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第1章 なんで挨拶しなきゃいけないんですか?

はじめに 言葉にはパワーがある||。 こう言われて、みなさんはどう思われますか? (まあ、確かに力強い一言葉にはパワーがありそうな気がするし、自信なさげに 話されたらあんまり信用できないよね、たぶん) そう、「言葉にはパワーがある」と言われでも、一般的な感想としては、ふ つうだいたいそんなもんですね。 国会中継なんかを見ていると、まさにそんな光景に出くわします。 野党の議員の質問に首相が答弁する、というよくある光景。 ここで、首相が力強く断固として否定し、持論を展開する||何だか首相の 言っていることも正しそうに聞こえてくる。説得力もある。 でも、まさに正論のように聞こえてはいても、よくよく言葉を噛み締めてみ ると実際は巧妙に話をすり替えているだけだったりもするんですが:::。

ここで庸突ですが、小泉純一郎首相語録をいくつか並べてみましょう。 「構造改革なくして景気回復はない」 「自民党をぶつ壊す!」 「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した!」 三つめは、あまりに有名になった貴乃花の優勝を讃える言葉ですね。この頃 は首相の人気も絶好調でした。 一つめのスローガンは首相就任から一貫して彼が言っていたもの。 真ん中の言葉は総裁選で小泉さんがキャッチフレーズにした言葉。そのイン パクトに日本中が驚きました。小泉純一郎首相がいいか悪いか、好きか嫌いか は別にして、この人は「言葉のパワl」の重要性に敏感な政治家であることは 間違いないでしょう。ただ時に、それを知るがゆえに自分の非を認めず、ムキ になって強い言葉を選び過ぎるきらいもあるようですが:::。 とにかく貴乃花優勝の言葉なんかは実際見事。「感動した!」というのが流 行語になったくらいですからね。

ただし、わたしにはちょっと気になったことがありました。 それは二つめの「自民党をぶつ壊す!」です。 インパクトは凄いし、よくもまあそこまで過激なことを言うもんだ、と誰も が思いました。そういう意味ではこのキャッチフレーズは大成功だったのでし ト品よノ。

しかし、しかしです。最初この言葉を聞いた時わたしは、本来の意味すると ころの「自民党の大改革」ということは理解しつつも、何だかイヤぁ1な感じ になったことを覚えてます。よくわからないけど、ちょっと眉をひそめるよう な、背中がザラッとするような:::。なんでそうなるのか、その時はよくわかりませんでした。 でも、後になってその理由に気づいたのです。 それは「ぶっ壊す」という言葉にありました。 「過激」で「極端」||。いかにも小泉流の作戦です。さらに強い意志を表す ために、あえて乱暴なこの言葉が使われたのでしょう。それはわかります。で もこの言葉は、わたしの脳にイヤぁ1なイメージを浮かべることのほうが先で した。

(意味はわかるけど何だか不愉快) 110 本章一回で、わたしがみなさんに伝えたい「言葉にはパワーがある」というのは、 ある意味そういうことなんです。 「ぶっ壊す」というたったひと言がもたらしたイヤぁ1な感じには、実は私た ちの精神、そしてカラダにまで大きな影響を与える「何か」が潜んでいたので す。 これまで、あまりだれも気にしてこなかった「言葉」の持つ影響力。それは 単に言葉の意味ということではなく、私たちのDNAに触れるほどのことかも しれません。 そのことを、はなしか わたしは噺家という本業の合間に、がむしゃらになって学んだ のでした。 わたしは一八歳から落語の世界に入りました。だから早いものでもう三O年 にもなってしまいます。まもなく半世紀の人生か。うーん、足腰も弱くなるは ず・・・。 三O年にもわたってこの世界で暮らしていると、「言葉」との関わりはます

ます重要になってくるというのが実感です。 だから、私たち噺家は常に「話し方」や「言葉」について日々研究していま す。わたしなんかは、人一倍そういうこだわりが強いのでしょう。テレビや映画 を観ていても「言葉」が気になってしょうがない。また、町なかでおばさんや おじいちゃんたちなど、他人の会話を聞いていても、ついつい耳を傾けてしま う。これが滅茶苦茶おもしろいんですけど:::。 そして、これだけに飽き足らず、心理学やコミュニケーション学などの専門 書も読みあさるようになりました。そして、興味のある話には飛びついたもの です。相手が嫌な顔をするまで質問攻めにしたことも少なくないほど。 ほかの噺家が飲み歩いてクダを巻いているのを尻目に、「言葉」研究にのめ り込みました。もちろん、そこは噺家ですから焼酎片手になんですけどね。 さらには、あるテレビ出演がきっかけで、女性のための礼儀作法や社交、内 面を磨くフィニッシングスクール、名門ジョン・ロパlト・パワーズスクール 東京校でコミュニケーションクラスを持つ講師にまでなってしまいました。

