一級の美術品は全て永遠の「現代美術」である
さて、私がオークション・ハウスのスペシャリストとして長く過ごしたニューヨークと云う街は、如何なるアート分野に於いても宝島である事は間違いないが、その中でも特に「現代美術」の宝庫である。
それはアメリカと云う国の歴史と、この街の特性に拠る。
何しろこの街は「新しいモノ」が生まれ易い街で、それは多国籍・多宗教な住民達に拠る異文化混淆が、嘗て無いアートを生み出す土壌を作っているからだ。
そしてこの街は、アーティスト達を差別無く迎え入れるし、彼等への援助もする。
だが、其処に住む住民達の目は肥えていて、そう簡単には彼等を甘やかさない。
来たい人は拒まないが、生きていくには厳しい街なのだ。
そんな街で日本古美術のスペシャリストをしてきた私は、当然「日本美術」を何よりも愛しているが、しかし愛しているのは正直それだけでは無い。
お察しの通り、私の愛は現代美術にもかなり注がれているのである。
私が現代美術を大好きなのには、大きな理由が有る。
それは先ず、私が日々「死者のアート」を扱っているから。
つまり作者が既に死んでいる「古美術」の事で、確かにこの古美術と云うモノの魅力は、そのモノが辿ってきた歴史のロマンなのだから、古くて当たり前だ。
だが、これだけ古いモノを扱っていると、時折超新しい、出来立てほやほやの「生者のアート」を観たく為る。
これは古いモノを観続ける事に拠って、私の「眼」が慣れて仕舞い、新鮮さを失って仕舞う事への危機感、と云っても良い。
そして現に現代美術を観る事に拠って、私の眼は「更新」され、また新たな視点で古美術を観る事が出来る様に為るのだが、この現代美術と云う「生者のアート」は、何時でも私が古美術を観る際に最も大事にする事を思い出させてくれる。
それは、「全ての美術品は、作られた時は〝現代美術〟である」と云う事だ。
これは当然の様でいて、忘れられがちな事実ではないだろうか。
例えばモネが《印象・日の出》を描いた当時、彼はバリバリの、然も大ブーイングを受けていた現代美術家だった。
また国宝《松林図》を描いた長谷川等伯は、当時能登から出てきた一介の新進絵師だったが、永徳率いる狩野派が牛耳るアカデミズム全盛の都のアート・ワールドに打って出た、カッティング・エッジなアーティストだった。
そしてその等伯を応援したのが、これまた当時稀代の、いや日本美術史上最高最大のアヴァンギャルド・アーティストと云っても良い、千利休であったのだ。
杉本博司氏等がその利休と、現代美術の父と称されるマルセル・デュシャン(前述の通り「男子トイレ」をアートにした作家)を並び称する理由は其処に有る。
利休はそれ迄の唐物(中国美術)偏重の茶の湯の常識を根底からひっくり返し、例えば小間茶室の導入、今焼茶碗(長次郎)や高麗茶碗、即興的に制作した竹花入等の新しい道具の使用等の、嘗て無かった価値観や芸術性を確立したからである。
その点で、今の茶道は一部の茶人を除いて、利休を「茶聖」と崇め、利休に学べと云いながらも、その最も重要な思想である「前衛性」と「革新性」を無視し、通り一遍のお茶に終始している様に見える時が有る事が、私には残念なのである。
少し話が逸れたが、この様に如何なる「古美術」もできた時は当然「現代美術」だった訳だが、今その古美術を観た時に、ハイ・クオリティの現代美術を観ている様な「新鮮さ」と「斬新さ」を感じられる作品に限って、古美術品としても一流なのである。
それはその作品を長い年月残してきたオーナー達の眼がそれを感じてきたからで、一流品の「フレッシュネス」はどれだけの時を経ても無くならない。
また同じ意味で、今度は逆に今現代美術を観る際、「この作品が一〇〇年後、いや五〇〇年後にその新鮮さや斬新さが失われ、〝古臭く〟感じられないだろうか?」と考える事も大切だ。
