MENU

第六章年代の人間学

本書は忙しい方が読みやすいように専門用語を避けたいと思っていますが、ここでは少しだけ学問っぽくなることをお許しください。遺伝・発達心理学・脳といった分野は小難しく感じるかもしれませんが、難解な言葉を避けて書いていきます。遺伝学と心理学で意見が対立している部分がありますが、本書はそれらをバランスよく拾って組み合わせて、『活用できる知識』にしています。専門に勉強をしている方は『遺伝学的にみて用法が違う』『心理学的には・・』などの意見があるかもしれませんが、大目に見ていただければと思います。この章では遺伝と家庭環境についても言及しますが、荒れやすい話題のため注釈を加えます。顔つきが親に似るように、知能や性格も親から遺伝で引き継がれますが、遺伝の影響は 100%ではありません。環境についても家庭のみでは決まらず、むしろ家庭以外の環境の影響が大きいという研究結果もあります。だからダメな親を持って、ひどい家庭環境で育った人を見る時も偏見を持たず、淡々と人格・要素に関する情報を拾い集めます。彼らに偏見を持つ必要はないし、かといって無理に善人と判定する必要もありません。前置きが長くなってしまいましたが、この章では人を年代別に解説していきます。 6- 1幼少期三つ子の魂 100まで(三歳児の性根が百歳まで続く)ということわざがあります。これは発達心理学(人の成長過程に関する心理学)が無かった頃のことわざですが、簡潔な言葉で核心を突いています。子供は生まれてすぐには何もできず、泣いたりして周りの大人に意思を伝えて面倒を見てもらいます。この頃の子供には自分と他人の境界線がなく、主に乳をくれたり感情を細かく読み取ってくれる母親を自分の一部だと感じます。それが少しずつ成長してきて 3歳頃になると、自分と母親は別の存在である事を認識し始めます。何かで失敗して親に叱られても見捨てられない経験を経て、社会は安心できるものだと学んでいきます。この過程が上手くいかないと不安感が強い大人になり、少し注意されただけで激昂するようになったり、自信がなくて消極的な生き方をします。・育った環境人は遺伝と環境によって形作られるので、その基となる親の性格も情報の一つとして扱います。性格におよぼす遺伝の影響は 50 ~ 60%と言われ、さらにその親が作る環境の中で幼少期を過ごすので、親の影響はかなり大きいです。

しかし犯罪者の子供が必ずしも犯罪者にならないように、人を見抜く方法では家庭環境だけで人格を決めつけるような事はしません。あくまで点の情報として扱い、他の情報と組み合わせて判断をしていきます。もしも『親がいない』という一点だけで決めつけたら、ただの偏見になってしまいます。親がいなかったとしても、子供は C P(厳格な父性)と NP(優しい母性)の要素を持った人と接していれば、親の存在を補完できます。・読めない名前を付ける親キラキラネーム(悪ふざけのような名前)に関しては、その子の親の周辺に常識を持った人がいなかった事をあらわします。子供につける名前は時代によって変化しますが、水商売の源氏名みたいなものや、コーヒーショップのメニューみたいな名前がキラキラネームと言えます。キラキラネームをつける親の要素は A C(人目を気にする)が低く、 FC(自己中心的・楽しい事を追求)が高い可能性を見ます 。さらに子供が将来どのような不便を強いられるか思い描いていないため、親の A(客観性・計画性)の低さも疑います。彼らは他とは違う限定商品を手に入れる感覚で、子供にキラキラネームをつけてしまいます。鎌倉時代の吉田兼好も名前について、『見慣れない漢字を使い奇抜を好むのは浅知恵の者」と言っています。・幼少期の人間関係自国など自分が属するコミュニティに憎悪を抱いていたり、常に何かに怒っているような大人は、子供時代に原因が見られる事が多いです。複雑な家庭環境や親に認められなかった経験が、人格の根っこの部分を歪ませます。自分で努力をする必要がない恵まれた環境でも、根腐れをしてコンプレックスの強い人間が育ったりします。・自尊感情は重要子供の頃に親や周囲の人に褒められることで、子供の自尊感情(自分を大切に思える)が養われます。自分には価値があると思えることで、多少の失敗にもくじけずに前に進めます。逆に親にやたらと否定されると自信がなく消極的になったり、攻撃的な人間になりやすいです。彼らは心を守る壁がもろいため、すぐに諦めるか激高してしまうのです。同じようなひどい環境でも気弱で被害者になりやすい者と、加害者になる者にわかれます。煽り運転などを起こす人間の生い立ちを見ると、自尊感情が持てなかったであろう環境が多い事に気がつくでしょう。・友達の影響幼少期でも 10歳くらいになると外で徒党を組んだりするので、周囲の友達の影響を受けやすくなります。どういう友達かは、地域の環境に左右されます。

