第三章人を育てるにはどうすれば良いか
穀物のそばは、凶作に強く、涼しい気候や栄養のない土地でも育つ作物であるそうです。放っておけば育つ植物は、何もしなくて良いと思われることもありますが、実際は日光や雨水など、多くの自然の恵みを受けて成長しています。
人間も同じ。従業員を育てる際、私は放任主義に近い立場を取りますが、まったく栄養を与えないわけではありません。やりがいや楽しみを提供して、初めて人は仕事で花開くのです。
そこで本章では、「人の育て方」というテーマで、そうした採用・教育に関する私の考えをまとめて紹介していきましょう。
富士そばではどんな人が働いているか
前職にはこだわらない うなぎ屋。寿司屋。トラックの運転手。ストリップ劇場の総支配人……。これらの職業の共通点が何だか、おわかりになるでしょうか。
実は、いずれも富士そば従業員の前職なのです。富士そばでは、実にさまざまな経歴を持った人が働いています。元ホストだという男性も本社で働いています。
非常に真面目、かつ誠実な人物で、見た目もそうだと打ち明けられないかぎり、想像もつきません。旅行会社に勤務していた従業員もいます。
富士そばに飛び込み営業で来たところ、ある常務に「君、見どころがあるね。うちに来ないか?」とスカウトされて、そのまま入社してしまったという非常に珍しいパターンです。
富士そばには、誰が入ってもらっても良い。若くても良いし、年配でも構わない。飲食業に詳しい人でも、未経験者でもどちらでも構いません。
働く上では、過去のことなんて関係がないと私は思っています。大事なのは、今、本人にやる気があるかどうかというただ一点だけなのです。
採用にあたって、大企業だと役員面接や社長面接があるようですが、私が新人の面接や採用に関わることはいっさいなく、すべて現場の係長に一任しています。
現場がそのときに必要としている人財については、事情を知らない私にはわからないからです。正直なところ、私からすると「こんな人を雇って、本当に大丈夫だろうか?」と思うような人間も、たまにいるわけです。
しかし、実際にその人と働くのは係長。その係長が「この人だったら、仕事を任せられる」と判断したならば、採用すれば良いのです。現場がやりやすいようにしてもらうことが、最優先事項なのですから。見かけにもこだわりません。
たとえば金髪や長髪の人でも、店で不潔な雰囲気を出されたら困りますが、髪を結んで清潔にしてくれるなら問題はない。だって、髪を何色にするかはその人の主義だし、自由。それに対して文句を言うのは、越権行為というものです。見た目が端整でもやる気のない人と、会社員という風体ではないかもしれないけれど、しっかり働く人。
富士そばで働いてもらいたいのは、言うまでもなく後者です。採用はどのように行うか富士そばでは、新卒採用を行っていません。なぜかといえば、富士そばは場所第一主義だからです。
開店に適した物件が見つかり次第、交渉し出店するという感じで、ケースごとに動いていく。一年を通して「この月には何軒出そう」などという具体的な出店計画やノルマがないのです。これを計画性がないと取られてしまうと、少し不本意です。
常務たちはつねに、出店に適した場所を探すべく目を光らせていますが、条件に合う物件を探し当てて契約に至れるかどうかは全くの時の運。
絶好の場所に店を出すというのは、本当に難しいことなのです。決まった時期に一定のまとまった人員を必要とすることがないため、欠員が出たらその店舗で適宜補充をします。新たに出店して人が必要になったら、その都度必要なだけ採用していくというのが、富士そばの基本的なスタンスです。
なので、新卒を一度に大量採用して、研修により会社の理念を教え込んで、見習いとして店に立ってもらう……などということはしません。
最初からいきなり店の現場という最前線で、一従業員として働いてもらうのがすべてのスタートになります。現在、本社に勤務している社員は、係長も常務も、ほぼ全員が現場経験者です。
例外なく現場を経験することで、オペレーションの具体的な内容や動き方がわかり、店舗経営の難しさも現場の従業員の大変さも理解することができるわけです。
新卒採用がないということは、社員はみんな中途採用だということでもあります。誰もが何らかの社会人経験を経た後、富士そばに就職しているわけです。
東京の有名私立大学に通いながら店でアルバイトをして、卒業後にそのまま就職したという社員が一人いますが、富士そば以外の仕事に触れていない例は彼だけではないかと思います。
よその会社に勤めた経験があるのは良いことです。同じ会社にずっといるよりも視野が広がるし、他業種では当たり前だった仕組みや考え方を富士そばに導入して、新しいものを生み出してくれるかもしれません。
また、よそで働いていた経験があるからこそ、余計に富士そばの良さが身に沁みてわかる、ということもあるでしょう。五回辞めた社員でも採用するかつて、五回辞めて五回戻ってきた社員がいたといいます。いったいどういうことかというと……。
その男性はもともと電機屋を経営していて独立心が強く、富士そばで働いているうちに、やはり自分主導で働きたいという気持ちが湧き上がってきたのです。
そして退社して独立したものの、うまくいかず、また富士そばに入れてくれないかと頭を下げてくる――この繰り返しだったと聞きます。
伝聞であるのは、前述したように、私は採用に直接関わっていないからです。当時受け入れたのは、とある常務でした。彼は人情に厚く、心が広い人物だったので、何度も面倒を見たというのも納得できる話です。
私でも、同じ境遇の人が来たら「困っているなら、どうぞ、うちで働きなさい」と同じことを言ったと思います。人間は弱い生き物ですから、辞めたくなることも逃げたくなることもあるでしょう。
ましてや、その男性はうちで働いた経験のある人間であり、働きぶりもわかっているわけです。採用をためらう理由はどこにも見当たりません。そこは手を差し伸べるべきです。
たとえ辞められても損ではない富士そばには将来の夢を持って働いている社員やアルバイトがたくさんいます。働くうちに、こんなことをやりたいと夢を持つようになる従業員もいます。彼らが夢を追って辞めたり、独立したりしてしまうことは決して珍しくありません。
第六章で述べるように、私も実は作詞家になりたかった人間なので、彼らの気持ちがよくわかります。正直に言って、従業員の全員が富士そばに骨をうずめたくて働いているわけではないでしょう。
