永続繁栄のための二大コンセプト
未来永劫に亙って繁栄を実現するということは、「二つのコンセプトを同時に追求する」ことである。
その一つは、事業の成長、拡大をやり続けるというコンセプトだ。もう一つは、事業の安定をやり続けるというコンセプトである。成長とは攻撃である。安定とは守備である。この二つ、攻撃と守備とを同時にやっていくことを、後継者に間違いなく教えていかなければならない。
事業の成長拡大を続ける
攻撃とは、まず第一に、短期では「前月」より、長期では「前年」よりも増客することである。どんなことがあっても、いつでも、お客様を増やし続ける。お客様を増やした会社で業績が悪い会社を見たことがない。逆に、業績の悪い会社は、必ず、お客様の数を減らしているのだ。
なぜ、新事業をやり、新商品開発をやり、新規開拓をやり、イベントを開くかといえば、すべて、この大事な増客のためである。お客様を増やすため以外の、何ものでもない。攻撃の二番目は、なるべく前年よりも売価が高く、粗利も多い商品やサービスを開発して売っていくことが基本だが、やむなく売価が安く、粗利も少ないもので勝負せぎるを得ない場合には、必ず数量を多くだす以外にない。これが攻撃、成長拡大のための二番目の方策である。
つまり、売価が安かったり、粗利が少なかったなら、その分余計に数量を売る以外に方策はない。できるなら、前年よりも売価が高くて、粗利が多い商品を開発し続けるべきである。永久に、それをやり続ける。増客も何も永久にやり続ける。そういうことを、後継者に教えていかなければならない。
三番目に、増客できて、商品も増え、粗利が多いものも開発されたり、数量が多く売れていったら、それに合わせて経営態勢を整える。
経営態勢には二つある。
まず一つは、社員の質と人数を考える。社員に対する正しい対策を取っていくことだ。
二つ目は、資本の質と量である。つまり、借金ばかりで、他人資本を中心に事業をやってはいけない。
先に書いたことを復習すると、貸借対照表の右側に、総資本があった。その一番上に、流動負債がある。流動負債の最も代表的なものは短期借入金だ。その次に固定負債がある。固定負債とは長期の借入金だ。その下に資本の部があるが、これは、今期の利益も含めた資本金のすべてであり、自己資本ということになる。借金まで含めたすべてを総資本という。その総資本の中での自己資本の比率が高くなければいけないということを、永久に教え続ける。そして、資本の獲得を間違いなくやる。
経営態勢の二つ目に、設備とか技術がある。これを、絶え間なく革新していく。店でも何でも近代化していく。設備も近代化していく。
馬車と自動車なら、自動車が勝つに決まっている。だから、馬車が設備の一種であれば、これをより近代化していく。絶えぎる近代化を進める。
上述のように、社長にとって、成長拡大は三つしかない。「増客する」「商品やサービスの売価と粗利と数量を検討する」「経営態勢を検討する」、この二つしかない。三つ以外は、枝葉末節だ。
成長とは、そういう三つから成り立っているということを教えて欲しい。揺るぎない哲学をもって、変えようがない原理原則として、伝承していく。
自分の会社は特殊で、なかなか思う通りにはいかないと言い訳する社長が多いかもしれないが、事業経営の本質は、いずれも同じである。そういう社長の甘えを封じるために、歯科医院を経営しているCさんの事例を紹介しておく。
私の門下生の中には、医師が三、四人と歯科医師が二、二人いる。いままであらゆる業種を指導してきたが、「自分は特殊だ」と主張する医師の業界も一般の業界も、物事の基本はすべて同じである。
この業界も、経営は非常に厳しい。医療費が伸びない。医師の過剰も進んでいる。その他にも、いろいろなことが問題になっている。このような現状のなかで、質の高い医療サービスを提供しながら、医療収入を上げ、また、個人としての所得も増加させるためにはどうしたらいいか、という相談を歯科医師のCさんから持ち込まれた。Cさんの医院は、最初、赤字だった。現在は、好業績を上げている。どういう手を打ってもらったか……定石として商品やサービスの売価と粗利と数量を検討して、まず第一に、保険外の高額医療を勧めた。特別室をつくり、その中で医療をやる。
それからもう一つ、歯医者を含めて医者はあまり宣伝してはいけないというような、医師会の申し合わせがあり、また法律でもそうなっているらしいが、そういう制約の中で、増客を推し進めた。そのために、「世界の歯ブラシ」というものを手がけてもらった。研究熱心ということで、医院のイメージや医者に対する信頼性が高くなれば、患者はどんどん増えていくからである。
近畿日本ツーリストとかJTBとかの旅行社に、私が親しくしている人がかなりいたので、その人たちがヨーロッパとかアメリカとか、アフリカ、南米、あるいはロシア、中近東など、いるいろな国へ行く時に、五万円とか三万円とかを渡して、「世界の歯ブラシを集めてください」とお願いした。集めてもらう時は、どこで買ったか、何という名前の歯ブラシか、すべて書き記してもらった。世界中の歯ブラシにはいろいろある。形も、大きさも、長さも、重さも、機能性も実にさまざまだ。
そのいろいろな歯ブラシを、大きくてきれいなガラスケースに入れ、どこの国の歯ブラシで、どのような効果があるか、 一つ一つ書き出して、待合室に置いた。そして、ガラスケースの隅に、ドイツ語の医学の原書を、わざわざページを開いて置いて、演出効果を盛り上げた。
また、乳幼児から老人になるまでの歯の手入れの仕方を書いた小冊子を作り、来院の患者にただであげた。
さらに第二弾として、四季ごとに、いろいろなテーマの小冊子を作り、これも来院の患者にただであげているうちに、「あそこの歯医者さんは、感じもいいし、研究熱心だ。世界の歯ブラシにはびっくりした。あんなの初めて見た」と話題になり、どんどん患者が増えていった。これは、商売というか、完全に経営的な発想である。そういう発想が非常に大切だ。
歯科医院をやっている人に限らず、自分のところは特殊だと思っている社長は、その頑なな固定観念をいますぐ捨てて欲しい。そういう社長は、自ら進んで、いろいろ多方面にわたる実業家の友達を持つ。商売人の友達を持つ。自分と反対の立場の友達を持つ。そういうことを、積極的に研究すべきだ。
Cさんはまた、「求人をしても、歯科医院は人気がなく、いい人材がなかなか来ない」とこぼしていたが、これについても、 一般企業の経営態勢を検討してもらった。
一般企業では、人を得ることに物すごい努力をしている。Cさんのところは、歯医者だからといって、募集カタログもないような状態だった。 一般の企業では、募集用カタログとか、会社概要がないところなどほとんどない。そういうものがどのようにつくられているか、まず研究すべきだ。
それから、歯医者でも事業発展計画、すなわち経営計画の発表会をやらせた。そのようにして、銀行から金を借りやすくしたり、人材が集まりやすくしたりする。事業発展計画書は、それぐらい大切なものだ。今年は粗利が幾らないといけないか、そのためには何人の患者を、要するにどれぐらいの売上を獲得しなければいけないかということも、すべて発表する。そして、そのために看護婦をはじめ、みんながどのように努力をしなければいけないか、計画書に細かく書かせる。歯科医院も一般企業も全く同じである。事業経営の根本に、特殊はない。
最終的には、働くすべての部門の作業の仕方までマニュアルにして書いていく。そして、日でいくら言っても、「うるさい」と反発されるだけだから、 一人一人が一回で自覚するようにするために、会計年度のスタートの時に事業発展計画書の発表会を開いて、 一々を説明していく。途中で採用した者には、「事業発展計画書を読んでおきなさい」と言えるぐらいのことをやっていかないとだめだ。
歯医者でさえ事業発展計画書の発表会をやるのだから、ましてや、 一般の会社では最低限でもそれぐらいのことは必要である。
