はじめに
私の師匠である斎藤一人さんは、累計納税額日本一の実業家です。
さらには精神的豊かさと経済的豊かさを両立させるための著書を何冊も書かれているベストセラー作家でもあります。
そんな一人さんと出逢ってから、三七年の月日が経ちました。一人さんに出逢ったころの私は一八歳。
歌手になるという夢を抱え、北海道の親元から上京させてもらうための手段として、東京の専門学校に入学したばかりでした。
そんな私に一人さんが最初にかけてくれた言葉は、「あなたとは長いお付き合いになりますね」でした。そして仲よくなったころに言われたのが、「あなたは事業家向きですね」ということでした。
それからというもの、私は一人さんに本当にたくさんのことを教わりました。
そして、そのおかげで私も実業家として大成功し、一生、生活に困らないほどの大金持ちになることができました。
出逢ったころはまったく想像もしていなかった、一人さんとの長いお付き合い。そして自分が事業家として生きていくということが、見事に実現したのです。私が事業家として大成功できたのは、間違いなく、一人さんのおかげです。
ではどうやって、一人さんは私を事業家として大成功に導いてくれたのか? 商売のノウハウを教えてくれたということもあります。でも、決してそれだけではないと思うのです。
一人さんが私たち弟子に教えてくれた商売のノウハウやさまざまなコツは、一人さんもそうですし、私たち弟子も決して秘密にしているわけではありません。大成功するための、秘蔵のテクニックがあるわけではないのです。
ではどうやって一人さんは、私を成功に導いてくれたのかを考えているうちに、すべての一人さんの教えに共通する、ある言葉が思い浮かびました。
それは、〝器〟です。人間の器量といわれるときの〝器〟。
私は今まで生きてきたなかで、一人さん以上に人間としての器が大きいと思う人に出逢ったことがありません。比較するものではありませんが、唯一無二の存在。似ている人さえいない。
そんな一人さんに憧れて、そして近づきたくて、一人さんから教わったことを実践してきました。
そして気がついたら、商売では大成功してたくさんのお金を持てるようになっただけではなく、多くの人に「逢いたい」と言ってもらえるようになったのです。
つまりそれは、事業家としての器、たくさんのお金を持てるだけの器、多くの人に「逢いたい」と言ってもらえるだけの、人間としての器を一人さんに大きくしてもらった結果ではないかと思うに至ったのです。
器といえば、「あの人は器のでかい人だ」とか、「あの人はとても器量がいいですね」と言いますが、はたしてその器や器量といったものは、具体的に人間のどんな部分を指すのか。
また、どうすればその器や器量は大きくなるのかということを考えたとき、一人さんが私に教えてくれたことすべてが、この器や器量を大きくするために役立っていたのだと気づいたのです。
本書では、私が今まで一人さんから教わってきたことを、私自身の体験を通してどのように学んできたかをまとめました。
特に今まであまり語ってこなかった、北海道の帯広の小さな町で、たった一人で始めた事業が全国へと広がり、一人さんが高額納税者番付で日本一になったとき、私自身も全国で八六位にランクインしたときのエピソードも交えて書きました。
そのような体験を通して、〝器〟とは何なのかをまとめてみました。そして師匠である一人さん自身が、誰でも〝器〟を大きくできるその方法を書き下ろしてくれました。ノウハウを学ぶことで仕事がうまくいくこともあります。また、交渉がうまくいく技術や、人を口説くためのテクニックもあります。
しかし成功し続けて、なおかつ多くの人に支持され愛され続けるためには、ノウハウや技術、テクニックといったものを超えた、その人の人間としての力量、つまり、器量が問われるのではないかと思うのです。
この本を通じて、読者のみなさんが持って生まれたすばらしい自分の〝器〟に気づき、さらにその器量に磨きをかける一助になることを心から願っています。
二〇一二年四月吉日柴村恵美子
