第四章アニュトスとの対話ソクラテスさあ、それではあなたに、アニュトス、われわれの探究の手助けをしてほしい。
わたしと、あなたのお客様のメノンといっしょに、この徳ということがらに関して、教師になりうるのはどういう人かという問題をね。
この件をこのように考えていこう。
もしもかりにわれわれがメノンを優れた医者にしたいのなら、われわれはかれをどんな教師のところに送り込むだろう?医者のところに送るのではないだろうか?アニュトスうん、そのとおり。
ソクラテスまた、優れた靴職人にしたいのなら、靴職人のもとに送り込むだろうね?アニュトスそう。
ソクラテス他のいろいろな専門でも、おなじことだね?アニュトスそう、そのとおりだ。
ソクラテスそれではもういちどおなじ問題について、今度はこの点を答えてくれないか。
メノンを医者にしたいとき、かれを医者のもとに送り込むならうまくいくと、われわれは言っている。
われわれがこう言うのは、つまりだ、メノンをこの[医者という]人々のもとへ送り込むなら、すなわちその技術に詳しいと自称する人々のもとへ、また自分のもとに学びに来る者たちの教師であるとみずからが宣言した上で、その仕事で報酬を得ている人々のもとへ送り込むなら、そう宣言しない人のところに送るよりは、道理がわかっていることだろうという、そんなつもりで言っているのだろうね?こうした点を考慮したなら、われわれは適切にかれを送り込むことができるのだろうね?アニュトスうん、そうだ。
ソクラテス笛吹きの技術や他の技術でも、これはおなじことになるだろうね?だれか或る人を笛吹きにしようと思うとき、技術を教えてくれる約束をして報酬ももらうという相手のもとにその人を送り込もうとせずに、また教師であるとみずから言ってもいないし、いま問題にしている習いごとの──これを、その人のもとで学ばせたいと思っているのだが──弟子などひとりもいないような人たちのところに送り込んで、かれらにやっかいごとを背負わせるなら、それこそ、たいへんおろかなことだろう。
これはまったく道理に反したことだと、あなたには思えないだろうか?アニュトスうん、もちろんわたしもそう思うとも。
それどころか、そんなのはほんとうに阿呆だな。
ソクラテスそう、まさにそのとおりだ。
そうすると、やっぱりあなたにはこの客人のメノンに関してわたしの相談にいっしょに乗っていただけるというわけだ。
というのもメノンは、アニュトス、先ほどからわたしに対して、人々が家庭と国家を立派に治め自分の親に仕え、優れた人間にまさにふさわしいやりかたで自国とよその国の客の送迎をわきまえておこなうことができる「知恵」と「徳」を求めていると言っているからね。
それではこの徳に関しては、われわれがかれをいったいだれのもとに送り込むのが正しいということになるか、考えてほしい。
それとも、いまの議論に従えば、徳を教える教師であることをみずから公言し、学びたいと思うギリシャ人ならだれにでもあまねく教えることが自分たちこそできると宣言して、その報酬を定めた上で請求してくるような人々のもとへ送り込むべきなのは、明らかだろうか?アニュトスうん?そう言うのはいったい何者のことだね、ソクラテス?ソクラテス人々に「ソフィスト(68)」と呼ばれている者であることは、あなたもご存じではないだろうか?アニュトス何てことを言いだすんだ!口を慎みたまえ、ソクラテス。
わたしに縁のある者なら、アテネの町にいる者にせよ外国の者にせよ、親族や友人のだれひとりにも、狂気に取り憑かれてしまって、すすんでソフィストの連中のもとに行ったあげく害毒を浴びてしまうといったことにならないよう、願いたいものだ。
あの連中こそ、明らかに交際する相手に危害を加え、相手を堕落させる(69)ものにほかならないのだから。
ソクラテスそれはどういう意味だい、アニュトス?そうすると、自分は世のため人のためになることを心得ていると申し立てる人々のうち、ソフィストだけは他の人々とまるでちがっていて、何であれだれであれ、自分に委ねられた人やもののためになることを他の人のようにはしてあげないどころか、逆にその相手を「堕落」までさせてしまうのかね?その上かれらは、そのことの見返りに謝金を公然と要求するというのだろうか?わたしにはあなたのことばを信じることが、とうていできないよ。