すなわち、「現代美術」は「古美術」に為った時に或る意味真の評価が得られるからで、この事は「美術史」が証明している。
なので、現代美術(市場)を美術史から切り離して語る事は、非常に危険な事だと考えている。
私のお薦め鑑賞法
美術の鑑賞法に就いては、仕事柄もあり、頻繁に聞かれる。
私からお伝え出来る事は、先ずひとつにはとにかく良いモノを沢山観ましょうと云う事で、これは前述の通りである。
もう少し具体的に、例えば美術展での鑑賞法のヒントを聞かれる事も有る。
この時に云うのは、先ずは展示室ごとに自分の好きな作品を決めてみては?と云う事である。
例えばピカソ展に行くとする。
最初の展示室を見て、その部屋を出る時に、自分が好きな作品を一個覚えておくなり、一寸書き留めておくなりするのだ。
自分個人の好き嫌いで構わない。
そうして、次の部屋に行く迄に、一分でも二分でも良いから、何故自分はこの作品が好きだと思ったのか?に就いて考えてみる。
出来ればノートやメモ帳(会場で禁止されていなければスマホでも)に書いてみる事をお勧めする。
色が良かったとか、構図が良いとか或いは其処に描かれた女の子が可愛らしいとか、何でも良い。
それから、次の部屋に進んでみる。
これを展示室ごとに続け、展覧会を観終わったら、今度は展示全体の中で自分の記憶を辿り、どれが一番良かったかを考えてみる。
もしくは其処迄に挙げた展示室ごとのマイベストを、一〇個なら一〇個、今一度来た道を戻って観直してから、決めるのも良いだろう。
その上で、何故それが一番だったか、改めて考えてみましょう、と云うのが私のお薦め鑑賞法である。
これをやると、先ず、漠然としていた部分も含め、自分の好みや感性が判ってくる。
また、出来るならば図録も手に取って、その作品の解説を読んでみる。
その解説に拠っては、「ああ、こうだったのか」「それなら此方の作品はやっぱり凄いな」と自分の意見がまた変わるかも知れない。
それを繰り返していく事で、自分なりの作品の見方と、自分の美意識の様なものが判ってくると思う。
何しろ自ら気になった物、気になった事を印象づけていく事だ。
これに拠って「眼」ができてきて、知識も増えていくだろう。
出掛ける前に勉強して行くのも、勿論良い。
例えば、ピカソがどう云う人だったのか。
ただ、其処に展示してある作品を一個一個前もって勉強していくのは多分難しいだろう。
能や歌舞伎では、知らない演し物を観る時は必ず前もってあらすじを勉強して行く方が良いと思う。
けれども、美術展は中々そうはいかないし、私はそれで良いと思う。
だが、先の鑑賞法を実践すれば、次に違うピカソ展を観に行った時には、もう或る程度の経験値が増えている筈だ。
他のアーティストでも、他の時代の美術も同様で、印象派でもポップ・アートでも、日本の室町時代美術でもいい。
少しずつ経験を重ねていく事で、どんどん自分の中で作品の受け止め方が明確に為って行き、「観る」面白さが出てくると思う。
私自身、最初の最初は何をどう観るのが良いか判らなかった。
本書でも書いた通り、小さな頃から父親に色々と仕込まれたと云うのはあったけれど、或る時から自分ひとりで、父親とは全く別の分野、それこそアンディ・ウォーホルの展覧会等に行くと、まあこれが判らない。
勿論、何と無くカッコ良いとは思うけれど、自分はどれが一番凄いと思うか、何故そうなのかと云った事はぼんやりしている。
それを考えたり、図録を読んで、コンセプトや技法等、色々な事を段々と学んだりする内に、少しずつ見方が変わってくる。
矢張り最初の一歩、二歩と云うのは、このやり方が良いと私は思う。
そうして自分だけの「鑑賞ノート」みたいな物を作れば、その瞬間瞬間は勿論、後々も楽しめると思う。
ジャンルは限らなくて良い。
むしろ色々な分野を観た方が絶対に良いと私は思っている。
どんな分野でも、良いモノは良いのだから。
