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第十章不良少年の人間学

デリケートな題材なので、最初に注釈を入れさせてもらいます。人を見抜く方法では、結果ではなく過程に重きを置いています。例えば母子家庭というのは結果であり、重要なのはそこに至る過程です。学歴に関しても高校中退という結果より、それが本人の怠慢か親の経済的な理由かで判断は異なります。本章では普通の人よりも行動が極端でわかりやすい不良少年を参考に、人への理解を深めていきます。 10- 1不良少年の生態・不良少年が他人に絡む理由不良少年が他人に絡む理由を『寂しいから』と解説される事があります。これは同情を寄せてもらうために誰かが考えた理由かも知れませんが、一般人は寂しいからといって他害行為はしないため、不良少年の事をますます理解できなくなってしまいます。不良少年に関しては親の愛情が足りないとか寂しいとか、抽象的なことばかりで理解が進んでいません。彼らは不完全な幼少期のため人格が未形成で、アメーバのように自分の形が無いので周囲の人に絡んで、その反応によって自分の存在を認識しているのです。・他人に負の感情を抱かせる負の感情の中で育った不良少年は、自分が味わった気分を他人にも伝播させようとします。マムシのようにしつこく付け回したり、恋人の目の前で侮辱をしたり、被害者がいたたまれない気持ちになるような事をします。複雑な家庭の被害者であった不良少年は、こうして加害者になっていきます。幸せそうな人を見かけると、そこに泥水をかけなければ気が済まないのです。アメーバのような不良少年は自分がなく、幸せの基準も他人との比較なので、誰かを引きずり下ろす事で相対的に自分が幸せになれたように感じます。・投影性同一視彼らが他人に負の感情を抱かせる理由は他にもあり、投影性同一視というものがあげられます。心理学における投影とは、自分の中の認めたくない部分を他者に押し付ける行為です。たとえば不良少年が一般人に対して「ビビってんじゃねぇぞ!」と言うのは、強者に脅されてビビった過去の自分を一般人に投影しているからです。

そして本当は過去の自分に言うべき「ビビってんじゃねぇぞ!」を、一般人にぶつけて自分を慰めているのです。投影性同一視はパーソナリティ障害の者に多く見られる心理で、自分が抱えきれない感情を他者に投影することで、心が安定する作用があります。 ・「このガキィ!」の言い合いになる理由二 ~三十代の不良同士が「このガキィ!」と言い合うのも投影性同一視で、幼少期に家庭が壊れた彼らはそこで成長が止まっているため、子供っぽさを抱えたままでいます。いつまでも成長できない自分を叱る代わりに相手に投影しますが、相手も似たような境遇で子供時代を卒業できなかったから、不良同士はエンドレスで「このガキィ!」の言い合いになるのです。・不良少年はいい子たちなのか?不良少年に対して「本当は素直でいい子たち」と理解者ぶって言う大人がいますが、実際はドブネズミがいくつもの病原菌を持っているように、不良少年はパーソナリティ障害や恐怖症を併せ持った不安定な子たちです。これはヒドいことを言っているようで、本人の病的な部分を見ないフリをして「素直でいい子たち」と言う方が彼らを追い詰めます。彼らの認知の歪みを治療しないで普通の子と同じように扱えば、できないことが多すぎて余計に劣等感を抱えてしまいます。・コンビニ前にタムロする理由不良少年がコンビニ前にタムロするのは、お金がないからだけではありません。野生動物のように育てられた彼らにとって、普通の人間の営みは興味の対象です。彼らは自分の人生のストーリーが進められないので、他人の人生を眺めます。だから通る人たちを無遠慮にジロジロと見るのです。時に彼らはケンカを売ったり、自分からトラブルの種をまきます。これは他人との衝突によって、現状の泥沼から転がり出る偶然を期待しているからです。大抵は泥沼から出ても新たな沼にハマりますが、まれに乾いた土地に出られる事があります。そのわずかなチャンスに期待して、今日も誰かに因縁をふっかけています。・曲がったことが嫌い不良は曲がったことが嫌いと言ったりしますが、彼らは認知が歪んでいるために大抵の事が曲がって見えます。『筋を通せ』とも言いますが、物事の本筋がわからないから社会から外れている事に、彼らは気がついていません。この感覚のズレが多くの人を傷つけます。彼らの説教は普通の人からすると的外れで、単に子供がかんしゃくを起こしたように見えます。・余計な一言が多い不良や元ヤンは人に対して攻撃的な言葉がすぐに出ます。