というのもわたしは、たったひとりであのプロタゴラス(70)が、まさにこの知恵によって、あんなにも飛び抜けて美しい作品を彫ったペイディアス(71)と他の一〇人の彫刻家を合わせたよりも、さらに多くの金銭を獲得した(72)ことを知っているからね。
古くなった履き物を修繕したり衣服を仕立て直す人間が、その履き物や衣服を受け取ったときよりひどい状態にして返すなら、一ヶ月、つまりわずか三〇日の短い間だって人の目にばれないということはないだろう。
そんなことをしてしまったなら、その人間はすぐに飢え死にしてしまうはずだ。
なのにプロタゴラスだけは、かれとつきあう人々を堕落させて、自分の元へ引き受けたときよりひどい状態へと劣化させておきながら、そのことが四〇年以上もの長い間、ギリシャ全土の目にとまらなかったとでもいうのかね!もしそんなことがあったと言うのなら、それこそ驚くべきことだ。
じじつ、プロタゴラスが最近死んだときあの人は七〇歳近くになっていたが、かれはそれまでソフィストの技術を四〇年間使っていたと思う。
そしてこの間ずっと、今日のこの日に至るまでもなお、その名声はいっさい消えるということがないのだ。
プロタゴラスだけではないよ。
かれ以前に生まれた人も今なお生きている人も、かなりたくさんのソフィストがいる(73)。
それならあなたの話では、これらの人々は自分でそのことを知りながら、故意に若者をだまし、かれらに危害を加えたのだろうか。
それとも自分自身でも、自分がそんなことをしているとは気づかずにやってしまったのだろうか?そうしてわれわれは、かれらこそ人間のうちでもっとも知恵があり賢いと言われることだってあるあの人々が、これほどまでに正気をなくしていると判定したものだろうか?アニュトスソフィストが正気をなくしているだなんて、とんでもない、ソクラテス!ソフィストに謝金を払う若者のほうがはるかにひどく「正気をなくしている」のだし、若者をソフィストにゆだねる身内の大人たちは、さらにもっと正気をなくしている。
いや、あらゆるもののうちで断然もっともひどい狂気に陥っているのは、外国の者がそのようなことを企てるのであれ自国の者が企てるのであれ、そうした際にソフィストに入国を許してしまって(74)、国外に追放しない国々なのだ。
ソクラテスいったい、アニュトス、ソフィストのだれかが、あなたに何か不正な悪事を働きでもしたのかい?そうでなければ、なぜあなたはそこまでかれらに腹を立てるのだ?アニュトスいや、神に誓って、わたしはあの連中のだれともつきあったことなどないし、わたしに縁のある他のだれにも、かれらとのつきあいを許すようなこともないよ。
ソクラテスそうすると、あなたはあの人々とはまったく知り合いではないのだね?
アニュトスそうさ。
それに知り合いになど、なりたくもないものだ。
ソクラテス困った人だな。
それならあなたは、自分が未経験で知らないことがらについて、よいものを含んでいるのか、あるいは悪いものを含んでいるのか、どうして知ることができるのかね?アニュトスそんなの簡単だ。
わたしはかれらが何者か、知っているからだよ。
およそかれらと知り合いだろうが、そうでなかろうがね。
ソクラテスおそらくあなたは、予言や占いでもやる人なのだろう、アニュトス。
あなた自身が言っていることから考えると、それ以外どういうふうにあなたがあの人々について「知る」ことができるのか、わたしは途方にくれるばかりだ。
それはともあれわれわれは、メノンがそこに送り込まれたとき悪人になるような人々はだれか──あなたがお望みなら、それはソフィストであるとしておいてもいいけれど──そんな人を探しているのではない。
もともと問題にしていた、そこでなら徳が身につくような人々を、われわれに言ってほしい。
そして、あなたの父祖からの友人であるこのメノン(75)に親切にしてあげてほしい。
かれがこれだけ大きなアテネの国の中でだれのもとに送り込まれたなら、さっきわたしが解説したような徳(76)の点で語るに足るだけの立派な人物になれるか、かれに示してほしいのだ。
