はじめに
海外に市場を広げたいと思っても、契約破棄されたとか、輸出したのに代金回収に失敗したという話を聞くと、ついつい躊躇してしまいます。
一方で、「貿易なんて国内取引と基本的に変わることはない」と思い込んで、貿易の基本を学ぶことなく、いきなり海外展示会や海外バイヤーとの商談会に参加し、なぜ成果があがらないのかと、悩んでいる人も少なくありません。
このように貿易に躊躇する人や勇ましく挑戦する、多くの人たちに出逢いながら、中堅・中小企業の皆様の海外展開を支援する仕事を、長年行ってきました。
幸いにも、かつて、貿易の最前線で、百戦錬磨の経験から修得した知識と知恵、そして貿易で生じるさまざまなリスクとその回避策を中心とした、貿易のアドバイスや講演、業界紙誌への執筆等は、多くの企業や支援組織の皆様から、高い評価をいただいてきました。
そして、「目からウロコだ」と新鮮な驚きの声とともに、ぜひ本にして出版してほしいとの要望も数多くいただいてきました。
このほど、その解説内容を、関係する皆様のご協力を得て、「営業マンのための貿易実務」としてまとめることができました。
本書は、国際ビジネスの第一線でご活躍される皆様が安全に貿易を行ううえで、直接的に役立つ内容を網羅したものと思います。
実は、企業の海外展開を支援する仕事に携わって間もなくして、営業マンの役に立つ、本書のような貿易実務書を、多くの人たちが必要としていることを知ったのですが、構想と執筆を経て、上梓するまでに、長い時間が経過してしまいました。
より完璧なものとしていくためにも、皆様の忌憚のないご意見、ご指導を賜ることができれば幸甚です。
目 次
はじめに
第一章 貿易実務とは何か?
- 1.国内取引と海外取引との取引環境の違い
- (1)国内取引の取引環境
- (2)共通の取引環境がなかった海外取引
- (3)整えられてきた世界共通の貿易環境と貿易のツール
- 2.契約までの貿易実務
- (1)誘引
- (2)引き合い(Inquiry)
- (3)商談
- (4)契約してからの貿易実務
第一章 貿易実務とは何か?
国内取引と海外取引とでは取引環境が違います。
また、貿易をするには、「貿易に特有のツール」があります。
また、貿易には、「貿易特有の取引環境」があります。
貿易実務とは、こうした「貿易に特有のツール」と「貿易特有の取引環境」の内容を知って、使いこなせる実務能力を身につける以外の何物でもありません。
貿易実務を、通関のための実務知識だとか、決済のための実務知識だと捉えていて、そうした実務知識を覚えれば、貿易できると思われているとすれば、それは大きな間違いです。
「貿易実務」には、二つの段階の実務があります。
一つは、国際ビジネスの第一線に立って商売をする人が必要とする貿易知識、もう一つは、契約が成立してから、貨物の輸送、通関、代金決済など、契約を履行するために必要な貿易知識です。
前者は「契約までの貿易実務」、後者は貿易のバックヤードで仕事をする人が必要とする「契約してからの貿易実務」、つまり「貿易事務」です。
「貿易実務」とは、「契約までの貿易実務」と「契約してからの貿易実務」(貿易事務)の両方を指す言葉ですが、「貿易実務=貿易事務」と思っている人が少なくありません。
貿易実務本の多くは、「貿易事務」を解説するものであったり、あるいは貿易事務の説明に偏重するものであったりして、「契約までの貿易実務」を徹底的に解説した貿易実務の書籍を、見ることはありませんでした。
それは、止むを得ないとしても、新規に貿易を始めようとする人が、「貿易事務」の書籍や1~2時間の貿易セミナーを受講して、「貿易実務の勉強をしたから、もう大丈夫だ!」と勘違いして、貿易で思いもかけないトラブルに遭うことがあります。
あってはならないことですが、このようなことが、全国津々浦々でかなり頻繁に起きてきました。
「貿易実務」と称する「貿易事務」本の多くは、貿易のバックヤードで仕事をする人が勉強するためのもので、貿易の第一線で活躍する営業マンのためのものではありません。
