子どもを笑ってはいけない 人はなぜ「評価」されたいのか 不安と劣等感が生み出すもの 過剰な埋め合わせ行動 発育が遅れた男性の場合 人は子ども時代から変わらない 夫を支配したがる妻の心の奥 愛に飢えた少女時代の影響
第五章 なぜ人間は評価されたがるのか子どもを笑ってはいけない ここまでで、環境に恵まれなかった子どもは、生きる喜びに幼いころから親しんできた子どもとは異なる態度で、人生や人間に接する傾向があることがわかりました。
原則として、身体器官に問題のある子どもは、人生との闘いに足をとられ、共同体感覚を弱めてしまいやすいと考えられます。
その結果、子どもは自分のことばかり考え、周囲に与える印象を気にして、他者にあまり関心を示さなくなります。
外部からの影響についても、器官の劣等と同じことが言えます。
子どもは外部からの影響を多少なりとも重くのしかかる圧力として感じ、周囲に対して敵対的な態度をとっていきます。
決定的な転機はごく早い段階で現れます。
2歳のころにはもう、こうした子どもは、自分がほかの子どものようにはできていない、対等でも平等でもないと感じている様子を示します。
他者とつながらず、いっしょに同じことをしたりもしません。
反対に、さまざまな不自由のせいで制限されている気持ちになって、なにかしてもらおうと期待する感覚や、要求する権利を他の子どもよりも強く示す傾向があります。
そもそも子どもは人生に対して弱い存在であり、身近な人にかなりの共同体感覚がなければ生きていくことはできません。
子どもは小さくて頼りない存在であり、その状態が長く続くので、人生に向きあうのは大変だという印象をもちます。
そう考えると、どんな精神生活の始まりにも、多かれ少なかれ劣等感が根づいていると仮定する必要があります。
劣等感は、子どもを押し進める力です。
そこからすべての努力が生まれて育ちます。
将来に向けて人生の安心と安全が期待できるような目標を立て、目標を達成するのに適していそうな道を進んでいきます。
こうした一種独特な態度は(やはり器官の能力が密接に関係して影響しています)、その子を教育できるかという問いに強く関係します。
子どもの教育の可能性は、たとえどの子どもにも劣等感はあるにしても、とくに2つの要素で危険にさらされます。
1つは、ひどく強まって継続する劣等感です。
もう1つは、安心、安全、対等を保証するのではなく、周囲よりも優越するための力の追求を生む目標です。
こうした方向へ進んだ子どもは、その後を見てもすぐわかります。
彼らの教育が難しいのは、どんなときでも不利な扱いを受けていると感じ、恵まれていないと思い込んでいるからであり、本当かどうかはともかく人からもそう見られることが多いからです。
こうした関連すべてをよく見れば、子どもがどうしてさまざまな失敗を重ねながら適切でない成長をしてしまうかが読みとれます。
子どもはみんな同じような状況にいるため、この失敗の危険はだれにでもあります。
大人に囲まれていることで、自分は小さくて弱いと思い、不十分で劣っていると考えやすいのです。
こう感じていれば、自分を信じることはできず、直面する課題を人から期待されるように円滑に果たすことはできません。
教育の失敗は、たいていこの時点で始まっています。
子どもに要求しすぎることで、無力感を強く意識させてしまうのです。
子どもによっては、あまり重視されておらず、小さくて劣った存在であることをしじゅう指摘されていることもあります。
また、からかわれて、もてあそばれる子どもや、守るべき財産のように扱われる子ども、厄介な重荷のように見られる子どももいます。
こうした扱いのすべてが合わさって、自分は大人をよい気分にさせる、または不機嫌にさせるために存在すると、さまざまな角度から子どもが思わされていることがよくあります。
こうして植え込まれる根深い劣等感は、わたしたちの人生の特性によって強められます。
その1つが、子どもを軽く扱う習慣です。
子どもは何者でもない、権利などもっていない、大人の前ではつねにおとなしく、静かにしていなければならない、などと暗に伝えているのです。
そこに真実が含まれているとしても、そんな無神経な方法で伝えてしまっては、子どもが感情を乱すのも理解できます。
また、多数の子どもが、なにをしても笑われるのではないのかという恐怖をつねに感じて育っています。
子どもを笑うという悪習は、子どもの成長にとって非常に有害です。
