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第二章喋らないという表現

目次

中学国語の教材

第一章の冒頭で紹介した富良野市立布部小学校での授業。全校生徒一一人だから、みんなが一緒に授業を受ける。まず一時間目は、スキットと呼ばれる台本を使って、二班に分かれて短い劇を作ってみる。

一班六人の台本なので、片方のチームには、先生にも入ってもらう。使用するのは、私が一〇年前に、初めて中学校の教科書のために書き下ろした『転校生が来る』という台本だ。

もともとが中学生向けの教材なので、難しい漢字にはルビが振ってある。低学年の子どもには、上級生が読み方を教えてあげている。複式学級のクラスを教えたことは過去にも何度かある。

上級生が下級生の面倒を見ることに慣れているので、ワークショップ型の授業はとてもやりやすい。ただ、そういった小規模校では、校長先生から必ず次のように言われる。

「うちの学校の子どもたちは伸び伸びしていて、いい子たちなんですが、やはり狭い人間関係の中で育つので進学してからが心配です」ここにも、演劇という疑似体験の役割が多少なりともあるのかもしれない。

中学校の国語教科書の教材を作ってみないかと誘われたのは、一九九八年。

某教科書会社の編集者が、当時私が担当していたカルチャースクールの教室に潜り込んでいて、その何回目かの授業が始まる前に声をかけられたのだったと思う。その頃私はまだ大学の教員でもなく、ワークショップの主な対象も高校生や一般社会人だった。

要するに、初等、中等教育というものに、いまほどどっぷりと浸かっていたわけではなく、はたして中学校の教科書なんてできるのかしらんと思っていた。

ただ、実際に、この仕事を引き受けたのには、いくつかの理由がある。ここ二〇年ほどで、国語教科書への戯曲の掲載量は激減し、現在はほぼゼロに近い状態となっている。

演劇界は教科書会社に、「戯曲を掲載してくれ」と言い続けてきたが、では実際に、演劇人が教材や授業のプログラム作りに関わってきたかというといささか心許ない。

これでは、社会的な責任を果たしていないのではないかと感じた点が一つ。もう一つは、戯曲が掲載されなくなったのには、それなりの理由があるのだろうと考えたこと。

現場の先生方や国語教育の専門家に聞くと、原因は主に二つあった。

まず一つは、やりたいのだけれど時間が足りないという声。

授業のコマ数が減っていく中で、戯曲の単元を取り上げると、やはりまとまった時間がとられてしまって、他のことができなくなるというのだ。

もう一点は、どのように指導していいのかわからないというもの。学芸会なども少なくなり、教員自身の演劇の経験が減ってしまっている。これは、私たち演劇人にとっては危機的な状況だ。そこで以下のような教材ができないものかと考えた。

  • ・教室でできる
  • ・授業数三コマか四コマで完結する
  • ・舞台装置、照明、音響、小道具、衣装が一切いらない
  • ・全員が参加できる
  • ・しかも、昨今の学芸会の一人一台詞のような悪平等にならない
  • ・楽しい

現場の先生方や国語教育の研究者と議論を重ね、一年以上の試行錯誤を経て、一つの教材が出来上がった。

教えない勇気

この教材には、先に述べたスキットと呼ばれる三分ほどのテキストが掲載されている。ストーリーは単純だ。朝の学校の教室で、まず子どもたちがワイワイと騒いでいる。

そこに先生が転校生を連れてくる。転校生の自己紹介と、生徒から転校生へのいくつかの質問。それから先生は「職員室に戻る」と言って帰ってしまい、生徒と転校生だけが残って会話が続く。これだけの劇である。

一時間目は、まず、このスキットを班ごとに配役を決めて演じてみる。

たいていの学校は一班六人なので、このスキットもあらかじめ、生徒1から生徒4までの四名と、先生と転校生、計六名で構成されている(前もって、五人の班、七人の班などがあることがわかっていれば、人数に応じた専用のプリントを作っていく)。

二時間目は、朝、先生が来るまで何の話をするか、転校生がどこから来たか、どんな自己紹介をするか、転校生にどんな質問をするか、そして先生がいなくなったあとはどんな話をするか、すべて生徒たちに決めさせて、台本を作ってもらう。

