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第十二章課長なのに、頑張らなくてもいいの?

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第十二章課長なのに、頑張らなくてもいいの?

[ドラさんの宿題]相手を信じ、自分を信じて、頼る、甘える、任せる

四月初旬が暖かくもなく、桜が満開でもないことは、昨年思い知らされたからよく覚えている。

だから、この季節は花見としては、ちと早い。

しかし、ボクたち営業一課、二課、三課の面々は四月第一週のまだ肌寒く、桜が二分咲き程度の土曜日に、お花見バーベキューを決行することにした。

なにしろ、翌週にはドラさんが福岡へ旅立ってしまうのだ。

今週末しかない、というわけだ。

そう、そう。

このイベントはドラさんの送別会だけが目的というわけではない。

昇進祝いや異動者の歓迎会も兼ねている、まるで「ごった煮」のようなイベントだ。

ということで、ボクもその対象の一人になったわけだ。

驚くべきことに、ボクはこのタイミングでシニア・レップへと昇格し、同時に課長としてチームを率いることとなったのだ。

風の噂では、ボクの昇進昇格については賛否両論、激論が交わされたらしい。

第二クォーターで部門二位の成績を収めたが、第三クォーターはロイヤル自動車事件で未達成のうえ、ランクダウン。

ところが第四クォーターはまたもや一転、ミドル級ランキングで、後輩たちの追随を許さない、ぶっちぎりでトップを獲得。

極めて不安定な業績だ。

しかし、ドラさんの熱心なプレゼンとマサムネ課長の強力な後押しがあったと聞いた。

マサムネ課長は、残業削減プロジェクトの責任者を兼ねた人事課長だ。

プロジェクトへのボクの関わりを高く評価してくれたらしい。

ボクは自分の力だけで昇進昇格したのではない、と感じた。

組織は、たくさんの人たちの協力で成り立っている。

自分が昇進昇格したからといって、決しておごらず、これからもずっと成長していきたいと強く思った。

このタイミングで昇進昇格したのはボクだけではなかった。

一足先にプレーイング・マネジャーであるシニア・レップとして活躍していた三課のツヨシ、二課のユウも、同じく部下を持つ課長へと昇進した。

ボクたち同期三人が揃って同じタイミングで課長になったというわけだ。

せーの、かんぱーい!海に近い野外公園のバーベキューサイトで、ボクたちは盛大に乾杯をした。

合計で四十~五十人は集まっただろうか。

皆、にぎやかにプラスティックのコップをぶつけ合う。

さすがは営業部だけあって、互いに相手のコップよりも低い位置にコップをぶつけるマナーを全員が守っている。

「自分のほうが相手よりも低く」と互いに下げることを競い合い、中々一度でコップがぶつからない。

ボクたちは、営業マンの悲しき性を笑い飛ばしながら、長い列をつくって順番にコップをぶつけ、一息にビールを飲み干した。

「リョウ君。

おめでとう!でも、部署が変わってしまうから、リカとはなればなれになっちゃってさびしいね」ユウが話しかけてきた。

ユウとツヨシは課長への昇進に際して部署の異動はない。

前任課長から引き継いで、現在所属している部署のリーダーとなるのだ。

しかし、ボクだけが違った。

ドラさんの後任を引き継ぐのではなく、新設されるIoT(InternetofThings)推進課の課長を拝命したのだ。

ドラさんの後任は、以前の課長、山本さんが出戻ってくる。

ハヤト先輩やリカ、イチローなどはそのまま残り、一年前の体制に戻る。

そして、ボクだけが一人で出て行くのだ。

クリスマスのデートをきっかけとして、一月からリカとボクは正式につきあい始めた。

ボクたちのことは仲間に包み隠さずオープンにしていたから、会社としても二人の配属を引き離したい、と考えたのだろう。

当然のことだ。

