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第一二章 エフィカシーを高める

私は三五歳になるまで飛行機に乗ったことがありませんでした。飛行機を使うような場所べ行くことがなかったのです。シアトルを離れたこともありません。

ダイアンと私が休暇の計画を立てるときには、行き先として考えるのは二四〇キロほど離れたオレゴン州のポートランドで、知人の家に滞在するつもりだったので、ホテルでの宿泊などもまったく頭にありませんでした。

自分は行動を起こしたり成し遂げたりできないという思い込みを、そのままにしておいてはいけません。長いあいだ、私は行き詰まっていました。

お金もなく、シアトル郊外の町ベリアンで身動きがとれず、ただ期待したり、夢見たり、宝くじが当たることを願うばかりでした。

「ほかの人のようになるにはどうしたらいいのだろう」とよく考えたものです。

「みんなはそういうふうに生まれついているにちがいない。私はあんなふうにはなれない。私はお金を稼ぐことができない。良い人間にも賢い人間にもなれない。金持ちになって、それでも人格者でいることなどできない」

そう考えることで、マンネリ化した生活を抜け出そうとしない自分を正当化していたのです。しかしある日、ダイアンと私は自分たちの内面をもっと強くするための旅を始めることにしました。

私たちはいつも、内面を鍛えることが外面を変えることにつながると思ってきました。内面が強くなると、夢が膨らみ、向上心が高まり、日標が大きくなり、自分への期待も増します。より大きな問題に挑戦したい、扱いにくい難題に立ち向かいたいと思うようになります。

学び、身につけ、思い込みを変え、恐怖心を克服し、態度を変え、人間関係を広げることを通じて、日々成長していこうと考えます。

内面が強くなると、「それならできると思います。これはできます」と言えるようになります。大胆に考えられるようになり、「現在地」と「目的地」の距離をどんどん広げることができます。

目次

★事を起こす力〜エフィカシー〜

エフィカシー(自己効力感)とは、事を起こし実現させていく力のことです。

自分の望むことを実現させる力が高まると、勇気と自信がわいて、「次の仕事は私がやります。任せてください」と言えるようになります。

より大きく高い理想が見えてきて、選択の幅や可能性が広がります。新しい状況に身を置く自分の姿がイメージできるようになります。

自分には学んで身につける力があること、明晰で有能な人間であることを知っておくことは大切ですが、エフィカシーを生み出し、行動の源となる力を強めるためには自己認識以上のものが必要です。

態度や習慣を変える方法を知らなくてはなりません。

また、建設的モチベーションを与える方法、ネガティブな思考を排除する方法、不健全な意見を退ける方法についても知っておく必要があります。

悪い態度や習慣や考えは、善なる意図や高い理想を踏みつぶしてしまうということを肝に銘じてください。

大きな目標を達成するためには、自分だけではなく家族や会社の仲間、地域の人たちにも行動力を高めてもらう必要があります。行動力を高めるためには、想像力とアファメーションを使って内面を強くすることから始めます。

エフィカシーを高めるのは、年齢や年代に関係なく可能です。

物事がどうなっているか、日の前の現実を見つめる一方で、頭の中に理想を持つことによって、その二つのイメージの矛盾を解消しようと、アイディアやエネルギーが生み出されます。「現在地」と「目的地」の距離が欲求を生み出します。

夢やビジョンから欲求や向上心が生まれます。目標を定めるときは、どうしても自分の能力を評価しようとします。

「私にとって、この目標は高すぎるだろうか、いや、これでは簡単に達成できてしまうだろうか」と考えます。

「私たちにそんな余裕があるのだろうか? 私にできるだろうか? 身につけることができるだろうか?」という言い方をする人たちがいます。

実現する自信がないという自己評価をしてしまうと、日標を設定してもそれから逃げ出そうとします。できないと自分に言い聞かせているのです。できないと思い込んでいます。

そのために、抱負や目標を設定したあとで、「目標が高すぎるだろうか? そんな余裕があるだろうか? できるだろうか?実現できるだろうか?」と疑間を感じるのです。

回避行動のもとになる障壁は何かを知らなくてはなりません。自分がつくり出した「目の錯覚」を乗り越えなければなりません。

あなたは幻の障壁をつくり出して、それを乗り越えることができないと思っているだけなのです。頭の中の障壁が、物理的な障害物と同じくらいリアルなものになっているのです。