ずっと勤続してきた従業員が抜けることで、それまでかけてきたコストや、教育してきた時間が無駄になる、といえばその通りです。
ですが、私はそのことについては気にしません。なぜなら、人間は誰しも野心を持っているものだからです。組織の中にいるより、独立して一旗あげたいと考えるのは当然で、止められるものではありません。
それに、そういう他に夢を持った人たちが、おしなべて仕事を適当にやるかといえば、決してそんなことはありません。自分の理想を追うために生活の基盤を安定させるという確固とした目的がある人間は、真面目に仕事に取り組むものです。
だから、私は常日頃からみんなに「いつかは独立するぐらいの気持ちで仕事をしなさい。それくらいの勇気や気概がなければダメだ」と言っています。「僕も自分の店を出したいです」と言われれば、「それは良い志だ」と答えます。
そういう目標があれば、気力が充実して、仕事を頑張れるものなのです。彼らが会社を出ていくときには引き止めず、「おめでとう。頑張れよ。うちに負けないような良い会社をつくりなさいよ」と言って送り出します。
経験と能力のある従業員が辞めてしまうのは、会社にとってはマイナスですが、仕方がないこと。それより、そんな優秀な人物を富士そばから送り出せたことが誇りです。それに、彼らが夢を追って全力で働いてくれたことによる利益の方が、総合すれば富士そばにとってずっと大きいのです。
引き抜きよりも生え抜き富士そばで働くにあたって、さまざまな仕事の経験があるのは大変良いことです。しかし、「引き抜き」はどうもよろしくないというのが、これまでの経験に基づく私の持論です。かつて不動産業をしていた時代には、よその会社から幹部を引き抜いてきたことも何度かありました。
しかし、「これは!」という人財とは、一度もめぐりあいませんでした。多かったのが、「俺は引き抜かれたんだ」と思って、天狗になってしまう人。そして新天地に来たにもかかわらず、過去の栄光にすがろうとする人。
「前はこれで成功したんだから」とプライドを曲げず、他の幹部と衝突ばかりしてしまう。成功体験がかえって足を引っ張るのです。私は、特に会社の幹部は「引き抜き」よりも「生え抜き」が良いと思っています。
生え抜きを自分なりに定義すると、中途採用でも良いから、それなりに長く勤務経験があって会社に愛着を持っている社員ということです。
特に、すでに説明したように、富士そばの生え抜き社員は一度は店舗に立って働いていますから、現場の気持ちや苦労が理解できるという強みもあります。富士そばの従業員の層は厚いと自負しています。
定着率が高く、勤続年数一〇年を超える従業員もたくさんいます。欠員が出ないので、ずっと働いてもらっている店長も多く、入れ替わりは少ないのです。
今、一部の飲食店は従業員が集まらなくて苦労していると聞きます。従業員が「辞めたい」と申し出ると、「人がいなくなって困る。代わりを見つけてこないと辞めさせないぞ」と脅す企業さえも存在する、という話を耳にしました。
本当かどうかはわかりませんが、万が一本当であれば、恐ろしい話です。富士そばは、お店で募集を出せば働きたいという人が自然と集まるので、人財には困っていません。労働環境が良いから集まるというより、よそが労働環境を悪くしてくれるから、うちに来るのかもしれません。
居心地が良ければ社員は定着する
追い詰めても人は動かない人に叱られたり、悪態をつかれたりしながら働くのは誰でも嫌なものです。そういうことをできるだけ避けて、ニコニコ笑いながら仕事ができれば、それが一番良い。そんな考えのもと、私はできるだけ従業員のやる気を殺ぐような言葉を発しないように心がけています。
しかし、不動産業を営んでいた若いころには、実は部下をガンガン叱っていましたし、きつく発破をかけることもあったのです。そんなやり方を方針転換したのは、ある出来事がきっかけでした。当時、営業の社員は一台のタクシーに四人ずつ乗り込み、何十台もの車が群れをなして会社から走り出ていきました。
そんな光景を見て「よしよし、今日も熱心に働いているな」と感心していた私のもとに、ある日こんな噂が届きます。タクシーが向かっていったのは売り込み先かと思いきや、実は違うらしいのです。
どうやら、一部の社員は元気よく会社を出ていったように見せかけておいて、行きつけの喫茶店に集まり、仕事もせずにたむろしているということでした。
一応、二時間おきに本社に電話を入れることにはなっていたのですが、姿が見えないので、噓の場所を言われても確かめようがありません。
単にサボっているというよりも、みんな厳しいノルマに追われて辛く、集まって愚痴の一つでもこぼさないとやっていられないというのが真実であるようでした。
不動産開発は時代の波に乗って、業績は右肩上がり。社員にもかなりの高給が支払われていました。それでも、少なくない数の社員が辞めていったのです。その理由の一端を見せつけられたようで、私は衝撃を受けました。
お金はもちろん必要だけれど、居心地が良くないかぎり、社員は居ついてくれない。ましてや、ただプレッシャーをかけるだけでは、人は動かない。人間というのは、押せば動く道具ではない。そんな当たり前のことにやっと気づいた私は、猛烈に反省しました。
それ以来、私は、人が自ら本気で動いてくれるような体制をつくろう、と真剣に考えるようになりました。今にして思えば、それこそが経営者の本来の仕事であり、責務だったわけです。
成果主義は絶対に取らない
あるとき、よその飲食業から富士そばに入ってきた従業員に、「社長、富士そばはもっと強い会社になれます」と意見されたことがあります。
どういうことか聞くと、前の会社では、各従業員が手がけた盛りつけや味つけに、全部ランクをつけて評価していたそうです。
その結果をもとに、あなたはAランク従業員、Bランク従業員、Cランク従業員と、総合的な評価をする。それによって競争心が生まれて、会社が発展する。富士そばでも同様のシステムを取り入れたらどうか、という提案でした。
それを聞いた私は、即座に「それは絶対に良くない。やめよう」と応じました。確かに、ある程度の競争は大切です。負けたくないという気持ちに火がつくことで、眠っていた実力が最大限に発揮されることもあるでしょう。
しかし、この提案のように、人そのものをランクづけしてしまえば、Cランク従業員は評価の低さに落ち込み、Aランク従業員は転落したらどうしようと不安に怯える。