笑われる不安は子どもが成長してからも見られます。
多くの場合、大人になってからもこの不安から抜けだせないのです。
ほかにも有害なのは、子どもに適当なことを言ってごまかす習慣です。
子どもは周囲の人の本気度や人生の重大さをたやすく疑うようになります。
よくあるケースとして、学校に行きはじめた子どもがにやにや笑って座っていて、あとになって、学校のことは親がひやかしで行かせているのだと思って、真面目に受けとっていなかったと話すことがあります。
人はなぜ「評価」されたいのか 劣等感、不安感、不足感によって、人間は人生で目標を立てることを強いられ、目標の形成がうながされます。
ごく幼いころにはもう、自分が中心に立とうとする様子、親の注意を引こうとする様子、むりやり注目を求める様子が見られます。
これは、人間が評価の追求を始めた兆候です。
評価の追求は、劣等感の影響を受けて発展していき、その結果、子どもは周囲よりも優れた存在に見えるような目標を立てます。
優越という目標の設定は、共同体感覚がどのくらいあるかによっても決まります。
個人がもつ共同体感覚と、他者に対する力や優越の追求の関係を比べなければ、子どもについても大人についても判断することはできません。
目標は、もし達成すれば優越を感じられたり、生きがいがあると思えるくらい自己を高められたりする形で設定されます。
この目標はまた、人の感情に価値を与え、知覚を導いて影響を与え、イメージを作り、創造力をあやつりもします。
わたしたちは創造力によってイメージを作り、なにかを記憶したりしなかったりします。
感情も絶対の要素ではなく、精神生活にみなぎる目標追求の思いに影響されています。
わたしたちの知覚には選択肢はありますが、隠された特定の意図によって選択されます。
想像にも絶対的な価値はなく、目標の影響を受けています。
また、わたしたちはどんな体験からも、目標の継続に合いそうな面を見いだそうとします。
そう考えると、やはりすべてに条件がつけられ、たしかな固定した価値があるように見えているだけだとわかります。
仮に想定するという一種の本当の創造力において、わたしたちは現実にはない基準点を作ってよりどころにしています。
想定するという行為は、そもそも人間の精神生活が不完全であることから生じたものですが、学問や人生の多くの試みに似ています。
たとえば、地球は子午線でわけられます。
子午線は実在しませんが、仮の想定として大きな価値があります。
精神的な仮定のすべてのケースでは、次のような現象が見られます。
わたしたちは1つの基準点を想定します。
けれど、よく観察すれば存在しないことはわかっています。
それでも想定するのは、混沌とした人生で方向を得て、見込みをつけるためです。
感情から始まったすべては、予測可能な領域に運ばれ、対処できるものになります。
ですから、固定した目標の想定というのは、人間の内面を観察するときに役立つのです。
こうして、個人心理学の表象の領域で、経験則による手法が使われています。
つまり人間の精神生活は、生まれつきの能力から始まって、目標の影響を受け、その人ののちの性質に育っていったというように見なして理解する手法です。
けれど、わたしたちは経験と印象から、この手法は研究の補助以上のものだと確信しています。
わたしたちの手法は、精神の成長で実際に起こり、意識的に体験されたり、無意識から推察されたりする事象とほぼ符合しています。
そのため、精神が目標を追求するということは、わたしたちの単なる学説ではなく、1つの基本的事実でもあるのです。
不安と劣等感が生みだすもの では、力の追求という人類の文化でも抜きんでた害悪に、どうすればもっとも有効な形で向きあい、防ぐことができるのでしょうか。
これが難しい理由は、力の追求が始まる時期には子どもと意思の疎通がまだあまりできないからです。
いろいろわかって、成長の誤りに対処できるようになるのはずっとあとのことです。
けれど、この時期の子どもとともに暮らすことで、力の追求が過剰にならないように共同体感覚を伸ばすことはできます。
対処が難しいもう1つの理由は、子どもであっても、力を追求しているなどとはあからさまに言わずに隠すからです。
好意や愛情だと偽って、ひそかに実行しようとします。
恥ずかしさから見つかることを避けるのです。
力の追求はどんどん強まっていき、子どもの精神生活の成長をゆがめます。
