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第1章 「努力型禁煙」が失敗する理由

あるお母さんからの手紙妊娠がわかると、タバコを吸っていた妊婦さんの8割が禁煙を始めます。そりゃそうだろう、と思われた人もあるかもしれません。しかしそうではありません。例えば、企業などで自由参加の禁煙教室を行うと、参加する喫煙者は100人に数人程度。ほとんど禁煙を始める人はいないのです。それを考えると、本当に8割という数字はすごいですね。ところが、せっかく禁煙を始めても、出産、育児と続くうちに、どんどん再喫煙してしまうのです。特に授乳の終わる出産後半年以降に再喫煙が集中し、1歳半健診の時には、約7割がまた喫煙者に戻ってしまいます。もちろん体に良いわけはありません。そもそも家の中でタバコを吸う人がいると、子どものおしっこの中にコチニンというニコチンの分解産物が、普通の子どもの数十倍から100倍くらい出てくることがわかっています。おしっこの中に出てくるということは、もうタバコの有害物質が受動喫煙で体中に回ってしまっているということ。それで、乳幼児突然死症候群や、アトピーや気管支喘息、中耳炎などの病気が起きてしまうのです。もちろん、白血病や小児ガンなども増えてきます。何より、お母さん自身が乳ガンや子宮ガンになってしまうかもしれません。それで、保健所や健康保険組合では、妊産婦の禁煙支援に力を入れるところが増えています。特に現状では、せっかく8割の人が禁煙を始めているのに、その後の支援がないために7割が元に戻っているわけで、その人たちの再喫煙が防げるだけでも本当に大きな違いが生まれるはずです。何といっても、新しい子どもが生まれる家庭です。若いお母さんと赤ちゃんがすくすく成長すれば、本当に素晴らしいこと。特に行政の厳しい予算状況を考えると、同じ1人がタバコから解放されるなら、若い親子が優先されるのは自然な流れといえるでしょう。さてさて、ここで、読者の皆さんに保健師のAさんを紹介しましょう。彼女はある町の母子保健の担当者で、妊婦さんの禁煙の応援をしているのです。それで、今からAさんに一つ質問を出してみます。読者の皆さんも一緒に考えてみてください。Aさん先生、いつも突然ですねえ。先生ごめん、ごめん。考えてほしいことというのはね、このすでに禁煙を始めている妊婦さん(彼女たちの7割は再喫煙してしまう危険があるわけなのですが)にどんな話をしたらよいだろうか、ということです。もうその人たちはタバコを吸っていないわけですが、再喫煙を防ぐために何を話したらよいでしょう?Aさんもう、タバコをやめた人にですよね……。やめられてよかったね、とか、続けてねと励ます、ですか?先生そうだねえ。それが素直な答えだよね。Aさんそうじゃない答えもあるんですか?先生まあまあ、そんなにあわてないで。ちょっとこのアンケートを読んでみてくれるかな。私がアドバイザーをしているある健保組合では、リセット禁煙のマンガ冊子を出産家庭に配布しているんだよ。そうしたら、ある禁煙中のママさんが回答を送ってくださったんだ。皆さんの感想を教えてください今回、赤ちゃんがタバコの煙のない環境で育つことを願って、タバコに関するリーフレットとマンガを送らせていただきました。私たちにとって、皆さんからの「読んでよかった」「ためになった」という言葉ほど元気づけられることはありません。リーフレットやマンガをご覧になって、よかったこと、特に印象に残ったことをぜひ教えてください。☆読んでよかったこと、特に印象に残ったことなどを自由に書いてください☆27歳現在禁煙中体の依存と心の依存。私も元喫煙者なので1ページごとに「オォー!!」と納得しながら読みました。長男が1歳7か月になり、娘も生まれて、この頃一息つきたい時に、ふとタバコを思い出すことがあり、「もしかしたらまた愛煙家!?」なぁーんて思っていたところでした。でも真から理解することができ、もう喫煙の道に戻ることはないです。かわいい子どものために、おいしい空気を吸わせてあげたいですAさんえ、なんですかこれ?この人は喫煙者に戻りそうだったのですよね。それなのに、『でも真から理解することができ、もう喫煙の道に戻ることはないです』ですって。いったい何が書いてあるんですか?先生それは、これからのお楽しみさ