事業の計画を立てるにあたっては、先述したように、売上からスタートしてはいけない。一年間、固定費、すなわち人件費とか光熱費とか家賃とかの諸経費が幾らかかるか、これを一番最初にとらえる。そして、その分は、絶対に粗利として稼がなければならない。
もう一つ、粗利で稼がなくてはならないのは、借金の返済額である。医院と一般企業では税制が多少違うが、 一般企業では営業利益が出てから金利を払い、経常利益が出てから税金を払い、純利益が出てから配当を行い、残った内部留保金で借金の返済をする。そうすると、必要な営業利益と一年分の固定費を足したものが粗利でなくてはならない。
歯医者の場合は、保険と保険外がどれくらいで、さらに粗利益率がどれぐらいかということも分かっているはずだから、粗利を保険でいくら、保険外でいくら確保しなければならないかがすぐに出てくる。必要粗利が分かれば、粗利益率から必要売上もすぐに出てくる。その売上に、 一生懸命にチャレンジする。募集カタログでも何でもきちっとつくって、計画的な経営をしていく。
さらに、勤労意欲のあまりないような女子従業員の意識を変えていくには、小まめに教育していく以外にない。基本的には事業発展計画書を用いて教育をする。さらに、マニュアルを用いて教育をする。経営は非常に原始的だ。規模が小さいとか大きいとか、業種が特殊だとか、全く関係ない。きちっとすべきことは、きちっとするということに尽きる。
事業発展計画書をつくれば、全員が燃えていく。必要売上に向かってのチャレンジ、必要粗利に向かってのチャレンジを敢行する。そして、目標以上の利益が出たら、みんなに分配すれば良い。決算賞与をきちっと出す。そういうことが、基本中の基本だ。これで、どの業界も基本は寸分変わらないということに得心がいったと思う。「うちは特殊だ」などと、決して言って欲しくない。
事業の安定を続ける
次に、安定である。やはり、安定にも二つある。安定とは、数字であらわすものではない。数字は、過去とか未来のことだ。くて、現実はどうなっているかを考えるということである。
自分が売っている商品とかサービスを、同じお客様が十年でも、二十年でも、絵空事ではな
三十年でも、五十年でも繰り返し繰り返し買ってくれることを安定という。それ以外の安定は世の中にない。同じお客様ということが最大のポイントである。いつでも新規開拓しなければならない会社は、長く続かない。
たとえば、TBSブリタニカがある。ブリタニカは、アメリカからサッと来て、サッと引き揚げていった……なぜか。
高額な大英百科事典、全セットで百万円を超えるようなものを買う人が、人口一億二千余りの日本の中で何人いるだろうと計算し、歩合給の営業マンをつかって猛烈に売らせた。同じものを三セット買う人はいないから、やがて売り尽くしたら、そこでパッと会社をたたんで、引き揚げていった。これが定石である。
同じお客様に永久に買っていただくためには、商品自体がある種の繰り返しを起こさなければならない。その点、消耗品は楽である。自然に繰り返しが起こるからである。
しかし、繰り返さない商品を扱っていたらどうするか。耐久消費財のような繰り返す頻度がないとか、少ない商品を扱っていたら、実にむずかしい。その場合は、必ず商品を組み合わせていくことを忘れてはならない。いくつもいくつも、絶えず商品を組み合わせていって、事業の安定存立の基盤をきちんと守る。
つまり、商品自体の繰り返しだけではなく、「繰り返すシステム」を事業のなかに取り入れなければならない。
たとえば、電話機の業界でプッシュホンを売っている会社を指導したことがある。プッシュホンは、 一回買えば、お客はしばらく買わない。 一万戸の住宅地にどんどん売って、 一万個売ってしまえば、会社はそこでおしまいになる。だから、業績が落ちて、社長が私のところへ駆け込んで来た。
「繰り返してずっと買ってもらえる別の商品を探さないと、行き詰まってしまう」「いや、そうじゃない。繰り返さないものでもいいから、組み合わせなさい」と言って、同じ家庭に何を売ればいいかを考えさせ、ピックアップしたものがカラオケとか、ワープロである。そういうものを同じ家庭に次々に売っていって、プッシュホン以上に売り上げ、業績がよくなった。こういう戦略を採ることが「繰り返すシステム」を採るということである。
消耗品は、そのまま繰り返していく。化粧品とかヤクルトとか新聞とかは、みんなそうなっている。
ヤクルトは、訪問販売が主体である。繰り返し購入する商品なのに、なぜ店頭販売をしないのか。それは、日替わり商品で、今日はのどが渇いていて買うかもしれないが、明日は渇いていないから買わないかもしれない。このように上下波動があって不安定だからである。
それにもかかわらず、プロ野球のチームを持つぐらいに儲かっている。なぜヤクルトが安定的なのかといえば、ヤクルトおばさんという営業レディを採用し、要するに飲んでも飲まなくても毎日毎日コンスタントに売れるシステムをつくっているからである。
私は出張が多いのだが、美人のヤクルトおばさんが私の自宅に勧誘に来たので、ついつい契約したとする。たまの日曜日に冷蔵庫を開けたら、そこに二十本もヤクルトがたまっていた。それでも、契約しているから、月末になると、飲んでも、飲まなくても、ヤクルトおばさんが集金にやって来て、丸まる一か月分を払わぎるを得ない。次の月も、次の月もである。
ヤクルトは、飲んでも飲まなくても払ってもらうシステムを、確実に取り入れているのだ。ホテルでも、毎日、宴会が詰まっているとは限らない。部屋も空いている時がある。売上をあげるには、宴会場も、部屋も詰めないといけない。非常に不安定である。景気が絶えずいいとは限らない。昨今のように景気が悪いと、法人は創業何周年とか社長就任のパーティーなどの行事をあまりやらない。
そこで、「ホテルは不安定だからやりたくない。同じ資本投下をするのだったら、賃貸のアパートやマンションをつくる」と言って、新事業に乗り出したとする。
そうすると、ホテルのようにフロントマンも営業マンも、何にも必要ない。最初、地元の非常に有力な不動産の流通業者と提携して、入居者を集める。入居者を入れてしまえば、ホテルのような日替わり。時間替わり商品ではなく、月替わり、あるいは年替わり商品になる。入居者が海外旅行して帰ってきても、「十日間いなかったから、十日分、家賃を引いてくれ」なんて言わない。いつも銀行から家賃が自動的に引き落とされる。それで、安定的に売上があがる。
こういうのは、全部システムだ。そういうシステムの研究が、社長たちは、非常に遅れている。それから、安定の二番目は、売り物を磨くことである。
売り物には、商品とかサービスとか、値段が安いとか、納期とか、品質とか、デザインとか、親切とか、いろいろある。とにかく、これらをライバルよりも磨く。ライバルよりも数段磨くことで、お客様が繰り返し買ってくれるということを次代に教える。安定の二番目は、お客様第一主義である。
究極は、お客様に好かれるすべてのことを行うことである。そうすれば、お客様は繰り返し買ってくれる。
私は、東京では皇居前のパレスホテルによく泊まる。なぜかというと、フロントでもドアマンでも、スタッフ全員が私を知っていて、「牟田様」と私の名前を呼ぶ。泊まることになって、部屋へ入ると、スリッパに「牟田様用」と書いてある。浴衣にもパジャマにもみんな名前が書いてある。こうなると、よそへ泊まりに行かない。どこの会社でもこのような対応をして欲しいが、それが無理ならば、最低限でも、お客様の名前を呼ぶくらいは全社員に徹底しておかなければならない。そういうことを、きちっと教えるべきだ。以上をまとめると、安定にも、やはり二つある。