★創造力

強い内面が構築されると、実現力ができてきます。物事が変えられることがわかってくると、自分の力で何かを創造できることもわかってきます。

これは、神に取って代わるという話ではなく、神との共同責任についての話です。人間は神に似せて創造されたという話は正しいと思います。

神が創造力のある存在なら、あなたも私も創造力のある存在のはずです。創造力を持つからこそ、人間はより良い通信手段、より良い高速道路、より良い医療を構築してきました。ただ座って何かが起こるのを待っているだけではいけません。

自分の周囲で何かプラスになることを起こそうと思うなら、内面で何かプラスになることを起こしましよう。

自分には何事も起こせそうにないという気持ちですか? 何かの兆し(サイン)を待つべきだと思っていますか? 「その件に関しては、私にできることは何もない」などと言っていませんか?それとも、こんなふうに思っているでしょうか。

「今の状態は嫌だが、絶対に変えるつもりだ。今の会社の経営方針は気に入らないが、私が直してみせる。今は収入が少ないが、もっと稼いでみせる。結婚生活はうまくいっていないが、修復してみせる」私自身、かつては「どうして誰かが何とかしないんだ?」と愚痴を言いながら、ただ座っているだけの人間でした。

「なぜ、自分でやろうとしない?」と内なる声が聞いただします。

「私の言うことなんか聞きやしないよ」「それなら、誰もがその言葉に耳を傾けるような人物になるか、別の会社に移るかすればいいだろう?」高校で教師をしていたころ、何とかしてすばらしい学校に生まれ変わらせたいと思っていました。

しかし、そのころの私は、物事を変えられるほど人から信頼される人物ではありませんでした。そのため、周囲に向かって不平と非難を浴びせてばかりでした。

いよいよ何とかしなければと決意したときに、最初にしなければならないのは自分を正すことだと気づいたのです。

それで、ダイアンと私の生涯をかけた旅が始まりました。もっと優れた、もっと強い、もっと影響力のある人間になるための旅です。そして今では、人間的に成長できただけでなく、世の中の役に立つこともできています。

全米レベルで高校の教育システムに影響を及ぼすことができますし、世界中の人に影響を及ぼすことも可能です。あなたにも同じことができます。

ただし、あなたを変えられるのは、あなただけです。自分を改善すると人生も改善されます。周りの状況がよくなるのを待っているだけではいけません。あなたが改善するのです。

あなたが自分や周囲の人に発する言葉は、潜在意識に取り込まれます。潜在意識はあなたが語る言葉をそのまま受け入れます。

ですから、周囲の人にも実現力が育つよう、絶えず働きかけましょう。

というのも、五年後にあなたが達成する必要のある仕事や目標は、現在できることより大きなものになるからです。

今と同じ実現力では達成できません。つねに進歩し続けなければなりません。進歩的とは、日々成長し、つねに自分を向上させていくことを意味します。

アファメーションを活用し、つねに学んでください。自分を成長させるために日々努力を続けてください。

なぜ大きな夢を持つのでしょう?より多くのことを達成するためです。そして、あなたの世界により多くの結果を残すためです。

POINT

自分を偽らない、進歩的であること、有効な行動をとること

★もっと貪欲に目標へ向かいなさい

多くの人が学校卒業や就職を機に、学ぶことも自分を磨くこともやめてしまいます。

大部分の学校では、失敗や間違いばかりを指摘して、子どもたちの自信と自己評価を高めようとしません。子どもたちは自分がだめな人間で、何も起こせないと思い込んでしまいます。