そうした「貿易事務」を学んで、貿易の商売をするのは危ないことです。
「契約までの貿易実務」は、貿易をしている会社の中で、主として先輩から後輩へと伝えられていくだけで、世間一般に広く詳しく開示される機会は多くありませんでした。
これが、貿易に新規参入する人たちが、「迷える羊」になってきた背景にある原因です。
「貿易実務」とは、「契約までの貿易実務」と「貿易事務」の両方を包含する言葉です。
貿易事務を覚えたところで、貿易のビジネスはできませんが、契約までの貿易実務を覚えれば、通関や船積業務を専門の業者を目指す人は別として、通常の貿易を行う企業での貿易事務であれば、基本的に、通関や船積業務を行う専門業者に依頼するだけですから、「貿易事務」はそう難しいことではありません。
1.国内取引と海外取引との取引環境の違い海外取引には、国内取引と違った取引環境と、世界の貿易人が共通に使っている二つのツール(道具)があります。
国内取引とは異なる取引環境を学び、貿易をするのに必要なツールを修得すること、それが「貿易実務」の内容です。
(1)国内取引の取引環境日本国内での国内取引では、売手も買手も同じ環境で取引しています。
民法・商法は、売手にも買手にも共通して適用されます。
荷渡ししても期日までに商品代金を払ってこなければ、裁判所に訴えることもできます。
倒産寸前で商品代金を支払ってこない場合は、差し押さえもできます。
言語は、基本的に売手も買手も日本語です。
その他、経済制度や文化も、売手、買手ともに共通です。
つまり、国内取引は、どこの国でも、売手・買手は共通の取引環境(インフラ)の中に身を置き、取引当事者はそうした共通の取引環境の中で取引しているのです。
(2)共通の取引環境がなかった海外取引ところが、国際間の取引では、売手の国の民法・商法などの法令の効力は、買手の国には及びません。
荷渡しして期日までに商品代金を支払わない場合、どちらの国の裁判所に訴えるのでしょうか? 裁判で勝っても、強制執行できないかもしれません。
商品代金を払わないからと、相手の資産を差し押さえに行けば、その国の法律では「強盗罪」に該当するかもしれません。
相手が話す言葉は、日本語でないことが大半でしょう。
その他、相手国の経済制度、文化や習慣も、常識さえも、日本と同じとは限りません。
むしろ、違っていることの方が普通です。
このように、貿易では、売手と買手は、お互いに自国での国内取引の環境はそれぞれ整っていても、貿易では共通の取引環境など存在していませんでした。
売手の国の常識は、買手の国では非常識なこともあり、逆もそうであることが少なくなかったでしょう。
常識の異なる人同士が取引すれば、トラブルが起きるのは当然です。
実際に、19世紀末までは、貿易では紛争が絶えず、国際間の取引はとてもリスクが高かったのです。
それは、当時では、取引当事者に共通する「貿易の取引環境(インフラ)」がほとんど存在していなかったからです。
(3)整えられてきた世界共通の貿易環境と貿易のツールそこで、貿易が活発になるにつれ、20世紀に入ってから、特に20世紀後半から現在に至るまでの間に、「ウィーン売買条約」、「自由貿易協定」など、国際レベルでの環境整備が進むとともに、貿易を支える国際物流や国際決済、リスクヘッジのできる保険などのインフラも、飛躍的に充実してきました。
今や、「貿易の取引環境」は、ほぼ完備していると言っても過言ではありません。
また、貿易取引をしている人の間では、「貿易の商慣習」が形作られ、取引条件を決める時に使う「定型取引条件」も、国際商業会議所(InternationalChamberofCommerce:ICC)によって整備充実されてきました。
「貿易の商慣習」と「定型取引条件」は、世界の貿易人が共有する、貿易を行うための重要なツールです。
このように、現在では、世界共通の貿易環境と貿易のツールが整えられていて、それらをしっかり学び、習得したうえで貿易をすれば、安心して取引できる時代になっています。
これらは、先人たちのたゆまぬ知恵と努力のお蔭です。
(世界共通の貿易環境と貿易のツールがあっての貿易)