「繰り返すシステムを構築すること」「売り物を磨くこと」「お客様第一主義でやること」、この二つがある。成長にも二つあった。これを必ず教えてほしい。 一種の哲学として、社長自身が必ず教え続ける。成長拡大と安定を、幾代にもわたって教え続けるべきだ。成長拡大と安定というコンセプトは、二つとも、私が長い問コンサルティングをやってきて会得したものだ。拙著『社長業のすすめ方』を読んでいただきたい。
未来永劫に亙って自社の繁栄を築くとは、成長拡大と安定を同時にやり続けることである。どんなにたくさんの会社をみても、繁栄の究極は、そういうことだとしか感じられない。そのこと以外の何物でもない。
だから、成長拡大と安定を、徹頭徹尾、追求して欲しい。永久に増客をする。永久に売価と粗利と数量を検討する。永久に経営の体質を検討する。永久に繰り返すシステムを研究する。永久に売り物を磨く。永久にお客様第一主義を貫く。
ただし、お客様第一主義という安定だけをやっていたら、会社は大きくならない。いい会社にはなっても、やがてじり貧になっていく。そうかといって、成長拡大だけをやっていたら、お客様はライバルに奪われてしまう。だから、両方を同時にやる。念を押すが、是非とも両方を同時にやってもらいたい。
未来事業の構築
将来、 一体何を売るべきか
商品とか、サービスとかの売り物では、事業の柱を最低五つつくることが大原則である。
常々、「どんな会社でも、事業の柱を五つ持て」と言っているのだが、 一つの柱で安住している社長が数多い。そんなことでは、時代が今日のように大きく変わっていく時に、ヘッジできない。火急に手を打たないと間に合わないという事態を、日の当たりにすることがしばしばである。とにかく、考え方の中に五つの大きな柱を構築することを今すぐいれるべきだ。商品の柱とは、定番のことである。絶えず売れるものを、定番という。
定番をつくるには、新商品を出す以外にはない。あるとき、新商品を二十個出した。三十個のうち「売れる」と思うものが、仮に十個あったとする。しかし、「少し改良すれば、永続的に売れる」というものは、三個しかなかったとすれば、この三個のために、二十個をつくったことになる。むだなようだが、これが大切である。三個を残すために、三十個をつくる努力を重ねることが不可欠である。それを三年、五年、十年……とやっていく。当然に、この中から落ちていくものが多数あるわけだが、何としても五つぐらいの大きな柱をつくっていく。新商品の開発をあきらめてしまえば、すぐに行き詰まってしまう。絶えず絶えず、新商品開発をやっていく。
未来繁栄を築く商品化戦略
未来の繁栄を築くとは、定番商品をコンスタントに積み重ねていくことと、新規の顧客を永遠に開拓していくことである。
絶えず新商品の開発をやっていくと同時に、なおかつ、お得意様の開拓もやっていく。両者は同じことである。なぜ、新規開拓するかといえば、これは定番の安定得意先をつくるためである。新規開拓は、大きな決まったお客さんを獲得するために、要するに、未来の繁栄を築くためにやるという目的を忘れてはいけない。
技術的にも、どういう事業が栄えていくか、を常に考えて手を打っていく。新商品をつくるときのアイディアはどこから収集するか、あるいは、商品化とか製品化とか販売ネットはどうするか、こういう実務を自らきちっと哲学として知っておいて、なおかつ、自分の息子に残していくことを片時も忘れてはならない。新しい事業をやるときは、息子に、新事業の開発のやり方を哲学として残していく。
たとえば、どこに売れる商品があるか、いま何が売れているかということは、ライバルを含めた同業界の商品を売っている店を見ればすぐにわかる。これは、商品の開発にとって非常に大切なことである。定点観測、つまり店を限定し、そこを定期的に観測する。自分のところには十しか商品がないのに、流行っている店には百あったり、 一千個あったりする。こういうことを見極めて、自社ではそのなかの何を手がけるかということを決めていく。自分の業界の間屋の倉庫や見本市にも行き、今、何が売れているかを勉強する。それが大事な視点であることを、社員にも、後継者にも、永遠に伝えていく以外にない。
また、商品が最初にあるのでは、決してない。商品よりも、お客様や販売ネットが先にある。販売ネットが最初にあって、そこに何を乗せるかを決める。販売ネットをまず指向し、次に商品を開発する。商品が先にある会社は、大概、失敗する。商品を開発して、どこの誰に売ろうか、どのネットに乗せようか……どこにも乗らないものをいくら開発しても仕方がない。だから、販売ネットとか、売り方を先に決定することを、肝に銘じておく。
商品自体、事業自体も寿命がどんどん短くなってきているので、そういう実務の勉強を絶えずしなければならない。どうしてもわからなければ、実務に精通したコンサルタントに相談すべきだ。私の場合は、理屈は言わない。具体的に、「これがいい」「こうしなさい」と、お答えするつもりだ。
三、未来型の組織と部下への着手
絶えぎる能力開発
事業は成長拡大を推進していかなければ、潰れてしまう。成長拡大は一つのバランスである。しかし、なぜ成長拡大できなくなるかということも深く考えてみる必要がある。成長拡大できなくなるのは、既に市場がなくなった時だ。残っている市場がまだ十三分にあるなら、商品とか、人材とかに資本を投下して、市場に積極的に打って出ていけば良い。人がいなければゞ外部からでも連れてくる。商品が悪ければ新商品を開発し、金がなければ銀行から引き出してくる。全くあたりまえのことだが、そういうことに正しく狙いを定めて、成長拡大の手を打って行く。
そして、事業規模が次第に大きくなり、社長個人の経営能力や社員の管理能力を超えた場合には、会社を永続させるために組織のイノベーションを強力に進めていくことが重要となる。
年商十億円ぐらいの規模の会社は、大体、社長一人の手腕でうまくいく。三十億円ぐらいになったら、社長を中心にして、周りに優秀な幹部がいないとだめだ。そして、その幹部と一緒に事業経営をやっていく。五十億から百億円ぐらいの間になると、社長と役員と部長以上が会議を開いて物事を決めることが五割以上になる。それが三百億とか五百億円になると、会議で決めていくウエートがさらに高くなる。 一千億円以上になると、社長は事業に関する政治的な動きをし、実務処理は部下がしていくようになる。これからどういう商売がいいかとか、どういう分野が儲かるかということを、黙って政治的に研究したりする。会社の規模によって手の打ち方が多少違うが、そういう組織のイノベーションを常に考えていかなければならない。
会社組織では、イノベーションともう一つ、絶えず若返りをしていくことが重要だ。まず、組織の中の人間に関して言えば、気持ちを若く持ち、絶えぎる自己の能力開発につとめることが大事である。特に年配の人には非常に大切だ。つまり、自分の能力を常に開発していく。
年配の人は、よく「老害」といわれるが、なぜ老害といわれるのか……その一つには、物事を多面的で柔軟に見たり、聞いたりすることができなくなるからである。そうならないためには、いつも頭の中の片方を空けておく。空の境地になれば、だれの言うことでも聞ける。
そして、何を見ても頭の中に入ってくる。固定観念で頭を一杯にし、がんじがらめになっている人は、人の言うことが聞けないし、自己主張が激しくなる。これが老害である。頭の隅を空の境地にしておくことが大切だ。空の境地ということを、まず知っておく。
もう一つ勧めたいのは、「青春」ということの本質を知っておくことだ。サムエル・ウルマンという幻の詩人が、「青春とは、人生のある期間を言うのではない。創造力や情熱、勇猛心や冒険心に液る心の様相を青春という。年を重ねただけでは人は老いない。理想を失う時にはじめて老いる」と言っている。
見事に青春の本質をついている。単に年齢が若いことを青春とは言わないのだ。二十歳の老人もいるし、八十歳の青年もたくさんいる。若々しいとは、どういうことか……物事に感動する、心にひらめきを持つ、ドキドキしたりわくわくしたりする、こういうものを失わないことである。
