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第一四章 フィードバツクを求め、間違いを正す

以前に北アイルランドヘ行ったとき、タイタニック号が造られたベルファストの造船所を訪れたことがあります。私はタイタニック号の処女航海について本を買って読みました。

覚えている方もいるかもしれませんが、あの運命の夜、氷山についての明らかな警告は他の船舶から五回も来ていたのです。

それらの警告は″不沈船″と呼ばれたタイタニツク号の船長に伝えられましたが、その後、船は氷山に激突しました。

最後の警告が無視されたとき、タイタニック号は「迷惑をかけないでくれ。この船にどうこう言おうなんて何様のつもりだ?」と返信したほどだといいます。

その後の展開はご存じでしょう。

客観的な意見に耳を貸さず、針路を修正しなかったために、多くの誇り高き船長が船とともに沈んできました。その結果はいずれの場合も、タイタニック級の大惨事です。

ある程度の謙虚さを持ち、融通のきく順応性のある態度で臨む気がなければ、あなたの夢も水泡に帰す可能性があります。

目次

★私たちはみなフィードバックを必要としている

ソナーのような音波探知には、ターゲット追尾的なメカニズムが働きます。あるいは、レーダーのような電波探知にも。あるいは、磁石のような金属の磁気にも。

ただそれはつねに正しい方向を保っているわけではなく、方向がそれたときは自己修正しようとします。自分が己の道徳的基準に満たない行いをしていることに気づいたら、あなたは良心がとがめるでしょう。そして自分の行いを改めるはずです。

普段生活するのに必要な額よりも収入が少ないことに気づいたら、問題を解決するための対処をするでしょう。

自分の状態がいつもと違うことに気づいたら、基準の状態へ戻そうとするでしよう。正確で客観的な評価は、修正のプロセスを呼び起こします。自分が目標に達していないと感じたら、あなたは正そうとするでしょう。

また自分にふさわしいと思うよりも良い結果を出していると感じたときも、元へ戻そうとするでしょう。

ビジネスがしかるべき成果を収められなければ、人は不安になり苛立ちます。しかしまた、ビジネスがしかるべき状態より好調に運んだときも、人は不安になり苛立ちます。

運動選手は期待される結果を出せないときに苛立つだけでなく、期待を上回る結果を出しているときもプレツシヤーを感じます。

そして自分にふさわしいと思う状態へ戻すような行動をしてしまうのです。

生活の質を向上させたいなら、自分には何があれば十分かについての内面の考え、期待、基準を向上させましよう。

自動的なフィードバックのシステムを一時的に解除しようとすれば、たとえば客が来たときにいつもより感じよく小綺麗にしようと懸命になれば、ストレスを招きます。

だから客が帰ると、「さあこれでリラックスして自然に振る舞えるぞ」ということになるのです。

では、なぜ常日頃から感じよく小綺麗にしないのでしょうか? おそらく、それはとてもむずかしいか面倒なことだと思っているからでしょう。

内省的な思考から出る、こういう愚かしい言動には注意しましょう。単に見せかけのために、偽りの自分、いつもとは違う自分になろうと懸命になっているときは注意しましよう。

日々の生活で懸命になっている場面というのは、意識的に自分の行動をコントロールしている場面であって、普段の自分の姿を懸命に切り離そうとしています。

こうした状況では自分自身に大きなストレスやプレツシヤーをかけているので、自分の内面を非常にさらけ出しやすいからです。変化に直面して向上する必要があるときは、システムを無効にしようとしてはいけません。

視覚化とアファメーションを通して内的なイメージを変化させ、自分が想像したとおりの自分になるようにしましょう。内面のシステムを変えていくことを学べば、あとはこの誘導システムが放っておいても対処してくれます。

自分が貧しいと思っていれば、宝くじに当たったとしてもやはり貧しいままでしよう。そんなに時間の経たないうちに、富を得るという″間違い″は修正されるはずです。

たとえば、私は貧乏であることを意識して育ったので、いつも手に入れるより多くのお金を使っていました。つねに借金があったのです。

借金がある、つねに貧乏な人間であるという内面の考えを変えなければ、年に一〇〇万ドル稼いでも一五〇万ドル使ってしまうということもありえるでしょう。

貧乏な状態は変わらないはずです。

私は内に持つ信念を変える必要がありました。さもないと、お金があるという″間違い〃を修正することを繰り返すだけだったからです。

ダイアンは私の肩に乗った天使のような存在です。彼女や私に意見をくれるほかの人たちがいなかったら、私は多くのものを見落とすに違いありません。自分自身の〃顧問団″をつくらなければ、あなたも同じことになるでしょう。