強いストレスにさらされ、会社の居心地は悪くなるに決まっています。下手をすれば、従業員の間に嫉妬が生まれ、足の引っ張りあいが始まる可能性だってあります。
富士そばの従業員はみんな生活するために働きに来ています。中には能力が高い人もいるし、低い人もいる。誰にだって得手不得手があるから、みんなでかばいあわないといけません。
競争も必要ですが、まずはチームワークで働くことありきなのです。調理がうまい人、数字が得意な人、いろいろな人がいます。
声が小さい人がいても、「お前は挨拶が聞こえない。Cランクだ」と責めることはない。だったら声を出さない仕事を与えれば良い。みんなで何ができるか考えあって、チームワークで働けば良いのです。
競争原理よりも適材適所。上に立つ者には部下の長所を見つけてあげる責任があります。店の売上が落ちたときも、厳しく接しないように心がけています。
「努力が足りないんだ。もっと働け」と声を荒らげたところで、売上が戻るわけではありません。売上が落ちたら、まず現場の従業員全員で話しあって、原因を考えてもらいます。そうすると、理由がいくつか見つかるものです。
たとえば、近所に同業店ができたとか、その月にかぎって雨の日が多かったとか……。そこで「早く何とかしろよ!」と責め立てても、過去の結果は変えられません。ただ、分析は大事なので、その原因を克服する対策を立て、改善しておきなさいと伝えます。売上目標を達成しなくても良い、とまでは言いません。
しかし出てしまった結果については、むやみに厳しく追及しても仕方ない。追い詰めなかったことで従業員の心に余裕が生まれれば、会社に長く留まってくれるでしょうし、技術も磨かれ、会社の見えない財産も少しずつ増えていくことになります。
かつて私にランクづけを提案した従業員も、結局は前にいた会社のやり方を踏襲することにこだわりませんでした。それから長らく経った現在でも、富士そばで働いています。
案外、富士そばが一番居心地が良かったのかもしれません。
最低限のノルマは設ける
では、富士そばに勤めていれば、何も成果を求められないかといえば、決してそうではありません。
たとえば富士そばの常務には、最低でも二年に一件は出店先にふさわしい物件を獲得しなければいけない、という決まりがあります。このノルマは、みんなで合議の末に決めたものです。
常務の大きな仕事の一つは、良い物件があるという情報が入ったら現地へ見に行き、確認をして、良さそうであれば私に提出することです。
「もしそれで契約が二年間でゼロだったら、全然仕事をしていないか、才能がないかだ」とあるときに私が口にしたところ、常務たちから「確かにその通りです。じゃあ、二年で一件をノルマにしましょう」と提案されたのです。
実際、これまでにノルマが守れずに辞めた人はいません。また、優秀な常務たちがそこまで結果を出せないということは正直考えにくい。それでもそういうルールを一応設けているのは、人間はある程度の締め切りやノルマがないと、怠けてしまうものだからです。お仕着せのルールには反発心が芽生えるものですが、自分たちで自主的に決めたルールには責任が生じます。
加えて、他の常務たちの眼差しもあり、自分だけが怠けてはいられないというプレッシャーも自然と働いているのでしょう。
しかし、「一カ月に一〇件は新規契約」というような突拍子もないノルマを強いるのは良くありません。そんなことをすると、質を選び抜く余裕がなくなり、数を稼ぐためだけにいい加減な物件を持って来るようになります。
そうなれば私だって人間ですから、「給料をなんぼも払って、泳がしているばっかりではしょうがない」と思うようになり、どこかで妥協が入って、良くない物件を採用することになるかもしれません。
結果、さほど質が良くない物件での出店が増え、売上もあがらない。何一つ良いことはありません。ノルマで過度に追い詰めるようなやり方は、悪循環の元なのです。
人間は数字ではない
お店回りが生命線
富士そばは店舗が前線であり、生命線です。だから私は昔から会社のオフィスにはあまり行かず、むしろ積極的に現場へと足を運んできました。
どのお店も駅から近いので、電車ですぐに行けます。まだ富士そばの規模が小さく、店舗の数が三〇、四〇だったころは、一つの店舗に年三回は顔を出していました。
お店の数がだいぶ増えて国内だけでも一二〇店舗を超えた今では、三回はさすがに時間的に無理です。ここ数年、各店がしっかりしてきたので、そんなに頻繁に行かなくても安心できるようになってきましたが、それでも年二回は訪問するように心がけています。
いつ行くかについては事前に告知しません。行こうと思っていても急な予定が入って行けなくなったり、別のスケジュールがなくなって突然行けることになったりと、予定が立たないからです。
だから結果、抜き打ちになります。混雑時は避けるようにしています。昼の忙しい時間は大変あわただしいから、私が顔を出したことで気が散ったら申し訳ない。
その時間は近くの喫茶店で待機します。だからあまり数が回れなくて、多くても一日四軒くらいが限度なのです。店回りでは必ず、差し入れを持っていきます。
ある係長が、近所で買ったアンパンを持って回っていると聞いたときは、「そんなのはダメだ」と注意しました。滅多に食べられないような美味しいものを持っていき、喜ばれて、初めて意味があるのです。
自分が心から美味しいと思えるものを差し入れなければ、それは失礼というものでしょう。最近の定番は、京都の和菓子屋「仙太郎」のお饅頭です。
いつでも行列ができている人気店で、少々値は張りますが、手作りの天然の味がとても美味しい。他店のものと比べると味の差は歴然としており、行列ができる理由もわかります。
たくさん買うと結構重いので、腰が痛くなってしまうことも……。でも、みんな私がお饅頭を持って来ることを楽しみにしているので、係長に手伝ってもらい、頑張って持っていきます。
お店では何を見ているのか店舗に着いて最初に見るのは、店先にあるサンプルケースです。これがきれいになっているかどうかは大事。
埃をかぶっているお店には、入る気がしません。当然ながら、その次にはそばを頼んで味を確認します。味をチェックするために必ずかけそばを頼む、というわけではなく、そのときに食べたいものや、売れ行きの良いものを頼むようにしています。