もちろん、当社は日本国憲法の精神にのっとり、社内恋愛は自由であるから、二人が一緒にいたければ就業時間以外にデートすればいいだけのこと。

ユウもそれをわかっていながら、ちゃかしているのだ。

ボクはユウの軽口に取り合わず、リカのほうへ向かって、ふざけて、「リカ!さびしいよー!」と声をあげた。

リカはキョロキョロと周囲を見回しながら、「こんなところで!もう、バカ!」とボクを叱った。

ユウだけでなくみんなが笑った。

バーベキューに集まった面々のほとんどは一課、二課、三課のメンバーだったが、新設されるIoT推進課のメンバーも四名が参加してくれた。

彼らはボクが所属していた一課のメンバーと一緒に同じグリルを囲んでいる。

リカはバーベキューのときもいつも通り忙しく働いていた。

ドラさんや課長たちにお酌をしたり、肉や野菜を包丁で切ったり。

しかし、人気者のリカの周りには次々と女子が群がってきて、下作業どころではなくなっていった。

ボクはリカに代わって下働きを買って出た。

みんなに楽しんでほしい、だからボクが作業をすればいい、と思ったからだ。

隣のグリル周辺では、ツヨシが戦国時代の大将のようにどーんと座っている。

周囲では新たに部下となるメンバーたちが入れ替わり立ち替わり、お酌をしている。

ツヨシは一切下働きをしない。

まさに大将そのものだ。

その隣、一番奥のグリルでは、ユウが片手にプラスティックカップ、片手に缶ビールを持って、メンバーの元を次々と訪ね、ビールを注いでは笑顔で話しかけていた。

「お疲れさま。

おや、肉を切ってくれているんだね。

ありがとう。

さすが、気が利くね。

助かるよ」ユウに話しかけられ認められて、メンバーたちは嬉しそうだ。

ボクは思った。

ユウは仕事の場面でもこうしてマメに声をかけているんだろうな。

容易に想像がつく。

そして、それはツヨシにも言えるだろう。

きっと職場でもツヨシはどーんと構える大将として君臨しているに違いない。

そんな彼を立て、喜ばれようと部下たちは頑張るのだろう。

それも一つのマネジメント・スタイルに違いない。

ボクが部下だったら、どちらの上司がいいだろう?やっぱりユウがいいな。

ツヨシにペコペコお酌をして、おべっかを使うよりも、ユウのような上司からねぎらってもらえたら嬉しいだろうな。

そんなことを考えながら、二人をぼんやりと見ていた。

と、ここでハッと気がついた。

手を止めている場合じゃない。

ボクは課長になったんだ。

リーダーとして、部下の誰よりも勤勉に働かなくてはならないぞ。

「率先垂範」という言葉がある。

ボクはあわてて体を動かすことにした。

皿の用意をし、炭火をおこし、ゴミ袋をセットして、忙しく走り回り始めた。

あっ、炭火が消えかけているぞ。

急いで火をおこさなくては。

ボクは火吹き竹を手にグリルの前にしゃがみ込み、思いっきり息を吸い込んだ。

と、その瞬間。

ボクの目にドラさんのクリクリまなこが飛び込んできた。

目が合った瞬間に、ドラさんがいたずら小僧のようにいつものジェスチャーをする。

「バキューン!」ピストルを撃ついつものジェスチャーだ。

ボクは不意をつかれて尻餅をついた。

あー、びっくりした。

ドラさん、そんなところにいたんですか?ははははは!ドラさんは、まるで歌舞伎役者のように、大げさに両手でお腹を叩きながら笑った。

そして、テーブルを指さして言った。

「見てごらん。

リョウ課長。

あのテーブルでキミの新チームのメンバーたちが一所懸命、野菜を切っているよ。

彼らは黙々と作業をしている」ボクは彼らを見た。

皆、無言で作業をしている。

ドラさんは続けた。

「でもね、今日は本来、懇親を深めるのが目的だ。

決して野菜の早切りコンテストではないぞ。

彼らに必要なのはお互いの対話であり、打ち解けた関係の構築だ」「リョウ君。

では、今、キミがすべきは何だろう?果たして炭火おこしだろうか?それとも部下に負けじ、と競う野菜の早切りだろうか?」ボクはドラさんに言われてハッとした。

