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第六章コンテクストの「ずれ」

目次

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター

演劇の創作活動以外に、ワークショップという名の演劇講座を始めて、二〇年近くになる。

初めは高校の演劇部の指導などが多かったが、いまは大学、大学院で教える他に、高齢者向けや障害者を対象としたもの、あるいは海外の大学や演劇学校でも教えるようになった。

いまの私の本務校は大阪大学で、ここでは主に大学院生を対象に、演劇を通じてのコミュニケーション教育を行っている。阪大は、医学部、工学部を中心とした関西ではお堅いイメージの大学で通っている。

この大阪大学に、二〇〇五年、コミュニケーションデザイン・センターという教育機関が作られた。

私は当時の鷲田清一副学長(のちの総長)から、このセンターの立ち上げを手伝ってくれないかという誘いを受け、阪大に赴任することとなった。

東京生まれで東京育ちの自分が、まさか大阪大学に勤めるようになるとは思ってもいなかった。国立大学であるから、採用にあたっては、総長面談というものがある。

なかば儀式のようなものだが、居並ぶ総長、副学長のお歴々を前に、業績審査が行われる。とはいえ、学位もないし、さしたる学者としての業績もない私だから、審査とは名ばかりで、すぐに雑談になってしまった。

最後に聞かれたことは二つ。「関西弁は大丈夫ですか?」「タイガースのファンになれますか?」

演劇を創る授業

実際の授業では、様々な形の演劇ワークショップを通じて、コミュニケーションについて関心を持ってもらおうと考えている。

念のためにあらかじめ書いておくが、演劇をやったくらいでコミュニケーション能力がつくわけではない。

世間で言われるところの「コミュニケーション能力」なるものが、そうとうに胡散臭いものであることも、これまでの各章で再三指摘してきたところだ。

私の役割は、せいぜい、特に理系の学生にコミュニケーション嫌いを少なくして、余計なコンプレックスを持たせないこと。コミュニケーションの多様性、多義性に気がついてもらうこと。

そんな程度のことだと思っている。

原発事故の事後対応の混乱などを見ても明らかなように、科学コミュニケーションや医療コミュニケーションは、現代社会にとって科学や医学そのものと同等程度に深刻な問題になっている。

そしてそれを研究したり教育したりする機関も、各大学に少しずつ生まれている。

しかし私たちのセンターがユニークなのは、その議論を行う以前に、演劇やダンス、あるいはデザインなどを実践経験することで、「対話」の前提となるような身体のセンスを身につけさせようとしている点にある。

私自身、様々な授業を出しているが、コース(高度副プログラムと呼ばれている)の最後は、学生たちと一学期をかけて演劇を創るという授業を行っている。

阪大大学院の全研究科から学生が集まり、五人から八人くらいのグループに分かれて、テーマや場所の設定、登場人物の吟味、プロットの制作など、すべてを自分たちで行っていく。

複数のグループがそれぞれ演劇を創っていくので、最初の二回の授業以外は、最後の創作発表まで、受講者全員が集まることはない。

グループで一つのこと(たとえば登場人物と配役)を決めるごとに私と面談をし、許可が下りると次のステップに進める。個別の専門研究、修士論文、就職活動と忙しい大学院生たちが、自分たちで時間をやりくりし、プロジェクトを進めていく。

そのこと自体に、この授業の意味があると私は考えている。異なる領域の人間が、限られた時間の中で優先順位を決めながら、ゴールに向かって進んでいく。

多くの学生たちが、授業後の感想レポートに、「大学院に来てから、他の領域の学生とこんなに長く話したのは初めてだった」と書いてくる。

出来上がった作品も、なかなかユニークなものが多い。

たとえば、あるチームは、宇宙ステーションを舞台にして、日本人と中国人とインドネシア人の宇宙飛行士が、どのタイミングで新年を祝うかでもめるというコメディを作った。

メンバーの中には、地球物理学を専攻している学生もいて、時々専門用語を生かした独特な会話もみられた。

これまでの数年間で一番面白かったのは、理系のポスドクばかりがアルバイトで集まるファミレスという設定で、厨房の中で高分子化合物だの非対称理論だの理系の専門的な話が延々と続けられるというものだった。

お皿は素数でしか出せないとか、それぞれの店員にこだわりがあって、それ故にこの店はとても暇になっている。

さらに、この店の店長が、かつて将来を嘱望された天才物理学者だったのだが、教授と喧嘩して大学を辞めたという設定も秀逸だった。理系の男子ばかりが一つのグループに集まってしまったハンディを、うまく創作に生かした。