まかないではないですから、お金もきちんと払います。私だけではなく全社員、たとえ常務でも、自分の勤務店以外を利用したら支払うルールです。
店長はつねに売上を気にしています。同じ社員といえども、一杯そばを平らげて「はい、ごちそうさま」で去ってしまわれては、せっかくの売上をとりこぼしたような気持ちになるはず。
一杯食べるのなら、必ずお会計。それによって少しでもやる気が出れば良いと思うのです。そうして、そばを食べて味を確認しながら、接客はどうなっているか、店内を見渡します。
それではいったい、私は店内の何を気にしており、どのように目を光らせているのか。実は、店回りで一番知りたいのは、「店と店長が嚙みあっているか」なのです。以前、従業員の働きぶりをチェックする企業と契約をしたことがありました。
私は「そんなのにお金を使うのはもったいない」と反対したのですが、結局、ものは試しということで一度使ってみることになりました。
調査員が店を訪れ、従業員の知らない間に、接客の態度やそばが提供されるまでの速さを記録します。集められたデータが届いたので見てみると、まるで通知表のようです。その数値は機械的な評価でした。心のない、死んだデータと言って良いでしょう。
従業員が積極的に楽しく仕事に取り組んでいるのか、お客様とどのようにコミュニケーションを取っているのか、本当の働きぶりはどうなのか。
ほとんど何も伝わってきませんでした。お店には立地ごとの特徴があり、さらに店と店長の相性というものがあります。ある店ではぱっとしなかった店長が、別の店に移ると、まるで水を得た魚のように生き返って大活躍することがあります。
単純に、数字で判断できるものではありません。A店長がそうでした。担当していたB店の業績があがらなくて、本人もいまいち元気がない。そこでC店に異動させたら、みるみるうちに業績があがっていきました。
私も様子を見るためにお店に顔を出したのですが、生き生き働いているのがわかりました。B店とC店は一見、大きな違いはありません。しかし、本質がまるで違いました。お店にも人にも個性があるB店は都心のビジネス街にあり、客層もサラリーマン中心で、とにかく忙しい。
注文を高速で回転させないとお客様がパンパンに詰まってしまって、話しかけたり、会話を楽しんだりするような余裕はほとんどありません。
一方、C店は野球場の近くにあり、試合が開催される日はあわただしくても、それ以外はそこまで忙しくない。おばあさん、おじいさんがのんびり食事をするような店です。
B店は忙しいのが苦にならなくて、次から次へと仕事をさばくのが好きな人が、C店はお客様とコミュニケーションを取りながら関係性を築き、あれこれ工夫することができる人が向いていました。
B店で働いていたころのA店長は、心ここにあらずという感じだったのに、C店ではお年寄り相手に、「新しいメニューが出ましたよ」なんてにこやかに説明している。
仕事を手早く片づけていくのは苦手だけれど、コミュニケーション能力は高い。仕事ができないわけではなく、B店では良さが発揮できていなかっただけなのです。そういう適性は、実地で見てみないとわかりません。
逆のパターンもありました。大型の繁盛店で活躍していた店長がいたので、新たにオープンした店舗を任せたところ、なかなか売上が伸びなかったのです。
少し意外ではありましたが、調べてみたところ理由はなんとなく察しがつきました。彼は体力もあるし、働く気概もある。でも、少し情緒に欠けている面があったのです。
彼はあまり実家が裕福ではなく、親が必死で働く姿を見て育ってきたといいます。そのせいか、バリバリ働くことに対して抵抗はないけれど、余裕を楽しんだり、人と何気ない会話をしたりするのが苦手であるようでした。
新店舗では、全く新しいお客様と関係性を築くために、ちょっとしたお世辞を言ったり、冗談を言ったりする必要もあります。そういう交流によって距離を縮めていくと、常連が増え、お店はにぎわっていくものなのです。
その後、彼には多忙な駅前店に異動してもらいました。すると駅前店の売上があがり、さらに別の店長が入った新店舗の売上もあがり、一石二鳥でした。
人には持って生まれた性格や器があります。もし部下の業績がふるわなかったら、実力を発揮できる場所がないかと適材適所を考えるべきです。能力を発揮できていない従業員をただクビにしていくばかりでは、その企業には誰もいなくなってしまいます。
もし業績がふるわない部下がいたら、それを責める前に、まずは「自分は部下の特徴を本当に理解できているのか?」と自身の責任を問い直してみましょう。
人は、通知表に書かれた数字ではわかりません。数値に変換して、「あなたは成績が悪い。はい、落第」とはいかない。生い立ちやバックグラウンドを考慮し、個性を見抜いて初めて、「この人はこの場所で能力が花開くんじゃないか」と判断できるものです。
叱り方にはコツがある
叱ることは絶対に必要
会社である程度上の立場に身を置く者ならば、「部下を叱るときはどうすれば良いか」というのは、かなり共通した悩みでしょう。
私は基本的に、従業員にはみんな幸せに働いてもらいたいと考えています。第一章でもそのように書きました。ただしここが難しいところですが、だからといって何でも許容しているようでは、経営者としては失格です。
最低限のルールがある中で一生懸命働いてくれた人には、給料や待遇を手厚くする。一方で、何も仕事をしないで、給料だけたくさんくださいというのは絶対に許されません。
人間は基本的に平等だし、機会も平等に与えるけれど、働かなくても報酬は平等、ということにはできません。会社にはお金儲けという目的があるわけですから、悪いところは悪い、良いところは良いと、そこははっきりと評価を下していきます。
人の良いところだけしか見ない経営者では、上に立てないのです。普段は穏やかにしているので、私のことを怒らない人間だと思っている人も多いようです。しかし当然、私でも怒ることはあります。それも、怒るとなればかなり激しく怒る。
「雷を落とす」という表現が一番しっくりくるかもしれません。それでは、私が雷を落とすのは、どのような人なのでしょうか。
私が叱るとき
私が叱る人というのは、大きく分ければ次の三通りのいずれかです。
- 失敗を恐れて何もしない人、怠けている人
- 失敗から何も学ぼうとしない人
- 他人の失敗をあざ笑う人