これは我慢をするための器が小さいからで、自分がイラついた事は溜めずにすぐ口をついて出てしまいます。なぜ器が小さいのかというと、人は幼少期の発達段階に問題があると成長できず、幼児のように自分本位で感情がすぐに出てしまうからです。元ヤンに限らず余計な一言が出てしまう者は、大人なのに幼児という矛盾を抱えた人物です。未熟でイラだちを他人にぶつけないと処理できない者は、他の部分でも他者に依存をします。・言葉が薄っぺらい不良少年・元ヤンキーは大げさな言葉の割には、行動が伴っていない事が多いです。例えば「俺はお前(女性)と出会ってから生まれ変わった」と言う割に、少し経つと結局は犯罪を犯して刑務所に収監されたりします。彼らは恐らく 1週間くらい気分が良い日が続くと、生まれ変わったと言ってしまうのでしょう。『愛』というのは相手本位で幸せを考え、それを叶えてあげることです。不良・元ヤンは「愛してる」という言葉もよく使いますが、自分本位でヤンキーを始めた人間には無い概念です。人間は自分本位の考えを、幼児の頃からの発達段階を経て脱却して、社会性を身につけていくものです。正しい発達段階を経なかった人間の姿が、他害行為をするヤンキーです。そんな彼らが「愛してる」を口にする時は、『たまたま気分が良い時』・『セックスが気持ち良かった時』・『テレビの影響』などです。不良少女の場合、子供が生まれた時には「体重 3000 gの天使が生まれました!」と SNSに書き込む割に、しばらくするとどこかの彼氏に夢中になって子供をほったらかしにします。彼らの言葉はいつも、裏付けがなく薄っぺらいものばかりです。・少し良いことをしたら褒められる不良が少し良い事をしたら大人たちが過剰に褒めるのを、普通の子たちは理不尽に思います。しかし、家庭で褒められた経験が少ない不良には必要なことで、社会性が発達した人はその事を無意識の内に知っています。不良が犯罪者に堕ちることの不利益は、普通の人々にのしかかります。不良少年がそのまま犯罪者になった場合、刑務所のコストは一人当たり数百万円かかります。それであれば過剰に褒めて一般社会に留まらせる方が、社会全体の負担は少なく済みます。

・不良少年の中年期不良少年は傷害や恐喝を繰り返して、留置場を出たり入ったりします。その頃はまだ神戸の住宅街に迷い込んだイノシシみたいなもので、騒乱を起こしながらも街中に生息しています。不良が少年の頃は悪さをしても逃げ切る体力もあり、トラブルがあっても吠えれば何とかなったりします。しかし動物並みの寿命ならうまくいく生き方も、人間並みに長生きをすると辻褄が合わなくなってきます。中年になるにつれて体力や筋力が落ち、唯一のよりどころの暴力も使えなくなってきます。そして 30代半ば以降に追いつめられて大きめの犯罪に手を出し、カンの鈍りと逃げ足の遅さで逮捕されていきます。しかし逮捕されることは彼らにとって、必ずしも不幸なことではありません。子供の頃から放置されて野生動物のように暮らしていた彼らは、刑務所に保護されることで初めて人間的な生活が送れます。・狭い範囲の義侠心不良が正義感があるように見える行動をしても、それは狭い範囲に限られます。手助けしたり礼儀正しいのはごく一部に対してだけで、その枠外の人たちに対しては威圧的です。・彼らが生き急ぐ理由不良が生き急ぐように刹那的な考えをしているのは、そういう生存戦略だからです。彼らが若いうちにさっさと異性を見つけて子供を作るのは、同何代の若者も未熟で自分のアラが目立たず、パートナー選びがしやすいからです。社会に出て数年もすれば、就業状態や給与によって能力の低さがバレてしまいます。彼らは普通の人のように人生を積み重ねることが難しく、瞬発力で勝負しないと勝ち目がない事を本能的に悟っています。カエルでも鮭でも不良でも、あらゆる動物は自分の遺伝子を残せれば勝ちです。まがりなりにも子供を作った不良は、自然界の中では勝ち組です。ただ、その子供はすぐに一人前扱いされて、親に庇護してもらえなくなります。このあたりの速度感もまた、野生動物並みです。・弱い人間を狩る一線を越えた不良少年は、集団で弱い人間の狩りを行います。人目のつかない場所まで獲物の後をつけたり、待ち伏せをしたりします。原始的な彼らでもそういった知恵が回るのは、人間が猿に近い頃から集団で狩りを行っていたからです。集団で襲われてなぶられた人は、現代人の知能で何度も事件のことを考えてしまい、トラウマとなって脳に焼きついてしまいます。一方、狩りを楽しんだだけの原始人が罪悪感にさいなまれる事はありません。