「言い出しかねて」を考える

あるいは、看護の学生が多かったチームの癌告知に関する劇も印象に残っている。

この班は、認知症の義母を介護している主婦が、自分自身が乳癌だと宣告され、それを家族にどう伝えるか、その話を切り出す前の一五分間を描いた台本を作った。

参加者全員が演劇を創るのは初めてなので、どのチームも最初はステレオタイプの戯曲を書いてくる。この班も、一度目は、夫が仕事人間で理解がなく、なかなか話を聞いてくれないという設定を考えてきた。

しかし、それではダメなのだとドラマの構造を説明して、改訂を続けていく。最終的には、夫はいつも妻に対してすまないと思っていて謝ってばかりいる。娘は結婚式を一ヵ月後に控えていて、式のあとは新郎についてドバイに行く予定で幸せの真っ最中。

妻だけが一人で悩みを抱えて言い出しかねているという状況を考えてきた。発表の演技も素晴らしく、上演は大成功に終わった。

授業終了後のレポートでは、「看護学科で癌告知のロールプレイはやったことがあるが、その告知された患者さんが、それをどう家族に伝えているかは考えたこともなかった。

そのことを、異なる研究科の学生たちと半年間にわたって考えられたのは貴重な体験だった」と多くの学生が記した。

先にも書いたように、いま、医療コミュニケーションの問題はどこの大学でも取り組んでいて、おそらくそれなりの成果もあげている。

だが、そこで取りあげられる多くの事象は、はっきりとしたコミュニケーション不全やハラスメント、あるいはインフォームド・コンセント(医師の説明責任や患者さんとの合意形成)の問題などが主流である。

ただ、本当に大事なことは、そして一般社会でもっとも多いのは、先の劇の中の主婦のような、「言い出しかねて」「言いあぐねて」といった部分なのではないか。

演劇は、まさにそういった曖昧な領域を扱うのには、たいへん優れた芸術であり、またそこから引き出される教育的な効果も確実にあるだろう。

列車の中で話しかける

他の多くの授業は、コミュニケーションゲームと呼ばれる簡単なエクササイズから入って、テキストを使ったいくつかのワークショップとアートマネジメントなどのレクチャーを組みあわせて進んでいく。

たとえば、これまで一番多く使ってきた教材の一つに、「列車の中で他人に声をかける」というスキットがある。

この教材は二〇年近く使ってきて、すでに様々なところで、その内容を書いたり喋ったりしてきたのだが、いま一度、最新の情報も盛り込みながら、ここで整理をしておきたい。

列車の中、四人がけのボックス席で、AとBという知りあいの二人が向かいあって会話をしている。

そこに、他人のCがやって来て、「ここ、よろしいですか?」といった席の譲りあいのやりとりがあり、Aさんが「旅行ですか?」と声をかけ、世間話が始まるところまでがスキットになっている。

一見、なんの変哲もない台本だが、いざ、これを高校生などにやらせてみると存外うまくいかない。

初対面のはずなのに、妙に馴れ馴れしくなってしまったり、逆に力が入って「旅行ですか?」が尋問口調になってしまったりする。

九〇年代の半ば頃、こういったワークショップを高校生対象に始めたときには、どうして彼らがうまく発話できないのか自体がよくわからなかった。

それまで私は、プロの俳優や自分の劇団員としか仕事をしたことがなかったから。そこで高校生に「どうして、これが難しいのかな?」と聞いてみると、いかにも高校生らしい答えが返ってきた。

「私たちは、初めて会った人と話したことがないから」と言うのだ。誰でも最初は初対面だろうと思うのだが、とにかく他者との接触が少ないということなのだろう。

私自身は高校にほとんど行っていなかったので、よくわからなかったのだが、あぁ、まぁそういうものなのかと納得はした。そうこうするうちに、カルチャーセンターでの仕事などが増えてきて、社会人向けの講座も多く持つようになった。

ここでも意外と、他人に話しかけるのが苦手な人が多いことがわかってきた。日本の中高年の男性には、席の決まった宴会ならいいけれどもカクテルパーティーは苦手という人が結構いる。何を話していいかわからないと言うのだ。

