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第九章裏社会の人間学

ヤクザは一般人の社会の外周に住み、常にこちらの世界を見ています。ヤクザが普通の人を襲うことは少ないですが、薬物・ギャンブル・分不相応な浪費をする者が一般社会から落ちてきたら、傷ついた魚を襲うサメのように群がります。ヤクザの行動はデフォルメされていてわかりやすく、彼ら反社会を知ることで一般社会の形が浮き彫りになります。ヤクザは憧れを抱くような対象ではありませんが、彼らが数百年間業態を維持した方法は参考になります。 9- 1ヤクザになるヤクザは中学・高校生くらいの年齢の子に目星をつけ、構成員にすべく接触を持ちます。脅して無理やり構成員にするのは下策で、恐怖で縛りつけても逃げられてしまいます。非行少年は家庭の愛情に飢えているので情をかけて垂らしこみ、少年の方から組入りを志願させるのが上策です。非行少年がヤクザに対して虚勢を張っても、ヤクザは「いい度胸をしている」と褒めて、少年に一目置いているように接します。親に認めてもらえなかった少年は、大人に認めてもらった嬉しさからヤクザに懐いてしまいます。さらにヤクザは少年に飯を食わせたり、遊びに連れて行ったりと父親や兄のように接します。それは慈愛の心からではなく、情によって縛りつければ後々刑務所にでも行ってくれる便利な構成員になるからです。ヤクザが秀でているのは、こういう押したり引いたりして人間の情を揺さぶる能力です。・行儀見習い少年が組に入ると事務所や寮に住まわされ、雑事を担当すると共に見習い教育を受けます。彼らは家庭で形成されるべき人間のカタができていないから、学校で教育を受けても効果がありませんでした。カタというのは建設現場でコンクリートを流し込む時に使う型枠と同じ意味です。人としてのカタがなければ組で教育を施しても、学校の時と同じように全て流れ出てしまいます。だからヤクザはまず少年を殴って、板金のように叩いて伸ばして人間のカタを作ります。ただ暴力を加えるだけでなく、タイミングよく温情をかける事によって少年を調教します。この押し引きの理屈を知っていても、少年の感情の変化を察して適切にアメとムチを使うのは難しいことです。この点、ヤクザはヘビが舌を出し入れして獲物を察知するように、人の感情を察するセンサーが発達しています。

この揺さぶりによって少年は D V夫から離れられない妻のように、ヤクザと共依存の関係になっていきます。 ・CP(責任感・規律)見習い期間中は様々な当番が割り当てられ、時間厳守で生活をさせられます。少年を無理やりカタにハメることで、否応なく CPが高められていきます。これは警察に採用された人が警察学校に入って、寮生活を送るのに似ています。 CPの忠誠心の対象は警察が警察組織で、ヤクザが組長に対してという違いはありますが、 CPが求められるのは一緒です。 CPが高い者同士は認め合うところがあるので、かつては警察官が一目置くようなヤクザも存在しました。ヤクザの見習い期間は厳しいため、逃げ出す少年もいます。そういう者はヤクザからは半端者と蔑まれ、街では一般人に手を出すやっかいな存在になっていきます。逃げずに見習い期間を終えた者は時間と規律を守り、キビキビとした挙動になります。だから暴対法で金に困ったヤクザの若者が、身分を隠してコンビニでバイトをすると働きぶりが評価されたりします。・ヤキ入れヤクザは事あるごとに少年にヤキ入れという暴力を振るい、人間のカタを作ります。その段階が終わったら、次は人間としてのリミッターを解除するためにヤキを入れます。これにより少年がヤクザになってシノギ(ヤクザ稼業)をする時、ここぞのタイミングで暴力を繰り出す反射神経が身につきます。公文式は反復練習で算数を覚えますが、ヤクザ式教育は繰り返しヤキ入れをする事で少年にシノギを教えます。ただ、最近は家でも学校でも体罰を受けていない世代がヤキに狼狽するので、ヤクザの指導でも暴力が制限されつつあります。・暴力の効果少し前のヤクザは美女と付き合ったり、バカみたいに年の離れた 10代の少女を愛人にしていました。その方法は無理やりではなく、口説き落とすことが多かったです。ヤクザがモテるのは、テストステロンというホルモンによるところが大きいです。このホルモンは男らしさの源で、筋トレで分泌される他に暴力行為でも分泌されます。テストステロン値が高くなると野太い声を出したり、椅子に座った時に大股を開くなど、強いゴリラのオスのようになります。彼らが大股開きで座るのはテリトリーの広さを誇示するためで、チョッパーバイクに乗っているかと思うくらいイスに踏ん反りかえります。ヤクザ映画が全盛の時代、観終わった男たちがガニ股で肩を揺らしながら歩く現象も、一時的にテストステロン値が上がったからです。特に戦後の混沌とした時代には、強いゴリラの生命力は女性をひきつけました。

女性と接することでもテストステロンが分泌されるため、ヤクザはシノギ以外でもキャバクラを好みます。ヤクザの日々の行動はテストステロンを上げるものが多く、彼らの言う『男を上げる』とはすなわち、テストステロン値を上げることなのです。日本で最初にこのホルモンが発見されていたら、『ヤクザ汁』と命名されていたことでしょう。ヤクザや元ヤクザの目がギラギラしているのは、テストステロンの蛇口がバカになって止まらなかった後遺症だと思われます。今は暴力行為のペナルティが大きく、一般女性にはテストステロン値が低そうな男性が求められつつあります。・ヤクザを志望する理由こんな風に厳しいヤクザの世界に、少年たちはなぜ入りたがったのでしょうか?男子の行動はただ一つ、女子にモテることを目的にしています。中卒の不良少年の想像力では、年収数千万円になる仕事はヤクザくらいしか思いつきません。しかし今はシノギが制限された上に、ヤクザだとキャッシュレス社会の中で銀行口座さえ自由に作れません。ヤクザは以前より稼げなくなった上、結婚したら生活の苦労が多いため女性にモテない職になり、少年はヤクザよりも半グレに流れていきます。 9- 2ヤクザの暮らし・疑似的な家族になるヤクザの組織では組長を親父として、兄貴分や叔父貴など親類のような関係が築かれます。これらはいずれも父性的なもので、 CP(責任感・義理)の色が濃い集団です。 CPは正義感にも関係する要素だから、皆さんはヤクザと矛盾するとお思いではないでしょうか。しかしヤクザは組長への忠誠を正義としているため、 CPとは矛盾しません。そのかわり組長も親父としての威厳が必要で、組員にあまり情けない命令はできません。・義理を大切にするヤクザが義理堅いのは CPの習性によるものです。ただ、ヤクザ組織での絆の確認は、本当の家族ではないためお金であらわさなければなりません。冠婚葬祭やゴルフコンペなどのイベントは義理ごとと呼ばれて、ご祝儀など何らかの名目で現金のやり取りがされます。会社の飲み会と違って断ると、『義理を欠いた』などと言われて面倒な事になります。・女人禁制に近い親父と呼ばれる組長の妻は、おふくろではなく姐(あね)さんと呼ばれます。ここで少し日本語の話になりますが、『姉』は血縁関係のある場合の呼び名で、『姐』は単に目上の女性をさします。

