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第五章成績の悪いボクは劣っている。負けている

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第五章成績の悪いボクは劣っている。

負けている

[ドラさんの宿題]「機能価値」と「存在価値」をごちゃ混ぜにしない。

ありのままの自分を受け止める

「うちの課にも新入社員、入ってくるかなぁ」「新卒の女子、結構かわいいらしいじゃん。

うちにも配属にならないかなぁ」ツヨシとユウがニヤニヤしながら話している。

もうそんな季節か。

目標達成している二人はいいよなぁ。

そんなことを考える余裕があるんだから。

ボクは、そんなことよりも、三月末までに不足している売上の二千万円が頭から離れない。

夢の中にさえ繰り返し現れるのだ。

夢の中でボクは焦っている。

ランキングのビリから抜け出そうとあがいている。

そこへ五千万円のビッグな仕事が飛び込んでくる。

やった!目標達成だ!と思った途端にキャンセルの電話が鳴る。

ボクは打ちのめされた気持ちで……と、そこで目が覚める。

また、同じ夢を見た。

どうしよう。

このままでは最下位だ。

ボクのせいで一課の数字も未達成だ。

みんなに申し訳ない。

いっそ、ボクなんか会社を辞めてしまえば……。

「表彰状広告営業部達成率第一位……ツヨシ君。

貴殿は優秀なる成績を……」ボクは、表彰式の会場の最後列で背中を丸め、目立たないように、できるだけ小さくなっていた。

できればそっとしておいてほしい。

そこへ……。

「まぁだ、クヨクヨしてるの?リョウ。

元気出してよ!」リカがボクの背中をバシンと叩く。

うるせぇな。

放っておいてくれよ。

「やっぱ、ツヨシ君、一位だったね。

これで三クォーター連続トップじゃん。

かっけぇなぁ。

売れる男はビッとしているね。

こう、なんというか、ビッ!とね」つくづく自分が嫌になる。

結局、ボクは棚からぼた餅のポテンヒットのような受注で、ぎりぎりビリを逃れたけれど、結局ビリから三番目。

劣等生であることに変わりはない。

表彰台の上ではドラさんが現れて、敢闘賞やら新人賞やらのプレゼンテーターを務めている。

そうだ。

こんなときこそ、ドラさんの教えを実践するんだ。

まずは、できていないところではなくて、できているところに注目する。

ビリから三番目。

ビリではないぞ。

売上もゼロではなくきちんと一千万円以上売れている。

新規受注もツヨシほどじゃないけど三件あるし。

よし。

少し元気が出てきたぞ。

それから、リフレーミングって言ったっけ。

多面的に別な角度から見る、例のやつ。

そう。

失敗は経験でもある。

チャンスでもある。

そうだ。

今は、悔しさと力をためるときでもある。

他人の痛みをわかる経験をしている。

よし。

また少し元気が出てきたぞ。

でも、しかし。

やっぱり……。

ツヨシとボクは同期入社なのに、こんなにも差が開いてしまったことにどうしても目がいってしまう。

彼は同期で唯一のシニア・レップ(プレーイング・マネジャー)。

ボクはただの平社員。

彼は三クォーター連続トップ。

ボクは二クォーター連続未達成。

ツヨシはイケメンの塩顔。

ボクは普通の醤油顔。

比べれば比べるほど自分がみじめになるってわかっているけど、比べずにはいられない。

たった五年の間にこんなにも差が開いてしまうなんて。

そういえば、リカはツヨシの前だとちょっと女の子っぽいしゃべり方になる。

ボクにはわかるんだ。

あいつ、絶対ツヨシを意識しているって。

ボクに対してはタメ口で、男言葉でしゃべるくせに。

リカ、きっとツヨシのことが好きなんだ。

悔しいけど、ツヨシになら、リカを取られてしまっても……。

バシッ。

またもや背中を叩かれた。

「痛い!リカ!いい加減にし……ろよ。

あ、リカじゃない。

ドラさんじゃないですか!」「よぉ、よぉ、へぃ、リョウ、いつまで落ち込んでんだよぉ!よぉ!」ドラさんがリカのモノマネをしながら、ヒップホップアーティストのように人差し指を天に突き上げている。