たしかに。

まったく気づかなかった。

ボクは部下たちの顔を見ていなかったのだ。

ボクが考えていたのは、バーベキューという仕事を前に進めるということと、そして自分がリーダーとして恥をかかずに振る舞うことだけだった。

部下たちの心を見ていなかった。

ボクは急に自分が恥ずかしくなり、頬が熱くなるのを感じた。

自分が忙しく働くことが必ずしも部下のためになるとは限らない。

そんなことより懇親を深め、部下のやる気を高めるほうがよっぽど大事だ。

では、どうすれば?何をすればいいのだろうか?ボクの視線の先にはユウがいた。

そうか。

とっくにお手本が示されていたではないか。

ユウ課長は何をしているのだろうか。

そうだ。

一人ひとりにねぎらいの言葉をかけ、ビールを注ぎ、勇気づけている。

まさに、普段通りのユウそのものだ。

だが、ユウはいわゆる作業を一切していないことに気がついた。

炭火もおこさないし、野菜も切らない。

果たして、それでいいのだろうか?部下から「怠け者上司」と陰口を叩かれないだろうか。

ボクはユウが心配になってドラさんに尋ねた。

「ドラさん。

ユウは課長になったにもかかわらず、自分は何の作業もしていません。

それでいいのでしょうか」ドラさんは気色ばむボクを見て、ゆったりとほほえんだ。

そして、何も言わずにユウとユウの部下一人ひとりへ視線を送った。

そしてもう一度ボクを見る。

ボクはドラさんの視線の後を追ってみた。

ユウを見る。

ユウの部下の表情を見る。

そして、わかった。

ユウの部下たちはとても嬉しそうだった。

それは、ねぎらいの言葉をかけてもらった喜びだけではない。

おそらく彼らは、自分がチームに貢献していることが嬉しいのだ。

野菜を切ってチームの誰かを喜ばせる。

それが嬉しい。

人は貢献することで「自分は人を喜ばせることができる、能力がある」「自分は人から必要とされている、居場所があり、自分には価値がある」と思えるようになる。

アドラー心理学ではそれを「勇気」がある状態と呼ぶ。

勇気があれば人は前進する。

困難を克服しようと前に進むのだ。

しかし「自分は貢献できない」「自分は必要とされていない、居場所がない」と思う、すなわち「勇気」がない状態では、前に進むのを恐れる。

傷つくこと、失敗することを恐れて人の輪に入るのをやめ、チャレンジをやめてしまうのだ。

では、IoT推進課長であるボクに何ができるのだろうか?どうすれば部下を勇気づけることができるだろうか?部下以上の高速スピードで野菜を切ることだろうか。

部下が気づいていない炭火の消えかかりに気づいて、火おこしをすることだろうか。

いや違う。

そんなことをすればするほど、部下は劣等感を感じるだろう。

ボクが率先垂範すればするほど、部下は活躍の場がなくなってしまう。

そうか、わかったぞ。

だからユウはわざと作業をしないんだ。

課長自身は作業をせずに部下を信じて任せる。

いや、部下を頼る、と言ってもいいかもしれない。

あえて部下が活躍する余地を残す。

課長が部下の仕事を奪わないようにしているんだ。

そして、活躍した部下を勇気づける。

感謝して、ありがとうと言う。

そうか!これだ!これが「任せる」ということか。

これが課長の仕事なのか!ボクはバーベキューでのユウの振る舞いに「任せる技術」、勇気づけの神髄を見た思いがした。

そして、さらに考えた。

もしかしたら、スタイルは違うけれども、あのツヨシもきちんと課長としての振る舞いができているのではなかろうか。

少なくともツヨシは自ら忙しく働くことで部下の仕事を奪ってはいない。

悠然と大将のように振る舞いながら、作業はすべて部下を信じて任せている。

そして気づいた。

ということは……。

ボクだけではないか!コマネズミのように忙しく働いて、部下の仕事を奪い、「自分は働いていますよ」アピールをしているのは!ボクはそれに気づき、ますます自分が恥ずかしくなった。