まぁせいぜい野球の話でお茶を濁す。「今年も巨人はあいかわらず」とか「ダルビッシュはどうですかね」といった具合に。

しかし最近では、野球に興味のない若者も増えているので、この話が適切とも限らない。「すみません、野球に興味がないんで」と言われたら、もうそれでおしまいだ。

やがて話すこともなくなり、後ずさりして、壁際に近づいていくことになる。

あぁ、みんなけっこう人に話しかけるのは苦手なんだなということに気がついて、それ以来ワークショップの参加者に、必ず以下の質問をするようになった。

「列車や飛行機で他人と乗りあわせたときに、自分から声をかけますか?あるいは、かけませんか?または場合によりますか?」いまは、まず列車の長旅自体が少なくなってしまった。

私が大学生の頃までは、北海道や九州に行くとなれば一〇時間以上列車に乗っているのは当たり前だったが、いまは飛行機が安くなって、そんな悠長な旅の方が贅沢だ。

ボックス席の長距離列車も、ほとんどなくなってしまった。だから海外に行く飛行機の中などをイメージしてもらって、自分から話しかける、いや話しかけられれば答えるけれども、自分からは話しかけないといったことを考えてもらう。

日本国内でこの質問をすると、だいたい「話しかける」に手を挙げるのは一割程度になる。大阪地区だけは少しこの数値が上がるのだが、あとはおしなべて近い数字になる。

半分以上が「自分からは話しかけない」という人びと。そして残りの二、三割が「場合による」となる。続けて、「場合による」に手を挙げた人たちに、どんな場合なら話しかけるのかを聞いてみる。

まずたいていが、「話しかけやすい人」という答えが返ってくる。

そこで私は、「では、どんな人が話しかけやすいですか?」と聞き返す。ここからは人によって様々で、「怖そうじゃない人」「子ども連れ」「相手が一人旅だったら」というような答えが多い。

「同世代だったら」といった答えもあって、そういうときには、あらためて全員に、「では話しかけるとしたら、年上が話しかけやすいですか、同世代ですか、年下ですか?」と問うてみる。

これもたいてい意見が分かれて、全国的な平均は年上四割、同世代四割、そして年下が二割といったところか。年下は少数派なので、二割くらいの人が手を挙げると、会場から「えー」と声が上がる。

人はみな、自分の言語規範を、他者にも押しつけたがるものだから。

このように人びとの志向はバラバラになるのだが、一般的に言えることは、やはり「相手による」という点だ。

もちろん自分(Aさん)の体調も大事だが、話しかけるかどうかの主な要素は相手(Cさん)による。

普段は話しかけるという人でも、相手がとても怖そうな人だったら話しかけるのをためらうだろうし、「自分からは話しかけない」という方に手を挙げた人も、相手が赤ん坊を抱いていて、その赤ん坊がじゃれついてきたりすれば、「かわいいですね」などと、何か言葉をかけるだろう。

「相手による」は文化にもよる

まったく同じワークショップをキャンベラ大学で行ったときに、同じ質問をオーストラリアの大学生、大学院生にぶつけてみた。

「どんな場合に話しかけますか?」そこでも先のような感じの答えが返ってきたのだが、その中に「人種や民族による」という答えがあった。

これは相手によるのではなく、話しかける側のAさんがイギリスの上流階級の教育を受けていたら、自分からは話しかけないだろうと言うのだ。

オーストラリアの富裕層の中には、子弟をイギリスのパブリックスクールに送る家もあり、そういうところで教育を受けてくると、他人に話しかけなくなるそうだ。

イギリスの上流階級では、「人から紹介されない限り、むやみに他人と話してはならない」というマナーがあるらしい。

「だからあいつらお高くとまってるんだ」という、オーストラリア人のイギリス人に対する偏見も、明らかにあると思うのだが、しかしそういうマナーがあるのも事実のようだ。

ちなみに、イギリスの大学でワークショップを行った際にも同じ質問をしたのだが、約三割の学生が「話しかける」に手を挙げた。

ただし学生たちは、「そういう階級があることは事実だ」とも話していた。

オーストラリアやアメリカでは、「話しかける」が五割を超える。実際に旅行などしていても、彼の地ではよく話しかけられる。アメリカでも東海岸より中西部や西部の方が、話しかけられる率は圧倒的に高い。

開拓からの歴史が浅く、自分が相手にとって安全な人間であるということをいち早く示さなければならないような風土が残っていると、「話しかける」率が高くなるということだろう。

