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第二章 部下育成を支える基礎理論フィードバックの技術 基本編

目次

第二章部下育成を支える基礎理論フィードバックの技術 基本編

部下育成の基礎理論:「経験軸」と「ピープル軸」で考える

第一章では、なぜ現代のマネジャーが部下育成に苦しんでいるのか、その社会的な原因と考えられる仮説を述べるとともに、その問題を解決するには、フィードバックがカギを握ることをお話ししました。

本章では、フィードバックのやり方について具体的に論じていきたいとは思いますが、その前に、部下育成の基礎知識について学ぶことにいたします。

「パワフルな武器」を手にしていても、それだけではその武器を使いこなすことはできません。

フィードバックの効果をさらに高めるためには、そもそも「部下は仕事の現場でいかなる場合に育つのか」、その基礎・基本を押さえておくことが大切です。

読者の皆さんの中には、「そんなことはわかっているよ」と思う方もいるかもしれませんが、そのメカニズムを整理して話せる人は、かなり少数です。知っているという方も、おさらいのつもりで、ほんの少しだけおつきあいください。

さて、それでは部下育成の基礎理論・原理原則とは何でしょうか。専門的にはさまざまな議論がありますが、私が管理職の方々にお伝えしたいものは、二つだけです。それは「経験軸」と「ピープル軸」です。

部下育成を行うときには、この二つの軸─経験軸とピープル軸をしっかり押さえてください。

自分が育てようとする部下を「経験は足りているか?」「ピープルは十分か?」という二つの方向から考えるくせをつけてください。

経験軸──部下に適切な業務経験を与えているか?

まず「経験軸」とは、「部下を育成するためには、実際のリアルな現場での業務経験が最も重要である」という考え方です。

拍子抜けしそうなほどの常識ですが、しかし、マネジャーの中には、「研修」や「教室」での授業で業務がうまくできるようになると考えていらっしゃる方はいないでしょうか。

実は、三十年ほど前まで、人材開発の世界では、研修や教育プログラムの研究や評価が非常に盛んでした。

つまり、部下育成は「研修」や「公式のプログラム」の果たす役割が大きいと考えられていたのです。

それが二十年ほど前に見直され、やはり「業務経験こそが最も大きな成長の資源である」という考え方が広まってきました(注 15 )。

こうした考え方は、少し前まであまり一般的ではなかったのです。人材開発の世界では、業務経験から学ぶことを「経験学習」といいます。

どんなに洗練された教育プログラムがあったとしても、「経験学習」に勝る教育はありません(注 16 )。

「経験軸」とは「経験学習」の重要性を主張する考え方です。

その次に、「業務経験が成長の資源」であることはわかったけれども、部下には、一体、どんな業務経験を積ませることが「適切」だと言えるのでしょうか。

経験学習の理論は、この問いに対して図表 9のように答えます。図中左のバーは「現在の能力でできる業務」のレベルを表しています。

対して、右のバーは「ちょっと無理をすれば何とかこなせる業務(背伸びしてできる業務)」のレベルを示しています。

経験学習には、このように「現在の能力でできる業務」のレベルよりも、すこし高めの業務(背伸びしてできる業務)を任せていくことが重要です。

「現在の能力でできる業務」と「ちょっと無理をすれば何とかこなせる業務」の間のレベル差のことを、「ストレッチ経験」といったり、「背伸び経験」といったりすることがあります。

要するに、部下の能力を伸ばすためには、少し背伸びしなければならない難易度の仕事を任せていかなくてはならないということです。

この考え方の理解をさらに深めるため、この状況を別の図でも表現してみましょう。

次の図表 10は、仕事を割り当てられたときの部下の心理状態を大きく三つに分けて表したものです。

まず、一番真ん中の「コンフォートゾーン(快適空間) 」とは、その仕事をしていても、さほどストレスを感じない心理状態を表しています。

何度も経験してきてやり慣れているルーチンワークや、プレッシャーのない事務仕事などをしている状態がこれに当てはまります。

たとえまったく新規の仕事だったとしても、これまでの業務経験やノウハウに当てはめれば、それほど苦労なくできてしまうことが予想される仕事でも、このような心理状態になるでしょう。

コンフォートゾーンのままでいられる仕事では未知のチャレンジをする必要がありません。

だから、「どんな結果が出るかわからなくて恐い……」という恐怖やストレスを感じることがありません。

仮にトラブルが起こったとしても、ある程度は予見できますから、冷静に対処できます。

こうした仕事をしているときは、ほんわかとした気持ちになり、心地よさすらあります。

一方、一つ飛んで同心円の最も「外側」にあるのが、「パニックゾーン(混乱空間) 」です。与えられた仕事が、失敗するリスクが高く、強い不安やプレッシャーを感じるような心理状態です。

「今まで経験したことがなく、どうすれば完成にこぎつけられるのかがまるで見えない」「自分の能力よりもはるか上をいっている」「納期が短すぎて期日までに終わる見通しがまったくつかない」「必要なスタッフの質も量も全然足りていない」といった仕事を与えられたときに、こんな心理状態に陥ります。

「コンフォートゾーン」でいられる〝ぬるま湯〟の仕事を与えても部下が成長しないのは言うまでもありませんが、「パニックゾーン」に陥るような仕事をさせても、部下はなかなか成長しません。

あまりに失敗するリスクが高すぎると、よほど強靭なメンタルを持っている人でない限り、悪いことばかりが頭をよぎり、本来の能力を発揮できなくなるからです。

かつては、人材育成の業界では「精神論」や「根性論」が横行し、「部下を成長させるには、二階に上げてハシゴを外せ」といった言説がもてはやされた時代もありましたが、それがうまくいったのは、何もしていないように見せかけて、実は影で手厚いフォローをしてくれるようなマネジャーがいたからです。