第一章 〝器〟を大きくすることが人生の目的 (柴村恵美子)
器が大きいとは、できることが多くなること
あなたはどんな自分になりたいですか?「もっと男性(女性)にモテたい」「たくさんの人に愛されたい」「有名になりたい」「才能がほしい」「仕事がデキる人になりたい」「お金持ちになりたい」 あなたがなりたい自分はこのなかの一つか二つだったり、「全部!」という人もいるかもしれません。
ちなみに私は「全部!」でした(笑)。人が究極に求めるものとは〝しあわせ〟です。しかしその幸せも、人によって感じ方が違ったり、求める〝かたち〟が違ったりします。
しかし、感じ方や形が違っても、できることが少ないより多いほうがより幸せになれるのではないでしょうか。
たとえば人に嫌われるよりも愛されたほうがいいですよね。仕事もデキたほうがいいですし、お金だってないよりはあったほうがいいのです。
できることが増えれば増えるほど選択の幅は広がります。
「私はこれしかできません」という人生よりも、「私はこれもできますが、あれもできます」と言えるほうがいいですし、たくさんあるなかでも「私の人生はこれです」と言えるほうが、より幸せな人生と言えるのではないでしょうか。
私が思う〝器〟とは、まさにこの、〝できること〟なのです。
多くの人から愛され、慕われる器。特技で人に感動を与える器。仕事でお金を儲けられる器。お金を維持し、増やせる器。
これらは生まれもった才能ということもできますが、多くは後天的に努力して、できなかったことを〝できる〟に変えていった結果なのです。
そして、その一つひとつの器を大きくしていく。また、器の数を増やして、できることを多くしていく。それこそが人生のテーマであり、幸せへの道なのだと思うのです。
魅力とは器の大きさに比例する
〝器が大きい人〟というのは、選択の幅が広くてできることが多いだけではなく、〝考え方〟も大きな人です。
物事をより大きな視点でとらえるので、その人に起こった出来事は他の人と同じでも、とらえる側面が違ってくるので、おのずと出てくる結果も違ってきます。だから、小さなことでくよくよしたり、悩んだりすることもありません。
こういう〝器の大きい人〟というのは、自分自身も幸せであり、他の人から見てもすごく魅力的です。実はここに、この本を書こうと思ったキッカケがあるのです。
私が最初に書かせていただいた本の題名は『斎藤一人の不思議な魅力論』(PHP研究所)です。
私の師匠である斎藤一人さんが『変な人の書いた成功法則』(総合法令出版)という本を書いて、それがベストセラーになると、一人さんのところだけではなく、私たち弟子のもとにも「本を書いてください」という依頼がたくさん来るようになりました。
最初は「私が本を書くなんて……」と思っていましたが、一人さんやまわりの人たちの後押しもあり、本を書くことにしました。
それは何よりも、一人さんからいただいた恩に報いたいという気持ちと、もっと多くの人に一人さんのすばらしさを知ってもらいたいという気持ちがあったからです。
そこでどんな本にしようかと一人さんに相談したときに、私にくれたテーマが〝魅力〟だったのです。私はこれ以降も魅力というテーマについて考え、研鑽を重ねてきました。
魅力的になるためにはただ外面的な美しさやカッコよさだけではなく、内面的にも魅力的でなければなりません。また、健康であることも必要ですし、経済的な豊かさだけではなく、精神的な豊かさも求められるのです。
こうして考えていくと、魅力とは人間の一側面の良さだけではなく、さまざまな側面が優れていて、人間としての全人格的な要素が問われるものだとわかります。
つまり真に魅力的な人とは、人間的に大きく、さまざまな側面において優れている人であり、それを言いかえれば器が大きい人、器量のある人と言えるのではないでしょうか。
私の師匠・斎藤一人さんの器
一人さんはとっても魅力的な人であるとともに、ものすごく器の大きな人です。私は今まで生きてきたなかで、一人さん以上に器の大きな人に会ったことがありません。一人さんの器の大きさを物語るエピソードは、それこそ数限りなくあります。