私たちは、カウンセリングをすべきでない人たちからカウンセリングを受けています。彼らは人を成長させる方法などまるでわかっていないのですから。

私たちが夢や抱負、将来なりたい自分について語り始めると、彼らはそれを聞いたあとでこう言います。「もっと現実的になりましょう」「そんなふうに考えるのはやめましょう」。こんな言葉が出るのは、私たちが落ちこぼれ意識を持ったり、失望したりしないようにしたいからです。

私たちが傷つくことを心配しているのです。気づかいは無用です。子どもにだって心が傷つく経験をさせなければなりません。立ち直る手助けをすればよいのです。子どもたちにも自分たちにも、適応力と強い心を育てる必要があります。

こんなことを言う人もいます。

「あの、この目標設定に関しての部分は問題ないのですが、ビジョンと使命に関しては絵空事としか思えません。私は現実を重んじます。大きな目標を掲げ、人にも大きな目標を掲げるように勧めて、それで達成できなかったらどうなります?・一巻の終わりですよ」それに対して、私はこう答えることにしています。

「そう、失敗するかもしれませんね。でも、あなたは強い人ですから、しっかりした支援が得られるでしょうし、あらためて挑戦すればいいじゃないですか。失敗から学べば、それが次に生きるんですよ」

大きな夢を持つなと言うのは、最初から失敗を想定していることを意味します。

そうした言葉が結果を左右する―― つまり、私たちの言葉が予言として実現してしまうことになりかねません。

あなたが周囲の人にあまり期待していない様子を示せば、彼らの気持ちは萎えてしまいます。あなたの思いは身振り手振りでも伝わります。

彼らとの接し方からも伝わります。あなたは気づいていなくても、いろいろなところで表に出ています。では、目標を達成できなかったときはどうなるのでしょうか? 頭の中の不協和は消えません。

気分がすぐれず、夜も眠れず、人と顔を合わせたくありません。そして確信を持って、こう言うまでに至ります。

「今持っているもので、幸せになればいいさ。それで十分だよ。高望みしすぎても病気になるだけだからね。こんなことを言うのも、君のことを大切に思っているからだ。君のことを気にかけていないなら、大きな抱負と夢を持って出て行くのを黙って見ているさ」

本当に多くの人が、実際にこんな言葉を言われています。会社とはそういうものだ、チームとはそういうものだ、と聞かされます。言われるほうは、なぜそうなのかがわからないままです。

ただ、そんなものか、と思ってしまうだけです。それではいけません。

「でも、自分の能力以上のことをしろ、というわけではないでしょう?」「いや、そうしなくちゃいけない。貪欲になって目標に向かって成長するんだ」「うまくいかなかったら、どうなりますか?」「傷つくだろうね。泣くかもしれない。でも、君なら立ち上がって、また挑戦するだろう。失敗から立ち直ることを学ぶんだ。子どもたちも周囲の人も、困難を乗り越えることを学ばなくちゃいけない」

世間がどう見ようと、あなたは失敗や損失を喜べばいいのです。貴重な教訓を得たのですから。立ち直ったときには、それを自慢することもできます。

エフィカシーとは、「できる」と信じて行動を起こす力です。

「自分には、まだスキルがないのですが」という人がいるなら、「それなら、学べばいいのです。そのあとで課題に取り組みましょう」と言えばいいだけです。

私たちはこのやり方で、軍の攻撃部隊や超一流スポーツ選手、有能なプロの職業人たちのトレーニングを行っています。

まずはスキルを身につけさせ、次に課題を与えます。できることがわかっていれば恐れることはありません。びくびくしながら完壁にやろうとすると、正しく考えることも、スキルを活用することもできません。

POINT

いつもと違う困難な状況下では、大切なのは知っていることではなく、知っていることをいかに活用するかである。コンフォートゾーンを広げるときには、スキルと知識をいかに活用するかが重要になる