・不良少年の歩き方と大声不良少年は群れでいる時、股を広げたり上体をゆすって存在を誇示するように歩きます。彼らの動作がうるさいのは、サルのように言語よりボディランゲージの方が発達しているからです。声が大きいのも同様の理由で、話す内容ではなく語気で要求を通そうとします。不良少年同士の会話では、言葉をうまく使えないから同じ単語を繰り返してコミュニケーションをとっています。『関係ねぇ・うぜぇ・ゴラァ 』だけで延々と会話できます。特に「関係ねぇ」は一般人に注意された時にも出てきますが、これは彼らが A = B = Cゆえに A = Cという関連付けができない事が原因です。・学校を辞めてしまう彼らは言語だけではなく認知能力も低いため、学校教育に追いつくのが大変です。不良少年の家庭は不安定で、現代社会に必要な認知能力を養うどころではありません。認知能力が低い状態で授業を受ける事は、いわばアルファベットを知らずに英語の勉強をするようなもので、いつまでも覚えられません。それで授業がつまらなくなって学校を辞めてしまいますが、何かを作り出す文化がないから私生活もつまらなくて後悔をします。不良少年を現代社会に適応させるなら、勉強の前に認知能力のリハビリをしてからの方が効果的です。・現代の不良は大学にもいる優秀な者しか通えなかった時代の大学と違い、現在の大学には不良でも入る事ができます。彼らは予備校より偏差値の低い、有っても無くてもいいような大学に通い、四年間を無駄に過ごします。彼らは勉強の意味を理解していないので、『大学』という看板を掛けたところに通えば人並の人生が送れると思っています。・彼らが考える前に行動してしまう理由彼らが後先考えずに行動するのは 、A(論理)よりも F C(衝動的)が優位だからです。彼らは自分の人生がアクシデントの連続に感じますが、普通の人から見れば予測して回避できる事ばかりです。こういったギャップがあるので普通の人は彼らを『自業自得』と言い、彼らは普通の人の事を『ただ運の良い奴ら』だと思います。だから彼らは自分が持っていないものを、ただ運の良い奴らから奪う事に抵抗がありません。・奪う者が存在する理由

彼らの存在は一般人からすれば悪ですが、生物的に考えれば一つの生存戦略に過ぎません。現代社会では他者と相互利益の関係を築ける社会性が、その人の経済力につながります。粗暴でわがままな人間は一方的に得をしようとするだけなので、周囲と相互扶助の関係を築けずに相応の経済状態になります。しかし過去の気候変動や戦乱の中では、弱い者から奪うことに抵抗がない者が生き残りやすかったです。そういった時代の転換期には、いち早く古いルールから抜け出す柔軟性を求められるので、普段からルールを無視している者の方が有利です。彼らの種族は今もオレオレ詐欺やアポ電強盗で暮らしながら、時代の転換期が来るのを待っています。今は文明が暴力を抑えていますが、社会がひっくり返った時、普通の人は日常的に狩られる側に回ります。 10- 2不良少年の家庭環境子供の性格に親からの遺伝が何%くらい影響を及ぼすのか、諸説ありますがここではザックリ 50%とします。残りは環境の影響で、家庭とそれ以外の外部環境です。外部環境とは学校や友人などその地域特有の環境で、家庭より外部環境の方が影響が大きいのではないかという研究もあります。第六章の『年代の人間学』で述べたように、幼少期は親(あるいは親の代わりの存在)と課題をクリアしながら人間の基礎を作る大事な期間です。不良少年の家庭を見ると野生動物のように親がコロコロ変わったり、住みかを転々としたりしています。人格が欠落した親のもとでは食事が与えられなかったり、車中に放置されたりと人格形成うんぬんの前にサバイバルが必要です。・野生のクマみたいな親たち不良少年の家庭は、野生のクマの生態に似ています。野生のクマのオスは、メスと交尾をすると他のメスを求めてどこかに消えてしまい、メスだけで子育てをします。子育て期間中は母子だけで生活をしますが、そこに子熊の父親とは別のオスが付きまといます。子熊がいると母熊が発情しないため、オスは子熊を殺そうとします。不良少年の家庭も、いい歳をして茶髪にしているような男が家庭内に入りだし、躾と称して連れ子を虐待します。そんな安心できない日常が、子供の心を蝕んでいきます。いい歳をして茶髪というのは、大人なのに F C(自由な子供性)が優位な矛盾する存在の例えです。他に FC的な特徴は趣味がギャンブルであったり、収入に合わないお金の使い方に見られます。そういう男は C P(責任感・リーダーシップ)が低くて、仕事が定まりません。・場末のスナックで再婚してしまう親これはあくまで場末のスナック話で、普通のお店は客がストレスを発散して、明日の活力につなげるためのものです。