普通の禁煙支援が空回りするわけリセット禁煙が開発されるまでは、すでに禁煙を始めた人に対しては、ほとんど、ほめる・励ます・禁煙してよかったことを確認する、以外の支援方法はありませんでした。もちろん、禁煙を始めて、「素晴らしいね」「頑張ってね」と声をかけ、禁煙してよかったこと、健康のこと、お金のことなどを確認することは大切です。しかし再喫煙の原因は必ずしもそこにはありません。そもそも、禁煙支援をする時に、保健スタッフはタバコの害を真っ先に強調します。ガンになるよ、肌や美容に悪いよ、病気や奇形の子どもが生まれるよ、お金がもったいないよ、といった内容ですね。そして、その裏返しとして、禁煙のメリットを話します。健康になるよ、肌がきれいになるよ、お金がたまるよ、という話です。ところが、そんなことは(保健師さんほどは詳しくないかもしれませんが)喫煙者なら誰でも重々わかっているのです。喫煙者がタバコを吸う理由は別にあります。それは、「タバコのメリット」と「禁煙のデメリット」です。「タバコのメリット」とは、タバコを吸うとホッとするな、とか、食後の1本は格別だなあ、といった気持ちです。それに対して「禁煙のデメリット」のほうは、禁煙するとストレスまみれで大変なことになる、とか、もし禁煙してしまったらきっと何の楽しみもない味気のない日々が待っている、というような気持ちです。それで、保健スタッフがする害と健康の話と、喫煙者の気持ちはすれ違ってしまうのです。ストレスの話が話題にのぼることがあったとしても、結局「ストレスと健康とどっちが大切なの」というようなやり取りになったり、「でも実際に禁煙してみたら本当によかったですよ」という体験談の紹介になったりします。しかしこうした話だけでは、喫煙者の気持ちにはなかなか届きません。なぜなら、何の気づきも生まれないからです。それで結局、喫煙者はうわべだけの賛成をすることになります。「わかった、わかった。でも、吸ったことのないやつに何がわかる……」。あるいは、「わかった、わかった。でも、それは、うまくいった人の話でしょ。自分の場合は……」という具合ですね。今の段階では、すでに禁煙を始めている人にどんな話をしたら助けになるのか、思い浮かばなくても心配ありません。きっと本書を読み進むうちに、いろいろ思い当たることが出てくると思います。

「1本だけのつもりが……」さて、それでは次に、新しくお母さんになったばかりのB子さんを紹介しましょう。彼女は妊娠をきっかけに禁煙を始

め、出産後も順調に続いていたのですが、タバコを吸うママ友の、「そろそろいいんじゃない」の一言で吸ってしまい、元の喫煙者に戻ってしまいました。彼女の話を聞いてみましょう。B子さん「本当にバカなことをしてしまったと後悔しています。禁煙していた時には、なんともなかった時もあるのです。なんだか他人の煙もイヤな感じで、吸わずにいてもなんともなくて、本当にやめられたんだ、と嬉しかったんです。あの時も、もう大丈夫だからと思って、本当に1本だけのつもりで、すすめられるまま軽く受け取ってしまったのです。煙はまずかったです。でもその後、ずるずる増えてしまって……。結局意志が弱いんです」B子さんは、1本だけのつもりでした。が、ずるずる増えてしまったことで、自分は意志が弱いのだ、と結論しています。確かに、1本だけという自分に対する約束が守れなかったわけなので、意志が弱いということになるように思えます。しかし、ここにこそ、タバコ、いや依存症をめぐる大きな誤解が潜んでいるのです。例えば、わかりやすい例としてアルコール依存症を考えてみましょう。ご存知の人もあるかと思いますが、アルコール依存症になると、もはや「節酒」はできません。「断酒」しかありません。どういうことかわかりますか?もともとは、ほどほどのところで酒を切り上げることができていた人も、繰り返し、繰り返し飲み続けているうちに、だんだんそれがあやしくなってきます。次の日に大事な仕事があるとわかっていても、「あと1杯だけ」などと飲み続けてしまったりするようになるのです。そして、アルコール依存の段階になると、いったん飲みだしたら最後、もはや自分の力ではやめられなくなってしまいます。典型的な例として、私の患者さんに5年間断酒していた人があります。その5年間の間に、仕事にも復帰でき、娘さんの結婚も決まったといいます。きっと、「お父さん、お酒やめたんだね」、ということだったのでしょう。ところが、その娘の結婚式の日に、「今日くらいいいだろう」と1杯だけのつもりで飲んだ。そしたら、もう毎日に戻ってしまった、というのです。「止まらない回路」は一生消えないこれが、世間の人からあまり理解されていない「依存症」の大事な特徴の一つです。脳からみると、繰り返し薬物を摂取している間に、薬物(アルコール)を摂取すると、次から次へと欲求が生まれ止まらなくなる回路が新しくできてしまったと考えられています。脳内報酬系と呼ばれる神経回路が中心となっていることがわかっていますが、序章で紹介した、「島」も回路の通り道になっているのかもしれません。そして、この次から次へと欲求の湧いてくるグルグル回りの「止まらない回路」は、いったんできると一生消えないようなのです。ネズミによる実験でも、一生続く神経の変化が認められています。これはちょうど自転車の練習と同じと考えることもできるでしょう。例えば、子どものころに繰り返し練習して、いったん自転車に乗れるようになれば、どれだけ長い間自転車に乗っていなくても、年をとってからでも自転車に乗れますね。これを長期記憶と呼び、繰り返しの練習で脳に自転車の運転の回路ができるとわかったのです。海馬と呼ばれる場所です。自転車に乗れるようになった人は、自転車で転ぼうとしても自然にハンドルを動かしてしまいますね。この長期記憶と同じように、依存症の場合も、いったん回路ができてしまうと、止まらなくなってしまうようなのです。ちなみにアルコールの場合、生まれつきこの回路ができかけている人があることとがわかっています。皆さんの身近に、「あの人にお酒を飲ませる時は注意しろよ、どんどん飲んでつぶれるまで飲んでしまうから」というような人はありませんか?若くて飲酒経験の乏しい人の中にも、飲み始めるとどんどん飲んでしまって記憶がなくなるまで飲んでしまうという人があります。案外楽しいお酒だったりするのですが、この人たちは生まれつき、ほどほどのところで切り上げることができません。

