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第六章物語性

会議の物語終章

記憶に焼きつく要素 発見力

解説 私も実践している優れたフレームワーク 勝間和代

重症の新生児の処置・観察を行う新生児集中治療室で働く看護師が、数時間前から、ある赤ん坊の様子を見守っていた。

肌が赤みがかった健康的な色から病的にくすんだ色に時おり変わる。

問題がある兆候だ。

そんな矢先、赤ん坊がみるみる土気色になった。

看護師は愕然とした。

その場にいた別のスタッフが大声でX線技師と医師を呼んだ。

集まった医療チームは、肺虚脱と見なした。

人工呼吸器をつけている赤ん坊によく見られる症状だ。

医師らは肺虚脱の通常の処置として、胸に穴をあけて管を通し、しぼんだ肺のまわりから空気を吸い出して、肺をふくらませようとした。

しかし看護師は、肺ではなく心臓に問題があると見ていた。

土気色の肌は、気心膜症を思わせる。

気心膜症とは、心臓を取り巻く膜の中に空気が入り、心臓を圧迫して鼓動を妨げる症状だ。

看護師はぞっとした。

以前見た気心膜症の赤ん坊は、診断さえ受ける前に死亡した。

誰もが慌しく肺の処置の準備をしている。

彼女は「心臓です!」と言って止めようとしたが、別のスタッフが指した心臓モニターを見ると、心臓に異常はなかった。

心拍数は一分間に一三〇、新生児としては正常だ。

それでも看護師は諦めなかった。

医師やスタッフの手を払いのけ、静かにと叫んで黙らせると、赤ん坊の心臓に聴診器を当てた。

音がしない。

心臓は止まっている。

看護師が赤ん坊の胸部圧迫をはじめたとき、新生児治療の主任医師が駆けつけた。

看護師は医師に注射器を渡し、「気心膜症です。

心臓に注射を」と言った。

ようやく C Tスキャン画像が上がってきて、X線技師も看護師の診断を裏づけた。

医師は注射器を赤ん坊の心臓に刺し、心臓を圧迫していた空気をゆっくりと抜き取った。

赤ん坊は一命を取りとめ、徐々に正常な肌色を取り戻した。

医療チームは、心臓モニターで心停止が確認できなかった理由に後から気づいた。

モニターは実際の鼓動ではなく、電気活動を読み取る。

心臓の神経は、正常なリズムで懸命に信号を発していたが、肝心の心臓は心膜内の空気に圧迫されて収縮できなかった。

看護師が聴診器を当てて鼓動を確認し、ようやく心臓が止まっていることがわかったのだ。

この物語は、心理学者ゲーリー・クラインが収集したものだ。

彼は消防士、航空管制官、発電所技師、集中治療室スタッフなど、緊迫した環境下で人命を預かる人々がどのように意思決定を行うかを研究している。

この赤ん坊の物語は、クラインの著書『決断の法則』の「物語の力」という章に登場する。

クラインによると、彼が調査した職場では、教訓をもたらす物語が繰り返し語られているという。

物語は優れた教材だ。

状況に惑わされて判断を誤る危険性や、それまで気づかなかった因果関係、ためになる意外な問題解決法の実例を示してくれる。

右の物語も重要な教訓を与えている。

気心膜症という一症状の診断法や処置を教えると同時に、より広い意味で、機械に頼りすぎるなという警鐘を鳴らしている。

いくら心臓モニターが正常に機能していても、聴診器を持った人間の洞察にはかなわないのだ。

こうした医学的な教訓は、医療関係者以外にはあまり役に立たない。

だが、この物語を聞けば誰もが元気づけられる。

集団への同調を求める暗黙の圧力に屈せず、自分の主張を貫いた女性の物語だ。

弱者の逆転劇でもある。

病院という序列のはっきりした環境で、看護師が新生児治療の医師に正しい診断を告げた。

しかも、彼女が「与えられた立場」から一歩踏み出せるかどうかに、一人の命がかかっていた。

つまりこの物語には、シミュレーション(いかに行動すべきかという知識)と元気づけ(行動する意欲)という二段階の効果がある。

大事なのは、シミュレーションも元気づけも、行動を生み出す効果があることだ。

これまで見てきたように、信頼性のあるアイデアは信じてもらえるし、感情に訴えるアイデアは心にかけてもらえる。

本章では、適切な物語が人を行動へと駆り立てることを見ていく。

目次

ゼロックス社員の職場の会話

一般の人が使う機械の中で最も複雑なのは、コピー機だろう。

光学、機械、化学、電気の技術を全部使った日常の機械など、他にはない。

文字や絵をコピーできること自体が不思議だ。

実際、できないこともしばしばある。

機械の調子が悪く、用紙トレーを出し入れしても直らないときは、専門技術を持つ修理員を呼んで解決してもらうしかない。

研究者のジュリアン・オアが、ゼロックス社のコピー機の修理員に長時間、同行してある調査を行った。

その結果、彼らが頻繁に物語を語り合っていることが明らかになった。

例えば次の物語は、同社の販売員が昼食後にトランプをしながら語ったものだ(カッコ内は、著者の追加説明)。

冒頭で彼は、最近実施されたコピー機の機械設計の変更にふれている。

この変更は、よくある電圧の急上昇で複数の部品が過熱するのを防ぐ措置だった。

新しい XERの基盤構成だと、ダイコロトロンでアーク放電が起きても基盤は過熱せず、代わりに低電圧電源装置上で二四ボルトのインターロックを作動させて、機械をダウンさせる。

ところが、機械が復旧すると、 E 053のエラーコードが出てしまう。

[このコードは、問題がある場所とは関係のない場所を示しており、誤解を生じさせる] 廊下の突き当たりのマシンも、まさにそれだった。

ウェーバーも俺も問題を突きとめるのに何時間もかかってしまったよ。

原因は全部ダイコロトロンの故障だったのに。

電源を入れてからしばらく待つと、ようやく E 053と一緒に F 066が表示された。

それで、ダイコロトロンを調べたら、完全に死んでたんだ……[オアによると、この後、トランプのためにしばらく会話が中断される]まったく、笑えたよ。

彼らは昼時にトランプをしながら、よくある仕事の話をしているだけだ。

E 053のエラーコードに惑わされた話は、畑違いの人には面白くもないだろうが、誰でも似たような内輪ネタをもっているはずだ。

なぜ人は仕事の話をするのか。

理由の一つは、他人と共通の話題で語り合いたいというごく基本的な人間の性質からだ。

ゼロックスの修理員はみなコピー機の仕事をしているから、コピー機の話がしたい。

だが、それだけではない。

例えば、この話し手はこれほど詳しく説明しなくても、だいたいのことは伝えられたはずだ。

「今日の故障は本当に参った。

問題を突き止めるのに四時間もかかってしまった。

終わってほっとしたよ」 という具合に。

あるいは、単刀直入に結論を言う手もある。

「何時間も四苦八苦した挙句、たかがダイコロトロンが焼けただけの問題だとわかった。

で、君の方はどうだった?」 だが彼は、昼食仲間の興味をもっと掻き立てる物語を語った。

この物語にはドラマがある。

まぎらわしいエラーコードのせいで、大の男二人が散々頭を悩ませた挙句、拍子抜けするほど単純な問題だったことが判明する。

なぜ、こういう物語形式は興味をそそるのだろう。

それは、昼食仲間が参加できるからだ。

十分な情報が盛り込まれているおかげで、仲間も「自分ならどう対処したか」をシミュレートできる。

E 053の誤表示問題に気づいていなかった同僚も、おかげで自分の中の「 E 053」のイメージを修正できた。

それまで E 053への対処法は一通りだけだったが、「 E 053の誤表示」という線もあることを彼らは学んだ。

つまり、物語は気晴らしでもあり、教訓でもある。

職場での会話は、いろいろなことにどう対処するかについて大切な手がかりを伝えている。

看護師は心臓モニターを盲信してはならないと学び、コピー機の修理員はエラーコード E 053の誤表示に注意するようになる。

しかし、この物語は貴重な情報をもたらしているだけではない。

この物語の果たす役割は、「ダイコロトロン過熱時のエラーコード E 053に注意を」という社内メールと同じではない。

そこには、もっと深い何かがある。

こうした物語がもたらす付加価値を解明するために、ここで若干の説明をする。

受け身ではない聴き手

物語は娯楽と強く結びついている。

映画、書籍、テレビ番組、雑誌、どれもそうだ。

子どもが「お話をして」と言うとき、彼らは何かを教わりたいわけではなく、娯楽を求めている。

物語の「聴き手」というと、受け身の役割のように感じる。

テレビで物語を観る人は、「カウチポテト族」と呼ばれるくらいだ。

だが、「受け身」というのは言いすぎかもしれない。

本を読むと、作者の世界に引き込まれるような気がする。

友人の話を聞けばつい共感するし、映画を観ると主人公に感情移入する。

だが、こんなふうに直感的にかかわるだけではなく、もっと劇的に関与できる物語があったらどうだろう。

ある研究チームの実験によって、物語の「聴き手」と「主人公」の境目がやや曖昧なことを示す画期的証拠が得られた。

人は物語をどのように理解するかに関心をもつ三人の心理学者が、コンピュータで物語を読ませる実験をした。

被験者を二つのグループに分け、一方のグループには、重要な小道具が主人公と関連づけられる物語を読ませた。

例えば「ジョンはジョギングに行く前にスエットシャツを着た」という具合だ。

一方、もう一つのグループには、重要な小道具が主人公と切り離される物語を読ませた。

こちらは、「ジョンはジョギングに行く前にスエットシャツを脱いだ」となる。

その後少しして、物語にそのスエットシャツが登場する。

研究者は、被験者がスエットシャツに関する記述を読むのにどのくらい時間がかかったかを、コンピュータで記録した。

すると、不思議な結果が出た。

ジョンがジョギング前にスエットシャツを脱いだと思っている人の方が、スエットシャツを着たと思っている人より、読むのに時間がかかったのだ。

この実験結果は少しややこしいが興味深い。

結果からわかるのは、私たちは話を聞くとき、一種の地理的なシミュレーションを行っているということだ。

「物語を読むと頭に絵が浮かぶ」というのとは違う。

それは誰にでも直感的にわかることだ。

そうではなく、ジョンがスエットシャツを脱いで出かけると、私たちの頭の中でも、そのシャツは少し離れた家の中に残される。

これを可能にするためには、単に頭の中で物語を視覚化するだけでなく、物語に述べられている空間的な関係を(ぼんやりとでも)類推しながら再現する必要がある。

この実験は、受け身の聴き手なんて存在しないことを示す。

物語を聞きながら、私たちは頭の中で部屋から部屋へと移動する。

つまり、再現しているのだ。

では、再現は何の役に立つのだろう。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校の学生グループに、ある実験で生活上の悩みを尋ねた。

ここで言う悩みとは、学校の勉強や人間関係など、「ストレスのもと」だが解決可能な問題のことだ。

学生は、実験の目的は悩みの解決を手助けすることだと言われ、問題解決に関する簡単な指導を受けた。

例えばこんな指導だ。

「その悩みについて考え、情報を集め、自分にできることを検討し、措置を講じることが大切です。

……悩みを解決すればストレスが減り、対処できた自分に満足し、その体験を通じて成長できる」 被験者のうち「対照グループ」の学生は、指導を受けただけで帰宅し、一週間後に再び来るように言われた。