では本題に入ります。子供の事を考えたら、再婚は初婚の時より相手を慎重に選ばなければなりません。しかし不良少年の親は、公衆便所みたいな場末のスナックで結婚相手を決めてしまいます。そういう型落ち・壊れ物・返品などの不具合を抱えた、中年のリサイクルセンターみたいなスナックで結婚しても幸せな男女はいるでしょうが、大体は泥仕合のような結婚生活になりがちです。特に子供の立場からしたらゲンナリします。・不良少年の家庭には、よくわからないおじさんがいる男子は実の父親に対してもエディプス・コンプレックスという、母親の愛情をめぐるライバル意識を持つので、年頃の男子と父親は微妙な関係になります。それなのに不良少年の母親は、どこのゴミ捨て場から拾ってきたのかと思うような、不具合の多いおじさんを連れてきます。普通の男性なら生活の基盤があるものなのに、こういうおじさんは転がりこむように母子が住んでいる家に住みつきます。一緒に住んでも婚姻関係はあいまいで、彼氏なのか内縁の夫なのかよくわからない立ち位置です。スナック +内縁の夫の組み合わせは、保険金殺人でしか見たことがない構図です。普通は結婚で一度失敗したら次は上手くできそうなものですが、 A(論理性)が低い人は同じ失敗を繰り返します。彼らはまるで離婚を量産する機械のように、同じパターンの離婚を繰り返します。子供たちはその度に、自分の世界が壊れてなくなる感覚に襲われます。・新しいお父さん母子の住まいに転がりこんでくる新しいお父さんですが、ホームセンターで買ったハムスターよりスターターキットを必要としない生き物です。彼らは体一つでやってきて、食料と水分(アルコール)があればすぐに生活が始められます。夜中に急に電気をつけると交尾をしている姿が見られることから、カブトムシなのかもしれません。そんな人か昆虫かわからないような者が偉そうな説教をするのだから、子供が家にいたがらないのも当たり前です。子供は夜になっても家に帰らなくなり、荒んだ世界に取り込まれていきます。・シングルマザーに寄ってくる男の矛盾シングルマザーに寄ってくる男について、見るべきところは C P(厳格な父性)に関してです。経済的に貧窮しているシングルマザーと交際する男性は、最初から父親の役割が必要とされ、独身同士の交際より CPが求められます。しかし、実際にシングルマザーに寄ってくる男は職業が不安定な者が多く、求められる CPと大きく矛盾しています。自分の人生の土台さえまともに構築できない男が、子供のことを背負えるわけがありません。そんな男を母親が選んでしまう理由に、「子供と仲良く遊んでくれるから」というものがあります。