私はここで、学生たちに次のような説明をする。

アメリカのホテルに泊まって、エレベーターで他人と乗りあわせて無言でいるということはまずない。

「Hi」とか、「Howareyou?」とか、とりあえず何かを言う。言わないまでも目で微笑みあったりする。

さて、翻って我が日本と日本人はどうだろうか?たいていの日本人は、エレベーターに乗ると無言で階数の表示を見上げる。

さて、では、エレベーターの中で見知らぬ人と挨拶をするアメリカ人は、とてもコミュニケーション能力が高くて、私たち日本人はコミュニケーション能力のないダメな民族なのだろうか私は、どうも、そういう話ではないような気がしている。アメリカは、そうせざるをえない社会なのではないか。

これは多民族国家の宿命で、自分が相手に対して悪意を持っていない(好意を持っているではなく)ということを、早い段階でわざわざ声や形にして表さないと、人間関係の中で緊張感、ストレスがたまってしまうのだ。

一方、本書でも繰り返し書いてきたように、私たち日本人はシマ国・ムラ社会で、比較的のんびり暮らしてきたので、そういうことを声や形にして表すのは野暮だという文化の中で育ってきた。

これは文化や風土の違いだから、善し悪しではないし、まして優劣でもない。これを優劣とするなら、私たちは一四〇年前にさかのぼって、もう一度お雇い外国人を招き、欧米のコミュニケーションについて学ばなければならないことになる。

しかし、いま、私たちが抱えている問題の本質は、そこにはないだろう。それぞれの国や民族には、それぞれのコミュニケーションの文化があり、それはそれぞれ尊く、美点がある。と同時に、当然、他国の文化にも学ぶべき点もあるだろう。

まずそれを議論の前提にしなければ、冷静な問題把握はできない。

その上で、多くの人が感じているのは、要するに、「日本もそうも言っていられない社会になってきた」ということではあるまいか。

そして、少なくともコミュニケーション教育に関わる人間は、この「そうも言っていられない」という点を、きちんと分析し、問題を切り分けていく必要がある。

「TPPも来るし、いろいろたいへんだ、ワッハッハ」といった居酒屋談義で済ますのではなく、私たちが培ってきたコミュニケーションの文化の、何を残し、何を変えていかざるをえないのかを、真剣に考える必要がある。

少数派であるという認識

たとえば、国際化の問題も、その切り分けの一つとして考えた方がいい。大阪大学の大学院まで来て、「今後一生、外国人と話しません」という学生はいない。

これから先、否が応でも国際社会に出て行かなければならない日本の若者たちには、日本人の奥ゆかしく美しい(と私たちが感じる)コミュニケーションが、国際社会においては少数派だという認識は、どうしても必要だ。

ここで学生たちに繰り返し強調するのは、第四章でも触れたように、「少数派だからダメだと言っているわけではない」という点だ。それは優劣ではない。また、少数派の強みもある。

たとえば私が生きている芸術の世界では、少数であることは強みでもある。私の戯曲が毎年フランスで上演をしてもらえるのは、自分が日本文化を背負っているからだと私は認識している。

パリには世界中から芸術家が集まってくる。その中で私に仕事の依頼が来るのは、私が彼らの持っていないものを持っていて、しかもそれを彼らの文脈で説明できるからだろう。

もしそうでないならば、「フランス語もできない、英語もへたなダメな奴」という扱いで終わっていたはずだ。

ただし、通常のビジネスの世界、あるいは研究者の世界では、私たち日本人のコミュニケーションの形は少数派だという認識がどうしても必要だ。

私自身も、その芸術表現は日本的であるけれど、海外の俳優やメディアにその内容を説明する際には過剰なほどに饒舌になる。

九〇年代、私が日本の演劇界にデビューして間もなく、何人かの評論家から「平田は自己宣伝がうまい」といった批判を受けた。私はその批判自体に強い違和感を覚えた。いったい、何を批判されているのかも、よくわからなかった。

その批判自体が日本特有のものだと相対化できたのは、ヨーロッパで仕事をするようになってからだ。欧米では、自分の芸術について語れない芸術家は無能扱いされる。

翻って我が国では、芸術家が自作を語ったり、その構造を説明するのは、野暮なことだとされる。そういうことを表立って行うのは、二流の芸術家だという雰囲気さえもある。

私自身、このギャップに当初は気がつかなかったし、いまも悩むときがある。

というわけで、私たちは国際社会の中で、少なくとも少数派であるという自覚を持つ必要がある。またそこで勝負をするなら、多数派にあわせていかなければならない局面が多々出てくることも間違いない。

ただそれは、多数派のコミュニケーションをマナーとして学べばいいのだと、これも学生たちには繰り返し伝えている。魂を売り渡すわけではない。相手に同化するわけでもない。