ワークシートと呼ばれる空欄の多いプリントを配って、そこに生徒たちが台詞を書き込んでいく。三時間目がその発表。これで授業は終わりだ。私が作った教材だから、私がモデル授業をすれば、たいていはうまくいく。

何よりも現場の先生が驚くのは、授業への参加率が非常に高いという点だ。いま、東京、大阪のような大都市圏の公立中学校で、中学二、三年生の国語の授業を維持するのは本当に大変だと思う。

漢字の書けない子どもから、高校受験の準備も終わってますというような子まで、学力差が著しい。しかし演劇の授業では、普段作文の書けないような子でも、自分の台詞は自分で書く。

子どもは誰でも、普段からおしゃべりはしているから、「普段話している話し言葉のままでいいんだよ」と背中を押してあげれば、たいていの子が自分で台詞を書いていくのだ。

一方で、教材を作る過程では、現場の先生方からの批判もあった。私が一番面白いなと思ったご批判は、「これは授業ではないのではないか?」というものだった。

「教えるものが何もない」と言うのだ。私はこの一〇年、全国を回ってモデル授業をしながら、「教えないでください」と言い続けてきた。

この授業の一番の眼目は、子どもたちだけで喋っているときと、先生が入ってきたときと、先生はいなくなったのだけれど転校生というちょっとした他者がいるときで、子どもたちの話し言葉のモードが少しずつ変わるという点にある。

しかも、その変わり方も子どもたちそれぞれで、先生が入ってくると大きく言葉遣いが変わる子もいれば、あまり変わらない子もいる。

そのような話し言葉の多様性に気がついてもらうこと、興味を持ってもらうことが、この授業の一番大切な点なのだ。

しかし、従来型の国語の授業のように、「ほら先生が入ってきたんだから、そんな言葉遣いじゃダメでしょう」というある種の言語規範を、あらかじめ一方的にすり込んでしまっては、子どもたちの学びの機会はなくなってしまう。

私が公教育の世界に入って一番に驚いたのも、実はこの点だった。教師が教えすぎるのだ。もうすぐ子どもたちが、すばらしいアイデアにたどり着こうとする、その直前で、教師が結論を出してしまう。おそらくその方が、教師としては教えた気になれるし、体面も保てるからだろう。

だいたいその教え方というのも全国共通で、「ヒント出そうか?」と言うのだが、その「ヒント」はたいていの場合、その教師のやりたいことなのだ。

表現教育には、子どもたちから表現が出て来るのを「待つ勇気」が必要だ。しかし、この勇気を培うことは難しい。ただの勇気では蛮勇になってしまう。経験に裏打ちされた自信が「待つ勇気」「教えない勇気」を支える。

フィクションの力

授業で使うスキットの冒頭は、以下の通りである。

*朝の教室。生徒たちが登校してくる。教室はワイワイとうるさい。

生徒4ねぇねぇ、昨日×××(テレビ番組の名前)見た?生徒1見た見た。

生徒3見てなーい。

生徒4なんだよ。

生徒3しょうがないじゃんか、オヤジがナイター見てたんだから。

生徒1だせー、生徒2私も見た。

生徒4すごかったよねー、生徒2まさか、あそこまでやるとはねぇ、*話はどんどん盛り上がる。

そこに先生がやってくる。

実はこれは、実際の国語教科書に載っているスキットとは少しだけ違う、普段私がモデル授業で使う自家製のプリントから引用したものだ。

たとえば本物の国語教科書では、「だせー」は教科書ではさすがに無理ですと言われて、「つまんなーい」になっている。

それでも、これだけ口語に近い形の文言が国語教科書に載ったのは、当時としては画期的なことだった。私が授業で使うテキストには、さらにいくつかの細かい工夫が施されている。

たとえば、なぜ最初の発話者が「生徒4」なのか。中学生は思春期のまっただ中で、とにかく恥ずかしがり屋である。日本の中学生は、演劇を創ったり発表したりする授業にも慣れていない。

