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第六章 どのように人間は準備するのか

子どもの遊びが意味するもの 注意深い人の理由 忘れやすい人の特徴 無意識の力とは何か 自分は醜いと言い張る青年の深層 英雄理想が崩れたとき 夢を観察すればわかること 夫を責めるという夢の意味 青年の夢判断の結果は 未来を予知する夢 才能とは何か

第六章 どのように人間は準備するのか子どもの遊びが意味するもの 個人心理学の原則は、精神生活の現象はすべて、頭に浮かぶ目標に向かう準備だと解釈できるということです。

これまで記してきた精神生活のありさまは、個人の願望を満たしてくれそうな未来に対して準備しているということを示しています。

これはごく人間的な現象で、だれもがこのプロセスを経験すると考えられます。

古い神話や伝説が、いつかそうなるとか、かつてはそうだったと理想の状態についてしきりに語るのも同じことです。

あらゆる民族がかつて楽園があったと信じていますし、あらゆる宗教のなかにも人類の願望の名残が見られます。

そこでは、すべての困難が克服された未来が来ると信じられているのです。

天国の幸福や永劫回帰の示唆も、また、魂はくりかえし新たな姿を得るという信仰も同じことを伝えています。

あらゆる童話は、幸せな未来への希望を人類が決して失わなかったことを証明しています。

子どもの生活には、未来への準備をはっきり示す遊びという現象があります。

親や教育者は、遊びを気まぐれな思いつきととらえてはいけません。

遊びは教育を補助し、精神や空想や適応能力を刺激するものです。

遊びのなかには決まって未来への準備が示されています。

子どもがどうふるまうか、なにを選ぶか、どのような意味を感じるかといったところにそれは現れます。

同じように遊びのなかには、周囲とどのような関係を作っているか、周囲の人への態度はどうか、友好的か敵対的か、支配する傾向がとくに強く出ているかが示されます。

さらに、人生にどのくらい適応しているかも観察できます。

つまり、遊びは子どもにとって非常に大事なのです。

子どもの遊びを未来への準備ととらえることをわたしたちに教えてくれたのは、教育学者のグロース教授です。

教授は、動物の遊びの根底にもこうした傾向があることを証明しました。

しかし、これですべてではありません。

遊びは共同体感覚を実証するものでもあるのです。

子どもの共同体感覚は強いため、子どもはどんなときにもそれを満たそうとし、力強く引き動かされます。

遊びを避ける子どもには、共同体感覚を育てることに失敗している可能性が疑われます。

こうした子どもはすぐに後ずさり、ほかの子どもと遊ぶときに場をしらけさせることばかりします。

そんなことをしてしまうのは、高慢で自己評価が不十分なために、自分の役割をきちんと演じられないのではないかと恐れているからです。

一般的に、子どもの共同体感覚がどのくらいあるかは、遊んでいるところを見ればまずわかります。

遊びのなかにはっきりと現れるもう1つの要素は、命令や支配の傾向がある優越という目標です。

これを把握するには、子どもが強引に前に出ようとするか、その場合どの程度か、自分の傾向を満足させ、支配する役割を演じられる遊びをどのくらいしたがるかを見ます。

人生への準備、共同体感覚、支配欲という3つの要素のどれも含まない遊びはほぼ見つかりません。

遊びがもつ要素はもう1つあります。

子どもが示す仕事の可能性です。

遊んでいるときの子どもは多少なりとも自立した存在であり、他者とのつながりのなかで成果を出すことが求められます。

この創造的な要素が強い遊びはたくさんあります。

なかでも、子どもが創造力を大いに働かせることができる遊びには、将来の仕事に深く関わる要素が隠れています。

ですから、多くの人の経歴には、最初は人形に服を作っていて、のちに大人用の服を作るようになったなどのケースがあるのです。

遊びは子どもの精神の成長と強く結びついています。

いわば子どもの仕事のようなものであり、また、そう解釈すべきものです。

そのため、遊んでいる子どもの邪魔をするのはとても害のあることです。

遊びを時間の無駄と考えてはいけません。

未来への準備という目標に目を向ければ、将来どんな大人になるかが多少見えてきます。

ですから、子ども時代について知ることは、人を判断するのに役立つ重要なプロセスなのです。

注意深い人の理由 人間の中心を占める精神器官の能力は注意力です。

自分の内外の出来事を感覚器官で注意深く感じとろうとするとき、わたしたちは独特の緊張した感覚になります。

しかもその緊張感は全身に広がるものではなく、目など、特定の感覚領域に限定されます。

そこでなにかが準備されているような感覚になるのです。

実際、運動が行われ(目であれば視線を向ける)、それが特別な緊張を感じさせていると言えます。

注意を向けることで、精神器官や運動器官の特定の領域が緊張するのであれば、それはつまり、ほかの緊張がさえぎられるということです。

そう考えれば、わたしたちがなにかに集中すると、あらゆる邪魔を排除したくなることが説明できます。

要するに、精神器官にとって注意を向けるとは、準備を整えて、現実と特別な形でつながるということを意味します。

特別な目的のために全力を尽くさなければならない非常事態で、攻撃か防御の準備をしているのです。

病気や精神的な問題をかかえている場合は除いて、注意力はだれにでもあります。

ところが、注意力を欠いた人を目にする機会は少なくありません。

これには多くの理由があります。

第一に、疲れていたり病気だったりすれば、注意を働かせる能力は低下します。

また、注意を向けるべき対象が、人生に対する自分の態度や動きのラインと合わないために、まるで注意を払おうとしない人もいます。

こうした人の注意力は、なにか人生のラインに関わることが問題になるとすぐ目覚めます。

ほかにも、物事に反対する傾向があると、注意力を欠くことがあります。

反対のことばかりする子どもは、どんな提案を受けてもノーと答えます。

子どもが目立たない形で反対することもあります。

こうした場合にとるべき教育法は、子どもが無意識にかかえる人生のラインに教材を合わせ、子どもと人生のラインに折り合いをつけることです。

すべてを見て聞き、あらゆる現象や変化を感じとる人もいます。

ほとんど視覚だけで世界と向きあう人もいれば、聴覚ばかりを用いる人もいます。

聴覚タイプは、目に見えるものが対象の場合、なにも見ず、注意を向けることも向ける気もありません。

期待した注意が得られないことが多いのは、こうしたことも理由になっています。

注意を得るためにもっとも重要な要素は、本当に深い位置にある関心です。

この関心は、注意よりもずっと深い精神の層にあります。

関心があれば注意が向くのは当然のことで、教育で働きかける必要はありません。

教育は、人が関心をもつ領域を特定の目的のために利用する手段にすぎません。

人間の成長は完璧に行われることはないため、どうしても誤った方向へ進んでいきます。

こうした誤った態度によって、当然ながら関心も影響を受け、人生への準備には重要でないことへ向かっていきます。

関心が自分にばかり向かったり、手にした権力に向かったりすれば、とにかく力に対する関心と関わるところ、なにか得られそうだ、あるいは自分の力がおびやかされている、と感じるようなところに注意が払われるようになります。