組の運営において女性を遠ざけるのは、組織が NP(母性的な優しさ)主体になると稼業に影響するからです。 NPは堕ちた人に優しくしてしまいますが、ヤクザは堕ちた人間をシノギに換えなければならず、 NPはご法度です。ヤクザ組織の中で妻は、組長が刑務所に入って不在の時に代行する事はあっても、飾りのような存在です。妻は組長が出所してくるまで、お花見の場所取りみたいに組長の席を確保しておく役で、実務は補佐役の幹部が行います。怖いヤクザを頭に思い浮かべると、体格が良くヒゲが生えていて、野太い声で咆哮する姿ではないでしょうか?これらはいずれも男性ホルモンが豊富な場合の特徴で、小柄でヒゲが生えずに声が高い女性とは正反対です。こういった動物的な理由で、ヤクザは男のみで構成されています。例外的に日本最大の暴力団で組長が死去した際、未亡人が跡目を決める人選に関与したことがあります。その結果、山口組は分裂して抗争が起こりました。全てが未亡人の影響とは言えませんが、男の世界の力学を乱したと感じるヤクザがいてもおかしくありません。ヤクザの儀式は神事に近いものがありますが、船乗りやマタギ(猟師)も信仰によって仕事場から女性を遠ざける風習があります。差別的と捉える見方もありますが、命を育む女性を危険な場から遠ざけたいという、潜在的な意志が働いているとも考えられます。・兄貴分に付いて行動する弟分のヤクザは兄貴分について回って、シノギを覚えていきます。弟分は運転手の他、シノギの小道具に使われます。例えば交渉で兄貴分と相手が話している場で、弟分が相手にわざと失礼な態度をとり、それを兄貴分が注意してボコボコに殴ります。交渉相手を殴ると傷害になってしまうので、弟分を殴ることで相手に暴力を見せつけます。それに相手の代わりに弟分を殴ったことで恩を売った形になっていて、茶番劇の後は交渉がまとまる空気になっています。弟分は出血している事が望ましく、ケガの分だけ相手が『なんか悪い事したなぁ』という気持ちになり、兄貴分がつけ入りやすくなります。・恩は後で回収される弟分は兄貴に色々教わったり、飯を食わせてもらったりして恩義を感じます。その恩は兄貴分が年を取って、シノギが上手くできなくなってくると回収されます。恩がやっかいなのは金額がわからないことで、食いつめた兄貴分が際限なく『恩を忘れたのか』と弟分に依存してきて関係性が悪くなります。

ヤクザは長生きする前提で作られた仕事ではないので、幹部以外の組員の健康寿命(元気にヤクザができる歳)は 50歳くらいまでです。それより長く生きると醜態をさらす事になります。・ヤクザの知り合いがいると言う者工業高校で留年した不良がそのまま大人になったような輩(やから)は、知り合いにヤクザがいる事をステータスにします。法が厳しくなる前はトラブルがあると知り合いのヤクザを呼び出す者がいましたが、そういう場に来るヤクザは高い地位の者ではありません。それでも輩は少しだけデカい顔ができるし、ヤクザにとっても小遣い稼ぎができます。そんな関係も中年くらいになって、体力が落ちて稼げなくなってきたヤクザが輩に金をたかって、険悪な関係になっていきます。・ヤクザが女性に優しい理由ヤクザが女性に優しいのは、女性が大航海時代のゾウガメのようなものだからです。ゾウガメは生きたまま船に積んでおけば腐らなくて、好きな時に食材に使えるので重宝されました。ヤクザは女性を口説き落とすと自分で愛玩して楽しみ、飽きたら金を稼ぐ道具として使います。・本妻はカタギがブランドヤクザの本妻は意外と地味で、ちゃんと身の回りの事ができるカタギの女性が好まれます。ヤクザの幹部は派手な美女をはべらせている印象があると思いますが、それは本妻ではなく情婦です。情婦は自分の楽しみの為と、お金に換えるために水商売の女性が望ましいです。ミニ豚をペットにしている人が食べる豚と飼う豚を別々に考えているように、ヤクザも本妻と愛人を分けて考えています。・金が貯まらない一般的なヤクザは金が貯められません。まともな方法では口座が作れず、何とか作れてもバレたら解約されてしまいます。それが海外の口座なら現金を没収されることもあります。自宅の金庫に保管をすると、どこかから情報が漏れて泥棒・強盗に奪われます。だから普通のヤクザはくだらない事に浪費をしてしまい、老後資金が貯まりません。・ヤクザは真面目にコントをする例えばぼったくりバーはコント型のシノギの一つで、ポッキリ 3, 000円で店に誘いますが、会計時に法外な値段を提示されます。客が抗議すると改めてメニュー表を見せ、小さく書いてある【氷は別料金で 1万円】

の文言を見せます。あるいはデート商法のように、グルの女が街で引っ掛けた男性を店に連れ込むパターンがあります。そして男性のおごりで、女がミニグラスの酒をわんこ蕎麦くらいパカパカ飲み干し、高額な料金を発生させます。そんな茶番劇でもヤクザは真剣に芝居をします。・会話が成り立たないヤクザは交渉の主題を無視して、相手の言葉尻を捉えて難癖をつけて不利な状況をひっくり返します。これはヤクザでなくとも、日常で会話が成り立たない人と同じではないでしょうか?会話が成り立たない人は、会話の途中に出た比喩や例え話などに意識が移ってしまい、話題がズレてしまいます。こういう人は会話の一部分だけしか理解できず、興奮もしやすいため正業に就くのが難しいです。会話が現代より重要だった時代、会話が成り立たず行き場のなかった者がヤクザになり、シノギの場では会話が成り立たない方が勢いで主張が通せる事に気づいて、ヤクザの交渉術の基本になったのではないでしょうか。・クスリはご法度かつてヤクザは、建て前として治安維持で民を守る側であったため、存在を許されていました。だからヤクザは民に害をもたらす薬物を扱わない事になっていました。しかし、薬物はシノギとしては割りがいいし、どうせ誰かが売買をするのでなし崩し的にヤクザが手を染めることになりました。それでも表向きは今でもご法度という事になっています。昔のようにトイレに行かない設定を守っているアイドルはいませんが、ヤクザは今も設定だけは守っています。・カタギに迷惑をかけたくない理由日本には 3万人弱のヤクザがいます。一般人は『自分一人対ヤクザ 3万人』と捉えるので、ヤクザが言う「カタギ(一般人)に迷惑をかけるな」という言葉を、強い者が発する慈悲のようなニュアンスで受け取ります。しかしこれは逆で、ヤクザ側は 3万人対カタギ 1億人という認識で、迷惑をかけた時の報復を恐れています。動物の勘でヤクザは、カタギが恐ろしい集団という事を知っています。ヤクザはしきたりなどで努力をして結束を図ろうとしていますが、反目し合う組織もあって、とても自分たちを 3万人の集団とは思っていません。それに対してカタギはバラバラのようで、自分たちが脅威に晒されると意識が統一されたかのように結束します。そうして社会性によって集団で敵を干上がらせて、確実に排除をします。