そして、この全世界の貿易業界にほぼ共通する「貿易取引の環境」と「貿易取引のツール」の二つこそが、「貿易実務」の内容でもあるのです。
貿易実務を知らないで貿易をすることは、先人たちの知恵と努力の結晶を学ばないで、国内取引の常識だけで海外と取引しようとすることです。
それは、21世紀の現在、19世紀に立ち戻って貿易しようとするくらい、無謀で危険なことに他なりません。
現実には、多くの企業が「貿易実務」を学ぶ必要性さえ認識せず、海外展示会や海外バイヤーとの商談会といったイベントに参加しています。
こうしたイベントに参加すると、必ず「値段は幾らですか?」と聞かれます。
貿易の知識がなければ、「国内卸売価格」や「工場出荷価格」、あるいは「国内での末端販売価格」程度しか答えようがありません。
海外側が、日本の流通事情にある程度詳しければ、それでも商談になることは稀にありますが、「国内卸売価格」や「工場出荷価格」を相手に伝えて、海外側と具体的な商談になることは、通常ではまず考えられません。
その結果、企業は経費を無駄使いするだけに終わるのですが、その原因に思い至ることなく、何年間も「頑張って」いる企業が少なくないのです。
貿易実務とは、全世界の貿易に携わっている人が共有する「貿易取引の環境」と「貿易取引のツール」であることをご説明しました。
次に、貿易がどのようなプロセスを経て行われるかを理解して、貿易実務には、「契約までの貿易実務」と「契約してからの貿易実務」の二種類があることを認識するようにしましょう。
2.契約までの貿易実務貿易営業マンの主な業務は、「誘引」、「引き合い」、「商談」、「契約成立」、「契約書締結」までで、この部分が「契約までの貿易実務」です。
会社の規模が比較的大きければ、営業部門が「契約までの貿易実務」を担当し、運輸や財務などの管理支援部門が「契約してからの貿易実務」(貿易事務)を行うでしょうし、小規模な企業であれば、一人で営業から契約履行の仕事まで行うでしょう。
(1)誘引「この商品を海外に売りたい」、あるいは「この商品を海外から買いたい」と考えた場合、まず、取引に応じてくれそうな取引先候補を見つける必要があります。
そのために、海外展示会を見に行ったり、出展したり、あるいは国内商社とコンタクトしたり、支援組織が開催する海外バイヤーとの商談会に参加したりするのが一般的です。
最近では、ウェブに掲出してある企業のホームページを見て、コンタクトしてくる海外の業者も少なくありません。
商品を買ってもらいたいと考えて、売手が買ってくれそうな相手に、商品のPRをすることもありますし、買手がある商品に興味を持って、商品情報の提供を売手に求めることもあります。
これらはすべて、相手の注意や興味を引くための「誘引」活動です。
「誘引」の目的は、「取引先候補の発掘」活動に他なりません。
(2)引き合い(Inquiry)「誘引」の結果、こういう商品を売りたい、あるいはこういう商品を買いたいという意向を相手に伝えることを、「引き合い」(Inquiry)と言います。
売手が売り意向を示すことを「売り引き合い(Selling」、「買手が買い意向を示すことを」買い引き合。
「Buying」、引き合い、と言うと。
(3)商談「引き合い」の結果、お互いに取引を実現したいと考えれば、次に取引条件を詰めるための「商談」に入ります。
商談では、取引対象とする商品、品質・規格、単価、数量、包装条件、船積時期、輸送方法、決済方法などの取引主要条件や、その他の契約条項について交渉と確認を行います。
①価格の表示に必要な「インコタームズ」の定型取引条件貿易では取引する価格を、国際商業会議所(InternationalChamberofCommerce:ICC)が定めている「インコタームズ」(INCOTERMS)というローマ字三文字(例:、、。
、「」。
、「」。
詳しくは、「第三章 インコタームズ」で解説します。
②「貿易の商慣習」に従って商談また、貿易では、商談を進めるための「商談のスタイル」と言うべき「貿易の商慣習」が確立されています。