コミュニケーション教育は、人格教育ではない

この点は、第一章で詳しく触れたことだが、日本の学校の先生方は真面目だから、どうもコミュニケーション教育と人格教育を混同しがちになる。

しかし、コミュニケーションは、それ自体がそれぞれ独自の文化と呼べるものだから、善し悪しではないし、まして優劣ではない。

それぞれのコミュニケーションの文化には、それぞれの特徴があり、由来があり、おそらく欠陥もあるだろう。その欠陥は、異文化と接触したときに露呈することが多い。

しかし欠陥があったからといって、自分たちの文化を卑下することはないし全否定する必要もない。

イヌイットは、雪を描写する言葉を数十も持っていると言われる。一方、私たちの日本語は、色彩に関する表現では、世界有数の語彙を有すると言われる。白一色のイヌイットの世界では、色彩の語彙は少ない。それぞれの言葉には、歴史性があり文化がある。

色彩の語彙が少ないイヌイットが、人間として何かが劣っているわけではない。

おそらく日本語はイヌイットよりは雪の描写の語彙は少ないだろうが、それで我々日本人が何かに劣っているわけでもないし、生活に不便もない。

遠回しの話になってしまったが、言いたいことは簡単なことだ。「コミュニケーション教育、異文化理解能力が大事だと世間では言うが、それは別に、日本人が西洋人、白人のように喋れるようになれということではない。欧米のコミュニケーションが、とりたてて優れているわけでもない。だが多数派は向こうだ。多数派の理屈を学んでおいて損はない」この当たり前のことが、なかなか当たり前に受け入れられない。

しかし、これを受け入れてもらわないと困るのは、日本人が西洋人(のよう)になるというのには、どうしても限界があるからだ。

もしこれを強引に押し進めれば、明治から太平洋戦争に至るまでの過程のように、どこかで「やっぱり大和魂だ!」といった逆ギレが起こるだろう。

身体に無理はよろしくないのであって、私たちは、素直に、謙虚に、大らかに、少しずつ異文化コミュニケーションを体得していけばよい。

ダブルバインドをダブルバインドとして受け入れ、そこから出発した方がいい。

だから異文化理解の教育はやはり、「アメリカでエレベーターに乗ったら、『Hi』とか『Howareyou?』と言っておけ」という程度でいいはずなのだ。

私たちは、西洋料理を食べるためにナイフとフォークの使い方を学ぶ。しかし、ナイフとフォークがうまく使えるようになったところで人格が高まるわけではない。人格の高潔な人間が、必ずナイフとフォークがうまく使えるわけでもない。マナーと人格は関係ない。

丁寧とか、人に気を使えるとか、多少の相関性はあるのだろうが、現実世界では、とても性格は悪いけれどナイフとフォークの使い方だけはうまい奴などざらにいるし、またその逆もあるだろう。

繰り返し言う。コミュニケーション教育は、人格教育ではない。

話しかけにくい社会

話を元に戻そう。列車の中で、他人と乗りあわせたときに、自分から話しかけるかどうかは、国によって違うという話題だった。

開拓からの歴史が浅いアメリカやオーストラリアはやたらと話しかけてくる。

イギリスは、同じ英語を使っていても歴史の古い国なので、階級や住んでいる場所によって、ずいぶんとイントネーションが違ってくる。そうなると、誰かに相手をきちんと紹介してもらわないと、どんな英語で話しかけていいのかが定まらないから、話しかけにくいのではないだろうか。

こう考えていくと、日本語も多少、他人に話しかけにくい言語だということがわかる。

日本語や韓国語は敬語が発達しているので、相手との関係が決まらないと、どんな言葉で話しかけていいかが決まらない。韓国語は、年齢の上下によって、敬語が厳しく決定される。一方、日本語は、社会的な関係で敬語が決まってくると言われている。

大学の教員などしていると、別に尊敬はされていなくても、だいたい世間の人は敬語で話しかけてくれる。韓国ではそうはいかない。一つの年齢の違いでも、厳しく敬語を使い分けなければならない。

以下、多少余談だけれど、学生に言語コミュニケーションに関して興味を持ってもらうために、私は以下のような例を話す。

同じ儒教社会でも、日本のそれは、「なんちゃって儒教」とでも呼ぶべきいいとこ取りの儒教である。一方、本家中国以上のガチガチの儒教社会が長く続いた韓国では、長幼の序は、もっとも尊ぶべき規範の一つとして、現代社会でも生活の中にその習慣が根づいている。それはただ単に、年寄りが大事にされるということではない。年上にも、それなりの責任が生じる。