さてと……。

どうやらボクは課長として、部下との接し方を根本的に変えなくてはならないようだぞ。

部下の仕事を取り上げず、作業せず、部下が活躍する余地を残す。

部下を見守り、感謝を伝え勇気づけることに徹する。

これができる、ということは、部下を信頼している、ということだ。

ユウやツヨシは部下を仲間であり、味方である、と信じている。

作業なんかしなくてもユウやツヨシを認めてくれると信じている。

部下を敵でもなく脅威でもなく、自分を受け容れてくれる味方だと信じている。

それがなくてはできないことだ。

それは、同時に自分を信じていることにもつながるだろう。

自分が怠け者ではなく、チームのことを心から思う「善人」であり、リーダーとして貢献している、と自己信頼をしている。

だからこそ、あのように泰然自若でいられるんだ。

これこそ、まさにドラさんに教えていただいた「他者信頼」であり「自己信頼」だ。

根拠なく相手を信じ、自分を信じる。

ユウとツヨシはそれができているんだ。

部下に任せる、ということは、前提条件として「他者信頼」と「自己信頼」が必要だ。

それに伴う「所属感」も必要だろう。

これこそが、まさにアドラーが提唱した「共同体感覚」そのものだ。

「任せる」ということは「共同体感覚」の実践そのものであり、「勇気づけ」の実践そのものであるわけだ。

「深いなぁ。

このバーベキューでの気づき……」ボクは自分の気づきの深さにうっとりと酔いしれていた。

と、ここまで考えたところで、突然ハッと気がついた。

ボクはずいぶんと長い時間延々と考え込んでしまっていたようだ。

ドラさん!ごめんなさい!話の途中でした!ボクはドラさんのほうへ振り向いた。

しかし、なんとドラさんはディレクターズチェアに腰掛けたまま、ウツラウツラと居眠りをしているではないか!なんてことだ。

いくらボクが考え事をしていたからって、話の途中で居眠りをするとは何事か!しかし、もう一度考えた。

待てよ。

もしかしたら、ドラさんはボクを「他者信頼」し、敵ではなく味方だと考えてくれているのではなかろうか。

さらに、自身を「自己信頼」していた。

だから、ボクの返事を待つこともなく、自由気ままにリラックスして、うたた寝をしてしまった。

そう考えることはできまいか。

そうだったのか……。

ただのレクリエーションだとばかり思っていたバーベキューの場面でも、ボクはユウやツヨシに模範を示してもらい、ドラさんのうたた寝に学ばせていただいた。

よぉし、ボクは教えを活かして、立派な課長になってみせるぞ。

恩返しだ。

そして、IoT推進課の仲間たちよ、すっかり待たせてしまってごめんね。

ボクはキミたちの仕事を奪わず、信じて見守るよ。

ボクが作業をして自分の体裁を繕ったりせず、頼って、甘えて、勇気づけをするよ。

ボクは居眠りしているドラさんをそっちのけで、部下たちが作業するテーブルへ向かって駆けだしていた。

「お待たせ!みんな!野菜を切ってくれてありがとう!本当に助かるよ」部下たちの表情がぱーっと明るく輝いた。

これだ!これ!ボクがすべきは、作業ではなく彼らを見守り感謝することだったんだ。

ボクがこれから課長として何をしていくべきかが一気に見えた瞬間だった。

ボクは、ちらりとドラさんを盗み見た。

すると、ドラさんがあわてて視線をそらすのが見えた。

そして、ぺろりと舌を出した。

もしかしたら、ドラさんのうたた寝は演技だったのかもしれない。