そのため、依存症に非常になりやすいと考えられています。例えばSMAPの草剛さんが、夜中に裸で公園で叫び声をあげていて警察に保護されたことがありました。彼にはその時の記憶がなかったと伝えられています。こういう体験をブラックアウトと呼びますが、依存症になりやすさの重要な目安と考えられています。国立病院機構久里浜医療センター院長の樋口先生は新聞紙上で、草さんに断酒をすすめるコメントをしています。1本でも吸うと、次々と自動的に吸いたくなるさて、タバコの話に戻りましょう。個人差はあるにせよ、アルコールが比較的長い年月をかけてこのグルグルの「止まらない回路」が完成するのに対し、タバコの場合は非常に早く完成すると考えられます。普通に毎日吸っていた経験がある人なら、確実にこの回路はできていると考えて間違いないでしょう。そして、禁煙を始めてから何年たっても、もう自分ではなんともなくなっていても(ちょうどB子さんのようにですね)、この回路自体は残っているのです。B子さんは、「禁煙していた時には、なんともなかった時もあるのです。なんだか他人の煙もイヤな感じで、吸わずにいてもなんともなくて、本当にやめられたんだ、と嬉しかったんです」と書いていました。ですのでまだ夢のような話ですが、私はB子さんが禁煙していた間に、彼女に自分の脳の様子を、グルグル回路のできている様子を、ちょうどレントゲンやCTのフィルムを見るように、何らかの画像診断で、見せてあげることができていたらなあ、と思うのです。

もちろん、現時点ではそんなことはできません。しかし、もし自分の脳に、1本でも吸うと次々と自動的に吸いたくなる回路ができているとはっきり見ることができたら、きっと油断しないと思うのです。つまり、私が言いたいことは、B子さんは意志が弱かったというよりも、油断していただけ。そして、なぜ油断してしまったかといえば、それは、グルグル回路が残っていることを知らなかったからだと思うのです。それが証拠に、彼女は吸わずにいたころを、「なんともなかった」「やめられて嬉しかった」と回想していますよね。別にタバコなしでも平気、いやむしろ幸せだったわけです。もちろん後悔先に立たずの言葉どおり、今さらそんなことを考えても仕方ないのですが、そうはいっても、この次には今回の経験と学んだことを活かしていけばよいわけです。B子さん、わかった?B子さんグルグルの「止まらない回路」が残っていたなんて、考えてもみませんでした。先生そうなんだよね。さすがに年配の人で何度も「1本だけ」で失敗している人は、用心するようになるんだけど、若い人の場合はどうしても油断してしまうよね。B子さん付き合いが悪いかなと思って、本当に1本だけのつもりだったんですよ。先生そうなんだよね。まあ、私から見ると、B子さんは、普通の優しい付き合いの良い女の人に見えるよね。まあもともとタバコを吸う人には付き合いの良い人が多いかもしれないよね。でもいくら付き合いが良くても、グルグル回路が残っているとわかっていたら、断るでしょ。B子さんもちろんです。せっかくうまくいきかけていたんだし。でも先生、今のところ私は毎日吸ってしまっているん