常々感じるのは、どんな分野のアートでも、仮に全人類が観たとして、その多数が「凄く良い」と思う作品が、後世迄残っていくのではないかと云う事だ。
例えばルーブル美術館に行くと、そう云う作品に沢山出会う。
旨く云えないが人間には、美しい、とか凄い、と云った、人類共通の「感動の琴線」みたいな物が存在するのでは無いか?と思っていて、其処にリーチしない作品は中々残っていかない気がする。
そして、そうした共有出来る感覚も、また一人ひとり異なる感性や美意識も、良い作品を沢山観て行く事で、より磨かれていくのだろう。
「ホンモノ」を見抜く眼力の鍛え方
近年、展覧会ではイヤホンガイド等を提供する企画も多く、それはそれで聞いてみるのも良いと思う。
其処で語られる事や、語り手(企画側)が何故これらを素晴らしい作品だと評価しているのかを聞く事は参考に為る。
だが大切なのは、それプラス、ガイドに追従するだけでなく、自分自身が素晴らしいと思うモノを選ぶ事だと思う。
率直に云うと、これは多くの日本人に最も欠けている所だと感じる。
アメリカ等外国のコレクターは、「誰が何と云おうが私はこれが好き」と云う気持ちで買う人が多い。
例えばジョー・プライス氏のプライス・コレクション(現出光美術館蔵)がそうで、彼は元々、既に国際的に評価の高かった物ばかり集めていた訳では無い。
むしろ己の美意識による蒐集活動の末に、若冲等の評価が起きた訳で、(彼がそう思ったかどうかは判らないが)「私の眼は確かだった」と云う様な事に為るケースも有るのだ。
前述したように「全ての美術品は、作られた時は〝現代美術〟である」と云うのが私のポリシーで、その現代性が時代を経ても失われない物が、一〇〇年、一〇〇〇年経っても残って行くのだと考えているが所謂アウラと呼ばれるものも、其処に繫がるのではないだろうか。
これは万人受け、と云うのとも少し違っていて、例えばレオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》を観る時、皆あれが名画だと既に認識しているから「凄い!」と思うけれど、誰もがあの絵自体が本当に美しいと、描かれた女性が綺麗だと思うかと問われれば、あながちそうでは無いと思う。
また、カラヴァジオの名画にしても、仮にあれを家に飾って毎日共に過ごしたいかと聞かれたら、どこか陰鬱な感じも有って怖いな、と思う人も居る筈だ。
それはそうなのだが、矢張りこれらの絵が持つ魔力の様なものが有って、何百年間に渡って、目利き達が「これは捨て置けん」と大切に残してきたからだと思う。
一方、逆のケースと云うか、それが始まる時期が大分遅い場合もある。
例えばゴッホの様に、生きている時は絵が殆ど売れなかった作家を、たった一〇〇年位で皆が素晴らしいと賞賛する様に為り、値段も何億、何十億円にも跳ね上がった。
この辺りは興味深くも、中々難しい問題である。
オリジナルが放つアウラは複製出来ない
美術品の修復と、文化財保護を目的としたデジタル複製に就いても少し記しておこうと思う。
先ず、両者は全くの別物であると云う事を強調しておきたい。
修復と云うのは飽く迄オリジナルの傷や汚れに対応する措置である。
特に古美術の世界では、これもやり過ぎると経年変化による「古色」の魅力が無く為り、味わいが無く為り、つまらなく為ってしまう事も有る。
実際、国宝の掛軸の裏打ちを代える等綺麗にやり直したら、余りに平面的に為って仕舞った、と云う事も起きている。
故にクリスティーズでは修復の際も、なるべく現状の良さは残し、そうした事が起こらない様に留意している。
一方、近年は文化財の保護等の観点から、古い襖絵等をデジタル情報化し、超リアルな複製品を制作すると云う動きが有る。
これは作品保存の観点から現物展示に制限が有る物に就いて、より多くの人々に鑑賞機会を与える為とされる。
また万一、現物が損傷、焼失等の憂き目に遭った時も、嘗ての姿を共有出来ると云う事だろう。
