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第二章 事業の成果はお客様から得られる

社長の定位置は、社長室ではなくて、お客様のところである。

お客様は、自らの要求を、社長以外には、あまり明らかにしないのである。これが明らかにならない限り、そのお客様に対する正しいサービスはできないのだ。

社長は常にお客様を訪問し、どうやって会社の収益をあげるのかということに思いをいたさなければならないのだ。

目次

社長はお客様を訪問せよ

お得意先の販売方針転換を見抜いて手を打つ

M社は、パンティストッキングの専門メlヵlである。

中企業でありながら、大手と伍して立派にやっていけるのは、M社長の懸命のお得意先訪間のお陰だった。M社長のお得意先訪問目標は、年間二千店舗だった。この訪間の威力は大きかった。最多訪問記録は、ある年のゴールデンウィーク七日間に百五十店舗というものであった。

M社長は、はじめて訪問するスーパーでも、表から店舗を見ただけで、パンティストッキングの月商の見当がついたほどである。

懸命な訪間を続けているうちに、スーパーの様子が次第に変わってゆくのに気がついた。それはどんな変化かというと、いままでは、パンティストッキングは店先に近いところにあり、客寄せの効果があったのだが、それが次第に奥の方に移ってゆくということであった。仔細に観察すると、パンティストッキング以外の小物でも、次第に奥の方や二階に移されたものもあったのである。

M社長は、この変化は、スーパーの販売方針の転換であるということが分かってきた。スーパー同士の競合に加えて、人件費の高騰のために、より大きな売上げをあげなければならなくなり、そのために、店頭に近い場所には次第に高価格品が並ぶようになってきたのである。

M社長は、この傾向は長期的なものであり、パンティストッキング売場が奥の方に入ってしまえば売上げの減少につながる、という結論に達した。M社長は、パンティストッキングの売上減少を防ぐため、販売チャネルの多角化を進めることを決意した。

この決意にもとづいて市場の観察を進めることにより、新たなチャネルに進出する決意をした。それと同時に、現在のパンティストッキングだけの単品経営の危険性も痛感した。それは、いままで考えなかった新素材による新商品の開発を社長に決意させたのである。

M社長の定期訪間がなかったなら、スーパーの販売方針の転換を、いち早く発見することは、まずはできなかったに違いない。その結果、M社を大ピンチに追いこんだことは、間違いなかったであろう。

M社長のお客様訪間の目標は、前述のように年間二千店である。 一カ月平均一六六店舗だ。しかも、その範囲は、北は北海道から南は九州までである。その凄じいばかりの訪間は、M社長の言によると、「私が社長の座にある限り」というものである。その執念は、ただただ舌を巻くばかりである。

穴熊社長

コンサルタント稼業二十数年間、私は沢山の社長さん方にお目にかかっている。

それらの社長さん方で、定期的にお客様を訪問している人は極めて少ない。

会社に出勤しても、そのほとんどの時間を社内で過ごす。この人々を、私はク穴熊社長クと呼んでいる。

穴熊は、穴の出入日から見える外部の景色しか知らない。まったくの世間知らずである。

世間知らずに正しい経営ができるはずがない。前項にあげたM社長は、そのうちのごく一部の良いほうの例である。

多くの社長さん方は、自らの定位置を社長室だと思いこんでいる。

時々社内を見回っては、社員の仕事ぶりを見ている。 一生懸命に働いている社長の日から見ると、欠点ばかり目に映る。これを、社長は我慢できない。そして小言をいう。来る日も来る日も、これを繰り返している。そして、それが社長として最も大切な仕事と思いこんでしまう。お客様のことなど、「遠い他国のことだ」と言わんばかりである。

なぜ、このようなことになってしまうのだろうか。その理由は簡単、誰も社長の役割などそれでも、勉強家の社長は、夕経営書´に目を通す。そこに書いてあることは、 一〇〇%会社の内部に関することばかりである。そのために、社長は、会社の内部だけを管理することが経営だと思いこんでしまうのである。

経営書と称するものの大部分は、事業経営の経験のない人が書いたものである。当然のこととして、内部管理以外には何も知らないのである。

かつての私自身がそうであった。しかし、既に述べたように、私は、まだ社員の時に、トーハツの倒産という大事件に巻きこまれ、これによって開眼した。その意味において、トーハツでの経験こそ、私にとって貴重この上もない経験だったのである。

右のような意味合いで、会社の大ピンチや倒産の経験をもたない社長は免疫がない。これは、望んで得られるものではないが、会社倒産の記事が、経営誌には意外に多い。こうしたものは何回も読み返して考えていただきたいと思う。

それと、もう一つ、私の主宰するク経営計画実習ゼミクが意外なほど大きな効果があるが、詳細は第五章で述べさせていただく。初心者は、先輩とのあまりにも大きな落差に大ショックを受ける。そして、まったく違った社長になって、我社に帰るのである。初心者の社長と先輩社長の最も大きな違いは、 一つは、お客様訪問回数であり、もう一つは、その素晴らしい自信と柔軟な頭脳である。しかも、初心者の面倒を実によくみてくれる。最も多く間かれる言葉は、クお客様クなのである。

成果はお客様から得られる

企業の経済的成果はお客様から、そしてお客様だけから得られるのである。いくら内部を整備し、人間関係をよくしても、そこからはク一文″の収益も生まれてはこないのである。

焼肉レストランク赤門クの社内報に、社員からの投書として、次のような一文があった。

「社内での人間関係なんて何の意味があるの。お客様との人間関係こそ大切じゃないの」これこそ事業経営の根底ではないか。この会社の社内の人間関係は、これ以上は考えられないくらい立派である。

これは、社長のクお客様第一主義クにもとづく徹底的な指導の賜である。そして、その指導をガッチリ支えているのは、ク環境整備クである。

赤門については、私自身教えられることが山ほどあるので、第二章の「環境整備」のところで詳述させていただくので、しばらくのご猶予をたまわりたい。

なにしろ、バブルがはじけて、有名レストランでも業績低下をきたしたものも多いなかで、逆に赤門はお客様が急増し、当然、売上高の新記録を実現した会社なのである。お客様なくて会社なし。お客様に可愛がられない限り、事業の発展は絶対に不可能である。では、お客様に可愛がられる第一歩は何であろうか。私の考えは、「心のこもったご挨拶」である。これについて、少しく考えてみよう。

「電話一本かけてこない」という言葉がある。手塩にかけて育てた社員や弟子、不遇の時に面倒をみてやった人が、遠く離れてしまうと、何の音沙汰もないと、こう言われる。これは、恩着せがましく言うのではなくて、音信不通の人への気がかりが、こうした言葉になる。そして、しまいには、「恩知らずめ」ということになりかねない。

昔は、「手紙一本よこさない」という言葉であったが、それが文明の利器たる電話に変わたのである。

たった一本の手紙、たった一回の電話で、こうしたことはなくなってしまうのだ。最近は、お互に忙しい。つい音信不通になりがちな現代において、ク年賀状クの意味は大きい。そして、これによって人間関係がつながってゆくのだ。

「電話で失礼します」― ―電話の時のこの言葉は大切である。「いつもお世話様になります」と続けば、なおよい。なぜ電話で失礼なのだろうか。これは、年配の人に多い言葉であって、若い者はだんだん使わなくなっている。

年配の人は、この言葉の中に、「お伺いするのが本当ですが」という陳謝の意味をこめているのだ。「本来なら直接ご拝眉の上ご挨拶(または御礼)申しあぐべきところ、略儀ながら書面をもって……」― これは、役員交替、本社ビル新築、冠・婚・葬などの場合に使われる礼状の文面であることはいうまでもない。

書面でお礼申しあげるのは、電話よりは少しましだが、直接こちらから出向いて、お目にかかった上でご挨拶やお礼を申しあげるのが本筋なので、「その点をおわび申しあげます」ということであろう。

これは、中国から伝わったものである。挨拶は、こちらから出向いて、お目にかかった上でなければ本当ではないのである。

名宰相の田中角栄はこのことをチャンと心得ていた。田中は、中国における国交回復交渉の時に、この「礼」を使って平和交渉を見事に成功させたのである。この辺の事情を、小室直樹著『田中角栄の遺言』(クレスト社刊)の中から抜き出してみよう。交渉は難行した。外務省の某局長に国外退去命令が出た程である。この不名誉を、角栄は機智によって恢復し、翌日には、周恩来に会った。

周恩来は、日中戦争において、日本軍がいかに多くの中国人を殺したかについて、次々と数字を挙げた。角栄は、その言葉を全部聞いた後、二言で片づけた。

「だから、私はこうして北京へやって来た。(あなたが東京へ来られたのではなくて、私が北京にやって来たのだ)」

まさに美事としか言いようがない。中国には、アメリカなどとは違う牢固たる慣習がある。交渉する場合には、必ず下位者が上位者を訪問する。その逆は絶対にあり得ない。だから自らが相手を訪問して交渉することは、最高の敬意を表したことになる。話は違うが、米中電撃復交(一九七二年)成功の鍵は、いかなる条件にも増して、ニクソン訪中にあり、と中国の評論家は言った。

名宰相、名外交家田中角栄は、素晴らしいク心理学者″なのである。

日本の北方四島の帰属をめぐる日ソ交渉では、ブレジネフを相手に、見事にク引続き交渉″に持っていった田中角栄。まさに奇跡である。この時は交渉中にポケットから薬を持ち出して、ブレジネフの面前でこれを飲み、「これはク熊の胆クといって、胃の薬である。貴国には熊がたくさん居るから、熊の胆でも日本に輸出したらどうか」と、ブレジネフを煙に巻いたという。

その他、田中角栄のゆくところ、世界のいたるところで旋風が巻き起った。その旋風は、常に平和の中で、しかも日本有利なものだった。

世界中に「田中恐るべし」の声が上り、これが彼の政治生命を短かくした、という説がある程である。

ご挨拶とは、相手に敬意を表現する方法である。礼儀の本質こそ敬意の表現である。

敬意の表現といっても、そこには自ずから年齢、身分、表敬などによって軽重、順序というものがある。それが、ク電話から直接拝趨までクの段階があるということに表われているのだ。軍隊などでは、敬礼という独得のものがある。

