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第一章なぜアルバイトにボーナスを出すのか

「はじめに」でご紹介したように、富士そばにはふしぎな仕組みが多いと言われます。しかし、私が最も大切にしていることは、突き詰めればたった一つだけ。

それは一言でいえば、「従業員をなるべく大切に扱う」という、至極当たり前の方針です。そんなあまりにもシンプルな考え方が、今の時代にはかえって新鮮に映るのかもしれません。

本章では従業員に対し私がどう接し、どのように考えて富士そばの仕組みをつくっているか、その中でも世間で最もよく知られているものに絞って説明していこうと思います。

目次

自由に働ける環境があれば、やる気も生まれてくる

合言葉は「うまくやってくれ」

富士そばには創業当時から細かいマニュアルがありません。マニュアルがなければ飲食チェーン店は成り立たないと思っている方が多いようで、この話をすると驚かれます。

全く存在しない、といえば噓になります。ですが、ほとんどないと言って良いでしょう。たとえば、そばの調理。「生麵をお湯に入れて、茹でるのは何秒」といったマニュアルは一応あります。

ただし、それは「一応」。「マニュアルは参考程度にしてもらって、最終的には自由に調理してもらって良い」と従業員には伝えています。

調理の工程に、そばの湯切りがあります。そばをお湯からすくい、振りザルでチャッチャッと振って、余計な水気を切る作業です。

最初、私は振る回数を決めていました。しかし周りから、「それぞれのやり方があるんですから、回数は決めない方が良いです」と提案されました。

現場経験の少ない私が言うことだから、みんな聞いてくれないのかなと思っていたら、湯切りの上手な従業員が「こうやるんだ」と指導しても、誰も真似していないのです。

実際に試してみるとわかりますが、少しだけ振ってその後しばらく待つというやり方もあれば、素早く振って少しだけ待つというやり方もある。人それぞれです。

一日に何百回も振っていると腕が痛くなるから、最終的にはみんな自己流のやりやすい、そして美味しいと思える振り方に落ち着いていくのです。

そば湯が残ってつゆの中に入ると味が薄まり、まずくなってしまう。だからそば湯は切る。これは必ず守ってもらいます。ただしどう切るか、何回切るかは各自にお任せです。私が好んで使う言葉があります。

「細かいことは良いから、うまくやってくれ」。調理もまさにそれ。出来上がりさえ良ければ、自己流も大歓迎です。

現在では、湯切りは機械を導入している店舗もあるので、そこでは従業員が行うことはありませんが、湯切り以外のあらゆる作業についても基本的な考え方は変わりません。

マニュアルよりも大事なものがある富士そばには接客マニュアルも、ほぼありません。せいぜい、入社時に接客の基本を説いたDVDを見せるぐらいです。

従業員教育については、研修センターがあります。ですが、現場でどうふるまえば良いかは、お店に実際立った方が早いし、身につきやすい。

なので、まずはお店に出て仕事を覚えてもらっています。たとえば「いらっしゃいませ」の挨拶は、どうやってすれば良いか。これも本人の自由で、任せています。

仮に「口角を上げて、お客様の鼻のあたりを見ながら、首を前に三〇度傾けなさい」と形をきびしく強制したところで、そうしてつくった笑顔に生気がなかったら、お客様は良い気分にならないはずです。

昔、あるお客様から、「富士そばにはとても上品な言葉で接客する従業員がいるんですね」と教えてもらったことがありました。どうも、その当時採用したばかりの、新宿の三光町店で働いている四〇代の女性のことのようでした。

そこでお店を見に行くと、確かに言葉遣いが上品で、接客も丁寧すぎるぐらいに丁寧な女性の従業員が働いていました。立ち食いそば屋は基本的に男性の利用客が多いので、その存在は異彩を放っていました。

実は彼女は、富士そばの前にシティホテルで働いていたというのです。店内で少し浮いているような気もしましたが、このまま続けてもらえば良いと私は思いました。

くだけた感じにしてもらう必要も、彼女の接客を他の従業員に真似させる必要もありません。というのも、彼女に感心したのは、言葉や接客術以上に、お客様をもてなす気持ちが伝わってきたからなのです。

勘違いしている方も多いようですが、接客業で大事なのはマニュアルに忠実に動けているかどうかではありません。できるかぎり心をこめて、自然に対応しているかどうかです。

理想は、お客様のためになることを考えて、自然と身体が動き、言葉を発しているような状態です。ただ、そこまでのサービス精神を持ちあわせるのもなかなか難しい。

私は自発的に動く動機が、自分の欲のためでも一向に構わないと思っています。さらにいえば、人間は自分の欲に従って動いているときが最も自発的になり、良いサービスを提供できるのではないでしょうか。

マニュアルは本質ではないのです。「会社には良くしてもらっているから、少しでも役に立とう」でも、「良いサービスを提供することで評価されて、昇給したい」でも良い。

これをやれば自分たちの利益になると思えば、いちいち上から言われなくても自発的に行動するはずです。自分の意思で動いていれば、そのうち「いらっしゃいませ」という言葉一つにも、心はこもってくるでしょう。

自由であればあるほど良い

決まりごとが少ない富士そばですが、さすがに制服はあります。お客様と接する商売ですから、清潔な服を着てもらいたい。

春になると、デザイン担当者が集まっては「今年はどんなイメージにしようか」と何度も話しあいを重ね、決めていきます。ただし本社の社員にかぎっては、服装は自由です。

ネクタイをしてもしなくても良いし、極端な話、ポロシャツにジーパンでも良い。今の社長もファッションにこだわらない性格なので、スポーツをした後、パーカーで会社に来たりしています。