その事自体に異議を挟もうとは思わない。
唯、其処で忘れてはいけないのは、そうした「複製」はどんなに精巧でも複製であり、本物では無いと云う事だ。
そして、一〇〇〇年も二〇〇〇年も「本物」と暮らしてきた日本人の美意識と云うのは、矢張り複製を通しては培われ得ないのではないだろうか。
仮に近い将来、長次郎の茶碗の3Dコピーが、形ばかりか重さも質感も殆どそっくりに再現出来たとする。
それでも、長次郎その人が作ったものと比べて、それこそアウラ的なものが感じられなくなって仕舞ったら、矢張りその作品を通じて培われた美意識は潰えるのではと私は思う。
それでも、「何時かオリジナル作品は劣化するし、もしくは災害等で消失して仕舞うかも知れないのでは?」と云う考えも判らなくは無い。
ただ私等は、それが故に、時代時代で新たな美術品が生まれてきたのではないか、とも私は思うのである。
かの長谷川等伯にしても、狩野派が主流だった時代に能登から出てきた時、利休や大徳寺の僧侶が、彼に絵師としての見どころがあると見抜き、採用して描かせたから、今国宝《松林図》が残っていると云える。
また、壊れた器を継ぎ直して金漆で修復し、新たな美を創り出す「金継ぎ」等は、日本独特の「直しの文化」があったから発展した「美の技術」だ。
そう云う事から遠く離れ、複製を人々に観せておいて、「本物」はただ厳重に保存しておけば良いと云うような考えには、矢張り全面同意し難いのが本音である。
其処では、作る側だけではなく使う側、観る側の「本物からのみ得られる美意識」みたいなものが失われつつあるのでは、と危惧してしまうのだ。
出雲阿国からデコ携帯迄
美術の話とはまた別に、しかしどこかで繫がっているかも知れないと思うのは、現代日本の其処彼処に見られる画一化の様相だ。
大きな範囲で云えば、西洋化された生活形態もそうだし、身にまとうファッションもフォーマル、カジュアル問わず、似た様な格好をした人が目立つ(外国の友人が日本に来ると、例えば若者の多い渋谷あたりに行っても「何故、皆が同じ様な格好をしているの?」と云われる)。
お洒落かも知れないが、其処に個性が余り無くなってきている様にも思う。
しかし、これ迄の日本人の生活の中には、自分が本当に好きな道具を身の回りに置いて生きていく暮らしがあった。
だからこそこの国では、道具がアートに為っていったのだと思う。
「其処の壁が空いているから、何か掛けておくアートが必要だな」と云うより、例えば其処に置いてある硯箱に美を見出して、色彩なり文様なり、より自分の美意識に合う道具を選んだりして生活してきた筈だ。
勿論今は硯箱を使う人はそう居ないが、今でも暮らしの各所に道具は有る。
有るのだが、「自分が使うお皿はこれじゃなきゃ」と云ったこだわりが随分減ってきたのではないだろうか。
一時期流行った「デコ携帯」も、初めて見た時「うわ、これは何てジャパンなんだ」と思った。
刀剣の鍔や印籠等、限られたスペースにいろんな意匠を凝らして、個性的にするのは日本人の得意技だ。
だから、デコ携帯を前に「これって現代の印籠じゃないのか?」等と思ったのである。
つまり、日本人には未だそう云う面白い美意識と感性が息づいているとは思うのだが、最近はそうした物も中々登場しない気がしている。
斯く云う自分はどうなのだと云われると、大した事はしていないが、コムデギャルソンの派手な蛍光ピンク色の、お札を折らないと入れられない財布を愛用している。
こう云っては何だが、一応世界的オークション・ハウスの日本法人の社長を務める人間が、お客様の接待等で支払い時にこんな財布を出してくると、「こんな財布持たないで、ちゃんと黒革の長財布みたいな物を使いなさい」と云われたりするが、「いや、私はこの財布が凄く気に入っていますし、このブランドのクリエイティヴィティを尊敬しています。