これを間違うと大変なことになる。田中角栄は、これを恐ろしいほどわきまえていて、名外交官、人使いの名人などといわれたのである。

私が若い頃に勤めていた会社の社長は、社員に対して自分の方から先に声をかける。これにはドギマギして困ってしまった。気がついてみると、いつの間にか、その社長を尊敬していたのである。

お客様と親しくなったら

K社は、ある大手の食品メーカーから仕事を請けている。大手の下請などしていたら、いつまでたってもウダツはあがらない。K社も損益分岐点ギリギリで悪戦苦闘していた。少し利益が出るようになると、キツイ値下げ要求にあって、ピーピーしていたのである。

K社長は、私にさかんに大手会社の批判とグチを述べる。こういう時の私は鬼のようになる。

「何を言うのか。大切なお客様を批判したり、恨みがましい事をいうとは何事か。現在あなたの会社が存在するのは、お客様のお陰ではないか。そのありがたいお客様を悪しざまに言うとは何事か。そんなにいやなら、なぜそんなお客様の仕事をしているのか。サッサとそのお客様と縁を切るべきだ。それができないならば、心を入れかえて、そのお客様に誠心誠意つくすべきである。誠心誠意お客様につくすことを忘れているようでは、あなたの会社の将来はない」と、叱りつけた。誰にきいても、「一倉はヒドイ奴だ」と言われるに違いないことは、私自身知っているのだ。それを承知でのカミナリである。

私は、私の真意をK社長に説明した。

「お客様あっての会社」― ‐これが私の信条である。だから、たとえ、どんなお客様であろうとも、誠心誠意のサービスをするのが当り前である。もしも、お客様が十分な代価を払ってくれなければ、サッサとそのお得意先と縁を切るべきである。縁も切らずに、しかもそのお得意先一辺倒で、これの打開策を何もとらずにお得意先を恨むのは間違っている。と言うよりは、社長の怠慢以外の何ものでもないのだ。お客様に少しでも恨み心がでたら、もう、そのお得意先に誠意をつくすことはできないのだ。だから、恨むのではなくて、自らの力で新たなお得意様を開拓しなければならない。

それもやらずに、お客様を恨むとは何事か、というのが私の考えである。自らの努力を忘れ、お客様を恨むのは誤りである。

こういう社長は、「たとえ十分な工賃をもらっていても、いつ何時、お客様の会社が左前になって、自らも苦境に立つか分からない」とは考えない。そして、そのような苦境に立つことは世間にはいくらもあるのだ。

社長としての正しい考え方は、今のお得意様がつぶれるか左前になるかは分からない、ということである。だから、その時のことを考えたら、新しい得意先、新しい事業の開拓に身魂をつくすべきであって、今の得意先を恨むのは間違っている。

何がどうなっていようと、社長たるもの、自らの会社の存続は、自らの手で実現してゆかなければならないのだ。今の得意先の工賃が安いからと、これを恨みに思うのは、全くの身勝手であり、怠慢の極みである。お得意様を恨むヒマがあったら、自らの努力で自らの会社の将来のために懸命な努力をすべきである。

以上が私の考え方であり、このような厳しい考え方をもたなければ、会社を存続させることはできないのだ。

それから一年後、K社を訪れた時には、社長はまったく変わっていた。会社の雰囲気もである。

何か社長を変えたものがある。それは何であったか。これをK社長は、次のように説明してくださった。

一年前に、私がアドヴァイスしたことを、K社長は真剣に考えた―― 「どうしたら我社を変えることができるか」をである。

よくよく考えた結果、我社を変えるには、まず社長から変わらなければならないということに気付いた。K社長いわく、「いままでは、我社を苦しめる得意先の大企業など、きらいであった。よし、これを直して反対にク好きクになろうと決心した。それには自己暗示をかけてみようと思った。そして、『お得意先は大好きだ。そこの社長はもっと好きだ』と、毎日毎日、繰り返しているうちに、本当に好きになってきた。

その気持ちを抱いてお客様の会社を訪問したところ、誰も彼もにこやかに私を迎えてくれた。いちばん嬉しかったのは、お得意先の社長に笑顔で迎えられたことだった。これが奇跡の始まりだった。笑顔でお得意先を訪問し、笑顔で帰ってくる。本当に楽しくなってしまった。

そして、お得意様から無茶な要求がなくなっただけでなく、新しい注文も笑顔でいただけるようになった。専務も常務も好意的になった。

社長室に入るにも、社長秘書は目を見合わせると、黙ってうなずくようになった。

社長からは時々、『K君、いつ幾日にヒマができた。ゴルフの設営をしてくれないか』という、まことに嬉しい言葉をかけられるようになったのである。気がついてみると、採算性がよくなり、確実に利益がでるようになった」と。こうしてK社は甦った。さらに、長年育ててきた新商品まで順調に伸びだしたのである。

ウソのような本当の話である。職人社長が猫から虎に変身したS杜は、染色業であった。私がお伺いした時には、折からの不況で、注文は少なく、価格はメチャメチャに安かった。今にもつぶれそうなS社のただ一つの長所は、染色技術の確かさである

製品価格を検討して、すぐに気がついたことは、製品によって大きな価格差があることであった。こういう事が起こるのは、得意先の規模によることがほとんどなので、得意先と価格との関係を調べてみた。

案の定、大手向けの製品の工賃は極端に低い上に、総売上高に占める割合が高かった。残ったわずかな金額の売上げは、中小企業であったが、これらは、かなりの高収益をあげていた。大手よりもはるかに高価格で売れるからである。

製品の大部分を極めて低価格で大手に売り、残ったわずかな製品を中小企業に高価格で売る。こういう売上高構成は、零細企業の大部分がもっている特性である。主な原因は、生産零細企業のほとんどは、加工技術はもっているが、販売力は″ゼロクに等しい。それで不思議なことに、大企業にばかりに売って、中小企業にはあまり売らない。と言うよりは、売りたがらないのである。

その理由を聞いてみると、「中小企業はつぶれる公算が高いから売りたくない。大企業ならば、つぶれる心配がないから売るのだ」という答えが、判で押したように返ってくる。

「何を言っているのだ。つぶれることを心配するのは大企業の方で、あなた方のような零細企業の倒産を心配しているのだ」と、ガチンと言っておいてから、ク零細企業の生き残る道クを教えるのである。

「大企業には、あなた方のような零細企業がワンサと押しかけるので、それをいいように操って、メチャメチャに叩いて買うのだ。あなたの会社も、叩かれる組に入るわけだ。考えなければいけないのは、あなたの会社の売上げのごく一部ではあるが、中小企業のものがあり、中小企業の方が大企業よりはるかによい値で買ってくれるということである。だから、主要得意先を中小企業に切り換えるのだ。

中小企業の倒産を心配しているが、それはメッタに起こるものではないし、倒産の危険を回避するには、得意先の数を多くして危険の分散を図るのだ。これが零細企業の戦略なのだ」と、説得したわけである。

さいわいなことに、この私の説得をきいた社長は、今までまったく見向かなかった中小企業に対して、積極的に受注活動を展開する方針に切り換えてくれた。なかなかこの切り換えができない零細企業が多いなかで、よく分かってくれたのである。

そして、営業責任者の専務が中心となって、営業の重点を中小企業にかえて活動を開始した。社長は営業活動でなく、お客様訪間を行うこととした。社長としたら全くはじめての経験である。清水寺の舞台から飛びおりる気持だったろう。

私はS社長に、「訪問先の社長に対して、ご挨拶だけでよい。注文をいただいた会社に対しては、そのお礼を申しあげる。それだけでよい。面会時間は、夕五分間´で十分だ」と申しあげた。

社長のお客様訪間の感想は、次のようなものだった。

「私は、仕事のことなら初対面でも、いくらでも喋れるが、それ以外のことは一言も喋れない。営業部門で道をつけておいた会社だけ訪問するのだが、初対面の挨拶の後はダンマリで、五分間が針のムシロのようですよ」と。

それでも我慢して訪間を続けてくれた。しばらくすると、社長の言が変わってきた。

「初めのうちは針のムシロのようなお客様訪問も、これ以外に会社を救う方法はないという一倉さんのハッパで、必死に耐えてきたが、三回目くらいの訪間になると、向こうから言葉をかけてくれるようになりました。その時は、嬉しかったですよ。そのような社長が少しずつ増えてきて、訪間が苦痛でなくなりましたよ」と。そして、そのような訪問会社からの注文が少しずつ増えてきた。社長は元気がでてきた。

大企業よりも高値で受注できるのだから嬉しいし、赤字脱出の希望が次第に近づいてきたからである。社長は大張り切りである。

しばらくすると、社長の考えもまったく違ってしまった。

「一倉さん、だいたい我社の営業は弱腰すぎる。バカみたいな安い値段で何で注文をいただく必要があるのだ。もっと強気で注文をとれと、この間、営業部門にハッパをかけました」と言う。今度は、私のほうがタジタジであった。私が育てた猫が虎になってしまったからである。会社は一年ほどで黒字転換した。

二、クレームは宝の山

事業経営のなかで、クレーム処理ほど重要でありながら、これほどその重要性を認識されていないものはほかにない。いったん、クレーム処理を誤ると、社長がその座を去らなければならない事態さえ、現実に起こっているのである。社長の誠実さと、企業の責任を、これほどハッキリと証明できるものもほかにはない。

正しいクレーム処理は、お客様の信頼を大きく高め、さらに、これによって長期的にお客様との信頼関係を維持することができるようになるのである。

正しいクレーム処理

クレームは、事業経営にはクつきものクといっていい。そして、その処理を誤ると大変なことになり、誠意ある処置をとると、会社の信用を思いがけないほど高めるものである。しかし、このことを多くの会社では知らないのである。そのために、どれだけ会社の信用を落としているか分からない。それは、想像を絶するものがある。

あるセールス関係の本に、「クレーム処理のような次元の低い事に大切な時間を浪費してはいけない」というあきれた暴論がのっているのを見たことがある。話にもなにもならないような阿果が、世の中にはいるから注意しなければならない。