それも仕事の時間に余裕があったので、そういうマネジャーが存在できていたわけです。

厳しい仕事を任せて、ほとんどフォローしないでほったらかしたりすれば、部下はメンタルをやられて出社拒否を起こしたり、不満を爆発させて逆ギレしたりするだけです。

それを見て「最近の若い者は情けない」などと言う上司は、あまりにも無責任です。それでは、どんな業務経験を与えれば、着実に成長できるのか。

正解は、コンフォートゾーンとパニックゾーンの中間に位置する「ストレッチゾーン(挑戦空間) 」の心理状態になるような仕事を与えることです。

ストレッチゾーンとは、適度にチャレンジや背伸びをしているときの心理状態のことです。

できるかできないか多少の不安はあるけれど、それよりも成長している実感や、新たな仕事を遂行できるワクワク感の方が勝っている心理状態です。

わからないことはたくさんあり、うまくいくかはわからないけれども、今まで磨いてきた能力を最大限に発揮すればなんとか太刀打ちできる。

そんな仕事をしているとき、このような心理状態に入っていきます。

ですから、マネジャーは、どのような仕事を与えれば、部下が「ストレッチゾーン」になるかを常に考えて、仕事を割り振らなければなりません。

オーストラリアのテニスチームの監督を二十五年に渡って務めたハリー・ホップマンという人がいます。

彼は、テニスの四大大会で年間グランドスラムを二度も達成した唯一の選手ロッド・レーバーや、四大大会を一七度も制した〝悪童〟ジョン・マッケンローを育てた名伯楽ですが、彼はまさに選手を「ストレッチゾーン」に入れる名人でした。

練習のときに、「選手が伸ばしたラケットのボール一個分だけ先に、ボールを出す」「それに届いたら、さらにボール一個分だけ先に」と、選手が打ち返せたときに自信になるようなところにボールを打ち、その能力や精神力を鍛えていったのです。

これと同じように、マネジャーも、部下には「能力よりも少し高いレベルの仕事」を与えていく必要があるのです。

ピープル軸──「点」ではなく、「面」による部下育成

部下育成のための基礎理論の中でもう一つ大事な原則があります。それは「ピープル軸」と呼ばれる原則です。

ピープル軸とは、ワンセンテンスで申しあげますと、「人が業務の中で成長するのは、職場の人たちから、さまざまな関わりを得られたときである」という考え方です。

先ほどの経験軸は部下成長の資源を「経験」に求めましたが、ピープル軸では、これを「人」に求めます。

職場の中で「人と人の関わりの量」や「人間関係の質」が良ければ良いほど、人は、さまざまな気づきを得て成長するきっかけを持ちます。

中には「孤高の人」もいるのかもしれませんが、一般的には、人は「孤独」の中からは学べません。

コミュニケーションや関わりのあるところにこそ、学びがあり、気づきがあります。それでは、人は、職場で他者からのどのような支援を必要としているのでしょうか。

ここでは筆者の研究を例に挙げて、人にはどのような職場での支援が必要なのかを考えてみたいと思います。

筆者の研究(注 17)によれば、職場で人が育つためには、三つの他者からの支援が必要であることがわかりました。

大きく分けて「業務支援」「内省支援」「精神支援」の三つです(図表 11)。

一つ目の「業務支援」とは、相手が持っていない専門知識やスキル、情報などを教えることや助言することです。これはどちらかというと、一方向的な情報の提示に近い概念です。先述したように、経験の浅い人であればあるほど、人は、情報を必要とします。

内面に何ら経験や知識が蓄積されていないのに、自分の頭で考えることはなかなか難しいものです。

二つ目の「内省支援」は、客観的な意見を通知したり、俯瞰的な視点や新たな視点を提供して、本人の気づきを促す支援のあり方です。

これは上司や先輩、はたまた場合によっては同僚などから、自分の気づかない点、自分の盲点の指摘を受け、自分の行動や認知のあり方を振り返ることです。

三つ目の「精神支援」は、励ましたり、褒めたりすることで、部下の自己効力感や自尊心を高めることです。

人が育つためには、これらの支援を上司や先輩など職場の他者から過不足なく、バランスよく受けることが大切といえます。

業務支援が足りないと必要な業務知識が得られませんし、内省支援が足りないと、先述したような「内省」が十分に行われなくなります。

また、精神支援がないと、落ち込んだり、自信をなくしたりする状態が続くので、心を病んでしまう可能性もあります。

一見当たり前のように感じるかもしれませんが、あなたの職場の業務支援、内省支援、精神支援は十分足りているでしょうか。

さて以上、部下育成の基礎理論を学んできました。部下育成のためには、これまで述べてきたように、「経験軸」と「ピープル軸」の両面から育成環境を整えることが非常に重要です。

すなわち、部下をストレッチゾーンに入れるような業務経験を与え、「業務支援」「内省支援」「精神支援」を得られるような育成機会を準備すれば、理論上、部下は育っていくはずです。

これを二軸で表現すると、図表 12のようなマトリクスが得られます。

縦軸に「経験軸」、横軸に「ピープル軸」をとり、この二軸によって四つの空間──「成長職場」「挑戦させすぎ職場」「かまいすぎ職場」「非成長職場」が得られます。

ぜひ、あなたの職場がどのような状況かを振り返ってみましょう。

さて、それではこれらの基礎理論が、本書のテーマでもある「フィードバック」とどのような関係があるのか、見ていくことにしましょう。

部下育成の基本理論とフィードバックの関係

第一章の復習になりますが、フィードバックという言葉は、次の二つの要素から成っています。

1.【情報通知】

たとえ耳の痛いことであっても、部下のパフォーマンス等に対して情報や結果をちゃんと通知すること(現状を把握し、向き合うことの支援)

2.【立て直し】

部下が自己のパフォーマンス等を認識し、自らの業務や行動を振り返り、今後の行動計画をたてる支援を行うこと(振り返りと、アクションプランづくりの支援) では、これら二つの要素は、部下育成の基本理論や原理と、どのような関係にあるのでしょうか。