「事象シミュレーショングループ」の学生は実験室に残され、悩みが生まれた経緯を頭の中で再現するように言われた。

問題がどのようにして生じたかを思い起こしてください。

最初に起きたことを詳細に回想し、問題の発端を思い起こすのです……起きたことを順を追って思い出してください。

自分のとった行動を思い起こしてください。

自分の言ったこと、したことを思い出すのです。

そのときの状況、周りにいた人々、自分のいた場所も思い起こしてください。

事象シミュレーショングループの学生は、自分の悩みにつながった出来事を順番にたどらなくてはならなかった。

これは、プログラマーがプログラムのミスを一から系統立てて修正していくように、因果関係の連鎖を見直すことが解決法の発見に役立つという前提に基づいている。

三番目の「結果シミュレーショングループ」は、悩みが好ましい結果に終わる様子を頭の中で創造するように言われた。

問題が解決に向かい、ストレスから解放されるところを想像してください。

……そのときの解放感を想像しましょう。

問題に対処したことで得られる満足感を思い描きましょう。

悩みをうまく解決できた自分に自信を抱くところを思い描いてください。

結果のシミュレーションでは、将来の好ましい結果だけを取り上げた。

悩みを乗り越えたら、どうなるかということだ。

二つのシミュレーショングループは、シミュレーションを終えてから帰宅した。

どちらのグループも、毎日五分ずつシミュレーションを繰り返し、一週間後にまた来るように言われた。

ここで読者に問題だ。

どのグループが一番うまく悩みに対処できたかを当ててほしい(ヒント――対照グループではない)。

正解は事象シミュレーショングループ、つまり問題の経緯を再現したグループだった。

彼らはほぼすべての面で、他のグループをリードしていた。

つまり、将来の結果を想像するより、過去の出来事を再現する方が、はるかに役立ったのだ。

事実、この二つのグループには、実験直後から大きな差が出た。

事象シミュレーショングループの学生は、帰宅した夜の段階で既に他のグループより前向きな気分になっていた。

一週間後、実験室を再訪した事象シミュレーショングループは、ますます優位に立っていた。

問題解決のために具体的な行動をとったり、他人に助言や助けを求めた学生の割合が他グループより高く、何かを学び成長したとする割合も高かった。

この結果は、ちょっと意外かもしれない。

巷に溢れる一般向けの心理学の本の多くは、成功した自分をイメージしなさいと勧めている。

だが実際には、ポジティブ思考だけでは解決にならない。

お金持ちになる方法を指南するなら、「リッチになった自分を想像しよう」と勧めるより、「貧乏になった経緯を思い出そう」と勧めるべきかもしれない。

頭の中でシミュレーションすると、なぜうまくいくのか。

それは、出来事や経緯を思い描くと、実際に活動していたときと同じ脳の部位が呼び覚まされるからだ。

脳のスキャンをすると、光の点滅を想像すれば脳の視覚分野が活動し、誰かに肩を叩かれるところを想像すれば脳の触覚分野が活動する。

頭の中でのシミュレーション活動は、頭の中だけで済むわけではない。

bや pの音で始まる単語を想像すると唇が動いてしまうし、エッフェル塔を想像すると目が下から上へ動く。

さらに、頭の中でシミュレーションすると内臓まで反応する。

「これはレモン汁だ」と思いながら水を飲むと、唾液がたくさん出るし、もっと意外なのは、レモン汁を飲みながら「これは水だ」と思えば、唾液の分泌量が減る。

頭の中でシミュレーションすると、感情を処理しやすくなる。

これは、恐怖症(蜘蛛、人前で話すこと、飛行機に乗ることなど)の一般的療法としても用いられている。

まず、患者をリラックスさせて不安を抑えたうえで、恐怖の対象物を思い浮かべさせる。

最初は、恐怖の対象を取り巻くものから想像させる。

例えば、飛行機恐怖症の人なら空港へ車で向かうところだ。

その後、少しずつ恐怖の核心に近づいていく(「飛行機が滑走路を進んでいます。

エンジン音がだんだん大きくなってきました……」)。

想像が不安を生むたびに少し休み、リラックス法を用いて平静さを回復する。

注目すべきは、一貫して出来事そのもの、結果ではなくプロセスだけを思い出させている点だ。

恐怖が去ったらどんなに幸せだろうと想像して、恐怖症を克服できた人はいない。

頭の中でのシミュレーションは、問題解決に役立つ。

日常的なプランニングにおいても、頭の中でシミュレーションを行えば、つい見落としがちな点に気づきやすくなる。

スーパーに買い物に行く自分を想像すれば、同じショッピングセンターにあるクリーニング店にも立ち寄れると気づく。

シミュレーションを行うと、未来の状況に先手を打ち、適切に対応する助けとなる。

上司と言い合う場面を思い浮かべ、相手の出方を想像しておけば、いざというとき、適切な言葉で対応し、余計なことを言わずにすむ。

研究によると、メンタル・リハーサルは喫煙や過度の飲酒、過食といった悪習を防ぐ可能性もある。

酒を断つつもりの男性は、アメフト王座決定戦が行われる日曜日をどう乗り切るか、誰かがビールを飲み始めたら自分はどうするのかを頭の中でリハーサルしておくとよい。

意外なのは、シミュレーションを行うと、技術も向上することだ。

延べ三二一四人を対象とした三五の実験結果から、頭の中で練習する(黙ってじっと座ったまま、最初から最後までうまくやり遂げる自分を想像する)だけで技術が飛躍的に向上することがわかっている。

このことは、さまざまな作業について証明され

ている。

溶接もダーツも頭の中のシミュレーションで上達する。

トロンボーン奏者はよりよい演奏ができるようになり、フィギュアスケートの選手もよりうまく滑れるようになった。

当然、身体的要素より精神的要素の大きい作業(トロンボーンの演奏など)の方が、頭の中での練習効果は高いが、たいていどんなことでも頭の中で練習すれば大きな効果が上がる。

全体の平均で見ると、頭の中で練習しただけで体を動かす練習の三分の二の効果が得られている。

つまり、シミュレーションには、実際の行動ほどではないにせよ、それに準じる効果があるのだ。

記憶に焼きつくアイデアに話を戻せば、適切な物語とは要するにシミュレーションである。

物語は脳の飛行シミュレーションのようなものだ。

看護師と心臓モニターの物語を聞くのと、その場に居合わせるのとは同じではないが、物語にはその場にいるのに準じた効果がある。

ゼロックス E 053の物語を思い出してほしい。

この物語を聴く方が、「エラーコード E 053の誤表示」という訓練マニュアルの注意書きを読むより役に立つ。

それは、操縦士にとってフラッシュカードを何十枚も見るより、飛行シミュレーションをする方が役立つのと同じ理由による。

実際にとるべき行動をシミュレートした方が、訓練効果は高まるのだ。

物語が効果的なのは、抽象的な文章にない文脈を与えてくれるからだ。

それは記憶のマジックテープ理論と同じだ。

アイデアにひっかかりをたくさん持たせるほど、記憶にくっつきやすくなる。

E 053の物語の重要な要素として、機械のコードに惑わされて問題を見抜けなかった苛立ち、つまり感情がある。

歴史的背景も欠かせない要素だ。

「 XERの基盤構成」が最近変更されたことが、今回の新たなエラーにつながっている。

さらに、最後に「エラーコードを完全に信用するな」という、一種の普遍的教訓を与えている。

この「コードを疑う姿勢」は、修理員が今後どんな仕事にも応用できるものだ。

医師にとって、虫垂炎の診断が下された患者を治療するのは容易だが、盲腸の炎症を胃のむかつきや食中毒や潰瘍とどう見分けるかが問題だ。

初歩の代数の生徒が、複雑な方程式は解けても、同じ内容の文章題となると手も足も出ない場合もある。

何が未知数 Xかがはっきりわからないからだ。

そこで物語の出番となる。

物語の役割は、知識を日常生活で実感しやすい現実的な枠組みの中に移すこと、つまり飛行シミュレーションに近づけることだ。

物語の聴き手もさほど受け身ではない。

心の中で行動に備えているのだから。

〔アイデア・クリニック〕問題のある学生への対応

背景説明‥大学教授は時として、授業を妨げる学生に対処しなければならない。

怒れる学生、攻撃的な学生、挑発的な学生はいるものだ。

そんなとき、多くの教授は驚いて言葉を失い、どう対応してよいかわからなくなる。

ここでは、そうした学生への対処法を示した二つのメッセージを比較する。

メッセージ 1‥これは、インディアナ大学が教員向け資料として作成したものだ。

・平静さを保つ。

落ち着いて、規則正しく呼吸を続ける。

弁解がましくならないこと。

・無視しない。

相手の怒りを発散させること。

休憩時間か授業後に会う約束をする。

面会では相手の気持ちに理解を示し、きちんと耳を傾ける。

職業的で丁重な話し方をすること。

メッセージ 1へのコメント‥意外性が全くない。

常識に反することが何も書かれていない(常識で難しい学生に対処できるなら、アドバイスを印刷する必要などない)。

「平静さを保つ」、「弁解がましくならない」、「怒りを発散させる」など、助言のほとんどが抽象的で当たり前すぎるため、記憶に焼きつかない(どんな教員も、問題のある学生の前でおじけづこうと思っているわけではない)。

メッセージ 2‥二番目のメッセージは、アリソン・バックマンという教授がインターネットの教員向けニュースグループに投稿した非公式な体験談だ。

こんな学生がいた。

たいてい一番後ろに座っていて、私が授業をしていると大声で何か言う。

教壇にいる私に聞こえるくらいだから、クラス中に聞こえる。

私が言うことにことごとく反論する。

他の学生たちはすぐ、日誌で彼の態度に不満を訴え、いろんな対処法を提案してきた。

多くは、彼に恥をかかせようとするものだった。

私は当初から、いくつかの方法を試していたが、ついにある日、授業終了時に彼とその相棒の学生を前に呼び、オフィスで会う約束をした。

面会時には必ず誰かに立ち会ってもらえるようにした(オフィスを他の教員と共有するメリットの一つ)。

相棒の学生に関しては、付き合わされているだけだと思った。

授業妨害の道具にされていたのだ。

面会時に問題の学生はサングラスをかけて現れた。

非常に挑戦的な態度だった。

「後ろでいつも何をやっているの?」 と聞くと、彼は、「先生と意見が合わないんだ」 と答えた。

この点について話し合おうとしても、沈黙したままだ。

そんな彼が初めて耳を傾けたのは、「他の学生からも不満の声が上がり、なんとかしてほしいと言われている」と話したときだった。

彼の様子ががらりと変わった。

その後、授業態度も一変し、以来、彼に悩まされることはなくなった。

教員に侮辱的な態度を示す学生は、他の学生によって十分阻止できる。

今回のことは基本的にそう理解している。

結局、彼は周りの学生から注目されたかったのに、周りはそんな彼のことを見たくも聞きたくもなかったということだ。

メッセージ 2へのコメント‥この逸話は、問題のある学生への対処プロセスを再現しており、読み手はバックマンとともに問題を解決していく。

注目すべき点は、メッセージ 1の箇条書きの内容が、ここでは単に述べられるのではなく、身をもって示されていることだ。

この教授も学生の怒りを「発散」させようとした。

「個別に会って話す」約束もした。

また、一貫して平静さを保った。

仲間からの圧力を利用して黙らせるという解決策は、具体的だし意外性もある。

これは常識ではない。

普通は、問題のある学生は他の学生が自分を見る目など気にしないと思われている。

読み手はバックマンに感情移入し、結果を心にかける。

相手が箇条書きよりも人間の方が、心にかけやすい。

結論‥バックマン教授の逸話のような物語、問題のある学生をおとなしくさせるための飛行シミュレーターをいくつか紹介する方が、メッセージ 1の箇条書きよりはるかに興味を引くし効果的だ。

メッセージ 1なら、たいていの大学の研修担当者にも書けるだろうが、メッセージ 2の解決策は直感的に出てくるものではない。

私たちはつい物語を省いて「助言」だけを書きがちだが、その誘惑と戦うことが必要だ。

励ましとしての物語――ジャレドの逸話

一九九〇年代後半、大手サンドイッチ・チェーンのサブウェイが新製品シリーズのキャンペーンを展開した。

新製品がいかに健康にいいかを、統計を根拠に訴えるキャンペーンで、脂肪分六グラム以下の七製品を「 7アンダー 6」として打ち出したものだ。

語呂のよさのおかげで統計にしては親しみやすかったが、次のキャンペーンほどには記憶に焼きつかなかった。

そのキャンペーンとは、ジャレド・フォーグルという大学生の驚くべき物語を取り上げたものだ。

ジャレドは体重のことで真剣に悩んでいた。

大学二年で体重は一九三キロ。

シャツのサイズは大型サイズ専門店でも最大級の XXXXXXL、ズボンはウェスト一五〇センチだった。

ジャレドの父親はインディアナポリスの開業医で、何年も前から息子に体重管理をうるさく言っていたが、効き目はなかった。

あるとき、医学部進学予定のルームメートがジャレドのくるぶしの腫れに気づき、浮腫ではないかと言った。

診断は正しかった。

血液が十分な量の液体を運べず、体内に液体がたまる症状が浮腫である。

糖尿病や心臓病につながることも多く、へたをすれば若くして心臓発作を起こす。

ジャレドの父親は、今の体重と健康状態では三五歳まで生きられないとジャレドに言った。

一二月に病院に行ったジャレドは、春休みまでに減量すると心に誓った。

彼は「 7アンダー 6」キャンペーンを見て、ターキーサンドイッチを食べてみた。

その味が気に入った彼は、自己流のサブウェイダイエットを考案する。

昼食には長さ三〇センチの野菜サンド、夕食には一五センチのターキーサンドを食べるというものだ。

「サブウェイダイエット」を始めて三カ月たった頃、ジャレドは体重計に乗った。

一五〇キロ。

サブウェイの食事で、三カ月に四〇キロ以上も減量できたのだ。

彼はさらに数カ月間、このダイエットを続けた。

体調が回復するとすぐ、できるだけ歩くようにした。

通学にはバスを使わず、デパートでもエスカレーターに乗らずに歩いた。

ジャレドの減量は、米国中に知られるようになる。

きっかけは、一九九九年四月付のインディアナ・デイリー・スチューデント紙に載ったある記事だった。

筆者はジャレドの元ルームメートのライアン・コールマン。

彼は、減量したジャレドを見かけたとき、誰だかわからなかったという。

コールマンは、ジャレドにとって肥満がどういうものかを感動的に書いている。

フォーグルが履修登録をするときの基準は、多くの学生とは違っていた。

ふつうは教授や時間帯で授業を選ぶものだが、彼の場合は、教室の椅子に体が合うかどうかで決めていた。

また、たいていの学生はキャンパスの近くに車を停められるかどうかを心配するが、フォーグルが心配したのは、隣が空いている駐車スペースを見つけられるかどうかだった。

運転席のドアを開けて外に出るためには、余分なスペースが必要だった。

記事はジャレドのこんな言葉で締めくくられている。

「サブウェイは僕の命の恩人。

おかげで人生をやり直すことができた。

感謝のしようもない」 ファストフードチェーンが誰かの人生を劇的に好転させて感謝されたのは、これが初めてだったに違いない。

その後、メンズ・ヘルス誌に「効き目のあるクレージーダイエット」という記事を書いていた記者が、偶然インディアナ・デイリー・スチューデント紙のジャレドの記事を目にした。

彼はそれを「サブウェイ・サンドイッチ・ダイエット」として取り上げた。

記事はジャレドの名前にも店名にも触れておらず、ただ一般的な名称として「サブウェイ・サンドイッチ」とだけ書かれていた。

鎖の輪をつないだのは、サブウェイのとあるフランチャイズ店のオーナー、ボブ・オクウィジャだ。

同誌の記事を見て「これは」と思った彼は、スケジュールの合間を縫ってシカゴに行き、サブウェイの広告を担当する広告代理店を訪ねた。

彼は制作ディレクターのリチャード・コードを探し出し、この記事を読むように勧めた。

コードは言う。

「最初は笑ったが、実行に移すことにした」 減量物語の主人公はジャレドだが、アイデア物語の主人公はオクウィジャとコードだ。

オクウィジャは物語の可能性を見抜いた英雄であり、コードは人・モノ・金を使ってそれを実行に移した英雄だ。

コードと彼の勤める広告代理店ハル・ライニーのバリー・クラウス社長は、見習社員に「サンドイッチで減量した謎の男と、その男が食べた店を探せ」とだけ命じ、ブルーミントンに送り込んだ。