私は、たくさんの会社のクレーム処理の規定やらマニュアルやらを見ているが、クレームに関する正しい理解や、お客様に対する誠意など無いものが多いのは残念なことである。これに関する恐ろしい実例を紹介させていただく。「それは、私の責任範囲ではありません」日本でも一流の、ある大企業にお伺いした時のことである。

私は、会社の中がザワついていて、何か少なからぬ雰囲気の異常に気がついた。これは、マズイところへ来てしまったと思い、打合せの相手である総務部長に、「お取込みのようですので、また日を改めてお邪魔いたします」と申しあげて、引き取ろうとした。すると、総務部長は、「一倉さん、とんだところをお目にかけてお恥かしい次第ですが、何とか落ちつきましたので、お気づかいしないでください」とのことなので、用事をすませて帰ろうとすると、一一倉さん、ちょっとお話ししてみたいことがありますので、お差支えなければ、少しお時間をいただきたいのですが」と、何やら私と話したいことがあるらしい口ぶりなので、「お話を承わりましょう」ということになった。

総務部長の話というのは、次のようなことだった。「実は、私どもの会社の大切なお得意先の社長から直々に、私どもの会社の社長にキツイお叱りがあったのです。

それは、私どものミスなのですが、それに対する誠意ある処置がない。つっこむと、担当者は言訳と口先だけの謝罪で、まったく誠意がない。そのために、お得意先では大きな迷惑『あなたの会社の態度次第では、不本意ではあるが、こちらも重大な決定をしなくてはならない』と、カンカンになって怒っている。

事の起こりは数力月前からであり、誠意ある態度は一向に見えず、『こんな大問題に、会社の役員からただ一言の挨拶もないのはどういう了見なのだ』と言われるのだが、私どもの役員は誰一人としてこのクレームを知らず、寝耳に水で、ご挨拶のヒマもないという。

担当の社員に問い質してみると、担当の社員とその直接の上司だけで揉み消しを図ったのだが、課長や係長クラスで揉み消しできるような簡単なことではない。シビレを切らした先方の社長の怒りを買って、社長の直談判になってしまった。今となっては、揉み消しどころではなくなって、会社の大問題になってしまった」と言う。

総務部長は、そんな大きな問題で、しかも数力月にわたるものなら、担当の者でなく、その周囲の社員に知っていた者がかなりいるはずだと思い、それらの社員に対して、「そんな大きな問題を、なぜもっと早く報告しなかったのか」と詰問したところ、それらの社員からの返答は一様に、「それは、私どもの責任の範囲ではありません」との答えが返ってきたのである。

総務部長は私に、「社員のこの返答に対して、私はそれ以上、詰間することがまったくできませんでした。なぜならば、ク責任の範囲を明確にするクということを、繰り返し社員に教えたのは、外ならぬ教育担当の私だったのです。私は、社員を一言も叱ることができなかったのです。

私は、かねがね一倉さんが、『責任の範囲を明確にすることは、会社をつぶす危険思想だ』ということをおっしゃっていたのを、ニガニガしく聞いていたのですが、今度という今度は、骨身に徹して分かりました」と、しみじみ語ってくれた。

ク責任の範囲の明確化″それ自体が、無責任社員をつくりだしてしまったのである。そして、その張本人が総務部長の自分だったのである。

厳しい企業経営の現実と、キレイ事たる自分の観念論の誤りを、骨身にしみて味わわされた部長が、そのことを私に話したかったのである。

マネジメントと称する観念論こそ、真剣勝負の事業経営に、常に大きなマイナスとなってくることを知ってもらいたいのである。

この事件の教訓は、社長(をはじめ役員全部)がクレームの重大さを知らず、正しい処置を知らなかったところにある。その結果、お客様を怒らせ、会社の信用を大きく損ねてしまったのである。その上、社員の手落ちをとがめようという、これまた間違った考えによって社員を責めようとしたら、社員に見事に一本とられたというところにも教訓がある。

社員を責めようとしたこと自体大きな誤りであるという自覚もない役員の不勉強が、責任の範囲云々という間違った考えとともに、社員の美事(?)な反撃にあってしまったのである。

ファンヒーター事件

ある一部上場会社のファンヒーターによる中毒事件で、ク人死に″が起こった。それは、一月のことだった。ところが、これが実際に新聞種にまでなって、全国的に知られたのは、それから四カ月後の五月であった。

社員が、これを社長に報告せずに、ひた隠しに隠し続けたのだが、会社から何の挨拶もないので、家族の方が「人が死んだのに、挨拶一つない」ということになったのだろう、ついに新聞記事となり、結局、社長が責任をとって辞職ということになったのである。

辞職の時の社長の言は、「せめて一月中にでも私の耳に入っていたら……」というのであった。この言葉を聞いた時に、私は情なかった。「これでも大企業の社長の言か。この期におよんで、なお負け惜しみとは……」というのが私の思いだった。

以上二つの事件に明らかな、しかも誠に残念な共通点がある。それは、重大な事故やトラブルが発生した時に、トップに対して、″ひた隠しに隠す´ということである。

これは、この三社にだけ起こった現象ではなくて、非常に多くの会社の社員が、これとまったく同じ行動をとるということである。これらの事故やトラブルは、必ず世間様かお客様にご迷惑をおかけするのに、なぜ社員は、このような行動をとるのだろうか。

その原因は、社員の不心得ではなくて、明らかにトップが全責任を負わなければならないことであるにもかかわらず、このような場合、社員は必ず窮地に追い込まれてしまうからである。その末に、社員は何らかの罰を受ける。減給、配置転換、島流し(遠隔地への転勤のこと)、降格、その他の罰を受け、これが、本人の出世の大きな障壁となる。こうなったら、その会社では永久に日の目を見ることができないかもしれないからである。社員は、常にこの幻影におびえながら仕事をしているのだ。

これが、自分の失策を隠すことになり、同僚もこれを知りながら、いっしょになって隠そうとする。そして、この無言の団結は固い。たとえ仲が悪かろうと、これだけは別である。その理由は、「明日は我身かもしれない」からなのである。

以上に述べたように、多くの会社では、クレーム処理については、何も知らず、何の方針もないままに、誤った対策をとっているのである。何とおかしなことではないか。

クレームが発生するのは、どの会社でも避けられないこととして、その誤りない対策をとることこそ肝要なことではないのか。それについて考えてみることにしよう。

そのため、ここにJ社の 「クレーム処理の方針」を借りて、説明をさせていただく。

J社のクレーム処理に関する方針

クレームは、お客様の「怒り」の声である。我社の常識は、お客様には通用しない。

お客様の立場になり、すべての業務に最優先し、誠意をつくして素早く処理することが重要であり、信用増大のチャンスでもある。処理にあたって、費用、時間は一切無視する。

① もしクレームが発生した時は、

①とにかく、「あやまる」。絶対に言訳をしてはならない。言訳はお客様を怒らせ、事態を悪化させ、会社の信用を大きく落とすだけである。

クレームを受けた者は、ただちに在社の一番上役に代わる。報告をうけた上役は、ただちに社長に報告し、自らはクレーム先に急行してお詫びする。

②社長はお客様の立場に立ち、ただちに復旧方法を考え、即刻行動する。

③お客様の損害を最優先し、全社あげて最小限にくいとめる。

④発生時の処理責任者は、在社役職最上位者とする。

② クレームが発生した時は、社長、会長、相談役、または常務が、必ず直ちにお詫びに伺うc

③ クレーム発生の責任は追及しない。不報告の責任を追及する。どんな小さなクレームでも、社長に、即刻、直接、報告する。

④ 事後、早急に防止策を協議し、報告書を社長に提出する。

⑥ クレームが発生したお客様への訪問回数を、三カ月間三倍に増やす。

右の方針のうちに、多くの読者が、「アレッ、これはおかしい」、あるいは「こんなバカな…」というような感想をもたれるだろう個所が二つあると思う。その第一は、「すべての業務に最優先する」であり、もう一つは、「クレーム発生の責任は追及しない。不報告の責任を追及する」の一節である。これについては、くわしく後述させていただく。一般に、クレームが発生した時には当事者あるいは上司が、その責任を追及される。すると、会社のなかで何が起こるだろうか。

それは、既に、二つの大企業において、何が起こったかを述べてある。あなたは、この二つの会社で起こったことを無条件で納得されただろうか。それとも、何か″割りきれないクものを感じただろうか。どちらの会社も、クレームそれ自体より大きな問題を発生させてしまったではないか。そして、その問題は、永く尾を引く。会社にとってはマイナスのみで、プラスは何もないのだ。これをプラスにもってゆくことこそ大切なのではないか。

ククレームクというのは、「お客様が満足していない状態」である。もしも、クレームをお客様が満足するような状態で解決できなかった場合には、お客様の信頼を失い、場合によったら取引停止となるかもしれない。逆に、お客様が満足のいく解決をした場合は、お客様の信頼感は格段に高まり、お客様とともに発展することができるのである。

私がコンサルタントとして、多くの会社をみて感ずるのは、右のクお客様の満足″という思想はほとんどゼロである。大企業とて例外ではない。いったい、事業経営者は何を考えているのか。自らの会社を立派にしたくないのか、と言いたくなるのである。文句はこのくらいにして、クレームの正しい処理について考えてみよう。

クレームが発生した時に、真っ先にやらなければならないことは何だろうか。

それは、お客様のご不便を一刻も早く解決することであって、誰がクレームを発生させたかでもなければ、その原因を追及することでもない。これが、企業人としての最も大切な心構えなのである。しかし、残念ながら、多くの企業でこの心構えが欠落している。落第企業が多すぎる。これでは、会社の繁栄はむずかしい。

すべてを放りだして、まず、クレーム処理だけに全力を投入することである。これが、方針書にある、「すべての業務に最優先する」ということである。実態調査やクレーム対策会議などは、クレーム解決後に行うものである。

このような態度に、お客様は、「もう直してしまったのか」「こんなに早く来てもらえるとは思わなかった」という感嘆の声をあげ、これが、「あの会社は我社に好意をもっている」から「あの会社は絶対に信頼できる」ということになってくるのである。そして、その可能性が最も高く、しかもそのチャンスが最も多いのは、ククレーム処理クなのである。