また、力に対する関心が別の関心に変われば、長く注意を引くことはできなくなります。

とくに子どもでは、評価を得られることにすぐに注意を向ける様子がはっきりと見られます。

けれど、得るものはなさそうだと思えば、たちまち注意が失われます。

きわめて多様な流れや奇妙なことが起こり得るのです。

注意力に欠けるというのは、そもそも、注意を求められることから逃げようとしているということです。

注意がそれているというのは、単に別のことに注意を向けている状態です。

ですから、「集中できない」という言い方は正しくありません。

なにか別のことであれば、きちんと集中できるのです。

いわゆる意志やエネルギーの欠如も、集中力の欠如と同じような状態です。

この場合も、たいてい、かなり強い意志やエネルギーが発見されます。

でも、なにか別のほうへ向かっているのです。

こうしたケースの治療は簡単ではありません。

治療するには、人生のライン全体を解明するしかありません。

いずれにしても、なにか別のことを目指しているから注意力に欠けるのだと推定できます。

注意が散漫という状態は、多くの場合、変わらない性格として残ります。

仕事を割りふられたのに、なんらかの形で断ったりきちんとできなかったりして、周囲に迷惑をかける人はよくいます。

求められる仕事に手をつけるようになると注意が散漫になるのです。

忘れやすい人の特徴 怠慢とはふつう、人の安全や健康が、必要な配慮をされずに危険にさらされる場合に使われる言葉です。

怠慢は、人が完全に不注意になっていることを示す現象です。

注意が不足するのは、周囲の人にあまり関心がないからです。

怠慢の特徴を考慮すると、たとえば遊んでいる子どもを見て、自分のことばかり考えているか、他者のことも十分考えているかが読みとれます。

この種の現象は、人の公共心や共同体感覚を測るたしかなバロメーターです。

共同体感覚が十分に育っていない人は、たとえ罰で脅されたとしても他者への関心をもつことがなかなかできません。

共同体感覚が育っている人ならば、苦もなく関心をもてたり、すでにもっていたりします。

ですから、怠慢というのは、共同体感覚を欠いている状態なのです。

とはいえ、ここであまりに不寛容になるのもおかしいでしょう。

期待される関心をもたない理由も、つねに考えていかなければなりません。

集中力が制限されると、人は忘れやすくなったり、大事なものを紛失したりします。

ある程度の注意力や関心はあるのでしょうが、それが十分でなく、なにか不快なことで低下しているのです。

この不快感が、ものをなくしたり忘れたりする行為を導き、うながし、起こさせています。

たとえば、子どもが本をなくす場合などがそうです。

たいていはすぐに、子どもが学校の環境にまだなじんでいないことが確認されます。

また、しょっちゅう鍵をどこかにおき忘れたりなくしたりする主婦もいます。

この場合も、家事に慣れないということが判明するものです。

忘れやすい人はあからさまには反抗しませんが、すぐ忘れるという行為によって自分の課題にあまり関心がないことを伝えています。

無意識の力とは何か ここまで読めば、出来事や現象について、体験者本人はたいてい十分には言い表せないことがわかったでしょう。

たとえば、注意深い人がなんでもすぐに気づく理由を自分で言えることはほとんどありません。

つまり、意識の領域では見つからない精神器官の能力があるのです。

無理に意識して注意することはある程度までできるとしても、注意に対する刺激は、意識のなかでなく関心のなかにあります。

この関心もまた、ほとんどが無意識の領域に存在するのです。

無意識というのは精神器官の働きで、領域を越えて作用します。

そして同時に、精神生活におけるもっとも強力な要素でもあります。

そこには、人間の動きのライン、(無意識の)人生のラインを作る力が見つかります。

意識のなかにあるのはそれの反映でしかなく、ときにはまったく逆の形をとっていることさえあります。

たとえば、虚栄心の強い人はたいてい自分の虚栄心に気づいておらず、反対に、控えめに見えるようにふるまいます。

虚栄心が強くあるためには、虚栄心を自覚している必要などないのです。

それどころか、自覚してしまうと、その人の目的にとって都合がわるくなります。

知ってしまえば、控えめにふるまうことができないからです。

自分の虚栄心には目を閉じて、注意をほかにそらしているときだけ、見せかけの安全をつかめます。

こうして、プロセスの大部分は暗がりのなかで進行します。

もしこれについてその人と話そうとすれば、会話は難航するでしょう。

こういう人には、まるで邪魔されるのを防ぐように、身を翻して逃げる傾向があります。

けれどこの態度は、わたしたちの見解を裏づけてくれるものでしかありません。

こうした人は演技を続け、仮面をはごうとする人を邪魔者だと感じて防戦しようとします。

このようなふるまい方を見ると、人間を2つにわけることができます。

内面の出来事をよくわかっているか、あまりわかっていないか、つまり、意識の領域が大きいか小さいかというわけ方です。

多くの場合、これは、人生の小さな領域に注意が集まっているのか、それとも多方面につながって、人生や世界の出来事という大きな領域に関心があるのかに符合しています。

苦境にあると感じている人は、人生の小さな部分に自分を限定していますし、人生からやや顔をそむけている人は、共生に前向きな人ほどはっきりとは人生の課題が見えていません。

関心が限られているので、細かいことは把握できないのです。

人生の課題のごく一部しか見ず、全体を眺めることはできません。

全体に目を向けることに労力をとられるのを避けているのです。

個々のケースで考えると、人生に対する自分の能力を知らないで過小評価している人が、自分の誤りについても十分に把握せず、本当はエゴイズムから行動しているのに自分を善人だと思っていることはよくあります。