このカタギの怖さを、ヤクザは昔から知っています。昔のヤクザは領主の重税から逃散した民や、家から逃げ出した農家の三男坊などで構成されていました。農家に三男坊として生まれ、生涯独身で長男の奴隷になる事を命じられたら、誰だって逃げたくなるのではないでしょうか?しかし、そうやって逃げ出すと戸籍制度から抹消され、あらゆる権利を奪われた弱者になります。そういう弱者同士の互助組織としてヤクザが生まれ、人間社会のヘリにしがみついて生きてきました。マジョリティ(多数派)であるカタギとヤクザの間には、見えない約定が交わされています。マジョリティはヤクザが自分たちに危害を加えるのを許さない代わりに、マジョリティからこぼれ落ちた者がヤクザに喰われる事は目をつぶります。だから一般社会と裏社会の境界上にある街、例えば歌舞伎町に足を踏み入れた者が被害にあってもさほど問題視されません。ぼったくりバーの被害者は笑いものにされるし、風俗店が入った歌舞伎町のビルの火災で 44人の死者が出ても、別世界の事として扱われました。このようにマジョリティは、集団のルールから外れた者には冷たい一面を持っています。しかしこれは性格が悪いのではなく、一部を犠牲にして群れの安全を図る、生き物の生存戦略からきている行動です。カタギとヤクザの微妙なバランスが崩れたのが、平成バブルの時代です。土地の高騰に目をつけたヤクザが地上げ屋となり、普通に暮らす一般人を脅して土地から退去させました。その恫喝の様子はテレビを通じてカタギに共有され、一人一人が被害を受けたような気持ちになりました。それ以降ヤクザはカタギの敵とされ、様々な権利がはく奪されていきました。こうして時間をかけて根絶やしにするのが、マジョリティであるカタギの攻撃方法です。かつて人間の祖先がホモ・サピエンスだった時代、ネアンデルタール人という種もいました。個体としてはネアンデルタール人の方が強かったのですが、群れを作る社会性はホモ・サピエンスの方が優れていました。結果はネアンデルタール人の絶滅で、これは現代のヤクザの姿に重なります。 9- 3ヤクザは伝統芸能ヤクザは大昔から芝居の興行を担っていたからか、シノギもイチイチ芝居がかっています。ヤクザ特有の脅しと宥め(なだめ)の間や、腹からドスの利いた声を出すなどの芸が代々継承されてきました。ここでヤクザの交渉をおさらいします。交渉においてヤクザはまず、無理難題を吹っ掛けます。相手は当然あれこれ言って断ろうとしますが、その断り文句の中にヤクザは局所的なアヤを見つけて論点をズラし、そこを目いっぱい拡大して攻撃します。そして一部のアヤから相手の話を全てひっくり返し、筋を通せと言って要求をのませます。

ヤクザは頭の回転が速いと言われますが、そうではなくて同じような場面を繰り返し経験しているので、反射的にレスポンスが出てくるだけです。落語や歌舞伎のようなもので、決まった演目なのです。ヤクザは迫真の演技と反射神経により、わがままな要求を通してしまいます。普通の会社で働いている人は、一方的な要求を通す事の愚をご存じだと思います。無理を通して一時的に儲かったとしても相手に恨まれ、余計な軋轢を生んで少しずつ仕返しをされます。人は相互利益を考えることで長期的な関係が築けますが、早死に前提のヤクザは短期的な利益を狙います。・ヤクザの歴史ヤクザの歴史は古く、江戸時代より前には博徒(バクチ)の胴元や、寺社の催しの出店を差配したりしていました。当時ヤクザ者になるのは、無戸籍・住所不定といった行政サービスの対象外にいる、一人で生きるのが困難な者たちでした。旅芸人の興行を取り仕切っていたこともあり、ヤクザが仁義を切る(自己紹介を兼ねた挨拶)姿は役者のようです。・一宿一飯の恩昔のヤクザの一形態である渡世人は、家がないため各地を転々としながら生活をしていました。土地の親分の家に泊めてもらう時、仁義を切って自分が渡世人であることを証明しますが、この時の口上がたどたどしいと偽物扱いされて叩きだされます。逆に見事に仁義を切ると、有能な人物として一目置かれます。泊めてもらった渡世人は親分に対して一宿一飯の恩を感じ、親分が困った時に恩を返します。恩の売り買いは互いに信用がなければ機能しないので、ヤクザが単なる犯罪組織とは異なる事が伺えます。・定型の演劇ヤクザの収入源であるみかじめ料は、スナックなどの店舗から毎月受け取る顧問料のようなものです。今風に言えば、サブスク(定額サービス)です。この契約を取り付ける際に男 Aが店でトラブルを起こし、男 Bが成敗するという茶番が行われます。店側は Aと Bがグルのヤクザである事を察しますが、目の前で繰り広げられる暴力行為の迫力と口上によって契約してしまいます。この劇場型シノギは定型化されていて、掛け合いから契約までの流れは伝統として引き継がれてきました。大衆演劇が毎回、似たような筋書きで細部だけ変えて何度も上演するように、ヤクザはずっと同じ演目をやってきました。ヤクザから役者になった者もいて「やくざと役者は一文字違うだけ」と言っています。半グレの場合シノギは完全に個人の力量で決まりますが、ヤクザのシノギは演目を覚えれば多少不出来な者でも形になります。

半グレが面倒くさがるヤクザの徒弟制度やしきたりには、半人前の者を引き上げてやる効果があります。フリートークがあまり面白くない人でも落語家になれるようなものです。ただ、人同士の距離感が離れた現在、相対して感情を揺さぶる伝統的なヤクザのシノギは、他の伝統芸能と同じく廃れつつあります。・押して引く、ヤクザの柔道ヤクザがアヤをつける時、相手がわずかでも罪悪感を感じている部分を徹底的に責めます。後ろめたさから相手が一部でも非を認めると、ヤクザは全部を承諾させるよう畳みかけます。『一本取られた!』と思った時には、本当に一本( 1000万円)くらいヤクザに取られています。柔道では押して引いて重心を崩して投げ飛ばしますが、ヤクザはそんな風に人を揺さぶって金を巻き上げます。だからヤクザはしきりに謝罪を要求して、一本取れる組み手に持ち込もうとします。・ヤクザが些細なことでも要求をひっこめない理由ヤクザが勧めた酒は、拒否をするほどヤクザがゴネるので断ることが難しいです。ヤクザは常日頃から相手に YESを言わせて、重要な頼み事をした時にも YESしか言わないよう調教しています。ヤクザは日常の中で、押しに弱い人間かどうかを試しています。口癖のように「すいません」が出る人は、ヤクザにつけ入りやすいと思われるので注意が必要です。・基本はアナログな仕事ヤクザのシノギの一つで、約束手形を使ったものがありました。約束手形とは取引をした際に買い手が売り手に渡す、お金を払う期日を書いた念書のようなものです。この手形は現金のような効力があり、受け取った手形を別の会社への支払いに使う事も可能です。手形は期日がきたら銀行で現金に換えられますが、その時に手形の振り出し人(発行した人)の口座に残高がないと不渡りとなって、手形の持ち主は現金が受け取れません。そういう不渡り手形の持ち主は、簡単に言うとババ抜きでババを引いてしまった状態です。手形を使った取引は借金の証書が飛び交うようなもので、こういったアナログで隙の多いものはヤクザの大好物です。しかし、デジタル化されてネットバンクが主流の現代、手形取引はなくなりました。人の間に割って入るのが生業のヤクザにとって、デジタルで人と会わない社会はとっつきにくいものです。それまではヤクザがシノギを考えだし、市中の不良がそれを真似たりしていました。しかしヤクザがデジタル化に乗り遅れた間に、半グレが ITを使って様々なシノギを生み出しました。ヤクザはすぐに小指を切り落としてしまうので Enterキーが押せず、キーボードを叩く速度でも半グレに後れを取りました。・半グレに近づくヤクザ