実例で考えてみることにしよう。

R社

R社は、三菱重工広島工場に出入りする商事会社であった。ある時の納入品にクレームがついた。R社が下請工場に作らせたものだった。このような場合に、商事会社では、「私のところで作ったのではなく、下請に作らせたのだから、そちらに掛け合ってもらいたい」と突っぱねることが多い。

それをR社長は自らの責任と受けとめて、何回も三菱と下請工場の間に足を運び、渋る下請を説得して、立派に不良を直してしまったのである。

三菱では、喜ぶと同時に、R社に対して絶大な信頼感を持つようになり、それ以後は、原子力発電機の部品という高度な技術を要するものまでR社に発注するようになったのである。

R社長は、私に対して、「お陰様で、アッという間に注文が多くなって、有難いやら責任が重くなるやら、とにかくテンテコ舞いですよ。クレーム処理に誠意をつくすことが、こんなにも素晴らしいことかということが、よく分かるようになりました」と語ってくれた。

M社

M社は、床暖房用の半導体ベルトの製造と床暖房の施工を行っている。

施工は、地場の施工業者にやらせるのだが、施工業者の不なれや、手抜き工事もあって、時々ゼネコンや、場合には施主からクレームがつくことがある。

社長は、クレームの電話を必ず自分で受けると、その電話回で、「これからすぐに参ります。

現場に到着するのは○○時頃になります」と、その場で約束する。そして、それを実行するのである。

現場に行くと、ただちに自分で点検し、悪いところや手抜き工事を、その場で直すのである。

そして、ゼネコンの現場の責任者に、「これは、すべて私どもの施工指導の不手際やミスで、その責任は私にあります」と申しあげるという。

手抜き工事をした施工業者の社長は、いつ自分の手抜き工事をバラされるか、そうなったら、次の仕事をもらえなくなると、ヒヤヒヤしているのだが、それには一言半句の文句も言わず、すべて施工指導のミスであるとして、自分が悪者になり、施工業者を庇う。これで、手抜き工事をした業者は、三度と手抜き工事をしなくなるという。

業者は真面目となり、施工責任者も楽ができるということで、M社長の株が上がり、これがまた注文の増加となっていくという。

M社長の言によると、「クレームが発生するたびに私の株が上がってゆきますよ。だからクレームの電話が入ると、『シメた、これでまた我社の株をあげるチャンス到来だ』と嬉しくなりますよ」ということだ。

峠の釜めし

信越線碓氷峠の麓、横川という小さな駅前にある駅弁メーカー荻野屋の駅弁の名前が、″峠の釜めし″という。この峠の釜めしは、炊きたての温かい弁当なのである。素焼の釜が容器になっている。

売上高は、全国の駅弁で三本の指に入る。鈍行しかとまらない小さな駅前企業なのに、なぜ、そんな売上げを実現しているのだろうか。それには、それだけの素晴らしいサービスがあるからである。今では、 一日数万食を売るレストラン三店の外に、中小型の店舗が数店ある。今は故人である先代社長(女性)の人柄が、こんな素晴らしい成果を生んだのである。

先代の社長は、若くしてご主人に先立たれたために、その跡目をついで社長になった。そして、峠の釜めしという炊きたての温かい弁当を生んだのである。

私は、この先代社長に一回だけお目にかかったことがある。折から夏だったが、黒の紹の着物に数珠を手に持っておられた。私は一目見て、親しみと尊敬を同時に感じたのである。

物静かなお話は、すべて″感謝クなのである。 一言話しては、手を合わせる。お客様に感謝し、社員に感謝し、静かで平和な暮しに感謝し、自らの健康に感謝されるのである。私は、お話を伺っている間じゅう、自らをかえりみて、はずかしく、脇の下に冷汗が自然に流れるのであった。

この温かい人柄が、温かい駅弁を生んだのである。それは、次のようなことだった。女性の身で社長にはなったものの、事業の経営などまったく分からない。それでも、「何かお客様に対する真心のこもったお礼はできないか」と考えた末に、次のように思いあたったのだという。

「私は女の身であるだけに、食事のことは少しは分かるような気がします。そこで、これまでの冷たい弁当を温かい弁当にすることを思いつきました。

弁当を多量に作って保温器に入れておけば、確かに温かさは保てる。しかし、味は炊きたてにくらべると落ちる。だから、炊きたての弁当をお客様に提供することにしました」と。とはいえ、言うは易く実行はむずかしい。この、とんでもない難問に挑戦したのである。

つまり、列車の到着に合わせて弁当をつくるのである。といっても、列車ごとにお客様の数はも遅う。この難事を数十年間やり通したのである。そして、この温かい駅弁が、今日の荻野屋をつくりあげたのではないだろうか。

今は、 一日中、毎日何万食も作り続けているので、その中から一部を駅弁にまわせばよくなり、昔の苦労はなくなった。

しかし、その真心は別のところで受けつがれている。それは、無菌厨房である。これを守るために、全社をあげての死にもの狂いの環境整備と、ク一時間一回の手洗いクを実行したのである。それだけではない。現社長は、社員に対して、「少しでも時間にゆとりができたら、手を洗ってください」と言うのである。

そして、荻野屋は、駅におけるお客様と荻野屋との心の交流の場であるプラットホームで、列車が動き出すのを全員が整列して直立不動の姿勢でお見送りし、感謝の意を表わしているのである。

ところで、荻野屋のクレーム処理は、どんなことをしているのだろうか。荻野屋といえどもクレームは起こる。その時は、社長と専務と店長の三名が、揃って手土産を持っておわびにお伺いする。お客様の方でビックリするくらいである。このようなお客様が、団体のお客様をかなり紹介してくださるという。

経営計画方針書とクレーム処理

私は、ククレーム処理の方針″を、経営計画書には必ず載せるように申しあげる。それも、基本方針のなかにである。

私が基本方針に載せるよう指導している最重要事項とは、

① お客様第一主義

② 環境整備

③ お客様訪問

④ クレーム処理

の四項目である。あとの一、二項目は、社長がきめるのである。

これくらい、私はクレーム処理を重要視している。クレーム処理の重要性が経営計画の方針書に合わせて月に二〜三回は唱和されるわけだが、これでも足りないように思うのが私である。

特に新入社員と中途採用の社員については、とても、それだけでは足りない。クレーム処理が、それほど大切なものだと分かっていない場合が圧倒的に多いからだ。そして、最も危険なのは、中途採用者である。前に勤めていた会社では、恐らくはクレーム処理など軽視されていたか、無視されていた事項だからである。

ひどいのになると、「クレーム処理などという次元の低いことに大切な時間を使ってはいけない」とか、「クレームは断乎はねつけよ」という心得を教えていた会社にぶつかったこともあるのだ。現に私の家では、クレームをつけた会社から叱られたことがある。

クレームは、このくらい、多くの会社で無関心か迷惑なことと思っているのだ。それがお客様を怒らせて業績を大きく落とし、社員の人間性までもダメにしてしまっていることに気づかずにいる。だから、中途採用者や新入社員に対しては、まず第一に、社長自ら、研修会の冒頭でクレーム処理の重要性を十分に教える必要がある。

次には、クレーム処理の方針を、大きな紙に書いて、事務所、研修所の壁に貼っておいて、少なくとも研修開始の二週間くらいは全員に唱和させるのである。

重要なことなので、ここでもう一度クレーム処理の方針についてのポイントを述べておきたい。

クレーム処理の方針には、絶対にはずせない四つの重要な点がある。


すべての業務に最優先する


言訳は絶対不可


費用無視、復元最優先


クレームの責任を追及せず、クレーム不報告の責任を厳重に追及する

右はいずれも、お客様第一主義の方針から導きだされたものである。不報告の責任追及の意味を十分にかみしめてもらいたい。これについては、ファンヒーター事件の責任のところで既に解説したことである。

報告・不報告については、心理学が大いにかかわってくる。人間の心理の研究こそ、多くの人たちに最も必要なことである。それにもかかわらず、世には何と反心理学的な誤りの多いことか。

心理学に教わって、正しい行動をとれば、人間社会も、会社も、もっともっと楽しく、暮しよく、働きやすくなるであろう。

作る側の論理(品質)から使う側の論理(信頼性) ヘ

初期の本田技研での話である。

オートバイなどの乗物は、メlヵlとして必ず試乗試験を行う。この試乗試験は、ベテランのテストライダーを使うのが普通である。これらの人々は、オートバイのことは知りつくしている。そのために、試乗して具合の悪い個所があると、自分で直したり、調整してしまうのである。ここに落とし穴がある。というのは、 一般のユーザーはほとんどが素人であるから、具合の悪いところを見つけたり、自分で直したり、調整したりすることはできないのだ。

これが単なる故障ですめばいいが、大事故につながらないという保証はない。こんな危険が伏在しているのだ。

本田宗一郎社長は、このことを知っていて、そのための手をチャンと打ったのである。「オートバイに未経験の青年を求む」ということで採用した青年に、乗り方だけを教えて、東京本社と浜松工場間の書類の送達をオートバイでやらせたのである。ころんでもただでは起きない一石二鳥とは、うまい方法もあったものだ。

オートバイに乗ぅたことのないテストライダーたちは、どこが緩もうと、変な音がしようと、異常発熱があろうと、そんなことは知ったことではない。ただムチャクチャに走らせるだけである。そして、ついに車が動かなくなってしまう。

この時、テストライダーは、近くの公衆電話から研究所に報告するように命ぜられていた。

報告を受けた研究所では収容のトラックを出し、故障車は研究所へ直行である。その結果は、設計ではまったく考えられなかったような、意外なところが傷んでいることが多かったという。

このようなテストと調査の繰り返しによって、ホンダの車は次々と改良され、安心して乗れる車に変わっていったのである。

-設計というものは、技術者によって、過去の経験や様々な実験、綿密で注意深い計算などの結果をもとにして、慎重になされる― ‐それは、十分すぎるほどの安全率が見込まれている。それでも、本田技研のオートバイのロードテストのようなことを必要とするのだ。

