いがある。 たとえば、後工程の人がもたついて遅れている場合には、前工程の人が後工程のところに行き、仕事を手助けする。そして、後工程が正常な状態に戻ったら、自分は黙って持ち場に戻る。 トヨタ式の見える化やあんどんといった仕組みは、そういう助け合いが自然にできるようになるための手段でもある。離れ小島をつくらないことも、その手段の一つである。 離れ小島をつくらないことは、現場で働く人の力量差の解消にもつながる。 生産現場で働く人みんなが同じ力量なら、仕事はスムーズに進むが、現実には、そんなことはあり得ない。 ベテランもいれば、不慣れな新人もいる。得意、不得意の差もある。 トヨタ式では、お互いがモノをバトンと思って、バトンタッチゾーンで上手に助け合いをする。そうすることで力の差が緩和され、生産性が上がっていく。人の和が生まれ、助け合いの精神がますます育まれる。 離れ小島には、この大切な「バトンタッチゾーン」がない。だから、つくってはならないのである。 人間味のある環境をつくり、チームワークが発揮できるようにすることで生産効率を上げていこうとするのがトヨタ式である。

▼トヨタ語 vs普通語 13 流れ作業と流し作業「流れ作業」は、生産現場に流れをつくるやり方だ。工程順に、それぞれ異なった機械を配列する。モノはそこを順に流れていく間に、それぞれの工程で加工され、製品になっていく。 これに対し、一般的な「流し作業」では、流れができない。モノを一つの工程でまとめて加工し、大ロットで次の工程に送っていくだけだからである。 流し作業はムダが多いうえに、「離れ小島」ができやすいのも問題である。 トヨタ式が目ざすのは、もちろん、流れ作業である。 流れ作業をすれば、つくりすぎのムダを省くことができる。また、一人の作業者が種類の異なる複数の機械を担当する多能工になれるから、生産効率のアップをはかることが可能になる。多品種少量生産への対応も十分できることになる。

▼トヨタ語 vs普通語 14 知恵と知識「知恵」は、日々の仕事を通して磨かれていくものだ。 それに対して「知識」は、本を読むとか学校へ行く、つまりお金をかけて身につけるものである。そう大野耐一氏は言っている。 トヨタ式は、知識ではなく、知恵をベースにしている。 人と設備と材料とお金が十分ある環境で成果を上げるのは誰でもできるが、いろいろ足りない中で成果を上げるとなると、大変困ったことになる。少ない材料をムダにしないためには? 古い設備をどう改善するか? 不良を出さないためには? と思い悩む中から知恵が出てくる。知恵でつくったモノこそが世界に通用するというのがトヨタ式の考え方だ。 知恵は、誰にでも無限にある。トヨタ式はそう信じている。

▼トヨタ語 vs普通語 15 人間性尊重と人間尊重 一般的に使われるのは「人間尊重」であるのに対し、トヨタ式は「人間性尊重」を使っている。なぜか。 企業が働く人を人間として尊重するのは当然のことである。環境を整え、決して労働強化をしてはならない。そのうえで、さらに大切なのは、働く人の考える力を尊重することである。その意味で人間性尊重を使っている。 仕事に「しんどい」「やりにくい」があった時、「我慢しろ」「慣れろ」で片づけられては、やりがいは生まれず、知恵も出なくなる。 トヨタ式は、「どうすれば楽になるか」を考え、自分たちで改善案を出すことを奨励している。それがトヨタ式の進歩と成長を支えている。 人間尊重は当たり前だ。人間の知恵を生かす人間性尊重こそが重要である。

▼トヨタ語 vs普通語 16 価値と価格「価値」は企業が付加していくものだ。 それに対して、「価格」はお客さまが決めるものである。 この二つを混同すると大きな間違いを犯すことになる。 製品がある価格で売れるのは、価格に見合う価値があるからにほかならない。 それを忘れて、「材料費が上がったから価格も上げなければ」となると、製品が価値に見合わないものになる恐れがある。価値を上げずに価格を上げると、お客さまはやがて、その製品を買わなくなってしまうというのがトヨタ式の考え方だ。 製品もサービスも、価値の維持、向上をはかりつつ、日々原価を下げる努力をすることが不可欠だ。お客さまが「この価値でこの価格は安い」と思ってくれてこそ、初めて製品やサービスは競争力を持つことになる。

▼トヨタ語 vs普通語 17 全体の効率と個々の効率「全体の効率」とは、文字通り生産の全体をマクロに見た効率だ。 営業から生産、物流、協力会社まで、現場全体がトータルにまとまり、情報とモノが連動して動くバラつきのない生産をさす。トヨタ式でよくいう「一気通貫のモノづくり」とも言い換えられる。 これに対して、「個々の効率」は、全体を見ず、他工程を考慮せず、自分の工程の効率だけをいう。 がんばって自分の工程の効率を上げることは、全体の効率に寄与するように思える。だが、それは違う。 たとえば、自分は一〇〇個つくっていたのを一二〇個つくれるようになり、どんどんつくったとしても、後工程が必要とするのは一〇〇個だったとしたらどうか。二〇個がつくりすぎのムダになってしまう。 効率を上げること自体はよいことだが、その際は個々ではなく、全体を考えなければならない。 全体の効率と似たものに、「真の効率」がある。 実質的に原価低減に結びつく効率のことである。たとえば、一〇〇個を一〇人でつくっている時、必要数が八〇個になったら、どうするか。計算上は八人でつくればいいが、そこを改善して七人、六人という少ない人数で生産できるようにする。こうして実質的な原価低減を実現することである。 一方、個々の効率に似た落とし穴に、計算上だけの「見かけの効率」がある。 たとえば、必要数が一〇〇個の時に、一二〇個をつくったとしたらどうか。計算上は原価が安くなったとしても、売れるのは一〇〇個であり、残りの二〇個は不良在庫になったり、売れずに処分することになる恐れがある。 トヨタ式改善の目的の一つは効率を上げることにある。 ただし、その際には個々の効率や見かけの効率ではなく、全体の効率、真の効率を追求することが大切になる。

▼トヨタ語 vs普通語 18 可動率と稼動率 機械について一般的に使われるのは「稼動率」であるが、トヨタ式では「可動率」を使う。区別するために、後者を「べきどうりつ」と読むこともある。 稼動率とは、機械をフル操業した時に何個生産できるかという能力と、実際には何個生産したかの割合をいう。 稼動率は売れ行きで決まる。売れ行きがよければ、稼働率は八〇%、九〇%と高くなり、逆に、売れ行きが悪ければ、六〇%、五〇%と低下する。 理想の稼動率は、もちろん一〇〇%だ。売れ行きがすばらしくよく、機械がフル操業する状態である。 そんな理想状態は、いつもあることではない。なのに稼動率にこだわって、機械を休まずに操業させれば、どうなるか。大きなムダが生じるのは当然のことだ。 ところが、多くの企業が稼動率にこだわる。「高い稼働率 =高い生産性 =大きな利益」と勘違いしているのだ。「機械を休ませるのはムダである」「勤務中に生産活動をしないのはマズい」という心理も働く。 稼動率にこだわるのは、きわめて危ないことなのだ。 稼動率にこだわらず、売れないなら、機械は止めておけばいいというのがトヨタ式の考え方である。 トヨタ式が重視するのは、稼動率ではなく、可動率である。 可動率とは、機械を動かしたい時に、いつでも動かせる割合をいう。 可動率は、常に一〇〇%であることが望ましい。異常や故障がなく、準備が整っている状態である。 その状態を保つには、日頃から機械の保全をしっかりやることが欠かせない。逆に、可動率が一〇〇%でないのは、どこかに異常や故障があるということである。 なお、トヨタ式では、機械は決して最新である必要はない。たとえ古い機械でも保全をしっかりと行い、職場の知恵がつき、可動率一〇〇%なら、年式など関係ないというのがトヨタ式の考え方である。

▼トヨタ語 vs普通語 19 少人化と省人化 人を減らすことを、一般的に「省人化」という。 現場に何の手も加えず、単に経費削減のために人を減らす企業もあるが、これは労働強化であり、絶対に許されることではない。 トヨタ式では、まず作業改善や機械設備の改善をし、減らせる環境を整えたうえで人を減らす。これを「少人化」といっている。 当初、大野耐一氏は常識的な省人化を使っていたが、「人間を省く」という語感がよくないうえ、トヨタ式は少ない人数でやれるように改善してから人を減らすという意味で、「少人化」を使うようになっている。 現場の人数について定員制を取っている企業も多いが、必要数に応じて、たとえば一〇人でも七人でもできるようにすることが重要である。

▼トヨタ語 vs普通語 20 予防と治療 機械が故障したり、設備が破損したり、治具工具が使用不能になったりした時、部品交換や修理によって再び使用できるようにするのが「治療」である。「事後保全」ともいう。 それに対し、壊れたから直すのではなく、最初から壊れないようにするのが「予防」だ。「予防保全」ともいう。 機械は、給油や清掃などを怠らず、異常が小さいうちに対処していれば、長く使える。機械設備が壊れたらあわてて修理するのではなく、まずは、どうすれば故障を未然に防ぐことができるかを考えるべきである。 同様に、人間関係のトラブルや問題も、予防を心がければ、治療はうんと楽になるというのがトヨタ式の考え方だ。

▼トヨタ語 vs普通語 21 修理と修繕 機械設備が故障した時は、部品を交換したり、応急処置を行って再稼動させ、生産に支障をきたさないようにするのが一般的だろう。 だが、トヨタ式では、「修繕」よりも「修理」が求められる。 修理は、故障の真因を調べ、二度と同じ故障が起きないように改善することだ。 そのためにも保全が重要になる。 機械設備を完全な状態に保つために、油さし、切粉払いなど十分な手入れを怠らない。日頃から機械設備を注意深く扱っていると、ちょっとした音や臭いの異常にも気づくことができる。その時、すぐに対処しておけば、機械設備の可動率を一〇〇%に保つことができるのである。 自分の職場は自分で守る、自分の機械は自分で保全するという姿勢が大切だ。

▼トヨタの現場語 22 標準作業 ムダのない順序で効率的な作業をする一連の動作をいう。 標準作業は、次の三つの要素からなる。 タクトタイム 一台もしくは一個を何分何秒でつくらなくてはならないか。 作業順序 どういう順序であれば最も効率的に生産ができるか。 標準手持ち 効率的な作業をくり返し行っていくためには、手元に工程仕掛品を持たなければならないが、必要かつ最小限の量はどのくらいか。 ジャスト・イン・タイム生産をするにも、トヨタ式改善を行うためにも、標準作業が決まっていることが前提になる。 標準作業があってこそ、遅れているのか早すぎるのかがわかるし、改善してよくなったのか悪くなったのかもわかるからである。 まずは標準作業をつくって、その通りにやってみる。そのうえで「こうしたほうがいい」というアイデアをベースに変えていくのがトヨタ式の改善である。 大野氏は、標準作業は最初から完璧を目ざさないほうがいいと言っていた。やっていることをそのまま書き、仕事をやりながら「ここがやりにくい」「こうしたら楽になる」といった気づきを取り入れて書き換えていくほうがいいのである。 ずっと以前の自動車生産の仕事は、職人芸に頼るところが多かった。だが、かつての労働争議で職人の多くがトヨタを去り、大野耐一氏は、素人でも自動車がつくれる方法を考えた。そこから導入されたのが標準作業だった。 それだけに、標準作業には、誰でも書き換えていいという柔軟さがある。 なお、標準は生産以外でも決められる。たとえばプロジェクトの進行の場合なら「何を、いつまでに、どうする」を明確にすることで進捗状況を把握し、確実に進めていくことができるようになる。

▼トヨタの現場語 23 必要数「何を何個つくるかは誰が決めるか」と聞けば、ほとんどの企業が「自分たちが生産計画で決める」と答えるだろう。誰かが決めるなど考えられないはずだ。 しかし、トヨタ式は「市場が決める」と答える。トヨタ式は、売れに合わせてモノをつくる。何を何個つくるかは、市場で何が何個売れるかで決まると考える。 こうした市場での売れ行きを、「必要数」と呼ぶ。必要数は与えられるものであり、自分たちの都合で勝手に増減することは許されない。 大量生産では、「これだけ売れるはず」と勝手に見込みを立て、それにもとづいてまとめてつくることで安くしようとするが、売れなければ在庫になるだけだ。 トヨタ式は必要数に応じて安くつくる。増産も減産もあるが、その都度、柔軟な生産体制を組むことで対応し、つくりすぎのムダを省くのだ。

▼トヨタの現場語 24 生産の平準化 生産するモノの種類と量を総合的に平均化することをいう。 トヨタ式の流れ作業を実現するには、生産ができるだけ平準化されている必要がある。なぜか。モノづくりでは、最終工程の生産がバラつくと、後工程の引き取りがバラつくことになる。そのため、前工程はどうしても、生産のヤマに合わせて人や設備を用意したり、余分な在庫を抱えることになるのだ。 こうしたムダを避けるために、最終工程はできる限り生産のバラつきをなくすことが重要になる。たとえば月に一千個の製品をつくる場合、二〇日稼働なら、一日に五〇個ずつコンスタントに、しかも一日八時間をかけてつくるのが望ましい。 多品種少量生産の場合も、混合ラインで、できるだけロットを小さくして、生産の平準化をはかることが求められる。

▼トヨタの現場語 25 多台持ち・多工程持ち・多能工化「多台持ち」とは、類似性のある機械設備を近くに配置して、一人の作業者が複数台の機械を受け持つことをいう。これを「横持ち」とも呼ぶ。「多工程持ち」とは、同様の状況で一人の作業者が複数の工程を受け持つことだ。これを「縦持ち」とも呼んでいる。 たとえば、機械加工の工程で、旋盤、フライス盤、ボール盤が、生産の流れに沿って五台ずつ並んでいたとする。ここで一人の作業者が旋盤五台を扱う場合や、フライス盤五台を扱う場合が多台持ちである。 同じ状況で、一人の作業者が一台の旋盤と一台のフライス盤、および一台のボール盤というように多数の工程を担当する場合は、「多工程持ち」となる。 トヨタ式が理想とするのは生産の流れをつくることであり、そのためには多台持ちではなく、多工程持ちであることが望ましい。 ただし、そのためには一人の作業者がいくつもの機械設備の操作や作業ができることが前提になる。それを可能にするために行うのが「多能工化」と呼ばれる訓練だ。その際に使うのが星取表となる。 トヨタ式の生産現場においては、こうした訓練を通して、単能工から多能工へと進むことになる。 生産の流れ化を実現し、少人化を実現するために多工程持ち、多能工化はとても大切な取り組みである。

《世界のトヨタ式 2》ジェフ・ベゾスとトヨタ式 トヨタ式の取り入れ方は企業によってさまざまだ。 すべてを取り入れようとする企業もあれば、ごく一部を取り入れることで成果を上げる企業もある。 後者の一つがアマゾンである。 アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスのお気に入りはトヨタ式の「『なぜ』を五回繰り返す」ことだ。 問題が起きた時に、表面的な原因だけを見て応急処置をほどこすだけでは、やがて同じような問題やもっと大きな問題が起きることになる。 根本的な真因を突き止めて改善を行ってこそ、二度と同じ問題は起きなくなり、それだけ生産ラインや製品の質は向上する。 ある時、アマゾンの物流倉庫で小さな事故が起きた。普通なら現場で上司が「気をつけろ」と言ってすませるレベルの事故だが、ベゾスはみずから現場に出向き、なぜ事故が起きたのかを徹底して検証し、真因を改善している。 同様に、顧客からのクレームについても、ベゾスはこう言っている。 「私たちは、お客さんが言ってきたことに対してはどんなことであれ、その根幹にある理由を突き止めるべく、すべての顧客サービス情報を動員します」 顧客からの電話を単なるクレームとして処理してしまえば、サービスの向上につながることはない。 ベゾスは、「何が問題なのか」と問いかけることで、表面的な解決ではなく、真の改善を目ざそうとする。 その結果、すぐれたサービスをつくり上げ、アマゾンは、世界で最も顧客志向の高い会社になりつつあるのだ。 ベゾスは流通の倉庫にも積極的にトヨタ式を取り入れている。 アマゾンの広大な倉庫のラインには、「あんどん」が灯っているという。

第 3章 仕事が変わる「トヨタの習慣」

トヨタ式には、いわゆるスターがいない。ホンダなら本田宗一郎氏、アップルならスティーブ・ジョブズというような代表者がいないのだ。 なぜか。トヨタ式は、働く一人ひとりの知恵を大切にするからである。天才の一〇〇歩よりも、普通の人一〇〇人の一歩ずつに価値があると考える。 トヨタ式はマニュアルではなく、無名の一人ひとりが自分の頭で考え、知恵を出し、ともに豊かになっていく道しるべなのである。 しかし、そうはいっても、トヨタ創業者の豊田喜一郎氏、トヨタ式を体系づけた大野耐一氏をはじめ、すぐれた指導者がたくさんいるのはいうまでもない。そういう人たちの言葉は、トヨタ式の知恵と現場経験が凝縮された実践習慣になっている。 あるいは、誰が言ったともなく伝えられている言葉も同様だ。 そういう言葉を、わかりやすく次のようにジャンル分けした。 ・見方を変える( ~ ) ・飛躍を目ざす( ~ ) ・知恵を出す( ~ ) ・まずやる( ~ ) ・やり遂げる( ~ ) ・力を出し合う( ~ ) ・上司の声かけ( ~ ) ・人を育てる( ~ ) ・ムダに気づく( ~ ) ・現場を見直す( ~ ) ・失敗を生かす( ~ ) ・知恵のヨコテン( ~ ) ・責任を果たす( ~ )

▼見方を変える 1 平均でものを見ない 平均値というのは便利なように見えても、それだけを頼りにものごとを考えると実態を見誤ることになる。 かつて、イトーヨーカ堂創業者の伊藤雅俊氏がトヨタ式に興味を持ち、大野耐一氏を訪ねたことがある。在庫を減らしたいのだが、その過程で機会損失が発生することが多く、どうすれば適正な在庫になるかを相談するためだった。 伊藤氏は商売上、「三ヵ月くらいの在庫」が適当と考えていた。 それに対して大野氏は「一品一品の在庫をチェックしてはどうか」と提案している。なぜか。 一律に適正在庫を決めても、それはあくまでも全体の平均値にすぎないからだ。現実には、よく売れる品物の在庫は限りなくゼロに近く、売れない品物は何ヵ月も埃をかぶっている。 正しい在庫管理には、平均値ではなく、一品一品の適正在庫を見ていく必要がある。大野氏は、そうアドバイスしたのだ。 平均値だけで見ると、実態がかえってつかみにくくなることも多い。 たとえばトヨタ車が世界でどのくらい売れているかを語る時、世界シェアだけを見ても意味がない。たしかに世界では第一位だが、国や地域別に見ていけば、新興国などでは、まだ微々たる数字にすぎなかったりする。 シェアだけを単純に見て、「うまくいった」と考えるのでなく、個々の数字をたんねんに見ることで初めて本当の課題が見えてくる。 原価低減も同様だ。トヨタ式では、仮に「原価を平均三〇%下げる」と目標を立てても、それは「一律三〇%」ではないのである。改善を重ねても一〇%しか下がらないものもあれば、四〇%、五〇%と下げられるものもある。そのトータルが三〇%になればいいだけのことだ。 平均値を見るのはかまわない。しかし、現実のビジネスは一つひとつの積み重ねである。それを忘れないために「平均でものを見るな」と多くの人が言っている。

▼見方を変える 2 不良は率でなく個数と金額で見る トヨタ式では、「工場でどれだけ不良品が出たかは、比率ではなく、具体的な個数と金額で報告すべきだ」と言われる。 もちろん比率も示すのだが、何個の不良品が出たのか、それを金額に換算するといくらになるかという実数も必ずつけて報告する。 なぜか。そうすれば失敗を強く意識するようになり、いつ、どこで、どんな問題があったのかをきちんと探るようになるからである。 不良品をつくることは、単なる数字上の問題ではなく、現実のモノとお金をムダにするということだ。比率ばかりで考えると、どうしても、そういうリアル感が薄れる。具体的な数で見る姿勢があって、初めて不良品を出さないモノづくりに近づける。それがトヨタ式の考え方だ。 宅急便を開発したヤマト運輸の小倉昌男氏の信条は、「サービスは一〇〇%完全でなければ意味がない」だった。 同社はサービスレベルを配達率ではなく未達率で表してサービスの向上を目ざしていた。ところが、ある年、前年の未達率二〇%が一五%に減った時、みんなが喜ぶ中で、小倉氏は大きな問題に気づいた。取扱個数が前年に比べて大幅に伸びていたのである。 たとえば、取扱個数五千万個なら、その二〇%は一千万個だ。 だが、取扱個数が一億個になれば、その一五%は一五〇〇万個になる。 たしかに未達率は改善されたが、現実には、未達の個数は増えている。それだけサービスに不満を持つお客さまが増えているわけだ。 小倉氏は「パーセントで表す時は気をつけなければならない」と感じ、以降は率だけでなく、実数も使ってサービスを検討するようにしたという。 生産現場における不良も同じだ。よく「不良率が改善されました」という報告が行われるが、その実数を見ると、実は改善されたどころか、悪化していることが少なくない。心すべきである。