しかし、リカにまったく似ていない。

ボクはモノマネに気づかないふりで、いつも通りに淡々と答えた。

「ドラさん。

落ち込むのは当然じゃないですか。

同期のツヨシがトップでボクはビリから三番目。

これで落ち込まなかったら、むしろそっちのほうが問題ですよ」深刻なボクなどまるで目に入らないかのように、ドラさんはいつものクリクリまなこでニッコリ笑っている。

この人はどんなときもそうだ。

「ふざけるな!こっちは真剣なんだ!」と怒鳴りたいけれど。

憎めないんだよなぁ。

どうしたらこんなにかわいらしい人になれるんだろう。

いやいや、そんなことはどうでもいい。

ボクとツヨシとの問題だ。

「ドラさん。

ボクたちは同期入社なのに、どうして、こうもデキが違うんでしょう。

ツヨシのところにはヘッドハンターから次々と電話がかかってきて、中には年収一千万円の提示もあると聞きました。

ボクはどうです?年収三百万円ちょっとの給料で、ヘッドハンターからの電話など一本もない」「リョウ君。

落ち着きたまえ。

今こそ、キミに出した宿題を試すチャンスじゃないか」「ドラさん。

申し訳ありません。

いただいた宿題、全部何度も試しています。

もちろん効果があるときもあるけれど、今回ばかりは無理です。

こんなに明確に差があっては」ボクはドラさんに猛反発をした。

ドラさんは相変わらずクリクリと瞳を動かしながら笑っている。

ボクの反発など柳に風、とばかりだ。

そしてこう言った。

「リョウ君。

たしかに転職マーケットでは、ツヨシ君は年収一千万円の価値があるかもしれない。

そして、残念ながらキミには年収三百万円分の価値しかないかもしれない。

でもね、そんなことはどうでもいいことなんだ。

転職マーケットなんて重要じゃないんだ」すこしずつ表情が真剣になり、声が大きくなっていく。

「ツヨシ君もキミも『人間として』はまったく平等だ。

優劣も上下もないんだよ。

どちらもかけがえのない世界で唯一の素晴らしい存在なんだ!」「売上が高かろうが、ヘッドハンターから電話があろうが、そんなことは一切関係ない!キミは『人として』ありのまま、そのままで素晴らしい価値があるんだよ!」ドラさんは、ほっぺたを真っ赤にして力説している。

でも、しかし。

今回ばかりはドラさんの言葉がボクを説得することはできない。

ドラさんは、きれいごとを言っているんだ。

違いは明確ではないか。

なのに「人間としては平等」だなんて。

そんな理想論を聞かされても信じられない。

ボクは彼よりも劣っている。

人間として負けているんだ。

ふと気づけば、周囲の同僚たちがドラさんとボクをじろじろと睨んでいた。

もう、ドラさんってば声が大きいんだから。

シーッ!ボクは口に指をあててドラさんをいさめた。

しかし、ドラさんはボクの人差し指を払いのけて、まだ真っ赤な顔で続ける。

「リョウ君!キミのお母さんがこの場にいたとしたらどうだ?ツヨシ君に比べてキミの価値が劣っている、と言うだろうか?え?キミを劣った人間だと言うだろうか?」母親と言われてボクはドキッとした。

たしかに、母はこれまでずっとボクの味方でいてくれた。

そしてこれからもそうだろう。

母から見て、ボクがツヨシよりも劣った人間であるわけがない。

でも、でも。

それは詭弁だ。

言い訳だ。

母はそう言うかもしれないけれど、世の中の多くの人は言わない。

ツヨシのほうに価値がある。

みんな、そう言うに決まってる。

「リョウ君。

とても大切な話だから、表へ出よう」ドラさんの表情は、これまで見たどれよりも真剣だった。

その迫力に気圧されるように、ボクは、はい、と答え、ドラさんの後についてエレベーターに乗り外へ出た。

三月末日の外の空気はまだひんやりとしていた。

東京駅の真上に白い月がとても大きく見えた。

「ドラさん。

表彰式、出なくていいんですか」「そんなものは、どうでもいい」ドラさんは、東京の、そして日本経済のど真ん中とは思えないほど下町然としたガード下を歩いて、ボロボロの赤提灯の店に入った。