反対に、自分をエゴイストだと思っている人が、よく見ると、きちんと話の通じる相手だとわかることもあります。

人が自分のことをどう思っているか(または、他者からどう思われているか)は、重要ではないのです。

重要なのは、社会のなかで見せる全体的な態度です。

人が社会でなにを望み、なにに関心をもつかは、この態度によって決まり導かれます。

実際、人間には2つのタイプがあります。

1つは意識的に生きるタイプで、先入観をもたずに人生の課題と向きあいます。

もう1つは先入観をもって人生や世界のごく一部だけを見るタイプで、つねに無意識に自分を動かして、適当な理屈をつけます。

そのため、ともに生きる 2人の人間のあいだに、一方が反対ばかりするために困難におちいるという事態が起こります。

双方が反対するケースのほうが多いかもしれませんが、この一方ばかりが反対するケースも珍しくはありません。

反対する人は自分の行動に気づいておらず、自分は平和主義で、協調を一番大事にしていると信じてさえいます。

しかし、事実は反対で、相手がなにか言えば、必ず側面をついて反論します。

それも表面的にはわからないようなやり方をするのです。

けれどよく見れば、言葉のなかに敵対的で好戦的な雰囲気があるのがわかります。

こうして多くの人は自分のなかに、自覚のないまま働く力を育てます。

無意識のなかにあるこの力は人生に影響を与え、もし見つからなければ重大な結果をもたらす可能性があります。

ドストエフスキーはこうした例について小説『白痴』のなかで、心理学者を感嘆させるような形で書き表しています。

ある女性が、人が集まったおりに、小説の主人公である公爵に向かって当てこするような口調で、貴重な中国製の花瓶を落とさないように言いました。

公爵は気をつけると約束します。

けれど数分後、花瓶は床に落ちて割れていました。

集まった人たちはこれを偶然とは思わず、女性の言葉に気を病んだ公爵の性格から生じた自然な展開だと見なします。

人を判断するとき、わたしたちは意識的な行動や発言だけから推論したりはしません。

多くの場合、思考や行動のなかに漏れでる細部のほうが、ずっと正しくたしかな手引きになります。

たとえば、爪をかむ、鼻をほじるといった目につきやすい悪癖をもつ人は、その悪癖で自分が反抗的だと伝えていることにまったく気づいていません。

悪癖を身につけることになった関連をわかっていないのです。

こうした子どもは、爪をかんだりすることで何度も注意されてきたはずです。

それでもやめないのなら、反抗的であることは明らかでしょう。

わたしたちの見る目を磨けば、人のあらゆる動きから、事前の情報がなくてもさまざまな推論を引きだすことができるようになるでしょう。

こうした細部のなかにも、その人の全体の姿が隠れているのです。

2つの例をあげましょう。

どちらのケースも無意識のまま行われ、無意識のままである必要がありました。

そこにはどんな意味があるのでしょうか。

また、この2つのケースは、人間の精神には意識を指揮する力があることも示しています。

つまり、精神の動きにとって必要であれば意識して行い、反対に、同じ目的のために必要であれば、無意識のままとどめたり、無意識に行ったりすることができるのです。

自分は醜いと言い張る青年の深層 1つ目のケースは若い男性です。

男性は第 1子で、妹とともに育ちました。

母親は彼が 10歳のときに亡くなっています。

それ以降は、父親が教育を担いました。

父親は知的で、情に厚く、とても道徳的な人で、息子の向上心を伸ばし駆り立てようとしていました。

この男性患者もつねに前に出ようとして、優秀に育ち、実際に道徳的にも学問の面でもいつも一番でした。

これは父親をとても喜ばせました。

患者は幼いころから、人生で重要な役割を果たすよう、父親から運命づけられていたのです。

けれど、人生に対する患者の態度には、父親が心配になって変えなければと思うような部分が現れてきました。

患者にとって、妹が手強いライバルになっていたのです。

妹もまた優秀に育っていました。

そして、弱い立場を武器にして勝とうとし、兄を蹴落として認められようとしていました。

妹は小さな家庭のなかでかなり優位に立っていて、患者にとってこの闘いはつらいことでした。

妹が相手だとほかでは容易に手に入る名声や評価が得られず、彼のほうが優秀なことで仲間からは得られていた多少の服従も、妹から引きだすことはできませんでした。

とくに思春期になったころには、患者が対人関係で

奇妙な様子を見せていることに、父親はすぐに気づきました。

まったく社交的でなく、知人や見知らぬ人とは会いたがらず、相手が女子となれば逃げだしたのです。

父親は最初、こうした様子をおかしいとは思いませんでした。

けれどその後、患者はほぼ家から出なくなり、夜遅くでなければ散歩に行くことも嫌がるようになりました。

ひどく内にこもり、知人にあいさつすらしようとしません。

しかし、学校での立場や父親に対する態度はいつも問題なく、素質は優れていると周囲は信じていました。

患者をもうどこにも連れだせなくなったとき、父親はやっと医者を訪ねました。

何度か面接すると、次のことがわかりました。

患者は耳がひどく小さいために、人から醜いと思われていると考えていたのです。

実際はそんなことはありませんでした。

その考えには同意できないこと、それに頼って対人関係から逃げようとしていることを伝えられると、患者は自分は歯も髪も醜いと言い張りました。

これも事実ではありません。

患者とのやりとりからは、彼が大きな野心でいっぱいであることがわかります。

本人も自覚していて、原因の1つは、努力して人生で高い地位を得ることを父親が強いたことだと話しました。

彼が人生で一番したいことは、学問に専念することでした。

この願いが共同体や共生を避ける傾向と結びついていなければ、とくに目を引かなかったでしょう。

彼はどうしてこんな幼稚な考えをもつようになったのでしょうか? それは、もし彼の考えが正しければ、人生に踏みだすのに用心してびくびくしていてもしかたがないことになるからです。

