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第五章過去の扉を閉じよ

目次

災い転じて福となす

不運な目に遭ったときは、それを過去のものとしてしまっておくことにしよう。あなたの心はいつも未来の達成へと向けておこう。

そうすれば過去の失敗は、未来には幸運となって作用することになる。富と心の平安とは、互いに密接な関係にある。いかに低いレベルの仕事であっても、成功は自分の心の中に待機しているのである。

人は、自分の仕事に価値を付加し、心に描いたことを現実のものにしてしまう力を持っている。その力を始動させよう。

米国ヴァージニア州のワイズ郡で貧しい少年だったころ、私は二五セントを投じて福引券を買ったことがある。商品は馬だった。

そして私は、それを当てたのだ!そのころ、農家にとって馬は大した価値のあるものだった。私が当てた馬は立派な馬だった。周りの人たちも、口をそろえて褒めていた。私は、誇らしさでいっぱいになり、その馬を引いて家に帰った。

なんて運がいいんだろう!だが、本当にそうだったのだろうか?私は、馬を小屋にていねいに入れると、カラス麦やトウモロコシ、ワラなど馬が食べられるものをすべてやった。

ところが馬はその夜、小屋を蹴破って外へ出てしまった。川辺まで行って、たっぷりと水を飲んだらしい。

馬のことを知っている人なら予想がつくだろうが、馬は水を飲みすぎると死ぬことがある。その馬もやはりそうだった。馬の死体を運んで埋葬してもらうのに、当時の金で五ドルもかかった。やれやれ、幸運が聞いてあきれるというものだ。

だが、失敗にも思いがけない利用法がある。この出来事を何年もたってから振り返ってみると、やはり私はツイていたのだということがわかるようになった。

つまりその後、私はいかなる賭け事にも金を使う気が起こらなくなったということだ。

さて今度は、もっと重要な事件のことを話すことにしよう。

一人の生命が失われ、私の手からまたとない好機が逃げていってしまったばかりでなく、私自身も命の危険にさらされた事件についてである。

そのときは、このうえないような災難だと思ったのだが、実は私にとっても他人にとっても、非常によい結果に終わったのである。

当時私は、〝ザ・サイエンス・オブ・パーソナル・アチーヴメント〟という名のプログラムの最初の原稿を完成させたばかりで、それを引き受けてくれる出版社を探していた。

やがてオハイオ州カントン市の新聞デイリー・ニュース社のドン・R・メレット社長が引き受けてくれることになった。

私のパートナー兼ビジネス・マネージャーとしてである。

また、第一版を発行するのに必要な資金は、USスチールの会長、エルバート・H・ギャリー(一八四六〜一九二七)が提供してくれることになった。

USスチールは、当時世界最大の企業であった。

ギャリー会長は、会社で重要なことをしているすべての社員に、このプログラムを一人一セットずつ買わせることを約束してくれた。

その申し出を聞いたとき、私は有頂天になった。

そのころデイリー・ニュース社のメレット社長は、自分の新聞で酒の密売人と警察との癒着を暴くためのキャンペーンを張っていた。

三日後にメレット社長の紹介でギャリー会長に引き合わせてもらうことになっていたある日、警察の一人とギャングの一人がメレット社長を襲い、射殺してしまったのである。

私がメレット社長と親しくしていたものだから、ギャングたちは私もキャンペーンに関係しているものと思っていたらしい。

もし私もその場にいたら、私にも弾をぶち込んできたかもしれないが、幸いなことにわずか数時間の差で彼らの凶弾を受けずにすんだ。

そのため、私は身を隠さなければならなかった。

一年後に犯人たちは捕まって裁判にかけられ、終身刑を言い渡された。一方、USスチールのギャリー会長はその間に病死してしまった。

こうして私の計画はすべてフイになってしまった。出発点に逆戻りである。いや、むしろそれより後退りしてしまった。

私は気を取り直し、一からスタートすることにした。幸運は再びめぐってきた。出版してくれる人を見つけたのである。

その経緯については一つの物語となるが、それはまた別の機会に語ることにしよう。

もしあの事件が起こらなくて、ギャリー会長の提案どおり、パーソナル・アチーヴメントのプログラムがUSスチール社で配布されていたとしたら、どうだったろうか。

それ以降の私は、大企業の道具とみなされたのではないだろうか。私はそのことに気づいたのである。

大企業が人類のためによりよい社会を築くという本来の使命を忘れたとき、私はその企業の批判をすることにしているが、もし、私が大企業の手先になっていたとしたら、その批判も控えなければならないだろう。