だから、最初の登場人物を「生徒1」にしておくと、誰も「生徒1」をやりたがらず、配役を決めるのだけで、とても時間がかかってしまう。

ところが「生徒4」が最初の登場人物になっていると、みんな、なんだかよくわからなくなってジャンケンで決めるようになる。朝三暮四のようなものだ。

授業の最初に、「いろいろ話しあっても決まらないことが出て来ると思うけど、そのときは多数決でもいいし、ジャンケンで決めてもいいよ」と話しておく。

話しあってもムダなときは、ジャンケンで決めていいと言うと子どもたちは驚いた顔をする。日頃先生からは、「きちんと話しあって決めなさい」と言われているのだろう。

だが人生には、話しあっても結論の出ないことがたくさんある。話しあう必要のないこともたくさんある。

何を話しあい、何はジャンケンで決めていいかを決定できる能力を身につけることが「大人になる」ということだと私は考えている。

さて、冒頭の台詞「ねぇねぇ、昨日×××見た?」の×××には、テレビ番組の名前が入る。ここで私は、以下のような説明をする。

「この×××には、本当に昨日見たテレビ番組を入れてもいいけど、噓をついてもいいです。普段の授業では噓をつくと怒られるけど、今日は演劇の授業ですから、噓をついてもかまいません。いや、うまく噓をついた人が褒められます。だから、この×××には、生徒4になった人が好きな番組の名前を入れてもいいし、友だちと話しあって決めてもかまいません」こうしてまず、生徒たちに「フィクション」ということを受け入れてもらう。

実際にこう説明しないと、中学生でも、「昨日はテレビは見ていません」という子どもが続出するのだ。五行目、生徒3の台詞「しょうがないじゃんか、オヤジがナイター見てたんだから」。ここでも少し立ち止まってもらう。

「みんなは、友だちと話をするとき、自分のお父さんのことをなんて呼びますか?」「お父さん」「父さん」「パパ」といろいろな答えが返ってくる。

「じゃあ、生徒3の人は、『オヤジ』の所に上から大きく×を書いて、その横に、自分がなんて呼ぶかを書いてください。

ナイターも他の番組に変えてもいいよ。

次の『だせー』も『かっこわるーい』とか『やだー』でもいいよ。でも、さっき言ったように噓でもいいんだよ。『お父さん』じゃなくて、『父上』とかにしてもいいからね」こうして、それぞれにオリジナルの台本ができていく。

ここに、この授業の一つの大きなポイントがある。

従来の朗読の授業なら、すでに書かれている文章をいかにうまく読むか、いかにうまく伝えるかに重点が置かれた。演劇の授業でさえも、決められた台詞をいかにうまく言うかが「表現」とされた。

しかし、私の授業では、テキストは書き換えていいことになっている。それも虚実おりまぜて、自由な往還をしていいことになっている。

もともと口語体で書かれた台詞を、さらに自分の言葉に近づけ、地方の場合には方言も取り入れてオリジナルのテキストを作っていく。

このことで、生徒たちは、格段に発語しやすいテキストを手に入れる。ここで生徒たちは無意識に、自分の言葉という個性と、演じるべき役柄の個性を摺りあわせていく作業を行っている。

支えきれない噓はつかない

中学校の授業は一コマ四五分か五〇分、小学校はもっと短い。この一時間目の中で、配役を決め、テキストを書き換え、練習をして発表までもっていくのは至難の業だ。

それでも無理をして、一時間目に各班の発表までこぎ着ける。ここでの「見る─見られる」という体験が、二時間目からの授業のモチベーションを高めるからだ。

一時間目の発表で、できるだけ台本に手を入れて工夫した方が面白い、また自分たちの言葉にした方が言いやすいということが、子どもたちにもわかってくる。

これが生徒の創作意欲に火をつける。もちろん失敗する班も出てくる。

教える側にとって一番ありがたい失敗は、中途半端に台本を変更して、収拾がつかなくなってしまう班が出てきたときだ。このスキットは、転校生が長野からやって来たという設定になっている。