肉体と心は一如である。心の思う通りになって、すべてが肉体にあらわれる。そして、心身の若さを保つためには、若い人たちと積極的につき合って、さまざまな物事に感動したり、心の未熟さを自ら進んでいっぱい持つような工夫を常にすることが、非常に大切だ。
次に、組織自体の若返りについて言えば、部長や課長は、五歳刻みで人材を養成していく。
たとえば、課長が四十歳であれば、二十五歳の係長に追いかけられるというパターンをつくる。課長は、四十五歳の部長を追いかけることになる。組織は、そのように下から追いかけられ、また、上を追いかける形が一番弾力的で、ダイナミックに仕事が流れる。社内にライバルも何にもいない、平和そのものだという環境は一番よくない。だから、五歳刻みの組織に、まず着手してもらいたい。それから、組織の原型を知っておくべきだ。
組織の原型とは、先に簡単に触れたが、社長がいて、その下に社長の代行たる役員がいて、部門長がいて、さらにその下に一般社員がいて……というそれぞれの分野からなりたっている。
事業活動では、まず、「物をつくる、あるいは仕入れる」ことが起こる。次に「物を売る」行為が出てくる。百円で物をつくって、あるいは仕入れて、百五十円で売る。売って、粗利の五十円を「分配する」。分配するとは、利益や、人件費や、利息や、税金に分配することだ。
そうすると、組織にとって大切なことは、社長である自分以外に、「物をつくる、あるいは仕入れる」部門と、「物を売る」部門と、「分配する」部門の二つに、強烈に優秀な人間を、できるだけ若いうちに採用して、腹心として仕事を教えていくことである。腹心の部下を育成する最大のポイントは、 一生涯、その人間と行をともにするわけであるから、分配や処遇からプライベートな世話にいたるまで、十三分に面倒をみてあげることである。
私に一番長くついてきている部下は、私の大学の二年後輩で、大学時代から今なお続いている。歳は私とほとんどかわらない。しかし、私は、私の子供、分身だと思っている。だから、もしも、お客様を取るか、彼を取るかといったなら、私は彼を取る。こういう選択をすると、互いに一生涯の付き合いになる。
技術的に育てることは、いくらでも簡単にできる。しかし、行をともにし、仲よくやり、私に一生涯ついてきて、「ああ、おれの人生、よかったな、牟田さん」と言われるような幹部を育てるには、精神的な絆を結ぶことが第一の条件である。
腹心の部下を育てるうえで、技術的なことにも一言触れておけば、細かいことを教え過ぎない、自分で考えるところを残しておくということが最大のポイントである。
考えるところを残すとは、どういうことか。処理する力がある人間は、考えることをしない。与えられた通りにしか処理しない。これからの時代に大切な幹部は、処理する人間よりも、考える力のある人間だ。だから、考えさせることが非常に重要である。
私には、十歳上の部下がいる。この人は、かつて全く別の会社の社長をしていた。どうしても合理化協会に入りたいと言って、私のところに来た。その時、既に六十歳近かった。それでも、私は年上だと思ったことはない。私の子供だと思っている。私は、「子供の不幸を願うわけがない。子供の幸福をひたすら願っている」と、あまり頻繁ではないが、時々口にするようにしている。十歳年上だと学ぶことも多いし、この人の場合、社会経験も豊富で、私自身尊敬もしている。良きアドバイザーである。
私のところには、もう一人、私の大学の後輩がいる。たまたま頼まれて、私が大学に講演しに行ったのが、そもそもの縁である。大学院とゼミの学生が私の話を聴いていたが、その時に彼は私のところに入りたいと思ったという。二年間ぐらい、普通の会社で修業をし、その後、私のところに入って、以来十数年、私についてきている。私のちょうど二十歳下だ。
だから、私は彼に期待をしている。後述するように、後継者としては二十歳下が理想的である。だから、彼は非常に有望な地位にいる。もちろん、彼にはライバルも多い。しかし、そのように心を込めているということが、腹心を育てる第一条件である。あとの技術的なことは、確かに重要なことではあるが、どちらかと言えば末節である。自分の息子にも、これと同じことを教えて、組織の若返りを常に図っていけるようにしておくべきだ。
なぜ、若返りが必要か。特に、物をつくったり仕入れたりする人間と、物を売る人間、それに分配する人間の二人に、万が一、老害が出るようなことがあれば、それこそ会社の命取りとなりかねないからである。商品が年齢と同じように古くなった、お得意様も年齢と同じように古くなったという企業が多数ある。だから、若い人たちに、早日早目に代行させたり、新しいジャンルに挑戦してもらうことが大事だ。
ただし、歳とった人たちを、すぐに首にしたりしてはいけない。顧間とか、あるいは参与とか相談役とか、相応しい役職をたくさんつくっておく。そして、役員の場合は、六十五歳を超えたら、いままでの給料の三割カット、次の年には三割カット、次の年には四割カット…というようにして雇用の延長をしていく。だんだん歳をとっていっても、年寄りだけが知っていて、若い人が知らないことがたくさんあるから、そういうやり方を工夫しなければならない。
部長クラスでは、六十歳あたりから顧問などという形で、給料を一歳ごとに三割とか三割五分引いていくようにして、六十五歳まで雇用する。そして、禄は減っていくが、地位は参与とか顧間とか相談役という形で残していく。そういう人たちのために、 一部屋を設けても構わない。組織として、そういうことを上手に考えて、若返りを図っていく。絶えぎる能力の開発をしていく。 一人ひとりも大切だが、組織全体の若返りという大きな観点から見ていくことはもっと大切である。
大企業のサラリーマン社長、雇われ社長は、二期四年とかの短期サイクルで交代するから、組織というものを、オーナー社長のように二十年というロング・タームでは考えない。 一般に、部長とか課長とかと同じように、五年のタームで自分の任務を刻んでいるから、サラリーマン社長は平気で交代できる。しかし、上場していない会社の創業社長の場合は、後継社長について、自分よりも二十歳下でも十五歳下でもいいから、長いスパンで考えていたほうがいい。
父の部下と息子の部下
まず、息子にバトンタッチをした時に大切なことは、息子が或る人間に辞令を渡したなら、その人間は息子の部下になるということだ。
かつて、父親が、「君、常務をやってくれ」といって辞令を出した部下は、だれでも父親の部下だという自覚が非常に強い。そこで、息子は、それらの部下の中に入っていけなくなる。だから、息子を社長にした途端に、辞令はすべて最初からやり直す。そして、常務を常務のままにしておいてもかまわないが、辞令だけは絶対に息子が出し直す。こういう、ちょっとした配慮が極めて重要である。
それでも、なかなかうまくいかない場合がある。そういう場合は、息子に仲間をつくらせる。これも、大切なことだ。そして、仲間に重要なポストを与えて、任務を遂行してもらうように徐々にしていく。そうすると、組織が非常にスムーズに動いていく。
私の知り合いで、社長である父親に突然死なれた息子がいる。いままで商社にいた息子が会社に戻ってきて、社長の跡を継いだ。息子は二十六歳で、非常に若かった。小さいときから会社に出入りしていたので、みんな、その息子を「けんちゃん、けんちゃん」と言っていた。
父親の部下で、偉そうな顔をしたのがたくさんいたわけだ。そして、ある宴会のときに、事もあろうに、そばにいた役員が「けんちゃん」と、社長を呼んだ。それはたびたび起こっていたことだが、社内外の人たちが居並ぶ前で、「けんちゃん」と呼ぶほうがおかしい。この社長は、立派だった。金輪際そういうことは許さなかった。「人前で、仮にも社長をけんちゃんと呼ぶとは何事だ」と怒った。以後、全員がそれに従い、「社長」と呼ぶようになった。それで、不動の地位を得た。