まず間違えないでほしいのですが、私は「失敗した人」は叱りません。挑戦してその結果がダメだったなら、それは仕方のないことです。やった上でダメだったなら、周りが助けていかなくてはいけない。
一生懸命やっている人は、成長が遅くても、やり方が悪くても、最終的には必ず成功すると信じています。しかし、何もやらずにグダグダ言っている人、怠けているくせにお金だけは欲しいと言う人、要領だけ良くて楽をしている人。これらを見抜いたら、私は徹底的に叱ります。
前述のように、富士そばでは、出店にふさわしい物件を探すのが常務の重要な仕事です。それなのに、いつまで経っても物件をあげてこない常務がいました。探して見つからないのなら仕方がないのですが、彼の場合は不動産回りが苦手で、避けようとしていることが明らかだったのです。私は彼を呼び出し、「言い訳無用。働くつもりがないのなら、今すぐ辞めてもらって構わない!」とどやしつけました。
二の「失敗から何も学ぼうとしない人」もいけません。あるとき、店長会議で、一人ずつ店長にみんなの前に出て近況を報告してもらいました。売上が前年比であがっている店もあれば、下がっている店もありました。下がっている店の店長に、私は「どうして去年よりマイナスになったんだと思う?」と聞きました。決して責めているわけではありません。マイナスになってしまったのは結果だから、これをいくら追及しても仕方がない。重要なのは、マイナスになった要因を探すことです。
「メニューが客層に合っていなかった」「近所で工事があって、通りを歩くサラリーマンの流れが変わった」など、考えられる理由はいろいろある。
どれが主要な原因か分析して、それを克服していかないかぎり、次には進めません。そこで「わかりません」とだけ答えたまま、黙ってしまった店長がいました。どれだけ待っても、答えを考えようとしません。私は叱りました。分析をしようとしないのは、失敗から目を逸らしているだけだからです。
ただし、そうやって失敗した人を「ほれ見たことか」「いい気味だ」とあざ笑ったり、こき下ろしたりするような三のタイプも、絶対に許しません。
私はそんなに大きな人間ではないので、悪いことは悪いと徹底的に責めるのです。叱るときには人前で叱るまた、従業員を叱るときには、人前で叱ることにしています。
「みんなの見ていないところでこっそり叱った方が、相手に恥をかかせないで済む」という意見もありますが、悪いことをしたのに、恥もかかずプライドも傷つかず、反省だけするというのは虫がよすぎる話です。
人前で叱ることで、「叱られるだけの理由があるということ」を感じてもらい、同時に「なぜ叱られているか」を周囲に知らしめる効果もあります。
すると、周囲の従業員は同じ過ちを犯さないように胸に刻むのです。同じように、褒めるときはみんなの前で褒めます。
これもどうして褒められたか、周囲の参考になるからです。そして叱られた人には、ちゃんと頭を下げて謝ることを望みます。
黙っていては反省しているのか、ふて腐れているのか、よくわかりません。叱った後、何も言わない部下にさらにこう言ったことがあります。
「自分が悪いと思ったときには、謝ったらどうだ!私は三歳児にだって頭を下げる勇気を持っているぞ!」これは本心です。
以前、お店のアルバイトと話していたら、あまり元気がなかった。なんでも富士そばの仕事が終わってから、また別の居酒屋で働くというのです。
「大変だね。富士そばの給料が安いんだろうな。もっと給料が高ければ、他に勤める必要はないんだろうけれど……。こんな額しか出せなくて、本当にごめんね」給料は出せるものならもっと出してやりたい、とつねに思っていましたから、素直にそう伝えました。
申し訳ない気持ちがあるならば、それを正直に言葉にすれば良いだけです。大人になると変なプライドが生まれて、なかなか謝れなくなる。
しかし私の経験上、成功する人は、謝る勇気を持っている人でした。私もいつまでも、自分が間違った、悪かったと思えば、たとえ相手が誰であろうと素直に頭を下げられる人間でいたいものです。
年功序列はダメな制度失敗という話題にも関わるので、年功序列の話題にも触れておきましょう。年功序列という制度についてどう思うか、と聞かれることがあります。
日本的な企業で従業員に優しい富士そばは、会社に長くいる人ほど手厚くする年功序列制度を好むのでは、と思われているのかもしれません。
結論から言うと、年功序列は全くもってダメな制度だと思います。というのも、それでは会社も従業員も成長しないからです。自動的に年上の人が偉くなる、長く在籍しているだけで給料も増えるなんてとんでもない。
年長者は「ただ長くいれば良い」と考えるようになって努力しなくなり、それを見た年次の浅い従業員からやる気が失われていきます。
リーダーに年齢は全然関係ありません。若い人の中にも優秀な人財がいますから、そういう人にこそ仕事を任せれば良い。ちなみに、世間では「優秀」といえば頭の良い人を思い浮かべるのが一般的でしょうか。
しかし私の定義は少し違います。賢い、頭が良いと言ったって、人間は大体が同じような身体、同じような土台を持っていて、そう大きな違いがあるはずもありません。
ずば抜けて頭が良い人もたまにいますが、それこそ本当に一握りです。では差がどこでつくかといえば、「やるかやらないか」。それに尽きると思います。どんなに頭の良い人でも、全然動かないようでは結果も出ない。それでは優秀とは言えません。私の見てきたところ、「やるかやらないか」で「やらない」を選んでいる人というのは案外多いのです。
そういう人のほとんどは、失敗するのを恐れています。しかし、人は動くからこそ失敗をするわけで、何もやらない人は、そもそも失敗すらできません。
「自分は失敗をしていない」と胸を張る人は、「何もしていない」と自ら告白しているようなものです。だから自分から積極的に動いて失敗した従業員を、私は絶対に責めないと決めています。失敗を責めたてると、挑戦をする人が現れなくなりますから。
むしろ、「よく失敗したな」と褒めてあげたいぐらいです。私も成功したいという夢を持って上京し、いろいろ苦労をしました。その大半は失敗の経験です。
あれこれ失敗したから、今の立ち食いそば屋という業界に行き着いたわけで、失敗がなければ富士そばも生まれなかったことでしょう。
なぜ分社制度を取っているのか
分社制度とは何か富士そばは、八つの会社(グループ)から成り立っています。