▼見方を変える 3 がんばらなくてもいいように工夫する 仕事の成果は何によって測られるか。 たとえば、朝早くから出勤して夜遅くまで仕事をする。時には土日も会社に出る。絶えず動いていて、スケジュール表はびっしりだ。そんな人がいると、たいていの人は「がんばっている」と高く評価する。 だが、現実には、働く時間と成果は比例しないことも多い。 トヨタ式は、「動き」と「働き」を分ける。付加価値を生む「働き」以外の動作は、すべて改善すべき「付随作業」や「ムダ」である。 労働時間の長さや動きだけを見て「がんばっている」と考えるのではなく、その時間や動きの中にどれだけ「働き」が含まれているかを見るのが大切だ。 かつて、工場で新しく部下を率いることになったあるトヨタマンが、上司に「これから一生懸命がんばります」と張り切って言ったところ、こう諭された。「お前の仕事は『がんばる』ことではない。みんなが『がんばらなくてもいい』ように創意工夫をすることだ」 そして上司は一人の社員を指さした。 その社員は大汗をかきながら、工程の途中で重いエンジンブロックを持ち上げようとしていた。上司は「なぜあんなことをしているんだ。見てこい」と指示した。聞くと、ブロックを持ち上げるコンベアの調子が悪く、仕方なしに手で持ち上げていたと言う。 上司はこう続けた。「ブロックを持ち上げるのは仕事とは違うだろう。お前の仕事は、現場でみんなが困っていないか、ムダなことをしていないかを見て、改善をすることだ。それをせずに、汗をかくとか走り回るとかいうのを見て『がんばっている』と言うのは大間違いだ。大切なのは、みんながどれだけ楽に工程を進められるかだ」 見るべきは時間や汗ではない。短い時間で汗をかかずにやれる方法を考える。それがトヨタ式の上司の役割だ。

▼見方を変える 4 「止まる」のではなく「止める」ようにする トヨタ式は、「止まる」と「止める」を分けて考えている。 トヨタ式は、不良が出たとか、機械に異常があったとかいう問題に気づいたら、すぐに生産ラインを止める。 そのために、引っ張ったらラインが止まる紐がちゃんと備わっている。 生産現場でラインが停止するのは、本来は異常事態であり、他社では現場の人たちにそうした権限は与えていない。 だが、トヨタ式はあえて止めることで問題をみんなに見える化し、責任者も駆けつけて真因を調べ、二度と同じ問題が起きないように改善する。 ラインの停止は大きなロスに思えるが、改善することでラインの質が上がれば、さらにいいモノができるし、不良率ゼロに近づけるのだ。 ポイントは、意識して止めることだ。 たとえば、地震や大雪、台風などの災害で都市機能がストップしたとする。それにもかかわらず、モノをつくり続ければどうなるか。 やがて、部品が足りない、人がいないといった問題が生じて、ラインが止まることになる。これは最低のやり方といえる。 問題が積み重なって、やむを得ず止まるのではなく、ささいな問題が生じたら、積極的に止める。「止まったんではなく、止めたんだ。ここが肝心なんです」とトヨタマンはよく言う。 止まるのを防ぐためにも、止める。そこにトヨタ式の真髄がある。 ロンドンオリンピックの体操男子個人総合で金メダルを獲得した内村航平さんは、いつも着地がぴたりと決まることで知られている。なぜ着地をぴたりと止めることができるのかと聞かれ、「みんなは着地を止めにいって止めていると思うのですが、僕は止まるところで技を終わらせていれば、勝手に止まるという印象なんです」と言っていた。自然と止まるように技を組み立てているのだ。 この言葉にも、「止まった」「止めた」のヒントがあるのではないだろうか。

▼見方を変える 5 「好況を切り抜ける」発想 不況をどう乗り越えるかを考える人は多いが、好況をどう切り抜けるかを考える人は、そう多くないだろう。 なぜなら、景気がいい時は、少しぐらい間違ったことをやっても、うまくいくものだからだ。何もしなくとも、モノは売れてゆく。こうした時期には、誰しも人を大量に採用する。工場を拡張する。営業所を全国に出す。大量生産に走る。そんな投資に次ぐ投資で、さらなる成長を目ざそうとする。 だが、景気が失速した際には、それは大きな重荷となる。 過剰な人員や設備、在庫を抱え込んでしまっては、いかなる大企業、優良企業でも苦戦を強いられる。 トヨタはどうだったか。 トヨタは、一九五〇年に倒産の危機に瀕し、人員の大量解雇を行っている。 ところが、それからほどなくして朝鮮戦争が勃発、日本企業は朝鮮特需と呼ばれる好景気に入ることとなった。トヨタも精力的な営業を活動し、 GHQ(連合国軍総司令部)から大量のトラックを受注する。現有の人員では間に合わないほどの大量注文だった。 同じように好況の恩恵をこうむった同業他社は、好況の波に乗ろうと大量の人を雇い入れた。 だが、トヨタは人を増やすことなく増産体制を整えている。少ない人数で、不可能といえるほどの台数をつくろうとしたのだ。後にトヨタ中興の祖と言われることになる社長の石田退三氏が、特需は一時的なものであり、忙しいからと人を増やせば、特需が去った時に再び苦しむことになると考えたからだ。 トヨタ生産方式が本格的に動き始めたのは、この時期である。機械の使い方から人の仕事のやり方まで、徹底して改善するほかはなかった。「好況を切り抜ける」ために、改善に次ぐ改善によって少ない人数で大量注文をこなした。 それが、トヨタの強さにつながることになった。

▼見方を変える 6 自分の仕事が不要になるほど改善する 企業や組織には、「あの人にしかできない」「あの人にしかわからない」といった仕事が案外と多いものだ。 問題は、その中身である。 きわめて特殊な知識や技術を要したり、特別な資格を必要とする場合は仕方がないだろう。だが、そんな仕事は、実はごくわずかだ。 仕事の九九%は、たとえ難しくはあっても、「あの人にしかできない」ようなものではない。それがたくさんあるのは問題である。 ある企業がトヨタ式をベースとする生産改革に乗り出した時、同社にはたくさんの「あの人にしかできない」仕事があった。 たとえば、ある機械の調整は複雑で、長い経験を積んだ「機械職人」にしかできなかった。倉庫のことをすべて把握している「倉庫職人」もいて、探しものをする時は、その人に頼むのが常だった。 しかし、トヨタ式を進めていくうちに、トップは「自分にしかできないと威張っている人間が、一番ダメな仕事をしている」と考えるようになった。 なぜか。「職人」は、機械の調整をあえて難しいままにしておくことで「自分にしかできない」と威張っているのではないか。倉庫も「職人」が整理と整頓をしないから、誰も探しものができなくなっているのではないか。 実際、改善を進めていくと、機械の調整は誰にでも簡単にできるものになった。 5 Sを進めていくと、新入社員でも倉庫から必要なモノが探せるようになった。 トヨタ式改善を進めると、難しいことがやさしくなる。 その結果、「あの人にしかできない」仕事は多くが不要になるが、それは本来がムダな仕事だったということなのだ。 大切なのは「自分の仕事が不要になるほどの改善」を続けることである。みんなができる仕事へと変えていくのが改善なのだ。

▼見方を変える 7 常識を疑う ある事務機器メーカーのトップは、トヨタ式の生産改革を進めるにあたり、同規模のトヨタ式先進企業を訪問し、大きな衝撃を受けた。最も驚いたのは、でき上がった製品を梱包する段ボールの在庫がほとんどないことだった。 自分の会社の倉庫には、製品ごとに種類の違う段ボールが山と積まれている。だが、見学先では何も印刷されていない数種類の段ボールを上手に使い分け、最後にラベルを貼って出荷して終わりだった。 このやり方なら、ろくに使わない大量の段ボールを廃棄処分するというムダは出ない。 会社に帰ったトップは、すぐに業者を呼び、同じことができるかと尋ねた。答えは「できます」だった。 これにもトップは驚いた。そして、業界で長く仕事をしてきた自分が、いかに業界の古い常識に縛られていたかを反省した。 製品名を印刷した段ボールを何ヵ月も前に発注し、倉庫に保管するのは昔の常識であり、今ではそんな必要はないのだった。 常識に縛られると新しい発想も出なくなるし、ムダの放置にもなる。トップは、それ以来、しきりと「脱常識」を口にするようになった。 トヨタ式はそもそも、脱常識を働かせることで誕生している。 大量生産が当たり前の時代に多品種少量生産のモノづくりを目ざし、前工程から後工程へモノを供給するのではなく、後工程が必要なモノを必要な時に前工程に引き取りに行くという逆の流れを考え出している。 常識にとらわれていたら、トヨタ式は生まれなかった。また、常識に縛られるとトヨタ式の実践は難しい。大切なのは「常識を疑う」ことである。今やっていることを「何のために」と考えることである。 常識は古くなることもあるし、常識が間違っていることだってある。常識にとらわれることなく「何のために」を考えるところから改革がスタートする。

▼飛躍を目ざす 8 改善を徹底することで改革する 改善と改革(イノベーション)は別ものだと考えている人が少なくない。 改善は原価低減など日々の積み重ねである。それに対し、改革は、いわば日常を飛び越えるものだ。だから両者はつながらないと、短絡的に誤解してしまうのだろう。 しかし、現実には、改善を徹底することで大きな改革を起こすことは、決して難しいことではない。 トヨタ式を実践しているある企業は、数年をかけて、工場で使用する電力のすべてを太陽光発電でまかなうようにした。 その企業は環境への関心が高く、ずいぶん前に太陽光発電を検討したことがあった。しかし、当時は使う電力が膨大で、太陽光発電を導入しても、まかなえる量は微々たるものであり、そのために断念している。 転機は、ベルトコンベアを廃棄して、消費電力が七〇分の一ですむ生産方式を自分たちでつくり上げたことだった。消費電力が少なければ、太陽光発電での生産が可能になる。そこで太陽光発電に踏み切り、すべての電力をまかなう体制を整えることができたのだった。 今から一〇年以上前のことだから、すごいイノベーションだったといっていい。 その企業は、最初からイノベーションを目ざしていたわけではなかった。ムダを省いたモノづくりを目ざして改善を重ねるうちに、大量生産型のコンベアが不要になり、少ない電力で動く生産ラインへ行き着いたのだ。トップはこう振り返った。「ムダを省いたモノづくりを徹底すると、環境にやさしいモノづくりに行き着きます。改善を徹底すると大きな改革に行き着くことができます」 最初から大改革を志向する企業もあるだろう。しかし、トヨタ式が目ざすのは日々の改善であり、改善をとことんまで徹底することで大きな改革を成し遂げることだ。漫然と改善を続けるだけでは改革はできないが、大きな目標があり、改善を徹底することができれば、それは大きな改革に直結していく。

▼飛躍を目ざす 9 ゼロを一つ取って考える 今から五〇年も前、日本にこれから本格的なモータリゼーションが訪れるという時のことだ。トヨタの工場で、ある車種の原価を大幅に低減するプロジェクトが始まった。プロジェクトリーダーは設備投資に一〇億円の予算を組み、生産部門の責任者・大野耐一氏に申請した。 すると、いきなり、こう言われた。「この予算は一ケタ多い。ゼロを一つ取って考えろ」 大野氏をよく知るリーダーは、一〇億円の予算が多少は削られることを覚悟していた。だが、まさか一億円以下でやれ、と言われるとは思ってもいなかった。当時の常識からして、まず不可能な数字である。 大野氏は「こうすれば減らせる」という指示などしてくれない。そして、もちろん予算オーバーは許さなかった。 リーダーはほとほと困った。 しかし、必死に考え、工場のみんなと知恵を出し合ううちに、少しずつやるべきことが見えてきた。設備を専門メーカーから買えば高くなる。ならば、自分たちで安くつくればいい。 専門家が設計すると複雑で高価になる設備も、現場の人間が、使いやすさを第一につくれば、単純化でき、安くできるに違いない。 こうして工夫を重ねた結果、市場価格よりも安くつくることができたのだ。 同様に、電気配線やコンベアなども自分たちで手がけた。 そして、予算内で目標を達成することができたのである。 もちろん、トヨタに一〇億円のお金がなかったわけではない。 お金をかければ知恵が出なくなることを知っていた大野氏は、あえてムチャな要求を出すことで、知恵を引き出そうとしたのだ。 トヨタ式に「改善は知恵とお金の総和である」という考え方がある。お金が出れば知恵は出ない。お金が出なければ、知恵は無限に出てくるのである。

▼飛躍を目ざす 10 単位を変えて考える ある経営者が、生産のリードタイムを大幅に短縮した。一〇日近くかかっていたのを三日にまで短縮したのだ。 経営者は、それを大きな成果であるとして、あるトヨタマンに自慢した。 すると、そのトヨタマンはこう言った。「三日ということは七二時間ですね。次は『日』ではなく、『時間』を短縮して、最終的に『分』に持っていったらどうですか」 聡明な経営者は、発想が切り替わって、さらなる改善に猛然と意欲が湧いてきたという。 かつてトヨタは、何時間もかかるのが常識だった段取り替えを、大野耐一氏の指示で「分」に短縮しようと挑戦した。 そして、シングル段取り(一ケタ、つまり一〇分未満)、ワンタッチ段取り(二分未満)を可能にし、生産に革命を起こしたのである。 このように、単位を何で考えるかで、成果は大きく変わってくることになる。 仕事の中で二時間かかるものがあれば、なんとか半分の六〇分でできないかと知恵を絞る。予算の「ゼロを一つ取る」ことですごい知恵が出るように、時間も単位を変えれば新たな知恵が出るのである。「三ヵ月なんて頭は持っていない。一晩で成果を上げてほしい」 これは、アップルの創業者スティーブ・ジョブズがヒューレット・パッカード出身の副社長に言った言葉である。 副社長は、早くからアップル製品を使っていて、ジョブズの崇拝者でもあった。だが、ヒューレット・パッカードに一五年も勤めており、大企業の時間感覚が身についてしまっていたのだ。 それを指摘したのが、副社長が三ヵ月計画を説明した時にジョブズが言ったこの言葉だった。ジョブズの時間感覚は、月や年単位ではなく、日や週単位だった。その並外れたスピードへの執着がジョブズを成功へと導いたのだった。

▼飛躍を目ざす 11 困らせることで知恵を出す 人間は、よほど困らなければ何かを変えようとはしない傾向がある。だから、上司の役目の一つは、部下を困らせることによって知恵を引き出すことにある。 大野耐一氏も、しばしば部下たちが途方に暮れるほどの困らせ方をした。 その最も有名な例の一つが、段取り替えの時間短縮だろう。 トヨタ式の基本は多品種少量生産である。市場の売れに合わせて一個一個違うものをつくる「一個づくり」をし、かつ利益を出すのが理想だ。 それを実現するカギが、段取り替えをいかに短時間でやるかだった。 大野氏は、トヨタの工場で四時間かかっていた一千トンプレス機の段取り替えを「三分間でやれるようにしろ」と指示した。 それは、世界のメーカーのどこもやっていない難事だった。 しかし、もし実現できれば、トヨタ式は飛躍的に進化する。 改善推進チームは、大野氏のムチャな指示に困り抜いた末、機械を止めなければ作業ができない「内段取り」を、機械を止めることなしにできる「外段取り」に変えることを思いつく。 さらに、さまざまな作業がワンタッチでできる段取りを次々と考案、ついに段取り替えを一〇分以下に短縮することに成功したのだった。 さらに、チームは改善に次ぐ改善によって、三ヵ月後には本当に三分間でできるようにしてしまった。 四時間を仮に一時間に短縮するだけでも快挙である。それを一挙に一〇分に短縮し、さらに、誰も考えなかった三分にまで短縮した。 当時のメンバーは言う。「大野さんが『三分間でやれるようにしろ』と言わなかったら、ああしたアイデアは生まれなかったかもしれない」 人間は困れば、思わぬ知恵や画期的なアイデアを生むものだ。時に上司は部下をとことん困らせることで、知恵を限界まで引き出さなければならない。

▼飛躍を目ざす 12 ベンチマーキングを絶やさない 筆者にとってトヨタ時代の忘れられない仕事の一つが、 GM(ゼネラル・モーターズ)との原価比較だ。 一九六三年当時、トヨタと GMとの間には売り上げにして数十倍もの差があった。原価にも、トヨタ一対 GM〇・五という大差があった。 そんな比較にならない両社の差額をバランスシート上に表現するのが筆者の仕事だった。従来の会計にはない発想であり、苦労したが、結局、「基準原価」というものを設けた。 たとえばある部品の原価が、トヨタ一万円、 GM五千円とする。 GMの五千円を基準原価として、原材料勘定に五千円を乗せ、差額の五千円を、ある種のムダづかいとしてバランスシートに乗せるのである。 差額の合算が、原価においてトヨタが GMに負けている金額となる。 トヨタは、まだ GMにはるかに及ばなかった時代から、このようにして GMをベンチマーキングしていた。 そのうえで、日々改善を重ねて、一円、二円と差を詰めていったのである。 GMという世界ナンバーワンの自動車メーカーを目標にしただけでなく、 GMよりも安く、いい車をつくろうと努力していた。 実際、原価で GMに追いついたあとは、よりいいモノ、安いモノをつくっているメーカーを世界中から探してベンチマークキングして、さらなる改善に励んだものだ。 これは、トヨタが世界的企業となってからも変わることはなかった。同業他社はもちろんのこと、中小企業がすぐれた改善をしたと聞けば見学に行き、自分たちなりの知恵をつけて取り入れている。 世界に目を向ければいいモノ、安いモノはいくらでもある。絶えざるベンチマーキングによって常に学び、常に改善し続けるのがトヨタ式である。

▼飛躍を目ざす 13 カタログエンジニアにならない トヨタ式で求められるのは、最新のカタログを見て、その機械を買い、カタログに書いてある通りに使う「カタログエンジニア」ではない。 そうではなく、機械にたくさんの知恵をつけ、カタログに書いてあるよりもすぐれた使い方をすることが最も大切なことだった。 戦後間もない頃の日本企業の多くは、すぐれた工作機械は欧米から輸入するほかなかった。トヨタも同じだった。だが、欧米から輸入した機械を使って自動車をつくり、それを欧米に輸出して利益を出すのは容易ではない。カタログ通りの機械の使い方をしていては絶対に不可能である。 たとえば、カタログでは通常三人でやるところを改善して、一人でもできるようにする。カタログでは通常一時間かかるところを改善して、三〇分でできるようにすることが必要だ。 これが「機械に人間の知恵をつける」ということである。こうした改善を積み重ねることで、トヨタは世界と戦えるまでに成長していったのである。 ホンダ(本田技研工業)創業者の本田宗一郎氏は、創業間もない頃に、資本金の何倍もの機械を欧米から購入している。何が何でも日本のオートバイを世界に通用するものにしたいという一心からだった。 その機械の使い方が独特だった。取扱説明書を無視して、何倍もの能力を引き出そうとした。そのために、社員にムチャな要求をくり返しては、機械の改善をさせている。単に高い機械を買うだけならお金さえあればできるが、機械の能力を何倍にも引き出す人はそうはいない。この努力が、ホンダを世界有数のオートバイメーカーへと引き上げたのである。 今は I T(情報技術)の発展で、最新のすぐれた機械が次々と登場する。うかうかしているとカタログエンジニアどころか、カタログ以下の使い方しかできなくなる。だが、どんなに機械が発達しても、カタログエンジニアに成り下がってはならない。

▼飛躍を目ざす 14 白紙になってものを見る 若いトヨタマン Aさんの仕事は、現場で改善を行うことだった。 ちょうど改善を終えたところに、大野耐一氏がやってきた。「改善しました」と報告すると、大野氏は、こう言うなり現場を離れてしまった。「そこに円を描いて立っていろ」 Aさんは何のことかわからないままに円を描き、仕方なしに立っていた。 夕方になり、大野氏がやってきて、 Aさんに聞いた。「わかったか?」「わかりません」と Aさんは正直に答えた。すると、大野氏はこう指示した。「明日も朝から立っていろ」 翌日、 Aさんは再び円を描き、立っていた。一時間が経った頃、大野氏が来て、「わかったか?」と聞くので、 Aさんは何もわからなかったが、こう答えた。「わかりました」 すると、大野氏は言った。「お前が昨日やった改善で、現場の人たちは困っているじゃないか。何が困っているかがわかったら、すぐに直せ」 Aさんはようやく気づいた。「改善をやった」ことに満足してしまい、改善の結果をきちんと見ていなかったのである。 よく見ると、たしかに前のやり方より、作業が窮屈そうだ。 Aさんはすぐにどうすればいいかを考えて作業改善をし、それからは格段に作業がスムーズに進むようになった。 漫然とものを見ては、何も見えてこない。よけいな先入観があっても、ものは正確に見えてこない。大切なのは、よけいな先入観を捨て、「白紙になってものを見る」ことと、「なぜと問いかけながらものを見る」ことだった。 トヨタ式で大切なことは、自分の目で見て、自分で気づき、自分で考え、自分で実行することだ。わかるまでしっかりと見ることが必要なのだ。