一見すると、とても経営者には見えないのではないかと思います。フロアを見渡すと、社員の服装には統一感がほとんどありません。私は、各自が仕事をしやすくて、過ごしやすい服を着れば良いと考えています。

社員にはなるべく自由にやらせて、個性的に生き生きと働いてほしい。理由は単純。そうすると長く続くからです。どうでもいいような規則や慣習を押しつけられるほど、ストレスが溜まって、長続きしないものです。

こんな調子なので、私が報告・連絡・相談のいわゆる「ホウレンソウ」を部下に求めることも、出店先の物件の判断など、いくつかの例外を除くと、ほとんどありません。

実はそもそも「ホウレンソウ」という言葉自体、最近まで知りませんでした。ひょっとすると、「そんなこと、いちいち報告しなくていいよ!」と言ったことの方が、圧倒的に多いかもしれません。

基本的に、大体のことは「自分で判断しなさい」と、社員に任せるようにしています。自分で考えて、自分で良いと思ったならば、そのまま自主的に進めて構わない。たとえそれで失敗をしたとしても、その経験も一つの学びになるわけで、決して無駄にはなりませんから。

業務時間中に抜け出しても構わない無断欠勤や、決められた予定への遅刻はもちろん認められませんが、働く時間も可能なかぎり自由であるべきです。

本社でも店舗でも、各人の細かい時間のやりくりについては私はほとんど気にしません。

仮に現場で八時間のシフトで入っていた従業員が、諸事情のために残り一時間の時点で帰りたくなって、その直後のシフトを担当する従業員が「じゃあ自分がその一時間働くよ」と申し出たとします。

先ほど述べたように、私の好きな言葉は「うまくやってくれ」。現場で話しあって、他の人がカバーしてくれて帳尻が合えば、何の問題もありません。

以前、ある女性従業員が「すみません。私用でちょっと買い物に行ってきます」と上司に声をかけて、お店からしばらくの間、姿を消したことがあるそうです。

人によっては「就業時間中に何を外出しているんだ!」と怒るかもしれませんが、私は別に構わないと思いました。上司にきちんと断りを入れていますし、彼女が少しの間いなくても店が回るのであれば、誰も迷惑をしていないわけですから。

「決まったシフトを破って一時間先に帰しては、他の従業員に示しがつかない」「例外を認めれば、それが二時間、三時間に及ぶ可能性があり、延いては規律が乱れる」などの理由で、こうした勝手を許さない会社もあるかもしれません。

それでも、帳尻さえ合わせれば、柔軟にやっている部分に関しては文句を言われないという組織の方が、従業員も気が楽に感じるのではないでしょうか。

以前、傾いている会社を立て直そうと、コストカットに励む経営者があれこれ細かく指示をしたという事例を紹介した本を読んだことがあります。

なんでも、鉛筆一本一本の削り方まで細かく指導したといいます確かに社員を自由にさせすぎてしまうと、無駄遣いをする可能性があるので、そういう引き締めも時には大切です。

きめの細かい経営を否定する気はありません。ただ、私は「鉛筆の削り方まで指導されたら、社員は息苦しいだろうなあ」と思ってしまうのです。

そこは結局、人間の性格なのだと思います。私は細かいことを指示するのが苦手だし、そこまで徹底する能力もありません。それよりも「うまくやってくれ」の一言で、組織が機能してくれた方が、ありがたいし気分が良いものです。

よく話題になる新メニュー富士そばの定番メニューといえば、かけそば、もりそば、ざるそば、天ぷらそば。これらがすべてのお店で提供している基本メニューです。

それ以外のメニュー構成は、係長と店長で決めていて、店舗ごとに違います。渋谷や学生街のように若い人が多い街のお店は、肉がたっぷり入ったボリューム系が人気。

御徒町や巣鴨といった、お年寄りが多い街では、サッパリ系が好まれる。同じ東京の中でも地域差があり、求められるものは全く違うのです。

現在、富士そばのつゆは全店がスープサーバーを使っているので、味が統一されています。つまり、そばの個性は上に何をのせるかで決まってくる、と言っても良いでしょう。

これまでも一風変わったそばが誕生してきました。個人的に最も印象深いのが、「トーストそば」。その名の通り、そばの上に焼いたトーストをのせるのです。斬新でしょう!ただ、残念ながらあまり売れませんでしたが。

最近評判になったのが、「まるごとトマトそば」です。そばの上にトマトがまるごと一個置いてあり、色目といい、取り合わせといい、相当インパクトがあります。

インターネットで「なんだこれは?」と話題になったため、考案した店長には広報賞が与えられました。「パキスタン風激辛カレーそば」もありました。

これはイスラム教のハラル(イスラム法において「合法」であるもののこと。この場合はイスラム教徒が食べて良いもののことを指す)が近年では日本でも求められる中で、富士そばでも何か提供できないか?という話になったのが発端でした。

結局、ハラルは規定がとても厳しいため、具体的なメニューの開発は断念したのですが、その過程で副産物として誕生した商品です。

フライドポテトをのせた「ポテそば」や、たこ焼きをのせた「揚げたこ焼きそば」も開発したことがあります。絶対人気が出ないだろうなと期待せずにいたら、これが結構売れてしまった。

やってみないと案外わからないものです。私が提案したメニューもあります。健康的なメニューを提供したくて、毎日野菜を摂ってもらうのが一番良いと、「サラダうどん」を発案しました。

しかし、温かいうどんの上に生野菜をのせても美味しくありません。そこで思いついたのが、茹で野菜です。キャベツ、にんじん、ブロッコリーなどを茹でて、うどんのつゆをかけ、油を垂らす。