ダイタンホールディングス株式会社、ダイタンフード株式会社、ダイタン企画株式会社、ダイタン食品株式会社、池袋ダイタンフード株式会社、ダイタンイート株式会社、ダイタンミール株式会社、ダイタンキッチン株式会社の八社です。
これらの会社がそれぞれどう違うのか、ご存じでしょうか。東京の東側はダイタンフード、埼玉はダイタンキッチン……と担当エリアを分けているのか。
あるいは、商品開発はダイタンミール、物件探しはダイタン企画というふうに事業内容で分けているのか。残念ながら、いずれも違います。実は、やっている事業内容はみんな同じ。
「富士そば」の店舗経営です。全く同じことをやっている会社が、別々に七つあるというだけなのです。例外がダイタンホールディングス株式会社で、ここだけ海外事業に特化しています。
それぞれの会社は、どの場所で出店しようが、どんなメニューを出そうが、何をやろうと構いません。たまに同じ駅前に複数の富士そばの店舗があり、ふしぎに思う方もいるようですが、あれは管理しているグループが違うのです。
「ここの会社はこのエリア」などと割り振りをしているわけではないので、優良物件は取りあいになります。その結果、一つの駅の周りに別々の会社が出店するということが起こるのです。
なぜ会社を分けるのか普通に考えれば、すべてを一社にまとめて部署制にした方が、コストはかかりません。各社に一人ずついる経理や総務だって、まとめれば全体で二人か三人で済むかもしれない。
そういう意味では、損ではあるのです。それならば、なぜこのような体制を取っているかというと、会社を分けることでそれぞれが競争意識を持つからです。
読者の皆さんも、たとえば運動会でチーム分けされたら、自然と「他のチームに負けないぞ」という闘志が湧きませんでしたか?気がついたらチームメイトと必死に協力しあっていませんでしたか?あれと同じ原理です。
分社制では、基本的には各自のグループが成果をあげられれば良いのです。手の内や情報をばらす必要もないので、全体会議で殊更に自社の情報を開示する必要もありません。
決算書も別々で、各社の業績がすぐにわかるし、常務の給料も全部公表されます。そうやって全部を透明にしていると、トップには責任感が生まれ、腰の重い人間も自然と働くようになります。
これは常務にとってもありがたいことなのではないかと思っています。どこまでが自分の責任範囲かわからず、何となく仕事をしていても、なかなかやる気は生まれない。
しかし会社を完全に分けてしまって、「君の責任範囲はここまで」と明確にすると、「負けてはいられない」とやる気が出るものです。
他の会社に負けたくないから、私が黙っていても、常務たちは積極的に物件を探しに出かけて行きます。他のグループが社員旅行に行ったと聞くと、「うちもみんなを旅行に連れて行ってやろう」なんて、必死に考える。
一国一城の主だと思うと頑張れるのです。以前に、同様の仕組みがアメリカのシリコンバレーに本拠を置く複数の企業でも見られると聞き、驚いたことがあります。
意外と合理的な仕組みなのかもしれません。競争心を煽るのもバランスが重要常務には相応の給料、それなりの交際費を与えています。
歩合制ではありません。良い物件の契約が取れなくて、急に収入が落ちるような安定のなさだと、仕事に集中できないからです。
ただし、成果を出した常務はどんどん給料が上がっていきます。プラスの成果だけが評価され、累積していく仕組みです。中には、驚くほどの給料をもらっている常務もいます。
ですが、「お前の会社が一位だ。あいつの会社は二位。もう少しで追いつかれるぞ」などという言い方では煽りません。途端に嫌らしくなるからです。
外からプレッシャーをかけて追い詰めるのではなく、自然と内発的に競争心が起こるよう仕向ける、この匙加減がなかなか難しい。
でも、こうした仕組みをつくるのも経営者の仕事です。かつてそれぞれのグループは、都内のさまざまな場所に点在しており、当時社長であった私は一カ月に一回しか各社のオフィスを見回りに行きませんでした。
それは「本社から離れた場所で、自分は経営をしている。この会社を大事にしなくちゃいけない」と常務たちの独立心が高まると思ったからです。
しかし二〇一五(平成二七)年に、いろんなところに散らばっていた会社を代々木に集結させました。それは新社長から、「離れていたらやりにくいので、一緒の方が良い」という要請があったからです。
私は常務たちと数々の苦難をともに乗り越えてきて、密接な関係にありましたが、社長からしたら会社の常務や係長は、ほぼ他人に等しい。
それを、離れた位置からばらばらに指示を出すというのではやりにくいので、一つに集約したわけです。驚いたことに、代々木のオフィスに集結させてからというもの、理想的な物件が上がってくるまでのスピードが格段に上がりました。
八つの会社が同じオフィスの中で、互いの様子が見える状態で働いているために、より一層、競争意識が高まっているのかもしれません。これは全く予期していなかった、嬉しい誤算です。
今、常務として仕事を任せられる能力のある社員がもう一人いるので、近いうちにもう一つ、会社をつくろうかと考えています。
そうすれば、その分の係長などのポストも増えて、さらにやる気を生み出すことができるでしょう。心配しているのは、今度は新しい会社の名前をどうするかぐらいです。
仕事は一番忙しい者に頼めせっかくなので、富士そばの組織について、もう一つだけ補足をしておきましょう。富士そばには人事部がありません。
そんなに大きな企業じゃないから必要ないのです、と説明しても、なかなか信じてくれない人もいます。本章で説明したように、どんな人財が必要かを誰よりもよく知っているのは現場です。
だとすれば、新しい従業員は現場に選んでもらうのが、最もミスマッチが起きにくい。だから人事部をつくらず、現場をよく知っている係長や常務に採用を一任しているわけです。
かつて水商売の大規模店舗を経営していたとき、経営陣が営業推進部、商品開発部、営業部、管理部など、いろいろな専門の部署をつくろうとするので、それはやめた方が良いと助言したことがあります。
もし部署が分かれていれば、営業推進部が物件を持って来て、商品開発部が新製品を開発して、営業部が売り込んで、管理部が運営する、というような役割分担におのずとなっていくでしょう。
業績が順調なときは、それはそれで効率的で良いと思います。しかし、うまくいかなかったとき、どうなるか。「お前が持って来た物件の場所が悪いからダメなんだ」「違う。お前の営業が足りないからうまくいかないんだ」と、他の部署との責任の押しつけあいが始まることでしょう。