逆境の中には、すべてそれ相応かそれ以上の大きな利益の種子が含まれている

種子この見出しの文言を覚えられるだろうか。カードに書き、それをいつもポケットに入れておいて、毎日読んでほしい。この文言には、多くの人間の心の平安を解くカギが入っているからだ。

私が先にちょっと触れた〝大いなる秘密〟に近いものである。この言葉をあなたの潜在意識の中にしっかり埋め込んでほしいものだ。

「逆境の中には、すべてそれ相応かそれ以上の利益の種子が含まれている」後悔や苦い思い出、悔しさがあるなら、自分の過去の扉を閉めたまえ!ぜひそうするとよい。

あなたは富と心の平安を求めているのだ。

富へ向かう道も、心の平安へ向かう道も、あの不愉快な思い出の残る墓地の中を通ってはいないのだ。

あなたが心の平安を得るようになれば、それにふさわしくないどんな考えも、どんな心の反応も、自動的に拒絶するようになるだろう。

当分は、この素晴らしい心の司令部に到達するように努力を続けてほしい。また、否定的な心の影響を避けるようにしてほしい。

特に人生からいっさいの光を奪い、黄金の輝きを奪ってしまうような後悔の陰の中に入ることは避けなければならない。

「時」は素晴らしい魔術師だ

「は素晴らしい魔術師だいやな経験、失望、挫折への扉は閉じてしまうのだ!そうすれば、素晴らしい魔術師である「時」が、過去の悲しみや失敗を瞬時に消し去ってしまい、代わりに成功や幸福を得るチャンスを与えてくれるのだ。

クヌート・ハムスン(一八五九〜一九五二)はノルウェーからの移民であったが、アメリカでは何をやっても失敗の連続であった。

絶望した彼は、この苦しみを小説にまとめた。『飢え』である。ところが、その後、ハムスンはノーベル文学賞を受賞〔訳注…一九二〇年〕するほどになった。

ハムスンのつらい経験は、逆に富と名誉をもたらしたのだ。

ハリー・S・トルーマン(一八八四〜一九七二)は、男性衣料品店の経営には失敗したが、そのとき自分で自分に失敗者だという烙印を押していたら、後に大統領にはなれなかっただろう。

やはり店を経営していた別の男の実例もある。その店はつぶれてしまった。それで男は測量技師になったが、それにも失敗した。

彼は自分の測量器具を処分して借金を整理しなければならなかった。次に、彼が選んだ職業は兵隊だった。インディアンと戦う軍隊に入隊したのである。そこでは隊長の地位をもらった。

ところが、軍人としての成績があまりにもひどかったので、たちまち兵卒に降格させられ、除隊させられてしまった。

その後、彼は熱烈な恋をし、婚約をした。だが相手の女性は間もなく死んでしまった。またもや彼は、精神的打撃の中でのたうち回らなければならなかった。

次に、彼は弁護士になった。だが、弁護士としての活躍ぶりも大したものではなかった。そこで彼は、政治のほうへ進むことにした。が、立候補しては落選した……。

しかし何度目かの挑戦で、やっと当選した。そして最後に、この男は大統領になった。これは思いがけないことだったのだろうか。ある意味ではそうだし、あるいはそうでないともいえる。

もし彼が、鎖を引きずっている囚人のように失敗や失望を自分の心に引きずっていたら、大統領にまではなれなかったかもしれない。

過去の失敗を引きずって生きている人は多い。

そういう人々は過去という亡霊にとらわれている囚人であって、失敗者というイメージを壊すことができないのだ。

その男は、失敗をきっちりと捨て、忘れていったのである。だからその男の成功は、奇跡でもまぐれでもなかったのだ。これはどんな人間にも許される特権なのである。

大統領になった男は、その特権を活用しただけのことだ。

もしその特権を活用しなかったなら、歴史に残るあの偉業は成し遂げることができなかったであろう。もうおわかりだろう。

彼の名はエイブラハム・リンカーンである。人間は、人生の中の大いなる「プラン」を見通すことはできない。

しかし悲しみや挫折が起こるたびに、それはやがて来るべき、さらには豊かで素晴らしい経験へと鍛え直され、強化されるのだと考えればよい。

充実させ、報われるものに焼き直すことができるのだ。私のあなたへのサジェストはこうだ。

「人生にはさまざまな環境のめぐり合わせが絶え間なく起こっているものだ」あなたは失恋したことがあるだろうか。

それによってあなたの心は、文字どおり壊れてしまったような気がしてはいないか。世の中は少しも面白くないと思ってはいないか。

多量の睡眠薬を飲んで、すべてを終わりにしてみたいと考えてはいないか。この世の中には、失った人に代わる女性(あるいは男性)がいないのだろうか。

心の奥の本丸の中では、そんなことはあり得ないという気がしているのではないか。これは私も経験している。今思い出しても胸が痛い。私は彼女とたびたび争った。愛するがゆえに、とでもいえるかもしれない。