私には二〇年前からの相談相手もいれば、最近できた相談相手もいます。でも本人には顧間団の一員だと伝えたことさえありません。そうしておけば、自分がその人より成長した暁にはお役御免にできるからです。

私は心から私のためを思ってくれる、尊敬し称賛できる人たちを選んでいます。彼らは私のことを気にかけているから、私に必要なことを指摘してくれます。

私の中の優れた部分を見出し、私が成功することを願ってくれます。

私はまた、自分とは違う種類の人たちを選ぶようにもしています。

そうした人たちは私とは違ったフィルターを持っているので、私のスコトーマ(盲点)に気づいてくれるからです。私と似た人はそこが見えません。

同じ盲点を持ち、同じような制約を受けているからです。

ミサイルは一直線に進むわけではありません。上下や左右に縦揺れや横揺れをしながら飛びます。標的が動けば、追尾する必要もあります。

だから進行方向が標的から外れたとき、ミサイルのセンサーや走査デバイスは、誘導システムに対して「高度が高すぎる!今度は低すぎる―・一マイルも外れてるぞ!」と反応を返します。

すると誘導システムはすぐさま方向を調整するのです。私たちは自分の感覚器官からフィードバックを得ています。

ひとたび頭の中で目標にねらいを定めると、私たちの感覚は目標に対しての現在位置について注意を促してきます。

「今どこにいる? 今どうなっている?」と目標から狙いが外れると、緊張や不協和といった形で否定的な反応が現れます。「変な様子だ」「変な匂いだ」「変な味だ」「変な音だ」「変な感じだ」と。それはつまり、「元の計画に対してコースを外れている」ということです。それがわかれば調整をすることができます。

こんな練習をしてみてください。

一〇〇〇ピースのジグソーパズルを手に入れ、すべてのピースを目の前に広げます。完成した状態の絵がついた箱のカバーは捨ててしまいましょう。ではパズルを組み立ててみてください。

おそらく周辺部分はできるでしょうが、残りはとてもむずかしいはずです。なぜでしょう?それは、カバーの絵がフィードバックにあたるからです。

それがなければ、「今どこにいる? 今どうなっている?」ということを正確に判断できません。「高すぎる? 低すぎる? 外れすぎている?」と進み方を調整するためには、カバーの絵、つまり標的が必要なのです。

フィードバックを受け取るだけでは十分ではありません。標的や目標にたどり着くためには、そのフィードバックを受け入れる必要もあります。

客観的な評価を受け取ってコースを修正しなければ、「現在地」から「目的地」までたどり着くことは決してないでしょう。

自分に自信のない人たちが目標を定めたがらないのは、コースを外れたときのフィードバツクがとてもつらい痛みになるからです。

だからそれに対してスコトーマをつくり出してしまいます。体重を一〇キロ減らしたかつたら、体重計に乗って出た結果を受け入れなくてはなりません。それが建設的な不協和を生み、修正をすることにつながるのです。

「食事療法に運動も加えて、確実にやせるようにしよう」というように。

さもないと、潜在意識がその数字に対して目をつぶらせ、 一〇キロ太りすぎという現在の自己イメージをそのまま維持してしまいます。

こうしたいと思う物事(実現したい経営統合、手にしたい収入、得たい尊敬、欲しい環境)を頭の中で目標に定めたら、思い切って現状に目を向けましよう。

「高品質の製品を提供すると言ったのに、提供できていない」「今ごろにはプロジェクトが完了していると言ったのに、完了していない」「家で怒鳴るのはやめると言ったのに、やめていない」「家族関係はどうなってる?」「チームとしての状態はどうだ?」「結婚生活はどうだろう?」「おい、ずれたことをしてるぞ― 的外れだ!」的を外しているという不安と緊張を感じたとき、それが潜在意識下で「調整しろ! 調整しろ― 調整しろ!」という建設的な声を生み出すのです。

POINT

目標へ向かう途中で方向を調整するにはフィードバックが必要になる

★やる気を維持する方法

やる気を維持するにはどうすればいいのでしょうか? スタート地点から今いる場所を見て、「ああ、こんなに進歩したんだ。よくやったじゃないか」のように判断してはいけません。