本書の中でも可能な限りふれていきますが、まずは一人さんが高額納税者番付で日本一になったときのことをお話しします。
一九九七年に高額納税者番付が発表になったとき、全国一位となった斎藤一人さんに取材をしようと、新小岩にあるまるかんの本社や銀座のショールームに、多くのテレビ局や新聞社、雑誌などの取材の記者さんたちが押し寄せました。
「斎藤一人さん、ご本人にぜひ取材をさせてください」という記者さんに対して本社の人は「社長は一年中、旅に出ていて、めったに会社にも来ないんですよ。だから、申し訳ないんですけど、取材はお受けできません」と丁寧にお断りしていました。
するとマスコミの人たちは、こぞって〝謎の億万長者〟と題して、一人さんのことをニュースや記事として取り上げたのです。
それら多くのニュースや記事は、取材をもとに構成されたもので、友好的なものがほとんどでした。しかし、なかには少し的外れなものもありました。
テレビのワイドショー番組で、あるコメンテーターさんが、「この斎藤一人さんというのはとても頭のいい人ですね。つまり、税金を多く払うことで自分の商売商売の宣伝をタダでしてるんですよ」といった発言をしていました。
実際、これは完全な的外れの意見です。
一人さんはまったく有名になりたいと思っていないので、絶対にテレビやマスコミには出たくないと言い続けてきました。
それに、本当に商売の宣伝をしたいのであれば税金を払うより、広告宣伝費を使ったほうがよっぽど安あがりだし、自分の好きな宣伝ができます。
それに、高額納税者番付に載ることが本当に宣伝につながるのであれば、マネをする人が出てきそうなものですが、そんな人は一人も現れていません。
一人さんがどんな思いでこの〝納税日本一〟を目指したのかは、また後ほど、詳しくふれたいと思います。記事のなかには、まったく事実とは異なることを書かれたものもありました。
私はそれを知ったとき、怒って一人さんに「名誉棄損で訴えましょう!」と言ったことがあります。
でも一人さんは「この人たちも仕事でやってるんだから、しょうがないんだよ」と言って、いつもとまったく変わらず笑顔なんです。
納税日本一の真実
一人さんは私たち弟子に、「税金は感謝して納めるんだよ」と言います。しかし、世間の多くの人は、できれば税金は払いたくないと考えるのではないでしょうか。あるとき、一人さんが突然、「納税日本一を目指すぞ!」って言いだしました。
私はそれを聞いて、そんなことができるのかなと思うのと同時に、なぜ売り上げではなく、みんなが嫌がる納税で日本一を目指そうとしたのかがわかりませんでした。
そこで私は、「なぜ納税で日本一なのか?」ということを聞いてみました。すると一人さんは、税金を納めることについての、一人さん流の考え方を教えてくれたのです。
「多くの人は、せっかく稼いだお金を税金で持っていかれるのは損だって考えるんだよね。それで、個人で儲かったら所得税よりも税率の低い法人税で払おうと考えて株式会社にするの。
それでさらに、税金払うよりも使ったほうが得だって考えて、高級車を買ったり、投資したりして、使うことばかり考えるんだよね。
儲かっているうちはそれでもいいかもしれないけど、不況が来たら、それでは持ちこたえられないんです。つぶれる会社っていうのは、内部留保金がないからつぶれるの。
だから、儲かったらしっかり税金を払って、残った分は内部留保しないとダメなんだよ。世間では、会社経営は一応黒字にして、税金は抑えるのがいい経営だと思っている人がいるんだけど、税金を払わないことを良しとしている風習自体がおかしいの。
そんな風習をやめないかぎり、商人はずっと苦しみ続けるんだよ。税金は払いたくないっていうけど、税金って〝ショバ代〟なんだよね。
神社とか駅前とかで露店や屋台を出したらショバ代払えって言われるでしょ。
それと同じで、この日本という国で商売をさせてもらっているんだから、ショバ代を払うのは当然なの。