だがある日、彼女は私と激しく争ったあと、私を捨てて去って行った。そして別の男性と結婚した。五年後、彼女の夫は自殺してしまった。

夫婦仲は良くなかったらしい。夫は妻との絶え間のない精神的摩擦に耐えきれずに死を選んだのであった。

私はあのつらい失恋の痛手のあとで、理想の妻と出会うことができた。もし私があの女性と結婚していたら、私はどうなっていただろうか。

やはり私も苦しめられ、死を選んでいただろうか。逆境の中にはすべて相応か、それ以上の大きな利益の種子が宿っているものである。

世間が「ハンディ」だと見なしている条件であっても、それを逆に「恩恵」に転化することもでき、実際それを恩恵という形で実現することができる――これはぜひ覚えておいてほしい。

トーマス・エジソンは正規の学校教育をほとんど受けていなかった、と私は前に述べた。

保険会社を作って成功したW・クレメント・ストーンは、高校中退である。正規の学校教育を受けなくても成功している人は非常に多い。

ということから見れば、学校教育を受けていないことはハンディとはならないだろう。つまるところ、人間次第ということになる。

エジソンの聴覚障害はどうだろう?かろうじて聞こえる程度の聴力しかなかったのは、確かにハンディと言えるかもしれない。

しかしこれもまた、その人間次第なのである。エジソンは少年のころ、列車の中の売り子をしていたことがある。

あるとき、一人の男が彼の売っていたキャンディーなどの商品もろとも、彼の耳を思いきり強く引っ張った。

そのことが原因で、聴力を失ったのだ。彼はこの過酷な経験を引きずったまま一生を過ごしていたかもしれない。

ほかの多くの人々のように、自分のエネルギーのほとんどを自分の運命を嘆くことにそそぎ込むこともできたはずだ。

しかし彼は、そんなことはしなかった。私が彼を訪ねて行ったとき、彼は補聴器に頼っていた。今から見れば、ずいぶん旧式な補聴器だった。

お互いに気心が知れたと思えるようになったとき、私は彼に、聴力障害は大きなハンディにならないか、と聞いてみた。

彼の答えはこうだった。

「それどころか、耳が聞こえないことで私は大助かりしていますよ。くだらないおしゃべりを聞かなくてもすみますからね。それで〝内なる声を聞く〟ようになりました」心の平安を求めている人なら、彼の言う「内なる声を聞く」ということを心にとどめておいてほしい。

身体の不自由さを長所に変えることによって、彼は人間の心の中に潜む神秘的な力に波長を合わせて、それを聞き取る方法を体得したのである。

彼はまた、自分の心の中から「無限の叡智」の声が聞こえるように感じたのである。彼はその無限の叡智から多くのものを受け取ることができた。

逆境の中にはすべて、それと同等かそれ以上の大きな利益の種子がある。

失敗を話せば失敗が、成功を話せば成功がやって来る

私はあるとき、三万人の男女を調査して、失敗や敗北に直面したときの耐久力を確かめたことがある。大多数の人は一回の挫折、たった一回の挫折で、敗北が身に染みついてしまうことがこの調査でわかった。

次に大きな割合を占めたのは、結果がわからないうちから投げ出してしまうという人々だった。

高い目標を目指しているにもかかわらず、すぐ投げ出してしまう人々だ。

敗北は、環境から生じるものではなく、人々が過去から引きずっている敗北感から生じるものだということがわかった。過去への扉を閉じる代わりに、人々は機会があるたびにその扉に向かって逆戻りしてしまう。

その種の人々の中には、当然ながらフォードやエジソンのような人は含まれていない。アーサー・デシオという名の男を私は思い出すことがある。

彼は、財産をすっかり使い果たしたデシオ家の失敗を踏まえて、新たに身代を築いた男である。家業は、トレーラーハウスの販売だった。父が死に、その仕事を引き受けたときのデシオはまだ二十代だった。