男の名がジャレド、店がフローズ・サブショップだということは、間もなくわかる。

とはいえ、見習社員は最初、どうしていいのかわからなかった。

とりあえずブルーミントンに行って電話帳をめくり、町じゅうのサブウェイ店舗を訪ねるしかなかった。

だが幸いそれほど大変な捜索にはならなかった。

最初に訪ねた大学キャンパス近くのサブウェイ・フランチャイズ店で、謎の客のことを尋ねると、カウンターの店員が即座に答えた。

「ああ、ジャレドでしょう? 毎日ここに来てますよ」 見習社員は勝利の帰還を果たした。

ジャレドは実在し、現実にサブウェイで減量に成功していたのだ。

広告代理店の人々は思った。

「われわれは素晴らしい物語を手にしている」 ところが、ジャレドの物語はここで壁にぶつかる。

クラウス社長はサブウェイのマーケティング部長に電話をかけ、ジャレドの話をしたが、部長の反応は思わしくなかった。

この部長は別のファストフード会社からサブウェイに移ってきたばかりだった。

「前にも同じようなことがあったが、ファストフードは健康を売り物にできないんだよ」 マーケティング部長は、商品の味を目玉にしたキャンペーンの方がいいと言った。

部長はクラウスを納得させるため、サブウェイの弁護士にジャレドのキャンペーン案を投げかけた。

案の定、弁護士は、医学的な主張と見なされると法的責任が生じるだの何だのと言い、ジャレド案は無理との返事をよこした。

法的責任を回避する唯一の方法は、「当社ではこのダイエット法を推奨しません。

まず医師に相談してください」という免責の一文を添えることだった。

アイデアは頓挫したかに見えた。

だが、クラウスとコードは諦めなかった。

サブウェイのようにフランチャイズ店主体の企業が流す広告には、全国版と地方版の二段階がある。

サブウェイ本部はジャレド案を拒否したが、地域のフランチャイズ経営者の中にはこの物語に興味を示し、地域広告費を使ってこの広告を流したいと言う人もいた。

だがここで、第二の壁に突き当たる。

フランチャイズ側は通常、地方版コマーシャルの放映枠の代金を払うだけで、 CM制作費は出さない。

制作費は本部が負担するのが普通だ。

いったい誰がジャレドの CM制作費を出すのか。

クラウスは、無料でコマーシャルを制作することに決めた。

「誰もお金を出さない広告の撮影にゴーサインを出したのは、後にも先にも初めてだった」と彼は言う。

二〇〇〇年一月一日、 CMが初めて放送された。

全米の人間が新年の抱負にダイエットを誓う元旦に、ぎりぎり間に合った。

CMでは、自宅前に立つジャレドが映し出され、ナレーターがこう言う。

「彼の名前はジャレド。

以前は体重が一九三キロもありました」 そこに、ウェスト一五〇センチのズボンをはいた昔のジャレドの写真が映し出される。

「でも、今では体重が八二キロにまで減りました。

それはサブウェイ・ダイエットのおかげです」 ナレーターはジャレドの食事内容を紹介し、こう締めくくる。

「このダイエットと懸命なウォーキングで、ジャレドは減量に成功しました。

誰にでも効果があるわけではありません。

どんなダイエットも、まず医師に相談してから始めるべきです。

しかし、ジャレドはこの方法で成功しました」 翌日は、朝から電話が鳴りっぱなしだったとクラウスは言う。

全国紙の USAトゥデーや全国ネットの大手テレビ局、 ABCと FOXの報道局が電話をかけてきた。

三日目には、人気司会者のオプラ・ウィンフリーから電話を受けた。

「長年、多くのマーケティング担当者からメディアの注目を浴びたいという相談を受けてきたが、オプラに何度電話をかけても取り上げてもらえたためしはなかった。

オプラの協力が得られたのは、後にも先にもジャレドだけ。

しかも、向こうから電話をくれた」 数日後、サブウェイ本社からクラウスに電話があり、 CMの全国放映を打診された。

一九九九年に伸び悩んでいたサブウェイの売上は、二〇〇〇年に一八%、二〇〇一年に一六%伸びた。

シュロツキーやクイズノス・サブなど、まだ小規模で伸び盛りの同業他社でさえ、成長率は年七%そこそこだった。

ジャレドの物語はシミュレーションの価値を示す好例だ。

この逸話を聞けば、サブウェイダイエットがどんなものかは、だいたい想像がつく。

昼食を注文し、夕食を注文し、合間に歩く、それだけ。

だがこの物語は、飛行シミュレーションである以上に、見る人を元気づける話だ。

こんなに太った人が自己流のダイエットで一一〇キロ以上も痩せたなんて。

この物語は「あと五キロ」で四苦八苦しているすべての人に活を入れる。

本章の最初に紹介した看護師の物語もそうだったが、この物語も心の琴線に触れる。

ダイエットに興味のないスリムな人でさえ、勝ち目のない戦いを戦い抜き、勝利をつかんだジャレドを見れば励まされる。

励ましこそ、物語のもう一つの大きなメリットだ。

励ましもシミュレーションと同様、行動を促す。

このキャンペーンは、「 7アンダー 6」キャンペーンよりずっと大きな成功を収めた。

どちらのキャンペーンも訴えているのは「サブウェイには栄養価が高くて脂肪分の少ないサンドイッチがあります」ということだ。

どちらも減量への期待を抱かせる。

それなのに、一方はまずまずの成功で終わり、一方は一大センセーションを巻き起こした。

本書でこれまで述べてきたこと、そして、願わくば読者もここまでで信じてくれているはずのことに照らせば、ジャレドのキャンペーンが勝つことは結果を待たなくても明らかだった。

ジャレドの物語が SUCCESチェックリストをどれくらい満たしているか、見てみよう。

・単純明快である‥サブウェイ・サンドイッチを食べれば体重が減る(ただし、正直言って、これは言いすぎ。

ミートボールのサンドイッチにたっぷりマヨネーズをかけては減量にならない)。

・意外性がある‥ファストフードを食べて、大幅に体重が減るなんて。

この物語は私たちのファストフードのイメージを打ち破る。

従来のイメージには、痩せたジャレドよりも太ったジャレドの方がぴったりくる。

・具体的である‥大きすぎてはけなくなったズボン、すっかり細くなった腰周り、特定のサンドイッチだけを食べるダイエット。

抽象的な話ではなく、イソップ寓話に近い。

・信頼できる‥パム・ラフィンを起用した禁煙キャンペーンと同様、反権威者の真実味がある。

ウェスト一五〇センチのズボンをはいていた男性が、ダイエットのアドバイスをしてくれるのだから。

・感情に訴える‥人は大衆よりも、ジャレドという個人を心にかける。

また、この逸話はマズローの欲求段階のなかでも高度なカテゴリーに訴えている。

これはサブウェイに助けられて潜在能力を開花させた男の物語なのだ。

・物語性がある‥大きな障害を乗り越えて勝利をつかんだ主人公の話は、聞き手を元気づけ、同じ行動へと駆り立てる。

一方、「 7アンダー 6」はどうだろう。

こちらもシンプルだが、核となるメッセージの魅力がずいぶんと劣る。

「低脂肪サンドイッチを豊富に揃えています」というメッセージと、ジャレドの「サブウェイで食べて減量し、人生を変えよう」というメッセージを比べると、前者が電動ドリル部品を売ろうとしているのに対し、後者は子どもの写真を壁にかける方法を教えているようなものだ。

「7アンダー 6」は、意外性も乏しい。

ジャレドの物語は「ファストフードは太る」という強力なイメージを打ち破るだけに、インパクトがある。

「 7アンダー 6」は同じイメージを攻撃しているにせよ、急所からかなりずれている。

「7アンダー 6」には具体性がない。

数字は具体的ではない。

信頼はできるが、それはこの数値がさほど突飛でないからだ。

サンドイッチの脂肪分が六グラム以下だと聞いて気を失う人はいない。

だから、説得力もそれほど必要ではない。

また、「 7アンダー 6」は感情に訴えず、物語もない。

このように、本書を読んだ人なら SUCCESチェックリストで分析するだけで、予算数百万ドルの広告キャンペーンを比較し、より良い方を選べる(一方、本書を読んでいない人にはそれほど簡単ではない。

なにしろ、記憶に焼きつくアイデアづくりに長年取り組んできたサブウェイ本部の広告部長でさえ、ジャレドの物語を却下しようとしたのだから)。

ジャレドの物語には、もう一つ素晴らしい点がある。

それは、多くの人が努力してこのキャンペーンを実現させたことだ。

ジャレドがテレビに登場するまでに、普通では考えられないような出来事がどれだけあっただろう。

フランチャイズ店長が雑誌の記事を制作ディレクターに見せ(普通、現場で働く人がそんなことをするだろうか?)、制作ディレクターが成果がないことを覚悟で人とモノと金をつぎ込み(本当に投資を回収できる見込みがあったわけではない)、広告代理店社長が大ヒットを確信して無料で広告を作り(そう、無料で)、サブウェイ本部のマーケティング部はプライドを捨てて、ジャレド案を早く採用しなかった過ちを認めた。

こうした行動のどれ一つ取っても、無駄ではなかった。

これは、ざらにあることではない。

優れたアイデアが、発信源と最終的な出口のあいだで誰かがボールを受け損なったため立ち消えになるケースは、枚挙にいとまがない。

普通なら、フランチャイズ店のオーナーがジャレドの話を面白いと思っても、せいぜいトイレの前の掲示板に貼り出して、従業員を楽しませるくらいだ。

ひょっとすると、それがジャレド物語のクライマックスになっていたかもしれない。

ジャレドの例からもわかるように、記憶に焼きつくアイデアは、必ずしも自分で生み出す必要はない。

たいていの場合、「発見する」方が簡単だし役に立つ。

歴史の教師が生徒を夢中にさせる教授法をもっと小まめに報告しあっていたら、非営利団体のボランティアが仲間を元気づける出来事や出会いに常にアンテナを張っていたら、上司が全員リスクを承知で重要なアイデアに懸けてくれる人だったら。

そんなふうに考えれば、サブウェイのサンドイッチを賞賛する気にはなれなくても、素晴らしいアイデアを実現させたそのプロセスは賞賛したくなるはずだ。

発見する技

第二のジャレド物語になりうる優れたアイデアを見逃さないためには、どうすればいいのか。

優れたアイデアを発見するのは難しいことではないが、自然とできることでもない。

アイデアが旗を振って存在を主張するわけではないから、意識して探す必要がある。

では、何を探せばよいのか。

序章でも述べたように、素人でも広告の型の使い方を訓練すれば、かなり優れた広告がつくれるようになる。

広告に効果の実証された型があるように、物語にも効果の実証された型がある。

こうした型を知っていれば、アイデア発見能力は飛躍的に向上する。

投資家で富豪のウォーレン・バフェットが、彼の投資するある企業の女性経営者ローズ・ブラムキンの逸話を語っている。

ロシア生まれのブラムキンは、二三歳で国境警備隊の目を盗んで国外脱出し、米国にやって来た。

英語も話せず、正式な学校教育も受けていなかった。

一九三七年、ブラムキンはせっせと貯めた五〇〇ドルを元手に家具店を始めた。

約五〇年後、家具店は一億ドル企業に成長した。

彼女は一〇〇歳になっても、週七日店に立った。

一〇〇歳の誕生会を休業日の夜まで延期したほどだ。

あるとき、この店の値段があまりに安いので、同業他社が公正取引法違反で訴えた。

自分たちを倒産に追い込むため、損を承知で売っていると思ったのだ。

バフェットは言う。

「彼女は法廷で、他社より大幅に安くじゅうたんを売っても利益が出ることを実証し、判事に一四〇〇ドル分のじゅうたんを売った」 ローズ・ブラムキンの逸話は『こころのチキンスープ』(ダイヤモンド社)には載っていないが、載っていてもおかしくない。

『こころのチキンスープ』シリーズは、『お父さんのためのこころのチキンスープ』から、『看護師さんのためのこころのチキンスープ』、『ストックカー・レーサーのためのこころのチキンスープ』に至るまで三七冊あり、合計四三〇万部以上を売る大ヒットシリーズだ。

チキンスープ・シリーズが取り上げるのは、人を励ます物語だ。

読む人を明るい気分にさせ、意欲と活力を与える。

その点、都市伝説のシニカルで悲観的で妄想じみた世界観とは正反対だ(なにしろ、見知らぬ女性に腎臓を盗まれ、人気飲料メーカーが KKK団を信奉し、マクドナルドがハンバーガーに虫を仕込んでいるというのが都市伝説だから)。

チキンスープの興味深い点は、著者が物語を書いているわけではなく、どこかで見つけてきた物語を編纂している点だ。

私たちは、人を励ます物語の何が心に響くのか知りたかった。

そこで、チキンスープを含むさまざまな出典から何百もの物語を集め、潜在的な共通点を探した。

アリストテレスに言わせると、戯曲には主に四種類の筋書きがある。

単純な悲劇、単純な幸運、複雑な悲劇、そして複雑な幸運である。

有名映画脚本家のロバート・マッキーは著書の中で、物語には現代叙事詩や幻滅の筋書きなど二五のジャンルがあると書いている。

私たちは人を励ます物語だけにジャンルを絞り、大量の物語を分析した結果、人を励ます物語には三種類の基本的な筋書きがあるという結論に達した。

「挑戦」の筋書き、「絆」の筋書き、「創造性」の筋書きである。

『こころのチキンスープ』シリーズ第一作に収録された物語のうち、八〇%以上がこの三つの基本的な筋書きに分類できる。

さらに驚くべきことに、芸能誌ピープルが一般人を取り上げた記事も、六〇%以上はこの三種類に分類できる。

普通の人がピープル誌の記事になる場合、たいていは読者を励ます物語だ。

相手に意欲と励ましを与えようとするなら、まずはこの三つの筋書きを検討するべきだ(ちなみに、『こころのチキンスープ』は励ましというより感傷的で鼻につくという人もいる。

