はじめに「業務や組織を効率化させたい」「会社の生産性を向上させたい」ビジネスの現場で頻繁に聞く言葉です。
特に、近年の「働き方改革」やリモートワークへの取り組みによって、「業務の可視化」や「業務効率化」、「生産性向上」はますます重要なキーワードになってきました。
それらを実現させるための有効な施策のひとつとして、「マニュアルの導入」があります。
たとえば業務マニュアルには、業務の全体像や目的、作業の流れなどが明記され、マニュアルどおりに動けば、その業務を、誰が、いつやっても、同じクオリティで再現できます。
つまり、マニュアルによって業務が可視化され、標準化されることで、業務効率化と生産性向上が図れるわけです。
僕は、そんなマニュアルの有効性を世の中に広めるために、マニュアル整備支援を事業化し、“マニュアル屋”として日々活動しています。
ところが世間では、「マニュアルどおりに動く」=「マニュアルに書いてあることしかできない」「機転が利かない」「人間味がない」というように、マニュアルに対して圧倒的にネガティブなイメージが浸透しています。
本書のタイトルにもなっている「僕らをロボットにする気ですか?」という言葉は、マニュアル導入の説明をしに行った会社で、実際に社員の方に言われたものです。
いかにみなさんがマニュアルに対して抵抗感を持っているかを思い知らされた経験でした。
マニュアルは、決して“人をロボットにする”ものではありません。
本来マニュアルは、使う人を、悩みや迷いから開放し、楽に動けるようにするためにあります。
仕事の生産性を高め、その人の有効に使える時間を増やし、その人自身がより活躍できるような仕組みを作るためのツールです。
マニュアルは“人が人らしく働く”ため、そして“人が成長する”ために存在するものなのです。
本書では、みなさんのマニュアルに対する誤解や偏見、勘違いを取り払い、正しいマニュアルの導入とその活用方法をお伝えしたいと思います。
まず序章では、マニュアルに関してよく聞かれる質問と回答を紹介します。
第一章ではマニュアルの本質やその役割について、第二章ではマニュアルを導入する効果について説明していきます。
そして、第三章ではマニュアルを用いた業務の可視化と標準化の基本的なポイントを解説し、課題形式で簡単な業務マニュアルの作成方法を伝授します。
僕がなぜ“マニュアル屋”になったかということについては第二章でお話ししますが、僕がマニュアルを重要視するようになったのは、ある“失敗”と“苦手”がきっかけでした。
マニュアルに対する今の僕があるのも、すべては過去の実体験があるからで、そんな僕がマニュアルについてお話しするからこそ、借り物ではない、説得力のある言葉としてみなさんに伝わってくれればいいと思います。
ときには荒ぶった言い方になってしまうこともありますが、それもこれもマニュアルの真の姿を伝えたいがため、“マニュアル愛”がゆえと思い、ご容赦いただければ嬉しく思います。
本書をとおして、マニュアルというものを深く理解していただき、マニュアルを有効に活用することで、みなさんがハッピーになることを願っています。
株式会社2・1中山亮
目次はじめに序章誤解・偏見・勘違いを一刀両断!これさえ読めば“わかった気になる”マニュアルQ&A第一章マニュアルが“マニュアル人間”を作るわけじゃない!マニュアルは“悪者”なのか?マニュアルがなければ文化も消える!?2・1式“正しい”マニュアルの定義第二章マニュアルこそが会社を大きく成長させる!本当に使えるマニュアルとは?マニュアルが会社と業務を大きく変える!みんなこんなに成功している!マニュアル導入で課題を解決第三章仕事も姿勢も必ず変わる!全業務総マニュアル化計画会社を進化させるマニュアル化の基本マニュアル化の“超”基本手法と構成実践!マニュアル作りに挑戦してみよう会社と社員を幸せにする「武器」を手に入れようおわりに著者紹介
誤解・偏見・勘違いを一刀両断!これさえ読めば“わかった気になる”マニュアルQ&A突然ですが、あなたの会社にはどの程度、マニュアルが導入されていますか?業務の一部に、ですか?それとも、マニュアルなんてまったく使っていませんか?中には、「うちの仕事は、マニュアルどおりにやればいいっていう仕事じゃない!うちは個性を大事にしてるんだ!マニュアルどおりの社員なんていらないんだよ!」という声もありそうですが……。
いずれにせよ、世の中の大半の人は、マニュアルというものを誤解しているようです。
本書では、そんなみなさんのマニュアルに対する誤解や偏見、勘違いを正し、そもそも「マニュアルとはなんなのか」ということを説明していきます。
ではまず、マニュアルを導入したいと考えている会社や現場の方から、よく聞かれる質問と回答を紹介しましょう。
ここでご紹介している質問、本当によく聞かれます。
でも、そのほとんどは誤解や偏見、勘違いによるものなんです。
すぐに読めますから、まずご一読ください。
そして、このQ&Aにピンときた方、ぜひ本書を熟読してください!Qマニュアルを導入したら、自分で考えて行動しない“ロボット”になりませんか?Aなりません!マニュアルは、人の思考を不要とするツールではありません。
「悩む」「迷う」「やり直す」という仕事の生産性を邪魔する三要素をなくし、「探究する」「新しい発想を生み出す」「創意工夫をする」といった、頭の中の空き容量で行うことのために時間を増やす役割を果たすもの、それがマニュアルなんです。
もし、マニュアルどおりに仕事をして、思考が停止している、まるでロボットのような働き方しかできない人がいたら、それはその人の能力が低いわけではなく、「使っているマニュアルのレベルが低い」だけです。
マニュアルの存在自体が、ロボットのような人間、いわゆる“マニュアル人間”を作っているのではなく、レベルの低いマニュアルがマニュアル人間を生み出しているのです。
(→第一章へGO)Qマニュアルって取扱説明書と同じようなものですよね?Aいいえ、違います!たとえば、電化製品の取扱説明書=トリセツは、主に製品の構造やその機能を説明するものです。
トリセツには電源の入れ方や各ボタンの説明など、その家電の使い方が書かれていますが、使う側がどういう状況か、どのタイミングでその家電を使うのか、ということは考慮されていません。