▼知恵を出す 15 言う通りでなく、もっとうまくやる 入社六年目の若いトヨタマン Bさんの工場の生産ラインで、ある日、トラブルが起きた。 Bさんが所属する部署は、トラブルによって生産に遅れが出た場合、工程の進め方をその場で決めて、すぐに指示を出すのが役目だ。ところが、その日は上司が出張で不在だった。上司に連絡を取り、指示を仰いでいては時間がかかり、工場に迷惑をかける。 そこで Bさんは、以前に同じようなトラブルが起きた際に上司が取った対応を思い出し、その通りの指示を出した。そして、その場を見事に切り抜けた。上司不在の中での大手柄だった。 ところが、出張から帰ってきた上司に報告すると、ほめられるどころか、こう叱責されてしまった。「前回と今回では、似ているように見えても状況は違っている。なぜ、前回とまったく同じではなく、頭を使ってそれ以上の指示を考えなかったんだ」 最初、 Bさんは、ほめられこそすれ、叱られる筋合いはないと思った。だが、やがて上司の真意が理解できた。 トヨタ式では、「プラスアルファの知恵」が必ず求められる。何に対しても、自分なりの知恵をつけて「もっと上手にできないか」と考えることの積み重ねが、改善をよりよいものにしていく。 大野耐一氏はいつも、指示通りに動く部下をこう叱責していたものだ。「なぜ、わしの言う通りにやった? わしの言う通りやる奴はバカで、やらん奴はもっとバカ。もっとうまくやる奴が利口」 部下にとって、とてもつらい叱責だが、これが、自分で考える力の飛躍的な成長につながったという。仕事には、言われたまま、教えられたままではない「自分なりの知恵」が欠かせない。 知恵の数だけ人は成長できるというのがトヨタ式である。

▼知恵を出す 16 できない言い訳をしない 人間は、やりたくない気持ちが先に立つと、できない言い訳をいくらでも考えつくものである。 こうした言い訳ばかり考えがちな傾向を、どう変えていくか。 一九六〇年代なかば、トヨタと業務提携をしたダイハツは、トヨタ式を取り入れながら、トヨタ車「パブリカ」の受託生産を行い、数年後には「スターレット」の生産も行うことになっていた。 今でこそ、一ラインで複数の車種を生産することは珍しくない。だが、当時のダイハツは、一ラインでは一車種をつくるのが常識で、複数の車種をつくるなど考えられないことだった。 複数車種をつくる責任者に命じられたのは、大野耐一氏から直接指導を受けたことがある Cさんだった。 Cさんは、部課長を集めて、「スターレットをつくることにした。問題点があったら出してくれ」と言った。すると、二時間にわたって、できない理由が続々とあがってきた。 普通なら、できない理由をこれだけ聞かされれば、「考え直そうか」となってもおかしくない。だが、 Cさんはきっぱりとこう伝えた。「皆さんのできない理由はよくわかりました。しかし、私はつくることを決心しています。これからはできない理由はいっさい言わないで、どうしたらできるかという条件を出してください。一緒に、その条件を満たしていきましょう」 これには参加者も同意するほかはなかった。「できない」からスタートすると、できない言い訳ばかりが出てくるが、「やる」と決めてしまえば、「どうすればできるか」を必死になって考えるのも、また人間である。 Cさんの言い方は乱暴に思えたが、この言葉をきっかけにみんなが「やるしかない」と腹をくくり、以後は複数車種生産の実現に進むことになった。「できない言い訳をする頭で、どうすればできるかを考えよ」は大野氏の口ぐせの一つである。

▼知恵を出す 17 二階級上の立場で考える トヨタ式に「全体の効率と個々の効率」という言い方がある(第 2章 17項参照)。 他の工程を無視して自分の工程の効率だけを上げたとしても、他の工程の能力が同じであれば、たくさんの仕掛り在庫がたまり、かえって全体の効率を落とすという考え方だ。 効率を上げる時には、前後の工程や全体の効率を考えながら改善をしなさい、という意味である。 では、具体的にはどうすればいいか。「仕事は二階級上の立場で考えろ」がトヨタ式の考え方だ。 役職を持たない若手社員も、自分のことだけではなく、「自分が主任なら?」「自分が係長なら?」と考える。役職者であれば、「自分が取締役なら?」「自分が社長なら?」と考えるのである。 そうすれば、今、何をすべきかが断然はっきりとわかるし、何が正しいかもより正しく判断できるようになる。 かつて、張富士夫氏(トヨタ会長、経団連副会長などを歴任)が社長時代、「どういう人が伸びる?」と聞かれ、「理屈だけでなく、ちゃんと行動できる人」に加え、「全体を見るセンス」をあげていた。 たとえば生産現場に五つの課があったとすると、その一つの課でも問題が起きれば、車はつくれない。にもかかわらず、「あそこが悪い」「あそこの仕事はダメだ」などと他の課のことを批判ばかりする人がいる。そういう人は伸びない。 批判などせず、他の課に問題が起きれば、自分の部下を連れて問題がある現場へ飛んでいく。そして「改善を手伝うよ」と、一緒になって問題を解決するほうがいい。こうした人には信頼が集まり、その人自身も伸びていく。 それが張氏の考え方だった。 自分の部署のことだけを考えて、他部署の問題に目をつむることを、トヨタ式では、「ただの責任転嫁」と呼んでいる。

▼知恵を出す 18 ひらめきよりも根気で創意工夫する トヨタは早くから TQM(総合的品質管理)に取り組んでおり、一九五一年には、「創意工夫提案活動」も発足させている。現在も「創意くふう制度」と呼ばれて、知恵を出すシステムとして発展しているすぐれたやり方である。 ここで求められるのは、天才的なひらめきではない。問題を前に根気よく観察して、「なぜ」を問い続ける姿勢だ。 トヨタが創意くふう制度をスタートさせた頃、提案件数は少なく、内容もそれほど濃いものではなかった。理由は「提案 =発明」でなければならないという先入観が強かったためだ。画期的なアイデアでなければならないと誤解して、みんなの腰が引けていた。 変化は、トヨタが Q C(品質管理)活動を積極的にやるようになり、個人ではなくチームを重視するようになってからだ。 Q Cの特長は、品質を中心とする問題にみんなで知恵を出し、みんなで解決していくところにある。それに触発されて、創意くふう制度も、現場で気づいた問題にみんなで知恵を出し、みんなでアイデアを考えるようになっていった。 とはいえ、すぐにすぐれたアイデアが出るとは限らない。 そこから生まれたのが、「対象をしっかりと観察する」「問題を前に、『なぜ』をくり返していく」「三位一体の改善活動」だった。 三位一体というのは、「問題に気づく人」「解決策を考える人」「アイデアを形にする人」という具合に、各人がそれぞれ得意な能力を生かしながら、一つの問題を解決していくという活動のやり方だ。 根底にあるのは、「創意工夫はひらめきではなく科学であって、根気さえあれば誰にでもできることである」という考え方である。 みんなの創意が出ない企業は、改善活動が進まない。なぜなら、改善が全社的なものになっていないからだ。まずは「根気さえあれば誰にでもできる」と信じるところから始めてはどうだろうか。

▼知恵を出す 19 目的と手段を混同しない トヨタ式が世の中から注目され始めた頃、ある企業が、大野耐一氏に「うちもかんばんを始めたので、見に来てください」と頼んだことがある。 大野氏がその企業を訪ねると、たしかにずいぶんと立派なかんばんがあった。トヨタが使っているかんばんとは比べものにならないほどいい材料を使っている。 ところが、使い方はトヨタ式のかんばんの原則を無視したものだった。 目的もはっきりしなかった。 トヨタ式のかんばんは、つくりすぎを抑え、原価を下げるためのものである。だが、その企業は肝心の目的を理解しないままに、「かんばんさえ使えば、トヨタ式をやっていることになる」くらいの感覚で始めてしまったようだった。第 1章 18項でもふれた話である。 かんばんは手段である。 業種によっては、かんばんが使いづらい場合がある。その場合は、かんばんを使う必要はない。「後工程引き」という原則さえ守れば、かんばんは不要である。 トヨタ式では「目的と手段を混同するな」としばしば言う。 それは、この企業のように行動する例がしばしばあるからだ。 大切なのは「何のため」という目的である。だが、手段を工夫し、一生懸命にやっているうちに、いつの間にか手段が目的になるケースは決して少なくない。 たとえば、 ITがブームになった時代には、職場にコンピュータを入れること自体が目的化していたものである。 そのために、かえって人が増えたり、原価が上がったりしていた。何のための IT化なのかがわからなくなった企業がとても多かったのだ。 仕事はいつも、「何のために」という目的をしっかりと確認することが必要だ。目的があってこその手段であり、かつ、目的を達成するための手段はいくつもあるということを決して忘れてはならない。

▼知恵を出す 20 一つの目的に手段をいくつも探す ある若いトヨタマンが難題を前に、解決策を粘り強く考え抜き、すばらしいアイデアを得た。「最高だ」と自信を持ち、詳細を詰めたうえで、上司に「これで問題が解決できます」と報告した。 すると上司は、アイデアをほめるどころか、逆にこう聞いてきた。「君は、ほかにどんな代替え案(代案)を考えたんだ。君の解決策はそうした代替え案と比べて、どんな点がすぐれているんだ」 その若いトヨタマンは、すばらしい解決策だと思い込み、そればかり深めていたため、代替え案は何ひとつ考えていなかった。もちろん最初の段階では複数のアイデアがあったのだが、検討することなく、すべて捨ててしまっていた。 若いトヨタマンは、それ以降は、「目的は一つ、手段はいくつもある」を念頭に、多少時間はかかったとしても、あらゆる選択肢を考え、十分に検討を加えたうえで提案をするようになったという。 一つの目的に対して、その手段や方法は一つとは限らない。 たとえば、人を減らすという目的があったとする。 その手段には、ロボットの導入もあれば、標準作業の変更もある。その他の手段もいろいろあるだろう。 この時、「ロボットを導入しさえすれば、人を減らすことができる」という案に安易に飛びつき、そればかりにしがみつくと、何が起きるか。 人を減らすという目的は達成できても、よく検討してみると、なにもロボットを買うほどの投資をしなくとも達成できたはずだった、ということになりかねない。 目的を達成するためには、まず改善策をできるだけ数多く考える。 そのうえで費用や効果などを総合的に検討して、最善の策を選ぶ。 そして、実行は素早くやる。それがトヨタ式だ。 こうした過程を経ずして「これこそ最高のアイデアだ。これしかない」と改善を進めた場合、往々にしてお金をかけすぎたわりに効果の低い改善になりやすい。

▼知恵を出す 21 「仕事に行く」を「知恵を出しに行く」にする 生産現場の仕事の多くは単調に見える。 ある工場では、玄関ドアやサッシのネジを締める作業を、ゆっくりと動くラインに合わせて社員が歩きながら行っている。見学に訪れた人は「なぜ歩きながら?」と疑問を口にする。 ネジを締める作業を歩きながらやるのは難しく思えるからだ。「止まったままでやるほうがはるかに楽ではないのですか」と言う人が多い。それに対して、工場では、いつもこう答える。「止まったままの作業はかえって疲れるし、眠くなります。実際にやってみると、動きながらのほうが、はるかに楽なのです」 あれこれと考え、実際にやってみた結果が今のやり方なのだ。 考えたのは、作業をやっている社員たちだ。かつては立ったままやっていたが、その頃はとても単調でつらい作業だったという。時計を見ながら、いつも「早く五時にならないかなあ」と退社後のことばかりを考えていた。 変化が起きたのは、工場がトヨタ式の生産改革に乗り出してからだ。 以前は、社員は言われた通りの仕事をきちんとやることだけを求められていた。しかし、生産改革が始まってからは、「しんどいとか、つらいとか気づいたら、どうすればいいかを考えて、どんどん提案してほしい」と言われるようになった。 そうした提案の中から生まれたのが、「ゆっくりと動くライン」「歩きながらネジを締める」といったやり方だったのだ。 さらに作業台の高さや道具の改善を行い、作業の手順なども工夫するうちに、単調な仕事が「楽しく工夫できる仕事」へと変わっていったという。 気づいたことについていつも考えをめぐらせていると、夜、家でふっとアイデアが浮かんだりする。すると、朝、いやいや会社に行くのではなく、アイデアを試したくて行くようになっていく。もちろん毎日ではないが、「仕事に行く」が「知恵を出しに行く」へと変化するのである。

▼知恵を出す 22 出口だけでなく入り口にさかのぼる「ゴミゼロ」を目標に掲げた企業が、モノの出口ではなく入口を管理するという発想改革を行ったことで目標を達成した話に第 1章 7項でふれた。ゴミの分別は細かいほうがいいが、現場では、複雑な分別基準に従っている暇はない。かといって、一ヵ所にまとめて、あとは誰かに任せる方式では、よけいな人や経費がかかる。 こういう問題を前にした時は、「なぜ」をくり返すことで真因を探るのがトヨタである。同社も、「そもそも、なぜゴミが多いのか」と、源流にさかのぼった問いかけを行うことで、過剰包装の問題に行き着いたのだ。出口対策としてゴミの分別やリサイクルを進めることも必要だが、入ってくるゴミを管理して減らすことができれば出口対策もうんと楽になる。 このように源流にさかのぼって対策を打つのがトヨタ式だ。

▼知恵を出す 23 現場で勉強する 改善は知恵を使い、改良はお金を使う。知識がお金で買えるのに対し、知恵は現場で身につけるしかないものだ。大野耐一氏が、こんなことを言っている。「疑問に思ったり、困ったり、何かヒントを思いついたりしたら、現場に行けばいい。現場こそ勉強の場だよ。そして、現場を見れば考えたことがよいことか悪いことかが判断できる。それがまた新しい問題点となる」 ハーバード大学の研究グループがトヨタという会社を「学習する組織」と呼んだように、トヨタ式は学ぶことにはとても貪欲だ。ただし、読むだけ、聞くだけではなく、実際にやってみる学びを重視する。知恵は研修ではなく現場で磨く。アイデアは実際にモノをつくることで良否を判断する。 こうしたことのくり返しで知恵を身につけていくのがトヨタ式だ。

▼まずやる 24 聞くより見る、見るより行う トヨタ式は日本発の生産方式だが、トヨタ式を導入することで大きな競争力を手にした人や企業は世界に広がっており、アメリカにも多い。 代表格の一人が、コンピュータ会社デルの創業者マイケル・デルだ。 デル以前のコンピュータ業界は、まず製品をつくり、その製品を販売店を通して販売していた。「いかに安くつくるか」という価格競争がすべてであり、低価格製品を得意としたコンパックが業界をリードしていた。 そこにデルが持ち込んだのが、トヨタ式に学んだ確定受注生産だ。 お客さまの注文を受けてから、お客さまそれぞれのニーズに合わせた製品をつくり、販売する。これなら売れない在庫を抱える必要がない。その分、安く販売することもできる。 問題は注文を受けてから短いリードタイムでつくり、届ける方法だ。 二〇代だったデルは、トヨタ生産方式に関する本をたくさん読み、理論は理解していた。だが、それだけでは実行はできない。 トヨタ式で成功していた船井電機を訪ね、詳しく話を聞いた。工場に入り込み、トヨタ式でモノをつくる現場のやり方を徹底して研究している。 トヨタ式を導入したある企業の経営者が、こんなことを言っていた。「人から教えてもらっただけでは弱い。一つひとつ自分の力で実行していったものは強い。まずはやってみることです」 かつて大野耐一氏は、トヨタ式について教えを請いに来た人たちに、数日間、トヨタの工場で実際にモノをつくる経験をすることを勧めていた。 トヨタ式は、読んだだけ、話を聞いただけでは実践できないからだ。自分でやってみて、部下にやってみせるだけの力があってこそ普及させることができるというのが大野氏の考え方だった。 それを大野氏は、「百聞は一見にしかず、百見は一行(行動)にしかず」と言い表している。

▼まずやる 25 六〇点であればとにかく進める 何かをやろうとする時、一〇〇%成功するかどうかをとても気にする人がいる。成功確率が高ければ勇んで挑戦するものの、確率が低いと、あれこれ理由をつけたり、できない言い訳をしたりして、計画の中止を訴えるのは困ったものだ。 失敗した時に「だから、難しいと言ったじゃないか」と評論家のような口をきくのも、何の役にも立たないムダである。 ある企業がトヨタ式の生産改革に乗り出した。 同社は十分に利益が出ており、その状況下での改革には反対する声がとても多かった。しかし、トップの目には、現状のままではいずれ限界が来ることがはっきりしていた。改革は、余力があるからこそできる。余力がなくなってからでは、人を辞めさせるとか、業務を縮小するという手段しか取れない。それでは、贅肉を取るのではなく、肝心の筋肉を削ることになる。 トップは、社員にこう訴えた。「慣れたやり方と新しいやり方を比べるのはやめにしよう。どうすればできるかだけを考えてくれ」 慣れたやり方と新しいやり方を比べれば、ほとんどの人は慣れたやり方を選ぶ。それでは何も変わらない。 トップは生産ラインの一つをモデルラインに選び、率先して改善に取り組んだ。 やがて同社の生産改革は軌道に乗り、その後、同業他社が不況に苦しむ中で、しっかりと利益を出し続けることができるようになった。 大切なのは最初から一〇〇点満点を狙わないことだ。 たとえ六〇点でも、踏み出す方向さえ間違っていなければ、改善によって確実に前に進むことができる。 まず一歩を踏み出す。そして改善し続けることで改革をなし遂げる。「一〇〇点を狙うな。六〇点でいい。とにかく進めよう」というのがトヨタ式だ。

▼まずやる 26 アイデアを現物にする トヨタ式を導入している工場が、「すぐやるチーム」を立ち上げた。 同工場はそれまで、同じ工場の中でも、よその部署のことに口を出さない風潮があった。 たとえ問題に気づいても、指摘も改善もしようとしないのでは、全体の効率化はできない。 そこで、チームは、当直の課長が工場の中を見て回り、たとえばモノが片づいていないとか、各種のコードが多すぎて危険であるといったことまで、当直日誌の巡視所見に書き込むことにした。 このままならただの告げ口のようなものだが、書き込みを見た当該部署の管理職が具体的にどう対応するかを判断して、すぐやるチームが実行する体制とした。 日誌に書くだけ、それを読むだけだと感情問題に発展するが、その日のうちに問題を解決してしまえば「みんなで工場をよくしていく改善活動」となる。すぐにやれば、結果もすぐに出る。出た結果を見れば、それがよいことか悪いことかもすぐに判断できる。 肝心なのは、よけいな会議を開いたりしないことだ。言い合うだけで、実行が先延ばしになる結果になりやすい。 やがて同工場は、全体の生産効率が格段に上がるようになったという。 改善活動は、提案件数を競うものではない。どれだけ実行され、どんな成果が上がったかこそが評価の対象となる。 アイデアがあったら、まずやってみる。モノをつくってみることだ。やるべきかどうかの会議を開いたりすると、たいていは「ノー」となる。 そんなムダな時間を費やすぐらいなら、まずやってみて、結果を見てから考えるのが一番いい。

▼まずやる 27 モデルラインから始める 改革にはいくつかのやり方がある。 その中で、やってはいけないのは、「これまでのやり方は全部だめだ」と、すべてを一気に変えてしまうことだ。過去の全否定は、ショック療法にはなるかもしれないが、長く成功し続けたケースはほとんどない。 過去の全否定からは、単なる反発やモラル低下しか生まれない。たとえ強権的に改善を進めたとしても、やがては反発を受けて元に戻るのがオチである。 たしかに、経験豊富な人間が問題のある現場を見たら、どこを改善すればいいかはすぐにわかるし、理想のつくり方を思い描くこともできるのだ。 だが、だからといって、過去の全否定はやってはいけない。 どんな企業であっても、過去のがんばりがあったからこそ今があるのだ。仮に業績不振に陥っているとしても、それは過去に成功したやり方が時代に合わなくなったということにすぎない。 トヨタ式は一気に変えるのではなく、段階を踏んで改善を進める。 たとえば、工場に四本の生産ラインがあるとすれば、一本を選んでモデルラインにする。残りのラインは従来通りのつくり方をして、モデルラインにのみトヨタ式のつくり方を導入する。そして、モデルラインで徹底した改善を行う。 こうすると、他のラインで働く人たちは、新しいやり方を目で見て確認することができる。何が変わるのかが目で確認できれば、それがよいことか悪いことかが判断できるし、納得もできる。 こうした段階を経て、みんなの納得を得ながら、モデルラインのやり方を他のラインへとヨコテンしていく。時間はかかるが、一気に変えるより、結果的にはずいぶんとスムーズにいく。 なぜなら、モデルラインは押しつけではなく、その企業で働く人の知恵がたくさんついているからだ。自分の知恵のついたモデルラインをヨコテンすることに反対する人はいない。

▼まずやる 28 あれもこれもやるムダを時には許す トヨタ式というと、ムダ取りを思い浮かべる人が少なくない。 現場で小さなムダを見つけて、省いていく。一円、二円どころか、一銭、二銭単位でムダを省き、いっさいのムダを許さない。 そんなガチガチのイメージを持っている人もいるのではないだろうか。 たしかにトヨタはムダに厳しい会社である。 しかし、それは、ムダ金は使わないという意味であり、必要なものにはしっかりお金を使っている。 朝鮮特需の際も、石田退三氏は「特需は一時的なもの」として、人は絶対に増やさなかったが、機械化には惜しみなく金を注ぎ込んでいる。金をため込むのではなく、「金があったら機械化せよ」という方針だった。 それがトヨタの発展に大いに貢献することになった。 こうした姿勢は、環境対応車の開発でもいかんなく発揮されている。トヨタはハイブリッドシステムの先駆者だが、一方には電気自動車や燃料電池車にも将来性があるとして、一つだけを選ぶのではなく、どちらもしっかりと開発、研究を進めている。 二〇〇三年、当時社長だった張富士夫氏は、先輩たちから受け継がれた考え方であると、こう話している。「先に行ってもきっちりやれるためには、あれもやる、これもやるというムダがあってもいい」 いくつかの道がある時、企業によっては決め打ちをするだろう。だが、トヨタ式は、そんな時には「あれもこれも」やろうと考える。それも中途半端ではなく、どちらも徹底的にやろうとする。たとえ結果的にムダや失敗になったとしても、それによって技術は育ち、本物になる。 ムダには、「許されないムダ」と「許されるムダ」がある。何でもかんでもムダのひと言で片づけないのがトヨタ式である。