そうだとしても、三つの筋書きの型は役に立つだろう。

筋書きを控え目にすることは、いつでもできる)。

挑戦の筋書き

ダビデとゴリアテの物語は、典型的な「挑戦」の筋書きだ。

主人公のダビデはとてつもない困難を乗り越え、手作りの石投げ器で巨人を倒す。

「挑戦」の筋書きにはバリエーションがある。

敗者復活の物語、貧乏人が大金持ちになる物語、意志の力で逆境に打ち勝つ物語など、どれも聞き覚えがあるだろう。

「挑戦」の筋書きの重要な要素は、主役が圧倒的な障害に直面する点だ。

ジャレドが八二キロまで体重を落とすのは「挑戦」の筋書きだが、体重九五キロの隣人がウェストを三センチ絞るのは、「挑戦」の筋書きではない。

「挑戦」の筋書きは、誰でもたくさん知っているはずだ。

一九八〇年レークプラシッド冬季オリンピック大会のアイスホッケーの試合で、金メダルの有力候補だったソ連チームを下した米国チーム。

アラモ砦。

貧乏人が大金持ちになるホレイショ・アルジャーの小説。

アメリカ独立戦争や、名馬シービスケット、映画『スター・ウォーズ』。

癌を克服しツール・ド・フランスで連勝したランス・アームストロングも、公民権運動の母ローザ・パークスもそうだ。

これほど劇的、歴史的でなくても、「挑戦」の筋書きは私たちを励ましてくれる。

ローズ・ブラムキンの逸話に、有名人は登場しない。

「挑戦」の筋書きが私たちを励ましてくれるのは、勇気や頑張ろうとする意欲を呼び覚ましてくれるからだ。

もっと努力しよう、新しいことに挑戦しよう、困難を乗り越えようと思わせてくれる。

ローズ・ブラムキンが一〇〇歳の誕生会を店の休業日まで延期したと聞けば、自分もガレージの片づけくらいしようと思えてくる。

「挑戦」の筋書きは私たちを元気づけ、行動へと駆り立てる。

絆の筋書き

「善きサマリア人」と言えば、困っている人を進んで助けるよき隣人のことだ。

もともとは聖書の物語だが、聖書のなかの「善きサマリア人」はそれ以上に深い意味を持つ。

物語はこうだ。

ある律法学者がイエスのそばに来て、どうすれば天国に行けるかと尋ねる。

律法学者の関心は、イエスから学ぶことよりもイエスを試すことにあった。

イエスが「あなたはどう思うか」と尋ねると、律法学者は「自分を愛するように隣人を愛せ」という教えを汲んだ答えを言う。

イエスはその答えを受け入れる。

すると律法学者は、「ところで、私の隣人とは誰ですか」と尋ねる(愛さなければならない隣人の数を、なるべく絞りたかったのだろう)。

すると、イエスはこんな話をした。

「エルサレムからエリコに向かっていた男が追いはぎに襲われた。

追いはぎは彼を身ぐるみはがし、打ちのめし、半殺しにして置き去りにした」「一人の司祭がたまたまこの道をやって来たが、男を見ると道の反対側によけ、素通りした。

レビ人も通りかかったが、やはり道の反対側を素通りした」「ところが、サマリア人の旅人は、通りすがりに男を見て同情した。

彼は男のところに行き、傷に包帯を巻き、油と葡萄酒を注いでやった。

そして、男を自分のロバに乗せて宿屋まで運び介抱した。

翌日、サマリア人は宿の主人に銀貨を二枚渡し、『あの人の世話をよろしく。

もし足りなければ、今度来たときにお返しします』と言った」「この三人のうち、追いはぎに襲われた男の隣人は誰か」 律法学者は「男に情けをかけた人です」と答えた。

イエスは言った。

「行って同じようにしなさい」 現代の読者のために、背景を補足する必要がある。

物語に登場するサマリア人は、ただの善人ではない。

彼は、社会的立場の大きな違いを乗り越えて怪我人を助けた善人なのだ。

当時、サマリア人とユダヤ人(他の登場人物はすべてユダヤ人だ)は激しく敵対しており、サマリア人は今で言う「無神論者の暴走族」と同じくらい社会ののけ者だった。

この物語の教訓は、「善き隣人は自分の集団に属する人だけでなく、それ以外の人にも同情する」ということだ。

これこそ「絆」の筋書きだ。

「絆」の筋書きとは、人種、階級、民族、宗教、あるいは人口統計上の違いを乗り越えて、人々が関係を育む物語である。

善きサマリア人の物語のように、生死に関わる話でなくてもよい。

例えば、米国でヒットしたコカ・コーラの CM「ミーン・ジョー・グリーン」は、一本のコーラをめぐるささやかな「絆」の筋書きだ。

この CMでは、痩せっぽっちの白人少年が、憧れの黒人アメフト選手と出会い、一本のコーラが二人を結びつける。

善きサマリア人とはかなり違うが、これも確かに「絆」の筋書きである。

「絆」の筋書きは恋愛ものにも最適だ。

『ロミオとジュリエット』や興行収入史上ナンバーワンの映画『タイタニック』がその好例だ。

「絆」の筋書きはどれも、人間関係面で私たちを励ましてくれる。

「絆」の筋書きに触れると、他人を助け、もっと寛容になり、協力し、人を愛したくなる。

チキンスープ・シリーズに最もよく見られるのがこの筋書きである。

「挑戦」の筋書きが困難の克服にまつわるものであるのに対し、「絆」の筋書きは他人との関係にまつわるものだ。

会社のクリスマス・パーティで何か話をするなら、「絆」の筋書きが最適だが、新規プロジェクトの発足パーティには「挑戦」の筋書きをおすすめする。

創造性の筋書き

人を励ます物語の三番目のタイプは、「創造性」の筋書きである。

その典型が、リンゴが頭に落ちて来たときニュートンが引力の法則を発見したという逸話だろう。

「創造性」の筋書きは、精神面で突破口を開いたり、長年の謎を解いたり、革新的な方法で問題に取り組んだりする話だ。

『冒険野郎マクガイバー』的な筋書きと言ってもいい。

インガソールランド社は、自動車工場が車体の研磨に使用する業務用研磨機など、地味な製品をつくっている大企業だ。

同社は昔から新製品の開発ペースが遅く、平均四年はかかっていた。

この状況に業を煮やした従業員は、こう言ったものだ。

「うちの会社の新製品開発にかかった期間は、わが国が第二次世界大戦を戦った期間よりも長かった」 インガソールランド社は、遅々とした新製品開発サイクルをなんとかするために、プロジェクトチームを発足させた。

目標は、従来の四分の一、つまり一年以内に新型の研磨機を開発することだった。

同社の従来の組織文化からいって成功の見込みは薄かったが、開発チームは次々と賢明な行動をとった。

その一つが、物語を利用して自分たちの新しい姿勢や文化を打ち出すことだった。

例えばある物語は、新型研磨機の本体ケースをプラスチックにするか金属にするかという重要な決断に関するものだった。

プラスチックの方が顧客にとっては扱いやすいが、金属ほど耐久性があるかどうかが問題だった。

それまでの同社なら、両方の素材の伸張性と圧縮性について延々と時間をかけ綿密に検査するところだが、このチームには迅速な行動が求められていた。

そこで、一部のメンバーが非公式の検査手順を考え出した。

客先を訪問した際、両方の素材のサンプルをレンタカーの後部バンパーに紐で結びつけ、引きずりながら駐車場を走り回った。

彼らは、警察がやって来てやめろと言うまでそれを続けた。

その結果、プラスチックの新素材は従来の金属と同じくらい耐久性があることがわかった。

これで決まりだ。

この「引きずり検査」の逸話は、研磨機開発チームで代々語り継がれている。

引きずり検査はこのチームの新しい文化を印象付ける「創造性」の筋書きだ。

それは「決断を下すためには適切なデータの入手が必要だが、より迅速に入手する必要がある」と示唆している。

著名な探検家のアーネスト・シャクルトンは、探検中に絶体絶命のピンチに直面し(典型的な「挑戦」の筋書きだ)、隊員の団結が至上課題となった。

一人でも造反者が出れば、全員が死んでしまう。

そこでシャクルトンは、不平不満の多い隊員への創造的な対処法を思いついた。

シャクルトンのテントで眠るよう彼らに言い渡したのだ。

隊員をグループに分けて雑用をするときには、彼らを自分のグループに入れた。

常に自分が傍にいることで、彼らのネガティブな影響力を最小限にとどめた。

「創造性」の筋書きに触れると、私たちはいつもと違ったやり方を模索し、創造性を発揮し、新しい方法を実験したくなる。

三つの筋書きについて述べた目的は、読者が物語を創作できるようにするためではない。

小説家か広告制作者でもない限り、そんなことをしてもあまり意味がない。

目的は、可能性を秘めた物語の発見法を学ぶことだ。

ジャレドの記事を読んだとき、「ある男性が多大な困難にぶつかり、それを克服する。

これは『挑戦』の筋書きだな」と、即座に決定要因を見抜けるようになってほしい。

「挑戦」の筋書きは人々を励まし、挑戦や努力へと駆り立てる。

こうした感覚が自分の目指すものと一致していれば、掲示板になど張り出さず、この物語を打ち出そう。

あなたが研磨機開発チームのリーダーで、企業文化の刷新が狙いなら、「創造性」の筋書きに目を光らせる必要がある。

数人の部下が駐車場で金属を引きずり回したと聞けば、求めていた筋書きが見つかったことになる。

自分が求めているものが何かを把握すること。

創作したり、誇張したり、チキンスープ物語のようにメロドラマ調にする必要はない(引きずり検査はメロドラマとは無縁だ)。

必要なことはただ一つ、人生が贈り物をくれたとき、それに気づくことだ。

世界銀行での物語

一九九六年、スティーブン・デニングは世界銀行に勤務していた。

世銀は、途上国に学校、道路、水処理施設などインフラ計画向けの資金を融資する国際機関だ。

当時、彼は世銀のアフリカ業務責任者を務めていた。

アフリカは三番目に融資額の大きい地域で、その責任者のデニングは組織のトップへの階段を駆け上っているように見えた。

その頃、よき指導者だった二人の上司のうち、一人が引退し、もう一人も転職した。

その直後、彼はアフリカ部門を離れて「情報問題に取り組む」よう命じられ、上司から情報管理分野の調査を依頼された。

「世銀の関心は金の流れにあり、情報の流れにはない。

辞令はシベリア送りに等しかった」 と、デニングは述べている。

仕事は地味なだけでなく難しかった。

世銀は途上国で成果を上げる方法をたくさん知っていたが、情報は組織の各所に散らばっていた。

世界数十カ国でプロジェクトを実施しているうえ、中央官僚機構はあっても、業務ノウハウの大半は当然、各地域の現場が握っている。

個別のプロジェクトがそれぞれ一つの世界だった。

ザンビアの水処理専門家は、地域の役人との政治的交渉の情報を持っているが、それをバングラデシュの高速道路建設の専門家と分かちあう機会はなかった。

共通の友人がいるか、元同僚でもない限り、互いに存在すら知らないままだ。

任務に就いて一カ月後、デニングはザンビアから帰国したばかりの同僚と昼食をともにした。

同僚は母子の健康問題を中心とした医療改善プロジェクトに取り組んでいた。

彼はザンビアで、カマナ(ザンビアの首都から約五八〇キロ離れた小さな町)の医療従事者と出会った。

カマナでマラリア対策に苦労していたその人物は、この病気の撲滅法に関する情報を求めていた。

彼はインターネットに接続する方法を見つけ、アトランタの米疾病対策センター( CDC)のサイトで求めていた情報を入手した(これは一九九六年の話で、特にアフリカでは、情報を得たいときに誰もが最初にインターネットに当たるわけではなかった)。