それで俺がどういうふうに考えているかというと、この日本は俺の庭だと思っているの。だから俺にとって税金は管理費みたいなものなんだよね。
国はそのお金を使って全国に道路を造ったり、維持していてくれるの。そのおかげで俺の作った商品は、全国に送ることができるんだよ。さらに言えば、税金って俺にとっては種をまいているのと同じなの。
たとえが悪いかもしれないけど、公務員の人たちって、俺に代わって日本という畑を耕して種をまいてくれる自分のところの社員みたいなものなんだよね。
そのおかげで日本全国が潤って、経済という大きな実を実らせることができるの。そしたら今度はまた商売をして、その実を収穫すればいいんだよ」
一人さんには日本一の監査役がついている
一人さんの話はさらに続きます。
「税務署の人が会社に来るっていうと、多くの人がビクビクするんだけど、うちでは大歓迎するの。だって俺は、税務署はうちの監査役だと思ってるんです。しかも、日本一の監査役がついてるんだよね。だって税務署っていうのはすごい組織なんです。
それで、来てくれたら税務署の人が納得いくようにしてもらうの。少しでも疑われるのは嫌だから、明朗会計にしてくれって言うんです。そしたら税務署の人はタダで一生懸命、うちの経理を見てくれる。
おかしなところや間違ったところがあれば、すぐに指摘してくれるんです。だからごまかしようがないの。よそではどうか知らないけど、うちに来る税務署の人たちってみんな明るいの。だって、うちではみんな嫌がらないから。
逆に、よく来てくれましたって感謝するの。人間、嫌がられていたらわかるんだよね。それで、人間だから間違うことはあるから、間違っていたら教えてよねって。そしたら一生懸命、教えてくれるんです。
それをいい監査役だと思うか、税金を取り立てに来た人たちだって思うかで、ぜんぜん違ってくるよね」
このように一人さんって、日本中が自分の庭で、公務員は全員、自分の社員。税務署は自分の監査役と思っているんです。
器の大きい人って、考えるスケールも大きいのですね。私たち弟子は、そんな師匠の姿を見ながら、「人間の器量って何なのか?」、そのようなことを毎日学ぶことになったのでした。
絶対、損なことは起こらない
一九九八年に公開されたブラッド・ピット主演の『ジョー・ブラックをよろしく』という映画の中で、ブラッド・ピットが演じる死神が「 Death and Taxes(死と税金)」というセリフを言うシーンがあります。
この「 Death and Taxes」というフレーズは〝決して逃れられないもの〟という意味で使われています。
アメリカ建国の父として、一〇〇ドル紙幣の顔でも有名なベンジャミン・フランクリンも、「 In this world nothing can be said to be certain, except death and taxes.」と言っています。
つまり、この世で〝死と税金〟以外は、何も確かなことはないんだということです。
日本でももちろん、税金を払うのは国民の義務とされています。払うべきものを払わないと、それは脱税とみなされ、逮捕されますよね。
このような、逃れられないようなことが起こったとき、それは自分に必要なことなんだって一人さんは言います。
「税金を払いたくないとか、感謝して納められないっていう人は、それが『得なんだ』っていうところまで考えてないんだよ。
俺の場合、税金は絶対、払わなくちゃいけないんだってことがわかったとき、これは天がそう決めたんだなって思うの。
それで、天がこれを払えと言った以上は、絶対これは俺にとって得なことなんだって。
天が決めたことで俺に損なことは起きないんだって思ってるんです。
それで、どんな得なことがあるかなって納得がいくまで考えていると、必ず『あぁ、それは得だ』っていう考えが浮かんでくるんだよ。
俺たち商人は、商売で実を刈りとったら、必ず種をまくことをしないといけないんだよ。
刈りっぱなしだとその地は不毛の地みたいになって、次から次へと刈り場を探す流浪の民のようになっちゃうの。