また、部署を分けてしまうと「自分は営業だけやっていれば良い。他の仕事は全く関係がないし、考える必要もない」という考え方になってしまう。専門的といえば聞こえは良いけれど、会社全体に考えが及ばなくなるのです。
さらにいえば、あまりにも長い間一つの分野に留まっていると、そのうち飽きが来て嫌になってしまうかもしれないし、ある日突然、他部署に回されて途方にくれてしまう、などということも起こるかもしれない。
そうした数々のトラブルを見てきましたから、富士そばでは一人の人間に物件探しも開発も営業も資金調達も全部任せることにして、敢えて部署をつくらなかったのです。
人間は、いろんなことをやらせた方が良い。あるときは現場で働いたり、あるときは本部で数字を確認したり、あるときは金融機関との交渉を行い、資金集めに奔走したり、いろんな方面に関わることで仕事の全体像が見えてきます。
さらに、関わるポイントが多くなるほど、会社に貢献していることが実感できるので、最初は嫌々でも、次第に意欲が出てくるものです。
たとえば、店舗開発部が見つけ出した物件を渡されても、現場や監督者は受け身になり、あまり愛着が湧かないということが往々にしてあります。
逆に自分で汗水垂らして見つけた物件であれば責任感も芽生え、本気で売上を伸ばそうという気になるでしょう。
そして、開発をやらなくてはいけないし、営業のやり方も考えなくてはいけない、さらに予算も管理も資金調達も……と一人で忙しく物事を考えている状態の方が、いろいろなことに気を配れるものです。
ナポレオンが、「仕事を頼むときは、一番忙しい者に頼め」という言葉を残したそうです。それを知って、我が意を得たり、と感じました。忙しい人ほど、物事をテキパキ片づけようとするので、仕事ができます。
だから私は仕事を頼むとき、フロアを見回して、一番忙しそうな社員にお願いすることにしています。
最高の教育とは何か
良い教育とはどういうものか企業を経営するにあたり、最も頭を悩ませることの一つが「社員の教育をどのように行うか」ではないでしょうか。
会社の将来はどれだけ優れた人財を育てることができるかにかかっているわけで、いわば教育の成否が会社の命運を握っていると言っても差し支えないでしょう。
そこで本章の最後に、「教育」について、私の考えるところを紹介します。教えて、育てることが教育。言葉にすれば単純なことに見えます。
しかし経営者、そして親の立場から言っても、人に何かを教えて、育てるということは簡単ではありません。良い教育とは何か。一〇〇人いれば一〇〇通りの答えが出てくるでしょうが、私は「できるかぎりの失敗をさせてやり、心から反省する機会を与える」ことだと思っています。
人は「ああ、自分は間違っていたんだ!」と心から反省したとき、「二度とこんな間違いはしないようにしよう」と誓い、その過ちを繰り返さないようになるものです。
この営みこそが学習であり、その機会を与えるのが教育なのではないでしょうか。そして心から反省する機会は、「自発的に行動して失敗した経験」だけから生まれます。
もし、他人にやれと言われた行動で失敗した場合には、「仕方がないよ。別に自分がやりたかったわけじゃない」と逃げ道をつくってしまうものだからです。
だから、あれをやりなさい、これをしなさいと押しつける教育なら、むしろやらない方が良い。なんでもかんでも指示したり教えたりしていると、すべて指示待ちの姿勢になり、やがては心から反省する機会を奪ってしまうことになります。
自分のやりたいことを思う存分やってみた結果、失敗してしまう。そこで立ち止まり反省し、「これをやったからうまくいかなかったんだ」と理由を自分で考えられるようになるのが理想。
それは会社にかぎらず学校でも、延いては社会生活全般でも同じではないでしょうか。ある常務が以前、「これは絶対にいけます」と自信満々に動いた出店で、大失敗をしたことがありました。
そのときは参ったなと思いましたが、挑戦した結果だったので特に叱ることはしませんでした。またそれ以降、彼が物件を持って来るたび、「今度こそ大丈夫だろうな?」と口うるさく確認することもしていません。
なぜなら、深く反省した彼は、それ以来同じ失敗を二度としていないからです。失敗こそが唯一にして最高の教師である現在、私は会長職におさまり、実質的な社長業は息子に任せています。
そうして跡を継いだ二代目社長は、しばしば「今までと同じような商売ではつまらないし将来もないから、自分なりの新しいものを立ち上げたい」と言っています。
しかし、ビジネスはそう甘いものではありません。社長はいろいろなものに挑戦しては失敗を重ねているようです。
また、彼は海外展開の事業も担当しているのですが、海外ではこれまで日本で学んできたノウハウが役に立たないことも多いでしょう。
社長業は失敗の連続で、悪戦苦闘の日々であるはずです。私からすれば「こうすれば良いのに」と思うこともしばしばありますが、敢えて何も言わないようにしています。これは決して気を遣っているわけではありません。
口を出したところで、究極的には子どもは親の話なんて聞かないものだからです。まさに、私自身がそうでした。母にはつねに反対されながら、何度も上京を繰り返してきたわけですから。
親の指示通りにただただ動いていたら、仕事は全然面白くないだろうし、責任感も芽生えません。そんな状態で私が突然死んでしまったら、残された社長はただオロオロして、会社はすぐに潰れてしまうでしょう。
それよりも何度も小さく躓くことで、「ああ、こうすると失敗するんだな」と自分で気づいてもらえれば、同じ失敗は二度と繰り返しません。
本人が考え、選択し、失敗することに意味があるのです。この教育方針は、我が家の子育てでも守っていたルールです。私は妻と相談し、「息子には押しつけがましいことを絶対に言わないようにしよう」と決めていました。
「ああしなさい、こうしなさい」と口うるさく言うのではなく、むしろ本人から自然とやる気が芽生えて、行動を起こすことをとにかく待つ。できるかぎり、そうするように努めたのです。
そうして、彼が自ら動いては失敗を重ね、成長をしていくさまを傍らで見守ってきました。