ヤクザは一般社会から堕ちてきた人をシノギの種にしますが、半グレは一般人に危害を加えることに抵抗がありません。例えばオレオレ詐欺は家にいるだけのお年寄りを的にかけるもので、昔気質のヤクザなら恥ずかしいと感じるものです。しかし、他のシノギが縮小する中、オレオレ詐欺に関わるヤクザが増えてしまいました。半グレのシノギを真似るヤクザは、旧来のヤクザとは異なる存在です。・ヤクザはかつて、市井の弁護士事務所だったかつてヤクザは市民にとって、弁護士よりも手軽な紛争解決手段でした。弁護士に頼むと膨大な時間がかかる上、金銭トラブルの場合は裁判で買ってもお金が回収できない事がありました。しかしヤクザは回収したお金の半分を持っていきますが、早く確実に問題を解決してくれます。時には家庭内の問題を解決したり、今よりも身近な存在でした。現在はヤクザに相談すれば関係者リストに乗ったり、反社のターゲットにされたりとロクなことはありません。・ヤクザが現代まで残った理由ヤクザになるのは育った環境が複雑で、社会性が欠落した者が多いです。そのままでは働く術がないところを組が拾い、壊れた人格を更に叩き潰してから、ヤクザとしての人格を植え付けます。ヤクザが連綿と引き継いできた魂は、若い男の体に憑りつくことで実体化します。そして男の体が年老いてくると、また別の若い男に憑りつきます。若い人間の体を乗り継ぐことで、ヤクザの魂は現代まで残ってきたのです。老ヤクザが搾りかすのようになるのは、長く人生を乗っ取られていて何も残っていないからです。・ヤクザ志願者が減った理由かつてヤクザは中卒でも年収 2 ~ 3千万円になる仕事でしたが、今は稼げない上に不便が多いです。ヤクザはスマホ必須の時代に契約が許されず、銀行口座なども作れない社会的弱者です。それでも殆どのヤクザがスマホを所有していますが、他人名義なので警察がいつでも詐欺でひっぱれるようになっています。ケンカの際もヤクザをにおわせるだけで罪になるので、入れ墨を彫ったり指を詰めたりしたヤクザは不自由します。それに社会や学校で暴力が減った現代、見習い期間に殴られると若者はビックリしてしまいます。そういった事から、ヤクザを志願する若者は大幅に減りました。今は入れ墨や指詰め、暴力などのヤクザくささを消さなければ若者は集まりません。若者を集める際に参考になるのは、人材難のオナクラという風俗が生み出した『脱がない・舐めない・触らせない』

という求人広告のコピーです。これを現代のヤクザの求人に当てはめると『彫らない・詰めない・殴らせない』になります。ヤクザはオナクラと同じなのかと怒る関係者がいるかもしれませんが、人と人との摩擦で稼ぐという意味ではオナクラ嬢と一緒です。 9- 4ヤクザの寿命ヤクザになる時は、誰も自分が 60代になる時の事なんて考えません。そもそもヤクザは平均寿命が短い時代に生まれた職業で、中年以降の身の振り方など想定されていません。昔のヤクザは体力が低下する前に、入れ墨の鉛で腎臓・肝臓にダメージが溜まり、丁度いい頃合いで死ぬことができました。それが現在の入れ墨は安全な墨が使われて、ヤクザも長生きできるようになってしまいました。これはめでたいことではなく、ごく一部の幹部を除いて、老いて体が萎んだヤクザに組での居場所はなくなります。個人差はありますが、ヤクザとして活動できる健康寿命は 50歳といったところでしょう。それ以上に長生きしたヤクザは醜態をさらすことになります。・若手に煙たがられる中年あたりになっても役職がつかない組員は、若い組員にとっては高校の同じクラスに留年生がいるみたいなもので、接しにくい相手です。そんな空気をうすうす感じているので、中年の組員はフカシ(虚言)で自分を大きく見せます。それもまた若手組員の不興を買い、中年組員はますます組に居づらくなります。・シノギが上手くいかなくなるヤクザのシノギは F C(行動力・発想)が必要な場面が多いです。例えばもめ事の介入でヤクザ同士の話し合いになった際、相手のヤクザが『大ごとにしないで、お互い組の看板はナシで話し合おう』などと言ったら、それを組の看板を貶したとかアヤをつけて、本題のもめ事の主導権を握ります。こういう交渉では相手の言葉尻をとらえて全てをひっくり返す瞬発力が必要ですが、歳をとって反応が鈍ると掛け合いが上手にできなくなります。ヤクザの掛け合いはリズムこそ浪曲みたいですが、やっているのはフリースタイルのラップバトルと同じなので、歳をとって咄嗟に言葉が出てこなくなるのは致命的です。・人間関係がうまくいかなくなる

人間不信でビクビクとした幼少期を過ごした者がヤクザになって、腕力と知識が充実するとシノギが上手くいくようになり、自信が持てて怯えがなくなります。人間、自信がある時は懐が深くなり、人間関係も円滑になるものです。ヤクザは不遇だった子供時代を克服し、人生の絶頂期を謳歌します。しかし中年になったある日、体力は衰え頭の反応速度もにぶり、思うようにいかない事が増えてきます。そうなると自分の心を守っていた強いヤクザの鎧が剥がれ、幼少期のビクビクとした人格がむき出しになります。臆病さから疑心暗鬼になり、些細なことを悪く受け取り怒るなど、人間関係がギクシャクしてきます。結局は子供時代を乗り越えられず、ヤクザは再び孤独な境遇に戻っていきます。ヤクザが普段から義理人情を口にするのは、それがヤクザの世界では儚いことのため、互いに念押しが必要だからです。・弱者になるヤクザ組織は一般企業よりも座布団(役職)が少ない上、出世競争に敗れても出向先をあてがってもらえません。だから歳をとったヤクザは生活保護を不正受給したり、遠くの街で住み込みのバイトをしたり、あるいは路上で暮らすようになります。彼らはそれまでのヤクザ人生で足蹴にしてきた人と、同じ境遇になっていきます。人生は因果が巡って、自分に戻るようになっています。 9- 5繁華街を見廻る元組長元ヤクザがどのようなものか、夜回り組長と呼ばれた Iを例に解説します。 Iはある広域暴力団の元組長という触れ込みで、刑務所を出所後の 60代から作家活動を始めました。やがて非行少女・少年を更生させる名目で、夜の繁華街に繰り出すようになりました。それが雑誌に注目され講演会に招かれるようになり、 70歳頃にはテレビで取り上げられたり、活動が映画化されるようになりました。メディアへの露出は 2010年頃がピークで、その後は露出が減っていきました。彼が再び脚光を浴びたのは 2018年で、強盗殺人の末に入水自殺をした時でした。死後、彼の経歴のウソや活動内容のいかがわしさが取りざたされました。人間が更生する美しい物語を信じていた人たちは騙されたと感じましたが、彼の生き方はヤクザとしては正しいものです。ヤクザの語源は、博打の計算では 0点を意味する数字の八九三からきていると言われています。 Iの最後は派手に活動した挙句に、全てが無に帰すヤクザらしいものでした。それにしてもなぜ、 Iはこんな活動をしたのでしょうか?その疑問を人間学的にヒモ解いていきます。 ・Iの少年時代

