第二章一対一の対応を貫く【一対一対応の原則】
1モノ・お金の動きと伝票の対応は2アメリカでの経験売上と仕入れの対応3米国現地法人の会計監査4売掛金・買掛金の消し込み5「一対一の対応」とモラル
第二章一対一の対応を貫く【一対一対応の原則】
この章で述べる「一対一の対応」というのは、「キャッシュベースの経営」と並んで私の会計学を貫く基本原則である。「一対一の対応」の原則は、会計処理の方法として厳しく守られなければならないだけではなく、企業とその中で働く人間の行動を律し、内から見ても外から見ても不正のないガラス張りの経営を実現するために重要な役割を担うものである。1モノ・お金の動きと伝票の対応は経営活動においては、必ずモノとお金が動く。そのときには、モノまたはお金と伝票が、必ず一対一の対応を保たなければならない。この原則を「一対一対応の原則」と私は呼んでいる。これは一見当たり前であるが、実際にはさまざまな理由で守られていないのが現実である。たとえば、伝票だけが先に処理されて品物はあとで届けられる、これと逆に、モノはとりあえず届けられたが、伝票は翌日発行されるといったことが、一流企業と言われる会社でも頻繁に行われている。このような「伝票操作」ないし「簿外処理」が少しでも許されるということは、数字が便法によっていくらでも変えられるということを意味しており、極端に言えば企業の決算などは信用するに値しないということになる。実際、期末に苦しまぎれに売上を水増しする例もよくあると聞く。取引先に電話を入れて、「今期、売上がどうしても足りない。これこれの内容で十億円の売上伝票をこちらで立てるが、来期早々に返品を入れてもとに戻すので、よろしく」というような依頼をする。取引先とのつじつまだけ合わせて伝票を上げて、期末の売上を少しでもよく見せようというのである。このようなことが一度でもあると社員の感覚が麻痺してしまい、数字は操作できるもの、操作して当然のものと、考えるようになってしまう。その結果、社内の管理は形だけのものとなり、組織のモラルを大きく低下させる。数字はごまかせばいいということになったら、社員は誰もまじめに働かなくなる。そんな会社が発展していくはずがない。「一対一対応の原則」とは、このような事態を防ぎ、発生したすべての事実を即時に認
識し、ガラス張りの管理のもとに置くということを意味する。社内に一対一の対応を徹底させると、誰も故意に数字をつくることができなくなる。伝票だけが勝手に動いたり、モノだけが動いたりすることはありえなくなる。モノが動けば必ず起票され、チェックされた伝票が動く。こうして、数字は事実のみをあらわすようになる。この「一対一の対応」における要諦は、原則に「徹する」ことである。事実を曖昧にしたり、隠すことができないガラス張りのシステムを構築し、トップ以下誰もが「一対一対応の原則」を守ることが、不正を防ぎ、社内のモラルを高め、社員一人一人の会社に対する信頼を強くするのである。またこうすることにより、伝票の数字の積み上げが、そのまま会社全体の数字になり、それにもとづいた決算書が会社全体の真の姿をあらわすようになる。このように一見「一対一対応の原則」は非常にプリミティブな手法に見えるが、それを徹底させることによって社内のモラルを高めると同時に、社内のあらゆる数字を信頼できるものにすることができるのである。2アメリカでの経験――売上と仕入れの対応京セラ創業から三年目の一九六二年、私は初めてアメリカへ渡った。当時日本ではセラミックの市場はきわめて限定されていたので、私は最先端のエレクトロニクスや半導体の産業が大きく発展しつつあったアメリカで、どうしても自社のセラミック製品を売りたかった。最初はまったく注文も取れずたいへん苦労したが、一九六八年には、後に半導体産業のメッカとなったシリコンバレーの近くにある、カリフォルニアのサニーベイルというところに営業所をつくり、現地での仕事を始めることになった。そのとき、それまで本社で貿易部長をしていた海外経験豊富な上西さんに、入社したばかりの若い社員をつけて、アメリカ駐在員として赴任してもらった。その当時の新入社員が、現在京セラ専務の梅村君である。上西さんは英語が堪能だが、会計は何も知らない。梅村君は理工系出身であり当時英語もしゃべれなければ、会計の知識もなかった。そこで、サニーベイルに事務所をつくったとき、サンフランシスコにいた日系二世の公認会計士に経理を指導してくれるように頼んだ。伝票処理をするのは梅村君の役目だったが、なかなかうまく覚えられず苦労していたようだ。私もそのころまだ会計のことをあまりよくわかっていなかったので、アメリカへ出張した際、「一緒にスタンフォード大学の図書館に行って経理の勉強をしてみよう」と思い立ち、梅村君を誘ったことがある。サンフランシスコ郊外にあるスタンフォード大学の図書