その結果、安全と力を求める過剰な欲求のなかで、勇気は厚かましさに、従順は臆病に、愛情は他者をひざまずかせ従わせる策略に変わります。
どんな性格も、
本来の性質以外に、優越を求めるずるがしこい願望を足されることになるのです。
子どもに意図的に働きかける教育とは、意識的にしろ無意識にしろ、子どもを不安から救いだし、子どもの人生のために、スキル、知識、物事への理解を教え、他者に対する感情を整えるものです。
どのような観点によるものであろうと、こうした対処はすべて、成長する子どもに、不安感や劣等感から解放される新たな道を作る試みだと言えます。
いま子どもに起きていることは、性格の特徴となって現れます。
これは、子どもの精神のなかでなにが起きているかを表します。
不安感と劣等感がどのくらい働くかは、子どもがどう解釈するかによって決まります。
客観的な劣等の程度はたしかに重要です。
客観的に見てどのくらい劣っているかは子ども本人も感じるでしょうが、客観性について子どもが正しい評価をすると期待することはできません。
これは大人も同様です。
そのため、事態は非常に難しくなります。
子どもによっては、劣等と不安の程度を誤って認識してもしかたがないくらい複雑な環境で育ちます。
一方で、自分の状況をもっと適切に評価できる子どももいます。
しかし、全体として必ず考慮しなければいけないのは、子どもの感情です。
子どもの感情は日々揺れ動き、最終的にはなんらかの形で整理され、自己評価として現れます。
その結果に従って、劣等感のために子どもが求める代償、埋め合わせが行われ、そこから目標も設定されるのです。
精神は劣等を感じたときに必ずその苦しい思いを埋め合わせようとしますが、身体にも同じようなメカニズムがあります。
生命の維持に重要な器官が弱まると、それがまだ生存可能なかぎりは、尋常でない力を働かせて対応しはじめることが証明されています。
血液の循環がおびやかされるような問題が起これば、心臓は力を増して働きます。
全身から力を引きだして大きくなり、正常に働く心臓よりも肥大します。
同じように、自分の小ささ、弱さ、劣等感に抑圧されていれば、精神器官も大いに働いて、劣等感などを押さえ込んで排除しようとします。
過剰な埋め合わせ行動 劣等感の抑圧がひどい場合、将来が不利になることを恐れて、単なる埋め合わせでは満足せずにやりすぎる危険があります(過剰な埋め合わせ)。
力や優越の追求は極端で病的なものになります。
こうした子どもは、人生で結ばれる通常の人間関係に満足しません。
目標を高く設定して、大きく目立つ行動をとろうと身構えます。
通常をはるかに超える強い衝動をかかえながら、周囲のことは考えず、性急に自分の立場を確保しようとします。
こうして彼らは目立つ存在になり、他者の生活を侵害し、当然のように相手の抵抗を招きます。
人と敵対しながら、自分も敵視されるのです。
けれど、すべてが最悪の形で進むとは限りません。
長いこと、一見するとふつうに見える道を進む子どももいます。
こうした子どもは、最初に育つ性格、つまり野心を、他者とあからさまにもめないような形で示します。
とはいえ、決まって見られるのは、子どもの行動がだれも喜ばせない様子、わたしたちの文化では受け入れられないような方法であるために本当に有効には働いていない様子です。
子どもは野心を生産的には用いず、たいてい過剰に育てます。
過剰な野心をもった子どもは、他者の邪魔をします。
あとになるとさらに、社会で暮らす存在としては敵対的な態度と言える様子を見せます。
それは、虚栄心、高慢、なんとしても他者を打ち負かそうとする努力などです。
自分を向上させずに、他者が落ちることに満足する様子として現れることもあります。
このとき彼らにとって大事なのは、自分と他者のあいだにどれだけ距離があるのか、どれほど大きな違いがあるのかということだけです。
けれど、人生に対するこうした態度は、周囲の邪魔になるだけでなく、本人にとっても不快に感じられるものです。
人生の暗い面におおわれ、本当の生きる喜びが得られないのです。
こうした子どもはすべての他者を超えようとして力を追求するので、人間が果たすべき共通の課題と相いれなくなります。
力をやたらと求めるこのタイプと、社会で生きる人間の理想像を比べ、多少の経験を積めば、人を理解しようとする目が育ち、ある人物が共同体感覚からどのくらい離れているかを把握することができるようになるでしょう。