言ってみれば、「作った側の観点」で書かれたものです。
マニュアルには、その製品の「機能の使い方」ではなく、「その機能を仕事でどう使うか」が書かれています。
マニュアルは、使う人が迷う必要のないところで時間を浪費せず、楽に動けるようになるために存在するものです。
ですから、「相手側の観点」、つまり使う側の立場で書かれていなければなりません。
しかし、トリセツには、家電を使う人が効率的に時間を使えるか、それによって楽に動けるようになるか、という視点は入っていないのです。
これがトリセツとマニュアルの大きな違いです。
(→第一章へGO)Qマニュアルがあれば、社員を型にはめて、業務が標準化できますよね?Aその考え方は間違っています!マニュアルがあれば業務の標準化はできます。
しかし、マニュアルは社員を型にはめるためのものではありません。
社員を型にはめようとして作るマニュアルは、現場の人たちの理解が得られず、企業の中で定着
することはないでしょう。
僕たち2・1では「マニュアル=型」と考えていますが、この型は「型にはめる」という意味の型、いわば「箱」ではなく、武道や伝統芸能などで言うところの「規範動作」、つまり「基本」を意味します。
マニュアルは「型」ですが、「箱」ではなく「基本」なのです。
(→第一章へGO)Qマニュアルは業務の標準化にしか役に立ちませんよね?Aいいえ、いろいろなことに役立ちます!たとえば、「教育」です。
マニュアルは「型」、つまり「基本」です。
会社や業務の基準が詰まっています。
基本・基礎を教えるための教科書として、ボトムアップの手段として、マニュアルは新人の教育や人材育成に最適なツールなのです。
また、マニュアルが整備されていれば、異動や退職などで「引き継ぎ」が発生した場合でも、慌てて引き継ぎマニュアルを作る必要はありません。
ほかに、「リスク対策」や「事業承継」、「人材採用」などでも効果を発揮します。
(→第二章へGO)Qうちの会社は規模が小さいから、まだマニュアルを作るのは早いですよね?Aいいえ、今すぐ作りましょう!会社の規模が小さいうちこそ、マニュアルを整備するチャンスです。
会社が大きくなり、人が増えれば増えるほど、足並みを揃えることは難しくなります。
マニュアルは会社の成長基盤です。
毎日の筋トレで、やがて強靱な体ができるように、マニュアルを日々更新しながらブラッシュアップしていくことで、タフな会社に成長していきます。
マニュアルの整備をせず=筋トレをせずに成長した会社は、見た目は大きいですが、弱くて脆いものです。
「会社が小さいからマニュアルはいらない」ではなく、「会社が小さいうちにマニュアルを整備しておくべき」なんです。
(→第二章へGO)Qマニュアルを導入しても、目に見える効果なんて出ないですよね?Aいいえ、目に見えて出ます!たとえば、2・1がマニュアル導入によって課題解決のお手伝いをしたクライアントでは、次のような効果が出ています。
◎人事考課で「評価の見える化・標準化」をしたい【実施内容】人事考課マニュアルを作成【導入効果】離職率の削減(24・5%→5・4%)◎チェーン店なのに対応がバラバラ。
同一ブランドとして統一を促進したい【実施内容】業務ごとの全店舗統一マニュアルを作成【導入効果1】残業時間の削減(店舗スタッフの残業時間が平均17%減他)【導入効果2】平均販売量の増加(各店舗の月平均販売量が平均11%増)このように、マニュアルを導入したことにより、その効果が具体的な数値として現れているのです。
(→第二章へGO)Q会社の今のやり方はベストとは思えないから、その状態でマニュアルを作り、業務を標準化しても意味はないですよね?Aいいえ、大いに意味があります!今のやり方が続いているのは、それがその会社の現在のスキルだからこそ、です。
今のやり方よりいいやり方があって、それができるなら、とっくにやっているはずです。
マニュアルを作成する際には業務の洗い出しを行いますが、その作業によって現場のノウハウや個人に隠れているノウハウが見えてきます。
今のノウハウを“見える化”することで、どこがよくないのか、どこが非効率なのかがハッキリするのです。
問題点がハッキリすれば、ノウハウは更新され、磨かれていきます。
それが繰り返されることが、結果的に会社のノウハウの標準化につながり、企業価値が向上するわけです。
マニュアル整備に早く取りかかれば、それだけ早く企業価値が上がります。
(→第三章へGO)Qマニュアルは時間があるときに、ゆっくり作ればいいんですよね?Aいいえ、それでは失敗します!マニュアルを作るときは、期限を決めて、スピーディーに進めるべきです。
マニュアル整備の必要性を感じている会社は少なくありません。
でも、いざ自分たちでマニュアルを内製しようと思っても、マニュアル作成は間違いなく売上げ活動の二の次になり、後回しになってしまいます。
また、業務は日々変化していくものなので、ゆっくり作っているうちに内容が陳腐化してしまいます。
「時間があるときにゆっくりやろう」こんな姿勢では、確実にマニュアル作りは頓挫します。
自分たちでマニュアル整備にチャレンジするなら、きちんと期限を決めて、短期集中でやるべきです。
最初から完璧なものを目指す必要はありません。
できたものを少しずつ更新して、進化させていけばいいんです。
(→第三章へGO)Qマニュアルは一度作ってしまえば、それで完成ですよね?Aいいえ、完成ではありません!マニュアルは作ったら終わり、ではありません。
むしろ、作った後の更新のほうが大切です。
反対に、「マニュアルって更新してもいいんですか?」という質問を受けることもありますが、更新していいんです。
マニュアルは“アンタッチャブル”なものではありません。
会社は日々、進化しています。
現場のノウハウも日々進化して、よりよくなっていくはずです。
ですから、マニュアルは日々更新することを前提にして作るべきです。
マニュアルは作成して、使って、更新することが大事なのです。
会社が進化している限り、マニュアルは永遠に完成しないと言ってもいいでしょう。
(→第三章へGO)
第一章マニュアルが“マニュアル人間”を作るわけじゃない!