しかし、これは男の F C(自由な子供性)が高く、子供と同レベルだから遊べるだけです。それも母親に取り入るためで、母親をモノにした後は子供を邪険にします。こういう大人になれない男の友人関係には、真っ当な会社に勤めるような大人は少ないでしょう。ロクでもない男が女性を求めるのは愛情ではなく、我欲を満たすためです。そもそも『愛情』というは漠然とした概念で、捉える人によって基準が様々です。つかみどころがない言葉だから霊感商法で使われるオーラなどと同じく、ペテンに使われやすいのです。 CP(規律・責任感)が低い男は仕事をせず、ウソをつく事に抵抗がないので、唯一の才能であるペテンを使って女性を手に入れます。・頻繁に家族会議をしても解決策が出ない理由ダメな家庭は、家族会議を開けば問題解決できると思っています。しかし『三人寄れば文殊の知恵』というのは、一人一人が一定以上の A(論理性)を持っていて成り立つものです。 Aが低い人は他人の話が理解できないので、集まっても知恵を合わせる事ができません。ギャーギャー喚いたり誰かが泣いたりして、疲れて何となく話し合いをしたような気になるだけで、何も解決していません。 CPが不足していて何事もやり切らない人々なので、肝心の結論に辿り着く前に家族会議はお開きになります。だからまた同じ問題が起こります。・お金の使い方が下手問題のある親を見抜くとき、お金の使い方を見るのが参考になります。何だかんだいってお金を得る手段はあるので、ダメな人でもお金にありつく事ができます。ダメな人にとっては自由にお金を使う事の方が、稼ぐより何倍も複雑で難しいのです。一万円札の原価はわずか数十円で、有効に使うことで一万円の価値が生まれます。お金が貯まると計画的な使い道を考えなければならず、ダメな人にとっては煩わしい状態だから捨てるように手放してしまいます。彼らは大体 30万円も貯めたらキャパオーバーになって、持て余してしまいます。ダメな人にとってお金は使い方のわからない紙であり、自分を働かせる得体の知れない怖い紙でもあります。彼らの深層心理ではお金を早く手放したいと思っているかのように、変な使い方をします。そして予備資金ナシで生活をするので、ほんの少しのつまづきで貧窮してしまいます。・何とかなると思っている親

「何とかなると思っていれば、何とかなる」これは慎重すぎる人が行動する時に自分を鼓舞するための言葉で、行き当たりばったりの人の免罪符ではありません。 A(論理性)が低い大人は過去と現在をつなげて未来を想定する事ができず、壁にぶつかってクラッシュするまで間違いに気が付きません。ロボット掃除機でさえ壊れる前に方向転換する中、彼らは何とかなると思いながらドツボにハマっていきます。結果として何ともならないシワ寄せは、貧困となって子供にのしかかります。・ダメな親は、子供時代を取り上げるダメな家に生まれると、比較的早い段階で親に育てた恩を回収されます。ダメな親は十代で精神年齢が止まるので、思春期の終わり頃には子供に追いつかれます。すると親子関係が逆転したかのように、親が子供に依存をし始めます。つまりダメな親は大人の期間がなく、その子供はずっと保護者がいない中で育たなければならないのです。不良少年が社会に敵意をむき出しにするのは、誰も保護してくれない野生の世界で育ったからです。・不良少年の親は、なぜすぐに離婚してしまうのか不良少年の親がすぐに離婚する原因を探ると、結婚の決断が安易なことがあげられます。こういう男女は大体、 3ヶ月くらいセックスしたいと思った相手と結婚してしまいます。ラブホテル代がもったいないからアパートで同棲を始めたり、下半身に突き動かされるように人生を決めてしまいます。セックスを 3ヶ月分くらいした後は惰性で一緒にいるだけで、むしろ離婚しない方が不思議なくらいケンカをする関係になります。・家庭というより合宿所ダメな親の家の中は、合宿所みたいな状態です。だから彼らはいつもジャージみたいな服を着て暮らしています。散らかっているのはもちろんですが、空気感そのものが合宿所の集団生活です。これは親に CP(父性)と NP(母性)が不足しているためで、家には子供と同レベルの親しかいません。そんなダメな親の言葉遣いは子供に対して『お前ら』と言ったり、部活の先輩みたいになります。大人がいない家庭ではご飯の代わりに、ポテトチップスや酒のつまみが出たりします。・子供を飢えさせるダメな親は一人称で生きていて、頭の中に自分しかいないため、夫婦生活も育児もできません。特に子供は悲惨で、飢餓状態にさらされます。親は菓子パンだけ置いて家をあけて、次第にパンさえ置かなくなります。