醜さはたしかに人に困難をもたらすことがあります。

さらに調べると、彼がある目標をかかえ、猛烈な野心で追求していることが判明しました。

これまで一番だった彼は、ずっとその状態を保ちたかったのです。

この目標を達成するには、集中、勤勉など、さまざまな手段があります。

彼にはそれだけでは足りなかったのでしょう。

自分に不要と思えるものを極端なほど人生から排除しようとしました。

これを言葉にして「有名になって学問に没頭したいから、すべての対人関係を払いのける必要がある」と言うこともできたでしょう。

けれど彼はそんなことを言いも考えもしませんでした。

反対に、目的のために注意をそらし、自分は醜いなどと主張したのです。

このどうでもいい主張は、彼が本当にほしいものを手に入れるのに役立ちました。

ひそかな目標を追求するために、熱を込めておかしな理屈を述べたり、大げさな説明をしたりするだけでよかったからです。

もし彼が一番になるために禁欲主義者のように生きたいと言っていれば、だれでもすぐに彼の目標を見抜いて理解したでしょう。

一番になりたいという考えは、彼の内面に染みわたっていたのに、意識はされていませんでした。

というのは、この目標のためにすべてをかけようとは考えていなかったからです。

もし目標のためにすべてを犠牲にしようと意識して考えていたなら、醜いから社会に出ることは許されないと話すときほど安全ではいられなかったでしょう。

一番になりたいから周囲との関係を避けるなどと公言すれば笑われます。

自分でもその考えにぎょっとするでしょう。

この考えは意識して考えられるべきものではないのです。

周囲にも自分にも見つけられたくない考えというのがあります。

だから、この考えは彼にとって無意識のままでいるのがよかったのです。

こうした人は、それまでの態度を維持するために、自分にも主要な動機を明らかにすることを許しません。

もしこの動機を本人に理解させれば、精神のメカニズム全体を乱してしまいます。

本人が防がなければならないと思っていたことが起こるからです。

意識して考えてはいけない思考のプロセス、自覚すると目標の邪魔になる思考のプロセスが明らかになってしまいます。

邪魔になる考えはわきにおき、自分の態度を後押しする考えは拾いあげるというこの現象は、よく見ると、ごく人間的な現象だとわかります。

人間はみんな、自分の考えと態度に必要なものしか見ないからです。

ですから、わたしたちを助長するものは意識され、理屈の邪魔になりそうなものは無意識の状態に留まるのです。

2つ目は、とても有能な青年のケースです。

父親は教師で、彼はいつも 1番でいることを厳しく求められました。

このケースでも青年が非常に優秀であることが認められています。

彼はどこに行っても一番でした。

対人関係では愛される人物で、友人も何人かいました。

18歳のころ、大きな変化が起こりました。

青年はなにもかもから退き、なにも楽しまず、不機嫌で不満がちになりました。

友人ができてもすぐにだめになります。

だれもが彼の態度を不快に思いました。

けれど父親だけは別でした。

息子がいっそう勉学に励めると思っていたときは、引きこもった生活を都合がよいものだと感じていました。

治療の際、青年は、父親に人生を台無しにされた、自信も生きる勇気ももてない、孤独のなかで人生を過ごすしかないと訴えつづけました。

すでに成績も下がり、大学に落ちていました。

彼の話では、変化が始まったきっかけは、現代文学の知識が少ないことを友人たちに笑われたことでした。

その後も同じようなことが何度か起きると、彼はだんだんと孤立して、あらゆる人間関係から距離をおくようになりました。

このとき彼は、失敗の責任は父親にあるという考えにすっかり支配されていました。

両者の関係は日に日に悪化しました。

英雄理想が崩れたとき 2つのケースは、多くの点で似ています。

1つ目のケースでは患者は妹の抵抗にあって失敗し、2つ目のケースでは父親と敵対的な関係を作っています。

どちらの患者も、わたしたちが英雄理想と呼んでいる理想を人生のラインとしてもっていました。

英雄の興奮からさめてしまった 2人は、すべてを投げだして、完全に引きこもりたくなったのでしょう。

けれど、2つ目のケースの患者が「ぼくはもう英雄ではいられない。

ほかの人のほうが優れているのだから、ぼくは後ろに引いてつらい一生を送ろう」などと言うと思うのは間違っています。

たしかに彼の父親は正しくなく、その教育はひどいものでした。

自分の悪質な教育にばかり集中して、何度も力説していました。

ところが患者は、この観点に立って、父親の教育がわるかったことをよりどころにして、引きこもるのは正当だと見なそうとしました。

おかげでもう敗北に苦しまずにすみ、自分の不幸を父親のせいにできたのです。

こうして、自分の自意識と評価を部分的に救うことができました。

彼には少なくとも輝かしい過去があり、その勝利が続けられなかったのは、父親のひどい教育で成長を妨げられたせいだということになったのです。

青年のなかには、およそ次のような思考のプロセスが無意識のままに存在していました。

「人生の本舞台に近づいたいまは、一番になることは簡単でないのはわかっているから、人生から後ずさるために全力を尽くそう」。

けれど、この考えは意識して考えるべきものではなく、こんなことを口に出して言う人もいません。

ところが、まるでこの考えを計画しているかのようにふるまうことが人間にはできるのです。

そのために青年は別の理屈をもちだしています。

父親の教育の失敗だと言いつづけて、社会と人生の決断を回避することに成功しています。

こうした思考のプロセスが意識されたら、ひそかな企みのある彼には邪魔なだけでしょう。

だから、無意識のままでいなければならなかったのです。

自分が無能だと口にすることはできませんでした。

彼には輝かしい過去があったからです。

いま勝利を得られていないのを、自分のせいにするわけにはいきませんでした。