マニュアルは“悪者”なのか?否定され、拒絶されるマニュアルみなさんは「マニュアルとは何か?」と聞かれたら、なんと答えますか?「基準書」「仕様書」「手順書」「説明書」「ルール」「ガイドライン」「テクニック集」――多くの人はそんなふうに答えるんじゃないでしょうか。
中には、一歩踏み込んで、具体的な仕事の場面を想像し、「単純作業」や「定型業務」について書かれているもの、と答える人もいるかもしれません。
「マニュアル」という言葉を辞書で引くと、①機械・道具・アプリケーションなどの使用説明書。
取扱説明書。
手引き書②作業の手順などを体系的にまとめた冊子の類③操作などが、手動式であること。
「マニュアル車」と定義されています(デジタル大辞泉/小学館より)。
この本で取り上げるマニュアルは①と②についてですが、みなさん、言葉の意味としては正しく理解されているようです。
では、マニュアルそのものについてはどう思いますか?おそらく、たいていの人はあまりいい印象を持っていないでしょうね。
そのことをよく表しているのが、「マニュアル人間」という言葉です。
たとえば、誰かを指して「あいつはマニュアル人間だからな」と言う場合、そこには必ず「マニュアルに書いてあることしかできない」「機転が利かない」「独創性がない」「人間味が感じられない」といった否定的な意味が含まれています。
この言葉が使われるときには、マニュアルの存在が“ダメなもの”であることが前提となっているわけです。
僕自身も、これまでにマニュアル導入を決めた企業へ伺った際、社員の方から「僕らをロボットにする気ですか!」とか、「マニュアルで縛られたら、窮屈になって仕事の自由度が減ってしまう」というように、明らかに拒絶的な反応をされたことがあります。
要するに、世間一般では、マニュアルは圧倒的にネガティブなイメージで認識されているわけです。
「スマイル0円」が日本のマニュアルのスタートマニュアルという概念が日本に入ってきたのは、ファストフード店の代表格ともいえるマクドナルドからだといわれています。
1971年(昭和46年)、東京・銀座の三越1階に日本第1号店をオープンしたマクドナルドは、調理方法から接客にいたるまで、手順やサービス内容を事細かに定義したマニュアルを持ち込みました。
マクドナルドのシステムが画期的だったのは、食品でありながら、工業製品と同様の発想で、高品質と低コストを両立させた点でした。
「合理的な生産と消費」という、これまでにないシステムに出会った日本のサービス業は、こぞってマニュアルによるスタッフ教育を取り入れるようになりました。
マクドナルドはハンバーガーを日本の日常食にしただけでなく、「スマイル0円」という表示に象徴される、徹底したマニュアル化という文化ももたらしたわけです。
マニュアルどおりに動けば、誰でも一定レベルの仕事をこなすことができる。
経営者としては人材育成がしやすくなるうえ、品質やサービスの均一化が図れる。
従業員としても、作業の手順で迷ったり、悩むこともなく、短時間で仕事を覚えられる。
そんなメリットがあります。
いつ、どこの店舗に行っても、同じ味のものを食べられて、同じサービスを受けられるという、消費者にとってのメリットもあるでしょう。
こうして見ると、マニュアルがもたらすのはいいことばかりのように思えますよね。
それなのに、いつの間にかマニュアルにはマイナスイメージがつきまとい、まるで“悪者”のような扱いをされるようになってしまいました。
ファストフードやコンビニの接客態度のことを、よく「マニュアル対応」や「マニュアル的接客」と言ったりします。
この言葉からは、「ただ、『いらっしゃいませ』を言えばいいわけじゃないだろ」「全然心がこもってないよ」というように、店員の形式的な接客態度に不満を持った人たちの声が感じられます。
マニュアルに書かれているから、形だけ「いらっしゃいませ」や「ありがとうございます」と言う。
お弁当を買った人には、温めが必要か、お箸を入れるかどうかを機械的に聞く。
そこには接客する人の意思や感情は何も入っていません。
マクドナルドのマニュアルで、「質の高い接客」の象徴のはずだった「スマイル0円」は、こんなマニュアル的接客が増えたせいで、今ではマニュアル化のマイナス面を語る際に、“ネタ”的に使われる言葉に成り下がってしまいました。
僕もつい最近、このマニュアル的接客に遭遇しました。
近所のスーパーマーケットへちょっと買い物に出かけたところ、レジで、「袋はよろしいですか?」と聞かれました。
そのときの僕はといえば、スウェット着用で、荷物は何もなし。
思わず、心の中でツッコみましたよ。
「いやいや、手ぶらでスウェット親父のポケットから袋は出てこないよ。
そんなこと見ればわかるでしょ?マニュアル仕事かよ!」もちろん袋はもらいましたが、なんとなくもやもやしながら店を後にしました。
でも、これはマニュアルの存在そのものが悪いわけではありません。
働く人の思考を停止させるようなマニュアルの内容が悪いんです。
あるいは、その組織のマニュアルの使い方が下手なだけなんです。
そして、残念なことに、世の中の多くの企業や経営者、そしてそれを使う側の従業員がマニュアルに負のイメージを抱くことになり、マニュアルの価値をチープなものにしてしまっているわけです。
そんなふうにマニュアルが“おとしめられている”現状は、僕に言わせてみれば、もう憤りを感じるレベルですよ。
ちなみに、マニュアル導入の先駆者であるマクドナルドは、人材育成に非常に力を注いでいます。
社内に「ハンバーガー大学」という教育部門を設け、社員はそこでマネジメントスキルやリーダーシップ、コミュニケーションなどを学びます。
その充実したカリキュラムによって、仕事面だけでなく、人間的な面でも成長できるシステムが整っているのです。
マクドナルドのマニュアルは、「ただハンバーガーを売るためのもの」ではなく、同社のそうした企業姿勢も盛り込まれた重要な接客ツールと言えるでしょう。
マニュアルはいつから“悪者”になったのか?ここで少し、マニュアルの歴史について触れてみます。