父がやっていてもうまくいかなかった商売を、二十代の若者が引き継いだところでうまくいくはずはない。たいていの人間なら、すぐに負債を整理し、商売をたたんでケリをつけたことだろう。

インディアナ州エルクハート市の鉄道沿線にあるガレージで事業を始めたデシオは、小型で運搬の簡単なトレーラーハウスを次々に設計した。

もちろん調査をし、市場の需要を見込んでのことである。それが成功のもととなった。当時としてはまだ世の中に知られていなかったジェネラル・モーターズ方式だ。

つまり需要に合わせてのモデルチェンジを頻繁に行ったのである。販売代理店のネットワーク作りも行った。代理店に四種のトレーラーハウスを仕入れさせ、互いに競争させた。

こうして四年のうちに彼の会社の売り上げは五〇〇パーセントも伸びた。四年間の儲けは五〇〇万ドルを上回ったという。

そのころの人口構成では、新婚家庭と引退した夫婦が大きな割合を占めていた。その二つの層がトレーラーハウスの主要購買層であった。もちろんデシオはそのことを知っていた。

トレーラーハウスの製造をそれに合わせたのである。何年か前の私の調査で明らかになったのは、人生と失敗との関わり合いについてであった。

それらの人々は失敗しただけではなく、失敗とともに生き続けてきたわけである。彼らは、常に失敗について話していた。

たとえ話題が変わっても、話の本質は失敗についてであった。彼らの生き方は過去形であり、昔話をすることで傷の痛みを和らげようとしていたのだ。

成功した人々は、未来形で話をする。彼らの目は過去にではなく、常に未来にそそがれているのだ。そしてそれは大きな願望や目標に対してである。

このことは、私がかつてカーネギーの指示を受けて、成功法則の体系化ということに共同作業の労をとってもらった五〇〇人以上もの成功者についてもあてはまることであった。

彼ら成功者は、「上向き」の話をしていた。失敗を後ろに置いてくれば、失敗はついて来ないことを知っていたからだ。失敗という言葉は彼らの会話の端にはのぼらなかった。

成功と失敗について、私は心の平安と大いに関係のある一つの特徴に気づいたことがある。敵意と羨望で心がいっぱいの人は、心の平安が保てないのは明らかである。

敵意と羨望は、自分の人生を苦々しくしてしまう。失敗者はしばしば、他人の成功がちらりと見えただけで憎しみを持ってしまうものだ。

成功をした人々と話をして気がつくことは、その人たちはあとから続いてくる人々のことを好意的に見ているということだ。

彼らの態度は妬みではなく、他人から学びとろうとする姿勢である。一方、失敗者は、成功した人のどこかに欠点はないものかと探しまわるのである。

その人の仕事のやり方に何もケチのつけようがなければ、仕事以外のところでそれを探そうとする。敵意まる出しである。こうなると悲しいことに、彼自身の心の平安すら得られなくなってしまう。

富裕と心の不安との関係

物質的豊かさと心の平安とは関係があるだろうか。その答えはこうだ。関係はあるが、絶対的なものではない。貧しくても心の平安を保っている人は確かにいる。そのような人は、一般的に信じられているよりも稀である。ごく少ないということだ。

億万長者になる必要はないが、十分な資力がなくては魂を支えることはできない。次の食事はどうなるのか。靴はどこで直してもらったらいいだろうか。歯科医からの請求書をどうしようか。

エアコンなしであと何年、熱帯夜に耐えられるか――などを心配していては、心の平安など保てるはずがない。

資力がないために環境の劣悪な地域に住んで、そのために常に子供に対する悪影響のことを心配するようでは、心の平安どころではない。

ときには美しいものを買って、それを愛でることも、あなたの心にとっては必要なことなのだ。本当に楽しめる休暇をとることも然り。一見の価値ある映画やショーを鑑賞することも心の糧となる。

富は人生に多くの良いことをもたらしてくれる。

とりわけ、あなたの頭の中で出番を待っているさまざまな感覚にとっては、富こそそれらに陽の目を見させてくれる栄養源なのである。

しかも唯一の栄養源と言ってよい。その感覚とは、素晴らしいもの、美しいものを見たときの気高い感動である。あるいは、富がなければ体験できないような至高感覚のことである。