6- 2思春期思春期の年齢がいつ頃なのか、昔よりも成長が遅くなってきたので解釈がわかれますが、ここでは中学・高校生あたりを思春期とします。非常に感じやすい年頃で、ニキビひとつでも同級生の目を気にします。そういう多感な時期に、精神的なダメージを受ける何かを経験していないか注視します。・親子関係の不和親子関係の不和に注目するのは、それが本人の核となっている事が多いからです。普通の親子関係では親が子供を褒めて自尊感情を育んだり、過保護にしないで自立心を育んだりと、適度な距離感を保って成長を促します。しかし不完全な家庭で育つと自分に自信が持てず、大人になっても他人に失望されていると思い込みやすいです。自分の心を守る壁が他の人より薄く、コンプレックスを抱えやすいです。その気持ちから地位を得るために人一倍努力をして、出世を果たす人もいます。しかし不安定な本質は変わらず、その地位がわずかでも揺らぎそうになったら脅威になる相手を容赦なく攻撃して、身を守ろうとします。地位さえ築けなかった者はひたすら他人に執着し、身近な人が見捨てないか試すような行動を取ったりします。・異変を読み取る第四章の『経歴によって人を見抜く』で述べた通り、学歴の流れの中から環境の変化を推察できます。例えばせっかく難関の私立中学に入ったのに、そこから平凡な高校へ進んでいたら中学時代に何かがあった疑いがあります。あるいは中学と高校の都道府県が大きく離れていたら、家庭内で何らかのトラブルがなかったかを疑います。思春期の出来事は、成人後の経験よりも根深い影響を及ぼします。・思春期の不安定な状態思春期の頃はホルモンが分泌されて、性的に変化して身長も一気に伸びますが、その変化に精神が追いついていない不安定な状態です。この年頃の子は自分の実力を過大評価し、怖いもの知らずで危険な行動を取ったり目立ちたがろうとします。飲酒や喫煙など、背伸びして大人の真似をしようとする子もいます。人によって粗暴なエピソードが出てきますが、そこまでいくと注意が必要です。粗暴な地の人格は、歳をとってから表面に浮上する事があります。・思春期の非行ドラマなどで先生が名言を言うと非行少年が変わるシーンがありますが、現実ではそんな催眠術のような事は起こりません。人格・要素は歯列矯正のように、長く一定の力が加わることで変化が促されます。

・思春期の非行歴をどう捉えるか元ヤンキーに対して拒否感がある人もいるでしょう。確かに更生したと言っても安定しているのは 20 ~ 30代の頃だけで、加齢で抑制が効かなくなると再びヤンキー返りする事も考えられます。ですが彼らと積極的に付き合わないとしても、排除をするような事はしないほうがいいでしょう。非行歴のある人間に排他的な風潮だと、彼らはその事に憤って犯罪に走る可能性があります。そうなった場合、年間に数百万円のコストがかかる刑務所の受刑者が増えることになり、巡り巡って普通に働く人の負担が増えることになります。・非行少年を褒める理由非行少年が少し良いことをすると、ものすごく良いこととして褒められることに『非行に走らなかった少年の方が偉いのに』と思う方もいるでしょう。しかしこれは人間が社会性のある動物ゆえに、集団にとって褒める方が良いと考えた結果です。社会性のある人は、非行少年が犯罪の道に進んで社会の脅威になるより、褒めて一般社会に組み入れた方が有益なことを、無意識の内に知っています。非行少年は育った家庭で承認欲求が満たされなかったため、その分だけ余計に社会で褒める必要があります。・ヤンキーにも違いがあるヤンキーといっても種類があります。原始的な思考回路の者は現代社会の枠組みについてこられず、他者に絡むことで生き残ろうとします。常にトラブルを起こすのは、そのゴタゴタの中から利得が得られるからです。柿の木を揺さぶって実を落とす原始人みたいなものですが、たまに実ではなく枝の方が落ちてきてケガをします。不良少年が負うケガとは警察に逮捕されたり、ヤクザに取り込まれたりすることです。それに対して反抗期が強めなだけのヤンキーもいます。このタイプは成長と共に落ち着いてきます。・神秘主義に走る子思春期は非行だけでなく、不思議な世界にのめりこむ子もいます。小さな子供は魔法や不思議な力が好きなものですが、高校生くらいで魔術的なものに傾倒していたら少し違和感があります。目に見えない不思議な力に傾倒するのは親の離婚や暴力など、自分の力で解決できないような経験をした可能性があります。無力な自分を補うために、不思議な力にすがろうとする心理が働くからです。しかし 10代であればまだ子供を引きずっていて、中二病的な部分があってもおかしくないので、あくまでも可能性の一つとして拾う程度です。