これは、私が、東京発動機のオートバイクトーハツ号クのフレーム製作工場であるF社の資材課長をしていた時に経験したことである。慎重な上にも慎重なテストが繰り返された末に生産に踏み切ったはずの新車クトーハツ号″なのに、毎日毎日、設計変更の図面が、少ない日でも数枚、多い日には数十枚もでてくる。文字通り、カラスの鳴かない日があっても、設計変更図面のでない日はなかったのである。これが三カ月ほど続くと落ちついてきて、あとはポツリポツリになる。たかがフレームだけでこれなのである。自動車の新型車生産の時の設計変更は、いったいどんな有様なのだろうか、と思ったことを覚えている。設計の段階で、完全どころか、そのまま使用に耐えるものを作るのは至難の業なのである。

それどころではない。念には念を入れた宇宙ロケットさえ、故障のためにしばしば打ち上げ延期に見舞われるし、アポロ十三号(金曜日に打ちあげられた)は宇宙で故障し、全世界の目がこれに釘づけにされたことを思い出していただきたい。また、多くの機械では、″初期故障クがつきものである。

これらの故障は、精密機械だけに起こるのではない。乳母車にも起これば、買物袋にも起こる。設計というのは、こういうものなのである。

ということは、設計どおり作れば、品質管理の上からは完全な良品であっても、機能的には良品とは限らない。いや、良品でない場合が非常に多いのである。

「品質は工程で作りこまれる」と言ってみても、その品質とは設計品質のことであって、良品という意味ではない。ク検査済証″は良品の保証ではないことを、我々はいやというほど味わってきているのである。

だから、品質管理というのは、あくまでもク作る側の論理″にしかすぎないのであって以使う側(顧客)の論理クではないのである。

使う側の論理は、(設計がどうなっていようと、検査済であろうと、そんなことはどうでもよいのであって)使用目的を果たせるものであり、安心して使えるものなのである。使う側の論理を満足させる商品をク信頼できる商品クという。

それなるがゆえに、明らかに、メーカーの責任は、十分な品質管理を行って、検査に合格する商品を作ることにあるのではなくて、使う側の要求を満足させられる信頼度の高い商品を顧客に提供することである。

メlヵlとしての正しい姿勢は、品質管理(作る側の論理)ではなくて、信頼性管理(使う側の論理)でなければならないのである。

本田宗一郎社長は、まさにこの論理の持ち主なのである。信頼性管理の実践は、「実際に使ってみる」ことであり、「実際に使う以上の過酷なテスト」でなければならないのだ。

信頼性管理というのは、NASAの宇宙ロケットの製造過程で、数々の事故というニガイ経験にもとづき、もう品質管理という考え方ではどうにもならないことを痛感させられ、ここから生まれた新しい思想である。人間を乗せて宇宙を飛び回るという前代未間の大難事の経験からすれば、どうしてもク信頼性クという思想でなければならないという結論に達したのであろう。

信頼性と言ってはいないが、こういう思想は前からあった。

たとえば、航空機では、まず設計通りの機体をつくり、これを破壊してみるということをやっている。ある造船会社の技術部長は、「タンカーの船体の破壊試験をやるわけにはいかないので、設計には物凄く神経を使いますよ」と、私に話してくださった。

破壊試験でなくても、誠意ある会社なら、少なくとも虐待試験はやるべきであろう。

GE社には、ク拷間室クがある。私の知り合いの会社でも、フクバエ業(手押掃除機)、荻原製作所(小型モーター)、ミサト(床暖房システム)などには虐待試験室がある。

ユニークなのは、鬼頭製作所(チェーンブロック)の試験法である。チェーンは電気溶接をするのだが、そのチェーンを試験機にかけて、チェーンが切れるまで引っ張る。チェーンが切れたらおしまいである。そして、溶接部分以外のところで切れたら、合格である。溶接部分は高熱がかかるので弱くなりやすいのだが、この一番弱い部分が大丈夫なら、チェーンの材質をかえる、太くする、ということで、たやすくもっと強くすることができるからである。

JIS規格にある試験法で合格したから…なんてのは、無責任ではないだろうか。

クレームとは社外不良である

クレームとは、使う側、つまりお客様の抗議である。これが分からないでは、社長として落第である。

落第社長は、クレームを軽視するくらいはまだいい方で、ク客の因縁づけ″やク身勝手クととり、迷惑がったり無視したりする。そして、これに対処しようとしない。それがどれだけ自らの会社の信用を落としているか、計り知れないのである。

それでいて、社内不良には神経質にうるさく言う。本末転倒である。そして、この本末転倒社長は、社外不良というクレームーーこれが大きく我社の信用を落としているにもかかわらず、自らはこれに対処せず、まして社長の知らないところで大きな損失を起こしていることなど考えたこともない盲目社長でもある。

品質管理の権威者と称する連中とて同罪である。「SQC(統計的品質管理)からTQC(全社的品質管理、または総合的品質管理)へ」などと、もっともらしいことは唱えても、クレームに対する思想など何もない。その証拠として、それらの文献は、クレームのことにはぜんぜんふれていないではないか。

その言訳として、「社内で個々の部品の不良をなくせば、クレームは自然に解消する」と前項にあげた、本田技研や宇宙ロケットの例を見たではないか。個々の部品が完全に良品で、これらを組み合わせたとしても、完成品が良品であるという保証はまったくないのだ。部品と完成品とは、まったく別のものなのだ。クレームというのは、この完成品から起こるものなのである。この認識をもたない限り、クレームはいつまでたっても減少しないし、正しい意味において、その会社の技術は向上しないのだ。

本田宗一郎は、その著書『スピードに生きる』の中で、「一二〇%の良品」ということを強調している。「一万台に一台の不良車でも、お客様にとっては一〇〇%の不良である」と言うのである。この姿勢が、本田技研を世界一の会社にしたというのが、私の考えである。お客様から信頼される商品やサービスを提供することこそ企業人の使命であり、これを果たしてこそ会社の存続と繁栄があるのではないか。

社長でありながら、「生産や技術のことは分からない」、「コストを押さえられているから、ある程度はいたし方がない」という言葉は、社長が言うことではないのだ。

社会的責任を果たそうとするならば、まず何がどうなっていようと、「お客様に信頼される商品、サービス」を実現することこそ自らの天職と心得て、「そのためには、どうしたらよいか」を考え抜くのが社長であり、これを実現するのが社長の役割なのである。

クレームに社長自ら駆けつける

S社は、牛モツの納入業である。

同社はモツの鮮度保持に、あらゆる努力を惜しまない。そのためにお客様の信頼は絶大である。

ある時、大手のスーパーから、モツの鮮度についてのクレームがついた。社長は、ただちにお客様のところに駆けつけた。現物を見ると、それは別の会社からの納入品であった。

バイヤーが待っていて、

「あなたのところは、クレームをきくやいなやただちに社長が駆けつけてきた。それに反して、クレームを起こした会社は、社長どころか、セールスマンさえも顔をださない」と怒って、その場の欠席裁判でライバル社を出入り禁止とし、S社長に、「我社は三社購買が方針だが、事は衛生問題である。仕入部長には私が事情を報告して了解をとるから、明日から全量を納入してもらいたい」と、決めてしまった。

S社長いわく、「クレーム処理は儲かりますね」と。

ラミネートの通気性が悪い

C社は、ラミネートの包材のメーカーである。ある時、アフリカのワイン会社から、C社の包材は通気性が不満だとクレームをつけられた。社長は、ただちに扱い商社にかけつけた。

先方の会社では、役員がきていた。そして、「五百万円の損害賠償金をだせ」という要求である。通気性についての明確な指示はなかったが、これを確かめなかったこちらも悪いので、いさざよく全額賠償を回答した。

その途端に、相手の態度はガラリと変わり、ニコニコ顔で握手を求めてきた。そして、「いさぎよく責任をとってくれて嬉しい。実は以前にも、日本のある大手のメーカーとのあいだで同様のトラブルがあった時に、その会社はまったく責任を認めようとはしなかった。そのためにあなたの会社に変えたのだが、あなたの会社は立派である」と、ほめられた。

その晩は、相手の招待で晩さんをともにし、帰りぎわに新たに二億円の契約をしたという。C社長は、「あの時は、よっぽど拒否しようと思ったが、それは間違っている。クレームは何がどうなっていようとも、現物が不良なのだから、こちらの責任だと思い直しました。

お陰様でお客様との間によい関係が生まれました。その上、二億円の契約をいただき、この粗利益が八千万円です。金額的にいえばクえび鯛クです。クレーム処理に誠意をつくすのは儲かりますね」と、語ってくれた。

クレーム処理を拒否して

あるシンナー(塗装用の溶剤)のメーカーである。私がお伺いした前年に、売上げが一気に三割落ちて赤字転落してしまっていた。

その原因はクレーム処理に誠意をつくさなかったためである。二年前に、その会社の売上高の三割を占めるナンバーワンのお得意先からクレームがついた。その時に、社長はこのクレームを認めようとしなかった。相手の使い方が間違っているというのだ。

「シンナーという溶剤は微妙なバランスがあり、そのために十分注意して塗料と合うかどうかを確かめなければならないのに、それをしなかったからだ」というのが、その理由らしかった。

こちらは悪くないのだからといって、社長はお客様のところへお詫びにも行かなかった。そのために、お客様から「出入り禁止」を喰らってしまい、売上げが三割落ちて赤字転落してしまったというわけである。

技術屋タイプの社長(だけではないが)には、こうした誤った姿勢をもった人が意外に多いのである。

これは、人間の本性であって、むしろ自然なのである。しかし、自然だからといって容認するわけにはいかない。こんなことをしていたら、友人からも知人からも、いや、すべての人から嫌われてしまう。人間関係の分からない人には、自らは修養のつもりで、よく教えてやらなければならないのである。