頭が悪い人は子供が乾燥ワカメみたいに、水をかけるだけで大きくなると思っているフシがあります。・子供はイボと一緒子供を虐待する親は、小動物さえ飼えません。ブランド品を持っていたとしても、手入れができないのでボロボロでしょう。ダメな親は意志力がないため、煩わしい事は一切しません。子供がデキたのも行為中のアクシデントに他ならず、煩わしくて避妊具をつけるのを怠って、結果としてもっと面倒な子供がデキてしまいます。彼らの人生はいつも、こういった惰性の選択の繰り返しです。彼らにとって子供はコウノトリが祝福と共に運んでくるものではなく、イボと同じように菌が入って勝手にできてしまうものなのです。こうして子供はダメな親の一番近くで、サンドバッグにされる幼少期を過ごします。・貧困がループする理由ダメ人間に多い『他者から奪う原始人型』の生存戦略は、法治国家ではペナルティが大きいため、貧窮しやすいです。貧困がループするのは、お金がないからだけではありません。東大生の親の世帯年収は 1千万円以上が多いですが、これは親の代で既に論理性が高くて、コツコツと仕事をする人格のためです。遺伝の影響は IQが 6割以上・性格は 5割以上で、それに加えて幼少期からの正しい発達段階を経て認知能力が備わりますが、ダメな親の環境ではこれも望めません。だから不良少年を無償で偏差値の高い学校に入れたとしても、魔法のように勉強ができるようになる可能性は高くないでしょう。ダメな家庭は親が勉強で報われた経験が少ないため、子供への教育はせいぜい「勉強しなさい」と口で言うくらいです。大きめの声で言うのが熱心な指導だと思っています。親自身が不勉強で手本を見せられないから、子供への指導は全く説得力がありません。不良少年に必要なのは学校教育の前に、発達過程で得られなかった認知能力を補う治療です。お金で何とかなるのは第九章の『裏社会の人間学』の竹中正久のように、賢いのに父親の急死で退学を余儀なくされた者です。ちなみに高学歴は論理性の証になりますが、年収はそれ以外の行動力や向上心などを合わせた総合力で決まります。・お金だけでは東大に入れない東大生の親の年収が高いからといって、教育費をかけたら子供が東大に行けると思うのは危険なことです。子供の論理性のレベルを無視した教育熱心な親は、自尊心を壊された子供に復讐されます。同じ塾でも成績に差がつきクラス分けされるように、お金で上がる学力は限られています。

『格差社会』というのは家の経済力について使われることが多いですが、実際は知恵の差です。知恵がある人は中卒であろうが頭角をあらわします。・しっかりしてそうな家からも不良少年が生まれるダメな親からだけでなく、しっかりしてそうな家からも不良少年は生まれます。ダメな親の元では子供が発達段階の試練に誰も手を貸さず、子供は失敗を繰り返して自信を喪失します。これに対してしっかりしてそうな家は子供に試練を与えなかったり、過剰に保護して発達する機会を奪います。どちらの子供も人の基礎が欠けたまま大人になっていくため、不安定な存在になります。そういう人は仕事や人間関係が上手くいかず、幼児並みの忍耐力だからすぐにキレてしまいます。不良少年は自分の器が小さすぎるため、他人に絡むことで補おうとして他害行為に及んでしまいます。・不良少年は周囲の人間も貧弱不良少年の親は自分一人の人生でさえも、思い通りになりません。子供の勉強をみてやる事も、向上心を背中で見せてやる事もできません。祖父母の代に遡っても似たようなもので、親族の多くが現代社会に適応できていません。進路に関しても親は適切なアドバイスができず、子供は高学歴でなければ稼げないと思い込んでいます。そんな事を吹き込まれた子供は、勉強についていけないとヤケになってしまいます。不良少年の周りにはアドバイスできる人間がおらず、逆に自分が世話してもらおうとする大人ばかりです。家庭には C P(厳格な父性)の象徴である父親はいないか、いたとしても CPが低くて頼りになりません。不良少年が生まれるのは社会のせいではないですが、不良少年の視点に立つと理不尽なくらい他の家庭と差があります。・お母さんの言葉遣いが悪い言葉遣いも人格を表しています。母親でありながら「〇〇だろ!」や「てめぇ!」などを使うのは、感情的で粗暴な人格が出ています。彼らが好戦的なのは他人を攻撃することでしか意思表示できないからで、友好的な時でも憎まれ口しか出てきません。彼らは言語能力が発達していないため、言葉よりも語気でコミュニケーションをとります。だから育児風景が野生動物のコンテンツのようなのです。ライオンに襲われるインパラの次に、茶色い髪のメスの母親が「てめぇこのヤロー!」と子供に凄んでいる場面が出ても違和感がなく、むしろシックリきます。