▼まずやる 29 課題のない報告は認めない セミナーや研究会、見学会などに参加した経験を持つ人は多いはずだ。 だが、果たしてそこで学んだこと、見たこと、聞いたことは、どの程度実際の仕事に生かされているのだろうか。 ある団体が主催する部課長セミナーに参加したトヨタマンが、翌日、上司のところに行き、セミナーに参加させてもらったことに対するお礼を述べた。同時に、簡単な報告書を提出した。 報告書には、セミナーの内容が簡潔にまとめられ、学んだことが記入してあったが、一読した上司は、こう言った。「講習、ご苦労様。それで、何と何が特に印象に残って、何と何を自分の職場や仕事に生かそうと考えているんだい?」 そこまでは考えていなかった。「まずはセミナーに参加したことを報告し、学んだことはいずれ活用すればいい」くらいに思っていた。 トヨタマンは正直、驚いてしまった。すると、上司はこう話した。「大切なのはセミナーで何を感じ、どこに課題を見出したかだ。そして、課題を解決するために、具体的に何をやるかということだ。もう一度、昨日、学んだことを振り返って、何をどう生かすかを考えてくれ。それを実践して、二、三ヵ月後にその結果を報告してほしい」 セミナーで学んだことのすべてが実践できるとは限らない。すぐにできることもあれば、できないこともある。すぐに実践するのがムリなら将来の課題にして、すぐにできることから実践してみればいい。 大切なのは、セミナーや講習会、見学会に参加して、「よかった」「勉強になりました」で終わるのではなく、自分の課題は何かを見つけ、それを具体的にどう実践するかである。 それをトヨタ式では、「課題のない報告は認めない」と言い表している。

▼まずやる 30 診断士でなく治療士になる カローラが爆発的に売れ、トヨタが量産体制の確立に向けて工場の拡張や協力会社の指導を懸命に進めていた頃のことだ。 ある時、目標の倍以上の生産が必要になった。急ピッチで体制を整えたが、ついに鋳物の生産が間に合わなくなってしまった。 若いトヨタマン Dさんが鋳物工場に行き、何が問題かを調べて大野耐一氏に報告した。すると、大野氏は Dさんにこう言った。「それなら、お前が鋳物工場に行って、できるようにやってこい」 生産現場を見て、現場を診断できる人間はいくらでもいる。人は、他人の問題はいくらでも見つけることができるのだ。 しかし、現場をいくら上手に診断したところで、現場はよくはならない。現場を改善する「治療」をして初めて生産性は上がり、経営効率はよくなる。 大野氏は Dさんに限らず、改善を担当する人間に、いつもこう言っていた。「お前らは診断士じゃない。現場を改善できる治療士じゃないといかん」「診断士ではなく、治療士になれ」と言われた Dさんは鋳物工場に行き、まだ導入が進んでいなかったトヨタ式のつくり方を、基本から指導していった。 鋳物工場の現場には職人気質の社員が多く、最初は苦労した。だが、朝早くから夜遅くまで改善活動を一緒に行うことで、徐々に人間関係もでき、やがて従来の倍の生産を可能にすることができた。 具体的な対策もなしに、「人を減らせばいい」「まずムダを省くことだ」などと指摘したところで、誰も本気で聞こうとはしない。ビジネスの現場で求められるのは単なる「診断」ではなく、どうすれば変えられるか、よくなるのかを具体的に「治療」することである。 代案なしの反対は意味をなさない。常に具体策を持て、代案を持てというのがトヨタ式の考え方だ。

▼まずやる 31 今日のことは今日片づける トヨタ式に「やり仕舞い」という言葉がある。問題をすべて当日のうちに解決することだ。次の日に持ち越さない。どんなに時間がかかっても、「今日のことは今日片づける」のがトヨタ式である。 なぜか。理由の一つは、問題は、先に延ばせば延ばすほど大きくなり、手がつけられないほど悪化するからだ。もう一つの理由は、解決を延ばせば、現場で働く人たちが困り続けることになるからだ。トヨタ自動車のように、一分に一台の車をつくっていれば、働いている人は一分に一回困ることになる。 だから、改善をする人間にとってはハードワークだが、「問題は明日の朝までに解決しておくように」ということになる。改善をしなければたくさんの人が困る。しんどくても、今日やるべきことは今日片づけるのがトヨタ式なのだ。

▼やり遂げる 32 P‐ D‐ C‐ Aに Fをつける トヨタ式には、ヨコテンが欠かせない。横展開のことで、「水平展開」とも言う。うまくいった改善を他の生産ラインや部門に広げていくことだ。 トヨタ式は、失敗は「失敗のレポート」によって共有し、すぐれた改善はヨコテンによって共有する。 ただし、そのままではなく、ヨコテンされた改善に自分の部門なりの知恵をつけて、もっといい改善にすることが求められる。 仕事では、 P(プラン)‐ D(ドゥ =実行)‐ C(チェック)‐ A(アクション =改善)のサイクル」を回すことが大切だが、トヨタ式は、 P‐ D‐ C‐ Aに「結果を見届ける」「ヨコテンする」という意味の F(フォロー)をつける。 Fをつけることで、サイクルは初めて完結したことになる。

▼やり遂げる 33 変化を日常にする「改善したところをまた改善して、さらに改善する」「改善が改悪になったら、さらに改善せよ」「改善は一生の仕事である」「改善は風土となるまでやり続けよ」 これらはすべて改善についてトヨタ式に言い伝えられた言葉である。 現実には、改善をやり続けるのはなかなか難しい。 最初はムダがおもしろいほど見つかり、いくらでも改善をすることができるが、やがて目につくムダがなくなって、「改善の踊り場」(停滞期)に差しかかる。そんな時、踊り場をゴールと勘違いせず、「改善したところをまた改善して、さらに改善する」を合言葉にしなければならない。 改善したつもりが改悪になることもある。そもそも、改善には抵抗がつきものだ。抵抗する人たちの決まり文句が「元に戻せ」である。 しかし、うまくいかなかったからといって元のやり方に戻すようでは、何も変えられない。「改善が改悪になったら、元に戻すのではなく、さらに改善すればいい」という言葉を貫かなければならない。つまり、後戻りは認めない。一回や二回うまくいかなくとも、真因を突き止めて、さらに改善する。現状維持は後退である。大切なのは変えることであり、「変化を日常にする」ことだ。 トヨタという会社は、いいと思ったらやり続けるのが特長だ。米国フォードに学んだ創意くふう運動を、改善を重ねながら六〇年以上にわたって続けているように、いいものは改善しながら実に根気よく続けていく。 改善活動でも「改善は風土になるまでやり続ける」ことが最終ポイントになる。改善は、やめてしまえば、あっという間に元に戻る。だが、改善を続けていれば、変えることが当たり前になり、いいと思ったらすぐに実践する風土が根づく。 そういう風土が、人にも企業にも、大きな成長と競争力をもたらす。

▼やり遂げる 34 昨日のことは忘れる 改善による進歩は小さなものかもしれないが、それでも「日々改善、日々実践」を積み重ねていけば、一年後、二年後、一〇年後に振り返った時には大きな改革を成し遂げていることになる。 とはいえ、日々改善は決して簡単なことではない。いい改善ができると、どうしても人は安心し、慢心しがちだからである。大野耐一氏もこのように言っていた。「改善していて、これでもうしばらくは大丈夫という頭があると、もうダメで、それ以上の進歩や向上がない。昨日改善したことも今日はダメなんだ。今日改善したことも明日にはダメになるかもしれないと考えないといけない」「昨日に比べてよくなった。このやり方で続けてみよう」は単なる自己満足だ。昨日と比較せず、明日に延ばすことなく、今日に最善を尽くすのがトヨタ式である。

▼やり遂げる 35 今日の成果に安住しない どれほど成果を上げたとしても、改善に「これでいい」はなく、ムダ取りは一生の仕事である。自著『トヨタ生産方式』(ダイヤモンド社刊)の最後のページに、大野耐一氏はこう書いている。「トヨタ生産方式はまだまだ完成の途上にあって、全従業員から発案される膨大な量の改善提案によって、日々新たに前進している」 同書は一九七八年の発行だが、この言葉は今も変わらない。近年に稼働を開始したトヨタの宮城大和工場では、工場の生産ラインを従来の三分の一にし、リードタイムを大幅に短縮している。そのように、今もトヨタの改善は前進し続けている。トヨタ式は「改善は永遠にして無限である」と考える。人間の知恵が無限であるように改善も無限であり、いくらでも前進し続けることができるのである。

▼次に備える 37 自分で波を起こそうとする 日本のモータリゼーションは、東京オリンピックが終わったあとの昭和四〇年代に急速に進展したといわれている。 そのきっかけとなったのが、トヨタの「カローラ」である。 カローラはその後、日本だけでなく世界中で大ヒットし、まさにトヨタを代表する車の一つに成長している。 そのカローラについて、「モータリゼーションの波に乗って売れただけだ」と評する声があった。しかし、それはまったくの間違いだ。 カローラは、ビジョンを持ってつくられた車であり、売れる要素があったからこそ大ヒットしたのである。 豊田英二氏は、「カローラでモータリゼーションを起こそうと思い、実際に起こした」と話している。 英二氏は、カローラのために、豊田市に上郷工場と高岡工場の二つの工場をつくっている。それだけでなく、日産のライバル車「サニー」を一〇〇 cc上回る仕様に変更している。 カローラに懸ける思いが強かったからこその投資と決断だった。 初代カローラの主査を務めた長谷川龍雄氏(二〇〇四年に日本自動車殿堂入り)に、英二氏はこう決意を打ち明けた。「技術は商品化に奉仕するものだという意識を持って開発に当たらなければならない。わしは次に手がける車で必ずモータリゼーションを起こしてみせる」 長谷川氏は感動し、必死に仕事に励んだ。 やがて成功したカローラを見て、英二氏はこう言った。「わしは大将(豊田喜一郎氏)の夢を実現した」 カローラはモータリゼーションの波に乗ったのではなく、自分で波を起こし、それに乗って世界に飛躍したのである。

▼次に備える 38 今を少し犠牲にしても潜在需要を広げる モノづくり企業が陥りがちな過ちの一つに「いいモノをつくれば売れる」という考え方がある。 たしかに、いいモノをつくることは絶対条件だが、どんなにいいモノをつくったとしても、それを喜んで買ってくれるお客さまがいなければ意味がない。 トヨタ創業者の豊田喜一郎氏は、モノづくりには絶対の自信があったが、一方でいかに売るかについては、ほとんど知識を持っていなかった。 その役割を担ったのが、「販売の神様」と呼ばれた神谷正太郎氏(トヨタ自動車販売社長、名誉会長などを歴任)である。 神谷氏は、単に車を売ることが巧みだったのではない。神谷氏自身「正直なところ、私は一台も車を売ったことがない」と言っている。 神谷氏は、販売の先頭に立って売りまくるというより、みんなが車を買いやすい環境をつくるタイプだった。 たとえば、いち早く月賦販売を導入し、まとまったお金がなくても車を買える環境を整えている。 また、運転免許証の保有者を増やすために、東洋一の中部日本自動車学校を開設し、自動車学校ブームのきっかけをつくっている。 さらに、道路事業や放送・映画産業、自動車保険などにも投資した。 周囲からは資金不足の中で「ムチャだ」と批判されたが、こう反論した。「生産に先行投資があるように、販売にも先行投資が必要である。今日明日の潜在需要の開拓だけに専念していたのでは、企業はすぐに行き詰まる。五年、一〇年先のことを考えて、今のうちに潜在需要層を拡大する努力をすべきだ。そのために当面の利益が犠牲になってもやむを得ない」 仕事は「今」に全力で取り組むことも大切だが、一方で「明日」のための種まきも怠ってはならない。日本にモータリゼーションが到来したのは、こうした神谷氏の取り組みも大きかったのである。

▼次に備える 39 微調整機能を持つ ものごとを進めるには、計画を立てることが肝要だ。 置かれている環境を分析し、将来を予測し、「こうすればうまくいくはずだ」という道筋を立ててから取りかかる。それを協力会社にも伝えて、生産が順調に進むようにする。 問題はその先にある。世の中には、いったん計画を立てた以上、状況が変化しても、「計画通りにやるべきだ」「計画変更は恥ずかしいことだ」と当初の計画に固執する人が少なくないことだ。 計画策定時に予測した状況と現実が違ってしまえば、計画通りに動かせば必ずムリが生じる。それなのに、あれやこれやと理屈をつけて計画通りに動かそうとするムチャな人が案外と多いのである。 あるいは、計画の変更が必要だとわかっても、社内の決裁などに時間がかかって変更が遅れ、その間に一気に計画の破綻が進むケースも少なくない。 こうしたことが生じないように、トヨタ式はモノづくりに「微調整機能」を織り込むようにしている。 市場というのは、二〇〇八年のリーマン・ショックのような経済的大事件が起きなくても、常に漸増漸減をくり返すものだ。 計画では「 Aが四〇台、 Bが六〇台」と思っていても、いきなり「 Aが五〇台、 Bはわずか一〇台」などと激変することもある。 いちいち会議を開いたり、稟議を回していては間に合わない変化だ。 だから、トヨタ式では、かんばんに合わせてつくっていけば、計画とは違っていても、ごく自然と計画変更に対応できるようになっている。 大野耐一氏がよく言っていた。世の中は「朝礼暮改」では遅すぎて、「朝礼昼改」でも遅いくらいだ、と。 世の中が激しく変化する時代には、変化に合わせて自在に変更できる微調整機能が欠かせない。それでこそピンチをかわし、チャンスを取り込むことができる。

▼次に備える 40 基礎工事を雨ざらしにしない 一九五〇年、倒産の危機に瀕したトヨタを救うために社長を辞任した豊田喜一郎氏は、こんな言葉を口にしている。「このような一生のうち一度か二度しかこないような命取りの時代を乗り越えるために、われわれは日頃から心がけて、長い間かかって準備をしなければならない」 企業や景気は、いい時もあれば悪い時もある。 トヨタでいえば一九五〇年が「悪い時」だったし、リーマン・ショックと大量リコールに見舞われた二〇〇八年のような「悪い時」の再来もある。 悪い時に消え去ってしまう企業もあれば、トヨタのように乗り越えて復活を遂げる企業もある。 何が危機を乗り越える力となるのか。 大野耐一氏がいつも言っていたのは、「基礎工事を雨ざらしにするな」ということだった。 たとえば景気のいい時、製品が売れる時代には、どんなやり方をしても企業は利益を出すことができる。そんな時期にトヨタ式を地道に実行し、改善を日々積み重ねても、それほど大きな効果が発揮できるわけではない。 しかし、大野氏は、売れる時期に地道に改善を積み重ねることを「基礎工事」と考え、非常に重視していた。 いくらでも設備投資ができ、いくらでも人を雇える時期に、あえて限られた人数でモノをつくり、改善を重ねる。そうした基礎工事を徹底しておけば、モノが売れなくなった時期にもしっかりと利益を出すことができる。 景気がいい時期に水膨れした企業は景気の悪化によって苦しむが、基礎工事がしっかりしている企業は耐えることができる。 大野氏は基礎工事を怠って砂上の楼閣をつくるのではなく、どんな風雪にも耐えられる企業をつくるために、トヨタ式を徹底しようとしていた。

▼次に備える 41 当たり前のことをきっちりとやり続ける「私が考え、行う経営は、実のところきわめて常識的な、とんと当たり前のものだった。しかし、その当たり前が当たり前にいきにくいのが世の中である」「あくまでも平々凡々、当たり前のことを至極当たり前にやってのけるだけであった。やらねばならぬことはやる、やるからにはとことんまでやる、万難を排してどこまでもやり遂げる、ただそれだけのことである」 これは、石田退三氏の言葉である。 トヨタ式の多くは、奇策ではない。考えてみれば当たり前のことばかりだ。トヨタ式のすごさは、そうした当たり前のことを習慣として手を抜かずにやるところにあるのだ。 基礎基本のないところに発展はない。基礎基本は当たり前の積み重ねによって磨かれる。強さとは、当たり前のことをどれだけ長く、どこまで徹底してやり続けられるかで決まるのである。 セブン‐イレブンを立ち上げ、日本にコンビニエンスストアを定着させた鈴木敏文氏は、商売の基本は品揃え、鮮度管理、クリンリネス(清潔)、フレンドリーサービスでの四つであり、これらをどこまで徹底できるかで売り上げは大きく変わってくるという。 たとえばクリンリネスに一 ~二ヵ月気をつけたからといって、すぐに売り上げがアップするわけではない。いつもきれいにしている店が一 ~二週間クリンリネスを怠ったからといって、急激に売り上げが落ちるわけではない。 しかし、こうした「まあいいか」と手を抜く誘惑を排して、クリンリネスという基本を徹底して長期に守り続けていくと、来店客数や売り上げは確実に増加する。一方、怠った店は、やがては売り上げの低下に見舞われることになる。 小売業は派手な商売ではない。地味なことを、これでもかというほど徹底して積み重ねることが他店との差別化につながっていくというのが鈴木氏の考え方だ。 モノづくりにも、そしてあらゆるビジネスにも、同じことがいえるだろう。

▼次に備える 42 異論がなければ異論をつくる トヨタ式は、計画を立てる時はうまくいかなかったらどうするかまで考える。 たとえば、トヨタの始祖・豊田佐吉氏に「沈鬱遅鈍」という言葉がある。 一般的に、仕事はスピードが求められる。だが、それが「拙速」になってはいけない。スピード第一ではあるのだが、それに踊らされてはならない。ものごとは事前検討が大切であると教える言葉である。 とにかく早くとあせって、リスク対応やコンセンサスづくりを怠ったまま始めると、あとになって問題が起こり、対応に追われることになる。事前にあらゆる角度からリスクを検討し、その対策を練っておけば、計画に狂いが生じたとしても、素早い対応が可能になる。 結局、始める前に時間をかけたほうが、早く進むことが多いのだ。 大野耐一氏は、しばしばこう話していた。「異論がないということは、異論を見逃していると思え。異論がなければ異論をつくれ。異論をわかったうえでやれ」 トヨタ式において、異常対応を考えていない計画は、いい計画とはいえない。 たとえば増産体制を組む時には、「売れ行きが鈍ったらどうするか」という減産への備えも念頭に体制をつくる。誰も異論をはさまない計画には必ず落とし穴がある。問題がなければ問題をムリに見つけてでも解決策を練るのがトヨタ式だ。 戦いにおいては、敗北した際の退却が最も難しいという。退却の仕方を間違えると、計り知れない大損害を受ける。 戦国時代に、ある武将が勇ましい進軍計画を立てた。たしかにそれまでは連戦連勝であり、計画は承認されかけたが、参謀の一人が退却戦略を立てることを進言した。武将は最初はけげんな顔をしていたが、進言を受け、退却する際の砦を用意しながら進む計画に変更した。 その結果、途中で敵軍の強力な反撃を受け、退却を余儀なくされた時、さほどの被害を受けることなく退却でき、反攻に備えられたという。

▼次に備える 43 「知っている」を「やっている」に変えていく「知っている」ことと、「実行できる」「やっている」の間には大きな差がある。「知っている」を「実行できる」に変えるためには、日頃の訓練が欠かせない。 たとえば、筆者がトヨタで働いていた頃、よく言われたのが、「小さな地震や短い停電こそしっかりと対応しろ」ということだった。 大きな地震や長い時間の停電の時は、どんな企業でもその後の点検をしっかりとやる。影響はないか、問題は起きていないかと生産ラインなどを見て回り、「これで大丈夫」となって、初めて操業を再開する。 ところが、小さな地震や短い停電の場合は、そこまでの注意は払わない。「ほとんど揺れなかったし、大したことはないだろう」「停電といっても一瞬だから大丈夫だろう」と、勝手に決めつけてしまう。 こうした姿勢は厳しく叱られた。 なぜなら、たしかに影響はないはずだが、その時にきちんと点検をすることが、大きな地震や長い停電の時にしっかりと対応する訓練になるからだ。 大きな地震や長い停電はめったにないから、実地訓練の機会はほとんどない。だが、小さな地震や短い停電なら、比較的頻繁に経験する。 そんな時にもきちんと点検をするように習慣づけ、それを積み重ねていれば、どんな災害の時でも、あわてることなく、抜かりのない対応ができるようになる。 トヨタ式では、これを「教育と訓練は違う」と言っている。 教えられただけ、頭で理解しただけでは、本物の力にはならない。 異常があればラインを止めるといった地道な訓練を、日頃から怠らずにやることが大切だ。 日々の仕事を通して訓練し、体で覚える。そうすれば、単に「知っている」だけのことも、必ず「実行できる」「やっている」レベルになっていく。