店舗で試しに出したところ、昼に二〇食ぐらいは売れるけど、発売から時間が経って目新しさが失われてくると、だんだん売れ行きが落ちてきたとのこと。

天ぷらそばみたいに定着すればいいな、と淡い期待を抱いていたのですが、苦労したわりに、あまり売上は伸びませんでした。

メニュー開発のひみつここまで読まれた方の多くは、「よくもまあ、これだけいろいろなメニューを考えるな」と思ったことでしょう。

実は、そんな富士そばのメニューには、二つのひみつがあります。まず、このメニューを考えているのは商品企画部などの専門部署の社員ではなく、店長をはじめとして、現場で働いている従業員だということ。

社内でアイデアを募っては、どんどん採用しています。そのために、前述したような大胆なメニューが店頭に並ぶのです。

大胆すぎるので、企画のプロにメニューを見せでもしたら、「いったい何だ、この『トーストそば』って。こんなもの、売れるわけがないだろう!」とお叱りを受けてしまうかもしれません。

しかしながら、日ごろお客様に接していて、その需要を目の前で感じているのは現場の従業員たちです。同世代の若者が店を利用していたら、「安くてボリュームがあるものを食べたがっているんだな。ポテトも食べたいに違いない」と肌感覚でわかる。

そこで「こういうメニューがあれば売れるのに」という発想が生まれてくるのは自然なことです。ですから、思いついたアイデアは全部出してくれと全社的に伝えており、実際に最優先させるようにしています。

最優先とはどういうことか。これがもう一つのひみつで、従業員が私のところまで提案してきたメニューは、基本的に全部店頭に出すようにしているのです。

今まで、「君、こんなのダメだよ」「これはさすがにちょっと……」などと言って、無理やり私が却下したことは一度もありません。

もちろん「これは売れないんじゃないか?」と思ったことは何度もあります。「トーストそば」なんて、炭水化物の重ね食いになってしまうので、人気が出るはずがないと諦めていました。

しかし、どれだけ難しいと思っていても、店には出します。従業員が熱意をこめて提案したメニューを簡単に足蹴にしてしまったら、そのうち誰もアイデアを出さなくなってしまうし、従業員が自由に意見を言えなくなるからです。

せっかく一生懸命考えたものなのだから、大事にして、育てるようにしているわけです。やる気を殺ぐような言葉を発しない「そば茶プリン」という商品もありました。

これは富士そばに来る前に一流フルーツパーラーでパティシエとして働いていた従業員が、その経験を生かして発案したものです。私は彼の挑戦を楽しみに見守っていました。

従業員からすれば、「トーストそば」や「そば茶プリン」が店頭に出ることで、「この会社は意見を出せば、ちゃんと受け止めてくれるんだな」と勇気を得ることができて、やる気につながっていくはずだと考えたのです。

ただし、新メニューが定着して残るかどうかは、ひとえに売上次第。お客様に支持されれば残っていくし、売上がふるわなかったら淘汰されていきます。どれが残るかは、やってみないとわからないものです。

富士そばでは年間にメニューの一五パーセントが更新されていきます。こうした新陳代謝が起こると、お客様は飽きを覚えないので客足が衰えず、売上が安定します。

中には、期待していなかった「ポテそば」のように意外なヒットが生まれることもあり、それは経営者として嬉しい誤算です。何よりも気をつけているのは、従業員のやる気を殺ぐような言葉を決して発しないこと。

しかし、世の中にはここで躓く経営者が実に多いように思います。「君のアイデアは全然良いと思えない」「そんなのやらなくても結果が見えているだろう」そうした言葉を口にすれば、従業員は白けてしまうでしょう。

否定的な言葉を叩きつけるのではなく、まずは「君に任せた。やってみなさい!」と前向きにリードするべきです。

儲けるのもほどほどで、余裕があるのが一番

報奨金は年に一〇〇〇万円以上

富士そばには報奨金制度があります。昔は一番良い結果を出した会社(グループ)だけに報奨金を出していました(会社を分ける「分社制度」については第三章で詳しく説明します)。

しかし今では、あらかじめ枠を決めず、目標をクリアした全員に与える制度になりました。具体的には、売上が前年比一〇〇パーセント以上を達成した店舗すべてに対して、アルバイトを含めた従業員全員に支給します。

達成率が高いほど、報奨金が高くなるシステムです。また、その年全体での利益が前年を上回った会社には、そのグループ全体に報奨金を出します。常務、係長、事務員、さらに店長、お店の従業員にも出されます。

その他にも広報賞、全店舗に広がるような人気メニューを考え出した社員を称える「ホームラン賞」、会社の売上に大きく貢献した従業員に与えられる「社長賞」など、さまざまな報奨金を用意しています。

先日、一年あたりの報奨金の合計金額を計算してみたところ、なんと一〇〇〇万円を超えることがわかり、びっくりしてしまいました。

頑張れば頑張るだけ自分たちに返ってくると保証されているので、店長は部下を「頑張れよ」と鼓舞しやすくなります。またグループ全体が潤うことになるので、全員が一丸となって利益・売上をあげようと努力します。結果、私が何も言わなくても、自発的に売上を伸ばそうと知恵を絞ったりして、全力で頑張ってくれるのです。

海外旅行もプレゼント

富士そばでは社員へのねぎらいとして、年に一回、海外旅行の機会を用意しています。富士そばの組織体系としては、会長、社長、そして各会社のトップとして常務がいます。その下で複数のお店を見ているのが係長。