まず「経験軸」の方から見ていきましょう。

「経験軸」で見てきたように、人が業務能力を高めるためには「ストレッチのある挑戦」に向かうことが重要です。

人はコンフォートゾーンに安住していては、能力を高めることができません。「日常の惰性」を何らかのかたちで越え、挑戦を行うことがまず重要なのです。しかし、難易度の高いストレッチの仕事というのは「諸刃の剣」でもあります。

まず、それは、その困難度やハードルの高さゆえに、それに取り組んでいる間は、取り組んでいる本人には、何がうまくいって、何がうまくいかなかったのか、また現在、自分がどのような状況にいるのかが「不可視」になりがちです。

仕事に追われ、困難さにたじろいでいる間に、「試行錯誤の迷路」に迷い込み、自分の「立ち位置」がわからなくなってしまうのです。

故に、挑戦し試行錯誤をしている彼らには、自分がどのような状況にあるのかに関する客観的な情報が必要になります。

また、難易度の高いストレッチの仕事とは、当然のことですが、失敗につながる可能性が高くなります。

しかし、誰しも人間ですので、失敗した経験に向き合うことは非常に難しいのが現状です。

ついつい、自分のしてきたことや結果から目を背け、なかったことにしたり、他人や環境のせいにしたりすることが起こります。

ここで必要になるのが「フィードバック」の構成要素のうちの「情報通知」です。

「情報通知」では、マネジャーであるあなたが、部下の行動やパフォーマンスに関する情報を客観的に伝え、彼らが現実と向き合うための支援を行います。

挑戦を行い、失敗の入り込む余地が増えるからこそ、そこにフィードバックが必要なのです。

本人の成長にとって最も重要なことは、外部からの情報通知によって、自分の行動に乗り越えるべきギャップが存在することを認識し、自分の行動や結果にしっかりと「向き合うこと」です。

フィードバックの第一の要素は、これを支援します(注 18)。

次に、「ピープル軸」の方を見てみましょう。ピープル軸では、「業務支援」「内省支援」「精神支援」という三つの異なる支援を他者から受けることが重要であるという考え方を学びました。

ここでフィードバックに視線を戻してみると、「情報通知」とはピープル軸の「業務支援」に、「立て直し」とは「内省支援」と「精神支援」に近いことがわかります。

以下、これを順に見ていきましょう。「情報通知」では、一般に部下の現状を伝え、めざすべきゴールを意識化させる働きかけが行われます。

多くの場合、こちらから情報を提示しているので、「業務支援」に近いものです。また、経験の浅い部下の場合には、それだけでは不足することもあります。

その際に必要なのがティーチングであり、助言や指導です。これも「業務支援」に近い考え方です。

一方、「立て直し」ではいかがでしょうか。

立て直しでは、一般に、部下が自己のパフォーマンス等を認識し、自らの業務や行動を振り返り、今後の行動計画をたてる支援が行われますが、これは先のピープル軸における「内省支援」と符合します。

また、部下が今後の行動計画をたてる際には、それらを承認し、自己効力感(自分はやればできる! と思う感覚)を高めてあげる必要があります。

その意味では、フィードバックにおける「立て直し」は、「精神支援」を含む概念になります。

このようにフィードバックは、部下育成の基礎原理である「経験軸」や「ピープル軸」と密接な関係を持っている部下育成法ということになります。

しかし、ここで最も重要なことは、フィードバックだけを与え続けても部下の成長を望むことはできないということです。

私たちは部下育成の基礎理論・原理原則にのっとり、適切なタイミングでフィードバックを行う必要があります。

具体的には、私たちは、部下にストレッチを含む経験を提供し、結果に関する情報通知や振り返りを促し、彼らの自立をサポートしていかなくてはなりません。

フィードバックを通じて、成長に資する資源を部下に提供しなくてはならないのです。

それでは、次はいよいよフィードバックの具体的なやり方について考えてみることにしましょう。

耳の痛いことを伝えて立て直すフィードバックの技術

それでは、相手のパフォーマンスの向上につながるようなフィードバックを実際に行うには、どんなことを意識すればいいのでしょうか。

結論から示せば、

【事前】……情報収集: SBI情報の収集

【フィードバック】 信頼感の確保 事実通知:鏡のように情報を通知する 問題行動の腹落とし:対話を通して現状と目標のギャップを意識化させる 振り返り支援:振り返りによる真因探究、未来の行動計画づくり 期待通知:自己効力感を高めて、コミットさせる

【事後】……フォローアップ となります。

ここで大切なのは、次の図表 13のように「フィードバック」は事前と事後をも含めてフィードバックであるということです。

フィードバックはパワフルな部下育成方法ではありますが、そのやり方を間違ってしまうとパフォーマンスの向上にはつながりません(注 19)。

そのために、これらのポイントを一つひとつ詳しく見ていきましょう。

【事前】観察による情報収集:フィードバックのための SBI情報の収集

まずフィードバックをするときに最も大切なことは、「フィードバックから始めない」ことです。

なにやら「禅問答」のようになってしまいましたが、要するに、フィードバックは、フィードバックにおける事前準備が最も大切であり、そこから勝負が始まっているということです。

なぜなら、相手に刺さるようなフィードバックをするためには「できるだけ具体的に相手の問題行動の事実を指摘すること」が必要だからです。

よって、私たちはフィードバックを行うために必要なデータを、事前に部下の行動を観察することで徹底的に収集していくことが求められます。

たとえば、最近あまり積極的に営業に向かわない部下に、「最近やる気ないんじゃないか?」「もっと熱くなれよ!」などというフィードバックをする人がいます。

が、こんな曖昧模糊としたことをいくら言われても、相手の問題行動が良くなることはありません。

部下からすれば、自分のどの行動がどう問題なのかが具体的に見えず、何を改善すべきなのかがまったくわからないからです。

あなたが「部下の仕事に対する真剣度が足りない」と思っているなら、そのことを「具体的な行動」などに み砕いて伝える必要があります。

焦点をあてるべきは、相手の「具体的な行動」であり、「具体的行動が起こったときの事実」なのです。

それらを観察することで、事前に情報収集しておくことが求められます。

図表 13・ 14に見るようにフィードバックをするときに必要になるデータとして、 「SBI情報」を準備しておくのがよいということは、実践知の一つとしてよく知られています。