この例では、社長が人間関係の機微を知らないために、会社をおかしくしてしまうという罰を受けてしまったのである。

会社の場合には、方針書にクレーム処理のやり方を明記して、全社員で毎日唱和ということになる。これを行うと、人間がまったく変わってしまうのである。

では、ここで、クレーム処理を怠ったために、どんなことが起こったか、もう一つの実例を紹介させていただく。

M製作所は、大型の製紙機械と電線機械を製作していた。

第一次オイルショックは、M社にも大きな打撃を与えた。特に製紙機械は主力商品だっただけに、その注文がピタリととまってしまって、大ピンチに陥っていたのである。私がお伺いしたのは、オイルショック後二年ほどたった時である。

売上年計(第四章の五で詳説)を作ってみたら、売上高はピーク時の五分の一だった。わずかに周辺機械や修理の売上げだけしか残っていなかったからである。社長から、「どうしたらいいか」と言われても、答えようなどなかった。

私は、社長がお客様回りをしているかどうか聞いてみたが、社長をはじめ役員一同ただの一回もお客様訪間をしていないのである。これでは、どうしたらよいかの情報などクゼロクである。

とにもかくにも、お客様訪間をすることをお勧めした。鳩の毛一本でも、何かの情報のカケラでも聞いてみるよりほかに策はなかったのである。

お客様訪間をしたことがないだけでなく、そんなことはまったく無意味だと思っている社長以下を、様々な実例をあげて、その必要性と有効性を説明し、やっとのことで、社長の了解をとりつけた。「一倉があれだけ強調するのだから、とにかくやってみよう」ということになったのである。

十日ほどたった頃、ある得意先の社長から、M社長は腰を抜かすようなことを聞かされたのである。

お客様回りをしても、他の会社の社長さんたちのところでは、儀礼的な取り扱いしか受けなかったのに、その会社では、社長以下、役員総出という感じでの大歓待だった。その理由というのは、次のようなことだった。

かなり前のことだが、M社は新型の画期的な高速機械を開発して売りだしたが、これがまったく使いものにならない大失敗作で、どこのお客様からも大目玉を喰らった。そのために信用の大失墜を来し、それ以後は受注が大幅に減ってしまったという。M社にとっては、聞くも見るもイヤだという機械のことである。狐に化かされたような気で、お話をきいてみると、はじめはたしかに箸にも棒にもかからないものだったが、M社の担当者が昼夜つきっきりで悪いところを直したのである。迷惑そうな設計陣を説得して、変更図面を書いてもらい、下請の尻を叩きたたきして、必死になって直した。その熱意には、お得意先の人まで感心した

こうして、機械が満足に動くようになったのである。もともと高性能を狙った機械だけに、その性能は素晴らしいものだった。

お客様は、大喜びであった。「こんな素晴らしい機械はない。この次の機械更新の時は、あなたのところの機械しかない」という、手放しの喜び方だった。だからこそ、接待がよかったのである。

M社長は、ビックリしたり、喜んだり、お客様に感謝したり、その手柄をあげた社員をほめたり、である。それにしても、不良を直さなかった我社のスタッフに情なくなる。今もって何の手も打たずに、お客様からの信用をまったく失ってしまったままでいることの残念さ、お客様には不義理のしっばなし――それは、お客様の会社の敷居をまたぐことさえできないのではないかと思われるほどであった。

もしも、 一倉式に「クレームの不報告は厳重に処分し、報告の場合には一切とがめない」ということで、この機械の不良が即時に社長に報告され、ただちに手を打っていたならば、様相はまったく違ってしまい、M社はお客様の信用と賞賛を手に入れ、業績は大いに上がっていたことであろう。また、慎重な特許出願によって、場合によったら、全世界にその名を広めたかもしれないのである。

「クレームに関する一倉式思想」の正しさを認識されて、貴社の経営にプラスをもたらされんことを祈るのである。

この誠意を見よ

T社は中企業であるが、塩ビの低圧ホースで日本のシェアの七〇%を占める優良企業である。その技術の優秀さは、NASAにホースをおさめているほどである。社長は誠実無比で、強烈ともいえる責任感をもっている。

数年前のことである。宮田工業では、創立百周年記念行事の一つとして、優良納入業者に無検査納入品の指定をすることを決定し、T社もそのうちの一社であった。その正式指定日の二日前に、T社の商品にク大クレームクを発生させてしまったのだ。後で分かったことだが、ホースの補強用のテトロン糸が、 一級品でなければならないのに二級品だった。そのために、加圧すると、補強用の糸が切れてしまうのである。

T社長は、知らせを受けるやいなや、東京営業所のセールスマン六名をつれて宮田工業に急行した。そして、全数検査を行ったのである。セールスマンは、徹夜で検査機を使って、翌朝までに全数検査をしてしまったのである。

翌朝出勤した宮田工業の部長は、これを見てビックリしたり喜んだりである。不良ホースのために、あちこちのお客様にご迷惑をおかけしなければならないと覚悟していた。それが、何の支障も起こらないからである。

徹夜検査の経緯をきいた部長は、すっかり感心し、お客様へのギフト用品を六人のセールスマンにプレゼントし、 一人一人に握手してお礼とねぎらいの言葉を呈したのである。むろん、その間、T社長は徹夜で陣頭指揮である。そして、 一回の言訳もしなかった。

誤って二級品を出荷した会社では、「申し訳ないことをしてしまった」と、直接、宮田工業に謝罪に行くつもりであったが、T社長は、「気持ちは有難いが、それはやめてもらいたい」と、糸メーカーの謝罪を断わったのである。T社長の気持ちとして、「糸のメーカーが謝罪に行くのでは、それは、我社の言訳になってしまう。何がどうなっていようと、すべてT社の責任である」と言うのである。

こうした話は、すぐに宮田工業にも知れた。 一言半句の言訳もしない上に、糸のメlヵlの謝罪はT社の言訳になるというT社長の言葉に、だれもが感銘したのである。

T社長は、当然のこととして、無検査納入指定取消しを申しでた。ところが、「指定は取消さない」という宮田工業の意向であった……大クレームを発生させた会社に対してである。いかにT社長の人柄が立派であるか、ということの証明である。T社長とは、それほど誠実無比の人柄なのである。

T社長は、私が初めてT社にお伺いした時に、「社長が会社のなかにいるのは、週一日である」と言ったことを、二十年近く守り通しているのだ。こちらの方で恐縮してしまう。T社では、ディーラーの要求は、それがどんなことであれ、すべて受けて立ち、立派に解決してしまう。ディーラーもエンドユーザーも、すべて全幅の信頼をよせている。

T社自体の新機軸も次々にだして、喜ばれている。

一T君、どんなことがあっても、うちの会社を見捨てないでくれ。そうでないと、うちはつぶれてしまう」と、半分本当、半分冗談に言うディーラーもなかにはいるという。

T社とディーラーとエンドユーザーと、三者揃って発展してゆくことは間違いないと、私は信じているのである。

T社長の人柄の紹介は、いくらでもネタはあるが、もう一つだけ紹介させていただく。

今から十年あまり前のことだが、お客様第一の権化のようなT社長は、急増するお客様の要求にお応えするために、営業倉庫の新設をしなければならなかった。

工場は富山県の黒部、営業所は東京、大阪、名古屋、福岡にある。営業倉庫をどこに作るか、ということになった。

その意見を、偉い経営学の先生やコンサルタントなどに聞いてみたら、何と答えるだろうか。答えは、きまったようなものだ。それは、黒部である。そして、その理由は、便利さや在庫管理上の理由によるものであろう。しかし、T社長の考えは違っていた。

「倉庫を建てるのは、お客様サービスの向上のためだ。バカと言われようが、経費が高くなろうが、在庫の運搬に費用がかかろうが、そんなことは小さいことだ。目的はお客様サービスなのだから、僕は、その点から見て四つの営業所に倉庫の建て増しをする」と言うのである。

そして、それが思わぬメリットを生んだのである。各営業所の倉庫が広くなったために、社長の念願であるクお客様の倉庫になるクこと、すなわち、常時タップリと在庫を持つことができるようになり、お客様に喜ばれた。ク在庫回転率を高くするクという文章は、T社の辞書には無いのである。

ここで、ちょっと在庫回転率についてふれておくが、多くの会社では、これがどういうことなのか分かっていない。そして、常時、在庫を減らすことが回転率を高めることだと思っている。売上高を多くするよりも、在庫を減らすことに神経をとがらせる。ク王より飛車を可愛がる愚クを、いたるところでおかしている。

ある靴店で、経理がシャシャリ出て在庫を減らしたために、各店で品切れを起こし、大幅に売上げを落としてしまったことがある。この実例については、「第六章 資金に強くなる」の四〇三頁以下で詳しく述べることにする。

話をもとに戻そう。T社の倉庫には、いつも十分な在庫が揃っているのである。それの、思わぬメリットというのは、何だったろうか。

前述のように、T社の工場は、黒部にある。北陸地方は数年に一度、大豪雪に見舞われる。その時には、交通事情が悪くなる。片側一車線になるからだ。

もしも、T社の黒部の製品倉庫だけならば、どうしても出荷遅延や納期遅延が起こる。しかし、T社の各所にある営業倉庫は、豪雪の影響をまったく受けない。何しろ、予めお客様のところを聞いて回り、冬期中の使用分はすべて、営業倉庫に十分に用意するからである。

お客様は、何の心配もしなくていいのだ。これがお客様を安心させるのである。

定期訪問こそ決め手

事業の発展は、社長の定期的訪問から始まる。

では、「その具体的な実施法とは、どんなものであり、どうしなければならないか」を知らなければ、本当の意味での訪問効果は期待できないのである。いったん間違うと、逆効果をもたらすことを知らなければならない。

複写機が売れない

N社は、あるローカルの中位都市の事務用品の問屋であった。業績は順調ではあったが、N社長には悩みがあった。画龍点睛を欠いているからである。

それは、会社の最重点商品である複写機の売上げが伸びないことであった。数年来、複写機の売上げは横這いだった。どうしても売上げが伸びないのである。「どうしたら売上げを伸ばすことができるか」が、N社長の私への相談だった。私は、社長に次の資料を作ってくれるようにお願いした。

それは、前年度の複写機の総売上げ台数と、その中での新規客に対する売上げ台数であった。できあがった表を見ると、総売上げ台数の五〇%が新規客であった。これだけで十分、あとは私の役割りである。