そんななかで、あることに気がつきました。 それが「言葉」には思いもよらないパワーがある、ということだったんです。 その経緯については本文で詳しくお伝えするとして、さらには、そのパワー を実感する目からウロコの実験方法まで見つけ出したわけなんです。 この本では、そのパワlの謎に迫り、なぜそんなパワーが存在しているのか、 わたしなりの研究成果を伝えています。また、そのパワーを知ったうえで、生 活の中に上手に取り入れていく方法も紹介しています。 白からウロコの実験方法だって? 「ホントかなあ」といぶかしく思った方もいるかもしれませんね。 ならば、さっそくではありますが、論より証拠、その実験方法をお教えしま しょう。実験といっても道具は何一つ必要ありません。あなたともう一人の協 力者がいればオーケー。 断っておきますが、この実験、拍子抜けするほどカンタンです。 必要なのは「言葉」||。 そうですね、とりあえず最初の実験には官頭で紹介した小泉首相の言葉を取

り上げてみましょう。例の「感動した!」と「ぶっ壊す!」の二つです。 ﹇実験1﹈ まず被験者であるあなたは、親指と人差し指の先をくっつけて、アルファベ オ1 ットのOのように円いリングをつくります。そうです、いわゆるオーケーサイ ン。そしてあの「天国から地獄へ堕ちた(あ、この地獄という言葉はマズイ、 その理由は後ほど)」「天国から滑り落ちた」ホリエモンが大好きだった「マ ネ1」を表す指のリングでもあります。この本で紹介する実験のほとんどは、 この丸いリング(以下、Oリング)で行ないます。 さて、まずあなたは、リングを作ったままの状態でいてください。

立っていても座っていても構いません。 そして、元気よくハキハキとした声で 「感動した!」と言ってみましょう。 言い終わったら、すぐに協力者であるもう一人が、あなたのOリングに両手 の指を通して輪をつくります。オリンピックの五輪の輸のようにあなたのOリ ングに二つのOリングがつながった状態ですね。

協力者があなたのリングを解こうと指を引っぱります。このときあなたはリ ングを開かれないように、指に力を込めてください。 どうですか?リングは聞きませんよね? はかなりの力が入っているから当然です。 ところが、不思議なのはこれから。 それはそうです。あなたの指に では、同じ要領で今度は 「ぶつ壊す!」と言ってみましょう。さっきと同じようにリングを解かれない よう、しっかり力を入れましょう。そして協力者はこれまた同じようにリング を引っぱってみます。 あれ? という感じ? カンタンに指が闘いちゃうでしょ。 同じ力を入れているはずでしたよね。ことさら意識して言葉を発したつもり もなかった。ただ素直に声に出しただけなのに:::。 不思議ですよね。いったいどうしてなんでしょう? そうなんです。これがつまり「言葉のパワ1」なのです。

「感動した!」と「ぶつ壊す!」には、人間の無意識に働きかける「パワ1」 に大きな違いがあるということ。 狐につままれたような気分かもしれません。でも、自分で体験したことは間 違いなく本当だったでしょ。 「言葉のパワ1」を証明する実験はこれだけではありません。まだまだたくさ んの実証例が用意されています。そして、そこには私たちの心とカラダに関わ る多くのものが含まれています。 さあとにかく、わたしとともに言葉の持つ不思議な世界に足を踏み入れてみ ましょう。そこには思いもかけない新たな発見が、きっとあるはずです||。

第一章なんて挨拶しなきゃいけないんでナか?