SBIとは、シチュエーション( Situation)、ビヘイビア( Behavior)、インパクト( Impact)の頭文字をとったものです。

・シチュエーション(どのような状況で、どんな状況のときに)・ビヘイビア(部下のどんな振る舞い・行動が)・インパクト(周囲やその仕事に対して、どんな影響をもたらしたのか。

何がダメだったのか) この三点を具体的に伝えることで、初めて、相手はあなたの言いたいことを理解してくれます。

たとえば、 「A社のプロジェクトを担当してもらったけれども( =シチュエーション) 君のスケジュール管理に不備があったことで( =ビヘイビア) 納期が一週間も遅れてしまったようだね(インパクト)」といった具合です。

前述したような「やる気」や「熱さ」のことについてフィードバックをするならば、「ここ半年の営業実績の件だけど、( =シチュエーション) 電話でのアポイント件数が一日平均一〇件に達していないようだね( =ビヘイビア) 営業実績が前年比で四割下がってしまっているよ( =インパクト)」 というように、具体的に部下のどの行動(ビヘイビア)が問題なのかを指摘することで、部下は、どの行動を改善すべきなのかがわかります。

より先のプロセスにおいては、そうした問題行動がなぜ起こってしまったのかについての真因探究を行えるのです。

これがもし、「やる気あるのか」といった指摘だけでは、何を改善していいかわからず、営業用の提案資料をよりつくり込むようにするなど、本質からかけ離れた行動を取ってしまうかもしれません。

成績不振やミスなどの要因は、自分ではわからないものです。

それを突き止める手助けをすることは、フィードバックをするときには必須といえます。

もちろん、相手を傷つけるような言い方をしないのは、大前提です。

フィードバックは、相手の成長を願い、相手の意志をリスペクト(尊敬)した上で行う必要があるのです。

また、 SBIは、「客観的な数字」に基づいて話すこともポイントです。

すると、単なる印象論ではなくなり、話に説得力が生まれます。

焦点をあてるべきは、改善したい相手の行動です。

部下の行動を徹底的に「観察」し、「具体的行動」を収集しましょう。

このときに二つ大切なことがあります。

一つ目は、この段階では、上司の主観や解釈や評価をなるべく廃して、行動観察に徹することです。

上司の主観や解釈や評価をこの段階で入れてしまうと、部下はその部分が気に障り、なかなか事実を受け入れられません。

たとえば先ほどのケースでいうと、「ここ半年の営業実績の件だけど、俺は残念だよ( =シチュエーション)。

電話でのアポイント件数が一日平均一〇件に達していないって、ありえないだろ( =ビヘイビア)。

営業実績が前年比で四割下がってしまっているよ、どうしてくれるんだ( =インパクト)」 といった具合に、事実として提示しなければならない部分に上司の「主観」が入り込むと、部下は、どうしてもそこが気になってしまいます。

この段階では、なるべく主観を排して事実を収集することに徹してください。

二つ目は、収集するべき SBIはなるべく量を多くして、複数個以上用意しておくことです。

情報量が多くなれば、部下の問題行動について多角的に検証することができ、さらに説得力が増します。

情報のソースも複数持っていると、問題行動が「立体的」に浮かび上がり、確からしさもあがっていきます。

「1 on 1」で SBI情報を収集する下準備を

SBIを具体的に伝えるためには、常日頃から、部下の行動を観察し、 SBI情報を収集することが必要です。

その上で欠かせないのが 「1 on 1」(ワン・オン・ワン)、すなわち一対一で行う「上司─部下」の面談です。

近年では、短時間でもよいので、上司と部下間の面談の頻度をなるべくあげ、たとえば一週間に一度、部下の話を聞くといった取り組みが多くの企業で行われるようになってきました(注 20)。

「1 on 1」などの「上司─部下」面談で、最近の仕事の報告をしてもらい、「何が良くて何が良くなかったのか」「問題が起きたとしたら、原因は何なのか」「どのように解決するのか」などを聞いておけば、ある程度の SBI情報は入手できます。

最も重要なのは、その頻度です。

面談自体は、すでに取り入れている職場も多いと思いますが、大部分の職場では、年に一 ~二回ほど、期初・期末の目標達成度評価をする面談と同じタイミングで行う程度ではないでしょうか。

しかし、年に一 ~二回の面談では、部下の悩みなどを把握することはできません。

そのことは、すでに皆さんがよく実感されているのではないかと思います。

だいたい、期末の面談時期などは、半年前に設定した目標など、上司も部下も覚えていないことの方が多いですし、そのあいだに問題行動が起こっていても、放置されていることの方が多いのです。

部下のことを把握するためには、短時間でいいので、頻繁に行うことです。

一回にかける時間は十五分程度でもかまわないので、隔週一回は行いたいものです。

私の研究部門では、隔週で一回十五分、部下に対して「 1 on 1」を行っています。

それでは「 1 on 1」はいかに行うべきなのでしょうか(注 21)。

まず、「 1 on 1」のときには、「部下が話したいことをしっかり聞ききる」ことを意識しましょう。

「聞く」という行為は、耳がついていれば誰でもできるわけではなく、なかなか難しいものです。

特に、部下の話を途中でさえぎらず、最後まで聞ききることは、しっかりとしたトレーニングと経験を積まなければなかなかできないものです。

自戒をこめて申しあげますが、「 Hear(意識しなくても聞こえてくる)」はできても、「 Listen(意識して聞こうとする)」ができないのです。

相手が話していることを「そうだよね」とうなずきながら、部下の言っていることを理解する。

そのような積極的・能動的な聞き方こそが、マネジャーに求められる聞き方です。

しかし、実際には、話している途中で、「でも、それって違うよね?」とか「それはちょっとおかしくないか」と話の腰を折ったり、ちゃんと聞かないで、自分が話すことを優先しがちです。