です。それはどうしたらいいですか。先生早いとこなんとかしたいのですね。だとしたら、急がば回れ。焦りは禁物。そんなにあわてないで、順番に頭を整理していきましょう。結局そのほうが早道ですから。「あなたは、自分の意志でタバコを吸うのですか?」B子さんもそうであるように「本当は禁煙したいのに吸ってしまう」という状態は、実に惨めな気持ちがするものです。それで、たいていの人はそのつらさを心の奥底に隠して、包帯でグルグル巻きにして、なるべく考えないようにしています。あるいはタバコの害から目を背け、たいしたことはないと考えるように努めて、決して一歩を踏み出そうとはしないのです。その意味で、この本を読んでいる人は本当に勇気がある人だと思います。安心してください。この本では、そのグルグル巻きの包帯をほどくようなことはしません。個人的な話や経験についての考察は、必ずしも禁煙に必要ではないのです。実際私の外来では、その人の過去の経験や、現在の悩みについて根掘り葉掘り尋ねたりすることはありません。では、どんなことを考えていくのか、というと、例えばこんな質問です。「あなたは、自分の意志でタバコを吸うのですか?」いかがでしょう。一見するとそうですよね。誰もあなたにタバコを吸うように強制はしていません。子どもから見れば、自分でタバコを取り出し火をつけて、自分の意志で吸っているように見えます。実際、自分の意志で吸っているという喫煙者もいます。ただそういう人でも、「それでは、毎日吸おうと決めた覚えはありますか?」と尋ねられたとしたらどうでしょう?きっと、「うーん、それはありません」と答える人がほとんどでしょう。そして、たいていは、「なんだか吸いたくなってくるんだよ」とか、「習慣になっている」というあたりに落ち着きます。タバコは習慣?さて、そこで、たいていの喫煙者は、タバコが習慣になっていると考えています。確かに本数の多い人はなんとなく習慣で吸っている部分もあるでしょう。しかし、タバコには習慣とは違う大きな特徴があるのです。そしてリセット禁煙のスタートは、タバコと習慣の違いをはっきりさせることからです。どこが違うか、わかりますか?例えば、あなたは箸で食べる習慣ですよね。ラーメンが出てくると自然に箸に手がのびる。ところが仮に、箸で食べると指が腐って最後にはガンになるかもしれないとわかったとしましょう。そうしたら家の人が心配して、箸を全部捨ててしまいました。そしてフォークが置いてあります。さてそこへラーメンが出てきました。思わず「くせ」が出て、箸があった場所に手がのびるあなた。ところがそこにはフォークがあると気づきますね。そしたらあなたはフォークで食べると思うのです。ところがタバコの場合はどうでしょうか。というか、タバコは本当にガンになるかもしれないのです。それで、家の人が心配して家中のタバコを捨ててしまい、代わりにポッキーを入れておきました。さて、何かの拍子にタバコに手がのびるあなた。すると、ポッキーが入っているのです。その後どうなるでしょう。もちろんポッキーも食べるかもしれません。しかし、結局タバコを買いに行きたくなりませんか?そこにタバコと習慣との違いが出てきているのですが、何か気がつきませんか?タバコを買いに行っている時、どんなことを考えているでしょうか。「ポッキーじゃダメなんだ。タバコじゃないと。タバコが吸いたいんだ」というようなことですよね。つまりタバコに対する「欲求」が出てきているのです。そこが習慣との違いです。つまり、〈タバコ〉=〈くせ+欲求〉といえるでしょう。そしてこの〈くせ+欲求〉は、非常にしつこく繰り返し出てくるので、あたかも習慣のように見えるのです。ということは、仮にこの「くせ」が顔を出したとしても、「欲求」さえ出てこないようにできたら、禁煙はとても簡単ということになりませんか?