アニュトスそれにしても、あなたのほうではなぜ、メノンにそのような人間を教えてあげなかったのかね?ソクラテスいや、教えたさ。
わたしは、自分がそうしたことを教える教師だと思うソフィストの人々の名をあげて、答えたのだ。
しかしあなたが言うには、これは意味のない答であるわけだ。
そしてあなたが言うことにも、おそらく一理あるのだろう。
今度はあなたの番なので、だれのもとにメノンは向かうべきか、あなたがかれに答えてほしい。
この人はと考えるアテネ市民の名を答えてくれ。
アニュトスしかし、なぜメノンはわたしから、ただひとりの市民の名前だけを聞くべきなのかね?この上なく立派で優れた(77)アテネ人なら、メノンがだれと出会おうと、どの人も例外なく、その人の言うことを聞こうとしさえすれば、ソフィストなどよりは、かれを立派な人物にしてくれることだろうさ。
ソクラテスだが、その「この上なく立派で優れた人々」は、おのずとひとりでにそうした立派な人になったのだろうか?だれのもとでも学ばなかったのに、自分では学んだわけではないようなことがらを、他の人々に教えることができるのだろうか?アニュトスわたしはそういう方々もまた、この上なく立派で優れた先人たちのもとから学んだのだと思う。
あるいはあなたには、このわが国には多くの非常に立派な人格者がこれまでに生まれてきたというふうには、思えないかね?ソクラテスいや、むろんわたしはそう思うよ、アニュトス。
ここアテネには、現時点で政治のことがらに関して優れた人々がいるとわたしは思っているし、現在に劣らず、過去にもそういう人々がいたとも思っている。
しかしそのかれらが、自分自身の徳を教える優れた教師にもなったということは、ないのではないか?──これが、われわれが議論で主題にしていることなのだ。
ここアテネに優れた人がいるかいないかではなく、また、かつてそういう人がいたかどうかでもなくて、徳は教えられるものかどうかということを、先ほどからわれわれは考えているのだ。
また、この問いの考察をするとき、われわれは次のような問い方をしている。
──現在の優れた人々にせよかつての優れた人々にせよ、かれらは、自分がもっていてその点で優れていたような徳を他の人に伝えるすべを、知っていたのだろうか。
あるいはそうではなく、これは、人間によって「伝えられるもの」ではなく、或る人が「別のだれかから受け継ぐようなもの」でもないのだろうか?これが、さっきからずっとわたしとメノンが探究している問題なのだ。
*ソクラテスそれではこれから、あなたの言うところに基づいて考察しよう(78)。
あなたはテミストクレス(79)が優れた人物であったとは、言わないのだろうか?アニュトスいや、もちろんそう言う。
かれこそ万人のなかでもとりわけ優れている、ともね。
ソクラテスそれではあなたは、テミストクレスがもっていた徳を教えることができる教師がだれかいたとしたら、本人こそその徳の優れた教師でもあっただろう、と言うのではないかね?アニュトスうん、かれがその気になりさえすれば、立派な教師になったとわたしは思うよ。
ソクラテスしかしそれなら、あなたはテミストクレスが、他の人々にこの上なく立派で優れた者になってほしいと願わず、とりわけ自分の息子にそうなってほしいと願わなかったなんてことが、考えられるだろうか?それともテミストクレスは息子に教えることでけちってしまって、自分がその点で優れているような徳を、わざと、伝えなかったと思うのかね?あるいはあなたは、テミストクレスが息子のクレオファントスを、馬術の優れた騎士になるよう教育したという話を聞いていないだろうか?じじつクレオファントスは馬に直立の姿勢で乗りつづけることができ、馬上でその姿勢のまま槍を放り投げることができた。
かれはこの他にも、優れた教師たちに教えてもらう必要があるかぎりでは、父から教育を受けさせてもらい、「才能ある者」にしてもらって、数多くの驚くべき技を披露したものだ。
それとも、あなたはこういった話を年上の人たちから聞いていないかね?アニュトスいや、聞いている。
ソクラテスそうすると、この息子の生まれつきの素質が悪いというふうには、だれも言えないのだろうね?アニュトスたぶん、それは言えないだろう。