ほかの人たちはこう言うでしょう。

「さぞかし満足でしよう? この業界でここまで来たんだから。すごい成長ぶりですよ」スタート地点から現在地を見て判断すれば、前へ進もうとする意欲を削いでしまいます。

でも、頭の中にある理想の地点から現在地を見て判断すれば、どこからスタートしたかはそう気になりません。依然として緊張感を、前へ進もうとする意欲を感じられるからです。

このメカニズムは、ミサイルと同じように、自分がどこから発射されたかは気にしません。現時点で自分がいるところから、自分が行くべき場所、目的地あるいは標的を見て判断するだけです。

理想の地点から現在地を見て判断するようにしていれば、偶然出会った古い友人から、「おお、すごいねえ。成功したじゃないか。なんでまだ続けようとするんだい?」と言われても、前へ進む意欲を失うことはありません。その罠にはまり立ち止まったりはしません。

きっと、「ここまではうまくいっているけど、まだまだ先は長いんだ」と答えることでしよう。

努力したけれど失敗したことや、始めたけれど完成しなかったものを思い返すとき、自分を責めずに、なぜだめだったのかをしばし分析してみてください。

どこでつまずいたかを考えるときは、「この次はどうやって方向を修正しようか?」と考えてみてください。

間違いは人生の一部と考えましょう。成長とは、修正し、正しい道筋を保ち、前へ進み続けていくプロセスなのです。一つの目標を達成したら、次の目標は何かを考えましょう。

自分と目標を隔てる霧を見通して、前へ進むために何ができるかを明確にしてください。明確さに欠ければ、前へ進めないか、あるいは間違った方向へ進むことになります。

たとえば、目的や理想に比べ、お金がからんだものにはとかく意識が向きがちです。

目標へ向かう過程、旅路の途中で、明快なイメージを見失い、それを取り戻すために苦闘せぎるをえなくなることは少なくありません。

人々の成長を手助けする目的を持って始めたとしても、その目的を見失い、「自分の目的は金儲けなんだ」と思うようになることもありえます。

人間の子どもになりたかった木製の操り人形の物語、『ピノキオ』のストーリーを思い出してください。学校へ行く途中、ピノキオはもっと魅力的で、もっと近くにあって、もっとおもしろそうなサーカスに気をとられます。

この寄り道のせいで、ピノキオは危うく自分の命を― ‐加えて父親の命も― ‐失いかけます。アイディアや理想を持っていても道を踏み外してしまう場合、つねにあなたはピノキオ症候群を発症しています。

そのアイディアやビジョンが十分に強力ではないのです。そういうときにより良い提案に見えることを誰かが思いつくと、あなたは耳を貸し始めます。

甘い話に調子を合わせ、たわごとにはまり、気づけばたちまち大きく道を踏み外してしまいます。それはなぜでしよう?あなたは自分が考えるものに向かって進みます。

説得力のある強力な目標なり目的なりが目の前に見えていなければ、あなたは何であれ自分が考えているものに向かって進み、なぜ自分は人生を無駄にしているのかと疑間に思うことになるでしょう。

不明瞭なビジョン、あやふやな目標、好ましくない態度からは、悪い習慣とひどい結果しか生まれません。あなたのビジョンや使命こそが、やる気や進む方向を正しい状態に保ち続けるのです。

★不安のフィードバック

脱線したり方向を誤ったりすると、人は不安や緊張に襲われます。このネガティブなフィードバックに見舞われるのは当然の流れです。

なぜなら、それがきっかけで方向を修正し、物事はこうあるべきという自分の考えに立ち戻ることになるからです。

否定的なフイードバツクを受け取ることを恐れてはいけません。目標を追い求めるうえでこうした反応が生じるのは健全だと見なせるようになってください。

指導者や両親や助言者として方向を誤ったり、道を踏み外したりしたときは、フィードバックが不可欠です。

感情を傷つけたくない、あるいは否定的なことを言いたくないときもあるでしょうが、客観性は否定的であることと同じではありません。

自分のシステムがこの不安や緊張を受け取ることは、正しい方向へ前進し続けるために必要なものです。

フィードバックのメカニズムは、現在の自分の状態を知らせ、正しい道筋、自分が生み出そうとしているイメージに立ち戻るためにどう修正すればいいかを伝えてきます。

ただ、正しい道筋に戻ったところでフィードバックの役割は終わるわけではなく、その先の節目の地点や次の目標に向かうためにもフィードバックは必要です。

緊張や不安といったネガティブな反応は、自分のコンフオートゾーンから出ているとき、周囲の環境や自分の行動が、物事はこうあるべき、自分はこういう人間でこう感じるべきという内面の考えと合わないときにつねに生じます。