問題はそんなことができるのか、ということですが、もし本当に「欲求」を消すことができたら、せめて「くせ」が出たとしても「欲求」を弱めることができたら、禁煙はずっと楽になるはずです。そしてそれをやろう、というのがリセット禁煙なのです。努力型禁煙の苦悩B子さん「吸いたくなる気持ち」をなくせばいいことは、理屈ではわかります。でもそんなことができるのですか?先生できれば苦労しないよ、という感じだよね。でも心配しなくてもいい。他のスモーカーも皆同じ気持ちになるから。だけど、さしあたり、B子さんならどうするかい?B子さんそんなこと言われても困ります。とにかくやってみるしかないんじゃないですか。先生そうだよね。そうなっちゃうよね。実際、これまでの禁煙ではどの人も、苦しくても頑張るしかない、という気持ちで始めてるんだ。B子さんわかります。だから、禁煙なんてイヤなんです。あなたの身近にも禁煙中の人がいるかもしれません。その人はいつもガムをかんでいたり、氷をなめていたり、何かといっては走りに出たり、軽い体操とかしているかもしれません。あるいはカレンダーに印をつけて今日で何日とか、タバコ貯金として1日400円ずつためているかも。そういう方法や工夫はもちろん役に立ち、励みにもなります。だから大いにこうした工夫をしてほしいのですが、とはいえ「吸いたい気持ち」を意志の力だけで我慢して禁煙しようとすると、こういう毎日が待っていることは容易に想像できますね。あなたが禁煙になかなか踏み切れないのは、こうした努力を続けることを思い浮かべると気が重くなってしまうからでしょう。あるいは過去に実際にそういう経験をしたことがあるのかもしれません。さらに悪いことに、禁煙できるかどうかは本人次第、運次第、苦労が報われるかどうかはぜんぜん保証がないのです。そんなことならと、禁煙を先延ばししたくなるのもよくわかります。さて、ここでもう一度よく考えてみましょう。自分の最終的な目標を、再度確認しなおすのです。あなたがタバコを吸うわけは、自分の意志でもなく、習慣でもないのでしたね。理由はともかく、心の中に「吸いたい気持ち」が発生してくる。そのせいでした。だから、この気持ちが起こらないようにしたいのです。決して毎日我慢する日々が送りたいのではないのです。努力型だと、何年たってもまた吸いたくなる私は「元喫煙者」とタバコについて話をする時、尋ねたくなる質問があります。それは表面的ではなく、少し深い質問

なのですが、「もう、一生、二度とタバコを吸うことはないと思いますか」という質問です。実はこの質問はとても意地の悪い質問です。というのは「元喫煙者」の大部分が、努力して禁煙している人たちだからです。そして、努力型で禁煙した人は、正直な人ほど返答に詰まってしまいます。つまり、もう一生吸うことはない、と言い切ることができず、「たぶん」とか、「一生と言われるとなあ……」という返事になります。そして、実際、5年も10年も1本たりともタバコを吸わなかった人が、また吸い始めてしまったりするのです。これはどうしてなのでしょう。実は、禁煙成功の定義は、禁煙支援の専門医の間でも定まっていません。例えば、何年間タバコを吸わなければ禁煙に成功したといってよいのか、結論が出ていません。確かに数か月から1年程度の間にほとんどの人が再喫煙をしてしまうので、一応1年が一つの目安になってはいます。しかし、ニコチンテープを使用して禁煙した人を8年間追跡したところ、禁煙を続けていたのはわずか5%という論文報告すらあるのです。こんなことをいうと、ほとんどの人が、気が遠くなるような気分になるでしょう。「前回は、3日でダメだった」という人はもちろん、「前回は半年もったんだが」という人も、思わず黙り込んでしまいます。いや、期間の問題ではないはずだ、と気づいた人もあるはずです。そう、期間の問題ではありません。例えば「他人のタバコがイヤになった時」というのはどうでしょう。他人が吸っているのを見てうらやましくなるようでは、いつ何時、誘惑に負けて吸い始めてしまうかもしれませんね。しかし、スモーカーだった時でも、他人のタバコがイヤになった時はないですか?風邪を引いて体調が悪い時、狭い喫煙室で、多人数で吸っている時、など自分が吸っていることは棚にあげ、煙いなあ、と思った人も多いのではないでしょうか。「タバコのことを思い出さなくなった時」、これももっともに聞こえます。しかしこの先ずっと思い出さないと、いつわかるようになるのでしょう。そんなことは誰にもわからないわけです。リセット禁煙法ではこうなります。本章の冒頭で紹介したお母さんからのお便りを思い出してください。「真から理解することができ、もう喫煙の道に戻ることはない」と言い切ってありましたね。彼女には、読んだその時その場でわかったのです。もう一生、二度とタバコを吸う要求も必要もないことが。だから、「もう喫煙の道に戻ることはない」と断言できたのです。「吸いたい気持ち」の消し方は誰も教えてくれない!私もかつて、リセット禁煙法にたどり着いていなかったころは、禁煙しようかどうしようかと迷う人を、励ましながら禁煙の決心をさせていました。当時の私が好んで使っていたフレーズには、こんなものがあります。「禁煙は一度でできる人など、珍しいですよ。たいてい、5回か6回は失敗しています。でも、何度もやるごとに、成功