どれだけ気をつけていても、人間を理解しようとする人の目は、相手の肉体や精神の欠点に向かうはずです。
そして、精神生活の成長が難しかったに違いないことに気づきます。
この点を頭に入れておき、さらにわたしたち自身が共同体感覚を十分に育てていれば、欠点は害をなすものではなく、ただ役立てることができるものだとわかります。
これは第一に、肉体に問題のある人や、いやな性格の人に対して、その性質の責任があるとは考えないということです。
反対に、相手がその特性のせいで気分を乱すこともあるのを認めます。
そして、わたしたちみんなに当てはまる共通の罪があることを理解します。
問題をかかえる人の特性に十分に配慮してこなかったわけですから、社会で起こる不幸にはわたしたちにも非があるのです。
このような見方をすれば、状況は緩和され、彼らを邪魔で劣ったもののように扱うことはなくなります。
そのうえでわたしたちは、彼らがもっと自由に成長できる雰囲気、また、周囲との関係のなかで対等だと思いやすい雰囲気を作らなければなりません。
生まれつきの劣等が外見からわかる人を見たときに、わたしたちがしばしばどのように落ち着かない気持ちになるのか思い返してみましょう。
共同体感覚という絶対の真理に共鳴するために、まずわたしたち自身にどのような教育が必要なのか、わたしたちの文化は問題をかかえる人に対してどれほどの負い目があるのか、推し量ることができます。
身体器官に問題をもって生まれた子どもが、それ以外の人なら感じないですむ人生の重荷をすぐに感じ、悲観的な世界観を育てやすいことは当然と言えます。
同じ状況にいるのが、器官の劣等は目につかなくても、劣等感をかかえる(その感覚が正当かどうかは別にして)すべての子どもです。
劣等感は厳しい教育などの特別な状況によって高まり、器官の劣等と同じように作用します。
ごく幼いころに刺さった棘は抜けずに残り、これまでに目にしてきた冷ややかな雰囲気は子どもをひるませて、周囲に近づこうとする試みをくじきます。
そして子どもは、自分が直面しているのは愛のない世界で、そこにはつながれないと思い込むようになるのです。
発育が遅れた男性の場合 1つの例をあげましょう。
その男性患者は、いつも重荷を載せられたように歩き、自分には責任感があって、自分の行動の重要性をよくわかっていると主張していました。
妻とは、これ以上ないほど最悪の関係でした。
2人とも、他者より優越することを目指して譲らない性格だったのです。
その結果、不和や争いが起こり、相手に対する非難はどんどん厳しくひどくなり、きずなは断たれて、もはや関係を修復することはできなくなっていました。
男性には共同体感覚が多少残っていたようですが、優越を演じる傾向のせいで、妻や友人などの周囲の人のためになるようなことはあまりしませんでした。
男性は自分の人生について次のように語っています。
彼は 17歳まで身体がろくに育たなかったそうです。
発育がわるく、声変わりもせず、ひげは生えず、身長はかなり低いままでした。
いまは 36歳で、とくに目につくところはなく、非の打ちどころのない男らしい外見をしています。
自然は 17歳まで与えずにいたものをすべて彼に与えています。
けれど、彼は成長が止まっていることに 8年ものあいだ苦しみました。
いつか自然に悩みが消えることなど当時はわかるはずがありません。
そのため彼は、身体的に劣ったまま、つねに「子ども」として生きていくのではないかという考えにずっと悩まされていました。
このころにはもう、のちに目につくようになる状態の兆しが現れています。
彼はだれかに出会うと、見た目ほどには子どもではないことをしきりに明らかにしようとしました。
いつも自分を重要視し、偉そうにして、すべての動きと表現を使って前に出ようとしたのです。
こうして彼はだんだんといまの状態になっていきました。
妻に対しても、自分は妻が思う以上に大きい存在なのだから、いま以上に重視されるべきだとわからせようとしつづけました。
しかし、似たような性格の妻は、自分で思っているよりも小さい存在だと反論します。
この 2人が友好的な関係を築けることはなく、婚約のときから明らかに破局の兆しを見せていた結婚生活は完全に失敗に終わりました。
けれど、すでにかなり消耗していた彼の自意識はずたずたに傷つき、この失敗にひどいショックを受けた男性は医者にかかったのです。