これが大人になっても続いているようなら、より強い違和感としてピックアップします。 6- 3十代後半 ~二十代前半社会に出ることを意識するようになると、環境の変化を恐れたり自分の生涯が確定してしまうような不安感を覚えるものです。この年頃はまだ人格が定まらず、後に変化することは十分にありえますが、幼い頃よりも行動に本人の人格要素があらわれやすいです。社会に出ることを恐れて、敵前逃亡のように一般企業への就職から逃れる者が出たりします。・差が生まれる年頃人格の要素によって早めに頭角を現す者がいたり、社会的地位に個人差が出始める年頃です。 F C(行動力・直観的)が優位な人は早くに評価されやすく、例えばスポーツ選手であれば高額な契約金と名声を得たりします。彼らと同年代で経験が浅い人たちは、スタートの段階で差が生まれたら生涯逆転できないと思いがちです。しかし、アメリカで引退したスポーツ選手の 6 ~ 8割が破産するように(現在は資産管理の講習あり)、先行していても将来 F C(感情的)ゆえの失敗をする事があります。要素によって絶頂期は異なるもので、十代後半 ~二十代前半がピークの人もいれば、中年あたりで上手くいく人もいます。・学歴の差を現実的に感じる年頃現代社会は学歴と人生の安定度が比例しやすい傾向があります。そのため A(論理性)が高い家系の子でなくても、とりあえず高学歴を目指すよう親に促されます。しかし、学業は親からの遺伝が 5 ~ 6割超で、 Aが高い人と同じように努力しても追いつけない事はザラにあります。偏差値が高くない学生は就活を意識するあたりで、『いい学校に入れなかったから、一生うだつが上がらない』という不安がよぎります。こういう強いプレッシャーは、人格を変化させていく圧力になります。プレッシャーを真正面から受け止められなかった者は、自分が高く評価されない社会の体制が悪いと考えます。しかし、プレッシャーを真正面から受け止められる人は、活路を見出そうとして自分が得意な分野を見つけられる確率が高いです。それに社会に出てから仕事で直面する問題は、学校のテストの問いと答えのように明確なものではないため、他の要素で補うことができます。・若気の至りが見られる年頃昭和の一時期、日本で革命を目指す若者が派手に活動していた時期があります。革命は社会人スゴロクで勝てそうにないと思った若者が、盤面をひっくり返してトップに出ようとする行動です。