でも、そんなことはどうでもいい。

ボクは、ドラさんの送別会でドラさんから「最後の教え」をもらったような気がしていた。

今度こそ最後のドラさんからの宿題だ。

おそらく、ドラさんはこう言いたかったに違いない。

「相手を信じ、自分を信じて、頼る、甘える、任せる」これがドラさんからの最後の宿題だ。

ボクは、そう思った。

ドラさんへの恩返し。

それはプレゼントを渡すことでも、言葉を贈ることでもない。

ボクが立派な課長になることだ。

よーし。

やるぞ!ボクは心の底からそう思った。

ボクの心を知ってか、知らずか、ドラさんは満面の笑みと共に、バーベキューの肉を口いっぱいに頬張っていた。

ユウを中心にメンバーの輪が広がり、温かな笑いがあふれていた。

ツヨシの前にはお酌をする部下の長い列ができていた。

そして、ボクの周りには新しいメンバーたちの初々しい笑顔があった。

春の冷たい風に吹かれて、ぶるんと身震い、いや武者震いをして、ボクは誓った。

「アドラー心理学を活かして、ボクは必ずや立派な課長になります。

ドラさん。

どうか、福岡からボクを見守っていて下さい」と。

チチ、チと小鳥がさえずった。

桜の花びらが一枚舞い落ちた。

新しい一年が始まった。

[ドラさんの宿題]相手を信じ、自分を信じて、頼る、甘える、任せる

[コラム]共同体感覚と勇気づけの交差点。

任せる『任せる技術』(日本経済新聞出版社)、『自分でやった方が早い病』(星海社新書)という著作を持つ筆者は講演の際に受講者へ必ず質問をします。

「『自分でやった方が早い』と一度でも思ったことがある人、手を挙げて」というものです。

すると毎回百パーセントの確率で全員から手が挙がります。

かように「任せる」のは難しいわけです。

任せられない上司は部下を信頼できず、自分を信頼できていません。

任せることで失敗し、かつ自分が怠け者だと糾弾されるのではないか、と恐れるのです。

逆に、任せられる上司とは、部下を信頼し、自分を信頼することができる上司です。

バーベキューの場面でリョウ君はそれをドラさんから教えられ、早速チャレンジしているのです。

本章にある通り、「任せる」ことは勇気づけそのものであり、共同体感覚の発揮そのものです。

二つの交差点に「任せる」があるわけです。

アドラー心理学を学び実践することで、めきめきと実力をつけた主人公のリョウ君は課長へと昇進し、これまでとはまったく違う役割を求められ、とまどいます。

しかし、役割が違っていても、引き続きアドラー心理学の教えは大いに役に立つことに気づきます。

そして、困難な道の第一歩を勇気を持って踏み出したのです。

さて、リョウ君は課長として引き続き活躍できるでしょうか。

物語はいよいよエンディングへと向かっていきます。

エピローグドラさん、チャレンジを続ける

ドラさんの退職から既に四年が経ったなんて信じられない。

もう四年。

いや、たった四年か。

どっちでもいいや。

今日は大切な残念会の日だ。

ドラさんと共に、精一杯悔しい思いを味わおうではないか。

「惜敗!」乾杯をもじって声がかかる。

次々と参加者が杯を交わし、飲み干す。

ボクたち夫婦にとって初めての訪問となる福岡の人たちはペースが速い。

ビールだろうが、焼酎だろうが、日本酒だろうが基本すべて一気飲み。

老いも若きも、男も女もグイッと杯を傾ける。