彼らの行動にギョッとするのは人だと思うからで、野良ニンゲンという種だと思えば心がザワつかずにすみます。 NP(優しい母性)を持たない母親のもとに生まれる子供は気の毒なことです。・複雑な家庭環境の方へ本書を読んでいる方の中にも、複雑な家庭環境の方がいるかと思います。複雑な家庭では、親か得体の知れない男に殴られたり熱湯をかけられたりして、悪くすれば死んでしまいます。生き残ったとしても人格形成に大きなダメージを負う事があります。ここで親を呪いながら生涯を生きるか、困難を乗り越えて高みを目指すのかは選択次第です。困難を乗り越えるためには、普通は親が教えてくれる C P(厳格な父性)や NP(優しい母性)を、自ら補わなければなりません。しかし困難を乗り越える時、人は遺伝の限界を超える能力を手に入れるのではないでしょうか。また、人格形成に難があると付き合う人間を見誤りやすくなります。本書が運命を変えようと頑張る方の、人を見る能力の一助になれば幸いです。 10- 3地域性・地価と治安の関係都市近郊では治安と不動産価格には相関関係があり、地価の分布に沿って人の生息域がわかれています。最近は駅周辺だけ小ぎれいに整えられて、地価が安い割りに綺麗に見える街が増えました。しかし、綺麗なのは駅から見える範囲のハリボテだけで、裏に回れば地価の安さに比例して怪しい生態が広がっています。そういう街に潜む脅威は、自衛手段を持たない子供たちに被害をもたらします。住まいを探す大人の目には、中学でのカツアゲの集金システムなど見えないものです。・夜逃げの逃亡先のような街『治安が悪い街』として多くの人が思い浮かべる街には共通点があります。それは何らかの事情で地元に居られなくなり、全国から夜逃げのようにして逃げ込んできた人が多いということです。普通は地元に留まって、親類縁者と何かあった時に助け合う『互助組織』のような関係性の中で暮らすのが無難です。しかしヤラかす家系はトラブルが多すぎて、互助の保険のシステムが崩壊しています。そして自分がヤラかしたら助けが得られず、一発で縁もゆかりもない地域に引っ越すことになります。そういった人は経歴が不確かでも就ける仕事があって、賃料も安い街に流入します。そこでもコケた時のバックアップがないので、何かあったらすぐに転落してしまいます。

人の流動性のない地域は根深い恨みを残すと生きづらいので、土着のヤンキーにはやり過ぎない一線というものがあります。しかし、人が流入しやすくて治安が悪い街のヤンキーはギャングに近く、上下の信頼関係が希薄で、獲る者と獲られる者に分かれます。・凶悪化する構図ある治安の悪い街で Aという少年が殺されました。事件の遠因となったのは、被害者の少年 Aがよく遊んでいた年上の Bという無職の少年に殴られたことです。 Bは酔っていたとはいえ殴ったことを少年 Aに謝り、そこで話は終わるはずでした。しかし治安が悪い街では、常にトラブルの種を嗅ぎまわっている者がいるため、もめ事に発展していきます。殴られた少年 Aの学校の先輩 Cが、 Aの顔にアザがついていることに気がつき、誰にやられたのか聞き出しました。先輩 Cは少年 Aへの優しさではなく、トラブルが金につながることを知っているから聞いたのです。そういった半グレ・ヤクザのような習性が自然と身につくのが、治安の悪い街です。先輩 Cは少年 Aを殴ったのが、何の後ろ盾もない Bだと知ると、 Bに因縁をつけて金銭を巻き上げたり追い回すようになりました。何度も金を取られて追いつめられた Bは、友達と一緒に少年 Aを殺害してしまいます。治安が悪い街では一つの出来事が負の連鎖を起こし、最悪の結末に至ります。・やたらと転居する不良少年の家は転勤族でもないのに、遊牧民かと思うくらいやたらと転居をします。それは彼らの家が行き詰っては転居を繰り返すからで、例えば山陰地方から北関東など必然性がよくわからない移動をします。彼らは負け続けのポーカーで全ての手札を入れ替えるように、一か八かの賭けで環境を変えます。そして大抵は新天地でも 2 ~ 3年後には再び敗れ、次の街へ落ち延びます。・治安が悪い街に進出する一般人昔から治安が悪いとされる街に一般人が移り住む時、安全なコロニーであるタワーマンションに住みます。マンションは城塞都市のように安全で、買い物は大型のショッピングモールで済ませれば危険を回避できます。しかし子供の通う学校を公立にしてしまうと、子供たちはサファリパークを歩いて回るようなもので、細心の注意をしないと生きていけません。獣のような同級生から、義務教育が終わるまで逃げ続けるサバイバルです。・私立と公立の違い公立中学の質は地域の治安と比例するため、教育資本がある家ならケガや他の生徒からの悪影響を避けるため、治安が悪い街では私立中学に通わせます。公立中学のメリットとされる『多様性』ですが、単にダメな方向にすそ野が広いだけで普通の子供にメリットはありません。