この話を聞いたとき、特に深くは考えなかったとデニングは言う。

それは、ある同僚の優れた情報収集力をめぐる興味深い逸話にすぎなかった。

だが後になって、この逸話は情報管理の威力を物語る完璧な事例だと思い立った。

生死にかかわる仕事をしている人間が情報を求めていた。

彼はそれを探し、見つけ、結果として大きな成果を上げた。

それはまさに情報管理のビジョンだ。

ただし、この医療従事者は試行錯誤で情報を探し、 CDCのウェブサイトにたどり着き、そこでようやく適切な情報を得た。

そうではなく、彼は世銀の情報を利用できるべきだった。

以来、デニングは同僚と話すたびにこの逸話を紹介し、世銀が情報管理に本腰を入れるべき理由を訴えた。

数週間後、彼は上級管理職の会合で話をする機会を得た。

一〇~一二分の持ち時間の中で新しい組織戦略を説明し、承認を得なければならなかった。

難しい注文だった。

デニングは問題点を指摘し、世銀の情報蓄積の不備や情報システムのお粗末さを訴えた。

普通なら、この後、情報管理の規律改善を打ち出し、二一世紀に向けた情報管理の重要性を説いた専門家の言葉でも引用するところだ。

だが、デニングは違った。

ザンビアの逸話を語ったのだ。

プレゼンテーションが終わるや否や、二人の幹部がデニングに駆け寄り、問題改善のためにすべきことを次々と命じた。

「おかしなものだ。

一〇分前まで、彼らは私に時間を割く気すらなかったのに、今度はもっと頑張って彼らのアイデアを実行しろと言う。

ひどい話だ。

私のアイデアは彼らに盗まれたんだ」 だが、デニングはすぐ気を取り直した。

「結構なことじゃないか! 彼らにアイデアを盗まれたということは、これが彼らのアイデアになったということだ」。

数年後、デニングは世銀を辞め、物語について学んだことを世間に広める仕事に就いた。

二〇〇一年、彼は『スプリングボード』(未訳)という洞察に満ちた本を上梓した。

跳躍台(スプリングボード)となる物語とは、今の問題が今後どう変わっていくかを示す物語だと、デニングは定義する。

人々に可能性を伝えるのが跳躍台となる物語だ。

跳躍台となる物語の大きな強みは、懐疑的な意見を払拭し、やってみようという気にさせる点だ。

デニングも最初は、物語を利用することに違和感があったという。

常に単刀直入をよしとし、物語は曖昧で瑣末で寓話的すぎると思っていた。

「メッセージを直接はっきり打ち出せばいいではないか。

まどろっこしい逸話で相手の考えを間接的に導くよりも、要点を示して論理的に導く方がずっと簡単なのに、なぜ眉間にパンチを食らわさないのか」。

彼はそう考えていた。

問題は、聞き手にパンチを食らわせると、相手も反撃してくることだ。

こちらがどのようにメッセージを伝えるかを見て、相手は反応を決める。

議論をふっかければ、相手はこちらの言い分を値踏みし、検証、反論、批判してくる。

だが、物語を使えば聴き手を関与させることができると、デニングは言う。

相手をアイデア

アイデアに巻き込み、参加を求めるのだ。

「頭の中の囁き」に耳を傾けることについてデニングは述べる。

その囁きは通常、話している人の要点をあれこれ議論している。

「従来のコミュニケーション観は、頭の中の囁きを無視して、囁きが静かになり、メッセージがどうにか伝わりますようにと期待することだった」 だが、彼の提唱するやり方は違う。

「頭の中の囁きを無視するのではなく……それと協調して取り組む。

それに何か役割を与え、関与させる。

頭の中の囁きから二番目の物語を引き出すようなやり方で、物語を語るのだ」 跳躍台となる物語は、アイデアを売り込むだけでなく、人々を動かす。

物語は人々の意識を潜在的な解決法に向けさせる。

目標や障害がわかりやすく示された物語を語れば、聴き手は問題を解決しようという姿勢になる。

もちろん、物語によって聴き手が担う「問題解決」の度合いは違ってくる。

映画『タイタニック』を見ても、観客は氷山探知システムの改善案を話し合ったりはしない。

だが、観客は主な登場人物に感情移入し、彼らが困難に直面すると応援する。

「後ろを見て!」「ガツンと言ってやれ!」「そのドアをあけちゃだめ!」 というふうに。

それだけではない。

跳躍台となる物語は、聴き手に登場人物の問題を解決させるだけでなく、聴き手自身の問題解決も促す。

いわば、聴き手に応じた物語として書かれているようなもので、その物語を跳躍台に個々の聴き手が少しずつ違った方向へと向かう。

デニングがザンビアの逸話を紹介した後、その会合に出ていた二人の幹部が世銀総裁に情報管理のアイデアを伝え、世銀の未来はこれにかかっていると訴えた。

デニングは総裁を含む上級幹部に招かれ、自分のアイデアを説明した。

世銀総裁は年末に、情報管理を世銀の最優先課題の一つにすると発表した。

会議の物語 本章冒頭で、研究者のゲーリー・クラインから得た看護師の逸話を紹介したが、クラインのもう一つの物語も、本章の内容を端的に示している。

クラインの会社がある会議の主催者から会議報告書の作成を依頼された。

主催者は会議の要点をまとめた実用的な報告書を求めていた。

発言記録より簡潔で、発表資料の寄せ集めより統一感のある報告書だ。

クラインの会社は、並行して開催される五つの小委員会にそれぞれ担当者をつけた。

担当者は各小委員会に出席し、誰かが逸話を語るたびにそれを書き留めた。

会議が終わった後、担当者はメモを見せ合った。

クラインの言った通り、「面白くて悲劇的でエキサイティングな」物語が集まった。

彼らは物語集を編纂し、主催者に届けた。

主催者は大喜びだった。

よくある専門用語ばかりの味気ない要約集よりも、この物語集の方がずっと印象的だし、実用性があると思った。

彼女は、この物語集を書籍化するため予算を申請し、発表者全員にこの物語集を送った。

ところが、発表者側はこれに激怒した。

彼らは、発表の全体構成の中から逸話だけが抜き取られたことを侮辱と受けとった。

逸話や寓話ばかり口にする人間として記憶されたくなかったのだ。

発表者はこの会議のために、膨大な時間を費やして自分の経験を提言にまとめた。

彼らが主催者側に提出した要約には、ちょっとした知恵がたくさん盛り込まれていた。

「意思疎通は常に自由に行うこと」、「行動を遅らせると問題が積み重なる」といった具合だ。

クラインはこう言った。

「物語と比べて、こうしたスローガンがいかに無意味かを発表者に説明させてほしい。

事故で工場が閉鎖されたとき、彼らがどうやって意思疎通の自由を保てたかという逸話を、このスローガンと比べてほしい」 しかし、発表者は頑として聞き入れず、計画は中止になった。

この逸話は、クラインの著書の中でも私たちが気に入っている逸話だ。

それは、行き違いの経緯が非常にわかりやすいからだ。

発表者たちをアイデア嫌いの悪者扱いする気はない。

彼らの身になればその気持ちはわかる。

彼らは長年の成果をまとめた素晴らしい発表を行った。

目的は、長期間かけて構築してきた複雑なしくみを、聴き手に習得してもらうことだった。

いわば、彼らは知の大建造物を築き上げたのだ。

そこへクラインの手下が現れ、建物の壁からレンガを数個抜き取り、長年の苦労をそれだけで語ろうとした。

何たるずうずうしさだ。

問題は、知の大建造物を九〇分間の発表で聴き手の頭に移築するのは不可能ということだ。

せいぜい、レンガをいくつか運べるくらいだ。

だが、てっぺんからレンガを抜き取っても意味はない。

「意思疎通は常に自由に行う」といった提言は、まさにそれなのだ。

仮にあなたが高級百貨店ノードストロームの経営者で、財界の会合で発表を行うとしよう。

最後のスライドには、「ノードストロームの教訓、小売業界では卓越した顧客サービスが最大の競争力の源泉である」といったことが書いてある。

ひょっとすると四番目のスライドあたりで、「メーシーズで買った商品にギフト包装をするノーディー」をユーモラスな余談として紹介したかもしれない。

ユーモアがわかるクラインたちは、ギフト包装の逸話だけを残し、結論を省略しようとした。

実に適切な判断だ。

「単純明快である」と「意外性がある」の章で、優れたメッセージは常識を脱して非常識に至ると述べた。

「意思疎通は常に自由に行うこと」や「行動を遅らせると問題が積み重なる」といった提言にあるのは常識だけだ(こういう教訓は、意思疎通を拒んだり、大問題を前にぐずぐずする非常識な人を想定していると、クラインは書いている)。

ここでもまた、発表者は「知の呪縛」にとりつかれている。

「意思疎通は常に自由に行うこと」という教訓を語るとき、彼らの頭の中には熱気と感動に満ちた歌が流れている。

自分がこの教訓を得たときの体験である苦労、駆け引き、過ち、心の痛みを回想しながら、机を叩いている。

だが、聞き手には歌は聞こえない。

彼らはそれを忘れている。

物語は「知の呪縛」を軽々と打ち破る。

物語は SUCCESの枠組みの大半を、おのずと実現する。

物語はほぼ例外なく具体的だし、たいてい感情に訴える意外な要素を含んでいる。

物語を効果的に使ううえで最も難しいのは、核となるメッセージを反映した単純明快なものにすることだ。

素晴らしい物語を語るだけでなく、論点を物語に反映させる必要がある。

司令官が戦闘開始直前に、兵士を並べて「絆」の筋書きを語ったら嫌だろう。

物語にはシミュレーションと励ましという、驚異的な二重効果がある。

しかもこれらの効果は、それほど創造性がなくてもたいてい使いこなすことができる。

必要なのは、日常生活が生み出す優れた物語をいつでも発見できるよう、アンテナを立てておくことだ。

終章

記憶に焼きつく要素

アイデアの中には、どんなに避けようとしても記憶に焼きついてしまうものもある。

一九四六年、レオ・デュローシャー監督率いるドジャースは、ナショナル・リーグの首位に立っていた。

一方、宿敵ニューヨーク・ジャイアンツは低迷していた。

ドジャース対ジャイアンツのある試合中、デュローシャーはスポーツ記者の前でジャイアンツを馬鹿にした。

記者の一人がからかい混じりに彼に言った。

「たまには気分を変えて、いい人になったらどうです?」 すると、デュローシャーは、ジャイアンツのダグアウトを指して言った。

「いい人だって? あそこを見ろよ。

ジャイアンツのメル・オット監督ほどいい人がいるかい? 実際、あのチームは世界一のいい人揃いさ。

で、成績はどうだ? 七位じゃないか」 ラルフ・キーズが誤った引用をテーマとする著書『いい人は七位で終わる』に書いているように、デュローシャーの言葉は一年後に変形し始めた。

ベースボール・ダイジェスト誌がデュローシャーの言葉を「いい人は二部の最下位で終わる」と引用したのだ。

その後、口コミで伝わるうちにどんどん単純化、普遍化し、最後は「いい人はビリで終わる」という冷笑的な人生訓として定着した。

もはや「ジャイアンツ」も「七位」も関係ない。

実際、野球にすら触れていない。

いい人はビリで終わる、それだけだ。

アイデア市場が磨きをかけたこの引用句に、デュローシャーはうんざりしていた。

彼は長年、自分はそんなことは言っていないと否定し続けていたが(確かにその通りだ)、最後は諦めて、『いい人はビリで終わる』を自伝のタイトルに採用した。

史上最大の誤引用といえば、名探偵シャーロック・ホームズの言葉だ。

まさかと思われるだろうが、ホームズは「基本だよ、ワトソン君」とは一度も言っていない。

このセリフは私たちのホームズのイメージとぴったり一致している。

誰かにシャーロック・ホームズのセリフを一つ挙げてくれと頼めば、おそらくこの言葉が飛び出すだろう。

ホームズの最も有名なセリフは、彼が一度も口にしなかったセリフなのだ。

ありもしないセリフが記憶に焼きついているのは、なぜだろう。

だいたい想像がつく。

ホームズはしょっちゅう「ワトソン君」と呼びかけるし、「基本だよ」も口癖だ。

誰かがホームズ作品からセリフを引用しようとして、うっかり間違ってこの二つを組み合わせてしまう。

適応力をもった突然変異体が増殖していくように、この新たな組み合わせも実に優れたセリフだったため、自然に広まってしまった。

このセリフには、忙しくても忠実な親友の相手をする天才的探偵ホームズの真髄がこもっている。

「単純明快である」の章で、一九九二年米大統領選でクリントン陣営のカービルが生んだ有名な言葉「経済なんだよ、馬鹿」を紹介した。

既に述べた通り、このフレーズはカービルがホワイトボードに書いた三つのフレーズの一つだ。

では、雑学クイズをひとつ。

他の二つは、どんなフレーズだったのだろう。

正解は「変化か、同じことの繰り返しか」と「医療を忘れるな」だ。

これらのフレーズは記憶に焼きつかなかった。

では、カービルは「経済なんだよ、馬鹿」というアイデアの成功を喜ぶべきだったのか。

確かに、このフレーズは強い共感を呼び、選挙の枠組みを決める強力な手段となった。

だがその一方で、カービルは自分のメッセージの三分の一しか伝えられなかったことになる。

この事例を持ち出したのは、アイデアを記憶に焼きつけるかどうかを決めるのは聴き手だと言いたかったからだ。

デュローシャーの場合のように、聴き手がアイデアの意味を変えてしまうこともあれば、シャーロック・ホームズの場合のように、よりよいアイデアにしてくれることもある。

そしてカービルの場合のように、一部のアイデアを残し、他を捨ててしまうこともあるのだ。

誰でも自分のアイデアにはこだわりを持っている。

自分のメッセージは、自分が描いたままの形で生き延びてほしい。

デュローシャーも聴き手がアイデアを変えてしまったときには、ひたすら否定し続けてからようやく受け入れた。

いずれにしても、「聴き手の解釈は自分のメッセージの核を保っているか」と自問する必要はある。

第一章(「単純明快である」)で、核となるメッセージに焦点を絞ること、伝えるべき最も重要な真実を選び抜くことが重要であると述べた。

もし世間がアイデアを受け入れ、変えてしまうなら、あるいは世間に一部が受け入れられ、残りが捨てられるなら、アイデアの変異体が核を保っているかどうか見きわめればいい。

「経済なんだよ、馬鹿」のように核が保たれているなら、謙虚に聴き手の判断を受け入れるべきだ。

最終的に、アイデアの創造者として成功したかどうかは、模倣や引用の回数よりも自分の目標を達成できたかどうかで決まる。

発見力

カービルもデュローシャーも、推理作家のコナン・ドイルも、アイデアの創造者だ。

彼らは無からアイデアを生み出した。

だが忘れないでほしい。

記憶に焼きつくアイデアを発見すれば、記憶に焼きつくアイデアを生み出すのと同じ効果が得られるのだ。

ノードストロームのことを考えれば、それがわかる。

「メーシーズの商品に快くギフト包装をする店員」といった逸話を、ネタもないのに次々と創作することはできない。

ただし、その手の実話を小耳に挟んだら、アイデアの可能性に気づく必要がある。

これは、見かけほど簡単なことではない。

アイデアの発見が難しいのは、私たちが逸話と抽象概念を異なる方法で処理しがちだからだ。

例えば、ノードストロームの経営者は、「顧客満足度を今四半期中に一〇%上げる」という抽象概念をぶつけられれば、経営者的な思考回路が作動し、さっそく「どうすれば達成できるか」と考える。