▼力を出し合う 44 一人で悩まず、一〇〇人で悩む 九代目カローラのチーフエンジニアを務めた吉田健氏は、「僕は、一人で悩むよりは一〇〇人で悩みたい」と言っていた。 チーフエンジニアは、設計コンセプトから車両設計、生産、販売、サービスに至るあらゆるプロセスの監督だ。エンジンやボディ、シャシーなど多種多様な技術者が集まったチームを、自分の考えでがんがん引っ張っていくこともできる。 だが、それでは人は育たない。若いエンジニアの感覚も生かせない。吉田氏が最も大切にしたのは信頼感と共有意識だった。チームの一人ひとりがプロとして考え、アイデアを出す。それらを集め、まとめ上げていくのがチーフエンジニアだと考えた。トヨタ式では「一人の一〇〇歩より、一〇〇人が一歩ずつ」という。天才を求めず、自分の頭で一歩一歩進む仕事が長続きし、大きく実るのである。

▼力を出し合う 45 すぐには答えを教えない トヨタの上司は、部下に相談されてもすぐに答えを教えない。だが、必ず「一緒に考えよう」と言ってくれる。助言しながら最善の答えを見つけ出していく。 若いトヨタマン Eさんが上司から難問を出された。一生懸命に考えたが、どうしてもムリだ。上司に「ムリです」と言うと期限を延ばしてくれたので、 Eさんは、周囲の人に聞き回った。だが、全員が「ムリだ」と言う。そこで再び上司に「ムリです」と言うと、こう突き放された。「じゃあ、ほかの人に頼むから、いいわ」。 これでは上司に見放されたのと同じだ。 Eさんが落ち込んでいると、翌日、上司がこう声をかけてきた。「 E、一緒に考えようや。一緒に考えれば、やれんことはない。やっているうちに見えてくるから」と。 こうして上司と部下の一体感が育まれ、部下は自分で答えを考えるようになる。

▼力を出し合う 46 みんなの協力を求める 日本に Q C活動が本格的に導入された時代は、今と違って管理部門と生産現場に大きな学歴差があった。 その頃、ある企業で管理部門の高学歴エリート社員が、 Q C活動の推進者に食ってかかったことがある。「現場の人間が何かを考えるといっても、どうせろくなアイデアなんか出るはずがない。そんな活動をするなんて、ただの時間のムダじゃないか」 推進者はこう聞き返した。「たしかに君のほうが、いいアイデアは考えるかもしれない。じゃあ、君の言ったことを現場の人間はどれだけ実行しているんだ?」 エリート社員は「それは……」と口ごもってしまった。 管理部門は、たくさんの改革案を提示するが、いざ現場で実行しようとしても思うように進まなかったのだ。 どんなアイデアも、実行されなければ意味がない。実行には現場の協力が欠かせない。推進者は、 Q Cの意義をこう説明した。「たしかにアイデアはつたないかもしれない。しかし、日々の仕事から生まれたアイデアは現場に根差しているし、自分たちで考えたものは本気で実行しようとするものだ。そこに現場で考える意義がある」 協力会社に出向したあるトヨタマンは、仕事を終えたあと、働いている人から昼間に聞いた問題点を思い出しながら機械設備の改善を行い、翌日みんなが困らないように配慮していた。深夜までの作業は大変だが、こう考えていた。「よい改善をしようと思ったら、みんなの協力がなければできません。私たちが一〇〇点と思っていても、五〇点のものしかできないのです。みんなの前向きなアドバイスがあって一〇〇点のものができます」 みんなの理解と協力こそが、トヨタ式を進めるポイントである。

▼力を出し合う 47 不良はみんなの見えるところに出す「仕事で失敗をした時には、大きな声で『失敗した』と言え」 ある企業のトップが新入社員に向けた言葉である。 失敗は恥ずかしいことだという思いは、当然、誰にでもある。上司から叱られるとか、査定が悪くなると考えると、つい失敗を隠そうとするものだ。 だが、隠したところで失敗が消えるわけではない。 何とか自分だけの力で失敗を解決しようと隠れていろいろしているうちに、一人では手に負えないほどの大問題になってしまうのは、よくある話だ。 そうならないために、このトップは新入社員に、「失敗した」と言え、とアドバイスしたのだ。 そう大声で言えば、先輩や上司から「このバカ野郎」くらいは言われるかもしれないが、みんなが何とかしようと助けてくれる。 トヨタ式は、「不良はみんなの見えるところに」出すことを求める。 不良が出た時に、みんなに見えない脇によけておいて、ラインをそのまま動かしたらどうなるか。 たしかにラインは止まらず、その時は誰も困らないが、現実には不良はそこにあるし、再び同じような不良が出る可能性も高い。 そうではなくて不良が出たら、すぐにラインを止めて、みんなに「問題が起きた」「不良が出た」ということを知らせるようにする。 ラインが止まることで一時的にはみんなが困るが、真因を突き止めて改善をすることができ、同じような不良の出ないラインにすることができる。 不良に限らず、トラブルや異常、問題はすべてみんなに見えるようにする。 見えない問題を解決することはできないが、みんなに見えればみんなの知恵で問題を解決することができるようになる。 不良はみんなの見えるところに、というのは、みんなの知恵を引き出すための工夫でもある。

▼力を出し合う 48 タテヨコナナメの人間関係を築く 一九五〇年代なかばから、トヨタではたくさんのグループがつくられ始めた。そして、そこで部署や年齢に関係なく濃密な「タテヨコナナメの人間関係」を築くようになった。 こうした人間関係は、情報伝達経路でもある。日頃はわかりにくいたくさんの情報を共有することができる。 また、タテヨコナナメの人間関係があれば、わからないことがあれば聞けるし、困ったことがあれば助けを求めることもできる。上司には相談しにくいことも相談できる。 トヨタ式を実践している企業のある管理職は、生産改革を進めたい時には、夜、ジーパン姿で工場を訪ねるのを習慣にしていた。工場の責任者に来てもらうとか、昼間に工場で打ち合わせの時間を取ってもらうといった選択肢もあるのだが、それでは本音を聞くことができないと考えていたからだ。 責任者は、昼間は忙しく働いている。大切なのは現場の管理と監督であり、生産改革についての打ち合わせではない。 だから、時間の取れる工場の交代時間に、リラックスした服装で行くのだ。そして、考えている改革について説明し、現場の人がどう思うか本音を聞き、改善すべき点はすぐに改善する。 そんなやり取りを通して初めて本物の生産改革ができるというのが、その管理職のの考え方だった。 間接部門の管理職の中には、工場のことをほとんど知らず、足を運んだこともないという人がよくいるが、それでは部門同士の連携がうまくいくはずもない。 トヨタは巨大な組織だが、だからこそ年齢や学歴、部署などに関係ないタテヨコナナメの人間関係づくりに力を入れてきた。 自分の部署のことはわかるが、他の部署のことには関心もないというのでは、本当にいい仕事はできないのではないだろうか。

▼力を出し合う 49 仲よくケンカする トヨタ式は「人の和」や「チームワーク」「助け合い」を大切にする。 ただ、ここでいう「チームワーク」は、単なる「みんな仲よく」とは大きく異なっている。 豊田英二氏がこんなことを話している。「チームワークとは、単にみんなが仲よく力を合わせてというだけではない。よりよいモノをより安くつくるためには、みんなが意見を出し合い、意見を戦わせる。時にはケンカもする。よいと思ったことは、どんどん遠慮なく提案する。そのようにして最良と思う道を決めたら、今度は心を合わせ、力を合わせ邁進する。そういうチームワークを意味する」 こうした考え方を「仲よくケンカする」と評したのが、前社長の渡辺捷昭氏(トヨタ相談役、経団連副会長などを歴任)である。 広報課に勤務していた当時、渡辺氏はそれまで非公開だった東富士研究所をマスコミに公開することを考えた。 しかし、「そんなことをやってもしょうがない」「ダメだ」と反対された。 それでも渡辺氏は「すばらしいことをやっているんだから公開しましょうよ」と食い下がった。さらに反対されるとこう言い切った。「技術の日産、販売のトヨタなんて言われて、悔しくありませんか」 普通は「生意気言うな」で一喝されるところだろう。 ところが、「そこまで言うなら」と公開に OKが出た。そこがトヨタのおもしろいところだ。 以来、渡辺氏は上司とケンカすることの大切さを信じるようになった。はっきりと言いたいことを言ってこそ、仕事は前に進むのだ。 時には意見が激しくぶつかって火花が散ることもあるが、そのレベルまで本音をぶつけ合えれば、問題が共有され、部門の垣根も取り払われる。チームの強さはそうやって育まれる。

▼力を出し合う 50 前工程は神様、後工程はお客さまと考える トヨタ式が目ざすのは「一気通貫」のモノづくりだ。各工程が連動して、ムダなくモノを流していくのが理想である。そのためには、各工程が前後の工程のことも考えながら仕事を進めることが必要だ。 トヨタ式では、自分にできないことをやってくれる前工程はありがたい「神様」であり、自分がつくったモノを受け取ってくれる後工程は「お客さま」となる。だから、お客さまである後工程に不良品を送ることは絶対に許されない。また、「お客さま」のために常によりよい改善を心がける必要がある。 改善の基本は「お客さまのために何ができるか」を考えることである。「お客さまのために」を意識することで仕事の質は上がり、そして改善はより楽しいものになっていく。

▼力を出し合う 51 相手の価値を心から認める トヨタ式を実践しているある企業では、毎月一千件を超える改善提案が出て、利益率も高かった。同社を訪れるたくさんの見学者は、改善提案の多さに驚き、ほとんどの人が、「提案報奨金はいくらですか?」「人事評価にはどう反映させますか」と質問をする。もちろん、多額の報奨金額と人事への反映を予想してのことだ。 だが、同社のやり方は大きく異なっていた。報奨金額は一件三〇〇円であり、最優秀賞は一万円だ。提案件数が人事評価を大きく左右することもない。 では、なぜたくさんの改善提案が出るのか。同社は、「改善提案の最大の報奨は、お金ではなく、聞いてあげること。やりがいや感動を用意することが大切」と言っている。すぐれた改善提案の発表には社長や役員が足を運び、賞を贈ったり、アドバイスしたりする。書類で審査しないところに大きな意味があるのだ。

▼上司の声かけ 52 権力ではなく理解と納得で仕事を進める ある企業がトヨタ式の導入を進めようと、プロジェクトチームを立ち上げた。 責任者に選ばれた Fさんは、生産現場の改革を進める一方で、他部署の協力も得ようと責任者たちにお願いをして回った。だが、何度もお願いしても、さっぱり協力が得られなかった。 困った Fさんが、社長に「自分の権限を広げてほしい」と頼むと、社長は大野耐一氏に相談するようにアドバイスした。 大野氏は常務として多忙だったが、快く Fさんを連れ、トヨタの工場を二日間にわたって案内して歩いた。その間は何も言わなかった。 そして最後に感想を訊ねてきた。さすがにトヨタの工場はすばらしかったが、それでも Fさんの目には、トヨタ式の基本とのズレがいくつか目についた。それを率直に指摘すると、大野氏はこう言った。「そうだ。わしだって辛抱している。仕事は権力ではない。理解と納得である。誠意を持って足で稼げ」 大野氏は、 Fさんとは比較にならない権力を持っている。だが、頭ごなしにその権力を振りかざしても、人は決して動かない。動くふりはしても、陰ではいい加減なことをするはずだ。 大切なのは熱意を持って説得し、みずから率先して改善に取り組むことだ。その熱意が伝われば、相手は納得し、本気で取り組むようになる。 改善や改革を進める時、多くのトヨタマンが、周囲の協力を得られないという苦い経験をする。それは、理解と納得が足りないからだ。腹を決め、熱意を持って取り組むことである。そうすれば、まわりも少しずつ理解してくれるようになる。そして、必ず道が開けるものだ。 仕事の成否は権力の大きさではなく、熱意や誠意、理解と納得で決まってくる。

▼上司の声かけ 53 部下と知恵比べをする 車の開発を担当していたトヨタマン Gさんが、役員と激しい議論をしていた。 そこに副社長だった豊田英二氏が通りかかった。 英二氏は、役員をこう諭した。 「Gは何ヵ月も前からこのことについて考えているんだ。だから、君が思いつきで言ってはダメだよ。 Gにやってもらわないと会社が困るんだ。だから、頼むしかないだろう」 英二氏には、 Gさんと役員のどちらが役職が上かは関係なかった。公平に見て、 Gさんは任された仕事に懸命に取り組んでいるのに対して、役員の発言は一種の思いつきであり、権力をかさにきた匂いがしていたのだ。 上司に当たる役員が部下の Gさんに何かを言うのは別に間違いではない。だが、部下に何かを言う以上は、単なる思いつきでなく、仕事をしっかり見て、きちんと考えたうえでなければならない。 それが英二氏の考え方だった。 上司が部下に接する時に求められるのは、「命令」とか「指導」ではなく、「部下との知恵比べ」である。 部下に指示をする時には、「自分が同じような指示を受けたらどう考えるか、どう行動するか」を考えてからでなければならない。 それを怠って、部下から「難しくてできません」と言われて、「じゃあ、仕方がないな」であきらめてしまうようなら、そんな指示は出さないほうがいいというのが、トヨタ式だ。 もちろん、部下が相談に来た時、何のアドバイスもできず、「それを何とかするのがお前の仕事だ」と丸投げするのも上司失格だ。 部下に仕事を任せる時も、部下任せの丸投げをしてはダメである。部下と一緒に考え、一緒に苦しみ、きちんとアドバイスもする。それができて初めて、部下は上司を信頼し、ちゃんと言うことを聞くようになる。

▼上司の声かけ 54 三つの「きく」を使い分ける トヨタ式には、三つの「きく」がある。聞く、聴く、訊くである。 ある企業の改革のお手伝いに行ったトヨタマンが、現場の責任者たちに「問題はないか」と「聞いた」ところ、それぞれ二 ~三の問題があがった。 しかし、「倉庫の整理整頓は?」「不良品は?」と具体的に「聴く」と、それぞれ二〇~三〇もの問題が浮かび上がってきた。さらに、工場を歩きながら、一つひとつ「ここはどうなっていますか?」「これはどうですか?」と突っ込んで「訊く」と、たちまちそれぞれ一〇〇を超える問題があがってきた。「みるには二つある」と言ったのは本田宗一郎氏だ。上司は、単に「見る」だけではなく、モノの本質をつかむ「観る」でなければならないと本田氏は考えた。「きく」「みる」をしっかりと使い分けるのも、上司力である。

▼上司の声かけ 55 算術ではなく忍術で考える 大野耐一氏が課長に「五千台を一〇〇人以下でつくるように」と指示した。課長は二 ~三ヵ月後に「五千台を八〇人でできるようになりました」と報告に来た。 その後、車が非常に売れて生産台数を増やすことになったので、大野氏は課長に「一万台は何人でできるか」と聞いたところ、課長は「一六〇人です」と答えた。 大野氏は激怒した。五千台が八〇人でできるのなら、倍の一万台は八〇 ×二の一六〇人でできると考えるのが普通だ。だが、大野氏は、それは「算術の経営」にすぎないと考える。トヨタ式は、二倍の台数をより少ない人数でつくる「忍術の経営」でなければならないのだ。 人は困れば必死に知恵を出す。少人数でやる方法を何とか考えるものだ。その課長も、改善を重ねて一〇〇人で一万台以上をつくれるようになったという。

▼上司の声かけ 56 頼りになる親方になろう 張富士夫氏には、二人の師匠がいる。 大野耐一氏と、大野氏の下で若いトヨタマンを鍛えた鈴村喜久男氏(トヨタ生産調査室主査、井関農機専務を歴任)だ。大野氏が大師匠で、鈴村氏が小師匠というところである。 その鈴村氏が亡くなった際、張氏はこんな別れの言葉を棒げている。「上司と部下の関係はさよならだけど、鈴村さんとの関係は師匠と弟子だから一生続く。だから、さよならとは言いません」 今、こうした師弟関係は成立しづらくなっているだろう。 だが、トヨタ式は今も上司に、すべての部下に個人として接することを求める。部下の一人ひとりに関心を持ち、心を深く知る上司を理想としている。 それをひと言でいえば、「頼りになる親方」になることだ。 現場を見たら、働いている人たちのために何かをやる。「どうすればもっと楽にできるか」を考えて、実際にやってみる。 それを続けていると、現場の人たちは「あの人はいいことをやってくれる。何かいいことを考えてくれる」と信頼するようになる。やがて、向こうから「ちょっとここがやりにくいんですが」「ここをこう変えたらどうでしょうか」などと声をかけてくるようになる。 大野氏は、「いったん工場に足を踏み入れたら、あれこれやることがたくさんあって時間がかかるというくらいになれ」と教えていた。また、トヨタ式では、新しく役職者となった人間には、こんなアドバイスが贈られる。「部下の話を聞く時には手を止めて聞け。時間がなければ、いつなら話を聞けるかをその場で決めろ」 部下の話を聞く時には全力で聞く。そんな上司になれと言うのだ。 忙しいからと、「あとで」と突き放してはいけない。「あとで」と言っているうちに部下の心は離れていってしまう。

▼上司の声かけ 57 部下に「わかったか」と聞かない 私たち日本人は、「わかったか」と聞かれると、わからなくても、あるいは納得していなくても、とりあえず「わかりました」と答える傾向がある。 上司と部下の関係では、特にその傾向が強い。 そう答えれば、その場が丸く収まるからだろうか。 わからないなら、「わかりません」と言い、納得がいかないのなら、「納得できません」と言えば、上司は「どこがわからないのか」「何が納得できないのか」を問うことができる。お互いに意思疎通ができるまで、納得がいくまで話し合うこともできる。 だが、たいていの部下が、中途半端な「わかりました」で事を終えてしまう。 若いトヨタマンが改善を行い、大野耐一氏に報告に行ったところ、「結果は見たのか」と聞かれた。 そのトヨタマンは、現場でみんなに改善の説明をした時に「わかりましたか」と聞いたら、全員が「わかりました」と答えた。だから大丈夫だと思っていた。 しかし、大野氏に聞かれて不安になり、現場に戻って見てみると、果たして思うように作業は進んでいなかった。 トヨタマンはすぐに改善を行い、作業がきちんと進むのを見届けるまで現場に立ち続けたという。「教えた時、部下に『わかったか』と聞いてはいけないのだ。部下の動作を見てすぐに判断できないとダメだ」というのが大野氏の真意だった。 トヨタ式の「わかった」は、実行することだ。行動が変わったのを見届けて、初めて「わかりました」「納得しました」という言葉は意味を持つ。「わかったか」と聞いても、何の意味もない。 説明したり、教えたりしたあとは、相手の行動をしっかりと見ることが肝心だ。

▼上司の声かけ 58 自分を凌駕する部下を育てる トヨタ式は人の知恵をベースにしているだけに、知恵を出して働く人を育てる必要がある。だから、上司自身が率先垂範を基本に自分を磨くのはもちろんのこと、部下に課題を与えながら知恵を引き出し、人間として大きく育てることが求められる。人づくりに臨む上司の心得を、かつて豊田英二氏はこう話していた。「管理者の皆さんは、自分を凌駕する部下を育成していただきたい」 だからトヨタでは、管理職の考課要素として、「課題創造力」「課題遂行力」などに加え、「人材活用力」「人望」が入っているのだ。 本田宗一郎氏は人事担当者に「自分が手に負えないと思うような人間を採用したらどうだ」と提案したことがある。自分が理解できる人間ばかりを採用するな、型破りな人間を採用してこそ新発想が生まれ、企業は成長するということだろう。

▼人を育てる 59 モノをつくる前に人をつくる トヨタ式を単にモノづくりの仕組みと考えると失敗する。トヨタ式はモノづくりを通して人を育て、育った人がさらなる知恵を出すことでモノづくりを改善していくという独特の考え方でつくられている。だから、トヨタ式では、いつも「モノをつくる前に人をつくれ」と言われるのである。 だが、モノづくりに比べ、人づくりははるかに難しく、時間もかかる。トヨタが二〇〇〇年代初めに一気に世界一の自動車メーカーへと発展した際も、いつも「海外展開の勢いを上回るスピードで人材を育てないといけない」と言われていた。 グローバル生産推進センターをアメリカやイギリス、タイにも開設したが、さすがに人づくりが遅れ、リーマン・ショックと大規模なリコールが重なって危機に陥ったのである。企業が成長するネックもポイントも、すべてはやはり人になる。