ふと時計を見ればまだ夕方の六時前だ。

「おやじさん、熱燗。

それと、おでん。

適当に見つくろって」ドラさんはボクに飲み物の種類も聞かずに、まるで昭和の映画俳優のように言うと、まあつきあえよ、と笑った。

その笑顔はいつもとは明らかに違って、少しひきつっていた。

「リョウ君。

もう十年前になるかな。

ボクね、このおやじさんの前で、みっともないことに大泣きしたことがあるんだよ。

ね、おやじさん」「へぇ、そんなこともありましたかね」短く刈りそろえた白髪と黒髪がまじった、ゴマ塩頭のおやじさんは目を合わさずに、ごまかした。

ドラさんはお構いなしに、十年前の体験をぽつぽつと語り始めた。

「リョウ君。

ボクはね。

キミと同じ年齢の頃に、今のキミより、もっと売れない、ダメダメな営業マンだったんだ」ドラさんはおでんをつつきながら続けた。

「そのときのボクはいつもビクビクと怯えていた。

そして自分を責めていた。

会社に迷惑をかけている。

みんなからバカにされているに違いない。

そう思い込んでいた。

そんなボクを見るに見かねたんだろう。

突然、社長に呼び出されてね。

それまでほとんど話したこともなかった社長の前でボクは緊張した」「そしたら、この店に連れて来られたんだよ。

あのときもまだ夕方の五時頃だったと思う。

当時のオフィスは今のような立派なビルじゃなくてね。

この近所にあるエレベーターもないような雑居ビルだったな。

受注が一件もないのに、重い営業カバンを抱えて三階まで登るのがしんどくてね。

まあ、杯を空けなよ。

ほら」

ボクは酒を飲み干した。

空っぽの胃袋がきゅーんと縮むのがわかった。

話の続きが気になってドラさんの目をじっと見た。

「あぁ。

クビになるんだな、ボクは思った。

社長から直々に引導を渡されるってね。

そしたら社長がね、こう言ったんだ。

『おまえは絶対に会社を辞めるな。

おまえは要領は悪いけど、人として優しいやつだ。

それだけで十分だ』ってね。

そして、それ以上、一言も言わなかったんだ。

それから、べろべろに酔っ払ってね。

先に帰るぞ、って。

お勘定払って一人で先に出て行った」「そしたらね。

ボク。

何だかわからないけど、涙がボロボロと落ちてきてね。

止まらなくてね。

気がつけば声をあげて泣いていたんだ。

嗚咽が止まらなくてね。

ヒックって。

ちょうど、キミが座っている、まさに、その席だよ」ドラさんにそんなことがあったなんて。

社長がそんな人だったなんて。

そして、当時のドラさんと今の自分自身を重ね合わせてボクは何だか自分のことが切なく思えてきた。

ボクはドラさんのように自分をずっと責めていた。

ボクだって。

ボクだって、根は悪いやつじゃない。

営業成績は悪いけど、サボらずに頑張ってきた。

そんなボクをボクは他の誰よりも責めていた。

なんてひどいことをしていたんだろう。

ボクがボクを大切にしなくて、誰がボクを大切にするんだ。

ボクは、自分自身に対する自分の接し方について初めて気がついた。

「いいかい、リョウ君。

キミはね『機能価値』と『存在価値』をごちゃ混ぜにしてしまっているんだ。

言葉を換えるなら『Doing(やり方)』と『Being(あり方)』と言ってもいい。

キミは『Doing』が上手でなくて『機能価値』をうまく発揮できていないだけだ」「でも、そんなものは経験と訓練と努力で、いかようにでも変えることはできる。

焦る必要なんかない。

ましてや、自己否定する必要なんかみじんもない。

なのに、キミはそれだけのことなのに、なんと、キミの大切な、大切な『Being』つまりは『存在価値』までも否定してしまっている。

『営業成績が悪い人は人間としてダメな存在、劣った存在だ』と自分で自分の人格までをも否定してしまっているんだ。

それは大きな間違いだ」「キミは、キミでいい。

キミは今のままで素晴らしい。

売れようが売れまいが、欠点があろうが関係ない。