自己紹介のときには、新しい級友からの質問に「前の学校ではスキー部にいました」と答える。

そしてそのあと、先生がいなくなったところでの、「スキー、うまいんでしょう?」という問いかけには、「長野じゃみんなやるから」と答える構成になっている。

しかしときに、転校生がどこから来たかだけを変えて、あとの変更は間に合わなくなって本番を迎えるという班が出てくる。

この場合、「静岡から来た○○です」「前の学校ではスキー部にいました」「静岡じゃみんなやるから」といった展開になる。

こういう失敗が出てきてくれると、教える側としてはたしかにありがたい。二時間目の冒頭、一時間目の発表をふり返って、私はこんなことを話す。

「なんだか、この班はおかしかったよね。

静岡に変えてみたのは、とってもよかったんだけど、あと静岡でもスキー部のある学校も、もしかしたらあるかもしれないけど、でも『静岡じゃみんなやるから』は変だよね。

みんなも劇を見ていて、頭の中に?マークが浮かんだんじゃないかと思います。いいですか、さっき私は、今日は噓をついてもいい授業だと言いました。でもさ、噓って、いろいろ適当に言ってると矛盾が出てきてすぐにばれちゃうよね。

だから、今日は最後までうまく噓をついた人が褒められます。逆に言うと、自分が支えきれない噓はつかない方がましってことだね」(ちなみに、このテキストには「寒冷地仕様」と呼んでいるもう一つのバージョンがある。

雪国に長野から転校生が来ても面白くないので、そういった地域では転校生が沖縄から来る別バージョンのプリントを用意している)

喋らないという表現

さて、二時間目は、いよいよ創作の時間だ。大きな空欄と、それをつなぐ簡単なト書きの入ったワークシートが生徒たちに配られる。

班ごとに台詞を考え、その空欄を埋めていって、今度は本当にオリジナルの台本を作っていく。私はこの時間は、前述のように、「教えない」ために、できるだけ子どもたちとは距離を置いて見回っていくことになる。

ただ、そうは言っても、停滞する班には助言をしなければならない。たとえば、朝、先生が来るまで、何を話すのか、なかなか決まらない班がある。

こういったときは、「何、話す?」と聞いてはいけない。「いつもは何を話すの?」「今朝、何、話した?」と聞くのがよい。

生徒は誰でも、何かを話しているはずだから(この点は、第七章の「シンパシーからエンパシーへ」という項目で詳しく触れる)。

さて、「今朝、何、話したの?」と聞くと、子どもたちは、ほぼ決まって「えぇ、今朝、何話したっけ?」と呟く。私はこれだけでも、この授業の意味があると考えている。

話し言葉の教育とは、まずもって、自分の話している言葉を意識させることから出発するはずだから。日常、話し言葉は、無意識に垂れ流されていく。だからその垂れ流されていくところを、どこかでせき止めて意識化させる。できることなら文字化させる。

それが確実にできれば、話し言葉の教育の半ばは達成されたと言ってもいい。子どもたちは、そこから、日常使っている自分たちの言葉に、より意識的になるはずだから。

実際の授業では、優等生的な子が、「じゃあ、宿題の話をします」とか「運動会が近いので、運動会の話をします」と発言して流れが決まっていく。

私の役割は、それでも黙っている子に、さらに聞いていくことだ。「じゃあ、君は、何話すの?」そうすると必ず「話さない」という子がいる。

私がすかさず「じゃあ、君は話さない役にしようか?」と聞くと、意外とみんな、「えー、じゃあ、なんか言う」と言って自分の台詞を書き始める。

日頃、書くということにプレッシャーを感じている子も、いったん「書かないでいい」と言われると、不思議と自分の台詞を書き始めるものなのだ。

あるいは「話さない、寝てるから」という子どももいる。こういう子には、「おぉ、いいね、いいね、じゃあ君は寝てる役にしようか」と言う。

まだ黙っている子に、「君はどうする?」と聞く。そうすると「いない」と言う子がいる。

「いつも遅刻ギリギリに来るから、いない。だから友だちが何話してるかも知らない」と言う。私はもう喜んでしまって、「おぉ、いいねいいね、じゃあ、遅刻してくる生徒の役も作ろう」となる。

さて、三時間目、冒頭、最後の練習をして、どうにかギリギリ、各班とも台本が出来上がって発表となる。

発表の場では、全員が宿題の話を真面目にしている班よりも、宿題の話をしている子の横で、机に突っ伏して寝ている子もいれば、途中から「やばいやばい」と教室に入って来る子もいる班の方が、よほど演劇的には面白い。