目次

挨拶という「言葉のパワl」

「おはようございます」「こんにちは」 「お疲れさまでした」「さようなら」 「ただいま」「お帰りなさい」 「おやすみなさい」「おやすみ」:::。 私たちの毎日は、挨拶に始まって挨拶に終わります。 みなさんは、どうしてこの挨拶をしなきゃならないか、なんて考えたことが ありますか? それは礼儀だから、道徳だから||確かにそうですよね。小さい頃から両親

や学校の先生など、周りの大人に「きちんと挨修するように」としつけられて しつ きましたものね。挨拶は膜け。それは「決めごと」、いわば社会のルlルです から、常識ある人間だったら、するのは当然のこと。 でもそれだけなのでしょうか。するのは当然としても、なぜしなきゃならな いか、ということは説明できるのでしょうか。 挨拶をするとお互いに気持ちが良くなるから、一日の暮らしにメリハリがつ くから:::。だいたいこんな答えが返ってくるでしょう。 ところが、挨拶にはもっと私たちにとって大切なものが含まれていたのです。 それを説明する前に、またしても実験をお見せしましょう。 これは、わたしの講演でいつも行なう実験です。 先日、わたしは東京都内のある消防署関係の集まりに招かれました。 最近、こうしたところからの講演の依頼もすごく多くなりました。 わたしが「言葉にはパワーがある」と実感し、常日頃から言うようになった ことと、世の中がリンクしているのでしょうか。言葉で傷ついたり、悩んだり する人たちがそれだけ多いということかもしれませんね。そういう世の中にな ってきているということでもあるのでしょう。

そんなわけで、招かれた集まりの講演のテlマは、まさしく「言葉のちから」です。

わたしは、主催者の方に前もってどなたかに壇上に登場していただけるよう にお願いしていました。 わたしの講演では必ずいくつかの実験を行ないます。それには、実験に参加 してくれる方が必要なのです。といっても本人にはお伝えしていませんし、わ たし自身もどんな人が出てくるかはわかっていません。 講演の席で、わたしは主催者の方から教えていただいた名前を呼び上げまし た。すると、キョロキョロしながら、手を挙げた青年が立ち上がりました。照 れながら壇上に上がったのは、消防の現場でホlスマン、つまりあの消防車の 放水を担当する屈強な若者、Aさんでした。 壇上のAさんに、先ほどの質問をぶつけてみました。 「どうして挨拶をするのですか?」 答えは、やはり前出のとおり。ルールだから、挨拶するとお互い気持ちがい いから、というものでした。そこで、わたしはちょっとした実験をしたのです。

﹇実験2﹈ 実験1の時と同じように、AさんにOリングをつくってもらいます。 最初に、元気なはっきりとした声で、 「おはようございます!」と力強く発してもらいました。 その直後、わたしが力いっぱいAさんのリングを引っぱります。さすが鍛え た消防士。リングの指はしっかりと閉じられたままです。 そして今度は、まるでやる気のない中学生のようにふて腐れた感じで、 「はようざいあjす」とおざなりな挨拶をしてもらいました。 すると、AさんのOリングは、ふにゃふにゃと力なく解けてしまいました。 Aさん自身、何だ、と首を傾げています。これはフ 「おはようございます!」「はい、おはよう!」 力強く、はきはきと挨拶することによって、お互いの気持ちが良くなるだけ でなく、肉体的にも変化が現れる|| この実験はそれを証明しています。

Aさんのように、いざという時に備え、ましては人の命を守る仕事だったら なおさら大切なことですよね。いざという時に力が入らなくてふにゃふにゃだ ったら、何の役にも立ちません。だから、日頃から気持ちを引き締めておかな きゃならない。そのためには、いつもはっきりと挨拶を心がける必要があるのです。

朝「おはよう」と挨拶すると、なぜか気持ちがシヤキッとして、物事が始ま るぞ、という感覚になったり、その日一日が気分よく過ごせるように感じる。 あるいは反対に、挨拶しなかったおかげで、何となく一日中気分が悪かったと いう経験はありませんか?それは、挨拶という「言葉のパワl」に他ならな かったのです。それも、精神的な部分だけでなく、肉体的にも。 これは「こんにちは」「おつかれさま」でも同じことが言えます。 はっきりと、それも笑顔で「こんにちは!」と挨拶して仕事をすれば、相手 の気持ちを掴まえられるのはもちろん、集中力も増して充実した仕事を生み出 すことができるようになるのです。 そして、仕事が終わったら「おつかれさま」というひと言が、仕事をやり遂 げた充実感と仕事後の心地よいリラックス感を創り出してくれる:::。