この恵美子さんが書いた本が売れるのだって、北海道から九州、沖縄まで国がまんべんなくお金を行きわたらせてくれているからなんだよ。
国がそれをやらなかったら、日本はものすごい貧乏国家になっちゃうの。だから俺たち商人はどんどん稼いで、もっと税金を払えばいいんだよ。そしたら国が豊かになり、雇用が生まれて、お客さんが増えるの。すると結果的に得なんだよね」
「四方よし」で考える商い
銀座まるかんの商品はすべて一人さんが開発してくれているのですが、一人さんが作った商品で、今まで失敗したものって一つもないんです。
すべて当たりか大当たりなんですね。
一般的な商品開発って、何百という商品を開発して、そのうち実際に商品化されるのは一 ~二割程度。さらにヒット商品が生まれるのはその中の数パーセントなんだと言われています。
それが一人さんの場合は百発百中、ハズレがありません。
なぜこのようなことができるかということについて聞いたときに、一人さんはこう答えてくれました。
「その昔、今の滋賀県のあたりにある近江の国には、〝近江商人〟と呼ばれる人たちがいたんだよ。その人たちは商いをするうえでの理念として、常に〝三方よし〟ということを考えていたの。それは、『売り手よし、買い手よし、世間よし』ということなんです。
近江商人の人たちは、自分たちの国の中だけで商売をするんじゃなく、広く他国へも出かけて、いろんな国の特産物を行商してたんだよ。
すると、普通はよそ者が来たって信用してもらえないの。そこで自然と〝三方よし〟っていう考え方が身についたんだよね。
つまり、売り手ばかりが得をするんじゃなくて、買った人も得をする。さらには商いをさせてもらっている地域の人たちにも喜んでもらえることを考えたんだよ。
それで俺の場合はどうかというと、さらに一つ加わって、〝四方よし〟を考えるの。
たとえば新商品を考えるときに、お客さんのためになって、それで世間も喜んでくれる商品で、うちもしっかり利益を出すことを考えるの。そして、そのことで天が〝まる〟をくれる商品だったら、絶対失敗しないんです」
天が味方する生き方
一人さんの仕事の仕方、ものの考え方、さらには生き方を見ていると、常にこの〝四方よし〟を考えていることがすごくわかります。
特に〝天がまるをくれる〟ことをいつも考えているんですね。
ここでいう〝天〟とは、神様であったり、サムシング・グレート(大いなる何か)と呼ばれるような、人知を超えた、大いなる存在と理解してもらえればよいと思います。
特に何か特定の宗教や神を信じなさいということではありません。一人さんは特定の宗教を信仰しているわけではありませんし、私もそうです。
でも一人さんは、特定の宗教を信じている人に、その信仰をやめなさいとは絶対に言いません。
一人さん自身はよく神様の話をするので、それを聞いた人のなかには一人さんのことを宗教家だと思う人がいますが、宗教って税金がかからないんです。でも、一人さんは日本でいちばん税金を払っている人なんです(笑)。
〝天〟という、大いなる存在を信じることは、畏敬の念を持つことにつながります。畏敬の念とは畏れ敬う気持ちです。
そうした心を持つことで、人は慢心したり、驕ることがなくなります。
成功して社長になったり、偉くなったからといって威張っていると、世間から応援してもらえなくなりますし、天も味方してくれなくなるのです。
それに対して一人さんは、出逢ったころのあまりお金持ちじゃなかったころと、大金持ちになった今と比べてまったく変わっていません。
お金がないから卑屈になるとか、お金があるから威張るということがまったくないのです。それに、どんな人に会ってもその態度が変わりません。
私たち弟子に対しても、私の会社の社員に対しても、たまたま入った喫茶店で偶然隣に座った人にでさえも、とにかく優しく接してくれるのです。
たとえ、有名人や偉い人に会ったときもその態度は変わらないのです。一人さんの生き方を見ていると、これこそ、天が味方する生き方なんだなと思います。
そんな一人さんの器の大きさは、四〇年近く一緒にいても尽きることなく感じさせてくれるのです。
コメント