心当たりのある方は意識しておきましょう。

SBI情報を蓄積する上で、もう一つおすすめしたいのは、「朝の声かけ(職場回遊)」です。

毎朝、出勤したときに、職場を回遊して、一人ひとりの部下に、一言、二言の声かけをすることです。

たとえば、私の場合は、自らの研究部門で進捗状況が気になる仕事があれば、「あの仕事は順調に進んでる?」「けっこう難しい?」などと聞き、特に用がないときは「何かあった?」「何か困ったことある?」などと聞いています。

また、他の誰かから、その人に特に気になる話題を聞いたときは、「 ○ ○君、最近 × ×なんだって?」などと、聞いたそのままをぶつけます。

すると、「いやあ、実はそうなんですよ ~」などと返ってくることは少なくありませんし、相手が話したいと思っているときは、待ってましたとばかりに、いろいろ話してくれます。

朝の声かけは、部下が一〇人以下ならば、十数分あればできることなので、マネージングプレーヤー状態の超多忙な人にこそ、おすすめです。

部下と「 1 on 1」や「朝の声かけ」をすると、その部下以外の人に関する情報もいろいろと入ってきます。

「 Aさんは仕事のミスが多くて困っている」「 Bさんは頼んでおいた仕事をちゃんとやってくれない」など、他の人を批判するような話も入ってくることでしょう。

しかし、こうした話を、ただちに鵜呑みにするのは危険です。

既述した通り、情報のソースは複数持ち、常に、その真偽を検証していくことが求められます。

職場での情報は、常に「裏」をとる必要があります。

たとえば、「仕事をちゃんとやってくれない」のは、その人を批判している部下の頼み方が悪い可能性もあります。

人は、なんでも、自分の都合のよいように話すものです。

にもかかわらず、第三者から聞いた噂をもとに、やり玉にあがった部下をいきなり叱ったりすれば、身に覚えのないことで突然叱られた部下を深く傷つけ、信頼関係を失う結果になることもあります。

また、「マネジャーは、早とちりが多くないですか?」と返り討ちにあう可能性もあるでしょう。

こうした失態を防ぐために、私たちマネジャーが心がけなければならないことは、「トライアンギュレーション(三角測量) 」をすることです。

たとえば、 Aさんについて何か良くない噂を聞いたら、「最近、 Aさんってどうなの?」などと、第三者にも一度話を聞いてみるのです。

すると、「ああ ~、最近、ミスが多いですね」「お母さんの具合が悪いみたいですね」などと、さまざまな情報が入ってきます。

その中で、だいたい三人くらいが同じことを言えば、それは限りなく真実に近いと考えられます。

反対に、皆がバラバラのことを言っていれば、それは、誰かが思い込みなどで間違ったことを言っている可能性が大きい。

こういうときは、少し様子を見た方が無難です。

このように、正しく SBI情報を収集していれば、部下の情報を入手できるだけでなく、部下の軌道をその都度ちょこちょこ修正できますから、それだけで部下は成長しやすくなります。

問題も小さなうちに対処できるので、自分の部署で深刻な問題が発生することも少なくなるはずです。

もしかしたら、厳しいフィードバックなど必要なくなるかもしれません。

信頼感の確保

いよいよフィードバックの本格的な開始です。

図表 13に見るように、ここから上司は情報のもれない個室などの閉鎖空間に部下とともに入り、「上司─部下」面談を行うことになります。

フィードバック面談のオープニングでは、まず、部下の「心理的安全」や「信頼感」を確保することが求められます。

まずは問題行動を抱えている社員を呼びましょう。

一般にフィードバックは「ブラックボックス」の中で、上司─部下間で行われることが一般的です。

部下はこれから耳の痛い話を突きつけられることになりますので、情報が漏れず、他の人の目に触れない場所を選ぶことが重要です。

別室に部下と入ったら、まずは席に座ります。

このとき、机を挟んで面と向かって対面で座ることを好む方と、部下と斜めの関係で座ることを好む方がいます。

これは単なる好みの問題かと思いますが、経験的には後者の方がフレンドリーになる傾向があるように思います。

しかし、いくらフレンドリーになるといっても、これから行われるのはフィードバックです。

しっかりと相手と向き合い、目を見て、話をすることが求められます。

さて、会話が早速始まります。

たいていの場合、雑談から始まるケースが多いと思います。

相手のことをよく知っているという印象、相手のことを考えているという印象、相手のことに関心を持っているという印象を与えて、徐々に「過剰な緊張」をほぐしていきましょう。

最も重要なことは、こちらに対する「信頼感」を確保していくことです。

フィードバックが奏功するかしないかは、「何を言うか( What)」ということもさることながら、「誰に言われるか( Who)」が非常に重要なのです。

相手に対してリスペクトをもって接し、信頼感を確保していくことが非常に重要です。

フィードバックは、まずは相手の成長を願い、相手の意志をリスペクト(尊敬)する態度から始めましょう。

どんなに厳しいことを言うにしても、そうしたものがベースになければ、人は行動を変えません。

事実通知:鏡のように情報を通知する

初期の緊張を解除し、こちらに信頼感を感じてもらえたところで、いよいよ本題に入っていきます。

たいていのフィードバック面談の冒頭は、「ところで今日、 A君に来てもらったのは、君の普段の行動で改善してほしいと思っていることがあるからなんだ。

これから少しそのことについて一緒に話し合いたいと思う」「ところで、今日は、 B君の普段の行動で、僕が少し残念に思っていることを話したいと思っている。

長くなるかもしれないけど、一緒に改善策を考えていこう」 といった切り出し方になるかと思います。

ここで大切なことは、このセッションの「目的」を最初にストレートに述べてしまうことと、「一緒に話し合っていこう」「一緒に改善策を考えよう」と述べることです。

回りくどい言い方をしても、どんな婉曲表現を使ったとしても、フィードバックでは「痛み」を避けることはできないことが、東京大学中原淳研究室の有志の研究によりわかっています。