イチかバチかを好む若者には人気のイベントでした。中には飛行機をハイジャックして北朝鮮に亡命した者たちもいましたが、老人になった彼らは「逮捕されてもいいから日本に帰りたい」と言っています。彼らの行動は、若気の至りが生涯を決定する事もあるというサンプルになります。今の時代、知恵と行動力がある人は起業にエネルギーを注ぐことができます。・突然、社会運動を始める年頃大学卒業が現実的になってくると、突然社会運動を始める学生が出てきます。若い頃は自分が特別な存在と信じているものですが、就職を意識し始める頃になると、どうやら自分が思っているほど大物にはなれない現実が見えてきます。プロスポーツ選手になる才能はないし、同学年の人気者と比べると自分は注目されてない。そんな自信の無さから視野の狭い考えに陥りがちで、自分より高学歴な者に生涯コキ使われるような悪い想像をします。自分は大人物になるという夢想と現実のギャップを埋めるため、一足飛びでオピニオンリーダーになろうとして突然運動を始めてしまいます。勝てる見込みの少ない就活から逃亡して、その後ろめたさを隠すように、より大きな問題と戦っているようなポーズをとります。そんな彼らを横目に、同年代の若者は就活して大人になっていきます。※社会運動を否定しているわけではありません。賢しい者たちは既得権益を作ろうとするので、反対をする運動は必要です。・運動ではなく人間を見るこれまでの人を見抜く方法の通り、運動をする人間がどんなに立派なスピーチをしても、言葉は信用しません。彼らが『自分を犠牲にしてでも社会を良くする』と言うなら、それまでの半生に慈愛に溢れた行動 = NP(優しさ・共感力・面倒見のよさ)が見られるはずです。あるいは C P(責任感・向上心・自他に厳しい)が高い場合も、大塩平八郎(大坂町奉行)の乱のように義憤に駆られて世直しの行動をします。 CPが高い人はコツコツと実績を積み上げて周囲の評価を得て、そういう人が損とわかりながらも声を上げます。それに対して CPが低い者は一足飛びに、なんの根拠もなくリーダーになりたがります。要素が低い彼らの運動は、とんちんかんで逆にアンチを増やします。運動をする人間の過去の対人関係も見ます。例えば対人的な不和のエピソードが多い人間が、急に自己犠牲や博愛の精神に目覚めるでしょうか?

A C(協調性・空気を読む)が低くて周囲に眉をひそめられる事が多い人間は、自分が他人の気分を害していると気づかず、周囲の人を逆恨みしがちです。コンプレックスを抱いている彼らを運動に突き動かしているのは、自分は正しい存在だと周囲に認めさせたい願望です。こんな人間が『みんなのために』というセリフを言うのは矛盾しています。矛盾には、その人間の本質が凝縮されています。親が過保護であった場合も、自分では達成感を味わったことのない空虚な若者になります。不自由なく学校に通わせてもらって、欲しいものは大抵与えられて、そんな恵まれた環境の中からも芯のない人間は生まれます。彼らの根底には、自分が無価値で何もできないのではないかという恐れがあり、その恐怖心から逃れるために運動をします。これによって本来は有用な社会運動まで、うさんくさい目で見られてしまいます。・一足飛びの運動が支持されない理由最近の運動が働く人の支持が得られない理由は、働く人と運動をする人の要素の違いが上げられます。それなりの会社組織で働くためには C P(責任感・規律)が必要で、会社の制度も CP的な価値観で作られています。そこで働く人々は CPが低い人を評価しない傾向があり、運動をする人は子供が親に何かをしてほしい時のアピールの仕方が多く、 CP的な行動に見えません。それに運動で重箱の隅をつつくような批判しかしない姿は、会社の会議でケチをつけてマウントをとるだけで、代案を出さない人間に重なります。彼らに共通しているのは、実のなさです。・売れないバンドマンが生まれる理由才能と職業のミスマッチの例として、バンドマンを例にします。十代後半 ~二十代前半で社会人になる期限が迫ってくると、不安感から『自分が輝ける場所は他にあるんじゃないか?』と思う者が出てきます。それまで挑戦も挫折も経験してない者は、無駄に万能感を持っています。彼らは自分が音楽鑑賞が好きな気持ちを拡大解釈して、自分には音楽家の才能があるんじゃないかと思います。しかし音楽の才能は遺伝が 9割のため、生まれつきの才能がないと努力をしても、殆どが報われません。音楽が好きで努力もしてるのに報われない不満から、素行の悪い『売れないバンドマン』が生まれます。遺伝的才能のない 1割が新しい音楽を作るかもしれませんが、多くは挫折をしていきます。夢を追うのは自由なので売れないバンドマンであっても犯罪に走ったりせず、バイトで不貞腐れた態度をとらなければ何の問題もありません。しかし自分が選んだ道なのに貧窮すると犯罪に走ったり、女性で承認欲求を満たす者がいるため、バンドマンにはクズが多いと言われがちです。バンドマンに限らずミスマッチの職は、劣等感から人格を歪める可能性があります。