★潜在能力を解き放つ

自分にどれだけ潜在能力があるのかを知ることはできませんが、私たち全員にこれまで使ってきたよりはるかに大きな潜在能力があることはたしかです。

ですから、自分の潜在能力は無限で、まだ利用されていないだけだと考えて行動しましよう。

どうしたら潜在能力を引き出せるのでしょうか?例を挙げてお話ししましょう。ある日、ダイアンと私はロンドンからシアトルヘ飛びました。十時間のフライトです。

機内での時間を無駄にしたくなかったので、私たちは次の年にしたいことを話し合い、日標を設定することにしました。

それぞれがつくった目標リストを見比べてみたところ、基本的には前の年と同じ内容だということに気づきました。その一年、私たちが内面的にあまり成長できなかったことがリストに表れていました。達成できると思っている以上の目標を立てないのが人の常です。

目標にはその人が自分の能力をどのように評価しているかが反映されます。目標はその人の成長度、スキル、知識、行動力、人間関係を正確に表しています。あなたはここ数ヵ月のあいだに成長しましたか? 内面が成長するにつれ、目標は大きくなります。成長しなければ、目標はそのまま変わりません。

そんなわけで、ダイアンはこう言ったのです。

「しばらくは目標を立てないことにしない? 今から半年かけて実現力を高めてから目標を設定しましょうよ。今、決めたとしても、たいした目標にならないと思うの」内面の強さが、外の世界の現実を築きます。

内面が成長すれば、誰か自分のためにパーティーを開いてくれないだろうか、自分を抜擢してくれないだろうか、自分を見出してくれないだろうかなどと考えなくなります。

受け身の姿勢で幸運を待つのではなく、自分で運を開きます。考え方、話し方、歩み方と、人生が進む方向とのあいだには、強い相関関係があります。

少し前のことですが、私の友人が水上飛行機に乗っていて事故に遭い、瀕死の重傷を負いました。

回復し始めたころは、「もう生きることに意義が見出せない」と考え、暗い気持ちで過ごしていましたが、しだいに力を取り戻し、自分を憐れむのをやめました。

「ここにいるのは人生を楽しむため。死ぬのなんていつだってできる。だから、しっかり楽しもう」というアファメーションに変わったのです。

★もっと大きなこと、もっとすばらしいことへ向かって

自分が成長しないのを周囲の人や状況のせいにしているうちは、成長は望めません。自分の可能性を知ることも、エフィカシーの一部です。

あなたには知ることも、学ぶことも、行動することも、選択肢を広げて新しい現実を生み出せることもできるのだと考えてください。

エフィカシーが高まると、地域社会や職場で、困難なこと、ときには危険なことにもしつかり向き合うようになります。

それが正しいことで、自分にはできると感じられれば、その問題に向かって突き進み、さらに大きな困難にも立ち向かうでしょう。

あなたの「目的地」は、家族、近所、学校、故郷を超えて、さらに遠くの、さらに大きなものになります。もちろん、スタートするのは現在の場所ですが、その次にはこうたずねます。

「周囲の子どもたち全員のために何ができるだろう? 地域のために何ができるだろう?」。こうした思いがどんどん大きくなって「中国のために必要なことは何だろう?」と考えるようになります。あなたの欲求はどんどん大きくなります。

競争の厳しい世界で、自分が行こうと決めた場所へほかの人たちも連れていこうとすると、死ぬほどおびえる人がいるかもしれません。ある程度まではこうした不安が生じても問題ありません。

ただし、不安を放置しておくと、神経質になるばかりではなく、ネガティブな思考に陥り、回避行動をとるようにもなります。

あなたにしろ、ほかの人にしろ、悪いほうに作用する不安は回避行動を起こす原因となります。できるはずのことなのに、それから手を引くように自分に言い聞かせてしまいます。