店ごとに店長、その下に店長補佐的なポジションの主任がいます。ここまでが正社員で、あとはアルバイトになります。海外旅行に行けるのは、正社員の主任まで。

アルバイトの皆さんまでもが旅行で抜けてしまうと、経営が成り立たなくなってしまうためです。このことは申し訳なく思っています。

また、さすがに全社が一斉に出かけるわけにはいかないので、グループごとに交代で旅行の予定を組むようにしています。どこへ行くかはグループにお任せ。

自分たちで決めてもらいます。予算は一人あたり約二〇万円で、日程は三日ぐらいで帰ってこられるならば、どこへ行っても構いません。

遠いところでは、ハワイに行ったグループがいました。ハワイは片道七時間かかるため、旅行期間が三日程度だと、ゆっくり過ごすのは難しい。

私は他の地域にした方が良いのではないかと思ったのですが、彼らがどうしてもハワイが良いというので、反対しませんでした。

結果、ハワイで休暇を満喫して帰ってきました。身体が多少疲れていても、満足感があれば心身ともにリフレッシュするものらしく、帰国後はバリバリと働いていました。

また、アルバイトを含めて富士そばで働いている従業員は、休憩時間にまかないとして店のメニューを自由に食べて良いことになっています。

以前、ある飲食店を訪れたとき、注文を取ってくれる店員さんに「このメニュー、美味しいですか?」と聞いたところ、「私は従業員だから、食べられないんです」という答えが返ってきたことがありました。

お客様にメニューについて聞かれたときに「わかりません」では話になりません。だから、富士そばではメニューにあるものはなんでも食べて良いことにしています。

天ぷらそばでも、かつ丼でも、好きなものを食べられます。特にアルバイトにとって、ご飯代は馬鹿にならないもの。職場でまかないがつくのは相当嬉しいし、助かるものです。

なにせ私が若いころ、そうでしたから。また、まかないを食べながら新しいメニューを思いつくことがあれば、将来それがヒットする可能性もあるわけで、そう考えると会社にとって悪くないことです。

ちなみに、まかないを食べている時間も時給が発生します。「業務時間」なので、当然です。人間、ほどほどに儲けるのが一番一年で最もそばが消費される日。

それはおそらく大晦日ではないでしょうか。普段は閑古鳥が鳴いているようなおそば屋さんでさえも、この日ばかりは繁盛します。

しかし富士そばでは長らく、かきいれどきの大晦日は休業していました。そば屋であるにもかかわらず、年越しそばを提供していなかったのです。

お客様から年越しそばを食べたい、という声はありました。それでも営業しなかった理由の一つは、年末の売上です。富士そばが店舗を出しているのは、東京を中心とする首都圏。

冬休みに入ると帰省によって人が減ってしまい、大晦日ともなれば、人はほとんどおらず、一二月二七、二八日ごろから売上が減っていくのが普通でした。

二つ目の理由は、従業員の休日です。一年を通してあくせくと働いているのだから、年末年始くらいは家族で過ごしてもらいたい。そんな考えで、店を休業していたのです。

しかし近年、インターネットを介して、「そば屋が年末に店を開けないとはどういうことだ!」という意見が会社に直接届くようになり、そこまで望まれているのだという状況に思い至りました。

そこで年越しそばをやろうと、数年前から始めたのです。営業してみて感じたのは、時代が変わったということです。昔は暮れになると多くの人が故郷に帰って、都心はどんどん静かになっていったものです。

しかし最近では年末に帰省しない人が増えてきたし、それどころか年越しに合わせて東京に遊びに来る人もいます。だから年末の繁華街はにぎわっているように感じます。売上を見ていても、近年は一二月二七、二八日でもそれほど売上は下がらず、通年の平均とさほど変わりません。

それならば、一日でも多く営業した方が売上が増えるから良いのではないか、という意見もあるかもしれません。とはいえ古い考えかもしれませんが、やはり年末年始は従業員にゆっくり過ごしてほしい。

なので、休暇の日数が変わらないよう、それまでは一二月三一日から休み、一月四日始業だったのをずらして、一月一日から休み、五日に始業ということにしました。

もちろん営業日を増やせば増やしただけ、売上が増えることはわかっています。ただ、無理を重ねて限界まで儲けたところで、それで疲弊してしまったら商売は続きません。

従業員を追い込んで一〇〇万円の売上を達成するより、みんなで楽しくやりながら八〇万円の売上を確保できる方が絶対に良い。

ほどほどに儲けて、精神的な余裕のある状態が一番。差額の二〇万円は、損ではなくて、余裕代として払ったと考えれば良いのです。

なぜアルバイトにボーナスを出すのか

給料が安ければ仕事にほころびが出る

一〇代のころ、油屋で働いていたときのことです。油を扱うのでどうしても手が荒れてしまうため、良い石鹼を使って手荒れを治していました。

しかし油屋の給料は安く、石鹼を買うと手元にはほとんどお金が残りませんでした。当時、どんな仕事をしていたかといえば、ドラム缶に入ったガソリンや軽油を配達したり、オートバイに重油や軽油を積んでは浜に向かい、漁師に売ったりしていました。

そして売り終わった後は、同世代の同僚たちと小さな万屋に寄り、お菓子や牛乳を買って食べたり飲んだりするのが、ささやかな楽しみでした。

しかし万屋に通っているうちに、買い食いをするお金はどこから出ているのだろう、とふしぎに思うようになりました。誰かが薄給の中から都合してくれているのだろうか……。

そんなことを漠然と考えていたある日、真実を知りました。どうも先輩のWさんが、その日の売上金の一部を飲み食いに使っていたらしいのです。

Wさんは一番年上で、しかも非常にしっかりした人間だったので、かなり驚きました。勝手に会社のお金をくすねるのは良くないと思った私は、「こんなことをしたら、叱られますよ……」と恐る恐る忠告しました。