もちろん、そこそこの生活をしていてもそれなりの感覚は持てるが、それ以上の感覚は持てないものだ。

現代文明の外の、大自然の中に生きる住民を見れば、私たちが富なしでは持つことのできない多くの価値ある感覚を持っていたことがわかる。

かといって――、「だから何も金持ちにならなくても、得ることのできるものは得られるのだ」という自己弁解をしながら、凡々たる日々を過ごしていてよいものだろうか。

考えてもみよう。

大自然の中にいる人々と私たちとは、社会の仕組みが違っているのだ。例えばあなたと彼らの居場所を、そのまま交換してみたらどうなるだろうか。まるで将棋の駒のように、である。

初めのうちは、双方とももの珍しさで新しい感覚が増幅され、素晴らしい日々を送ることができるかもしれない。

しかし、やがては「もうこんなところはいやだ」となるだろう。そして九五パーセント以上の人は元の居場所のほうがいいと言って、そそくさと帰国してしまうのが現実なのである。

とはいっても、初めのうちは素晴らしい感覚を味わうことができるのは事実である。そういう体験はしてみるといい。そのことによって、心が豊かになるだろう。

ではどうやってその南国の楽園にたどりつくことができるのか。

そして、どうやって帰国するのか――となると、やはり先立つものがなければ何事もできないのである。心の平安を保っている金持ちが大勢いるといっても驚くに足りない。しかし、心安らかでない金持ちも多い。

いつか自分の財産をとられるのではないかとピリピリしているような金持ちならば、心の平安は窓から出ていってしまうだろう。

話は変わるが、私の知識を明るく照らし、私の魂を強くしてくれた失敗の一つは、私がかなり富を得たころにやってきた。

私は自分自身が最終的に体系化した成功のノウハウを自ら活用して、富を得た。その効果は確実である。私は広い場所、大きな家に住むことができた。そして大きな車を持ち、そのほか、富の象徴ともいえるものに囲まれることになった。

おそらく私は、同時代の金持ちといわれる人々の真似ごとをしていただけなのに、そのころは、金のある人間はそれを誇示すべきである、ということが要求されていた時代であった。

現代の億万長者たちは、目立たないようにしていることがよい、とされている。その時代時代で流儀も変わるものだ。私はセールスパースンのトレーナーとして名をなした。

そのほかの事業も大きな利益を生み続けたので、私はいわゆる大富豪の一人として数えられるようになった。そんなことで私は、ロールスロイスに乗るのが義務であるかのような気がした。

やがて私は、ロールスロイスを二台持つようになった。その車は、ニューヨーク市の北キャッスル・マウンテンズの中の豪壮な屋敷の車庫に収められた。その屋敷は私の成功の記念碑ともいうべきものであった。屋敷には使用人が必要だ。維持管理のためのスタッフと、そのスタッフをマネージする人間も必要である。贅沢な夕食も作らなければならない。

その豪華さは、かのジョン・D・ロックフェラーでさえもハダシで逃げるというものだ。あるとき私は、バーベキューの夕食会に大勢の人を招待した。

たぶん百人くらいの人が来るだろうと思っていたのだが、集まったのは何と三〇〇〇人だった!ハイウェイは、どの方向にも三、四キロの渋滞を起こし、交通パトロールの警官は、以後いつまでもそのことを根に持つようになった。

屋敷内にあったクラブハウスは、四〇人は楽に泊まれるものだが、いつも満員であった。一度などは、入れなかった人間が私の寝室にまで侵入してきた。

私が帰宅してみると、私のベッドに見知らぬ人間が寝ているではないか。おまけにその男は、私の一着しかないパジャマを着込んでいた。丘の上の〝素敵な〟屋敷の話はこれで終わりにしよう。

この屋敷は、一九二九年の大恐慌のあと、二束三文で処分した。これは最初のショックであった。

最初のショックから立ち直ったとき、私はどんなにかホッとしたことだろう!心配事が重くのしかかっていた心に、平安がやって来たのだ。

そして心に新しい力が満ちてきた。あの大恐慌によって、私の三人の友人も大きな打撃を受けた。だが、その負債額を全部あわせても、私が屋敷を処分した金額には及ばなかった。