その人にとって、それは言い訳ではなく、正当な理由です。

正当な理由一つで足りなければ、潜在意識が二つ理由を与えてくれます。

二つでも足りなければ、潜在意識が二〇〇でも理由を与えてくれるでしよう。

「現在地」から「目的地」へ到達するには、自分の潜在能力を解き放つ必要があります。はじめに、イメージの視覚化と想像力を駆使してコンフオートゾーンを広げます。

これは、社会的、経済的、環境的に次のレベルにいる自分を、意識的に想像するプロセスです。このプロセスを正しく行えば、頭の中の絵が変わります。

新しいことをイメージすると、古いものでは満足できなくなります。すると、自発的に行動するようになり、やる気が出て、創造力が高まり、次のレベルヘ進めますc行動のときは今この瞬間です。

高校教師は勇気を出して、学校でまかり通っている不正に立ち向かいましょう。どこにいようと、不正に立ち向かうには勇気が必要です。文化を超越することは、その場所の現在のあり方に対して抵抗を示すことです。

そこにいる人たちのために文化を維持することではありません。本当に立派な人とはどんな人でしょう? 勇気を持って行動し、惜しみなく与え、愛情にあふれる人です。

組織の中で誰よりも自分が重要な人物だと考えないのが最良のリーダーです。

彼らは全員で同じ問題を相手に戦っているのだと考えます。

その問題解決のプロセスを通して、成長し、進歩し、向上し、行動力を高め、将来に備えます。新しい機会、新しい世界、新しい生活を求めるとき、彼らは少年時代の文化を超越します。

対照的に、実現力の低い人を新しい文化や新しい環境に置くと、たとえ後戻りできないようにしても、そこに古い環境を再現する傾向があります。

故郷がどんな状態か、古いやり方はどうだつたか、といった思いが頭に残っているとき、どうしたらそれを超えて成長できますか?

どうしたら固定観念や過去から自由になれますか?自分が属すべき場所を思い描いた絵が変化すると、後戻りしようとする態度、信念、力、習慣と出会うことになります。

心に抱いてきた信念が誤りだったと気づくこともあります。

「これが人間の能力の限界」「地球は平らだ」という考えもその例です。誤った信念に固執していては、先へは進めません。恐れや無知、感情の交錯から自分を解放しなければなりません。

自分は変われるのだ、変わりたいのだ、行きたいところへ行って成長するのだと信じて、その気持ちを強くしてください。取り掛かる分野を一つか二つ決めて、その一つで実現力を構築しましよう。

私自身、この方法を使いました。

私のスタートは、もっとフットボールの試合で勝ちたいというところからでした。ただ指導方法を改善しようとすることしか頭にありませんでした。

「これはうまくいく。あれもうまくいく」が口癖でした。

ほどなく、私のセルフトークは、私をフットボールのコーチを辞める方向に導きました。それが今、再び選手やコーチを指導しているのです。

私の人生はかつて思い描いたものとは、まったく異なるものになっています。あなたの成功も思ったとおりの形では訪れないかもしれません。

しかし、将来振り返ったときには、私のように「わからないものだね。今、コーチをしているんだ」と言っているかもしれません。

つまり、大きな理想を描くときには、細かい計画をしないほうがいいのです。方法や手段を固定するのも良策とはいえません。

結果を思い描き、方法や手段には柔軟性を持たせましよう。

★明白な機会をとらえる

私が尊敬するロイ・ヴオーンという人は、かつてテキサス大学同窓会の会長をしていました。彼が二日ほど私たちの牧場に滞在しているあいだに、こんなことを聞いてきました。

一二点間の最短距離は何だと思う?」「直線距離でしょう」「この牧場からシアトルまで最短距離で行こうとしたらどうなる? 一一つの場所を直線で結ぶと、最短距離になるだろうか。

途中にはカスケード山脈もある。あくまで直進するのは、けっこう大変な道行きだろうね。直線で進まないとしたらどうする?」「車で行くと思います」

「それが、明白な機会の通り道というものだよ。いつも、その道を通るように注意を怠らずにいることだ。ジェツト機やヘリコプターを使う、川をいかだで下る、山の小道を進むという手段もある。いろいろ試して、機会がどこを通るか探すといい。そして、見つけたときには機会を逃さずとらえるんだ」