すると、Wさんはこう毅然と言い返してきたのです。「これぐらい、良いんだよ!だって給料が安いんだから」その後、売上金を勝手に使い込んだことが油屋の旦那さんに知られ、Wさんがこっぴどく叱られている姿を目撃したこともあります。

それでもWさんはひるむことなく、「仕方ないじゃないですか。私たちはお金がないんです。文句があるんだったら、給料をもっと高くしてくださいよ」と反論していました。

どんなにしっかりした人でも、給料が安ければ不満を募らせ、仕事にほころびが出てくる。こんな経験があって、給料が安いことによる弊害は身に沁みてわかっています。

利益は独り占めしない

「利益はみんなに還元すること」。

これは、母から教わったことの一つです。母は芸者をはじめ、さまざまな仕事をして、身体の弱かった私を養ってくれました。人より何倍も苦労している分、時折教えてくれる言葉には含蓄があったものです。あれは高校三年生のとき。

母から「この先、何になるつもりだ」とたずねられました。「まだ、わからない」と答えると、こんなことを言われたのです。「何になっても良い。ただ、もし商売をやるんだったら、利を得る秘訣を覚えておきなさい。まず、絶対に利を独り占めしないこと。そして必ずみんなに分配すること。そうしないと結局、自分には返ってこないからね」

この母の言葉が今でも、私の思想の奥底に根をおろしています。母の言葉を私なりに解釈すると、このようなことになるでしょうか。人間は誰でも美味しいものが食べたいし、お金が欲しいし、良い思いをしたい。それぞれが欲望を持ち、少しでも多くの利を得たいと考えています。それを誰かが独占したら、バランスが崩れて、泣きを見る人が必ず現れます。

そうして泣きを見てしまった人は、決して力を十分に発揮してくれないでしょう。報酬が少ないと、人間はどうしても力を出し惜しみしてしまうものです。もちろん自分では頑張っているつもりでも、本当は一〇〇あるエネルギーのうち、実は八〇くらいしか出していない。

八〇ならまだ良い方で、半分、それ以下という人もいるかもしれません。「どうせ給料が安いんだ。そこまで仕事しなくても良いじゃないか」という考えが一度でも芽生えたら、もういけない。

ヘトヘトになるまで全力で働いてくれることは稀です。もし経営者が事業で儲けた利益を独占して、従業員の給料を不当に減らしたりすると、現場の士気は下がります。サービスの質が低下します。お客様の足が遠のきます。業績が悪くなります。すべてが悪い方向へ向かっていくのです。

「安い給料で人をこき使う」という戦略は、最終的には必ず破綻をきたすのです。そうならないためには、利を多く得た者がみんなに分配する必要があります。大きく言ってしまえば、人間は平等。一人だけ突出しようとしてはいけないということです。

労働に対して然るべきお金を出す。そしてその分、全力で働いてもらう。そうやってお互いに幸せになるというのが、結局は一番良い道ではないでしょうか。給料は与えすぎるくらいがちょうど良い「利益は独占せず、分配した方が良い」。

しかし、それではどれぐらいの割合で与えれば良いのか――。これはなかなか悩ましい問題です。仕事ができる人にはたくさん給料を払い、あまり仕事ができない人は給料を抑える。これが一般的な考えでしょうか。

しかし、仕事に来ている以上、どの従業員にも少なくとも働く意欲はあり、生活のために稼ぎたいと考えているわけです。そこで、できる人・できない人を簡単に振り分けてしまうのには抵抗があります。

だから富士そばでは、みんな頑張ればやれるという前提で給料を払うことにしています。つまり、あまり仕事ができない人にも実力以上の給料を払う場合があるということです。

「そんなことをしたら会社にとってマイナスだ」という考え方もあるでしょう。私も経営者ですから、何がなんでも多く払った方が良い、とはさすがに思っていません。

しかし、少なく与えて反感を買ってしまうよりは、与えすぎる方が良い。あなたの知人を思い浮かべ、その人が不相応な報酬を得た状況を想像してみてください。

「これだけの仕事でこんなにもらえるなんて、楽勝だな」と慢心して手を抜くか、逆に「こんなにもらえるなんて、ありがたい」と感じて頑張るか、はたしてどちらでしょうか。

私の頭に浮かぶ知人は、ほとんどが後者です。かつて不動産業を営んでいたころ、営業の社員を募集しました。平均月給が二万~三万円くらいの時代に、その二倍ほどの五万円で呼びかけました。

すると高給に惹かれて、応募がどんどん来ます。私は入社志望者に、とんかつやうなぎをご馳走しました。これだけのものを食べさせたら、必ず奮起して働いてくれるだろうと予想していたのです。

しかし食べるだけ食べ、そのまま帰って連絡が途絶えてしまう人も中にはいました。そのことについて、後悔はありませんでした。

最初から「この人は仕事ができそうだからご飯を奢ろう」「この人はできなそうだし、帰ってもらおう」と見極めて選別をしていれば、食事代は節約できたでしょう。

しかし、見るからに仕事ができなそうでも、入社してから活躍した者も少なからずいました。あのご馳走が心に火をつけ、発奮した可能性は低くないと私は思っています。

いわば、あの食事は必要な投資だったのです。仕事がやれるかどうかは、未来の話。まずは「やれる」という前提で接するべきです。

そうすれば、恩義を感じた社員たちは、いつかより多くのものを返してくれるのですから。アルバイトにもボーナスを出す理由会社員にとって、ボーナスは心底嬉しいものです。

一九八〇年代後半、バブルが始まったころ、富士そばの従業員がなかなか集まらず、少なくなってしまった時期がありました。会社に少し活気がなくなった気がしたので、どうすればみんなのやる気が出るかを考えました。