『Being』としてキミの『存在価値』は何一つそんなくだらないことで傷つけてはならない。

キミは素晴らしいんだ。

ボクはキミが大好きだよ!」そう言って、ドラさんはキューッと杯を飲み干した。

ボクは呆然としていた。

今、自分がどこにいて、何をしているのかも忘れて、ただ、ドラさんの言葉を反芻していた。

──キミは、キミのままでいい。

ボクはキミが大好きだよ!そのとき、突然、まぶたに母の顔が浮かんだ。

母は小さなボクを抱きしめながら、「リョウ。

私の宝物。

私の大切な、大切な、宝ポッチ」そう言って頬ずりをしている。

ボクは二つの下まぶたに涙がたまり始めたことに気づいて、あわてて顔を背けた。

ドラさんはボクの様子に気づいたのだろうか。

突然立ち上がり、頭上の棚におでこをしこたまぶつけて、痛い!と叫び、壁にドスンとぶつかった。

そして、照れ隠しをするように「お勘定!」と叫んだ。

お金を払うと「先に帰るぞ」と言って一人で出て行った。

ボクは必死に涙をこらえていた。

まだ、ドラさんの言葉が頭の中で鳴り響いている。

──キミは、キミのままでいい。

ボクはキミが大好きだよ!くそぉ。

何をやっているんだボクは。

「ご馳走さまでした!」カバンを抱えてボクは店を出た。

風が冷たい。

月がさらに大きくなっていた。

そして少し黄色くなっていた。

故郷の実家の玄関にある白熱灯みたいな温かい色だった。

ボクは唇を噛んでこの気持ちを忘れないようにしよう、と思った。

[ドラさんの宿題]「機能価値」と「存在価値」をごちゃ混ぜにしない。

ありのままの自分を受け止める

[コラム]機能価値と存在価値は別物機能価値と存在価値という分け方はアドラー心理学の用語ではありません。

しかし、アドラーの「勇気づけ」を理解するためにわかりやすい分類であるため、本書ではこの言葉を用いることにしました。

社会学者のフェルディナント・テンニースは共同体を二つに分類しました。

目標達成を追求する営利企業に代表されるゲゼルシャフト(機能共同体)と、存続や安心感を追求する地縁・血縁関係に代表されるゲマインシャフト(価値共同体)の二つです。

この二つは先の言葉を借りるならそれぞれに「機能価値」と「存在価値」を基盤に存在していると言えるでしょう。

現代に生きる私たちの多くは営利企業というゲゼルシャフトを生活の基盤としています。

そのため、企業の論理である「機能価値」を気にせざるをえません。

そして「機能価値」がすべてであると考えてしまいがちなのです。

しかし「機能価値」と「存在価値」は別物です。

会社での評価が高かろうが低かろうが、すなわち「機能価値」の高低をもとに「存在価値」が規定されるわけではありません。

たとえ人事上の評価が低くても、企業で働くことができず病床で寝たきりになったとしても、その人の「存在価値」は微動だにせず存在しているのです。

このことを理解でき、自らの「存在価値」を認めることができる人は、人間の土台がしっかりとしているので些細なことで揺らぎません。

しかし、この基盤ができていない人は「機能価値」の高低に一喜一憂し、常に感情が揺らぎます。

すると、ますます「機能価値」が発揮できなくなる悪循環に陥るのです。

解決策はただ一つ。

根拠なく自らの「存在価値」を認めることです。

アドラー心理学では、欠点も含めたありのままの自分を認めることを「自己受容」と呼びます。

それこそが、勇気を持つということなのです。

「機能価値」に左右され揺らいだままでは、決して自分を勇気づけることはできません。

本書でドラさんはリョウ君に対してこのことを力説します。

自らの存在価値を認め土台がしっかりしているドラさんと、それを認めることができず常に揺れているリョウ君。

さて、リョウ君は自らの存在価値に気づくことができるのでしょうか。

物語は続きます。

 

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