昔から、国や地域、時代ごとに、行動規範や規則、なんらかの説明書きなど、マニュアル的な要素のものはあったと思いますが、現代に通じるマニュアルの基礎ができたのは、今から約140年前、19世紀末のアメリカでした。
「経営学の元祖」といわれるフレデリック・ウィンズロー・テイラーが提唱した「科学的管理法」が、マニュアルの原点といわれています。
この科学的管理法を導入した工場の生産性はグンと向上し、生産現場に近代化をもたらしました。
一方で、厳格に仕事を管理するやり方だったため、現場の労働者から反発を買い、「人間の個性や心理といった人間性を軽視している」とか、「人間を機械と同一視している」という批判の声も数多くあがりました。
やがて、「人権侵害につながる問題」として、大きな反対運動にまで発展してしまいました。
今で言うところの「マニュアル人間化」の否定です。
言ってみれば、マニュアル(の原型)は、誕生したときからすでに偏見を持たれ、否定され、“悪者”扱いされる宿命にあったわけです。
そして、日本にマニュアルが入ってくると、そこに「お家文化」や「ご近所文化」、「鎖国意識」といった、保守的な秘匿文化ともいえる日本特有の要素がかけ算されて、マニュアルに対するネガティブなイメージが、余計に深くなってしまったようです。
でも、本来、マニュアルは“悪者”なんかじゃありません。
そもそも「仕事が遅い」と言われてしまう人のほとんどは、「能力がなくて仕事が遅い」わけではなく、どうしていいかわからずに悩んだり、迷ったり、うまくいかずにやり直したりすることで、結果として仕事が遅くなっているだけです。
そこで、「悩む」「迷う」「やり直す」という仕事の生産性を邪魔する三要素をなくし、「探究する」「新しい発想を生み出す」「創意工夫をする」といった、頭の中の空き容量で行うことのために時間を増やす役目を果たすのがマニュアルなんです。
“マニュアル屋”や“マニュアル職人”を自認し、マニュアルを普及させる活動に従事している人間として、僕はこの本を通して、みなさんのマニュアルに対する誤解や偏見、勘違いを取り払い、正しいマニュアル導入へと導きたいと思っています。
マニュアルがなければ文化も消える!?昔の曲が弾けるのは楽譜があるおかげ「仕事の標準化」から生まれたマニュアルですが、その概念や考え方は、何も仕事にばかり結びつくものではありません。
みなさんのマニュアルに対する認識を変えていただくために、もう少しマニュアルの存在意義についてお話ししたいと思います。
『エリーゼのために』というピアノ曲があります。
「聴いたことがない」と言う人がいないくらい、超有名な曲ですね。
実は結構テクニックが必要な難しい曲なんですが、小学生くらいの子が見事に弾きこなしていたりしますよね。
子どもたちのピアノの発表会でも人気の曲だそうです。
作曲したのはルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。
こちらも言わずと知れた大作曲家です。
この曲が作曲されたのは1810年なんですが、僕がすごいと思うのは、200年以上も前に外国で作られた曲を、21世紀の日本の子どもたちが弾ける、という点です。
もちろんベートーヴェンに限ったことじゃないですが、何百年も前に作られた曲を、直接聴いたことのない後世の人間が再現できるんですよ。
すごいことだと思いませんか?「楽譜があるんだから当然じゃないか」と思うかもしれません。
そうなんです。
「楽譜があるから当然弾ける」んです。
楽譜は、音楽を一定の約束(ルール)に基づいて、記号や数字などを使って書き表したものです。
ルールや記号の意味が決まっているからこそ、時代や国が違っても、その音楽を再現することができるわけです。
これ、マニュアルも同じことなんですよね。
やるべきことやその手順を、誰でもわかるように、そして誰でも再現できるようにするためのもの、それがマニュアルです。
だから、楽譜もひとつのマニュアルと言っていいでしょう。
もし、ベートーヴェンの曲が、誰かが耳で聴いただけだったり、ピアノの弾き方を見ただけで伝えられてきたとしたら、現代の僕たちは“ベートーヴェンが作ったっぽい曲”しか知らなかったでしょう。
きっと、それはもう彼が作曲した曲とは別物になっていたんじゃないでしょうか。
曲が楽譜に残されて、旋律や強弱などが示されているからこそ、いつの時代にもベートーヴェンが考えたそのままのメロディやリズムを味わい、楽しむことができるわけです。
ただ、ちょっとだけ惜しいと思うのは、楽譜には作曲者の「思い」や「気持ち」が書かれていないことです。
『エリーゼのために』の楽譜には、音階や速さは書かれていても、エリーゼがどんな女性で、ベートーヴェンが彼女に対してどんな思いを込め、どんな情景を思い浮かべてそれぞれのフレーズを作曲したのか、という情報までは書かれていません。
だから、厳密に言えば、ベートーヴェン以外に、彼が表現したかったとおりの『エリーゼのために』を弾ける人間はいないことになります。
でも、本来のマニュアルはそうであってはいけません。
誰が、いつやっても、同じことを再現できるように書かれているのが正しいマニュアルです。
そういう意味で、楽譜は「マニュアルの一歩手前」に位置するもの、と言うのが正解かもしれません。
余談ですが、『エリーゼのために』は、実はどうやら「テレーゼ」という女性に捧げた曲だったようです。
彼の字が汚すぎて、「テレーゼ」と書いてあった部分を「エリーゼ」と読み間違えられてしまった可能性が高いんだそうです(ほかにも説はあるようですが)。
消えゆく文化と受け継がれる文化の違いとは?もうひとつ。
先日、とある伝統芸能の家元から、「今後、我々の文化を後世に残していくにはどうすればよいのでしょうか?」と相談されました。
その家元のところでは一子相伝で芸を伝えていて、教室の運営もされているそうですが、テキストなどはなく、すべて口頭によって指導しているということでした。
いわゆる「口伝」です。
つまり、可視化したものがいっさいない状態だというんです。
これは伝統芸能や伝統文化に限りません。
たとえば、自分たちが受け継いできた習慣や風習について、「文化を残したい」「次の世代に受け継いでいってほしい」なんていう話、よく聞きますよね。