こういう秩序を乱すようなことは、いつまでも続けさせてはいけない。親がいるならば、親がはっきり言うべきだ。あるいは、親から息子にきちっと言わせる。そういう物事のけじめが、すごく大切だということを知っておかなければならない。
私の義理の弟が大企業に勤めていて、そこに自分とほとんど同じ年齢の社長の息子がいた。
二人とも仲がよく、名前を呼び合っていた。今度、その息子が社長になると聞いた途端に、私は義理の弟に、「そこに座ってくれ。これからは、社長を息子さんの名前で呼んじゃいけない。社長と呼びなさい」と厳しく言った。理屈を言おうとしたが、「だめだ」と、容塚を一切許さず、何が何でも「社長」と呼ばせたものだ。そうしたところ、義理の弟は、若くしてたちまち取締役になり、いまでは筆頭常務、上から二番目の地位についている。
けじめとは、そういうものである。だれよりも早く「社長」と呼ぶ者を、登用しなくてはならない。けじめ正しく、かつ、力がある人間であればなおさら良い。そういう者を養成していくことを、是非ともやっていくべきだ。
四、長期の資金・資本戦略
必要資金を安定確保する
事業を十年、二十年、五十年とロング・タームで考えた場合、資金計画は不可欠である。
必要資金は、経常利益という形で、まず自らが産み出す。次に、銀行から借金をする。昨今は、銀行の経営自体が非常に悪化し、海外の格付け会社の評価に神経をとがらせているような有り様である。いきおい、銀行も融資先を厳しくランク付けし、貸し渋りどころか
融資打ち切りや引き上げを、なりふりかまわずやるようになった。このような時代にあって、長期的な資金繰りと調達の安定確保を考えた場合、特に次の対応が肝要である。
①借金のメドを知っておくこと
借金は、年商の三分の一を越えては絶対にいけない。このことを子々孫々まで伝えていく。
会計学や税制に照らし合わせても、年商の三分の一以上の借金を持つと、資金繰りがつかなくなることは明々白々である。現行の税制でいくと、借金の返済額の約二倍の経常利益が必要である。二億円借金して、十年で毎年二千万円返していくとすると、少なくても三千万円の三倍=九千万円の経常利益を、その間、出し続けなければならない。同じく、三年返済なら、二億円になる。こうなると、銀行のために商売しているようなものだ。ナンセンスである。
借金のメドを明確にした上で、厳密な返済計画を立てておくべきだ。これは、決して誇張でも脅しでもない。
と言うのも、「借金を返せないと、銀行に迷惑をかけるから、よく注意しなさい。借金は年商の三分の一以内だ」と、日頃から口が酸っぱくなるほど言っているのに、平気で五〇%した、 一〇〇%したという社長が後を絶たないからである。本当に嘆かわしい。
また、「手形は、できるだけ切るな。会社は手形で倒れる」と、繰り返し念を押しても、苦し紛れに不相応な額の手形を切ってしまう。
バブル崩壊後に、こんなことがあった。ある社長が資金繰りがつかずに、私のところに泣きついて来た。私とて、打ち出の小槌ではない。
「今回だけは、メインバンクに迷惑をかけなさい。そんなことが三度と起こらないように、私が銀行に保証してあげてもいい」と、アドバイスした。ところが、その社長は、「そんなことをしたら、銀行の方から信用不安が漏れる」と言って、私のアドバイスを頑として聞き入れなかった。
この社長は、仕入れ先に支払いをしないで、銀行に返済をした。つまり、銀行に迷惑をかけない代わりに、八十軒の仕入れ先に迷惑をかけることにした。すると、いずれの仕入れ先も、「現金じゃないと、おたくには納めない」と言ってきた。ビックリした社長は、糊塗策を弄して、八十軒の仕入れ先に金額の小さな小さな手形を切っていった。
これが裏目に出て、 一遍に大きな信用不安を招いてしまった。全くお話にならない。こんなことは、その社長に、百万遍、教えてきたことだが、どうやら馬の耳に念仏だったようだ。そんな社長が、ごまんといる。
怒り心頭、「何回言ったら分かるんだ」と怒鳴ったが、それでも見捨てる訳にもいかず、あれこれ指示したが、正直言って、私もほとほと疲労困悠の体だった。そんなことが、最近とみに多い。
②経常利益を出し続けること
前述したように、経常利益で正常先かどうかランク付けされる。出せない会社は、返済能力がないと見なされ、金融機関は融資をしない。
③担保力を付けること
差し出す担保がなければ、資金は借りられない。当たり前だ。日本では主に不動産であるが、何かの償却資産でも良いから、利益が出たら少しずつ蓄えて行くようにする。
デフレ基調の場合は、資産が下落するので現金の方が良いとも言えるが、より長期的に見ると、安くなった時点で不動産や利用価値のある物件を買い取っておく方が得策である。
④増資をすること
増資をする場合は、上場会社になって資本市場から資金を調達していく。第二者に割り当てる時は、必ず、持ち株の比率を忘れてはいけない(詳しくは、第四章の「上場への手の打ち方」の項を参照)。
⑤社債を発行すること
中小企業の場合は、会計士とよく相談し、発行社債の上限などを決めて欲しい。たとえば、額面百万円で五十人に引き受けてもらい、五千万円以下で社債発行する場合の償還する時期などを決めるようにする。
増資でも、社債の発行でもそうだが、日頃の友人が非常に頼りになるものだ。普段から、できるだけ多くの友人を持つように心掛けるべきである。
⑥資産を売却すること
小資産は問題ないが、大資産はいよいよの場合の手当に限る。特に、個人の資産の場合は問題が多く、慎重を要する。
会社の規模がだんだん大きくなるにしたがって、中には、投下した資産を売却して資本に充てるというように、資産管理によって調達を図るケースも出てくる。こうなると、資本戦略の全体の枠組み自体が変わってしまう。
だから、そういうことにも配慮して、長期の考え方をきちっと持っておくことが大切である。そのための基本は、経常利益と銀行だということをよくよく心して欲しい。
銀行とのつき合い方
銀行の選び方では、会社のスタート期から、大きい銀行をメインとする方が良い。小さい銀行とのつき合いだけにはしない。地銀、信金でも良い。
都銀と、もう一つ小さな銀行の二行と取引するのがベストだ。そして、なるべく金を大きく一行に集めていくようにする。それは、信用をつけるためである。では、もう一行は、何のために取引しているかというと、小さな資金調達や、家を建てるとかいう個人的な資金調達は、小さい銀行の方がいい場合が多い。小さい銀行の方が金利が安いという異常なことが起こったりするからである。
少し金を散らすことになるが、規模に応じて、なるべく二行体制にすべきだ。好況のときならば、まま一行主義でもいいが、不況のときは、二行以上と取引していた方が、あちこちから金を借りられていい場合が断然多い。また、自社の格付けランキングが銀行によって差がある。だから、不況型の会社は、取引銀行を二、三行もっていることが大切だc
それから、銀行の支店長が優秀であるなら、必ずあとあとまでつき合っていた方が得策だ。
支店長経験者がその後、取締役になり、常務になり、専務になって、頭取になったりすることがある。私は、若いうちからそういう人たちと積極的につき合うようにしていたので、いまの仲間に、銀行で一番上まで登りつめた人が何人かいる。支店長や常務クラスと、大いに仲よくしておくべきだ。銀行は、資本主義の中で物すごく大切なウエートを占めている。資金調達では、特に大切だ。
かなり大きな上場会社だが、銀行の方から、「あなたの指導先である、あそこの会社と取引したい。紹介してくれないか」と、頼まれたことがある。ところが、「あそこの銀行とは、つき合わない」と、その上場会社の社長が言うので、よくよく尋ねてみると、
「若いころ、紆余曲折があったときに、あそこは冷淡だった。三度とつき合わないと、私のところの家訓に書きました」「それは、仕方がない」と言って、私は紹介しなかった。
