第七話人間を高めることの喜びさて、仕事の報酬の、第三の報酬は何か。「成長」です。すなわち、一生懸命に働くと、「人間としての成長」が得られる。
そして、この「成長」というものは、ある意味で、「最高の報酬」です。なぜなら、それは「人間を高める」ことの喜びだからです。
では、「人間としての成長」とは何か。それを、一言で述べておきましょう。「心の世界に処する力」それが、「人間としての成長」ということの意味です。
この「心の世界に処する力」というものは、さらに二つの力です。一つは「心の世界を感じる力」、一つは「心の世界に働きかける力」です。では、「心の世界」とは何か。
三つの世界があります。
「自分の心の世界」「相手の心の世界」「人間集団の心の世界」そして、それらの世界に、それぞれ、「表面意識の世界」と「無意識の世界」があります。
例えば、我々は、「腕を磨こう」と考えて努力をします。しかし、それなりに努力しているつもりでも、少しも腕が磨かれないときがある。
そのとき、静かに自分の心の中を見つめてみると、心の奥深くに、「早く手軽に腕を磨きたい」という安易な気持ちがあることに気がつきます。
そして、その安易な気持ちが、地道な努力を怠らせていることに気がつきます。そして、この自分の心の奥にある安易さに気づいたとき、我々は、一つの成長を遂げることができるのです。また、例えば、我々は、努力して腕を磨きます。
しかし、腕を磨けば磨くほど、なぜか、仕事がうまくいかなくなるときがある。その原因を深く考えてみると、ふと気がつきます。自分の心の中に、「俺は腕が上がった」という慢心があることに気がつきます。
そして、その自分の心の中の密やかな傲慢さを、実は、職場の仲間や仕事の顧客も、心の奥深くで感じ取っていたことに気がつきます。
これもまた、一つの成長です。自分の心の中の傲慢さに気がつき、さらに、相手の心の奥にある気持ちを知る。それは、一つの成長です。
例えば、我々は、「良き仕事」を残したいと努力します。
しかし、そう考えて奮闘し、仲間に働きかけても、なぜか、仲間の気持ちに、火がつかない。しかし、ある日、その理由に気がつきます。
「良き仕事」を残したいという自分の気持ちが、実は、自分のエゴの「達成願望」から発していたことに気がつきます。
そして、そのため、職場の仲間は、「彼のエゴに引き回されたくない」との気持ちを心の深くに抱いていたことを知ります。
そして、自分は、その職場の仲間の空気や雰囲気を敏感に感じる力がなかったことを知ります。これも成長です。自分の心の中のエゴの動きを感じる力。そして、職場の空気や雰囲気を感じる力。それは、大きな成長です。
また、例えば、我々は、「良き仕事」をめざして、仲間にビジョンを語るときがあります。その仕事を通じて、何をめざそうとしているのか、そのビジョンを語るときがあります。しかし、そのビジョンに、少しも仲間の共感が得られない。そうした問題に直面します。
そのとき、最初は、その理由を、自分の表現能力の問題と思っているのですが、あるとき、自分の心の深くを見つめていて、気がつきます。
自分自身が、そのビジョンを本当には信じていないことに気がつきます。そして、そのことを、仲間の無意識の世界は敏感に感じ取っていたことに気がつきます。これも、成長です。
自分の心の中の無意識の世界。
仲間の心の中の無意識の世界。
その世界を感じる力。それは、見事な成長です。
このように、我々は、仕事で問題に突き当たるとき、その悩みや苦しみ、迷いや葛藤を通じて、「心の世界を感じる力」を身につけていきます。
そして、それらの問題の原因の多くが、実は「自分の心」にあることに気がつくとき、我々は、大切なことを学びます。
「心の世界を感じる力」というものは、何よりも、「自分自身の心の世界」を見つめることによって身につけることができる力である。
そのことを学ぶのです。
なぜなら、仕事において、仲間の心の世界は、しばしば、自分の心の世界を映し出す「鏡」だからです。
自分が心を閉ざすならば、必ず、仲間も心を閉ざす。自分が仲間に感謝するとき、なぜか、仲間の感謝が伝わってくる。
そして、自分がリーダーの立場にあるとき、自分の心が迷うと、仲間の心も迷う。仲間の心の世界は、「鏡」なのです。
そして、だからこそ、我々が、本当に「心の世界を感じる力」を得ることができるならば、「心の世界に働きかける力」を得ることは、決して難しいことではありません。自分の心の世界を、変える。
そのことによって、我々は、職場の仲間の心の世界に働きかけていけるのです。
そして、こうした意味において、「心の世界を感じる力」と「心の世界に働きかける力」すなわち、「心の世界に処する力」を身につけるとき、我々は、一人の人間として大きく成長していくことができるのです。
なぜ、我々は、一生懸命に働くのか。一生懸命に働くことによって、我々は、「職業人としての能力」を身につけることができます。
「腕を磨く」ことの喜びを得ることができます。そして、我々は、「作品としての仕事」を残すことができます。「良き仕事を残す」ことの喜びを得ることができます。
それは、まぎれもなく、素晴らしい「仕事の報酬」です。
しかし、その素晴らしい「報酬」を求めて歩むことは、実は、さらに素晴らしい「報酬」に向かって歩むことでもあります。
それが、「人間としての成長」です。「人間を高める」ことの喜びです。
なぜなら、「職業人としての能力」も「作品としての仕事」も、それを本当に深く求めて歩むとき、必ず、「人間としての成長」に結びついていくからです。
例えば、「腕を磨く」ということも、それを本当に深く求めるならば、必ず、「スキル」の奥にある「心得」という世界に向かいます。
また、例えば、「良き仕事を残す」ということも、それを本当に深く求めるならば、必ず、「共感」や「志」という世界に向かいます。
そういう意味で、「職業人としての能力」も「作品としての仕事」も、最後には、「人間としての成長」に結びついていくのです。
だから、それは、「最高の報酬」。「人間としての成長」は、仕事の「最高の報酬」なのです。
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