そこで、態度で示すことで、父親の教育がわるかったと、いわば立証することにしたのです。

青年は裁判官であり、原告であり、被告でありました。

こうした立場を彼が手放すでしょうか。

父親のせいだという話になるのは、青年が望んでいるあいだだけ、手に入れた有効な手段を必要としているあいだだけであることを、彼は無視していました。

夢を観察すればわかること 夢については、昔から、人間の精神生活を推論できると言われています。

ゲーテと同時代の科学者リヒテンベルクはかつて、人間の本質と性格は、言葉や行動よりも夢からのほうが推論できると語っています。

これは少し言いすぎでしょう。

わたしたちは個々の現象はごく用心して扱い、ほかの現象と結びつけてから解釈するという立場をとっています。

そのため、わたしたちが夢から人の性格を推論できるのは、1つの夢から得た見解が、どこか別のところからも裏づけられる場合だけだと考えます。

夢の観察は古くから行われています。

文化が育て残したさまざまな要素、なかでも神話や伝説からは、現代よりも昔のほうがずっと多く夢にとりくんできたことが推察されます。

また、夢についてもっと理解していたようにも思います。

ギリシャなどで夢がどれほど大きな役割を果たしていたか、想起してみてください。

キケロは夢についての本を著していますし、聖書にも夢の記述があって、巧みな解釈がなされています。

どんな夢かを話しただけで、みんながその意味をすぐに理解することもあります(聖書でヨセフが兄たちに語った麦束の夢など)。

まったく別の文化を土台とするニーベルンゲン伝説からも、当時、夢には証明力があったことが読みとれます。

わたしたちが人間の精神について夢から手がかりを得ようとするときは、夢のなかで超自然的な介入が行われると考えるような幻想的な夢解釈の方向には進みません。

わたしたちは経験というたしかな道だけを進み、夢で得られる解釈に頼るのは、別の観察からさらに仮定が確かめられた場合だけにしています。

いずれにしても目を引くのは、夢と未来の関連を特別視する傾向が現代までずっと続いていることです。

ここでは、夢想家は自分の見た夢に支配されることまであるという話に少しだけふれておきましょう。

わたしたちの患者の 1人は、まっとうな仕事はどれも嫌がって、株取引をするようになっていまし

た。

いつも自分の見た夢に従って株を売買していました。

実際に、一度、夢に従わなかったときに損を出してもいます。

こうした人は、目が覚めているときにいつも注目していることしか夢に見ません。

あるいは、いくらか相場が読めているときに夢で自分に暗示をかけているのです。

そのため彼はしばらくのあいだ、夢で見たとおりにしてずいぶん稼いだと言い張ることができました。

ところがその後、もう夢には頼らないと言いだしました。

すべて失ってしまったのです。

もちろんこれは夢に頼らなくても起こることで、奇跡を信じさせるようなこととは関係ありません。

なにかに集中的にとりくむ人というのは、夜も休めないものです。

まったく眠れずに考えごとをしている人もいれば、眠れたとしても、夢のなかでも自分の計画で頭がいっぱいの人もいます。

睡眠中、わたしたちの思考の世界では、とても奇妙な形で前日と翌日がつながれています。

人がふだん人生に対してどのような態度をとっているか、どのように未来への橋をかけているのかがわかれば、夢のなかでの奇妙なつながりも理解し、推論することができます。

夢の根底にあるのは、人生に対する態度なのです。

夫を責めるという夢の意味 次のような夢を語った若い女性がいました。

結婚記念日を忘れられて、夫を責めた夢です。

この夢自体がすでにいくつかのことを示しています。

仮に夫が結婚記念日を忘れる可能性がある場合、結婚生活になんらかの困難が生じていることを示します。

彼女が我慢させられていると感じるような状況になっているということです。

その場合、彼女は、自分も記念日を忘れていたと説明するでしょう。

しかし、彼女は記念日に気づいて、夫は指摘されてやっと思い出すわけです。

そうなれば、彼女のほうが優れていることになります。

彼女に聞いてみると、そんなことは実際には一度もない、夫はいつも記念日を覚えていると答えました。

つまり、夢の中心には、いつかそんなことが起こるかもしれないという未来への不安があるのです。

ここから推測を進めると、彼女には、非難できそうなことを見つけて、よくわからない理屈をもちだす傾向、単にいつか起こるかもしれないことで夫を責める傾向があると考えられます。

さて、確信するには、わたしたちの推論を裏づける別の証拠も手に入れる必要があるでしょう。

幼いころに印象に残った出来事を尋ねると、いつも記憶にあるという話をしてくれました。

3歳のとき、彼女は彫刻の入った木のスプーンをおばからもらって、大喜びしました。

うれしくてそれで遊んでいると、スプーンが小川に落ちて、流れていってしまいました。

彼女は周囲がどうしたのかと思うほど何日も悲しみました。

夢との関連が認められるのは、なにかが「流れていってしまう」かもしれないという可能性を予想している点です。

いまの彼女にとって、それは結婚です。

夫が記念日を忘れてしまうかもしれないのです。

彼女は夫に高い建物に連れていかれる夢も見ています。

階段は延々と続き、高く来すぎたのではないかと思ったところで、彼女はひどい目眩がして、不安の発作に襲われ倒れました。

起きているときでも、高所で目眩がすれば、同じような状態になります。

これは、高さへの恐怖というよりも、深さへの恐怖を表しています。

この夢と最初の夢を結びつけ、2つの夢に含まれている思考と感情を1つに合わせると、彼女は深く転落することを不安視している、つまり不幸を恐れていることが見えてきます。

それはきっと夫の愛情をなくすことです。

もし夫がなんらかの形で結婚生活に耐えられなくなり、もめごとを起こすようになったら、どうなるでしょうか? 彼女は自暴自棄になって、場合によっては死んだように倒れ込むでしょう。