つまり、大した負債ではなかったわけだが、彼らは「逆境の中にはすべてそれに見合うだけの利益の種子がある」という法則を信じてはいなかった。

一人はウォール街の高層ビルから飛び降り、一人は拳銃の弾を自分の脳天にぶち込んだ。そして三人目はハドソン川に身投げをし、遺体が引き上げられたのは六週間後であった。

私は再び財産を作った。当然のことである。PMAプログラムの法則がちゃんと面倒を見てくれたからだ。屋敷は失っても、知恵まで失いはしなかった。

その知恵とは、PMAマインドを持ってさえいれば、人間が設定したどんな願望や目標も必ず達成できるというものである。

それ以来私は心地よく暮らしている。もう自分の富を見せびらかしたりはしない。人目を引く飾りだけの使い道なら、金の役目も大したことはない。

自分の仕事と自分の金が、自分以外の人の役に立つようにすること

キャッスル・マウンテンズでの経験は、私に深い反省の機会を与えてくれた。この経験は私にいくつかの〝積極的な人生の果実〟ともいえるようなものをもたらしてくれた。

その一つは、次のようなものである。私は、もっと本を書く時間ができた。これらの本は私を潤してくれ、またほかの大勢の人々をも潤した。だからこの本は、富以上の恩恵を私にもたらしてくれたことになる。

アンドリュー・カーネギーが、彼の莫大な財産を使って図書館を寄贈しようと決めたとき、彼の心の平安はますます強くなったという。富が増えると、心の平安も増えるということを実証する大事な法則がもう一つある。

自分が成功するために、他人を傷つけてはならない

私はこのことを人生の早い時期に習得したことを感謝している。

人は、自分自身が持つ無限の可能性を発見して、それによって多くの富を得る方法を見出すと、ときには、秤を自分のほうに有利にさせようとする方法もわかってくる。

ずるい肉屋の手が、秤の上の挽き肉をちょっとつまみ取ろうとするのと同じだ。

私は、正直ではない方法で富を増やす機会にしばしば出会ってきたが、もしそれをやっていれば、心の平安を失っていたことだろう。

アンドリュー・カーネギーの委託を受けて私がインタビューした人々の中には、実業界の海賊とでも呼べるような人間(当時は知らなかったが)も少なからずいた。

あとになってわかったのは、彼らが他人から奪い取ったり、他人を犠牲にするといった行為が、結局は自分自身をも傷つけることになるという事実である。彼らはそのようにして得た以上のものを手放す羽目になった。

刑に服した者もいるし、実刑をまぎれるために膨大な弁護料を払った者もいる。正直な人々がまともに相手にしてくれなくなれば、心の平安などは消し飛んでしまう。

すべては金で買える――しかし、心はとり残されて、乞食よりももっとひどい不幸にまで落ちてしまうだろう。

私が実施したセミナーの参加者の中には、何度か正直とはいえないことや、ビジネスのモラルに欠けるようなことをしてきたという人もいた。

私は彼らと話し合った。彼らは新しくやり直したがっていた。

彼らは、自分たちが本当の富、まっとうな形で得た富だけを手にすれば、もう後ろめたい思いにとらわれたり、惨めな気持ちにならないのではないか、と言うのである。

だが、それが実際にできるかどうかで悩んでいた。私は、それは過去に対して扉を閉じさえすれば可能だと答えた。不正直だったことは過ちであると考えればいいのだ。

いっそ、災難だったと考えてもいい。それも過去の災難だったと――。これは重要なポイントであり、いろいろなことに応用できる。

不正直なことにかぎらず、過去に起こったほかの好ましからざる事態はどんなものであっても、過去に置いてくることができる。

ちょうど、人がある場所を、何ごともなく立ち去って行ってしまうのと同じことである。私はこれらの人々に新しい「自己」を見つけたのだということを教えた。

過去は問題になり得ないのだ。世の中には自分の苦い経験から、不正直はひき合わないということを学んだ人は多い。これは、その人たちには教訓となっているはずである。

ほとんどの人には、もう一度やり直して、輝かしい未来を築くだけの十分な時間と十分な世界があることを知ってもらいたい。

一つの例外として、私はアル・カポネ(一八九九〜一九四七)を挙げようと思う。

大恐慌の間、この悪名高いギャングは、無料のスープ配給所を作り、そこで多数の失業者のハラを満たしてやった。

彼はその配給所をいくつも作った。それを自分の悪の免罪符、善行の証拠として誇示したかったようだ。私が言うのは、もちろん、こうした見せかけのものではない。

むしろ、罪を犯して刑に服したO・ヘンリー〔訳注…アメリカの短編作家。銀行員時代に公金横領罪で告発されたが逃亡。妻の危篤を知って戻り、約三年間服役。出所後、数百にのぼる短編を執筆。一八六二〜一九一〇〕のような人間について考えてみたい。