6- 4 26歳 ~ 30代半ば人を見抜く方法では 26歳未満は未成年として扱い、経歴から伺える進路の迷いを大目に見ています。 26歳から成人が始まり、大人の人格が定まるものとしています。個人差によって 26歳 ± 3歳くらいの幅がありますが、一貫性の無かった転職歴に方向性が出てきたり、人生が定まり始める年齢です。もし方向性が定まっていなければそれが本人の人格で、 FC(衝動的)が突出して高かったり、 A(計画性)が低い可能性があります。あるいは CPが低い場合も、一貫性がない職歴でフラフラしたものになります。 A C(優柔不断・自信がない)が高い場合も、人生の方向性をまだハッキリさせたくない気持ちから、正社員を避けて手近なバイトをしていたりします。・人生のターニングポイント 26歳あたりになると売れないバンドマンを辞めて就職したり、フリーター生活を終わりにしようと考える者が出ます。これは歳をとって F C(自由な子供)が下がってきて、相対的に CP(厳格な父性)や A(大人の論理性)が浮上して、現実的に将来を考えるためです。経歴を読む時は二十歳や新卒時より、人格の方向性が定まる 26歳前後をターニングポイントとして扱います。・人生の土台を作っていく 26歳くらいから本格的にキャリアをスタートさせたり、あるいは起業を考える頃です。私生活においては結婚を意識したり、家庭の土台を築きはじめます。子供っぽさが抜けて、脱皮をするように大人の人格への変化が見られます。しかし、それまでの経歴からあまりにも急角度で経歴の流れが変化した場合は、注意が必要です。本来の人格を捻じ曲げたような歪みは、歳を取って抑えつける力が弱くなった時に、揺り戻しを起こす可能性があります。・イケメンの終焉イケメンが意味するのは親の代から優秀で、有力男性と美女のかけ合わせの可能性が高いことです。妻子を飢えさせない有能な遺伝子の男性だと期待が持てそうなので、イケメンの顔はモテる要素になっています。実際は外見だけ良くて他の能力が低く、子供がデキても責任を放棄する男はいます。イケメンはあくまで期待値であり、年齢を重ねて実力があらわになってくると、顔だけの男性はモテに陰りが出ます。年を取るごとに男性がモテる条件が経済力に移っていくのは、結婚詐欺師の男が金持ちに擬態する事からもわかります。 ・FC特化型が終わる

F C(行動力・アピール)が突出して高い人は、 26歳くらいから早くも終わり始めます。例えば女性のグループアイドルの終わりは、大体 26歳前後になっています。そこで人生が終わるわけではなく、 FCとしての人生の 1週目が終了するだけです。グループアイドルを卒業すると女優を名乗ったりしますが、そこから成功するには A(大人の思考)によって戦略を考える必要があります。これはアイドル業だけでなく、物価の安い東南アジアなどを点々としている人にも当てはまります。腰を落ち着けることなく点々とする生活をしていた場合、 FCが衰える中年になると居場所がなくなります。・年齢不相応な FCはどこでわかるか?『街でキャップをかぶっているおじさんは、大体ろくなものじゃない』と聞いたら、何となく納得しないでしょうか?これは年齢に対してキャップが F C(自由な子供・活発)的なアイテムだからで、さらに自分を客観視できないのは A(客観視)が低い可能性があります。他にも年齢不相応に FCが高い場合は、 CP(厳格な父性)を嫌う傾向があります。彼らは C P(厳格・規律)の象徴である警察官を、まるで反抗期の子供のように目の敵にします。年齢を重ねれば会社で責任のある立場を任されたりして、 CPや A(大人の論理性)が高まるものです。すると警察官の社会的役割を支持し、自分たちの安全を守ってくれている事を理解するのが普通です。 ・30代半ばあたり武田信玄は家臣の中で 37・ 8歳までなんの手柄を上げず、そのうえ他人を批判してばかりだった者を捕えて処刑してしまいました。信玄はそういう者が、この先も成長しない事を見抜いていたのでしょう。 30代半ばになると新しいものを吸収するより、過去の経験をもとに行動する事が多くなります。だからといって 30半ばを過ぎたら新たな事ができないというワケではなく、それまでの経験を応用して、自分を向上させることができます。信玄が家臣を見限ったのは、他者を批判して相対的に自己満足に浸る姿勢に、本人が成長を諦めているのを見たからでしょう。 6- 5中年中年の年齢ですが、本書では 36 ~ 39歳あたりを中年の始まりとしています。若い頃は身長が伸びたり、去年できなかった事ができるようになったり、歳と共に向上していくばかりだったのが、 30半ばを過ぎてから下り坂を経験するようになります。ここで肩の力を抜いて上手く適応するか、あがいて不機嫌な中年になっていくのかが分かれます。自分が衰える部分があることを自覚すればそれを補う感覚が発達し、それまでの知識や経験と相まって賢人に近づくことができます。・中年が不利になってきた理由