「ドラさん、残念やったっちゃなぁ!いやぁ、ほんのこつ惜しかったばい!」口々に地元福岡の後援会員がドラさんを励ます。

肩を叩く。

抱く。

握手する。

ドラさんはまるで祝勝会であるかのように嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。

会場の正面には片目が空いたままの大きなだるまが、あえて飾ってある。

その隣に悠然と立つドラさんのもとへ、ミニスカートとパンプスを履いたボクのカミさんが駆け寄ってドラさんに飛びかかった。

「キャー!ドラさぁん!久しぶりですぅ。

今回は残念でしたぁ。

あと、ほぉんのちょっとで、福岡県知事だったのにぃ。

悔しいぃ!知事室に遊びに行きたかったわぁ」片手に生後半年に満たない娘を抱いたまま、もう片方の手でドラさんの肩を抱いた。

我が社を退職したドラさんは、今は亡き御尊父の跡を継ぎ、あっという間に福岡の町工場を立て直した。

古色蒼然とした中小企業にインターネットを導入。

IoTの最先端技術を活かして初年度から黒字化を達成したのだ。

少しだけ種明かしをすると、IoTの導入に際しては我が社、いやボク自身が担当となり少なからずお手伝いをさせていただいた。

その甲斐もあってドラさんの町工場は一躍、日本中、いや世界中から注目されるベンチャー企業へと生まれ変わったのだ。

同社はその後、三年連続増収増益を繰り返し、地元福岡のみならず、遠く東京でもその名をとどろかせ、ビジネス誌に大きく取り上げられた。

ドラさんは業績を軌道にのせるだけでなく、人材育成にも熱心に取り組んだ。

それまで一介のエンジニアにすぎなかった妹婿をすぐに取締役へ引き上げ、翌年には社長に抜擢した。

そして自らは会長に納まった。

それは名ばかりのものではなかった。

工場の経営は名実共に妹婿に任せ、自らはこれまでの経験を伝える講演活動で日本中を駆け巡るようになっていったのだ。

そんなスター街道まっしぐらのドラさんを福岡の経済界が放っておくわけがない。

経団連、商工会議所、青年会議所がこぞってドラさんを担ぎあげ、福岡県知事に立候補させた。

残念ながら県知事の座は、あと一歩というところで届かず、現職知事が再選を果たした。

けれど、そんなことはどうでもいい。

ボクはドラさんの生き様に圧倒されたんだ。

インターネット広告会社の課長から町工場の跡継ぎへ。

そしてベンチャー企業の旗手となり、講演家へ転身。

と思っているうちに、政界へ進出し、あわや県知事になる一歩手前まで躍進を続けたのだ。

「ボクだって負けていられない。

ドラさんに恥ずかしい生き方はできない」ボクは強くそう思った。

あれから、ボクは新設されたIoT推進課で、ドラさんの工場を含むプロジェクトを次々と立ち上げ、有名ベンチャーの陰の仕掛け人となった。

その功績を認められ、一つの課が部に、そして一つの会社となり、ボクは社内ベンチャー企業の第一号社長として、経営を委ねられることとなったのだ。

わずか四年前にインターネット広告会社の課長であったドラさんと一介の平社員にすぎなかったボクたちが、気がつけば県知事候補とベンチャー企業経営者になったわけだ。

我ながら驚くような変化だ。

その陰には間違いなくアドラー心理学がある。

ドラさんもボクもアドラーに学んだことを経営や人生に活かすことにより、あっという間に人生が変わったのだ。

「フンギャー、フンギャー!」ボクとリカにとって自分の命よりも大切な愛娘が泣き出した。