たとえば韓国では、割り勘ということがほとんどない。大学生でも、腹を空かした下級生は先輩を捜すし、金のない四年生はどこかに隠れている。

「先輩、飯食いに行きましょう」というのは「おごってください」という意味だし、「飯食いに行くぞ」というのは「おごるぞ」という意味になる。

大学生くらいなら金額も限られるが、社会人となると、これは大変だ。

私たち演劇界の人間は、芝居がはねれば、必ずといっていいほど飲みに出かける。ここでも年輩の者が、全額を支払わなければならない。いまはもうだいぶ緩やかになってきたが、年上の者の前ではタバコも吸わない。さらに、最年長者が帰るまでは、帰宅することもできなかった(この習慣は、いまはもうほとんどないと思うが)。

日本のように「ちょっと終電なんで」というのは理由にならない。そのかわり終電を過ぎたら、最年長者は全員にタクシー代を配らなければならない。私も実際、そのお金をもらったことが何度かある。まことに私たちは、「なんちゃって」でよかった。

儒教社会は下が大変そうに見えるが、上も同様に大変なのだ。それでもかつてなら、年長者は圧倒的な収入があったのだろうが、現代社会ではそうはいかない。いまは「上」の方がきついくらいだ。

学生たちには、あるいはこんな例も話す。

二〇〇二年のサッカーワールドカップ日韓大会。

日本はベスト16に進出し、韓国は審判の誤審に助けられた点もあったかもしれないが、ベスト4にまで躍進した。

大会前の下馬評では、組み合わせの有利さもあって日本の方が上まで行ける可能性が高いのではないかと噂されていたが、韓国は、ポルトガル、イタリア、スペインと強豪国を次々に破って、日本以上の大きな成果をあげた。

この躍進の陰には、チームの言語改革があったと言われている。

二〇〇〇年前後から、韓国代表チームは低迷期にあり、二〇〇一年のコンフェデレーションズカップで準優勝を果たした日本に、実力的に追い抜かれたと韓国

内のマスコミも騒ぎ出した。そこで韓国サッカー協会は、五年ぶりに外国人監督を招くことを決意する。日本でも有名なオランダの名将フース・ヒディンクである。

韓国のスポーツ界は極端なエリートシステムを採用しており、サッカーでも野球でも、高校の全国大会でベスト4、ベスト8あたりに入っていないと、強いクラブのある大学に進学することが難しい。

日本のように、高校時代には無名だった選手が遅咲きで活躍するといった余地は少ない。スポーツの指定校制度があって、トップに至る道は限られている。

そのため代表チームともなれば、すべての選手が高校、大学、Kリーグのどこかの段階で先輩─後輩の関係にある。先に書いたように、韓国社会では、この関係は絶対だ。

ただでさえ年齢による敬語の使い分けが厳しいのだから、当然、後輩は、そうとう丁寧な敬語で喋らなければならない。

しかも韓国語の敬語は、敬意が強ければ強いほど、言葉をつけ足し、長く伸びていく性質を持っている。だから極端に言えば、パスをする際には、いちいち、「先輩様、ボールをお蹴りいたします」といった感じの言葉遣いになってしまう。

あの激しいサッカーの動きの中で、これはいかにも面倒だ。ヒディンクは、そこはさすがに名将たる所以で、何度か練習を見るうちに、「何かがおかしい」と感じたらしい。フィールド内の上下関係が厳しく、使っている言葉も人間関係によって違う。

そこで事情を聞いてみると、韓国語では年齢に応じて敬語を使い分けなければならないということがわかってきた。ヒディンクは、選手を集めて以下のようなことを伝えた(とここからは私の想像だが)。

「私は外国人であるから、これまでの学閥にとらわれた選手起用はしない(実際、それまでは代表監督が替わると、その出身大学の同窓生が優遇されるというような傾向があった)。そのかわり、君たちもフィールド内では年齢に関係なく対等な言葉を使い、名前も呼び捨てにして欲しい」

これは、韓国語を母語とする者にとっては、大きな変革であった。

しかし、この改革がチームの連携を強め、さらには個々の力を引き出し、のちの韓国の躍進につながったと言われている。

ちなみに日本チームは、三浦知良選手や中田英寿選手が早くから海外に出て、「フィールド内では上下問わず呼び捨て(あるいはあだ名で呼ぶ)」というコミュニケーションを身につけていたので、そうとう早い時期から対等な呼び名の習慣ができていたようだ。