Iは闇市の仕事をしていた父親のもと千葉県で育ちますが、昭和 25年に父親の暴力から逃れるため、 11歳 ~ 12歳で家出をして浅草に来ました。父親はもともと酒乱で粗暴でしたが、 Iが盗みで警察に捕まってからは暴力がエスカレートしました。 Iは自分で泥棒をしていたと語っていますが、これは Iが得をする話ではないので本当の事でしょう。それと父親が手を上げる事に関しても、この父親が戦後の闇市という鉄火場のような場所で働いていた事を考えると、人格と矛盾しない行動なので本当の可能性が高いです。ヤクザはフカシ(盛った話)が多いものですが、このあたりは Iが作家を始めて、脚色をあまりしていなかった頃に人に話してしまった事だと思われます。ただ Iは自分がヤクザになった原因を、戦争のせいにしたがっていた節があります。戦時中の体験として Iは、敵戦闘機の機銃掃射によって自分の周りで大人たちが『ゴロゴロ死んだ』と言っています。それで価値観が変わってしまったと言いたいようですが、この話は果たして本当でしょうか?銃撃の場に居て周りの人が撃たれたら『バタバタ死んだ』と言いそうなところを、『ゴロゴロ死んだ』と言っています。これは銃撃の後で現場に行って、遺体を見た情景を浮かべているような言葉です。このあたりは単なる言い間違いの可能性もあり、ウソの確証はないので真偽を断定せずに、疑念として保留扱いとします。しかし昭和 25年に家出をして浅草に来た時、『ちょうど終戦後だからガレキの山』と言うのは明らかにおかしいです。昭和 25年 = 1950年の東京は復興が進んでいて、 Iが『ちょうど終戦後』と言うのも、『ガレキの山の中で寝ていた』と言うのも違和感があります。 Iの語る内容は戦災孤児の体験のようで、終戦直後の上野の浮浪児をモデルにしている可能性があります。 Iは両親も家もあるのに盗みをして叱られ、それに反発して家出をしましたが、戦災孤児の方がヤクザにならざるを得なかった可哀そうなキャラクター感が出せます。実際 Iはナイトクラブで働く女性に拾ってもらう時に、戦災孤児だとウソをついたと言っています。ただ、 15歳まで 3年間同居したというそのナイトクラブの女性の存在自体、どこまでが本当か不明です。ヤクザの話は子供時代から虚実が混ざっているので、ドラマチックな内容でも真に受けるべきではありません。例えば子供時代にお母さんにスーパーへ買い物を頼まれた何気ない話も、ヤクザに語らせたら桃太郎のような冒険活劇に脚色されるでしょう。それが彼らの仕事です。・ヤクザになる Iは 15歳でナイトクラブの女性の元から去ると、ワルの仲間と暴力沙汰を起こして少年院・刑務所に収監されました。そこで当時有名だったヤクザを見て憧れを抱き、自分もヤクザになったと言っています。彼のヤクザ時代の話は日本刀の切り合いをしたり、かなりの武闘派だったような話しぶりです。

ヤクザの話は大抵が所属していた組がいかにイケイケだったのかを話し、さらに自分がどれほど暴力的であったかをカタります。これは聞く人に『今は鞘に収まっているけど、逆鱗に触れたら恐ろしい事になるぞ』という思いを抱かせる脅しの効果があります。彼らの虚言は講談のようにエンターテイメント性がありますが、所々リアルな描写も入るため信用してしまう人がいます。例えば『トカレフ(ソ連製拳銃)を油紙に包んで埋めておいて・・・』など、妙な生々しさを織り交ぜて話します。それに文字に起こすとウソくさい内容でも、抑揚をつけたヤクザの口上によって聞いてる側はトランス(催眠のような)状態になり、何となく本当のように感じてしまいます。バナナの叩き売り(独特の口上でバナナを売る)を安いと思って買ってしまうように、ヤクザの話を本当だと思ってしまいます。ヤクザにとって虚言(フカシ)は恥ずかしい事ではなく、シノギに欠かせない必須のスキルです。ヤクザが話す経歴は、出会いアプリのプロフィールくらいの信憑性だと思っておいた方がいいでしょう。・ヤクザから作家に働き者の Iは刑務所に勤めていた(入っていた)期間が長く、暇を持て余して刑務所仲間に他所の女囚を紹介してもらい、文通を始めます。そして獄中結婚をして 60代で出所すると、先に出所していた女性と生活を共にします。弁舌巧みなヤクザは歳をとって掛け合いの瞬発力が落ちても、執筆活動で能力を活かせる者がいます。歳をとってから俳句をたしなんだり小説を書いたりするヤクザがいる中で、 Iは自分の獄中結婚の話を書きました。その本が評価され、以降は毎年のように本を発表するようになります。その頃、夜の渋谷などで徘徊する少年・少女らの相談に乗る高校教師が、夜回り先生と呼ばれて注目されていました。夜回り先生を真似たか定かではないですが、 Iも同様に繁華街で徘徊する少女らに話を聞く活動を始めました。それがメディアに取り上げられ、夜回り組長と名づけられて知名度が上がりました。テレビにまで出演するようになると、誰もが元ヤクザの改心の物語を信じ込みました。・改心を見抜くポイント Iは改心をしたと言ってますが、本人の言葉ほどあてにならないものはありません。まずヤクザが改心するパターンを考えてみます。戦後、軍隊くずれでヤクザになった者が、歳をとって F C(行動的)が落ちてくると元々の CP(正義感・規律)が浮上して、改心するパターンがあります。しかし、 Iは子供の頃から CP(厳格な父性)より F C(自由奔放)の方が高い子だったので、歳をとっても CPが優位になることはありません。だから FC的に目立つことを好み、夜回りと称して活発に夜の街を出歩いていたのです。

あるいはキリスト教や仏教に目覚めて、 CP(忠誠)の対象が組から神に変わり更生する例がありますが、これも Iには当てはまりません。 Iの行動から人格を見ていきます。 Iがヤクザを辞めるキッカケは、彼曰く何度も収監されて獄中死は嫌だと思ったのと、獄中結婚が理由です。犯罪を繰り返しておきながら獄中死するのは嫌だというのは、覚悟を決めて極道になった CP(自他に厳しい)の高いヤクザなら言わないことです。このあたりも調子のいい F C(身勝手)らしさが出ています。獄中結婚に関しても、要素としては FCが第一にあげられます。結婚相手は会ったこともない別の刑務所の女性服役囚です。もし Iの CP(正義感)が高ければ、 CPが低そうな女性を嫌っていたはずです。 Iには刑務所に収監されながらも罪を償う気持ちが見られず、女性と楽しむことばかり考えていて、ここにも F C(無邪気)の高さが伺えます。 60代の時点でこういう行動をしている人間が、夜回りで少女を救うために立ち上がる理由はありません。人を見抜く方法は相手の言葉ではなく、経歴と行動の矛盾点を見ます。善人に魔が差すことがあるように、悪人もたまに善行を施したくなる時がありますが、それは気まぐれに過ぎず長続きはしません。・夜回り活動の理由 Iが繁華街で話を聞くのは少女たちばかりで、ここに夜回りを始めた理由が垣間見えます。夜の街を徘徊する少女は、薬物やリストカットの問題を抱えた精神が不安定な子が多いです。 Iはそれらの少女の悩みを聞くという口実で近づいて連絡先を交換して、時には自分の家に泊まらせていました。つまりやっている事はナンパと変わらず、これが原因で獄中結婚した女性と離婚しています。座間市で 8人の女性をアパートに連れ込んで殺害した犯人は、 Iのように繁華街に出るのではなく、 SNSを使って精神が弱っている女性を集めていました。この犯人も、悩みを抱えている女性は簡単に口説けたと言っています。 70歳前後の Iがナンパをするほど精力旺盛だったのかという疑問については、ヤクザ生活でテストステロン(男性ホルモン)が豊富であったからではないかと推察します。それ以上にヤクザの習性によって、女性を手に入れずにはいられなかったのでしょう。援助交際が全盛の時代、売春をしている女子高生を捕まえてはセックスとみかじめを要求したのがヤクザです。ヤクザが繁華街に堕ちている女性を金と快楽の道具にしなかったら、それはヤクザのシノギを冒とくする事になります。崇高な理念で夜回りを語る Iの発言と、ヤクザな行動の矛盾に彼の本質が凝縮されています。・夜回りの服装 Iは夜回りの際、おじいちゃんなのに冗談みたいなラッパーの恰好をしています。