▼人を育てる 60 「急げ」と人を叱らない トヨタ自動車のルーツは、豊田佐吉氏が発明した自働織機にある。 この発明によって日本の紡績業界は大きく発展した。戦後の朝鮮特需の頃には、機械を一回ガチャリと回せば一万円儲かるという「ガチャマン景気」という言葉が生まれたほどだ。 一時期、こうした企業で女性社員がローラースケートを履いて構内を回っていたことがある。理由は、機械の糸が切れた時に素早く駆けつけてつなぐためだった。一刻も速くつなぐために、走るのではなくローラースケートを履いたのだった。 しかし、スピードが必要だからといって、あまりに「急げ」「速くやれ」と人を追い込むのは間違っているというのがトヨタ式の考え方だ。 糸が切れるなら、いかに速く人に糸をつながせるかを考えるのではなく、どうすれば切れない糸をつくることができるか、糸が切れないようにできるかを考える。そのうえで個人の動作を、「どうすればもっと速くできるのか」と改善していく。これが本筋である。 その際に大切なのが「時間は動作の影である」という考え方だ。 不良ができるのは工程に問題があるからであり、良品を安定してつくるためには工程を改善すればいい。 同様に、遅いのは動作に問題があるからであり、速くするためには動作を改善する必要がある。 たとえば一〇〇メートルを速く走るためには、根性や気合いではなく、正しいフォームが必要だ。同様に、動作を楽なもの、やりやすいものに改善すれば、時間は自然と短縮できる。 それを忘れて、働いている人の動作時間だけを見て、「速い」とか「遅い」と言うのは労働強化につながりやすい。遅い人がいれば「どこに問題があるのか」を考え、動作の改善をする。そうすれば時間はおのずと短くなる。 プロセスを改善すれば結果はついてくるのである。

▼人を育てる 61 人間を機械の番人にしない 機械に異常があれば自動的に止まるトヨタ式の「自働化」の根底には、二つの考え方がある。「不良をつくらない」ことと、「人の仕事と機械の仕事を明確に分けることで、人間には人間にしかできない仕事をしてもらう」ことだ。人材育成という観点からいえば、後者が重要である。自働化がなければ、常時、人間が機械のそばについて監視しなければならない。自働化があれば、機械の稼動中も人間は他の仕事をすることができる。問題が起きて機械が止まれば、その時だけ駆けつけて、真因を調べて改善をすればいい。 これがトヨタ式の、人の仕事と機械の仕事を分ける考え方だ。 人間を機械の番人にしてはいけない。人間は人間にしかできない仕事をする。そのために、トヨタ式は仕事を明確に分けて考えるのだ。

▼人を育てる 62 「決められたこと」を「決めたこと」に変えていく「標準作業」と「マニュアル」は似て非なるものである。・標準作業……現場のスタッフがつくり、日々書き換えていくことをよしとする・マニュアル…スタッフがつくり、現場での改訂を認めない つまり、標準作業は現場の人が自分自身で改善し、よりよいものにしていくものだ。その過程を通して、標準作業は、「決められたこと」から、自分で「決めたこと」へと変化していく。「決められたことを守りなさい」と言われると反発を感じるが、自分で問題に気づいて改善したことを自分が守るのは当然となる。 標準作業は自分たちでつくる。そして問題があれば自分たちで考え、自分たちでよりよいものに書き換えていく。それがトヨタ式である。

▼人を育てる 63 人間の知恵はすごい、知恵は無限だと信じる トヨタ式を最もよく表す言葉は「人間の知恵の上に、自働化とジャスト・イン・タイムの二本の柱が立っている」だ。この中で最も大切なのが「人間の知恵の上に立つ」である。トヨタ式で有名な「かんばん」「あんどん」「見える化」などは、すべて知恵を引き出す手段だ。それほどトヨタ式は人間の知恵を信頼している。 ある課長が難題に「できません」と答えたところ、大野耐一氏はこう激怒した。「お前には多くの部下がいる。人間は真剣になれば、どれくらい知恵が出るかわからん。なのに部下たちの知恵を無視して、『できません』とは何事だ」 大野氏の口ぐせは、「人間の知恵はすごい。人間の知恵は無限である」だった。 トヨタ式の導入を試みて、トヨタほどの成果を上げられないとすれば、それは人間の知恵を信じていないか、知恵を引き出す術を知らないかのどちらかである。

▼人を育てる 64 日本のモノづくりと雇用を守る トヨタは一九五〇年に社員を大量解雇するという苦い経験をして以来、雇用を守る大切さを強調し続けている。リストラをすれば株価が上がるといわれた一九九〇年代、社長の奥田碩氏(トヨタ会長、経団連名誉会長を歴任)が「トヨタは資産を吐きだしても雇用を守る会社だ。聖域(雇用)に手をつけたら、私は一ヵ月で社長を辞める」と言っている。奥田氏は、アメリカの格付会社がトヨタの終身雇用を理由にランクを下げると言った際も、猛烈に反対している。 こうした思いは現社長の豊田章男氏に強烈に受け継がれ、同氏も「日本のモノづくりと雇用を守る」と明言している。それは決してたやすくはない。海外の生産拠点を強化したほうが短期的には理にかなう。だが、章男氏によると、一〇〇万台を海外生産すると国内で二二万人の雇用が失われるという。

▼ムダに気づく 65 ムダを見つける目を養う 何かを見た時に、ムダかそうでないかを即座に判断する「ムダを見つける目」を養うには、まず、ムダとは何かをしっかりと理解する必要がある。 たとえば、現場で作業をしている人を見て、「なぜあんなやり方をしているのか」「もっといいやり方はないか」と考える習慣をつけるといい。 大野耐一氏は「ムダを排除するには、ムダを見つける目を養う。見つけ得たムダの排除を考えることのくり返しである」と言っている。 漫然とものを見ない。仕事をする時も、常に「なぜ」と問いかける習慣をつける。そして、ムダに気づいたら、すぐに「どうすれば」と考える。 これを、うまずたゆまず続ける。そんな地道なことを通して、ムダを見つける目が養われ、ムダを排除する力が身につくことになる。

▼ムダに気づく 66 ムダは進化すると知っておく 大野耐一氏は、ムダは「つくりすぎのムダ」「手待ちのムダ」「運搬のムダ」「加工そのもののムダ」「在庫のムダ」「動作のムダ」「不良をつくるムダ」の七つをあげつつ、「なくて七癖」になぞらえただけで、ムダは七つしかないと考えてはいけないとも話している。 実際、「モノのムダ」「時間のムダ」「心のムダ」もあるし、「産業廃棄物のムダ」を加えることで環境にやさしいモノづくりを志向する企業もある。 さらに、ムダは、なくしたつもりがしばらくすると新たに生まれてくるものだ。トヨタ式は、「ムダは進化する」「ムダは形を変えて現れる」と考える。 結局、ムダとは「付加価値を生まないもの」「お客さまのためにならないもの」と広く考え、かつ、ムダ取りは一生の仕事だと腹をくくるのが一番である。▼ムダに気づく 67 探すのは仕事ではないと考える「トヨタにはモノを探している人がいない」ことに第 1章 3項でふれたが、モノを探すことを「仕事」「仕方のないこと」と考えるか、トヨタ式に「モノを探すのは仕事ではない」「ムダだ」ととらえるかで、生産性はずいぶんと違ってくる。 探すことも仕事のうちと考えれば、改善の知恵は出ない。だが、探すのはムダと考えれば、「何が、どこに、いくつあるかが、新人でもわかるようにしよう」という改善の知恵が出る。「会社の在庫が多ければ多いほど、本当に必要なモノはない」とは大野耐一氏の言葉だ。たしかに、倉庫にうず高く積まれているモノのほとんどは不要である。「モノを探すのは仕事ではない」とはっきり認識し、整理と整頓を始めるところからトヨタ式の導入をはかるといい。

▼ムダに気づく 68 改善が改善ごっこになっていないか調べる 改善は何のためにやるのか。原価低減の面からは企業のためであり、知恵を出すことを覚える点では自分のためである。だが、最も大切なのは、改善はお客さまのためにやるという視点である。 ただし、ニーズは日々変化しており、それに応える改善が欠かせない。この視点を忘れると、せっかくの改善が、お客さまと関係ない「改善ごっこ」になりやすい。 ある病院は、早くから改善活動をしていたが、肝心の「お客さまのため」が抜け落ちていたため、「改善」も、待合室にマッサージ機を置くといった小手先の対応に終始していた。それを「改善が改善ごっこになっている」と指摘され、カルテをかんばん代わりにしてスムーズな診察の流れを実現するアイデアが生まれた。そこから、待ち時間の短縮という本当の改善が始まったのだった。

▼現場を見直す 69 現場は見たのかと問いかける トヨタ式を実践している企業の工場で、小さな事故が多発したことがある。幸い人命にかかわる事故はなかったが、件数が同業他社に比べて圧倒的に多かった。 危機感を覚えた企業は、役員の Hさんに災害を減らすように指示した。 Hさんが工場に赴いて数日後、再び小さな事故があった。 Hさんはすぐに現場へ駆けつけたが、そこに工場の管理職の姿はなかった。 数時間後、課長が報告書を持ってやってきた。そこには事故の詳細や今後の対策が書かれていたので、 Hさんがいくつか質問をすると、課長は答えられず、「担当者を呼んできます」と言った。 Hさんはこう質問した。「現場は見たのか?」 課長は現場を見ていなかった。実は、課長だけでなく係長も現場を見ていなかった。それが常態化し、いつも若い社員が現場に行って報告書をつくり、それを回していたのだった。 すぐに現場に行き、事故の真因を探り、根本的な対策をほどこさなければならないのに、管理職が現場を見ることも調べることもしないのでは、事故がなくなるはずがない。 Hさんは、問題が起きたらすぐに管理職が現場に行き、現場で改善策を考えるように指示した。 現場に行けば、真因も、何が問題かも、どんな対策が必要かも判断できる。 やがて工場の事故は減り、不可能と考えられていた「ゼロ災害」への挑戦をみんなが口にするようになった。 管理職も含めて、みんなが現地現物でものを考えることが大切だ。いつも現場を見ていれば、報告に嘘はないか、数字にごまかしがないかもわかるようになる。「現場は見たのか?」は、正しい判断をするうえで大切なキーワードである。

▼現場を見直す 70 現場は家に持って帰れないと自戒する 若いトヨタマン Iさんの主な仕事は、機械の生産能力などを計算して、どの時期にどの程度外注に出さなければならないかという表をつくることだった。 たとえば、ある機械の一時間当たりの出来高が二五〇とすると、一六時間動かせば一日当たり四千となる。そこから月産の能力を出し、生産計画とすり合わせていくと能力の過不足がわかる。 こうして、残業が必要か、外注に出すかといった予測がつくことになる。 今はコンピュータで簡単にはじき出せることだが、かつては Iさんのような人たちが、それなりの時間をかけてやっていた。なぜなら、生産計画を達成するためにとても大切な仕事だったからだ。 ところが、せっかく時間をかけてつくった表を、新しく上司になった大野耐一氏のところに持っていくと、ちっとも見てもらえず、こう一喝された。「バカな計算ばかりやって困ったものだ。なぜ過去の実績がそのまま将来のベースになるのか」 あげくの果てに、こう言われた。「改善をすれば、過去の実績など何の役にも立たなくなる。こんなことをする暇があったら、現場へ行って改善をやってこい」 そして Iさんは、実際に改善の現場へと送り出されてしまった。 この Iさんが、のちに社長、会長となる張富士夫氏である。 最近は、本社への報告や書類作成、会議などに追われて、現場を見るべき人が現場に出る時間が極端に減っているという。 現場を見なければ、現場はわからない。何が問題かも見えなければ、もっといいモノを、より早く、より安くつくる方法も考えられない。 かつて、若いトヨタマンは誰しもが、こう言われたものだ。「資料は家に持って帰れるが、現場は家に持って帰れない」 こういうトヨタ式伝統の考え方が、今こそ求められている。

▼現場を見直す 71 事務屋はあとでいいし、粗末なものでいい 赤字メーカーの再建に親会社からトップとして派遣された Jさんが、そのメーカーで最初に覚えた違和感は、管理部門のスタッフが、現場の人間を呼びつけることだった。工場と事務棟を比べても、事務棟のほうが格段に快適につくられていた。 メーカーの利益はどこで生まれるか。 一円、二円と改善に取り組みながらモノをつくる生産現場があってこそである。にもかかわらず、同メーカーは管理部門に多大の金をかけ、かつ管理部門が生産現場よりも上であるかのように錯覚していた。 Jさんは、こうした体質に赤字の原因があると感じ、毎日、朝と夕方の二回、工場に足を運び、みんなに「おはよう」「こんにちは」と声をかけながら歩くことを日課にした。 それまで、そんなことをしたトップはいなかった。最初は生産現場の人間も管理部門の人間も面食らうばかりだった。 だが、 Jさんが毎日工場を訪れるから、自然に現場の人間が直接提案をすることが増えてきた。それを見ていた管理部門の役職者も、時折工場へと顔を出すようになった。 やがて、何かを変えたい時とか、問題が起きた時は、呼びつけるのではなく、管理部門の人間が工場に足を運ぶようになった。こうした小さな変化を積み重ねるうちに、業績も少しずつ向上するようになった。 張富士夫氏が、社長時代にこう話している。「事務屋とか技術屋はあとでいいし、粗末なものでいい」 愛知県豊田市にあるトヨタ本社には、今でこそ高層の事務館や技術本館が建てられているが、一〇年くらい前までは違った。本社ビルは地上三階、地下二階の地味なものだった。大切なのはまず工場であり、機械設備であり、社員のための施設である。そちらを優先したうえで初めて事務や技術の建物に手をつける。間接部門の人間は工場に飯を食わせてもらっている、というのがトヨタ式の考え方だ。

▼現場を見直す 72 一にユーザー、二にディーラー、三にメーカー 販売の神様・神谷正太郎氏は、豊田喜一郎氏の「泥にまみれても国のために国産車を育てよう」という強い情熱に共鳴、日本 GM副支配人の地位を捨て、五分の一という給料で転身した人物だ。トヨタの販売のいっさいをゼロから構築した。 その神谷氏の最もよく知られた言葉が、「一にユーザー、二にディーラー、三にメーカー」である(正確には「一に需要家、二に販売店、三に製造者」)。 ユーザーの声をメーカーが生かしてこそ、すぐれた自動車は生まれる。ユーザーの声を知るには自前で車を売ることが大切だ。メーカーは、とかく「いいモノをつくれば売れる」と考えがちだが、トヨタは「ユーザーの声を生かし、ユーザーのために車をつくる」と考える。改善はお客さまのためにある。改善はお客さまに近いところからやる。トヨタ式の基本は常に「お客さま」である。

▼失敗を生かす 73 しんどいと感じたら楽になれる方法を考える トヨタの改善を支える提案制度のルーツは、フォードのサゼッション・システムにある。戦後、フォードを視察した豊田英二氏が持ち帰り、以来、フォードがやめてしまったあとも六〇年以上にわたって営々と続いている。 最初は少なかった提案が急増したのは、 Q C活動が活発になったからだが、同時に、みんなにこうアドバイスしたことも大きかった。「つらいとかとかしんどいとか感じたら、どうすれば楽になれるかを考えよ」 つらい、しんどいは、普通はグチである。放置したり抑えつけたりすると、不満やわだかまりになっていく。ところがトヨタ式だと、グチが不満やわだかまりにならないどころか改善のチャンスになっていくわけだ。こんなところにも、トヨタ式の改善が定着し、今も続く大きな理由がある。

▼失敗を生かす 74 失敗を積み重ねて成功を築く ビジネスの世界の競争は激しい。 ある企業がすぐれた製品やサービスを生み出せば、同業他社もすぐに追随する。その時、先行企業に追いつき、追い抜くケースと、あるレベルまではいくけれど、先行者をとらえきれないケースとに分かれる。 追随は簡単なはずなのに、なぜ、とらえきれないケースがあるのか。先行企業が試行錯誤を重ねて製品やサービスをつくり上げてきたのに対し、表面的な模倣に終始しているからだ。 トヨタ式には、豊田佐吉氏以来の「自分で苦労してやらなければ、技術は身につかない」という伝統がある。 ずいぶんと昔、自働織機の図面が盗まれたことがあった。大問題になるところだが、トヨタの関係者は平然としていたという。理由は、盗んだ人間は図面と同じものをつくることはできるかもしれないが、その図面を生かして改良するとか、もっといいものをつくることはできないと考えたからだ。 技術は試行錯誤することで身につく。失敗することで失敗の理由を学び、成長することも多い。盗んだ人間には、そうした蓄積などない。相手にするに及ばないわけだ。 たしかに、成功した製品やサービスの上っ面だけを真似ても、失敗のノウハウがないために、それ以上のものをつくるのは難しい。 だからこそトヨタの技術者は、「どれだけ失敗しているかが大切だ」「失敗を積み重ねて現在がある」という言葉を大切にしている。 成功した技術を模倣したり、あるいは買ったりすれば、楽だ。丸投げに近い外注もそうだろう。 だが、それでは競争力は身につかない。競争に勝つためには、多少の時間はかかっても、失敗の蓄積をすることが不可欠だ。

▼失敗を生かす 75 責任追及より原因追求を優先する 問題が起きた時に、「誰の責任だ」という責任追及ばかりが先に立つと、人は問題を隠すようになる。 責任を明確にすることも時には必要だが、より大切なのは、原因をしっかりと追求し、二度と問題が起こらない対策を講じることである。 トヨタのアメリカ工場で、初期の頃、ラインで使う接着剤を間違えるというミスが起きたことがある。 接着剤にはいくつもの種類がある。倉庫から接着剤の缶を持ってくる時に間違えたということで、資材管理課長が工場の責任者に呼び出された。 アメリカでは、この事態はレイオフ(実質上の解雇)の通告を意味する。 アメリカ人の課長は、青い顔をして日本人責任者のもとを訪ねた。 責任者は課長にこう言った。「今回のミスの原因は何だ? 再発防止の対策はどうするつもりだ?」 そこには責任を追及する言葉も、レイオフのひと言もなかった。 猛烈な緊張が解けた課長は、思わず泣き出してしまったという。 しばらくして落ち着くと、課長は自分なりのアイデアを口にした。日本人責任者にとっては満点の回答ではなかったが、いくつかのアドバイスをしてその場の話し合いは終わった。 数日後、課長が責任者に、対策を実施したので倉庫を見てほしいと言ってきた。 倉庫へ行くと、たしかに変わっていた。以前は同じ色の缶が並び、品番だけで見分けていたが、用途ごとに色の違うテープを貼ってわかりやすくなっていた。 いずれは協力会社とも相談して「間違えようと思っても間違えられないほどの改善」をすると、課長はうれしそうに説明した。 人間がやる以上、ミスは必ず出る。大切なのはミスをした人を責めることではなく、ミスをしたくてもできないほどの改善をすることだ。責任追及よりも原因追求を優先して、対策を講じることである。

▼失敗を生かす 76 標準をつくって改善と改悪を分ける「標準があるから改善か改悪かがわかる」がトヨタ式の考え方だ。 仕事なら標準作業で手順や時間などが決められている。その通りにできないとすれば、どこかに問題があるのであり、そこを改善していくことになる。 たとえば「ネジを締める」動作にしても、標準がなければ改善できない。作業者は締めたつもりでも、上司から見てゆるければ、「しっかり締めろ」と叱られる。作業者はなぜかが理解できず、「ちゃんと締めました」と反論することになる。 こんなことが起きるのは、「しっかり」や「ちゃんと」に決めごとがないからだ。たとえば、「ネジはカチッという音がするまで締める」と決めれば、作業者と上司は同じ基準で判断できる。「仕事が早い、遅い」なども同じことだ。 標準のない仕事は山ほどある。それに標準をつくるところから改善が始まる。

▼失敗を生かす 77 失敗のレポートを書いておく 若いトヨタマン Kさんが、正式な稟議を経て、高価な機械をアメリカのメーカーに発注した。ところが、使い始めると問題だらけだ。改良するにも費用がかかる。 Kさんは責任を感じ、上司に謝ったあと、会長である豊田英二氏のところにも謝りに行った。すると、英二氏は「それで、その実験の理屈はわかったか?」と聞いてきた。 Kさんが「はい。わかりました」と答えると、「わかればいい。その失敗はお前の勉強代だ」と言い、決して叱ることはなかったという。 準備し、挑戦した結果の失敗は許される。ただし、失敗がみんなの財産になることが必要だった。英二氏はこう続けた。「その失敗のレポートを書いておけ。書かないで覚えているだけだと、次の世代まで伝わらない」。 こうした積み重ねがトヨタ式の強さを支えているのである。

▼知恵のヨコテン 78 情報を飼い殺しにしない トヨタ式を実践している企業の経営者 Lさんが、人事部門の責任者に質問した。「年初にみんなから出してもらった目標を見たい。どうすればいい?」「すべてコンピュータに入っているので、パソコンでいつでも見られます」 そう応じるので、 Lさんは自分の希望を話した。「パソコンだと、画面をみんなで見ることができないね。データも一人分ずつスクロールしなければならない。全員の目標を、みんながひと目で見られるようにしたいんだ」 そして、こう提案した。「大きな紙にプリントして、全員の分を貼り出したらどうだろうか」「全員ですか? かなりの人数ですよ。プリントして貼り出すと場所を取ります。第一、パソコンで見られるものをわざわざ貼り出すのはムダだと思います」 責任者がしぶるので、 Lさんは情報に対する基本的な考え方を、こう伝えた。「目標に限らず、情報は飼い殺しにしてはならない。みんなが見えるようにして、みんなが目を通し、みんながいろんな会話をすることで、初めて情報は生かされるし、価値を持つことになる」 情報は、見ようと思えばきちんと見られるようにしておくだけでは不足だ。みんなで一覧できるようにしておくことも必要である。「関心のない情報が偶然目に飛び込む」「みんなで見ながら話し合える」「気軽に比較できる」ようにすることで活用される。思いがけない結びつきが生まれ、そこからアイデアや新発見が出てくるのである。 同社は全員の目標を壁に貼り出した。また、胸につける名札の下にも、目標を短く書き入れることにした。すると、社員同士が目標の進捗状況を尋ねたり、「がんばってる?」と気軽に声をかけ合ったりするようになった。 関心を持たれることは、がんばる力になる。以来、 Lさんの会社では、マル秘情報は別として、なるべく多くの情報を見えるところに貼り出すようになった。