彼は医師とともに、まず人間について知って、人生でどんな間違いをしてきたかを理解しなければなりませんでした。
それまでずっと、自分は劣ったままだという誤った認識をかかえていたのです。
人は子ども時代から変わらない 先ほどの例のように調べるときには、子どものときに受けた印象から現在の状況まで、まるで 1本のラインが引かれているように関連を見つけていくとよいでしょう。
こうするとたいてい、人がこれまで歩んできた精神的なラインを引くことができます。
これは動きのラインで、このラインにそって子ども時代から人生がパターン化されて進むのです。
こうした方法を、人間の運命を軽く見るようなやり方だと思ったり、自分の運命に立ち向かう自由な判断が
否定されているように感じたりする人も多いかもしれません。
たしかに自由な判断については否定しています。
本当に作用しているのは、人間の動きのラインだからです。
ラインの形がいくらか変わることはあるでしょうが、おもな内容やエネルギーや意味は子どものころから変わりません。
そこには必ず周囲の人との関係があり、それがのちに社会のより大きな環境へと移ります。
ラインを引くときは、ごく幼いころまでさかのぼっていかなければなりません。
乳児のときに受けた印象でさえも子どもを特定の方向に導き、人生の課題に特定の方法で答えるようにうながしているからです。
課題に答えるためには、子どもがもって生まれた成長の可能性に関わるすべてのものが使われます。
乳児のときに受けた抑圧は、人生のとらえ方、つまり世界観に稚拙な形ですでに影響を与えているのです。
ですから、現れ方がずいぶん違ったとしても、人生に対する態度が乳児のころからそう変わらないのは驚くことではありません。
そのため、誤った人生観をいだきにくいような環境に、生まれたときから子どもをおくことが重要になります。
ここでとくに肝心なのは、子どもの身体がもつパワーとねばり、子どものおかれた社会状況、養育者の特性です。
最初は、人生の課題にそのまま反射的に答えているだけだとしても、目標を追求する方向で、子どもの態度はすぐに変わっていきます。
困窮という外的要素だけで苦しみや幸せを決めるのではなく、外的要素の抑圧から自力で逃れられるようになっていくのです。
こうした子どもは評価を求めながら養育者の抑圧から逃れようとし、敵対者になります。
これが起こるのは、いわゆる自我の目覚めの時期で、子どもが自分のことを話したり一人称を使ったりしはじめるころです。
そのころには子どももすでに、周囲との関係が固まってきていることに気づいています。
周囲はまったく公平ではなく、子どもに態度を決めて関係を作ることを強います。
そして子どもは、自分の世界観から見たところの心地よさを求めるようになるのです。
人間の精神生活は目標を追求するという話はすでにしました。
これを考えれば、動きのラインには大きな特徴として強固な一貫性があることがわかるでしょう。
ここからは、人間を一貫した総体として理解できることもわかります。
これはとくに、人が互いに矛盾したように見える動きを示す場合に重要です。
学校と家庭で態度がまったく違う子どももいれば、本質を見誤るほど矛盾して見える性格の子どももいます。
2人の人間が示す動きが表面的にはそっくりなのに、よく調べると、根底にある動きのラインについては正反対だとわかる場合もあります。
2人が同じことをしていても、それは同じではありません。
けれど、 2人が同じことをしていなくても、同じ場合はあります。
重要なのは、さまざまな意味に解釈される精神生活の現象を個々にわけて見るのではなく、それぞれ関連させて見ること、すべては総体として共通の目標に向かっているととらえることです。
人生の全体の関連のなかで、ある現象がその人にとってどのような意味があるかが問題なのです。
人に現れることにはすべて一貫した方向性があると考えてはじめて、精神生活を理解する道が開けます。
人間の思考や行動は目標を追求し、目標によって条件づけや方向づけをされていることを把握していれば、なにがもっとも誤りを生むかということも理解できます。
個人の誤りは、勝利など、人生のプラスになることをすべて自分の個性に結びつけ、独自のパターンや人生のラインを固めるものとして利用することで生まれます。
すべてを吟味せず、意識と無意識の暗がりのなかで受け入れて処理するからです。