実際、家庭でいさかいがあったときに、そうしたことが起きています。

ここまでで、わたしたちは夢の理解にだいぶ近づきました。

夢のなかで思考や感情が再現されるときにどのような材料が使われるか、人がかかえる問題を表現するのに役立つときにどのような材料が使われるかは、どうでもよいことです。

夢のなかでは、人生の問題が比喩として現れます(深く転落しないために、あまり高いところまで行ってはいけない!)。

夢を詩的に再現するゲーテの詩『結婚式の歌』を見てみましょう。

騎士が地方から戻ると、城が荒れ果てていました。

疲れてベッドに横たわった彼は、夢のなかで小人がベッドの下から出てくるのを見ます。

彼の目の前で、小人たちは結婚式を行います。

騎士はその夢で心地よい気分になりました。

まるで、結婚しなければという考えを強めたかったかのような夢です。

小さな形で見たものはすぐに大きな形で実行され、彼は自分の結婚式をあげました。

この夢には、すでに見てきた要素があります。

ここには明らかに、ゲーテ本人が結婚という課題に直面したときの記憶が隠されています。

夢を見る人が、切迫した状況のなかで、現在の立場に対してどのような態度をとるのか、結婚を求めてどのような態度をとるのかが現れています。

自分も結婚するのが一番よいと、翌日決心するために、夢のなかで結婚という課題にとりくんでいるのです。

青年の夢判断の結果は 次は 28歳の男性の夢です。

そこには上下へ向かうラインが見られ、まるで体温曲線のように、精神生活を満たす動きを示しています。

彼の夢には、劣等感がはっきりと認められ、上を目指す努力や優越の追求とつながっています。

男性の夢の話はこうです。

男性は大人数で旅行に行きました。

乗っている船が小さすぎたため、途中で船をおりて、その街に泊まることになりました。

夜中、船が沈むという知らせが届き、水を汲みだして沈没を防ぐために全員が呼びだされました。

荷物に貴重品が入っていることを思いだして、男性が急いで船へ行くと、みんなもうポンプのところにいるのが見えました。

しかし、作業には加わらずに、荷物部屋へ向かいます。

リュックサックは窓から引きだすことができました。

そのとき、横に折りたたみナイフが落ちているのを目にしました。

彼はそれをとても気に入り、ポケットにしまいます。

船がどんどん沈んでいたので、出くわした知人といっしょに、目立たないところから海に飛び込みます。

そして、すぐに岸にたどり着きました。

防波堤が高かったため、そのまま歩いていくと、深くて急な崖に行きあたりました。

彼はそこをおりるしかありませんでした。

滑りおり(知人とは船をおりたときからはぐれていました)、滑るスピードが増していき、どこかにたたきつけられて死ぬのではないかと思いました。

やっと止まると、その先には 1人の知人がいました。

ふだんは接点のない青年でしたが、ストライキがあったときに積極的に先導していたことと、優しそうな様子から、よい印象のあった人でした。

青年は非難するように声をかけてきました。

まるで船にいた人たちを見捨てたことを知っているかのように「おまえはここでなにをしている?」と言ったのです。

男性は崖下から逃げだそうとしましたが、辺りは急な斜面に囲まれています。

その斜面には、ロープが何本もつるされていました。

けれど、男性にはロープを使う勇気はありませんでした。

ひどく細かったのです。

なんとか崖を登ろうとして、男性は何度も滑り落ちました。

そして、やっと上に着きました。

どうやったかは覚えていません。

まるで焦って飛び越えようとしたかのように、この部分を故意に夢に見なかったのではないかと、男性は思っています。

崖の上の端には道があり、崖と道をわける柵が設置されていました。

道には人が行き交い、男性ににこやかにあいさつしました。

男性の人生に目を向けてみましょう。

まずわかったのは、 5歳まで重い病気をくりかえし、その後もたびたび病気で寝ていたことです。

すぐに体調を崩すために両親に心配されて守られていた男性は、当時、ほかの子どもたちといっしょになにかすることはほとんどありませんでした。

大人とつながろうとしても、子どもが出しゃばったり、大人に交じったりしてはいけないと両親から言われて締めだされました。

こうして彼は、幼いころから、周囲との共生に関わることや、他者との絶え間のない接触でしか学べないことを体験せずにきました。

また、同年代の子どもからいつも大きく遅れ、追いつけなくなっていました。

ですから、子どもたちから愚か者扱いされ、すぐにからかいの対象になっても、そう驚くべきことではありませんでした。

こうした状況のせいで、友人を作ることもなかなかできませんでした。

もともと強かった彼の劣等感は、極限のところまで高まりました。

彼の教育は、善良ながら怒りっぽい軍人の父親と、頭が弱くて回らないながらも支配欲の強い母親によって行われました。

両親はよかれと思ってしているとよく主張していましたが、その教育はかなり厳しかったと言うしかないものです。

とくに重要視されたのが、おとなしく従うことでした。

幼いころの記憶として残っていて特徴的な出来事は、まだ 3歳のときに、母親から 30分ほど豆粒の上に座らされたことでした。

理由は彼が言うことを聞かなかったからですが、その原因は(息子になにがわるかったか言わせるので、原因は明確です)、騎兵を怖がって母親に頼まれた手伝いをしなかったことです。