▼知恵のヨコテン 79 A 3一枚にまとめる「資料を紙量や死量にするな」とは大野耐一氏の言葉である。 やたらと量のある資料をつくりたがる人がいるが、相手が読む暇はあるのだろうか。資料の価値は分量では決まらない。多すぎると、紙の束になるだけの「紙量」や、誰も読まない「死量」になるだけだ。 トヨタ式には、「書類は A 3用紙一枚に簡潔にまとめる」という不文律がある。 これが案外と難しい。要点だけを簡潔にわかりやすくまとめるには、よほどしっかりと考え抜く必要がある。たとえば解決策を提示するなら、現状把握、問題の真因、対策、実行計画、スケジュールなどを明確にしなければならない。 A 3一枚化は、「自分の考えを練る」ことと「相手が簡単に読めて、判断しやすくなる」という一石二鳥の効果がある。

▼知恵のヨコテン 80 思いを見える化する 見える化の一つに「思いの見える化」がある。ある企業のトップは、現場を日々歩く中で多くのことに気づき、アイデアを持ったが、なかなか社員には伝わらなかった。理想や危機感を言葉で伝えても、忙しく働く社員たちには今ひとつピンとこないようなのだ。 そこでトップは、理想の工場をイラストに描いたり、生産ラインを模型にしたりしてみた。すると社員は反応し、「ここはこうしたら」といった知恵が出るようになった。トップはさまざまな図表も見える場所に貼り出した。社員は、「これが一年後?」と危機感を共有してくれた。そこから同社の改革は始まったのである。 思いは、言葉だけでは伝わりにくい。「理解してくれない」と怒ったりあきらめたりする前に、このトップのように見える化してみることが大切だ。

▼知恵のヨコテン 81 バッド・ニュース・ファースト 客観的にはきわめて不利な状況に追い込まれているにもかかわらず、「楽勝です」といった楽観論を平然と語るトップがいる。「強がっている」「自己宣伝だろう」と思えるが、実はそうではない。本気でそう信じ込んでいるからだという。ある軍事評論家から聞いた話だ。 なぜか。トップに不利な情報が伝わらず、有利な情報ばかりが伝わっているからである。トップが「裸の王様」になっているのだ。 トヨタ式は「バッド・ニュース・ファースト」を重視する。 よい情報は放っておいても伝わるが、悪い情報はどうしても隠されがちだ。 たとえば不良が出れば、脇に隠してあとで直そうとする。ミスは気づかれないうちに始末して、誰にも知られないようにする。 だが、これでは改善ができない。同じような問題がまた発生するだろう。 改善するにはまず、問題をみんなに見えるようにすることが大切だ。 異常やミスといった悪い情報が見えてこそ、みんなで知恵を出し、改善をすることができる。見えなければ知恵の出しようがない。 かつてトヨタがアメリカに進出した際、アメリカ人社員は、バッド・ニュースを隠そうとした。だからトヨタマンたちは、たとえばラインを止めた社員を「日本人より止め方がうまいぞ」とほめることでバッド・ニュースを表に出すことの大切さを伝えたという。 ある企業の経営者は、部下に「玉ねぎの皮をむかずに泥つきのまま持ってこい」といつも言っていた。 玉ねぎは情報だ。皮もむかず、泥つきのまま持ってきてくれれば正しい判断ができる。だが、「トップには皮や泥を見せられない」とばかり、加工して持って来られると、判断を誤ってしまう。 そのトップは情報の怖さをよく知っていたのであろう。

▼知恵のヨコテン 82 丸投げ仕事を絶対しない 自動車の排ガス規制強化は、一九七〇年、アメリカのマスキー法から始まった。その時の自動車メーカー各社の対応は、社風の違いまで明らかにした。 GM、フォード、クライスラーというアメリカのビッグスリーは、規制の先延ばしに走った。それに対し、日本企業は積極的に対応策の開発に取り組んだ。ただ、専門の会社から技術を買うという選択をした企業もあれば、あくまで自社開発にこだわった企業もあった。 トヨタはもちろん後者である。 社長の豊田英二氏は「なか(社内)でやれ」という姿勢を崩さなかった。 なぜか。基幹技術を外部の専門会社に委託すれば、いざという時に困るからだ。できるかできないかわからない技術開発のリスクを他社に負わせるわけにはいかないという理由もあった。 トヨタ式は自力の思想で一貫している。 プリウスを開発する際も、社内に半導体の専門家はいなかったが、トヨタは半導体の製造工場を立ち上げている。 社内に技術があれば、一部を外部委託したとしても、問題に対応できるし、改善する力もある。だが、「なかの力」を欠いたままに外部に任せれば、基幹技術がブラックボックスになり、改善できなくなってしまう。「なか」でやることで技術が磨かれ、強い競争力をつけることができるのだ。 中堅の建設会社が、トヨタ式を導入して「いい家を、より早く、より安く」つくる改革を始めた。 ところが、すぐに壁に突き当たってしまった。同社はそれまで受注と設計をするだけで、あとは工務店などに丸投げしていたためだ。自社にノウハウがほとんどなく、改善できる余地がなかった。そこで同社は、いくつかの建物を自分で建てることで少しずつ技術を蓄積、そこから原単位の設定や標準作業づくりへと進み、自社の仕様で工務店に委託できるようにすることで、つくる力を強めていった。

▼知恵のヨコテン 83 「安く買う」のでなく「安く売れる」ようにする コストを下げる最も簡単な方法は協力会社の仕入れ価格を下げることだ。 トヨタ式を実践しているある企業も、最初はその道を選ぼうとしたが、同社のトップが注文をつけた。「自分が何も変えないで、協力会社に注文をするのは利益の収奪だ。『安く買う』ことばかり考えないで、協力会社が安く売っても利益が出るようにしたらどうだ。協力会社が『安く売れる』方法を考えろ」と。 同社は社員を主要な協力会社に出向させ、生産改革や改善の指導を行った。協力会社の社員と一緒に知恵を絞り、改善を重ねた結果、これまでより安く売っても、以前より利益が出るほどの構造になった。 こうして同社と協力会社は、互いに長く収益を出し続けられるようになれたし、その後も、問題があれば「総力戦」で解決に当たる信頼関係を築けたのである。

▼責任を果たす 84 よき企業市民を目ざす トヨタがアメリカのケンタッキーに工場を設立した時、社長の豊田章一郎氏が、赴任する社員全員にこう話している。「日本人は群れるから評判が悪い。君ら出向者は、バラバラ住んでくれ」と。現地に早く溶け込むためだった。 トヨタマンたちはアメリカ人に囲まれて暮らし、地域のイベントやボランティアに精を出すことになった。すると、徐々にアメリカ人社員が、工場近くに住むようになった。理由は「トヨタを信頼できるようになった」からだ。 企業は地域から愛され、信頼される「社徳のある会社」であってこそ、発展し続けることができる。社徳は、現地生産や部品調達率のアップだけでは得られない。章一郎氏はこう話している。「最も大切なことは、世界中どの国でもその地域のためになる企業市民『グッド・コーポレート・シティズン』になることだ」。

▼責任を果たす 85 自分の城は自分で守る トヨタは一九五〇年に倒産の危機に直面し、創業者・豊田喜一郎氏の社長退陣と社員の大量解雇という苦い経験をしている。直後の朝鮮特需で大量受注に成功したことで再建への道を歩むことになったが、この苦い経験がトヨタの強さの原点となっている。 少ない人数で倍近い台数をつくるためにトヨタ式が生まれたし、資金難に苦しんだから強固な財務基盤が築かれた。 この財務体質を築いたのが、経理部門の責任者でのちに会長となった花井正八氏と社長の石田退三氏だった。 お金がなければ、すばらしい技術や発明も宝の持ち腐れになる。工場は建たないし、研究開発もできない。かつてのトヨタのように明日の支払いの心配ばかりをしていては、まともな製品など生まれない。 そう考えた石田氏は、人を増やさず、設備に資金を投じる一方で、ムダな金はいっさい使わなかった。そうやって「わしの会社は、半年間運動会をしていても大丈夫だ」と言えるほどの資金を準備したのである。 それは、当時恐ろしく巨大だったビッグスリーに対抗するための軍資金でもあった。また、一〇〇年に一度か二度くらいの危機に備えるためでもあった。それがトヨタ式の危機管理だった。 ただし、本業以外で資金を増やす「財テク」は決してしなかった。「明日すぐに現金化できる金でなければならない」というのが花井氏の考えでもあった。 石田氏は「自分の城は自分で守れ」と説いている。 そこには他力を頼らず、みずからの力で世界と戦い、そして勝ち抜いてみせるという強い意志があった。 石田氏は松下幸之助氏が「師匠」と呼んだ経営者でもある。また、本田宗一郎氏とも、後に片腕となる藤沢武夫氏を紹介したり、仕事を依頼したりして、深い縁を築いていた。▼責任を果たす 86 いかなる時も従業員を欺かない トヨタは一九五〇年に大量の退職者を出して以降、一度も大規模な社員のリストラを行っていない。なぜか。大量解雇後、再びトヨタの労使が信頼を取り戻し、「労使宣言」を締結するまで、実に一〇年以上を費やしたからである。 かつてトヨタの労使が激しく対立する中、労使が交わした文書に一つの不備が見つかった。役員の一人が「これで裁判になっても勝てる」と喜んだ。すると、豊田英二氏は「そんなことをしたら、仮に法廷闘争で勝ったとしても、従業員の会社に対する信頼をなくし、禍根を将来に残します」と言った。 どんな瀬戸際に立たされても、会社は従業員を欺いてはならない。これが英二氏の信念だった。トップが社員を信頼するからこそ、社員は会社を信頼することができる。企業にとって、これこそが最高の財産となる。

▼責任を果たす 87 儲けさせてよかったと言われる会社にする トヨタの利益は莫大だ。二〇一五年四月の決算では二兆円を大きく超え、「多すぎる」といわれるほどの内部留保を持っている。なぜそれほどため込むのか。 花井正八氏は、会社を安泰に保つには「二兆円は必要だね」と言っている。その二兆円を達成したのが、花井氏と同じ財務出身の奥田碩氏が社長になった時である。その奥田氏は、儲けることに、こんな考えを持っていた。「もっと会社を大きくしたい。でも、やらずぶったくりじゃダメで、世間の人から『トヨタに儲けさせてよかった』と言われるような『徳』のある会社にしたい」 儲けることは大切なことだ。だが、儲けるだけではダメで、世間から尊敬され、世の中の役に立つ企業でなければ、いつか壁にぶつかる。奥田氏は、「社会貢献をきちんとしない企業は発展しない」と続けている。

▼責任を果たす 88 企業の責任である税金を払う 石田退三氏は、財界活動にかかわろうとしなかった。「財界活動なんて暇な人がやるもの」と公言していた。そんな石田氏が唯一、協力を惜しまなかったのが、松下幸之助氏が進めていた「 PHP(繁栄によって平和と幸福を)活動」である。 石田氏と松下氏は互いに尊敬し合い、学び合う仲だった。松下氏が、石田氏に借金しないで仕事ができる方法を訊ねたところ、石田氏はこう冗談めかして言った。「それは簡単や。欲深く金をためればいい。ただそれだけのこっちゃ」 石田氏の経営哲学は単純明快だった。「経営者の使命の第一は会社を儲けさせること。経営者はまず儲けよ。企業の社会的責任である税金を払い、株主への義務を果たし、そして社員を幸福にする」 納税を避けたい会社が多い中で、まさに「徳」を感じさせる言葉であろう。

▼責任を果たす 89 本業重視の姿勢を保つ バブル景気の頃、多くの企業が財テクに走った。本業と無関係の不動産投資などで多大な利益を得た企業が時代の寵児扱いされ、本業に専念する企業は時代遅れと揶揄された。トヨタは明らかに後者だった。高級車がよく売れて儲けは十分にあったが、財務担当役員だった奥田碩氏は、「製造業はモノをつくるから製造業なんです。本業のモラルダウンが起こった時には企業はおしまいです」と言い切った。「二兆円もの余裕資金を動かさずに、単なる定期預金として寝かせておくなんて馬鹿じゃないか」というのが当時の一般的な見方だったが、奥田氏は「トヨタの現場は改善によって、一円、二円のコストダウンに励んでいる。そんな時、空調のきいた部屋で財務部門の人間が何億円儲けた、損したとやっていたらモノづくりなどできない会社になってしまう」と言い、トヨタ式の誇りを貫いたのである。

▼責任を果たす 90 安易な人減らしをしない バブル景気がはじけ、日本が長い低迷期に入った頃、多くの企業が過剰な設備、雇用、在庫に悩んだ。そして、多くの企業が事業を切り捨て、人を解雇するリストラに走り始めた。大胆なリストラを行う企業がもてはやされ、トヨタのように雇用を守る企業は時代遅れといわれた。こうした風潮に、奥田碩氏は敢然と反対した。「蔓延している『人間を減らせば利益が上がる』という考えには反対です。経営者は、従業員の生活を支える責任があるわけです。事業部門を整理したり、人員を整理したりすれば、株価が上がるのかもしれません。しかし、それで喜んでいるようでは経営者としては失格なのです。問題は、経営者が従業員を切る前に血反吐を吐くほど、一生懸命に雇用を守る努力をしたかということ」「首切りをするなら、経営者はまずみずからの腹を切れ」と。これはトヨタ式の考え方でもあった。

▼責任を果たす 91 頂点をきわめても常に変わり続ける 企業には栄枯盛衰がある。イギリス、マンチェスター近郊のオールダムは、産業革命発祥の地だ。そこに本社を置くプラット・ブラザーズは、かつて紡織機で世界を征し、豊田自動織機からも織機の技術特許を買っている。その資金がトヨタ自動車創業の資金にもなったのだ。 だが、そんな名門企業もその後倒産し、オールダムの公園には、プラット氏の銅像だけが残っているという。同地を訪ねた豊田章一郎氏は、その姿を目に焼きつけて帰り、「頂点をきわめても、常に変革の努力をする」大切さを説いている。 トヨタ式は「何も変えないことが最も悪いことだ」と強調してやまない。時代が常に変わっている中で変わらないのでは、プラット・ブラザーズのように過去に繁栄した企業になってしまう。何も変えなければ、企業の寿命はやがて尽きるのだ。

《世界のトヨタ式 3》スティーブ・ジョブズとトヨタ式 アップル創業者のスティーブ・ジョブズは、若い頃からトヨタ式に強い関心を持ち、アップルでもトヨタ式によるモノづくりを試みている。 ジョブズは一時アップルを追放されるが、その間も創業したネクストでトヨタ式を実践している。また、アップルに復帰した時も、トヨタ式の確定受注生産を取り入れることで販売革命を起こしたデルの CEOマイケル・デルに、こう宣言している。「新しい製品、新しいストア、新しい受注生産で、君のあとを追うからな」。 この「新しい受注生産」もトヨタ式の確定受注生産であり、その役割を担ってもらうためにスカウトしたのが現 CEOのティム・クックである。クックを採用した理由について、ジョブズはこう話している。 「ティム・クックと僕はまったく同じ見方をしていた。僕は日本でかんばん方式の工場をたくさん見学したし、(アップル時代につくったパソコン)マックでも(追放中に設立したパソコン会社)ネクストでもそういう工場をつくった。そしてティムに会い、彼も同じことを望んでいた」

第 4章 「トヨタ力」で自分を伸ばす

トヨタ式は、もともとは自動車をつくるための生産方式である。 そのため、「トヨタ式 =モノづくりの仕組み」と思い込んでいる人が少なくない。 だが、実際には、営業の現場でも、サービスの分野でも、間接部門でも、トヨタ式を使って大きな結果を出すことができる。 たとえば、「異常があれば止めて真因を調べて改善をする」というトヨタ式が、あらゆる場面で通用することは誰にでもわかるだろう。 たしかに「かんばん」や「あんどん」がそのまま使えるわけではない。 だから、トヨタ式の根底に流れるものの見方や考え方、行動の仕方をつかむことが大切になる。 ここまで組織を意識しながら解説を行ってきたが、本章では個人がトヨタ式を活用し、成長のツールとする方法を解説していきたい。 トヨタ式が目ざすのは、企業の成功や利益以上に、働く一人ひとりの成長である。 その方法を、次のようにグループ分けした。 ・仕事力( ~ ) ・見える化力( ~ ) ・巻き込む力( ~ ) ・積み上げる力( ~ ) ・リーダー力( ~ ) ・前向き力( ~ )

▼仕事力 1 自分で自分を困らせてみる 人間は、困らなければ真剣に考えようとはしないものだ。だからトヨタ式の上司は、部下を上手に困らせて知恵を引き出すのである。実際、大野耐一氏は部下を困らせる達人であり、そのお陰でたくさんの知恵ある人が育っている。 だが、いつもそんな理想的な上司がいるわけではない。成長のためには自分で自分を困らせることが大切なのだ。どうすればいいのだろうか? たとえばこう考えてみるといい。現在三時間かかっている仕事があれば、二時間でできないかと。「三時間でやればいい」のと、「二時間でやらなければ」では、気持ちがずいぶん変わってくる。ムダも探し始めるし、効率化も考えることになる。三日の仕事は二日に。予算五万円は四万円に。こうした自分で自分を困らせる習慣が、ムダを見つける目を養い、改善力を磨くことになる。

▼仕事力 2 小さな改善から始める 改善には順番があるというのがトヨタ式だ。最初は道具とか作業の改善といった小さな改善からスタートして、少しずつ大きな改善に進んでいく。なぜか。 小さな改善は自分のアイデアだけでやれる。お金もかからないし、周囲の協力もそう必要ない。うまくいかなかった場合も、修正がたやすい。さらに、小さな改善を積み重ねていくと知恵の出し方が磨かれ、大きな改善も可能になるのだ。「一新しよう」「ガラリと変えたい」と大きく考えるのもいいが、その前に、今の環境、今の条件下での、もっといいやり方を工夫する習慣をつけたい。 すぐには大きな成果が出ないかもしれない。ライバルの知恵者に追い抜かれて悔しいこともあるだろう。だが、コツコツとわが道を行こう。まず手に入れるべきは成功より成長だと信じよう。

▼仕事力 3 身近な気づきを重視する 成功体験や失敗体験というと、大きな案件を思い出そうとするものだが、実は平穏無事な一日の中にも、「結構うまくいった」「ちょっとまずかった」という小さな成功や小さな失敗がある。 それに気づくことが、成長にはとても大切だ。多くの人が「今日も何もなくてよかった」と無事を喜ぶ時、「今日も気づきがあってよかった」と発見を積み重ねていくのである。 小さな気づきも、大小さまざまな改善のヒントになる。そこから、「もっとよく」「もっと早く」「もっと安く」を実践していく。それがトヨタ式の「昨日より今日、今日より明日」「日々改善、日々実践」だ。平穏無事に甘んじ、「よかった」と安住するのが、能力開発にとっては一番いけない。

▼仕事力 4 いつもプラスアルファの知恵をつける 創意工夫は発明ではない。現状にちょっと足したり引いたりする力がトヨタ式の創意工夫だ。必要なのはプラスアルファの知恵。ひらめきとか知識ではない。 たとえば、上司の指示そのままではなく、自分なりに何かを加える。あるいは、 A部署の改善と、 B部署の改善のいいとこどりをして、もっといい改善にする。「創造性というのは、ものごとを結びつけることにすぎない」 トヨタ式をこよなく愛したアップル創業者スティーブ・ジョブズの言葉である。ジョブズは数々のイノベーションによって世界を変えるほどの製品を生み出しているが、それでさえ、まったくのゼロから何かを生み出したわけではない。先人の成果や、他社が開発した製品に、すごい「ちょっと」を加えた結果がイノベーションなのである。

▼仕事力 5 成功した時こそ反省しよう 大野耐一氏は、成功した時こそ反省が必要だと、こう話していた。「目標を達成できなかった時の原因は誰でも追求するが、達成した時の反省はほとんどしない。なぜ達成できたかを、突っ込んで調べて活用することが大切だ」「チェックとは反省である」がトヨタ式の考え方だ。 失敗にも原因があるように、成功にも要因がある。「なぜうまくいったのか」「問題はなかったか」「もっとうまくやれなかったのか」と振り返ってみることだ。そのくり返しが人を成長させ、成果を当たり前のものにしてくれる。 あるサッカー選手が「勝利は多くの欠点を隠してしまうものだが、勝者こそ目を大きく見開かなければならない」と言っていた。 結果オーライでは、成功したかいがない。プロセス重視がトヨタ式である。

▼見える化力 6 自分の星取表をつけてみる 自分の評価と他人の評価は往々にして食い違う。主観が入り交じり、本当の意味での「できる、できない」がわからなくなるからだ。そのまま放置しては自信を失うし、自己成長にもさしさわる。自分の仕事について、トヨタ式の星取表(第 2章 11項参照)をつくり、何がどれだけできるかをはっきりさせてみたらどうだろう。 まず、自分に必要とされる能力や技術をすべて書き出してみる。次に、自分はどれができて、そのレベルはどの程度かを、星取表に塗っていくのだ。それを見れば、自分は何をやり、何を学べばいいかが常に把握できる。 能力を見える化することは成長の第一歩と言っていい。人は一〇〇点の仕事をした時、自分に一五〇点をつけるが、他人の評価はせいぜい八〇点だ。どちらに引きずられてもいけない。