少し偉そうなことを言わせてもらうならば、親や教師が死んだ後に子どもが自立して動けるようにする、というのが教育の本質なのだと思うのです。私がいなくなった後、息子の力で富士そばがさらに繁盛したら、それはとても喜ばしいことです。
京急蒲田店・保科由樹店長が語る「富士そば」と丹会長
店舗ごとにメニューが異なる富士そばですが、複数の店舗で共通して売られているメニューもあります。その一つが、エビ天丼。実はこれ、私がつくったんです。
高校卒業後、私は焼肉屋で三年ほど働きました。その後、不動産業を経て、おそばが好きだったという理由もあり、富士そばへ入社しました。入ってみて、富士そばは商品開発のアイデアを自由に出せるのがいいなと感じました。
それまで働いてきた会社だと、いくらアイデアを思いついたと言っても、上司に気に入ってもらえるかどうかと顔色を窺いながらの提案になってしまう。
それが、富士そばでは「こういうことがやりたいです」と率直に伝えられる空気があります。さらに自分の考えたメニューがお店で採用されて、食べたお客様に「美味しい」と直に言ってもらえる。これは相当モチベーションが上がる要素ですね。
店舗によって、新メニュー開発に積極的なお店、定番メニューを重視するお店などと分かれるようです。ただ会社全体としては、「どんどんアイデアを出してくれ」という活気にあふれています。私の上司である係長も、「一度やってみないと、売れるかどうかはわからないよ」という考え方。
柔軟な精神が根づいている会社だと思います。店長のシフトは基本的に早番で、午後の早い時間に仕事が終わります。そこからは自発的に、新メニューをあれこれ研究しています。
京急蒲田店は厨房の奥に地下室のような奥まったスペースがあり、そこがいわば自分の「秘密基地」。さまざまな具材を持ち込んでは試作品をつくっています。
いろいろ考えるのが楽しくて、趣味の領域と言って良いかもしれません。一年間で、大体、二、三品は新メニューを出しているでしょうか。
完成した試作品は、まずアルバイトさんに食べてもらいます。そこで半数以上が「美味しい」という感想だった場合、次は係長に提出します。
これは良い、これはダメだと直接的に判断されることもあるし、「他にこの食材をつけ足してみたら、もっと良くなるんじゃない?」とプラスアルファの提案をもらうこともあります。
かつて考案したメニューに、肉を醬油ダレで炒めた「焼きスタミナ丼」がありました。おそば屋さんだから当たり前ですが、富士そばにはフライパンを使って調理をするイメージがありません。
だから、もし厨房でフライパンを振っている姿を見せることができたら、お客様の予想を裏切ることができて、びっくりさせられるんじゃないか……というのが発想の源でした。
もちろん料理自体も自信作ではありましたが、パフォーマンスも込みで思いついた、異色のメニューです。「だし氷そば」もつくりました。名前の通り、つゆを冷凍庫で凍らせて、シャーベット状にした一品です。これを思いついたのは、お客様の一言がきっかけでした。
夏場にはつゆをよく冷やすようにしているのですが、あるとき、「もっと冷たい方が良いよ」と言われて、「もっと冷たくするには、もう凍らせるしかない!」という結論に至ったのです(笑)。
お店の常連さんとはよく会話をしています。「今日のそば、いつもと違ったよ」と直接言ってもらうことで、何が違ったんだろう、どうしたらもっと良くなるんだろう、とヒントをもらうことが少なくありません。
お客様との距離が近いのも、富士そばの優れた点の一つでしょうね。
間近で反応が見られるので、自分たちがどんな商品を提供できているのか、よくわかります。お店を支えているのはフランクな語りあい富士そばで求められている能力は、「人柄」ではないでしょうか。
穏やかで他人をまとめられる人や、普段から努力を怠らない人が、抜擢されやすいと思います。富士そば自体が、とても人を大切にする会社だという印象が強いですね。
よく上司から言われるのは、「店長なら、アルバイトさんの不満や悩みをちゃんと聞きなさい」ということ。だからコミュニケーションを取る機会を多く設けて、あれこれ話しあっています。
現場以外でもフランクに相談を受けることがあり、そういう場合は店の外で会議をしやすいように、会社からミーティング代という経費が支給されます。
私も悩みや要望があるときには、上司に肩ひじ張らない場所に連れて行ってもらって、お茶をしながら話を聞いてもらうことが多いです。
相手が会長や常務になると緊張して、さすがに気を遣ってしまいますが、直属の上司である係長なら本音を包み隠さず、腹を割った議論ができます。
またそれが許される雰囲気もあります。従業員と店長が、そして店長と係長が息を合わせなければ、お店はうまく回りません。
だから、話のできる場を定期的に設けてもらえるのは、非常にありがたいですね。会長は味覚が敏感な人会長は抜き打ちに近い形で、お店に見回りに来られます。
お店の中に目立つ汚れがないか、つゆの味、天ぷらの状態は問題がないかなど、一通り見ていただいています。
会長の印象は「味覚が敏感」。以前、推奨されるのと違うやり方で玉ねぎを切って、天ぷらにしたことがありました。会長はそれを口にすると「普段と切り方が違うんじゃないかな」と指摘されたんです。
驚くと、「甘味が違うからわかるんだよ」と。普段から食べ比べをされていることで、味をしっかり覚えていらっしゃるんでしょうね。ダメ出しをされることもありますが、「美味しかったよ」と言っていただけると、お墨付きを得たようで、自信を持って営業できます。
つねに念頭に置いている言葉は、会長の口癖である「とにかく美味しいものを出す」。そして、富士そばを立ち上げたときに掲げたという「早い、安い、美味い」。この三つがぶれなければ、お店の経営は必ずうまくいくと信じています。
「安い」という要素は、会社の判断や事情もあるので、必ずしも現場の理想通りにいくとはかぎりません。しかし、「早い」「美味い」は自分たちの努力次第で達成できる部分。そこだけはとにかく突き詰めていきたいです。
それと、おかしな話なんですが、会長とはいつか、友達のようにじっくりと話をしてみたいなと思ってしまうんです。仲良くなって、二人でお茶でもしながら話せるようなことがあれば良いなぁと(笑)。
やはり、お人柄から魅力がにじみ出ているということなんでしょうかね。富士そばを一言で表すと、「自由」。自由だから発想を実現させやすい。それが、ここまで富士そばを大きくした原動力のような気がしています。
コメント