しかし、こういう場合でも銀行を敵にまわさない方が良い。昔は昔、今は今である。この社長は、経済団体で出世が遅れたりしたが、遠因がそこにあったからだ。
銀行でも、確かにだめな銀行がある。会社が若くて苦しいときに、その会社の将来を見極めることが、銀行にできなかったのである。そういう銀行が何行もあるから、用心しながらつき合っていくようにする。
五、未来顧客の創造
旧態を変革する
町中の金物店も、薬店も、文具店も、ボーリング場も、結婚式場も……既に満杯で、旧態では経営が苦しい。ところが、これらの業界に新しい業態を開発して進出してきたところは、すごく好調である。マツモトキョシも、キンコーズも、百円ショップも大繁盛なのだ。現業の変革は、避けて通れない。
環境や状況の急激な変化の中で、旧態の変革が迫られているのだ。これに付いていけなければ、倒れるしかない。
長い間、業界全体が右肩上がりで来て、あまり努力をしなくてもやってこられたから、怠惰に流され、マンネリ化した人間ばかり増えてしまった。固定観念に凝り固まり、新しいことになかなか着手できない。現業が陳腐化して、商売がやりにくくなってきたにもかかわらず、何一つ変革できないでいる社長があまりにも多い。早く変革に着手して欲しい。ジリ貧になる前に、必ず手を打つ。それができる社長には、昨今の状況は最大のチャンスである。イノベーションとは、過去を否定することから始まる。もとより、すべてを否定しろと言う
つもりは毛頭ないが、先手先手で収益の新しい柱を作り替えなければ生き残っていけない時代が確実に到来しているということだ。旧態の変革を忘れてはいけない。広島県の府中市にヒロボーという会社がある。松坂敬太郎氏が、そこの社長だ。かつては、広島紡績という社名で、文字通り紡績をやっていた。
病気の父親の跡を松坂敬太郎さんが継いだ時には、何と年商の一・五倍もの借金があった。いち早く紡績の将来性を見越して、まず、松坂さんが手を打ったのは、同じ市内にあった三菱電機府中工場の下請けをやることだった。お百度を踏み、紡績に従事する人間をすべて新しい仕事に投入するからと、何回も何回も頼み込んで、少しずつ少しずつ仕事をもらっていった。
やっと下請けを実現したが、先見性に長けた松坂さんは、それで満足しなかった。どうしても自社ブランドの商品を開発し、自分の力で自由に売ってみる事業がやりたかった。学校を卒業して、すぐにニチボーに就職したくらい紡績にドップリ浸かっていた松坂さんにして、この柔軟な発想である。
父親の趣味であった模型作りにヒントを得て、ラジコン・ヘリコプターの商品化に着手した。単なるおもちゃではなく、民生用の使用に立派に堪えるものである。本物のヘリコプターをチャーターしなくても、カメラを積んで高所や危険な場所から撮影したり、あるいはまた、 一定域に農薬などを散布したりできるくらいの性能をもったものである。社内の並み居る反対を押し切って、強引に推し進めた。「売れないものを売る」というのが、松坂さんのモットーだ。
当時はラジコン・ヘリコプター市場などと呼べる確たるものは何もなかった。大体が十万円以上するもので、需要に対する値頃感が掛け離れていた。好事家の高級品でしかなかった。そこで、改良に改良を重ね、今までの価格の半分から三分の一、五万円を割る普及品を開発していった。
確かに、最初、未踏に近い市場を開拓していくには、相当の苦労があったが、今や、世界市場の二五%を制覇してしまった。この業界では、ダントツの最大手である。もともとは紡績会社だったが、現在、紡績に従事している者はただの一人もいない。昔からの社名が片仮名になって、かろうじて残っているだけである。環境や状況の変化に合わせ、徹底して現業の変革に取り組んで来たからである。本当に果敢な社長だ。商品でも、サービスでも、経営体勢でも、販売体勢でも、勇を奮って変革を断行すべきだ。
いつの時代でも、業界全体が開発の途上であれば企業の数も少ないし、競争も少ない。しかし、成長期に入ると急激に企業の数が増え、競争が過当になってくる。やがて飽和状態になると、同業の中で二極分化が急速に進んでいく。業界全体が良いとか悪いとか、 一般論や平均値でコメントできるような状況は、すぐに過ぎ去ってしまう。会社規模の大小や地域にかかわらず、業績の良い会社はますます良く、悪い会社はますます悪くなってくる。
つまり、新しい業態を開発したり、ライバルの市場を奪う戦略を駆使したり、未開拓の市場に雄飛している会社だけが強い。パイ全体が膨らまないのであれば、戦い方の巧みな会社が勝つに決まっている。開拓すべき市場を多くもっている会社が有利に決まっている。敵の市場を奪取したり、現業を変革したりする経営のやり方や戦略で差がつく時代になったのである。ライバルを意識して差別化しつつ旧態を変革して欲しい。
市場を創造する
お客様は、 一体全体どこにいるのか。
事業で一番危険なのは、開拓すべき市場がもうないことだ。開拓すべき市場がないのは、もう完成されてしまった事業である。たとえば、自動車や家電はもうほとんど開拓すべき市場がない。新しい店舗展開ができないくらいまで、市場の競争が激甚になってしまった。「新事業からお客様を創造していく」「新商品からお客様を創造していく」、あるいは、「業態を変えて新しい販売ネットからお客様を創造していく」ことが、物の見方として非常に大切である。
そして、できるだけ市場が空いているところ、開発途上のところを狙っていく。簡単で、あたりまえのことだと言えば、確かにその通りである。しかし、それを実行して伸びていくかどうかは、ひとえに社長の手腕にかかっていることも忘れないで欲しい。
学校でも、そうである。物すごく難しい学校には、受験生が殺到するから、難しさに一層拍車がかかる。易しく空いている学校であれば、すぐに入学できる。そういう空いていて易しい学校に入り、猛烈に勉強すればいいことである。いい大学に入っても、どうせみんな勉強しないのだから、自分は逆に易しい大学に入って一生懸命に勉強する。
つまり、事業でも、参入の易しいガラ空きの市場を狙い、そこで一生懸命に売上を伸ばせばいいということである。
会社が潰れる最大の要因は、市場にお客様がいなくなることである。中には、規模が大きくなり過ぎて潰れると誤解している人が多いようだが、そんなことは滅多にない。
そもそも、あらゆる会社にとっての潰れる原因は、そんな内部要因にあるのではない。なぜ潰れるかといえば、繰り返すが、お客様がいなくなること、つまり外的要因のためである。未開拓の市場を残していないとか、商品がライバルより劣っているとか、そういう外に向かっての対応がまずくなった時に潰れる。
平八茶屋の事例を先に書いたが、たった一店しかなくて売上は大きくないが、四百二十二年も続いているということは、商品がいいからだ。さらに、未開拓の市場が山ほど残っているからである。 一生懸命にお客様を呼んで宴会をやっても、せいぜい百人とか百五十人しか店に入れないようになっている。要するに、残っている市場が大きければ、個人であっても、同族であっても、会社は永久に続く。
社員の質が悪いとかいう内部要因ならば、人間を少し入れかえればいいことである。だから、致命的ともなりかねない外的要因を、もう少し研究しなければならない。そうすれば、決して潰れない。未開拓の市場が残っていない会社は、非常に危ない。どんなに大きくても
危険だということを知っておかなければならない。
以上のように、顧客創造では、大局的に言えば、未開拓の市場を探すことが一番目にくる。ただし、消耗品の場合は、既に開拓されていてお客様が大勢いる市場をつかむことが大切である。これは、特に注意して欲しい。
過日、福岡で一、二を争う料亭に行った時に、「あなたのところは、明太子はやってないの?」と、もののついでに質問してみた。すると、「明太子はどこでもやっているから、やらない」という返事だった。答えは、間違いである。