新しい役職や新しい場所で、変化を起こしたり変化を突きつけられたりして、自分が調和していないとか場違いだとか感じたら、「これでいいはずがない」とあなたは思うでしょう。

こうした緊張や不安は、記憶の欠落を引き起こす可能性があります。スキルや知識、人の名前、言おうとしていたことなどを思い出す力を封じてしまうことがあるのです。

その結果、自分に何が起こっているかわかっていないような行動をしてしまうことになります。

たとえば、言いたいことはわかつていても、大勢の前に立つと言葉が出てこないことがあると思います。

あるいは、知り合いがほとんどいないような重要な社交イベントに出席すると、何を話していいか思いつかないこともあるでしょう。

情報が自分の中にあっても、その場が自分の居場所、自分の考える世界の姿とは食い違っていると感じたら、それを引き出すことができないのです。

この調和していないとか場違いだといった感覚は、思い出す力を制限するだけでなく、情報のインプツトを妨げることもあります。

そのため、誰かが目的地への道順を教えてくれたり、指示を出そうとしたりしていても、自分が場違いな存在だと感じていると、入ってくる情報を遮断してしまいます。

情報は頭に入りません。

人はコンフオートゾーンの外にいると、情報を受け取ったり引き出したりする能力をつねに制限されています。自分が調和していないことに気づくと、ネガティブな力を持つ緊張に襲われ、上半身が締めつけられます。

それで呼吸がしにくくなり、「最近どうもイライラしているんだ」と言うようになります。体が締めつけられているとスキルを使うのも妨げられ、結果として間違いを犯すことが多くなります。

へまをしたり、ばかなまねをして笑い物になったり、事故を起こしやすくなったりします。

そんな自分に対して、「こんなプレツシヤーやストレスを抱えたままやっていくなんて普通じゃない。だから愚かなことはやめよう。なじみのところへ戻るんだ。うまくやれる場所へ。落ち着ける場所へ。よく知る人やもののところにいよう」と語りかけるようになります。

潜在意識は創造性を駆使して、以前の土地へ、以前の仕事へ、以前の友人のもとへ、自分がいるべき場所へ帰らせようとします。また、次の一歩を踏み出すべきではない、あるいは次の段階へ進むべきではない理由を考え出します。

これは否定的なフィードバックを誤って解釈し、否定的なのは悪だと見なすことにつながります。

目標や理想に対して方向を誤っているときは、否定的な(客観的な)フィードバックは悪いものではありません。

実のところ、最も有害な反応は、回避させ、後退させ、離れさせようとする真に後ろ向きな考え方なのです。

この思考は、なぜうまくいかないか、なぜ行くべきでないか、なぜ投資するべきでないか、なぜビジネスを成長させるべきでないか、なぜ結婚して子どもをつくるべきでないか、といったことを語りかけてきます。

それでは、なぜ目標を定めるのでしょう? なぜフィードバックを求めるのでしょう?なぜ新しいビジョンや望ましい理想をつくり出し、理想に対する今の自分の状態(日下の現実)に目を向けることで、自ら問題を引き起こすのでしよう? それは、そこにある食い違いがやる気を生み出すからです。

体重を減らすという目標を定めたら、体重計に乗ることを拒否してはいけません。フィードバックを否定してはいけないのです。

体重が減った姿を思い描きつつ、体重計に乗るようにしてください。もちろん、体重計に乗るたびに、暗潜たる気分になるでしょう。

わかります。当然ひどい気分になるはずです。そうでなければ変化も訪れません。

★方向を自己修正しよう

多くの人は、将来不自由なく暮らすことを夢見ていても、今の暮らしぶりに目を向けることはしません。人に優しく接することを夢見ていても、今どんな態度で接しているかには注意を払いません。

あなたは新しいやり方を思い描くことと、現状を観察することを同時にしなければなりません。そうすることで、修正しようとする自然なプロセスが自分の中に生まれるからです。

自分を修正しようとすると、人はいちばん強力なイメージに向かって変わっていきます。まず頭の中のイメージを変えてそれをいちばん強力なものにしなければ、さらに不安を生み出すだけです。

頭の中で基準や目標を定めると自然に緊張が生じるものですが、単にこの緊張を和らげる目的で、以前の行動へと戻るような間違いは犯さないでください。

下手をすると以前の行動に戻るだけでなく、なお悪い状態になってしまうかもしれません。

「結婚生活がうまくいきすぎているから、ちょっとしくじろう。このゴルフの試合は自分にしてはできすぎだから、この先の何ホールかはだめにしよう」というように、日々の生活がうまくいきすぎると、後ろ向きの修正が起こるのです。