私は、総売上げの半数が新規客であることの意味を、社長に尋ねてみたが、社長にはその意味が分からなかった。仕方がないから、私が説明した。

「新規客が半数だということは、それだけのお客様を逃がしてしまったということです。逃がしたお客様は、あなたの会社には三度と戻らないかも知れません。複写機を売り損ない、その上、お客様を逃してしまったという二重のマイナスという大きな損失をしたのです。しかも、あなたはそれにまったく気がついていない。気づいていないから、正しい手を打てないということになっています。これでは、あなたの会社の将来は灰色です。だから、販売の基本をシッカリと身につけることです。

販売の基本は、夕定期訪問″です。あなたの会社は、その基本を知りません。

私は、あなたの会社で定期訪問しているかどうかを聞かなかったでしょう。聞かなくとも分かるからです。定期訪間をしていたら、お客様を半分も逃すようなことは絶対に起こらないからです。

あなたがこれに気がつかなかったのは、二つの理由があります。

まず第一は、あなたの会社は軽量の消耗品が主なので、何力月もお客様のところへ行かないというようなことは起こらないので、かえって気がつかなかったということ。もう一つは、販売学というものが、まったく間違っているからです。

間違いの一つは、ク見込客´という考え方です。見込客というのは、一般的な解釈からいけば、ク商品を買ってくださる可能性のあるお客様クということです。間違いのもう一つは、ク計画的定期訪間の否定クです。

この二つが合わさったら、お客様訪問はどうなるでしょう。それは、見込客に対して、買ってくれると思われる時期にしか訪問しない、ということになってしまいます。

だから、機械を買ってくれるまでは、せっせとお客様のところへ通うが、いったん売れてしまうと、もう見込客でなくなってしまうので、パタリとお客様訪間をしなくなる。お客様は、こんな身勝手でドライでエチケット知らずのセールスマンはきらいなのです。そして、そのセールスマン、その会社を嫌いになって、ク三下り半″となるのです。

だから、販売の本やセミナーで教えることはまったく間違っており、人間性をメチャクチヤにしてしまう有難くない教えなのです。その上、会社自体までもダメにしてしまうということになるのです。

あなたの会社の一人のセールスマンの営業パターンを描いてみよう。まず、複写機を買いそうなお客様をみつけると、毎日のように執拗につきまとう。そして、売ってしまうと、パタッと行かなくなる。

お客様は、『現金なやつだ、売ったとたんにバッタリと来なくなる…』と、無視されたようで面白くない。『今度来たって何も買ってやらないぞ』と、こうなる。

セールスマンは、そんなことは人なら、つ露ゆしらずに次の獲物を狙う。その獲物が前回粗末にされた『オッ、しばらくだったな。ところで足はあるか…うん、あるな。幽霊ではないらしい。何しに来たのだ。ナニッ、複写機を買ってくれだと。いや、もう手遅れだ。他社のセールスマンから買うようにきめてあるのだ。お前は来てくれなかったからな!』ということになって、仇をとられるのだ。まだ他社から買っていなくとも、もしも買う場合には、他社から買う。

『そうだ、最近、ある会社の若いセールスマンがよく顔をだしてくれるが、そのセールスマンから買うことにしよう』― ―この瞬間に、見込客はロスト・ユーザーになってしまったのである。これがお客様の心理というものなのである。つまり、販売における、忘れてはならないお客様の心理である」と。

会社というものは、お客様の要求を満たすためにつくられたものである。だから、会社のメンバーになった途端に、全社員がお客様に対するサービス要員となるのである。この自覚こそ大切である。

そのなかで、お客様に直接奉仕する人を営業部員といっているだけで、他の部員も本質的にはまったく同じなのである。そして、その最高責任者が社長だというだけなのである。ということは、社長が先頭に立って、お客様訪間をすることである。これを行わなかったことが、複写機の売上げが伸びない根本原因だった。そして、同時に高収益化もできなかったのである。

営業部員の最も大切な仕事は、言うまでもなく、お客様訪間である。それは、計画的定期訪間でなければならないが、ここでは、その最高責任者である社長の定期訪間について述べることとする。あとは、右べならえである。

お客様訪間の目的は何か

「顧客訪間の目的は売込みである」というように、販売指導をされる。これは、先に述べたように、人間の心理を知らない人の言うことであり、まっ赤な誤りであることは証明ずみではないか。販売などまったく知らない観念論者のタワ言にしかすぎないのだ。顧客訪間というと、すぐにク見込客クという。それがまったくの空理空論だからおめでたいというのである。

もしも、それが正しいのなら、N社の複写機はもっと売れたはずである。ところが、見込客をのがしてしまっただけではない、かえってお客様の不興を買ったではないか。その身勝手こそ改めなければならないのである。

販売を成功させる第一の要件は、お客様に可愛がられることである。そのために一番いい方法は、表敬訪間である。

ある大手の下請の製造部長は、毎日、始業時の一時間で、その日の仕事や指示を済ませると、背広に着がえてお得意様の会社に行き、終日、そこにいる。これを一日として欠かしたことはないそのために、新しい仕事は一番先に耳に入る。万一、不良品がでても、即時対応できる。

もともと人柄がよいので、お得意様でトラブルを起こすことなどないだけでなく、そこの会社中で知らぬものがないほどの名物男になっている。部長に用があると、社内アナウンスで呼び出しがかかるのである。こうした人間関係のために、仕事の受注が絶えることなどなく、業績は長年にわたりきわめて安定している。ある日、その部長が、私に話しかけてきた。

「一倉さん、私は製造部長でありながら、製造の仕事は朝の指示だけです。それでは製造部長ではないという批判もありますが、私が考えている製造部長のイメージは、物をつくる製造部長ではなくて、会社の業績の向上と安定を製造する部長というものです。私の考えは、間違っているでしょうか」と。

こんな立派な製造部長をもっている社長や社員は幸福だ、というのが私の感想である。

事業経営で最も大切なことの一つは、言うまでもなく、お客様との良好な人間関係を築くことである。それを実現する最良の方法こそ、お客様に対する定期訪間ということになる定期訪問なくして、お客様との人間関係は保てない。

だから私は、お客様訪間の目的は売込みではなくて、お客様との間にしっかりした人間関係を保つことであると言うのである。繰り返すが、訪間の目的は次のようになる。お客様訪間の目的は売込みではない。お客様との間の良好な人間関係を築くことである。

社長のお客様訪間はこうして

事業の本質は市場活動である。したがって、社長は社内よりも市場にいる方が圧倒的に多いのが当り前である。

社長が社内にいるのは、 一週間のうち一日以内にすべきである― ‐というのが、私の主張である。

そして、市場にいる時間の大部分は、お客様訪間でなければならない。社長がいくら社内にいて頑張っても、社内からお客様サービスを行うことはできない。

I社長は、「今日で三日間続けて社内にいたが、日の前で働いている社員の姿を見ていると、つい口を出したくなる。この間、お客様のことは忘れていることに気がついて、愕然としました。今日は一倉さんとの相談があるから外に出られないが、明日からはお客様回りをします」と、語ってくれた。

T社長は、「たまに社内にいると、その間、お客様と離れていて、何かしらお客様から大切なことが聞けなかったのではないかと、損をしたような気がいたします」と言う。また、私が定期的に行っている経営計画書実習ゼミで、「一週間会社を離れていたために社業に支障を来した」という社長は、 一人もいない。逆に、「私が社内にいない方が社員はよく働く、ということが分かりました」という社長の声がすべてといってよいのである。私がいくら勧めてもお客様回りをしない社長に、その理由を聞いてみると、「私が会社にいなくてもいいように、社内を整備してからお客様回りをしようと思っておりますが、なかなかそうならないのです」と答える。

冗談じゃない。社内の仕事の円滑化を乱す張本人が会社にいる限り、社内は永久に整備されないのだ。それだけではない。社長が社内にいる限り、社員は社長に寄りかかって、いつまでたっても一本立ちにはならないことを知ってもらいたいのである。

次には、訪間の具体的なやり方に入ろう。

0 会社に出社しない

社長がお客様回りをする日は、朝、会社に行ってはいけない。

これをやると、社長が会社にいるうちにと、役員は相談をもちかけてくる。管理職は報告を行うやら、指示やらを受けたがる。社長あての電話はかかってくる、お客様は来るで、たちまち午前中がつぶれてしまう。どうかすると午後までかかり、結局その日は一日会社にいるようになる危険があるからだ。

社長は、お客様回りが週四、五日だから、自宅にいるのも週に一、二曰くらいになってしまう。それを我慢しなければならないのが、社長なのだ。

けヽアポイントはとらない

先方の社長さん方に、アポイントはとらなくともよい。それは、訪間の主目的が表敬だからである。相手が不在でもよいのだ。その場合には、日付を書いた置名刺をしてくるのだ。置名刺の威力は大きい。後刻、「何か用があったのか」と気をつかってくださる社長さんも多いが、その時も、訪間の目的が表敬にあることを説明して、「お気づかいは無用に」と申しあげるのである。

0 お客様には一人で会う

社長のお客様訪間は、道案内のための社員や秘書を同道してもよいが、先方の人と会う場合には、先方が誰であれ、何人いようが、こちらは絶対に社長一人で会うこと。なぜかというと、自分が来訪された時のことを考えればよく分かる。相手の社長が社員とともに自分の前に座ったら、相手に言いたいことが言えなくなってしまう。これを誤ると、逆効果を生じてしまうから、心しなくてはならない。

④ 相手の要望のみを聞く

表敬訪間は、平素のお礼の他は、相手の希望、要求事項、苦情や不満をお伺いすることだけとする。ただし、先方からのご要求、その他の質問などには、返答申しあげる。

⑥ 繰り返し訪問する

穴熊社長が初めて訪問した時には、相手の社長は突然変異が起こったように感じ、「何の目的で来たのだろう。うかつなことは言えないぞ」と構えて、こちらの訪問目的を探ろうとする。第一回の訪間で、相手の社長の心を解くというわけにはいかない。数回の訪間で、表敬以外に他意はないと分かると、はじめて心を許してくれるのだ。それには、繰り返し三〜五回くらいの訪間が必要である。