公立は単に学校から半径 1 Kmに住む子が通うだけで、多様というよりむしろ地域性による偏りが見られます。テレビドラマなどでは偏差値が高い学校の生徒を、画一的なロボットのように描きますが実際は違います。賢い子たちの方がプロレスから宇宙工学まで、興味の分野が多種多様に広がっています。それを他者と共有できる共感性もあり、言われなくても多様性を実現しています。荒れた子らは多様なようで自分たちの仲間以外には攻撃的で、盗む・人に噛みつく・隙あらば性向といった野良犬みたいな行動ばかりです。彼らは自分が家庭で損なわれた自尊心や金を、他の子から奪って補うため学校に通います。かくして多様性を認め合おうというスローガンとは裏腹に、普通の子は踏みつけにされて一方的に我慢を強いられます。・治安が悪い街に住む人は、なぜ治安が悪くないと言うのか?人は適応力の高さから、どこでも自分が住んだ場所に馴染んでしまいます。だから街の口コミにさほど治安は悪くないと書いてあっても信用できません。例えは悪いですが、ドブ川に住んでいるタニシに住み心地を聞いたら「住みやすいですよ」と答えるものですが、清流育ちの鮎には厳しい環境です。人の人格が急に変わらないように、街の治安もすぐには変わらないものです。・夜の世界と境界線があいまいな街六本木はキャバクラが多いとはいえ、昼の世界との線引きはハッキリしています。それに対してベッドタウンなのにキャバクラ・スナックが多い街は、それらが日常生活の延長線上にあり境界があいまいです。こういう街では高校を卒業したら、いきなり水商売に就職するなど特殊なキャリア形成が見られます。・不良少年・少女は歌舞伎町を目指す地元から出た不良少年・少女は、吸い寄せられるように新宿の歌舞伎町にやって来ます。歌舞伎町はもともと沼地で、その周辺は江戸時代から異界のようでした。社会性に乏しく一般社会に適応できない若者は、秩序のない街に居場所を見つけたような気持ちになります。しかしそこで仲間ができたとしても、元々が社会性がない者たちの集まりなので関係を維持できません。歌舞伎町で一人の女性が、顔見知りの女たちにリンチをされて亡くなる事件がありました。犯人らの多くは 20代でありながら、髪がバサバサでずんぐりとした体型という、不健康な見た目をしていました。歌舞伎町の住人は皆、 35歳くらいまでしか寿命がないように見えます。

本当に命が尽きるのかは不明ですが、歌舞伎町に来た若者はある程度の年齢になると、忽然と街から姿を消してしまいます。※実際はビルの隙間などで死亡しているわけではなく、町田・相模原・立川くんだりに落ち延びていると思われます。・歌舞伎町が存続している理由歌舞伎町はたまに摘発を受けながらも、つぶされる事はありません。歌舞伎町が一般人のための実験場だから、存続を許されているフシがあります。一般人は歌舞伎町を見ることで薬物をやったらどうなるのかや、どこまで堕ちたら人生が破綻するのかを知ります。一般社会からこぼれ落ちた者を歌舞伎町に閉じ込め、一般人は彼らの生き様を見ることで自分の人生が間違っていない事を確認します。第九章『裏社会の人間学』で述べたように、こういうカタギの冷酷な性質をヤクザは肌で感じているのでしょう。

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