学問として扱うことでここに光が当てられ、誤りが生まれたプロセスを把握し、理解し、最終的に変えることができるようになります。
この議論の締めくくりとして、1つの例をあげましょう。
これまでに得られた個人心理学の知見を用いて、個々の現象を分析し、説明していこうと思います。
夫を支配したがる妻の心の奥 若い女性患者は、抑えられない不満を訴えました。
不満の原因は、一日中あれこれと大量の仕事をしなければならないことだと言います。
外見からは、せっかちな様子と落ち着かない目つきが観察できます。
女性は出かけるときや、なにか仕事にとりかかるときに、強い不安に襲われると話しました。
周囲の人から話を聞くと、彼女はなんでも深刻に考える人で、仕事の重圧に疲れ果てているように見えるそうです。
全体の印象としては、すべてをとても重く考える人に見えました。
これは、多くの人に見られる現象です。
その印象のとおり、「いつも大げさだ」という話をした人もいました。
行うべき仕事をやたらと重く、大事だととらえる傾向について考えてみましょう。
この態度が、集団や結婚生活のなかでなにを意味するのか、想像してみるのです。
すると、この態度は周囲へのアピールのようなもので、もう必要最低限の仕事さえまともに果たせないから、これ以上の重荷は負えないと訴えているように思えます。
女性についてここまでにわかったことではまだ足りません。
彼女にさらに語ってもらわなければなりません。
こうして調べるときには、かなり慎重に行う必要があります。
医師が自分を誇示してはいけません。
そんなことをすれば、すぐ患者の戦闘態勢を招いてしまいます。
推測して尋ねるのがよいでしょう。
会話ができれば、(今回のケースのように)全体の態度で示されていることをゆっくりと伝えていくことができます。
彼女は他者(おそらく夫)に、これ以上の負担に耐えられないこと、もっと気をつけて接し、優しくしてほしいことをわかってもらいたいのです。
すべてはどこかに始まりがあって展開されてきたことも読みとれました。
彼女は数年前に、優しさとはほど遠い扱いに耐えた時期があったと認めてくれました。
彼女の態度が、配慮を求める思いを裏から支えていたこと、温かさを求めてすげなくされる状況に戻らないための努力だったことがさらによくわかります。
わたしたちの所見は、女性が語った次の話で裏づけられました。
多くの点で彼女と正反対の友人の話です。
友人は不幸な結婚生活を送り、逃げだしたいと思っていました。
ある日、女性はこんな場面に出くわしました。
本を手にした友人がうんざりしたように、今日の昼食は時間どおりに作れるかどうかわからないと夫に伝えると、夫が激高して激しく批判しはじめたのを見たのです。
この出来事について女性はこう話しています。
「わたしの考えが正しければ、わたしのやり方のほうがずっといいのではないかしら。
朝から晩までとにかく仕事があるわたしには、そんな非難はできないもの。
もし昼食の時間が遅れても、いつも慌ただしくて気が高ぶっているわたしには、だれもなにも言えませんから。
このやり方をやめろと言うのですか?」 女性の内面でなにが起きているかが見えてきます。
比較的害のない形で、いくらか優位に立ち、非難を逃れ、いつでも優しい扱いや態度を求めようとしているのです。
これが成功しているため、やめるように言われてもあまり納得できないのでしょう。
けれど、こうした態度の裏には、まだなにか隠れています。
優しい扱いを求めて(これは他者に対する優位を求めてもいます)、すぐに満足することはありません。
すると、さまざまな厄介が生じて、なにかをなくして見つからずに混乱し、頭痛が起こって、落ち着いて寝られなくなります。
これは彼女が心配ばかりしているからです。
大げさに心配して、とにかく自分の苦労を正当化しようとしているのです。
だれかに家に招かれるだけでもう大変でした。
招待に応じるにはかなりの準備が要りました。
ほんのちょっとした用事でもひどく大ごとに思えたので、客として出かけていくことは何時間も、それどころか何日もの準備が要るつらい仕事でした。
この場合、高い確率で訪問がとりやめられる、少なくとも時間に遅れて来ると考えられます。
こうした人の人生で、社交性が示されることはあまりありません。
結婚生活のような 2人の人間の関係では、優しく扱われたいという要求と深く関わる場面がいくつもあります。