ところが、タイヤ・チェーンの交換をしたり、冷えた車を温める従業員の話は、別の思考回路を作動させる。

他の日常的な従業員情報のたぐいと一緒に頭の片隅に追いやられる可能性が高い。

ジョンが頭を丸刈りにしたとか、ジェームズが七日連続で遅刻したといった、興味深いがごく些細な情報と同じ扱いなわけだ。

私たちの頭の中には、物語のような小さな構図と大局を示す大きな構図とを隔てる一種の壁がある。

アイデアを発見するためには、この壁を崩さなくてはならない。

どうすればこの壁を崩せるのか。

乱暴な喩えだが、家族への贈り物選びを考えてみよう。

クリスマスや誕生日が近づくと、「父さんは工具好きだから、いい工具があれば見逃さないようにしよう」と、頭の片隅で思い続けるようになる。

そして、たまたま一二月八日に格納型回転式レーザーを見かけたら、ほとんど無意識にプレゼント候補として目をつける。

これをアイデアの世界に置き換えると、自分の伝えたい核となるメッセージを頭に刻み込んでおくということだ。

「父親への贈り物の眼鏡」をかけると、父親の目で商品を見られるように、「核となるアイデアの眼鏡」をかければ、見聞きするさまざまなアイデアをその視点から選別できる。

顧客満足度の向上に燃えるノードストロームの経営幹部も、この「眼鏡」をかければ、車を温める逸話をただの面白い話としてではなく、完璧な顧客サービスの象徴として発見できる。

序章で、天性の創造性がなくても、優れたアイデアを創りだすことはできると書いた。

それは本当だ。

だがそれ以上に、創造自体が不要であることをぜひ知ってほしい。

本書には、創造ではなく発見されたアイデアが数多く登場する。

ノーディーも、ジャレドも、土星の輪の謎もそうだ。

禁煙キャンペーンの反権威者パム・ラフィンもそうだし、心臓モニターを無視して聴診器に耳を澄まし、赤ん坊の命を救った看護師の話もそうだ。

アイデアを発見するのが得意な人は、創造が得意な人に必ず勝てる。

なぜなら、どんなに創造性があるといっても、一人の生み出す優れたアイデアの数は、世界に生まれ続ける優れたアイデアの数にかなわないからだ。

話し手と記憶に焼きつく要素

スタンフォード大学でチップが教えている「記憶に焼きつくアイデアづくり」( Making Ideas Stick)講座では、毎年二期目に参加型のある課題を行う。

どんな

どんなメッセージが記憶に焼きつき、どんなメッセージが焼きつかないかを証明する、一種の「検証可能な信頼性」だ。

まず学生に、米国の犯罪パターンに関する政府機関のデータを与える。

学生の半数には、米国で軽犯罪が深刻な問題となっていることを訴える一分間スピーチをさせ、残りの半数には、軽犯罪は特に問題になっていないという立場をとらせる。

スタンフォード大学の学生は、お察しの通り頭がいい。

しかも機転がきき、コミュニケーションの上手な学生が多い。

一人として、下手なスピーチをする学生はいない。

学生を小グループに分け、一人ずつ他のメンバーの前で一分間スピーチをさせる。

スピーチが終わるごとに聴き手が発表者を採点する。

印象的な話し方だったか、説得力はあったか、といった項目だ。

すると、高得点をとるのは決まって話術に長けた発表者だ。

姿勢がよく言葉が滑らかで、カリスマ性のある学生だ。

これは、意外でもなんでもない。

スピーチコンテストでいい点をとるのは、話のうまい学生と決まっている。

意外なのは、ここからだ。

一見、課題は終わったように思える。

チップはたいていここでイギリスのコメディ「モンティ・パイソン」の短編を見せ、数分間時間をつぶす。

学生の気がまぎれたところで、彼はいきなり指示を出す。

紙を出して、発表者のアイデアの中で覚えているものをできるだけ多く書き出しなさい、と。

学生は、自分がほとんど何も覚えていないことに気づき、愕然とする。

発表が終わってから、まだ一〇分しかたっていない。

しかも、それほど大量の情報に晒されたわけでもない。

一分間のスピーチをせいぜい八回ほど聞いただけだ。

それなのにどの学生も、発表者の言ったことで覚えているのはせいぜい一つか二つ。

一部の発表者については、全く記憶がない学生も多い。

その発表者のアイデアを何ひとつ思い出せないのだ。

学生は、一分間スピーチの中で統計を平均二・五個使用するが、物語を語るのは一〇人に一人。

これがスピーチの統計だ。

ところが、「記憶」の統計はほぼその正反対だ。

発表内容を思い出すように言うと、学生の六三%が物語を思い出し、統計を思い出した学生は五%にすぎなかった。

しかも、「話術の才能」とアイデアを記憶に焼きつける能力には、ほとんど相関性が見られない。

魅力的なスピーチをした学生も、そうでない学生も、アイデアを記憶に焼きつける能力に差はなかった。

英語力に乏しく話術の採点ではたいてい下位の留学生も、にわかにネイティブ・スピーカーの学生と肩を並べる。

アイデアを多くの人の記憶に焼きつけたのは、物語を使って証明したり、感情に訴えたり、一〇のことを言わずに一点だけを強調した学生だった。

この本を読んでこの授業に臨めば、間違いなく他の学生に勝てる。

英語が母国語でないコミュニティ・カレッジの学生も、この本を読めば何も知らないスタンフォードの大学院生に勝てるはずだ。

話術に長けた頭のよい人が、アイデアを聴き手の記憶に焼きつけられないのはなぜか。

それには、本書で述べた悪役のいくつかが関係している。

第一の犯人は、大量の情報の中にリードを埋没させてしまう癖だ。

知識が豊富な人や多くの情報を入手できる人の厄介な点は、どうしても全部伝えたくなることだ。

高校の教師に聞いてみるといい。

生徒にレポートを書かせると、調べたことを何もかも書こうとする。

目的や明確さよりも、集めたデータの量に値打ちがあるといわんばかりだ。

核となる部分を際立たせるために情報量を減らすことは、自然にできることではない。

第二の犯人は、メッセージよりもプレゼンテーションを重視する傾向だ。

人前で話をする人が、落ち着きやカリスマ性や意欲を示したがるのは当然だ。

それに、カリスマ性があれば適切に組み立てられたメッセージを記憶に焼きつけるのに役立つ。

だが、スタンフォード大の学生が痛い思いをして学んだように、情報量が多く総花的なスピーチをしていては、どんなカリスマ性も役立たない。

犯人は他にもいる

スタンフォード大の学生が戦う必要のない重要な犯人がまだ二つある。

一つは判断の停止、つまり選択肢が多すぎたり状況が曖昧なために起きる不安と不合理だ。

魅力的な講演会と素晴らしい映画のどちらに行くか決められないばかりに、どちらも諦めた学生のことを思い出してほしい。

あるいは、パーム・パイロット開発グループを率いるジェフ・ホーキンスが、メンバーの意識を多くの問題から少数の問題に集中させるのに、どれほど苦労したか思い出してほしい。

判断停止に打ち勝つには、核心を見出すという困難な作業をしなくてはならない。

弁護士なら、主張したいことが一〇あっても最終弁論では一、二点に絞り込む必要がある。

教師なら、授業計画の段階では教えたいことが五〇項目あっても、効果的な授業をしたければ、一番重要な二、三項目を生徒の記憶に焼きつけることに労力の大半を費さざるを得ない。

経営者なら、従業員が曖昧な状況の中でも決断を下せるよう、「人名、人名、とにかく人名」とか「最格安航空会社」といったスローガンを打ち出す必要がある。

記憶に焼きつくアイデアの最大の宿敵は、ご存知の通り「知の呪縛」だ。

スタンフォード大学の学生は犯罪データに詳しくなかったため、「知の呪縛」に陥らずにすんだ。

彼らは、知らないということがどういうことかを忘れた専門家より、リードを埋没させまいと苦労する新聞記者に近かった。

「知の呪縛」は相手として不足のない敵だ。

ある意味、それは必然だからだ。

メッセージを相手に届けるプロセスには二つの段階がある。

「答え」の段階と「他者に伝える」段階だ。

「答え」の段階では、専門知識を駆使して人に伝えたいアイデアに到達する。

博士は一〇年も研究を重ねて「答え」を出そうとし、企業経営陣は何カ月も検討を重ねて「答え」に到達する。

問題は、「答え」の段階では強みになったものが、「他者に伝える」段階では裏目に出ることだ。

「答え」を出すには専門知識が必要だが、専門知識は「知の呪縛」と切っても切り離せない。

他人が知らないことを知っていて、それを知らないということがどんなことか忘れてしまっている。

だから、「答え」を伝える段になると、相手が自分と同じ人間であるかのような伝え方をしがちだ。

「答え」を見つけるときに必要だった統計をやたらと紹介しても、スタンフォード大学の学生がそうだったように、誰にも思い出してもらえない。

何カ月にも及ぶ調査と分析から得た結論だけを伝えても、現場の社員に「株主価値の最大化」を説く CEOと同じで、その結論が日常業務とどうつながるのか全くわかってもらえない。

興味深いことに、「答え」の見つけ方の訓練期間と、「他者に伝える」方法の訓練期間は比例しない。

医学部や M B A課程を出た人の中には、コミュニケーションの授業を全くとったことがない人もいる。

大学教授は専門分野の授業を山ほど受けているが、教え方の授業は全く受けていない。

エンジニアとなると、「他者に伝える」方法の研修など鼻で笑い飛ばすだろう。

企業経営者は、パワーポイントのスライドで結論を見せれば、アイデアは伝わったと思うらしい。

だが、していることはデータの共有だ。

話のうまい人なら、従業員や同僚に「決断力」や「経営者らしさ」や「意欲」くらいは示せるだろう。

だが、スタンフォード大の学生がそうだったように、自分の言ったことに何の影響力もなかったと知れば、愕然とするはずだ。

彼らはデータを共有したが、後々まで役に立つアイデアは生み出さなかった。

相手の記憶には何も焼きつかなかったのだ。

アイデアを記憶に焼きつける‥コミュニケーションの枠組み

アイデアを聴き手の記憶に焼きつけ、後々まで役立たせるためには、聴き手を次のような状態にする必要がある。

(一)関心を払う(二)理解し、記憶する(三)同意する、あるいは信じる(四)心にかける(五)そのアイデアに基づいて行動できるようになる 最初からこの五段階に沿って本書を構成することもできたが、結論としてとっておいたのには理由がある。

「知の呪縛」があると、この枠組みは何の役にも立た

立たないからだ。

専門家が「聴き手は私のアイデアを理解したか」と自問しても、答えはイエスに決まっている。

自分が理解しているからだ(「わが社の社員は当然、『株主価値の最大化』を理解しているはずだ」というように)。

「聴き手は心にかけてくれるだろうか」と自問しても、答えはイエス。

なぜなら、自分が心にかけているからだ。

マーレー・ドラノフ・ピアノ二重奏財団の「私たちの存在意義は、ピアノ二重奏の保護と存続と振興です」という言葉を思い出してほしい。

彼らは、聞き手の心に自分たちと同じ情熱が湧き上がらないのを見てショックを受けた。

SUCCESsチェックリストは、上記の枠組みに代わるものだが、より具体的で「知の呪縛」に左右されない点が強みだ。

実際、これまでの章を振り返れば、 SUCCESsが五つの枠組みとうまく符合していることがわかる。

(一)関心を払う 意外性がある(二)理解し、記憶する 具体的である(三)同意する、あるいは信じる 信頼性がある(四)心にかける 感情に訴える(五)そのアイデアに基づいて 行動できるようになる 物語性がある だから、聴き手が自分のアイデアを理解しているかどうか推測するより、「自分のアイデアは具体的か」と自問した方がよいし、聴き手が心にかけているかどうか気にするよりも、「自分のアイデアは感情に訴えるか、マズローの欲求段階の底辺を脱しているか、分析の帽子を無理やり被せてはいないか、共感できるものになっているか」と自問するべきだ(ちなみに、右のリストには「単純明快さ」はない。

なぜなら、メッセージの核を見出し、できるだけ簡潔にするというのは、主に「答え」の段階のことだから。

ただし、単純明快さは全段階を通じて有用だし、聴き手の理解と行動を促すうえで特に役立つ)。

したがって、 SUCCESsチェックリストは、コミュニケーション上の問題を解決するのに絶好の手段だ。

そこで、さまざまなコミュニケーション上の問題のよくある症状と、その解決策を考えてみよう。

症状と解決策

メッセージに関心を払わせるうえでの問題症状‥「誰も聞いてくれない」「こんなことは聞き飽きて退屈しているようだ」解決策‥聞き手の推測機械を打ち壊す。

常識に反したことを言って驚かせる(「次の木曜は休校」がリード、「ノーディーはメーシーズ商品にギフト包装する」)。

症状‥「途中で飽きられた」「終盤、聞き手の集中力が切れた」解決策‥好奇心の隙間を生み出す。

知識の足りない部分に気づかせるのに十分なだけの情報を与える(ルーニー・アーレッジが大学フットボール試合の番組制作で、対戦校の背景情報を紹介したことを思い出してほしい)。

あるいは、謎を生み出し、コミュニケーションの過程で少しずつ解明していく(授業の最初に必ず「土星の輪」的な謎を投げかけた大学教授のように)。

理解させ、記憶させるうえでの問題症状‥「うなずきながら説明を聞いていたのに、全く行動に結びついていない」解決策‥メッセージをもっとシンプルにし、具体的な言葉で話す。