あなたと海外市場を結ぶ直線距離は何でしょう? それは、明白な機会の通り道です。

その道は、従来の道ではないかもしれません。楽な道ではないかもしれません。それでも、機会の通る道を選んでください。

私が外国へ行くのも、刑務所へ行くのも、政府と仕事をするのも、すべてそれが機会の通る道だからです。かつて私は、政治的リーダーシップに変化をもたらすという理念を持っていました。

あちこちで仕事をしているうちに、ワシントンDCで当時の下院多数党院内総務ジム・ライトと面会することになりました。

彼は私のことをちゃんと覚えていないようでした。午後一時の約束だったのですが、五時まで待ちました。

とうとう、ダイアンと二人で彼のオフィスに入って行くと、「何か御用ですか? あなたがたお二人のために、私に何かできることがありますか?」と言われました。

「あなたが私のためにできることはありません。率直に申し上げますが、私はなぜ自分がここにいるのかわかりません。

あなたのために何かすることになっていると思うのですが、それがどんなことなのかわかりません」

「私と数名の仲間のためにセミナーを開いていただきたい。費用はお支払いします。いかほどですかな」「こちらが費用です」彼はびっくりしていました。

「つまり、無料です。費用のことは解決しました。無料でやりましょう。ここへ商売にきたわけではありませんから」彼は七人の若手下院議員を連れてきました。

このことがきっかけとなり、他の政治家たちにも話をする機会が得られました。民主党の年次会議で二百四十人の議員を前に基調講演をしたこともあります。

私はつねに機会がないかと目をこらし、見つけたときには逃さないようにしています。頭の中にはすでに結果のイメージが刻み込まれています。機会はどこに姿を現すかわかりません。

しかし、現れたときにはつかまえます。機会の通り道でとらえています。

アファメーションを使うのもいいでしょう。「私には大いなる創造力があり、つねに機会を探している。機会をとらえたくて仕方がない」落ち着いて、注意を怠らず、熱意を持って、心構えをしましょう。

そうすれば、機会のほうから声をかけてきたときには(あるいは肩をたたいてきたときには)、すっかり準備が整っています。

あなたは機会の通り道を進むだけでよいのです。私はいつも、誰かを怒らせることなく最先端へ行く方法を探しています。官僚主義を避け、伝統にとらわれず、道を見つける方法を探しています。

ときには、自分はその場所に身を置くだけで、霊的エネルギーが私を通して物事を動かすに任せます。

良いことが起こせるように信念と自信を持って進んでいますc以前、ヨーロッパ方面作戦の指揮官たちがハイデルベルクの城で開いた会合に参加したことがあります。

彼らはリーダーシップについて話すよう、私に促しました。「私が?」。とっさにそう思いました。

しかし、私はそのために会合に参加したのであり、彼らの生活を大きく変えられることもわかっていました。

また、ョハネスプルグで、実業家にして反アパルトヘイト活動に尽力したアントン・ルパートの家に滞在したこともあります。

彼は人権法を付帯した新憲法の制定を望んでいました。そのために、どうしたら南アフリカに大きな変化をもたらすことができるか、教えてほしいというのです。

「私が? どうやって私はここまでたどり着いたのだろう?」。

明白な機会の通り道を進んだからです。

旅を始めたばかりのころは、どうしたら目的の場所に行けるのかわからないものですが、機会の存在に目を配っていれば、その通り道を見つけられるようになります。

どこかへ行くべきときは、それがわかるようになります。

そこに着いても、これから自分が何をしようとしているのかまったくわからないかもしれませんが、目的は見つけられるはずです。

機会を目の前にしても、それを誰かが生かしているのを見るまで気づかない人がほとんどです。

「現在地」から「目的地」へ行き、違った人生を送るつもりなら、機会を見つけてとらえる必要があります。することのすべてが大胆なことや大きなことではなくてもいいのです。

毎日の小さな行動が違いをもたらします。

★雨宿りと涼しい風

デニス・ホーガンの五十歳の誕生日を祝うために、オーストラリアのパースで開かれたコンサートに出かけたことがあります。彼はオーケストラを引き連れて、内陸地に向かいました。