でも、そう言っているわりには、ほとんどの場合、それが可視化されていない。
「文化や芸能は可視化なんてできない」と思っている人が多いようですが、「できない」のではなく、「しようとしていない」だけなんです。
会社でも同じことが言えますよね。
「うちの会社、業務は口頭での指示が基本だから、業務の資料とかマニュアルなんて何もないよ」「引き継ぎ資料とかあればいいとは思うけど、自分はもうわかってるからいいかなって」「うちの業務は担当者にしかわからないから、担当者が退職したり、異動になったりすると、いつも引き継ぎで大変なことになるんだよ」もし、こんなセリフに思い当たるなら、あなたの会社も「可視化しようとしていない」だけの残念な会社かもしれません。
しかし、伝統文化でもしっかりと可視化され、継承されているものがあります。
茶道を考えてみてください。
茶道(茶の湯)は、戦国時代の茶人、千利休が完成させたものとして知られていますが、その茶道文化は実に400年以上も受け継がれています。
僕はその理由に、「利休七則」の存在があると思っています。
利休七則とは、「茶は服のよきように点て」から始まる、茶道で守るべき基本的な精神と作法を説いた利休の言葉です。
利休の教えはこの7つの心得に凝縮されていますが、こうして言葉として残されていた、つまり可視化されていたからこそ、長い年月を経てもその教えや文化が失われることなく、継承されているわけです。
このように、昔から続いている文化で、今もたくさんの人々に親しまれているものには、可視化、つまりマニュアル化されていることが多いといえます。
誰もがそのマニュアルに書いてあることを忠実に行うので、教える人が変わっても、その「教え」や「心得」は変わることなく、昔のまま脈々と受け継がれているのです。
継承されずに姿を消していく文化と、後世まで受け継がれていく文化の違いは、可視化されているかどうかにあると思います。
これをマニュアルっぽく言えば、ノウハウ(=文化)が可視化されずに“人”に残るか、可視化されて“組織”に残るか、ということです。
人に残ったノウハウは、その人がいなくなれば途絶えてしまいますし、頑張って口伝で残しても、少しずつ何かが変わっていってしまう可能性はゼロではありません。
一方で、組織に残ったノウハウは、人が入れ替わっても形を変えることなく、確実に受け継がれていきます。
そうやって考えると、伝統芸能や伝統文化に限らず、陶芸や工芸、祭りや地域のしきたりなど、可視化されないまま廃れていってしまった文化って、たくさんあるんじゃないでしょうか。
ノウハウを可視化したマニュアルさえあれば……。
なんとも惜しいことだと思います。
2・1式“正しい”マニュアルの定義マニュアルとトリセツはどう違う?いかがでしょう。
世の中、マニュアルによって受けている恩恵はたくさんあるんです。
なんとなくマニュアルの存在意義や本質的な意味がおわかりいただけたでしょうか。
「マニュアルはそんなに“悪者”じゃないな」と思えるようになってきましたか?では、ここからはもっとビジネス寄りの視点でお話ししていきましょう。
本来、マニュアルが一番“輝く”べき「仕事」というフィールドです。
改めて聞きます。
あなたの会社で、マニュアルはどの程度導入されていますか?会社にはどんなマニュアルがありますか?そのマニュアルはどういう内容ですか?マニュアルがある会社も少なくはないと思いますが、たいていのマニュアルは「取扱説明書」のような内容ではないでしょうか。
電化製品などについてくるアレですね。
いわゆる「トリセツ」です。
家電のトリセツは、主に製品の構造やその機能を説明するものです。
「電源のスイッチはこれです」「扉を開けるにはこのボタンを押してください」「掃除の際にはこのカバーを外してください」など、その家電の使い方が書かれています。
でも、仕事において、「このスイッチは電源です」という記述があっても仕方がありません。
なぜなら、「パソコンを使って資料を作る」という仕事はあっても、「パソコン(そのもの)を使う」という仕事はないからです。
仕事で必要なのは、「製品の使い方」ではなく、「その製品で何をするか」「今やりたいことに製品をどう使うか」ということです。
つまり、マニュアルには「機能の使い方」ではなく、「その機能を仕事でどう使うか」が書かれていなければなりません。
それがないマニュアルは、よいマニュアルではないと言えます。
シンガーソングライター・西野カナさんの歌に『トリセツ』という歌があります。
「不機嫌になったら、とことん付き合ってあげましょう」とか、「小さな変化にも気づいてあげましょう」とか、「何でもない日にちょっとしたプレゼントをあげると効果的」などというように、女性が男性に対して、自分をどう取り扱ってもらいたいか、どう取り扱ったら喜ぶか、ということが歌われています。
その歌詞を見たとき、トリセツの意味がよくとらえられていて驚きました。
トリセツは、言ってみれば「作った側の観点」で書かれたものです。
『トリセツ』の歌詞には、「私のことはこう取り扱ってね」ということが書かれているわけですが、まさに“私目線”の内容です。
でも、マニュアルはそうではありません。
というか、そうであってはいけません。
マニュアルは「相手側の観点」、つまり使う側の立場で書かれていなければダメなんです。
トリセツの「私のことはこう取り扱ってね」というスタンスに対して、マニュアルには「あなたはこう動けばいいんだよ」というスタンスが求められます。
それに、“私目線”で書かれたトリセツは、作った側の要望や希望が並べられていますが、それを実行する側は結構大変です。
要望や希望が多いほど迷いますし、負担も大きくなります。
けれどもマニュアルは、使う人が迷う必要のないところで時間を浪費せず、楽に動けるようになるために存在します。
そこがトリセツとマニュアルの大きな違いです。
また、実際のところ、家電を買った後で、トリセツを隅々まで読んでから製品を使う、という人は少ないんじゃないでしょうか。
たいていの家電は、基本的な機能なら、トリセツを読まなくても本体を見ただけで感覚的に使えます。
エラー表示が出たり、「故障かな?」と思ったときに初めてトリセツを見た、というのもよく聞く話です。