率が上がるのですよ」そう言うと、自分は意志が弱いから禁煙などできない、とあきらめていた人の中には、「またやろうか」と気力を奮い起こす人が出てきます。そして、こう続けるのが常でした。「禁煙は意志が強いか弱いかは関係ありません。要は勇気の問題です。自転車の練習と一緒。また転ぶかなと尻ごみするのでなく、再挑戦してください。タバコなしの生活がだんだん上手になりますから」そして、「さ、私がタバコを預かりましょう」と手を出すのです。「ニコチンテープと交換しましょう」と言うこともありました。そうすると、中には、やってみようとタバコを差し出す人が出てきます。同じタバコを手放すにしても、リセット型と努力型とでは、心情が全く異なることがわかります。努力型では、今度はうまくいくかなと成功を祈って禁煙を始めるのです。そして、毎日毎日、我慢を続け、そのうち「吸いたい気持ち」が湧いてこなくなるのを願うのです。そう、努力型禁煙では、いろいろ努力や工夫を続けつつ、時が解決してくれるのを待つのです。例えば、ここに船が1隻あって、あなたが乗っていると想像してみてください。その船はまだ新しいのですが、気がつかないうちに、底のほうに小さな穴があいてしまったとします。そこから水が少しずつ漏れてきます。水に気づいたあなたは、とりあえず手のひらかバケツか何かで水をかい出そうとしますね。それが、ちょうど意志の力で禁煙しようとしている状態です。かい出しても、かい出しても、穴はそのままですから、水が漏れてくる。というわけです。この船をどうやって助けますか?もちろん答えは穴をふさぐ、ですね。一度、陸にあがって、穴を探し、修理してさえしまえばもう苦労する必要はないのですから。ところが不思議なことに、問題がタバコとなると、そのことは誰も思いつきません。禁煙しようとすると、どの人もこういう状況に陥るのです。しかも悪いことに、禁煙ガイドブックを読んでも、禁煙の専門医に相談しても、穴のふさぎ方を教えてくれる人はめったにありません。ただ頑張って水をかい出しなさい。そうすればいつかは禁煙できますよ、と励まされることがほとんどなのです。確かにパッチをはったり薬を飲むことで穴は小さくなるかもしれません。でも、小さくはなっても、やはり穴は残っているのです。しかし、もう、あなたは穴に気づきましたね。そしてこの穴を修理したいと思っていますね。成功への大切な第一歩です。特にもしあなたが現在、薬やパッチを使って禁煙している最中なのだとしたら、穴が小さくなっている今のうちに、急いでこの本を読み、しっかり穴をふさいでしまいましょう。