私の息子の一人はダイアンと私が養子にする前、子どものときにひどく虐待されていました。

私たちは彼に良い環境を与え、とても優しく接しましたが、手厚い待遇をすればするほど、彼はさらに扱いにくく、危険にすらなっていきました。

虐待された経験を持つ者は、人から良い扱いをされるとその間違った状況を正そうとします。この子はひどく虐待され混乱していたため、四歳のときに母親と暮らしていた男を殺害しようとしました。

男が眠っているときに殺そうとしたのです。ダイアンと私はできるかぎり最高の母親と父親になろうと努力しました。

しかしこの子は何度も火事を起こそうとして、毎日が危険な状態になりました。

私たちは「いったいどうしたの? どうして行儀よくできないの?」と言ったものです。

そう、今はもう理解できますが、この子の自己イメージは「僕はいい人間じゃないんだから、そんなふうに扱わないでくれ」というものだったのです。

何が自分にふさわしいかというイメージは自尊心の一角を担うもので、このイメージを向上していかないと私たちの中で自己破壊が起こります。

なぜ私が自尊心を向上することについて述べ続けていると思いますか? 自分の中でその変化を起こせないと、たとえ好機が訪れてもそれを追いやってしまうことになるからです。

商売が繁盛しすぎればその間違いを正すでしょう。富が多すぎればその間違いを正すでしょう。物事がうまくいきすぎればその間違いを正すでしょう。

これはあなたにも、私にも、私の養子にも、運動選手にも起こりうることです。

人は受け取るフィードバックのうち、自分がどれほどの人間かという考えに釣り合うもののみを受け入れ、肯定し、自分のものとして取り入れます。

物事が自分の考えるしかるべき状態よりもうまくいっても悪くなっても、修正しようとします。この修正は意識的なものではなく、潜在意識下で絶えず行われているものです。

とはいえ、運動選手や歩合制のセールスマンや、あらゆる人の中に容易に見てとれます。物事がうまくいきすぎると、人は自身に対して「これは出来すぎだ。自分の能力を優に超えるような結果を出してしまっているぞ」と言い聞かせるのです。

あなたの自意識は「心配するな、何とかする」と言いますが、それから数週間のうちに、あなたは失敗するでしょう。潜在意識が働きかけるからです。

自分に成し遂げられることのイメージを変えられずにいる場合は、うまくいきすぎることについては心配するまでもありません。

私たちは、自分が何者で自分の居場所はどこかという支配的なイメージにそって、自己修正と自己統制を行います。

自分自身や自分のいる組織が継続的に向上していくことを望むなら、まず内面のイメージを変え、それから行動がそのイメージに追いついてくるのを待つようにしましょう。

イメージよりも先に行動しようとしてはいけません。まず内面のイメージを変えて意欲を生み出し、それからそのイメージに向かって成長するようにしてください。

これと正反対のやり方として、強い影響力を持った誰かを雇い、あなたをコンフオートゾーンから追い出し、次の段階へ押し上げてもらうという方法があります。

この威圧的な人物は、恐れと脅しを動機づけとからめて利用することで、少なくともあなたがこの人物の前にいるあいだは、あなたにより高いレベルで潜在能力を引き出させることができるかもしれません。

この人物はあなたの内なるイメージがその状態に適応できるように、そのレベルの活動を十分長く続けさせられることを期待します。

しかしこの人物が手綱を放したとたんに、あなたは元へ戻ってしまいます。

人に指導する方法として私が教えられたのは、相手を威圧し、脅し、強制し、恐れを植えつけ、追い立てて普段の能力以上のものを出させ、自己イメージが変わるまでその水準を保たせるというものでした。

この引き出されたレベルは持続することもありますが、さらに外部からの力を加え、強要し、刺激を与え、修正をしないかぎりは、より高いレベルヘは進まないということもわかりました。

そうしたやり方で育てられたら、自分で修正する方法はわかりません。聖職者や、上司や、コーチが修正してくれるのを待つことになるでしょう。

なぜなら、外部からの動機づけと修正に依存するという罠にはまっているからです。

この章で私が述べてきたのは、客観的なフィードバックを求めて方向を正すことによって自己修正する方法を学んでいけば、自身の継続的な成長、進歩、幸福を他者に依存することはなくなるということです。

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