それにこの目立つ色のおかげで、タクシーで落としたりしても直ぐ判るので」と云って使い続けている。
そう云う位の事から始まる「自分らしさ」が有っても良いと思うのだ。
バンクシーが投げかける意味
アートと美意識と云う事に関連して、世界的に有名な覆面アーティスト、バンクシーの「シュレッダー裁断事件」に就いても何か書いてみないか、と云う本書編集担当氏の提案があり、思う所を述べてみたい。
知らない読者の為に簡単に説明すると、これは二〇一八年一〇月、サザビーズが開いたロンドンでのオークション会場に於ける出来事だった。
出品されたバンクシーの絵画作品《風船と少女》は、ふたりの電話入札者の競争の末、事前予想の三倍にあたる一〇四万二〇〇〇ポンド(約一億五五〇〇万円)で落札。
しかし、落札を告げるハンマーの音と同時に、会場にアラーム音が鳴り響き、何と絵の額縁に仕込まれていたシュレッダーが起動して、《風船と少女》の下半分が裁断されたのである。
バンクシーは自身のInstagramで「破壊の衝動は、創造の衝動でもある」と云うピカソの言葉と共に、額縁の制作過程とオークション会場の様子を撮影した動画を投稿。
「競売に掛けられる事に備え、作品の中に数年前からシュレッダーを潜ませていた」と明かした。
ライヴァル会社のオークションでの出来事なので、詳細は判らないし、余り否定的な事を云うつもりも無い。
が、この件で騒ぎまくっている日本のメディアに辟易している身として、敢えて個人的意見として云うなら、私はあれは一種のショーだったと思っている。
何故かと云うと、オークションに出る作品は、カタログをする(スペシャリストが作品の素材・材料、サイズや状態、作家名等を調べ、基本データを作る事)際に私の様なスペシャリストが作品を必ず事前に綿密にチェックするので、額縁の中にシュレッダーが入っていたのに気付かない、と云う事は略あり得ないからだ。
もし見逃していたのなら、そちらの方が一流オークション・ハウスで雇っているスペシャリストのレヴェルとして大問題である(時限爆弾でも入っていたら、どうするのだろうか?)。
だから、会場に来ている人々はどうあれ、バンクシーだけで無く、オークションの主催者であるサザビーズ側もあれが起こる事は絶対に判っていた。
謂わば演出だったのではないだろうか、と云うのがスペシャリストである私の見解だ。
バンクシーと云う、所謂ストリートアーティストの作品が、商業的にも価値を持っているのは事実である。
神出鬼没で、街角の壁等に、世の中の可笑しな所を揶揄する様な表現を続けていて、多くの場合非合法的制作である点は兎も角、私としてはバンクシーのそうしたアナーキーな活動は割と好きだったが、この裁断事件の様に何か仕組まれる感じだと、一寸複雑な心境だ。
まあ、バンクシーと云う覆面アーティストが、果たしてひとりなのか、或いは複数人から為るグループなのかも判らないとすれば、何とも云えない所もあるが……。
なお、この件では前述の通り、バンクシー本人が犯行声明とも云える発言をソーシャルメディアでした訳だが、彼(彼女?)の様なアーティストがストリートで制作した作品の真贋を問う事は、謎のヴェールの向こうに居る本人が発言しない限り、難しい事でもあろう。
二〇一九年の一月、東京都・港区でバンクシーによるものではとされる《アンブレラ・ラット》(傘をさすネズミ)の絵の存在が公になり話題に為った。
東京都が保護・展示等をした事で賛否両論を呼んだが(序でに都知事は、落書きと云う「迷惑防止条例違反」に就いては、何も問わなかった)、その真贋は明らかに為っていない。
バンクシーはその真贋や美意識を考える上でも、私が扱ってきた美術品とはまた違う視点を与えてくれる作家だと云う事は、云えるだろう。
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