ソクラテスでは、この点はどうか?クレオファントスは、父テミストクレスがそうであったのとおなじ点で、優れていて知恵があったということを、あなたは、年少でも年長でもよいがだれかから、聞いたことがあるかね?アニュトスいいや、そのような話を聞いたことはぜんぜんない。
ソクラテスそれではわれわれは、先ほどのようないくつかの点ではテミストクレスは自分の息子を教育しようとしたが、自らが傑出して知恵があるまさにその知恵の点で、隣人たちより息子が優れた者になるよういっさい教育しようとしなかった──もしも徳が教えられるものであるとしたなら、そう考えるしかなくなってしまうが──と考えるのだろうか?アニュトス誓って、そんなことはないだろう。
ソクラテスしたがってこうして、先人たちの中でもっとも優れた人物のひとりであるとあなたも認めるテミストクレスは、徳の教師といっても、せいぜいこのようなありさまにすぎない。
では、他の人を検討してみよう。
リュシマコスの息子のアリステイデス(80)はどうだろうか。
あなたはアリステイデスが優れた人物であったと認めるね?アニュトスもちろん。
そう認めるとも。
ソクラテスこの人も[祖父と同名の]息子のリュシマコス(81)を、教師につくことができる範囲では、アテネ市民の中で最上の教育を与えた。
しかしアリステイデスは息子を、他のだれかより優れた者にしたと、あなたには思えるだろうか?というのも、あなたはたしかリュシマコスの知り合いだから、かれがどんな人かご存じだろうからね。
次に、もしよければ、堂々とした賢者の、あのペリクレス(82)をとりあげよう。
ペリクレスはパラロスとクサンティッポスというふたりの息子を育てた(83)ことを、あなたはご存じだろうね?アニュトスああ、知っている。
ソクラテスあなたもご存じのように、ペリクレスはこのふたりに、馬術に関してはアテネ市民のだれにも劣らない者になるよう教えた。
また音楽や体育競技や、技術に依存する他の分野でも、だれにも負けない者になるよう教育したのだ。
しかしそれなら、はたしてかれは息子たちを優れた人物にしたくなかったのか?いや、したかったのさ、わたしの意見ではね。
ペリクレスとしてはそうしようと欲したのだが、しかしそれは教えられないものだったということでは、ないのだろうか。
そして、この問題に関して、アテネ人の中でごく少数の人間が無力であるとか、もっとも取るに足らない人間だけが無力であるとあなたが考えないように、トゥキュディデス(84)のことも考えてもらいたい。
かれは、メレシアスとステファノスというふたりの息子を育て、この息子たちを他の面でも立派に教育したが、ふたりの息子はとりわけレスリングにおいて、アテネ人でもっとも上手になったことを、思い出してほしいね。
トゥキュディデスはひとりの息子をクサンティアスに習わせ、もうひとりをエウドロスにつけたから。
このふたりはたしか、当時の人々のうちでレスリングがもっとも上手であると評判の人だった。
あるいは、あなたはもう覚えていないだろうか?アニュトスうむ、うわさで聞いている。
ソクラテスそれでは、明らかにトゥキュディデスが、謝礼を支払って教えなければならなかったことなら自分の子どもたちには教えたが、お金を支払わないでもすむこと、つまり優れた人間にするということのほうを──かりにもしも徳が教えられるものであったとしたら、こういうことになるが──子どもたちに教えなかったのだろうか?まさか、そんなことはけっしてなかったのではないか?しかし、あるいはひょっとして、トゥキュディデスは取るに足らない男で、かれにはアテネ人と同盟国人の間にそんなに数多くの友人がいるわけではなかったのかな?──いやいや、そんなことはなかった。
もしも徳が教えられるものであったのなら、自分は国政の諸事に追われて暇がなかったにしても、かれは自分の息子たちを優れた人間にしてくれるようなだれかを、故国の人であれ他国の人であれ、見つけだせたはずなのだ。
そもそもかれは、そのようにできるほど立派な家柄だったのだし、また、自国でもギリシャの他の地域でも、そうできるくらいの大きな権勢を誇っていたのだ。