この一連の物語は、私たちに様々な示唆を与えてくれる。

敬語は、日本語や韓国語の根幹をなす大きな特徴であり、またそれは、単に言語の問題を越えて、文化全体を支えている要素でもある。

しかし、グローバルな社会で、国際水準の仕事をしようとすると、その「文化」さえも捨てなければならない、捨てないと勝ち進めない局面が少なからず出てくる。

では私たちは、何を守り、何を捨てていくべきなのだろうか。これは、そう簡単には答えの出せない問いかけだ。

「何年生まれですか?」

第四章でも記したように、私が韓国に留学したのは二二歳から二三歳の一年間だ。年若き留学生であるから、周囲はたいてい年長者で、その上、外国人であるから、丁寧な、年上向けに喋る韓国語ばかりを習ってきた。

いまは大学の教員となり、韓国からの留学生が授業のアシスタントについてくれることも多くあるのだが、そういったときに彼ら、彼女らと韓国語を話すと、「先生、どうしてそんなにバカ丁寧な言葉で話すのですか?」と笑われる。

韓国では、一つ年上でも敬語で話さなければならない。逆に年下にも、それなりの言葉で話さなければ笑われる。おそらくかつての封建社会ならば、これでなんの問題もなかった。お互いの関係ははっきりしているし、その関係は明日も今日と変わらない。

しかし、私たちは現代社会に生き、同世代の人と初対面で会うことなど茶飯事だ。実際、韓国では、初めて会う相手が年上か年下かわからずに戸惑うということが間々ある。

だが、言語というのはうまくしたもので、韓国語では挨拶の初期の段階で、相手の年齢を聞くという習慣がある。だいたいは、「何年生まれですか?」と尋ねる。

これはおそらく、数え年か満年齢かなどで混乱が起こらないようにという配慮からだろう。干支を聞く場合も多い。

さて、それで、男性同士のコミュニケーションはスムーズに発進するのだが、やはり女性と対面したときには困ることがある。

先のアシスタントの留学生に聞いたところでは、韓国の女性は年齢を聞かれるのをあまり嫌がらないというのだが、私の方からすれば初対面の女性にいきなり年齢を聞くというのは少し勇気がいる。逆のケースもある。

現在、日本から韓国に渡る観光客の約八割が女性だと言われている。私が留学した頃とは隔世の感がある。

この大挙して韓国を訪れる日本女性たちから、「韓国の男性にいきなり年齢を聞かれ不愉快な思いをした」といった苦情が、韓国政府観光局に多く寄せられているそうだ。

しかし、韓国の男性からすれば、年齢を聞かないとコミュニケーションが始まらないのだから、これは致し方ない事態である。

「旅行ですか?」という台詞

さて、ことほど左様に、話しかけるという行為一つとっても、お国柄、民族性、国民性といったものが表れる。先に書いたように、日本では、列車の中で他人に話しかけるのは一割に過ぎない。

一方、アイルランドのダブリン市立大学でワークショップを行ったときには、なんと全員が話しかける方に手を挙げた。

どのような場合に話しかけるかという議論にさえ進めなくなってしまった。たしかに、ダブリンでパブに入ると、本当にみな、気さくに話しかけてくる。

しかし、アイルランドとイギリスは隣の島である。いまは同じ英語を使っている。それでも、これほどに差異が出るのだ。さて、やっと演劇に話が戻る。

俳優は、台本を渡されると、多かれ少なかれ、その演じるべき対象の人柄を想像しながら演技を行う。これを通常、「役作り」と呼ぶ。

上品な人なのか下品な人なのか、怒っているのか悲しんでいるのか、集中しているのか心ここにあらずか……。何らかの想像をしながら、俳優は発語をする。

いま問題になっているのは、「旅行ですか?」という台詞である。この台詞自体は、英語に翻訳しようが韓国語に翻訳しようが、誤訳のしようもない簡単な言葉だ。俳優の想像力を駆使するまでもない台詞のように思われる。

しかし、この「話しかける人」が、どこの国の人なのか、あるいはこの台詞、この台本を書いた人間がそもそも、どこの国の出身なのかによって、この「旅行ですか?」という言葉の意味あいは大きく違ってくる。

話しかける人がアイルランド人なら、これはまったく普通の行為だ。

先般、フィリピンから来た留学生に聞いたところでは、列車の中で長時間乗りあわせているのに話しかけなかったら、そちらの方が失礼だという答えが返ってきた。

一方、日本人は一割しか話しかけない。

だから、もしある俳優が、この「旅行ですか?」という台詞を言おうとすれば、ちょっと積極的な人、あるいは少し図々しいくらいの人といった心構えで役作りをしないと不自然になってしまう。