法というようなわかりやすい本まで置かれていた。まさに実学の国アメリカであると思い、二人で一緒に基礎から経理の勉強をしたことを覚えている。やがて、幸いアメリカでの仕事も順調に行き始めた。ちょうどシリコンバレーの半導体産業の勃興期で、当時最大の半導体メーカーであり、その後半導体産業の飛躍的な発展の母体となったフェアチャイルド社からの注文が増加していた。梅村君も営業活動や製品の発注と納品管理さらには経理と、超人的な働きで、一人ですべてをこなしていた。駐在員事務所が発展して現地法人となった直後に渡米した私に、梅村君はいさんで「社長、順調に行き始めました。上西さんも大変喜んでいます」と言う。事実、半期ごとで見れば、順調に売上も、利益も伸びていた。ところが、月次決算を見ると、大赤字を出したり、大黒字を出したりしている。私は、「こんなことがあるわけないではないか。一対一の対応でなければならない、と言っているでしょう。ある月はこれだけ売ってこんな赤字が出て、翌月は同じような売上でこんな黒字が出るというのはおかしい。どうなっているんだ」と聞いた。しかし、梅村君は「いや、公認会計士の言う通りにやっています。確かにこうなるんです」と言う。そんなバカなと中身を調べてみたら、やはり、一対一の対応ができていない。実際の処理は次のようになっていた。顧客であるフェアチャイルド社にせかされて日本から製品を航空便で送る。サンフランシスコの空港に着くと、すぐに乙仲業者が荷揚げをし、税関を通して、サニーベイルの事務所に届ける。梅村君はフェアチャイルド社から「早く品物をくれ。今すぐ必要だ」と矢のような催促を受けているから、とにかく急いで持って行く。そのときにきちんと売上伝票も起票する。ところが、日本の京セラからこのサニーベイルにある現地法人宛の出荷請求書類である「船積書類」は、銀行経由で一週間くらい遅れてアメリカへ届く。そのとき初めて、それにもとづいて梅村君は仕入れを計上する。結局、彼はアメリカでは売った製品の仕入伝票処理をしないまま、売上伝票を上げていたわけである。だから、月末にドッと日本の工場から製品が届き、それを顧客に納めたら利益が大きくなるのだが、一週間後に仕入れが立つと翌月に大赤字が出る。こうして月々の利益が大きく変動していたのである。このことを指摘すると梅村君は、どうしても銀行経由の「船積書類」が届いて支払いが確定しないと仕入処理ができないという。それはその通りだが、「一対一対応の原則」は必ず守らなければならない。そのためには、モノが入ったときに必ず仕入れの伝票処理ができるよう、モノが入荷した際に仕入伝
票を起こして京セラに対する買掛金を計上すること。その後、銀行から「船積書類」が届いたときに、仕入伝票とそれを突き合わせて、買掛金を銀行に対する支払債務に振り替えること。この二点を、梅村君に指示した。個々の取引の処理は忠実にできているように見えても、売上と仕入れが一対一の対応になっていないために、この例のように利益が売上実績に結びつかない変動を毎月繰り返している場合がある。いくら経理が一生懸命やっていても、一対一の対応で正しく処理されていない月次決算をつくっていては、間違った数字にもとづいて経営判断をしていることになり、会社の舵取りを誤る恐れがある。3米国現地法人の会計監査この米国での会計の問題については、次のようなエピソードがある。京セラが初めて株式を上場しようというとき、決算書に監査証明をもらうため宮村久治さんという公認会計士を紹介いただいた。早速お願いにあがろうと思っていると、その前に先方から、「ご依頼いただくとのことですが、あなたがどのような経営者なのかを見たうえで、引き受けるか受けないかを決めたい。お金を払って監査をしてもらうのだから、誰が頼もうが文句はないだろうということではありません。お願いされることはありがたいのですが、それを受けるか受けないかは、依頼される方の人物を見たうえで決めます」と言ってきた。実際に会うと、さらに厳しいことを言われた。「監査をしている会計士に、『このくらいは負けてくれよ、このくらいはいいではないか、堅いことを言うな』というようなことを言う経営者がいます。私はそういう方とは一切お付き合いしたくありません。経営者はフェアでなければいけません。正しいことを正しくやれる経営者でなければ、私は監査の依頼をお受けしません。よろしいですか」私は、すぐさま応じた。「結構です。私の生き方がそうなんですから。願ってもないことです」すると、このような言葉が返ってきた。「みんなそう言うんです。今は会社の調子がいいから、そう言われるんです。経営がおかしくなって調子が悪くなってくると、何とかせいと必ず言うようになります。人間というのは、調子がいいときにはみんなフェアで、文句を言いません。ところが、悪いときにもフェアであるかどうか。それを私が見抜かなければいかんのです」「その点は約束しましょう。いいときだけきれい事を言うんじゃなしに、悪いときでも