似合わないダボダボの服を着てキャップを被っていましたが、それが逆に愛嬌となっていました。自分の本や DVDのパッケージでは和装姿にサングラスといった、ベタな大親分の恰好をしています。デフォルメされた服装は、ヤクザとしておかしな事ではありません。ヤクザにとって服は舞台衣装で、シノギの時に着ている服はその内に板についてきます。ダブルのスーツなんかが似合うのは、ヤクザかイタリア人くらいです。黒いシャツに白いジャケットの奇抜な組み合わせでも、ヤクザは力技で着てしまいます。そのかわりヤクザは私服が似合わず、幹部クラスがフワっとした服を着ると、なぜかおばあちゃん感が出てしまいます。プリンに醤油をかけたらウニの味になる、みたいな不思議な化学変化です。だからヤクザは私服をブランドのジャージなどで誤魔化す事が多いのです。虚勢を張るのは服だけではなく、家や組事務所の内装にも見られます。家具と調度品はどれも高級ですが調和がとれておらず、高いラブホテルみたいな部屋になってしまいます。・徐々に露出が減るメディアによって権威付けされた Iは、そのハクを活かして講演会に呼ばれたり、有名な評論家と対談したりと絶頂期を迎えました。ヤクザの抗争があると Iは広域暴力団山口組の元組長を名乗り、大物然として解説をしています。私生活ではどこで見つけたのか資産家女性と交際して、金銭的な不安なく暮らしていました。しかしヤクザが築く城は脆く、徐々に足元が崩れていきます。 Iの素行の悪さが漏れ伝わっていくとメディアでの露出が減り、資産家の女性も離れていくと貧窮するようになります。 Iは 70代後半で借金をしながらアパートで暮らすようになりますが、組織に追われていると思い込んで逃げ出します。そして簡易宿泊所に泊まりながら窃盗をしている中で、同宿の老人の首を絞めて殺害して、高級時計を奪って逃走しました。ちなみにヤクザが高級時計を好むのは、身に着けられるお金だからです。見栄を張るのに使うのはもちろん、銀行口座を持てないヤクザが地方に逃げる時には逃走資金になります。殺害されて時計を奪われた被害者の首の骨は折れており、 Iの狂暴性が伺えます。この頃の Iの狂暴性と妄想性は、前頭葉の特定の部位が委縮するタイプの認知症の可能性があります。そうなると倫理観や判断力が衰え、平気でルール違反をやって周囲とトラブルを起こすようになります。 Iは殺人の五ヶ月後に知人を刃物で切り付け、逃走の末に近くの川に身を投げて入水自殺をしました。築き上げたものを全てご破算にした Iの最後は、この世にしがらみを残さないヤクザとしては正しいあり方でした。 ・Iの死後

Iの夜回りの目的が少女漁りだった事は生前から漏れ伝わっていましたが、組長という肩書も怪しいという話が出てきました。本当は幹部でも組長でもなかったのではないかという疑惑を検証したいと思います。 Iは山口組の元組長と言っていますが、ヤクザ組織は山口組系〇〇一家、さらにその下の △ △組系 ✕✕組の組長というように二次・三次団体などがあり、 Iは組長だったとしても五次団体あたりの可能性が高いです。ヤクザ組織はフランチャイズチェーンになっていて、運営会社が本家だとしたら下は直営店とフランチャイズ店に分かれています。 Iは加盟料(上納金)を払って看板の一部を借りる、フランチャイズ店であったと思われます。また、組長と言っても組員のいない、一人組長というものがあります。 Iがよく収監されていた事を考えると、組長だとしても出頭させる身代わりがいない、一人組長であった可能性が高いです。山口組の幹部には高次の団体の組長が就くため、 Iが山口組の幹部の可能性は低いです。このように彼の発言内容に対して、実際の地位はかなり低いものと思われます。ただ、老いて落ちぶれるヤクザが多い中、 60代からもう一花咲かせた事は Iの才能を物語っています。 9- 6山口組組長 1980年代、組長の後継者争いに敗れた一派が山口組から分裂して、一和会が結成されて抗争が起こりました。ここでいう山口組は本家である一次団体のことで、フランチャイズチェーンの運営元のようなものです。山口組傘下の系列の組長が本家の山口組の幹部となり、そこから本家の組長に選ばれます。山口組組長に決まった竹中正久と、対抗した一和会会長山本広は対照的な人格であるため、人を見抜く方法の題材にします。・山口組組長竹中正久 4代目山口組組長となった竹中正久は 1933年生まれで、祖父も父親も村の公職に就いていました。戦前に公職に就けたのは C P(リーダーシップ)が高く、知能と行動力に優れた者が多く、竹中もその遺伝子を継いでいます。進学率が低いこの時代に兄は大学に進学しており、本人も難関の旧制中学(中学と高校が一緒になったもの)に通っていたため、 A(論理性)が高い家系であろう事が伺われます。しかし終戦の翌年に病気で父親を失うと、兄弟の多かった竹中家は貧窮しました。彼も経済的な事情で中退を余儀なくされています。多感な時期に CP(厳格な父性)の参考となる父を失い、自分ではどうにもならない貧困により向学心を折られ、竹中の素行は悪くなっていきました。ここで父親の代わりに CP(正義感)の手本となる教師や親戚に導かれればよかったのですが、この頃に竹中がヤクザとなるもう一つの出来事が起こります。

竹中は戦後、仲間と農作物を盗もうとして警察に捕まりました。仲間はすぐに釈放されたものの、竹中だけが少年院に送られました。この事を竹中は自分だけが片親だからだと思い、不公平な扱いに憤りました。警察が父親の有無で判断していたか不明ですが、竹中は遺伝的に CP(リーダーシップ)が高く、グループの中心人物に見えた可能性があります。 CPが高いと芯があり、それが頑な態度に見えて警察の心証を悪くしたのかもしれません。戦時中、兄が思想を取り締まる特高警察に捕まり拷問(戦後に後遺症により死亡)を受けた事もあって、竹中の公権力への不信感は高まります。竹中は地域の不良をまとめて愚連隊を作り、それが竹中組となって山口組の傘下に入りました。既に愚連隊時代から実績を上げていた竹中は、最初から山口組の中で本家に近い位置にいました。山口組が抗争に大量動員をしようとした所を取り締まられた際、竹中は法律を盾に抗いました。竹中のこういう反権力の姿勢が、山口組 3代目組長や武闘派幹部に好まれました。普通は若い衆が警察に怒り、組の幹部がいさめるものですが、竹中は山口組 4代目組長になってからも警察に吠えました。竹中はただ吠えるだけではなく、怒りながらも法律にのっとったタンカを切るため、警察も調子を狂わされました。怒りながらも的確に法律を当てはめられるのは、竹中が A(論理性)と共に F C(行動力・感情)が優位である事が伺えます。ここまでわかっているだけでも竹中は、 CP(リーダーシップ)・ A・ FCといった複数の要素が高い特徴が出ています。・一和会会長山本広竹中に反発して山口組から独立し、一和会を結成した山本広は、 1925年にごく普通の家庭に生まれますが、物心がつく前に養子に出されています。この時代は男子がいない家に養子に出される事は珍しくなく、同じ山本を例にすると海軍大将の山本五十六も養子でした。戦争が終わって復員した山本広は、知人のツテで会社に就職しました。そこで山本は真面目な仕事ぶりだけでなく、当時の荒っぽい土木や港湾作業者をまとめて実績を上げます。この辺りは山本がただの優等生タイプではなく、 4代目組長の竹中同様に複数の人格要素が発達していた事が伺われます。山本が就職した会社の社長は山口組 3代目組長とつながりがあり、優秀だった山本は業務命令のような形でヤクザになります。当時のヤクザに関して補足すると、戦後の混乱期に警察権力が衰えた際は治安維持を担った事もあり、今よりも一般社会との壁が薄かった時代です。西日本では高校生が進路選択で理系か文系かを選ぶような感覚で、警察かヤクザを選ぶようなこともありました。・対照的な竹中と山本竹中と山本は共に山口組の幹部であった時から、様々な面で対象的でした。例えば竹中はこの世にしがらみを残す事になるからと、妻子を持たない人生を選んでいます。求道者のように極道を追求しており、昔気質のヤクザの親分衆から尊敬を集めています。