さらに、これがイギリスの上流階級の男性という設定ならば、この台詞は、まったく別の意味あいを帯びてくる。この階級は、人から紹介されない限り他人と話してはいけないというマナーがあるので、通常は話しかけない。

だからもしこの階級の人間が自ら「旅行ですか?」と言ったとすれば、考えられるのは、たとえば以下のような事柄だ。

  • ・この人は、何らかの事情で、正当な教育を受けていない。
  • ・貴族の階級を捨てて、放浪の旅に出ている(その証しとして、下層階級の者がよくやるように話しかけてみた)。
  • ・マナーを破ってまで話しかけなければならないほど、相手に関心を抱いている。

おそらく作家は、「旅行ですか?」という台詞に、このような何らかの意図を込めている。そうでなければ、イギリスの上流階級の男性が、この状況で話しかけるのは不自然だということになってしまう。

このように文化的な背景が違えば、なんの変哲もない一つの台詞でも、異なる意味や意図を持つ。

話し言葉の個性

それぞれの俳優は、すでに二〇年、三〇年と生きてきて、俳優である以前に一個人としての「話し言葉の個性」ともいうべきものを持っている。

一つの言葉から受けるイメージもまちまちだし、列車の中で話しかけるかどうかといった言語行動も、一人ひとりに癖のようなものがある。

たとえば私たちの肌の色が、白人、黒人、黄色人種といった大きなカテゴリーと、同じ日本で生まれ育っても色の白い人もいれば、少し濃い人もいるといった個体差があるのと同様に、話し言葉の個性にも、国民性や民族性と、その中での個人差がそれぞれ存在する。

日本人は、列車の中ではあまり話しかけないが、中には話しかけるという人も一定数いる。

これが、アイルランド人は絶対に話しかける、日本人は絶対に話しかけないというように、あらかじめ決まっているなら話は楽なのだが、そうはいかないところに演劇の難しさも、異文化間コミュニケーションの難しさもある。

私は実際、人生に一人だけだけど、シャイなアイルランド人というのに会ったことがある。同じ日本語を話していても、私たちは一人ひとり、違う言葉を話している。

こういった話し言葉の個性の総称を、「コンテクスト」と呼ぶ。

コンテクスト=contextは、本来は文脈という意味だが、ここではもう少し広い意味で、「その人がどんなつもりでその言葉を使っているか」の全体像だと思ってもらうといい。

俳優には俳優のコンテクストがある。劇作家にも劇作家のコンテクストがある。これがぴったりと重なれば苦労はないのだが、そうはいかない。

たとえば劇作家の私が、ト書きに「砂漠」と書いたとしても、砂だらけの砂漠をイメージする人もいれば、岩がごつごつした砂漠を思い浮かべる人もいれば、「砂漠なら当然サボテンが生えているだろう」と考える人もいる。

だが、同じ舞台に関わる人間の持つイメージがこんなにもバラバラでは、観客には何も伝わらない。

実際、舞台の片隅では砂に足を取られる演技をしている俳優がいて、もう片方では、岩をよじ登る俳優がいたのでは、どんな砂漠かは少しも観客に伝わらない。

だから私たちは、まず作り手の側でイメージを共有する必要があるし、演出家の主な仕事も、この点にあると言っていいだろう。

だが、ことは、そう簡単にはいかない。私たちは、同じ日本語を話しているつもりでも、それぞれ違う言葉を話しているのだから。

ここまで、私が執拗に問題にしてきたのは、「旅行ですか?」という簡単な台詞だった。この台詞は、哲学的な意味があるわけでもない。シェイクスピアの長い台詞でもない。

しかし、これを高校生などが演じようとするとうまく言えない。だがうまく言えなくて当然なのだ。高校生に尋ねれば、九割五分の生徒は、普段、自分からは他人に話しかけないという方に手を挙げる。

ということは、簡単に見えるけれど、「旅行ですか?」という台詞は、その子のコンテクストの外側にある言葉だということだ。あるいは、もっと一般的に言えば、簡単な言葉だけれども、普段は使っていない言葉だということになる。

この「簡単に見えるけれどコンテクストの外側にある言葉」のことを、私はコンテクストの「ずれ」と呼んでいる。

そして、まったく文化的な背景が異なるコンテクストの「違い」より、その差異が見えにくいコンテクストの「ずれ」の方が、コミュニケーション不全の原因になりやすい。

私たちは、この「ずれ」を容易に見つけることができないから。

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