彼はこの経験によって、自分を発見したに違いない。

なぜなら、彼が人間の本質に深い理解を持った素晴らしい作品によって世に知られるようになったのは、その後のことだからである。

過去の扉を閉じたら、もう開けないことだ

愛する人の死は決して乗り越えられないものだ、という意見を私は聞いたことがある。

これは人生のすべての環境、すべての喜び、すべての悲しみが、現在の自分を形成するうえで影響があるからである。

しかし、それがあなたを形づくるやり方は、あなたのほうできちんとコントロールできるのだ。

これを忘れてはいけない!私は、愛する人に死なれても悲しみなんか捨ててしまえと言っているのではない。

涙や悲しみは、あふれる感情に対する安全弁として天から与えられたものである。しかし多くの人たちは、悲しみに向かう扉を閉めるのに時間をかけすぎているのだ。あるいは、全然閉めなかったりする。

私たちはよく、「自分でコントロールできないもののことを心配しても仕方ない」と言う。

それにもかかわらず、人の死を非常に長い間嘆き悲しみ、しかもその間ずっとコントロールできずにいる人が多い。

人間の体はさまざまな原子から構成され、また元の状態に戻っていく。

おそらく精神的な部分、生命の何か神秘的部分も、私たちが感じるけれども発見できないところへ戻っていくのだろう。

だったら、起こるがままにしておこう!愛する人が亡くなったときの苦しい気持ちを抱き続けるのではなく、積極的な、元気づけてくれる思い出を抱き続けようではないか。

人生での大きな愛はただ一つだけ、結婚がそうだという説もある。結婚が大きな愛そのものだというのである。

私も結婚というのは、一つの愛情表現だと信じてはいるが、必ずしも幸福と同義語ではないと思っている。

人は幸福になる権利を持っている。今生きている人生は、ほかならぬ自分の人生なのである。もし結婚が失敗だとわかり、壊せるはずなのに壊さずにいると、失敗は永遠に続くことになる。

その人の人生に、これから先も暗い影がつきまとったままになる。したがって、ときには結婚に対しても過去の扉を閉じなくてはならないことがある。

扉を閉じたあとは、再び当事者の双方が、人生の中にある無限の成功を求めて歩んでいけばよいのだ。

過去の扉を閉じる習慣はほかのさまざまな習慣の中で最も偉大なものだ。それによって、あなたはよりいっそう自分自身でいられることになる。ということは、自分自身を動かしやすくなるということだ。

そうすると、どんな願望であれ目標であれ、その達成に向けて心をうまく整えることができるようになる。

ほんの少し余分に進む

怒りの気持ちを過去に置いてくるのに何かいい方法はないか、と私はよく聞かれる。それも特に、仕事やキャリアがからんでいる場合にどうしたらいいのかと聞かれる。

たぶん、いちばんいい方法は、こうだろう。

「ほんの少し余分に進む」つまり、今与えられている給料や報酬以上のサービスをすることだ。自分が必ずやらなければならないことにプラスアルファをつけるようにする。

ビジネスマンなら、会社があなたに要求している以上の仕事をこなすような働き方をすることだ。大きな印刷会社で見積もりを担当する若い社員がいた。

彼は、客が書体のことではあまり注文をつけなかったので、そのことには注意を払わずにいた。だから彼の仕事は楽だった。

しかしそれでは、本当に仕事を知っている人間としての彼を特徴づけるものが何もない。私はそのことを彼に指摘した。彼は編集の勉強を始めた。

それによって得た知識はやがて印刷物のでき具合に影響を与えた。顧客から仕上がりの美しさを注目されるようになった。

客先から「とてもきれいな印刷物を作ってくれた」と褒め言葉をもらった。そこで彼の上司は、この若い社員が会社の評判のために何をしてくれたかに気がついたのだ。

この青年は、それまでは会社でほとんど注目されない人間であったが、今ではこの会社の重役である。この青年は、ちっぽけな給料とちっぽけな人間になることから自分自身を救ったのである。

衣類の売り場に勤めていたある女性は、自分の給料とわずかな歩合では、棚にあるものをいつもどおりに売っていればいいと決め込んでいた。

それで十分だと思っていた。ある日、一人の女性客が、ある品物の在庫がないかどうかを調べてほしいと頼んだ。その頼み方が感じがよく、あまりにも熱心だったので彼女は探しに行った。いつもならそんなことはしない彼女である。

それでようやくその品物を見つけ出したとき、彼女は「胸の中がふくらんだ」ような気がしたという。

それ以後、彼女は自分にとって大して利益にならなくても、客のために進んで仕事をするようになった。

客に売り場で陳列されていない商品を教えたり、特別に取り寄せたりすることを心がけるようになった。

間もなく彼女には固定客がつくようになった。客たちは、彼女に応対してもらうために、喜んで待つようになった。そのうえ、仕入れ係は彼女の商品知識に頼って彼女の判断を求めてきた。