創造的類推のように、相手が既に知っていることを利用してこちらの意図を明確にする(ディズニーの「キャスト」という比喩のように)。

あるいは、現実に即した具体的な例を用いる。

「情報管理」を語るのではなく、ザンビアの医療従事者がインターネットでマラリアの情報を得た話をするのだ。

症状‥「会議で出席者どうしの話が噛み合わない」「聞き手の知識レベルがまちまちで、教えにくい」解決策‥聞き手が知識を応用できる、きわめて具体的な場面を生み出す(起業家がベンチャーキャピタルへのプレゼンでカバンをテーブルに投げ出し、ブレーンストーミングを引き起こしたことを思い出そう)。

概念を語るよりも、具体的な喩えや実例で相手に考えさせる。

信じさせる、あるいは同意を得るうえでの問題症状‥「とりあってくれない」解決策‥メッセージ内容を物語る詳細情報を見出す。

七三歳のダンサーや、水道水よりきれいな廃水を出す環境に優しい繊維工場に匹敵するものを探す。

症状‥「いちいち難癖をつけてくる」「議論噴出で先に進まない」解決策‥跳躍台となる物語を使って相手の懐疑心を和らげ、創造的な姿勢にさせる。

統計や事実を語るのをやめ、有意義な事例を紹介する。

シナトラ・テストに合格する逸話を用いる。

心にかけてもらううえでの問題症状‥「聞き手が冷めている」「誰もやる気にならない」解決策‥マザー・テレサ効果を思いだしてほしい。

人は抽象的なものより個人を心にかける。

「挑戦」や「創造性」の筋書きに沿った元気の出る物語を紹介しよう。

ゴミを散らかさないのがテキサス流と暗示した「テキサスを怒らせるな」の広告のように、相手の自分らしさに訴えよう。

症状‥「同じことを言っても相手が以前のように乗ってこない」解決策‥マズローの欲求段階の底辺を脱し、もっと高尚な自己利益に訴えよう。

行動させるうえでの問題症状‥「皆、うなずきながら聞くくせに、全く行動に移さない」解決策‥「挑戦」の筋書きに沿った物語(ジャレドや「ダビデとゴリアテ」)で励ます。

あるいは、跳躍台となる物語(世界銀行)で励ます。

くれぐれも、メッセージは実際に役立つ単純明快で具体的なものにすること。

メッセージが語り草になるように(人名、人名、とにかく人名)。

ジョン・ F・ケネディとフロイド・リー

「わが国は、六〇年代の終わりまでに人類を月に着陸させ、無事地球に帰還させるという目標の達成に、全力を尽くすべきである」 ジョン・ F・ケネディは一九六一年五月にそう語った。

刺激的な使命を打ち出した刺激的なメッセージだ。

このたった一つのアイデアが、一つの国家を一〇年にわたるプロジェクトへと駆り立て、ついに忘れることのできない歴史的偉業を成し遂げたのだ。

問題は、あなたは JFKではないということだ。

それは私たちも同じだ。

私たちには JFKのようなカリスマ性も権力もない。

月面到達よりも、出かけるときに財布を忘れていないかどうかの方が気になる人間だ。

だからもし、アイデアを記憶に焼きつけるために JFKにならなければならないなら、本書はずいぶん、気の重い内容になっていたはずだ。

JFKは並の人間ではない。

それどころか、普通の人とはかけ離れている。

だが、思い出してほしい。

「月面到達」の演説に触れた章では、ケンタッキー・フライド・ネズミも紹介したはずだ。

私たちはそれほど崇高なことを考えているわけではない。

記憶に焼きつくアイデアには共通点がある。

本書ではそうした共通点を分析し、その原点を解明してきた。

臓器狩りと氷風呂のように大流行したアイデアも、細菌が癌を引き起こすという卓越したアイデアも見てきた。

安全に関する機内アナウンスのように、退屈なアイデアを面白く伝えたケースも見たし、経口補水塩が何千人もの子どもを救う話のように、興味深いアイデアをありふれたもので伝えるケースも見た。

新聞、会計、核戦争、宗教、シートベルト、塵、ダンス、ゴミ、フットボール、エイズ、物流、ハンバーガーなどなど、いろいろなものに関するアイデアを見てきた。

私たちが目にしたのは、これらすべてのアイデアが、崇高なものか下世話なものか、深刻な話か軽い話かにかかわらず、同じ特徴を持っているという事実だ。

この特徴を理解した読者が、自分のアイデアにそれを応用してくれることを願う。

私が統計ではなく物語を語ると、みんな笑った。

でも、アイデアが記憶に焼きつくとみんな黙った――そうなってほしい。

SUCCESsチェックリストは、ごく実用的な道具として使ってほしい。

複雑な方程式などではなくチェックリストにしたのもそのためだ。

ロケット科学のように難しいものではない。

ただし、無意識に、あるいは本能的にできることでもない。

真面目にコツコツ取り組むこと、意識を持つことが求められる。

本書には、平凡な問題に直面した平凡な人々が、(意識的にではないにせよ)これらの原則を応用し偉業を成し遂げた事例がたくさん出てくる。

彼らはごく普通の人々だから、今後、彼らの名前に出あっても読者は気づかないだろう。

だが、名前は記憶に焼きつかなくても、彼らの物語は焼きつくはずだ。

アート・シルバーマン。

アメリカ人に不健康な映画館ポップコーンを食べるのをやめさせた、あの男性だ。

彼は、脂肪分たっぷりの一日三食とポップコーン一袋を並べ、「これだけの飽和脂肪が含まれている」と明言した。

普通の仕事に就く普通の人が、人々に影響を与えたのだ。

ノラ・エフロンのジャーナリズムの教師。

名前すら出てこなかった気の毒な人だ。

彼は「『次の木曜は休校』がリードだ」というひと言で、生徒のジャーナリズム観を一変させた。

エフロンは、そしてきっと他の多くの生徒が彼に触発されてジャーナリストになった。

普通の仕事に就く普通の人が、人々に影響を与えたのだ。

ボブ・オクウィジャはどうだろう。

読者はきっとこの名前を覚えていないだろう。

太った若者に毎日サンドイッチを出し、素晴らしい物語が生まれつつあることに気づいたサブウェイのフランチャイズ・オーナーだ。

大成功したジャレド・キャンペーンは、オクウィジャのおかげで発見され、展開された。

普通の仕事に就く普通の人が、人々に影響を与えたのだ。

フロイド・リーもいる。

イラクのペガサス食堂の責任者だ。

彼は自分の役割を食事サービスではなく士気を高めることと定義づけた。

配給される食材は他の食堂と同じだったが、兵士たちは彼の食堂に集まり、デザート担当シェフは自分のデザートを「官能的」と評するようになった。

普通の仕事に就く普通の人が、人々に影響を与えたのだ。

ジェーン・エリオットもいる。

彼女が授業で行った人種差別のシミュレーションは、二〇年以上たった今も子どもたちの記憶に深く刻み込まれている。

差別を予防する予防接種的なアイデアの考案者といっても過言ではない。

普通の仕事に就く普通の人が、人々に影響を与えたのだ。

彼らが偉業を成し遂げたのは、人々に影響を与えるアイデアを練り上げたからだ。

彼らには、権力も名声も PR会社も広告予算も広報官もなかった。

アイデアがあっただけだ。

それが、アイデアの世界の素晴らしいところである。

しかるべき洞察と適切なメッセージさえあれば、誰でもアイデアを記憶に焼きつけることができる。

アイデアを記憶に焼きつけるための手引き

記憶に焼きつくアイデアとは? 臓器狩り。

ハロウィーンのお菓子。

映画のポップコーン。

記憶に焼きつく =理解できる、記憶に残る、考え方や行動を変える効果がある。

六つの原則‥ SUCCESs 単純明快さ、意外性、具体性、信頼性、感情、物語。

犯人‥「知の呪縛」。

叩き手の役目は難しい。

創造性の第一歩は型。

SUCCESsチェックリストで呪縛を解く。

一・単純明快である核となる部分を見出す 司令官の意図。

最も重要なものを見きわめる。

「最格安航空会社」。

逆ピラミッド‥リードを埋もれさせるな。

判断停止の辛さ。

絶え間ない優先順位づけで判断の停止を克服する。

「経済なんだよ、馬鹿」。

アイデア・クリニック「日光浴」。

「人名、人名、とにかく人名」。

核となる部分を伝える 単純明快であること =核となる部分 +簡潔さ。

ことわざ‥深い意味を持つインパクトの強いフレーズ。

目に見える比喩‥パーム・パイロットの木片。

簡潔なコミュニケーションに大きな効果を持たせるには。

( 1)既にあるものを利用する‥既存のイメージの利用。

ザボン。

( 2)明確なコンセプトの企画‥「バスを舞台にしたダイ・ハード」。

( 3)創造的類推の利用‥ディズニーの「キャスト」。

二・意外性がある関心をつかむ‥驚き 安全に関する機内放送。

パターンを打ち破る。

聴き手の(核となる問題に関する)推測機械を打ち壊す。

驚きの眉‥情報収集のための小休止。

受け狙いの驚きを避ける‥「後から理解できる」ようにする。

「……したノーディー」。

「木曜日は休校」。

アイデア・クリニック「米国の対外援助は多すぎる?」。

関心をつなぎとめる‥興味 謎を生み出す‥土星の輪は何でできているか? 映画の脚本に見る好奇心の生み出し方。

好奇心の隙間理論‥知識の隙間を浮き彫りにする。

次の放送への期待を煽るコマーシャル‥「製氷機に細菌が入っていた地元のレストランはどこ?」。

アイデア・クリニック「資金調達」。

隙間を生み出す‥ルーニー・アーレッジはどうやって大学フットボール番組をファン層以外にも楽しめるものにしたか。

長期にわたり興味をつなぎとめる‥「ポケットに入るラジオ」と「人類の月面着陸」。

三・具体的である理解と記憶を促す 寓話のような具体性をもたせる(酸っぱいブドウ)。

抽象的なものに具体性をもたせる‥自然管理委員会が生んだ環境保護界の「セレブ」。

具体的な文脈を与える‥アジアの教師の数学教授法。

相手を物語に参加させる‥ドラマ形式で教える会計の授業。

記憶のマジックテープ理論‥アイデアにフックが多いほどよい。

茶色い目、青い目‥人種差別意識を「直した」シミュレーション。

協調を促す エンジニアと製造チーム‥双方の理解度が同じになる共通の立脚点を見出す。

具体的な共通目標を定める‥四――二二番滑走路に着陸できる旅客機の開発。

現実味を持たせる‥フェラーリ一家、ディズニーワールドを楽しむ。

具体性が役立つ理由‥「白い物」と「冷蔵庫の中の白い物」。

相手が知識を発揮できる場を生み出す‥ベンチャーキャピタルへの売り込みと茶色いカバン。

アイデア・クリニック「経口補水塩療法」。

データではなく人に焦点を当てる‥ハンバーガー・ヘルパーの訪問調査と「サドルバック・サム」。

四・信頼性がある信じてもらう 誰も信じなかったノーベル賞受賞の潰瘍研究。

肉食性細菌に汚染されたバナナ。

外部からの信頼性 権威者と反権威者。

パム・ラフィンの反喫煙広告。

内在的信頼性 説得力のある細部の利用。

陪審員とダース・ベイダーの歯ブラシ。

七三歳のダンサー。

統計に実感をわかせる。

核弾頭になった B B弾。

人間的尺度の原則。

職場をサッカーチームに例えたスティーブン・コヴィー。

アイデア・クリニック‥サメに対するヒステリックな恐怖。

シナトラ・テストに合格する事例を見出す。

「ここでうまくいけば、どこへ行ってもうまくいくさ」。

インドの映画フィルム配送‥「当社は『ハリー・ポッター』と弟さんの答案を運びました」。

企業に優しい環境保護者と、工場用水を浄化して食べられる布をつくった繊維工場。

検証可能な信頼性を用いる。

「買う前に試す」。

肉はどこ? スナップルは KKK団を支援している? スポーツ指導者‥褒めるよりけなす方が楽。

感情タンクを満タンに。

NBAの新人研修――「 HIV感染者の女性たち」。

五・感情に訴える心にかけてもらう マザー・テレサの法則‥個人を見たときに私は行動する。

アフリカの大勢の人々よりもロキアに寄付が集まる。

反喫煙の「真実」キャンペーン‥若者が心にかけるのは健康ではなく企業への反発。

関連づけの効果を利用する 意味拡張と戦う必要性‥薄まってしまった「相対性理論」の意味と、「ユニーク」がユニークでなくなった理由。

「スポーツマン精神」から「試合の尊重」へ。

自己利益に訴える(自己利益の底辺部だけに訴えない) 通販広告‥「私がピアノの前に座ったら皆笑った……」。

「あなたにこんなメリットがありますよ」。

テンペのケーブルテレビ‥メリットを想像させる。

マズローのピラミッド底辺部を避ける‥他人は自分より下にいるという誤った思い込み。

フロイド・リーとイラクの食堂‥「士気を高める責任者」。

アイデンティティに訴える ポップコーン機を断った消防士。

アイデンティティに基づく意思決定を理解する(「自分は何者か」、「自分はどういう状況にいるのか」、「自分と同じような人々はこういう状況でどうするのか」)。

アイデア・クリニック「代数を勉強する理由」。

テキサスを怒らせるな‥テキサス人はポイ捨てしない。

「知の呪縛」を忘れないこと‥ピアノ二重奏財団のように、「他人も自分と同じくらい心にかけている」という思い込みを捨てる。

六・物語性行動させるシミュレーションとしての物語(行動のしかたを教える) 心臓モニターの嘘‥看護師はどんな行動をとったか。

ゼロックスの職場の話‥修理員はどんな行動をとったか。

過去の経緯を思い起こす‥問題を想像・再現して解決する。

飛行シミュレーションとしての物語。

アイデア・クリニック「問題のある学生への対応」。

励ましとしての物語(行動を起こすエネルギーを与える) ファストフードで九〇キロ減量したジャレド。

人を励ます物語の発見法。

三つの筋書きを探す‥「挑戦」(障害の克服)、「絆」(仲良くする、絆の回復)、「創造性」(新しい発想)。

跳躍台となる物語‥既存の問題が今後どう変わっていくかを示す物語。

世界銀行のスティーブン・デニング‥ザンビアの医療従事者。

物語から教訓を引き出すことはできるが、教訓から物語を引き出すことはできない。

発表内容を物語で要約したら発表者はなぜ怒ったか。

記憶に焼きつく要素記憶に焼きつく要素を利用する「いい人はビリで終わる」。

「基本だよ、ワトソン君」。

「経済なんだよ、馬鹿」。

発見力。

優れた話術と心に焼きつけるスキルが一致しない理由‥スタンフォード学生のスピーチ。

「知の呪縛」に関する最終警告。

SUCCESsチェックリストは、相手に次のことを促す 関心を払う 意外性がある 理解し、記憶する 具体的である 同意する、あるいは信じる 信頼性がある 心にかける 感情に訴える そのアイデアに基づいて 行動できるようになる 物語性がある単純明快さは、さまざまな段階で役立つ。