その結論が、「ボーナスを出す回数を増やす」。夏と冬が、通常の本ボーナス。さらに春には「さくらボーナス」、秋は「紅葉ボーナス」と名前を付けて、年に合計で四回支給しました。

ボーナスをもらうと従業員は懐が暖かくなり、会社全体に自然と活気が出てきます。残念ながら、現在は予算の都合で二回に戻っていますが、いつかまた復活させたいと思っています。また富士そばでは、ボーナスは定年まで満額が出ます。

退職後も再雇用として継続して働くと、現役時代と比べてボーナスの額は下がりますが、給料は現役時代と同じまま、据え置きです。アルバイトにも働いた年数に応じて、ボーナス、そして退職金を出しています。

勤務月数が足りない人には満額は出せないけれど、勤続期間が短くても計算して払っています。それほど多い額ではありませんが、この話をすると「アルバイトにまでボーナスを出すんですか?」と驚かれます。

しかし、私としては、ただ当たり前のことをしているだけ。アルバイトも、会社を構成する立派な一員です。正社員だけでは会社は回せません。

アルバイトの方々が力を貸してくれているからこそ、何とか富士そばは経営できているのです。正社員でないとしても、彼ら、彼女らも大変な思いをしながら働き、暮らしているのだから、払うものはちゃんと払って報いなければいけません。

正社員とアルバイトの間に金銭の面であまりにも極端な差があると、「同じ仕事をしているのに、なんで……」とアルバイトがひねくれてしまう。

だからアルバイトにも可能なかぎりたくさんの報酬を払うようにしています。先ほど書いたように、「人間は平等」ですし、「利は分配するもの」ですから。

差別は人を腐らせるアルバイトにも有給休暇があります。もう四〇年ほど前から続いている慣習でしょうか。六カ月以上勤務したら、一〇日を支給。

特別なこだわりというわけではなく、ただ労働基準法に従っているだけです。法律に従っているのは、社会保険も同じ。週に四〇時間勤務してもらうことになっているアルバイトには、社会保険に加入してもらっています。

従業員がたくさん社会保険に入ると、その分お金もかかるから損ではないか、という声を耳にすることもあります。しかし、私は会社を経営し始めたころから、社会保険は入って当たり前のものだと思っていました。

加入したら損だとか、しないと得だとか、そんなことはそもそも気にしたことがありません。従業員は、会社で最も重要な財産、いわば〝人財〟です。

社会保険に入ると余計なお金がかかるだとか、賃金を削れば利益がもっと出るだとか、そのように安直な仕方で、特定の人のことを資材のようにコスト扱いするということは、考えられません。

かつて、こんなことがありました。富士そばでは一年に二回、事務担当のスタッフを一カ所に集めて、役員と歓談しながら、労をねぎらう食事会(新年会・納涼会)を行います。

大体、五〇人ぐらいが集まるのですが、それだけの人数が入る規模の会場がなかなか見つからなかったことがありました。そこで担当者から、「役員と事務員は別の部屋にして、二つに分けたらどうですか」という意見が出たのです。

私は即座に「それは絶対にダメだ!」と注意しました。そもそも、その会は役員と事務員が交流するのが目的で、部屋を分けてしまったら何のための集まりかわかりません。

そして別の部屋の様子がわからないというのは嫌なものです。事務員からしたら「役員だけが良いコースの料理を食べているんじゃないか?」と疑心暗鬼になってしまうかもしれません。

区別は不平等や差を生み、差別は人の心を腐らせ、時に諍いへと発展します。繰り返しますが、私は人間みんな平等だと考えています。

金持ちも貧乏人も、老人も子どもも、男も女も、どっちが上でどっちが下ということはない。経営者と従業員も同じです。立場や地位は違えど、人間としては平等に決まっています。そう考えているのだから、実際にそれを待遇に反映させるのは当然のことなのです。

従業員こそが内部留保

小売店を数店舗展開する、経営者の友人がいました。その友人に、一緒にゴルフに行ったときに、困っていることがあると相談されたことがあります。

「店がなかなか思うように儲からなくてね……。だから従業員をもっと安く使いたいんだけど、何か良い方法はないかな?」これに対して、私はきっぱりと言いました。

「あなたのところの従業員はわずかな賃金で、一生懸命働いてくれているわけでしょう?その彼らが稼いだお金で、あなたはゴルフができているんだよ。大した給料もやっていないのに、どうして従業員をおろそかにするんだ。自分が幸せになれるのは、みんなのおかげじゃないか。従業員をもっと大事にして、もっと働きやすい環境にしてあげれば、お互いに楽な気持ちになれる。それを忘れちゃダメだよ」

その後、彼はお店を売ることになったのですが、「丹さんにはいろいろと教えてもらったけれど、中でもあの言葉が一番心に沁みているんだ」と言ってくれました。

会社にとっては、従業員こそが内部留保です。お金が手元にいくらあっても、良い従業員がいなければ何もできません。逆に、お金が乏しくても、良い従業員に恵まれている会社は将来の展望は明るいと言えるのではないでしょうか。

従業員を無下に扱っていたら、彼らはどんどん辞めて育たず、サービスも向上せず、業績も下がります。もし能力ある若者たちが日本企業に希望を見出せないで、みんな海外に出ていってしまったら、日本全体が傾く可能性だってあります。

かつて、この「利は分配する」という原則についてインタビューで語ったところ、「富士そばはホワイト企業だ」という評判が広まったと聞きます。

しかし、私としては、何も特別なことをしているつもりはありません。ただ、当たり前の経営判断をしているだけ。むしろホワイト企業という言葉が一人歩きしてしまうのは、心外なくらいです。人が第一で、一番大事。きわめて単純明快で、何も難しくない原理原則です。