体罰を受けることは実際のところそうありませんでした。

けれど、ひとたび体罰となれば、先が房になった犬用のむちで打たれ、最後には必ず許しを求めて、自分が体罰を受ける理由を言わされるのでした。

父親はいつも「自分がなにをしたか、子どもは知らなければならない」と言っていました。

一度、わるいことをしていないのに体罰を受けたことがありました。

理由を言えないたびに打たれ、なにかしらの悪事を認めるまで体罰が続きました。

こうして、親子のあいだには早くから闘争的な雰囲気が生じました。

息子の劣等感は、上位に立つ感覚がまったくわからないところまで高まっていました。

家庭でも学校でも、彼の人生には、大小の恥がほとんど途切れることなく連なっていました。

どんな小さな勝利(彼が思うところの)すら、手に入る

ことはありませんでした。

18歳になったころでも、学校では、ただ笑われる存在でした。

教師にまでそんな扱いを受けたこともあります。

出来のよくない課題をみんなの前で読まれ、ひどいことを言われてばかにされたのでした。

こうした出来事で彼はどんどん孤立状態に追い込まれ、自分でも他者から後ずさっていくようになりました。

両親との闘いでは、効果的だけれどわるい影響ももたらす手段を考えだしました。

口を利かなくなっていたのです。

これは、周囲とつながるもっとも重要な手段を放棄したということでした。

彼はたちまちだれとも話せなくなりました。

完全に孤独でした。

だれからも理解されず、だれとも話さず、とくに両親とは口を利かず、だれからも話しかけられませんでした。

彼と他者をつなげようとする試みはすべて失敗しました。

のちには、恋愛関係への試み(彼にはひどく難しいことでした)も失敗しました。

彼の人生はそのまま 28歳まで続きました。

彼の心を貫いていた深い劣等感からは、無類の野心、そして評価と優越に対する猛追が生まれて彼をあおり、共同体感覚はこれ以上ないほど弱まりました。

口を利かなくなればなるほど、内面は激しく動き、昼も夜も夢や勝利にとらわれていました。

そしてある晩、先ほどの夢を見たのです。

そこには、彼の精神生活がたどる動きのラインがはっきりと反映されています。

未来を予知する夢 終わりに近づいたところでキケロが語った夢をとりあげましょう。

とても有名な予言的な夢です。

詩人のシモニデスは、知らない人の遺体が道の端にあるのを見て、手厚く埋葬してあげたことがありました。

その後、船旅に出ようとしたところ、彼に感謝する死人が夢に現れ、「旅に出たら、船が難破して死ぬことになる」と警告しました。

シモニデスは船に乗らず、乗った人たちはみんな亡くなりました。

夢にまつわるこの出来事は、何百年にもわたって注目を集め、多くの人に深い印象を残しているとキケロは記しています。

この話を解釈するときには、昔は船の難破が多かったことを頭に入れておく必要があります。

ということは、旅に出ることを止めるような夢を見る人もきっと多かったでしょう。

多くの夢のなかで、これは現実と一致した夢であり、その特異性のために後世に残っているのです。

神秘的な関連を見つけたがる人がこうした話をもてはやすのは理解できることですが、わたしたちは冷静に解釈します。

つまり、シモニデスは自分の無事を心配して、旅に出ることにあまり乗り気ではなく、決断しなければならなくなったときに、加勢を求め、自分に恩のある死者を、いわば呼びよせたのです。

彼が船に乗らなかったのは当然です。

もし船が沈没しなければ、この話が知られることはなかったでしょう。

わたしたちは、不安になるような話や、天と地のあいだには思い描く以上の知恵があると思わせてくれる話ばかりを見たり聞いたりします。

夢の予言性は、現実と夢の両方に、人の同じ態度が含まれているときに認められます。

さらに考えなければならないのは、すべての夢がそう簡単に理解できるわけではないということです。

実際、理解できる夢はごくわずかです。

わたしたちはすぐに夢を忘れてしまうか、なんらかの印象が残っているときでも、たまたま夢解釈を習得しているのでないかぎりは、そこになにが隠されているか理解できません。