何もない荒野の中でしたが、集まった六〇〇〇人全員がタキシードで正装していました。世界的なオペラ歌手や、著名なフルート奏者のジェームズ・ゴールウェイも来ています。こうして盛大な会が進行し、みんなが正装して、芝生に置いた椅子に傘を持って座りました。荒れ模様の天気だったのです。

案の定、途中で突然の土砂降りに襲われ、 一斉に傘が開きました。しかし、オーケストラは演奏をやめません。ダイアンと私は芝生に座っていたので、傘が開かれては前が見えません。

「雨に濡れずに演奏が見えるところに行こうよ」「五〇〇〇人の人をかき分けて行かなきゃならないのよ?」「それはそうだけど、何も見えないから」「黙って聞いていれば? 音楽は見えなくたって聞こえるでしよう」「でも、見ながら聞きたいんだ」と、私はそう言って立ち上がり、数千人の人をかき分け、バルコニーの下まで歩いて行きました。

ホーガンの兄弟のケヴィンが歩いてくる私に気づきました。ダイアンも少し後ろからついて来ています。

「ルー、ダイアン、ここに座って。バルコニーの下がいい」こうして、雨に濡れずにコンサートが見える場所に座れました。

おまけに、ケヴィンがシャルドネを二本振る舞ってくれました。雨を避けるには自分で動かなければなりません。状況をうまく管理しましょう。

その状況について何かできることがあるはずだと考えましょう。雨をどうにかすることはできなくても、雨宿りはできます。大騒ぎするほどのことではありません。

ちょっとした姿勢の問題です。座ったまま雨に降られることはありません。ところで、その会には娘のナンシーと友だちのデイヴィッドも来ていました。

「ナンシーとデイヴィッドにこっちへ来るように言わなくてもいいかしら?」「いいよ。自分から雨宿りに来ないなら、ずぶ濡れになるだけのことさ」こういう点では、ナンシーは私に似たところがあるので、すぐにデイヴィッドと二人でやって来て、私たちと合流しました。

ワインが四本になりました。

この日、私たちは会場までノードストローム(*シアトルに本店のある高級デパートチエーン)の会長、ジャツク・マクミランと夫人のロイヤルと一緒に来ていました。

私たちはワインを楽しみながら、雨宿りに来ないマクミラン夫妻を気の毒に思いました。ダイアンは心配そうです。

「ジャツクとロイヤルをこっちに呼ばなくてもいいかしら?」「いいよ。自分から雨宿りに来る機転が利かないなら、ずぶ濡れになるだけのことさ」すぐにジャックとロイヤルもやって来ました。

私たちが近くにいないのに気づき、雨宿りできる場所を探していたそうです。ワインは六本になりました。

雨に濡れない場所でコンサートを楽しみ、オードブルまでご馳走になり、六〇〇〇人の人が雨に降られるのを眺めていました。

南アフリカでもちょっとした事件がありました。

ョハネスブルグでブリティッシュ・エアウェイズのボーイング七四七型機に乗り込み、いよいよ出発というときになって、エンジンがかからないのです。

当時のヨハネスブルグの安全基準では、乗客は機内で待たなければならないことになっていました。

機内の温度は上がり、みんな汗だくです。嫌な臭いもします。そこへ機長からの機内放送がありました。

「エンジンがオーバーヒートしました。エンジンがかかるようになるまで、四五分ほど待たなければなりません」飛行機を降りることはできませんが、両側のドアを開けたので風が入ってきます。

私は席を立ってドアのところまで歩いて行き、階段に座りました。誰の許可も得ず、自分でそうしたのです。他の乗客は誰もそこへは来ません。客室乗務員がワインを一杯持ってきてくれました。