さらに「おやすみなさい」もそう。家族どうしのこのお休み前の挨拶は、健 やかな眠りに入るための、おまじないといえるもの。 実際、わたしは家族に「おやすみなさい」を言って寝た場合とそうでない場 合で実験をしてみましたが、結果は明らかに違うものでした。あるときなんか は、言わないでベッドに入ってみたら、あまりに眠れないので、夜中に家族を起こして「おやすみなさい」と言い回って不評を買ってしまったこともあるほ どです。途中で起こされた家族はいい迷惑ですが、おかげでわたしはぐっすり眠れたのでした。

いい返事と悪い返事

さぁ、いかがですか。これまでの話で、どうしてきちんと挨拶しなければい けないのかということが、少しずつわかってきたでしょう。 ルールだからとか、挨拶すると気持ちがいいから、というだけではなくて、 挨拶しないと、精神的に気分が悪いばかりか、脳を通じて肉体にも悪影響を与 えてしまうということなんです。

人間は、言葉ひとつで「快」になったり、「不快」になったりする生き物。 そして、その「結果」は目に見える現象で現れるのです。 では、ここでもう一度、Oリングで実験をしてみましょう。 ﹇実験3﹈ この実験も被験者(Oリングを作る人)と協力者(リングを開こうとする人)の 二人で行ないます。 被験者は親指と人差し指の先をくっつけて、Oリングをつくります。 被験者に向かって協力者が「OOさん」と名前を呼びます。 被験者は元気よくハキハキと「はい」と返事をしてください。そしてOリン グの指に力を込めてください。 そして協力者は、両手の指を被験者のリングに通して輪をつくり、被験者の 指を聞こうと引っぱります。 被験者の指にはかなりの力が入っていて、リングは聞きませんね。 続いて同じように、被験者はリングをつくり、協力者は再び被験者に向かって名前を呼びます。 そして今度は、ふて腐れながら、気のない返事をしてください。 「ふぁjい」 同じように、被験者は指に力を込め、協力者も指を聞こうと引っぱります。

どうでしょう?被験者は指に力が入らず、リングはすぐに開いてしまいましたね。

やはり、返事も挨拶と同じなんです。きちんと返事をしたときと、いい加減なときとでは、力の入り方が違うはずです。

話はそれますが、わたしは、挨拶や返事がよくできている会社は、いい会社 だと思っています。反対に、挨拶や返事がおろそかになっている会社は、たい ていムlドも悪く、たとえ今の業績が良くても、将来にあまり期待がもてませ ん。わたしが、某生命保険会社のある支社に招かれて講演をした時のこと。 その支社ではわたしの講演の後、その日から、女性スタッフたちが率先して、 「いい挨拶」「いい返事」を実行したそうです。

ところが、支社長はじめ管理職の男性陣は、なかなか素直に実行できなかっ たといいます。それを見た女性陣は、「ダメじゃないですか。このあいだ世之 介さんが言ってたじゃないですか」と男性陣へ挨拶の徹底を呼びかけました。 そして、あっという聞に支社全体にそれが広がり、職場の雰囲気がとても良 くなったということでした。 いつも感じるのですが、こういう「それはいい!」と思ったときに反応が速 いのは断然女性です。きっと男性は、聞いたことを素直に受け止めず、たとえ ば「このことを利用して、地位を上げることはできないか」などと、余計なこ とを考えるんですね。あるいは、わたしなんかもそうなのですが、「オレはそ んなことしなくても大丈夫」と妙な自信があるんですな。もちろん、多くの場 合は、後で「、すいぶん自分はおごっているな」と反省するのですが、そのとき は、そういう感覚があるみたいなのです。 その点、女性は、「いいものはいい」。自分のために即実行するんですね。 「幸せになりたいでしょ!」 「はい!」 じゃあ、実行しましょう! というわけです。これは女性の素晴らしさのつだとつくづく思います。

なぜOリングか聞いてしまうのか?