すでに述べたとおり、こうした夢も、比喩やシンボルを使って動きのラインを示しています。

比喩のおもな意義は、人が強く共振する状況へわたしたちを引き込むことです。

問題の解決にとりくむ人に、一定の方向へ進む傾向があれば、たいていその人は自分を後押しする勢いを求めています。

夢は、特定の意味で問題を解決するために必要な情動や情熱を強めるのにとても適しているのです。

夢を見る人がこの関連を理解しているかどうかは関係ありません。

夢には材料と勢いがあればいいのです。

夢はなんらかの形で、夢を見る人の思考の痕跡を示します。

要するに、動きのラインを暗示するのです。

これは、どこかが燃えていることを示す煙のようなものです。

経験を積んだ人であれば、煙からどの木が燃えているかを推測することもできるでしょう。

以上をまとめると、こう言えるでしょう。

夢には、人が人生の問題にとりくんでいること、そして、問題に対してとる態度が示されています。

ここでもやはり、2つの要素が明らかに働いていることがわかります。

あるいは少なくとも痕跡のなかにうかがえます。

この2つの要素、共同体感覚と力の追求は、現実における周囲への態度にも影響を与えます。

才能とは何か 人間の本質を推論して判断できるような精神の現象はいくつかあります。

しかし、思考の領域のなかでも認識力に関係する現象は扱ってきませんでした。

わたしたちは、人が自らのことをどう考えたり語ったりするかはあまり重視していません。

だれでも間違うことはあるし、身勝手、道徳的などの性質へのさまざまな関心や思案から、自分の精神像を他者に対して修正することがあると考えているからです。

それでも、ある種の思考のプロセスと言語による表現から、たとえ制限された範囲であっても推論することはできます。

人を判断しようとするときに、思考と言語の領域を観察から外すことはできません。

人間の判断力(ふつう「才能・能力」と呼ばれます)については、多数の観察、議論、検査があります。

なかでも知られているのが、子どもや大人の知能を確かめる調査です。

ここでは、能力検査のことを言っています。

能力検査はこれまで成果を出してきていません。

多くの生徒が検査を受けても、得られる結果は、教師がすでに確認していたことと変わらなかったからです。

能力検査は実験心理学者によって意気揚々と始められたのですが、結局のところ、かなり不要であることが判明しました。

能力検査に反対するもう1つの理由は、子どもの思考力や判断力は同じように発達するわけではないということです。

検査の結果がわるくても、数年後に能力が著しく発達する子どもはたくさんいます。

また、大都市で暮らす子どもや、生活の範囲が広い子どもは、多少の訓練ができていて反応が速いので、実際より能力があるように見えます。

そのため、こうした準備の下地がない子どもがかすんで見えるのです。

基本的に 8歳から 10歳までは、低所得者層の子どもよりも中産階級の子どものほうが頭の回転が速いことが知られています。

けれどこれは、中産階級の子どものほうが能力があるということではなく、どう暮らしてきたかが関係しているだけなのです。

結果として、能力検査が成果を出すことはありませんでした。

とくに、ベルリンとハンブルクで示された悲惨な結果を見るとよくわかります。

そこでは、検査で優秀だった子どもたちのうち、驚くほど多くの者が期待された成果をのちにあげられなかったのです。

これは、能力検査では、子どもの良好な成長が保証されないことを示しています。

対して、個人心理学の調査はもっとずっと信頼できるものです。

なぜなら、個人心理学は成長を見るだけではなく、成長の理由や原因を把握し、必要であれば対策の手段を提供することを目指しているからです。

そして、子どもの思考力や判断力を精神生活から切り離さずに、関連づけて観察するからです。

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