きっと、どこのご家庭でも、ビニールに入ったままでしまわれているトリセツがあるんじゃないかと思います。
トリセツがそんな扱いを受けるのは、使う側に「読まなくても使える」「使っていればそのうちわかる」という意識があるからです。
しかし、マニュアルがそうなってはいけません。
たとえば、何かの製品を利用するマニュアルの場合、その製品の利用目的を達成するために、誰でも、何度やっても同じ使い方ができるような内容のマニュアルになっている必要があります。
目的達成のために、その製品を正確に、確実に、合理的に使えるように書かれているべきですし、必ず読まれるような内容、状態になっていなければならないんです。
そして、マニュアルを見れば、悩んだり、迷ったりすることがなくなり、使う人が確実に楽に動けるようになる。
それが本来の正しいマニュアルです。
そのような正しいマニュアルであれば、使う人は毎回マニュアルを見ることになります。
だって、マニュアルどおりにやれば、仕事を確実に、しかも楽にこなせるようになるんですから。
ビニールに入ったまま、しまい込まれるようなマニュアルではダメなんですね。
“目的”に応じた“行動”が明示され、求められる“結果”を、誰もが“再現”できるツールこれが、本来の正しいマニュアルの姿です。
あなたの会社のマニュアルは、きちんと当てはまっていますか?ところで、この『トリセツ』という歌は西野カナさん自身が歌詞を書いているようです。
彼女、若いんですよね。
毎日マニュアルに囲まれているうちの会社の社員ならともかく、若い彼女がこんな“渋い”歌詞を歌にするなんて逸材すぎます。
うちの会社に来たら、間違いなく即戦力です。
ぜひ一度、マニュアルとトリセツのあり方についてお話ししてみたいところです。
「型」には「箱」と「基本」がある「組織をもっと効率化させたい」営業の現場で、お客様からよく伺う言葉です。
その具体的なアプローチとして、マニュアルの導入を考えるのは正しいことだと思います。
しかし、残念なことに、多くの方がこう考えているようなんです。
「組織を効率化する」=「社員を型にはめる」ものだと。
結論から言うと、社員を型にはめようとして作るマニュアルは、企業の中で定着することはありません。
なぜなら、型にはめられる側である現場の人たちからすれば、決して気持ちのいい施策ではないからです。
当然ですよね。
これこそ、まさにみなさんが嫌がる「ロボット化」ですから。
現場での理解が得られない状態では、マニュアルを定着させるのはまずムリです。
そのうえで言います。
僕たち2・1では、「マニュアル=型」と考えています。
ただし、この「型」は「型にはめる」という意味での型じゃありません。
型には2つの意味があります。
ひとつは「箱」です。
箱には、「決まった大きさ」や「サイズ」、「規格」などというイメージがあります。
「型にはめる」という場合の型は、こちらの意味で使われるものです。
もうひとつの意味は「基本」です。
これは、武道や伝統芸能、スポーツなどで規範となる方式を指します。
名人や師範などによって生み出された技法、表現形式のことで、いわゆる「規範動作」です。
型と聞いて、空手の型を思い浮かべる人もいるかもしれませんが、まさにそれです。
空手の型には、その長い歴史の中で、磨かれ、受け継がれてきた「技」と「心」の“基本”が詰まっています。
そして、それが空手の“極意”にも通じています。
型こそ基本であり、すべてのよりどころなわけです。
つまり、「マニュアル=型=基本」なんです。
型には「目的×行動×結果」が入っているべし!ただし、2・1が考える型は、武道などの型と少し違うところがあります。
マニュアルの作り方については第三章で詳しく説明しますが、2・1のマニュアルで大きなポイントとなるのが、次の3つの要素です。
①目的②行動③結果2・1が作るマニュアルには、この3点の要素が必ず入っています。
これがどう重要なのか、具体的に説明しましょう。
たとえば、飲食店の業務として「トイレ掃除」がありますね。
トイレ掃除は「何のためにやるのか?」といえば、「お客様がいらしたときに、トイレがキレイだと気持ちがよく、おもてなしの気持ちを表すことにもなる」ためです。
これが①の「目的」です。
トイレ掃除に取り組む「姿勢」と言ってもいいでしょう。
次に、「どのように掃除するのか?」といえば、「モップで床を水拭きする」「ぞうきんを替えて3回磨く」など、掃除の手順や方法が挙げられます。
これが②の「行動」です。
業務の「目的×行動」を明確にすること。
マニュアルの基本ですね。
でも、世の中のマニュアルには、この基本的なポイントすら書かれていないものがたくさんあります。
さて、掃除を担当したスタッフが、「掃除、終わりました。
1時間かけてピカピカにしました!」と報告したとします。
ピカピカのトイレ。
仕上がりとしては申し分ありません。
でも、それでいいんでしょうか?トイレ掃除に1時間?いやいや、あり得ません。
ほかにも仕事がたくさんあるのに、トイレ掃除に1時間もかけている場合ではないんです。
そのマニュアルには何が足りなかったんでしょうか?それが③の「結果」です。
その業務の「所要時間」や「期限」、終わった後の「状態」も明確になっていなければ、作業時間は5分で早いけど雑に終える人、丁寧だけどのんびりやって1時間で終える人、というように、担当者によって程度やクオリティに違いが出てきます。
個人の力量や読解力によって業務の結果が変わってしまうマニュアルは、いいマニュアルではありません。
トイレ掃除の場合、たとえば「掃除時間は15分で」(所要時間)、「開店30分前までに(期限)、「床、壁、便器、洗面台を清掃し、トイレットペーパーの交換・補充ができている」(状態)、というように、その業務に対する結果設定をすることが重要です。
このように、「目的×行動×結果」という3つの要素のかけ算が、2・1のマニュアル=型なんです。
一方、武道の型の場合、含まれる要素は「目的×行動」の2つです。
僕はずっと剣道をやっていたんですが、たとえば「面打ち」の練習では、「何秒以内に何回振る」とか「何分間振りつづける」というように、「目的」とそれに対する「行動」がすべてでした。