この商慣習を知らなければ、「貿易を知らない素人」と判断されて、商談相手にされないことが起きてしまうことがあります。
商慣習にのっとって商談した結果、お互いに合意して契約が成立すると、契約書を作って双方が署名します。
このように、「誘引」、「引き合い」、「商談」、「契約成立」、「契約書締結」までの一連の仕事が、海外営業に携わる貿易マンの主な仕事で、「契約までの貿易実務」です。
この仕事で最も大事なことは、言うまでもなく「自社が負うリスクを最小限あるいはゼロにして契約に持ち込む」ことです。
詳しくは、「第四章 貿易の商慣習」でご説明します。
(4)契約してからの貿易実務契約が締結されると、次は契約履行です。
契約履行で必要な貿易実務が「契約してからの貿易実務」(貿易事務)です。
この実務も、取引を円満に完遂させるために欠くことのできない大切な仕事です。
貿易の第一線に出て行う仕事ではありませんから、「貿易のバックヤード業務」と呼ばれることもあります。
「貿易事務」で大事なことは、輸出では「契約のとおりに、代金を確保して、貨物(またはサービス)を安全に引き渡す」ことです。
そのためには、貨物の輸送、通関、代金決済などの実務を正確にこなす必要があります。
それは、煩雑で神経を使う専門分野の仕事だと思うかもしれません。
しかし、恐れる必要はありません。
輸送や通関は、フォワーダー(後述する物流手配業者)と呼ばれる専門の業者にお願いすればやってくれます。
決済は銀行に頼めばやってくれます。
「貿易事務」では、実は売買当事者が自ら行う必要のある仕事は限られています。
大半の仕事は、それぞれ専門領域の業者がやってくれます。
貿易のバックヤード業務の環境は、今やほぼ完備されています。
それらを知って、利用することで「契約してからの貿易実務」は遂行できるのです。
貿易実務書では、主として通関業者が行う「通関業務」、港湾内での「船積業務」や銀行の「決済業務」などについて詳しく解説していますが、実は、それぞれの専門業者が行う段取りや、書類などの作成方法を解説しているのです。
それらの書類のほとんどは、売主自らが作るものではありません。
さらに、現在では、輸出入・港湾関連情報処理システム(NipponAutomatedCargoandPortConsolidatedSystem:NACCS)という貿易情報管理システムで、貨物の輸送や通関手続きの情報がデータ処理されています。
NACCSは、入出港する船舶、航空機と輸出入貨物について、税関(財務省)、港湾(国土交通省)、外国為替および外国貿易法に基づく輸出入手続き(経済産業省)などの情報が、行政機関、フォワーダーと言われる貨物の輸送を手配してくれる業者や、損害保険会社などの民間企業とオンラインで結ばれていて、港湾・空港における物流情報などを総合的に管理する一大プラットフォームとなっています。
多くのフォワーダー(物流手配業者)は、このシステムの端末を事務所に設置し、インボイスやパッキングリスト情報などをシステムに入力することで、あとはNACCSの中で必要な情報が処理されます。
ですから、売主がフォワーダーに提出する書類は、通常、インボイス()、、:、。
。
、「」、「」「」。
インボイス、パッキングリスト、シッピングインストラクションの様式と書き方については、貿易のバックヤードの仕事をされておられる方々が、ウェブ上で、詳しく紹介しておられますし、また今までの多くの「貿易実務」の書籍にも必ず掲載されていますので、本書では割愛しますが、「貿易事務」を遂行するうえで必要な、インボイス、パッキングリスト、シッピングインストラクションの様式と書き方以外の、その他の必要な情報や知識は、本書で詳しく解説します。
貿易の営業マンが、真剣に学ばなければならないのは、専門の業者が種々サポートしてくれる「貿易事務」よりも、むしろ商社以外に専門業者のいない「契約までの貿易実務」の分野です。
(二つの貿易実務)
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