夫が仕事でいないこともあれば、友人とのつきあいがあって 1人で出かけたり、所属するクラブの集まりに出向いたりすることもあります。
この場合、妻を家に 1人で残したら、優しい扱いや配慮の要求がないがしろにされたことになるのではないでしょうか。
最初のうちは、結婚とは相手をできるだけ家に縛りつけようとするものだと思うかもしれません(実際、そういうケースはよくあります)。
相手へのこの要求がいかに共感できるものに思えても、現実には、仕事をもつ人にとって大変に難しいことだとわかってきます。
すると、どうしてもうまくいかず、今回のケースのように、戸締まりがされたあとで夫がそっとベッドに忍び込み、妻がまだ起きていると気づいて驚くことになります。
そして、非難に満ちた様子の妻に迎えられるのです。
よく知られているこの種の状況を、これ以上描写する必要はないでしょう。
ここでは、妻の要求のほうにも少し誤りがありますが、同じ考え方をする男性がとても多いということも見落としてはいけません。
けれどいまは、特別に優しい扱いを求めると、別の道へ向かってしまうこともあるというほうへ話を進めましょう。
今回のケースでは、次のようなよくある展開が見られました。
ある晩、外出する用事のあった夫に、つきあいで出かけることは少ないのだから、今回はあまり早く帰らなくていいと妻が言ったのです。
おどけた調子で言った彼女ですが、その言葉は本気でした。
これは一見、いままでの姿と矛盾しています。
けれど、くわしく見れば、一致していることがわかります。
彼女は自覚はなくても、厳しくしすぎないほうがよいと感づいているのです。
どんな関係でも、表面的にはとても愛想よくふるまっていました。
このケースに大きな問題はないのですが、心理学的関心からとりあげています。
彼女が夫にかけた言葉の本当の意味は、これから主導権をにぎるのは妻の側だということです。
妻の許可があって遅い帰宅が可能になったわけですが、夫の側からの行動だったら、彼女はひどく気分を害したでしょう。
彼女の言葉は全体の関連をごまかすように働いています。
いまや彼女が指揮する側であり、夫はつきあいの義務を果たしているだけなのに、妻の願望や意志に左右されているのです。
彼女は自分で指示したことだけは耐えられるという新しい発見と、優しく扱われることを求める点をつなげると、急にあることが見えてきます。
この女性の一生は、二番手を演じたくない、いつも優越していたい、非難されて立場を失いたくない、自分のいる小さな輪の中心でいつづけたいというとんでもない衝動に貫かれているのです。
この人生のラインは、あらゆる状況で見つかります。
たとえば、家政婦が代わることになったときのことです。
彼女は非常に興奮して、それまでの支配権を新しい家政婦に対しても維持できるかを明らかに心配していました。
外出の用意をするときも同じです。
自分の支配権が絶対に守られているように思える場にいることと、家を出て「見知らぬ人のなか」に入ることは、彼女にとって違うのです。
表に出れば、急に自分の思いどおりにならなくなり、車が来ればよけるしかなく、ごく小さな役割を演じることになります。
この緊張の原因と意味は、彼女が家庭でどれだけ権力をふるっているかを考えたときにはじめて明らかになるのです。
こうした現象は共感できる形で現れることが多いので、その人が苦しんでいるとは最初はまったく気づきません。
この苦しみは大きく高まることがあります。
今回のケースのような緊張は、高まったらどうなるかを想像してみるとよいでしょう。
たとえば、市電に乗るのをためらう人がいます。
市電は自分の思うとおりにならないからです。
これが進むと、ついには家からまったく出たがらなくなります。
発展するという点で、今回のケースは参考になる例です。
子ども時代に受けた印象がその後もくりかえし影響を与える様子を示しています。
彼女の視点で見れば、彼女が正しいことは否定できません。
なぜなら、温かさや敬い、優しい扱いを強く求めることに照準を合わせて突き進んでいるとき、いつも負担が重くて気が高ぶっているようにふるまうやり方は、そうわるい手ではないからです。
この手を使うことで、あらゆる批判から逃れられるだけでなく、周囲の人がいつも優しく手伝って負担を減らしてくれるように仕向け、精神のバランスを乱すようなことを避けられるのです。
愛に飢えた少女時代の影響 それでは、女性の人生を大きくさかのぼってみましょう。