「剣道がうまくなる」ということが「結果」といえばそうかもしれませんが、明確なゴールがわかりません。
「いつかうまくなる」というぼんやりした目標に向かって頑張りつづけるのはしんどいものです。
それに、たとえば空手の型を一生懸命やっても、それで試合に必ず勝てるかどうかはわかりません。
でも、型=マニュアルは、「勝つこと」を結果として設定します。
試合に勝つことが前提にあるわけです。
これが、2・1の型と武道の型との違いです。
ちなみに、トリセツにはほとんど「行動」しか入っていません。
マニュアルは「守破離」の「守」を実現するためのツールそして、「マニュアル=型=基本」という2・1の定義のベースには、「守破離」の考え方があります。
守破離とは、武道や茶道といった日本の芸道や、芸術、芸能などで、修業における過程を示した言葉です。
ビジネスシーンで使われることもあるので、ご存じの方も多いと思います。
守=師匠からの教えを忠実に守り、実行すること。
破=師匠からの教えを実行しながらも、自分独自の型を見いだし、あるいはほかの流儀や情報を取り入れて、既存の型を破ること。
離=師匠の型、自分自身で見いだした型の双方に精通し、師匠の型から離れて自分の流派、流儀を構築すること。
この三段階の流れが守破離です。
人の成長の流れともいえる言葉ですが、2・1の定義するマニュアルは、この守破離の「守」を実現しやすくするためのツールです。
イメージしやすいように、新入社員を例に挙げて説明しますね。
新入社員にとって、守破離の「守」で「師匠の教え」にあたるのが、新人教育で学ぶ仕事の基本、あるいは上司や先輩が教えてくれる仕事のやり方です。
右も左もわからない状態で入ってきた新入社員は、新人教育の場で初めて、仕事の基本を教えてもらいます。
業務や職場によって、教えられる内容はさまざまですが、たとえば名刺の受け渡しの方法から電話の取り方、書類の書き方など、その会社で生きていくための、基本的かつ重要なことを学びます。
そして、配属先では、さらに各業務に特化したやり方やコツを、上司や先輩から教えてもらうことになるでしょう。
それらは、その会社で長い間培われ、積み重ねられてきたノウハウです。
たくさんの先人たちが、何年も試行錯誤してきた結果見つけた、「これが一番うまくいく」という方法なんです。
いわば、その会社、その職場の“王道パターン”ですね。
この王道パターンこそが、新入社員が学ぶべき「師匠の教え」であり、それを確実に実行できるようになることが守破離の「守」にあたることです。
そのために、新人教育用のマニュアルには、その会社、その業務の基本となる王道パターンのノウハウが、余すところなく書かれている必要があるわけです。
新人教育を“ピカソ”に頼るなかれ!時に、お客様から「トップ営業のノウハウをもとに、新入社員用のマニュアルを作ってほしい」というご依頼をいただくことがあります。
なるほど、会社でトップの売上げを出す営業のノウハウを、新入社員にインストールできれば、即戦力になりますよね。
人材育成の期待が高まるのもよくわかります。
でも、実はこれ、首を縦に振りにくいご依頼なんです。
「トップ営業のノウハウは新人教育には使えない」これが僕の持論です。
なぜなら、初めて絵を習う人が、いきなりピカソに「抽象画を教えてほしい」とお願いするようなものだからです。
ピカソといえば、あの独特な抽象画がすぐに思い浮かびますよね。
「あんなの、子どもでも描けそうな絵じゃないか」なんて思っている人もいるんじゃないでしょうか。
しかし、「子どもでも描けそう」というのは大きな誤解です。
実はピカソって、写実画を描かせたら右に出る人がいないと言わしめるほどの超絶技巧の持ち主なんです。
ピカソが抽象画を描けるのは、絵画の基礎がしっかりしているからです。
それと同じことがトップ営業にも言えます。
トップ営業ほど、仕事の基礎が凡事徹底されているもの。
営業相手のお客様に合わせて、トークの内容や言い回しを変えられるのも、すべてのパターンがわかっているから。
基礎があるからこそ応用が利くんです。
デッサンの基礎もできていない人間が、抽象画をうまく描けないように、何の下地もない新入社員に「トップ営業と同じようにやってみろ」と言っても、ムリなことは明らかですよね。
業務を学んでいくうえで、何よりも大切なのは基本・基礎です。
いきなり飛び抜けた状態を目指すのではなく、一歩一歩階段を上がるように基本・基礎を積み上げていくほうが、ゆくゆくは応用の利く、頼もしい社員に成長してくれるものです。
「型どおり」と「型破り」しつこいようですが、何度でも言います。
マニュアルは型であり、基本です。
この基本には、会社や業務の“王道”のノウハウが詰まっているので、新入社員はとにかくそれを徹底して学び、そのとおりに動くようにします。
まさに「型どおり」に動くわけです。
マニュアルが正しく作られていれば、それでいいんです。
「あいつ、マニュアルに書いてあるとおりにしかできないよな」「型どおりにしか動けないヤツだ」なんて言ったりしますが、僕に言わせれば、そう言っているほうがおかしい。
マニュアルに書いてあることを社員が100%実践してくれたら、マニュアルを制作した経営者としては嬉しいはずです。
喜ぶべきです。
だって、社員はマニュアル以外のムダなことはいっさいしないし、ムダな時間もなくなるわけですから。
それに、そうなれば経営だって安定するはずです。
型どおりに動く目的は、個人的なやり方、いわば“我流”を排除することにあります。
我流がはびこれば、業務は属人的になっていきます。
たとえば、少し仕事を覚えてくると、自分の判断で作業を省略したり、自分なりのやり方に変えてしまいがちです。
それによって、やがて業務は属人化していきます。
仕事の結果がマニュアルのとおりになっていれば、一見問題はなさそうに思えますが、業務の全体を俯瞰してみると、そうした個人の勝手な判断や業務の属人化が、総合的な業務のクオリティを下げてしまうことにつながります。
業務のクオリティを均一化するためにも、型どおりに動くことが大切なわけです。