おむつか、それともおっぱいか。

ずっと彼女のいなかった弱虫のボクが、今はこうして娘と妻を抱え、家族のため、自分のため、そして日本のために毎日を活き活きと過ごせている。

奇跡のようだ。

人は誰でも変わることができる。

ボクはそれを一人でも多くの人に伝えたいと思う。

自分を勇気づけ、次に他人を勇気づける。

そして、共同体感覚を持ち、行動する。

そうすれば誰だって幸せになることができる。

アドラーの言うところの「有益な人」に生まれ変わることができるのだ。

「そんなら、ドラさんを胴上げせんね!」地元の後援会長が叫ぶ。

ドラさんはかつてと変わらないクリクリまなこを楽しそうにキョロキョロとさせながら、胴上げされるのを待っている。

わっしょい!わっしょい!わっしょい!ドラさんは経営者として、そして政治家として、世の中の人の役に立ち続けるだろう。

ボクはベンチャー企業経営者としてボクのできる精一杯の貢献を続けるだろう。

わっしょい!わっしょい!わっしょい!それぞれが、それぞれの道を行く。

上下や優劣や勝敗なんてくそ食らえ、だ。

ボクは力一杯ドラさんを放り上げた。

そして思った。

人生はとてもシンプルだ。

そして……。

素晴らしい!リカの手の中で愛娘がキャッキャと笑っている。

娘よ。

この場面をよぉく目に焼きつけておいておくれ。

ボクは、これからもキミに恥ずかしくない人生を歩んでいくよ。

アドラーからドラさんへ。

ドラさんからボクへ。

ボクから娘へ。

そして、さらにその先へ……。

連綿とバトンは渡されていくだろう。

途中でバトンを落とすわけにはいかないぞ。

ボクは汗をかきそうなほどの熱気に満ちた会場で一人、ブルブルッと武者震いをした。

あとがき「何度も何度も個人心理学(アドラー心理学)は『共同体感覚』と『勇気』という標語を示さなければならない」(『子どもの教育』アルフレッド・アドラー著、アルテ)アドラーによるこの言葉と「アドラーが提示した四類型」とが私の頭の中で一つに合わさったとき本書の構成ができあがりました。

幸せに生きる唯一の道「有益な人」になる方法は、「勇気」により活動性を高め、「共同体感覚」を実践していくしかないのです。

本書の前半は「勇気」の章です。

そして後半は「共同体感覚」に関する章。

アドラーによるたった二つのシンプルなキーワードは、あたかも車の両輪のように、私たちを幸福な人生へと誘ってくれることでしょう。

「人生が複雑なのではない。

あなたが人生を複雑にしているのだ」アドラーの言葉通り、人生は、きわめてシンプルなのです。

アドラー心理学は子育てを中心とした対人関係に関する心理学です。

その教えは、私たちの多くが関わる企業組織における対人関係にも大きな示唆を与えてくれるでしょう。

しかし、アドラーの教えをそのまま職場に当てはめてしまうと齟齬をきたします。

利益を追求するゲゼルシャフト(機能共同体)である企業組織において、家族に代表されるゲマインシャフト(価値共同体)を念頭においたアドラーの教えをそのまま当てはめることはできないからです(アドラー心理学の中核概念「共同体感覚」はドイツ語でゲマインシャフツゲフュール〈Gemeinschaftsgefühl〉と言います)。

筆者は二十年以上にわたり、コンサルタント、研修講師としてクライアントの人材育成を支援し、同時にリクルートの管理職、ベンチャー企業の役員、社長として自社経営に携わってきました。