ここでOリングの実験について、すこし説明をしておきましょう。 おおむらよしあき この一風変わったテストは、電気工学と医学の両分野を専門とする大村恵昭 教授が考案したOリングテスト(正式には∞工)在E一OI包括↓gcに倣ったも ので、そもそもは病気などの診断法として利用されているものです。 教授は、「アプライド・キネシオロジl (応用運動機能学こもべ1スとして 研究したそうです。この「アプライド・キネシオロジl」とは、私たちの体の ある筋肉が、ストレスに反応して緩んでしまうという特性を利用し、それらの 筋肉の反射を調べながら、さまざまな療法を使い分け、心身の不調を解消して いく療法。Oリングもこれと同じ原理を叩いています。 すなわち、体や心が感じ取った刺激(情報)を脳が受け止め、それに対して 脳が適・不適の判断をします。そのとき、脳が筋力におよぼす反応を読み取る というわけです。具体的には、指でつくったOリングを聞かれまいと抵抗する

指の筋力の変化を読み取ることによって、脳が判断した情報を引き出すという ことです。 それにしても挨拶といい、返事といい、なぜこんな変化が私たちの体に生じ るのでしょうか? すこし難しい話になりますが、わたしなりに研究したことをお話ししましょ , っ。 人類が誕生したのは五OO万年前。そして四OO万年前には直立二足歩行が 開始され、言語使用のための解剖的条件が整ったといわれています。つまり、 人間は二本足で歩くようになったことから、喉の周辺や声帯に変化が生じ、微 妙な発音が可能となり、言語を獲得しました。また、二足歩行は、人聞に道具 の使用と製作をもたらしました。このことにより、人間の脳はめざましく発達 するに至ったのです。 初期の言語は、まず音声によるコミュニケーションだったと考えられていま す。この時点ではまだ「アl」とか「ウ1」とかの識やオラウ1タン程度の叫 び声ですね。

やがて単語が誕生するようになり、ある一定のグループ内で特定の内容を示 すものとして共有されるようになって、はじめて言語コミュニケーションといえるものがスタートしました。これは、わたしの勝手な想像なのですが||脳が言葉に敏感に反応するのは、 こうして人聞が言葉を獲得してきたことと、深く関係しているのではないかと 思えるのです。つまり脳は、言葉ができて、そのできた言葉に反応するように なったというのではなくて、言葉の持っそもそものニュアンス するのだと考えられないでしょうか。 (感覚) に反応 初期の音声コミュニケーションは、常識的に考えれば、現代人の私たちには まったく通じないはずですが、わたしには、もしかしてよく聞けばわかるので は、という気もします。 だって、「嬉しい」、「楽しい」とか、「悲しい」、あるいは「危ない、逃げ ろ!」、「助けて」というような激しいニュアンスは、一瞬にして伝わるもの でしょう。

例えば、まったく知らない外国語でもパカにされたとしたら、何となくわ かるような気がすると思いませんか?もちろん、顔の表情など、ビジュアル的なことも影響はするでしょうから一概には言えません。でも、悪い気分にさ せるニュアンス、相手をいい気分にさせるニュアンスを持つ言葉は、言語が違 ったとしても、もともとのニュアンスは、他の国の人間にも伝わるようにでき ているのではないかll。だからこそ、たとえ理解できない言葉でも、良い言 葉をたくさん聞くと、白然と力が湧き、気持ちも盛り上がってくるのではない でしょうか。 脳は、いつも気持ちのいいことに一生懸命です。人聞は常に快適な状態を求 め、そのために努力し、さまざまな発明をしてきましたが、それは、まさに脳 が心地よいことを強く求めているからに他なりません。 「気持ちいいことい快」は、生きること、生き抜くことにつながります。つま り、人間は、遺伝子レベルで環境の変化に適応し、快適な状態で生き延びるよ うにつくられているといえます。ですから、脳が「快」と感じれば、同様に体 中の細胞も「快」と感じ、力がみなぎってくるのでしょう。 そして、その伝達はまさに一瞬です。 たとえば、あなたが熱い鍋を間違って触ってしまったとします。すると、温 度を感じる働きをする手の指先の神経細胞は、熱いときの「興奮」をします。そして、その神経細胞は、「興奮」を電気信号に変換し、神経伝達物質の協力 を得て、次の神経細胞、また次の神経細胞へとリレーしながら、脳の中にある 「温度」を感じる場所へと伝えます。これを受けた脳は瞬時に判断して、「手を 鍋から離せ」という信号を送ります。あなたはこのとき、「熱っ!」と言って 鍋から手を離します。もしかしたらとっさにその手を耳にもっていっているか もしれません。もちろん、それも脳からの指令なのですが。 このように、私たちの体は常に、電気信号と化学物質によって脳との素早い 情報のやりとりを行なっているのです。 これまでの実験でもわかるように、言葉の持つ「ニュアンス」に脳が反応し て、一瞬のうちに筋力へ指令を送る無意識の流れが私たちのカラダに備わって いるということなのです。

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