こうなれば、しめたものである。相手は、はじめて本当のことを話してくれるのである。もしも、″ピシリーグとムチで叩くようなことを言われたら、こんな有難いことはない。心をゆるしただけでなく、こちらのことを心配して叱ってくださるのだから― ―こういうお客様こそ、我社にとってはク救いの神クなのである。

⑥ 滞在時間はせいぜい十分以内

ところで、相手の社長と会っている時間は、長いほうがいいのか、短いほうがいいのかということになる。

多くの書物には、「客先での滞在時間は長いほうがいい」というよりは、「長くいられるように、こちらで努力しなければならない」というように書いてある。そのためか、クセールスマン話題集´というような本まで出版されている。これについての実例をご紹介しよう。

第一話 ある薬局の奥様の話

私のうちには、沢山のセールスマンが参ります。その中の一人に、とてもシツこいセールスマンがいて、いつまでもねぼっていて、なかなか帰ろうとしないのです。私だって、そんな人につき合っているヒマはありません。他社のセールスマンと鉢合わせをすれば、お互にバツの悪い思いをしなければなりません。そこで、そのセールスマンのために、少しばかり注文をだして、お引取りを願っておりますが、本当に不愉快です。

そのセールスマンは、これが分からず、「ネバれば注文がとれる」と勘違いをしているのである。あるいは、上司の指示かも知れないが、こうしたセールスマン、こうした会社に、好意を持つ人がいるのかいないのかを、よく考えるべきである。

第二話 ある若いセールスマンの話

「客先での滞在時間は長いほうがよい」ということを信じこまされていた、若いセールスあるお得意先で、先方のある課長に、いつもの通り懸命に話をしていたところ、その課長が、「お前の話はいつも長くてしょうがない。今日は用事があるので、五時すぎにもう一度来い」と言われて、正直に五時すぎに再訪問したら、会社には誰もいなかった。いくら課長を待っても、姿を現わさなかった。彼は仕方なく、帰るよりほかなかった。このことを、ある人に話したら、「バカだなあ、お前の話があまり長くて、相手は迷惑しているのだ。そこで、仕事にかこつけてお前を追い払ったのだ」と言われた。「私は、はじめて自分が間違っていることに気がつきました」……

販売、と言うよりは、マネジメントに関する思想には、誤りが多い。それらのものは、″天動説クなのだ。実戦などまったく経験のないやからが、もっともらしい説をふりまわしているだけである。そのようなものとは一切縁を切って、一どうしたらお客様のためになるか」という、自分に対する質問こそ大切であるということをキモに銘じていてもらいたいのである。話をもとに戻そう。

「いつ、いかなる時でも、お客様訪間の時間は短い方がよい」― ‐こんな分かりきったことが、どうして分からないのだろうかと、不思議に思うのである。

はじめての訪間では、相手のほうが気を使って、社長をあまり短時間で追い返すのは失礼だと思って、二十分、四十分となり、ついには食事でもしようということになる。相手の社長にとっては、迷惑な話なのだ。社長は一分でもムダに使いたくないのは、分かりきったことである。

だから、第一回目はいたしかたないとして、二回目からは、はじめに表敬訪間であることを明らかにし、「五分間だけお時間をいただきたい」と、ハッキリ申しあげるべきである。

五分間でおいとましようとすると、まずは引止められる。この時、引止めを断われば素気ない。では、どうしたらよいか…その時は、「では三分間だけ」と言って、腰をおろせばよい。

三分たてば、「タイムリミットですので」と言えば、再び引止める人は、まずいない。これは、最初の引止めはエチケットであり、こちらでそれを受けたから、先方でも満足であり、次には引止められずに帰れるのである。

その五分間という時間は、私が多くの社長に滞在時間についての考え方をお聞きした時に、答えとして返ってくる時間であるが、五分間あると、かなりのことは話しあえる。訪間が重なるほど、五分間で十分である、という答えが返ってくるのだ。

ところで、本当に親しくなると、先方から相談をもちかけられるようになる。この時は五分間ではなく、必要な時間を十分にとるべきである。

P社長によると、お客様からの相談がだんだん多くなり、計画的訪間を十分に行えなくなるという。こういう状態こそ好ましいのであって、計画訪間が少なくなることを気にする必要はないのである。

好もしい人間関係、しかも、社長どうしである。これこそ、お互いの社長の宝物なのである。事業経営というものは、最後は人間関係だからである。

次は、営業部員のお客様訪間であるが、これも、すべて社長に右へならえである。

私は、以上のような主旨を先のN社長に申しあげて、社長を中核とした計画訪間を強くお勧めした。そして、そのなかに複写機を重点商品として位置づけること――こうすれば、季節がどうの、見込客がどうの、という事はまったくなくなってしまい、年間を通じて最も効果的な販売活動が行われる。修理や配送も、販売活動のなかに含めればよい。社長は賢明だった。ただちにこの体勢に入って、訪問活動を開始した。

私は、「この体勢に入ったからといって、ただちに売上げが増加するわけではない。ただ、徐々に増加してゆくことは間違いない。三年後を期してください」と、はげました。

ところが、意外に早く売上げが増大してゆき、 一年後に五割の売上増、二年目の終りには三倍近い売上増大だった。社長をはじめ、全社に自信とともに喜びが広がっていった。そして、驚いたのは、製造元の営業所だった。三年で三倍も売れるようになったからである。営業所長が様子を調べに来た。

営業所長が帰社しての報告は、営業所全員に大きなショックを与えたらしい。N社長を通じて、私に、「そのことについての講演をしてもらいたい」と言うのである。

私は多忙で、すぐにといっても日程がとれないので、お断わりしたのだが、再三、再四の要望である。N社長も、「一倉さん、何とかなりませんか。私のところに、『何とかしろ』との厳命です。板挟みの私を助けてください」というお願いなので、いたし方なく承諾した。講演後、しばらくの間、その会社に「天動説」という言葉が流行したということだったが、これもしばらくして消えてしまったという。

フリト・レイ社…九九・五%のサービス水準

トム・ピーターズの『エクセレント・カンパニー』ならびに『エクセレント・リーダー』(邦訳は講談社より出版) のなかに紹介されている優良企業― ,フリト・レイ社の記事から教訓を引っぱりだしてみよう。

フリト・レイ社は、ペプシコーラの子会社である。主力商品はポテトチップスとクラッカーである。ありふれた商品でありながら、年商二十億ドルを超えており、全米の占有率は六〇%〜七〇%という。まさに独占に近い。

これは、同社の優れた品質管理のためでもなければ、巧妙な宣伝によるものでもない。それは、 一万人に近いセールス部隊と、「九九・五%のサービス体勢」にある。

オークランドの大スーパークセイフウエイクであろうと、山奥にある家族経営の小店舗であろうと全く同様に、 一日一回のフリト社のルートセールスマンの訪間を受ける確率が九九・五%である、という体勢をとっている。

「直接御拝眉の上、ご挨拶申しあげる」という日本的人間関係は、日本の専売特許ではないという実証がここにある。

「お客様に密着する」ということこそ、最大有効の販売促進である。いかなる会社、どんな強敵に対してであろうと、これに勝つ可能性がここに秘められているのである。フリト社のサービスは、毎日訪問だけではない。

一軒の店に二十ドルのポテトチップスのカートンニ、三個を補充するために、わざわざ一台のトラックを出して、数百ドル使う。暴風雨や災害にあった店の後始末を手伝う…というようなことが日常茶飯事として行われている。

フリト社の本社には、こうした行為に対する礼状が絶えない。これは、フリト社がセールス部隊を最優先で大切にし、信頼し、その活動のバックアップをしているためである。

工場は、商品が不足してくると、躊躇せずに時間外操業をして間に合わせる。同社の社員たちは、「セールスヘの奉仕」をモットーとしているのである。そこには、個々のサービスに関する経費や非能率はいっさい意に介さず、「ただひたすらお客様のために」というトップのポリシイがある。これが二万五千人の従業員に徹底しているのである。フリト社は、自らの会社を製造業として定義していない。クサービス業″と定義している。

サービス業とは、お客様が信頼できる商品を確実に提供し、必要な時には、いつでもお客様のもとに駆けつけるサービスを行うことなのである。

蛇口作戦

タンク(メーカーや問屋)のなかの油(在庫)を減らすには、どうしたらよいのだろう。多くの会社では、タンクの外壁にハシゴをかけて、ハシゴの上からタンクのなかを眺めているだけである。これを販売促進と思っている。

これでは、タンクの中の油の減りぐあいは分かっても、油を減らすことはできない。油を減らすには、蛇口をひねることである。

この章でのべた事務用品問屋のN社の業績向上も、フリト・レイ社の高収益も、すべて蛇□作戦の賜のである。

あるメーカーの社長は、「メーカーの役割は間屋まで商品を届けることで、あとは間屋の仕事である」と言っていたが、ピーク時には間屋が忙しいために、スーパーヘの配送が遅れる。スーパーでは、間屋からの配送が遅れがちで、フェース品切れを起こすために、直納してくれるメーカーに鞍替えしてしまった。

ある間屋の社長は、「問屋の役割は配送センターまでで、それから先はスーパーの役割だ」と哺いていたが、この間屋も、スーパーから見限られてしまったのである。

優れた業績をあげている問屋では、申し合わせたように、週二回の小売店訪間をしているのである。

もっと徹底しているのは、オムツカバーの錦ゴムである。はじめ間屋を通していたが、売上げが思うように伸びず、小売店への直売に切り替えたが、売上げはサッパリである。この時のことを、社長は、「出日のないトンネルに入ったような思いだった」と言う。

これは、社長の必死の努力で、新日鉄や門鉄の購買組合の売店に売場を確保することができ、そこでの安定売上げによって、突破国ができた。

やがて、デパートなどでも売上げがでるようになり、一般の衣料品店などへと広がっていった。これらの店に対して、 一週間一回の定期訪間を行い、この定期訪間が大きな威力を発揮するようになったのである。

私は、穴熊社長には、「何はともあれ、お客様訪間をしてください。これをやらない限り、あなたは本当の意味での社長にはなれませんよ」と、厳しく指導することにしている。

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