その彼女は今では仕入れ係となり、輝かしいキャリアが目の前に広がっている。

「成功するためには二つの要素が必要です。それは、仕事と自分自身です。自分自身であることというのは、いつでもいちばん大切な要素です」と、彼女は言う。

もう少し余分に進むということは、それ自身が強壮剤の役目を果たすわけだが、自分のなすべきこと以上のことを進んでやろうとする積極性は、富を得る人間、優れたリーダー、幸せで心豊かな人間につけられる人格証明のようなものであり、そういう人々は、一日一日、人生に価値あるものを築き上げているのだ。

自分が梯子の次の段に上がっていることを想像し、さらにもう一段上がったところを、そしてまた、何段も先に上ったところを想像してみる。

そうすると、頭の中にしっかりとそのイメージが焼きつけられ、あなたをそこへ連れて行ってくれるのだ。

仮に、余分な努力が報いられなかったとしても、あなたの積極的な心は勇気と工夫を生み出し、自分に合わない仕事をやめて(過去へ押し出して)、想像したイメージが実現できるような新しい仕事を見つけるようになるだろう。

どこからスタートするかということは、どこへ行き着くかに比べれば大した問題ではない。しかも大いなる計画を考え、「動き」始めるのは、まず心の中で起こることなのだ。

サクセス・エッセンス⑤

1逆境の中にはすべて、それ相応かそれ以上の大きな利益の種子が含まれている人生のさまざまな状況に出会うと、世界は逆境と不幸に満ち満ちているように思えるかもしれない。

が、あとになると、いわゆる不幸なときには、来るべき大きな幸運のための種を蒔いていたことがわかる。

あなたの人生でこの力強いダイナミックな変化が起こるようにするためには、過去へ向けての扉を閉じてほしい。

楽しく、ためになることだけを見につけていくのだ。悲しみや心の痛みは置き去りにして、未来を見て自分のものとするがいい。

2人生には、状況の組み合わせが無数にあることをいつも頭に入れておく一回失恋したり、一度機会を逃したり、そのほか不運な目に遭っても、それで勝つチャンスは永遠に終わってしまった、などと思わないことだ。

世界の偉大な人々は、最終的に成功へ向かう途中でも、失敗に失敗を重ねている。ハンディを負っていても、そのハンディを活かす道をとろうと決めれば、それは自分のためになる。

3失敗のことを話していると、失敗がやって来る。

成功のことを話していると、成功がやって来る失敗は、自分の失敗に固執することから生じ、囚人が足かせの鎖を引きずるように、人生についてまわるのが典型である。

失敗はまた、成功をした人間を羨み、それが失敗を生む。羨望と悪意は、富だけでなく心の平安まで奪い去ってしまう。どんな時代にも、失敗を成功に転化する法則は力を失うことはない。

事業自体が失敗というレッテルを貼られていても、成功を予見し、成功のことだけを話す人間の手にかかると、息を吹き返すはずだ。

4富と心の平安の間には、はっきりした関係がある強い関係がある、とはいっても、決して壊れないというものではない。

心の平安を得たいと思う人のほとんどすべてにとって、十分な金は必要だが、不正な手段で金を得たもの、あるいは正しい金の使い方をしない者からは、富は幸せを取り去ってしまう。

自分の仕事と富は、他人を助けるために使うこと。

とりわけ成功の段階を上る際には、他人を踏みつけにしないように気をつけることだ。正直といえないようなことをすれば、後ろめたい気持ちになり、幸せが破壊されることもある。

そうなっても過ちを犯した人間は、その過ちをきっぱり過去に置いて扉を閉めればよい。そして、二度と過ちを繰り返さない決意を持って、優れた目標や願望に向かって進めば平安はおのずと訪れるだろう。

5ほんの少し余分に進む仕事の場では特に、悩みや怒りの気持ちは、あなた自身が設定した目標や願望への意欲をズタズタにしてしまう。

余分にほんの少し進むということは心の中に巣食う障害を取り除く強壮剤的効果がある。収入以上の仕事をする。常に一段上に行くための姿勢を整えておくことだ。

成功する人というのは、恨みを抱いたり、全力を出し切ることを差し控えたりする人間ではなく、どんな行動や考えの中にも、向上へ向けての布石を敷いておく人を言うのである。

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