昔の仕事は長くやるほど習熟度が上がる職人型のものや、長年かけて築き上げた人間関係が有効であったり、中年が権威になれるものが多かったです。しかし最近は機械の進歩が早いため、常に新しいものへの対応が迫られるようになり、中年が優位性を持てなくなってきました。そんな中でも人を見抜くことは、人物を観察する期間が長いほどデータが積み重なるため、中年でも有利になれる分野です。・おじさんになっても若い女性に認めてもらいたい中年になっても若い女性を意識することが、男性の仕事のモチベーションになっています。ニュース番組でコメンテーターのおじさんと美人アナウンサーの組み合わせが多いのは、おじさんの働きがよくなるからです。かつて会社の秘書が美人だったのも、中年をもうひと働きさせるのに有効でした。昔はデキるおじさんの社内不倫は『英雄色を好む』のように黙認の傾向がありましたが、昨今は厳しくなってきました。その風潮の変化と比例するように会社で『働かないおじさん』が問題になってきたのは、果たして偶然でしょうか?おじさんの若い女性への性欲は、若者の衝動的な欲求とは違って、最後に種を残したいという未練からきています。・やっかいな中年が出てくる理由人格が偏った者は若い頃から一貫してトラブルを繰り返すので、わかりやすい人物といえます。しかし歳を取ると、若いころには普通だった人の中からも『やっかいな中年』が出てきます。人は中年まで生き延びることができたら自分の判断に重きを置いて、他人の意見を必要としなくなります。だから話が通じにくくなります。それに加えて社会性に関わる脳の前頭葉の機能が、中年になると落ちはじめます。この事を自覚していないと、他人に怒る自分の判断は絶対に正しいと思い、やっかいな中年になってしまいます。・半グレが中年で捕まる理由一般社会よりも中年の影響が如実に出る、反社会の生態は我々の参考になります。半グレの活動は若い F C(直感・行動力)が土台になっていて、その上で暴力の恐怖を使って成り立っています。半グレは後輩たちを力で脅して犯罪に加担させていたのが、中年になって力が衰えると従わせる事ができなくなります。それどころか復讐される可能性も出てきて、自分が狩られる側に回りかねません。そして貧窮してつまらない犯罪に手を出し、ボロを出して逃げ足も遅くなっているため捕まります。資金が豊富な時に表の仕事にシフトしようとする半グレもいますが、 CP(規則)が足りずにとん挫する事が多いです。

あるいは表に行けない仲間に足を引っ張られたり、半グレ人生のツケを払わされるのが中年の頃です。・中年の印象が実際より悪い理由優秀な中年は指導などを除いて、積極的に人に絡む事はありません。彼らは自己完結できる事が多いため、自分から誰かと関わる必要がありません。しかし優秀でない中年は他人にマウントを取ったり、依存した方が楽に生きられます。ダメな中年ほど他人が必要で、積極的に関わるので中年の印象が悪くなっていきます。・中年の説教が多くなる理由わかりやすく説明するため、極端な例として芸能人を引き合いに出します。人気商売である彼らは、絶頂期の頃はたくさんの人に支持をされて承認欲求が満たされます。中年になって人気に陰りが見え始めると、承認欲求が満たされなくなってきて自信が揺らいできます。ピークが高かった分だけ、落ちる幅も大きくてショックを受けます。彼らは『自分を認めない日本が悪い』と思うことで、自分の心を守ろうとします。そして日本の価値観や一般人に説教をするようになります。普通の会社でも能力が落ちた中年ほど説教やマウンティングが増えるのも、人気が落ちた芸能人と同じ理由からです。・中年の役割を放棄する中年は若者の新しい案に反対し、若者はそれを乗り越えるために知恵を使い、案を磨き上げてより良いものにします。中年は若輩に抵抗して破れることで、次代の肥やしとなる役割を全うします。しかし最近の中年は自信を失い、若者に対してすっかり聞き分けがよくなってしまいました。・なぜ職場のおじさんは、若い女性にイケると思うのか?男性は女性に認められるために金を稼ぎ、名声を得ようと頑張ります。会社で出世するということは、女性に認めてもらえる期待が高まります。そんな背景があるので会社の枠組みといえど、上司を仰ぎ見てくれる女性に対しておじさんは勘違いをします。これは意識の問題ではなく、もっと深い本能的なものによる勘違いです。そんなおじさんに対して、若い女性たちは生理的に嫌悪感を抱くようにできています。