大人が何かを学ぶとき、行動を変容させるときには一定の「痛み」がともなうのです。

しっかりと相手に向き合い、このセッションの目的を伝え、そのうえで、ともに改善していこうと誘うのがポイントです。

次にいよいよ収集した SBI情報を提示していきます。

ここで最も重要なのは、収集した相手の問題行動を、いわば「鏡」のように相手の目の前に映しだし、客観的かつ正確に事実を通知していくことです(図表 15)。

言うまでもなく、「鏡のように」とは、できるだけ主観や感情を排除し、起きている事実を起きている通りに伝えることです(注 22)。

このとき、鏡のように客観的に話すコツは、「私には、先日のあなたの行動は、こういうふうに見えるけど、どう思う?」というように、「 ~のように見える」と話すことです。

英語で言えば「 It seems」( ~のように見える)の感覚です。

すると、相手も、自分の言い分を主張する余地があるので追い詰められることがなく、あなたの指摘を素直に受け止めてくれる可能性が高まります。

この段階では、無理に「褒めること」も、無駄に「ディスる(非難する)」必要もありません。

なすべきことは、あなたが事実だと思うことを、鏡のように話し、しっかりと相手に突きつけることです。

フィードバック研究の中には、「ポジティブフィードバックの方が良い」とか、いやいや「ネガティブフィードバックの方が良い」とか、効果のあるフィードバックが「ポジかネガか」で研究者のあいだに論争があります。

しかし、両者の決着はまったくついていません。

それぞれを支持するエビデンスが得られており、決着がつかないのです。

個人的には、この二項対立の問いの立て方自体に問題があるのではないかと思っています(注 23)。

また、フィードバックの最中は過緊張状態におかれます。

上司の中には、フォローのつもりなのか、フィードバック後に、変に褒める人がいますが、これは逆効果であることの方が多いことが実践知としても知られています。

「白々しい」と思う人もいれば、褒めた方だけを覚えていて、一番大切な「耳の痛い通知」をすっかり忘れてしまう人もいます。

さんざん部下に厳しい現実を突きつけた後で、「いろいろ言ったけど、君にも良いところがある」といった具合に理屈にならないフォローをいれてしまうケースです。

大切なことは、「鏡」のように事実を伝えることです。

問題行動の腹落とし:対話を通して現状と目標のギャップを意識化させる

さて、あなたは SBI情報を収集し、今、相手にそれが問題行動であることを「鏡のように」突きつけました。

先述した通り、大人の学びや行動変容には「痛み」がともないます。

おそらく、相手は苦渋の表情を浮かべ、あなたも過緊張の状態におかれているものと思います。

しかし、ここで大切なことがあります。

一方向的に、あなたから部下に対して SBI情報を投げつけただけでは、まだ相手の理解が得られていないのです。

上司であるあなたは、きっとこの瞬間、こう思っているはずです。

Said(言ったことは) = Listened(聞いているに違いない) Listened(聞いたことは) = Understood(腹落ちしているに違いない) しかし、これは視点を変えて部下の観点からすれば、以下のようになっていることの方がほとんどです。

Said(言われたけど) ≠ Listened(聞いていない)

Listened(聞いてはいるけど) ≠ Understood(腹落ちしてない) 要するに、上司の方は自分の行動が即相手の行動変容につながると思っているのですが、実際は部下の方から見るとそうならないということです。

上司としては、部下の「 ≠」を「 =」に書き換えていく必要があるのです。

一般にどんな場合にでも、相手には相手なりの言い訳や理由があります。

こちらが思っていることを、額面通り、そのまま受け取る人はそういません。

部下が持っている「独自の意味世界」を、対話を通してさぐりつつ、上司であるこちらのロジックや意味世界とすり合わせていかなければならないのです。

この段階で上司がなすべきことは、相手と向き合い、投げつけた事実に対して「対話」を行って、相手の理解を得ることです。

上司と部下の考えていることや思っていることが違うということを「前提」として、相互の理解が一致する段階まで、時間をかけて「対話」を行うことが求められます。

そうして相互の意味世界をすり合わせていくのです。

場合によっては「一時間コース」や「二時間コース」という具合に、長時間の「対話」が必要になることもあります。

中には、「二回目」「三回目」という具合に、複数回をまたいで行われる場合もあるでしょう。

図表 16のように、とにかくここでは「対話」を通して、問題のある現在の状況と目標(ゴール)のギャップを徹底的に意識化させることが求められます。

フィードバックの定義のところでもお話ししましたが、相手の良くなかった点を指摘するだけでは、改善行動につながりません。

このあとに、上司は部下の問題行動を立て直す手伝いをすることが求められるのですが、そのためには、この段階で「部下が自分の行動が問題であることを理解

理解していなければならない」のです。

そのときに重要なのは、今の現状が、めざすべき目標と相当かけ離れていることを、しっかり認識してもらうことです(注 24)。

営業の仕事のように、数字でギャップが見えやすい内容なら、「月一〇〇万円のノルマに、あと三〇万円足りない」など、直接数字で示すことも可能です。

カスタマーサポートや総務など数字でギャップを示しにくい仕事には、「本来ならば、その仕事の先にどんな光景が広がっているはずなのか」を問いかけ、現状とのギャップを部下に意識させてください。