むしろ、親愛なるアニュトス、ようするにきっと徳は教えられないものなのではないだろうか。
アニュトスソクラテス、どうやらあなたは、平気で他人の悪口を言う人であるように思える。
もしわたしの言うことを聞くつもりがあるなら、わたしはあなたに、気をつけるよう、忠告したい。
たぶん他の国でも、人に親切にするよりも危害を加えるほうが容易だろうが、この国ではとくにそうなのだ。
そこのところは、あなたご自身も、よくよくご承知のことであるとは思うが。
68「知恵(ソフィア)のある専門家」の意味。
『プロタゴラス』では、「ソフィスト」を自称することを始めたプロタゴラスに対しソクラテスが問答をおこなう。
ソフィスト、とくにプロタゴラスへの当時の人々の反応については、『プロタゴラス』(309C–314C)を参照。
(本文に戻る)69メレトスがアニュトス、リュコンとともに裁判でソクラテスを告発した訴状でも、若者を「堕落させる(diaphtheirein)」という言い方を使った(『ソクラテスの弁明』24B)。
(本文に戻る)70トラキア地方の都市アブデラ生まれの最大のソフィスト。
前四六九~前三九九年のソクラテスより二〇歳ほど年長。
『プロタゴラス』の主要対話者。
(本文に戻る)71古代最大の彫刻家。
(本文に戻る)72ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』(9.52)が伝えるところでは、プロタゴラスは授業の報酬を請求した最初の人で、百ムナ(銀約百ポンド相当で、驚くほどの高額)を要求したとされる。
これは、『ソクラテスの弁明』(20B)でソクラテスがカリアスから聞いた話に出てくる無名ソフィストのエウエノスが要求した謝金五ムナの、二〇倍にあたる。
プラトン『プロタゴラス』(328B–C)では、額を高いとみなせば、聴講者は自分が値すると思う額を納めてよいともプロタゴラスが言ったとされる。
(本文に戻る)73この『メノン』の対話の設定年代は前四〇二年で、ヒッピアス、プロディコス、ゴルギアスは『ソクラテスの弁明』によれば、三年後の前三九九年のソクラテス裁判時点に存命。
(本文に戻る)74ソフィストはふつう町から町へと渡り歩いて教える。
したがって「外国の者」が多かった。
(本文に戻る)75メノンのアテネ訪問は政治的動機に基づくものであったと推測される。
両家の結びつきは有力者となったアニュトスの父の代からである。
(本文に戻る)76「そうすると、やっぱりあなたにはこの客人のメノンに関して」以下を参照。
(本文に戻る)77「美しくて立派な(カロス)」と「優れた、よい(アガトス)」を「カイ(andにあたる接続詞)」で結んだ形容句「カロスカーガトス」。
「善美の人」のようにも訳される。
非の打ち所のない立派な人を褒めるときに使う、ギリシャ語表現。
(本文に戻る)78以下の考察はアニュトスによる人物評に基づいておこなわれる。
(本文に戻る)79前五二四頃~前四五九年頃。
ペルシャ王クセルクセスが侵略してきた時のアテネの指導者で、勝利に導いた策の考案者。
ヘロドトス『歴史』第八巻。
(本文に戻る)80前五二〇頃~前四六八年頃のアテネの有力政治家。
「正義の士」という異名をもちサラミスの海戦などに功績があった。
(本文に戻る)81息子リュシマコスはトゥキュディデスの息子メレシアスとともにプラトンの『ラケス』にも登場し、自分たちへの父親の教育について嘆く(179B–D)。
(本文に戻る)82前四九五頃~前四二九年のアテネ全盛期を代表する政治家。
民主政のやり方を徹底させた指導者。
しかし『ゴルギアス』(515E–516D)ではペリクレスさえ、統治時代を通じて市民の水準を上げられずむしろ下げたとして、低い評価が与えられる。
(本文に戻る)83『プロタゴラス』(319E–320A)にもペリクレスの息子の育て方の叙述がある。
(本文に戻る)84歴史家のトゥキュディデスではなく、同名のアテネ保守派の有力政治家。
ペリクレスと激しく争った政敵で、前四四二年に陶片追放(市民の投票による国外追放)になった。
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