そこで聞きとれたのは、学校に行っていたころからもう、宿題ができないとひどく興奮していたということでした。
先生は彼女を優しく扱わざるを得なかったそうです。
また、彼女は 3人きょうだいで、弟と妹がいました。
弟とはけんかばかりしていました。
いつも弟がひいきされているように思え、とくに、弟の成績ばかりが注目を集めていることに腹立ちを感じていました。
最初は優秀だった彼女は、よい成績をとっても関心を示されなかったために耐えきれなくなり、どうして同じように見てもらえないのかよく悩んでいました。
少女だった彼女が対等を求めていること、子どものころから強い劣等感をもっていたらしいことがわかります。
彼女は劣等感を埋め合わせようとしていました。
そして、学校でわるい生徒になるという方法をとったのです。
わるい成績をとることで、弟を上回ろうとしたのでした。
これは一歩引いたとかではなく、両親の目を強く引くために幼稚な考えからしたことです。
彼女はいくらか意識して行っていたようで、わるい生徒になりたかったとはっきり語っています。
ところが、成績が下がっても両親はまったく気にしてくれませんでした。
すると、ふたたび目を引くことが起こります。
彼女は急に成績を回復させたのです。
けれど、ここで妹が妙に目につく形で登場してきます。
妹も成績がわるかったのですが、母親からは弟と同じくらい気にかけられていました。
その理由が変わっていて、患者の女性は学科だけだったのに対して、妹は生活態度でも評価が低かったのです。
そのため、妹のほうがずっと注目されていました。
生活態度でのわるい評価には、まったく別の社会的な作用があったからです。
特別な措置が求められ、両親は妹のほうに手をかけざるを得ませんでした。
つまり、対等を求める闘いはひとまず失敗したわけです。
しかし、闘いに失敗したからといって、対等を求めることをやめたわけではないということは頭に入れておかなければなりません。
この状況に耐えられる人はいません。
くりかえし新たな動きが生まれ、新たな努力がなされて、人の性格が作られていくのです。
これで、彼女の大げさなところ、せっかちなところ、いつも重荷に苦しんでいるように見せたがるところがさらに理解できるようになりました。
もともとはすべて母親に向けられたもので、なんとか妹よりも自分に親の注意を向けさせようとしていたのです。
そして同時に、妹よりも扱いがわるいことを非難していたのです。
当時作られた根本的な気持ちが、彼女にはまだ残っています。
さらに彼女の人生をさかのぼることができます。
とくに印象に残っている子ども時代の体験として彼女が語ったのは、 3歳のときの出来事でした。
生まれたばかりの弟を木片で殴ろうとしたのです。
母親が注意していたおかげで、たいしたことにはなりませんでした。
彼女はきわめてするどい察知力から、このころにはもう、自分が冷遇されて評価が低いのは女だからだということに気づいていました。
男になりたいとしょっちゅう口にしていたことを、彼女ははっきりと覚えています。
つまり、弟が生まれたことで、それまでの温かい居場所からおろされたと思っているだけでなく、男児である弟が自分よりもずっと優位に扱われていることでも暗い気持ちになったのです。
欠けた部分を補おうとして、彼女はそのうち、重荷を背負っているように見せる方法を思いつきました。
夢もまた、動きのラインが精神生活にどれほど深く根づいているかを示すものです。
女性は、自宅で夫と話す夢を見ています。
ただし、夫は男の姿ではなく、女の姿をしていました。
これはまるでシンボルのように、体験や関係に対処するときの彼女のパターンを示しています。
夢の意味は、彼女が夫と対等になったということです。
夫はかつての弟のような優越した男ではなくなり、もう女のような存在になっています。
2人のあいだにはすでに上下の関係はありません。
彼女は夢のなかで、子ども時代にずっと望んでいたものを手に入れたのです。
さて、わたしたちは精神生活の2つの点をつなげることで、人の人生のラインを見つけだし、一貫した個人像を得ることができました。
これをまとめると次のように言えます。
わたしたちが向きあうのは、愛すべき手段を使って優越した役割を演じようとひたすら進む人なのです。
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