最も重要なのは、言うべきことを教えてくれる点 症状と解決策――実用的な解説(終章「症状と解決策」参照)

ジョン・ F・ケネディとフロイド・リー‥記憶に焼きつく

アイデアがあれば、普通の人が普通の状況で、人々に大きな影響を与えることができる。

解説――――――私も実践している優れたフレームワーク勝間和代(経済評論家・公認会計士) この本は、私が二〇〇七年に読んだ原書の中で、最もお気に入りの一冊であった「 Made to Stick」の邦訳版である。

私はこの本が大好きであり、一人でも多くの人に読んでもらいたいと思っているので、そのため、頼まれてもいないのに、日経BP社が版権を取ったと人づてに聞いて、押し掛けて解説を書かせていただくことにした。

とはいえ、本当は、この本のアイデアを他の人に知ってもらうと、私のアイデアの発想の一部がネタバレしてしまうため、あまり広めたくない気持ちもある。

しかし、優れた書籍の知恵はぜひ皆で共有したいと思うし、優れたものは私が勧めなくても自然に広まるため、そのような私欲は捨てて、この本の読みどころについて解説を試みたい。

この本の要旨は、優れたアイデアとは、発想力があるアイデアマンが天才的な思いつきから生み出すものではなく、一定のフレームワークに従ってもとのアイデアを練り込んでいけば、高い確率で優秀なアイデアが生まれるということである。

そして、その鍵は、ほんの少しだけ、私たちの心に、そのアイデアの記憶の粘り・焼き付けを起こすことに成功することであり、そうすれば、誰でも相手に浸透しやすい、わかりやすい、優れたアイデアが出せる、ということを訴えている。

なるほど、この本自体、そのようなアイデアづくりに気を使っている。

たとえば、本の出だしで語られるのは、多くの人が知っているかの有名な都市伝説、「腎臓泥棒(外国で美女に言い寄られて一緒にお酒を飲んだところ、眠らされて気づいたら、水風呂に沈んでおり、自身の腎臓が一つなくなっていたという話)」の話である。

確かに、この腎臓泥棒の話は私も人づてに聞いたことがあり、一度しか聞いてないにもかかわらず、その後ずっと覚えている。

また、英語版の本の装丁もとてもよく、記憶に粘るようできており、シンプルな装丁に貼られたガムテープが、確かに記憶に粘っており、本の内容をよく伝えている。

さらに特筆すべきなのが、この本が、私も大好きで、この本の作者であるダンとチップも大好きなマルコム・グラッドウェルの「 The Tipping Point」(邦訳は『急に売れ始めるにはワケがある』ソフトバンク文庫)に触発されて書かれれているということである。

マルコム・グラッドウェルは、社会現象を引き起こすには、( 1)少数の目利きに浸透すること、( 2)記憶に粘ること、( 3)背景が味方すること、の三点が必要だと「 The Tipping Point」の中で分析した。

そして、そのうちの二番目の法則である「記憶に粘ること」をより詳しく分解したのが、この本という位置づけである。

したがって、この本がおもしろいと思ったら、ぜひ「 The Tipping Point」を読んでもらいたいし、逆に、マルコム・グラッドウェルの「 The Tipping Point」や「 blink」(邦訳は『第 1感』光文社)などの著作が好きな人であれば、必ずこの本の内容も楽しんでもらえるだろう。

この本では、腎臓泥棒の例をはじめとして、寄付金のテストや差別のシミュレーション、サブウェイのダイエットなどさまざまな事例や実験を使いながら、広まりやすく、記憶に焼きつく優れたアイデアには特徴があるということを分析している。

そしてその特徴は類型化が可能であり、短時間のトレーニング次第で誰もがこれまでより、他人に訴える優れたアイデアを作ることができると作者たちは考えたことにポイントがある。

また、この本の中で繰り返し繰り返し述べられているのは、「知りすぎていることによる呪縛」である。

誰かに何かを伝えようとした場合、当然ながら、相手に伝えようとする側は、相手から受け取る側に比べて、はるかに大きな知識を持っている。

したがって、よく知っているものがよく知らない者へ話を通じさせようとすると、話が複雑になり、逆に相手を見くびりすぎて低位のメッセージに偏りすぎたりと、さまざまな弊害が生じることになる。

そのため、相手にアイデアを浸透させ、わかりやすく、記憶に焼き付けさせるために必要な要素を、作者たちは「 SUCCES」(成功の SUCCESsの最初の 5文字)で表すことができる「 Simple Unexpected Concrete Credentialed Emotional Story」、すなわち、「単純明快で、意外性があり、具体的で、信頼性があって、感情に訴える、物語」という、これまた記憶に焼きつきやすいフレームワークに落とし込んだ。

もしかしたら、この本の中で述べられていることの一つ一つには、新しいアイデアを出したり、何か人の記憶に残ることを実現しようと思った人にとっては、目からウロコが落ちるような新しい話はないかもしれない。

しかし、作者たちがこういった雑多なアイデアの生み方をフレームワークに落とし込んだことにこそに、この本の価値はある。

たとえば、私の著書に『お金は銀行に預けるな』(光文社新書)という本がある。

この本は二〇〇七年一一月に発行され、二〇〇八年七月現在、三七万部のベストセラーとなっている。

この本を出した直後の私はまだ無名であったが、出版前から関係者は「この本は売れる」という自信があった。

実際、書店に並べた当初から文字通り、飛ぶように売れた。

結果、二〇〇八年上半期の全新書のうち、『女性の品格』『親の品格』に次いで三番目によく売れた新書となった。

この本に SUCCESsのフレームワークを使うと、なぜ大ヒットにつながったのか、なぜ、関係者たちは直感的に発売前から「この本は売れるはず」と確信していたのか、わかりやすいのでケースとして分析をしてみよう。

最初の「単純明快である」という法則。

これがなんといっても、通常は難しい。

なぜなら、アイデアを伝える側にとって、その内容に知識を持ちすぎているため、絞りこむのは大変な痛みを伴う作業だからだ。

「お金は銀行に預けるな」というタイトルは、その要件を満たしている。

編集者の小松さんが、まる三日間このことだけを考え、五〇以上のタイトルの候補から、最後に絞り込んでくれたものである。

結果、単純明快なタイトルだが、とても覚えやすく、人に伝えやすいものとなった。

次の「意外性がある」という法則。

このことも、この本のタイトルと中身はそれを満たしている。

これまで私たちは、お金を銀行に預けておけば安全だと習ってきた。

そして、銀行にお金を預けていない人はほとんどいない。

それを突然、「預けるな」と命令されるのであるから、一体それはどういうことだろうと、知的好奇心がわく。

私たちは、知っていることと、知りたいことの間にギャップができたとき、それを埋めようと試みるのだ。

したがって、本を読みたくなり、買いたくなる。

三番目の「具体的である」ということ。

これも実はいろいろな工夫を本の中でしている。

金利が〇・二%と言われてもピンとこないが、倍になるまでに二七七年かかると言われれば、急に、自分の寿命と重ね合わせて、それがいかに長い年月かということがわかる。

同じように、単に投資をしなさいというのではなく、年収の何十%を目指し、何年後にいくらまで貯めるべきかということを、身近な指針として表している。

私が本を書くときにいつも心がけているのは、「半径一・五メートル以内の興味に落とし込むこと」である。

他人のことを言われても、遠い将来のこと言われても、私たちはピンとこない。

なるべくすべて、聞き手がすぐに納得できることに置き換えるのがポイントだ。

四番目の「信頼性がある」ということ。

これは、書籍の中で引用している様々な客観データに加え、著者である私自身が公認会計士の資格とファイナンス修士を持っていることがあるだろう。

ただ、ダンとチップが述べてように、相手に信頼性を持ってもらうには権威やデータだけでは不十分である。

お金を銀行に預けていても、ちっとも増えていないという実感があり、私たちの将来の年金に対して不安という実感があり、自分たちの住宅ローンがいかに過酷かという実感がある、そのような聞き手自身の感覚において、相手の言ってることが信頼できるという認識が必要なのである。

五番目の「感情に訴える」ということ。

これも、聞き手の感情をざわめかせる必要がある。

私たちがなぜ長時間労働をしなければならないのか、なぜ、こんなに金利が低いのか、そして、このまま低い金利の状態で老後を迎えるとどういうことが起きるのか、これまで、多くの人が気づいていないか、気づいていても直視しようとしなかった「感情をざわめかせる」課題を正面から突きつけることによって、「この話をもっと聞かなければ」「聞いた話を人に伝えなければ」という気持ちになったのである。

最後の「物語性がある」ということ。

これは、私たちがお互いに体験談の話をすることで、他人の体験を疑似体験し、同じようなことになったときにより適切な対処ができるようになるのである。

単にお金を節約して投資に回しなさいではつまらない。

そうではなく、住宅ローンを組むとどのようなことが起きうるのか、月々の積み立てを貯金でした場合と投資でした場合に数十年後にどれほど大きな差になるのか、そして私たちのお金の使い方が社会的責任投資という観点から見たときにどのように社会を変えうるのか、といった大きなストーリーの中で預金や投資を位置づけることで、聞き手の気持ちは変わりうる。

このような SUCCESsの要件を持った『お金は銀行に預けるな』だが、本を出した直後に、おもしろいことを聞いた。

私は「日経マネー」というマネー誌に連載をもっているが、その連載の担当編集さんは当然、私以外の多くのマネー関連の専門家と話す機会がある。

そして、その編集さんが私の連載を担当していると知らない多くの専門家から、「あの本(『お金は銀行に預けるな』)はいいから、ぜひ読みなさい」と口々に、熱狂的に、購読を勧められたのだそうだ。

実際、「 SUCCESs( Simple Unexpected Concrete Credentialed Emotional Story)」、すなわち、「単純明快で、意外性があり、具体的で、信頼性があって、感情に訴える、物語」にしたがったアイデアは、勝手に自己増殖して広まっていく。

まるでウィルスのように人の心に入り込み、支配し、そのアイデアのプロモーターに私たちを変えてしまうのだ。

そして、この「 Made to Stick」自体も、そのような、 SUCCESsのフレームワークにしたがって作られた良書である。

この方法で新しいアイデアを作るのなら、商品・サービスであればヒット商品が、書籍であればベストセラーが、映画や歌であれば大ヒットが続々と生まれてくるだろう。

しかも本書ではていねいに、内容が「アイデアを記憶に焼きつけるための手引き」に手引きという形でもう一度、コンパクトにまとまっている。

この部分を何回も読み返し、そして実行していくだけで、私たちのアイデアはより成功の精度が高いものに練り上げられたいくだろう。

創造的なことをおこないたい人であれば、クリエーターに限らず、マネジメント、セールス、広報、みんなの必読の書である。

必ず、パフォーマンスの貢献に寄与するだろう。

■著者略歴チップ・ハース( Chip Heath)スタンフォード大学経営学部教授(組織行動論)ダン・ハース( Dan Heath)デューク・コーポレートエデュケーションのコンサルタント。

ニューメディア教科書会社「シンクウェル」の共同創設者。

■訳者略歴飯岡美紀(いいおか・みき)神戸大学文学部卒。

通信会社、広告マーケティングの仕事を経て渡米。

帰国後「ナショナルジオグラフィック日本版」「 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー」などの翻訳に携わる。

訳書に『バブル再来』『なぜ安くしても売れないのか』『女性に選ばれるマーケティングの法則』等がある。

現在は英国ロンドン在住。

■解説者略歴勝間和代(かつま・かずよ)経済評論家・公認会計士。

著書に『勝間和代のビジネス頭を創る7つのフレームワーク力』『勝間式「利益の方程式」』ほか。

アイデアのちから電子書籍版データ作成日 2011年9月 1日第 1版著者 チップ・ハース ダン・ハース訳者 飯岡美紀発行者 瀬川弘司発行 日経BP社装丁 鈴木成一デザイン室イラスト サタケシュンスケ本文デザイン 内田隆史製作 クニメディア株式会社 ●この電子書籍は、印刷物として刊行された『アイデアのちから』( 2008年 11月 17日第 1版第 1刷発行、 2011年5月 27日第 1版第 9刷発行)に基づき制作しました。

《電子書籍版について》 ●おことわり 本作品を電子書籍版として収録するにあたり、技術上の制約により一部の漢字を簡易慣用字体で表したり、カナ表記としている場合があります。

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