富士そばが二四時間営業にこだわる理由

二四時間営業が始まるまでどうも富士そばといえば、二四時間営業というイメージが強く行き渡っているようです。富士そばの経営者です、と自己紹介すると、「ああ、二四時間やっているお店でしょう?」と返ってくることがしばしばあります。

二四時間営業を誰よりも早く始めた先駆けという自負はありますから、これはなかなか嬉しい反応です。ということで、本章の最後に、富士そばの代名詞とも言える二四時間営業がなぜ生まれたのか、その経緯をお話しすることにしましょう。

私のように単身、地元を離れて上京してきた人間は、誰しもが初めて見る東京のにぎやかさに驚かされます。そして、こんなに人が大勢いるのに、どうして自分だけ一人ぼっちなんだろうと、えもいわれぬ寂しさに襲われるものです。

あれは一九五四(昭和二九)年、私がまだ一八歳だった冬のこと。私は夜になっても行くあてがなく、上野駅の近くをぶらぶらしていました。

やがて、ここなら長居しても大丈夫だろうと、小銭を握って、そば屋に入りました。中にはいっぱいの客がいました。奥には当時珍しかった白黒テレビが置かれてあり、みんなでそれを熱心に見入っていたのです。

番組は大人気だったプロレスの実況中継で、ちょうど力道山とシャープ兄弟が闘っていました。店には熱気が充満していて、私も高揚しました。

しかし中継が終わるやいなや、プロレス観戦が目的だった他の客はどんどん帰っていき、気がつけば残っているのは私一人だけに。寂しさを感じないように、私はプロレス中継が終わった後のテレビ番組を見ていました。

しかし当たり前ですが、店には閉店時間というものがあります。「お兄ちゃん、もうお終いだから」そう言われて、私はしぶしぶ席を立ちました。ああ、またにぎやかな街に出て、一人ぼっちか……。あのときの寂寥感は忘れられません。

「もし閉店のないそば屋があったら、どんなに良いだろう――」。私はそう思ったのです。それから二〇年ほど経った一九七二(昭和四七)年ごろ、私は満を持して富士そばの深夜営業を提案しました。

東京には私のように感じている人がたくさんいるに違いない。そういう人たちは、日中は周りに人がいるから寂しさを忘れられるけれども、夜になれば一人になります。

その時間に店を開けていれば、寂しい人たちが光に誘われて必ず来ると考えたのです。とはいえ、今のように深夜に営業しているお店なんて、一軒もありませんでした。

数年後に日本に進出してきたセブン‐イレブンでさえ、当初は店名の由来通り、営業時間が朝七時から夜一一時までだった時代です。

「そんな深夜に店を開けても、誰も入るわけがない」「いや、暴力団員が来て、因縁をつけられるぞ」「大体、働き手が誰もいないよ」「夜中営業するということは、電気代・ガス代が二倍になる。絶対に赤字だよ」いろいろな声が届いて、正直、怖くなりました。

しかし何事もやってみなければわからないもの。私は勇気を出して、渋谷の一号店、そして間を置かずに伊勢丹の裏にある新宿店で、二四時間営業を始めました。

いざ、蓋を開けてみると……店を開けること数日のある晩、いかにも暴力団員という風体の男性が暖簾をくぐって入ってきました。ああ、忠告は本当だったんだな……と、私は暗い気持ちになりました。

しかし彼は因縁をつけるわけでもなく、そばを食べただけでおとなしく帰っていきました。夜中に開店しているそば屋に純粋な好奇心を抱いて来店したようでした。

また、水商売の女の子もちょくちょく来て、差し入れまでくれます。私の心に残っていた不安は、次第に「深夜営業はいけるぞ」という確信に変わっていきました。

深夜に温かいそばが食べられる店なんて、まだ当時は存在しておらず、珍しさもあってお客様がよく来てくれました。特に喜んでくれたのは、タクシーの運転手さんです。

夜中に乗客を運んだ後、仲間と一服できる店ができたというのです。一年も経つと、新宿店、渋谷店では深夜の売上が昼間に劣らないようになりました。池袋店もよく売れました。

お店に寄った田舎の友達から、「丹さん、どんぶりが飛んでるわ!」と興奮した様子で言われたことをよく覚えています。どういうことかと聞いたら、「飛ぶように売れている」という意味でした。

懸念事項であった経費のことも、実際に深夜営業をやってみたところ、全く問題にならないことがわかりました。お店の運営にかかる経費で、多くを占めるのが家賃と人件費です。

深夜営業をすると、夜の分の人件費はかかりますが、家賃は以前と同じ。むしろ、しっかりと売ることさえできれば、利益はあがるのです。

また、ガス代や電気代も以前と大して変わりませんでした。利益に貢献するという点では、図らずも食品のロスが減るという利点もありました。夜間が閉店の場合、店じまいをする時点で余っていたそばは、翌日まで残しておけないので廃棄しなければいけません。

しかし深夜営業をすると、余っていた分のそばにまで注文が入ることになるので、結局仕入れた分がすべて売り切れてしまう。残った食品を捨てるという、飲食店最大の無駄からおさらばできるようになったのです。

思わぬ人がアルバイトに「深夜に営業しても、働き手が誰もいないかもしれない」という心配も杞憂に終わりました。とある店をオープンしたところ、早々に働きたいという男性がやってきたのです。しかも、話を聞いてみると、なんと大手銀行の現役支店長だといいます。

彼は諸事情があって、お金を必要としているようでした。しかし、銀行員として働く昼間には、当然ながら仕事の掛け持ちはできません。夜の立ち食いそば屋であれば働けるし、客も少ないから顔もばれにくくて、一石二鳥だというのです。