彼は私を階段から追い払うこともなく、席へ戻るようにとも言いませんでした。私は一人、ワイングラスを片手に気持ちのよい風に吹かれてそこにいました。

残りの乗客は自分の席に着いたまま、汗びっしょりで不満たらたら、嫌でたまらない、といった様子でした。私は戻って、階段のところに来ないかとダイアンを誘い、ワインは二杯になりました。

「ナンシーとデイヴイツドとジヤツクとロイヤルをこっちに呼ばなくてもいいかしら?」ほどなく、六人がワインを手に階段に座りました。一時間ほど待って、やっとエンジンがかかりました。

★いちいち許可を求めない

「これをさせてもらえるだろうか?」という考え方を脱すると、自分で状況をコントロールし、自分の決定や行動に責任を持ち、その結果を受け入れられるようになります。

自分の人生に責任を持つことに人からの許可を待っていては、それが習慣になり、身動きがとれなくなってしまいます。

必要のないときにまで許可を求めていることすらあります。私はいちいち許可を求めなくてもよいことを学びました。私たちは許可を求めるよう条件づけされています。

これは小学一年生のときに始まります。

「先生たち、ぼくを二年生にあげてくれるかな? 二年生になれるといいな。なれるの?やったあ」そして、六年生以降も同じことの繰り返しです。

「中学校へ行けるかな? 行ってもいい? ああ、よかった」。

「中学を卒業したら、高校へ行けるかな? 行ってもいい? ああ、よかった」「チームに入れてくれるかな? 入れてくれる? ああ、よかった」「高校を卒業できるかな? 卒業できる? ああ、よかった」「大学に入学できるかな? 入学できる? ああ、よかった」「大学を卒業できるかな? 卒業できる? ああ、よかった」私たちはいつも、前に進む許可を誰かが与えてくれることを期待して、ただじっと長蛇の列に並んで待っています。

一つの環境にはまって動きがとれないと感じても、実現力や行動力を動員すれば、自分の仕事、自分の人生、自分のキャリアをスタートさせることが可能です。

始める必要のあるところから出発しましょう。誰かが許可してくれるのを待つのはやめましょう。

自分の人生には自分で責任を持つのです。「アファメーション」で自分に許可を与えて歩き始めましょう。望みをかなえ、「現在地」から「目的地」へ行くためには、こうした姿勢が不可欠です。

私自身、誰かが決めた資格基準を適用すれば、その資格もないのに行動を起こしていることがあります。私よりもその仕事にずっと適している人はいるでしょう。それでも私は基調講演を引き受けます。

「私はここで何をしているんだろう? 陸軍での経験もないのに、陸軍士官学校の幹部に話をしている。自分でも驚きだ」と思いながら。

あなたも自分に許可を与えることを覚えなくてはなりません。それが自己実現のための姿勢です。権威ある人からの許可を待つのはやめましょう。列の先頭に並ぶことです。

ただし、ほかの人を怒らせないように気をつけて。おとなしく列に加わって待っているだけではだめです。たしかに、誰かに認めてもらって許可を得てから動くほうが簡単です。

あなた個人の成長を妨げる最大の障害は、誰かが許可を与えてくれるのを待ち、君なら大丈夫と言ってもらえるのを待とうとする姿勢です。

自分に許可を与える方法を身につけましょう。

次のステップに進むために、ビジネスチヤンスをつかむために、新しい市場に向かうために、自分に許可を与えるのです。

必要なら、自分だけの通過儀礼と認定手順を考案してもいいでしようcもちろん、状況や環境によっては、資格が絶対条件という場合もあります。

しかし、身動きがとれずに成長していないのは、何もしないで誰かがあなたを副社長にしてくれるのを待っているからです。

あなたは自分の会社を立ち上げるべきなのかもしれません。今の環境から抜け出す必要があるのかもしれません。従来どおりのやり方では達成できないかもしれません。組織から離れ、全責任を自分で引き受ける必要があるかもしれません。

そのためには自分に許可を与え、動きがとれるようにしましょう。誰かに認めてもらうのを待たないことです。あなたを祝福し、次のステップヘの許可を与えるのはあなた自身なのですc

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