福岡は、明太子の本場だ。「稚加榮」という活きづくりをやっている料亭の明太子は、よその三倍程の値段だが、すごくおいしいということで、空港あたりでもアッという間に売り切れてしまう。実際に、買えないことが何度もある。
したがって、この料亭も、既に市場が開拓されていて多くの明太子人口がいるのだから、独特の味をだしさえすれば、さほど努力をしなくても新しいお客様を獲得できるはずである。たくさんのお客様がいれば、それを奪うことが可能だ。そういう原則がある。
たとえば、養老乃瀧が牛どんに進出した要因は、牛どん人口を音野家が既につくってくれていたからで、そこへ進出して、何割かのお客をゴソッと取るという考えである。
養老乃瀧は、夕方五時からの赤提灯で充分に利益を出している。もし、用意の簡単な牛どんに進出して、土口野家のお客様の何割かを奪えれば、社員のボーナスを余計に出せる。そして、それが成功したわけだ。
このように、未開拓の市場と、もう一つ、既に十分なお客様が開拓されている市場の両面から、顧客創造を考えて欲しい。もし、既に開拓されている市場で、しかも多くのお客様がいることが察知できたら、そこへ独特の商品で攻め込めば、顧客を奪えることが多い。
さらに、敵が何かの商品を開発していて、それが市場で長く続いているという場合は、儲かるからこそ長く続いている、逆に言えば、損する市場であれば早くやめてしまうはずだから、そこが狙い日となる。そういう市場を探し出すことが視点として重要だ。
前に書いたように、間屋の倉庫とか、自社の販売ネットに組み込まれている店の売り場とかで扱っている何百、何千という商品のなかから、実際に売れている商品を見つけることができる。それを改良して売っていくという視点が必要である。方向性はいくらでもある。売れている商品や市場を見つけていくべきだ。
顧客の細分化と安定化
多くの事業や商品があって、やりたいことが山ほどあるというのが一番正しい。やりたいことが一つしかなければ、選択肢がゼロで、たった一つのミスで命取りとなる。何が良いかを選ぶためには、やりたいことを五十も百も書き出す。その中から選択をする。さらに、それを細分化する。
市場が非常に大きくて選択肢が多ければ、そのなかから何をやるべきかを委細に考えていくことが大切である。
ミキハウスという会社がある。ミキハウスはそもそも、父親が家業を次男に譲り、長男に譲らなかったところからスタートした。長男は、実は現在の社長なのだが、彼はぼんやりしているから、経営者に向かないと親が判断した。
すると、長男の彼は目が覚めて、「ちきしょう」と一念発起した。奥さんが子供服をつくれるということで、それを風呂敷に背負って九州へ行き、急行停車駅すべてに降りて、くまなく行商に歩いた。ところが、小売店に「これを売ってください」と頼んだが、小売店はそれに見向きもせずに、「そんなんじゃなく、こういうのが売れるんだ。今度、こういうのを五十着うくって、もって来てくれ。それから、こういうものを十着……」と言って、全く別の注文を出す。注文を受けて、それをつくる。その間はぜんぜん儲からなかった。受注だから、当たり前である。
これを二年ぐらい続けた。 一向に儲からない。
やめようかと思っているところに、奥さんが、「子供の安全とか、あるいは子供の個性とかをテーマに服を作ったらどうでしょう」と言った。イタリアで流行ったロベルタ・カラー、赤と緑の組み合わせとか、赤と紫の組み合わせとかを大胆に用いて、非常に派手なセーターやスウェットシャツなど、いろいろな子供服をつくり始めた。ご存じの通り、 一際目立つ大きなアルファベットで「M I K I H O U S E 」と、胸や背中の部分にプリントした子供服である。私が見ても、実にすばらしい。
「これまでのように、いくらで納めてくれと、相手に言わせないで、自分で値段を決めよう」ということにした。そして、小売店に持っていき、「おっしゃる値段ではなくて、私共の希望する値段で売ってください。これは、きれいだし、安全です。兄弟で着たらすごくかわいいし、親もペアで着たらなおさらかわいいから、 一石二鳥にも二鳥にもなります。だから、この値段でお願いします」と、こちらの主張を通した。それが爆発的に売れて、会社がどんどん大きくなっていったという経緯がある。
ミキハウスは、子供という条件で客層をくくった。つまり、細分化したわけである。人口でいうと、日本には一億二千五百八十七万人いるが、男と女という条件で区切っただけでも半分になってしまう。また、子供の或る年齢層でパッと区切れば、さらに客層は小さくなる。
東京に『H anak o』という雑誌がある。今は関西版もあるが、そもそもは「二十七歳の関東に住んでいる独身の女性」をターゲットにした雑誌だ。それ以外の人には売らないと言っている。それでも、二十七歳前後の人たちが買っていく。非常に安定した顧客層を持っている。つまり、市場のどこをターグットにするかということを明確に区切った戦略だ。細分化して、より安定したお客をつくっていくこともテーマにすべきだ。
新しいものを仕掛ける
事業は、偶然に大きくなる要素が何パーセントかあるが、ほとんど必然である。必然的に仕掛けていかなければ、事業は大きくならない。
お客様は、商品について、好きも嫌いも、良いも悪いも、何にも知らない。そのお客様に真剣に仕掛けていって物を売っていかなければならない。
たびたび登場する平八茶屋でも、最初に私が社長に会ったときは赤字だった。なぜ赤字だったかと言えば、お寺の拝観料に税金をかけるという問題が巻き起こり、お寺が一斉に反撥して拝観をボイコットした。それがマスコミで報道されたために、お客が京都へ行かなくなった。
京都というのは、現在に生きている者達の営業努力は五割以下で、ほとんどは先祖の力に依っている。つまり、千三百年前に幾多の人たちが寺町を興し、歴史の中に根づいて、そして日本中から、あるいは世界中から観光客がやってくるようになった。あれだけの数のお寺を今すぐつくることは困難だ。歴史の中に根づいて、産業が成り立っている。営業努力などほとんどしていないから、拝観料問題で一気にお客様が来なくなった途端に、売上が三割、五割、七割とダウンしてしまった。
平八茶屋の社長は、最初、私の講演を聴いて、質問をした。それが縁で、私のところへ相談にやって来た。あまりに熱心だったので、私の方からも京都へ行った。すると、彼はやるべきことを全然やっていなかった。そこで、私が懇々と説いて、やがて売上が三倍になり、三倍になった。
どういうことをやったか……お客様は繰り返し毎月、毎月やっては来なかった。つまり、懐石料理はいつでも同じだと思っているお客様ばかりだから、 一年に一回とか二回とか特別の折にしか来ない。そこで、私は、睦月、如月、弥生……と、月がわりの懐石を開発させた。
そして、九月に、十月、十一月のメニューを一生懸命につくって撮影し、カタログにして、九月にやってきたお客様にそのカタログを渡した。そうすると、何にも知らないお客様たち
ま、
「いま食べた懐石と十月、十一月は全く違うの」と、びっくりする。お客様のそういう反応を狙って、意図的に違うイメージでカタログをつくった。つまり、仕掛けたのである。
「違うんです。旬というのがあって、十日ずつで素材から何から全部違うんです」「じゃあ、来月、また来よう」と言って、お客様が続けてやってくるという現象が起こった。再来月も、またやってくる。 一年で一番多く来たお客様は、二十回以上も来ていた。そんなものである。
お客様は何も知らない。だから、こちらから仕掛けていく。事業の基本は仕掛けていくことだということが分からなければだめだ。たとぇば、オフィスコーヒーサービスがある。オフィスコーヒーサービスは、なぜ繁盛するのか・・・。