また、それと並行してアドラー派の心理カウンセラーとしても悩み多きビジネスパーソンの心に寄り添ってきました。

これらの経験から、私の使命は「アドラー心理学をビジネスの現場へ応用する架け橋になること」だと考えています。

そして、まさにその「架け橋」たらんと企図し、本書を執筆いたしました。

皆様のお役に立てれるのであれば幸甚です。

最後に、本書の執筆に際して共同体感覚に満ちた大きな貢献をいただきました師に対して心からの御礼を述べることで、あとがきに代えさせていただきたく思います。

アドラー心理学の師である有限会社ヒューマン・ギルド代表取締役岩井俊憲先生の教えなくして本書は生まれ得ませんでした。

我が師の師、モントリオール個人心理学研究所所長のジョセフ・ペルグリーノ博士の茶目っ気たっぷりの振る舞いから人物造形に大きなヒントをいただきました。

そして、アドラー心理学を共に学ぶ同門の友たち、です。

ありがとうございました。

アドラー派の心理カウンセラー、組織人事コンサルタント小倉広

参考文献『人はなぜ神経症になるのか』アルフレッド・アドラー(春秋社)2001年『アドラーのケース・セミナー』アルフレッド・アドラー(一光社)2004年『生きる意味を求めて』アルフレッド・アドラー(アルテ)2007年『人間知の心理学』アルフレッド・アドラー(アルテ)2008年『教育困難な子どもたち』アルフレッド・アドラー(アルテ)2008年『性格の心理学』アルフレッド・アドラー(アルテ)2009年『人生の意味の心理学(上)(下)』アルフレッド・アドラー(アルテ)2010年『個人心理学の技術Ⅰ・Ⅱ』アルフレッド・アドラー(アルテ)2011年、2012年『個人心理学講義』アルフレッド・アドラー(アルテ)2012年『子どもの教育』アルフレッド・アドラー(アルテ)2013年『子どものライフスタイル』アルフレッド・アドラー(アルテ)2013年『性格はいかに選択されるのか』アルフレッド・アドラー(アルテ)2013年『アドラー心理学教科書』(ヒューマン・ギルド出版部)1986年『アドラー心理学の基礎』R・ドライカース(一光社)1996年『現代アドラー心理学(上)(下)』G・J・マナスター/R・J・コルシーニ(春秋社)1995年『アドラー心理学入門』ロバート・W・ランディン(一光社)1998年『アドラーの生涯』エドワード・ホフマン他(金子書房)2005年『アドラー心理学シンプルな幸福論』岸見一郎(KKベストセラーズ)2010年『無意識の発見(下)』アンリ・エレンベルガー(弘文堂)1980年『子どものやる気』R・ドライカース/ドン・ディンクマイヤー(創元社)1985年『やる気を引き出す教師の技量』R・ドライカース/パール・キャッセル(一光社)1991年『勇気づけて躾ける』R・ドライカース/ビッキ・ソルツ(一光社)1993年『どうすれば幸福になれるか(上)(下)』W・B・ウルフ(一光社)1994年、1995年『感情はコントロールできる』D・ディンクメイヤー/G・Dマッケイ(創元社)1996年『人はどのように愛するのか』R・ドライカース(一光社)1996年『ライフ・スタイル診断』バーナード・シャルマン/ハロルド・モサック(一光社)2000年『アドラー心理学によるカウンセリング・マインドの育て方』岩井俊憲(コスモス・ライブラリー)2000年『勇気づけの心理学』岩井俊憲(金子書房)2011年『カウンセラーが教える「自分を勇気づける技術」』岩井俊憲(同文館出版)2013年『アドラー心理学ワークブック』岩井俊憲(宝島社)2014年『変革の時代の経営者・管理者のコミュニケーション』岩井俊憲(アルテ)2009年『嫌われる勇気』岸見一郎/古賀史健(ダイヤモンド社)2013年『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』小倉広(ダイヤモンド社)2014年『アドラーに学ぶ部下育成の心理学』小倉広(日経BP社)2015年『アドラーに学ぶ職場コミュニケーションの心理学』小倉広(日経BP社)2016年『幸せになる勇気』岸見一郎/古賀史健(ダイヤモンド社)2016年『ロジャーズ選集(上)(下)』ハワード・カーシェンバウム編他(誠信書房)2001年『それでもなお、人を愛しなさい』ケント・M・キース(早川書房)2010年『任せる技術』小倉広(日本経済新聞出版社)2011年『自分でやった方が早い病』(星海社新書)2012年

小倉広HiroshiOguraアドラー派の心理カウンセラー。

組織人事コンサルタント。

コーチングや交流分析などを学ぶうち、それらの源流にアドラー心理学があることを知り、岩井俊憲氏に師事。

現在は「子育て中心の理論であるアドラー心理学をビジネスに活かすための架け橋となる」ことを使命に、数多くの企業にて講演、研修を行っている。

著書に『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)、『アドラーに学ぶ部下育成の心理学』(日経BP社)、『任せる技術』(日本経済新聞出版社)など。

著作累計100万部。

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