一方、山本はサラリーマンのように普通の奥さんと子供がいました。自宅は銀行の支店長の家みたいに落ち着いた佇まいで、子供は成長してもヤクザになりませんでした。抗争に関して、竹中はケジメを取る事を重視していました。ケジメとはこちら側の誰かが命を取られたら、相手からも取らないと手打ちにしないという苛烈なものです。それに対して山本は早々に相手と和解交渉をしてしまうため、山口組の武闘派の幹部には嫌われていました。なんだかんだヤクザは抗争をわくわくするイベントだと思っていて、大人の対応をする山本に興覚めしていたのでしょう。このあたりはサラリーマンからヤクザになった山本が、普通のヤクザより F C(感情的・イベント好き)が低い事がうかがえます。・竹中と山本の人格気質の比較まず C Pに関して見てみると、竹中は経済的な事情で学校を中退してから就いた仕事をすぐに辞めて、それ以降は不良仲間を集める ⇒愚連隊 ⇒ヤクザまで、一直線の職歴です。学校中退は本人の都合ではないし、最初の仕事をすぐに辞めたことに関しては 12 ~ 13歳であることを考慮すると、 CPが低いとは断定できません。 A C(従順)が低いかなという感じですが、事情が込み入っている上に若いので、断定はせずに可能性程度に留めます。最初の仕事を辞めた後の経歴が裏社会とはいえ直線的なのは、 CP(向上心・目的意識)が高い事を示しています。正義がひっくり返った終戦後は、現代よりもヤクザを目指す者に CP(規律)の高い者がいてもおかしくありませんでした。竹中がヤクザ稼業でケジメにこだわったのも、頑固さと人を圧迫する CPの高さをあらわしています。対して竹中より年上の山本の CPを、経歴の直進性の観点で見てみましょう。山本は高等小学校(現在の中学二年までの学校)を卒業してすぐに工場に就職していますが、当時としては珍しい事ではありませんでした。就職した数年後に徴兵で戦地に行き、復員後は地元に戻って農業等をやった後に、知り合いの紹介で土建会社に就職しました。山本はそこで実績を上げたところ社長の目に留まり、勧められるままにヤクザになりました。終戦後のゴタゴタした状況とはいえ、以前やっていた職種ではなく土建会社に入り、更に受動的にヤクザになっています。竹中に比べると山本は経歴に強い意志と直進性を感じず、その分だけ竹中より CP(リーダーシップ・頑固)が低いものと思われます。ただ、山本は荒々しい人員をまとめる土建会社の仕事でも成果を上げているので、 CPは平均より高いものとします。この土建会社では港で荷役の業務もやっており、そういった人員の差配も経験したと思われます。 NP(優しさ・愛情深さ)に関しては両者ともヤクザらしく、高いとは言えません。しかし NP(共感性)が皆無ではヤクザと言えど、人を束ねる事はできません。 CPが目上の者に対する義理堅さだとしたら、 NPは目下の者に対する慈愛です。

上下両方の者に信頼される人間が、幹部になっていきます。竹中は子分と車座になって同じものを食べたり、気前よく小遣い銭を渡したりする面に NPの可能性を伺わせます。ただし、そういった行動は C P(リーダーシップ)が高くても見られる行動です。山本は妻子との関係から、当時の男性の平均くらいの NPはあったと思われます。もし NPが皆無であれば誰も寄り付かないようなトゲトゲしいだけの人間になり、ヤクザであっても管理職には向きません。普段は NPがあっても、シノギとなればそれを捨て去る二面性がヤクザには求められます。 A(論理性・計画性)に関して竹中本人の学歴や、祖父と父が公職に就いていたこと、兄が大学進学していたことから、家系的に論理性が高いと思われます。対して山本の学歴は戦前とはいえ高等小学校( 14歳までの学校)のみです。就職が本人の意思かは不明ですが、学歴からは Aの判別はできません。山本は就職した工場でも軍隊でも、特に Aが高い片鱗は見せていません。しかし復員後に就職した土建屋兼港湾事業の会社では、デスクワークでも能力を発揮しています。周囲に遠慮がちな者は自分の能力を発揮するのに時間がかかるもので、山本もそれに当てはまる可能性があります。竹中と比較すると山本の Aは若干落ちるかもしれませんが、平均より高い事は明らかです。 F C(感情的・本能的)に関しては、明らかに竹中の方が高いです。ヤクザとして評価される『行き腰』というのは、争いごとが起こった時に真っ先に乗り込むなど、大胆で瞬発力があることです。抗争の姿勢をみてもイケイケの竹中は、 FC(行動力・直観力)の高さがうかがえます。また、 FC的な人懐っこさやユーモアに関しても竹中の方があります。しかしこれは良いことばかりではなく、竹中は高すぎる F Cによって A(論理性)のメリットを打ち消してしまう事もしばしばです。例えば警察に憤怒しながら盾突く行為は、 A(計算高さ)よりも F C(直情的)な行動です。 A C(協調性・人の顔色を伺う)が高いとヤクザに不向きに見えますが、相手の心理を読むのに必要な要素です。竹中はプライベートではボディガードをつけたがらず、その理由が周囲の一般人が迷惑するからだと言っています。この感覚は A C性ととれます。しかし竹中はそれより F C(好き嫌いが激しい・自分本位)が遥かに高いため、 AC的な特徴は目立ちません。対して山本は A C(協調性・慎重)が高いと推察されます。彼の子供時代からの受け身の姿勢や、ヤクザになってからも警察や他の組との協調性を意識したり、世間の評価を気にしていたところに A Cが伺えます。警察の取り締まりが厳しくなったのもあり、山本は抗争で早めに敵対勢力と和解する傾向があります。

山口組 3代目組長は、山本のケジメをつけずに和解をする姿勢に不満を持ちました。しかし、山本はこれからのヤクザは世間の目を気にしなければ生き残れないと考えており、そこにも C P(親分)より A C(世間の目)を優先する人格がうかがえます。山本は A C型の人生を歩むべきところ、軍隊と当時の土建会社(港湾荷役含む)を経験した事により、 A Cとは対局に近い F C・ CPの人と多く接する経験で変化をしました。 20代はまだ他人からの影響で人格要素が変化する余地があり、山本の人格の幅はこの時に広がったと思われます。・シノギの違い 1980年代、少なくとも山口組の幹部は薬物の売買を禁止していました。その中で竹中はヤクザの伝統的なシノギである、賭博を重視しています。彼自身が勝負師だから、賭け事の中に命懸けの極道の生き方を重ねていたのかもしれません。時代劇に出てくるサイコロの目を予想して、カマボコの板みたいなのを張って『丁だ!』『半だ!』と言う丁半博打なども続けていました。一方山本は非合法な賭博ではなく、当時は法規制がなかった債権回収などに介入するシノギを重視していました。・親分に好かれる竹中・下に支持される山本 CP(忠誠)が高い竹中は、昔気質の親分に好かれました。ヤクザにシンパシーを抱く現代人も、エンターテイメント性のある竹中を好みます。しかし山口組が分裂した当初、山本の一和会に多くの人が流れました。これは山本の協調性を重視する姿勢への支持だと思われます。竹中は確かにヤクザが憧れを抱く振舞いをしますが、厳格にケジメを取るということは抗争が激化する事を意味します。戦後から数十年経って警察権力が回復すると、取り締まりの強化により抗争の準備だけで大勢が逮捕されるようになってきました。逮捕者が多ければ、刑務所から戻ってきたら幹部になれるという制度も維持できません。それに合理的な山口組の組織体系は、地場のヤクザだけの頃のゆったりした時間の流れを変え、刑務所から出ると浦島太郎のように戻る場所が無くなっていたりしました。ヤクザとしての浪漫があるのは竹中ですが、組員が現実的な生活を考えると山本を支持する事になります。・山本への理不尽な扱い山口組 3代目組長が在命中、組のナンバー2が死去して後任を投票で決める事になりました。ナンバー2のポジションは、次期組長になる者が座る席とされています。投票結果は山本が最多得票だったものの、 3代目組長の意向で若い頃はピス健(ピストルを持った健一)と呼ばれていた、武闘派の幹部が選ばれてしまいました。 3代目組長は警察の取り締まりが厳しくなってきた折、配下の者に『正業を持て』と繰り返し述べています。