例えば若い女性は自分の父親と間違いが起こらないよう、生理的に加齢臭を嫌悪するようになっています。つまり若い女性はおじさんに対して、『嫌い』か『大嫌い』の感情しか持っていないため、おじさんたちからのアプローチにはゲボが出てしまうのです。実際におじさんが職場の若い女性にメールをしたり駅で待ち伏せした結果、女性が体調不良になるケースが起きています。おじさんになったら寂しいと思っても太ももを掻きむしって耐え、孤独死して畳みに生えるシメジとならんとする覚悟をすべきです。 6- 6老年・いろいろな飾りが取れていく個人差はありますが年を取ると前頭葉が衰え、社会性をつかさどる機能が弱くなります。世間体を気にしなくなり、その人のもともとの姿に戻っていきます。飾りが取れた素の姿が賢人の人もいれば、悪童のような人もいます。そういった個人差が大きくなる年齢です。さらに認知能力が衰えると、理不尽な理由で怒りだします。例えば感染症が流行した頃にスーパーのレジで飛沫防止のシートを張ったところ、老人が「これが本当に邪魔だ」と言いながらひきちぎってしまいました。こういった事からお年寄りがやっかいと思われがちですが、老人と老害は異なります。前頭葉が衰える感じをもっと感覚的な言葉にすると、頭の油が切れた状態です。潤滑油の切れた機械の動きがぎこちなくなるように、老害化した人の思考は柔軟性がなくなります。誰もが年を取るので、思考に柔軟性がなくなることは意識しておきたいところです。・怒りが治まらない理由彼らの怒る時は大抵、自分が被害者であると思っているので、一切の躊躇がなく治まりもしません。この中でもやっかいなのが、身近な人にサイフからお金を抜き取られたと思い込んで怒ることです。これは『もの盗られ妄想』といって、アルツハイマーの初期症状とされています。・他人の気持ちがわからなくなるドライブレコーダーが普及し、様々な事故映像を共有できるようになりましたが、老人の事故は異質なものが多いです。見通しの良い道を走行中の車が、後ろから追突されました。追突した老人が車から降りてきて、追突された車のドアをガチャガチャ開けようとします。ゾンビ映画のゾンビみたいな怖い行動です。

追突された側の運転手が窓を開けると、老人は謝ったり助手席の妊婦のケガを心配することなく「警察呼んだか?!」が第一声でした。行動から NP(共感・思いやり)を一切感じません。・友人でも許せなくなる歳をとって丸くなるのは幼少の頃が穏やかだった子や、僧侶のような教養を身につけて達観の域に達した人です。ですが自然に任せたら、歳をとるにつれて角のある人間になる方が多いです。年を取ると人格が先鋭化(尖る)する上、相手の事情を考える脳の領域が狭まり、他人を許せない事が増えます。極端な例でヤクザは兄弟とか絆をアピールしますが、歳をとると仲たがいしていきます。これは歳を取ると、もともと高めだった自己中心性が更に高まるからです。それに疑心暗鬼の中で生きてきた人々なので、歳を取って猜疑心が強くなると、わずかな事でも相手の悪意を疑います。・解脱の域に達する東日本大震災で原発の事故が起こった際、放射能の影響がある中で技術系で働いていたお年寄りたちから、先が短い自分たちが作業をするという申し出が相次ぎました。平坦ではなかったであろう人生を経て、様々なものを築き上げて老境に達し、自らの生命をなげうつ事もいとわない精神性です。これは全ての執着から解放された、人の完成形の姿です。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次