振り返り支援:振り返りによる真因探究、未来の行動計画づくり

さて、ここまでの状況で部下は、自らの問題行動を上司から通知され、対話を通して自らの問題を解決したとします。

今現在の自分の状況とめざすべき部分には「ギャップ」が存在しており、これを埋めることが求められるという段階にまで部下はきています。

この段階で次のステップとして行われるのが、過去と現在をもう一度しっかりと振り返り、未来の新たな行動計画や目標をつくりだしていくことです(図表 13参照)。

これが、ギャップを埋める作業につながっていきます。

こうした上司の行動のことを「振り返り支援」(注 25)といいます。

振り返りが重要なことは、すでに部下育成の基礎理論のパートの「経験軸」や「ピープル軸」の内省支援の部分でお話ししました。

業務経験を積んだ後に、何も振り返らないようでは、部下はその業務経験から多くのことを学べません。

経験を最大限に生かすには、リフレクション(内省)をしてもらうことが不可欠です。

振り返りを行っていくときのポイントは、部下が自らの姿を客観的に見られるように、部下自身に自分の過去・現在の状況を「言葉にさせること」です。

今後は上司が「言葉にする」のではありません。

むしろ上司は部下に問いかけを行うことで、部下に自分の言葉で語らせることをめざします。

自らが起こしたトラブルや問題行動に対して、部下が客観的に分析することは、非常に難しいことです。

トラブルに直面しているときはパニックに陥って周りが見えていませんし、しばらく経っても自分の行動を正当化したいと考えて、主観的にその出来事を見てしまいがちです。

しかし、上司の側が適切な質問を投げかけていけば、狭くなっていた視野が広がり、起こった出来事を冷静に分析できるようになります。

振り返りは部下に自分の言葉で語らせてください。

そうすることで、部下は、次の仕事に生かせるような気づきを得ることができるわけです。

振り返りのプロセスでは、場合によっては、沈黙してしまう部下が出てくるかもしれません。

しかし、決して「沈黙」を恐れないでください。

「沈黙」を恐れる余りに、本来、相手が言葉にしなければならないものをこちらが言葉にしてしまうと、学びや行動変化にはつながらない場合が多いのです。

部下自身に自分の過去・現在の状況を「言葉にさせること」、さらには、新たな行動計画をつくる支援をすることが求められます。

この段階での部下の振り返りのために、マネジャーは具体的には次の三つのポイントについて話してもらうように、導いていきます。

それは「 What?(何が起こったのか?)」「 So what?(それは、なぜなのか?)」「 Now what?(これからどうするのか?)」の三つです(図表 17)。

What?:何が起こったのか?

まずは、過去や現在、起きていることの全貌、自分の問題行動、その背景をすべて部下に言語化してもらいます。

マネジャーから指摘された事実

事実に対して、自分は過去・現在にどのような状況で、どのような行動をとり、それがどんなインパクトにつながっていたのかを考えて言葉にしてもらいます。

なるべく具体的に、詳細に、問題発生のプロセスを再現させることが重要です。

場合によっては、「 Who(誰が)」「 When(いつ)」「 Where(どこで)「 What(どんなことをした)」などについても詳しく「問う」てみるのがいいでしょう。

問題行動が起こっている場面を再現できていないうちは、おそらく、マネジャーの提示した SBI情報をしっかりと咀嚼できていないと考えられます。

「 What?」を描写できないうちは、問題行動の改善にはつながりません。

So what?:それは、なぜなのか?

「So what?」とは、「 What?」で描写したような問題行動が、「なぜ」生まれたのかを、真因探究することです。

自分の行動や認識のうち、何が良くて、何が良くなかったのか。

本当の原因が何であったのかを、部下の口から言語化してもらいましょう。

上司がいくら問題行動やその原因を一方向的に指摘したとしても、それが本当に理解されていなければ、相手はそれらを修正することができません。

問題行動の真因を探究し、知っていくことが非常に重要です。

その様子は、図表 18の「氷山モデル」でも表現できるかもしれません。

氷山の下には、非常に大きな氷塊があるものです。

海面から飛び出した問題行動だけを見て、そこだけを指摘しても、問題行動は変わりません。

海面の下に、どのような真因が存在するかをともに探究するのが、この部分です。

部下の中には、なかなか言葉にならない人もいるかもしれません。

上司は、適切な問いかけやガイドによって、部下に「水面下に横たわる氷塊

=問題行動の真因」を口にしてもらうよう努めましょう。

Now what?:これからどうするのか?

最後の「 Now what?」とは、今後、めざすべきゴールに向かって、部下がどのように問題行動を改めるのかについて部下自身に「決めさせる」部分です。

部下には「新たな行動計画」をつくらせ、新たな目標を確約させます(注 26)。

いわば、これは上司と部下の「契約」です。

たとえば、この後、すぐに問題行動が改善しなかったとしても、ここで契約した内容が、次回以降のフィードバックの素材になります。

「決めさせる内容」はしっかりと認識させ、記憶させましょう。

部下自身が、部下の言葉で「決めた内容」を語れるようになることが重要です。

期待通知:自己効力感を高めて、コミットさせる

これでフィードバックは終了です。

上司からしっかりと今後の期待を通知し、エンディングにつなげます。

この段階で、部下は痛みを感じているとは思いますが、二つのポイントを伝えて、しっかりと送り出してあげることが大切です。

第一のポイントは、上司がしっかりと期待を伝えることです。

フィードバックを受けた個人を「孤独」にしないことです。

しっかりとサポートしていく旨を告げることは、彼らが自らのあり方を立て直すときに非常に大きな資源になります。

上司の指導の局面では、「やればできる」という感覚(自己効力感)をいかに高めるかが最大のポイントになります。

そして上司は「もしあなたが本当に立ち上がろうとする」ならば、最大限援助をすると約束することが重要になります。

第二のポイントは「再発予防 (Relapse prevention)」をすることです(注 27)。

たいていの場合、問題を抱えた部下は、これまでにも自分の問題点について何度も指摘を受けてきた人が多いと思います。

しかし、そうであるにもかかわらず、彼らは、自らの問題を解決できなかった。

すなわち、問題を一度は解決しようとして、また「再発」してしまったということになります。

「再発予防」とは、このような問題を抱えている人に対して、「問題を起こすな!」と言い続けるのではなく、「問題が再発することを前提」にして、その「予防策」を事前にたてさせるということです。

そうそう問題は解決できない。

おそらく「再発」してしまうだろう。

しかし、また繰り返しそうになったときには、自分でどのように対応するのか。

それを今からしっかりと予測させ、対応策を考えさせる。

そうしたことを、再発をする前から対策しておくと、繰り返す可能性が相対的に低くなります。

そのためには、 1.今抱えている問題は、どのような場合に再発してしまうのか? 2.再発してしまいそうになったら、自分としては、どうするのか? このような対策を、部下と一緒に話し合ってたてておくことが重要です。