こちらにとっては、支店長であろうが誰であろうが、働いてくれるのはありがたいこと。採用したところ、彼は昼間は銀行員、夜は富士そばの従業員というダブルワークをしばらく続けていました。

世の中には、このように深夜に働きたい事情を持った人もいるのです。そのうち「丹さんのお店は、昼も営業して、夜も営業して、家賃は同じ。そりゃ儲かるはずだよな」と言われるようになりました。

二四時間営業を始める前には、誰一人としてそんな前向きな言葉をかけてくれなかったのですが……。最初のころは「深夜営業をやらせてくれませんか」と大家さんに聞くと、「深夜に人が集まると、うるさいしねえ……」と反応は芳しくなく、断られることも多々ありました。

しかし最近では、深夜営業をしているお店があると、人がいるし、明るくて安全だという風潮になりつつあります。火事が起きたり、変質者に襲われたりといった緊急時にも、すぐに対応できるのも魅力の一つです。二四時間営業を始めて数年が経つと、同じような形態の店が徐々に増加し、今ではすっかり定着しました。

思えば、時代を先取りしていたのかもしれません。現在でも、富士そばでは二四時間営業を続けています。しかし、それによって過大な負担が生じているということはありません。人件費を節約しようとして無理に人員を減らせば、注文が詰まる。お客様の不満が溜まる。従業員は疲れる。これは悪循環です。

それに、一人で店を切り盛りしていると不測の事態に対処できません。そのため、富士そばでは特定の小規模店舗を除いて、お店を一人だけに任せることはありません。原則的に二人以上で回します。そしてきっちり八時間交代制です。

七時から一五時までの早番、一五時から二三時までの中番、二三時から七時までの遅番、と三交代制をきちんと決めています。残業は基本的にありません。

誰かが急病になったようなときに、穴を埋めるために通しで働くことはたまにありますが、慢性的にだらだらと長時間働くことはありません。

シフトというものは、組むのが案外手間だと聞きます。大手の飲食チェーンでは高校生や大学生のアルバイトを大量に雇い、小刻みなシフトで回しているところも多いようです。

富士そばの場合、一店舗あたり大体五~一〇人くらいのアルバイトが働いています。そして休みのシフトは、ある人は月・火休み、ある人は水・金休みなど、大体が曜日ごとの固定になっているケースが多い。

そして誰か辞めたときは、次に入ってくるアルバイトに、なるべくその固定した曜日の休みを踏襲してもらいます。これだとシフトが組みやすく、店長の負担が格段に減ります。少数精鋭。単純明快。これは店長を含め、みんなが一日きっかり八時間働いているからできることでもあります。

おまけはどんどんあげなさい

ついでにもう一つ、営業の方針に関わるお話をしておきましょう。「富士そばで『天ぷらおまけしますよ』と言われた」そんな噂が、インターネットを中心に一部で広がっているようです。

毎日毎日、全店舗でそんなサービスをしていたら利益が出ませんし、正直なところ、商売あがったりです。けれど、お金がなさそうで本当に困っているお客様が来店して、「この人はお腹が空いているのかな……」と現場が判断したのなら、臨機応変に一個あげるのには目をつぶるようにしています。

いや、むしろどんどんあげてほしいとさえ思います。ひもじそうな人が来たら、そばのつゆをたくさんかけてあげれば良い。

そういうことを軽はずみに言っていると、現場の店長からは「会長、そんなことを言っていたら赤字になりますよ……」と注意されてしまいますが、細かいことを気にしてはいけないのです。

天ぷらをおまけしたり、つゆをたくさんかけてあげれば、困っているお客様は富士そばのファンになって、また食べに来てくれます。いつかは帰ってきてくれるのです。

まわりまわって利益として返ってくればもちろん嬉しいのですが、たとえ返ってこなくても構わない。先日、店回りをしていたら、お店の隅で麵をすすっている方がいました。

よく見たら、手にしているのはスーパーで一〇〇円で売られているようなインスタント麵の容器。本当は立ち食いそばを食べたいんだろうけれど、お金がないから安売りされている麵を自分で持って来て、お店の醬油をかけて食べている様子でした。

可哀想だったので、どんぶり一杯のつゆを持っていって、「これで食べなさい」と差し出したところ、喜んで食べていました。うちの商品を買っていないんだから、「ちょっと、出ていってもらえませんか」と言う権利はあったかもしれません。

でも、私は言えませんでした。というのも、かつて自分も同じような経験をしていたので……。学生のころ、お好み焼き屋さんに行ったときのこと。肉が食べたくて仕方がなかったけれど、お金がない。

それで安い細切れの肉を買っていき、こっそりお好み焼きに混ぜて食べていたのです。結局、お店の人に見つかって、「お兄さん、こういうことをしちゃいけないよ」とひどく怒られました。

また、第二章でもお話ししますが、まだ若くてお金がなかったころ、足をトコジラミにやられたことがあります。お金がないけれど、痒すぎて我慢ができないので、診てもらうしかない。不安な気持ちで病院に行ったのです。やがて先生が出てきました。

すると私の身なりを見て、すぐに貧乏であることを悟ったようです。こう聞いてきました。「君、お金はあるのか?」「ないんです」と正直に答えたら、なんとポケットからお金を出して、「これで払いなさい」と与えてくれたのです。

あのときの喜びと先生に対する恩義は、今でも忘れていません。私はお金がない人の気持ちはよくわかります。それにそうやって優しくされて救われた経験もあるから、現場判断で天ぷらをあげるのを咎めないのです。

ただし、わざと困っているふりをして天ぷらをねだるのは、ダメですよ。店長や従業員には、本当に困っているのかどうかを判断するよう、ちゃんと伝えてありますから。

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