男女同権の世にもかかわらず、男性社員が女性社員に、「お茶!」と言う。女性社員は、苦々しい思いをしている。 一生懸命に事務をやっているのに、「お茶―」と言われれば、仕方なしに途中で席を立って、お茶をくんであげなければならない。「不公平だ」と、多くの女性社員が口にするようになった。そこで、お茶をいれるのに簡単で、男が体面を保ちながらやれるものが何かないかということで、機械をつくった。挽いたレギュラーコーヒーを入れるだけで、簡単に本格的な味が味わえる。
一回で十二杯のコーヒーが取れる。実際には、平均七杯で捨ててしまい、挽いたレギュラーコーヒーをまた新たに入れている。機械は、ただで会社に貸す。
つまり、仕掛けていったわけだ。そういう仕組みをつくっていったのだ。男女同権からスタートし、売れる仕組みを仕掛けていった。そういう仕組みは、今まで全然なかった。いろいろな会社へ行き、「この機械、ただで貸します」と言って、仕掛けていった。「ただで貸してくれるんだったら、いい」と、あちこちの会社で採用するようになった。実は、コーヒーを売ることで、その機械の代価は一年とか二年ですべて回収してしまう仕組みになっている。機械は五年も六年も耐用できるから、コーヒー豆は次から次へと売れていく。売上の好循環を仕掛けていって欲しい。
同じような仕掛けはたくさんある。PHSの電話器を百円であげる、十円であげる、ただであげる……と、話題になったが、使用してもらって半年たつと、通話料で大体ペイできるような仕組みになっている。
トヨタが、なぜモデルチェンジを次から次へとしていくか。新車を発表した途端に、既存の三割のユーザーが無条件で買い替えるからだ。仕掛けていってるわけである。車は、乗っていようと思えば、何年でも乗れる。ところが、ちょっと古くなると、多くの人が捨てるも同然にして新車を買う。中古車は、アジアの市場に持っていって売ればいいという理屈だ。実に簡単な理屈である。
お客を新しくつくって増やしていく、そのためにいろいろな仕組みを仕掛けていくということを、よくよく知っておくべきだ。永久に忘れないで、やり続ける。
未来事業を成功させるには
未来の事業を成功させるには、物をつくることよりも売ることから入っていくことが大切である。
ミスミは、機械部品や工具類を販売しているが、営業マンは一人も置かず、すべてカタログによる通信で販売をやっている。
ほとんどの同業他社が、営業マンを工場に差し向け、注文を取って、商品を届けるという、十年一日がごときルートセールスの殻から抜け出せないでいるなか、ミスミは違う。
電話帳のような分厚い商品カタログをつくって、二十七万もの工場へ送り、電話やファックスによって商売している。全国の工場から、毎日、少なくても四千件以上の注文が受注センターに寄せられる。そして、遠隔地へは宅配便で、近場は自前で届けている。部品一個からでも販売する。同業他社とは、売り方が全然違う。
ミスミの強味は、何といっても、売ることから入っているから、次の事業展開が非常に簡単だということだ。どういう意味かと言えば、日本には工場が二十七万以上ないから、工場への販売はいわば完成された姿であり、次の事業展開がどうしても求められる。工場への販売は、新商品を次々に送り込んではいくが、今まで通りのやり方を推し進めていくだけでよい。そこで、新しい事業展開として、今度は販売のターゲットに病院を選んだ。
病院でも、薬をはじめ医療機器は、様々な問屋があって、営業マンを置いて……というふうに、これまた従来型のルートセールス一辺倒である。そこで、ミスミは、工場向けの通信販売で培ったノウハウを活かし、レントゲンから顕微鏡、ビーカーから注射器に至るまでカタログ化し、それを病院へ送ることにした。また、昨今では、居酒屋を対象に突き出しを届けることもスタートした。
工場に対しても病院に対しても、居酒屋に対しても、販売方法は全く同じだ。いずれも、カタログ通信販売である。片方は、ほぼ完成された形になったから、新たに次の業種へ事業を展開したまでである。
どんな売り方で未来の事業を展開していくか、先代や先輩、さらにライバルがやっているからと目先にとらわれるのは、思の骨頂である。それは、 一番競争が激しい分野に裸で飛び込むようなものだ。未来の事業を成功させるには、売ることから、しかも他社がやっていない方法で展開していくことが非常に大切である。
これは、どんな業界でも同じである。未来事業は、販売から先に着手した方がやりやすいし、成功にも結び付きやすい。
未来の事業を成功させるには、ミスミのように従来の概念にとらわれないで、全く新しい切り日から既成の商品を売っていくのも一つのやり方ではあるが、逆に、日本に無い物や日本の方が劣っている物を探しだし、作ったり輸入したりして、既成のネットに乗せていくのも一つの手である。
たとえば、今、日本の生活文化商品といわれるものが、ことごとく振るわない。それは、私たちの生活様式が隅々まで洋式化し、また格段に豊かになったにもかかわらず、生活文化商品だけは相も変わらず上っ面だけを薄っぺらに覆ったイミテーションばかりだからだ。日本の物は、家具でも、食器でも、ハンドバッグでも、靴でも、ネクタイでも……偽物がはびこりすぎて信用が置けない。顧客が、なぜ買わないかの理由を、チャッチイからだと言っている。だから、輸入商品に押されっばなしなのである。
「アイメディア」という会社がある。米又幹扇さんが社長で、かつてはヒロセンという社名だったが、私が提案した「アイメディア」という社名に変更した。「アイディア商品をメディアのようにネットワークを組んで売っている」ということに由来する。
この社名が好評を博し、次の新事業展開を有利に運ぶことができた。私が折に触れ、ヨーロッパの生活文化商品はこれからヒットすると言ってきたが、商売に聡い米又さんも同じ意見で、それを、すぐ実行に移した。
まず、ョーロッパの生活雑貨を試験的に少し輸入してみたところ、なかなか好調で、すぐにデパートの一番良い場所にコーナーを確保することができた。そうすると、輸をかけたように売上も急伸していった。
いよいよ本格的に事業を展開していくに当たって、私に、店の名前をつけて欲しいという依頼がきた。結論から言えば、「マリアマリア」コーポレーションと命名した。ョーロッパの女性の名前には、マリアが多い。マリアが、大勢、来店するようにと、複数形でマリアズとも考えたが、どうにもおかしいので、マリアマリアとした。さらに、語呂をよくするために、マリアマリアコーポレーションとしたというわけである。
店の名前が決まり、デザイナーに頼んでロゴも整理していったが、アイキャッチだけがどうしても決まらない。再び、私のところに依頼があった。即座に、 一つのイメージが湧いた。
ョーロッパ風の顔立ちの女性を鉛筆でササッと描き上げ、バラの花びらと葉っぱをあしらい、たくさんの魚を散らしてアイキャッチとした。これを包装紙から紙袋に用い、統一したイメージを演出していったのである。
ますますフォローの風が吹いて、マリアマリアコーポレーションは、 一店が五店に、十店に、二十店にと破竹の勢いで成長拡大を続けている。
国賊みたいだが、「ヨーロッパの生活文化商品は良い。日本の物はダメだ。売れるものは良いから売れる」と、言わぎるを得ない。 一方で良いものを作れと指導しながら、もう片方でョーロッパの商品を輸入すれば売れると言っていることに、矛盾を感じていることも事実だ。
日本が第二次世界大戦に敗れ、日本語を話す人達が外国にいなくなった。戦争に勝ったアメリカが英語圏を拡大し、世界中がアングロサクソンの文化を受け入れるようになったわけだ。
とにかく、生活文化商品では、日本が劣り、欧米が圧倒的に優れている。こういった商品は他のジャンルにも多くあるはずだ。輸入品の方が良い時代が確かに来ている。感情は抜きにして、未来の事業を考えていく場合には、こういった視点が社長には絶対に必要である。
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