ただし、どんなことがあっても型どおりに動き、決して型を変えてはならない、という意味ではありません。
一度できあがった型=マニュアルは必ず守らなければならない、ということではないんです。
そもそもマニュアルは、業務をムリなく、ムダなく、ムラなく、円滑に回すためのもの。
マニュアルを作ってはみたものの、仕事の実情に即していないと思える内容なら、むしろ変えていくべきです。
「型破り」という言葉があります。
「常識にとらわれない」とか「破天荒な」という意味ですが、“基本を重んじない”というイメージを持っている人もいるでしょう。
でも、実はまったく逆なんですね。
歌舞伎俳優の十八代目・中村勘三郎さんは、コクーン歌舞伎やニューヨークでの歌舞伎公演など、革新的な活動を行っていたことから、「型破りな役者」と言われることも多い方でした。
そんな勘三郎さんは、次のような言葉を大切にしていたそうです。
「型をしっかり覚えた後に、初めて『型破り』になれる。
型がないままやったら、ただの『形なし』だ」そうなんです。
型破りは、型が身についていて初めてできること。
型があるからこそ、破れるんです。
先ほどピカソの話をしましたが、彼の独創的な技法は、絵画の基本・基礎がしっかりと身についているうえで生み出されたものです。
ピカソはまさに型破りの代表的な人物だと言えるでしょう。
業務の中で、「型どおりにやってみているけど、どうもやりにくさを感じる」とか、「マニュアルどおりに動くと効率が悪い」ということは当然出てくるでしょう。
そこで、型どおり、マニュアルどおりではやりにくい部分や非効率に感じる部分を修正し、あるいは応用を利かせて内容を変えていく。
要するに、型破りになって、マニュアルをよりよいものにしていくんです。
型=基本が身についているからこそ、それができるわけですね。
これが守破離の「破」であり、それがさらなる発展である「離」へとつながっていきます。
マニュアルこそが人類の最後の綱だ!さあ、ここまででだいぶマニュアルに対するイメージが変わってきたんじゃないでしょうか。
きちんと説明すればわかってもらえることなんです。
でも、世の中を見ると、マニュアルはやっぱりまだまだ悪者にされています。
先日、ある大手教育会社のサイトに、子育てに関する次のような内容の記事が出ていました。
「今は子育てに関する情報が氾濫しているため、子育てで大切なことを見失っている方も多いようです。
育児書どおりに完璧に育てようとするあまり、1歳なのに言葉が出ない、3歳なのにおむつが外れないなどと、ほかの子と違うことにイライラして、不安になってしまうのです。
一歩立ち止まって、本当はどんな子育てをしたいのかを考えてみましょう」この記事には、「完璧さの追求から『虐待』に?見直したいマニュアルどおりの子育て」というタイトルがつけられていました。
記事中にある「育児書」がマニュアルを指しているようです。
「マニュアルどおりにやろうとして、できないから悩んでしまうんです。
だからそのやり方を見直しましょうね」という提言なのですが、思わず「ちょっと待てよ」と言いたくなりました。
これはマニュアルという存在が悪いわけではありません。
そのマニュアル(育児書)に「子育てとはなんぞや」という理念や概念、手順や目的が示されていないだけ。
そのマニュアルの内容が悪いだけなんです。
マニュアルには、1から10まで、単なる作業を書けばいいわけじゃない。
「なんでその作業をやるのか」「なんでその手順なのか」これが抜けていてはダメなんです。
これが抜けているから、ダメなマニュアル、悪いマニュアルになるんです。
この章の前半にも書きましたが、大事なことなのでもう一度言います。
本来、マニュアルとは、仕事において「悩む」「迷う」「やり直す」という仕事の生産性を邪魔する三要素をなくし、「探究する」「新しい発想を生み出す」「創意工夫をする」といった、頭の中の空き容量で行うことのために時間を増やす役割を果たすものです。
正しいマニュアルを正しく使えば、業務をムリなく、ムダなく、ムラなく遂行できて、誰が、いつやっても、業務のクオリティが均一化できます。
そして、その結果で得られる時間を有効に活用することで、働き方に余裕が生まれ、ひいては、より人間らしい人生を送ることができるんです。
働き方が変われば、必ず人生も変わります。
マニュアルがあれば、人類が、世界がもっとよくなれるんです。
そのためには、マニュアルが本来あるべき姿で活用されなければなりません。
「マニュアル人間になるな」「マニュアルどおりにやったらダメ」という今の風潮を変えていきたい。
それが僕と2・1に課されたミッションだと、本気で思っています。
マニュアルの原点「科学的管理法」とは?1856年、ペンシルバニア州フィラデルフィアで誕生したフレデリック・ウィンズロー・テイラーは、弁護士を目指してハーバード大学を受験。
見事に合格しますが、目の病気にかかり、やむなく進学を諦め
ることになりました。
その後、テイラーは知人が経営するポンプ製造会社で働くことになり、1878年、4年の見習い期間を終えて、製鉄工場にエンジニアとして入社します。
工場でテイラーが目にしたのは、賃金体系に不満を持つ労働者たちが、経営側に対抗し、組織だって怠ける姿(組織的怠業)でした。
そこで、管理職となったテイラーは、属人的な仕事のやり方を排除し、労働者たちを組織的に管理するという概念を取り入れます。
テイラーは次の3つの内容を柱とする改革を断行しました。
・課業管理(一定時間でどれだけ生産できるか正確に測定し、ノルマとなる1日の作業量を設定する)・作業の標準化(使用する工具や作業手順を細分化、単純化、標準化、見える化する)・作業管理のために最適な組織形態の確立(組織を「現場」と「管理」の機能に分ける)その結果、工場の生産性は向上し、「仕事の標準化」を実現させることができました。
このシステムは「科学的管理法」と名づけられ、高く評価されて、のちに「テイラー・システム」として世界に広まっていきました。
そして、このシステムで採用されている手順書が、現在のマニュアルの原型といわれています。
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