「質問の力」を利用するリセット禁煙を開発していたころ、私は忙しい外来診療の合間をぬって禁煙支援をしていました。外来ではじっくり話し込む余裕はありません。一方入院患者さんとは、ある程度時間をとって話すことができます。そんな二つの経験を通して、質問をなげかけて、実際に考えてもらうことにはものすごい力がある、と気づきました。アインシュタインは、「難しい問題を短い時間で解かなければならないとしたらどうやって解決しますか?」と尋ねられた時、こう答えたと聞いています。「使える時間のうち9割を使って正しい質問を考え、残りの1割でそれを解く」行動を変えるきっかけについても、きっと同じことがいえるのかもしれません。100の説明よりも、一つの的を射た質問のほうが人を変える力があるのです。以下は拙著『リセット禁煙のすすめ』(東京六法出版株式会社)からの引用ですが、例えば、あなたの父親がスモーカーだったとしてみましょう。彼にタバコをやめてもらいたいとして、どう説得しますか。考えてみてください。あなたガンになるよ、心臓に悪いよ。父俺の体なんだ。好きにさせてくれ。あなたでも、めんどうを見るほうの身にもなってよ。父お前のめんどうにはならんよ。金もためてあるし、心配せんでいい。あなた周りの害も考えて。家には赤ちゃんもいるんだし。父うるさいな、家の外で吸えばいいんだろ。というような会話が展開されることでしょう。ああ言えばこう言う、というパターンです。こうなるとなかなか、収拾がつきません。そんな時、こんな質問はどうでしょうか。「お父さんは、定年後はどうやって過ごしたいですか」仮に、そんなことは知らん、と怒鳴る雷オヤジだったとしても、心の中では、思わず反応が起きているはずです。例えば、「そうだな、母さんにもめんどうかけたし、定年後はゆっくり温泉旅行でも行きたいな。そうだ、新婚旅行に行った九州なんかどうだろう」というような。そうなると自然に、「タバコをずっと吸っていると、体を壊して、旅行どころではなくなるかもしれんな」とタバコに注意が向いてくるかもしれません。このように、質問には良くも悪くも、人の意識の焦点を特定の方向に向けるという、無限の力があるのです。動機づけ面接法などの心理療法やコーチングでも、この質問の力をフルに利用しています。というわけで、私がこの本の中で皆さんに問いかける質問は、こうした効果を計算して、考え抜き、選び抜いたものです。ですから、この先、出てくる質問にはそのつもりで注意を払って、実際にしばらく間をとって、考えてみるようにしてみましょう。「くせ」は、どこからきたのか?それでは早速、質問を三つ出してみます。後から見返す必要があるので、答えは、実際に、書き留めてみるのがよいと思います。タバコはあなたに何を与えてくれますか?(何のためにタバコ代を払っているのですか?)あなたは5年後、どんな生活を送っていたいですか。タバコを吸い続けているとどうなりますか。B子さん早速ですけど、次の質問は何ですか?先生もう次の質問かい?B子さんさっきの3つの質問の答えはもう書きましたよ。先生そうかそうか。じゃあそれは後で見直すことになるから、今は先に進もう。タバコと習慣の違いの話を覚えているかい?

B子さんはい。タバコは〈くせ+欲求〉でしたね。単なる「くせ」や「習慣」ではなく、欲求が出てくるところが習慣と違うと。先生そう、よく覚えているね。では、このタバコの「くせ」というのは、例えば水族館のイルカがジャンプして輪をくぐったりするのと似ているところがあるんだけれど、わかるかい?もともとイルカにはジャンプして輪をくぐる習性はありません。しかし、訓練をすれば見事に輪くぐりをするようになります。イルカは哺乳類で頭がいいから、と思われた人もあるかもしれません。しかしそれだけではないのです。というのは、もっと原始的な魚類である金魚でも、ジャンプをするようになるからです。どうやって金魚に輪くぐりを教えるか、説明しましょう。まず試しに、輪っかのついた棒を金魚のいる水槽に入れてみると、金魚は怖がって寄りつこうともしません。そこで、竹ひごの先端に市販のエサをはさんだ特製の餌付け棒を使います。この餌付け棒を水槽に静かに沈めると……金魚はエサにつられて、おっ、くぐった!これを何回も何回も繰り返します。つまり、金魚には輪っかをくぐった時だけご褒美のエサを与えます。そして、輪っかを徐々に水面近くに上げていくと、だんだんジャンプするようになるのです。2週間も訓練すれば、もはや、エサでつらなくても輪っかを沈めるだけでくぐります。そして、輪っかを水面近くまで上げていくと、ヨイショ!ジャンプしてなんとか輪っかの上に乗りあげ、横ばいになりながらも輪っかをくぐりました。イルカのように見事にジャンプとはいかないまでも、横ばいになりながら一生懸命輪っかを乗り越えるようになるのです。この繰り返し学習した記憶は、金魚が死ぬまで完全に消えることはないと考えられています。ですから一度輪っかをくぐることを覚えた金魚は、訓練をやめていても、再び輪っかとエサを差し出せば、すぐ思い出すことができます。そう、回路ができているわけです。ちょうどいろいろな場面で、タバコを吸っておいしかったという経験を重ねた喫煙者にとって、その記憶が一生なくならないのと同じことです。

 

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