だから山本のような実務的な人間が山口組に入れられたわけですが、理不尽にも 3代目組長は山本の行動をヤクザらしくないとして嫌っています。なんだかんだヤクザは血の気が多く、堅実なヤクザの事をローキックばかりで勝つ格闘技選手のように嫌います。ヤクザは幹部を選ぶ時に『あいつは華がある・ない』というのを気にします。戦後の闇市で武力による治安維持活動をしていた 3代目には、証券会社社長みたいな山本の物腰は腑抜けたものに見えたのでしょう。 3代目組長は山口組が全国規模になる礎を築いた改革者でしたが、そういう人物ほど歳をとると新たな改革者を嫌うものです。 ・3代目組長とナンバー2の死 3代目組長と先ごろ選ばれたばかりのナンバー2が、相次いで亡くなりました。席次でいえば、実質的にナンバー 3の山本が繰り上げで組長になるのが順当です。構図的に山本が二人を暗殺した可能性がよぎりますが、ヤクザにとって親(組長)殺しがご法度中のご法度なのと、今日までそのような話が漏れてこないため事件性はないと思われます。親殺しをすればヤクザのアイデンティティである C P(義理堅さ・忠誠)を否定する事になり、全ヤクザを敵に回してしまいます。無論、竹中が 3代目組長とナンバー2の死に関与した事もありえませんが、勝負師の周りには不思議な偶然が積み重なるものです。ただし、その出目が竹中にとって幸運なのかはわかりません。ナンバー 1・ 2が不在になった山口組は、取り急ぎ山本が実質的な組長となる組長代行、竹中がナンバー2のポジションに決まりました。前回のナンバー2の選挙で最多得票を得ていた山本が、葬儀など諸々が済んだら正式に 4代目組長になる流れです。山本を支持した中には、 3代目組長の弟分たちも含まれていました。彼らは自分が組長になれる継承権はないですが、 3代目組長と近しい間柄でした。 3代目が亡くなると弟分たちは山口組の中で存在感が薄れ、一般人に例えると『正月にだけ会う、独り身の親戚のおじさん』くらいの存在になってしまいます。そんな宙ぶらりんで影の薄い彼らにとって、存在感のある竹中は脅威です。だから A C(従順・受け身)の高い山本が 4代目組長の方が、自分たちにとって都合が良かったのです。多数決をとれば 4代目組長は山本に決まる中、 3代目組長の妻や武闘派組員によって選挙さえ行われずに、竹中が 4代目組長に選ばれました。この強引なやり方に、山口組は分裂しました。一和会結成の会見の場で山本は、ヤクザとはいえ一般社会に迷惑をかけたらいけないと、コンプライアンス(社会の規範)を意識するような事を言っています。山本のこういう企業人のようなところが、 3代目組長に嫌われていたのでしょう。

・竹中 v s山本戦国大名のように封建的(絶対君主)な竹中に対し、山本の一和会は系列の組と共和国のような同盟関係でした。そのため当初は一和会に流れる組が多く、規模としては優勢でした。しかし数は劣勢でも武闘派の竹中は怯まず、断固とした対応をとると一和会から造反する組が相次ぎ、逆に一和会が劣勢となりました。民主的で平等な形は正しいもののように見えて、戦争では竹中のやり方が有効でした。現代の会社も同じように、社員の意見を公平に聞く会社が正しく見えて、実際はタフなやり方の会社の方が勝ち残ります。・劣勢の一和会劣勢の一和会が暗殺チームを作り、車から降りた竹中がマンションのエレベーターに乗ろうとしたところを襲いました。身内の親分を殺すことはご法度ですが、敵対する組長の命を奪うことは殊勲とされます。竹中と一緒に居た二名は即死でしたが、竹中はマグナムの弾を複数発受けても車まで辿り着き、その場から逃れました。竹中はテストステロンやアドレナリン(ケガをしても一時的に動ける)といったホルモンが普通の人より多いのか、まれにこういう強い人間がいます。普通なら即死でもおかしくない中、竹中は病院に運ばれ翌日まで生きていました。一和会の目論見とは違い、竹中が死亡しても山口組の組織が揺らぐことはありませんでした。逆に一和会の幹部は報復を恐れて身を隠し、竹中を暗殺した組員たちは一和会の保護を受けられませんでした。これがヤクザらしからぬ卑怯な振る舞いとして、山本は男を下げました。ちなみに男を下げるとは、 CP(父性・リーダーシップ)が低い男性の特徴と重なります。 CP型の人間たちの美学は、部下の失態はすべて上司が責任を負うというものです。・山本のその後竹中の暗殺に関して、山本は直接指示を出していないと言われています。ヤクザの世界の話なのでどこまでが本当かわかりませんが、山本の人格的に苛烈な決断が合わないことは伺えます。山本はよく言えば思慮深く、悪く言えば優柔不断なため、ゆるい同盟関係のような中で誰かが独断で計画を進めたという方が矛盾がありません。配下と言ってもヤクザなので各々に野心があり、完全には統制できません。暗殺が山本主導でなかったからか、山本は山口組への詫びと引退により許されています。ただ、竹中の実弟のヤクザは家系的にケジメを取らないと収まらない性質のため、山本の命を付け狙い続けました。そのため山本は姿を隠しながら暮らし、心労のためか数年後に病死しました。・山口組と一和会の抗争の結果街中で銃を使った抗争を繰り広げたことで、一般人とヤクザの溝は決定的なものとなりました。一和会と抗争が起こらず竹中が生き残っていたとしても、好戦的でどこかの組と抗争をしていた事でしょう。

そんな竹中に足りない人格を備えていたのが山本だったので、二人で協力すれば相互補完の関係を築けたでしょう。しかし、ヤクザはそういう事ができない人間がなるものなので、それゆえに社会性のある一般人より少ない群れしか作れません。・竹中と山本のどちらがヤクザ向きだったのか?竹中は父親が病死しなければ、ヤクザにならなかったと思われます。竹中の年の離れた兄二人はカタギ(一般人)で、父親が死亡した時少年だった、竹中から下の兄弟は何人もヤクザになっています。竹中が勉強を続けていれば、実力のある弁護士や政治家になれたはずです。山本は実務能力の高さからどこかの会社で働き、部長くらいになる平凡な人生が歩めたはずです。竹中も山本も何かの手違いでヤクザになってしまったような人間ですが、それでいて出世を果たしています。こうなるとヤクザに適した人格がどういうものかわからなくなってきます。ヤクザの格言で向いている人間について述べているものがあります。『バカでなれず利口でなれず中途半端でなおなれず』バカで察しが悪いならヤクザなどできず、利口で将来を考えられるならヤクザなどにはならない。中途半端な人間などは、伸るか反るかのヤクザの世界に最もいらないという意味です。これは色々と解釈ができますが、ニヒル(虚無的)なヤクザが『向いた人間などいない』 =『ヤクザになんてなるものじゃない』と自嘲的に言ったのではないでしょうか。

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