あくまでフェアに。それを私は守っていきます。信用してください」つくづく頑固な会計士だと思ったが、やりとりの末、最後には「それだけおっしゃるなら、お引き受けしましょう」と言ってもらい、会計監査をお願いすることになった。いよいよ上場すると決まったときも、宮村さんは、「ベンチャーで創業して、こんなに早く上場しようというんだから、社内の管理システムもまだ整ってはいないだろうし、あちこちいろいろな問題があるはずだ。しかも、経営のトップは理工系出身の技術屋で、経理は何も知らない。そういう人が業容を拡大し、海外にまで現地法人をつくっているのだから……」と、こぼしておられた。彼が最初に取りかかったのは、内部管理の監査だった。そして一番先に目をつけたのが、もっとも目の届かない海外である。先ほど述べたカリフォルニアのサニーベイルにある京セラの現地法人までわざわざ出向かれた。行ってみると、これまた理工系出身の男が、英語もうまく喋れないのに、営業から経理までたった一人で全部やっている。宮村さんは、もう推して知るべしだと思ったらしい。ところが、いざ調べてみると、すべての伝票が一対一対応で処理されている。現預金の管理をする小さな金庫があるのだが、金庫を開けて現金と帳簿を照らし合わせると、一セントたりと違っていない。宮村さんは、それ以来、京セラの会計システムを見直されたという。要するに、一対一の対応ができているか、できていないのか、ということが問題なのである。この米国の現地法人においても、それまで一対一の対応を厳守してきたため、経理的な問題を起こすことはなかったのである。その後、この現地法人は米国各地に拠点を広げ、今では従業員が二千人、売上高は年間七億ドルを超えるまでに成長していったのである。4売掛金・買掛金の消し込み大手の製造業では組織がさまざまな事業部に分かれ、部材の発注はそれぞれの事業部から業者に出されることが多い。このような場合、買掛金の管理は本社経理に集中されていて、各事業部の購入額に対して、経理からはまとめて相手企業に支払われることが多い。京セラの取引条件は各社各様だが、製品を顧客に納めてその検収があがった月の月末締めの翌月払いで九十日の手形で代金をいただく、というものがある。ずいぶん前のことだが、「資金面の事情により、支払いを少し調整したい」と顧客より依頼を受けた経験がある。具体的には、「今月支払対象の買掛金が五千万円あるが、資金繰りがつかないので、
とりあえず二千万円払いたい」という依頼である。そのとき私は、「それはどの品物のお金ですか?」と確かめた。「その二千万円は仮払いですか?それとも、どこかの事業部に納めた分ですか?A事業部に納めたこの品物、B事業部に納めたこの品物、それを合計すれば二千万円になるから、その分を今日は払うというのでなければお受けできません。そうしなければ、当社では売掛金と対応させた消し込みができず、社内の経理処理ができないからです」と答えた。売掛金を回収する場合は、この品物の入金があった、あの品物の入金があったという消し込みをしていかなければならない。グロスで二千万円というラフな消し込みはできないはずなのである。出荷の場合だけでなく支払いの場合でも、一対一対応でやってもらわなければ、正確な処理はできないのである。また、買掛金を支払う場合にも、「何月何日に買ったこの品物の代金を今回お支払いします」という具合に一対一で正確に処理する。グロスで何百万円というようなラフな払い方はしない。このようにお金を支払う場合でも、受け取る場合でも、必ず一対一の対応を守るようにしなくては信頼に値する会計資料はつくれない。5「一対一の対応」とモラル「一対一の対応」は企業の中であらゆる瞬間に成立していなければならない。客先に製品を出荷するときは、かならず出荷伝票を発行して売上を計上し、以後売掛金として管理し、入金までフォローする。製品の配送を運送業者に託しても、あるいは営業マンが客先に直接に届けに行く場合でも、この手続は同じである。京セラの創業当初は、納入する客先の多くは企業の研究所や公的な研究機関であった。その研究者から「こういう実験をやりたいので、こういうものをセラミックでつくってほしい」と頼まれて、さまざまな製品をつくっていた。先方の実験の進み具合によって、約束した納期などはさておき、「とにかくできた分だけでもすぐに持ってくるように」と急に言われることも珍しくなかった。そのようなときは、営業があわてて飛んで行き、ともかく品物だけを置いて帰ってくるというようなこともあった。製品を動かす場合には必ず伝票を「一対一の対応」で発行する必要があるのに、「大至急必要となった。夜中になってもいいから何とか届けてくれ」と言われて、まだ製造の現場にあるものをとりあえずそろうだけ届ける。夜中であるから正規の事務処理ができない。「伝票は明日に」と思いつつ、いつのまにか忙しさにまぎれて忘れてしまう。月末近くになって製造の方から「あれはどうした。いつ売上になるのか」と言われて、あわてて
飛んで行っても先方では当の製品はどこかにまぎれ込んでしまって確認のしようがない。結局、伝票処理はなされぬまま、お金がもらえない。そのようなケースが数多くあった。このようなことは客先を大切にしている会社ならいつでも起こりそうなことだが、私は顧客を満足させることと経理処理を正確に行うことはまったく別であり、両方とも徹底しなければならないと考えていた。だからどんな場合でも、一対一で伝票を発行しなければ、モノを動かせないようなシステムを構築していったのである。モノの動き、お金の動きをともなう事実がすべて一対一で伝票に起こされ、正規のルートで正しく処理されているということは非常に単純なように見えるが、それが健全な経営を守るためにどれほど大切なことであるかは、昨今の企業における不正処理、不祥事の数々を思い起こせば、容易にご理解いただけると思う。
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