このとき子どもたちは、「話さない」ことも表現だということを学ぶ。「いない」ということさえ表現かもしれないと感じる。子どもたちのなかで「表現」という概念が、大きく広がっていく瞬間がある。

コミュニケーション教育は国語教育か

だが、もちろんこれは、従来の国語の授業からすれば、多少逸脱したものかもしれない。

文科省が定める国語教育の柱は四つ、「読む、書く、聞く、話す」だ。「読む、書く、聞く、話す、話さない」というのはない。まして、「読む、書く、聞く、話す、話さない、いない」となれば、これはもう授業ではない。

だが、私たち表現者の側から見れば、「話さない」も「いない」も立派な表現だ。ここでは主に二つの問題が問いかけられている。

一つは、はたしてこういったコミュニケーション教育のための授業が、国語という枠組みの中に収まるのかどうかという問題。

文科省は昨今、「聞く、話す」ための力の重視を打ち出してはいるが、現場は戸惑うばかりだ。だいたい、少し考えてみればわかることだが、国語の教師がコミュニケーションが得意とは限らない。

そもそも国語教師の半分は、部屋に籠もって本を読むのが好きな人たちだ。

彼らは、言葉について多少詳しいかもしれないが、コミュニケーション教育のスペシャリストではない。

それを急に、「さぁ、コミュニケーションです。子どもたちに聞く、話すの能力をつけてあげてください」と押しつけるのは、とてもかわいそうな話ではないか。

かつて技術科にコンピューターが入ってきたときに、中高年の教師たちがパニック状態になったのと似た現象が、いま国語教育の水面下で、その問題の本質が明らかにされないままに、静かに進行しているのだ。

二点目は、一点目と深く関わることだが、もしこれを国語の授業でやるとするなら、きちんと書く、論理的に話すといった従来の国語教育を、抜本的に解体しなければならない。

要するに無前提に「正しい言語」が存在し、その「正しい言語規範」を教員が生徒に教えるのが国語教育だという考え方自体を、完全に払拭しなければならない。

そうして、国語教育を、身体性を伴った教育プログラム、「喋らない」も「いない」も表現だと言えるような教育プログラムに編み直していかなければならない。

このことはまた、すべての国語教員が、「正しい言語」が自明のものとしてあるという考え方を捨てて、言語というものは、曖昧で、無駄が多く、とらえどころのない不定型なものだという覚悟を持つということを意味する。

実際の議論としては、大きな科目再編を行うのか、国語教育の枠組みを残しつつ、その内容を大幅に変更していくのかということになるだろう。

私自身は、もはや「国語」という科目は、その歴史的使命を終えたと考えている。明治期、強い国家、強い軍隊を作るために、どうしても国語の統一が必要であった。それ以降一四〇年間、よく「国語」は、その使命を果たしてきた。しかし、すでにその使命は終わっている。

私は初等教育段階では、「国語」を完全に解体し、「表現」という科目と「ことば」という科目に分けることを提唱してきた。

「表現」には、演劇、音楽、図工はもとより、国語の作文やスピーチ、現在は体育に押しやられているダンスなどを含める。

一〇歳くらいまでの子どもにとって、このような教科の分け方はほとんど意味がない。

たとえば、お母さんの誕生日に、音楽が好きな子なら唄を歌ってあげるだろうし、お母さんの絵を描く子どももいるだろう。演劇を創る兄弟もいるかもしれない。

それを、「今年は音楽しか受けつけない」という母親がいるだろうか?子どもたちの「伝えたい」という気持ちを重視するなら、このような科目分けは意味をなさない。

これまでの教科区分は、ただ単に教えやすさのための区分けであって、もはや子どもたちのためには機能していない。

「ことば」科では、文法や発音・発声をきちんと教える。現在、日本は先進国の中で、ほとんど唯一、発音・発声をきちんと教えていない国となっている。

口の開き方や舌のポジションをしっかりと教えていくことが、話し言葉の教育の基礎となる。初等教育の課程では、この「ことば」科の中に、英語や、地域の実情に応じて、韓国語や中国語を入れていけばいい。そうすれば、子どもたちは日本語をもう少し相対的に眺めることができるようになるだろう。

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