▼見える化力 7 書類をコンパクトにする トヨタ式の「書類は A 3の用紙一枚に簡潔にまとめる」という不文律を、自分の仕事でも実践してほしい。コンパクトでわかりやすい書類は理解しやすく、人の時間をムダにしない。評価は必ず上がるだろう。 何より、書類をまとめる人間を鍛え上げる。 コツは、要素を省かないことだ。情報不足の書類になってはいけない。書類の種類にもよるが、現状把握と問題の真因、対策、実行計画とスケジュールなどはきちんと書く。「別紙参照」は最小限にとどめる。もともと短い書類なら、半分のスペースで書けないかを工夫しよう。 パソコンのソフトを巧みに使って、見ばえのいい書類をつくるのは避ける。それは単なる「見せる化」にすぎない。頭を使って書くことだ。

▼見える化力 8 ビジュアルにこりすぎない 見える化と見せる化の違いはどこにあるか。見える化の目的は、問題解決にある。問題を改善する気がないのなら、どんなにすぐれたビジュアルも、それは見える化ではなく、単なる見せる化だといえる。 手段が目的になるのはよくあることだが、見える化が見せる化になってしまい、色やレイアウトにこりまくるケースもしばしば目にする。注意すべきだ。 トヨタ式の実践企業の中には、工場をショールーム化しているところもある。一般的なショールームは、交通の便のよい場所にきれいな飾りつけをしたスペースを設けるイメージがあるが、トヨタ式のショールームは、工場そのものに見学者を受け入れ、自社のつくる力を見てもらうことが目的となっている。 これも、見える化と見せる化の違いを理解するヒントになるだろう。

▼見える化力 9 伝え方を工夫しよう 自分の考えやアイデアが伝わらない時、「なぜ理解できないんだ」と相手に原因を求めるのは賢明ではない。「伝え方を工夫しよう」と考えるのがトヨタ式だ。 考えが伝わらないのは、考えそのものに問題があるか、伝え方に問題があるからだが、考えのどこに、どんな問題があるかは、まず伝えてみないとわからない。結局は、伝え方がキーポイントなのだ。 言葉を変える。イラスト化してみる。グラフにする。実際にやってみる。場合によっては模型や、パソコンを用いた合成写真などをつくるのも手である。 一回でダメでも、あきらめない。言葉を変えてダメなら実際にやってみるというように、手を替えながらくり返し伝える。すると熱意や感情が伝わるようになる。そこからコミュニケーションの化学変化が起きることも珍しくない。

▼見える化力 10 熱意は行動で示そう トヨタ式とは、何かを変えていくことだ。だが、多くの人は変化よりも現状維持を好むため、最初からみんなの全面的な協力を得られることは少ない。むしろ、反発されることのほうが多い。そんな時は、どうすればいいのだろうか。 二〇代の頃、協力会社の改善のために派遣されたあるトヨタマンは、派遣先に反発され、大野耐一氏には突き放され、腹を決めた。役員室から出て、朝早くから夜は一一時頃まで現場にいて、グチも聞けば苦情も受けつける日々を過ごした。 すると、少しずつ協力する人が出てきて、一ヵ月がすぎた頃には、ほぼ期待通りの改善ができるようになった。そのトヨタマンは、こう話している。「腹を決めてやることです。熱心にやっていると、どういうわけか必ず道が開けるんですね。まわりの協力が出てくる」と。熱意は人から人に伝染するのだ。

▼巻き込む力 11 複数案を比べる習慣をつける トヨタは、決定には時間がかかるが、決定後のスピードは速い。決定に時間がかかるのは、十分な事前準備をするためだ。決定後が速いのは、準備が十分なので、一気呵成に進められるからである。 事前準備では、いくつものアイデアを考え、比較検討する。「最高の案で最高の結果」がいいのか、「お金も手間もかからない案でまずまずの結果」がいいのか、比べてこそわかる。比較検討する間に自信がつき、リスク対策などの理論武装が進んで説得力が増すという利点もある。 目的は一つでも、そのための手段はいくつもある。トヨタ式では、いくつも考えることが必要なのである。「これでいこう」と決めてからの少しの粘りが成果をより高めてくれる。複数案の検討を自分の仕事習慣にしたらどうだろうか。

▼巻き込む力 12 後工程はお客さまと考えてみよう「前工程は神様、後工程はお客さま」がトヨタ式の鉄則である。常に「この仕事の目的は?」「お客さまは誰なのか?」を考えることが大切になる。 トヨタの技術部門の新入社員が実験結果を上司に報告すると、「君の仕事の目的は何だ」と質問された。「実験です」「それは目的と手段を混同している」というやりとりのあと、上司はこう言った。「仕事の目的は喜びのためだ。君がやった仕事を渡す相手が価値を認めて喜んでくれることが、君の喜びにつながるんだ」と。 仕事は人と人がかかわり、人から人へ受け継がれて完成していく。相手の「しやすさ」を優先的に考えることだ。仕事の目的には、お金とか、上司の指示などもあるが、究極は、お客さまを喜ばせることにある。「何のためか」を間違えなければ、たいていの問題は解決できるものなのだ。

▼巻き込む力 13 上司の目で仕事や自分を見直す トヨタ式が重視するのは個々の能率ではなく、全体の能率だ。それでも仕事をしていると、どうしても個々の能率を追求してしまいがちである。 それを防ぐためには、ものごとをより広い視野でとらえることだ。自分の利益を考える時、全体にとっての利益につながるのかをあわせて考えれば、より正しい判断ができる。 だからトヨタ式は、「二階級上の立場で考えろ」と言うのである。そうすることで、全体の効率や利益を考える力が身につく。 伸びる人は、やはり全体観を持っている。自分のところに問題がなくても、前工程や後工程に問題があれば、すぐに気がつき、手伝いに行く。そんな視野と態度がある人を周囲は信頼するし、成果も上がっていくことになる。

▼巻き込む力 14 問題のホルダーになる トヨタ式を実践するなら、「問題のホルダー(当事者)」になってもらいたい。 世の中には、問題に気づき、「ここをなんとかしなければ」「あそこがダメなんだ」と批判する人は多い。だが、みずから問題の解決者であろうという人は、驚くほど少ない。なぜか。批判は見るだけ、知識だけでできるが、解決は真因を調べ、みんなを説得し、責任を負う覚悟が欠かせないからだ。 だから、社の中で同僚や他部署が問題を抱えて困っていても、「よけいな口出しはやめておこう」と傍観者になる人がとても多い。その逆をいってほしいのだ。 大切なのは批判や知識ではなく、「みずから気づき、みずから変えていく」姿勢である。問題に気づかない人も困るが、気づいても何もしない人はもっと始末が悪い。常に「問題のホルダー」であろうと意識することが大切である。

▼積み上げる力 15 まずやるクセをつける レクサスの初代主査・鈴木一郎氏(技監、トヨタ車体副社長を歴任)が目ざしたのは、ベンツを性能で上回り、かつ人間的温かみを持つ車だった。二つを両立させるためには画期的なエンジンの開発が不可欠だったが、それは技術部門の役員が「絶対に実現不可能」と言うほどの難問だった。 鈴木氏は役員にこう言った。「それではこうしましょう。私の要求している精度のエンジンを一台だけ試作してください。それすらできないならあきらめます」。 量産はムリでも、試作ならできる。役員は優秀な技術者を集め、エンジンをつくった。試走させると、驚くほど静かで燃費もよかった。これなら理想の車もできるに違いなかった。周囲は一気に「このエンジンを量産しよう」となった。 まずやってみることについて、とても参考になる話ではないだろうか。

▼積み上げる力 16 「わかった」を禁句にしてみる「わかった」「これはいい」と感じたら、まず実行してみる。それを習慣にしていただきたい。ほどなく周囲と差がつき、目に見える成果になって表れる。 人間は、考えることの内容自体に、それほどの大差はない。実際にやるかどうかで大きな差がつくものなのだ。 トヨタ式に関心を持つ人は多いが、その中でどれだけの人が実行に移しているだろうか。トヨタ式で成功する人と、成果の上がらない人の差は、実行の差にほかならない。トヨタ式は「わかる」ではなく、「やる」ことこそが核心なのだ。 大野耐一氏は「わかったということは実行することである」と言っていた。「知っているからもういいや」で終わってしまう人もいるが、自分にこう問いかけてみたらどうだろうか。「知っているが、自分は実行しているだろうか」と。

▼積み上げる力 17 現地に行き現物で考える 渡辺捷昭氏の入社後の初仕事は、独身寮や社員食堂の賄いの管理だった。もの足りない気持ちもあったが、「とにかく現場に行こう」と、元町工場に通った。 社員食堂で現場を見ていると、たくさんのムラ、ムリ、ムダがわかってきた。たとえば、ご飯は弁当箱に詰めて出すより、大きなおひつから一人ひとり取り分けるほうが効率的で、食べ残しのムダもない、といったことだ。やがてデータをまとめてメニューの改善などを提案するようになった。「給食係に改善をしている変な奴がいる」と話題になった。これが、後に社長になる渡辺氏の原点だ。 現場に行き、現物を見て考える。そこにトヨタ式の仕事の原点がある。机上でアイデアを考えるのもいいが、「現地現物」が抜け落ちていてはただの空理空論になってしまう。まずはパソコンの前から離れてみることだ。

▼積み上げる力 18 わかるまで「なぜ」をくり返す トヨタ式を身につける時に最も重要なのは「なぜ」をくり返すことだ。一般的には、「なぜ」を五回くり返すことだと言われているが、もちろん、五回とは、「わかるまでくり返す」ということだ。 つまり、始めた以上は必ず最後まで、結果が出るまでやるのがトヨタ式である。 それなのに、「なぜ」を二 ~三回くり返して見えた表面的な原因に対して手を打つものだから、やがて同じような問題が起きることになる。 もちろん最初は「五回くり返す」ことはとても難しい。それでもあきらめることなく、「なぜ」をくり返していけば、必ず真因にたどり着くことができる。 トヨタ式は執念を必要とするのである。そして実は、日常の仕事も、執念を持ってやれば、打開の道が開けることがほとんどであることに気づいてほしい。

▼積み上げる力 19 目標は高く、歩みは堅実に トヨタ式は、目標はあくまでも高く掲げながら、歩みは堅実に守る。 最初に掲げる目標の高さで、その後の成長が決まるところがある。たとえば、オリンピックのメダルでも金を目ざして銅になることはあるが、銅を目ざして金に到達することはないという。トヨタも世界の弱小企業だった頃から、世界トップの GMを目ざしたからこそ今がある。 ただし、そこに至る歩みは堅実だった。日々の改善によって一円、二円と差を詰めていった。トヨタ式は決してムリをしない。亀の歩みを何十年も続けて、追いつき、追い越せを実現する。トヨタ式では、目標は時間ではなく量なのだ。時間を目標にして「いつまでに」と考えれば、たどり着けない場合もある。だが、量を目標にすれば、時間の早い遅いはあっても、がんばれば必ず達成できるのである。

▼積み上げる力 20 自分で変えられるものに集中する トヨタ式改善では「変えていいもの」と「変えてはいけないもの」を見きわめることが大切だ。この考え方を個人に応用した場合は「自分の力で変えられるもの」と「自分の力では変えられないもの」を見きわめることがポイントになる。 たとえば、営業マンがモノが売れない原因を「景気のせい」「ライバルのせい」にしているうちは、解決策は見えてこない。なぜなら、景気やライバルを動かすことはできないからだ。 それよりも、原因を自分に求めて、できることをコツコツとやるほうが現実的であり、解決策も得やすい。ものごとがうまくいかない時、気持ちを楽にしようとして、安易に外に原因を求めないことだ。自分が変えられるものに注力する。そんな努力があって初めて、状況にかかわりなく成果を上げ続けることができる。

▼積み上げる力 21 始めたら途中でやめない「これはいい」と思ったらやり続けていただきたい。 世の中には新しい理論やシステムが次々と登場し、いずれも「これを使えば劇的に変わる」と思わせられる。しかし、トヨタ式では「世の中に万能薬はない」と考え、地道に継続することを推奨している。 もちろん、新しいものを排除しろというのではない。何かを試みて効果があまり出ないと、すぐに別のものに手を出すといったやり方をしていたら、未来は開けないということだ。 トヨタ式改善についても、「これはいい。やってみるか」と思ったら、ぜひとも長く続けてみるといい。すぐには大きな効果が出なくても、二年、三年と続けたなら、思いがけない高みに行き着くことができる。

▼リーダー力 22 人間関係に厚みを持たせる トヨタ式では、「ダイレクトに意見を聞くことのできる人間関係を持て」と言っている。 たとえば、何かを変えようとする時に、「決まったので守ってください」といきなり言っては反発される。権力で押し切ると長続きしない。それよりも、人脈の中でいろいろな人の意見を聞く。相手は、「こうしたほうがいい」「これはいけない」と意見を述べているうちに、自然に賛同者になってくれる。こちらは、意見を取り入れて、自分のやり方の不備を補うことができる。 最近は、人とあまり深くかかわらない傾向がある。仕事と私事を分けるのが一般化し、会社の人間関係をプライベートに持ち込むことを好まない。雇用や働き方が多様化する中では仕方がないのだろうが、時には見直してほしいと思うのだ。

▼リーダー力 23 時には教え役になってみる「トヨタでは昔から、上司が部下を教えていました。上司は現場を経験していますから、現場の立場も気持ちもよくわかっています。そういう人たちが、今起きている問題も含めて、『ここは気をつけなければ』『ここを見ないとね』と実践的な指導をする。現場のことをわかっていない人がいろいろと教えても役に立たない。現場を知っている人がアドバイスをし、実際に悩んでいる人と解決策を見つけていく。そこに、トヨタが研修を内製化する意味があると考えているんです」 トヨタ式において、教えることはとても大切だ。だから、トヨタでは研修も社外に丸投げすることはなく、プログラムは人事部がつくり、講師は社内の人間が務める。右のトヨタマンの言葉は、それを表したものだ。 教えることは多くを学ぶことでもある。仕事にも「教える」を導入してみよう。

▼リーダー力 24 知恵の引き出し役になろう カローラのチーフエンジニアを務めた吉田健氏が、アジア戦略車「ソルーナ」を手がけた時のことだ。アジアではカローラよりも、もっと安い車が求められた。吉田氏は「カローラから何を外せばいいか」とメンバーに聞いたが、誰もが「ない」と言う。カローラが一番下のクラスと思い込み、アイデアが出ないのだ。 そこで吉田氏は「わざとめちゃくちゃ安くてガタガタの車」をつくってみせた。すると、たちまち「ここが問題だ」「あそこをなんとかしないと」というたくさんのアイデアが出るようになったという。 知恵を出すにはきっかけが必要だ。コツさえつかめば知恵は出るようになるのである。組織の中で、知恵の引き出し役になろうではないか。吉田氏のやった方法をヒントに、自分の組織にピッタリの手段を考えてみてもらいたい。

▼リーダー力 25 怒りたい時は対策に気持ちを向ける 営業のチームリーダー Aさんは、自分が優秀だっただけに、メンバーがミスをすると、大声で怒鳴ることがよくあった。厳しい責任追及が続いたため、メンバーは Aさんの機嫌を見ながら報告するようになり、都合の悪い報告は隠すようになった。 しばらくするとチームの成績はガクッと下がり、見かねた先輩がこう忠告した。「ミスしたメンバーを怒るばかりだと、悪い情報が入らなくなる。責任を追及したくなる気持ちをぐっとこらえて、ミスへの対処や再発防止を優先させないか」 以来、 Aさんは悪い報告に対して、「報告してくれてありがとう」と最初に言ったあと、対策を考えることにした。対処完了後に「なぜミスが起きたのか」を調べて二度とミスが起きない方法を一緒に考えるようになった。 怒りっぽい人にとって、とても役立つトヨタ式のエピソードであろう。

▼リーダー力 26 明るく前向きな言葉を使う 赤字転落必至の子会社の再建のために派遣されたトップが心がけたことが二つある。毎日、工場に顔を出し、大きな声で「おはよう」「こんにちは」と挨拶することと、常に明るく前向きな言葉を使うことだった。 会社が赤字だと、社員の気持ちも後ろ向きになる。言葉もとげとげしくなり、ピリピリした雰囲気だ。そんな中で挨拶をしても、最初は返事もない。 それでも「おはよう」と言い続けていると、やがて何人かは挨拶を返すようになり、さらに続けていると多くの社員が打ち解けてきた。その頃を見計らってトップはこう言った。「これからは『面倒くさい』とか『どうせだめだ』といった後ろ向きの言葉をやめて、前向きな言葉を使うようにしましょう」と。 これはトヨタ式会社再建の話だが、日常の意欲向上に十分に応用が可能である。

▼前向き力 27 身近な「できる人」に学ぶ どんな企業にも圧倒的な成果を上げる社員がいる。それを見て「特別だから」「才能だ」と特別視してはいないだろうか。 ある企業にも超優秀な営業マン Bさんがいた。同僚の多くは Bさんを天才扱いして学ぼうとしなかったが、 Zさんだけは「学べるはずだ」と意欲的に Bさんを観察し、話を聞いたりした。すると、 Bさんの成績はすごいが、やっていることは誰にでもできることがほとんどだった。唯一の違いは、びっくりするほど根気よく徹底してやり続けているところだった。 Zさんは、 Bさんのやっていることを自分なりにやるようにした。しばらくすると結果が出始め、時には Bさんに並ぶ成果を上げられるようになったという。 できる人を特別視しない。学ぶ対象にする。それだけで人は成長できるのだ。

▼前向き力 28 失敗の記録を見直す 失敗するたびに意欲をなくして落ち込む人がいるが、それでは仕事などできるものではない。では、どうすればいいか。 失敗したら、なぜかという原因を調べて、もう一度挑戦すればいい。それを続けるうちに、失敗しないコツのようなものがつかめてくるものだ。 とはいえ、やみくもな再挑戦ではリスクが高い。失敗した時には、しっかりとした反省が欠かせない。失敗は忘れるものでもなく、単に覚えておくものでもなく、記録として残すのがトヨタ式だ。「なぜ失敗したのか」を書き、「どうすれば同じ失敗を避けることができるか」という対策も書いておく。 それを時折見直すだけでも、たくさんの気づきがあるはずだ。

▼前向き力 29 整理整頓を徹底する 企業のつくる力は倉庫を見ればわかる。同じように、個人の仕事力も机を見ればわかるものだ。整理整頓ができていない人は、仕事の力量も疑われる。多くのムダが発生するし、周囲からの信頼が損なわれるのだ。 最も大切な資源は時間だが、モノを探すことは時間のムダづかいである。 また、たとえば上司から「あの書類を」と言われて、探し回ったあげく、「すみません、見つかりません」では、信用はがた落ちだ。 仕事のモチベーションというのは、こういうところから落ちていくものである。 まず不要な資料などは徹底的に捨て、必要なモノがすぐに取り出せるように整頓する。トヨタ式の基本である、「必要なモノが、必要な時に、すぐに取り出せる」ことを徹底しようではないか。

《世界のトヨタ式 4》マサチューセッツ工科大学とトヨタ式 日本で生まれた生産方式であるトヨタ式をもとに、アメリカで編み出されたのが「リーン生産方式」である。 リーン生産方式開発の中心にいたのが、マサチューセッツ工科大学( MIT)のジェームズ・ P・ウォマックと、ダニエル・ T・ジョーンズたちである。 一九八〇年代に、アメリカに大量の日本車が輸出されるようになると、ビッグスリーは日本車の安さをダンピングであると激しく非難していた。 その一方で、 MITは日本の自動車産業の強さの秘密を研究した結果、トヨタ式のムダ取りに注目するに至る。そして、「ムダという名の贅肉の取れたスリムな状態でモノづくりを行う」生産方式を構築し、「リーン(贅肉の取れた)生産方式」と命名したのである。 一九九〇年代に入ると、さすがのビッグスリーも日本車、特にトヨタ車の品質の高さを認めるようになり、「トヨタこそ目標とすべき会社」として、トヨタのモノづくりを熱心に研究し、取り入れるようになった。 そこで活用されたのが「リーン生産方式」である。 リーン生産方式は自動車業界にとどまらず、アメリカの幅広い業界と企業に採用され、その後のアメリカのモノづくりの復活に大いに貢献することになった。そればかりかリーン生産方式は日本にも輸出され、トヨタの好調もあり、多くの企業が競って取り入れることになった。 トヨタ式とリーン生産方式は必ずしもイコールではないが、リーン生産方式によってトヨタ式が世界のスタンダードとして認められるようになったのは事実である。 かつて「トヨタの常識は世間の非常識」といわれたが、今や「トヨタの常識」は世界のスタンダードとして認められている。ただし、トヨタ式自体は今も日々改善によって変化し続けているため、リーン生産方式が誕生した頃のトヨタ式からはずいぶんと進歩向上している。つまり、トヨタ式はリーン生産方式を超え、トヨタ式さえも超えていく成長途上にあるのだ。

第 5章 弱みを強みにした実践史に学ぶ

 

 

 

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