【事後】フォローアップ

フィードバックは、フィードバック面談では終わりません。

そこからのフォローアップとモニタリングが決定的に重要です。

また、フィードバックは一度きりで終わることは希です。

一回のセッションだけで時間が不足してしまった場合には、場合によっては、二度目のセッションの約束をします。

一回のフィードバックだけでは、また部下が忘れてしまうような状況では、フォローアップの面談の時期を決めましょう。

人を変えるためには、このように「手間暇」をかけ、かつ、「あの手この手」を尽くさなければなりません。

しかし、私たちは、できる限りあきらめず、部下の変化を信じることこそが重要だと思います。

続く第三章では、本章で概観したフィードバックの基本的なやり方をさらに掘り下げ、実践知をまじえながら解説していきたいと思います。

注 15 中原淳( 2012)『経営学習論』東京大学出版会注 16 経験学習の重要性を実証的に検証した先駆的研究が松尾( 2006)の研究です。

松尾睦( 2006)『経験からの学習─プロフェッショナルへの成長プロセス』 同文舘出版注 17 中原淳( 2010)『職場学習論』東京大学出版会注 18 Sadler, D. R.( 1989) Formative assessment and the design of instructional systems Instructional Science, Vol. 18( 2), pp. 119-144注 19 研究の知見によれば三分の一のフィードバックはパフォーマンスの向上につながるどころか低下につながっています。

フィードバックは諸刃の剣です。

これから紹介する手順を参考に適切なフィードバックを行うことが重要です。

Kluger, A. N. and DeNisi, A. (1996) The effects of feedback interventions on performance: A historical review, a meta-analysis, and a preliminary feedback intervention theory Psychological Bulletin, Vol. 119( 2), pp. 254-284注 20 「 1 on 1」を全社で導入している事例で最も有名なのが、ヤフー株式会社のケースです。

同社執行役員の本間浩輔氏のリーダーシップのもと、「 1 on 1」を部下育成の基本ツールとして積極的に利用しています。

本間浩輔・中原淳( 2016)『会社の中はジレンマだらけ─現場マネジャー「決断」のトレーニング』 光文社注 21 本間浩輔・中原淳( 2016)『会社の中はジレンマだらけ─現場マネジャー「決断」のトレーニング』 光文社注 22 フィードバックで最も大切なことは、正確に客観的に相手に情報を通知することです。

Podsakoff, P. M. and Farh, Jiing-Lih (1989) Effects of feedback sign and credibility on goal setting and task performance Organizational Behavior and Human Decision Processes, Vol. 44( 1), pp. 45-67注 23 フィードバックはポジティブフィードバックの方が良いという知見は下記の通りです。

Deci, E. L., Koestner, R., and Ryan, R. M.( 1999) A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation Psychological Bulletin, Vol. 125( 6), pp. 627-668 Kelley, S. A., Brownell, C. A., and Campbell, S. B.( 2000) Mastery motivation and self-evaluative affect in toddlers: Longitudinal relations with maternal behavior Child Development. Vol. 71( 4), pp. 1061-1071 しかし、下記に知られるように、ポジティブやネガティブを重ね合わせる方が良いという知見も存在しています。

Walker, H. M. and Buckley, N. K.( 1972) Effects of reinforcement, punishment and feedback upon academic response rate Psychology in the Schools, Vol. 9( 2), pp. 186-193 両者のどちらがよいかは、一定の見解を見ていません。

ポジティブフィードバックを行いすぎたり、ネガティブフィードバックを行いすぎると、注意が「自己」に向いてしまい、「行動の改善」に向かわないことも指摘されています。

大切なことは、相手の注意を改善しなければならない「行動のレベル」に留めておくことであり、「感情のレベル」に引き上げ、注意を分散させないことです。

Kluger, A. N. and DeNisi, A.( 1996) The effects of feedback interventions on performance: A historical review, a meta-analysis, and a preliminary feedback intervention theory Psychological Bulletin, Vol. 119( 2), pp. 254-284注 24 外部からの働きかけによって、ギャップを意識すること。

さらには、自己がそのギャップの現状や理由を探究することが最も重要です。

Sadler, D. R.( 1989) Formative assessment and the design of instructional systems Instructional Science, Vol. 18( 2), pp. 119-

144注 25 フィードバックの効果は、結果の通知だけでなく、振り返りの支援にあることは日本でも実証されています。

田中聡・中原淳・保田江美・齋藤光弘・ 和洋(印刷中)「降格行動にともなう上司の管理行動」 中原淳(編)『人材開発研究大全』東京大学出版社注 26 フィードバックは「目標設定」とともに行われることが重要です。

Kluger, A. N. and DeNisi, A.( 1996) The effects of feedback interventions on performance: A historical review, a meta-analysis, and a preliminary feedback intervention theory Psychological Bulletin, Vol. 119( 2), pp. 254-284注 27 Marx, R. D.( 1982) Relapse prevention for managerial training: A model for maintenance of behavior change Academy of Management Review, Vol. 7( 3), pp. 433-441

第二章 まとめ

●部下育成の基礎理論……経験軸とピープル軸 ・「経験軸」……部下に適切な業務経験を与え、ストレッチゾーン(挑戦空間)に促す ・「ピープル軸」……「業務支援」「内省支援」「精神支援」による面の育成 ●フィードバックと部下育成の基礎理論の関係 ・フィードバックの中にある部下育成の2つの軸 ⇒【情報通知】 =経験軸 +ピープル軸「業務支援」、 【立て直し】 =ピープル軸「内省支援」 +「精神支援」 ●フィードバックのプロセス ・事前…… SBI情報の収集 ⇒「 1 on 1」を中心に ・フィードバック 信頼感の確保 事実通知:鏡のように情報を通知する 問題行動の腹落とし:対話を通して現状と目標のギャップを意識化させる 振り返り支援:振り返りによる真因探究、未来の行動計画づくり 期待通知:自己効力感を高めて、コミットさせる ・事後……フォローアップ

 

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